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明 治 漁 業 法 体 制 の 確 立 過 程

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青 塚 繁 志

The established process in regard the Order of the Meiji Fisheries Law

Shigeshi AOTUKA

(2)

94 長崎大学水産学部研究報告 第20号(1966)

れば当然でもあり,とくに漁業法研究を行政法的見地からするものが多かったといえる.

 戦後の社会法学的研究の漁業法分野への導入は,市民法的漁業法の歴史的本質にふれる ものを見いだしているが(例えば潮見,原罪らの論稿),なお解釈論的立場を免れえない.

むしろ経済史の分野で立法政策的研究が進められている状態である.

 しかし34年法および43年漁業法の成立過程,その歴史的背景,封建法の継受関係につい ては以上のようなすぐれた業績があるので,本論文はそれらの成果を前提として,もっぱ

ら史的発展過程の特徴を検討してみることとしたい.

 その特徴とは,すでに布告三期において漁場法秩序や漁場麦配権の近代的形成が制度的 にも実態的にも相当進展してきたという前提にたって,それが従来の慣行漁場秩序との争 いの過程を,どのような形で34年漁業法に具現したかが第1点である.そこでは旧地主的 網元層によって代表される漁場慣行論,新規漁村ブルヂョアジーによって主張される近代 法思想,またその両者にそれぞれの対立,妥協点をもちながらも仮屋的には官僚的漁場統 制を目指す政府の三者が,立法府である議会,民間漁業団体における組織的運動を通して 34年漁業法を形成していく過程である.

 34年漁業法立法過程では,一応結論的にいって,漁村網元層は慣行漁業権の全面支配権 化を,漁村ブルヂ。アジーはその縮少と個別漁場の拡大を,また政府官僚は網元層と妥協 しつつも窮極には漁村ブルヂョアジーのための生産力増大の漁場開放を企図し,かつ全体 的には漁業法の公法化を促進した.そしてこの三者はそれぞれ34年漁業法以後における漁 業法体系における布告法的側面,市民法的側面,公法的側面を構成したのである.

 このためにしばしば漁業法体系は公法領域に編入されて行政法としての漁業法が説かれ,

または公法私法混合法域が唱えられ,国家権力にたいする漁業権の従属に役署しめられた.

 あるいは私法的側面についても,布告法的性格の継受をもって日本固有の法とされ,外 国法典摂i取の枠外のものとされていた.この理論は漁村,とくに漁業組合制度をもって,

日本的共同体として資本主義発展の下部構造たらしめることに役立ったのである.

 本論丈では以上の従来の漁業法体系にたいする特徴的な二方向にたいして,市民法的体 系の確立を説くものである.それは封建的漁場支配権の消滅,私的漁場支配権の近代的漁 場麦配権化を中軸とし,34年漁業法における専用漁業権の合有的ないし共有的な近代化を

も結論するものである.同時に,市民法的漁業法体系と同一法典に同居しながらも,それ を強力な国家統制のもとにおこうとした公法的体系の歴史的意義をも解明するものである.

 したがって以下の説述は,従来の解釈的方向は避けもっぱら漁業法体系の三つの方向に 即してその歴史的位置づけを行うにある,

第2節 漁場紛争の拡大と与論の進展

 19年漁業組合準則公布以後,予想された漁場紛争は20年代に入って拡大し,最:大の規模 で各地に続発*した.史料に現われだけで,20年から30年にかけて20件を数え,漁場制度 史上著名な24年久六島所属問題,26年号灘紛争,25年三洲打瀬網事件,28年鳴門沖紛争,

28年有明海雲仙見通線問題などの漁場紛議があいついで展開している.

 この20年代漁場紛争の特徴は,10年代までの紛争が,反封建斗争という漁村内部の矛盾 の現われが表面化したのにたいして,資本主義的階層対立と漁場争奪が中心となった点に ある.すなわち20件のうち,旧漁法漁業の漁場独占にたいし新興ブルヂョア的漁業がその

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分割,解放を求めたものと,新興国漁漁村による旧麦配漁村にたいする割込み要求ま たは生活難からくる労働強化が漁場争奪による部落対立をひき起したものが相半ぼして

いる.

 これは当時の識者が評価したように,『近来渤興し来りしは漁民間の紛争とす而して其 の紛争の原因を尋ぬれば何れも慣行問題に帰せさるなく其慣行の解釈点は自家の利益源 を拡張せるに過ぎすして真正の道理を以て争ふにはあらさるなり……概して漁民互に利益 源の為めに争ふは寧ろ水産進歩の一現象となす」1)ものであり,旧漁業と新規漁業,現存 漁場秩序とその破かいであったのである.

         り   り

 こうした当時の漁場紛争がすでに漁業組合準則の意図した一方面慣行による抑圧的政策 を動揺せしめたことはあきらかであり,いわば9年の74号布達秩序をさらに強化した準則 体制に対する漁村ブルヂ。アジーの挑戦であったともいえよう.

 かくして拡大する漁場紛争は,必然的直接的に新漁場立法促進の原動力となり,『然り と錐朝近漁具漁法の進歩及漁業者の増加に伴い各地漁業の紛議続発して漁業の平和を妨害 するものありと難之を処理するに一定の法規なく漁業の取締は漸く困難に赴けり藪に於て か更に法律を制定し以て一般水族の蕃殖漁権の保護及漁業取締を為すの必要を生し漁業法 の制定は頗る朝野の注意する所となり』2)という一般的野比をうみ出したのである.ま さに当時の漁場紛争は『此ノ紛議ノ起ル固ヨリ慶事二非スト難トモ是レ人々漁業上競争ト

*明治20年代の漁場紛争  (1)旧漁法と新漁法の対立

   25.5千葉県九十九里浜地曳網と改良揚繰網(大日本水産会報,129号,p.199,141号,

     p .9)

   22  広島県帆曳網と愛媛県の防禦対策(全上「会報」,129号,p.200)

   21 愛媛県南北宇和郡の鰯刺網と地曳網大網との対立(前掲「会報」,79号,P.13)

   26.5予洲沖(燧灘)紛擾における面出と鮎縛網漁業の衝突(前掲「会報」.131号,P.3      8Q,140号, P.4,132号, P.501,133号, P.588,141号, P.l11,208号, P.566,

     水産界,619号,p.12,下一助『水産回顧録』, p.72)

   27  茨城県三ケ浜の刺網漁業と八坂網.揚繰網の紛争(前掲「会報」,152号,p.73)

   27  山口県西海漁業組合と西部漁業組合の対立(前掲「会報」,139号,p.71)

   30.11高知県鱒大敷網と捕鯨の対立(前掲「会報」,194号,p.534)

   32  山形県地曳網と揚繰網の紛争(前掲「会報」,210号,p.705,214号)

