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<調査報告>細倉鉱山の閉山について

著者 仁昌寺 正一

雑誌名 東北学院大学東北産業経済研究所紀要

号 14

ページ 71‑87

発行年 1995‑03‑10

URL http://id.nii.ac.jp/1204/00024481/

(2)

<調査報告>

細倉鉱山の閉山について

仁昌寺正一

最初の作業は、 1987年4月に宮城県が組織し た「鴬沢特定地域振興協議会」のメンバーの一 人に仁昌寺が加わり、地域振興計画策定に向け て行った鴬沢町の実態調査であった。その成果 は、宮城県『鴬沢特定地域診断報告書』 (1988 年2月)及び『鴬沢特定地域振興計画』 (1988 年2月)に生かされた。次に、 88年9月には、

仁昌寺、松原豊彦(延命館大学助教授)、井上 博夫(岩手大学助教授)の三人が、細倉鉱山閉 山1年半後の鉱山離職者を対象とした生活実態 調査を行った。その成果は、 「産業構造調整下 の地域経済と住民生活鴬沢町における細倉鉱 山離職者の生活実態調査一」 (宮城地域自治研 究所『宮城の地域自治』第13号、 1989年3月)、

及び「鴬沢町における鉱山離職者の労働と生活 一ヒアリング調査を中心に−」 (東北学院大学 社会福祉研究所『社会福祉研究所紀要』第7号、

1990年3月) として発表された。 さらに89年9 月には、三つの調査を行った。第1に、地域活 性化の切り札としてオープンした「観光坑道」

(細倉マ インパーク)が地域経済の浮揚とどの 程度結びついているかということに主眼を瞳い たものであった。 この調査には、仁昌寺、井上 の二人があたり、その結果は、 「鴬沢町の商業 と地域振興に関する実態調査」 (宮城地域自治 研究所『宮城の地域自治』第16号、 1992年2月)

として発表された。第2に、町民全般を対象に し、鉱山閉山が町民の生活と健康にどのような 影響を与えているかを把握しようとしたもので 1 .はじめに

今から8年ほど前の1987年3月、鴬沢町民の 経済・生活の一大支柱となっていた細倉鉱山が 閉山した。その直接的原因は、85年9月にニュ

ヨークにおいて開催されたG5 (先進5カ国蔵 相・中央銀行総裁会議)の プラザ合意 を機 にわが国において進行した 異常円高 によっ て、経営事業体である細倉鉱業㈱が極度の経営 危機に陥ったためであった。むろん当社は、 こ の経営危機を大規模な合理化を実施するなどし て打開しようとした。 しかしながら、 この過程 で、政府によって「産業構造調整」政策=国内 素材産業スクラップ政策が発表(86年4月) さ れ、 さらに親会社である三菱金属㈱によってリ ストラ戦略の一環として国内鉱山からの撤退が 表明されたことによって、つまり誤解を恐れず にいえば国や親企業から見離されたことによっ て、やむなく閉山に踏盈切らざるをえなかった のである。

細倉鉱山の閉山によって、当鉱山に経済.生 活面で多くを依存してきた鴬沢町をはじめとす る地域には、当然の如く住民の経済.生活基盤 の相次ぐ崩壊・縮小という現実がまちうけてい た。 このような地域の姿をリアルに把握するこ とによって、国や中央企業の選択した 構造転 換 の意味を問うべくささやかな作業を、 これ までわれわれは行ってきた。ここで、 これまで の作業を簡単に振り返っておきたい。

‑71

(3)

表−1 鉛と亜鉛の価格推移 あった。これには、仁昌寺、井上、山本玲子(尚

綱女学院短期大学助教授)の三人があたった。

第3に、閉山とともに鴬沢町外に移住した鉱山 離職者を対象にし、それらの移住後の生活と健 龍の実情を把握することに主眼を置いたもので あった。 これについても、仁昌寺、井上、山本 の三人があたった。

これまでの作業ば以上のようなものである が、 ここでは、 これらに加えて、細倉鉱山閉山 の主原因は何であったのか、閉山時に地元はど のような対応をしたのかという2点について言 及しておくことにしたい。これまで実態調査に よって象てきた鴬沢町の閉山後の状況一地域経 済と住民生活についての状況 との因果関係を みておきたいからである。

国内建値 為替レート

国際相場 為替レート 国内建値

瀞鳴謝 F 円/謹 円/$ (濁り)葺群偶

1980年平均391.27 798.25 530,56 227.78 238.5 211.4 81年平均362.51 915 44 449.69 221 .65 193.0 235.4 82年平均311.00 847.83 439.39 250. 10 173.8 243,5 83年平均280,53 824.98 364 15 238 52 138.8 229,3 84年平均332,38 1,001、24 320.89 238,60 143.7 267.8 85年1月 373.05 900.00 290.71 25517 145,0 257.0 2月 336.86 900 00 289.5(1 261 .38 140,0 263 0 3月 312,77 92262 293 27 259 65 130.0 275.0 4月 314.73 95833 316,49 252.76 135,7 275.0 5月 301.24 952. 17 318 48 25259 135.0 275 0 6月 304.01 907 50 322.79 250.01 130,0 262 0 7月 291.96 847.39 336 11 242 76 135.0 247.0 8月 298.81 830 O0 332.96 238.26 135,0 235 0 9月 293.51 815.71 327.01 23807 135,0 231 .0 10月276.75 753 91 309 34 215.85 120.0 215 0 11月 273.85 672.86 297.25 204,69 120,0 178.0 12月269.86 682 86 297.53 203.83 115.0 174 0 85年平均303.95 845. 12 310.95 239.59 13L3 240 6 86年1月 258.65 700 00 288.97 201 . 19 115.0 174.0 2月 256.88 680.56 26771 18566 105.0 174,0 3月 250.20 670.00 266.38 180.03 100.0 158,0 4月 246.61 698.64 26628 176 60 100.0 158.0 5月 247,50 738. 18 258. 17 167.97 95,0 163 0 6月 277.36 817. 14 257 07 168 96 100.0 170 0 7月 252.03 840.00 243.87 159.64 93,9 1750 8月 263.90 845,71 233.01 15500 90.0 168.0 9月277.02 901 82 232.09 155.7b 95,0 172.0 10月304.69 920.00 226.97 15702 98.2 172,0 11月332.49 910 00 236.07 163 67 107.2 172.0 12月360. 17 870.00 273.63 163.26 115.7 172.0 86年平均277.29 800.78 251. 15 169.54 101 ,3 169.0 87年1月 308.29 839.05 237. 15 155,67 106. 1 169,0 2月 301.29 791.50 238,39 154.50 100.0 155.0 3月305.85 790.00 245.29 152,59 103.0 155,0 4月340.56 790.00 236.89 143.97 107.4 152.0 5月416.00 818.57 238.34 141.55 134.4 148.0 6月386.36 849.09 239.55 145.58 125 5 148.0 7月412.44 860.00 245.92 151.22 131‑5 156.0 8月412 33 860.00 239 89 148.65 130 0 161.0 9月393 27 825.45 23933 143.96 128−3 154 6 10月361‑24 820.00 242. 17 144.55 120 0 149.0 11月361.74 831.43 244.31 136.30 118 4 149.0 12月360 40 860.00 238.88 129 41 120.0 149 0 87年平均363.32 827.79 240.51 145.66 118.7 153.8

