1
.研究の目的と方法2011年(平成23年)3月11日以降の東日本大 震災において,医療用医薬品(1)が福島県内の病 院,医院,調剤薬局すなわちこれらの医療機関に 供給される際の当時の体制や具体的な取組み状況 について把握する。またそれを踏まえた今後の課 題・改善点について検討を加える。
それらを目的として,大手医薬品卸の当時の販 売データに基づき,医療用医薬品の供給量や供給 件数を時系列でグラフ化する。そのグラフと合わ せて,震災当時に供給を担った同医薬品卸の管理 職などへのインタビュー,さらに当時の被害状況 や行政・民間の対応,流通網の状況,医療用医薬 品流通の慣習を含めた広範な動向を照らし合わせ る。
これらの分析により,医療機関,医薬品メーカー や医薬品卸などの幅広い医療関係従事者が,災害 に備えた適正な生産量や備蓄量の把握と確保を行 い,拠点・施設や設備の充実とともに流通網など のインフラの整備を事前に進めることにつながれ ば, 事業継続計画, すなわちBCP(Business ContinuityPlan)構築に際しての一助になると 考える。
2
.医療用医薬品流通の特性 供給のルート2012年度において,日本で供給される医療用 医薬品の97%は医薬品卸を経由している(日本 医薬品卸売業連合会 2014)。医療用医薬品の供給
ルートは,医薬品メーカーの工場から医薬品卸の 物流拠点へと流通し,その後,医薬品卸の支店な どを経由して病院,医院,調剤薬局の医療機関に 供給(配送)される。いずれの医療機関において も供給ルートについての大きな違いはない。
医薬品卸における医療用医薬品の在庫は,物流 拠点や支店で一定量確保されている。また,医薬 品卸の物流拠点から直接,医療機関に供給される こともある。なお,2次卸や3次卸を経由すると いうことはほとんどない。
通常,医療機関は,2社から4社くらいの複数 の医薬品卸と取引している。新規での医薬品卸と の取引開始時,新製品としてその医療用医薬品が 上市され新規採用したとき,また,薬価改定(2) の時などに,医療機関は,医療用医薬品の購入価 格と供給医薬品卸を決定する。さらに,医療機関 は,定期的に医療用医薬品ごとの価格提示を医薬 品卸に依頼し,医療用医薬品ごとに購入価格と供 給医薬品卸を決定する。
各々の医療機関は,医薬品メーカーの医療用医 薬品ごとに供給医薬品卸を決定する場合もあるが,
ある特定の医療用医薬品を複数の医薬品卸から同 時期に購入するということはほとんどない。つま り,一定の契約期間内においては,各々の医療機 関は,医療用医薬品ごとに,購入する医薬品卸を 1社に限っていることが多い。
供給の特徴
1990年代からの医薬分業,すなわち,患者へ の薬剤情報提供や患者の薬歴管理の充実を目的と して,治療を行う医療機関とは別施設にて外来患 者への医療用医薬品の投薬を行う仕組みの進展に
論 文
東日本大震災における福島県での医療用医薬品供給
堂 本 尚 司
よって,調剤薬局の店舗数は大幅に増加した。
医療機関のうち調剤薬局の店舗規模は,病院や 医院などと比べて小さい傾向にある。そのため,
調剤薬局における医療用医薬品の在庫は,他の医 療機関と比べて少なく,医薬品卸が調剤薬局に医 療用医薬品を供給する頻度は高く,1日に数回の 供給ということもある。なお,全国の外来患者に 対して,医療用医薬品の処方箋枚数の約66%が 調剤薬局を経て,処方されている(日本薬剤師会 2016)。医療機関のうち病院や医院に対しては,
医薬品卸が1日もしくは2日に1回程度,医療用 医薬品を定期的に供給する。このように,調剤薬 局は病院や医院と比較して供給の回数が多いこと が供給の大きな特徴である。
日常,医療機関から前日に受注した医療用医薬 品をその翌日に供給するが,午前中の供給が非常 に多いのも,医療用医薬品供給の商慣習である。
これらの通常の供給に加えて,医療機関におけ る医療用医薬品の急な需要変化や需要増加に対し て,医薬品卸は「急配」と呼ばれる臨時の供給対 応を行うことがある。
