限定と誠実
照屋 佳男
一 はじめに
文化論とは何か︑と大手から入ると何か落ち着かない気持︑言ってみれば足が地についてみないやうな気持にさ
せられる︒文学とは何かといふ問を発した場合にも同様の感じを抱かせられるのであって︑私としては寧ろ︑文化
にとって最も根抵的なものは何であるかを考へ︑それを見据ゑ︑それから終始目を離す事をせず︑そしてそれを土 からめ台にして︑文学作品や社会現象を考察するといふ搦手からの接近法を採用したい︒
文化にとって最も根抵的なもの︑それはアイデンティティーといふ語で表はされるものであり︑アイデンティテ
ィーを抜きにしては︑そもそも文化は語られやうがない︒アイデンティティーとは︑個人の場合で言ふと自己同一
性︑即ち人格が分裂してみず統合を保ってるる状態の事であり︑国にあてはめると国柄になる︒文化にあてはめて
これを﹁特殊の︿芯﹀﹂と私は前に表現した事があるが︑それはさておき︑このアイデンティティーの観点からする
早稲田人文自然科学研究 第48号 95(H.7),10 29
と︑限定といふ概念が並々ならぬ重要性を帯びたものとして浮び上って来る︒そして限定に関して発せられた言葉
の中で︑﹁しかし︑なんといっても最も偉大な技術とは︑自分を限定し︑他から隔離する事に他ならない﹂︵一夏qσ二ひqΦコ ︵1︶
四びΦユω侍①ωN巳Φ訂け臼①σq﹁αゆ8閑彗ω計ω皆げNロσ①ω∩げ感旨旨︒昌⊆⇒自N巳ωo一δ﹁①戸︶といふゲーテの言葉ほど重要な言葉
を私は知らない︒頗る深みのある一八二五年四月二十日のこの発言が︑直接的にはロマン派芸術に関して為されて
みるのは︑これに先立って一八二五年二月二十四日に︑イギリスロマン派の詩人バイロンについて行った次のやう
な批評から明白である︒﹁常に無限なものを求めて努力し続ける彼︹バイロン︺のやうな性格にとっては︑三一致の ︵2︶法則を守る事によって自らに限定を課したのは︑頗る賢明だつたと言へよう﹂︵因に︑三一致の法則とは︑遠くアリ
ストテレスの﹃詩学﹄に由来するフランス古典主義演劇の作劇法の一つで︑劇が一日のうちに︑一つの場所で︑単
一の筋で完結するのを旨としてみる︒この法則は小説に応用され︑数多くの傑作が生み出されるに至ったが︑その
一つがジェームズ・ジョイスの﹃ユリシーズ﹄である︶︒ゲーテは︑無限定的なものが追ひ求められるところにロマ なまン主義に特有の生のものへの偏愛を嗅ぎ付けてみるのだが︑生のものへの偏愛を伴ふ無限定的なものの追求に対置
されるのは勿論︑限定の追求であり︑その意義を考察するのが︑本論における第一の仕事となる︒
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二 情報と自己信頼
現代は無限定の時代である︒無限定の時代であるといふのは︑情報爆発の時代であるといふ事で︑それゆゑ情報
爆発に先づ一瞥を与へておくべきだらう︒コンピュータの活用によって加速された情報爆発の時代は︑たしかに限
限定と誠実
定の欠如を大いなる特徴にしてみると言へる︒第一︑情報はその量において無限である︒そして無限の情報は国境
をいとも容易に越えて溢れ出し︑国境の無限定化︑即ちボーダレスといふ現象を引き起してみる︒次に︑コンピュ
ータの支へを得た情報は明示的である︒数学や統計や記号のいつぽいちりばめられた明示的な情報が︑人々の内的
外的生活を統制する勢ひを示してみるところがらすると︑数字や統計︑一般に計量化され得るものが﹁真理﹂の相 なま貌を呈してみるといふ事になる︒ところで明示的情報が﹁真理﹂の相貌を呈するといふ事は生の︑即ち︑内面化以
前のデータが真理として呈示されるといふ事に他ならない︒内面化とは︑個人の内部で固有のものとして限定され
る事だが︑その限定が情報爆発の時代において頗る危ふいものとなってみる︒ところで限定は生の情報が一遍否定
されるところにその特色を表はす筈で︑それは拡散ではなくて集中をめざす︒それは明示的な情報や知識が﹁暗黙
知﹂や知恵に変へられる事をめざす︒﹁真理﹂ではなくて寧ろ暗黙知や知恵をもたらす働きをするのである︒限定の
かうした性質は︑アイデンティティーと切っても切れない関係にあるのだが︑それについては後述する事にして︑
先づ英国の﹃エコノミスト﹄誌が﹁暗黙知﹂や知恵に関して述べてみる事を取り上げることにしよう︒
﹁情報の時代は終焉を迎へてるるのかも知れない﹂といふ文で始まる﹁知識を讃へる﹂と題する﹃エコノミスト﹄
の論説で読者の注意を引くのは︑次の諸点である︒一︑情報の時代は事実の受容と生産に明け暮れして事実の間に
差異を認めずまたその差異に重きを置かない︒勘や技能や洞察力︑一般に知恵と称せられるのは放逐される︒二︑
﹁情報の時代は史上初の退行の時代である﹂︒大抵の人は︑人類の歴史は知的により高度で複雑な時代をめざして発
展してきた歴史であると看陣したがる︒先づ石器時代︑次に鉄器時代︑青銅器時代︑理性の時代︑啓蒙の時代︑分
析の時代︑そして情報の時代といふ風に︒この場合︑情報の時代は発展の頂点と位置づけられるのだが︑しかしコ
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なまンピュータの登場は︑生の︑未処理のデータといふ名の奔流を引き起し︑これによって︑有益なものと無益なもの︑
良きものと悪しきもの︑興味あるものと退屈なものとを識別する能力は失はれてしまった︒三︑そこで人類の七つ
の発展の段階は︑突如︑一個の人間の七つの段階に酷似するといふ次第となる︒情報の時代は一個の人間の毫緑の
時代︑﹁事実の奔流の中にみながら全き忘却に領され︑歯なく︑目なく︑味覚なく︑何もない﹂時代に相当するとい
ふ次第となる︒一個の人間が環を描いて出発点たる石器時代のやうな無知の時代︑第二の幼時に戻るやうに︑人類 ︵3︶も情報の時代といふ名の新たな石器時代に戻ったのである︒
﹃エコノミスト﹄誌は﹁生の未処理のデータの奔流﹂といふ適切な表現で︑知恵や﹁暗黙知﹂に昇華される事な
く科学的真理の威を借るに至った情報の奔流が︑どうしゃうもない蒙昧を生ぜしめる事を語ってみるのだが︑知恵
や﹁暗黙知﹂は︑今日の教育がめったに教へる事のない限定を通じてしか身につけられやうはないのである︒ここ
で序に︑内面化され自己に固有のものになってみる点で︑知恵や﹁暗黙知﹂と類縁関係にあるのものとして誠実︑
真面目︑伝統の意識などを挙げておくべきだらう︒これらの価値は限定を通じてしか身に帯びられないといふ点で
共通するからであるが︑人格も︑限定を通じてしか確立されやうがないといふ事に︑注目すると︑無限定を一つの
特徴にする情報の奔流は人格の分裂を容易に引き起し得るといふのが明瞭になり︑情報が何の差異も設けないとい
ふ事︑価値判断を含まないが故に一見無害に見えるといふ事は︑かくして︑人格の統合といふ観点から︑種々問題
を孕んでみるといふ事が明らかになる︒
早い話が情報の奔流によって感覚的に麻痺状態に陥りがちの我々は︑真面目をマジといふ風に茶化する事は出来
ても︑これをアイデンティティーの確立と結び付けて捉へる事はなかなか出来ない︒さういふ事を痛切に思ひ知ら
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限定と誠実
