• 検索結果がありません。

Shelleyの菜食主義 : A vindication of natural diet研究

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "Shelleyの菜食主義 : A vindication of natural diet研究"

Copied!
20
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Shelleyの菜食主義 : A vindication of natural diet研究

著者 宮北 惠子

雑誌名 主流

号 51

ページ 23‑41

発行年 1990‑03‑20

権利 同志社大学英文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015073

(2)

S h e l l e y の菜食主義

A Vindication of Natural 

D z

et研究

宮 北 憲 子

本稿はShelley初期のパンフレット A Vindication of Natural Diet (1813)1  を中心に,菜食という視座を通して彼の考える生命原理の一端に触れてみた いと思う.Arthur 0. Lovejoyは大著『存在の大いなる連鎖jにおいて,あ

ュユツト・アイデイア

らゆる哲学思想を「単位観念

J

に分割し,西欧の思想、全体の再構築を試みた のであるが,その知的営為の根底には,哲学,科学,文学,芸術,宗教,そ の他,究極的には全ての領域に亘って暗黙のうちに抱きうる人間の共通精神 に対する強い信頼がある.歴史はそうした諸観念の複合体であり,個々の著 述家の思想上の独創性は,各観念に対する視点,また,その組み合わせ,力 点の差異にあると見ている.この観点から Shelleyを把えた場合,食を通し て人間のあり方を考えようとするその方向性には,なんら珍しいものはない.

倫理上の理由から菜食を主義とした古代のPythagorasからPlato,釈迦,

孔子, Shakespeare,Milton, Rousseau, Tolstoi, Gandhi等々,歴史に残る 数多くの人たちが,この文化伝統の中から,「平和」という大義を掲げて語 りかけている.この点, Shelleyも「素朴な食習慣の人が崇める神にとって,

被造物の幸福は何よりの捧げ物である

J

(16)として, Vindicationでは人類 の幸福 solidhappiness(14)へのアプローチが主眼となっている.以下,

菜食を通して見る,生命に対する入聞の権利について,生物学,政治経済と の関連におけるShelley独特の情熱的なレトリック・思想展開を検討する.

続く各項目は, Vidicationにおける思考の力点の所在であるが,まずは作 品の制作過程から見ていこう.

(3)

1  •

Vindicationの制作過程

菜食に対するShellyの関心はEton校時代にさかのぽることができる.

しかし,実践として本格的に始めたのは, 1812年以降, Shelley20歳の時で ある.同年3月14日, DublinからHitchenerに宛てたHarrietの手紙には,

夫ShelleyとthePythagorean systemの食生活に転向して約2週間経った,

という文面が見られる.Roger Ingpenは,これが書簡に現われたShelley の菜食主義への最初の言及だと注を付けている.z また,日ndicatio叫には,

Shelley夫妻が菜食を始めて8ヶ月になる,という appendixが付けられて いるところから, DavidL. Clarkは,この作品の制作は1812年の10月から 11月にかけてのものだろうと推定している.

日ndicationは,それより約1年後に書かれ,死後出版となった

α z

the  Veg, bleSystem of Diet (1929)と共に当時の著名な菜食主義者である John Frank Newton (1767‑1837, The Return to  Nature [1811]の著者)や Joseph Ritson (1752‑1803, An Essay on the Abstinence from Animal Food  [1802]の著者)からの影響が強い.ShelleyがGodwinの紹介でNewtonと 出合ったのが1812年11月5日(あるいは7日)である. Percy Vaughanは, この出合いを機にShelleyは完全に菜食主義に転向したのだろうと見当をつ け,先程の8ヶ月という菜食期間を加算して, 1813年の7月か8月に出版の 運びとなったのだろうと述べているが,5 ClarkもVaughanも推論の域を 出ない.

Newtonは当年, 46歳.Godwinの世代である. Newton家はShelleyの ロンドン仲間のうちで一番愉快な家庭であったようだ. 5月の或る日,

Shelley はOxford時代からの友Hoggを連れてNewton家へ食事に行った.

その時,玄関先で, Hoggの日に,ヤコプのハシゴ、(Jacobsladder)を思わ せるような光景が展開した.つまり, Newton家の5人の子供たちが,まる 裸で,天使のように階段を走り降り,「愛する ShelleyJを迎えたところ,

(4)

25  そこに見知らぬ客がいるのを知って,カン高い声をたてながら,素早く走り 上がっていったという. Newton家の食事は次のようなものであった.