また,医療機関において,キャッシュフローの 観点などから,月末には在庫量を減らしておき,
毎月の初めに「一括納品」と呼ばれる,医薬品卸 から医療用医薬品の大量供給を受ける医療機関が 多くある。
一方,医薬品卸が医療機関から受注するに際し ては,震災当時は,医薬品卸の営業担当者などが 訪問時に注文を受けて,携帯している情報端末を 活用する方法や,医療機関から支店に電話などで 注文が入り,支店の情報端末を活用する方法など がある。いずれもその後の流れは,ネットワーク システムを介して物流拠点にデータが伝わる。ま た,震災当時は,まだ一部ではあったが,医療機 関と医薬品卸が直接,ネットワークを結んでいる ケースもあった。
3
.震災後の医療用医薬品の供給環境 道路の状況震災の発生直後から,医療用医薬品の供給に必
要となる道路の状況が懸念されたが,今回,医療 用医薬品の販売データを活用する大手医薬品卸で は,災害発生の翌日である3月12日には厚生労 働省へ「緊急通行車両確認標章」を要請し,各都 道府県の警察にて許可証を発行してもらい,高速 道路などの優先通行が認められた。また,3月19 日からは,医薬品を運搬する緊急車両は給油量の 制限を受けないこととなった。
一方,医療用医薬品の供給において東北自動車 道の早期復旧を実現できたことが,需要に応じた 供給体制構築のために,重要な役割を果たしたと 考えられる。
防災白書の記述(内閣府2011)は,次のとお りである。「地震による道路の損壊,燃料等の供 給不足により,被災地の病院では医薬品,医療機 器等が不足し,その確保が課題となった。そのた め,厚生労働省は,3月12日に医療機関等に対 する医薬品,医療機器等の供給に支障が生じるこ とがないよう,また,適正な流通を阻害すること がないよう万全の措置を講ずるよう関係団体に依 頼したほか,医薬品,医療機器等を被災地に円滑 に輸送できるよう,『緊急通行車両確認標章』の 交付申請手続を関係団体に通知した。また,関係 団体の協力を得て,医薬品,医療機器等を被災地 へ搬送した」
「道路関係については,東北自動車道をはじめ とする高速道路や直轄国道が被災により通行止め となり,特に太平洋沿岸の国道45号は各地で寸 断された。
このため,道路の復旧に当たっては,まず東北 地域へのアクセスのために,南北方向の幹線であ る東北自動車道と国道4号の縦軸ラインについて,
発災翌日の3月12日に緊急輸送ルートとしての 機能を確保するとともに,内陸部の縦軸ラインか ら太平洋沿岸に向けて東西方向の国道を『くしの 歯形』に啓開し,11ルートを確保,4日後の3月 15日にはすべての15ルートを確保した(いわゆ る『くしの歯』作戦)。7日後の3月18日には国 道45号の啓開作業が概ね完了した。
物流の大動脈となる東北自動車道では,13日 後の3月24日に一般車両の通行が全面的に可能
となり,19日後の3月30日には常磐自動車道が 福島第一原子力発電所の規制区間を除き,一般車 両の通行が全面的に可能となった。
国道45号・国道6号については,福島第一原 子力発電所の規制区間を除き,発災から約1ヶ月 後の4月10日には,迂回路の確保を含めた応急 復旧を概成した。
また,福島第一原子力発電所の規制区間内の国 道6号についても,一時立入に間に合うように,
5月8日には迂回路を含めた応急復旧を完了した」
ガソリンの状況
次に,ガソリンの状況について,防災白書の記 述(内閣府2011)は,次のとおりである。
「石油流通施設については,塩釜油槽所の被災 に代表される施設の損傷等で,東北地方の主要元 売り系列ガソリンスタンド1,137箇所が営業停止 となり,ガソリン不足が発生した。その後,営業 を再開したガソリンスタンドが徐々に増加した結 果,5月30日現在では,東北地方の主要元売り 系列ガソリンスタンド3,070箇所に対し,2,937 箇所が稼働し,多くの地域では,安定供給が行わ れている。」