されるのは︑例へば夏目漱石の﹃こ・ろ﹄を読んだ場合である︒主要人物の一人﹁先生﹂が﹁あなたは大胆だ﹂と
語り手たる﹁私﹂に向かって言ふのに対して︑﹁私﹂が行ふ︑﹁ただ真面目なんです︒真面目に人生から教訓を受け ︵4︶たいのです﹂といふ発言に新鮮な驚きを覚える程に︑我々は真面目といふ価値から遠ざかってみる︒
真面目は︑情報爆発の時代によって必然化され︑もてはやされるに至ってみるものの一つたる競争原理にはなじ
まない︑だから遠ざけられるのであって︑ここで先づ強調しておきたいのは真面目が自己同一性︑即ち分裂に見舞
はれてるない人格と深い関係があるといふ一事である︒不真面目な人間とは人格の分裂を意に介しない人間の事で
あり︑真面目は︑従って︑誠実や実直とは関係があっても︑情報の量の多さや競争原理とは関係がない︒蓄へた情
報の量の多さにものを言はせて客観的真理なるものを説くのに余念のない人間や︑競争原理を金科玉条に仕立てて
みる人間を真面目な人間と呼ぶ訳には行かない︒
ところで﹃こ・ろ﹄の﹁先生﹂が身をもって︑プリミティヴな形で示してみるのは人は競争原理に侵されてみる
限り︑人格の分裂︑アイデンティティーの喪失に見舞はれざるを得ないといふ事である︒語り手宛の手紙で﹁あな ︵5︶たは真面目だから︒あなたは真面目に人生そのものから生きた教訓を得たいと云ったから﹂と書いた﹁先生﹂は︑
学生だった頃︑下宿先の﹁御嬢さん﹂をめぐって友人Kに対して抱いた強烈な競争意識のとりこになってみた限り︑
自己同一性を保てなかった︑即ち真面目ではなかった︒﹁先生﹂が﹁御嬢さん﹂に本当に恋心を抱いてみたかどう
か︑これは大いに疑問とされるべきだが︑﹁是非御嬢さんを専有したいといふ強烈な一念に動かされて﹂Kとの間に
激烈な競争関係を意識したのは確かな事なのである︒﹁御嬢さん﹂が﹁持前の親切を余分に﹂自分の方へ割り宛てて ︵6︶くれたと解った時には︑﹁先生﹂は︑Kに対して﹁凱歌を奏する﹂︒Kから﹁御嬢さんに対する切ない恋を打ち明け
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られた時﹂は・﹁三つたと思ひ﹂﹁鑑を越さ残﹂と思ふ・﹁先生﹂の内部を侵してみる競争原理を決定的に示す表 ︵8︶現は︑﹁相手は自分より強いのだといふ恐怖の念が萌し始めた﹂といふものである︒更に︑﹁私は彼の強い事を知つ てるました︒また彼の真面目な事を知ってゐました﹂と書く﹁先生﹂は自分が不真面目である事を暗に示してみる︒
﹁凝としてをられなくなり﹂﹁変にいらいらし出し﹂人格の統一を保ち得なくなってみるのに見合ふやうに︑﹁先生﹂
は情報の収集に精を出すやうになる︒﹁先生﹂の情報に対する信仰を示すかのやうに﹁人間の胸の中に装置された複 ︵10︶雑な器械が︑時計の針のやうに︑明瞭に偽りなく︑盤上の数字を指し示し得るものだらうかと考へました﹂といふ
興味深い表現があるが︑﹁先生﹂はKに肉薄してちかに情報を得ようとする一方︑奥さんと御嬢さんの言語動作を観
察するのに寧日がない︑かくして︑情報の量ではKに対して圧倒的優位に立つ事になる︒かくしてKが﹁受配とし
た︒調で・募の弱い人間であるのが実際恥つか㎏﹂と言って・﹁公平な批評﹂を求めてきた折の事に関して︑﹁先
生﹂は︑次のやうに述懐する次第となる︒﹁罪のないKは穴だらけといふよりむしろ明け放しと評するのが適当な位
に無用心でした︒私は彼自身の手から︑彼の保管してみる要塞の地図を受取って︑彼の目の前でゆっくりそれを眺
める事が出来たも同じで遍﹂・﹁先生﹂はKの﹁虚に付け込み﹂﹁Kの前に横たはる恋の行手を塞ぐ﹂事が出来ると
いふ自信を得るに至るのだが︑ここで注意に値するのは︑それが﹁利己心の発現﹂ではあり得ても︑アイデンティ
ティーの確保や自己自身への信頼には繋がらないといふ事である︒﹁私は肝心の自分といふものを問題の中から引き
抜いて仕舞ひま途﹂といふ﹁先生﹂り 一暴は深い意味を帯びてみる三一・はなければならない.自己への信頼の欠
けた状態を表はすのに﹁先生﹂は﹁卑怯﹂といふ語を手紙の中で三回用みてみるが︑同じく三回用ゐられる﹁立ち
辣む﹂といふ句と共に︑これは︑読者に強烈な印象を与へずにはおかない表現である︒
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競争原理に制せられて情報の収集に精を出し︑先手を打ってKに対して決定的な勝利を収めたと思ったその瞬間︑
Kの自殺によって︑決定的な敗北を喫するといふどんでんがへしに会った時の﹁先生﹂の自己描写は︑あまりにも
有名である︒
ほぼ 其時私の受けた第一の感じは︑Kから突然恋の自白を聞かされた時のそれと略同じでした︒私の眼は彼の室の
中を百見るや否や︑恰も製で作った義眼のやうに・動く能力を失ひました・私は棒立ちに鍵みました・そ
し まれが疾風の如く私を通過したあとで︑私は又ああ失策つたと思ひました︒もう取り返しが付かないといふ黒い光
が︑私の未来を貫ぬいて︑一瞬間に私の前に横はる全生涯を物凄く照らしました︒さうして私はがたがた頭へ出 ︵14︶したのです︒
限定と誠実
﹁黒い光﹂といふ比喩は︑﹁先生﹂の自己信頼の喪失︑アイデンティティーの喪失をみごとに表示してみるのであ
って︑それは﹁自分自身さへ頼りにする事の出超い私は・妻の顔を見て思はず涙ぐみま癒﹂といふ表現に繋が
って行くのだ︒﹁先生﹂の自己信頼の欠如は小説の基調低音のやうに︑作品の最後近くまで認められると言はなけれ
ばならぬ︒語り手﹁私﹂と交はりを結ぶやうになって間もない頃︑かう言ってみる︑﹁私は私自身さへ信用してみな
いのです︒つまり自分で自分が信用出来ないから・人も信用できないやつになってみるの我﹂・
﹁先生﹂の偉大なところは︑自身人格の分裂︑アイデンティティーの喪失︑誠実の喪失を経験してみながら︑或
はそれゆゑに︑さうした喪失がどれほど大きな意味を持つかに関してはっきり自覚してみる点である︒﹁先生﹂が︑
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さうした分裂や不誠実や喪失を﹁淋しみ﹂と表現してみるのは興味深い︒﹁自由と独立と己れとに充ちた現代に生れ
た我々は︑その犠牲としてみんなこの淋しみを昧ははなくてはならないでせう﹂︒幾分曖昧さを帯びてみるこの﹁淋
しみ﹂は︑明治天皇の崩御と乃木大将の殉死とによって一挙に凝結する︒そして﹁先生﹂は︑この二人の偉大な人 あやか物におけるアイデンティティーの確かさを深く感じさせられ︑まるでその確かさに肖らうとでもするかのやうに︑
﹁明治の精神に殉死する﹂といふ言葉を発するのである︒生存の空間が﹁牢屋﹂と化してみると思はれる﹁先生﹂
においては︑殉死の決意が人格の統合を可能ならしめる唯一の道だと感じられてみる︒人格統合の観点から殉死が
新鮮な意味を帯びたものとして積極的に肯定されたとしても不思議ではない︒
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すると夏の暑い盛りに明治天皇が崩御になりました︒其時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったやう あとな気がしました︒最も強く明治の影響を受けた私どもが︑其後に生き残ってみるのは必寛時勢遅れだといふ感じ