   25.6愛知県下打瀬網紛争(前掲 「会報」,190号,p.180)

   22  島根県手繰網紛争(前掲「会報」,200号,p.75)

 (2)漁場区域の争奪

   24  早智島紛争(青森,秋田漁民の対立)(前掲「会報」,198号,p.792)

   28.2 鳴門沖紛争(徳島県里浦漁民と兵庫県由良漁民の対立) (前掲「会報」,152号,p      lO4,153号, p .103,160号, p.101)

   28.2 鳥取県岩井郡田後村と兵庫県但馬二方郡居組村の境界紛争(前掲「会報」,152号,

     p .105)

   28.3北海道漁場紛争(前掲「会報」,153号,p.102,204号, p.279)

   27  愛媛県南宇和郡東西二二村と高知県幡多郡地先の対立(前掲「会報」,153号,P.103)

   28  有明海佐賀福岡両県界紛争(前掲「会報」,160号,p.101)

   28  広島岡山間の深沼漁場紛議(前掲「会報」,162号,p.88)

   29 浜名湖採藻をめぐる新所村,岡崎両区漁民の対立(前掲「会報」,165号,p.93)

   29.2 三重県鏡浦,加茂村紛議(前掲「会報」,165号,p.93)

   31 大分県三佐村と北海郡北部漁村との紛擾く前掲「会報」,192号,p.391)

   34.12和歌山県加太下地先にたいする兵庫県淡路由良漁民の入漁紛争(前掲「会報」,234      号,P.53)

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96 長崎大学水産学部研究報告 第20号(1966)

漁権ノ保衛二注目スルニ至レルニ由ルベシ宜シク其紛争ヲ停止スルノ法ヲ講シ漁業ノ進歩 ヲ図ルハ当局者ノ責務二輪スルや論ヲ倹タズ……』3)というように立法府の漁業法制定に ついての世論の関心を深めたことは事実であった.

 このような『漁業律』制定の要望が,はやく15年頃から漁村網元層によって提出され,

一応19年漁業組合準則となって制度化したのであるが,漁場生産関係の矛盾の増加と漁場 紛争の激化は,組合準則すなわち自主的漁場取締を中核とした制度をもってしては到底そ の拾収を許さず,より強力な国家権力による直接的漁場統制の段階に進んだのである.す なわち明治24年頃から活淡化した貴族院議員による立法運動や,30年以後政府諮問への 回答の形であらわれた民聞漁業団体の与論の方向を,いわば慣行的漁場主義論という形で 具体化したものであった.慣行的漁場主義論は漁村網元層を代弁するこれら民間,議会の 立法運動は,より強力な漁場統制機関としての漁業組合の再建と,府県漁業取締規制にも りこまれた私的漁場支配権の官許的性格を排除して,復古的な封建的漁場麦配権の再現の 意図を もっていた.いわゆる「慣行派」とよばれまた漁業法典編纂史上慣行法難市民法

という法典論争をひき起した一方の勢力を形成するものであった.

 まず民間運動としての与論をみると,それは24年頃からの貴族院を中心にした立法運 動を先駆として,30年頃から政府諮問にたいする回答の形であらわれる.

 当初民間の要望としてあらわれるのは,当然に自己漁場麦配手段としての網元的漁業組 合の強化であり,より徹底した漁場慣行秩序の墨守とそのための不可欠の手段として組合 員への強権性を根幹とした団体化であった.

 28年5,月の13回大日本水産会水産大会は政府の諮問に応えて漁業組合強化策を進言した が,この趣旨は30年11,月神戸市水産諮問会の水産業組合法案としてあらわれた4).その内 容は『1.水産業二従事スルモノハ漁業製造魚商等ヲ問ハス必ス組合二加盟スル事,2.

組合区域ハ少クトモー郡以上トナシ各町村ニハ小地区ヲ設置スル事但法人ト為スコトヲ得 ルノ条項ヲ加フルコト 3.組合外ノモノト難団地市勢テ規定シタル組合ノ制裁ハ遵守ス ルノ義務ヲー般二野セシムル事 4.水産業組合ノ組織バー県ヲ以テ各組合ヲ統一・シ東京 二全国水産業組合聯合本部ヲ置ク事』という,組合統制の強化,全国的組織化を法律によ って裏付けすることを意図したものであった.

 また30年4月政府が農商務省勧業諮問会にたいし『其規約を調査するに往々準則発布の 趣旨を誤り組合業務の改良を名とし旧慣を破り同業者の営業を検束し若しくは旧慣を名と

し漁業の発達を妨げ或は過渡の経費を賦課し漁業者の負担を重からしむる』弊害対策を諮 問したのにたいし,同諮問会は『従来の準則なるものは漁業上に於て利あると同時に害を 与ふる嫌なき能はす』 『早早を避けて利を進めんと興せば勢ひ法律の力を仮らさるへから

さるを以て此際漁業法とも称すへき一の法律を発布されたし』5)と建議している.

 この30年4月の答申において重要なのは,政府が慣行秩序の守らるべきを認めながら,

他面漁業組合の管理運営上の非をつき,漁村網元層の収取機関化しつつあるのを指摘して いることであり,勧業諮問会も暗にそれを認めて組合への国家統制を是認していることで ある.これはやがて34年漁業法において網元層が官僚に従属するまでの一過程として注目

してよい.

 すでに26年第5回議会において漁業法制定の第1回村田案が上提され,32年には第1

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回政府案も提出されてますます漁業法制定への関心は強まってきた.32年4月の大阪以西 府県聯合水産集談会6)は,漁業法案の次期議会再提出を建議し,そのなかで漁業組合法人 化論を展開している.ついで同年9月の日本海方面水産業大会7)は,漁業法とは別個に水 産業組合法の制定を説きあわせてその運営のための国庫補助を要望するにいたった.

第3節 議会内慣行派の立法運動と漁村ブルヂヨアジーの抵抗 感1項村田漁業法案上狛以前の立法運動

 わが国最:初の漁業法典案は26年第5回議会に提出された村田案である.明治漁業法期に おける村田保氏の活動は頗る重要な影響をもっていた.のち水産翁を贈らられた同氏は,

旧唐津藩士で政府司法官僚を歴任し,23年貴族院議員に勅選,25年民法商法施行取調委員,

26年法典調査会委員長,水産調査委員長,28年水産調査会長の要職についている.また15 年大日本水産会の設立に参画し,21年同幹事24年同幹事長に就任,また23年水産伝習所長 を兼任している8).

 わが国立法史上の民商法典論争において延期論の立場にたった村田氏が,漁業法典制定 の要職をしめたことは,漁業法典が当時の立法政策上の枠外で編纂されたものではなく,

明治民商法典を中心とした市民法創出期の一環としてとらえられるべきことをしめしてい

る9).

