̶ ̶
わが国の初等中等教育における
ICT 利活用促進に関する政策 とその展開
三 友 仁 志 † Utilization of ICT in Elementary and Secondary Education in Japan:
Its Policies and Effects
Hitoshi Mitomo
This paper aims to overview policies and public works projects for utilizing Information and Com- munication Technology
(ICT
)in elementary and secondary education and to discuss how ICT can ad- dress challenges facing education in Japan. Ministry of Internal Affairs and Communications
(MIC
)has been working on ICT in education for a decade in collaboration with Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology
(MEXT
). Since ICT is expected to enhance the effectiveness of educa- tion, it has been utilized in many advanced countries such as Finland, Singapore and the Republic of Ko- rea. Each of them has developed a new education system that augments students capabilities. On the other hand, Japan has lagged behind these countries in taking advantage of ICT despite the well-devel- oped network infrastructure.
MIC has conducted a series of projects for promoting the use of ICT in education in accordance with its policies since ICT is recognized as an efficient tool for education. It is shown that ICT was initial- ly used for addressing problems in education such as mitigating the burden of teachers in school admin- istration. Then, ICT is further utilized to create additional values in education through enhancing the ef- fect of education. Most typically, active learning is empowered by adopting ICT in education.
1.
はじめに今世紀に入り,わが国の情報通信インフラ,とりわけブロードバンド基盤の整備は急速に進んだ。
固定系ネットワークでは,光ファイバー網の整備は世界最先端のレベルに達し,
100
パーセントに近 い世帯カバー率となっている。また,移動系ネットワークについても,通信方式の進化により,第4
世代携帯電話が全国的に普及し,スマートフォンやタブレットを利用した高速のモバイル通信が利用 できる環境が整えられた。世界トップレベルの情報通信インフラ整備を誇るにもかかわらず,わが国において,その利活用が 十分ではないと言われる。その一例として,わが国の労働生産性の低さとの関連が指摘される。情報 通信技術(
Information and Communication Technology
,以降ICT
と略す)は基本的に効率化を達 成し,費用を削減するための手段である。したがって,利活用の効果は労働生産性の向上に帰着する と期待できる。しかし,わが国の労働生産性の国際ランキングは2000
年のピークの後,下降の一途† 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授
をたどっており,先進国中最低レベルとなっている。
2000
年はわが国のブロードバンド整備が本格 的に始まった年であるにもかかわらず,以降,労働生産性が先進諸外国に比べ低い状態が続いている ことは,効果的な利活用が進んでいないことの証左ともいえる。なかんずく,教育における
ICT
利活用とその普及度の低さは,教育という特殊事情を勘案しても,先進諸外国に大きく後れを取っていると言っても過言ではない。総務省では,特に初等中等教育にお ける
ICT
利用を促進するため,実証事業を継続してきた。わが国において,教育行政は文部科学省 が所轄しているため,総務省が教育にかかわる場合には当初,ICT
環境の整備を中心に行われてきた が,のちに文部科学省と連携してICT
教育を促進することとなり,全体として,より学校教育シス テムに踏み込んだ事業を展開するようになった。本稿では,わが国の教育における
ICT
の利活用促進に関する総務省および文部科学省を中心とし た一連のICT
教育実証事業の進展を解説したのちに,その特徴と課題を論じる。特に,ICT
が教育 のツールとして用いられるだけでなく,教員の労働負担が非常に大きい現状から,教員の負担軽減と いう課題解決を目的としたICT
活用が進展していること,さらに教育の効果を高めるという付加価 値創出型のICT
活用が期待されていることを解説する。2010
年代に入って実施された一連の実証事業を通じて,教育の課題の解決という当初の目的は 徐々に,ICT
化が進む社会への対応力の育成を含む,より高度なICT
の活用に変化していくことが 示される。このような事業を通じて,実証校から得られた知見が確実に次の事業に活かされていると いえる。文部科学省(2016b
)においても,教育の情報化が目指すものとして情報活用の実践力,情 報の科学的な理解,および情報社会に参画する態度という3
つの側面を通じた教育の質の向上をあげ ている。言い換えれば,アクティブラーニングの視点に立った学習プロセスにおけるICT
の効果的 活用を目指すという方向に大きく舵を切っているのである。著者は,のちに解説する教育における
ICT
の利用促進政策および実証事業に関わった経験から,導入の難しさと同時にその有効性を目の当たりにしてきた。特に,教育の条件において劣る離島など で,その効果は著しい(三友,
2014
)。大都市部においては,その財政力からICT
教育事業が進んで いる地域が多いが,都市型のICT
教育と地方型のICT
教育では,解決すべき課題が異なるので,ICT
の活用方法もおのずと異なってくる。本稿では,特に条件不利地域におけるICT
教育にも配慮 しながら,ICT
を整備する側からICT
教育の変遷を概説し,その効果や課題を論じる。2.