が烈しく私の胸を打ちました︒私は鳴郎さまに妻にさう云ひました︒妻は笑って取り合ひませんでしたが︑何を
よ カらカ思ったものか︑突然私に︑では殉死でもしたら可からうと調戯ひました︒
私は殉死といふ言葉を殆んど忘れてゐました︒平生使ふ必要のない字だから︑記憶の底に沈んだ儘︑腐れかけ
ぜうだんてるたものと見えます︒妻の笑談を聞いて始めてそれを思ひ出した時︑私は妻に向ってもし自分が殉死するなら つもりば︑明治の精神に殉死する積だと答へました︒私の答も無論笑談に過ぎなかったのですが︑私は其時何だか古い
︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ・ ︵17︶不要な言葉に新らしい意義を盛り得たやうな心持がしたのです︵傍点引用者︶︒
人格の分裂を知らない明治の精神に肖る事が死を意味するとしても︑死の直前の︑肖らうとするその一瞬の決意
において﹁先生﹂は人格の統合を確かなものにし得てみる︒肖らうとするその一瞬の決意に働いてみる驚くべき﹁限
定﹂と﹁集中﹂の力を我々は見逃してはならない︒乃木大将の殉死を知って︑妻に殉死だ殉死だと口走る﹁先生﹂
の内部に起る限定と集中の作用は︑乃木大将内部の限定と集中への共鳴︵理解ではない︶の形を取ってみる︒
私は新聞で乃木大将の死ぬ前に書き残して行ったものを読みました︒西南戦争の時敵に旗を奪られて以来︑申
し訳のために密なう死なうと思って︑つい今日迄生きてみたといふ意味の句を見た時︑私は思はず指を折って︑
乃木さんが死ぬ覚悟をしながら生きながらへて来た年月を勘定して見ました︒西南戦争は明治十年ですから︑明
治四十五年迄には三十五年の距離があります︒乃木さんはこの三十五年の間死なう死なうと思って︑死ぬ機会を ︵18︶待ってるたらしいのです︒
限定と誠実
﹁鈍なう死なうと思って︑死ぬ機会を待つ﹂ところに乃木大将の退つ引きならぬアイデンティティー︑限定と集
中を﹁先生﹂は感じ取ってみたのである︒拡散にではなくて集中において︑無限の拡がりにおいてではなくて限定
においてアイデンティティーを保つといふ姿勢は︑たとへ弱々しい形においてであるにせよ︑﹁私﹂の父親にも認め
られるのであり︑乃木大将の殉死を知って︑死の直前にこの父親の発する﹁大変だ大変だ﹂は︑﹁先生﹂の﹁殉死だ
殉死だ﹂に照応してみる︒﹁殉死だ殉死だ﹂といふ言葉を発する時点を基準にして︑限定や集中の意義に思ひを及ぼ
す事をしなかった頃を振り返る﹁先生﹂は︑以前の自分に一種弛緩したやうな無思想性すら感じ取ってみる︒﹁先生﹂
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あざは﹁私﹂に向って︑両親の病死した後︑叔父に財産を胡魔化された経緯を縷々語り︑更に﹁叔父に忌むかれた当時 ひとの私は︑他の頼みにならない事をつくづくと感じたには相違ありませんが︑他を悪く取る丈であって︑自分はまだ
たしか おれ確な気がしてゐました︒世間はどうあらうとも此己は立派な人間だといふ信念が何処かにあったのです︒それがK ひとのために美事に破壊されてしまって︑自分もあの叔父と同じ人間だと意識した時︑私は急にふらふらしました︒他 ︵19Vに愛想を尽かした私は︑自分にも愛想を尽かして動けなくなったのです﹂といふ感慨を洩らしてみるが︑自他に﹁愛
想を尽かして﹂みた頃の﹁先生﹂が限定の何たるかを知ってみなかった事は︑﹁此己は立派な人間だといふ信念が何
処かにあった﹂といふ一句によって示されてみる︒﹁限定﹂は自分が自分であるといふ意識︑自己同一性の意識と結
ばれてみるのであって︑立派な人間だといふ信念などとは何の関係もない︒かういふ信念は競争原理に囚はれたせ
はしない精神と寧ろ繋がりが深く︑他者が何事かを達成し︑それによって自分はどこか遠くへ弾き出されてしまっ
たと思ったりする場合に生じがちのものであり︑そこに知恵は勿論認められないが︑思想の働きも認められないの
である︒
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三 人格と競争原理
すぐれた思想家や文学者にとって人格は根源的な力であり︑従ってこれを殿損して︑或は分裂した状態に放置し
て︑或は棚に上げたままにして振る舞ふといふのは︑自らのダイナモを破壊する行為以外の何物でもない︒人格が
すぐれて人間の根源を成す力であるといふ事はS・ウォシュバンが﹃乃木大将と日本人﹄の中で︑乃木大将を﹁大
限定と誠実
きな仕事よりも︑むしろ人格によって︑その時世に非常な貢献をする人﹂として取り上げ︑この世で我々は︑﹁その
人格と︑人格より発する教訓とが︑永遠に生ける力となってゆく﹂例を目の当りにする場合があると言ひ︑更に︑ ︵20︶﹁乃木大将は実にかくのごとき人であったのだ﹂と書く時に明瞭になる︒ウォシュバンは︑乃木大将は﹁いつも同
︵21︶ ︵22︶ いにしへじ乃木大将であった﹂とか︑﹁いつも沈思黙想の姿﹂を見せてみたとか︑﹁徹頭徹尾変ることなき︑古のスパルタ人
︵23︶であった﹂とかいふ表現を用みてみるが︑これは乃木大将が自己同一性︵アイデンティティー︶を保ち得てみたと
いふ事を意味すると同時に︑乃木大将が我々の時代を特徴づける競争原理からどれ程遠く隔たった人間であったか︑ ほかといふ事をも暗示するものとなってみる︒乃木大将を﹁泰平の逸民たるの外︑世に何の思ふこともないといふやう ︵24︶ あくせくな眼を持つた人﹂と評する事の出来たウォシュバンは︑結びの章において︑﹁吾人西洋に生れ︑蝋石としてただ財宝
と地位と名聞とを追求して止まぬ間にも︑しばらく退いて︑かくのごとき人物によって表現せらるる所以の道を思 ︵25︶ふべきである﹂と意義深い総括を行ふ事が出来たのである︒
ところで︑漱石の﹁現代日本の開化﹂と題する講演は︑競争原理批判であるところが︑我々には頗る興味深く思
はれる︒この場合︑開化とは﹁人間活力の発現﹂が発展し複雑化する過程を指示する語に他ならない︒漱石は︑﹁古
来何千年の労力と歳月を挙げて漸くの事現代の位置迄進んで来た﹂のだから︑その結果として︑﹁昔よりも生活が楽
になってみなければならない筈﹂である︑ところが実際はさうではない︑﹁昔の人に対して一歩も譲らざる苦痛の下
に生活してみるのだといふ自覚﹂があると言ふ︒そして︑﹁否開化が進めば進む程競争が益劇しくなって生活は愈困
難になるやうな気がする﹂︑﹁生存競争から生ずる不安や努力に至っては︹今の人間は︺決して昔より楽になってゐ ︵26Vない︒否昔より却って苦しくなってみるかも知れない﹂と付け加へる︒生存競争の原理に圧倒され不安に陥るとい
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ふ事は︑自己本位の能力を失ふといふ事︑即ち人格の分裂や喪失に見舞はれるといふ事を意味せずにはおかない︒
人格の分裂や喪失を引き起さずにはおかない開化︑即ち競争原理に限りなく侵されるのを特徴とする開化を︑漱石
が﹁外発的の開化﹂と名づけ︑これに反して自己本位の能力を失はずに行はれる開化を﹁内発的﹂と形容してみる
のは大抵の人が知ってみるが︑﹁外業的の開化﹂に関する漱石の発言が︑アイデンティティー喪失の危機に瀕した日
