発話行為動詞の意味分析
著者 木村 一紀
雑誌名 Core
号 20
ページ 87‑98
発行年 1991‑03‑20
権利 同志社大学英文学会Core編集部
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014882
発話行為動詞の意味分析
木 村 一 紀
本稿では基本動詞の意味分析に興味深い提案をしている田中によるコアと プロトタイプのアプローチ1および圃虞の意義素分析の手法2を紹介し,そう した方法論にそって日本語の発話行為動詞「言うJr話すJr述べるJr語る」
「しゃべる」の意味分析を試みたい.
I
田中によれば,コアとは r文脈に依存しない意味J,すなわち r用例の 最大公約数的な意味であり,かつ語の意味範囲の全体をとらえるJ 考え方 である.
たとえば, line"には「線Jr紐Jr航路Jr方針」など実にさまざまの意 味が存在するが,そうしたさまざまの意味は,単に各々の文脈に規定されて 生ずる.すなわち,実は line"には文脈から自由なコア概念がまずあって,
それが各々の文脈中で具体的な形をとるとみなすわけである.
また,動詞 break"を例にあげると, X break YのX,Yを丈脈上の変値と すると, (1)のようなさまざまな文脈上の意味が break"に生ずることに なる.
(1) X
BREAK Y
a. He breaks the watch b. We break the law
88
C
d.
発話行為動詞の意味分析
The day broke Jim broke
の
his leg
おのおの変値 XYに規定されて品 「壊すJ,b. ,‑破るJ,C. ,‑明けるJ,d
「折る」という語義をもつわけだが,こうした変値 XYから離れて,しか もそれぞれに通底する共通項が記述しうるならば,それがコアとなる.
コアの意味記述は,語の分解された意味成分あるいは意義素の束を記述す ることである4 それは同時に具体的な用例に適用可能なものでなければな らないはずである.
このようなコアの意味記述における作業原則として,田中は,服部が提唱 し園贋により整理された(2 )の手法を採用している
(2)
1
同位置の作業原則:同じ自立語と同じ統合型,文型によって統 合される自立語は同じ語義的特徴を有する.(パラディグマティック関係)
E
呼応の作業原則:互いに統合される自立語は,互いに呼応する 語義的特徴を有する. (シンタグマティック関係)(2)
1
は,例えば, X+V+Yにおいて用例X1+V+Y1,Xz+V+Yz, X3+V+Y3が存在しX1,Xz, X3からある特定の語義的特慣が抽出される なら,その特徴をVは語義的特徴として(この場合はVのとる動作主の特 徴として)持っとするものである. (2) IIでは, XとYとの相互の連関で 見いだせる特徴を問題とする. (2) ,1 IIは,さまざまの用例から具体性 をおび、た文脈を剥離し,抽象化し,かついずれのデータにも共通の語義特搬 を抽出していく手法ともいえる.類義語の比較対照によって微妙な意味特徴の差異をも記述していこうとす る手法を圏贋らは採用し,同時にコア分析においても重視される,‑メクル」
と「マクル」を例に採れば, (3) のように,裾ではどちらもいけるが,カー ドでは容認性が低い
89 ( 3 ) 旦裾を
マクル b カードを
*マクル
これは,分離の面積,程度,度合いが,より広く大きい時に用いられる「マ クル」が (3) b.の文脈では共起しないことを示している.
いまひとつの例として「コクス」と「クズス」をとり上げると, (4) a に見られるように,コワス,クズスいずれも可能な文脈, b のようにコワ スのみ cのようにクズスのみ可能な丈派があり, (2)
1
の作業原則にし たがって記述される意義素は,従って9 図 (5 )で示される領域を持つと考 えられる.( 4 ) a土塀(土手・あぜ)を
i
コワス│クズス
C.表情を
ス ス ス ス ワ ズ ワ ズ コ ク コ ク
* ホ b.縁談を
( 5)
コワス クズス
こうした,重なりあいはするが,ある丈脈でのずれが生じるような類義語
a
同志の比較をとおして,意義素の記述がなされる.例えば,マクルとメクル で は (6 )のとおりである 7
( 6 )メクル:なにかの表面に重なっている薄いものを,一端が弧を描く ように分離する.
