国家補償の体系における損失補償の現代的意義
著者 山下 淳
雑誌名 同志社政策研究
号 1
ページ 124‑138
発行年 2007‑03‑15
権利 同志社大学政策学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011093
国家補償の体系における損失補償の現代的意義
山下 淳
1. はじめに※)
1) わが国における国家補償の体系と損失補償制度の意義、それも現代的なそ れについて論じることが与えられたテーマであるが、わたし自身は損失補償がやた らめったら活躍することは望ましいことではないと考えている。損失補償は、あくま でも最終的な利益調整の仕組みなのであり、最後の手段はできるかぎり用いない ほうがいいにきまっているし、最後の手段を用いなくてもよいよう努力することこそ が望ましい。
国家の活動には、①まずもって、ほんとうに必要なものか、そういうやり方しかないのか、それし かないのかということについて、説得力のある計画を組み立てること、そして納得のいく説明が行 われることが求められる(透明性と説明責任)。②そして、必要性と実現手段の検討過程において、
多種多様な不利益の内容や程度が適切に評価され、不利益をできるかぎり発生しないよう最小 化する方法が選択され、やむをえない不利益を軽減する配慮が尽すことが求められる(社会的な 意味のアセスメントとミティゲーション)。③このような努力を払ってもなお軽減できない不利益が、
受忍してもらうにあたって、手厚く補償されるべきなのである(補償とその多寡)。
もっとも、補償なしで押し切ろう、あるいは過小の補償で押し切ろうというのも、
もっと望ましくはないだろう。
それでは、最終的に誰かが負担を引き受けざるをえないとしても、誰も受忍することを引き受 けようとはしないだろう。補償を手厚くすることこそが、逆に、それよりもミティゲーションのほうが 効果的だ、さらにはミティゲーションよりも方法選択のレベルで最小化の配慮を尽くすほうが効果 的だということにつながっていこう。
2) 本報告においては、このような視点から、次のようなラフなデッサンをすること で報告の責めをふさぎたい。
第一に、損失補償と国家補償の概念を取り上げて、その現在をみる。
第二に、損失補償のハカリに乗せられる「公共性」と「財産権」をとりあげて、損 失補償というハカリが変容してきていることをみる。
2. 損失補償と国家補償
最初に、わが国における損失補償制度と国家補償の概念について、教科書 的に、その立ち位置を再確認しておきたい。
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2.1.損失補償の概念
1) 損失補償の概念について、必ずしもコンセンサスが存在するわけではない。
2) 一般的に、「行政上の適法行為に基づく損失補償は、適法な公権力の行使 によって加えられた財産上の特別の犠牲に対し、全体的な公平負担の見地からこ れを調整するためにする財産的補償をいう」(田中二郎「行政法(上巻)」211頁)。
つまり、損失補償は、次の4つのメルクマールで輪郭づけられてきた。
第一に、損失補償は、「適法な」国家活動により生ずる損失を する制度であり、その意味 で、「違法な」国家活動に起因する損害を する国家賠償(損害賠償)と区別される。
第二に、公権力の行使により生ずる損失を する制度であり、私法上の契約等により生ず る損失とは区別される。すなわち、「強制」の要素がある。
第三に、「財産上の」特別の損失に対する であり、財産権以外の生命・身体・健康や精 神的な侵害に対する は含まない。
第四に、損失補償は、財産権が制限される場合に常に無条件で認められるわけではない。
公平負担の原則に反する場合、つまり、制限によって受けた損失が「特別の犠牲」に該当する 場合にかぎり、認められる。
3) 他方、最近では「損失補償は、権力的または非権力的な国・公共団体の活 動により相手方である国民が被った「特別の犠牲」に対する金銭的 」だと定 義するものもある(芝池義一「行政救済法講義」199頁)。
つまり、①上記の損失補償の輪郭を画するメルクマールが、――後述するように、
古典的収用概念が放棄され、そして、いわゆる国家賠償と損失補償の谷間の救 済をめぐる議論を経て、今あらためて――、揺らいでおり、②対応して、損失補償 とは、公平負担の原則ないし平等原則に尽きる、とされているようでもある。
「損失補償の法理そのものは、・・・公平負担、特別犠牲の観念を基礎として組み立てられてき たところである。その際、重要な適用例として念頭に置かれてきたのは、たしかに財産権であるが、
それは概念の必要的前提条件ではなかった。特別犠牲を中核とする損失補償制度からすると、
憲法29条3項は、公平負担、特別犠牲の財産の場面の適用を認めたものである、あるいは、それ にすぎない」(塩野宏「行政法II」350頁。また、芝池・行政救済法講義198頁、201頁)。
4) 損失補償は、ハカリの原理だということになるし、もう一方に「補償」をのっけ ないとバランスがとれていない権利侵害が「特別の犠牲」と表現されることになる。
2.2.国家補償の概念 〜 損失補償と国家賠償
1) 損失補償は、行政法の体系においては、「国家補償」の枠組みのなかに位置 づけられてきた1)。
これまた教科書的な単純化を試みれば、次のような図式が一般的に受け入れ られている。
「国家補償」とは、「国家の活動により私人の側に損失が生じた場合に、その損失を するこ とによって救済を図る制度」であり、原因となった行為が違法であるか適法であるかによって、国 家の違法な活動によって生じた損害を賠償する「国家賠償」と、国家の適法な活動による損失の 補償を図る「損失補償」に区分される。損失補償と国家賠償を区別するポイントは、原因となった 行為の適法・違法にある。