本人に対する痛烈な批判である事は︑もっと注意されてよいやうに思はれる︒﹁日本人は随分悲酸な国民﹂と書く
時︑漱石が日本人の内部に見据ゑてるるところのものは﹁空虚の感﹂﹁不満と不安の念﹂﹁世間体を繕ってみるとい
ふ感﹂である︒だから︑競争が盛んに行はれ︑開化が進んで幸福だといくら言はれても﹁いらいら﹂を免れないと
いふ一点で︑野蛮時代に在るに等しいといふ事にならざるを得ない︒
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既に開化と言ふものが如何に進歩しても︑案外其開化の賜として吾々の受くる安心の度は微弱なもので︑競争 ︵27︶其他からいらいらしなければならない心配を勘定に入れると吾人の幸福は野蛮時代とさう変りはなささうである︒
﹁空虚﹂﹁不安﹂といふ語で漱石が表はしてみる状態は︑社会学の用語を用みると疎外といふ事になるだらうが︑
鴎外もまたさういふ状態に考察の目を向けてみたといふ事実に触れておくべきだらう︒鴎外の﹁妄想﹂といふ作品
は︑競争原理とアイデンティティーの関係といふ観点から眺める時︑その意義深さが感得される作品の一つである
やうに思はれる︒白髪の老人となって海辺の一軒屋に住む語り手﹁自分﹂が西洋留学時代及び帰朝直後の事を振り
返って感慨に耽るといふ体裁を取ったこの小説で最も読者の注意を引くのは︑﹁自分﹂が競争原理にからめ取られて
﹁自我﹂︵漱石の言ふ﹁自己本位﹂︶を見失ってしまったのではないかと感じるところである︒
むち 生れてから今日まで︑自分は何をしてみるか︒終始何かに策うたれ駆られてみるやうに学問といふ事に醒幸し
てみる⁝⁝併し自分のしてみる事は役者が舞台へ出て早る役を勤めてみるに過ぎないやうに感ぜられる︒その勤 うしろめてみる役の背後に︑別に何物かが存在してみなくてはならないやうに感ぜられる︒策うたれ駆られてばかりゐ ︵28︶る為にその何物かが醒覚する暇がないやうに感ぜられる︒
覚醒する暇を持たない別の何物か︑﹁策うたれ駆られてみる﹂うちに締め出してしまってみるかも知れぬその何物
かは︑志賀直哉が﹁本統の自分﹂といふ句で表はしたものとさほど違ひはしない︒﹁自分﹂は念を押すやうに︑﹁背
後にある或る物が真の生ではあるまいかと思はれる︒併しその或る物は目を醒まさう醒まさうと思ひながら︑又し
てはうとうとして眠ってしまふ﹂とも言ってみるが︑ここで﹁真の生﹂と呼ばれてみるものは︑次の発言のキーワ
ードたる﹁自我﹂に重なり合ふ︒
限定と誠実
そんなら自我が無くなるといふことに就いて︑平気でみるかといふに︑さうではない︒その自我といふものが
有る間に︑それをどんな物だとはっきり考へても見ずに︑知らずに︑それを無くしてしまふのが口惜しい︑残念
である︒漢学者の謂ふ酔生夢死といふやうな生涯を送ってしまふのが残念である︒それを口惜しい︑残念だと思 ︵29︶ふと同時に︑痛切に心の空虚を感ずる︒なんともかとも言はれない寂しさを覚える︒
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この強い響きを持つ表現の意味するところは︑もう少しで自我の再発見の意義を見失ってしまふところであった︑
といふ事であり︑自我を紛失してそのままにしておいたといふ事ではない︒ここに表出されてみるのは︑自我を紛
失し︑これを再発見する術を知らない事︑アイデンティティーを競争原理で置き換へる事は頗る付きの重大事であ
る︑といふ感慨である︒
﹁自分﹂は醒齪する事を拒否し西洋の模倣を拒むことを通じて︑自我の再発見を行ふに至るのだが︑留学から帰
って間もない頃﹁自分﹂は︑西洋文明を絶対視しないがゆゑに﹁失望を以て故郷の人に迎へられ﹂た次第を語る︒
故郷の﹁ハイカラ連﹂は︑都会改造や食物改良︵米を食ふ事を厚めて沢山牛肉を食ふべし︑といふやうな︶︑仮名遣
改良などを手はじめに人生百般に亙って改良を唱へる事に余念がない︒﹁そんな風に︑人の改良しようとしてみる︑ ︵30︶あらゆる方面に向って︑自分は本の杢阿弥説を唱へた︒そして保守党の仲間に逐ひ込まれた﹂︒﹁洋行帰りの保守主
義者﹂といふレッテルをはられたと言ふのである︒しかし︑洋行を総括して︑﹁多くの師に逢って︑一人の主にも逢 ︵31Vはなかった﹂といふ主人公にしてみれば︑﹁保守主義者﹂は自己自身に固有のものを見失ってみない人といふ意味を
帯びた語に他ならなかった︒
四 限定と自己信頼
人格やアイデンティティーはイマヌエル・カントの用みた﹁根源的統覚﹂﹁自己意識の完全な同一性﹂といふ旬に
限定と誠実
よつて説明する事も出来さうである︒カントは﹁統覚﹂に関して︑﹁直観において与へられた多様な表象を一個の意
識において結合する﹂といふ言ひ方をしてみるが︑=個の意識において﹂多様な表象が結合されるといふ言ひ方
は︑人格が分裂を起さず︑その統合がしっかと保持されてみる場合に︑多様な表象ははじめて結合されると解する
事が出来よう︒カントは﹁根源的統覚﹂と共に﹁意識の統=といふ表現をも用ゐ︑かう述べてみる︒﹁およそ表象
の結合は︑表象の統合における意識の統一を必要とする︒それだから意識の統一は︑表象が或る対象に対してもっ
ところの唯一の関係をなすものであり︑表象の客観的妥当性の根拠であり︑表象を認識するところのものであり︑ ︵32︶従って認識能力としての悟性の可能性もかかって意識の統一にある﹂︑﹁意識の統=があってはじめて対象が唯一
適切な仕方で捉へられるといふ事は︑対象が単なる情報や知識の次元に留まる事を止めて︑内面化されるといふ事
を意味せずにはおかない︒
ところで﹁根源的統覚﹂と重なるところのある人格に関して言ひ得る第一の事は︑我々はこれを改良する事は出
来ないといふ事である︒人格を分裂させたり︑紛失したりする事は出来ても︑これを改良する事は出来ない︒人格
のさういふ性質についてT・S・エリオットは︑かう述べた事がある︒﹁我々は︑自分を異なった人格にしよう︑と ︵33︶言ふ事は出来ない︒この悪い癖はやめよう︑このいい癖は身につけるやうにしよう︑と言ふ事しか出来ない﹂︒静か
に考へてみればわかる事だが︑一民族の文化の特殊の芯も人格のごときものである︒自分の人格を改良する事が出
来ないやうに︑民族の文化の特殊の芯も改良する事は出来ない︒改良出来ないといふ事は︑別言すると︑人格や文
化そのものは反省の対象にはなり得ないといふ事である︒反省の対象になるのは︑悪い癖︑即ち悪い政策︑拙劣な
政策の類のものである︒悪い政策︑拙劣な政策を反省の対象にする事をしないで︑さういふ政策の源には文化があ
43
るのだから︑文化を改めなければならないなどと言って︑文化を反省の対象にすると︑我々は文化を失ふ破目にな
るだらテ︒
ところで夏目漱石の﹃それから﹄といふ作品は︑競争原理に囚はれて︑あらゆるレヴェルで人格の分裂や喪失に
見舞はれる近代日本の知識人の姿をみごとに描いてみる︒﹁脳の中心から︑半径の違った円が︑頭を二重に仕切って ︵34Vみる斜な心持﹂に時折悩まされる主人公代助は︑人格の統合を棚に上げて競争原理が幅を利かせる実社会に飛び込
むのを肯んじない︒職に就かない彼が自らを﹁上等人種﹂と規定するその事は︑彼にとって人格の統合がどれほど
