《研究ノート》
ドイツにおける地上権制度に関する
基礎理論的一考察
−クノーテの所説に依拠して−
田中英司
目次
Ⅰはじめに
Ⅱ地上権制度の主要な経済的特色について
Ⅲ地上権制度に関する土地所有者の利益について
Ⅳ地上権制度に関する地上権者の利益について
Ⅴ結びにかえて
Ⅰ はじめに
周知のように,近年の民法学において,わが国における借地・借家の法的 関係を再検討し,借地・借家法学を再構成することが問題とされはじめてか
ら,かなりの年月が経過し,その間にあって,新たに,「借地借家法」も成 立・施行されている。
ところで,わが国における借地・借家法学の再構成に関しては,わが国の 法制度を相対化し,再構成の方向を探るために,比較研究を行うことが必要 不可欠となることは異論のないところであろう。そして,この借地・借家制 度の比較研究についても,近年の学界においては,豊かな比較研究の蓄積が
なされている。
これに関して,筆者は,かつて,借地制度の比較研究につき,わが国の借 地権に対応するドイツの
E r b b a u r e c h t
,すなわち地上権を比較の対象とし,比較研究を進めるにあたっての端緒的考察として,地上権に関する法源であ る「地上権令」の法規範構造を一定の視角から分析しえ:そこでは, ドイツ の「地上権令」とわが国の「借地借家法」の法規範構造に関して,概括的お よび個別的な相違点が,かなり明確な形で示されたのではないかと考えられ る。すなわち,まず,
I
地上権令」は,概括的に言って,I
借地借家法」が強 行法的構造をなしていることとはきわめて対照的に,契約自由の原則の余地 をかなり残しているといえ,地上権は,その内容について,当事者の合意を 重視したかなり柔軟な仕組みを有する法制度であること,さらに,I
地上権 令」は,個別的にも,特に,地上権の一定の存続期間の保障,および,契約 の更新につき,完全に契約自由の原則に委ねていることが解明されたのであ る。しかしながら,旧稿の結びにかえてでも指摘したように,比較研究は単な る相違点の挙示に終わるべきではないのであり,
I
地上権令」の法規範構造 を規定しているもの,すなわち,地上権制度をめぐる法的・社会的・経済的 および政治的諸条件,ならびに,地上権制度の背後に存する土地や都市に関 する基本理念ないし哲学などを多角的に考察することが,今後の比較研究に とって,さらに必要とされよう。そして,そのような基礎理論的考察を積み 重ねる過程において, ドイツの「地上権令」とわが国の「借地借家法」の法 規範構造との間に,概括的および個別的な相違点が認められる理由を解き明 かしっ与し そこから, 借地法学再構成の方向を探りたいと考えるのである。以上のような基本的な考え方にもとづき,本稿は, ドイツにおける地上権 制度に関して,若干の基礎理論的考察を行おうとするものである。具体的に は,クノーテの所前)こ依拠し,それを整理するような形で,まず,地上権制 度の主要な経済的特色について考察し,そのうえで,地上権制度に関す
る土地所有者と地上権者の利益について考察するものである。確かに,本稿 で考察される多くのものは,常識的ないし既知のことがらに属するかもしれ ない。しかし,そのような考察をわずかながらでも積み重ねてみることが,
比較研究を深めることにつながることは疑いないところであろう。
( 1 )
その代表的な業績としては,稲本洋之助ほか編『借地・借家制度の比較研究 欧米 と日本JJ(東京大学出版会.1 9 8
7)が挙げられる。( 2 )
拙稿「ドイツ地上権制度比較研究序説付帥一借地権の『第二所有権化』現象の観 点によるドイツ地上権令の法規範構造に関する一考察一」六甲台論集3 5
巻3
号.3 5
巻4
号(19 8 8 . 1 9 8 9 ) 2 0 0
頁以下.7 1
頁以下。なお,拙稿「存続保障・保護をめぐる借 地 ・ 借 家 の 法 的 関 係 一 『 借 地 借 家 法 』 と ド イ ツ 法 を 対 象 と し て 一 」 私 法5 6
号(1
9 9 4 ) 1 9 2
頁以下も参照されたい。( 3 )
なお,この理由を解明するためには,基礎理論的研究とともに.BGB
から1 9 1 9
年に 成立した「地上権令」に至る立法史を研究すること,特に. [""地上権令」の成立過程に おける議論を丹念に追ってみることも必要とされよう。( 4 ) Hans
‑Ge o r g K n o t h e . Das E r b b a u r e c h t Eine r e c h t s d o g m a t i s c h e und r e c h t s t o l i t i s c h e U n t e r s u c h u n g
,1 9 8 7 .