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2)「国家補償」の概念は、「公平負担の原則を中核として国家賠償と損失補償を 統一する統一的法理論の構築」を意図したものであり、被害者救済の観点から、
「法解釈上もあるいは立法論的にも、わが国制度が持つ欠陥を明らかにするとい う問題発見機能およびその欠陥をどのような方法で補うかという実践的な機能」
(北村・255〜256頁)を発揮させようとするところに、その理論的な意味がある。
すなわち、国家賠償と損失補償は、それぞれ異なった歴史的な展開をしてき た法制度なのであるが、①金銭による損失の とともに、②「負担の平等」と いう共通性が見出されていた。
3) 他方、国家賠償のもつ法治主義担保機能ないし行政監視機能を重視する立 場からは、行政活動それ自体の是正を目的とする行政争訟と国家賠償が連続的 にとらえられるべきだとされ、原因行為に対する評価をもたない損失補償とは異な ることが強調される。
そのうえで、国家賠償は、行政争訟手続によって救済されない損害につい て を求める救済制度であり、行政争訟との関係では「補完的なもの」だと理 解される(原田尚彦「行政法要論」276頁、藤田宙靖「行政法I(総論)357頁」)。 4) 第一に、国家補償は、あくまでも国家活動によって発生した「結果」に着目した ものであり、「結果」を金銭的な によって調整することで被害者の救済をもくろ むものだということであろう。
関連して第二に、国家賠償でも損失補償でも救済しきれないが、衡平の観点か らなんらかの被害者救済が図られるべき領域について、国家補償の概念からは、
どちらかで救済されればよいという発想になろう。国家賠償と損失補償は、代替 的・補完的にとらえられる。
しかし第三に、谷間の救済への対応は、損失補償の概念にとってみれば、伝統 的なものからよりいっそう拡張することを強いているともいえる。
第四に、国家補償の概念に批判的な見解は、①「違法性」のもつ否定的な評価 ないし「非難」を重視している。②そのうえで、行政争訟との関係で国家賠償を「補 完的なもの」だと位置づけている。侵害する行政活動の統制からは、「結果」を金 銭的に利益調整することは、最終的な手段なのである。
しかし、裏面として、損失補償においては、私人に損失をもたらす侵害が「適法 なもの」であること、つまり、法律が国家の意図的な侵害を許容していることが前提 とされてきたはずである。
(ア)予防接種被害の救済は、かつて損失補償的な構成と国家賠償的な構成とがみられた2)。 強制あるいは勧奨予防接種による被害は、偶発的にしかし一定の確率で副作用が発生する にもかかわらず、国民全体が疾病の予防等の公衆衛生の増進という利益を受けるのであるから とみれば、「生命・身体への特別の犠牲」だといえよう(東京地判昭和59・5・18判時1118号28頁、
大阪地判昭和62・9・30判時1255号45頁、福岡地判平成元・4・18判時1313号17頁)。しかし、
現代国家においては、たとえ公共の利益のためであるとはいえ、生命・身体・健康といった法益 を犠牲にすることなどそもそも許されていないのだとみれば、被害の発生は、即、違法だと評価 されるべきものになろう。
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現在では判例は国家賠償によって救済する方向でほぼ確定している。国家賠償的な構成で は、厚生大臣が禁忌を識別するための措置をとらなかったという高度に客観化された国の組織 的過失を設定する(東京高裁平成4・12・18判時1445号3頁。なお参照、医師に高度の注意義務 を要求する最判昭和51・9・30民集30巻8号816頁、後遺障害が発生した場合には禁忌者である との推定が働くとする最判平成3・4・19民集45巻4号367頁)。
(イ)第一に、損失補償的な構成では、①結果的にではあれ、非財産的な利益への侵害を想定 せざるをえず、②それ故、法律が意図的な侵害を許容しているとはいえない場合までも射程に 入れざるをえない。
第二に、当時の予防接種の実態の適法性を問い、副反応のより少ないより良いあり方を求 めていくうえでは、法治主義担保機能や責任追及の要素をもつ国家賠償的構成のほうが優れて いるともされる。
第三に、それでも、論理的には、国の過失を認定することができない場合には救済がなされ ない可能性が残る。とすれば、国家賠償が認められない場合の「バックアップ」として、損失補 償的な構成にも意味があるとされる(宇賀克也「予防接種被害に対する救済」行政法の争点(第 3版)94頁、塩野・行政法II355頁,芝池・行政救済法講義204頁)。
すなわち、国家賠償と損失補償は、適法・違法のメルクマールによっていわば並列的に棲み 分けている関係にはない。いわば両者が併存しつつ、国家賠償が認められない場合(で、それ では衡平に反すると認められる場合に)それを補完するものとして、損失補償が登場することが 想定されている。
(ウ)なお、昭和51年には予防接種法に予防接種健康被害救済制度が設けられている。しかし、
給付が低額であるために損害賠償ないし損失補償が請求されている。つまり、立法(予防接種 という制度の設計)の不備のつけが賠償・補償として登場しているのである。
2.3.適法な侵害
予防接種被害でみたように、損失補償的な構成による場合、「法律によって意図 された侵害」であるかどうかはとりあえず横に置かれる。結果として生じた被害が 特別の犠牲にあたることにのみ着目している。
確かに、損失補償が「負担の公平の原則」にその根拠をもつのだとすれば、国 民の受けた損失が不平等な特別の犠牲を課すものかどうかに尽きる。損失補償 はそもそも原因行為に対する−−帰責性などの−−評価をもたない。損失補償は、
必ずしも適法行為を前提とするのではなく、そもそも適法・違法を問わないとの見 解がみられる。