病院,医院,調剤薬局の医療機関の状況 一方,医療機関の状況についても防災白書に詳 しい(内閣府 2011)。
「岩手県,宮城県及び福島県の医療機関は,5 月25日時点で,380病院中300病院が何らかの 被害を受け,うち11病院が全壊している。また,
4月19日時点で,6,531の一般診療所・歯科診療 所中1,174診療所が何らかの被害を受け, うち 167診療所が全壊している。また,岩手県・宮城 県及び福島県の社会福祉施設は,5月31日現在,
875施設が何らかの被害を受け,うち59施設が 全壊している。
このため,医療関係団体等からの医療関係者の 派遣により,被災地の医療機能の確保を行ってい る。また,仮設診療所や仮設歯科診療所の設置を 進めるとともに,医療機関の早期復旧に向けた財 政支援を実施することとしている。」
「厚生労働省及び文部科学省は,各関係団体や 大学に対して医療従事者等の派遣に係る協力を依 頼し,保健・医療・福祉サービスが必要な被災者 に対して,医師,歯科医師,看護師,薬剤師等の 医療従事者累計12,000名以上,介護職員等累計 1,089名等がそれぞれ派遣された。また,厚生労 働省所管病院全体で約1,250名の被災地の患者を 受け入れた。さらに,被災地以外での要援護者の 受入れ調整を行い,これまでに1,785名を受け入 れたほか,医療・介護における利用者負担の減免 等を実施した。」
通信の状況
さらに,通信関係については,東北と関東地方 においてNTT固定電話がサービスを停止した交 換局回線数が,最大で約100万回線であり,携帯 電話がサービスを停止した基地局数が,最大で約 14,800基地局であった(内閣府2012)。
4
.先行研究東日本大震災において,「昭和大学医療救援隊」
が,岩手県下閉伊郡山田町で医療救援活動を行い,
3月23日から4月8日までの医療用医薬品の払 い出しについて,薬効別の種類,数量,使用状況 などを集計・分析している(半田ら2011)。
医療用医薬品以外にも,医療機関などから感染 対策品や衛生管理品,また医療機器材料などの需 要も高まった(林ら2013)。最大の困難であった 物流確保を図りながら,急激に高まる使い捨ての 検診用手袋の需要への対応を進めたとある。また,
紙おむつや生理用品などの多岐にわたる生活必需 品への対応については,現場情報の収集のやり方 に苦慮した面も述べられている。さらに,ガソリ ン不足,また,医療機器材料について「被災地の みならず在庫を取ろうとする全国の施設や代理店 からの注文が殺到し,東京受注センターがパンク」
という状況も報告された。
一方,震災におけるロジスティクスについては,
阪神・淡路大震災における対応についての論文が ある(矢野・鈴木19992000)。それによると,
阪神・淡路大震災の発生当初は,医薬品・医療資 器材の絶対量の確保とともに,外傷用の医薬品・
医療資器材の確保が重要となり,その後,時間を 経るにつれ,慢性疾患の患者への対応や内科系疾 患に対応するためのものに変化していくことが,
図表や実例紹介を交えて示されている。また,震 災発生後の医薬品卸各社の稼働について,震災発 生後2日目までは主な医薬品卸9社のうち,医療 機関が連絡をとることができたのは1社のみであ り,医薬品・医療資器材の確保が困難であった状 況が伺えると述べられている。
先行研究においては,東日本大震災において,
医療用医薬品が医療機関に供給される際の当時の 体制や具体的な取組み状況などについての記載は 見当たらなかった。
5
.調査・分析方法調査対象の薬剤と集計期間
医療用医薬品の供給量や供給件数を時系列でグ ラフ化し,震災当時の安定供給の状況を明らかに するため,東京都中央区に本社を置く大手医薬品 卸である株式会社メディセオ(3)の販売データを 活用し,福島県内の病院や医院,また調剤薬局に 供給された医療用医薬品の状況を確認する。その 期間は, 東日本大震災の発生月である2011年
(平成23年)3月の1か月間である。
調査の対象とした薬剤は,血圧降下剤,睡眠剤,
