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行 政 社 会 論 集 第 26 巻 第 1 号 分 に 対 しては 行 政 裁 判 所 への 出 訴 の 途 を 開 いていた( 市 制 124 条 2 項 2 号 4 号 町 村 制 128 条 2 項 4 号 ) そして 明 治 44 年 改 正 市 制 町 村 制 において 上 記 処 分

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論 説

戦前日本における市町村長等に 対する懲戒処分と取消訴訟

垣 見 隆 禎

は じ め に

 前稿において、筆者は、戦前における市町村及びその機関に対する監督処分 を不服として提起された取消訴訟について考察を行った。その結果、法律の留 保原則、取消権制約の法理などの行政法上の一般原則は私人に対する公権力の 行使にとどまらず、市町村及びその機関に対する監督権限の行使にあっても原 則として適用を受け、市町村はその「主観法的地位」を一定程度、認められて いたことを確認した (1)。本稿は市町村長を中心とする市町村吏員に対する監 督官庁による懲戒処分に対して行政裁判所に提起された訴訟を分析することを 通して、市町村吏員と国家との法的関係がいかなるものであったのか、という ことを考察することを目的とする。

 明治21年市制124条1項・町村制128条1項は、市の吏員に対しては府県知事 が、町村吏員に対しては府県知事及び郡長が譴責及び25円以内の過怠金の懲戒 処分を行うこととしていた。さらに市制124条2項3号・町村制128条2項3号 は「職務ニ違フコト再三ニ及ヒ又ハ其情状重キ者又ハ行状ヲ乱リ廉恥ヲ失フ 者、財產ヲ浪費シ其分ヲ守ラサル者又ハ職務挙ラサル者」には懲戒裁判を経て 解職することができると定めていた (2) 。国家とは独立した法人格を認められ た市町村の吏員に対して、国家に解職を含む懲戒権限を付与していたこと自体 に、戦前の国地方関係の官治的性格が示されている (3)。ただし、これらの処

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分に対しては行政裁判所への出訴の途を開いていた(市制124条2項2号・4 号、町村制128条2項・4号)。そして、明治44年改正市制町村制において上記 処分が出訴事項から除外されるまでの20年余りの期間において、本稿において 紹介するとおり、市町村長等による懲戒処分取消の訴えが相当数なされている のである。

 他方、国家官吏に対する懲戒処分については、戦前の行政裁判制度は、一貫 して、これを出訴事項から除外していた。国家と官吏の法的関係がいわゆる

「特別権力関係」と観念されていたことの結果であり、逆に官吏に対する処分 が出訴事項から除外されていたことが、「特別権力関係」論の論拠の一つとも されていたとみられる。

 それゆえ、少なくとも明治期の市町村の吏員は、国家の官吏に比して、一定 の法的保護を受けており、これが一般の官吏法制と異なる市町村吏員の法的地 位の特質であったと考えられなくもない。しかし、市町村吏員に対する懲戒処 分が出訴事項とされていたという一事をもって、国家官吏とは異なる次元の法 的保護を受けていたと即断することはできない。市制町村制は、市町村吏員に 適用される「懲戒法」が定められるまでの間は国家官吏を対象とする「官吏懲 戒令」が市町村吏員に対しても適用される(市制124条2項・町村制128条2項)

としており、これらの点から、市町村吏員の市町村及び監督官庁に対する地位 は、基本的に官吏のそれと同質のものと考えられていたと解する余地もあ る(4)

 また、市町村吏員に対する懲戒処分が出訴事項とされてはいても、行政裁判 所がいかなる密度で適法性審査を行っていたのかということが問題となる。戦 前の行政法理論の影響がいまだ色濃かったと思われる時期に下された最判昭和 32年5月10日民集11巻5号699頁は、「行政庁における公務員に対する懲戒処分 は、(中略)特別権力関係に基づく行政監督権の作用であつて、懲戒権者が徴 戒処分を発動するかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかを決定 することは、その処分が全く事実上の根拠に基かないと認められる場合である

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か、もしくは社会観念上著しく妥当を欠き懲戒権者に任された裁量権の範囲を 超えるものと認められる場合を除き、懲戒権者の裁量に任されているものと解 するのが相当である」として、懲戒処分の取消訴訟における司法審査の範囲を 著しく制限していたのであった。

 さらに、下級審判例ではあるが、職務執行命令訴訟においても、機関委任事 務の執行にかかる都知事と町長をそれぞれ「上級機関」及び「下級機関」とし た上で、職務執行命令訴訟は「行政部内における上級機関の下級機関に対する 監督権の行使方法として特別に法律が裁判所に権限を付与した本来行政に属す る争訟の制度ということができる」から「国の機関である町長が国の事務に関 しては都知事の命令に拘束されること前叙のとおりであるとすれば、この訴訟 における審理の対象もまた都知事の職務執行命令の前記形式要件に関する事項 以上に出ることは許されず、裁判所は、遡つて当該命令の実質的な適否につき 審査することはできないものと解すべきである。」と判示されていたことが想 起される(東京地判昭和33年7月31日、下線筆者)。職務執行命令訴訟という 特殊な訴訟形式においても裁判所の職務命令審査権の範囲は受命者のそれに制 約されて形式的な審査に限定されるとしていたのである (5) 。本稿の対象たる 市町村吏員に対する懲戒処分に対する取消訴訟も、市制町村制において特別に 法定された「本来行政に属する争訟」であったとすると、行政裁判所の審査も 形式要件などの外形的適法性の審査に限定されていた可能性も否定できない。

 他方、行政裁判所は、階層的統制機関としての性格を併せ持っていたとされ る (6) ことから、市町村吏員の懲戒処分が出訴事項とされていた以上は、裁量 事項とされていた領域についても実質的審査を行い、また職務命令の適法性に ついても受命者の審査権の範囲に制約されずに審査を行っていた可能性もあ る。

 本稿は、市町村吏員に対する懲戒処分にかかる取消訴訟を主な素材として、

市町村吏員が国家との関係でいかなる地位に置かれていたのかということを考 察する。本稿は上記の課題を果たすために、市町村吏員に対する懲戒処分にか

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かる取消訴訟一般(「1.」)と原告が職務命令の適法性を争った事件(「2.」)

とに大別して、前者については懲戒処分に対して行政裁判所の審査の範囲がど こまで及んでいたのかという点に焦点を当てて考察し、後者については行政裁 判所が職務命令の実質的な適法性に踏み込んだ審査を行っていたのか否かとい う点に着目していく。なお、行政裁判所の審査のあり方は、市町村吏員と監督 庁の間の実体法上の関係のみならず、上に言及したように、行政裁判所の裁判 所としての性格にも左右されうる。それゆえ、本稿が明らかにする市町村吏員 に対する懲戒処分に対する行政裁判所の審査のあり方は、必ずしも市町村吏員 に固有のものではない可能性も生じてくる。したがって、本稿は、一般権力関 係にかかる判例の動向及び国家の官吏にかかる学説状況にも目を配り、これら との対照という視点をも加味することにより、市町村吏員に固有の法理があっ たのか否かという点に迫っていくこととする。

 なお、町村制68条2項5号は、町村長の権限として「町村吏員及使丁ヲ監督 シ懲戒処分ヲ行フ事其懲戒処分ハ譴責及五円以下ノ過怠金トス」と規定し、同 制128条2項1号その処分に不服ある者に郡長及び府県知事への訴願を経て出 訴を許していた(市制64条2項5号及び124条2項1号に同様の規定がある)。 しかし、国家と市町村の法的関係のあり方を探る一環として市町村吏員に対す る懲戒処分を考察の対象とする本稿の趣旨に鑑みて、市町村内部の紛争と位置 づけられる、かかる類型の訴訟は主たる分析の対象からは除外される (7) 。  また、本稿に採り上げる徴戒処分に対する判例は明治期のものに限定される ことから、照応する一般権力関係にかかる判例及び学説も同じ時期のものが中 心となる。

(1) 拙稿「戦前日本における市町村に対する監督処分と取消訴訟」行政社会論集 24巻2号2011年35頁以下。

(2) ただし、これらの仕組みは「追テ」「懲戒法ヲ設クル迄」の暫定的措置であっ た(市制124条2項、町村制128条2項)。

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(3) 戦前の国地方関係の官治的性格は、市町村長の選出についても見出される。