鉛LME (濁り)

(垂/t )

530.56 211.4

798.25

221 .65

82年平均 311.00 847.83 173.8 243.5 138.8 238.52

267 8 332.38 1,001.24

255 17

00 440尻 11 290.71

263.0 259 65

4月 314.73 958 33 275.0

252.59 135.0

6月 304.01 907 50 262.0

135.0 235.0 135.0 327.01 238.07 753 91

276.75

12月 269.86 682 86 115.0 174.0 240.6 131.3 700.00

185.66 105.0 3月 250.20 670 00 266.38

10(〕、0

5月 247.50 163.0

7月 252.03 175.0

155.00 90.0 172.0 157 02 98.2 172.0 226.97

11月 332.49 910.00 236.07 163.67 107.2 172.0 169.0 169.0

245.29 152.59 103.0 790.00

156,0 860.00 245.92 151.22 131−5

128−3 154.6

1プラザ合意)h

2.細倉鉱山閉山の主原因について

(1)非鉄金属価格の下落による経営危機

1986年11月7日、細倉鉱業㈱の経営陣は、当 社の労働組合に、細倉鉱山の閉山に関する「申 込書」を提出したが、その文書の中で閉山理由 を四つあげた。そこで、 これらの理由を手がか りにしながら、当鉱山閉山の主原因を明確にし て染ることにしよう。

第1に、長期的な「金属価格の低迷に加え、

昨年秋以降の急激な円高による金属価格の低落 により経営環境が極度に悪化」したことがあげ られた(三菱金属関連鉱山連合組合〔以下、三 鉱連と略記〕「閉山提案内容と基本方針」より)。

このことに関しては、 まず非鉄金属価格の動 きを少し長期的に追って鍬よう。表‑1は、細 倉鉱業㈱の主力商品であった鉛と亜鉛の価格の 推移を、1980年‑87年についてみたものである。

(削倉鉱山閉山ト

(資料)東北通産局鉱山部

これをみるように、鉛の価格(国内建値)は、

1980年にトン当り23万8500円であったものが、

1987年にば11万8700円へ低下している。 7年間 に半分以下になったわけである。また、亜鉛の

−72−

(4)

価格も、 80年の21万1000円から87年の15万38()0 円へと大きく落ち込んでいる。 これらの価格が 長期的低落傾向にあったことは確かである。

では、このようになった原因は何であろうか。

それを明確にするためには、他産業製品と比較 すれば、一種独特の決定方法となっている非鉄 産業製品の価格(国内建値)が決定するまでの プロセスをみてみる必要がある。ごく簡単に鍬 ておくと、その価格は、 まず、世界の金属相場 の基準を設定するLME (LondOnMetalEx‑

change<ロント・ン金属取引所>)において、ポ ンド、及びドルベースで設定される( 1 )。次に それらの価格を円換算した価格(これを写真相 場という)が設定される。例えば、 1987年2月 の鉛の場合には、LME価格301 .29 (de t )

×為替レート238.29 (円f)=71824.52 (円 ' t ) ということになる。最後に、それらの価 格に輸入関税と諸掛り (保険料・運送費・人件 費・鉱山側の利益次ど)が加算され、国内価格 が決定する。 したがって、非鉄金属の国内価格 の下落の原因を明らかにするには、 このような プロセス中の三つの段階の価格の動きに留意す る必要がある。

そこで再び表‑lを詮てゑよう。これをみる ように、鉛のLME価格は、 80年においては トン当り391ポント.、 87年に拓いては363ポンド となっている。低落してばいるものの極端なも のではない。 また亜鉛のLME価格は、 80年 798ポンド‑87年827ポンドと、 この間にはむし ろ上昇している。したがって、それらのLME 価格が国内価格の低落に大きな影響を及ぼして いるのではないことば明らかである。次に、 こ れらの為替レート換算価格を象ると、鉛の場合 には、 80年530円(ポンド換算)から87年240円

(同)へと半分以下になっており、 また亜鉛の 場合には、 80年227円( 卜 ル換算)から87年145

1 1 1 1 1 2 2 2 2 2 2 2

T 2軍

21も1/

6 6

2︑1J

年 調

円(同)へと7年間で大幅に下落している。国 内の諸掛りがプライス・ リーダー (鉛は三菱金 属㈱、亜鉛ば三井鉱業㈱)によって一定水曜で 設定されていることに鑑黙れば、それが価格下 落の原因となっているとは考えられず、やはり、

鉛と亜鉛の価格が下落した最大の原因は、為替 レートの変動にあったといえる。

この中で、 85年秋以降の 異常円高 が発生 した。図‑1でみるように、プラザ合意がなさ れた85年9月には1 ドル=242円であったもの が、 4月後の86年1月には1 ドル=195円、 7

カ月後の同年4月には1 ドル=167円となり、

i 1カ月後の同年8月には1 ドル=152円となっ た。 1年足らずの間に驚異的な勢いで円高が進 行したわけである。 この過程で、鉛価格(国内 建値)は、表‑1で詮るように、 トン当りで、85 年9月13万5000円、 86年1月11775000円、同年 7月9万3000円と、みる黙る下落していった。

亜鉛価格も同様に大幅に下落した。ここにきて、

それまでの価格低落傾向にドライブがかかった

わけである。

そしてこの過程で、細倉鉱業㈱の経営は極度 に悪化していった。 85年10月以降、毎月5700万 円を超える赤字を計上し、 86年9月にば累積赤

可か

−』。

(5)