 村田氏が最も活躍したのは明治24,5年からであり,別に組織的な裏付けをもたず,そ の個人的要職を背景にして世論の喚起に努め,とくに漁村上層部の啓蒙に努力を傾倒した といえる.そして民商法典制定と関連した同氏の先駆的活躍は,34年漁業法制定の一方向 をも決定したのであり,その目標は身分法における慣習尊重と同じ意義をもつ漁村共同体 の組合的再編にあった.

 24年10月政府高官,貴衆両院議員21名を交えた450名の会員と,1,200旧名の一般聴講者 を加えた水産講談会(大日本水産会主催)において,村田氏は水産拡張方策をのべ,『漁 業法を発して漁場の区画,禁漁の時期,又網具の制限を設くること』の必要を説いている 10).また同講朝会では谷干城会員が漁業と国防との関係を力説し,主管責任者の農商務 大臣陸奥宗光は漁業上立法の趣旨として,『第一講究を要するものは従来我国に於ける漁 業に関する習慣なりとす』『今日の法理と相許す限りは之を参酌せさるを得す』『旧故に漁 業法を制定せんと欲するの要旨は,従来の習慣を参酌し一方に於ては漁民の利益を保護し,

一方に於ては水族の繁殖を図るにあり』とその立法方針を明示している11).

 ついで村田氏は25年大日本水産会機関誌に『水産ヲ拡張スル前途ノ方針』12)という一 文を発表し,さらに26年5月地方長官会議において,とくに対麦貿易上の漁業立法の必要 を説き13),また例年の大日本水産会集会において漁業立法の必要を力説している14).

 このような村田氏の活躍は,当時の明治政府の一部,議会の慣習法派の支持のもとに,

大日本水産会を舞台として,村田急雨漁業法の議会通過のための与論を喚起するにあった.

同時にこの努力は25,6年当時の漁村情勢や,民商法典論争にみられたブルヂ.ア的法思 想の拾頭が,村田氏のいだく漁業組合準則的慣行漁場主義論の制度的実現の困難さを予知 せしめておったことをもしめしている.

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98 長崎大学水産学部研究報告 第20号(1966)

第2項 村田漁業法案の歴史的性格

 村田氏はその会長の職にあった水産調査委員会15)の組織的検討をへて,26年11月第5 回議会に第1回村田漁業法案を提出した16). この第1回村田案の骨子はつぎのようなも のであった.      ・

『第3条 漁場の区域又は其入会及専用は従来の慣行に依る

  従来の慣行判明ならざるときは地方長官……は農商務大臣の認可を経て漁場の区域又   は其の入会及専用を定む

 第4条 漁場の区域又は其の入会及専用に関し争論を生じたるときは漁場及関係漁業者   の所轄一州市内に在るものは郡市長……之を決定し島庁を置ける島興に在ては島司之   を決定す

 第8条 漁業を営むまんとする者は地方長官の免許を厚くべし……

 第9条 水面を区劃して漁具を常設し若は魚介苔藻類を養殖し其の他水面の一部を区劃   し漁業に従事せんとする者は地方長官に出願し免許を尽くべし』17)

 第1回村田案の性格は,その提出理由書に『近年漁村の状況を視るに到る処漁場の紛議 濫獲酷漁の弊あらざるはなし誉れ職として本邦に漁業制度の完きものあらざるに由らずん ばあらず明治9年第74号達を以て漁業は可成従来の慣行に依るべきことに定められたるも 爾来漁業の発達と共に漁場の交渉漁具の変遷等を来たし為めに其旧慣と撞着麦吾するもの 少からず,随って各地方の取締は区々に流れ曽て一定せざるのみならず末だ精密なる法律 あらざるが早め其効力頗る微弱にして漁場紛議の如きも人智の開発に伴い漸々其困難の度 合を進めたり加之維新以来百般の法律制度は漸次制定せられたるに独り未だ漁業法の制定 せられざるは頗る遺憾の至りなり』18)とあるように,漁場紛争にたいする権力的解決と

安定イヒに凌)つた.

 3条,8〜9条の規定は,74号布達,府県取締規則,組合準則の趣旨となんら異なると ころはなく,ただ法律によって強制力を強めたものである.むしろそのような74号布達的 漁場秩序を強力に維持するため紛争解決の強権的方法を法制化することがその目的であっ た.そのために同法案は上掲第4条第1項の原則的な紛争の行政裁決に加えて

『第4条…・・

  前項の争論数郡市に渉り所轄を異にするもの若くは島司又は郡長を置かざる島嘆に在   ては地方長官之を決定し道庁府県に渉るときは関係地方長官協議の上之を決定す   前項関係地方長官の協議調はざるときは農商務大臣之を決定す

 第5条前条第1項及第2項行政庁の決定に不服ある者は訴願することを得

 第6条 第4条第3項及第5条の場合に於ては農商務大臣は水産調査委員会の意見を聞   き決定又は裁決をなす

 第7条 漁場の区域入会専用及行政庁の決定裁決に関しては訴訟を提供することを得ず』

      る       つ       の      

などの詳細な規定を設け,漁場紛争については訴訟を許さず,漁村網元層を代弁する水産 調査委員会との協調のもとで,裁決,訴願によるピラミッド的行政救済の形で現状維持策 をはかることをあきらかにしている.

 したがって第1回村田案に具体化された,当時の貴族院に代表される漁村網元層の漁業 法制定への期待は,慣行秩序の固定化とそれを動揺せしめる一切の紛争の官僚的解決にあ

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つたのであり,漁業組合準則における自治的解決機能の喪失とこれに代るべき強権力を求 めることであった.このことはまさに『彼等の意図したところは,「組合ヲ土台ニシタ漁 業法案デナクテハ承認スルコトが出来ナイ」というように,組合準則によって,いち早く 確保した漁場,つまり彼等の経済的基礎を国家権力によってバック・アップし,その麦配 体制を確立する19)』ことに漁村網元層の目標があったのである.*

 したがって村田案の法律的性格については,『明治17年代の同業組合的立法の精神が濃 厚でいわば19年発布の漁業組合準則の主旨を拡充し立法化せんとした20)』 という理解は 史的発展の見地にたっていない.法案における漁場支配権の性格については営業許可説が なお支心的であり,全般的には姓氏のいうように『漁業を為すの権利は一種の営業権にし てそれぞれの営業者に帰属し,漁場は県郡村の所轄又は漁業取締海区として規律せんとし た21)』とする方が正当である.ただ専用麦配漁場については上述のようであるが,個別麦 配漁場について『村田私案にあっては,慣行を基軸とする漁業取締りに主眼があって漁業 権を物権と見倣す条項はなかった22)』とするのは誤りであり,前掲9条をうけた21条(漁場 侵害の禁止制限),25条(免許漁業侵害に窃盗罪の適用)などの規定はその物権的効力の排他 的側面に法的裏づけとしたものであり,従来の私的麦配をさらに制度化したものであった.