すなわち、市長は市会の推薦した3名の候補者の中から内務大臣の上奏裁可に よりその地位に就く(市制50条)。そして、市の助役は市会の選挙によって選 出されるものの、この選挙は府県知事の認可を受けなければならいない(同制 52条2項)。また町村長及び町村助役は町村会の選挙により選出される(町村 制53条1項)が、この選挙についてもやはり府県知事の認可を受けなければな らない(同制59条)。

(4) 市町村吏員に対する懲戒処分が行政裁判所に対する出訴事項とされていた時 期にものされた美濃部達吉『行政法』中央大学1909年324頁は、「吏員ノ市町村 ニ対スル関係ハ全ク官吏ノ国家ニ対スル関係ト同一ナリ」「官吏カ任命又ハ選 挙ニ於テ特別ノ公法上ノ行為ニ依リテ其関係ヲ設定セラルヽト均シク吏員ノ関 係ヲ設定スル行為モ亦斯ノ如キ特別ノ公法上ノ行為タリ其国法上ノ性質ニ於テ ハ吏員モ官吏モ全ク相異ル所ナシ」としていた。ここでは「吏員ノ市町村ニ対 スル関係」に限定されているともとれるが、府県知事及び郡長に対する関係に おいても妥当すると考えられていたか否かということが問題となる。なお、清 水澄『国法学 第二編 行政篇』清水書店1917年は、「自治団体ハ法律ニヨリ 独立ノ人格ヲ認メラレ其ノ権能モ法律ニヨリ認メラレタルモノナルニヨリ之ニ 対スル監督ノ範囲モ法律ヲ以テ定メサルヘカラス故ニ法律ノ根拠ナクシテ監督 庁ハ自治団体ニ対シ監督上ノ訓令ヲ発スルヲ得サルハ勿論省令、府県令等ノ法 規命令ヲ以テスルモ自治団体ノ行為ヲ制限スルコトヲ得サルナリ」(1334頁)

とする一方で、「茲ニ一言注意スへキハ自治団体ニ対スル監督ト自治団体ノ吏 員ニ対スル監督トノ区別之ナリ自治団体ニ対スル監督ハ官庁ニ対スル監督ト同 シク其ノ外部ニ対スル行為ノ監督ナルモ懲戒処分ノ如キ自治団体ノ吏員ニ対ス ル監督ハ官吏ニ対スル監督ト同シク特別ノ権力関係ニ基ク吏員ノ一身上ノ服務 義務ニ関スル監督ニ外ナラサルナリ」(1335頁)と述べている。ただし、本書 は、市町村吏員に対する懲戒処分を出訴事項から除外した明治44年市制町村制 の成立以降に出版されたものである。

(5) 周知のように、上記判旨は上告審において否定され、職務執行命令訴訟に あっても「裁判所が国の当該指揮命令の内容の適否を実質的に審査することは 当然であって、したがってこの点、形式的審査で足りるとした原審の判断は正 当でない。」として差し戻された(最判昭和35年6月17日民集14巻8号1420 頁)。

(6)

 

1.市町村吏員の懲戒処分に対する裁量審査

⑴ 市町村吏員の懲戒処分に対する裁量審査

 「はじめに」においてみたように、明治21年市制町村制124条・128条1項は、

府県知事・郡長が市町村吏員に対して懲戒処分を課すことができるとしてその 類型として譴責と過怠金を挙げ、過怠金の上限を郡長のなしたものにつき10円 以下、府県知事のなしたものにつき25円以下と上限を定めるのみで、それぞれ の類型の処分の要件及び手続に関して規定するところがない。それゆえ、いか なる場合に上記処分を課すのかという点については監督庁の裁量に委ねられて いたとみる余地がある。実際に市制町村制理由においては、「譴責又ハ過怠金 ニ処スルハ当該吏員ノ専決ニ属」すると解説されていたところである。他方、

解職処分に関しては、「職務二違フコト再三二及ヒ又ハ其情状重キ者」等の要 件を付した上で懲戒裁判を経てこれを行うとされていた(同制3項こう(8)。しか し、ここでも、その要件には不確定概念が用いられており、また懲戒裁判の手 続については何ら規定していなかったから、これらの点ついても監督庁の裁量 の余地が生ずる。また、解職処分が郡参事会という合議体による懲戒裁判を経

(6) 和田英夫「行政裁判」(鵜飼信成・福島正夫・川島武宜・辻清明編『講座  日本近代法発達史3』勁草書房1958年所収)は、戦前の行政裁判制度の「欠 陥」を指摘するという脈絡において、「行政裁判所は憲法第一〇条にいわゆる

『行政各部』に属するもので、司法機関ではなく、「要するに行政裁判所は行政 機関の一つであり、行政組織の系統の中に編入された、しかも裁判所に準ずる 如き組織をもつところのものなのである」と結論づけている(157頁)。

(7) ただし、後掲の行政裁判所判決(以下、本文も含めて「行判」とする)明治 41年10月7日行政裁判所判決録(以下、本文も含めて「行録」とする)19輯8 巻984頁のように、市町村吏員に対する監督庁の処分にかかる判例法理を探る 補助的素材として言及することはある。

(7)

てなされていた事実は、行政裁判所が踏み込んだ審査を差し控える理由として も機能しうる。

 戦前における代表的学説とみなされていたいわゆる美濃部三原則の一は、人 民の権利を侵し、これに負担を命じ、又はその自由を制限する処分には自由裁 量は認められないとしていた (9) 。徴戒処分が上のメルクマールに該当するこ とは疑いないが、市町村吏員が「人民」と同様に扱われうるかという点に疑問 が生じる。また、佐々木説によるならば、少なくとも、過怠金及び譴責を課す 要件については監督庁の自由裁量が認められることとなるものの、解職につい ては行政裁判所の審査権限が及ぶことになる (10)。しかし、ここでも、上記の 原則は一般権力関係を念頭に置いていたものと考えられるのであって、市町村 吏員に対する処分について行政裁判所がいかなる態度を採っていたのかという ことが問題となりうる。また、本稿の採り上げる諸判決が下されたのが、上記 の代表的な学説が形成される以前の明治期である点にも留意しなければならな い (11)

 以下では、市町村吏員に対する懲戒処分取消訴訟を素材に、行政裁判所が市 町村吏員に対する懲戒処分について如何なる密度で審査を行っていたのかとい うことを、懲戒事由該当性に関する裁量、懲戒処分の選択に関する裁量、そし て懲戒処分手続の裁量に分けて考察を加える (12)

⑵ 徴戒処分要件該当性の審査

① 解職処分要件該当性の審査

 まずは、解職処分についてみていく。最初に取り上げるのは、行判明治24年 4月21日行録1巻83頁である。行政裁判所が解職要件の審査をせずに、要件該 当性の判断を監督庁の裁量に委ねたとみられるものである。「明治二十三年度 地方税営業雑種税各箇人ノ等級ヲ同年四月三十日限リ村会ノ議ニ付スヘキ筈ナ ルニ期日内会議ヲ開カサリシ事」をはじめとする11点にわたる事由をもって、

被告郡長が「原告ノ所為ハ同条(註:町村制128条をさす)第三規定ノ通リ職

(8)

務挙ラス且職務ニ違フコト再三二及フトノ範囲ニ恰当」するとして懲戒裁判を 経て解職したのに対して、原告村長が当該処分の取消を求めて出訴したもので ある。

 行政裁判所は、被告の挙げる解職事由について逐一審査及び評価を加えるこ とをせずに、「村長ノ職ニ当ル者ハ何等ノ事情アリテ村治上ニ困難ヲ見ルコト アルモ法律命令ノ範囲ヲ守リ其職務ヲ尽サヽルヘカラサルハ固ヨリ当然ノコト ナレハ既ニ職務挙ラサルノ事実アル以上ハ原告ハ其責ヲ免カルヽコト能ハサル モノトス」として原告の訴えを斥ける。さらに、「被告ハ同制第百三十条ニ依 リ郡参事会ノ資格ヲ以テ第百二十八条第四ノ懲戒裁判ヲ開キ反覆審問ヲ為シタ ル上同条第三ノ所為アリト栽決シ村長ノ職ヲ解キタルモノナレハ即チ同制ノ適 用ヲ誤リタルモノニ非ス」と付言して、本件解職処分が徴戒裁判という、いわ ば準司法的な手続を経てなされたものである旨強調する。

 もとより「職務挙ラスノ事実」という要件に言及してはいるが、上記判旨の 後段にみるように、対審手続を備えた懲戒裁判がなされたことを重視している ことをもって、個々の懲戒事由の要件該当性について自ら評価を加えることを せずに、監督庁の裁量を認めたものと位置づけることができる。