90 発話行為動請の意味分析
マクル:何かを隠している薄い物を,下から上へ巻くようにして上 げ,中が見えるようにする.
田中の「コアとプロトタイプ」の分析手法は,むろん,園麗らのそれと軌 をーにする.しかし,田中は,国康らの結果よりはもう少し抽象度の高いも のだ 8としたうえで,次のような問題点をも指摘している.まず,結果と しての分析記述が,はたして(語の最大公約数的意味として)包括的な妥当 性を帯びるか,単に部分的記述にとどまっていないかという点である.確か に,抽象化の過程で分析者の主観や選択が入りこむ余地は十分にあり得る.
こうした問題について,田中は,
J a c k e n d o H
を引きながら,‑意味は必要・十分条件を満たすかたちで分解されるもので、はない」と結論付けている 8
また,コアの記述では印象(イメージ)が重要な役割を占めることを認め,
むしろそれを積極的に活用していこうとする立場に立つ.
このような,記述方法の抽象性と分析過程で入りこむ主観性の問題につい ては rコア」に「パラメータ」を付すことにより,抽象化にともなう説明 能力の低下を補おうとしている
以上がコアの意味分析の概略であるが,冒頭に掲げた
b r e a k "
のコアおよ び2つのパラメータの記述は(7)のようになる(細かな分析の過程は省略 する).10(7)コア
く
Xb r
凹k sY
においてX
が外的な力(鋭利なものによる手段と 裂くという手段を除く)を加えることでYの本来の機能を損じる〉
パラメータ
A:Y
が動きを感じさせないものの場合損傷のイメιジ
用例:br回 kI the vas札 on巳sheart, the news, パラメータ
B:Y
が動きを感じさせるものの場合J
(動きを)断つのイメージ
用例 breakI one's journey, one's pac,巴the record,
H
次に発語行為を表す動詞「言うJr話すJr述べるJr語るJrしゃべる」に ついて分析する.
これらの動詞のコアはいずれもくX が Y なる言語メッセージを発話す る〉というもので,多義的な基本動詞 bre北" g巴t" take"と比べてとくに 抽象化にともなう問題はないようにおもわれる.田中のコア分析に厳密に 従ったコアの意味記述では,これら発話行為動詞問の弁別的な特徴は表れて こない.従って,ここではもう少し具体性を持たせた国債らのアプローチで 意義素分析を記述してみたい 11
まず発話内容Yに焦点を当ててみるとどうか。
92
(8 )外国語を
発話行為動詞の意味分析 しゃべる.
話す.
?しゃべる 話す
*言う.
*語る.
*述べる.
hつ る
一一 言語 山
述べる
( 8)のように言語では「しゃべる」と「話す」しかいけないが, (9)では,
「しゃべる」が容認度が低い r外国語」などでは,その内容が問題となら ずむしろその形式(すなわち言語)が問題となっている.一方 r嘘Jr真実」
はその内容が問題となる.また,仮に「真実をしゃべる」が容認されうると しても,その際には,その内容はあまり問題とはなってはいない.従って,
「しゃべる」は,明らかに発話内容をあまり意識しないで、なされる発話行為 とみなすことができる.
(10) a 冗談を
l
愚痴を!
ホしゃべる.
百つ.
*話す.
たっ
ぺ た た や っ し し 言 話
*
*
る
i
る べ と 語 述
﹂
*
*
止 めろ
﹁l
+ ﹂
E
‑ 皮
︐A
‑h U
(11)物語りを
l
昔話を
!
*語った.
*述べた.
*しゃべる
?言う 話す三 一 ロ 五日 る
るべゃ︑つ
る し 言 ベ ホ
*
述
i l i
* ︑
ll()を を
均一
隅払
一醐
理 理
性B
対 G
日 口 ' 京ペ ︐
つ れ
ω
噌Ei
話す.
語る.
述べる.