雄川一郎「行政上の無過失責任」(同「行政の法理」405頁、1986年)は、「損失補償の場合に 侵害行為の適法性が言われているのは、第一には、その補償の性質が不法行為責任の性質を もつものではないことを意味するのであり、第二には、その補償が或る国家作用によって或る 公益目的を追求する反面、それによって生じた損失を するものであることを、形式的・制度 的に侵害行為の適法性をもって捉えているのではいかと考える。則ち、国家が私人の権利を適 法に侵害し得るのは、必ずなにかの公益目的を達する場合でなければならないのであるから、
その要件が法定され、公益目的を達する反面の犠牲に対して与えられる補償は、通常の場合で あればその法定の要件に適合した行為に基づく損失の補償となる訳である。そうであれば、補 償の本質的な前提は、公益目的を達するための行為によって損失を受けたということであって、
その行為の適法性は、補償の本質的な前提要件ではな」い、という。
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2.4.若干のまとめ
1) 損失補償が負担の公平の原理に基づくハカリであるとして、次の2つのハカリ が使い分けられてきたようにも思われる。
① ひとつは、一方に財産権保障を乗せ、他方に(財産権の喪失・制限と見合 った)財産権補償を乗せる代表的なハカリであり、言い換えれば、正当な補償 の内容でもある。
一方のハカリに乗せられるべき法的利益は、財産権に限られるものではなく、
むしろ「生活権」というべきものであるとか、あるいは生命・身体・健康といった非 財産的な権利もハカリに乗せざるをえない場合があるということになっている。
② ふたつは、一方に国家活動が追求する公益・公共的利益と、他方でそのた めに受忍を強いられ犠牲になる特定の者の不利益のあいだのバランスである。
「特別の犠牲」は、侵害行為の正当性と侵害される利益の質量とのあいだの バランスをみていたように思われるが、侵害行為がもつべき正当性、つまり、侵 害行為によって実現される公共性にはさほどの関心をはらう必要性を感じてい なかったのではないかと思われる。ところが、侵害行為によって実現されるべき 公共性が、いわば裸のままでハカリに乗せられる状況が生じている。
2) そこで、以下では、まず、国家活動が私人の法的利益を侵害することを「法律 が意図しているとはいえない」とでもいうべき場合に損失補償が利益調整のため の手法として持ちだされる②の場合について、いわゆる事業損失とか供用関連瑕 疵で論じられている問題を材料に検討することにしよう。そして、財産権補償と生 活権補償の問題を①の材料としてとりあげて検討することにしよう。
3. ハカリに乗せられるもの 〜 公共性 3.1.事業損失
「事業損失」とは、収用という土地取得行為からではなく、収用等によって実現し た事業の施行に伴って、残地や周辺の土地が受ける損失をいい、収用(土地の取 得)に伴って当然発生する損失である「収用損失」と区別される。段差、通路の廃 絶、日陰、臭気、騒音その他が例としてあげられる。
その特徴は、①収用それ自体によって発生した損失ではない。財産それ自体 への直接的な侵害ではなく、その後の公共事業によって発生する不利益であり、
②起業地以外の土地に発生する損害・損失であり、したがって、侵害(収用)の直 接の相手方だけでなく、むしろ第三者の不利益として現れ、③そして、被る不利益 は、財産的な損失に限定されない、という点にある。
土地収用法及び行政実務の取扱いは、次のようになっている。
(ア)例えば土地収用法75条、93条は、施設の形態・構造など収用地の物理的な変更のために、
残地および隣接地等において溝や垣根の新築等が必要となった場合について補償の規定をお いている(また、河川法21条1項、道路法70条1項など)。
(イ)しかし、このような規定をおく例はごく限られており、事業損失については、原則として、損害 128
賠償によるべき(であり、したがって、補償しない)と理解されている(損失補償基準要綱41条)。 上記土地収用法75条、93条は、損害賠償を含みより広く政策的な補償を認めるものだとも説明 される。
(ウ)もっとも、「一般補償基準要綱の施行について」(昭和37・6・2閣議了解)では、事業損失が社 会通念上受忍すべき範囲を越え又その損失が確実に予見される場合にはあらかじめ賠償するこ とを認めている。これを受けて、日照阻害、電波受信障害、水涸れ、地盤変動等については、事 前補償がいわば定型化されている。その他、実務上は、個別の事情に応じて、さまざまな補償が なされているようである。
3.2.供用関連瑕疵
他方、国営空港や道路等については、施設供用後の騒音・振動・大気汚染等 の継続的な環境被害を、国家賠償法2条に基づき国家賠償を認めることが判例上 確立している。
(ア)国営空港における大型ジェット機の運行による騒音被害を周辺住民が争った大阪空港訴訟 最高裁判決(最判昭和56・12・16民集35巻10号1369頁)3)は、空港それ自体の使用に問題があ るわけではないが、空港が空港として使用されることによって周辺住民に騒音被害を与えている ことをもって、国家賠償法2条に基づく損害賠償を認めた(しかし、差止請求は却下した)。いわゆ る「供用関連瑕疵」とか「機能的瑕疵」とよばれるものである。
(イ)判決は、第一に、国家賠償法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵を次のように理解する。
瑕疵とは、営造物が有すべき安全性を欠いている状態をいうが、安全性の欠如とは、営造物を 構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によるものだけでなく、営造 物が供用目的に沿って利用されることとの関連において危害を生ぜしめる危険性がある場合も 含み、その危害は、営造物の利用者に対してのみならず、利用者以外の第三者に対するそれを も含む。