表−2細倉鉱業㈱の損益状況 (単位:百万円)

鳶首〜〜芝

1977 78 79 80 81 82

上 高

価 益

9,097 9,291

194

13,676 13,591 85

11, 189 11,011 178

l 9 2

Ii 9,600

9,982

382

17, 178 13,972 3,206 上

上 原 利 販売賀、一般管理智

493

687

0 6 9 1 4 7

499

▲ 414

511

▲ 333

5 6 0 1

664

▲1,046 営

営 経

業外収 業外費

益 用 益

199

606

▲1 ,094

6 2 0 5 4 0 5 7 6

295 492 530

1 8 1 8 6 7 2 4 1 360

660

▲1 ,346

3 5 4 4 4 1 3 6 4

▲ ▲

特 ▲ 特 税

別 損

引前利 益 失 益

3 1 9

70

9

▲1 ,285

15 169

▲1,248

2 6 2,410

1 2 1

法人税等引当額

fII ▲1.285 ▲1,248 2,410 606 ▲ 541 ▲ 209

前期繰越利益 当期未処分利益

ワL

7 8 2 6 7 2

銘 刀 2 4 L L

1 2

▲ l

▲1 ,284 利益準備金

利益配当金 任意積立金 次期繰越利益

利益処分

▲ 122 ▲1 ,477

▲1 ,284 ▲2,532 727 ▲L 1,268

(資料)非鉄製練所編『我が国鉱業の概要』、 154ページ。

字が23億円にも達した(三鉱連、前掲資料より)。

かくて、当社としては、円高が、政府の産業構 造調整政策の推進によって一層進む可能性が高 まっていたため、今後の事業展開に明るい材料 を見出せなくなり、閉山という最悪のケースも 視野にいれた対応を考えざるをえなかったので ある。

因象に、同社の累積赤字についていえば、そ れは1970年代後半からのものであった。表‑2 をみ、る.ように、すでにこの時期、同社は毎年の ように赤字決算を続けており、累積赤字を膨ら ませていたのである。ニクソン・ショック(1971 年)以降の円高の漸次的な進行やオイル・ショ ック (1973年)を契機とする資源ナショナリズ ムの高揚の影響を大きく受けていたからであ る(2)。 したがって、同社の経営悪化はかなり 根が深いものであったわけで、 このことも、同 社が閉山に踏盈切ろうとした動きの背景にあっ たことは否定できないであろう。

(2) 「産業構造調整」推進を前提とした 鉱業審議会の答申

第2に、 このような事態の打開のために「一 襖の期待を寄せていた鉱業審議会の答申も. . .業 界関係者が希求して来た抜本的助成策を確立す るには至らなかったこと」があげられた(三鉱 連、前掲資料より)。

この中の「抜本的助成策」というのば、非鉄 金属業界が強く要求してきた、非鉄金属価格が 一定の水準を下回った場合には、国がその差額 を補填する「価格差補給金制度」の創設のこと である。上述のような経営悪化状況にあった細 倉鉱業㈱としては、同社社長が「石炭産業への、

国の手厚い保護のせめて10分の1でいいから、

非鉄金属業界への救済策が取られていればな あ、 とつくづく思うんです」 (「河北新報」 1986 年10月8日) と述べているように、 このような 国の対応こそ、いわば最後の頼皐の綱であった。

ところが、 1986年8月29日に発表された鉱山審

−74−

(6)

表−3鉛の国内需要量と自給率

単位:千トン

69 199 199 55 28.6

72 240 234 67 27.9

73 251 299 58 23. 1

74 195 232 51 26.2

75 204 220 55 27.0

76 235 240 49 20.9 1964

167 170 54 32.3

66 151 146 63 41.7

67 168 170 60 35.7

68 184 182 58 31.5

70 213 208 63 29.6

71 212 221 69 32.5 国内需要丘(a)

国内鉱出且(b) 自給率(b)/(a)"

77 250 249 55 22.0

78 270 273 58 21 .5

85 279 323 5(〕

17.9

87 282 290 44 15.6 79

268 259 51 19.0

80 275 295 49 17.8

81 273 269 47 17.2

82 249 265 51 2{).5

83 267 309 48 18.0

84 283 341 47 16.6

86 268 305 46 17.2

(資料)『79資源エネルギー年鑑」、前掲『鉱業便覧』 1989年版。

議会(3)の答申においては、 この制度の創設は 一顧だにされず、むしろ「企業の自助努力を前 提に、その置かれている事態に応じ、国として も側面から支援していくことが必要である」と して、企業自身の責任と努力によって事態を打 開すべしという方向が打ち出されていたのであ る。この結果、 もはや「一纏の期待」も裏切ら れた細倉鉱業㈱としては、閉山を決断せざるを えなかったのである。

ところで、 この鉱山審議会の答申(正式名称

「鉱山懇談会報告一今後の我が国非鉄金属産業 のあり方と鉱業政策の方向」)は、 1986年9月 12日に通産省に建議され、その後の政府の非鉄 産業政策に決定的な影響を及ぼすことになっ た。そこで、 この答申の内容をもう少し詳しく 魂て詣こう。

その要点は、一つには、86年4月に出された、

21世紀に向けての日本経済の構造転換戦略であ る「前川リポート」 (「国際協調のための経済構 造研究会」報告)−日本の経済構造を「輸出型 経済構造から国際協調型経済構造へ」転換させ るために、輸入促進、市場開放、産業のスクラ ップ。アンド・ビルドの推進、直接投資の推進、

金融自由化などの施策を掲げている−を前提に したものであったことである。そのことは、「今

後、我が国は・ ・ ・国際的に調和のとれた産業構造 を実現すべく、産業構造改革を進めるべき立場 にある。非鉄金属業界においても、 自己を取り 巻く厳しい環境を基本的には、 こうした産業構 造改革という大きな流れの中でとらえ対応し、

新たな展開を図っていかねばならない」 (鉱業 審議会答申、 3ページ) としていることでも明

らかである。

こうした方針上で、 この答申は、我国の非鉄 鉱山を、①優良鉱山、②合理化により経営維持 しうる鉱山、③終掘・閉山に向かわざるをえな い鉱山、の三つのタイプに分け、①については