E 地上権制度の主要な経済的特色について
それでは,まず,地上権制度の主要な経済的特色を押さえることから,本 稿の考察をはじめることとする;
地上権制度が利用される場合,その内容を根本的に考察してみると,そこ には,大きく分けて,次の二つの主要な経済的特色を見いだすことができる と考えられる。すなわち,第一に,土地が,建物のための所在地として,土 地所有者と異なる人である地上権者によって,利用されることであり,第二 に,この建物が,経済的に,地上権者の財産に帰属することとなり,そのこ
とにより,この建物が,地上権者によって,使用されることである;
以下,これら二つの主要な経済的特色について,少し敷街してみておくこ
ととする。
1
第一の主要な経済的特色についてまず,土地が建物のための所在地として利用されること,すなわち,土地 が建物のための所在地として機能することは,土地の本質に従って土地に内 在する特質のひとつである,と理解することができる。
そして,この所在地としての土地の機能は,建物にとっては,他の製造物 にとってよりも,はるかに重要であるといえる。というのは,建物の建築は,
当然,完全に定められた一区画の土地の上(あるいは中)においてのみ可能 であるしさらに,建物の使用は,不動の所在地なしには,不可能であるか
らである。
最後に,土地を建物のための所在地として利用する権限とその主体につい て一言すると,土地を建物のための所在地として利用する権限は,私的所有 権に基礎を置く法・経済秩序において,原則として,土地についての所有権 の一部であり,地上権制度は,この権限を,土地所有権から切り離し,地上 権者に付与するものである,と考えることができる。
2
第二の主要な経済的特色について第二の主要な経済的特色については,まず,二つの場合に分けて,考えて みる必要があろう。
第一の場合は,建物が,地上権の設定時に,いまだ存在していない場合で ある。この場合においては,土地を建物のための所在地として利用する権限 により,地上権者には,所在地としての土地の機能を実現するための前提と して,他人の土地に,建物を建築する権限が認められる。そして,この場合,
土地所有者の寄与は,地上権者が建物を建築し使用するために,土地を任意 に利用させることに限定されることになる。また,このようにして建築され た建物は,経済的に,地上権者の財産に帰属することとなるのであり,地上
権制度は,建物についての所有権を地上権者に認めることと必然的に結び付 けられるのではない, とのことである。
これに対して,第二の場合は,土地所有者(あるいは第三者)が,地上権 の設定前に,すでに建物を建築していた場合である。この場合においては,
土地所有者は,地上権の設定と同時に,地上権者に,建物のための所在地と して自己の土地を利用する権限とともに,さらに,これまで自己に属してい た建物自体をも,経済的に,付与することになる,とのことであ£
最後に,第ーの場合にも,第二の場合にも,地上権者は,建物が自己の財 産に経済的に帰属することにより,建物を包括的に使用する権限を取得する。
この法的に保障された建物の使用の可能性が,地上権者にとっては,地上権 の本来の目的であるといえよう。
( 5 ) r r
の考察においては,K i
lOt h e ( F n . 4
,)S . 9‑11
を参照した。( 6 )
いうまでもないことであるが,地上権制度が利用される場合,通常,地上権設定の 対価が合意され,その対価の支払・収受がなされることとなるが,それについては,本稿では,特に考察はしないこととする。
( 7 )
この点については,現行の地上権制度に限定しでも, [""地上権令J1 2
条の規定(地上 権にもとづいて建築された建物は,地上権の本質的な構成部分とみなされ,地上権が 消縦するときには,地上権の構成部分は土地の構成部分となる,との規定)に関して,詳しく考察する必要があるが,ここでは,今後の課題としたい。
( 8 )
この点についても,注(7)と同様である。E 地上権制度に関する土地所有者の利益について
以上,地上権制度の主要な経済的特色について簡単に考察したが,次に,
そのことを前提として,地上権制度に関する土地所有者の利益について考察 してみたい。
土地所有者は,地上権制度に関して,次の三つの点に,利益を見いだすと 考えられる。すなわち,第一に,建物のための所在地としての土地の特質を