第二に、瑕疵の認定は、「空港の供用のような国の行う公共事業が第三者に対する関係にお いて違法な権利侵害ないし法益侵害となるかどうかを判断するにあたっては、・・・侵害行為の態 様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の 内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に とられた被害防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合 的に考察して決すべき」であるとする。判断基準としては、被害が社会生活上受忍すべき限度を 超えるものかどうかという(民法の受忍限度と類似する)受忍限度をもちいている。
そのうえで、空港の供用につき、公共性ないし公益上の必要性という理由により周辺住民に対 してその被る被害を受忍すべきことを要求することはできず、空港供用行為は法によって承認さ れるべき適法な行為とはいえない、という。
第三に、最高裁は、「公共的利益の実現は、・・・周辺住民という限られた一部少数者の特別の 犠牲の上でのみ可能であって、そこに看過することができない不公平が存することを否定できな い」とも述べており、損失補償的な発想(受忍義務を越える被害は特別の犠牲だ)が組み込まれ ているともされる。
(ウ)なお、道路については、最判平成7・7・7民集49巻7号1870頁がある。
3.3.立法的な対応
特定の公共施設の設置に伴う事業損失について、特別の立法措置が講じられ ている。
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公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律、防衛施設周辺の 生活環境の整備等に関する法律が、防音工事の助成、土地の買入れ、移転補償等を定めてい る。また、特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法、幹線道路の沿道の整備に関する法律な どが、土地利用規制等を定めている。
3.4.若干の検討4)
1) 第一に、事業損失について、損失補償的な構図でとらえようとするならば、「航 空機による迅速な公共輸送の必要性」とか「国民の日常生活の維持存続に不可欠 の役務」といった「侵害行為のもつ公共性」を前提としつつ、周辺住民の被る財産 上・生活上のさまざまな不利益が「特別の犠牲」にあたるという図式になる。「適法 な侵害行為」は、収用等の個別の土地取得行為ではなく、公共事業・公共施設の 供用それ自体である。
事業損失は、第三者補償ともいわれることがあるが、なるほど「収用」からみれば直接の相手 方ではない第三者が登場することにはなる。しかし、事業損失は、そもそも収用とは別のレベル での侵害と損失の調整であって、収用とそのための補償を中心とした土地収用法の世界とは、
密接に関連するものが組み込まれることがあるとしても、別の負担の公平のハカリであろう。
2) 第二に、損失補償的な構成に対しては、公共施設が−−適法に−−供用さ れていることを前提として、その代償として周辺住民に生ずる被害の補償を考える、
つまり差止を認めないということになりはしないかが、危惧されている。国家賠償 法2条を活用した損害賠償的な構成のほうが望ましいとみているようでもある。
(ア)ひとつには、ここでも財産的な被害だけではなく、生命・身体・健康といった非財産的な利 益への侵害が問題となっており、したがって、予防接種被害のケースと同様に、そもそもそのよう な侵害が許容されるべきものなのかどうかが疑問とされる余地がある。その意味では、むしろ、
そのような損害が生じているのであれば、差止がなされるべきだという理屈になろうし、だから こそ「違法」を前提とした国家賠償的な構成によるべきだということにもなろう。
ふたつには、公共施設の果たす社会的利益・公共的利益がいわば裸のままでハカリに乗せ られ、他方で、周辺住民が被った被害の実質がもう一方のハカリに乗せられるわけで、裁判所 が「いわば生の政策判断をすること」が危惧されてもいる。
(イ)以上のこととの関連で、損失補償的な構成においても、事業の「公共性」は2つの異なった 働き方をするはずである。
ひとつは、補償との関係であって、ここでは、公共性があることは、それによって受忍を強い られる周辺住民の不利益が補償されるべきであることを説明する理屈になる。最高裁は、事 業・施設のもつ公共性を受忍限度の判断要素に含めており、公共性が高い場合には受忍限度 も高くなるとするが、損失補償的な構成では逆になろう。
ふたつは、差止との関係であって、ここでは、事業の「公共性」が、周辺住民に対する受忍が たとえ補償を伴うとしても、バランスがとれていないかが問われる。損失補償的な構成によって も、公共性の高さは差止を否定する要素となろう。
(つまり、収用・損失補償の発想からは、①違法であって、侵害することが許されない、②適法 に侵害できるが、補償を必要とする、③補償なしに適法に侵害できる、という3つの層が区分さ れるはずである。)
3) 第三に、損失補償的な構成は、損失補償が損失補償となりうるための前提の ところ、つまり、侵害行為の適法性の内実を充実させようとすることをねらっている ところがある。つまり、公共施設・公共事業にあっては、事前に、被害の発生を予
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測評価しそれを回避・軽減することが望ましいが、そのための「行為規範」と「法 的仕組み」をつくりだすことが意図されている。
繰り返すように、ここでは、公共施設・公共事業の果たす社会的利益・公共的利 益がいわば裸のままでハカリに乗せられてしまっている。それに対して、例えば、