Our breakfast is  composed of dried fruits,  whether raisins,  figs,  or  plums, with toasted bread or biscuits,  and weak tea,  always made of  distilled  water with a moderate portion of  milk in  it.  The children,  who do not seem to  like  the flavour of tea,  use milk with water in‑ stead of it.  When butter is  added to  the  toast,  it  is  in  a very small  quantity. The dinner consists of potatoes, with some other vegetables,  according as thyhappen to  be in season; macaroni, a tart,  or a pud‑ ding, with as few eggs in it  as possible: to this is  sometimes added a  dessert. Onions, especially those from Portugal, may be stewed with a  little walnut pickle and some other vegetable ingredients for which no  cook will be at  a loss,  so as  to  constitute an excellntsauce for  all  other vegetables.  As to  drinking,  we are  scarcely inclined,  on this  cooling regimen, to drink at  all;  but when it  so happens, we take dis‑ tilled  water,  having  a still  expressly  for  this  purpose  in  our back  kitchen.6 

野菜とパンと茶の簡素な食事に対して, Hoggは「楽しく,優雅で,素晴 しい」と伝えている. Shelleyの菜食は,実践に於いて中断することがあっ ても,その理念は終生,変わることはなかった.最後の未完詩 TheTriumph  of Life (1822)が Whatis  life ? という聞いで終わっていることからしで

も,生命原理への飽く無き探究の程が推察されよう.

「生命とは何か」一一この間いに答えるには,生命そのものの光を奪い,

それを否定する病気や死の探求から始めなければならない.また,その探求 に必要な視座を与えるためには,歴史を通観し,神話の解釈が必要とされて

くる. Vindicationは,この問題提起で始まっている.

(5)

26  Shelley

2.楽園神話と Prometheus神話

Shelleyは,この Vindicati仰を書くにあたって,肉食は悪の根源であり,

富の象徴でもあると考え,西洋の二大思潮である HebraismとHellenismの 神話解釈から始めている.前者のAdamとEveの楽園神話において,二人 が「善悪を知る木

J

(Shelley はthetree of evil,とだけ記している)の実を 食べたということは「病気と犯罪が不自然な食事のために生じた,なにより の説明

J( 

5)だと Shelleyは考え, MiltonのParadiseLost (1667)から次 の箇所を援用している.これは, Adamが神の命令に背いたために「子孫 にまで神の恐りを買い,永遠の生命を失うことになった」(5)その悲惨な 世界を大天使Michael (VindicationではRaphaelとなっている)が罪を犯

した当人に見せている場面である.

一一Immediatelya place 

Before his eyes appeared; sad, noisome, dark  A lazar‑house it  seem'd; wherein were laid  Numbers of all diseased: all maladl.es  Of ghastly spasm, or racking torture, qualms  Ofheart‑sick agony, all feverous kinds,  Convulsions, epilepsies, fierce catarrhs,  Intestine stone and ulcer, colic pangs,  Dremoniac frenzy, moping melancholy,  And moon‑struck madness, pining atrophy,  Marasmus, and wide‑wasting pestilence, 

Dropsies, 拍dasthmas, and joint‑racking rheums 

(Book XI, 4 77 ‑88) 

激しい産撃,拷聞のような苦しみ,潰蕩,瑞息,リュウマチ等々,ここに列

(6)

挙された病気はもとより,この世の病気は全てAdamの罪だという.しかし,

原罪を認めないShelleyにとって,これはあくまで寓話である.病気は「神 への反逆,即ち,罪に対する刑罰」であるという長い歴史をもった病気懲罰 説を打ち出してはいるが, Shelleyには,ヨブ記やJesusの考え方(ヨハネ による福音書9章1節以下)におけるように,病気が「神の愛の発現する契 機」であるなどという考え方は無い.それは続く,もう一つの神話,

Prometheus神話の解釈によって説明がつく.

Prometheusは人類のために天から火を盗んだ罪でコーカサスの山に鎖で つながれ,禿げ鷹に日毎,肝臓を食われるのだが, Shelleyは,この神話を 扱ったHesiodの『仕事と日Jから次の数行をギリシャ語原文のままで,タ イトル・ページの警勾としている.

イアベトスの子[プロメテウス]よ,衆に秀れて智略に長ける者よ,

汝はわが[ゼウス]心を欺き,火を盗んで、喜んでいる,

だが これは汝自身にとっても後の世の人間どもにとっても 大きな禍いとなるであろう j

Shelleyは, Prometheus以前の時代には人類は苦しみを知らず,死は眠り のようだと考えていたHesiodや詩人Horaceを引き合いに出して, Prom etheus以後の苦悩の世界を対置させている.火の窃盗の恩恵、に浴した人類 は,同時に,それまで知らず可こいた病気や死の災厄に見舞われることになっ たわけで,その意味で,火は「自然」に対する「文化的,社会的存在jとし て病気や死を招くものとなった.ここに, Prometheusに始まる火の使用と 肉食の結果,人体の諸器官は病気という禿げ鷹にむさぼり食われるように なった,という Prometheus神話の解釈が得られる.これはNewtonの解釈 に負うものである.「人は造られた時,永遠の若さ(健康)を贈り物として 授けられたのに...今や,人は病気を煩う不安定な存在と化した」(6 ‑7)  とShelleyは直接, Newtonの言葉を引用L,そのすぐあとに, Popeの

(7)

Essay on Man (1733)から,次の4行を借用している.