 続く、行判明治25年2月18日行録3巻37頁は、被告監督庁が6点にわたる懲 戒事由を列挙し、「原告ノ所為ハ職務ニ違フノ重キモノナルヲ以テ」解職とし たものである。ここでは行政裁判所は、原告、被告の間に横たわる争点につい て逐一審査を行い、すべての論点に関して被告の主張を容れて懲戒裁決を是認 している。ただし、本判決は、「本件ハ事実ノ判定ニ属スルヲ以テ別ニ判旨ヲ 掲ケス」とし、また、町村制128条3項に規定される解職事由のどれに当たる のかという点に言及しておらず、個々の処分事由の存否については審査するも のの、それらが全体として解職事由に該当するか否かという点については判断 を監督庁の裁量に委ねたと解する余地もある。

 行判明治26年5月5日行録6巻117頁は、行政裁判所が原告と被告の法解釈 の対立について審査をなし、被告監督庁の解釈を正当なものとした上で「違法

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ノ所為ニシテ其情状重キモノ」として原告の訴えを斥けたものである。本件 は、郡長の命令により衆議院議員選挙の投票所臨監として派遣された郡書記に 対して、投票所の管理は町村長の職権であるとして、郡書記の投票所への入場 を拒み、さらに巡査をして強制的に退場させるなどした村長に対して懲戒裁判 を経て解釈したというものである。行政裁判所は「衆議院議員選挙法第二条ハ 選挙ニ関スル一切ノ監督権ヲ府県知事ニ与ヘタルモノタレハ投票所ノ管理ニ付 キ之カ監督ヲ為スカ如キモ固ヨリ其監督権ノ範囲内ニ属シタルモノ」であるか ら、「郡長モ亦府県知事ノ監督ノ下ニ選挙事務ヲ監督スルノ職権アルモノト謂 ハサルヘカラス」とする。その上で「原告ハ…法律ノ解釈ヲ異ニスルトシ其入 場ヲ拒ミ尚ホ立会ノ巡査ヲシテ強制退場セシメタルハ違法ノ所為ニシテ其情状 重キモノナルニ依リ被告カ原告ヲ解職シタルハ不当ト云フヲ得ス」と結論づけ る。ここでは、行政裁判所は、自身の法解釈を示して、原告村長の行為を違法 と断じ、さらにそれが「情状重キモノ」という解職事由に該当するか否かの判 断を監督庁の裁量事項とはせずに、実質審査に踏み込んだ上での結論とみるこ とができる。

 これ以降、行政裁判所は解職要件該当性の実質的な審査を定着させてい

く (13) 。とりわけ行判明治31年2月19日行録23巻63頁は、「原告ハ故ナク再帰熱

患者ノ隔離実行ヲ怠リタルモノナルヤ否ヤ」とする争点を提示し、「原告ハ…

故意ニ病舎ノ修繕ニ着手セサリシコト明瞭ナレハ仮令借家ノ借入ニ着手シタリ トスルモ伝染病患者離隔執行ノ急務ニ対シテハ原告ハ未タ其職務ヲ尽シタルモ ノト云フヲ得ス」(下線筆者)と断じ、その余の懲戒事由と併せて「故ニ原告 村長ハ其職務ニ違フ情状重キモノ又其職務挙ラサルモノト言ハサルヲ得ス」と 結論づけている。ここでは、単なる職務怠慢の有無にとどまらず、「其情状重 キモノ」であるか否かを判断する指標としてそこに「故意」があったか否かと いう点を挙げて審査を行っている点が注目される。このことは、逆に「故意」

が見出されずに、単なる職務怠慢が認められるだけでは解職事由に当たらない 場合があることを示唆するものである。

(10)

 実際に行判明治32年6月28日行録31巻6頁は、投票所管理の不手際の責任が 追求されたケースで、「代書投票中村谷有秀ナル記名ヲ奈須川光実ト読ミ聞カ セタルニ依リ監督官ノ命令ヲ以テ訂正セシメタル事実ハ被告主張ノ如ク認定ス ルヲ得ヘシ然レトモ此事タル故意ニ出テタル証拠ナキ以上ハ未タ以テ原告ニ対 シテ解職ノ懲戒ヲ加フヘキ理由トナスニ足ラス」として解職処分を取り消して いる (14)

② 譴責・過怠金処分要件該当性の審査

 次に、解職処分以外の懲戒処分についてみていく。過怠金と譴責について は、解職のような要件が明文化されていない。このことが行政裁判所の判断の 仕方に影響を与えていたのであろうか。

 まずは、過怠金にかかわる行判明治30年5月3日行録20巻20頁である。某村 内に病院建設について議するために町村制68条により郡長が村会に対して再議 を命じたので、原告村長が村会を招集したところ、出席者少数のため流会と なった。これにより、年度内に本件病院の建設に着手することがかなわなくな り、工費の補助も受けられなくなった点で「職務ヲ怠リタルモノ」があり、ま た、原告がこの顛末について直ちに具申をしなかった点で「故意ニ職責ヲ尽 サヽリシ」ものがあるとして過怠金5円の懲戒処分をなしたところ、原告がこ れを不服として訴願を経て出訴したのが本件である。

 行政裁判所は、以下のように判示して被告の処分を取り消している。まず、

年度内に着手できなかった点については、「原告カ招集ノ手続ヲ為シタルニモ 拘ハラス村会議員ノ出席者少数又ハ出席者ナキニ原因スルモノニシテ之レヲ以 テ原告職務上ノ怠慢ニ出ツルモノト為スヲ得ス」とし、また、直ちに具申しな かった点に関して「被告人ノ命令ニ依リ村長ニ於テ村会議員ヲ招集スルモ議員 少数若ハ出席議員ナク為ニ議事ヲ開キ其議決ヲ為ス能ハサル場合ニ於テ当被告 ヨリ原告ニ対シテ其報告ヲ為スヘシトノ何等ノ命令訓示等ヲ為サヽリシ以上ハ 原告ニ於テ直チニ其報告ヲ為サヽリシ事実アルモ之レヲ以テ村長タル原告ノ職

(11)

務ヲ尽サヽルモノト言フへカラス (15)

 と判示して、いずれの点においても被告の主張を斥けて処分を取り消してい る。本件においては、被告側が、過怠金を課す際の要件の認定は監督庁の裁量 に委ねられているという主張はせずに、原告の所為がそれぞれ「職務ヲ怠リタ ルモノ」及び「故意ニ職責ヲ尽サヽリシ」ものがあるとの主張を繰り広げ、行 政裁判所も、そうした主張に即した形で、実質的な審査を行っている。

 また、行判明治30年12月25日行録22巻88頁においては、町債の許可条件に含 まれていた償還年次を故なく繰下げたことにより、譴責処分を受けた町長が不 服として出訴したのに対して、行政裁判所は、その請求を斥けているものの、

徴戒事由の認定を監督庁の「専権」とはせずに、「内務大蔵両大臣ノ許可ヲ得 タル町債ノ償還年次ヲ擅ニ繰下ケタルハ町長ノ職務ヲ怠リタルモノナリ」とす る判決要旨を掲げて、職務怠慢の有無について独自の判断を行っている。

③ 小   括

 処分要件該当性の認定について、行政裁判所は、ごく初期の判決を除いて、

解職処分の要件該当性の認定について、これを監督庁の裁量に委ねずに、原 告、被告双方の提出した証拠及び主張を自ら評価した上で判決していた。ま た、処分要件について明文の規定が置かれておらず、解職よりも軽微な処分で あることから、より裁量の余地を認めやすいと目される譴責及び過料について も、監督庁の裁量とした判決は見出されなかった。そして、それぞれの処分に ついて、要件該当性を欠くとして処分を取消した判決が少数ながらみられるの も上に紹介したとおりである。

 行政裁判所がかかる姿勢を示していた一因として、差し当たっては、本稿に 採り上げた事例のほぼすべてにおいて、被告側が、市町村吏員に対する懲戒処 分の要件の認定につき、これを自由裁量の範囲内である旨の主張をせず、市制 町村制の処分要件該当性につき原告と同じ土俵で争う姿勢を示していたことも 考えられる (16)。しかし、私人に対する不利益処分に関して、宿屋営業取締規

(12)