環境への配慮を欠くべからざる行為規範として、たとえ明文の規定のない場合で あっても、事業者に課されるべきであって、環境への配慮を欠いた行政の意思決 定は違法と評価されるべきだとするのである(塩野宏「国土開発」未来社会と法、
1976年、174頁)。
あるいは、事業の公共性とは、事業に伴うすべての利害の総合的な較量の結 果としてなされるものであり、関係するすべての利害を考慮した上でやむをえない とされた場合にのみ、収用を正当化する公益性が認められるとの見解が説かれ る(山田洋「計画・収用・環境」一橋法学2巻2号24頁、2003年)。
あるいは、このような意味の「公共性」を適切に判断するための「節」(手続参加、
争訟可能性も含め)をつくりだすことが要請される。
このような視点から平成13年改正において土地収用法の事業認定手続が改正されていること も含めて、藤田宙靖「改正土地収用法をめぐる若干の考察」(同「行政法の基礎概念(下)」344頁、
2005年)。なお、そこでは、次のような指摘がある。「一定の公共事業を計画し実施するに当たっ て、地域の住民の利益等の関係諸利益との間の調整をどう行うか、という問題であって、収用と いうのは、本来、こうした調整が済んで事業の実施が決まった後に、それを実施するために用い 得る一つの手段であるにすぎない。つまり、収用のための利益調整に先立ち、本来、公共事業 の計画立案に際しての利益調整、そして実施計画に際しての利益調整、という問題がある筈なの であって、我国の場合、こういった段階での調整が十分になされないままに、突如収用という話 になり、そこに全ての利益調整が持ち込まれることが、問題の根源を成してきたのである。従って、
今後必要なのは、公共事業の立案計画手続の整備であり、公共事業実施計画手続の整備であ って、そのベースであるのが、総合的な国土計画手続であり、総合的な土地利用計画手続である 筈である」(357頁)。
4) 第一に、損失補償が、「適法な侵害」を前提とするものであり、そして、被害を 最大限回避・軽減させる措置がとられるべきであることが公共事業を適法に実 施・管理するための法的な義務であるとすれば、それでも回避・最小化すること ができない不可避な被害についてのみ、損失補償で保護すべきだと考えるべき であろう。
第二に、そのかぎりでは、適切な被害回避措置がとられていない公共事業の実 施を「違法」であるとし、賠償と同時に、実施の継続を許さない(施設の利用方法 を変更させる)とみることが、損失補償の発想からは素直であろう。
第三に、逆に、むしろ国家賠償的な構成が、違法であるにもかかわらず損害賠 償を認めるだけにとどまり、あまりに安易に本体の行政活動を維持させることにな っていないかが、危惧されるのである。
5) 前述のように、事業損失が社会通念上受忍すべき範囲を越え又その損失が 確実に予見される場合にはあらかじめ賠償することが行われている。
あらかじめ「不法行為」の発生が予見されるにもかかわらず、公共事業をすすめ
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ることは奇妙ではある(原田・行政法要論272頁)とも指摘されるが、なんのことは ない、本来、事業の設計の段階において対処すべきことが行われず、損害賠償で 決着をつけようとしていたからにすぎない。
4. ハカリに乗せられるもの 〜 財産権 4.1.正当な補償
1) 憲法29条3項は、「正当な補償」を要請している。
(ア)憲法上の正当な補償に対応したものかどうかは別として、土地収用法は、①権利対価補償、
②残地補償、③みぞかき補償、④移転料の補償、⑤その他通常受ける損失、⑥生活補償、とい った補償内容を定めている。
(イ)公共事業用地の取得にあたっては、任意買収(民法上の売買契約)によることが通例だが、収 用手続に移行する可能性をもっており、最終的には土地が取りあげられることに違いはない。そ のため、行政実務上は、任意買収の買収額と収用の場合の補償を統一的に理解している。その ため、具体的な補償内容が、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(昭和37年6月29日閣 議決定)や「公共事業の施行に伴う公共補償基準要綱」(昭和42年2月21日閣議決定)、「用地対 策連合会補償基準」などに定めるところを基準として算定されている。
(ウ)なお、土地収用法は、平成13年改正により、補償基準の細目を政令で規定することとされ、土 地収用法88条の2の細目等を定める政令(平成14年)が定められている。
4.2.財産価値の補償
1) 損失補償理論においては、補償は、土地(財産)への侵害行為を前提として、
侵害の前後において、財産価値の等価性が維持されることだと理解されてきた。
収用の前後において被収用者の財産価値が等しいように補償すべきだし、それで 足りる。そして、被収用財産の財産的な価値は、剥奪される財産と同等のものを市 場において取得することができる価値、つまり、被収用財産の市場取引価格に客 観化されると考える。
また、金銭補償が被収用者の自由をもっともよく保障する補償方法になる。金銭 補償によって、被収用者は、剥奪された土地(財産)と同等の代替地を取得するこ とができるはずだし、あるいはそれ以外の用途に補償金を活用することもできるか らである。
土地収用法は、70条で金銭補償の原則を、71条で取引価格を基準とした補償 額の算定を定めている。
2) もっとも、補償金の額の算定は、本来、土地の収用と補償金の額が最終的に 確定する権利取得裁決時を基準とすべき(土地収用法48条1項)であるが、71条は 事業認定時価格固定制を採用している。そのため、補償は、(事業認定時以後の)
開発利益の発生による地価上昇分が排除された額である。