実現することによって,自己の土地を利用することであり,第二に,建物の ための所在地として自己の土地を利用する際に,このような利用が,土地所 有者自身によってではなく,地上権者によって行われることであり,第三に,
建物のための所在地として自己の土地を利用する際に,地上権者に土地を譲 渡することがなく,土地が自己の財産にとどまることである。
以下,これら三つの点について,少し詳しく考察してみることとする。
1
建物のための所在地として自己の土地を利用すること土地所有者は,地上権制度に関して,まず第一に,自己の土地を寝かした ままにしておくことを避け,建物のための所在地としての土地の特質を実現 することによって,自己の土地を利用することに利益を見いだすと考えられ る。
建物のための所在地として自己の土地の利用をめざすことは,その土地が 地上権にもとづいて利用されることになるときにはまさに,純粋に収益を獲 得するという意図のほかに,さまざまな国民経済的目的,および,その他の 公的な利益に根ざす目的にも依拠しうる。
2
地上権者による建物のための所在地としての土地の利用土地所有者が建物のための所在地として自己の土地を利用しようとする際 に,その土地が地上権にもとづいて利用されることになるときには,このよ うな利用は,直接に,土地所有者自身によってではなく,他の人,すなわち 地上権者によって行われることになる。したがって,土地所有者は,地上権 制度に関して,第二に,建物のための所在地として自己の土地を利用する際 に,このような利用が,自己自身によってではなく,地上権者によって行わ れることに利益を見いだすと考えられる。
地上権者によって建物のための所在地としての土地の利用が行われる場 合,土地所有者は,建物の建築について,出費,危険,苦労,および,人的
な投入を負担することはなく(通常,それらの負担は,建物を建築する地上 権者が負う。),ならびに,建物の管理,特に,建物の維持についても,同様 であることになる。
このように,土地所有者が,自己の土地に建物を建築して利用する際に,
自ら事業家的な責務を負うことを避け,通常,合意された対価と引き換えに,
単に地上権者に敷地を委譲することに利益を見いだす場合,それは,個々の 場合において,当然,きわめてさまざまな理由に依拠していると考えられる。
ここでは,社会・経済史上のさまざまな時期において繰り返し認めることが できる一定の典型的な理由について,さらに,考察しておくこととしたい。
( 1 )
土地所有者の自己必要がないこと誰かが,自己の土地を,他人の利用に委ねることに利益を見いだすように なるのは,その土地について,居住目的あるいはその他の目的のための自己 自身の必要が,すでに満たされている場合,すなわち,自己必要がない場合 に限られる。したがって,建築可能な,余った土地が所有者の掌中に存在す ることが,地上権を設定するための必要条件であることになる。
このことから,歴史的にみて,地上権(その原形および類似の形態も含め て)は,永小作権とならんで,きわめてさまざまな種類の大土地所有(大所 有地)を利用するための最も重要な法形態のひとつとされているのである。
もっとも,ここで,大土地所有というのは,広範な面積の土地について私有 状態にあるもののみではない。昔から,地上権の設定においては,公権力の 担い手(国家,市町村)ならびに教会の機関(教区,宗教上の団体)が,私 的土地所有者よりも,むしろより重要な役割を果たしてきたのであり,地上 権は,ここでは,国家や教会のたいてい少なからぬ規模の土地所有がまず第 一に果たすべき公的な目的を達成するための道具とされるのである。ただし,
ごく最近においては,中規模ないし小規模の土地所有者によって地上権が設 定されることも,ますます認められるようになっている, とのことである。
( 2 )
土地所有者が余った土地を自己利用することにつき,もろもろの支障が あること( a )
手段が欠けていること余った(すなわち,自己必要がない)土地の所有者は,時として,土 地とならんで,さらに必要である労働および資本についての手段が彼に 欠けているがゆえに,自己の土地に建物を建て,建築された建物を使用 することができないことがある。
