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Glocal Public Philosophy

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Academic year: 2021

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Glocal Public Philosophy

―Toward Peaceful and Just Societies in the Age of Globalization―

Naoshi Yamawaki

山脇直司著 

LIT VERLAG GmbH

Co.KG Wien

水 内   宏

星槎大学紀要(Seisa Univ. Res. Bul.)共生科学研究 No.12 159〜161(2016)

星槎大学共生科学部

1

世界と日本と地域を串刺しにした認識を!(上原専禄発言)

glocal という言葉に接した時、いつも思い出すのは、上原専禄氏(歴史学者・元一橋大

学学長)のこの一言である。上原氏が創設に関わり、みずから初代所長を務めた国民教育研 究所の研究委員会委員と季刊「国民教育」編集委員となった水内が度々耳にしたのは上原氏 のこの 串刺し の強調だった。

1970年代初頭、委員となって最初の全国研究集会では、山形県国民教育研究所の所員(40 歳代農民)から、刺激的な発言があった。いわく、「いま、村内をちょっと歩くだけで、あ ちこちに 日米安保 がごろごろしておるのが見えてくる」とのこと。彼には、日米安保条 約第2条「日米経済協力」による余剰農産物の流入などによる地元山形や日本の農村に急速 に進む耕作放棄や地域荒廃・農業破壊の拠って来たる根源の本質に迫る認識が成立している。

globalization の荒波が地域・日本・世界を席捲している今、広域的な視野にして緻密な、

本質に迫るような 串刺し の社会認識への習熟・練磨が何人にとっても必須となっている。

哲学、とりわけ公共哲学の第一線で活躍する山脇直司氏による本書(全121ページ)は、

そのような習熟・練磨のための地ならしと論議の発展のための共通の土台づくりに道を開く 恰好の入門書となっている。とともに、globalizationのもとで、平和で公正な社会を構築す るために公共哲学は何をなすべきか、日本および海外諸国における公共哲学思想の歴史的形 成の系譜をどうとらえるかなどの諸問題について、縦横な記述が展開される。glocalな視座 をもって活躍してほしい学生・大学院生、一般市民に、そして国内だけでなく平和・公正・

民主主義を愛する諸国民に広く本書が読まれることを期待する。

図書紹介

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本書は、以下の各章から成っている。

 1 Introductory Overview – Toward a Trans – National Public Philosophy as Comprehensive Trans – discipline for the 21st Century

 2 The Idea and Scope of Glocal Public Philosophy from a Comparative Perspective of Western Philosophies

 3 Rethinking the Legacy of Public Philosophies in Modern Japan

 4 Developments of Ideas on Democracy and Civil Society in Japan from a Perspective of Glocal Public Philosophy

 5 A New Orientation of Philosophy and Ethics after March 11, 2011  6 Re – conceptualization WA(和)for the Culture of World Peace

1では、19世紀および20世紀における公共哲学の展開の軌跡が概観されたうえで、一国 レベルではなくヨーロッパから東アジアまでを包摂して公共哲学の共通的conceptが共有さ れることの必要が強調されている。2では、20世紀西欧の哲学者および哲学諸潮流の比較検 討をふまえて、公共哲学の思想の要諦、扱うテーマの範囲などが簡潔に語られる。Hannah Arendtや Jürgen Habermasなども登場する。

3は、現代日本において、公共哲学の先駆的遺産となるべき人物をあげるとしたらどうな るかという興味深い問題を取り扱っている。著者は、いわゆる京都学派をあげ、田辺元、和 辻哲郎、三木清に注目している。次いで、戦後日本の公共哲学の先達として再評価を試みて いるのが南原繁、丸山眞男、そして中村元、井筒俊彦、廣松渉である。哲学者、政治学者、

宗教学者など8人をあげているのだが、なぜこの8人なのか、8人を抽出した根拠を著者に じっくり確かめてみたいと思った*。

*かつて、近代日本の教育思想家10人をあげて海外に紹介する企画に関わったことがあ る。̶̶ Ten Great Educators of Modern Japan (ed.by Benjamin C.Duke) University of Tokyo Press(東京大学出版会), 1989.主な執筆者は、Edwin O.Reischauer, 寺崎昌男など。水内は、

chap.7. Sawayanagi Masatarou を執筆。関連文献として、成城学園澤柳政太郎全集刊行会編・

第8巻『世界の中の日本の教育Ⅰ』(編集および解説論文は水内)国土社、1976。文部官僚、大 学総長(東北帝大総長時に女子学生の帝国大学への入学を初めて認めた)、小学校長などを歴任 した澤柳の業績は上記8人に遜色がない。各界にそのような先達が多数存在すると思われる。