(ア)昭和42年改正による土地収用法71条は、「権利に対する補償金の額は、近傍類地の取引価 格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決時のと きまでの物価の変動に応ずる修正率等を乗じて得た額」と定める。つまり、事業認定時以降に 事業(とその期待)によって発生する開発利益の吸収と、交渉を長引かせることによるゴネ得の 132
防止を目的に、事業認定時に物価変動に対応した修正率をもちいる価格算定方式を採用し、同 時に、46条の2において、被収用地の所有者に事業認定時に補償金の支払いを請求することを 認めて、裁決前であっても所有者が近傍に被収用地と同等の代替地等を取得することを可能と している。
(イ)土地収用法71条は、あくまでも裁決時を基準時としつつ、時価の算定方法を定めたものに すぎないともいえる。しかし、それは、事業認定時以後に公共事業によって生じた開発利益を 被収用者からのみ吸収する仕組みでもある。そのため、物価上昇と地価上昇が著しく乖離した 場合には、収用の前後を通じて財産的価値が等しく、近傍類地を取得することを可能にする補 償であるとは、厳密には、いいがたい。
(ウ)「完全補償」のもとにどのような補償が理解されるかは、そう明確ではない5)。
① 最判昭和28・12・23民集7巻13号1523頁は、「正当な補償とは、その当時の経済状態にお いて成立することを考えられる価格に基き、合理的に算出された相当な額をいうのであって、
必ずしも常にかかる価格と完全に一致することを要するものでない」として、自作農創設特別措 置法6条3項の定める強制買収の最高価格を合憲とした。いわゆる「相当補償説」をとっている といわれるが、社会変革立法の特殊の事例であり、一般化はできないとされてきた。
② 最判昭和48・10・18民集27巻9号1210頁は、「土地収用法における損失の補償は、特定の 公益上必要な事業のための土地が収用される場合、その収用によって当該土地の所有者等が 被る特別の犠牲の回復をはかることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用 の前後を通じて被収用者の財産的価値を等しくならしめるような補償をなすべきであり、金銭 をもって補償する場合には、被収用者が近傍において収用地と同等の代替地等を取得するこ とをうるに足りる金額の補償を要する」とする(また、最判平成9・1・28民集51巻1号147頁)。
③ 最判平成14・6・11民集56巻5号958頁は、昭和28年判決を引用のうえ、土地収用法71条に よる補償も合憲だとする。
昭和48年判決が市場取引価格による補償を要求するのに対し、平成14年判決は、これを変更し、
開発利益を排除した補償も許される、しかし、そのような意味で「相当補償」なのだ−−そのかぎ りで昭和28年判決を引用する−−というにすぎないようにもみえる(が、「相当補償」の言葉の使い 方に対しては、批判もありえよう)。
3) 土地区画整理における減歩
財産価値に限った補償の発想は、土地区画整理等において用いられる権利変 換手法に伴う補償においても維持されている。
土地区画整理事業等は、公共施設用地や保留地のために必要な用地を既存 所有者の所有地の「減歩」によって生み出す仕組みである。原則として、既存所有 者は、従前地に代えて、「宅地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等が照 応する」換地の提供を受ける。換地は、従前地と比べて、減歩された分面積が減 少するが、資産価値としての減少はないから、補償の必要もないとされる(最判昭 和56・3・19訟月27巻6号1105頁)。
4.3.収用に付随する損失の補償
収用される財産本体の価値さえ されれば、収用によって生じた特別の犠牲 がすべて される、ということは必ずしもならない。「財産権への侵害」だから「財 産的な損失」だとは必ずしもならないだろう。
1) 付随的損失の補償
土地収用法は、権利対価補償とともに、収用に付随して被収用者が通常受ける
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損失の補償を定める。収用に伴って他の場所に移転し従前と同じ程度の生活を 再建しなければならないことを強制される。収用によって必然的に生じる損失で あるため、憲法上必要な補償の範囲内だと理解されている。
土地収用法は、残地補償(74条)、移転補償(77条)のほか、「離作料、営業上の損失、建物の 移転による賃貸料の損失その他土地を収用・・することに因って土地所有者・・・が通常受ける損 失は、補償しなければならない」と規定する(88条。なお、前記細目等を定める政令がある)が、
具体的に補償すべき範囲は解釈に委ねている6)。
2) 精神的損失
精神的損失が補償の対象となるかには、議論がある。
(ア)最判昭和60・1・21判時1270号67頁は、土地収用法77条の通常受ける損失を客観的・社会 的にみて収用に基づき被収用者が当然に受けるであろうと考えられる経済的・財産的な損失で あり、経済的価値でない特殊な価値まで補償の対象とする趣旨ではないとする。
(イ)本来、損失補償は、財産的な損失(付随的なそれも含め)の であり、精神的な損失を想 定する余地はないともいわれるが、被収用者が受けた特別の犠牲を公平負担の見地から完全に 補償されるべきというとき、それが財産上の損失に限定されるいわれはない。住み慣れた土地を 失うことに対する苦痛、交渉に応じたり転居の準備をする苦痛や生活の変化に対する不安など、
財産権侵害にともなって被害者の感情に特別な侵害を与え、しかも財産的損失の に解消で きず、それを放置しておくことが「公平負担の原則」に反する場合には、補償すべきだといえよう
(塩野・行政法II338頁、芝池・行政救済法講義211頁、宇賀・行政法概説II445頁)。