教育におけるICT
の導入(
1
)ICT
教育への期待と情報リテラシーの必要性初等中等教育において
ICT
は有用なツールとなるにも関わらず,わが国のICT
活用は,フィンラ ンドをはじめとする北欧諸国や韓国,シンガポールなどのICT
教育先進諸国に比べ,後れをとって いる。教育にICT
を活用することによって直接的に期待される主な効果は,次のようにまとめるこ とができる。1
)能力の向上知識や理解を深める。コミュニケーションスキルの向上 問題や課題解決能力の向上
̶ ̶
2
)機会の増大アクティブラーニングの拡大
学外の人々とのネットワーク形成,交流機会の提供
3
)効率性の向上教育方法の多様化 教員の事務作業の低減
4
)格差の是正教育ディバイドの縮小 登校の困難な児童生徒の支援
5
)情報リテラシーの向上教員の情報リテラシーの向上 児童生徒の情報リテラシーの向上
このうち,情報リテラシーは,
ICT
教育の効果としてさらに向上が期待されるが,本来的にICT
教育のために必要であるとともに,社会生活においてICT
を活用するためにも必須といえる。子供 たちを危険から遠ざけるために,いくらICT
の利用を制約したところで,実効性には限界がある。むしろ,
ICT
利用のメリットを理解させ,正しい使い方を伝え,また誤った使い方がどのような結果 をもたらすかを認識させることによって,道具としてのICT
を正しく活用する方向に子供たちを導 くべきである。日々の学習の中で,道具としてのICT
の効果的な利用方法を体得し,また不適切な 使用の結果として生じる様々な問題を知ることで,ICT
利用に関する判断力を醸成することができ,そのことが,最近問題となっているネット上のいじめや,個人情報の露出等の問題の意味を理解する うえで有効であろう。
また,
ICT
は子供にとって必ずしもプラスの効果ばかりをもたらすとは限らないので,保護者や教員 から十分な理解が得られない向きもある。特に,ICT
が子供たちにもたらす負の影響は,強調されがち である。さらに,教員の負担を増やすことへの抵抗感も根強い。したがって,ICT
を教育に導入するこ との効果を,客観的に定量的な指標を用いて示すことは極めて重要である。教育に
ICT
を活用することの効果の評価は様々な形で行われている。しかし,定性的な評価が中 心であり,定量的なあるいは統計的な効果の計測は十分とは言えない。清水ほか(2008
)は,因子 分析を用いて,抽出されたいずれの因子においても,ICT
を活用した場合のほうが,高い効果が得ら れていることを示した。経済学的な視点からは,坂倉(2015
)が教育生産関数(例えば,小塩ほか,2009
)にICT
を陽表的に導入した分析を行っている。さらに多くの事例の積重ねが必要である。同時に教員の情報リテラシーも
ICT
教育のためには必須である。十分なリテラシーをもつために は事前の研修は欠かせないが,しかしそれによって十分なスキルが体得できるとは限らないので,実 際にICT
教育の中でこうしたスキルの向上を目指すことも必要である。図1
は,教員のICT
活用指 導力の推移をスキル別に表したものである。教材の準備等ではICT
の活用は進んでいるものの,児 童のICT
活用を指導する能力や授業でICT
を活用して指導する力に関して自信を持っている教員は 少ないのが現状である。わが国の教員は多忙を極めているが,総勤務時間に占める教育に費やす時間 の割合は諸外国に比べ低い。多くの時間を課外活動や校務等に向けられているという現実がある(教員が置かれている状況の国際比較は
OECD
(2013
)を参照のこと)。したがって,リテラシー向上の ために割くことのできる時間には限りがあることも現実である。(
2
)教育におけるICT
導入の現状文部科学省は,学校における教育の情報化に関する調査を実施し,その結果を公表している(文部 科学省,
2016a
)。それによれば,2016
年3
月時点において,ICT
教育に必要なコンピュータ,ネッ トワークおよびインタラクティブ・ホワイトボード(IWB
,電子黒板/白板)の普及は図2-1
〜4
に 示すとおりである。まず,教育用コンピュータ1
台当たりの児童生徒数は6.2
人である(図2-1
)。2006
年3
月では7.7
人であったので,徐々にではあるが普及が進んでいる。IWB
の普通教室への導 入は,2009
年以降,急速に進んでいるが,その整備率は,2016
年度末でまだ22
%に満たない状況で ある(図2-2
)。普通教室の校内
LAN
整備率は87.7
%となっているが,無線LAN
の整備率は26.1
%と低い(図2-3
)。学校が接続するインターネット回線は30 Mbps
以上の高速インターネット接続率84.2
%に対 し,光ファイバーなど100 Mbps
以上の速度を持つアクセス回線の整備は38.4
%にとどまっている。わが国のブロードバンドの世帯カバー率は
100
%であり,超高速ブロードバンドについても2014
年3
月にはすでに99.9
%に達していることから判断すれば,学校のインターネット整備率は極めて 低い。教育用コンピュータについても,耐用年数を超えて使用されているケースもあり,OS
も最新 ではなく,コンテンツの大容量化,高度化に対応できていないことも多い。また,自治体によっても情報化の整備状況は大きく異なり,生徒一人
1
台を実現している自治体が 図1. 教員のICT
活用指導力の推移文部科学省(
2016c
),『平成27
年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要)』,p. 16.
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2016/10/13/
1376818_1.pdf
̶ ̶
図2-1. 教育用コンピュータ
1
台当たりの児童生徒数 図2-2. 普通教室の電子黒板整備率図2-3. 普通教室の校内
LAN
整備率図2-4. 教育用コンピュータ
1
台当たりの児童生徒数図
2-1
〜4
出典:文部科学省(2016c
),『平成27
年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結 果(概要)』pp. 2
‒4, 6.
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2016/10/13/
1376818_1.pdf
ある一方で,極めて情報化が遅れている自治体もある。このような差異は自治体の財政力に起因する ところが大きいが,
ICT
を教育に導入することについて首長が積極的である自治体は一般に整備が進 んでいると言うことができる。図
2-4
には,都道府県別の教育用コンピュータ1
台当たりの児童生徒数が示されている。神奈川 県,埼玉県が全国最低(2015
年平均,8.2
人/台)であり,東京都,千葉県,愛知県,福岡県等,大 都市を含む都県で整備率が全国平均を下回っている。他方,佐賀県(2.2
人/台)を筆頭に,鳥取県,鹿児島県,徳島県,山梨県など比較的人口の少ない県において,整備率が高くなっている。教室の
ICT
環境の格差も大きく,同調査によれば,普通教室の無線LAN
整備率は62.3
%(静岡県)〜5.9
%(愛媛県),普通教室における電子黒板整備率は
126.0
%(佐賀県)〜10.1
%(群馬県)と,都道府県間 に大きな隔たりがある。3.