抗不安薬の3薬剤である。「昭和大学医療救援隊」
が,岩手県にて医療救援活動を行い,4月8日時 点におけるその救援医薬品を薬効別に分類した結 果内容を確認すると,循環器官用薬が全体の17
%を占め,続いて中枢神経系用薬の順であった。
循環器官用薬について作用機序別に集計すると,
血圧降下剤が半数以上を占め,次に,中枢神経系 用薬については,睡眠剤,抗不安薬が多かったと 集計・分析している(半田ら2011)。この結果内 容を踏まえて上記の3薬剤を調査の対象とした。
なお,2010年(平成22年)4月に薬価改定が 実施されており,その翌年である2011年には,
薬価改定は実施されていない。よって,薬価改定
実施前後における医療用医薬品供給量の不安定な 状況についての影響はないと考える。
まず,血圧降下剤については,カンデサルタン シレキセチル(販売名ブロプレス)錠を調査対象 とした。東日本大震災の発生年である2011年度 に日本国内で販売された国内メーカーすべての医 療用医薬品の中で,もっとも販売額が大きかった 薬剤である(Monthlyミクス2012)。もちろん,
血圧降下剤においても,当時,もっとも販売額が 大きかった。この薬剤は,2mg,4mg,8mg,12 mgの4種類の規格単位があるが,この中で,調 査の対象エリアにおいて,当時,もっとも供給量 が多かった8mgを選定した。
次に,睡眠剤については,酒石酸ゾルピデム
(販売名マイスリー)錠を調査対象とした。この 薬剤についても,2011年度に日本国内で販売さ れた睡眠剤の中で,もっとも販売額が大きかった
(Monthlyミクス2012)。この薬剤は,5mgと 10mgの規格単位があるが,調査の対象エリア において,当時,供給量が多かった5mgを選定 した。
抗不安薬については,エチゾラム(販売名デパ ス)錠を調査対象とした。この薬剤については,
大手医薬品卸の販売データによると,当時のこの 薬効の中で,もっともよく使用された薬剤である。
この薬剤は,0.5mgと1mgの規格単位があるが,
他の薬剤と同様に調査の対象エリアにおいて,当 時,供給量が多かった0.5mgを選定した。
なお,震災による直接的な人的被害によって使 用される止血剤や輸液などの薬剤ではなく,汎用 性が高くかつ慢性疾患に対する薬効をもつ薬剤で ある血圧降下剤,睡眠剤,抗不安薬を調査の対象 として選択することで,震災における医療用医薬 品の供給量そのものや供給量の変化・安定性を把 握しやすいと考える。
これら3薬剤について,震災当時の販売データ を整理・集計し,3月における供給錠数と供給件 数を日ごとにグラフ化した。医薬品卸の販売デー タそのものは,供給量を包装単位で記録していた ので,供給量を日ごとに錠数単位にて集計し直し た。また,その販売データの行数から,延べ供給
件数を集計した。
震災当時の状況についてのインタビューと 情報収集
大手医薬品卸である株式会社メディセオにおい て,震災当時,福島県内での医薬品供給を担った 福島営業部の部長職社員へのインタビューを 2016年7月15日に実施した。
具体的には,まず,医療用医薬品の確保とその 供給の状況についてである。福島県内には震災当 時,4支店が展開していた。それらの支店がどの ように医療用医薬品を確保し,どのように供給し たのかについて確認した。一方,仮需要の発生状 況について確認した。仮需要とは,何らかの特別 な要因により過去の安定した処方量以上の需要が 起こる広い意味での供給量の増加のことである。
また,陸上自衛隊との連携についても確認した。
次に,福島原子力発電所の被害による住民の避 難や屋内退避によって医療用医薬品の供給量や供 給先に変化があったのか,また供給方法そのもの にどのような変化があったのかについて確認した。
さらに,道路やガソリンの状況,医療機関の閉 鎖状況,求められる医療用医薬品の情報入手の状 況などについても確認した。