4.4.生活の回復
1) 収用によって剥奪された財産の価値補償だけでそれまで営んできた生活水 準を維持することができるとは限らない。補償の究極の目的が従前の生活の再建 にあると考えるならば、「生活権補償」の必要が説かれることになる7)。
2) 財産価値の補償に生活権補償の発想がまったく欠落しているわけではない。
土地を収用された者は、近傍に同等の代替地を取得することができる金額が補償 され、それによって従前と同等の生活を維持することができるはずだという仮定が ある。つまり、財産価値の補償を通じて生活権の補償が実現されるのだと想定さ れている。
3) 現行の行政実務は、「生活権補償の発想」を、可能な枠内で、取り入れるにと どまっている。
(ア)生活費補償(収用に伴う移転の前後の一定期間の生活費の補償)などが、「通常生ずる損失」
として通損補償の対象となることがある。実態にあっていないといわれる通損補償の内実を充 実させることが指摘されている。
補償の額は、被収用者からみれば、不満が残る水準にとどまっている。
(イ)現物(代替地)補償
現実的な問題として、近傍に適当な代替地を求めることが難しい状況では、現物(代替地)補 償の要請が出てくることになる。
現行制度は、現物給付を限られた条件でしか認めていない(土地収用法82条以下。なお、一 般補償基準6条2項)。
一方で起業者が代替地を用意することが難しいことが指摘されるが、起業者が難しいことを 被収用者に期待することは、財産価値補償がフィクションであることをも浮かびあがらせている。
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通常、周辺地は開発利益を含んで値上がりしている。例えばダム等により水没する山村地とか、
大都市内の過密狭小宅地などでは、近傍において同等の代替地を取得できるという仮定がそも そも成り立ちえない。
なお、土地収用法82条は補償金の額を超える代替地は許さない。権利対価補償にこだわる かぎり、金銭に代わる補償なのであるから当然ということになろう。また、金銭補償を受ける他 の被収用者との均衡がとれなくなる。しかし、被収用者の生活再建の見地からすれば、従前地 において営まれていた利用の機能回復が第一義であって、従前地の価値を超える代替地補償 であっても許されると考えていくべきことがいわれる(なお、公共施設については、「公共補償基 準要綱」(昭和42年)は、金銭補償をいいつつも、「機能回復」を原則としており、代替施設の建 設や移転先の土地取得などの現物補償の場合、その費用が従前地の交換価値を超えることも 認めている(7条))。
4.5.生活再建措置
1) 生活再建措置について規定を置く法律はこれまでもみられたが(国土開発幹 線自動車道建設法9条、公共用地の取得に関する特別措置法47条、都市計画法 74条、水源地域対策特別措置法8条、かつての琵琶湖総合開発特別措置法7条)、 平成13年改正により、土地収用に共通する要請として、土地収用法にも生活再建 に関する規定がおかれるにいたった(139条の2)。
例えば、水源地域対策特別措置法8条は、次のような規定を置く。「事業の実施に伴い生活の 基礎を失うこととなる者について、次に掲げる生活再建のための措置が実施されることを必要と するときは、その者の申出に基づき、協力して、当該生活再建のための措置のあっせんに努める ものとする。①宅地、開発して農地とすることが適当な土地その他の土地の取得に関すること、
②住宅、店舗その他の建物の取得に関すること、③職業の紹介、指導または訓練に関すること、
④他に適当な土地がなかったため環境が著しく不良な土地に住居を移した場合における環境の 整備に関すること」
2) 行政実務においては、これらの規定は、社会政策的見地からの行政措置であ り、しかも努力義務だと理解されている。
岐阜地判昭和55・2・25行集31巻2号184頁は、次のように判示する。「ダム建設に伴い生活の基 礎を失うこととなる者についての補償も公共用地の取得に伴う一般の損失補償の場合と異ならず、
あくまでも財産権の補償に由来する財産的損失に対する補償、すなわちその基本は金銭補償で あり、本来これをもって右にいう合理的な補償というべきであり、かつ、これをもって足りるところ、こ れのみでは、財産権上の損失以外の社会的摩擦、生活上の不安も考えられるため、前記水特法
(水源地域対策特別措置法)の諸規定により、これらを緩和ないし軽減する配慮に出て、財産上の 損失、補償とは別にとくに水特法8条において、生活再建措置のあっせん規定を定めたものであり、
要するに右規定は、関係住民の福祉のため、補償とは別個に、これを補完する意味において採ら れる行政措置であるにすぎない。」なお、その前提として、判決は、「憲法29条3項にいう正当な補償 とは、公共のために特定の私有財産を収用または使用されることによる損失補償であり」、したがっ て、「右生活再建措置のあっせんは、憲法29条3項にいう正当な補償には含まれ」ないとする。
4.6.生活権補償の性格
1) 学説では、例えば、憲法29条を人的な要素も含んだものとして再構成する見 解、あるいは、29条と25条を結合させる見解など、さまざまだが、生活権補償を憲 法上の補償に位置づけようとする理解が一般であろう。しかし、生活権補償として
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いかなる範囲のものまでが理解されているのか、あるいは、どこまでをどのようにし て具体的な請求権として構成することができるのかなどは、はっきりしない。
2) 多種多様な生活再建措置(相談、あっせん、指導など)を訴訟上具体的な請 求権として構成することが難しいのであれば、違憲無効説に戻って、立法者の再 考をうながすことが救済の可能性を広げるべきだともされる。
4.7.収用から事業へ