総務省ICT
教育実証事業の系譜総務省は情報通信のインフラに関する規制と利活用を所轄する官庁であり,教育分野においても,
さまざまな実証事業や普及推進策,調査研究等を通じて,
ICT
の利活用を推進してきた。教育分野に おいては文部科学省との協働が不可欠である。これまで実施してきた主な実証事業は文部科学省と連 携し,教育の効果面では文部科学省が,ICT
環境面では総務省が主体となって,教育におけるICT
利活用を促進してきた。主要な事業は,表1
のとおりである。(
1
)平成22
年度(2010
年度)総務省「ブロードバンド・オープンモデル実証実験」事業総務省「光ブロードバンドの活用方策検討チーム」(
2009
年11
月〜 座長 三友仁志)のもとに,光ブロードバンドの活用方策のひとつとして,地域の公共サービスにおける住民の利便性向上と無駄 の排除によるコストの大幅な圧縮の実現に向けて検討し,「自治体の行政改革モデル検証」とブロー ドバンド・オープンモデルを地域課題解決のために導入する可能性を検証する「地域課題解決支援シ ステムの検証」の二つの検証を行った。
このうち,「地域課題解決支援システムの検証」では,医療統計情報分散共有ネットワークの構築 およびチャレンジドへのトップ技能習得機会の提供に加え,小・中学校職員の業務支援が重要な課題 として取り上げられた。沖縄県宮古島市を対象に,「宮古島市内の小・中学校教員に配布される公務 用
PC
について,生徒の成績管理や,家庭訪問の記録等のソフトウェアをクラウドサービスとして提表1. 総務省の
ICT
教育実証事業実証事業 期間 関連する文部科学省事業
総務省「ブロードバンド・オープンモデル実証 実験」事業
平成22年度(2010年) ―
フューチャースクール推進事業 平成22〜25年度 学びのイノベーション事業 先導的教育システム実証事業
およびICTドリームスクール実践モデル
平成26〜28年度 先導的な教育体制構築事業
スマートスクール・プラットフォーム実証事業 平成29年度〜 次世代学校支援モデル構築事業 出典:筆者作成
̶ ̶
供を受けることにより,ソフトウェアの使用料負担を軽減するとともに,
PC
にはデータが残らない ようにしてセキュリティを高めるという点について,具体的な効果を検証」(総務省,2011
)する実 証事業が展開された。同実証事業を実施した
NTT
東日本の報告書(東日本電信電話株式会社,2011
,p. 1
)によれば,当該実証実験は,「ブロードバンドを活用した小・中学校の業務支援モデルの普及を目的として,教 育分野における教職員の事務軽減を実現するための校務支援システムの機能,使用感及び,校務支援 システムを運用するために求められるネットワーク要件について,ブロードバンド・オープンモデル による地域課題解決支援システムの検証(小・中学校教員の事務軽減の実証実験)を実施するもの」
と位置付けられている。教員の支援を内容としながらも,検証の項目はハードウェア寄りであり,シ ステムの安定的運営のために求められるネットワーク要件を検証することが中心となっていた。教育 の内容自体は文部科学省の管轄であり,総務省がそれに立ち入ることは憚られた結果といえる。
実証地域となった沖縄県宮古島市では,教育委員会および全小・中学校の教員に配布されている校 務用
PC
の実効性とセキュリティを高めるため,クラウドシステムを用いた校務支援システムが全国 で初めて導入された。市内の小学校(20
校),中学校(15
校)および教育委員会にクラウドベース の校務・スケジュール機能,グループウェア機能およびモデル校には児童生徒管理機能が提供され た。主な提供機能は表2
のとおりである。表2. 宮古島市校務支援システムの主な機能
一般校・モデル校への提供機能
グループウェア機能
連絡掲示板 教委・各学校間で情報共有できる掲示板
個人連絡 市内教職員間で,メール感覚でのメッセージの送受信が可能 文書連絡 学校に対しての文書の送信が可能
会議室 教委・各学校で情報共有可能な電子会議室機能.
書庫(共有フォルダ) 地域で共通の申請書の書式やマニュアルなどを簡単に共有可 能
校務・スケジュール機能
予定表 地域・学校・個人の予定表の作成管理が可能
施設/備品予約 校内の施設や備品を任意で登録でき,予約管理が可能.
学校日誌 学校日誌を他の機能に登録された情報を再利用し作成可能
週案
教員別・クラス別に週指導計画を作成・登録・実績の入力が 可能.時数管理ではコマ単位や時間単位での記録集計ができ る
モデル校のみへの提供機能
児童生徒管理機能
出席簿・欠課簿 日々の出欠情報をもとに出席簿を作成可能.また出席簿で入力 された情報をもとに,各時限の欠課管理を行うことができる いいところみつけ 児童生徒の日常的な所見を登録し,蓄積する機能
成績管理 成績一覧,通知表,要録,調査書などの作成や一元管理が可 能
調査書 通知表データから簡単にデータをコピーし調査書の作成が可 能
指導要録 通知表データから簡単にデータをコピーし指導要録の作成が 可能
出典:東日本電信電話株式会社(2011),『ブロードバンド・オープンモデルによる地域課題解決支援システムの検証のうち,小・
中 学 校 教 員の事 務 軽 減 支 援の実 証 実 験に か か る請 負』(平 成22年 度) 報 告 書,http://www.soumu.go.jp/main_
content/000131836.pdf
台風などの自然災害も多く,また橋で結ばれていない離島(当時)を抱えていた宮古島市では,同 システム導入以前は
ICT
の導入が進んでおらず,連絡の多くは電話やファックスなどで行われてい た。1
校に1
メールアドレスが割り当てられるのみで,教員にはメールアドレスが与えられておらず,教育委員会から各校に資料を配布する際には,前日に印刷し,それを
1
日がかりで配達していた。し かし,同システムの導入によって,教育委員会と各学校間の情報共有,文書の送信,書庫機能による 文書の共有,スケジュール管理,学校日誌や週案の作成等が容易となった。さらに出席簿の集計や成 績管理,通知表や調査書,指導要録の作成も可能となった。それまで,校務に費やしていた時間が軽 減され,さらに気象条件などによってときには離島への文書の送達ができなかった状況が大幅に改善 された。システム導入当初,教育に
ICT
を導入することに対して慎重な教員などから抵抗があったが,同 システムの利用により,事務作業の負担が大幅に低減されたため,教員の満足感は高く,実験終了後 は市の予算にて同システムの継続が決定された。その後,システムの更新を経て現在に至っている。宮古島市での成功は,事業者にとってもクラウドによる校務支援システムの普及という新たなビジネ スの機会を得ることとなった。
