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「姑蘇繁華図」と「清明上河図」の比較

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Academic year: 2021

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「堀に架かった橋の上の乞食」(「清明上河図」部分図) 「大道芸人」(「姑蘇繁華図」部分図)

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 中国の絵画史上、社会生活を表現する風俗画は、その 豊かな内容、独特な美意識、リアリズムという手法など で知られている。宋朝・張択端の「清明上河図」と清朝・

徐揚の「姑蘇繁華図」はその代表作といえる。これらの 作品は「長巻」(画巻)という形で当時の社会生活を表現 しており、不朽の名作であると同時に、ビジュアルな資 料としても価値が高く、まさに社会百科全書的な「歴史 絵巻」という名に相応しい。

 徐揚は、その生没年は明らかではないが、先祖代々、

蘇州で生活していた。乾隆16(1751)年に乾隆帝が初め て南巡(江南地域に御幸)するとき、絵を献上したこと で宮中に呼ばれ、画院の供奉になり、挙人の出身と内閣 中書という職を与えられた。乾隆24(1759)年、彼は名 作「姑蘇繁華図」を作画した。なお、記録に残された徐 揚の作品は35点ある。

 張択端は山東東武の出身で、その生没年は不詳である。

幼い頃、北宋の首都・ 梁(今の河南省開封)に遊学し、

後に絵を学び、翰林待詔という職を授けられた。彼の作

品である「西湖争標図」、「清明上河図」は、「神品」(最高 傑作)に選ばれた。

 徐揚と張択端は平民出身の宮廷画家という共通の立場 を有し、「姑蘇繁華図」と「清明上河図」は、太平無事の 盛世を讃えるという同じテーマを持っている。二つの作 品はともに春を描いており、ともに郊外の農村から着筆 している。そこに「一年の季は春にあり、一国の計は農 にある」という中国で強い影響力を持つ伝統的な理念が 蘊蓄されており、二人の構想は極めて類似しているとい えよう。

 徐揚と張択端は優れた技巧の持ち主であると同時に、

土地の風土人情にも詳しい。その観察は詳細を究め、対 象の特徴をよく把握している。彼らの生き生きとした描 写は、見る者を描かれた場面に引き込むような力を持っ ている。「姑蘇繁華図」と「清明上河図」の両作品は、社 会の現実に密着し、生活の匂いを感じさせるからこそ、

芸術品としての力強さと、ビジュアル的な史料としての 高い価値を持ち合わせたのである。

「姑蘇繁華図」と「清明上河図」の比較

戴 立強(中国 遼寧省博物館・副研究員)

 木製の橋の上には多くの人々が集まっている。親子の乞食に旅 行者らしい二人が渋々金を与えている。右側の乞食の子供が一所 懸命ねだっているが、赤ちゃんを抱いている男はさっぱり相手に してくれない。張択端の筆により、世の中の冷たさが鮮やかに描 かれている。

 閭門の南、城外の埠頭では、大道芸が行われ、たくさんの見物 人や、隣家の窓から眺めている店員も描かれている。若い女の子 が手に長竿を握り、綱渡りをしている。小さな歩幅で足を前後に 動かす様までいきいきと再現されている。この絵から、私たちは 当時の生活の匂いまでも感じることができるに違いない。

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