「ごく限られて」いるとし、それ以外について は縮小・閉山やむなしという方向を打ちだした

(同上、 5−6ページ)。②③が緑とんどであ るから、我が国の鉱山のスクラップ化の方向を 打ち出したといえる。その一方で、我が国非鉄 金属企業の海外投資を奨励し、それらの企業イ

ニシアティブによる非鉄金属資源の海外調達を 図ろうとしていることが注目される。すなわち

「資源大消費国である我が国として国際貢献を 果たすため、…近年の資源発展途上国からの要 請増大を踏まえ資源開発のための技術協力を一 層進めていくことが必要である。 . 、国内鉱山技 術者の積極的活用の観点から、我が国精練業に

−75−

(7)

表−4主要鉱山の閉山

年月 鉱山名

(秋田、銅)終掘、 160名解屈、閉山

(島狼、鉛、亜鉛) 52名を解雇、若干名をクレーエ場に配転、閉山 (愛媛、銅) 50名を解雇、閉山、鉱盤枯渇

(島根、モリブデン) 31名解雇、閉山

(福島、銅)銅鉱石採掘中止、新会社で石炭石、砕石、 タングステンを操業 (埼玉、銅)銅鉱石採掘中止、砕石、石炭石で操業

(三重、銅) 130名解雇 (秋田、銅)終掘、閉山

(青森、鉛、亜鉛) 130名解履、閉山 (青森、砂鉄) 30名解屈、閉山 (秋田、銅) 22名解雇、閉山 (岩手、銅)銅部門閉鎖、珪石で操業 (兵顧、珪石) 30名解雇、閉山

(山形、鉛、亜鉛)累積赤字7晒円、鉱趾枯渇、閉山、 98名解麗

(秋田、銅) 53年5月採掘を中止して採鉱に璽点化し、 5月末より採石のみと なる。

(愛媛、銅) 103名全員配匝転換を実施し、閉山体制へ移行 (茨城、銅)終掘194名解雇

(京都、 タングステン)終掘98名解届 (北海道、銅)終掘87名解届 (京都、 タングステン)倒産59名解届

′(秋田、銅)終掘

(島根、銅)銅部門閉鎖、採石(ゼオライト)で操業 (北海道、マンカン)終掘、 90名解履

(兵暉、金、銀)

(島根、モリブデン)

(兵庫、金、銀)

(秋田、鉛、亜鉛)鉱盈枯渇

(茨城、 タングステン)市況価格の低迷により閉山 (北海道、金、銀)鉱量枯渇

(鹿児島、錫) (秋田、銅、鉛、亜鉛) (北海道、マンカン) (秋田、銅)鉱戯枯渇

(宮城、鉛、亜鉛)市況価格の低迷により閉山、鉛製練のみ継続 (兵頤、錫)市況価格の低迷により閉山

(秋田、銅)鉱趾枯渇

(山形、鉛、亜鉛)市況価格の低迷により閉山 松本鉱業㈱

昭和鉱業㈱

新宮鉱山㈱

溝久鉱業㈱

日鉄鉱業㈱

日室鉱山㈱

石原化工建設㈱

尾去沢鉱山㈱

尾富鉱業㈱

日本高周波鋼業㈱

卯根倉鉱業㈱

江刺興業㈱

丹波鉱業㈱

出羽鉱業㈱

阿仁鉱山㈱

馬木

八 茎

尾去沢

尾 太

︿

︿

︿

︿

︿

1 3 3 5 4 4

5 5 8 9 9 9 E 3

↑ 印

住友金属砿業㈱

日立鉱山㈱

鐡打鉱業㈱

下川鉱業㈱

粟村鉱業㈱

日東金属鉱業㈱

石見鉱山㈱

北進鉱業㈱

㈹坂越大泊鉱業㈱

㈹妙中鉱業㈱

㈹大身谷鉱山㈱

鉛山鉱英㈱

千載鉱山㈱

千歳鉱山㈱

協和鉱業㈱

古遠部鉱業㈱

中外鉱業㈱

花縞鉱業㈱

細倉鉱業㈱

明延鉱業㈱

釈迦内鉱業㈱

八谷鉱業㈱

佐々連

日 立

下 川

島根石見

大 江

大越大泊 大身谷

鉛 山

南古遠部

上 国

明 延

釈迦内

1 2 3 3 4 4 4 4 5

− 3 5 5 6 6 6 6 6 7 7 7 8 7 8 8 8 8 8 8 8 8 8 8 8 8 8 8 8 8 8 8 8 8 8

7 9 9 2 9 6 7 K

Ⅱ 3 7 9 2 2 2 3 5 9 2 2 3 3

(資料)賓源エネルギー庁長官官房鉱業課監修「鉱業便覧』 1989年版、 16‑17ページ。

とっては海外探鉱開発を積極的に進めるべき環 境にある」 (同上9ページ) と。

因魏に、 このような非鉄金属資源の海外調達 という路線は、貿易自由化政策が強力に推進さ れた1960年代から追求されてきたものであっ た。表−3を詮るように、鉛の国内需要量が 1964年の16万7千トンから87年の28万2千トン へ増大している中で、国内自給率は66年の41.2

%をピークに減少傾向に転じ、 87年には15.6%

にまで減少しているが、 このことでも、年々増

大する非鉄金属需要を海外調達によって賄って きたことを理解しうるであろう。そして、 この 過程においてば、ある意味でば当然の如く、国 内鉱山の閉山が相次いだのである (表−4参 照)。 したがって、上の鉱業審議会の答申はそ れまでの路線の集大成的役割を果たすものとし て位置づけることも可能であろう。

尚、ついでにみておくと、我が国の鉛と亜鉛 の輸入先・輸入率の変化は、表−5の通りであ る。十数年前と較べれば、近年、オーストラリ

−76−

(8)

表−5主要輸入先(全輸入量の国別比率)

昭和62年(1987年)

昭和49fia (1974年)

(%)

(%)

5■■■■qq

60.2

191 5.3 4.8 4.6 2.7 1 . 1 0.2 2. 1

オース|、ラリア 中国

ペルー メキシコ 韓国 台渭 その他 カーナ÷ダ

ハミルー

米国

オーストラリア 韓国

フィ リピン イラン 北朝鮮 その他

昭和49年(1974年) 昭和62年(1987年)

(%)

(%)