上記の内容を補完また再確認するために,福島 県須賀川市において複数の調剤薬局を展開する経 営者へのインタビューを2016年9月29日に実施
した。
これらの業界関係者へのインタビューによる状 況確認に加え,震災当時に株式会社メディセオ内 に設置された「災害対策本部」事務局の記録や,
仙台市に本社を置く河北新報社発行の新聞『河北 新報』の記事についても情報収集・整理を行った。
最終的に,インタビューや情報収集によって得 た内容を医療用医薬品の販売データと照らし合わ せながら,震災時の福島県内における医療用医薬 品の供給についての特性を分析結果としてとりま とめる。
6
.分析結果震災発生月(3月)の医療用医薬品供給 状況
血圧降下剤,睡眠剤,抗不安薬の3薬剤につい て,大手医薬品卸が震災の発生月である2011年 3月の1か月間に福島県内に供給した錠数・件数 を集計し,図1から図3までのとおり,グラフ化 した。横軸は2011年3月の各日付であり,その 日に供給した錠数を棒グラフ(メモリ左軸)で,
延べ供給件数を折れ線グラフ(メモリ右軸)でそ れぞれ示した。
血圧降下剤であるカンデサルタンシレキセチル
(販売名ブロプレス)錠については,図1のとお りである。
図1 震災発生月(3月)の医薬品供給錠数・供給件数(福島県)
カンデサルタン シレキセチル8mg錠
3月1日に22,200錠を延べ57件に供給してお り,この供給錠数の大きさから,月初めの一括納 品が含まれていると推測できる。その後,震災の 発生までは1日の供給量が2,900錠から6,500錠 のあいだで推移し,比較的安定した供給状況であ る。震災の発生後の状況については,3月14日 に11,500錠を32件に供給している。この週につ いては,その後も供給錠数と供給件数が多い状況 のままで推移しているが,その翌週からは,供給 錠数と供給件数ともに徐々に減少する傾向にある。
次に,睡眠剤である酒石酸ゾルピデム(販売名 マイスリー)錠については,図2のとおりである。
3月1日に9,100錠を延べ26件に供給しており,
この供給錠数の大きさから,やはり,月初めの一 括納品が含まれていると推測できる。
震災発生当日である3月11日については,供 給錠数の増加が示されているが,これは震災発生 前の3月10日に受注し,翌11日に供給した医療 用医薬品が多いと考えられ,震災の発生によって 供給量が伸びたとは考えにくい。震災の発生が 14時46分であり,商習慣として午前中もしくは 午後の早い時間にすでに多くの医療用医薬品の供 給を終えている可能性が高い。しかし,3月11 日付の供給日と記録されているものの,震災の発 生によって一部,供給そのものは翌週にずれ込ん だ医療用医薬品もあると想定される。
震災の発生後の状況については,3月14日に
2,700錠を16件に供給しており,この週について は,その後,供給錠数と供給件数が増加する傾向 で推移しているが,その翌週からは,供給錠数と 供給件数ともに徐々に安定してきている。
次に,抗不安薬であるエチゾラム(販売名デパ ス)錠については,図3のとおりである。
3月1日に27,300錠を延べ32件に供給してお り,この供給錠数の大きさから,この薬剤につい ても月初めの一括納品が含まれていると推測でき る。その後,震災の発生までは,供給件数は多い ものの,各日の供給錠数は比較的安定した状況で ある。震災の発生後の状況については,3月14 日に13,000錠を23件に, また,3月15日に 12,500錠を24件にそれぞれ供給している。その 翌週からは,供給錠数と供給件数ともに,やはり 徐々に減少する傾向にある。
以上,血圧降下剤,睡眠剤,抗不安薬の3薬剤 について,大手医薬品卸が東日本大震災の発生月 である2011年3月の1か月間に福島県内に供給 した錠数・件数を確認してきた。
各薬剤ともに月初めの3月1日に一括納品が含 まれていると推測できる。その後,震災の発生ま では比較的安定した供給状況である。また,震災 の発生後は,供給錠数や供給件数の増加とばらつ きがみられる。特に震災が発生した翌週は,それ らが顕著である。
