日本小児循環器学会雑誌 11巻4号 583〜584頁(1995年)
<Editorial Comment>
稀れな先天性心疾患と多脾症候群
東京女子医科大学循環器小児科 門間 和夫
この号には鹿児島大学から孤立性露斗部大血管逆位の1例りが報告されている.
読者の大部分にとって,この病名は馴染みが無いと思われるし,内臓心房位置について診断上の多少の問題 点もあるので,editorial commentsを記す.
第一に孤立性露斗部大血管逆位と解剖学的修正大血管転位置異常症2)との区別を述べる.孤立性露斗部大血 管逆位は本論文に引用されている如く,1988年にvan Praagh達が3例を記載したのに始まる3).この疾患は極 めて稀れで,この3例は米国の3小児病院で1例ずつ経験されたものである.孤立性露斗部大血管逆位と解剖 学的修正大血管転位置異常症は共通点が多く,右房,右室の繋がりと配列は正常であり,右室から肺動脈,左 室から大動脈が起始している.この両病型とも正常と異なり,大動脈の起始部分(大動脈弁)が肺動脈の起始 部分(肺動脈弁)より左側にある.
孤立性露斗部大血管逆位と解剖学的修正大血管転位置異常症との区別点は2点ある.第一には肺動脈弁と大 動脈弁の前後関係で,孤立性露斗部大血管逆位では肺動脈弁が大動脈弁の右前にあり,解剖学的修正大血管転 位置異常症では肺動脈弁が大動脈弁の右後ろにある点である.第二には大動脈弁下の漏斗部の有無で,孤立性 露斗部大血管逆位では大動脈弁下に漏斗部がないが,解剖学的修正大血管転位置異常症では大動脈弁下に通常 漏斗部がある(即ち両側円錐となる).このように孤立性露斗部大血管逆位は解剖学的修正大血管転位置異常症 に似ているが,より正常に近く,肺動脈と大動脈の起始部分の左右入れ換えが起こっている.発生学上,この 両者がどうして生じるか,その機序などは未だ不明である.
van Praagh達の報告した3例はいずれもファロー四徴症に似た心室中隔欠損と右室流出路狭窄を合併し,
手術が行われて,2例が生存している.鹿児島大学の例は心室中隔欠損が自然閉鎖した例であり,その点でも ユニークである.
第二の問題点は多脾症候群(left isomerism)の合併の有無である.
本誌に報告されている症例は次の点で多脾症候群の特徴を持っている.
第一に下大静脈の奇静脈結合である.これは多脾症候群の約半数に合併する静脈奇形であり,それ以外の先 天性心疾患には殆ど合併しない.東京女子医科大学心研小児科では年間600例を超える先天性心疾患の心臓カ テーテル検査と手術を行っており,その多くが複雑心奇形であるが,下大静脈の奇静脈結合を見たら多脾症候 群を強く疑うのが常識である.この場合,内臓正位,または明瞭な逆位の証拠が無いなら多脾症候群と考える 方が当たる確率は高い.
第二には副脾の存在である.私達は約10年前に多脾症候群,無脾症候群,内臓逆位症などについて脾シンチ を使って調べたことがあり,その結果判明したことは,私達の症例では多脾症候群の脾臓が葡萄の房の形をし ているのは多脾症候群の約30%のみで,残り70%は副脾,乃至分葉のある脾臓を持つことである.副脾は全て 多脾症候群ではないが,副脾は多脾症候群を指示する強い証拠になる.
第三には気管支の形態が左右共に左型に見える点である(図1).気管支は右肺では右肺動脈と平行し,右中,
下葉にいく肺動脈は右主気管支の前にある.右気管支はepiarterial bronchusとも呼ばれる.この右気管支と 右肺動脈との関係はアンジオ上明瞭に観察出来る.その点では特に側面像が役に立つ.気管から右気管支が分 岐し,右上葉への気管支分岐点迄の長さは左より短い.その短さが胸部レントゲン写真,乃至シネアンジオ上 で右肺の特徴となる.左気管支は左肺動脈の下にあり,hyparterial bronchusとも呼ばれる.気管から分岐し て左上葉への気管支分岐までの距離は,右より遙かに長く,右の約2倍の長さがある.この気管支の長さから 肺の左右を診断し,心房の左右の診断の参考にする努力が20年前にLondonの小児病院でMacartney達によ
りなされた.肺の位置と心房の位置がかなりよく一致することもそのころ確定した.
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584 (102) 日小循誌 ll(4),1995
正面像 側面像
図1 正常の気管気管支と肺動脈の関係.肺動脈造影の正面像では右肺動脈は右気管 支の前下を走行する.左肺動脈は左気管支を乗り越えていく.その関係は側面像で よく見える.略語の説明:A:気管から肺動脈分岐部までの距離,B:左右肺動脈の 分岐角度,C:左右肺動脈間の距離, D:同(肺動脈中央部間距離).
私達も胸部レントゲン写真と肺動脈造影像4)から肺のsitusを診断する努力をしてきた.鹿児島大学の症例 の右室造影像には肺動脈と気管支が正面像と側面像で示されている.正面像では気管支の上葉枝分岐迄の長さ が左右とも長く見える.即ち左右ともに左型を示す.側面像では左右肺動脈が殆ど重なって,しかも気管支の 上を走行しているように見える.即ち左型の気管支が2本あるように見える.
第四には右心耳の形態である.MRIを見ると,右心耳が細長く見える.ほかの断面をよく見る必要があるが,
細長い心耳は左心耳の特徴である.
第五には心電図のP波である.この例のP波は第III誘導とaVFで下向きで,所謂冠状静脈洞調律である.
これも多脾症候群に多くみられる調律である5).
以上の所見から,私はこの症例が多脾症候群に属すると考える.多脾症候群は正常または内臓逆位との間に 広いspectrumをなしている.多脾症候群の診断は私達の病院で長く診ている患者でもしばしば診断し残して
いるのが実情である.
文 献
1)原口 努,奥 省三,増田佳織,相星壮吾,河野幸春,野村裕一,吉永正夫,宮田晃一郎:Isolated infun−
dibuloarterial inversion(孤立性露斗部大血管逆位)の1例.日本小児循環器学会雑誌,1995;11:
577−582
2)門間和夫:極めて稀れな心奇形:高尾篤良(編集):臨床発達心臓病学.中外医学社,東京,1989,
pp570−576
3)Foran RB, Belcourt C, Nanton MA, Murphy DA, Weinberg AG, Liebman J, Castaneda AR, Van Praagh R:Isolated infundibuloarterial inversion{S, D,1}:Anewly recognized form of congenital heart disease. Am Heart J 1988;116:1337−1350
4)門間和夫,高尾篤良,中沢 誠,里美元義,中西敏雄:無脾症候群と多脾症候群の肺動脈造影.心臓 1988;
20:37−45
5)門間和夫:多脾症候群の不整脈.In Annual Review循環器1991,1991, pp159−163,中外医学社,東京
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