北朝鮮 韓国

オースI、ラリア 中国

・ペルー

その他

33.3 23.2 14. ] 12.2 5.2 10.0 カナター

ペルー

オース|、ラリア 米国

北朝鮮 韓国 ポリビア

メキシコ イラン プィ リピン ホンジュラス その他

■■d千■■■士■■士士

(街料) 1974年分については、 『地理』 1976年3月号、 1987年分について

は、前掲『鉱業便覧」 1989年版。

表−6主要レアメタルの主用途

主 た る 用 途

鉱 杣 主 た る 用 途

蛍光体、水銀灯、 レーザー素子

蛍光体、光学力'ラス、 レーザー繁子、 ジルコニア 安定剤、超電導

光学カラス、コンデンサ、触媒、水素吸蔵合金、超電導 消色剤、顔料、光学レソズ、触媒、永久磁石 顔料、永久磁石、触媒

セラミ ックコンデンサ、永久融石、 力'ツス添加 永久磁石、セラミゥクコンデンサ、触媒 赤色蛍光体、原子炉制御材

原子炉制部材、 レーザー素子 光学カラス、高演色チンゾ 永久磁石、磁気冷凍 顔料、 レーザー素子 光学カラス、半導体

レーザー素子 光学ガラス、触媒 磁気バプノL 'モリ

秋 ステンレス鋼(LNGタンク等)、構造用合金鋼(自動1世、 Y

船舶、産業機械等)、 シギ、非鉄合金(電子擬器、海水 淡水化プラント等)、磁性材料(スピーカーモーター等)

IC材料、蓄電池、触媒

レアアーヌ

命』 ノI

哩唖肝配師恥n町出勵︑Ⅶ皿

ステン'レス鋼、揖造用合金鋼、 ゞ& シギ、 スー〃:一アロイ (隙 子炉材、航空機部品等)、耐火レンカ

J

超硬工具(ドリル、 カッダ 等)、高速度鋼、耐熱調、線 橇梗(ソィラメント、 力ソ ド芋)、接点(配矼器、瞥報 器等)、触媒

タソヶスラーン

耐熱合金(力.ス・タ ヒン. 、ジェッ ト ・エンジン等)、高 速度鋼、磁性材料(永久磁石、VTRテープ等)、超硬工具 触媒、接蒜剤(タイ‑1γ)

構造用合金鋼、高彊力鋼(パイプ、 ライン用等) 、 レプ.鋼、府速度鋼、線棒板(電子材料等)、触媒、

J、テーン 澗滑油 Ij ノーデン

普通鋼(脱酸、脱硫用)、商マン カン鋼、非鉄合金(アル ミ伝等)、乾電池(減極剤)

マンガン

ナジウノ、 超蹴導、商羅ノー噸(パイプ・ライン)、工具用鋼.触蝶 超電導、耐熱耐食合金、セラミ ックコンデンサ、圧唖緊子、

商弧力鋼

冠極、触媒、電気接点、梢密廷抗線、導電ペース1‑ 、熱電 対、パラジウJゞろう、医療品

ラジウ』

カラーブラウン管、 フェライト、 コンデンサ、花火、光学 力.予弧、著火剤

ストロソチァフ』

蓄珂池、減摩合金、活字、カラス滴澄剤、睡燃剤、触媒 唖解コンデンサ、耐熱材、耐食材、超硬工具、光学レンス 吋極、触媒、ルツ狼、電気接点、熱電対、医擦品 航空樋用瞬造材、化学装匿用耐食剤、電極、塗料、印刷インキ

アソチモン 夕ル

白 金

ブラウン管力.ラヌー、光学カーラス、 フェライト. コンブざソサ、

塗料、印刷インキ、製社、超電導

原子炉燃料被湿剤、酎食材、脱酸・脱窒剤、高力耐導材 セラミ ッグコンデンサ、酸素センサー、耐火物 ヅルゴニウム

(資料)資瞭エネルギー庁長官官房鉱業課監修『鉱業便覧』 1989年版、 228ページ。

ザ弓 一jJ̲

(9)

表−7 鉱業関係予算・財政投融資の推移

(単位:百万円)

1975年度80年度83年腱84年度85年度86年砿87年度88年度89年鹿

790 865 782 725 700 646 616 617 835

923 1 ,005 935 866 807 740 599 526 319

1 , 160 1 ,402 1,001 866 注

25 45 77 69 63 55 50 45 147

457 839 1 ,299 1.294 1,311 1 ,237 1,243

1,001

子守 jJ

実施主体 事莱団 事業団 通産局 事莱団 通産省(局)

予節形態 秀託曹

広域地質織造調査 靖密地質購造調査

新 鉱 床 探 査

鉱物賓睨探査技術開発調査 中'1,鉱山等合理化指導

補 補 委 補

助 助 託 助

金 金 費 金 一般会計

資金運用部 資金借入

自己資金 国内採紅融資 3,700 2,200 2,200 2,300 2,200 2,600 2,200 1 ,500 1,000 事業団

一般会計

財 投

一噸業団補助金 12,000事業団政府保証 476

1 1 ,500

40,000 13,000 13,000 12,000 12,〔)00 12,000

非鉄金属輸入蛍定化備蓄融資

346 (補正1,808)

一般会計 676 635 328 砺業団 政府保証

12,500 12 500

金属砿業経営安定化融資

一般会計

12 500

653 2,393 1, 158 9.700

707 1 ,802 1, 105

12,500

488 2,634 952

121500

343 2,714 837

121500

334 2,591 802

0 4 7 5 7 0 5 7 6 3 5 3 6 8

637 1,306 356 金属鉱業経営資源活用対策

海外鉱物街源基礎調査 資瀕開発協力基礎調査 深海底鉱物資源賦存状況調査等

事業団 事業団 砺業団等 砺業団

委 袖 委 委

費 金 費 費 託 助 託 託 54

41 1 2,806 883 71 1

2,332 1 ,300 l

一般会計

産投出資

自己資金

1, 100 1 ,700 1 ,200 800 900 1,200 900 800 800 恥業団

海外開発償務保証

(価務保証枠累計)

100 (51,000)

200 (55,500)

O (55,500)

0 O

(55.500)

0 (55,500)

0 (55,500)

O (55,500)

0

(弱,500) 砺業団 睦投出資

(55.500)