ただし,相対的に豊かな資本をともなう良好に機能している近・現代 の国民経済においては,通常,そのような場合は,まれにしかないと思 われる。というのは,ここでは,高度に発達した不動産信用制度が,土 地所有者に,労働および資本を獲得するために必要な資金を,自己の土 地の担保貸付によって調達することを,かなり容易に可能とするからで ある。
しかし,経済発展の初期においては,事情は異なっていたようである。
まず,この時期においては,土地所有者には,自己の広大な所有地を 開発するために十分な自己資金が欠けていたし,取り立てて言うほどの 資本は,いまだ形成されえなかったのである。また,度重なる戦争,伝 染病,飢僅等が人口の増加の妨げとなっていたために,現存する労働力 の数も,開墾されなければならない豊かな土地に対して, しばしば,僅 少であった。したがって,土地所有者が,必要とされる労働力を獲得す ることは,通常,できなかったのである。さらに,かなり広大な所有地 を単独経営の形で利用する際には絶対に必要である,性能の良い行政機 構もまた,しかるべき人的,物的な手段が欠けていたのであるから,い
まだ存在しなかったのである。
したがって,所有者が自己の土地を自ら利用できない場合,土地所有 者は,自己の計算にもとづいて土地に建物を建て,その建物を自ら使用 する人々に,自己の土地を委譲し,それとともに,地上権(あるいは永
小作権)を,彼らに認めたのである。土地所有者は,このような他人の 利用によって,自己に対価として給付された地代の形態において,収入 を獲得したのである。
以上のような状況については,ヨーロッパの中世初期および中期の関 係が,模範的と考えられるようである。
すなわち,グルントヘル(王,教会,世俗の貴族)が,たとえば,大 量の奴隷労働にもとづいていた古代の「ラティフンディウム経済」の方 式にもとづいて,大所有地を自ら経済的に利用するには,ここでは,あ らゆる人的,物的および機構的な前提が欠けていた。したがって,グル ントヘルは,彼らの土地の大部分を,地代と引き換えに,ライエとして 委譲したのである。
ライエ関係にもとづく土地利用は,中世の経済的,社会的および政治 的秩序にとって,きわめて根本的な意義を有していたが,さまざまな多 数のライエの形態のなかで,いわゆる(自由な)エルプライエが,地上 権の重要な先行形態であるとみなされる,という。特に,都市の土地ー それは,大部分,都市君主,宗教上の団体,あるいは,門閥貴族に属し ていたーは,
1 2
世紀以来,ますます,建築目的としてのエルプライエ の形態において,委譲され,被委譲者は,しばしば,その土地を,住居 および仕事場のための所在地として利用し,それによって,その都市の 入植および経済的な発展に決定的に貢献した手工業者であったようであ る。( b )
人的な障害があること土地所有者自身が,建物を建てて自己の土地を利用することとはなら ない場合,土地所有者個人に帰すことができる理由としては,まず,か なりの年齢であること,および,業務的な経験不足が考えられる。業務 的な経験不足には,特に,建物の建築,管理,維持の領域において,今
日,ほとんど避け難く,事業家的な責務をともなう多様な負担を担わな ければならないことが,関係することとなる。
したがって,次のような状況にある農場主が,今日もまた,地上権の 典型的な設定者である,という。すなわち,業務的な経験不足から,今 や建築敷地として定められた自己のこれまでの耕作地に,自ら建物を建 てることを欲せず,かつ,このことについて,準備が整った,あるいは,
能力がある後継者をも有しない,退職の年齢にある農場主である。ここ では,インフレに対して確実に対応しうる地代が,農場主の晩年を,金 銭的に,まさに最善に保障するのである。
次に,ある国家・社会体制における,土地所有者の職業的あるいは社 会的な地位および機能が,自己の土地に自ら建物を建てて利用すること にとって,多かれ少なかれ,同様に,支障となることがありうる。ここ では,大規模な建築を意図する建築主として,かつ,建物の直接の使用 者として,活動を行うことにつき,土地所有者には,それ以外の多様な 任務のために,時間とエネルギーが残っていないか,あるいは,このよ な活動を行うことが,一定の理由一たとえば,政治的あるいは身分的 な考慮ーから,土地所有者の自己認識と矛盾するとみなされるのであ る。
このような種類の障害は,歴史的にみて,重要であったようである。
産業化前の時代の社会体制において,および,一部では,産業化され た時代の社会体制においてもなお,大土地所有者は,通常,政治的・軍 事的および社会的な指導者層(すなわち,貴族)でもあったのであり,