大きな意味を帯びてみるかを暗示してみる︒小説のはじめの方で︑三年前︑代助が事実上︑仲人役を務めて︑平岡
といふ﹁中学時代からの知り合﹂と︑菅沼といふ学友の妹三千代とを結婚させた次第が語られてみるが︑三年振り ひそにその平岡︑三千代に再会すると︑学生の頃から私かに愛してみたがゆゑに絶えず気に掛る存在であった三千代︑
今は人妻となってみる三千代との結合を︑万難を排して遂げようといふ決意が抗し難い必然性をもつて形作られる︒
三千代と結合しようとするところに︑人格の統合を完壁なものにしようとする代助の並々ならぬ意志の働きを我々
は見る事が出来るのである︒
人格の統合を完壁に保たうとする代助の生き方と︑人格の分裂や紛失をさして気にも止めない平岡や︑代助の父
親の生き方との対比に注意の眼を向けさへすれば︑この作品の意義と価値が新たに捉へられるやうになると思ふ︒
平岡や代助の父親︑更には代助の兄の生きる世界は︑競争原理によって宰領されてみる世界だが︑その競争原理は
西洋から強ひられたものに他ならない︒別言すると︑日本において競争原理が熾烈になるのは︑日本が外国と張り
合って一等国にならうと背伸びをせざるを得なくなってみる状況から生じてみるのであって︑代助が平岡と議論を
44
してみるうちに︑さういふ状況に触れる箇所は読者の注意を引く︒
日本は西洋から借金でもしなければ︑到底立ち行かない国だ︒それでみて︑一等国を以て任じてみる︒さうし だけて︑無理にも一等国の仲間入りをしやうとする︒だから︑あらゆる方面に向って︑奥行を削って︑一等国丈の間
口を張つちまった︒なまじい張れるから︑なほ悲惨なものだ︒牛と競争をする蛙と同じ事で︑もう君︑腹が裂け
るよ︒其影響はみんな我々個人の上に反射してみるから見習へ︒斯う西洋の圧迫を受けてみる国民は︑頭に余裕 ろくがないから︑砥な仕事は出来ない︒悉く切り詰めた教育で︑さうして目の廻る程こき使はれるから︑揃って神経 こんにち衰弱になつちまふ︒話をして見給へ大抵は馬鹿だから︒自分の事と︑自分の今日の︑ロバ今の事より外に︑何も考
へてやしない︒考へられない程疲労してみるんだから仕方がない︒精神の困態と︑身体の衰弱とは不幸にして伴
なってみる︒のみならず︑道徳の敗退も一所に来てみる︒日本国中何所を見渡したつて︑輝いてる断面は一寸四 ︵35︶方も無いぢやないか︒
限定と誠実
日本人が西洋と張り合って︑教育をはじめとする一切の活動を競争原理で律し︑激烈に活動する時︑日本人は﹁頭
に余裕﹂がなくなり︑﹁神経衰弱﹂と﹁精神の困態と︑身体の衰弱﹂そして﹁道徳の敗退﹂とに見舞はれ︑﹁馬鹿﹂
になってしまふ︑と代助は言ふのだが︑﹁馬鹿﹂になるは︑限定する術を知らないの意に解する事が出来る︒そして
限定する術を知らない事は人格の不在に通じるのであるが︑英国のすぐれた文学者マシュウ・アーノルドは︑英国 なまにおける類似の状況に関して︑生のデータに溺れる事︑限定を忘れる事︑十分に知る事をしない事は︑未熟さを生
45
み出すと発言した事がある︑未熟さが︑ここでは︑人格の不在に通じてみるのであって︑アーノルドは︑エネルギ
ーが爆発したやうに一見頗る活溌であった十九世紀最初の二十五年間の英国の文学活動についてかう述べたのであ
る︒
46
今世紀︹十九世紀︺最初の二十五年間の文学面における創造的活動の爆発には︑何か未熟なものがある︑と私
には長い間奏はれてきた︒この未熟さゆゑに︑産出された作品の大部分は︑楽天的な希望に彩られてみたにも拘
らず︑そしていまでも依然として彩られてみるにも拘らず︑この四半世紀より遙かに見栄えのしない時代の作品
より長く読みつがれる事などないやうに運命づけられてるる︒未熟さは︑適切なデータや適切な材料を使ひこな
し得ずに仕事に取り掛ったところがら生じてみる︒別言すると︑今世紀最初の二十五年間の英国の詩は︑エネル ︵36︶ギーや創造力をたっぷり具へてるたにも拘らず︑十分に知る事をしなかったのである︒
産業革命後勢ひついた経済活動が更に加速され︑経済活動を支配する競争原理がいや応なしに文学の領域にも波
及し︑一見エネルギーと創造力とにみちた文化的文学的活動の盛んな時代が現出した かう見てくると︑それは今
の日本にもあてはまる事だ︑と思はざるを得なくなる︒アーノルドは︑多くの書物を読む事自体が重要なのではな
い︑創造力に活気と養分を与へる最も良質の思想の流れの中に棲む事が重要なのである︑最も良質な思想の中にデ
ータや材料をみつける事が重要なのであって︑その場合︑書物はさういふ発見の単なる手段としてしか意味を持た せはぬ︑と述べてみるが︑ここで明白なのは︑忙しない心的状態とは凡そ無縁の思想︑即ち文化や文学の母体たる最も
限定と誠実
なま良質な思想は︑生のデータや量的拡大をそれ自体よしとして肯定しない点で︑まさしく限定を刻印されてみるとい
ふ事である︒
競争原理に囚はれ︑限定にではなくて拡大と拡散に意義を見出さうとする精神がどれほど没人格的になり得るか
の見本を一つだけ挙げて︑﹃それから﹄に戻る事にしよう︒その見本とは︑平成七年八月二十日付﹃七巡新聞﹄社説
である︒この社説は大学教育を取り上げて︑﹁学生が﹃消費者の目﹄で大学を選ぶ傾向が出てみる﹂から︑﹁学生サ
イドに立つ教育に徹する﹂必要がある︑と説くのだが︑市場経済を支配する競争原理を大学教育にそのまま適用す
る事が︑教育を文化から切り離す事に帰結するといふ事︑そしてそれによって教育が限りなく荒廃させられるとい
ふ事にこの社説は思ひ及ぶ事がない︒文化の意義は競争原理の適用され得ないところに存するのであって︑文化と
の繋がりを失った教育は︑もはや人格とは何の関係もない営みに堕してしまふ︒例へば大学教育の一つに文学芸術
教育といふものがあるが︑これを競争原理に曝す事の愚については︑永井荷風の﹃渥東綺諌﹄の中の次の文を引用
するに如くはない︒﹁明治大正の交︑乏を承けて三田に教鞭を把つた事もあったが早く辞し去ったのは幸であった︒
そのころ︑わたくしは経営寒中の一人から︑三田の文学も稲門に負けないやうに尽力していただきたいと言はれて︑ ︵37︶その愚劣なるに眉を餐めたこともあった︒彼らは文学芸術を以て野球と同一に視てみたのであった﹂︒﹃讃費﹄の社
説は︑学生の獲得競争といふ次元からのみ大学教育を眺め︑大学教育を野球と同一視してみるので︑まさしく愚劣︑
そして没人格の域に達してみると言へよう︒大学間で﹁生き残り競争がますます激しくなっていく﹂ので︑﹁今後
は︑かつてのやうな学問・研究中心から︑大衆化に見合つた﹃教育中心・学生中心﹄への変革が迫られよう﹂と﹃出
費﹄社説は説くが︑これは﹁学生は王様﹂の精神に徹し︑スーパーやデパートの顧客獲得競争に見倣って学生の獲
47
得競争に励むべしと説くのに等しい︒良質な思想から限りなく遠ざかったものの見方︑情報爆発の時代に固有の没
人格的なものの見方の一典型がここにはある︒ ︵38 ﹃それから﹄の最初の方に︑﹁進化の裏面を見ると︑何時でも退化である﹂といふ注目すべき言葉が見出される︒
これは﹃エコノミスト﹄が情報の時代を新たな石器時代︑即ち野蛮な時代と捉へたのと相通ずるところのある見方
である︒代助と﹃エコノミスト﹄との違ひは︑代助が︑社会のあらゆる領域に浸透する﹁生存競争﹂の原理が︑人
