第 2 章 電子回折法と熱振動
2-1 はじめに
電子回折法によって表面原子の熱振動振幅を決定することは、表面原子に対するデ バイ・ワラー因子(温度因子)を求めることに相当する。デバイ・ワラー因子とは、
回折強度の計算に原子の熱振動の効果を取り入れるためのパラメータを指し、熱振動 振幅と直接関連する値を持つ。デバイ・ワラー因子の値を決定するには、計算から求 めた回折強度と実測回折強度とを比較すればよく、回折強度計算において両者の強度 が一致するように設定したデバイ・ワラー因子から熱振動振幅を求めることができる。
本章では、電子回折法を用いて原子の熱振動振幅を決定するための理論的背景を述 べる。まず、デバイ・ワラー因子と回折強度の関係を、続いて、デバイ・ワラー因子 と熱振動振幅の関係について詳述する。次に、本研究で用いた解析手法である透過電 子回折法(transmission electron diffraction: TED)、および反射高速電子回折法(reflection high-energy electron diffraction: RHEED)における回折強度の計算方法、および表面原 子の熱振動振幅の導出方法を述べ、両手法を用いることによって熱振動の方向性を考 慮に入れた解析が可能であることを示す。
2-2 回折法と熱振動振幅
2-2-1 熱振動振幅とデバイ・ワラー因子(温度因子)
原子の熱振動の振動数はせいぜいマイクロ波から赤外線の領域、1011~1013 s-1程度 であると言われている[1]。これに対し、通常の電子回折に用いる電子の振動数は約 1015~1018 s-1である[2] 。そのため、熱振動する原子を電子から眺めた場合には、各 格子点からランダムにずれた位置に原子が静止して存在しているように見えること になる。回折強度の測定時間は最短でも 10-1~10-2 秒というオーダーであるから、
電子回折法では熱振動による原子変位を時間平均で近似して考えるのが一般的であ る。本節では、以上を考慮して、熱振動する原子の集合体(結晶)からの電子回折強 度を一回散乱近似(運動学的回折理論)のもとで数式化することを目的とする。
熱振動により、結晶内のj番目の原子が平衡点(格子点)rjから熱振動によって∆rj だけずれた位置rj′に存在しているとすれば、電子の散乱振幅ψ は、
( )
∑
− ⋅ ′=
j
j
j i
f πK r
ψ exp 2 (2.1)
と記述できる[2,3]。ここで、 fjはj番目の原子の原子散乱因子、K(=2sinθ/λ)は 電子の散乱ベクトル、λは電子の波長、θは回折角である。このとき散乱強度Iは、
複素共役な散乱振幅
∑ (
⋅ri′)
i
i
f K
= i π
ψ* exp 2 を用いて、
( )
( )
( )
( ) ( ( )
∑ ∑ )
∑∑
= ≠
∆
−
∆
−
−
− +
=
− ′
− ′
=
=
i
j i j
i j i
j i
j j
i j
i j i
j
i i
f f f
i f
f I
r r K r
r K
r r K
π π
π ψψ
2 exp 2
2 exp
*
2 (2.2)
と変形できる[2]。(2.2)式中の∆rjと∆riは時間とともに変化するが、前述したように実 際に観測される回折強度は時間に関する平均値であるから、 (2.2) 式の時間平均(<
>で表す)を考えればよい。したがって、(2.2)式は、
( )
( ) ( ) ( )
∑
∑
≠∆
⋅
∆
⋅
−
−
− +
=
j i
i j
i j i
j i
i f f i i i
f
I 2 2πK r r exp 2πK r exp 2πK r (2.3)
となる。個々の原子の熱振動が互いに独立であるとの仮定(2-2-3 節参照)のもとで は、∆rjと∆riそれぞれの時間平均を考えればよいため、(2.3)式はさらに、
( )
( ) ( ) (
i)
j i
j i
j i
j i
i f f i i i
f + − K r −r − K⋅∆r K⋅∆r
=