探査専用船建造・機器搭載

事 率 砺 礪 覗

産投出賢 補助金 政府保証 産投出資 委託費

業 業 業 業

団 団 団 団 団

1.000 0

734 10,000

0 1 ,099 4,000 200

200 1,443

100 1 ,548

200 1 ,623 4,700 100 193の内数

300 1,463 6,200 700 294の内数

700 1 ,542 15,800 0 330の内数 一般会計

ル桶蓄 13,700

200

レァメタル総合対策

4,400 400

国内賦存状況調査一般会計 48の内致 111の内数

投十

海外採鉱融資 財 投 900の内数 1,2Wの内数 900の内数 800の内数 800の内数 事業団 自己資金

探査技術開発一般会計 発電鰻用超電導材開発等電特多様化

48の内数 111の内数 193の内数 294の内数 330の内数事業団委託費

137 140事業団委託費

(資料)資源エネルギー庁長官官房鉱業課監悠『鉱業便覧』 1989年版、 232‑233ページ。

(10)

ア、中国、韓国、北朝鮮からの輸入率が増加し ていることが一つの大きな特徴である。

二つには、 レアメタルの開発・備蓄の重要性 が強調されていることである。すなわち、 「レ アメタルは、今後の我が国の豊かな国民生活の 形成ミ先端技術産業の発展に必要不可欠な資源 であり、非鉄金属業界はその供給を通じ我が国 産業全体の高度化に貢献することが可能であ る。 このため、企業に拓L、ては、探鉱開発の推 進や分離・精製技術の向上等により自ら積極的 に事業機会の猿得に努めていくことが望まれ る」。 「レアメタル備蓄は、我が国にとって経済 安全保障の観点から短期的に有効な対策と考え

られる」 (同上、 9ページ) と。

レアメタルとば、鉄、銅、鉛、亜鉛などの大 量に生産され使用されているベース・メタルと 区別される、地殻中に含有量が少なく大量に得 ることができない金属の総称である (その種類 は表−6参照)。それが重視される大きな理由 は、上の引用文にもあるように超合金や半導体 の素子厳どの「先端技術産業の発展に不可欠の 資源」となっているからである。 このため、政 府も、すでに1980年代前半から、 レアメタルの 開発・備蓄に力を入れ、そのための予算を年々 増額してきたのである (表−7参照)。鉱山審 議会の答申は、産業構造転換政策が発表された ことを機に、 この流れを一層大きなものにしよ うとしたものであったといえよう (4も

三つにば、非鉄金属業界が多角経営を重視し つつリストラを推進すること、 またそのために 政府も強力な支援をすべきことを強調してL、jる ことである。 「非鉄金属業界の多角的展開ば、

基本的には、企業が、技術的、製品特性等に基 づL、て有する潜在的可能性に沿い、 自らの努力 によって進展させることが重要である。 ・ ・ ・企業 の自助努力に対して、国としても環境整備を行

っていく必要がある」 (同上、 10‑11ページ)

と。因象に、鉱業審議会の委員には、細倉鉱業

㈱の親会社である三菱金属㈱の社長も加わって おり、 したがってこのような答申内容には、三 菱金属㈱の意向も反映されていたのではないか と思われる (このことについてはまた後に言及 する)。

ともあれ、このような内容の答申が、その後、

政府の非鉄鉱業政策に大きな影響を及ぼすこと になったのである。

(3) PLG鉱量の不足

第3に、 「残存鉱量については、現行価格の 下では、PLG鉱量が極めて僅かで、実質零に 等しいこと」があげられた(三鉱連、前掲資料

より)。

PLG鉱量とば、現行の金属価格から象て採 掘可能な鉱量のことであり、非鉄金属事業体に とっては採掘事業を継続するか、縮小.廃止す るかの判断の基準となるものである。それは、

価格の高低を基準にして決定するものであるか ら、実物次元での鉱鎧に変化がなくとも、価格 が上昇すれば多くなり、反対に価格が下落すれ ば少なくなる。細倉鉱山の場合にば、閉山直前 まで月31500トン (うち鉛1800トン、亜鉛1080 トン) も採掘されていたし、また新鉱脈も発見 されていたのであるが、如何せん、円高下の価 格水準では、細倉鉱業㈱にとっては採算に載せ るには大きな限界があったといえる。

尚、このことに関して言及しておきたいのは、

細倉鉱山の鉱床の性質のことである。これはヒ アリングによって鉱山関係者から聞いたことで あるが、細倉鉱山の鉱床は、 脈状鉱床 とい われる、断層の切目に有用金属が溶けて固まっ た細脈であるということである。 このような鉱

−79−

(11)

え経営危機に陥っていた1978年にも、従業員を 大幅に削減し(退職者・配転者180人)、生産性 向上が目指された(図−2)。そして、 1985年 秋以降の 異常円高 に直面する中で、やはり 大規模な合理化が実施された。それは、 「緊急 合理化」として86年1月25日に提示されたもの で、賃金の一律5%カット、残業手当の打切り、

日曜祝日の返上、休憩時間の15分短縮など、全 30項目にも及ぶものであった。これによって1

ドル=180円という為替レートに対応しようと したのである。従業員にとっては、むろん労働 条件を極端に悪化させるものであったが、閉山 の危機が迫っていたことから、 「力言,ンの限界 ぎりぎりのところで協力を続け」 (細倉鉱業㈱

労働組合・後藤委員長談、 「河北新報」 1986年 11月9日) ざるをえなかったのである。

しかしながら、その後も円高は進象、 1 ドル

=152円(86年8月) となるに至り、政府の産 業構造政策の推進下、 もばや180円台に戻る可 能性はぼとんどなかった。 したがって、当社と

しては、 これ以上合理化を重ねても経営状態を 好転させることは無理という判断をせざるをえ なか‑>たのである。

図−2 細倉鉱山の従業員数・出鉱量・生産性の推移

20

15

7万

6 5 4 1“0

釦帥如鈍如他

3 2 1 5“

/生産性

〒二一一一一一一一

蝿 1 2

人出生23273441 4651 56 6671 7681 鉱壺 l l l l l l l l l l l l 員且性263340455055606570758085

(資料)鴬沢町「うぐいすざわ」 1986年12月号

(年)

床は、粗鉱1 トン中の有用金属が5%くらいし かなく、 10%くらいが含まれている多くの鉱床 と比較して少ない。 しかも、細脈は、大規模な 機械化による採掘が極めて困難であり、その点 で合理化を推進するにも限度がある。つまり、