しかし,各薬剤ともに3月下旬に向けて,ばら 図2 震災発生月(3月)の医薬品供給錠数・供給件数(福島県)
酒石酸ゾルピデム5mg錠
つきが小さくなり,供給量が安定していく傾向が みられる。いずれにしても,震災の発生から,供 給そのものが複数日にわたり停滞したという状況 は見受けられない。
なお,土曜日や日曜日,また祝日については,
医療用医薬品の供給錠数や供給件数がゼロである が,当時,これらの日に供給したことはほとんど なく,まれに供給した場合は,これらの日が明け た日付で記録されていた。
医療用医薬品供給状況とインタビューや 情報収集との照合
従来から,医療用医薬品について,この大手医 薬品卸の福島県内における流通は,埼玉物流セン ター(埼玉県加須市大桑19)からの夜間便によ り,福島県内の4支店へ供給され,そこから,医 療機関に供給されていた。
埼玉物流センターから福島県内の4支店への供 給ルートは3つである。①埼玉物流センターから 東北自動車道を利用して郡山支店に到着し,その 後,2トントラックに積み替え,東北自動車道を 利用して福島支店に到着するルート,②埼玉物流 センターから東北自動車道を利用して郡山支店に 到着した後,磐越自動車道を利用して会津支店に 到着するルート,③埼玉物流センターから常磐自 動車道を利用していわき支店に到着するルートで ある。
震災発生の翌日である3月12日には,高速道 路などは「緊急通行車両確認標章」の許可と許可 証により,優先通行できた。
埼玉物流センターからの便は3月14日の未明 から朝にかけて,福島県内の4支店に通常どおり に到着した。驚きと安堵を感じた(元福島営業部 部長)。
震災の発生は,3月11日の金曜日の午後であ り,その翌日の土曜日と日曜日の2日間において,
医療用医薬品を供給するための環境や体制を整え ることができた可能性が高い。
調剤薬局においても,土曜日と日曜日の2日間 は,3月14日の開局に向けて薬局内の片づけを 進めた(須賀川市薬局経営者)。
3月15日の夜の計画停電の影響で,埼玉物流 センターは入荷や出荷を担う庫内人員が確保でき ず,また,仮需要的な受注でデータ量も大きくなっ たことから,特に出荷に遅れが出てきた。しかし,
本社などから埼玉物流センターへの人的支援があ り,埼玉物流センターから福島県内の4支店への 医療用医薬品の供給に影響が出ることはなかった。
さらに,福島県内で勤務する従業員は地元での 採用者が多かったが,出勤人数の不足により供給 に支障が出るということもなかった。
また,医療機関からの受注や本社災害対策本部 とのやりとりは,すぐに固定電話がつながったの で対応できた(元福島営業部部長)。なお,福島 図3 震災発生月(3月)の医薬品供給錠数・供給件数(福島県)
エチゾラム0.5mg錠
支店と郡山支店については,パソコンなどのネッ トワークが不通であり,3月14日に復旧してい る。
一方,福島県内の一部地域で,住民への避難指 示や屋内退避指示が拡大する中,福島県内の4支 店での動きは次のとおりであった。
まず,福島支店(福島市南矢野目字鵯目502) においては,担当エリアのうち2つの福島原子力 発電所のエリアも含まれていた。震災の発生後,
福島県には,国から原子力緊急事態宣言が発令さ れ,避難指示や屋内退避指示のエリアが拡大して いった(河北新報社[編]2011),(福島県2017)。
医療用医薬品供給量の増加はなく,仮需要もな かった。患者の増加もなかった(元福島営業部部 長)。
福島支店は,「緊急時避難準備区域」で開業し ている医療機関に対して,3月16日から4月末 ぐらいまで,陸上自衛隊に医療用医薬品の供給を 託した。福島県医薬品卸業協同組合から福島県薬 務課を通じて,陸上自衛隊に依頼し実現したもの である。
段ボール箱にお得意様の名を記載した紙を貼り,