(
2
)フューチャースクール推進事業総務省の主導による教育
ICT
事業の先駆がフューチャースクール推進事業である。フューチャー スクール推進研究会(座長 清水康敬 東京工業大学監事・名誉教授)の指導のもとに,ICT
機器を 使ったネットワーク環境を構築し,学校現場における情報通信技術面を中心とした課題を抽出・分析 するための実証研究が推進された。2010
年度(平成22
年度)から,小学校10
校において実証研究 がはじまった。翌年度には,上記に加えて中学校8
校,特別支援学校2
校を対象に,文部科学省「学 びのイノベーション事業」と協働し,実証研究が展開された。すなわち,同一の実証校に対して,総 務省側は「フューチャースクール推進事業」として,文部科学省側は「学びのイノベーション事業」として,それぞれの視点から
ICT
教育を推進する体制がとられたのである。総務省は『未来の学習環境をつくる』というパンフレットを作成し,
ICT
を活用した教育分野の情 報化を進めた。ICT
の特徴を生かした学習環境を醸成することにより,一斉学習のみならず,個別学 習や協働学習を推進し,課題発見解決能力,学習における主体的な行動,判断する能力を養い,問題 解決の資質や能力を高める効果を強調した。具体的には,通常授業において,資料作成,グループ ディスカッション,学習発表などが積極的に取り入れられると同時に,教員の指導の多様性,有効性 を高めることが可能となる。さらには,遠隔地との交流や災害時の安心・安全の確保,課外活動での 活用,家庭との連携を通じて,教育の高度化に資することを企図している。他方,文部科学省は『ICT
を効果的に活用した子供たちの主体的な学びの実現へ』(文部科学省,2014
)ほか,いくつかの報告 書及びパンフレットを出版し,ICT
を活用した教育の方法,留意点などを取りまとめるとともに,そ の効果を学力テストやアンケートを通じて把握した。離島における学力の向上を目指した宮古島市下地中学校は,
2011
〜13
年度(平成23
年度〜25
年 度,中学校は2011
年度から実施)総務省フューチャースクール推進事業に採択された。宮古島市教 育委員会による成果報告書(2014
)の冒頭に記載されているように,「宮古島は周辺に複数の離島が̶ ̶
あり,通学エリアも広いなど
,
地域の抱える課題と教育は密接に関連して」(同報告書,p. 2
)いるこ とから,この取り組みを通じて,「より一層の家庭・学校・地域社会の連携を強化し,
宮古島特有の 地域の課題解決を果たす足がかりとする」(同報告書,p. 2
)ことを目標として,より効果的な授業の ための様々な取り組みが行われた。宮古島市では,人口規模に対して学校数が多く,中心市街地を除いて,
1
校当たりの生徒数が限ら れている。また,学校が地理的に分散しているため,全校共通して高いレベルの教育を提供すること が難しい。このような課題を解決するために,ICT
の良さを活かした授業の構築を目指した。全生 徒・教員1
人1
台のタブレットPC
と,全普通教室にインタラクティブ・ホワイトボードおよび無線LAN
を配置し,ICT
を活用した協働教育の推進,学校と家庭・地域との連携の促進,学校間交流の 推進を図るなど,相応の成果を挙げたことがわかる(三友,2014
参照)。(
3
)先導的教育システム実証事業およびICT
ドリームスクール実践モデルフューチャースクール推進事業の終了後,総務省は教育分野における
ICT
利活用及びその普及促 進を加速化させるため,ICT
を活用した今後の教育・学習環境のあり方や,普及方策等について検討 することを目的として2014
年6
月に「ICT
ドリームスクール懇談会」(座長金子郁容慶應義塾大学 教授)を新たに開始した。安価で高性能な情報端末の普及やブロードバンド環境の整備,クラウド技術の進展,ビッグデータ 分析の出現等により
ICT
は大きく進化しており,これらを最大限利活用することで,格差を克服し た学習機会の提供,教育プラットフォームを通じた教育環境のシームレス化,学習記録データを活用 することにより個々の進捗に応じた学習環境の提供などが容易となる。このような観点から,「最先 端のICT
を取り込んだ今後の教育・学習環境のあり方,今後の普及方策や,新たなビジネスの展開 に向けた検討を行うことを目的」(総務省,2014
)として事業が展開された。同懇談会の議論の結果を「
ICT
ドリームスクール」1として整理し,実践モデル案として,「学校・家庭・地域の学びの連携型」,「地域活性化・まちおこし型」および「先端学習スタイル型」の
3
つが 提案された。時流になりつつあったクラウドを活用して,低コストのシステム,デジタル教材の配信 およびOS
を選ばない環境の構築をめざした。提言内容は,総務省「先導的教育システム実証事業(
ICT
ドリームスクールイノベーション実証研究)」(2014
〜16
年度)と連携して推進されることと なった。総務省と文部科学省の合同による事業実施がフューチャースクール推進事業において実現し,成果 を挙げたことから,「先導的教育システム実証事業」においても両者の連携が図られた。さらに,大 きな特徴のひとつは,民間における
ICT
教育事業への参入機運に合わせ,教育ICT
関係団体,企業,有識者等の連携のもとで教育情報化の進展を目指す「
ICT CONNECT 21
(みらいの学び共創会議)」との連携が図られたことである。
クラウドの活用は重要な課題であり,教育
ICT
に求められる教育支援機能および学校や保護者と の間の連携機能の実現を事業では目指した。2013
年に行った「教育分野における最先端ICT
利活用1 ドリームスクールの名は,フィンランドにおいて展開されたクラウドを活用した教育ICT事業であるDream School Project に由来している。
に関する調査研究」において,クラウドを活用することの重要性や技術的手法について知見を得,ク ラウド活用のめどが立ったことから,同事業における『実証地域の選定における実施要領』(総務省,
2014b
)にあるように,「普及モデルとしての学習・教育クラウドプラットフォームを構築し,その日常的な運用や利活用方策を実証することにより,低コストかつ標準的な教育
ICT
システムの普及 モデルとして必要となる機能及び技術仕様を検討し,効果及び課題を検証する」ことが同事業の課題 とされた。そのため,クラウドやブラウザの国際標準技術であるHTML5