則に基づいて営業免許を取消した事例で、「被告カ右規則ヲ適用シ原告ノ行為 ヲ以テ風俗ヲ紊ルノ所為アリト認定シタルハ職権内ニ属スル当然ノ処置ナレハ 原告ノ請求ハ排斥セラレタシ」との主張を繰り広げた行判明治27年4月19日行 録10巻102頁は、処分の基礎となった事実の存在を認めた上で、原告の行為が

「宿屋営業取締規則第二条ニ該当スルモノト云ハサルヲ得ス」としている (17) 。 結論としては被告の処分を肯定して原告の訴えを斥けてはいるものの、行政裁 判所自ら処分の基礎となった事実が処分要件に該当するか否かの判断を行って おり、処分は裁量の範囲内とする被告の主張は斥けた形となっている。それゆ え、市町村吏員の懲戒処分について、行政裁判所が原則として処分要件該当性 の判断を監督庁の裁量事項とせずに実質審査に踏み込んでいたとしても、これ を当事者の主張立証方法のあり方に帰すことはできない。

 他方、「待合茶屋其他ニ関スル取締規則」2条 (18)に基づく営業免許の取消し につき、「右規則ヲ適用シ原告ノ行為ヲ以テ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノト認定セ シハ被告ノ職権内ニ属スル当然ノ処置ナルニ由リ原告ニ於テ取消ヲ訴フルハ不 当ナリ」とする処分庁の主張に対して行判明治29年10月28日行録17巻104頁は、

「被告ノ申立及其取調書ニ依レハ被告ハ原告ノ行為ヲ以テ風俗ヲ害スルノ虞ア リト認メ該命令ヲ交付セシハ不当ノ処置ト認ムルヲ得ス」としており、ここで は処分の基礎となる事実が認められる以上、その事実が処分要件に当てはまる か否かの判断は処分庁に委ねられていると判示したとも考えられる。また、行 判明治31年12月28日行録28巻85頁も「県知事カ舟路浚渫工事ノ許可ヲ公益上必 要ナリト認メテ取消シタルハ違法ニアラス」とする判決要旨からみて、公益性 判断の認定にかかる県知事の裁量を認めたものと解する余地がある (19) 。  このように、私人に対する不利益処分においては、一部で処分庁の要件裁量 を肯定したとみられる判決が散見されるのに対して、市町村吏員に対する懲戒 処分にあっては、ほぼ一貫して、処分要件該当性に分け入って審査を行ってい る。

 

(13)

⑶ 処分手段の選択にかかる裁量に対する審査

① 解職処分の相当性

 ここでは、まず原告が処分事由の存在を認めた上で、処分の相当性の次元で 争った事例を中心にみていく。

 前掲の行判明治31年2月19日行録23巻63頁において、原告は3点あった懲戒 事由のうち、「(明治)三十年一月二十日受領セシ県公報学事諸規則令達ヲ同年 三月十日ノ夜始めて一閲シ三月十五日ニ至ルモ之ヲ執行セス」とする被告答弁 に対して、「児童入学告知ノ期日ハ後レタルモ入学期日ハ四月一日ニシテ期日 ニハ村内不就学者ハ何レモ入学セシメ事ニ害ヲ与ヘサリシ所ナリ故ニ仮令入学 告知期日ノ後レタリトモ原告ヲ懲戒法中厳重ノ罰ニ処セラルヘキ理由トスルニ 足ラサルモノニシテ郡参事会ノ裁決其当ヲ失スルモノト確信ス」と述べて、懲 戒事由の存在は認めつつ、解職処分の相当性の段階で争っているようにもみえ る。これに対して行政裁判所は「事務多忙ノ一事ヲ以テ告知書ニ関スル怠慢ノ 責ヲ免カルヽコトヲ得ス」と判示するのみで、解職処分がこの場合、妥当で あったか否かについて語るところがない。ただし、本件においては、懲戒事由 は複数挙げられており、他の事由を併せて「其職務ニ違フ情状重キモノ」と判 断した可能性も否定できない。

 次に行判明治38年2月28日行録16輯1巻97頁を採り上げる。郡会議員選挙に 用いられる選挙人名簿の調整が杜撰であったために選挙が無効となり、その管 理責任が問われたものである。原告町長はその落ち度を認めつつも、解職にま で至るほどの重大性はないとして以下のように主張する。「原告ハ…度会郡会 議員選挙ニ関スル選挙人名簿ヲ調製スルニ当リ事務複雑自カラ之ヲ調製スルノ 暇ナキ為メ主任書記ヲシテ調整セシメタルニ書記ハ其校合浄書ヲ誤リタルモ事 務鞅掌ノ結果監督ノ周密ヲ欠キ其誤謬ヲ覚挙スルニ至ラサリシハ事実ナリ然レ トモ此ノ如キ無意犯ハ町村制第百二十八条ニ依リ解職ノ極罰ニ処セラルヘキモ ノニ非ラスト信スルヲ以テ被告カ明治三十七年一月二十二日ヲ以テ原告ニ対シ 与ヘタル決定ヲ取消シ犯情ニ適応スル過怠金又ハ譴責ノ範囲内ニ於テ相当ニ処

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罰スヘキ様判決アリタシ」。ここでは、解職処分が過剰であるとの主張に加え て、より軽微な処分に置き換えるよう求めているのが特徴である。しかし、行 政裁判所はこうした原告の請求に対して、「其調整粗漏杜撰ナル結果選挙人名 簿中多数ノ有権者ヲ脱落シ又無資格者ヲ記入シ遂ニ選挙ヲシテ無効ニ至ラシメ タル事実ハ原告ノ争ハサル所ナリ然レハ被告カ原告ヲ以テ職務ニ違フノ情状重 キモノト認メ度会郡参事会ノ裁決ヲ是認シタルハ不当ナリト謂フヲ得ス」(下 線筆者)としてこれを斥ける。判決文の冒頭に掲げる「判決要旨」において、

本件のような事実が認められる場合に「郡長カ其町長ノ職ヲ解キタルハ相当ナ リ」(下線筆者)としている点 (20)及び選挙が無効となったことを重視したと解 して、行政裁判所が処分の選択の当否にも審査を及ぼしたとみることもできな いではない。他方で、上記の「然レハ」という文言から、原告が徴戒事由の存 在を認めている以上、それをもって解職に至るまでの重大性があるか否かを判 断するのは監督庁の裁量の範囲内であると説いているようにもみえる。

② 譴責・過怠金処分の相当性

 上記の解職処分とは異なり、過怠金の事例において、行政裁判所が処分を重 きに失するとして取消した判決が存在する。

 まずは、行判明治42年6月3日行録20輯6巻724頁である。郡長が原告町長 に対して、住民から提出された徴兵猶予願の進達を法定期限に遅滞したこと及 び町税賦課令状納期の誤記について郡役所の照会があったにかかわらずその訂 正手続を尽くさなかったことを理由として原告を過怠金6円の懲戒処分とした ので訴願裁決を経て出訴したものである。

 後者の町税賦課令状の訂正を怠った点については、行政裁判所は被告の主張 を全面的に採用した。しかし、前者の徴兵猶予願の件については、提出の依頼 を受けた役場書記が失念し期限経過後になってはじめて気づき、この間原告が 出張中であったために助役代理が郡役所に進達したという事情があったが故に 原告はこの件について責任がないとの主張を採用した。さらに「原告ハ(中

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略)旅行発程前四月十六十七両日間ニ之カ調査ヲ為ササルヘカラサル然ルニ漫 然之ヲ等閑ニ付シ四月二十一日ニ至リテ始メテ該願書ヲ進達シタルハ職務上ノ 怠慢タルニ外ナラス」とする被告の主張に対しては、「之ヲ以テ直ニ徴戒処分 ヲ行フニ足ルノ怠慢アルモノト認ムルコトヲ得ス」と判示する。その上で、過 怠金6円とした被告の処分を「重キニ過クルモノ」としてこれを取消し、原告 を譴責処分に処すべきであると結論する。

 本件は原処分を取消した上で軽減した処分に置き換えている点で、比例原則 を用いた判決と評価することもできないではない。しかし、軽減の理由が、2 件ある処分事由のうちの1件を否定したことによるものと解することもでき る。すなわち、本件の懲戒事由は、原告が町税賦課令状の誤記の訂正を怠った ことのみであり、これに相当する処分は譴責処分であると判断したとも考えら れるのである。