 この慣行的漁場秩序と漁場紛争の行政裁決は村田案の骨子をなすものであったが,当然 前者は当時の権利概念をもってしても理解に苦しむものであり,また後者はその後の政府 案においても漁業法,漁業権の公権的性格をめぐってはげしい争論をひき起したもので

あった.**

 第1回村田案の貴族院での詳細な記録は入手しえないが,衆議院解散のため委員会付託 となったまま未審議に終ってしまった.

 さらに28年8回議会に第2回村田案が提出されたが,第1回案との相異は3条2項の慣 行不明の場合の地方長官決定が削除されたほか,免許期間の延長,休業取消期間の延長そ の他の字句修正であり,根本において同一のものであった23).その上提理由(1月18日 第1読会)も前回と大差ないが,行政裁決のみを許したことについて政府要員はつぎのよ

うにのべている.

 『今日の所では漁場の争ひと申しまするものは通常裁判所に於て処分をすることになっ て居りまするが,明治元年以来今日まで裁判所で裁判しました所の件数は……僅か8件位

しかございませぬ……是も段々考えて見まするに中々此時間を要し且此訴訟費用というも のは容易ならぬのです……是等も適意此漁場の争ひと申しまするものは……行政処分に属 したものに相違ないのであります……どうぞ是は行政処分に任せて速に処分し又費用を減 ずることになりましたならば余程の漁場の争ひも止まろうと思ひます……24)』.もって行 政裁決の意味するものが知りえよう.

 この第2回村田案も前回同様委員会付託のまま不成立に終っている.

 その後30年4月農務局漁業法案を水産調査会で修正決議したようであるが詳細は不明で

*潮見氏は村田案とのちの政府案を同一視するために,明治絶対主i義権力が日本資本主義の足場  としての漁村の封建的生産機構を制度化する役割を村田案そのものに求めているが検討を要す  る論点である(潮見俊隆:漁村の構造,p.30)

**村田案にたいする貴族院審議のさいの自生圭吾氏との旧慣論争はその典型である(前掲羽原  (下),P.70)

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100 長崎大学水産学部研究報告 第20号(1966)

ある.また第1回政府案が提出された32年の直前,31年11月に農商工高等会議で漁業法案 を決議している25).その案は慣行的漁場区域については村田案と同然であり(2条),た だ行政裁決のほかに行政訴訟を定めている (5条).すなわち前者において村田心的であ り,また後者についても近く制定予定であった行政裁判所法を見越して付加したものであ り,その骨子は村田案と同一であった.したがって農商務省の最高諮問機関であった同会 議もまた慣行派に属していたといえる.

 このような貴族院を中心とした漁村網元層の代表団体は,あげで慣行漁場主義論をもっ て当局の漁業法立案作業に圧力をかけた.その基礎には19年漁業組合準則の実績があった ことを見逃しえない.すなわち10年前漁場紛争に対処する臨時立法として公布された準則 が,恒久法としての漁業法典制定に際して重要な干渉影響を与へたのである.いわば布告 法期の政策立法が市民法期の法典編纂事業に与えた力は大きかったといわなければならな い.勿論34年漁業法典編纂にみられる近代法的意識が,組合準則肺よび府県取締規則制定 に及ぼした市民法的影響も見逃しえないことはすでにあきらかにしたところである.

 34年漁業法はこうした当時の政策立法的保守派と法典編纂的進歩派の争いのなかで形成 されていったのである.以下にみる32年にはじまるはじまる一連の政府案をめぐる両派の 争いが漁業法典論争の形で展開されたのがそれである.

第3項漁村ブルヂヨアジin一の対応

 さて以上のような慣行漁場主義論にたいして,当然に漁村ブルヂョアジーを代表する組 織的市民法化の運動がなければならないが史料的にはきわめて入手し難い.それらの勢力 は農商務官僚の意図した政府案を麦持し,村田案的方向に反対するものであったに違いな い.政府案上提にあたってみられた衆議院の慣行反対派は,その政治的代弁者であったと

いえる.

 村田案にたいする漁村ブルヂ。アジーの反対運;動としては北海道漁業者のそれのみが史 料的にあきらかである26).当時道内与論を代表した北海道水産雑誌は『漁業法問題』と題

して,つぎのブルヂョア的希望を開陳している.

 『第1 1個人の漁場専用権を法律に於て確認し他の侵害を受けざらしむること  第2 漁業専用権を法律に於て認むる上は之を売買譲与書入と為すを得るは勿論なるに 付き市郡区役所に漁場台帖を備え売買譲渡書入を登録する事

 第5 漁業の止め海浜の使用を許可せらるる事』

 この北海道案にみられる漁場専用権(定置漁場)の排他的独占性や財産権性についての 要望は,典型的な漁業権物権化の方向であった。とくに34年漁業法においてさえなおみら れなかった書入(抵当権)の承認や漁業権登録の必要を要望しているのは注目すべきであ る.ついで北海道漁業者600名の連署による『特別漁業法案に付漁業家の意見書』にいう

『速に漁業法を制定して漁権を安全ならしめられんことを希望して止まざるなり』や,第2 回村田案提出に反対した『第五議会のものに比すれば本道漁業の為め余程良くなりたれど も未だ益々満足すべきにあらず……満場一致同法案に反対』という方向は,北海道定置漁 業権者の資本家的要求を表現したものにほかならない。第2回村田案を第1回に較べてよ

り改善した案であると称したのは,個別的漁場の免許期聞延長や休業取消処分の場合の休

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業期間の延長を指すものであり,ともに定置漁場物権化の方向にそうものであった.村田 案の漁場取締海区的漁業権観に対立する資本家的財産権確立の切実な要求であった.

 北海道案のような資本主i義的漁業権案や市民法秩序的漁場法案は,内地漁村側ではほと んど見当らない.それはおそらく漁業組合統制のもとに組織的与論としては表面化できず,

もっぱら衆院選出代議士によって代表せしめたものであろう. 

 このような方向はまさに『独り北海道漁業にのみ限られたものではなくして,実は内地 の大規模漁業(場)中にも可なり多数に同一の事情が存するのであった27)』 し,つぎに のべる政府案審議過程を通して,政府,議会内の近代一派の法理論に期待するものであっ

た.

第4節 政府漁業法案審議における慣行争論と漁業権の性格  第1項政府漁業法立法作業の進展

 すでに18年当時漁業組合準則公布をめぐって政府部内にも急進派,漸進派の三論が対立 し,結局急進派は準則をもって試験的臨時法として妥協しかつ将来法典編纂のあるべきを 予想していたことはすでにのべたとおりである.