発話内容を意識しないのが「しゃべる」であったが,
( 1 0 )
から( 1 2 )
を 見れば発話内容がなんらかの役割をはたしていることがわかる. (10) a.に おける「冗談」や「愚痴」のようなまとまりのない発話は「言う」としか結 ひ守つかない.または0)のbにあるように発話内容がまとまったアイデア でないときは,同じく「言う」としか結びつかない.( 1 1 )
のように比較的 まとまり,かつ順序だってなされねばならない発話の場合は「言う」の容認 性も低下し i話すJi語る」だけが用いられる.さらに( 1 2 )
・にみられる高 度な「理論」のようなものの場合も同様で、,明らかに「言う」とは共起しな い.このように i話すJi語る」には,くある程度まとまった内容を発話す る〉という意義素が含まれていると考えられる.ここで発話内容とは若干話がずれるが,
( 1 0 ) ( 1 1 )
において「しゃべる」がなぜ共起しないのか.いずれの発話内容も(なかんずく
1 0b
において) 聞き手に発話が到達することを前提としている. したがって iしゃべる」には,必ずしも聞き手に発話が到達することを前提としない,とする意義素 が存在することが考えられる 12
「述べる」については,辞書の定義13にも見られるように,その発話内容 は書き言葉に近い.
(13) チョムスキィーは彼の論文で i..・」と(ホしゃべっている.
言って
*話して
*語って 述べて
94 発話行為動詞の意味分析
(14)チョムスキィーは彼の講演で「・・・」と
r *
しゃべっている.首 つ
話し
~~ H百 つ
述べ
発話か書き言葉となった場合用いられるのは「言う」と「述べる」だけで ある,‑言う」は,書き言葉一話し言葉という発話自体の形式に関して許容 性の広い語であるといえる,‑述べる」も, (14)のように話し言葉でも用い られる. しかし, (11)では共起しにくい.これは発話自体の形式が仮に話 し言葉であっても,どちらかといえば書き言葉として意識されている場合に は「述べる」が可能で,明らかに話し言葉として意識されているような (11) では,容認、度が低いのではないか.
(15)記者会見で政府首脳は「法案の通過は困難」と
i
ホしゃべった.言った 話した 語った 述べた
(15)では「しゃべる」以外は可能であるが,文体上は「語る」が最も適切 である,‑話す」と「語る」では,同じ発話内容がいずれでも成立する.し かし意味上の選択制約とまでいえない,こうした現象をあえて意義素として 語義に繰り込み,文体上の違い 口語的か文語的かーーとして意義素に書 き込んで、よいのではないか.そうした発話自体の丈体上の相違に発話内容の まとまりの度合い等が照応し,おのおのの発話に呼応した発話行為動詞が共 起しうるのではないか.
次に発話行為の様態に着目してみよう.
(16)べらべらと 1 r しゃべる ぺちゃくちゃと~
I
?言うぺちゃくちゃ J j ?話す
1*
語る 1本述べる95
「しゃべる」は先に述べたとおり,内容そのものを意識しない発話行為で ある.そのためかもしれないが,発話の様態を表す諸々の副詞と共起しうる.
しかもその副詞は主に「意志の統御が働かない」とする特徴を持っている.
従って rしゃべる」の意義素にく意志の統御がより働かないありかたで〉
を加えてもよいであろう.
発話行為の様態ではく意志の統御>,平たくいえば r}ll貢序だ、ってJr筋道 だ、って」あるいはその対極として「とりとめもなくJr支離滅裂に」といっ た尺度が有効となる.
(17) 彼は激昂して 興奮して
自暴自棄になって
しゃべった.
言った.
?話した.
*語った.
*述べた.
(16) における副詞では「言う」は容認度が低かったが, (17) の副詞では 共起しうる.また,発話自体の文体上の差異としてずれを指摘した「話す」
と「語る」では,それらの発話行為の様態に関しでも明確な差異が認められ る. (16)にある副詞ではどうみても「語る」は不可能だが,‑話す」は,時 と場合によっては(すなわちある文脈において)可能ともおもわれる.例え ば, (18)は「しゃべる」がより適切で、はあるが r話す」も可能で、ある. し かし「語る」とは (16) のようにとうてい共起し得ない.