 次にみる行判明治43年11月22日行録21輯9巻1455頁は明白に比例原則を用い て処分を取消したものと位置づけられる。某村の助役が、住民による郡長排斥 の運動に関与して、県庁への陳情を主導したことから過怠金25円に処せられた ことを不服として当該助役が出訴に及んだものである。原告は、以下のように 処分の不当性を難ずる。「町村人民カ下級行政庁ノ処置ニ就キテ監督庁ニ其利 害得失ヲ陳情スルハ立憲治下ニ於ケル当然ノ行為タルノミナラス原告カ之ニ関 与シタルハ一私人ノ行為ニ過キスシテ町村吏員ノ職務ニ何等関係ナク且ツ原告 ハ品行方正ニシテ能ク村内公共ノ事ニ尽痒シ真ニ村民ノ模範ト為スニ足ル者ナ ルコトハ顕著ナル事実ナルニ拘ハラス被告カ助役ノ職務ニ何等関係無キ事項ニ 関シ原告ヲ懲戒処分ニ付シタルハ不当モ亦甚シ」。これに対して被告は、「原告 ノ如キハ町村ノ公吏ニシテ斯カル行動ヲ目撃スレハ之ヲ説諭シテ鎮撫ニ力ムヘ キ当然ノ職責ヲ有スルニ拘ハラス原告ハ却テ之ニ加ハリ其運動ヲ共ニシタルモ ノニシテ一私人ノ行為トシテ之ヲ不問ニ付スヘキモノニアラサルハ多言ヲ須ヒ ス」と応ずる。本件の争点は、公吏の職務外の政治活動が徴戒事由に当たるか 否かという点に存したが、行政裁判所は「町村吏員カ郡長排斥ノ為メ多衆ノ運

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動ニ関与スルカ如キハ事職務上ニ関係ナシトスルモ其行動ハ不穏タルヲ免レス シテ為ニ職務上ノ威厳ヲ失墜スヘキモノナレハ町村制第百二十八条及文官懲戒 令第二条第二号ニ依リ懲戒処分ニ付セラルヘキハ当然ナリ」と被告主張を肯定 した。しかし、以下のように付言して処分そのものはこれを取消す。「然レト モ原告行為ノ情状ハ原告ヲ譴責処分ニ付スルヲ以テ相当トスヘク被告カ之ヲ過 怠金二十五円ニ処シタルハ重キニ過クルモノト認メサルヲ得ス」。

 その上で主文において「被告ハ原告ヲ譴責ニ処スヘシ」としてより軽微な処 分に変更している。

③ 小   括

 まず、解職処分については、原告が処分事実の存在を認めながらも解職処分 につき、これを過剰な処分である旨主張した場合も含めて、取消した判決はみ られなかった。これに対して、過怠金を科した処分において、過重な処分であ るとして取消した事例が2件みられた。しかも、行政裁判所は、単に処分を取 消したのみならず、判決主文においてより軽微な処分に変更することを命ずる 判決を下している。このように、原処分の取消のみにとどまらず処分の内容を 変更する判決を下している点に行政裁判所の階層的統制機関としての側面を見 出しうる (21)。それゆえ、上記のような変更処分は、市町村自治に特に配慮し たものであったのかという点については一考を要する。そこで、私人に対する 不利益処分についてみてみる。

 私人に対する不利益処分にあっては、本稿が対象とする明治年間において は、比例原則を用いて取消したものは見出されない。そればかりか、大正期に 入っても、村税滞納処分を行う際に、差押対象物件の選択について「濫ニ必要 ノ程度ヲ超過シテ差押ヲ為スコトハ法ノ許ササル所ナルヲ以テ滞納金額ニ対シ 二百倍以上ノ価格アル財産ヲ差押フルカ如キハ不法ナルヲ免レサルモノトス」

との原告の主張に対して、「国税徴収法其他関係法令ニハ特ニハ除外シタル物 件ノ外差押財産ノ種類価格ニ付キ制限スル所ナキカ故ニ差押財産ノ選択ハ収税

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官吏ニ委シタルモノト解スヘキモノトス」と判示した行判大正4年2月19日行 録26輯2巻102頁のような例がある (22)。ただし大正期以降に、例えば、取引所 法27条にかかる取引所の解散命令に対して「主務大臣ニ其ノ自由裁量ニ依リ同 条所定ノ如何ナル処分ヲモ為シ得ルノ権ヲ与ヘタルモノニ非スシテ違法行為ノ 性質及其ノ結果ニ鑑ミ之カ目的ニ適合スル処分ヲ為スコトヲ要ストノ法意ナリ ト解セサルヘカラス」(判決要旨)として解散処分を取消した行判大正15年11 月29日行録38輯2巻109頁、同様に栃木県令料理屋営業取締規則13条3号によ る営業許可取消につき、「所轄官庁ハ其ノ自由裁量ニヨリ同条所定ノ如何ナル 処分ヲモ為シ得ルコトヲ認容シタルモノニアラスシテ公安若クハ風俗ニ害アル ヘキ程度及結果等ヲ考慮シ警察上ノ目的ニ適合スル処分ノミヲ為スコトヲ要ス ル」として、これを取消した行判昭和4年7月25日行録41輯1巻1頁がある。

しかし、これらの判決にあっては、それぞれ取引所の解散、料理業の営業許可 取消処分に替わる、より軽い処分に置き換えるべきことまでは示されていな い。とりわけ、前者の解散処分の根拠法である取引所法27条は、解散の他に、

取引所の停止、取引所の一部停止若しくは禁止、役員の解職、会員又は取引員 の営業停止若しくは除名を列挙しており (23)、処分を差替えることは容易で あったと考えられるにもかかわらず、行政裁判所は上記のような判決を下して いない。

 他方で、私人とは区別される名誉職市町村会議員に対する処分に関して、当 該処分を取り消して、より軽微な処分に差替えたものがある。行判大正15年11 月4日行録37輯10巻1188頁である。町会議員が他の議員と意見を異にすること を理由に任期満了を24日残して辞職を申し出たことが明治44年改正町村制8条 2項6号にいう辞職を申し出る「正当ノ理由」に該当しないとして町会が議決 をもって4年間の公民権停止の処分を行った (24) のに対して、行政裁判所は、

上の辞職願の理由は「正当ノ理由」には当たらないとして処分事由に該当する ことは肯定したものの、「原告ノ辞職ノ動機タル町長選挙ニ関スル意見ノ相違 カ私利ニ出テタルモノニアラサルコト及原告ノ残任期間カ僅少ナルコトハ被告

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ノ認ムル所ナルヲ以テ其ノ制裁ハ重キニ失シ一年間ノ公民権停止ニ処スルヲ相 当ト認ム」として処分を取消した上で公民権停止の期間を1年に短縮してい る。

 このように、私人に対する処分においては、比例原則を用いた場合であって も、処分の取消しにとどめているのに対して、むしろ行政外部関係とは区別さ れる市町村吏員に対する処分及び名誉職議員に対する処分においては処分の取 消しにとどまらずにより軽微な処分に差替えていることは、上記の懲戒処分の 変更判決を、行政裁判所の階層的統制機関としての性格にのみ帰することはで きないことを示しているように思われる。

⑷ 解職処分の手続にかかる裁量に対する審査

 解職処分をする場合には、市制町村制は、懲戒裁判を経てこれをなす旨規定 していたが、その手続及び様式などについて定めていなかった。それゆえ、こ こでもいかなる方法で懲戒裁判を行うかという点について監督庁の裁量に委ね られていたと考えられる。行政裁判所がこの点につきどのような審査をしてい たのであろうか。

 行判明治26年6月24日行録7巻76頁において、原告は「被告ハ原告ヲ審問シ タル後申供書ニ捺印ヲ為サシメスシテ裁判ヲ申渡セシハ未整頓ノマヽ審問ヲ終 了シタルモノナリ」として懲戒裁判の手続を尽くさなかった旨の主張を行って いる。しかし行政裁判所は「法律勅令中懲戒裁判審問ニ対スル申供書ニハ捺印 ヲ為スヘキノ規定ナキニ依リ被告カ為シタル審問ヲ無効ナリト謂フヲ得ス」と 斥ける。次に、原告が「徴戒裁判ハ郡長予メ口頭ヲ以テ審問セサルへカラサル ニ単ニ推問書ナルモノヲ発シテ原告ニ答弁ヲ求メタルマテニシテ毫モ懲戒ノ口 頭審問ヲ為シタルコトナシ是レ町村制第百二十八条第二項ノ規定ニ背キタル違 法ノ処分ナリ」と主張する行判明治31年11月28日行録27巻95頁においても、行 政裁判所は「懲戒裁判ノ審問ハ口頭ニ限ルモノニアラス而シテ被告カ推問書ヲ 発シテ原告ニ答弁ヲ求メタルハ文書ヲ以テ為シタルモノト認ムルヲ得レハ違法