But just disease to luxury succeeds,  And every death its own avngerbreeds;  The fury passions from that blood began, 

And turnd on man a fiercer savage一

M a n .

(Epistle囚165‑68) この詩行は, Clarkが指摘しているように, Newtonの著にはない.8 し かし,論旨展開上,効果的な働きをなしているといえる.ここに示された病 気や奪修,死や復讐,血や激情,対立し合う人間同士の野蛮性一一これらは,

楽園追放以後の人聞が,自然生活から文明生活に入った堕落歴史の諸相であ り,読者に歴史の通観を促すものである.

しかし, Shellyは,人間の道徳的堕落の原因を知識と文明に求めた,徹 底した動物的自然主義のRousseauと違って,「どうすれば知性と文明がも たらす思恵を,自然の生活がもたらす自由と純粋な喜ぴに調和させることが できるか

J( 

7)と問うのである.これは Vindicationの中心課題といえる.

この間いに対して, Shelleyは,次に,比較解剖学の立場から,人間として のあるべき自然の姿を探ろうとする.

3 .

生命原理その

1

(比較解剖学的見地)

Shelleyの考えによれば,人間は幼年期から感覚器官を悪用し続けてきた ために,それらの正しい判断力は失われてしまったというので,自然の理に かなった生活についての検討が必要になってくる.これには科学的立場から 観察と実験と推理に頼るしか方法がないとして,彼が持ち出したのが比較解 剖学である.

「人は,どの点から見ても果食動物であり,肉食動物などではない.獲物 を捕える爪も,引き裂くための鋭い牙もない

J

(7‑8)と語るShelleyは, まず,食生活に一番関係深い手と口に焦点を当て,人と肉食動物を対置させ

(8)

ている.これには次の3点から証明の光があてられる.まず,歯の観察にお いて,人は肉食,草食,雑食動物とちがって,呆物を常食とするオラン・ウー タンに一番近い歯の特徴を持っていること.次に,消化器官である胃と腸の 観察において,これもオラン・ウータンとの類似から人は呆食であり,特に 腸は,「草食動物に似て吸収を良くするために表面積が広く,襲の多い細胞 質の結揚となっている」(8)ことから,全体として人間は「菜食向き」(8

‑9)だという.また,第3の証明として,上のし 2と順序は前後するが,

感覚器官の観察においても,人は流れる血や屠殺の恐ろしさに耐えられる存 在ではないという.ここで, Shelleyは肉食が人間に適しているかどうかに ついて, Plutarch iこ則った実験を引証する.その実験とは,「生きた羊を自 分の歯で引き裂き,頭をその臓器の中に突っ込み,湯気をたてる血を飲んで 渇きが癒せるかどうか

J

(8)というものである.余程のことでもない限り,

その時ばかりは,人も肉食を否定するだろうと Shelleyはいう.死肉は料 理(火と香辛料による文化的手段)に因らない限り,人にはこれを避けよう

とする本能がある.「汚されていない本能は常に誤ることはない」

(Unsophisticated instinct is  invariably unerring  [9])という視点から,

習慣によって汚された感覚に対するShelleyの皮肉は鋭い.つまり,「無理 に肉を食べさせられて歪められた味覚に肉食の是非を問うことは,犯罪者に 自分の罪を裁かせるようなものである.否,それ以上に悪い.判断力をすっ かりなくした飲んだくれに,ブランデーが健康に良いかどうか聞くようなも のだ

J( 

9)という.

以上の3点から,アルコールと肉食をやめて野菜と清水を摂ることが,人 間にとって自然で最良の食餌法だと結論づけられている.これらの自然食は,

「人の体液を穏やかに整ったものにさせ,身体を丈夫に,心を明るく柔軟に させる

J( 

9)という.それ以外は,人間内本来の食物ではないために,人 体には,そのままでは適せず,火を媒介として食物を変質させるため,味覚 の正しい基準が失われ,ついには心身双方に病気を引き起こし,死期を早や

(9)

めることになるという内容である.

ここまでくると, Shelleyの生命原理は,肉体と精神の相互作用に基づい たものであることがわかる.今日では,環境心理学( Environmental  Psychology),あるいは精神身体医学(PsychosomaticMedicine)が対象と

して取り扱う問題といえるが, Shelleyは, Gerald McNieceが指摘するよ うに,終生,「文化的,制度的環境から来る影響力は個の人格形成に一番強 く働く

J 9

と考えていたといえる.これは後年, Shelleyが詩劇Prometheus

u

π

bound(1820の第一幕において,鎖につながれたPrometheusをして,目 の前の悪鬼ども(Furies)に対して次のように語らせていることからもわか る.

Whilst I behold such execrable shapes,  Methinks I grow like what I contemplate, 

And laugh and stare in loathsome sympathy. (I,  449‑51) 

人聞は,真善美に対するように,偽悪醜にも身を晒している.加えて,人聞 は行動する存在でもあるから,内なる情熱は,善には善,悪には悪の対象物 を創造することになる.この点,食餌法についても同様のことがいえると Shelleyは考える.「人はその人の食べる物で決まる

J

(Man ist,  w man isst. )という極端に走らないにしても, Shelleyの菜食を通して打ち出さ れてくる生命原理は道徳原理そのものである.