を活用したプラットフォー ムを新たに構築し,実証地域として3
地域を選定し,教育クラウドプラットフォームの実効性を確認 し,その成果を普及モデルとして推進することとなった。実証地域として福島県新地町,東京都荒川 区,佐賀県が選ばれ,多数の事業者やベンダーの協力のもとに,教育クラウドプラットフォームが構 築された。3
実証地域に加え,3
年間で68
校が検証協力校として事業に参加した。それらには,フルクラウド モデル校8
校と在外教育施設20
施設が含まれる。3
年間の実証成果を踏まえ,「クラウドで教育をよりよく」を掲げてクラウド活用の先進事例や導 入手順をまとめた『教育ICT
ガイドブックver. 1
』(総務省,2017c
)を作成し,学校や教育委員会に 配布した。さらに,『教育クラウドプラットフォーム 参考技術仕様』および『教育クラウドプラッ トフォーム等 参考調達仕様』を公表し,教育クラウド導入のために技術的ガイドラインを提示した。2017
年12
月に公表された先導的教育システム実証事業評価委員会(委員長 清水康敬 東京工業大 学監事・名誉教授)の最終報告書『最先端情報通信技術を活用した教育クラウドプラットフォームに 関する実証実施報告書』(総務省,2017b
)では,教育クラウドプラットフォームに関する実証環境 の整備と標準の仕様のほか,クラウド利用の成果として,学校現場,地方自治体・教育委員会および 事業者・市場にもたらす効果が示された。特に,クラウドのメリットは相乗りによる費用の削減効果 であることから,個別に整備する場合と比較して,教育クラウドプラットフォームにおいて費用削減 効果がどの程度あるかが試算された。1
校当たりのコストがもっとも大きかった「地域イントラ/個 別構築」を100
とした場合,クラウドを利用することにより約40
%の費用削減が可能となるとの結 果が得られた。さらには,自治体規模を固定して技術間のコスト比較を行ったところ,学校から直接 インターネットに接続し,教育クラウドプラットフォームを利用した場合に最もコストが低くなるこ とが示された(図3
参照)。残念ながら,事業に参加した自治体数が少なかったため,クラウドの費用面での特徴である相乗り 効果,すなわち,参加自治体・学校が増えることによって利用者数が多くなるほど,
1
自治体・学校 あたりの費用すなわち平均費用が逓減するという効果を数値で示すことはできなかった。総務省側は システム整備志向であり,この実証事業ではクラウドの効果検証が目的の1
つであったため費用の削 減効果に重点が置かれたが,クラウドのメリットを示すには十分なデータが得られなかったことは残 念である。しかし,本事業を通じ,国の援助によって構築された教育クラウド基盤は,その後,事業 の幹事社であったNTT
コミュニケーションズによって民間事業として継続されている。教育クラウ ド基盤を国が構築し,徐々に民間に移行していく導入方法は,フィンランドのドリームスクールプロ̶ ̶
ジェクトと同様であり,将来の民間による運用を目指している2。
(
4
)スマートスクール・プラットフォーム実証事業教育における
ICT
のさらなる活用を目指して,2017
年度(平成29
年度)よりスマートスクール・プラットフォーム実証事業が開始された。これまでと同様に,文部科学省との協働による事業となっ ている(文部科学省側は「次世代学校支援モデル構築事業」)。総務省は同事業に併せて,「次世代学 校
ICT
環境」の整備に向けた実証事業を展開する。同事業の目的は,それまで別々に発展してきた授業・学習系の教育
ICT
システムと校務系システ2 フィンランドのEduCloudは,認証・セキュリティ・データストレージ等の機能を担うインフラサービス(Infra Services),
決済・ライセンス管理等を担うマネジメントサービス(Management Services),教材流通マーケット等のカスタマーサービ
ス(Customer Services)から成る。それぞれの責任分担が決められ,官民が役割と責任を明確に分担してクラウド開発・運
用を行っている点がEduCloudプロジェクトの推進体制における大きな特徴となっている。EduCloudプロジェクトは国と 民間コンソーシアムが共に費用を負担し合って推進されているが,導入当初は主導的な役割は国が担ってきた。継続的・自
立的にEduCloudの運営を行っていくため,段階的に国の関与を減らし,EduCloud Allianceと呼ばれる民間コンソーシア
ム主体のプロジェクト運営へ移行することとなっている(三友,2015)。
図3. 利用技術ごとの費用の積算(
5
年利用時の1
校あたり年間金額)比較総務省(
2017b
),『最先端情報通信技術を活用した教育クラウドプラットフォームに関する実証 実施報告書』
p. 211.
http://www.soumu.go.jp/main_content/000517203.pdf
ムを連携し,それによって生成されるデータの効果的な利用を実現するシステムを構築し,そのシス テムの標準化を目指すことである。クラウドをベースとするこのシステムを総務省は「スマートス クール・プラットフォーム」と呼んでいる。
これまで,主にセキュリティ上の懸念から両システムの連携は行われてこなかった。しかし,セ キュリティが確保され,両システムの間で相互にデータを共有し,関連づけることが可能となれば,
より効率的な教育経営が実現し,教員の負担を軽減することができ,同時にシステム上のコストの削 減が可能となる。最終的に,より多くの人的資源を教育自体に投入することが可能となり,教育の質 の改善に寄与することが期待できる。公募の結果,
5
地域19
校が採択され,今後,実証事業が展開 される(総務省,2017a
)。他方,文部科学省「次世代学校支援モデル構築事業」に参加する実証地域の公募によれば,「校務 の情報と児童生徒の学習記録データ(学習履歴や学習成果物等の授業・学習の記録)等を有効につな げ,可視化することを通じ,教員による学習指導や生徒指導等の質の向上や学級・学校運営の改善を 資することを目的とした実証を行う」ことが,文部科学省側の事業目的となっている。
本稿の執筆時点では,スマートスクール・プラットフォーム実証事業評価委員会による実質的な議 論は始まったばかりである,授業・学習系と校務系のシステムを連携させることには慎重な意見も多 いため,真にセキュアな統合システムを構築でき,そのメリットを具体化できるかが同事業の成否の 鍵を握るであろう。
4.