(19)

ナリト謂フヲ得ス」と判示して、懲戒裁判の審問を口頭で行うか書面で行うか は監督庁の裁量に委ねられるとした。同じく、行判明治42年10月19日行録20輯 10巻1271頁も「町村吏員ニ対スル懲戒裁判ノ審問書ニ付テハ別ニ特定ノ方式ナ ケレハ普通ノ往復文書ニ審問事項ヲ列記シテ答申ヲ求ムルモ不法ニ非ス」と判 示し、行判明治44年3月15日行録22輯2巻178頁も「町村制ニ於テハ懲戒裁判 ハ郡長其審問ヲ為スヘキ旨ヲ規定スルニ止マリ該審問ノ手続ニ関シ別ニ規定ス ル所ナケレハ郡長カ署名捺印セル審問書ヲ村長ニ交付シ村長ニ於テ他人ニ答弁 ヲ記入セシメ自ラ署名捺印シテ之ヲ提出シタル以上ハ其裁決ヲ目シテ違法ナリ ト云フヲ得ス」とする。

 後者の行判明治44年3月15日は、監督庁及び被処分者双方の署名捺印は必要 としているようにも解され、最初に紹介した行判明治26年6月24日の判決要旨 を暗に否定しているかにみえるが、懲戒裁判の審問の方式について監督庁の裁 量を肯定する点は従来の判例を踏襲している。 

 以上にみたとおり、行政裁判所は懲戒裁判の審問方式については、全面的に 監督庁の裁量を認めていたといえる。私人に対する処分にあっても、「収税官 吏ノ捺印ナキ差押調書モ必要事項ノ記載ニ欠クル所ナキトキハ有功ナリ」とす る判決があり(行判大正7年6月28日行録29輯6巻634頁)、「行政手続につい てはもともと明治憲法の下での日本行政法学の関心外であった (25)」とする指 摘を傍証するものである。

(8) 同じく市制町村制理由は、「独リ解職ノ処分ニ対シテハ大ニ保護ヲ加ヘサル 可カラス」「故ニ本制ハ解職ノ理由ヲ指定セルノミナラス」「郡参事会府県参 事会ナル集議体ノ裁決ニ任セリ」と解説している。

(9) 美濃部達吉『行政裁判法』校倉書房1934年187頁。

(10) 佐々木惣一『日本行政法論 総論』有斐閣1924年74頁以下。

(11) 明治期に出版された美濃部前掲書1909年においては、行政訴訟を講ずる箇所 において「法規ノ範囲内ニ於ケル便宜裁量ノ処分ハ訴願ノ目的タルコトヲ得 ヘシト雖モ行政訴訟ノ目的タルコトヲ得ス」(279頁)と述べている他は裁量

(20)

について触れるところがない。また、同じく佐々木惣一『日本行政法原論』

中央大学1910年も、特に裁量論について項目を設けて詳述することはしてい ない。

(12) 塩野宏『行政法Ⅰ [ 第四版 ] 行政法総論』有斐閣2005年114頁以下、宇賀 克也『行政法概説Ⅰ 行政法総論〔第四版〕315頁以下など、現代の多くの行 政法概説書が裁量論を採り上げる際には、本文に示した要件裁量、効果裁量 及び手続の裁量の他に、事実認定の裁量、時の裁量を加えて論ずるのが習い となっている。本稿が、上記の三つに限定するのは以下の理由による。まず、

事実認定の裁量については、行政裁判所が事実審裁判所であったから(美濃 部前掲書1934年261頁)、処分の基礎をなす事実の存否については当然に審理 権の範囲内としていたと考えられる。実際に、懲戒処分取消の訴訟において も、行判明治43年7月2日行録21輯7巻998頁が、「村長ニ対スル懲戒処分ニ シテ確実ナル事実上ノ根拠ナキトキハ之ヲ取消スヘキモノトス」と判示して いることから、本稿の検討課題からは除外することとした。また、時の裁量 については、本稿の対象とする懲戒処分の取消訴訟においてはその性質上、

争点として浮上しにくく、現実にこの点が問題となった判例は見出されな かったことから考察の対象外とした。

(13) 行判明治29年7月9日行録17巻42頁、行判明治31年11月28日行録27巻95頁、

行判明治37年11月12日行録15輯904頁、行判明治42年10月19日行録20輯1271頁 などがそうした審査過程を経て原告の訴えを斥けている。

(14) 本件は解職処分の要件該当性の審査にあたると同時に「未タ以テ原告ニ対シ テ解職ノ懲戒ヲ加フヘキ理由トナスニ足ラス」(下線筆者)という文言から判 断して、何らかの徴戒事由には該当するとしても解職処分は過重な処分であ るとして当該処分を取消したという理解も可能である。そうすると本判決は 要件裁量のみならず効果裁量に対して統制を及ぼしたということもできる。

徴戒処分の選択は認定された徴戒事由に対応してどのような処分を選択する のかという問題にとどまらずに、いかなる程度の徴戒事由に対してどのよう な処分を選択するかという問題でもあるという意味で、要件裁量と効果裁量 が不可分に相関しているといえる。このことを指摘するものとして阿部泰隆

「公務員の懲戒処分における裁量権の限界」季刊人事行政8号1978年3頁。

(15) この点は、官吏の忠実義務の法的性質如何という観点から考察することもで きる。忠実義務は、「自己ノ力ノ及フ限リ国憲ノ利益トナルヘキコトヲ行ヒ国

(21)

憲ノ利益害スルコトヲ行ハサル義務」(一木喜徳郎『行政法汎論講義』1899年 158頁)と定義されるところから推察されるとおり、どこからが違法とされて 責任が生じるのか、その判定に困難が付きまとう。そこから「忠実ノ義務」

が果たして法律上の義務と言えるのか、それともあくまでも倫理上の義務に とどまるのかという疑義が生ずることにもなる。

   明治期にものされた行政法テキストにあっては、「忠実ノ義務ハ著シク道徳 的ノ性質ヲ有セリサレハ忠実ノ義務ハ之レヲ強行スルコトヲ得ス唯タ忠実義 務ノ明カナル違反ハ官吏法上ノ罰則ニ照シテ処分セラルルノミ」(上杉慎吉

『行政法原論』(訂正四版)1908年238頁)として、「忠実ノ義務」の法的性格 を原則として否定する説もないわけではなかった。しかし、織田萬『日本行 政法論』六石書房1895年232頁、一木前掲書158頁、小原新三『行政法汎論』

博文館1902年147-148頁、美濃部前掲書1909年115頁など、大勢はその法律上 の義務としての性格を肯定する。ただし、これまた多数の学説は、「忠実ノ義 務」を「積極面」と「消極面」とに分け、前者についてはその法的責任を問 うことは困難とし、後者から、守秘義務を導き出して、もって、法律上の責 任としている(例えば、一木前掲書)。本判決は本文の判旨から判断して忠実 義務の法的性質について否定的に解したものとも評価しうる。

(16) もとより、当時の行政裁判所にあっても、判決理由については、原告、被告 の主張方法に左右されずに裁判所の自ら正当とする理由を採用することがで きるとされていた(美濃部前掲書1934年260頁)。

(17) 「宿屋営業取締規則」(警察令第16号(1887年))2条は「左ニ記載シタル者 ハ宿屋営業ヲ為スコトヲ得ス」としてその4号に「風俗ヲ紊ル可キ所為アリ ト認メタル者」と掲げる。ただし、「免許」の取消しについての規定は特に置 かれていない。

(18) ここにいう「待合茶屋其他ニ関スル取締規則」とは、明治28年に制定された

「警視庁令第八号待合茶屋貸席料理飮食店及芸妓屋ニ関スル取締規則」を指す と推測される。

(19) ただし、その他の類似の事例では、明治30年6月30日行録20巻116ページ、

行判明治38年10月11日行録16輯9巻736頁、行判明治41年3月17日行録19輯3 巻287頁、行判明治41年3月31日行録19輯3巻351頁などにみられるように、

行政裁判所が処分要件該当性の判断を自ら行っているとされる判決が続く。

(20) 本文前掲の行判明治37年11月12日行録15輯10巻904頁も、判決理由中で「相

(22)