4 .

生命原理その

2

(精神身体医学的見地)

精神身体医学という言葉が学術語として使われるのは,第2次大戦後のア メリカ医学の導入によってである.一口に言って「精神が身体に,身体が精 神に如何に作用し,影響を与えて,人聞を病人にするかについて研究する医 学」ということだが,実質的には,ソクラテス以来の古い歴史を有するもの だと言われている.10 Shelleyにおいても,身体と精神の交互作用がVin‑

(10)

dicationの思想的支柱となっているのだが,ここで,まず,彼が「身体

J

を どのように把えていたかについて, Vindicationよりも a more perceptive  treatment11  だと評されるEssayon tルVegetable均Stemof Dietに探ってみ たいと思う.

Man is  an whole the  complicated parts  of which are so interwoven  with  each  other,  that  the  most  remote  and  subtle  springs  of  his  machine are connected with those which are more gross and obvious,  and reciprocally act and react upon 1=ach other.  The vital principle,  by some inexplicable  process,  influences  and is  influenced  by,  the  nerves and muscles of the body. The flesh is  wasted by an excess of  grief and passion: Thought is  suspended by the languor of a lethargy,  and deranged by the excitement of a fever. (Works, VI, 337 ‑38) 

つまり,人間は機械のように複雑な各部が互いに関連し合った一つの全体 (a whole)であるという.しかし,生命原理は,何か説明し難い過程によって,

神経や筋肉に影響を与え,また与えられたりするものなので,肉体は極度の 悲しみや情熱によって衰弱することがあるのだと述べている.ここには,♂精 神と物質とを全く違った実体とし,双方には何の共通点もないと考えたDes‑ cart esの二元論に対し,両者を結びつけ,精神と身体は同一物の二方面,あ るいは互いに写し取り合う関係にあるとみるSpinoza的心身並行論の立場 が見られる.

心身の関係については,ローマの訊刺詩人Juvenalisの有名な言葉 Mens sana in corpore sano(健全なる精神は健全なる身体に[宿る])が,

英語で援用されている.この命題に対し,楽園追放後の人類歴史は,実に悲 惨ながら病気の堕落歴史であると Shelleyは見る.肉食は独裁者を育てると

いう視点をはばからず押し出し,肉食と権力欲の関係は,「不自然な政治制度」

という形で人々を威圧し,また,不自然な人間性と不自然な政治制度は,決

(11)

定的な改革でもない限り,悪の相乗作用によって,一層,手に負えないもの となるとShelleyは見ている.

肉食と独裁・戦争の関係について Vindicationにおいては,ロ)マ皇帝 Nero (37‑68),モロッコ皇帝MuleyIsmael (1672‑1727),フランス皇帝 Napoleon Bonaparte (1769‑1821)の三者を引き合いに出して,一層,論旨 に迫車をかけている.fNeroは節制した生活を送った人であっただろうか

J

(11)という修辞疑問で始まる彼ら暴君に対する描写は身体上の特徴だけで 終わっている.というのも,すでに見た心身交互作用によって,読者には彼 らの内面の世界が推し測れるからであろう.「赤くほてった頬 .,簸を寄 せた額,黄ばんだ目,絶え間ない神経の苛立ち

J

(11)は,彼らの病気(dis‑ ease)の現れである.つまり,彼らの精神が安らか(ease)でない(dis−)ので ある.彼らは「身体面での本能

J

を捨て去り,「文化的な生活に潜む無数の 病気

J

(11)を背負い込んだのである.ここに言う「本能j とは,自然に即 した食餌法としての菜食であるが,本能に即していれば,「専制に対する欲 望は滅多に起こるものではない」(11)とShelleyは言う.また,人間を動 物よりも優位に置き,肉食を認めるクリスチャンの食習慣に対しても,

Shelleyは万物の平等性と共生を望むが故に批判の矢を向けている.[しか し聖書に菜食の信仰を読みとるクリスチャン・ベジタリアンもいることも 事実である].

以上, Shelleyが掲げる個々の例に対して,当てはまる公式が一つある.

それは Ritsonか ら 引 用 さ れ た と い う Crimeis  madness. Madness is  disease.(10)という言葉である.三段論法で行けば, Therefore,crime  is  disease. となる.この論法は Vindicatioηの内容を実に簡略化させること になる.つまり,病気は不自然な食習慣が原因であるから,犯罪の原因も同 様だという論理になる.この公式に則って,次の引用に見られるように,フ ランス革命における民衆の f狂気

J

の原因を食の歪みにとったとしても,彼 の論理上,当然の帰結であろう.