採掘作業に手間がかかる割には、利用価値のあ る鉱物愚が少ないのである。 こうしたことも、

細倉鉱業㈱の閉山と無関係ではないように思わ

れる。 (5) 三菱金属㈱のリストラ戦略

さて、以上の(1)〜(4)においては、細倉鉱業㈱

の経営陣があげた理由に即して閉山の原因を探 ってきたのであるが、 この他に、そこではあげ られていなかった、同社の親会社である三菱金 属㈱の判断・対応を象ておかなければならない だろう。細倉鉱業㈱が三菱金属㈱−現在は三菱 マテリアル㈱−の100%出資会社であり、閉山 に際しては、細倉鉱業㈱よりもむしろその親会 社の意向が強くはたらいていたと思われるから である。

(4) 「自助努力」の限界

第4に、 「自助努力はもばや限界に近いこと。

仮に更なる労働条件の引き下げを考慮するとし ても、それで鉱山の再生が図れることにはなら ず、将来展望が持てない実態から、企業として、

それを実施する意味を見出せないこと」があげ られた(三鉱連、前掲資料より)。

細倉鉱山においては、 これまでも、たびたび 大規模な合理化がなされてきた。累積赤字が増

80

(12)

図−3三菱金属グループの従業員の変遷

14,400人 14,000人

13,150人(※)

j需淌 癖

●‑一一一一一一本社・その他

研究開発

エンジニア リング 原子力 新素材 V箙I i300i i ソ・

Fン. L

3,900

●画一

EBOOr

5,263 4号 金属加工

9,700

一−

一一

EnOol

区o弱1 製錬

鉱山

1956年3月 1971年3月 1986年3月

(蕊)三菱金属と主要関係会社の従業員数。その 後、細倉、明延鉱山の閉山で鉱山関係の要 員はゼロ近くになっている。

(資料) 「週間東洋経済」 1987年1月30日号ゞ55ページ

菱金属㈱ばどのよ うな婆舗で臨八 を機に、大川にリストニフ戦略を展開させようと する同社の強L湊甥がみてとルヒよう。

同社のリス│、ラ戦略に関しては、実は『週間

・東洋経済』 1988年l )13(旧号が「三菱金属一

『四半世紀かけたリストラが完成した日』」と いう興味深L、論文を掲救して↓、る。それによれ ば、 195()年代後半から着手された│司社のリスI、

ラは、図−3をみるように、 イく採算部門である では、 そ愛金属㈱はどのような婆甥で│臨んで

L,たのか。 1986年5月26口の「1 1本綴済新聞|

は、 「『鉱l11は特別損失を出Lてもすべて縦蝿す る。代j>》て新素材及びこれを部品分野に会社 を職げて打‑ て出る』 5月初旬、 l'lfi l場か1

ドル=16()間台の中で社長の永野健(63)ばこ う決断した」と、 ・う│同l社に関する記!僻を城せて

↓・るか、 この一文からは、 異常円igi"の進行

81

(13)

ページ)。

このような経営戦略は、その後次のような展 開をみ、せた。アルミ缶部門を中心とする金属加 工部門は、需嬰の急速な伸びとともに好調に転 じ、 85年には飲料用アルミ缶市場で4割のシェ アを握るまでになった。 87年3月期決算では、

同社の予想収益120億円の実に半分がこのアル ミ缶部門で生まれている。一方、不採算部門で あった鉱山部門は、前述のように87年度の明 延(5)、細倉両鉱山からの撤退で、ほぼ整理が 終わった。その際、関係各社評価損、貸倒引当 金繰り入れ、貸倒損失といった名目で154億円 もの損失が発生したが、それらも固定資産売却 益、有価証券売却益等により穴埋めされた(55

‑56ページ)。

かくて、苦況にある非鉄金属業界の「中で一 社、確かに利益が落ち込融はしたものの、回復 の足取りばひときわ軽く、早くもこの62年 [1987年] 3月期には以前の記録を塗り替えよ うとL、う会社がでてきた。非鉄トップメーカー の三菱金属である」 (54ページ) という状況に なったのである(図−4参照)。そして、同社 は「第二の発展期」にふさわしいダイナミ ック なリストラを推進すべ<、原子燃料サイクル施 設の建設、アルミ缶工場のライン増設、超硬製 品の国内工場の増設、ヘルスケア事業の開始、

粉末治山分野と銅精練分野のアメリカ進出など など「大計画が目白押し」の状況にある(57‑58 ページ)。

以上が同論文のあらすじであるが、 このよう な内容から明らかなことは、細倉鉱山の閉山が、

同社の長期的なリストラ戦略の展開上でなされ たものであったということである。既述したよ

うに、国内鉱山のスクラップ化や非鉄金属業界 におけるリストラ戦略の採用などを通産省に答 申した鉱山審議会の委員ヤこは、同社の社長も加 図−4三蕊金属齢の業績

配当

一一

IJ

F I I I I I I J L

侭円

唖 麺 嘩 蜘 郵 岬 0

ロ■■■■■■Ⅱ■■■■■■

~ 売上癌 篭円

z!

目■■

ilif

1

1

V.

0 0 G B 9 Q O U

1975 77 79 81 83 85 87 89

(各3月期)

(資料) 「週刊・東洋経済』 1988年1月30日号、 58ページ。

鉱山部門の整理、金属加工部門、新素材部門な どへの進出というかたちで進行してきたが、

1987年の「明延、細倉鉱山でほぼ終わった」と いい、その結果、いよいよ同社の「第二の発展 期が到来した」という。

同論文によれば、三菱金属㈱のリストラは、

非鉄金属業界の中では、出足が格段に早かった。

同社は、 1955年頃、 まだ鉱山各社が高収益に酔 っていた時分に、既に金属加工分野への進出を はじめた。同業他社と比較し、有力鉱山がなく 鉱脈枯渇に不安があったからである。60年代後 半にはいると、 ヤマ屋からメーカーへの脱皮 の努力は一段と強化された。さらに72年からは、

アルミ缶工場を静岡県富士小山と岡山に着工 し、香川県直島でば120億円を投じて精練設備 の改造に取り組むなど、果敢に体質改造を行っ た。 このような中、石油ショックが発生し、巨 額の投資負担に非鉄不況が重なり無配に転落し たが、なおも金属加工部門への投資を続ける一 方、鉱山部門の分離縮小方針を強めた(54‑55

−82−

(14)

