イタリア労働者の学習権と文化の民主的管理
田 辺 敬 子
イタリアでは︑最近数年来︑文化の民主的管理の運動がめざましく展開されつつある︒小論は主として︑イタリアの
労働者階級が︑一九六八年以後の闘争において獲得した︑憲法に基づく学習権の具体化をめぐって︑この文化の民主化
運動とその実態をあきらかにしようとするものである︒
二九六九年の協約により︑われわれは有給の集会時間を獲得した︒そして︑その後の補完協約により勤務中の代表
者の一定時間の組合活動の許可を獲得した︒今日︑われわれは労働者階級として︑一定の有給労働時間を学習の権利と
して行使できるようになったのであり︑われわれはこの権利を階級意識をより一そう深めるためのとりくみに利用した ︵1︶ い︒﹂︵金属労連週刊ニュース稔局↑呂ロ9声陰ρ㌫.︑お逗・戸・望︶
この文脈にみられるように︑ここで論ずる労働者の学習権としての有給﹁百五十時間﹂は︑六八年以後の闘争におい 9 22 て︑労働者階級の権利の一環として獲得されたものであり︑一九七三年十月金属労連の協約規定が作製され︑以後一九
七四年二月にかけて︑講座獲得のために公教育省との交渉が行なわれた︒その具体的内容や講座そのものをめぐる諸問 o
題は後述することにして︑ひとまず︑この学習権の運動をめぐる一般的状況を把握しておきたい︒
このような労働者の学習権は︑一九六八年以後の学生運動が文化の民主的管理の問題として︑広く学園の壁をのりこ
えて地域社会と有機的に結びついていく運動の中で︑拒否された権利の問題︑学校と地域の関係の問題として︑つまり
教育と社会︑教育と労働の世界との関わりの問題としてとらえなおされていく過程で︑労働者︑学生︑教師︑組合活動
家︑社会運動家︑研究者の力を結集して獲得されつつある新しい教育運動である︒
したがって︑それは︑単に労働運動の文脈の中でのみ発展し獲得された権利ではなく︑三歳からの国立幼児学校
︵◎OO已O一騨 dP①古O叶口① ωけ①●①一〇︶の法制化︵一九六八年三月︶︑学校の社会的管理をテーマとする教職員の法的身分に関する
法律︵一九七四年五月︶等なお多くの問題をかかえながらも︑全日制学校︵ωoロo宣①b声o昌09日層Oフル・タイムの総合
教育︶運動の成果や奨学金など教育費援助の普及等と共に︑一連の学習権の保障という大きな教育運動の一側面である
ことをみのがしてはならない︒
このように︑近年イタリアでは︑戦後三十年間に指導階級によって台無しにされた民主主義の価値を回復するために︑
レジスタンス運動に発揮された人民の連帯が︑深刻な経済危機の諸矛盾の中で︑まさにそのような契機を媒介にして力
強く叫ばれている︒
23
二
イタリア共和国憲法は︑宗派主義と世俗主義︑﹁自由な学校﹂と国家の学校という古いパターンをのりこえて︑公教
育を民主的な風土に成立させる基礎をきずいた︵第三三︑三四条︶︒しかし︑ 一九六七年︑バルビアナの学校の子どもた
ちの﹃ある姦師への露﹄に鋭く告発されたように・現実には・公警婆奎義体制の番人として︑あくまでも差
別選別の機能を果してきた︒
ここで︑失われた価値を回復するための学習権獲得の運動の実態に入るまえに︑学習権に関する憲法解釈にふれてお
くことは︑あながち無駄なことではないように思われる︒ ヨ リーナ・ファソチェッルは﹁サルデーニャにおける学習権﹂という論丈で︑憲法に規定された学習権の根拠を以下の
ように解釈している︒
憲法第三殿はその笙項で﹁学校はすべての人に開かれる﹂と規定して︑第二項で少くとも八年間の霧・讐教
育を保障している︒さらに第三項では﹁能力があり︑成績のすぐれた者は︑手段に欠くとも︑学業の最も高い段階に達
理 する権利を有する﹂と規定して︑教育権︵臼﹂﹃﹂けけO 巴一︑一ωけ吟已゜N︷O口Φ︶の補完的.手段的側面としての学習権︵庄馨8呂o 囎︒︒ξ声゜︶の轟を構成している・そして・このような権利は霧響ばかりでなく︑すべての学禁すべての者に開か