∑ ∑
≠
π π
π exp 2 exp2
2 2 (2.4)
と変形できる。熱振動する原子の格子点からの変位(∆r)が位置ベクトル と比べ小 さいと近似(微小振動近似)すれば、時間平均項
r
(
−2πiK⋅∆rj)
exp(
2πiK⋅∆ri)
exp は
それぞれの<>内をマクローリン展開でき、3次以降の項を無視すると、
( ) ( )
( ) ( ) ( ) ( )
⋅∆
−
∆
⋅
+
− ⋅∆
−
∆
⋅
− +
≅
∆
⋅
∆
⋅
−
2 2 2
2 1 2 2
1
2 exp 2
exp
2 2
i i
j j
i j
i i i i
i i
r r K
r K r K
K
r K r
K
π π π π
π π
(2.5)
となる[2,3]。今、個々の原子の熱振動が互いに独立であると仮定しているため、(2.4)
式<>中の第二項の時間平均はそれぞれ0となり、
( ) ( ) ( )
( )
(
2 2)
2 2
2 exp
2 1 2
2 2 2
1
j j j
j
i i i
r K
r K r
r K K
∆
⋅
−
−
≅
− ⋅∆ +
=
− ⋅∆
−
∆
⋅
− +
π π π π
(2.6)
と変形できる。(2.6)式中において
(
− ⋅∆ j)
2 =Mj2π2 K r (2.7)
とすれば、(2.4)式におけるi=jの項を第二項Σ中に含めることによって、回折強度は、
( ) ( ) ( ( ) )
( )
(
1 exp 2)
22 exp exp
exp
j
j j
i j i
i ji
j j
f M
i M
f M f
I
∑
∑
−
− +
−
−
−
−
= πK r r
(2.8)
と書き直すことができる。この (あるいは )をj(i)番目の原子のデバイ・ワ ラー因子(温度因子)と呼ぶ。(2.7)式から、M は熱振動振幅
Mj Mi
j ∆rjだけでなく散乱ベク トルK(=2sinθ/λ)、つまり、散乱角θにも依存することがわかる。
ここで、(2.8) 式の持つ物理的意味について考える。(2.8) 式の第一項は、「それぞ れの原子散乱因子 fj、fiを熱振動に伴う減衰項exp
(
−Mj)
、exp(
−Mi)
で補正したもの」と、「熱振動のない結晶構造(原子位置)からの回折項exp
(
−2πiK(
rj −ri) )
」の積に相 当する。したがって、結晶からのブラッグ回折スポットの中心位置は、熱振動の有無 や大きさに依存しないものの、その強度は∆rの増加とともに減少することがわかる。また、散乱角θの増加に伴って、第一項の強度は指数関数的に減衰することから、散 乱角の大きなブラッグ回折スポットの方が、熱振動に伴う回折強度の減衰が大きいこ とがわかる。
rj
∆
j
)
M
2
fj
次に、(2.8)式の第二項について考える。この項は熱振動振幅 、回折角θ、およ
び fj 2の関数であり、結晶構造には依存しない。∆rjのオーダーが約 0.01nm 程度[脚 注 1]であることを考えると ∆rjよりもθの増減が第二項に及ぼす影響の方が圧倒的 に大きいことがわかる。θの変化に対する第二項の強度は図2-1 に示すように振る舞 い、θが0の場合にこの項は0となり、θの増加とともに急速に増大して極大値に達 する。さらにθが増加すると、
(
1−exp(
−2)
の寄与は急激に小さくなり、 fj 2に従 って減少する [2]。このような挙動を逆空間で考えると、第二項の強度は、回折スポ ットの位置近傍では弱いものの、スポットから離れると に従う分布を持つことに なる(図2-1)。このように、原子の熱振動にのみ起因する散乱強度は、温度散漫散乱 強度、もしくは、フォノン励起に伴う非弾性散乱強度と呼ばれる[2,3]。最後に、(2.8)式の第一項(ブラッグ回折強度)と第二項(温度散漫散乱強度)の関 係を調べることにより、解析に用いる第一項の強度測定に際して第二項がどの程度影 響を与えるかについて考える。図2-2に示すように、第一項に従い、一回散乱近似の もとで散乱角0の位置にブラッグ回折スポットが存在しているとする(図2-2(a))。こ のとき、このブラッグ回折強度に熱散漫散乱強度が与える影響は、スポットから離れ た位置に限られており、ブラッグ回折強度にはほとんど影響を与えないことがわかる。