医療用医薬品をその段ボール箱に入れて,平日の 毎朝9時までに県庁に届け,それを陸上自衛隊が 医療機関に届けた。陸上自衛隊が配送していた地 域は,緊急時避難準備区域で,外部からは入れな いが住民が残っていた地域である。3月14日と 15日は,この区域に供給はしていない(元福島 営業部部長)。
福島支店の南に位置する郡山支店(郡山市下亀 田115)においても,医療用医薬品供給量の増 加はなく,仮需要もなかった。患者の増加もなかっ た(元福島営業部部長)。郡山市のすぐ南に位置 し郡山支店管轄の須賀川市においても,調剤薬局 については在庫や医療用医薬品の供給体制につい て問題はなかった(須賀川市薬局経営者)。
郡山支店の西に位置する会津支店(会津若松市 宝町56)においては,避難してきた住民が増加 し,患者が大幅に増加した。仮需要が発生した可 能性が高い。医療機関に医療用医薬品を供給する 事前準備として,支店で実施する薬剤やその数量
の確認に多くの時間を費やした。それが一週間く らい続いた。供給量は通常の2倍くらいになった と思う(元福島営業部部長)。
福島県のいちばん東に位置するいわき支店(い わき市内郷高坂町桜井93327)においては,い わき市と,福島原子力発電所の南側までが担当エ リアであり,3月16日から,いわき支店の従業 員を自宅待機にして支店を閉鎖した。
医療機関からの受注は,代わりに郡山支店で行っ たが,その受注量は非常に少なかった。人的な不 足から診療・調剤できない医療機関もあった。こ の地域外への住民の避難も多かったと思う。3月 22日に支店を再開したが,その後の供給量も少 ない状況であった。また特に,いわき支店は,近 隣にガソリンスタンドが少なく,再開してからガ ソリン不足に苦労したが,ガソリン不足で医療用 医薬品を供給できないということはなかった(元 福島営業部部長)。
なお,福島県における人口の移動を確認すると,
3月において5,941名の県外への転出超過であっ た(総務省統計局2012)。
7
.結 論大手医薬品卸が,震災の発生月である2011年 3月の1か月間に福島県内に供給した3薬剤につ いて錠数・件数を集計し,また,業界関係者への インタビューや情報収集の結果,以下の状況を確 認することができた。
第一に,震災の発生直後,供給のばらつきと供 給量の増加がみられるものの,3月下旬に向けて,
ばらつきが小さくなり,供給量が安定していく傾 向がみられた。また,震災の発生から,供給その ものが複数日にわたり停滞したという状況は見受 けられなかった。
第二に,福島県内全体として,医療用医薬品の 供給体制や在庫の確保については,問題なく対応 することができた。
受注した医療用医薬品については,タイムリー に供給できたという判断をしている。ただし,求 められている医療用医薬品の受注情報をすべて入
手できていたかどうかについてはわからない(元 福島営業部部長)。
医薬品卸における医療用医薬品の在庫を直接的 な被害が小さかった埼玉県にて確保し,受注した 医療用医薬品については安定的に供給できたこと が,震災という大きなリスクへの対応に効果を発 揮したと考えられる。また,『緊急通行車両確認 標章』の交付を受けたことなどにより,医薬品卸 は,関東などの物流拠点から医療用医薬品を供給 できたと考えられ,流通網の寸断などの影響をあ まり受けることはなかった。
一方,月初めの一括納品という業界の商慣習に より,医療機関に在庫が積み増された影響もあり,
震災が発生した3月中旬において,医療用医薬品 の供給は医療機関からの受注に対して,比較的安 定して対応できたと考えることができる。
また,2011年3月の東日本大震災の発生当時 は,商慣習として土曜日や日曜日また祝日に医薬 品卸が医療用医薬品を供給したことはほとんどな かった。医療機関もそれを前提として,土曜日や 祝日などの前日に医療用医薬品を多く購入してお く傾向があった。このことから,震災が発生する 直前の金曜日の午前中などに,医療機関が週末に 向けた在庫の確保をしていたことも幸いであった 可能性がある。