政治家,地位の高い行政官,将校等の機能が,たいてい,まさに本質的 には異なる技能および考え方を必要とする業務的な活動の妨げとなった のである。すなわち,業務的あるいは商業的活動を行うことは,貴族階' 級にとって,身分にふさわしくない(収益を求めること自体ではなく,
事業家としての特殊な生活を送ることが,身分に反することになる。),
とみなされることがまれではなかったし,さらに,時には,法的に制限 されていたのである。
( c )
土着の入植者層の形成を目的とすること土地所有者がかなり広大な地積を地上権にもとづいて委譲する場合,
時には,土着の, したがって,自己の居住地域の運命と特に内面的に結 びつけられた入植者層の形成を目的とするという理由に依拠しているこ とがある。このような目的は,公的な利益とじて追求される最も重要な 目的のひとつであるが,国民経済的な性質(居住や営業目的のための地 域を,新たに,あるいは,再び開発すること),社会政策的な性質(か なり広範囲の住民のために,住居をつくること),あるいはまた,国家 政策的な性質(一定の地域の住民を民族的に構成すること)を有すると 考えられる。
土着の入植者層の形成は,居住者に,その居所に関して,所有者に類 似した地位が付与されることを前提とする。地上権は,建物が権利者の 財産に(少なくとも,経済的に)帰属することが特色であるから,地上 権者に,所有者に類似した地位,および,自己の住居の主人であるとい
う根拠のある意識をも得させることになる。
これに対して,他人の住居を使用する権限のみを付与される住居使用 賃借権は,現代の立法による賃借人の地位の著しい強化(特に,存続保
護
)(lkもとづいてさえ,同じことを達成することはできないのであり,この点に,地上権に対する住居使用賃借権の本質的な弱点のひとつが存 するのである。
3 地上権者に土地を譲渡することがなく,土地が自己の財産にとどまるこ と
土地所有者が,建物のための所在地として自己の土地を利用しようとする
が,土地所有者に自己必要がない場合,あるいは,土地所有者が自ら利用す ることにつき,もろもろの支障がある場合,前節(
2
)において考察したよ うに,土地所有者は地上権にもとづいて自己の土地を委譲することに利益を 見いだすことになるが,翻って考えてみるに,このような場合,土地所有者 が,自己の土地を,建築について意欲があり,かっ能力がある人に,譲渡す ることもまた,当然の方策として考えられよう。しかし,土地所有者が,譲 渡によって獲得できる対価の取得よりも,土地が自己の財産にとどまること に利益を見いだす場合には,土地所有者は,この方策を思いとどまるであろ う。そして,このような場合には,自己の土地を地上権にもとづいて委譲す ることが得策であることになる。というのは,他人が,地上権にもとづいて,建物を建築して使用ししたがって,土地所有者は,その努力を免れ,それ にもかかわらず,その土地は,所有者の財産にとどまるからである。
このように,土地所有者は,地上権制度に関して,第三に,建物のための 所在地として自己の土地を利用する際に,地上権者に土地を譲渡することが なく,土地が自己の財産にとどまることに利益を見いだすと考えられるが,
このような土地所有者の利益を基礎づけている理由は,いかなる点にあるの であろうか。ここでは,主たる理由について,さらに,考察しておくことと
したい。
( 1 )
金銭価値ではなく,物としての価値という利点を維持すること第一に,土地所有者が,売却に代えて,自己の土地に地上権を設定するこ とは,金銭価値ではなく,物としての価値という利点を,所有者に維持する ことになる。
この物としての価値という利点は,周知のように,土地の所有においては,
他のたいていの物の所有におけるよりも,より強く際立つている。というの は, ドイツにおいても同様であるようであるが,土地は,昔から,物として の価値の特別な安定性によって傑出しているし,特に,最近の数十年間にお
いては,ほとんで一貫して,むしろ,異常な価値・価格の上昇によって際立 っていることがまれではないからである。
土地の価値の上昇は,地上権の存続期間中においては,所在地としての利 用可能性が地上権者に委ねられることに対する対価としての地代の増額の形 で実現されることになる。