民 れ︑文化と教育の﹁真の生産者﹂とならなければならないので︑義務教育の遂行よりも広い内容を有する︒ 主
難警権は︑さらに︑憲法第三三︑三四条の他に︑その基本原理にも根拠が見出される︒憲法第二条は人間の不可侵の の
齢 権利を︑その人格が発達する場としての諸社会的結合体においても認め︑かつ保障している︒憲法第三条では︑共和国
轄は天格の全面発達を妨げる経済的および社会的な障害をのぞくLことを保障する︒そして︑第三条では︑思想の自
の ら 者 由な表明の権利にせよ︑思想の宣布の手段の自由にせよ︑﹁他者の思想を知るため﹂にも宣布の諸手段がすべての市民 働 湧に保障されている︒
列 人格の発達︑思想の宣布そして情報を有する権利は︑したがって︑同時に︑教育権の保護を要請する︒ ー ヨ ィ しかし︑これまでイタリアには︑実際に学習権を認め保護することによって︑すべての段階の学校で教育を受ける権 2
利を実効的に保障する法律はなかった︒ 32 そして︑サルデーニャ州が︑はじめてこの問題にとり組み︑憲法と特別定款の解釈に由来する法的側面からも︑他の 2
州とはあきらかに異なるサルデーニャの社会的現実からも︑一九七二年からの地方再建五ヶ年計画を通じた将来の発達
の点からも︑学習権の具体的な行使により教育権の実効性を保障して︑根本問題の効果的解決をはかるための基礎が築
かれた︒ それは︑一九七一年十月一一日サルデーニャ州法律第二六号であり︑国家による直接的方策が講ぜられるまでの﹁学 習権と全日制学校に関する州の介入﹂を規定した︒しかし︑この内容についてふれるのは本論の主題ではないので︑別
の機会に譲らなければならない︒ここでは︑以上︑ ファンチェッルの論文によって︑﹁学習権は教育権の実効性を保障
するための補完的・手段的側面をなす﹂という把え方をみたわけである︒
ところが︑これとは全く異なった運動論の観点からの解釈がある︒サルデーニャについで︑学習権の問題にとり組み︑
これを法制化したトスカーナ州議会では︑はじめて﹁学習権の実現のための介入とその関連任務の地方自治体への委任﹂ の法律を一九七四年二月に批准した︒これについて︑トスカーナ州の教育・文化顧問シルバーノ・フィリッペッリ氏は トスカーナ州教育.文化局編﹃学習権1その概念の再構成から地域における立証ヘー﹄のまえがきで次のように述
べている︒
トスカーナ州議会の一九七四年二月の論議で︑﹁教育権﹂か﹁学習権﹂かをめぐって︑自由党とキリスト教民主党の
代議員が﹁教育権﹂という用語を主張したのは︑単なる語彙上の穿さくというエピソードにしてしまうことはできない
のではないかと思う︒
教育とは何か与えることであり︑したがって︑受けることであるのに対して︑学習とはさまざまな学び方を総合的に
言い表わす事柄である︒この総合性は社会的諸要素をひき入れようとするものであり︑そのことは次のような学習の理
解の仕方につながる︒すなわち︑学習と労働とは︑概念の上からも︑そしてまたその本質的な任務の表明の仕方におい
ても︑別個であってはならないのであり︑グラムシが労働について与える﹁自然の生命に積極的に関わり︑それを変化
させて社会化する人間固有の手段﹂という定義は︑学習についてもまた該当する︑と︒
そして︑トスカーナ州議会では学習権という表現が法に採択されたわけであるが︑以上のような教育の主体を明確に
させる論議がつくされるような運動がトスカーナには確かにある︒
ここで︑われわれにとって興味深いのは︑次のような歴史的事実である︒国家統一以来︑言いかえれば︑一八五九年
のカザーテ・︵迎以来・義務響は地方自治体の負担に委ねられた・イタリアはそれまで国の大半が諸外国の支配下にお
理 かれていたため︑地方間の経済的格差も大きく︑以後百年にわたって︑その格差は深まりこそすれ是正されることはな 囎 く・いわゆる南部問題として今日なお未解決の社会構造上の諸問題をかかえている︒その教育の側面での根拠となった