(12)

Who will  assert,  that  had the  populace of  Paris  drank at  the pure  source of the Seine, and satisfied  their hunger at  the everfurnished  table of vegetable nature, that they would have lent their brutal suf‑ frage  to  the  proscription‑list  of  Robespierre?  Could a set  of  men,  whose passions were‑not perverted by unnatural stimuli,  look with  coolness on an auto da f Isit  to be believed that a being of gentle  feelings, rising from his meal of roots, would take delight in sports of  blood?  (11) 

ここでは,パリの民衆が,賢明にも野菜とセーヌの清い水で飢えを凌いでい たら,暴力革命には至らなかったであろうと述べている.

5 .

生命原理その

3

(野菜と清水だけの食事)

Susan SontagはIll流 出asMetaphorの中で,病気は社会の腐敗・不正を示 す隠時希であるという視点から,例えば,エリザベス朝の病気は「社会的な逸 脱・不均衡」を示すが,近代では[個人と社会が均衡を失い,社会が個人の 敵と考えられるようになったことを示す」ものだと語っている.特に,「心 と頭,自発性と理性,自然と人為,田園と都会などを対置するロマン派の修 辞法」では,絶えず、,社会の抑圧という形で病気が登場すると指摘している.12 

これは重要な指摘だといえる.しかし, Shelleyの場合,自然と文明を対置 させても,双方を対決させるのではなくて,融和・和解を目指していること はすでに述べたとおりである.また,社会の抑圧に対しでも,社会全体が抑 圧そのものだとは考えていない.彼は Vindicationの中で「今の制度の良い ところは受け入れ,悪いところを拒絶するにはどうすればよいか」(7)と 問うているのである.抑圧は,いわば人間の自然態に食い込む病気そのもの である.だから, Shelleyが病気の原因である不自然な食であるアルコール と肉食を断って,「野菜と清水だけの食事」を勧める場合も,文明が本質的

(13)

に依って立つべき「正しい知識」である真理と幸福への愛の要請が伴う.と にかく,実践が第一.菜食を6ヶ月やってみなさい,と Shelleyは次のよう に勧めている.

By all  that is  sacred in our hopes for the human race, I conjure those  who love happiness and truth, to give a fair trial to the vegetable sys‑ tern.  Reasoning is  surely superfluous on a subject, whose merits an  experience of six months would set  for  ever at  rest.  But it  is  only  among the.  enlightened  and benevolent, that  so great  a sacrifice  of  appetite and prejudice can be expected, even though its  ultimate ex‑ cellence should not admit of dispute. (12) 

菜食には「食欲を犠牲にし,偏見をなくすjことが必要である. Vindica‑ tionの末尾には,「油断ならない,執念深い,永遠の敵である大食漢の死に,

私たちはいつまで命を安売りし続けるのか

J

(18)と読者の意気を高めてい る箇所がある.聖書にいう「肥え太って,その日はとび、いで

J 1 3

(詩篇73:7)  とか,「脂肪をもってその顔をおおい,その腰には脂肪の肉を集め](ヨ7認 15 : 27)といった腹を神とする「欲望jを捨て,「意志

J

(真理と幸福への愛)

による自然との調和が望まれている. McNieceが指摘するように,「人間 の意志が自然との調和を取り戻す時に,善の原理が発動して,日常生活の足 か せ と な っ て い る 暖 昧 な メ カ ニ ズ ム か ら 解 き 放 た れ る の で あ る

J. 

14 

ShelleyのPrometheusがUnbindされるのもこの原理による.

Shelleyはまた,実験と証明という科学的観点、から, Newton家を含む60 名の人たちによる当時進行中の実験に言及している.野菜と清水だけの生活

を3年間続けた成果が1814年の4月に出るが,目下, 2年は優に経過したと いうものである.ところで,結果はいかなるものであったのか.これについ ては, 1821年7月の TheLondon Magazine及びTheatrialInquisitorに「菜食 愛好家たちの夕食会」( Dinnerby the Amateurs of Vegetable Diet)と題

(14)

するパロディ一文が匿名で記載されている. Newman I. Whiteがその全貌 を伝えているが,長丈なので,概要だけ記しておく.一一

1814年4月14日,野菜と清水で3年以上を過ごした60名が,互いの健康を 祝して集うことになった.その席上,意気が盛り上がり,日を改めて,イン グランドはもとより,スコットランド,アイルランドから同志を集めて厳粛 な夕食会を聞こうという提案がなされた.その時,或る紳士が人集めの難し さを語り,仮りに大勢集まったとしても,全員が菜食主義者だから,緑を食 い尽くすイナゴの来襲だと思われて,ロンドン市やその周辺に大パニックを 引き起こし,政府当局の介入を招くことになろうと危慎の念を述べた.そこ で参加者たちは eaters ではなく amateurs  という名目で募ることに なった.日は5月1B,場所はHampsteadHeathの野外に決定.全員,裸 で参加と提案する者も中にはいたが,強い反対にあって,却下された.後日,

料理委員会が設けられ,魚貝類を一切認めない季節の野菜だけの献立に決定.