 政府は19年水産局長を漁業制度研究のため渡欧せしめ,同行の官僚によって欧米巡回取 調書が作成されている.また34年漁業法立案資料として『漁業権制度二関スル資料』なる 文献が存在することによっても,相当国内,国外調査に当ったことは推察される.然しそ の詳細は上掲資料程度にしかあきらかでない.

 当時の農商務省内の欧米法思想の官僚グループが急進派と称せられ,法典編纂の推進力 となったことはあきらかであるが,のちにいわれるように,わが国と諸外国との漁業の発 展構造の差異,したがって漁場商品化の段階差は漁場占有制度の差異をしめしていたので あり,とくに入会漁場麦湯権と共同体的漁業者集団の結合は,わが国の特異な資本主義発 展の制度的表現であったためその取扱いに苦慮した.

 村田漁業法案の議会提出によって先鞭をつけられた政府は,漁村網元層を官僚的漁場統 制に編入従属せしめるためにも速やかな政府案作成を急ぐ必要があり,30年頃からその活 動は活澄化してきた.

 26年水産調査委員会,28年水産調査所,31年水産調査会を設置し次第に法案作成の準備 を進めるとともに,30年から32年にかけて各種の民間漁業団体に漁業組合案,漁業法案に ついて諮問を発している.とくに第1回政府案が議会で否決された32年セこは,3月の鹿児 島市での全国水産大会に『(1)定置又は区画漁業の外免許を必要とする漁業の種類如何(2)淡 水魚類蕃殖保護に関する方法』を諮問し,同年6月には300円を補助して大日本水産会に

『定置並区画漁業其他免許を必要とする漁業の種類及理由』を調査答申せしめている28).

 鹿児島水産大会は特別漁業免許の要件を4種にわたって答申し,大日本水産会はすこぶ る詳細な具体案を答申している.その詳細は省略するが,要は村田案にみられる慣行派の 慣行的漁場主義論にたいして,漁業種類制限主義の確立や個別漁業権の物権化をおしすす める準備工作であった.それは漁村指導層が封建的漁場支配権思想,包括的慣行麦配論に 立脚したのにたいして,私的漁場支配権の確立を目指す近代法典編纂事業であったといい うる.とくに大日本水産会をして定置漁業その他の個別的独占漁業の技術的,制度的理由 を上申せしめたことは,漁業法制定時においては多くの妥協を余儀なくされたとはいえ,

(10)

102 長崎大学水産学部研究報告第20号  (1966)

つぎの段階の漁業法施行のための細則制定においてその近代化思想を徹底せしめる基礎と もなったものである.

第2項第1回政府案の慣行漁場主議論的本質とその市民法的傾斜

 村田案未審議のあとをうけて,しばらく空白期をすごした漁業法制定事業は,32年13議 会への第1回政府案提出によってはげしい保守進歩両思想の争いのなかにまきこまれた.

 この第1回政府案の性格については二つの全く異なる見解があるが,それは史料上の取 扱いによるものである.

 その第1の論は従来の通説であって,第1回政府案は村田案を承継し,『この法案を基 にして案を作り各府県へ廻して意見を求めてそれがまとまった』,したがって 『始めは貴 族院に提出された.此方は村田氏や田中芳男画聖が居られる関係から単為く通過した』と するものである29).羽原氏も史料的検討の末,『政府案そのものは少くも立法上の根本思 想に於て……村田案と同工異曲のものなりと見て差支ない30)』 としている.潮見氏も村 田水産翁伝の記述をそのまま承認して村田案同旨のものとされている31).

 これに対立する見解は秋山氏によるものであって,羽原氏の引用した32)第1回政府案 史料に準拠し,『つまり,のちに定置,区画,特別,地先専用漁業権となるものを予想し ていたのであって,慣行専用漁業権という考えはなかった.ここには,海面は自由である という西欧流のブルジ。ア的原則が流れていた.慣行を排除し資本投下の自由の余地を残『

していた。殖産興業を進めた官僚の啓蒙的思想があった33)』 とするものである.

 まず第1回政府案がいかなる性格のものであったかについては,下啓剛体の水産回顧録 により貴族院通過衆議院否決の真否を調べてみるために,33年1月20日第2回政府案を14 回議会の貴族院に提出した当時の議事録についてみよう.32年13議会では貴族院では通過

したが,『然る所が衆議院に於きましては段々審議の末,不完備の点があるに附いて暫く 見合せて尚ほ能く調査した方が宜かろうと云ふことを以て否決になりましたことでござい

ます34)』、と政府委員がのべていることから,貴族院先議通過,衆議院否決は事実である.

また当時の事情は,のちに『漁業法案が上院を無難に適過せるに拘わらず,両度とも下院 の阻止せる所となれるは……35)』 とものべられている.

 このように水産回顧録の伝える第1回政府案の貴族院通過,衆議院否決には誤りがない.

すなわち水産回顧録や,羽原氏の観測には誤りがないこととなる.それはすでにのべた村 田案の再度の貴族院提出の事情に徴しても第1回政府案が村田案と類似のものであったこ とは間違いないところである。

 然らば秋山氏のような第1回政府案にたいする対脈的な評価は何故に生じたのであろう か.それは羽原氏の引用した第1回政府案という史料の取扱上の誤りと,それを基礎に評 価した秋山氏の誤りに由っている.羽原氏はその著日本近代漁業経済史下巻210頁以下に おいて,第1回政府案として引用しているものは第2回政府案である.すなわち大日本 水産会…報211号47頁以下および片山房吉氏の大日本水産史302頁に引用する第2回政府案 と,羽原氏のいう第1回政府案は全く同文であり,ただ5条の免許期間の差があるのみで

ある.

 つぎに羽原氏の引用するものが第1回政府案でないことの証左は,33年1月の第2回政 府案の貴族院本会議提出時の質疑中の問題点と一致しないことである.例えば同審議で

(11)

は政府委員は『昨年の法案(……第1回政府案)の第一条に……「漁具を定置し又は場所 を区画して漁業を為す者は……」とありますが,其漁具を定置する種類……を総て第三条 に列記致しましたのに過ぎませぬ……』と第2回政府案を説明しているが36),羽原氏の引 用案では第1条は漁業,漁業者の定義である.同様に,政府委員はさらに第1回政府案の 第3条が紛争裁決の規定であり,第2回政府案ではこれを除いて不日制定予定の行政裁判 所権限法にゆずった旨をのべている.これにいし,羽原氏引用案では,第3条は別の箇所で 政府委員の指摘するように専用漁業を除く免許漁業を別記している.また第1回政府案で は規定されていないと政府委員がのべた行政裁判所への出訴については,羽原氏引用の第

1回政府案は26条第2項でそれを規定している.したがって議事録からみれば,羽原氏の 引用する第1回政府案は,実は第2回政府案であり,前掲大日本水産会報211号の報ずるも のと同一のものであったのである.勿論羽原氏は第1回政府案についての引用上の誤りは あったにしても,結論的にはすでにのべたように第1回政府案も村田案を承継する慣行的 漁場主義論に属するものとされている.