ICT
活用の高度化:課題解決型から付加価値創出型のICT
活用へICT
は課題解決のためのツールと言われる。とりわけ,2000
年以降の重点施策によってICT
イン フラが整備された後に,地域におけるICT
の利活用を促進するために,地域課題の解決のためのICT
活用が次の施策として,推進された。教育におけるICT
活用も,整備された地域ICT
基盤を活 用するための重要な分野ということもできる。しかし,学校におけるICT
基盤の整備が遅れている というこれまでの状況から,地域のICT
基盤の利活用促進という面での貢献を期待することはやや 難しい。したがって,総務省による教育の情報化関連事業も,教育現場におけるハード面での課題解 決や教育の効率化・高度化に資することが主たる目的となる。さらには,近年,さまざまな活動において,
ICT
の積極的な活用により,より付加価値を高める試 みが展開されるようになっている。ICT
によって,まさに,新しいサービスや新事業の創出など,イ ノベイティブな変革が生まれている。教育においても,ICT
の活用を通じ,課題の解決のみならず,新たな教育機会の提供や新しいタイプの教育を通じて,教育の質や効率を高める試みがなされてい る。
総務省は,
ICT
を「学びを主体的・協働的・探究的なものにし(アクティブ),個々の児童生徒に 応じた最適なものにし(アダプティブ),学びを妨げる障害を改善・克服させる(アシスティブ)など,様々な効果を持つツール」3と位置づけ,情報化の推進によって,さまざまな効果の実現を目指してい る。
3 総務省サイト『教育情報化の推進』http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/kyouiku_joho-ka/index.html
̶ ̶
他方,文部科学省(
2016b
)では,2020
年代に向けた教育の情報化によって,次のような目標を達 成することを企図している。・これからの社会において必要となる,主体的・対話的かつ深い学びというアクティブ・ラーニン グの視点からの授業改善や,個に応じた学習の充実
・プログラミング・情報モラルを含む情報活用能力の育成
・エビデンスに基づいた学校・学級経営の推進
・教員一人一人が力を最大限発揮でき,子供と向き合う時間を確保できる環境の整備
これらの目標の実現のために,関係諸組織の連携・協力,産学官での理念の共有と協働が必要である。
(
1
)課題解決型のICT
活用学校における
ICT
機器およびネットワークの整備状況が一向に進まなかったことから,教育現場 におけるICT
環境の改善から学校のICT
化は始まった。ICT
の進展に押される形で教育の情報化が 始まったことは否めないが,ICT
は徐々に教育の高度化,より深い学びのためのツールとして認識さ れるようになった。初等中等教育において
ICT
を導入する局面は大きく分けて2
つある。ひとつは授業および学習面 の教育自体におけるICT
の導入であり,それによって教育の高度化を図るものである。もうひとつ は,教員の事務的作業を支援するいわゆる「校務支援システム」と呼ばれるものである。教育の現場は多様であり,さまざまな課題を抱えている。そのような課題を解決あるいは低減し,
より学びを深めることを目的として,
ICT
を活用するのが第一段階である。情報化社会の到来や社会 のボーダーレス化に伴い,自ら状況を判断する能力の醸成が求められる。そのためには,教育の現場 において,主体的な考察,社会における協働,コミュニケーション能力の強化,および問題発見・解 決力の向上等を推進する必要がある。翻って問題点に注目すれば,自律心の欠如,いじめや不登校な どの社会問題,孤立,社会性の欠如,問題設定・解決能力の不足などが,主要なターゲットとなる。これらのうち,いくつかは
ICT
に由来する課題ともいえる。総務省の役割であるネットワークや
ICT
機器の整備によって,こうした課題の多くは解決の端緒 が開かれる。しかしその効果を社会的に認知される水準に導くためには,教育におけるICT
の活用 が一般に普及しなければならない。これまで,高度なICT
教育は実証事業等で先導的な役割を果た してきた地域や学校にほとんど限られてきたが,これらが学校の総数に占める割合は極めて小さく,波及効果を生み出すことは困難である。
ICT
教育が普及しない最大の理由はコストである。ICT
機器の導入,ネットワークの敷設,教育コ ンテンツ使用料,維持管理費など,ICT
教育のためには,これまでにない費用を一時的にせよ,負担 しなければならない。端末については,BYOD
(Bring Your Own Device
)によって一定のコスト削 減が期待できるが,自らの機器を持参するようになると,システムはマルチOS
に対応していなけれ ばならず,また家庭の所得格差やICT
への家庭の理解の程度を反映してしまうので,なかなか進展 しないのが実情である。コストに見合った便益を定量化して示すことができないので,コストの規模 感のみが突出してしまうことになる。(
2
)付加価値創出型のICT
活用我が国の
ICT
利活用の方向性は,教育に限らず,課題解決あるいはコスト削減の方向に向きがち である。そこには,新たな価値の創造という視点が欠けている。課題解決型のICT
利活用という政 策は,ブロードバンド整備が進み高度な通信インフラが構築されたにもかかわらずその利活用が進ん でいなかったことから,利活用の対象を見出すための直截的な発想と言える。当然ながら,マイナス を小さくすることを企図するものであり,新しい価値を創造するものではない。いわゆる
BtoB
的な活用においては,コスト削減は最大の課題のひとつであり,ICT
はそのための 重要な手段ではある。しかし,BtoC
的側面においては,コストの削減よりも,最終的な利用者ある いは消費者の満足や利便性に訴えることが重要である。デジタルネイティブと呼ばれる世代の子供は,
ICT
機器の操作に慣れるのは簡単で,PC