間からアイデンティティ:を奪ひ去ると信じてみる一点にある︒﹁生活慾﹂とも言ひ換へられる﹁生存競争﹂は代助 ︵39︶に言はせると︑﹁敗亡の発展﹂なのであって︑代助自身︑自らのアイデンティティーをすんでの事に喪失するところ
であったといふ自覚がある︒ した うな ﹁泰西の文明の圧迫を受けて︑其重荷の下に叢る︑劇烈な生存競争裏に立つ人で︑真によく人の為に泣き得るも
かつ ︵40︶のに︑代助は未だ曾て出逢はなかった﹂︒さういふ経験に立脚して周りを見回し︑先つ目に入る父の存在に関して︑
代助はおのつから次のやうに断案を下さざるを得ない︒ ﹁劇烈な生活圏に冒され易い実業に従事﹂してみる﹁父は ︵41V実際に於て年々此生活慾の為に腐触されつ・今日に至った﹂と︒代助の眼に︑父は﹁近来急に膨張した生活慾の高
圧力﹂によって﹁道義慾の肱製﹂を来した人間の一人と映ってみる︒しかし︑既記の通り︑代助自身アイデンティ
ティーを失ふ危険につねに曝されてみるのであって︑彼はそれを三千代との関係に関して︑平岡に対して自分は﹁安 ︵43︶ ︵44︶全にして無能力な方針を取って﹂みるとか﹁悉く社会的に安全であって︑悉く自己に対して無能力である﹂方針を
取ってみるといふ風に表現するのである︒
三千代との関係で決定的に重要なのは︑代助がどこまで己れ自身を信じ得るかといふ事であって︑平岡と張り合
48
ふとか︑平岡を出し抜くかといふ事ではない︒自己を信じ自己に信頼するといふのは︑いはゆるチャレンジ精神に
発しはしても競争原理からは出て来ない︒
たしかに代助が最終的に取る行動方針には︑自己を信じ自己に信頼するのを土台に文字通り社会に︵具体的には
父に︶挑戦するといった趣がある︒自己を信じ自己に信頼する事と社会への挑戦とは切り離し得ないのであって︑
その場合自己を反省するのが見当違ひであるやうに︑失敗や敗北を気に掛けるのも全く場違ひなものなのである︒ ・さい ︵45︶ ︵46︶代助が﹁手に持ってるる審を投げる﹂事と﹁最後の権威は自己にある﹂と信ずる事との間に不可分離の関係を見出
してみるのは︑注意に値する︑と言はねばならぬ︒そして代助が自己信頼を土台に父や社会に﹁決戦﹂を挑み得る
といふ事が人格の統合の証と代助に受け取られてみるのも明白なのであって︑その場合︑人格の統合︵﹁自然の昔に ︵47︶帰る﹂とか﹁統一無雑に平和な生命を見出す﹂といふ表現で示される︶は三千代との結合を要請せずにはおかない ︵48︶のである︒そして﹁僕の存在には貴方が必要だ︒何うしても必要だ﹂と代助が言ふ時︑その合体によってもたらさ
れるのが何であるかは︑次の叙述によって暗示されてみる︒
限定と誠実
雨は依然として︑長く︑密に︑物に音を立て・降った︒二人は雨の為に︑
り離された︒同じ家に住む門野︹書生︺からも婆さんからも切り離された︒ ︵49︶封じ込められた︒ 雨の持ち来す音の為に︑世間から切二人は孤立の儘︑白百合の香の中に
49繰り返すが︑人格の統合は﹁犯すべからざる敢為の気象﹂いはゆるチャレンジ精神と結び付きばしても︑競争原
理とは結び付かない︒チャレンジ精神を発揮した事の結果として︑代助と三千代は競争原理が物を言ふ世界からも
のの見事に疎外される︒﹁審を思切って投げ﹂︑﹁自ら切り開いた此運命の断片を頭に乗せて︑父と決戦すべき準備を
整へ.埋﹂代助がいや応なしに意識させられるのが﹁個人の畠と情実を毫も勘酌して霧ない器械の様な桂剣﹂で フヒ︒ソフヒー ︵52V 父を欺くのは﹂全く不可能であある︒けれども︑代助が﹁人生に対する自家の哲学の根本に触れる問題に就いて︑
ると悟る時︑代助が一種の威厳を帯びるのは動かしやうのない事実である︒﹁自家の哲学の根本﹂に忠実であると
は︑人格の分裂に見舞はれてるない事の謂だが︑さういふ状態の確保を通じて﹁生存競争﹂によって特色づけられ ︵53︶た社会との離反が決定的なものになると悟りつつも︑代助が︑﹁一図に物に向って突進する勇気﹂をもちこたへよう
とするところに︑人格といふもの︑或はアイデンティティーといふものの並々ならぬ意味が浮出しにされる︒それ
は︑代助に言はせると︑﹁正当な道を歩んだといふ自信﹂と﹁満足﹂とに結び付いてみる︒そして代助の場合︑﹁そ
の満足を理解して呉れるものは三千代嬬であ匙﹂・さういふ百信﹂や藩足﹂の死活的重要性の傍に置かれる
と︑﹁後悔﹂や﹁謝罪﹂は︑凡そ見当違ひなものと代助には思はれるのである︒その事に薄々気付いてみるからこ
そ︑代助の兄誠吾は︑小説の終り近くでかう発言する次第となる︒﹁其上御前は︑此事に診て後悔もしなければ︑謝 ︵55︶罪もしない様に見受けられる﹂と︒
一個の生きた文化は︑競争原理や優劣の観念と全く無縁の自己肯定︑自己信頼の理想的な姿を示してみる︒そし あやかて一個の人格が分裂に見舞はれずに存在するとしたら︑それは文化に肖るところがあるからであると言へるのであ
って︑さういふ意味において︑代助は文化的存在であると言ってよからう︒代助の苦悩や試練はすべて︑文化的存
在を﹁全く分らない人間﹂﹁危険な﹂人間と看渇す社会との﹁決戦﹂から生じるのであるが︑次のやうな発言をする
50
おきて時の代助には一種断乎としたところが感じられる︒﹁僕は世問の掟として︑三千代さんの夫たる君に詫まる︒然し僕 ︵56︶ つもりの行為其物に対しては矛盾も何も犯してみない積だ﹂︒文化と文化との間に影響関係はあり得ても妥協はあり得な
いやうに︑一個の人格においても妥協の生ずる余地はない︑さういふ事を﹁僕の行為其物に対しては矛盾も何も犯
してみない積だ﹂といふ一句は︑語ってみるやうに思はれる︒
五 知識の内面化
私見によれば︑創造的営みが批評の営みに本質的に優ってみると言へないのだが︑その理由は︑批評︵文芸批評︶
の本質は︑無限定を特色とする自然的なもの︑生のものを一遍否定しようとするところにあるからである︒さうい
ふ風に生のものを否定しようとするところに批評に固有の集中と限定の働きが現はれると言へる︒自然的なものの
否定は︑無限定の否定を意味せずにはおかない︑その限りで︑それは意識の拡散を防ぎ︑意識に統一を与へると言
ひ得るのであって︑これを要するに批評の生命は限定にある︒批評は限定といふ働きを離れる事は出来ない︒T・
S.エリオットが批評のさういふ本質に関して語ってみるところは参考になる︒
限定と誠実
文芸批評は︑自らの限界を絶えず定めねばならない活動である︒それはまた︑自らの限界を絶えず超えて行か
うとしなければならない︒ただこの場合︑不変の法則は︑文芸批評家が限界を超えようとする時︑彼は自分が限
界を超えようとしてみる事を+全に意識しつつ・さうすべきだといふ事で献罷・
51
52
エリオットは︑批評の本質は限界を定めるところにあるとし︑限界を超えようとする場合には︑それを十分に意
識せよ︑と限界を超出しようとする試みに条件を付してみる訳だが︑ここでおのつから類推されるのは︑限界を重
んずるさういふ批評に生き生きと相応ずる対象は︑それ自体限定の働きを生命としてみるといふ事である︒文化と
いふ対象にしても限定を本質とする批評に生き生きと相応ずるところがあり︑その限りで文化もまた限定の働きを
生命にしてみると言へるであらう︒﹁生き生きと相応ずる﹂といふのは︑まさしくさういふ批評によって限定の働き
といふ文化の最も大事な部分が明らかになるからである︒限定を旨とする批評と文化論との間には大いに響き合ふ