駐この警法以来・響における中央権力と地方自治体の役割は・特権階級のための中・一口向等警と拒誓れた者として
批の庶民の学校に分担され︑地方自治体の従属的.補助的役割が明確であった︒ の
擬そして︑含︑暗闇の危機と称される政治的・経済的状況の中で︑国家と社会︑学校と地域︑官僚的中央集権主義と
醐 住民参加の問題が論争の的となっている時に︑このような地方自治体の側の積極的なとり組みは︑中世から都市国家と
労 なお︑学習権に関しては︑これより先︑一九七一年二月二六日〜二八日ボローニャで開催されたイタリァ共産党の全 働 者 しての市民社会の伝統をもつイタリアならではと思われる︒ の
イ ﹁党の勢力︑社会構造︑住民の政治的思想的動向には︑国のさまざまな都市︑地域間に著しい格差があるが︑党全体︑ 2 列国教育会議で︑はじめて議題とされ︑蓋礎の経験︑新教育法︑学習権Lの作業班は次のような動議を出している︒ 路 ア
そして特に基礎︑地域︑工場の組織に次のような要素に分節された学校への参加方針を指示することができると︑﹃基 34 礎の経験︑新教育法︑学習権﹄の作業班は判断する︒ ㌧ 2
0 現在の学校の調整に反対するためには︑その内部における行動に限定するのではなく︑次のような目標のために︑
基礎の機関を活気づけなければならない︒
θ 最も広範な住民層を学校の問題に敏感にする︵父母会︑学校管理人民委員会等︶︒
ω この基礎の機関においては︑共同生活と︑大人と子どもの今までとは異なった関係に基づき︑したがって︑権威
主義と︑支配階級によって押しつけられた文化とイデォロギーに対する無抵抗の同意とを排除する新しい形式の教育を
行なう︵放課後補習︑夜間学校︑研究班︑文化活動班等︶︒
このようなイニシァティヴは階級選別の影響に対抗するために︑そして︑子どもたちが生活している社会環境に集団
的に参加し︑ともに働く能力を発達させるために役立つ︒これらの機関は父母の社会的結合に役立ち︑教師をして地方
自治体に拠点を持つことによって︑地域における動員と闘争の中心とならしめることができるのは明らかである︵二部
制︑特殊学級︑その他の差別構造反対︑すしづめ学級反対︑教育費負担反対︑学校新設︑交通手段の無償︑全日制設置
のための第一段階として給食・放課後補習獲得等の闘争︶︒
地域及び学校の外部の民主的勢力の行動と学校制度の管理の関係について︑大衆行動は公教育省のイニシァティヴに
よって用意された形式での共同管理と現実の教育論理に対して従属的位置をしめる危険を避けることができるという意
味で︑この行動は管理の問題に具体的内容を与えるのに寄与しうると班は判断する︒義務教育といわゆる﹁幼児学校﹂
へのとり組みを優先しながら︑必要なところでは︑学生の闘争と地域の労働への彼らの導入を支援しつつ︑抑圧的︑選
別的そして官制イデオロギーの擁護者の役割を拒否する教師たちと協力して︑後期中等教育に介入する可能性に最大の
配慮を払うのが適切だと考える︒後期中等教育の場合には︑義務段階とは異なり︑全く特定の場合をのぞいては︑家庭
の直接的とりくみを必要としないことは明らかと思われる︒
学習権の領域では︑今日までとり組んで来た形式︵差別・選別反対︶と義務教育遂行︑幼児学校の普及︑全日制︑完全無
償の闘争の他に︑党の州及び全国的要求がいわゆる﹁援助﹂の分野における州の課題と介入に関して︑例えば教育援護
会反対の明確な線を決定して︑左翼多数派の市町村と州や︑他の地方自治体における左派の議員グループのイニシァテ
ィヴに移していけるような一貫した行動方針を決定するよう︑班は提案する︒また︑教員組織や大学と︑そして社会的
政治的鼓舞の役割により学校の外部の現実と関わる能力という意味でも教員の養成に寄与するような基礎の諸運動とも