4もユニークである。ここでは、glocal public philosophyの観点から民主主義思想や市民社 会思想の発展を跡づけるとしたらどんな思潮、どんな思想家をあげるかが問いかけられてい る、と受け止めた。4はpart I、part IIに分けられているが、著者は、part Iでは、先ず自由 民権運動を中心とした明治期、および大正期デモクラシーの思潮に注目している。取り上げ られている思想家などについては、著者独特のものがあると思った。中江兆民、植木枝盛に 始まり、福沢諭吉を経て(福沢に関しては、近年、厳しい評価もあるが――名古屋大学・安

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川寿之輔ほか)、田中正造を挙げたことに共感。ついで、孫文と親交があり中国革命運動を 支援した宮崎滔天(1870〜1922)を挙げていることに感銘を受けた。さらに、その他の著 名な思想家として、福田徳三(1874〜1930、経済学者)と石橋湛山(1884〜1973、元首相)

があげられていることを驚きをもって受け止めた。

なお、これらの過程における負の遺産についても、著者は的確に指摘している。幸徳秋水 や大杉栄らの名前と大逆事件(the High Treason Incident)、朝鮮半島への侵略や創氏改名な どへの言及である。

Part IIでは、日本とドイツにおける市民社会思想の展開がコンパクトに記述されている。

5は一転して現代的な問題である。2011. 3. 11東日本大震災以降の現代哲学・倫理学上 の問題に関する試論的考察がなされる。大震災と原子力発電災害、環境問題などに対する

glocalな視点からの論述が展開され、最後はフクシマ・ヒロシマ・ナガサキ以降の glocal

hope and responsibility に言及して5の考察を閉じている。

5を以て終章かと思ったが、6がある。6では、東洋文化 WA (和)の概念化が志向さ れている。著者なりの独創的な試みと言っていいかもしれない。世界の平和は、政治・経済・

軍事などと切り離しがたいことは言うまでもないが、他方では、文化的風土を耕し、人間相 互の文化理解を深めあう真摯な努力の持続と強化を不可避としている。共生も、文化的風土 の醸成と相互文化理解への努力なしには画餅に過ぎないと言えるのだろう。

3

現代世界は、経済的格差の激しい拡大、異なる民族・異なる宗教間の対立と抗争の深刻化、

核兵器の恐怖などなど…いつ第3次世界大戦の勃発があってもおかしくない時代だといわれ る。そんな時、 共生 を掲げる大学の共生科学部学部長・副学長の激職にある山脇直司氏 の力を込めて上梓した本書が、各国の人びとに広く読まれることを熱望する。日本と日本人 にとっても、globalizationの荒波にのみこまれることなく、 共生 の来し方と行く末に思い を致す上で恰好の随伴の書となるであろう。

最後に一言。globalということに関しての著者の見解と言明は、若輩の胸にもそれなりに 落ちるところがあった。他方、localに関しては、globalizationの時代の哲学のあり方を考え る書であるからして当然のことだが、著者の考えが不肖の若輩には十分に読み取りきれな かったところもある。

蛇足になるが、冒頭に引いた 串刺し 発言の上原専禄氏は、しばしば、「地域の 地方化 」 に警鐘を鳴らしている。地域は、人格形成の途上を自律的に生きようとする個々人が連帯し て生存する拠点であって、行政の末端としての地方とは全く異なるのだという。そのような 存在としての地域が、上意下達の末端としての地方と化しているような社会は危機的状況以 外の何物でもないというのである。ここで、必ずしもファンではないのだが、宮澤賢治を思 い出した。宮澤は「自分の住んであるところを宇宙の中心と考えよう」という。「日本の中心」

「世界の中心」などとケチな言い方をしてないところがいい。久々に上原専禄や宮澤賢治を 思い出させてくれた山脇氏の本書に感謝。

参照

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