さて,夕食会の当日,朝9時にもならないというのに, Covent Garden  の市場はもとより,町外れの八百屋一軒に至るまで野菜は残らず売り切れ,

その日,ジャガイモ一つ当たらなかった家庭が続出したという.夕食開始は 5時.参加者の主な顔ぶれを見ると,正面には議長のN氏(Newton),隣り にはDr.L(Lambe).  副議長はPBS氏(Shelley), その隣にG氏(Godwin), その他大勢.パピロン王Nebuchadnezzarよろしく,クローパーをむさぼり 食う哲人がいるかと思えば,普段になくキャベツと水を摂りすぎて急性腹痛 炎を起こして席を立たなければならなくなった全身水ぶくれの人など様々.

食後は,お茶とデザートの楽しい歓談となるはずであったが,彼らの物静 かさはどこへやら,激しい議論の雨が降り,静かなヒースが突然,騒音 (noise)きわまる不協和音の神殿と化した.そうこうしているうちに,ヒー スの一角でコンサートが始まり,これがまた,彼らに輪をかけたような騒音 (din)だ、ったので,どうやら菜食家たちも 2本足の威厳を取り戻したという.

(15)

その後,水の祝杯、と歌が交互に続く. N議長が

F

自然に帰れ.菜食万歳!」

と祝杯をあげて,「えんどう豆,そら豆,キャベツ

J

という歌を披露すれば,

「穀物裁培に乾杯.牧草地よ,直ちになくなれ」と祝杯が続く.副議長の PBS氏の番が来て,彼は「Nebuchadnezaarに乾杯.国王も動物もみんな 兄弟姉妹」と祝杯.その後,一連のスピーチが続くがVindicationの内容を パロデイー化したPBS氏のスピーチだけが記載されている.(内容省略)

ところで,この匿名記事の記者は誰か,と Whiteは推論を重ねているが,

結果は, Peacock, Hogg,  Leigh Hunt,  Horace Smithの4者合同説に落 ち着いている.15 すでに本国を去ってイタリアの地にあったShelley本人 が,これにどのような反応をしたかは定かで、ない.

Shelleyにとって,野菜と清水は「素朴な食事」であるが,「素朴な食事 こそ本当の美食家の食事jである(asystem of simple diet  [is]  a system  of perfect epicurism.  [16] )という.この「素朴

J

という言葉の中には,毒 を毒で制しつつ,尚一層,大量の毒をまき散らす文明の,その始源に回帰し ようとする,黄金時代に対する彼の理念的昇華への憧れが見られる.文明の 起源は農耕の開始に求められるが, Shelleyは農業の中に,素朴な人間本来 のあるべき姿を見ょうとする.農業を起点、とする菜食は,商業との対比にお いて,その意義が一層鮮明となる.

6 .

菜食の社会的意義(商業・農業批判)

イギリスは,「商業を支配する者が世界の富を支配し,その結果,世界の 富を支配するJl6 と言ったSirWalter Raleighの言葉に見られるように,

17世紀後半以降,技術と実践力において,物質文明の世界的パイオニアとなっ た固であるが, Shelley はGodwinやPaineと同様,商業は道徳的諸悪の 原因だと見ている.つまり,競争と独占という形で現われる経済的野心は

(16)

「様々な悪,利己主義,腐敗を生み出す

J

(14)もとだと言う.経済・社会 学者MaxWeberによれば,商業における「営利の衝動j,つまり「金銭欲

J

は「人類の歴史と共に古い

J

のであるが, Shelleyは「金銭」を「美徳を除 く地上の万物を軽蔑のもとに支配する生き神

J

(Gold is  a living god, and  rules in scorn/ All earthly things but virtue. Queen Mab V, 62‑63)だと歌っ ている.富者と貧者の格差を広め,双方は「肥満の病人」(full‑feddis ease),「椿せ衰える飢餓者

J

(pining famine,同上.V, 49)となって時ならぬ 非業の死を迎えることになるのだという. Vindicationにおいて,この「肥 満の病人」とは「死肉への不自然な欲望を満喫できる金持ちjであるが,「彼

らは,かからなくてもいい病気にかかつて,特権以上のものを支払っている

J

(13)と風刺されている.

以上の点から,歴史を概観するに際しでも,例えば, 16世紀以来の香辛料 に代表される東インドの植民地物産や,中世以来の重要な貿易品目であるワ イン,その他,人間同士あるいは国家聞に血なまぐさい競争を引き起こした 賓沢品の奪取供給に対しても,自然な食習慣が身につけば解決されるだろう とShelleyは言う.つまり,個人レベルであれ,国家レベルであれ,すでに 触れた三段論法( Crimeis  madness. Madness is  disease. 一一Therefore, Crime is  disease.)で行けば,国家的犯罪ともいえる政治経済上の歪みは食 の改善に待たなければならないことになる.「食の改善ほど利益の大きいも のは他にない」(15)という Shelleyの批判は農業にも向かう.そしてKen‑

neth N. Cameronが指摘しているように,農業においてShelleyの現状批判,

彼のradicalismが一番強く表われる.17 続く引用は「人間の権利」という 観点から,肉食は平等主義に反し,農民の苦境の原因であることを示すもの である.