さらに,今日,通常,一定の存続期間に限って設定されている地上権の消 滅後には,その土地は,地上権の設定の時点と比べると,たいてい,著しく 上昇した現在の価値をともなって,制限を受けることなく,土地所有者の任 意の状態に復帰する,とのことである。
( 2 )
土地の利用に対して影響力を行使できること第二に,地上権の設定は,譲渡とは異なり,その土地を建物のための所在 地として利用する際の性質および方式に対して,土地所有者の影響力の行使 を認めることになる。
地上権設定契約は,このような影響力を行使する権能を,かなり広範に,
形成することができるという。
また,土地所有者がこのような影響力を行使できることは,単なる地代の 収受を超えた利益を有する地上権において,特に,意義がある。なかんずく,
住居政策および入植政策上の目的,ならびに,都市建設および国土計画の観 点にもとづいて設定される地上権において,そうである。地上権が,このよ うな領域における多様な問題の解決に,決定的に貢献しうるか否かは,
BGB
の成立以来,再三再四,論争され,最近では,6 0
年代の終わりから行 われた根本的な土地法改革をめぐる論争の渦中において,特別な論議を呼ん だようである。( 3 )
力を有する地位が付与されること第三に,土地についての所有権が,卓越した経済的,社会的および政治的
な力を有する地位を,一般的に付与することが,土地所有者が,自己の土地 を譲渡し,それとともに,この地位を手放す代わりに,地上権にもとづいて 自己の土地を委譲することに利益を見いだすための特に典型的な理由とな る。
この理由は,産業化前の社会においては,当然のことながら,きわめて決 定的な役割を果たしたようである。
産業化前の社会においては,資本の意義がいまだ重要ではなかったために,
土地は,はるかに最も重要な生産要素であり, したがって,土地所有者階層 は,しばしば,そのような社会の権力エリートを形成した。すなわち,最高 の社会的な地位が,土地所有者階層の構成員に与えられ,彼らは,実際の政 治的な指導権を握ったのである。さらに,このような指導権を握る地位は,
たとえば,都市における完全な市民としての身分,および,政治的な活動権 を,土地を所有する住民に限定するというやり方によって, しばしば,法的 にも,制度化されていた,とのことである。
( 4 )
地上権が,譲渡が認められていないことに対する代用物となること 最後に,そもそも,土地を譲渡することが,一定のグループの土地所有者 にとっては,国家の法あるいは教会法にもとづき,禁止,あるいは,困難に されていた場合があったしまた,現在もされている場合がある。ここでは,譲渡の制限は,これらの土地所有者が土地の所有を喪失することを防止し それにより,最も重要な財産的基礎のひとつを,彼らに対して,維持するこ
とになる。そして,このような場合には,地上権が,譲渡が認められていな いことに対する代用物として,得策となるのである。
(9)
m
の考察においては,Knothe(Fn.4)
,S.12‑24
を参照した。(10) この点については,たとえば,拙稿「ドイツにおける住居使用賃借権の存続保護1
J
法時
6 4
巻6
号(19 9 2 ) 6 2
頁以下を参照。。
。
この点については,現行法においては,I
地上権令J 9 a
条の規定が問題となる。ごく 簡単には,拙稿・前掲注(2 ) 3 5
巻3
号2 1 5
頁参照。N 地上権制度に関する地上権者の利益について
続いて,地上権制度の主要な経済的特色についての考察を前提として,地 上権制度に関する地上権者の利益について,ごく簡単に考察しておきたぺ
権利者である地上権者の側から地上権制度をみてみると,言うまでもない ことであるが,地上権が設定されるためには,地上権者となる者が,他人の 土地を建物のための所在地として利用し,その建物を自ら使用することに利 益を見いだすことが必要とされる。
これに対して,地上権者にとっては,土地について,建物のための所在地 としての土地の特質を利用することを超えた利用の可能性,および,処分の 可能性を獲得すること‑これらの可能性を総体的に獲得することは,所有 権の譲渡によってのみ可能であるーが,重要であるわけではないのである。
ところで,建築意欲を有する者が,土地自体を取得することを断念する主 たる理由は,時として存在する土地取得に対する法的な障害を度外視すると,