当ノ処分ナリ」としているが、この文言は、「以上列記シタル原告ノ行為ハ町 村制第百二十八条三ノ所謂町村吏員職務ニ違フコト再三ニ及フモノニ該当ス ルヲ以テ」との文言に続くものであり、ここでは処分要件該当性の次元にお ける判断とみられる。

(21) 周知のように、現行の行政不服審査法40条5項は、審査請求に理由があると きで、「審査庁が処分庁の上級庁であるときは、審査庁は、裁決で当該処分を 変更し、又は処分庁に対し当該事実行為を変更すべきことを命ずる」ことが できるとしている。

(22) 美濃部はこの判決に対して「滞納処分は決して自由裁量の行為ではなく、債 務を充たし得べきだけの程度にのみ止めなければならぬことは、法律の規定 を待たずして当然の事柄であると信ずる」として厳しく批判する。参照、美 濃部達吉『評釈 公法判例大系上巻』1933年有斐閣205頁。

(23) 取引所法(大正11年法律第60号)27条は、「農商務大臣ハ取引所ノ行為法律 命令ニ違反シ又ハ公益ヲ害シ若ハ公衆ノ安寧ニ妨害アリト認ムルトキハ左ノ 処分ヲ為スコトヲ得」として、「一、取引所ノ解散」「二、取引所ノ停止」「三、

取引所ノ一部ノ停止若ハ禁止」「四、役員ノ解職」「五、会員又ハ取引員ノ営 業停止若ハ除名」を列挙していた。

(24) 明治44年改正町村制8条1項(その後1921(大正10)年町村制は市制ととも に改正されたが本条には修正が施されていない)は、「町村公民ハ町村ノ選挙 ニ参与シ町村ノ名誉職ニ選挙セラルル権利ヲ有シ町村ノ名誉職ヲ担任スル義 務ヲ負フ」と規定して、さらに同制8条2項の各号に「該当セサル者ニシテ 名誉職ノ当選ヲ辞シ若ハ其ノ職務ヲ実際ニ執行セサルトキハ町村ハ一年以上 四年以下其ノ町村公民権ヲ停止シ場合ニ依リ其ノ停止期間以内其ノ者ノ負担 スヘキ町村税ノ十分ノ一以上四分ノ一以下ヲ増課スルコトヲ得」とし、この 処分に不服ある者に府県参事会への訴願を経て行政裁判所に出訴することを 許していた(同制8条3項)。本件では、原告の辞職理由が同制8条2項6号 にいう「其ノ他町村会ノ議決ニ依リ正当ノ理由アリト認ムル者」に該当する か否かが争点となった。

(25) 塩野前掲書121頁。

(23)

2.職務命令の審査権の範囲

⑴ 問題の所在  

 官吏服務規律(明治20年勅令39号)1条は、「凡ソ官吏ハ天皇陛下及天皇陛 下ノ政府ニ対シ忠実勤務ヲ主トシ法律命令ニ従ヒ各其職務ヲ尽スヘシ」と規定 し、官吏に対して法令遵守義務を課し、同時にその2条で「官吏ハ其職務ニ付 本属長官ノ命令ヲ遵守スヘシ」として上司の職務命令に従う義務を課してい た。したがって、この両者が矛盾する場合、すなわち上司の職務命令が違法と 考えられる場合に、官吏はそうした職務命令に従うべきであるのか否かという 問題が生ずる。 

 官吏の職務命令に対する審査権の範囲如何という問題は、「官吏ノ従順義務 ニ関スル最モ重要ナル問題 (26)」として認識され、かつ、とりわけ明治期に あっては、我が国の行政法制度及び行政法学に多大な影響を及ぼしてきたドイ ツにおいて学説が分岐する状況にあったこと (27)も手伝って、明治の中頃まで は「我邦ニ於テモ解釈区区ニ分レ其説一定セサル」状況に置かれていた (28)。 すなわち、上官の職務命令には絶対的に服従すべきとする説 (29) 、下官に職務 命令の実質的適法性審査権が与えられているとする説 (30) 、下官が刑事責任等 に問われる場合には審査権が認められるとする説 (31) 、下官は職務命令の形式 要件についてのみ審査することができるとする説 (32) に分岐していたのである。

明治末期に至り、美濃部、佐々木両博士が形式要件についてのみ下官は適法性 審査が可能とする所説を主張するようになり、両博士の説をもって明治憲法下 の「古典的学説」とみなすことができるとすれば (33) 、あるいはこの時期に形 式的適法性審査説が「通説」の座を獲得したといえるかもしれない。

 しかし、それはあくまでも明治末年のことであって、それ以前には上記のよ うな多様な学説が展開されていたのである。しかも実質的適法性審査説を唱え る論者の中には、行政裁判所評定官として実務に携わることになる木下友三

(24)

郎 (34)と清水澄 (35)が含まれていた (36)

 本稿の分析の対象たる市町村吏員に関しては、官吏服務規律に相当する明文 の規定はなかったが、法令遵守義務及び上官の職務命令に従う義務は当然に負 うものと解されていた (37)。それゆえ、官吏の職務命令審査権の範囲に関する 学説は、差し当っては、市町村吏員にも妥当するものとして展開されていたと 推察することもできる。そうすると、明治期にあっては、むしろ、行政裁判所 は職務命令の実質的適法の審査に踏み込んでいた可能性が強い。もとより、行 政裁判所は「五人以上ノ列席合議」により審理がなされ、「議決ハ過半数ニ依 ル」こととされていたから(行政裁判法9条)、評定官個人の見解が判決に直 接反映していたと即断することは禁物である。また、市町村吏員に関しては、

国家の官吏とは異なった法理が形成されていた可能性もまた否定できない。

 以下、市町村吏員に対する懲戒処分の取消訴訟の中から、原告が職務命令の 違法を主張した事例を採り上げて検討を加える。 

⑵ 行政裁判所判決の検討

① 行判明治24年1月29日行録1巻34頁

 郡長が府県会議員選挙規則16条に基づいて管内に告示をなし、その後、先に なした告示の内容を変更して、これを原告村長に掲示する旨命じたところ、原 告は拒否した。そこで、郡長が原告に過怠金を科したため、その取消を求めて 訴願をなし、出訴したものである。

 原告は、「別ニ町村長ニ告示ヲ為サシムルノ明文ナキノミナラス斯ノ如キ事 項ハ元来町村長ノ職務ニ属セサルモノ」なるが故に掲示をしなかったのであ り、これに対して被告が原告に過怠金を科したのは「不当ノ処分」であると主 張する。

 被告は、「府県会議員選挙規則第十六条ノ告示ハ町村長ノ直ニ為スヘキ職務 ニアラサルコト固ヨリ弁ヲ俟タス」として、原告の主張を一部認める (38)。し かし、続けて「郡長カ法律規則ノ命スルトコロニ依リ又其職権内ニ於テ発スル

(25)

告示ハ町村長ニ命シテ之ヲ町村役場ニ掲示セシムルハ従来慣行ノ公告式ナリ」

としてその職務命令の正当である旨反証する。

 行政裁判所は、この点について以下のように判示する。

 「郡長ノ職権ニ関シテハ地方官官制第四十七条ニ依リ郡長ハ行政事務ニ就テ ハ其部内町村ノ町村長ヲ指揮スルコトヲ得ル」のであるから「町村役場ニ掲示 スヘキノ命令ニ応スヘキハ(町村長の;筆者註)当然其職務ナリトス」。なる ほど原告は「府県会議員選挙規則第十六条ニ依レハ町村長ヲシテ告示ヲ為サシ ムルノ明文ナシ」と主張するが、「該条ハ単ニ郡長ノ職務ヲ規定シタルモノニ 止リ之ヲ以テ原告カ掲示ヲ為スノ義務ナシト謂フヲ得ス」と結論する。

 当該掲示をなす義務が府県会議員選挙規則上存在しないことについては原 告、被告において争いがない。しかし、地方管官制により、郡長が町村長の上 官に当たること、そして、当該命令が上官の職権の範囲内であることから、右 命令には違法な点はないという結論となる。