一致して︑教員の研修と資格付与の事業への地方自治体のとり組みについても強く主張しなければならないと思われる︒
理 基礎の動員と介入が学校に代る構造を創造したり︑改革のための全体的闘争を限定したり︑ゆがめたりするのが目的 管 的 ではないことを充分に認識しながら︑この領域における住民の動員をゆるがせにするならば︑他の形式や方法では容易 主 ︵01︶ 民 にとりかえしのつかない余地を残すことになると班は確信する︒L ︑
刻 このような文脈でみると︑学習権の運動が差別.選別反対︑義務遂行︑保育園の普及︑全日制︑完全無償のための闘 切
と 権 争から発展して︑州の教育援助の課題︑介入と教育・文化の民主的管理の問題︑そのための地域住民の動員︑そしてそ
学 のような運動の拠点としての教師の養成の問題︑さらに学外の諸運動との連帯へと発展していくすじ道が明らかになる︒ 習
嚇そうして︑労働者の学習権の運動も.﹂のような運動の発展途上に見出すことができる︒ の
三 労
タ ︑ 5 ヨ ィ ところで︑現実には差別︑選別がどのように行なわれているかということを︑具体的に数字でみておきたい︒ボロー
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−▲ ∩δ O n4 1 者者者し
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0 6 o
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0 0
︵11︶ ャ金属労連の月刊紙iuによれば︑↓九七〇年現在のイタリアの就労者学歴は
1のようになっている︒イタリア全体でみると︑七一・五%が小学校卒業或い
それ以下の学歴しか有していない︒農業従事者は九五・九%が小卒以下︑工業
も七六・九%が小卒以下という状況である︒また︑表2は同じく学歴別就労者
︑管理職を含む職員と日雇まで含む労働者に大別して比較したものである︒近
︑労働者の教育要求は著しく増大し︑中学校卒業者は一九五一年の三・八%か
一九六一年には七・四%に︑そして一九七二年には表2にみるとおり︑一六・ ︵12︶ %になった︒しかし︑この二つのカテゴリーの差はまだ非常に大きい︒
これらの統計は就労者全体が対象であるから︑当然︑戦前の旧世代も含まれて
るわけである︒そこで︑表3をみると︑最近の学校の様子がわかる︒前述のバ
ビアナの学校が﹁義務教育は落第させてはならない﹂と主張して︑大変な反響
呼んだのが一九六七年で︑この表はその翌年の統計であるから︑それ以前とは
し様子が変っている筈である︒しかし︑一見して明らかなように︑小学校一年
からして既に全国で一二%も落第している︒北部と南部の差も著しい︒この数
は︑今も学校でどのような教育が行なわれているかを雄弁に物語っている︒
このような状況の中で︑金属労連が一九七三年に獲得した︑学習に利用される
給百五十時間の労働時間の減少は︑イタリアの労働運動の歴史に全く新しい事
であり︑政治的にも教育の領域においても非常に重要な事柄である︒特に重要
者埠 労97 就臼 門較 部比 済の 経者 全働 別労 歴と 理 学員 管 職 勺 2 主 表 民
の
化 文
剖 ⇒
働
つ 労
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業 卒 校 学
中 ︶︶ 11⊥ 50◎ −⊥6 ︵︵
一ほ 但
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訳
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品
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