当然のことながら,土地取得に必要な資金が欠けていることである。
しかし,現代の経済の実状は,この障害をも,著しく相対化したのである。
というのは,取得される土地を担保手段として用いることができること(た とえば,残金額抵当権の設定)によって,土地取得に必要な資金を,金融市 場において,調達することが可能だからである。したがって,今日,建物の 建築に関心をいだく者は,通常,貸付けられた資金をもって取得された自己 の土地の上に建築するのか,それとも,地上権にもとづいて委譲された他人 の土地の上に建築するのか,という選択を有することになる。そして,自己 の土地の上に建築することが必ずしも望まれていない場合には,信用に対す る利息および弁済の額と,地上権についての地代額との相違が決定的となる であろう。
これに対して,取り立てて言うほどの資本の形成がいまだ行われていなか った時代の国民経済においては,土地を所有していない住民が,居住の場所,
および(あるいは),仕事の場所として,自己に帰属する建物を使用したい と思う場合には,ここでは,土地取得に必要な資金を調達することが不可能 であるために,通常,土地のライエのみが,唯一の可能性として残されるこ とになる。そして,この点に,中世の最盛期および後期の初期において,都 市のエルプライエが全盛し,ならびに,資本の増大が,より広範な階層に,
敷地の取得を許容した中世の終わり頃に,このライエの形態が,しだいに消 滅したことの経済的なさらなる理由(皿
2 ( 2 ) ( a )
も参照)が存する,とのこと である。(l~ Nの考察においては,
Knothe ( F n . 4
,)S . 2 4
ー2 6
を参照した。(l~ 土地が売買される場合に,代金の一部のみが支払われ,その残額を担保するために,
買主が取得した土地に設定される抵当権。
V 結びにかえて
以上, ドイツにおける地上権制度に関して,基礎理論的考察を積み重ねる 過程において, ドイツの「地上権令」とわが国の「借地借家法」の法規範構 造との聞に,概括的および個別的な相違点が認められる理由を解き明かしつ つ,そこから,借地法学再構成の方向を探るという基本的な考え方にもとづ き,若干の基礎理論的考察を行ってきたが,最後に,本稿の基本的な考え方 に関して,以上の考察から得られた示唆をいくつか指摘して,結びにかえて おきたい。
「地上権令」の法規範構造の概括的特徴に関して
まず,
I
地上権令」は,概括的に言って,I
借地借家法」が強行法的構造を なしていることとはきわめて対照的に,契約自由の原則の余地をかなり残しているといえ,地上権は,その内容について,当事者の合意を重視したかな り柔軟な仕組みを有する法制度であるとみなされるのであるが,その理由に ついて,本稿の考察から得られた示唆を二つ指摘しておきたい。
第一の点は,
m
における考察の全般に関係することである。Eにおいて考察したように,土地所有者は,地上権制度に関して,三つの 点に,利益を見いだすと考えられるが,第二点および第三点の土地所有者の 利益を基礎づけている理由ないし事情は,きわめて多岐にわたっているとい えようo そうすると,地上権制度が有効に機能するためには,そのような多 様な理由ないし事情に対応しうるように,地上権制度は,かなり柔軟な仕組 みを備えた法制度である必要があると考えられる。そして,この点に,
r
地 上権令」が,概括的に言って,契約自由の原則の余地をかなり残している理 由のひとつがあるのではなかろうか。第二の点は,
m
における考察の個々の点に関係することである。m 2 ( 2 ) ( c )
において考察したように,土地所有者が,土着の入植者層の形成 を目的として,かなり広大な自己の土地を,地上権にもとづいて委譲する場 合があるが,このような目的は,さまざまな性質を有すると考えられる。ま た,m
3( 2 )
において考察したように,地上権の設定は,譲渡とは異なり,そ の土地を建物のための所在地として利用する際の性質および方式に対して,土地所有者の影響力の行使を認めることになる。そうすると,地上権制度は,
さまざまな性質を有する目的に対応しうるような,また,土地所有者が影響 力を行使する権能,をかなり広範に形成することができるような仕組みを有し ていることが必要であると考えられる。そして,この点にも,
r
地上権令」が,概括的に言って,契約自由の原則の余地をかなり残している理由のひと つがあるのではなかろうか。