 この判決は、上官の職務命令に従う根拠を、地方官官制に基づく上官の職務 の範囲内にある点のみに求めているといえる。

② 行判明治29年6月25日行録16巻122頁

 事実の概要は以下の通りである。村会議員選挙の効力に対する住民による訴 願について、当該村会が選挙取消の裁決をなした。ところが、これが確定した 後に別の住民が郡長に対して訴願を提起したところ、原告村長は、期限経過後 の訴願は無効である旨説明して、当該訴願書を郡長に経由送達することなく返 戻して訴願人を引き取らせた。その後、訴願人は更に郡長に対して、村長をし て訴願書を受理して提出させるように命令することを請求したので、郡長は村 長に対して、訴願書を進達すべき旨命じた。これに対して、村長は、訴願書は 訴願人に返戻して進達することが不可能であることをもって上記命令を拒否し た。そこで、郡長が徴戒審問を経て解職処分にしたためこれを不服として出訴 に及んだものである。

(26)

 原告は「被告ノ命令ハ違法ノ命令ナレハ原告ニ於テ之ヲ遵奉スルノ義務ナ シ」と主張する。なぜならば、「本件ノ訴願ハ村会ノ議決ニ対シ提出シタルモ ノナレハ訴願法ニ依リ其裁決ヲ為シタル行政庁即チ村会ヲ経由スヘキモノナル ニ被告ハ其経由ニ当ラサル村役場ニ対シ訴願書ノ進達ヲ命シタルモノ」だから である。すなわち、ここで原告は、本件命令は原告の権限の範囲外の事項を命 ずるものであり違法であるというのである。また、原告は本件命令が「無効」

である旨主張する。なるほど、町村制により町村行政は、郡長がこれを監督す る権限を有するが、「本件ノ如キ事件ニ付テハ訴願ノ経由ヲ命スヘキ権限ナシ

(中略)法律上為シ得へカラサル達ハ無効ノ命令ナリ」という。

 被告は、第一の、村会に対してではなく村役場に訴願書の経由進達を命じた のは違法であるとする主張には、「原告ハ村長ニシテ法律上当然村会ノ議長ナ レハ其命令ヲ受クルトキハ之ヲ村会ニ提出シテ経由ノ手続ヲ為サヽルへカラサ ルハ当然ノ職務ナリ」と応ずる。原告が、本件命令が受命者たる原告の職務の 範囲外であり違法である旨主張するのに対して、被告は、本件命令が原告の職 務内の事項を命じている旨の反証をしている。次に、原告が、本件命令が無権 限の「無効」な命令であるとの主張に対しては、以下のように応ずる。すなわ ち、「被告ハ地方官官制ノ明文ニ依リ村長ニ法令ノ命スル所ヲ行フヘシト達シ タルモノニシテ毫モ越権ノ点ナシ」と。ここでは、被告は、組織法たる地方官 官制の規定をもって、形式上有効な命令であると応じていることになる。

 行政裁判所は、原告、被告双方の主張に対して以下のような判示をする。す なわち、第一の点については、「村長ハ村会ノ議事ヲ準備シ其議決ヲ執行スヘ キノミナラス又同時ニ村会議長ノ職ヲ行フヘキモノナルヲ以テ訴願ノ村会ヲ経 由スヘキ場合ニ於テハ当然其経由ノ手続ヲ為サヽルヘカラス」「故ニ被告カ村 長ノ職務ヲ行フ役所タル村役場ニ対シ訴願進達ノ命令ヲ発シタルトキハ其命令 ニ従ハサルへカラサルハ勿論ナリトス」と。次に「無効」あるいは「越権」の 命令であるか否かという論点については以下のようにいう。「被告ハ監督者ト シテ原告カ法律上当然行フヘキ職務ノ執行ヲ命シタルモノナレハ之ヲ越権ナリ

(27)

ト謂フヘカラス」。本件において、行政裁判所は、本件命令が上官たる郡長に よるものであり、さらに受命者の職務の範囲内の事項に関するものであるとい う2点をもって適法な職務命令であると判示したことになる。

③ 行判明治32年1月23日行録29巻6頁

 本件も職務命令の命ずべき事項が受命者の権限の範囲内か否かという①と② で争点となった点に加えて、その命令が適法な形式によってなされたものであ るか否かという2点が争点となっている。郡長の命により郡役所庶務課長が村 長に対して発した、小学校の事務の整理状況を調査し報告する旨の命令に対し て、村長が、「明治二十五年内務省訓令第三百五十号市町村事務報告例概則」

に照らして町村長の職務の範囲外であるとして拒否したところ、懲戒裁判に付 せられ解職された、というのが本件の事実のあらましである。

 原告によれば、「国ノ普通教育事務タル或一半ハ依然国ニ属スル事務トシテ 地方官之ヲ管掌シ或一半ハ市町村ニ属スル事務トシテ自治体統括者タル市町村 長之ヲ管掌セルハ現今ノ制度」である。そして、小学校令70条によれば、小学 校維持存続に係る事務、学令児童就学勧誘事務等は「町村ヲ措テハ他ニ求メ得 へカラサル」事務であるが、「小学校教員ノ任免其他進退ニ関スル事務及学校 教務其他実歴経験技能ヲ要スル事務等ニ至リテハ目下自治ノ常態ヨリ見ルモ町 村監督ノ下ニ立タシムル能ハサル事情アルヲ以テ郡長ノ耳目手足タル郡視学ナ ル吏員ヲ設ケテ直接之ヲ監視セシメツツ」あるのであって、「斯ク事務掌理ノ 分割アルニ拘ハラス以上ノ事務ヲ総括シテ全然町村長ノ管嘗スヘキモノトシ郡 視学ノ職責ニ関シテハ毫モ問フ所ナク原裁決ヲ下シタルハ不当ト謂ハサルヲ得 ス」との主張を繰り広げる。すなわち、本件命令は、受命者たる村長の職務の 範囲外であるというのである (39)

 また、原告は、「依命照会」という形で命令がなされたことを問題にする。

すなわち、「公文上一般照会ナルモノハ職制上対等地位ヲ有スル当事者相互ノ 意思ヲ通照復議スル義ニシテ其依命タルト否トハ単ニ事ノ軽重ヲ形式的ニ表示

(28)

スルニ止マリ或規定アリ職責アルモノヲ除クノ外双方ノ合意上始メテ其目的ヲ 達シ得ヘキモノ」であり、「或要求若クハ希望ニ対シ意思ノ反スル所アルニ当 テハ其故障ヲ申立ツルハ当然ノコトニシテ行政命令ノ如ク必スシモ服従ノ義務 アル二アラサルナリ」と主張する。

 被告は、第一の論点については、原告の主張に反論して次のようにいう。「小 学校令第七十条ニ市町村ニ属スル国ノ教育事務ヲ管掌シ市町村立小学校ヲ管理 ス但学校長若クハ首席教員ノ管理ニ属スル事務ハ之ヲ監督ストアリテ諸表簿ノ 調製校内掃除ノ事柄ハ但書ノ事務ニ属シ校長若クハ首席教員ノ管理ニ属スル事 務ナルカ故ニ該事務ニ関シテハ村長ニ於テ監督注意スヘキモノトス」。それゆ え、村長の職責にかかる事項については、「郡長ニ於テ夫レ等ノ実況ヲ報告セ シムルノ職権アルコトハ説明スル迄モナシ」という結論に至る。町村長の権限 又は責任の範囲内の事項に関しては、官制上、上官にあたる郡長は職務命令を 発する権限を有する、というのがその主張の骨子である。

 また、本件命令が形式上の要件を欠いているとする原告の主張に対しては、

「依命照会ハ命令ヲ伝達スル形式トシテ従来慣用セラレツツアルコトハ事例ニ 徴シテ明カナルノミナラス之ヲ理論上ヨリ考フルモ命令ノ形式ニ制規ナキカ故 ニ命令者カ被命令者ニ直接命令スルモ或機関ノ媒介ニ依リテ間接ニ命令スルモ 命令ノ効力ニ異動アルヘキ理ナシ」と応ずる。

 本件においても、被告は、地方官官制上、郡長は町村長を指揮監督する立場 にあることをもって十分条件とみなして、受命者において当該命令が職務ある いは権限の範囲内の事項に関するものであるか否かの審査権は留保されておら ず、当然にこれに服従すべきである、との反論の仕方をとっていない。むし ろ、②の事件と同様に原告の主張に沿う形で、当該命令によってなすべき事柄 が受命者の職務の範囲に含まれるとの応答をしているのが特徴である。ただ し、命令の方式については、本件命令につい規定する法令の定めがない以上、

方式上の適法性は問題にならないとしている。

 このような原告、被告の応酬に対する行政裁判所の判断は以下の通りであ

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