(18) rぺちゃくちゃ話すのはやめなさい」と先生は言った.
また (19)の例では r言う」が典型的な発話行為動詞であるが r話す」で も容認される.しかし「語る」では明らかに容認度は落ちる.
96 発話行為動詞の意味分析
(19) 彼は自暴自棄になって心にもないことを話してしまった.
従って r語る」の意義素としてく意志の統御をより働かせて〉を「話す」
との比較で加える.
以上の考察をまとめ次のように意義素を記述してみたい.
しゃべる:くXがく内容を意識しない>言語メッセージ Y をく意志の統御 がより働かないありかたで>く聞き手に到達することを必ずしも 前提とせず>発話する〉
言う: くXがくある内容を持つ>言語メッセージ Y を発話する〉
話 す : くXがくあるまとまった内容を持つ>くより口語的な>言語 メッセージ Y をくある程度の意志の統御を働かせて>発話す る〉
語 る : くXがくあるまとまった内容を持つ〉くより文語的な>言語 メッセージY をく意志の統御をより働かせて>発話する〉
述べる: くXがくあるまとまった内容を持つ>く書き言葉に近い>言語 メッセージ Y をく意志の統御をより働かせて>発話する〉
また発話された言語メッセージの特徴とそれをカバーする発話行為動詞を大 まかに (20)に図示し,発話行為に働く意志の統御の強さの度合いと発話行 為動詞の関わりを (21)に図示する.
(20)
話 し こ と ば 書 き こ と ば
A l
l i
‑ ‑
1 1
1 1
1 1
V
しゃべる
4
一一内容のまとまりーラ無 有
(21)
意志働かない
4 〆 ‑ r x γ
六 ¥ 〆 の べ る ¥ 土 + 凪 ノ¥斗ぷえどノ
/ 忌 ル 聞 ¥E
今回の分析では発話行為動詞の動作主に関しては行なわなかったが r写 真が語るJr事実が語る」など「語る」は抽象的な無生物と共起しうること
を付け加えておきたい。
今後、上述の手法や意味領域を軸とした英語の発話行為動詞との体系的な 対照研究も興味深い課題となると思われる 14
98 発話行為動詞の意味分析
Notes
1.田中茂範認知意味論英語動詞の多義の構造~ (東京:三友社, 1990). 2. 園庚哲3爾意味論の方法~ (東京:大修館書庖, 1982).
3. 田中茂範 r認知意味論英語動詞の多義の構造~, pp. 21‑22.
4. 意義素の定義,内容については,国康哲嫡意味論の方法~, pp. 34‑95をみ よ.
5. 園慶哲禰意味論の方法~, p. 202および田中茂範認知:意味論英語動詞
の多義の構造~, p. 31
6. 園庚哲禰意味論の方法~, p. 223 7. Ibid, p. 223
8.田 中 茂 範 認 知 意 味 論 英語動詞の多義の構造~, p. 32ただ園慶らの意義素 の分析とあわせて考えるとき,コア分析と結果として生まれるコア記述の抽象度 が,どのような基準で設定されるべきかは,なお媛昧である.
9. Ibid., pp. 34句35 10. Ibid, pp. 51‑52
11.これは無論,理論的優位を云々しているのではない 本稿ではコア分析の紹介 に止めざるを得ず,そうした部分だけでは本稿で取り扱う分析をカバーしきれな いだけのことである.コア理論による実際の分析には,田中茂範編著 r基本動 詞の意味論 コアとプロトタイプ~ (東京:三友社, 1987),で示され,そこでは 分析方法の雛型が提示されている.
12. I開き手」を分析の要素として引き込むことは,言語事象として取り扱い可能 な範囲(ここでは発話者X発話y)をこえるものとしてなお,さらなる考察を 必要とする.
13. I文章にして自説を言う 記述する.J 尚学図書編集『国語大辞典~ (東京:小 学館, 1981), p. 1924 .
14.英語での発話行為動詞の分析は既に日木くるみによってなされている.田中茂 範 編 著 基 本 動 詞 の 意 味 論 コアとプロトタイフ。.~ (東京:三友社, 1987), p 115‑127 .