わっていた。 したがって、そのような答申内容 には、同社の意向も反映されていたと考えても 不思議ではない。 このように糸れば、細倉鉱山 は、親会社である三菱金属㈱によって切り捨て られたといっても過言ではないのである。

会を開き、企業誘致を含め た屈用の完全保障を会社側 に求めていく決意をする。

町が開催した鉱山特別委員 会へ労働組合が参加、町側 と懇談。

1987年1月10日…細倉鉱業

㈱と労組が、閉山後の雇用 確保策につL、て基本合意を 確認。

労働組合が、第2回臨時大 会を細倉体育館でき、退職 条件や再就職の完全保障を 条件として、閉山受け入れ を正式に決定。

労働組合の解散式が、歴代 委員長らを含めて、 330人 が出席して行われる。

11月26日

さて、細倉鉱山閉山の原因は多岐にわたるが、

以上の検討から主要なものをピック・アップし て黙ると、①長期的な非鉄金属価格の低迷に、

プラザ合意以降の急激な円高が加わり、細倉鉱 業㈱の経営が極度に悪化したこと、②政府が「産 業構造調整」政策の中で国内鉱山のスクラップ 化の方針を打ちだしたこと、③三菱金属㈱が、

それまで展開してきたリストラ戦略を 異常円 高 の進行と政府の「産業構造調整」政策推進 という動きの中で、一気に強めたこと (不採算 部門として当鉱山を見離したこと)、である。

1月17日

3月3日

3.閉山に際しての地元の対応

このような経緯から窺えるように、労働組合 のこの期間における最大の関心は、閉山後の従 業員の身の振り方であった。閉山それ自体につ いていうと、労働組合は、会社側の提案時点で すでに閉山やむなしという認識・姿勢をもって いたのでばなL,かと思われ、実際、その後開か れた当労働組合の上部剛体である三鉱連の集ま りにおいても、 「今回の提案は我々としてもあ る程度予想されたことであった」とし、その上 で「ヤマの実力は、現在の産業情勢下において は労働条件を更に引き下げて操業するにしても 長時間に耐えることは至難であると判断し雇用 の確保の闘いを進めることとする」としている

(三鉱連、前掲資料より)。

鉱山閉山後の従業員の雇用対策については、

11月7日の閉山提案時に、会社側が次のような 方針で臨むことが、労働組合に伝えられている 次に、細倉鉱山の閉山に際して地元に描いて

はどのような対応がなされたのかを、 とくに細 倉鉱業梯の労働組合、 自治体(役場関係)の動

きを通して染て難ることにしたい。

(1)労働組合

細倉鉱業㈱の経営陣による閉山の提案(86年 11月7日)から閉山(87年3月)に至るまでの 当社の労働組合(組合員360人)の動きを、鴬 沢町の広報誌『うぐ.いすさわ』 (86年12月号〜

87年3月号)から拾ってZ入ると次のようであ為。

1986年11月7日 細倉鉱業㈱が、当社の労働 組合に対し、閉山を指示。

労働組合が、臨時組合員大 11月20日

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(15)

(以下、三鉱連、前掲資料より)。

①全員を解雇した後、新たに設立する細倉精 練㈱に約110人、残務整理のために当面存続 させる細倉鉱業鋪に24〜25人を、 「現地中小 企業ベースの新規条件」で再雇用する。

②親会社である三菱金属㈱に要請し、宮城県 外にある関連会社に移れるように努力する。

③三菱金属㈱の関連工場のうち、地元に適合 できるような工場の誘致に努力する。

④従業員の具体的要求に対しては、 「人事相 談室」を設置して対応する。

しかしながら、労働組合は、三鉱連の指導下、

これらを「従業員の雇用、生活が保障されてい ない極めて冷酷な内容」であるとして拒否し、

次のような要求を会社側に出している (以下、

三鉱連、前掲資料より)。

①年齢を問わず、本人が希望する場合には、

三菱金属㈱の関連会社(地元新設会社及び他 県にある会社)に就職させること。

②家庭事情等により、どうしても三菱金属㈱

の関連会社、 とくに他県にある会社に転換・

移転できない者については、企業誘致と一部 地元就職斡旋により全員再就職を図ること。

③退職者については、 自らの意志によるもの に限ること。

労働組合がこのような要求を出したのは、上 述の如き会社側の対応によっても、なおかなり の数の失業者が発生する恐れがあったからであ る。例えば、地元新設会社の採用予定者は135 人程度であったから、当時の従業員480人から すれば、 3分の1強に過ぎなかった。また、三 菱金属㈱関連の他地域にある職場を斡旋された としても、鉱山関連業務一筋でやってきた高齢 者が多いため(平均年齢が48才、 6割が45才以 上、 4割が50才以上)、新たな職種にスムーズ に転換できない可能性が大きく、 しかもそれら

が高齢扶養親族を抱えていたり、すでに自宅を 建設して↓、たり (住宅戸一ン未払い者を含め て)、農地を所有し農業を営んでいたりする場 合には、そう簡単には、他地域への移転には踏 確切れない者が多かった。その上、円高で工場 の海外移転傾向に拍車がかかっており、地元の 期待にもかかわらず、工場誘致もままならない 状況にあったから、会社側の上述の如き対応に 限界があることは明らかであった。実際、当社 が閉山提案直後に設瞳した「人事相談室」には、

292人しか訪れていない。すでにこの時点で、

180人以上もが 本人の意志 で今後の進路を 選択しようとしていたのである。

このような状況を少しでも改善すべく、組合 と会社側との交渉が続けられる中、ついに87年 1月17日、労働組合の第2会臨時大会において、

閉山を正式に受諾する決定がなされ、続く ,月 24日には、会社側と退職条件について最終交渉 が行われ、 「規定退職金100万円の他、一時金を 紐合員平均(47才平均)で、 350万円支払う」

という条件で合意に達している。

失業者ば、労働組合のこのような必死の対応 にもかかわらず、最終的には297人(1987年4 月現在)にもなっていた。むろんこの数は、細 倉鉱業㈱に働いていた従業員だけのものであ り、 この他に同社の下請け会社からの失業者 180人を含めると、 405人にも達していたのであ る。

尚、この後の雇用をめく‑る動きについては、

仁昌寺・松原・井上「鴬沢町における細倉鉱山 離職者の労働と生活一ヒアリングを中心に−」

(東北学院大学『社会福祉研究所紀要』第7号、

1990年3月) 49‑51ページを参照していただき たい。

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参照

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