1) 生活権補償は、第一に、被収用者個人に対する金銭補償にとどまらないそれ 以外のきめの細かな配慮という補償の内容の変化をもっていることが注目される。
同時に、生活権補償は、被収用者が受ける「負担の総量」に対する「補償の不 足」を説明するものでもある。
2) しかし第二に、生活に着目すれば、収用という個別の土地取得行為だけに起 因するケースと、そうではなくて、公共事業そのものが実施されることによってこれ までの生活環境が激変するという図式でとらえるほうが適切であるようにもみえる。
いうまでもなく、公共事業は、事業用地内の個人にとどまらず、周辺住民やある いは地域社会(コミュニティ)、地方公共団体にも大きな影響を及ぼすことがある。
影響のなかには、開発利益というプラスのものもあれば、迷惑施設のごとくマイナス の影響をもたらすものもある。ダム建設のように、過疎化、地場産業の衰退、コミュ ニティの崩壊等の問題を発生させるものもある。
すなわち、①収用という土地取得行為によって、土地所有者等の生活が激変す ることがある。②しかし、収用等の土地取得によって実現する公共事業がそこに立 地し実施されることこそが、土地所有者、周辺住民、地域社会(コミュニティ)にさま ざまな利益・不利益を生み出している。そのような影響は、被収用者にとどまるわ けでもなく、ひろく隣接地域に居住する人々にも直接・間接に及ぶ。
このように考えるならば、生活再建をめぐる問題は、公共事業という侵害とそれ に対する補償という、すでに「4。公共性」でみたところを同じ(あるいは吸収される)
構図がある(したがってまた、「第三者補償」と位置づけるべきものでもない)。 そして、この②の側面の不利益については、土地所有者も含めた関係者が、現在 は、納得もいかず、多種多様な不利益の回避・軽減措置が十分に配慮されることが ないまま、しかも、十分な「補償」もなく、受忍を強いられる状況があるともいえよう。
(ア)なお、損失補償基準要綱は、少数残残存者補償、離職者補償といった第三者補償を定めて いる。
(イ)水源地対策特別措置法、発電用施設周辺地域整備法など、いわゆる公共施設周辺地域整備 法は、大規模公共事業が周辺地域にもたらす社会経済的なマイナスの影響を緩和し、あわせて 受益者から開発利益を還元させるシステムを制度化している(宇賀・行政法概説II447頁)。
5. おわりに
1) 損失補償は、古典的な−−偶発的で局所的に発生する−−「収用」とそれに伴
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う「補償」の発想から離れ、直截「公共事業」に視野を拡大し、事業が生み出す多 種多層に積み重なりかつ拡散した利益・不利益の束をどのように調整することが公 平かを問うことを要請されているかのようにみえる。①収用による負担ではなく、公 共事業による負担に視点をおくべきであり、「谷間」の問題ではないし、②解きほぐ す糸口のひとつは、最初に述べたように、利益・不利益のアセスメントとミティゲーシ ョンであり、計画レベルに問題を移行させることであろう。③そのような基盤があって、
損失補償(狭義)は、最後の手段として、再び安住することができると考える。
2) なお、損失補償をめぐる問題のうち、ハカリそれ自体、つまり「特別の犠牲」概念 がもっている抽象性ないしあいまいさには、とりわけ土地利用規制における補償の要 否という形で悩ましい問題状況をつくりだしているが、立ち入ることができなかった。
註
※ 本稿は、2006年11月11日・12日に中国・杭州において開催された東アジア 行政法学会第7回国際学術大会における報告のための「要約」として提出した ペーパーである。大会のテーマは、「新しい行政主体」と「土地収用と補償」で あった。報告の場を与えていただいた学会関係者の方々や中国事務局の 方々に感謝したい。
なお、「国家補償の体系における損失補償の現代的意義」という題名は、事 務局から与えられたそのままのものであるが、私の作成したペーパーの内容は 求められていたものとはいささかずれていたかもしれない。それゆえにまた、そ の内容とタイトルが整合していないのではないかとの指摘も受けたところでは ある。また、損失補償概念の変容を露わにするために予防接種事故をめぐる 論議をもちいたのであるが、必ずしも適切な材料ではないのではないかとの指 摘も受けた。
上記の経緯で作成したものであるため。文献引用等は原則として行ってい ない。本来であれば、加筆修正等を行ったうえで掲載すべきであろうが、若干 の字句修正にとどまっている。
1) 北村和生「国家補償の概念と国家賠償法における違法性」公法研究67号 252頁、2005年が、国家補償の概念の果たしてきた機能に着目して、わが国 の学説史的な検討を踏まえた分析を行っている。
2) 行政判例百選II448頁(小幡純子解説)、宇賀克也「予防接種被害に対する 救済」行政法の争点(第3版)94頁。
3) 行政判例百選II492頁(磯村篤範解説)。
4) 以下の叙述にあたっては、高木光「事業損失」ジュリスト993号147頁、1992年、
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小幡純子「国家賠償法二条の再構成」上智法学論集37巻1・2号83頁、1993年、
38巻2号1頁、1994年に示唆を受けている。
5) 行政判例百選II504頁(内野正幸解説)。
6) 通損補償については、小高剛「通損補償について」名城法学51巻3号、
2002年。
7) 生活権補償に関しては、とくに西谷剛「生活再建補償」小高剛編「損失補償 の理論と実際」110頁、1997年、三辺夏雄「公共用地の取得に伴う生活補償 について」高柳古希「行政法学の現状分析」393頁、1991年。
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