関係が存するのであって︑限定の意義を自覚した重れた文学者が重れた文化論を残したのは︑決して偶然ではない︒
批評と結ばれた卓れた文化論の一つとして我々は︑T・S・エリオットの﹃文化の定義のための覚え書き﹄を挙
げる事が出来る︒エリオットがこの書でとりわけ力を込めて書いてみるのが限定の重要性であるといふ事に気づく ︵58︶のは大事であるやうに思はれる︒彼は︑﹁ゲーテが言ってみるやうに︑芸術の本質は限定にある﹂と書くのである
が︑彼が限定の大切を説くのは︑それが知識の内面化に資するからに他ならない︒彼の見るところでは文化論は知
識の内面化と無縁には存し得ないのであり︑単なる知識や情報の次元に留まる文化論は一種の名辞矛盾である︒無
限定的に︑即ち内面化と無縁に︑情報の膨大な量を誇るといふやうな事は︑どこまで行っても文化論には繋がらな
い︒知識の内面化といふ意味での限定が必要なのは︑単に文化論においてだけでない︑およそどのやうな学問も︑
生きた力を帯びるためには︑﹁根祇的な統一﹂といふ名の限定を受けた人格や人間性から離反してはならない︒
エリオットは︑例へば政治理論の研究が現代において必要である事を認めばするが︑しかし現代においてもては
限定と誠実
やされる政治理論の研究が︑膨大なデータの駆使にも拘らず︵或はそれゆゑに︶︑人聞性から離反してみる事実に着
目せざるを得ない︒﹁それ︹現代の政治理論︺は勿論︑非人格的︑非人間的諸力の観点からのみ物事を考へるのを事 ︵59︶とする知性を形づくり︑かくして︑学生を非人間化する傾向を帯びる事になる﹂︒膨大なデータを駆使する現代の学
問が﹁限定﹂の意味を失却したまま︑ひたすら﹁真理﹂や﹁客観的事実﹂を追求し拡大の一途を辿る事実を︑エリ
オットは慶賀すべき事とは看耕してみない︒﹁現代において我々はあまりにも多くの新刊書を読み︑或はまた読むの ︵60︶を怠ってみる新刊書の事を考へて︑轡等しい気分にさせられる﹂と書くエリオットは︑会話で事が足りるなら︑知
識の内面化と無縁の読書をする必要は毛頭ないとさへ考へる︒
知識の内面化は︑一個の人格としての自分自身を知らうとする事に帰着する筈で︑それをパスカルはかう表現し
たのである︒﹁人は自分自身を知らなければならない︒それはたとへ真理を見出すのには役立たないとしても︑少な ︵61Vくとも自分の生を律するのには役立つからである︒そしてこれ以上にまったうな事はない﹂︒これは︑﹁真理﹂より
は﹁誠実﹂即ち分裂に見舞はれてるない人格を評価しようとする立場である︒﹁自分の生を律する﹂術を知ってみる
人格の持主たるジャンティヨム︵σqΦ暮庁︒ヨ∋①︶を評価したパスカルが︑﹁外的な事物についての学問の空しさ﹂を
語るところには心地よい必然性が感じられる︒﹁学問の空しさ︒外的な事物についての学問は︑苦しい時に︑道徳に
ついての私の無知を慰めてはくれない︒ところが道徳についての学問は︑外的な学問について私が何も知ってみな ︵62︶い場合でも︑つねに私を慰めてくれる﹂︒﹁根抵的な統一﹂を特徴にしてみる道徳︵目︒Φ霞ω︶は伝統や習俗や文化に
重なるところがあり︑道徳についての学問が慰めになるのは︑それが知識の内面化︑即ち暗黙知︑知恵の類と結ば
れてみるからである︒
53
パスカルにおいて﹁道徳﹂を評価する立場が誠実を評価する立場に重なるのは明白だが︑アイザイア.バーリン
は﹁道徳﹂と言はずに﹁社会生活の型﹂︵℃讐8∋o︷ま①oh曽ωoo一Φ昌︶といふ表現を用みて︑これをアイデンティ
ティーの確保と関連づけて論じた事がある︒﹁社会生活の型﹂から切り離されると︑個人も国家もそのアイデンティ
ティーを喪失する危険に曝されるとする観点からバーリンはかう書いたのである︒﹁かうした目標︹社会生活の型を
維持しょうとする時に抱かれる﹁共通の目標﹂︺は至高の価値を有する︒もし他の価値と衝突する場合があったら︑
この至高の価値が優先されねばならな暉﹂・﹁社会生活の型﹂が最優先されるといふ事は︑﹁歴史的に発展してきた振
る舞ひ方や考へ方や感じ方に混罷﹂事が最優先されるといふ事だが︑その場合大切なのは﹁合理主義的分析﹂では ︵65︶なくて﹁特殊な自覚﹂であるとバーリンは言ふのを忘れない︒﹁特殊な自覚﹂は内面化された知識に他ならないので
あって︑内面化された知識なしには︑アイデンティティーは保た九やうがない︑内面化された知識なしでは我々は
﹁唯馬草を与へ得るところの樹からもぎ離された葉や誌﹂のやうな存在と化してしまふ・その場合﹁真理﹂や
情報をいくらかき集めても︑慰めにはならないのである︒内面化になじまない﹁真理﹂や情報は︑我々を圧迫する
ところがあり︑我々にとって重荷と感ぜられる場合が多い︒
歴史的に発展してきた振る舞ひ方や考へ方や感じ方に身を浸すといふのは︑たしかに制限される事を意味するで
あらう︒しかし制限︵或は限定︶は︑集中︑深化︑統合︑内面化をも意味するのであり︑制限のさうした意味合ひ
を没却した場合︑我々は自己自身に対する信頼を語り得ない︒といふ事は︑文化について語り得ないといふ事にな ︵67︶るのだが︑﹁自己自身への信頼における不安﹂︵ΦヨΦq霞魯①ぎくΦ訴鑓ロΦ昌凶事ω8げω巴σωけ︶は︑ニーチェの頃から
百年を経て今また我々の時代の大きな特徴になっている︒情報や﹁真理﹂をいつばい蓄へてるても︵或はそれゆゑ
54
限定と誠実
に︶︑﹁自己自身への信頼における不安﹂にいとも容易に陥るといふ状況が厳存する︒なにしろ﹁今や人間は多面的
になり複雑化してみるので︑およそ語り︑・王労し︑その主張に従って行動しようとする時︑不誠実にならざるを得
︵68︶ないからである﹂︒知識を内面化し得ず︑従って自己自身を信頼し得ない場合に生ずる不安の根源を見据ゑるニーチ
ェの眼は︑我々の時代をも透視してみるかのやうである︒﹁誠実は相当なものであり︑その上︑徳である事は︑勿 ︵69︶論︑世論の時代においては禁じられた私見に属する﹂︒自己自身を信頼するといふ意味での誠実が徳である事をマス
メディアが全盛を誇ってみる我々の時代は︑勿論失却してみる︑誠実でない事が︑科学の援けさへ得て︑称揚され
るに至ってみる︒誠実である事は非科学的であり︑情報や知識の獲得を阻害する働きをする︑と唱へられる場合だ
つてある︒
知識の内面化の意味合ひに思ひを致す事をしない事と一体の誠実への軽視は︑科学主義と情報爆発の今の時代に
まさに相応じるところがある︒けれどもさうした軽視が称揚に値しない事を我々はマイケル・ポラニーから教はる
のである︒﹁知る﹂といふ一見単純な行為にも全人格が係はるといふ事に留意して︑ポラニーは次のやうに述べてみ
る︒﹁そこで︑知るまへに︑また知る事ができるために︑信じなければならぬことを我々に要求する伝統主義のはう
が︑科学的合理主義よりも︑知識とその伝達の本質にたいするより深い洞察にもとづいてみる︑と思はれる︒なぜ
なら科学的合理主義は︑確実なデータにもとづき︑形式的推論によりそれらから導かれ︑反復的にテストすること ︵70︶のできる明白な言明しか信じることを許さないからである﹂︒内面化された知識といふ言ひ回しは用みてみないが︑
﹁伝統主義﹂に基づく知識は︑人格の統合を前提とした知識︑即ちポラニーの言ふ﹁暗黙知﹂であり︑それを信ず