But the use of  animal flesh  and fermented liquors,  directly militates  with this  equality of  the  rights  of  man. The peasant cannot gratify 

(17)

these fashionable cravings without leaving his family to starve. With‑ out disease and war, those sweeping curtailers of population, pastur‑ age would include a waste too great to  be afforded.  The labour re‑ quisite to support a family is  far lighter than is  usually supposed. The  peasantry work, not only for themselves, but for the aristocracy, the  army, and the manufacturers.  (15) 

最後に,少し農業史をひもといて, Shelleyがとらえる菜食の社会的意義 に触れてみたいと思う.イギ、リスは,後期サクソン時代(8世紀頃)に,農 業の基本的生産様式であるオープン・フィールド制が確立して, 14世紀半ば まで安定していたが,都市の発達,人口の増加,商工業,特に羊毛工業の発 達によって,チューダ一朝の囲い込み(theTudor enclosure),いわゆる第 1次農業革命が起こっている.当時は, ThomasMoreがUtopiaの中で「羊 が人を食う」と批判しているように,開放耕地や共同地が暴力的,非合法的 に牧羊地とされた時代であった.Shelleyの時代は,第2次農業革命期(1760

‑1840)のただ中にあたる.穀物栽培と家畜飼育を結合させた輪作農法に基 づく資本主義的大農経営が確立され,開放地はもとより全く不毛の荒蕪地に 至るまで,議会の立法的手段を得て固い込まれた時代である.統計上, 18世 紀前半に議会を通過した囲い込み法令(EnclosureActs)は,僅か年4件だ、っ たが, 1760年からShelleyが生まれた1792年までには40を越え, 1793年から 1815年の戦争期には80に達し,1845年までには計4,000になったといわれ る.18  Vindicationの書かれたあたりから,土地所有の変革期に入っていく ことがわかる.また,イギリスは1812年以降,深刻な食糧危機に襲われ,穀 物の値段は高騰し,社会の混乱は1815年の穀物法制定まで続いた.このよう な中で, Shelleyは菜食擁護の立場から,土地利用について次のように批判 の矢を向けている.

The change which would be produced by simpler habits on political 

(18)

economy is  sufficiently remarkable. The monopolizing eater of animal  flesh would no longer destroy his constitution by devouring an acre at  a meal, and mnyloaves of bread would cease to  contribut togout,  madness and apoplexy, in  the shape of a pint of porter, or a dram of  gin,  when appeasing the  longprotracted famine of the  hard‑working  peasants hungry babes. The quantity of nutritious vegtablematter,  consumed in fattening the carcase of an ox, would afford ten times the  sustenance, undepraving indeed, and incapable of generating disease,  if gathered immediately from the bosom of the earth. The most fertile  distrids of the habitable globe are now actually cultivated by men for  animals, at  a delay and waste of aliment absolutely incapable of cal  culation. 

モア流の言い方をすれば,「牛が人を食う」当時の状況に対して, Shelley は何エーカ」にも亘る牧草や野菜を食べ、た牛の,その肉を人間が食べると いった不合理な栄養摂取はやめて,「直接食べれば10倍もの栄養になり,病 気も防げ

J

,「人への食料供給も滞る」こともないと考えて「食習慣の簡素化」

を提言している.

また, Vindicationには直接語られてはいないが, Prometheus Unboundの 序文におけるT.R. Malthus批判から,人口の増大による食糧消費の爆発,

それに伴う生活の質への影響を危倶する Shelleyの, Malthusに向けた対 抗策の萌芽が見られる.「独立のできない貧民というのは,恥ずかしめてお くのがいい.人類全体の幸福を増進するためには,こういう刺激は絶対に必 要である

J

(『人口の原理j初版)といったMalthusの弱肉強食,自然陶汰 の原則は,貧民の犠牲による人口調節となって現われるが,人間の権利を問 うShelleyの平等主義にとって,菜食という食習慣の簡素化こそ,問題解決 の糸口であった.菜食は,以上のように,当時の社会的コンテキストの中で

(19)

とらえて,はじめて尚一層の意義をもつものとなっている.

結び

以上,生命原理を中心に,菜食の効用と,それが社会にもたらす影響につ いて, Vindicationの内容に則して,その全体像を見たのであるが,中心課 題である文明と自然の調和に対する Shelleyの考えは,「食習慣の簡素化j によって,その理想への第一歩が始まるというものであった.菜食は平和主 義に通じるものであり, Shelleyにとっては,人類の幸福のための共同体建 設の基本となっている.