 羽原氏のこの引用上の誤りをそのまま引用した秋山氏が,通説と対臆的な第1回政府案 についてのブルヂョア化論におちいったことは当然である.とくに:重要な誤りは秋山氏が 第1回政府案のブルヂョア性の根拠とした『免許漁業以外目論ケル従来の慣行漁業二関シ テハ別戸何等ノ規定ヲ設ケス』の取扱いである37).同氏はこれをもって第1回政府案に は『慣行専用漁業権という考えはなかった』としているのである.この引用文は前掲羽原 氏の引用:交38)から抽出したものである.

 この秋山氏の誤りについては,たんに羽原氏の引用上の誤りにもとつくものではなく,

その理解上の混乱がある.羽原氏の引用する第1回漁業法案をそのいうように第1画面で あるとしても,その内容は慣行専用漁業権を否認したものではない.

 まず羽原氏の引用案についていえば,その引用案では附則以下の条文は,『法案の直接 の骨子でない』の理由で引用から除外されている.これが秋山氏をして第1の誤りに導い たものである.前掲大日本水産会報211号掲載の第2回政府案によって附則をみると,と

くに33条において『従来の慣行に因り本法施行前より第3条又は第4条(……定置,区画,

特別的個別独占漁業および地先専用漁業をふくむ免許漁業)を為す者本法施行の日より 6箇月以内に出願するときは之に免許を与ふへし……』の旨が規定されている.したが って羽原氏のいう第ユ回政府案は慣行専用漁業を否定したのではなく,むしろ慣行漁業 についての免許の裁量性を許さず当然の権利としているのである.この解釈について,漁 業組合は新法人であるから33条の適用の要件である慣行がないという理論もありうるが,

これは34年漁業法全般の共通問題であり,実際の取扱上は組合員の慣行をもって組合の慣 行とする擬制によって処理されたのである.「それは別としても,その他何名による実質的 な入漁権の慣行的取得は認められていただけである.

 つぎに秋山氏の第2の誤りは,第1のような問題点は除外しても,秋山氏の根拠とした 慣行漁業廃棄の事項は,羽原氏引用の第1回政府案の『漁業法案大体説明39)』から引用

したものである.その『説明』をみると,漁業免許に関しては,『根付磯付漁業ハ従来ヨ リ漁業慣行上ノ原則タル地元漁村二十ストノ趣旨ヲ認メ(中略)地元漁業者全体二免許権 ヲ与へ……又種川設置ノ如キモ同一ノ目的ヲ以テ亦免許漁業ト為シ(中略)但シ従来特二

(12)

104 長崎大学水産学部研究報告 第20号(1966)

之レト異ナリタル慣行ヲ有スル者ハ其者二免許ス』とのべ,また従来の免許又は慣行処分 に関しては,『本法案規定ノ免許漁業二該当スル漁業ヲ為ス者ハ(中略)一定ノ;期限ヲ指 定シ此期間内二出願スルトキハ総テ優先権ヲ付与スルノ規程ヲ設ケ以テ既得ノ権利ヲ保護 セリ』とのべている.

 このような第1回政府案(真実は第2回政府案)の内容はあきらかに慣行漁業権の優先 権を認めたものであり,なんら『慣行を排除し資本投下の自由の余地を残していた』もの ではない.なお秋山氏は免許漁業の意義を個別的独占漁業に解して1慣行専用漁業を廃棄黙

したようである.然しここでいう免許漁業は地先専用漁業のみを指し慣行専用漁業をふく まないようにも解されるが,前掲33条によって慣行漁業も免許を要する免許漁業であり,

すなわち慣行専用漁業権は『本法案規定ノ免許漁業二該当スル漁業』であったのである。

したがって秋山氏の根拠とした『本法案下於テ一別二何等ノ規定ヲ設ケス』とされた免許 漁業以外の従来の慣行漁業とは,漁業権漁業(慣行専用漁業をふくむ)以外の権利化の必 要のない自由漁業であって,当然の趣旨であったといわなければならない.

 以上のように第1回政府案にたいする従来の史料的研究の不充分さは,その評価におい て重要な誤りをおかす結果となり,ひいては32年当時の政府官僚,漁村網元層および慣行 派議員,新興漁業資本家層の歴史的役割の評価についての誤りをひき起している.例えば 秋山氏は,第1回政府案が慣行派議員の反対によって慣行重視の法案に変化したとのべて いる40).慣行派議員の結集体であった水産同志会の役割についてはのちにふれるが,こ れは史実と反対の評価である.第1回政府案はのちにのべるように慣行派議員の支持によ

って貴族院を通過し,衆院における新興漁業資本家層とくに北海道選出代議士や自由主義 法思想の学識議員によって阻止されたのである.それは従来の諸説の推側的評価と一致し た経過であった.

 さて現在の史料においてみられる第1回政府案は片山房吉氏著の『大日本水産史』(P,

299)掲載のものであるが,出典はあきらかでない.その内容は

『第1条 公有水面二於テ漁具ヲ定置シ又ハ場所ヲ区劃シテ漁業ヲ為ス者ハ行政庁ノ免許   ヲ受クルコトヲ要ス

 第2条入会又ハ専用ノ慣行アル漁業区域二於テスル慣行ノ漁業ハ其ノ慣行二三ル  第3条 前条ノ慣行二君争アルトキハ関係漁業者ノ請求二因リ地方長官之ヲ決定ス   前項ノ場合二於テ漁業者ハ関係漁業者ニシテー道庁府県ノ管轄以外二渉ルモノアルト   キハ関係地方長官協議ノ千畑ノ争ヲ決定ス協議調ハサルトキハ主務大臣之ヲ決定ス  第4条 水産動植物の蕃殖保護其ノ他公益ノ為必要ナルトキハ行政庁ハ漁業ノ免許ヲ取   消シ又ハ制限スルコトヲ得

  入会又パ専用ノ慣行アル漁業ニシテ前項ノ場合二該当スルトキ四獣ノ漁業ヲ禁止シ又   ハ制限スルコトヲ得

 第5条漁業免許ノ拒否破目第3条及第4条二依ル行政庁ノ処分二対シテ不服アル者ハ   訴願ヲ為スコトヲ得

  前項ノ場合二於テ行政庁ノ違法処分ニヨリ権利ヲ殿損セラレタリ.トスル者ハ行政裁判   所二出訴スルコトヲ得』

を主要条文とするものであった.