ただし、試料のドメインサイズが小さいなどの理由によって、ブラッグ回折スポット が大きな幅を持つ場合(図2-2(b))には、熱散漫散乱強度とブラッグ回折強度とが重
なってしまうことを強度測定の際に留意しておく必要がある。
2-2-2 平均二乗変位とデバイ・ワラー因子との関係
結晶中の原子の熱振動振幅を平均u であるとするとデバイ・ワラー因子M とu は、
M=2π2
(
−K⋅ ∆r)
2 =8π2u 2 sinλθ
2
(2.9) の関係にある[5]。 (2.9)式を(2.8)式に代入すれば、熱振動する原子の集合体からの回
折強度を熱振動振幅の平均二乗 u2 12(これを平均二乗変位という)の関数として表 現できることがわかる。
2-2-3 熱振動の統計的モデル
前節で述べた平均二乗変位 u2 12を用いれば、原子の熱振動振幅を評価することが できる。一方、以下に示すように、原子の熱振動状態を固体の物理的性質と関連付け て議論することもできる。そのためには、原子の熱振動を統計的な方法に基づいたモ デルを用いて取り扱う必要があり、そのモデルとしては、古典的モデル、アインシュ タインモデル、デバイモデルの3 つが有名である[4,5,7]。以下では、これらのモデル の共通点と相違点についてまとめる。
まず、上述した熱振動のモデルの共通点を表2-1に、相違点を表2-2に示す。全モ デルに共通する点は、原子の熱振動を調和振動子であるとみなすこと、ならびに、結 晶の両端では原子が同じ振動状態にあるという境界条件を考慮することである(表 2-1)。一方、表2-2 における各モデルの相違点に目を転ずると、アインシュタインモ デルとデバイモデルが古典的モデルと大きく異なる点は2つに集約できることがわか る。1つは、調和振動子の持つ時間平均のエネルギーを量子力学に基づいて記述した ことである。もう1つの相違点は、そのエネルギー分布が量子統計力学におけるボー ズ-アインシュタイン分布(関数)に従う点である。それゆえ、アインシュタインモ
デルとデバイモデルは古典的モデルに比べはるかによい近似となっている。例えば、
古典的モデルでは、低温領域の比熱[*脚注 2]を再現できないのに対し、アインシュ タインモデルやデバイモデルでは、すべての温度範囲でよい近似となっている[4]。一 方、アインシュタインモデルとデバイモデルの大きな違いは、前者ではすべての調和 振動子が同じ振動数を持つと仮定するのに対し、後者では個々の振動子が異なる振動 数の値を持つことが許される点と結晶の周期性が考慮される点である。このため、デ バイモデルの方がアインシュタインモデルよりもよい近似となっている[4,7]。実際、
回折法においてはデバイモデルに基づいて回折強度の計算や熱振動振幅の評価がな されることが多く[3]、これらの特徴により、本研究でもデバイモデルに基づいて解析 を行うこととした。
2-2-4
デバイモデルに基づくデバイ・ワラー因子の表現
前節で述べたデバイモデルの特徴をまとめると、
ⅰ)個々の原子が独立に3次元の調和振動をすると仮定して、個々の振動子のエネ ルギーを量子論的に取り扱う。
ⅱ)原子の集団を均一な連続弾性体の結晶として近似する。
となる。本節では、このデバイモデルに基づいてデバイ・ワラー因子を表現する。そ のために、まず、ⅰ)を満たすように(2.7)式中の∆rjを記述する。
熱振動振幅という物理描像は古典力学的であるのに対し、デバイモデルでは調和振 動子のエネルギーが量子力学に基づいて記述される。したがって、古典力学と量子力 学で表現される調和振動子の全エネルギーが等しいと仮定することにより、熱振動振 幅に量子論で記述される情報を盛り込む。古典力学では、各調和振動子の全エネルギ ーの時間平均 E は、運動エネルギーと弾性エネルギーそれぞれの時間平均の和で与 えられる。両エネルギーの時間平均は等しいため、j番目の原子の熱振動振幅∆rj(3 次元)を用いて次の関係式が得られる