やタブ レットに関して操作上の困難はほとんどないと思われる。だがそれだけに,機器そのものからは,初 めてのおもちゃを手にしたようなわくわく感はないので,ICT
の利用全体からどのような楽しみや発 見があるかが必要となる。そのため,学習の効率性が高まることによって,学習上の効果を実感でき,理解が深まり学習到達度が高まるよう,
ICT
を活用しなければならない。アクティブラーニングは,学習の主体性,能動性を高めることによって,能力の育成を図るもので あり,
ICT
の効果的活用によって,その効果は高まると期待される。ICT
側から教育の中身について アプローチすることは難しいが,これまで受動的な学習に慣れている児童生徒,それを前提に教育を 組み立てている教員にとって,ICT
の導入は,教育の方法を転換するひとつの大きなきっかけとなろ う。なぜならば,ICT
を用いて効果的に教育を行うためには,従来型とは大きく異なった教育方法が 必要であり,またそうした工夫によって初めてICT
利用の効果を具現することが可能となるからで ある。アクティブラーニングは拡大解釈されているきらいがあるが,期待は大きい。反転授業(
flip teaching
)もICT
の活用によって,実施が容易になる。松原・渋澤・小河・岩出(
2014
)によれは,佐賀県武雄市において小学校高学年を対象に行われた反転授業において,授業が 楽しくなったという児童側の評価がある一方で,教員にとっては一斉型から協働型の授業に転換する ことに伴うさらなる準備が必要であることが指摘されている。また,プログラミング教育やSTEM
(
Science, Technology, Engineering and Mathematics
)の展開におけるICT
の効果的な活用は喫緊の 課題となっている。(
3
)教育機会の提供―リメディアル教育不登校の児童生徒の教育参加には,
ICT
が重要な手段となりうる。そのためにさまざまな援助的ア プローチが考えられている(例えば,関本,2006, 2009
参照)。不登校の児童生徒数は,2012
年以降 増加傾向にあり,減少の兆しを見せていない(図4
)。文部科学省(2017a
)の調査によれば,小・中 学校における不登校児童生徒数は2016
年度において134,398
人にのぼり,全児童生徒数の1.4
%に 当たるという。前年度は125,991
人であり,その割合は1.3
%であった。不登校の原因について,同 調査によれば,本人に係る要因の分類として「不安の傾向がある」,「無気力の傾向がある」が多数を 占め,学校・家庭に係る要因区分では,学校と家庭がほぼ半々であり,特に前者では,「いじめを除 く友人関係をめぐる問題」や「学業の不振」などの傾向が強い。̶ ̶
不登校児童生徒に加え,学校に通うことができても,いじめ等への不安や対人関係の問題など何ら かの支障により教室での学習が困難で,いわゆる適応指導教室と呼ばれる小人数教室や保健室で授業 を受ける児童生徒が相当数存在する。特別な支援を必要とする児童生徒に関して,『特別支援学校小 学部・中学部学習指導要領』(文部科学省,
2009
)では,解説総則等編(幼・小・中)第1
章第2
節 第4
の2
(10
)において,「各教科等の指導に当たっては,児童又は生徒がコンピュータや情報通信 ネットワークなどの情報手段に慣れ親しみ,その基本的な操作や情報モラルを身に付け,適切かつ主 体的,積極的に活用できるようにするための学習活動を充実するとともに,これらの情報手段に加え 視聴覚教材や教育機器などの教材・教具の適切な活用を図ること。また,児童又は生徒の障害の状態 や特性等に即した教材・教具を創意工夫するとともに,学習環境を整え,指導の効果を高めるように すること」と記されており,ICT
の活用の有用性を示唆している4。ICT
ドリームスクール実践モデル事業のうち,「不登校や学習に困難を抱える児童・生徒へのリメ ディアル教育モデル」(2015
年度シャープ株式会社,2016
年度NTT
ラーニングシステムズ株式会社)では,不登校や学習に困難を抱える児童生徒へのリメディアル教育モデルの実証実験を行った。
2016
年度に展開された事業では,適応指導教室に通所する子供の在籍校復帰を支援するため,在籍校教室 と適応指導教室とを臨場感を高めた大画面型のテレビ会議システムでつなぎ,教室への復帰意欲や意4 2017年4月に公表された新しい指導要領『特別支援学校学習指導要領』(文部科学省,2017b)では,では,情報活用能力 の育成を図るため,「各学校において,コンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段を活用するために必要な環境 を整え,これらを適切に活用した学習活動の充実を図ること。また,各種の統計資料や新聞,視聴覚教材や教育機器などの 教材・教具の適切な活用を図ること」(第1章第4節1(3),p. 14)と述べられている。また,障がいの内容に応じ,「コン ピュータ等の情報機器などを有効に活用し,指導の効果を高めるようにすること」(第2章第1節第1款2(6), p. 24ほか)
と述べ,よりきめ細かなICTの活用を求めている。
図4. 不登校児童生徒数の推移
出典:文部科学省(
2017a
),『平成28
年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する 調査」(速報値)について2
』,p. 65.
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/10/__icsFiles/afieldfile/2017/10/26/1397646_002.pdf
識の変化を観察し,その効果を検証した。実証実験期間が短く,また対象生徒数も限られていたため,
有意に効果があったと結論付けるには至らなかったが,実証実験に参加した生徒のモティベーション は確実に上がったことが確認されている5(図
5
)。5.