1847年には,イギリスに「ベジタリアン協会」が設立され,今日,国民の 10%余りが菜食派であるらしい.上流階級,知識階級の中に菜食派が増え,

Charles皇太子やDiana妃も,極力,肉食を避けているという.また,

ShelleyByronの曾孫たちの19人に1人は菜食主義者ということでもあ る_19

20世紀も残すところあと僅か.21世紀に入っても西欧近代思想、の根幹とも いえる「巨大主義

J

,「物質主義jは続いていくであろう,しかし,経済のあ くなき成長の裏には,生命と密接に関係する「食

J

の荒廃も進んでいる.今 世紀が生んだ経済学者E F. Schumacherは,「金で買えない非物質的価値 を尊重する美と健康と永続性の新しい人間生活を復興させるのが,将来に対 する古い世代の義務である」として, smallis  beautiful という価値観へ の転換,「脱近代jへの視座の転換を説いている.20  これをShelley式に言 い換えれば, simpleis beatiful ということになるであろう.

The Complete Works of Shelley, vol.  6.  ed. by Roger Ingpen and Walter E. Peck  (New York: Gordian Press, 1965). Shelleyの他の詩作品,散文,書簡もこの版に よる.尚, V仇dicationof Natural Dietからの引用は本文中の()にページを示 す.以下, Vindication,  Worksと略記する.

Works, VIII, 295‑96. 

(20)

3 David Lee Clark,The Date and Source of Shelleys A Vindication of Natural  Diet in Studies in Philolo1,XXXVI (1939), p.  70. 

4 Kenneth Neil Cameron, The Young Shelley.Genesisof a Radical (New York: Col‑ lier  Books, 1950),  p.  253.  ShelleyNewton Ritsonのf也, JamesBurnett,  Lord Monboddoの

α z

the Origin and Progress of Language.・,ThomasTrotterのA

View of the Nervous Temperamentその他から影響を受けている.

5 Percy Vaughan, Early Shell,のPamphleNewYork: Haskell House,  1972),  p.  31. 

6 NwmanIvey White, Shelley vol.  1.  (New York: Octagon Books, 1972), p.  302.;  BnnettWeaver, Toward the  Unaerstanding of Shellの(NewYork: Octagon Books,  1966), p. 119 

7慶川!洋一「仕事と日」『ヘシオドス研究序説.! (未来社, 1975), p. 402.  8 Clark, p.  73. 

9 Gerald McNice,Shell,andthe Revolutio ryIdea (Cambridge, Masschusetts: Harvard University Pr巴SS,1969), p.  158. 

10  日野原重明『病む心とからだ』(日本YMCA同盟出版部, 1987),p.  132.  11  Nora Crook and Derek Guiton, Shel.匂sVenomed Melody (London: Cambridge 

University Press, 1986), p.  83 

12  Susan Sontag, Illness as Meta.ρhor『隠験としての病いJ富山太佳夫訳(みすず書 1985),pp. 108‑10 

13  f聖書.! (日本聖書協会, 1955改訳)以下,この版による.

14  McNiece, p.  156. 

15  Newman Ivey White,  The Unextinguished Hearth: Shelley and His  Cot porary CirdLondon:Frank Cass, 1966), pp. 263  69. 

16  ジョルジュ・ルフラン『商業の歴史』町田実,小野崎品裕共訳(白水社, 1986), p. 100. 

17  Cameron, p.  255 

18 宮出秀雄『各国経済のル}ツ・世界の農業』(富民協会, 1978),pp. 122‑23;宮川 淑『西洋経済史』(法学書院, 1986),p. 217. 

19 鶴田静 fベジタリアンの文化誌,食べること生きること』(晶文社, 1988),pp.  25, 28, 29, 175. 

20  E. F. Schumacher, SmallぉBeautiful,A S

仰 の

ofEcoηomiα a s if PeopんMattered (1973)『人閥復興の経済j斎藤志郎訳(佑学社; 1986),p. 232. 

参照

関連したドキュメント

第四。政治上の民本主義。自己が自己を統治することは、すべての人の権利である

 しかし、近代に入り、個人主義や自由主義の興隆、産業の発展、国民国家の形成といった様々な要因が重なる中で、再び、民主主義という

Amount of Remuneration, etc. The Company does not pay to Directors who concurrently serve as Executive Officer the remuneration paid to Directors. Therefore, “Number of Persons”

社会学文献講読・文献研究(英) A・B 社会心理学文献講義/研究(英) A・B 文化人類学・民俗学文献講義/研究(英)

山階鳥類研究所 研究員 山崎 剛史 立教大学 教授 上田 恵介 東京大学総合研究博物館 助教 松原 始 動物研究部脊椎動物研究グループ 研究主幹 篠原

14 月 白菜の煮物 茹で野菜 八宝菜 マッシュ野菜 ワカメスープ 15 火 じゃが芋の煮物 茹で野菜

人類研究部人類史研究グループ グループ長 篠田 謙一 人類研究部人類史研究グループ 研究主幹 海部 陽介 人類研究部人類史研究グループ 研究員

人類研究部長 篠田 謙一 人類研究部人類史研究グループ グループ長 海部 陽介 人類研究部人類史研究グループ 研究主幹 河野