る事は誠実と結ばれはしても︑科学的合理主義に発する﹁明白な言明﹂とは結ばれない︒人格が統一体として権威
55
ある伝統の枠組の中に存する時︑それは真理をわがものにしてるると思ひ上りはしない︒﹁人間が新しい自己決定を
行ふとき︑それが自己破壊を招かずにすむのは︑それを支へてるる権威的な伝統の枠組の中でみつからの限界を認 ︵71︶識する場合だけである﹂︒﹁自己破壊﹂は人格の破壊と解され得るのであって︑これに続けてポラニーは︑自然科学 ︵72︶の探求においても﹁伝統的枠組の必要性は不可避的である﹂と言ひ切る︒﹁科学についての通俗的な見解によれば︑
科学とはあらゆる人が自分で検証することのできる観察可能な事実の集合である︑と説かれる﹂が︑これは必ずし ︵73︶ なま ︵生のデータ︶も真実ではない︑とポラニーは言ふ︒例へば医者が病気の診断を的確に臓ふ時︑膨大な量のデータ︑
にのみ頼ってみるのではない︑最終的に頼りにされてみるのは︑内面化した専門知識︑勘のごときものである︒さ
ういふ勘を身につけてみる医者は患者が診察室の戸口に姿を現はしたその瞬間︑診断書を書き始めることも出来る
だらう︒
56
六 結び一理念をめぐって
膨大な量の情報と知識を誇り︑競争原理の適用され得ない領域のある事を信じないのを真理の証と看堕し︑一見
史上最高の知の時代を現出してみるやうに見える今の時代︑この世紀末は︑限定の意義を失喧し︑アイデンティテ
ィーの喪失に見舞はれてるるといふ一点で︑知的に限りなく貧しい時代と言へさうである︒ニーチェの発言に耳を
傾けてみよう︒
学問との付き合ひが教育のより高次の格率によって指導され制限されず︑﹁多ければ多いほどよい﹂といふ原則
に従って︑いよいよ束縛から解放されるならば︑この付き合ひは確かに﹁自由放任﹂の経済学説が諸民族全体の ︵74︶倫理にとって有害であるのと同様に学者にとって有害である︒
限定と誠実
学問との付き合ひがコンピュータを利用してのデータの駆使に明け暮れするやうな状況にあっては︑﹁多ければ多
いほどよい﹂といふのが原則となり︑学問との付き合ひ︑そして一般にものを知るといふ行為は﹁教育のより高次
の格率によって指導され制限される﹂即ち内面化されるといふ事とは︑まるで無縁の営みと化してしまふ︒頗る先
見性に富む二!チェの﹃反時代的考察﹄は︑一見知的に絶頂期にあるやうで︑その実衰退へと向ってみるさういふ
近代の非文化的状況に対する拒否宣言とも解され得るのであり︑近代への根上的︵﹁反時代的﹂︶な批判を遵ふに際
して彼が拠り所にしてみるのは︑制限︑限定︑限界といふ概念である︒制限や限定は人格の統合に必須であるとい
ふ理由から求められてみるのであって︑何か幻想のやうなものに浸らんがために求められてみるのではない︒制限
や限定は︑かくして自己自身を知るとか︑自己自身を信頼するといふ根源的な態度に収貢するのであり︑これに関
してニーチェは︑﹁多くの有名なものに対して︑多くの善なるものに対してさへ︑無関心と心の閉鎖﹂︵︵躍虫︒ゴひq曇声ぴq・ ︵75︶評Φ詳仁昌α<①お︒巨︒ωωΦ弓虫け︶が必要になると述べてみる︒﹁無関心と心の閉鎖﹂と言ふが︑これはデルフォイの神託
﹁汝自身を知れ﹂︵国蒔Φ目Φ島︒ゴω色げωこをしっかり頭の中に入れた上での︑﹁無関心と心の閉鎖﹂なのである︒重 ︵76︶要なのは︑﹁他と接触しない事を誇って生活する﹂といふ事ではなく︑自己の本当の欲求を知り︑自己自身を信頼す
るといふ一事である︒即ち誠実であるといふ一事である︒﹁誠実の増大はいつれもまた真実の文化を促進する準備で
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︵77︶あるに違ひない﹂といふ言ひ回しでニーチェは︑誠実の根抵的意義を語るのだが︑かういふ誠実が国際化といふあ
やふやな概念と相容れないのは明白である︒アイデンティティーに真に思ひを致す人は︑国際化といふ語の表はす
無定形の拡大・拡散がいかに危険であるかを悟ってみる︒例へば内村鑑三は既に明治四十一年に限定に関するニー
チェの見方に土ハ鳴するが如くに︑我が国の鎖国に仮託してアイデンティティーの意義︑人格が分裂に見舞はれてる
ないといふ意味での誠実の意義を次のやうに語ってみる︒
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私どもの国が︑四方を海や大陸で囲まれて︑世界から隔離され閉ぢ込められてみたことは︑摂理の賜物であっ
たとわかります︒定められた時に先立ち貧欲な連中が︑たびたびわが国に侵入をたくらみましたが︑日本は頑固
に開国を拒みつづけました︒それはまったく自己防衛の本能からでた行為でありました︒世界との交流が生じた
とき︑世界に呑みこまれて︑私どもが︑真に自分のものといへるやうな特徴を持たない無形の存在にされないた ︵78︶め︑わが国民性が十分に形成される必要があったのであります︒
内村は代表的日本人の一人として西郷隆盛を取り上げて︑上の発言を行ってみるのだが︑国家にとって国柄が必
要不可欠であるのと同様に︑個々の人間の自己形成にとっても人格の確立は必要不可欠であると内村は考へたので
ある︒頗る文化防衛的な観点に立つた内村の姿勢は︑国際化といふ新語で表はされる理念とは全く関係がない︒我々
が﹁真に自分のものといへるやうな特徴を持たない無形の存在﹂に化せられるのを回避するために必要とされる生
き方︑﹁頑固に開国を拒む﹂といふ比喩で示される生き方︑狭さや限定を含意せずにはおかないさういふ生き方が新
鮮な輝きを帯びる程に我々は﹁国際化﹂にたぶらかされてるる︒
内村が頭に描いてみる限定は啓蒙・王義の生み落す﹁明白な知識﹂に裏づけられてはみないが︑他ならぬ限定を通
じて人格が確立される時︑そこに生ずる理念や理想は︑普遍主義的に外側から押し付けられる理念や理想とは凡そ
異なって︑誠実の刻印を帯び︑本物であるといふ印象を与へずにはおかなくなる︒内村が封建制を評価するのは︑
限定と結び付いたアイデンティティーの確保されたところにしか真の理想は生じないといふ観点からであるといふ
点が見逃されてはならない︒
封建制にも欠陥はありました︒その欠陥のために立憲制に代はりました︒しかし鼠を追ひ出さうとして︑火が
納屋をも焼き払ったのではないかと心配してゐます︒封建制とともに︑それと結び付いてみた忠義や武士道もま
た勇気とか人情といふものも沢山︑私どものもとからなくなりました⁝⁝封建制の長所は︑治める者と治められ
る者との関係が︑人格的な性格をおびてみる点にあります︒その本質は︑家族制度の国家への適用であります︒
したがって︑いかなる法律や制度も︑﹁愛の律法﹂にはおよばないやうに︑もし封建制が完壁なかたちで現れるな ︵79︶ら︑理想的な政治形態といへます︒
限定と誠実
﹁もし封建制が完壁なかたちで現れるなら﹂は︑もし封建制が治者と被治者との関係において人格的な性格を失
はず︑人々の人格を﹁無形﹂にしないのであれば︑と読み換へる事が出来る︒そして理想が信じられるのは︑自己
が一個の人格として信頼の対象になったその時であるといふ事︑それを内村は西郷隆盛に即してかう述べるのであ
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