第三に,患者数の増加と仮需要については,会 津地方を中心に発生した可能性が高い。震災が発 生した翌週は,3薬剤いずれも供給錠数と供給件 数ともに増加している。
震災による仮需要の発生については,いくつか の事象により発生すると考える。
まず,一つ目として,震災によって医療用医薬 品の供給量が減少することを懸念した医療機関が 需要を高め,また患者が需要を高めることにより 発生する仮需要。二つ目に,震災によって住民が 一時的に体調不良におちいり,需要が高まること により発生する仮需要。三つ目に,震災によって 医療行為が困難になったエリアから震災の被害が 少ないエリアに患者が来るもしくは搬送され,被 害の少ないエリアで発生する仮需要。四つ目に,
震災によって直接的な被害を受けたエリアの医療
機関に対して,震災の被害が少ない医療機関から 医療用医薬品を供給することにより,被害が少な いエリアで発生する仮需要。
これらの医療用医薬品の仮需要の発生について,
この東日本大震災における福島県においては,震 災発生の直後から,実際の供給錠数や供給件数の 増加を確認することができ,仮需要の発生があっ た可能性が大きいと考えられる。
8
.提 言医療機関,また医薬品卸においても,キャッシュ フローという観点から医療用医薬品の在庫を減少 させて運転資本を改善する取組みを進める場合が ある。特に月末や期末における在庫圧縮を実施す るタイミングで震災を含めた大規模災害が発生す ると,需要に応じたタイムリーな医療用医薬品供 給を継続できない可能性がある。
また,たとえば薬価改定の実施に際して,薬価 の引き下げが実施される医療用医薬品は薬価改定 の実施前に事前に把握でき,医療機関に医薬品卸 が供給する価格も薬価改定の実施後に低下するこ とが想定できる。そこで,薬価改定の実施までは その医療用医薬品を買い控え,在庫圧縮を実施す る医療機関がある。このような場合にも,大規模 災害時において,患者に対する医療用医薬品の投 薬に支障が出る可能性がある。
東日本大震災が発生した3月においては,月初 めの3月1日に一括納品があり,それから10日 ほどのちに大震災が発生し,在庫が圧縮される月 末や期末での発生ではなかった。またこの年の4 月は,薬価改定が実施されなかったことから,3 月における医療機関の医療用医薬品の在庫が比較 的安定していたと推察できる。
さらに,医療機関が,週末に向けた在庫の確保 を震災が発生する前に既に完了していたという商 習慣の影響も大きいかもしれない。
しかし,在庫圧縮や買い控えが行われ,そのタ イミングで大規模災害が発生すると,医療用医薬 品の供給や患者への投薬に影響が出る可能性があ る。在庫量については,大規模災害が発生するタ
イミングをいくつも想定して設定することが重要 である。
また,仮需要の発生も含めて,薬効の特性を考 慮した薬剤選定,設定する在庫の量と在庫の備蓄 拠点,人口の変化についても,それらの想定と十 分な継続的検証を進めることが求められる。
(1) 医療用医薬品とは,医師の処方に従って,病院 や医院,また調剤薬局にて提供される医薬品のこ とである。
(2) 薬価とは,医療用医薬品ごとに,またその規格 ごとに厚生労働省が定めた価格であり,医療機関 はこの価格にて健康保険組合に請求する。薬価改 定とは,医薬品卸が医療機関に販売した実勢価格 や使用量などに基づいて薬価を見直すものである。
震災が発生した当時は,改定が原則2年に1回の 実施であり,2011年には,その薬価改定が実施 されなかった。
(3) 株式会社メディセオは,株式会社メディパルホー ルディングスの子会社であり,医療用医薬品等卸 売事業における中核を担う企業である。中国地方,
四国地方,九州・沖縄地方以外のエリアで事業展 開している。
漆博雄[編](1998)『医療経済学』東京大学出版会 片岡一郎・嶋口充輝・三村優美子(2003)『医薬 品流通論』東京大学出版会
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注
参考文献