 まず前掲村田案と異なる点は

(13)

(1)村田案は行政裁決についで訴願は許すが訴訟は禁じているのにたいして,政府案はこ  の行政訴訟を認めている41)

(2>村田案は区画的漁業の免許期間を20年とし慣行漁場は勿論無期限であるのにたいして,

 政府案はすべて無期限としている

(3)村田案は区画定置漁業免許の取消または制限は認めるが当然専用漁場は除いているの  にたいし,政府案は慣行漁場も同様に制約しいる

(4)村田案では魚付林を無税とするが,政府案ではこれを欠いている などが主要な相異点である.

 この第1回政府案は,その根本思想であり漁村網元層の宿願である入会専用漁場麦配権 の発生要件を行政処分ではなく,慣行そのものとしたことは村田案の本旨を承継するもの であり,また前掲の31年11月の農商務省上等会議案と同一のものであった.

 然しこのような基本的性格すなわち漁村網元層の慣行漁場主義論を承継しながらも,第 1回政府案はあきらかに市民法体系への接近をしめしている.それは村田案との主要相違 点にしめされるものである.すなわち第1点の行政訴訟の認容は法の解釈と権利範囲を行 政解釈に委ねることなく,司法解釈の並列的原則を認めたものであり,近代法治思想の導 入である.第2点の免許期間の規定を欠いたのは,やがて直に復活されるのではあるが,

村田案にたいする限り慣行漁場との権利上の優劣を認めない態度である.これは第3点の 取消および制限においても同様である.

 要は村田案が区画定置的個別漁場を可及的圧縮し専用慣行漁場の維持をはかったのにた いして,政府案はそれを否認し少くとも慣行漁場の効力的優越性を拒否するの態度をしめ

したものである.とはいえ,それはなお漁村網元層を支持する慣行的漁場主義論の立場に たち,官僚統制の最大の手段である漁場紛争解決を慣行に依拠せしめていたのである.こ れは行政裁決と合体して官僚と網元層の妥協の段階にあった.他面74号布達以来の官僚的 漁場統制は,漁業法典における公法的規定として,上掲の主要条文にみるように明丈化さ れるにいたった.

 以上の第1回政府案の市民法的傾斜をふくみながらの慣行専用漁場の容認は,貴族院慣 行派の直るるところとなりその通過をみたのである.然し例えば北海道漁業資本家の反対 運動にみるように,衆議院では『慣行の処分に窮した結果』または『専用,入会の区別を 劃然ならしむる必要』から否決された42).これは要は慣行的入会漁場(専用)が内容的に 専用漁場(区画,定置)をも包含することにたいする自由主義派の反対のためであった.

 この第1回政府案の二面性は,その後の微妙な経過をうみ出している.すなわち,衆院 否決と政府案にふくまれた市民法的側面は,急速に漁村網元層の反対運動と村田案麦持方 向を表面化させ,かつ政治的圧力団体を発足せしめた.一方漁村資本家層は衆議院の自由 主i義派を擁してこれに対抗し,第2回政府案においてはげしい慣行論争を展開したのであ る.また一面においては,この両派の中間にあった官僚層は,次第に漁村網元層の従属化 をすすめて漁村ブルヂョア層と提携しつつ,また全般的な公権的漁場統制の立法化を実現

していったのである.

(14)

106 長崎大学水産学部研究報告 第20号(1966)

第3項 第2回政府案における法典論争

(1)慣行派運動の展開

 第1回政府案のしめす若干の市民法的性格は,直ちに漁村網元団体の反対運動をひき起 した.32年4月大阪以西ユ6県で組織する関西府県聯合水産嘉事会は,漁業法制定につき主 務大臣宛要望書提出を決議し,7月の大会でつぎの建議案を決定している43).

 『本年帝国議会(…13議会)に漁業法案提出相成候処該法案は両院の通過に至らざりし は水産業者の深く遺憾とする所なるも顧みれば該法案は水産業者の希望に満足せざるもの

      リ  コ     り     の       の       コ     の     り

あり立直部分に依て実際に適せざる所あるか如し傍て両院を通過せす尚ほ講究の時日を与

     

ふるは将来の為め僥倖なりしも知るへからず故に直接事に当る漁業組合其他水産団体に該 按を諮問せられ広く意見を衆聚し与論の期する所を探り該案を修正したる上次期帝国議会 へ提出あらんことを一府16県の府県聯合水産面談会の決議に依り建議候也』.

 .この建議のいう水産業者の期待に背き実状に適しない法案とは;第1回書:翻案の市民法 的部分を指すことはあきらかである.そしてより民意をとり入れた政府案を要望したこと は,やがて政治的圧力団体としての全国団体として,33年1,月全国水産聯合会大会,34年

1,月大日本水産聯合会を成立せしむる機運を促進した.この網元団体の結集に対応して,

これよりさきの31年結成をみていた関係議員による水産同志会は,32年3,月漁i業法制定に ついてつぎの事項を決議している44).

『1。漁業法は斯業の:皇位を図るの今日一日も欠くべからざるものなれば本会は第14議会 までに各地の利害を調査し適当の立案を提出すること

 1.漁業法を制定するに当り入会漁場の慣行を認むると否とに付斯業上に及ぼせる将来 の利害を調査すること

 1.区劃免許漁場の処分を公認するか将た否認すべきか之がため斯業上に及ぼせる将来 の利害を調査すること.

 1.漁業上に於ける国際の関係及先例を調査すること』

 当時の:水産同志会は関係代議士200巡査を擁した政治連盟であり,主唱者は地方漁業ブ ルジョアジーであったといわれる45).地方銀行,炭鉱主,地主層の地方多額納税貴族院 議員や勅選議員など多彩な顔ぶれをもつ水産同志会は46),当初上記のように慣行:専用漁 場と区画漁場の関連については必ずしも村田面的方向をしめさず,もっぱら民論高揚につ

とめている.然したかまる漁村網元層の組織的な慣行制漁場立法運動は,その代弁者的立 場を水産同志会に求め,慣行派にとっての有力な議会内組織となった.

 さて第1回政府案否決后の議会,民間団体の慣行派運動の強化にたいして,政府は第1 回政府案審議で問題点となった専用 (区画漁業),入会(専用漁場)の区別を明確にする ため,32年3月には鹿児島市で開催の水産大会に特別漁業の種類を,また同年6月には大 日本水産会にたいし免許漁業全般の種類および理由を諮問調査せしめている.この大日本 水産会の答申が免許漁業の標準を,『第1則 個人団体の旧染及特殊の設備を要するもの 第2則 個人団体の新漁場を発見し又は新漁具を発明したるもの第3則蕃殖保護上必要 あるもの第4則漁業三間の関係に就き取締上必要あるもの第5則水利舟行其他公益に 関係あるもの』とし,定置漁業16種,区画漁業4種,特別漁業22種としたことは47)第2 回政府案に大きな影響を与へている.