ICT
側から見たICT
教育における課題(
1
)ネットワーク,機器の問題第
2
節(2
)で解説したように,いまだ学校のICT
インフラ整備は遅れており,ネットワークの容 量も十分とは言えない。特に,自治体のイントラネット経由で学校からインターネットにアクセスす る場合,セキュリティ等の事由によって,通信に制約があり,また速度が十分に出ないことがある。通信ネットワークを通じた遠隔交流を行う場合に支障をきたしたり,アクセスが集中した場合に速度 が急速に低下したりするなど,教育の効果を下げてしまう状況が生じてしまう。独自に回線を設ける ことができればこの問題はほぼ解決するが,費用負担等の問題が新たに発生する。
機器の整備にも膨大な費用がかかる。特に無償で提供する場合には,自治体の負担は大きい。佐賀 県では,
2014
年から県立高校全新入生にタブレット型端末を購入させたが,トラブルも多く,結果 的に無償貸与の方針に転換した6。また,情報機器は陳腐化が早いので,耐用年数を待たずして性能が 不足する事態になりがちである。自家所有する端末を児童生徒が持参するといういわゆる
BYOD
についても,フィンランド7など海 外では導入事例があるものの,日本では難しい。先述の通り,家庭の負担や教育機会の平等性などの5 筆者は2017年1月13日に,先導的教育システム実証事業評価委員として当該実証実験を訪れ,適応指導教室指導教諭,在 籍校校長,および教育委員会関係者から効果や問題点等の説明を受けた。
6 例えば,YOMIURI ONLINE(2017年11月8日)参照。
7 筆者が2015年2月に総務省調査で訪問したフィンランドのカサヴオリ中学校ではBYODが実施されていた。
図5. 沖縄県宮古島市 リメディアル教育モデル適応指導教室(筆者撮影)
注:撮影時は
1
面にのみ投影(在籍校教室映像)されていた。̶ ̶
問題に加え,異なったデバイスや
OS
が混在することにより,システムが不安定化し,結果的に運用 コストが膨らむといったおそれもある。しかし,こうした問題は,技術の発達によって急速に解消さ れると期待される。教員が教育に専念するため,
ICT
教育を行う場合にはシステムやハード面を維持管理するいわゆるICT
支援員の存在は不可欠である。そのため,ICT
教育を効果的に進めるためには,人材や予算を確 保しなければならない。こうした手当てができないと,授業中に教員が機器やネットワークのトラブ ル対応に追われ,教育がおろそかになってしまえば,まさに本末転倒である。特に,システムの導入 や切り替えの際にはトラブルも多いので,役割が一層重くなる。(
2
)クラウド導入上の課題一連の実証実験において,
ICT
の側から見出すことのできる大きな技術的潮流は,クラウドの活用 である。クラウドの利点は,利用主体が同一のプラットフォーム上あるいは連携されたプラット フォーム上で,共同でアプリケーションやコンテンツを利用することによる,コスト削減効果である。さらに,自治体の規模に依存せず,中小規模自治体の学校でもそれに参加することができる点も重要 である。
教育クラウドの費用効果についてはいまだ定量的な評価には至っていない。参考として,やや古い データとなるが,総務省(
2003
)では,複数地方公共団体によるシステムの共同利用により生じる コスト削減効果のシミュレーション結果が示されている。それによれば,住民約1
万5
千人規模の自 治体を想定し,一定の仮定の下,地方自治体数(n
)を10
,20
,30
,50
とした場合における4
年間 の1
自治体あたり平均費用の比較行っている。シミュレーション結果によれば,単独で整備を行った 場合の総費用を100
とした場合,57.3
(n
=10
),38.8
(n
=20
),31.7
(n
=30
),26.1
(n
=50
)と逓 減していくという結果が得られている。あくまでも,一定の仮定の下で計算された仮想的な数値では あるが,相乗りによって,費用負担が劇的に減少していくことが示唆される。しかし,自治体が連携していくことに関しては,障害も多い。プラットフォーム提供側の問題とし てまず,従来のオンプレミス型のサービスからクラウドに移行してしまうと,相乗り効果により収益 が減少するため,それを防ぐために,自治体ごとにカスタマイズした仕様を提供することで収益を維 持しようとする傾向が見られる。さらに,複数のプラットフォームを競争的に維持することが難しい という問題がある。複数のプラットフォームが存在する限りにおいては一定の競争原理が働くが,独 占力を発揮する状況となれば,サービスが硬直化し,かつ料金が高止まりするおそれがある。プラッ トフォームビジネスはネットワーク効果に起因する独占性を有するので(例えば,
Parker
他,2016
参照),同質的なサービスを提供する限り,最終的に独占的な状態に帰着する可能性が高い。自治体側の問題としても,追加的な機能を盛り込み,仕様をカスタマイズしたシステムを求める傾 向があることが挙げられる。みずからの独自性あるいは他の自治体に比べた優位性を発揮するために 独自の仕様を求めれば,相乗りによる費用の削減は望めない。カスタマイズによってシステムは複雑 となり,維持にも費用が掛かるようになる。また,特に小規模の自治体では,技術に明るい職員は限 られてしまうため,技術的なことはベンダーに依存しがちになる。そのため,いわゆるベンダー・
ロックインの状態から脱却することが困難となる。さらに,教育
ICT
の導入意向に関しては,自治体間で温度差がある。そのため,面的展開は容易ではない。クラウドサービスは必ずしも地理的隣接 性を求めるものではないが,ある程度の集積と連携があれば,自治体側に交渉力が備わり,導入に際 して有利に働くといった事情もある。
6.
おわりに 〜将来への展望〜教育における
ICT
の活用については,日本がフロンティアにあるとは言えない状況にある。財源 の不足や教員のリテラシー,インフラの未整備など,原因を列挙することはできるが,それぞれがICT
教育の進展の決定的な阻害要因になっていると断定することはできない。諸外国の通信インフラ は日本に比べ貧弱であるにもかかわらず,より高い生産性をあげている例が山ほどある。初等中等教 育において,ICT
を活用する動きは,徐々にではあるが着実に進展している。しかし,ICT
を教育に 活用するという点において,ダイナミズムに欠ける最大の理由は,真の効果の発現が十分ではないか らではなかろうか。教育におけるICT
の活用の中でも校務支援システムは,慣れてしまえば校務に 費やす時間や労力を軽減することを実感できるため,急速な普及を見せている。ICT
を使った教育が,その効果をあげるには,教育のシステム自体の変革が必要となろう。かつて,オフィスにおける
ICT
化が進んだとき,組織を同時に改革した企業では大きな効果を得た一方で,旧態依然とした組織のままで変革を伴わない場合には,効率化に貢献しないばかりか,むしろ生産性 が低下するというケースも生じた。その類推で言うならば,
ICT
を活用して成果を挙げるためには,教育システムの大胆な転換が必要となる。効果発現メカニズムを具体化し,
ICT
を教育に活用するこ とによる成果を示せなければ,世間を納得させることは難しい。教育の効果を定量的に把握すること は難しく,また単純に成績の向上だけで示せるものではないが,しかし明確な効果の発現に欠けるこ とも事実である。一定の効果は認められるものの,社会がICT
教育に向かうムーブメントを生み出 すほどではないということだ。東原(
2008
)は,1970
年以降2008
年までの初等中等教育における学力向上を目指したICT
の活 用の変遷について体系的にまとめており,結論の中で「教員としてのこれまでの発想のままで可能なICT
活用法と自らの発想を変革しなければ使えないICT
活用法があることを知るべきである」(東原,2008, p. 250
)と述べている。すなわち,ICT
を効果的な道具として活用する方法を確立する必要が ある。総務省の教育