2
地上権の一定の存続期間の保障に関して次に,
r
地上権令」は,個別的にも,地上権の一定の存続期間の保障につき,完全に契約自由の原則に委ねているのであるが,その理由について,本 稿の考察から得られた示唆を二つ指摘しておきたい。
第一の点は,より重要な点であると考えられるが,地上権の法的構成,さ らには,不動産の法的構成が建物の建築行為に与える意味に関係することで ある。
E
において述べたように,地上権者が建築した建物,あるいは,地上権の 設定前にすでに建築されていた建物は,経済的に,地上権者の財産に帰属す ることとなり,地上権制度は,建物それ自体についての所有権を地上権者に 認めることとはならないとされている。すなわち, ドイツにおいては,土地 と建物は一体となって一個の不動産をなし,地上権の存続期間中においても,建物それ自体についての所有権が別個に地上権者に認められるのではなく,
建物はあくまで地上権の本質的な構成部分とみなされるのであり,地上権が 消滅するときには,建物は敷地の構成部分となるという法的構成が採られて いるのである。このような法的構成のもとにおいては,建物の建築行為は,
敷地の改良を意味すると考えられる。そして,このことを前提とすると,地 上権の存続期間に関して,土地所有権の意思が,建物の建築の採算性を全く 顧慮、しないような短期の存続期間を地上権者に押しつけて,地上権者の建築 意欲を減退させる方向に働くことはありえないと考えられ,この点に,
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地 上権令J
が,地上権の一定の存続期間の保障につき,完全に契約自由の原則に委ねている理由のひとつがあるといえよう。
なお,建物が地上権者の財産に経済的に帰属することにより,地上権者は,
建物を包括的に使用する権限,ならびに,建物に関して所有者に類似した地 位を取得するのであるから,最も重要な権限は付与されることになるのであ る。
第二の点は,地上権制度に関する土地所有者の利益に関係することである。
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において考察したように,土地所有者が,自己の土地につき,自己必要 がない場合,あるいは,自ら利用することにつき,もろもろの支障がある場合,土地所有者は地上権制度に関して利益を見いだすことになるが,このよ うな場合においても,土地所有者が地上権制度に関して利益を見いだしてい る限り,土地所有者は,自己の土地を寝かしたままにしておくことを避け,
建物のための所在地として自己の土地が利用されることに利益を見いだして いるのである。したがって,このことを前提とすると,地上権の存続期間に 関して,土地所有者の意思が,地上権者の建築意欲を減退させる方向に働く
ことはありえないと考えられ,この点にも,
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地上権令」が,地上権の一定 の存続期間の保障につき,完全に契約自由の原則に委ねている理由のひとつ があるのではなかろうか。3 地上権設定契約の更新に関して
最後に,
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地上権令」は,地上権設定契約の更新についても,完全に契約 自由の原則に委ねているのであるが,その理由について,本稿の考察から得 られた示唆を指摘しておきたい。III3において考察したように,土地所有者は,地上権制度に関して,建物 のための所在地として自己の土地を利用する際に,地上権者に土地を譲渡す ることがなく,土地が自己の財産にとどまることに利益を見いだすと考えら れる。したがって,土地所有者としては,このような利益を確実に維持する ために,地上権の存続期間の満了後においては,契約の更新が容易なことに よって地上権が半永久的に存続するのではなく,地上権者に委譲されていた 自己の土地が,再び,自己の任意の状態に復帰することを,原則として必要 とすることになろう。そして,この点に,
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地上権令」が,地上権設定契約 の更新についても,完全に契約自由の原則に委ねている理由のひとつがあるといえよう。