(15)

(2)第2回政府案のブルヂヨア的指向と漁場再編方向

 政府は33年1月13日,第2回政府案を14回議会に提出し,20日の貴族院上程によってそ の審議が開始された.

 第2回政府案は専用,入会の形態とくに慣行の取扱いおよび裁判管轄についてつぎのよ うに規定していた48)。

『第3条 左二掲ケタル漁具叉ハ方法ヲ以テ漁業ヲ為サムトスル者ハ行政庁ノ免許ヲ受ク   ヘシ

  (定置,区画,特別漁業該当漁業を列記)

 第4条 区域ヲ限りタル根付礎付漁業斜月愚直ノ設置ヲ為サムトスル者ハ行政庁ノ免許   ヲ受クヘシ

  前項ノ免許ハ地元漁業組合二非サレハ之ヲ受クルコトヲ得ズ   根付磯付漁業ノ種類ハ主務大臣之ヲ指定ス

 第5条 漁業免許ノ期間ハ20箇年以下トス……

 第18条 一定ノ区域内二住所ヲ有スル漁業閣員水産動植物ノ蕃i殖保護及共同利益ノ為漁   業組合ヲ設置スルコトヲ得

 第21条 組合地区内二住所ヲ有スル漁業者ハ総テ其ノ組合二加入スヘシ……

 第22条漁業組合ハ漁業ノ免許ヲ受クルコトヲ得但シ自ラ漁業ヲ為スコトヲ得ス  第23条 漁業組合二於テ漁業ノ免許ヲ受ケタルトキハ定款ノ定ムル三二依リ其ノ組合員   ヲシテ漁業ヲ為サシムヘシ

 第26条 漁業免許ノ許否二関シ利害ノ関係ヲ有スル者又ハ……行政処分二対シテ不服ア   ル者ハ訴願ヲ為スコトヲ得

  前項ノ場合二於テ行政庁ノ違法処分二依リ権利ヲ傷害セラレタリトスル井田行政裁判   所二出訴スルコトヲ得

 第32条 本法施行前二子ケタル漁業,免許又ハ公有水面使用免許二因リ第3条ノ漁業ヲ   為ス者本法施行ノ日ヨリ六箇月以内二出願スルトキハ之二免許ヲ与フヘシ

  第1項ノ期間内二免許ヲ出願セサルトキハ出願期間満了ノ日二於テ従前ノ免許ハ其ノ   効力ヲ失フ

  本法施行前北海道二於テ漁業ノ免許ヲ受ケ第3条ノ漁業ヲ為ス者ハ本法二依リ免許ヲ   受ケタル者ト看敬シ其ノ免許期間ハ第5条ノ期間内二於テ北海道長官之ヲ定ム  第33条 従来ノ慣行二因リ本法施行前ヨリ第3条又ハ第4条ノ漁業ヲ為ス者本法施行ノ   日ヨリ6箇,月以内二出願スルトキハ之二免許ヲ与フヘシ

  第1項ノ期間内二免許ヲ出願セサルトキハ出願期間満了ノ日二於テ其ノ漁業権ハ雪避   ス』

 以上の第2回政府案嫡村田案および第1回政府案とどのような相違点をしめしていたで あろうか.

 まず村田案と対比してみるとつぎのように要約しうる.

(1)村田案は慣行的漁場主義にたち入会慣行専用慣行は免許によらず占有しうるとするの にたいし,2回政府案は漁業組合のみにたいするいわゆる地先専用漁業権という免許漁業

(16)

108 長崎大学水産学部研究報告 第20号(1966)

の概念を創出し,全般的には慣行が漁業権発生の要件であることを否定している.ただ例 外的に33条においで置行の入会,専用の継承を認めかつ出願期限を定め,その后は無免許 の権利は消滅するとしている.

 また慣行専用(区画)のうち3条の区画免許に編入されるものがあることを政府案は予 定している.

(2)村田案は慣行漁業権は入会専用を問わず包括主義(漁場主義) とるが,2回政府案 はその範囲を根付耳付,豊川に圧縮しかつ制限種類主義にたっている.

(3)村田案は免許区画漁業のみに免許期聞を設けてその絶対性を否定し,慣行入会,専用 漁業は無期限としたが,2回政府案はともに免許期間を設けている.

(4)第2回政府案は村田案に存在しない既免許区画漁業の承継を認めている.

(5)第2回政府案は村田案にいう訴願のほか行政訴訟を認めている.

(6) 2回政府案は村田案に欠けている組合員の漁業権行使権を認めている.

 以上の村田案と第2回政府案の相違は,要するに村田案の慣行漁場主義論にたいして,

2回政府案が慣行漁業権を例外的位置におき,免許漁業権をもって漁場法秩序の中核とす ることをしめし,そのための附則32,33条による再免許方向を打出したことにあった.換 言すれば,74号布達および漁業組合準則の漁場法体制を廃棄し,近代的法秩序とその官僚 統制をうち出したものである.      ,

 また村田案にたいして市民法的傾斜をしめしていた第1回政府案と第2回政府案の相違 点はつぎのようである.

(1) 1回案は村田案の慣行的漁場主義編を承継するが2回案は廃棄している.

(2)既免許区画漁業および慣行入会,区画漁業についての相違は村田案の対比(1)と同様で

ある.

(3)2回政府案は1回案で明示しなかった漁業権の譲渡,貸付,相続を認めている(7条

2項).

(4)漁業組合設置について1回政府案は政府命令による強制設置とするが(1回案13条),

2回政府案は任意設立としている.然し2回案においてもなお強制加入方式をとっている ことは注目してよい.

(5) 1回案は免許期間を欠き2回案は法定しているが,その慣行漁業権にたいする態度は 同質のものであり差異はない.ただ2回案で法定したことは権利効力の強化というよりも

(後述の議会答弁参照),官僚統制の手段としてあきらかにしたものである.

(6)また2回案がはじめて漁夫および雇主取締規定の特別法化(17条)を定めたのも網元 層の要望をとり入れた保守的思想である.

 したがって第2回政府案は前年のユ回案よりは,基本的漁場法秩序の考え方に一大旋回 をしめし,慣行的包括漁業権主義から市民法的漁業権思想と官僚統制の方向への移行をあ きらかにし,附則32,33条による既存漁場の官僚再編成を意図したものであった.』このよ うな2回政府案のブルチヨア性は当然議会内外における慣行派の反対にあわざるをえなか

った.

 この2回政府案の現実的推進力は,政府部内の自由主義官僚と北海道を中心とした地方 定置,区画漁業資本家であった.2回案が32条において,北海道の特別な既得区画免許の 無条件承継(免許も必要としない)を認めたのは,その圧力の大きかったことをしめすも

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