2 2
2 2 2 2
2 2
2 1 2
1 2
1 2
j
j j
j
m
m m
m k E p
r
r r
r
∆
=
∆ +
∆
=
∆ +
= ω
ω
ω (2.10)。
ここで、m、 、k ω、pはそれぞれ、質量、力の定数、振動数、運動量であり、古典 的な調和振動子が従う運動方程式から導出される
m
= k
ω を用いた。一方、量子力学 に基づく場合、各調和振動子の全エネルギー E は状態数の時間平均 n を用いて、
hω
< >+
= 2
n 1
E (2.11)
と記述できる。hはプランク定数である。量子化された調和振動子のエネルギー分布 はボーズ-アインシュタイン分布(関数)
1
1 exp
−
−
=
T n k
B
hω (2.12)
に従うことが知られている[4,6]。ここで、kBはボルツマン定数、Tは温度である。(2.12) 式を(2.11)式に代入し、(2.10)式と比較することにより振動振幅の 2 乗の時間平均
2
rj
∆ は、振動数ωの関数として
( )
=
∆ j m kBT
ω
ω hω h
2 coth 1 2
r2 (2.13)
と表すことができる[3]。
(2.13)式中のωの数は、結晶中に許されるすべての振動モード(基準振動)の数だ
け存在するため、ωに対してその総和をとったものが(2.7)式中の となる。結晶中 の全原子(全振動子)の数をNとすると、1つの振動子につき縦波1つ、横波2つ(x、 y)の計3つの振動モードが存在するので、結晶中に存在する振動モードの総数は3N 個である。したがって、(2.13)式を
2
rj
∆
ωに対して3N個の総和をとると、
( ) ∑
∑ ∑
=
=
∆ N
B
N N
B
j m k T ω m k T
ω ω
ω ω
ω
ω hω h h h
2 coth 1 3 2
2 coth 1 2
3 3
r2 (2.14)
となる。さらに、(2.14)式の和を積分に変換すれば、
ω ω ω
ω
ω ω
T d k m
T k
m crystal B
N
B
∫
∑
=
h h h
h
2 coth 1 3 2
2 coth 1
3 2 (2.15)
が導かれる。以上より、h=h/2πとして(2.7)式のMjは、
( ) ( )
ω ω ω
λ θ π
ω ω ω
λ π θ
λ π θ π
T d k m
h
T d k m
M
crystal
B crystal
B j j
j
∫
∫
=
=
∆
=
∆
⋅
−
=
h h h
2 coth 1 1 sin
6
2 coth 1 3 2
8 sin
8 sin 2
2 2 2
2 2
2 2
2 K r r
(2.16)
と表せる。
続いて、ⅱ)原子の集団を均一な連続弾性体の結晶として近似する、という条件を
(2.16)式に反映させると、(2.16)式に積分範囲が生じる。連続弾性体に関する条件から、
表2-2に示すように、振動子の分散関係(熱振動の波数ベクトルkと振動数ωの関係)
はω =vsk に従う必要がある(図2-3)。ここで、 は結晶中の音速であり、結晶内を 均一な弾性体とみなすため一定値である。また、結晶の持つ周期境界条件から上記の 分散関係は第一ブリルアンゾーン内のみで表すことができる。これは振動数
vs
ωの分布 に上限ωDが存在することを意味する[脚注2]。(2.16)式中のωが最大振動数ωDを持つ ため、積分範囲は0~ωDとなり、下式が得られる
ω ω ω
λ θ
π ω
T d k m
M h D
∫
B
=
0 2
2 coth 1 1 sin
6 h (2.17)。
(2.17)式はデバイモデルのすべての特徴を考慮したデバイ・ワラー因子である。以上 より、デバイ・ワラー因子が結晶内における最大振動数ωDに依存した値を持つこと がわかる。
デバイモデルにおいて結晶を連続弾性体と近似していることからもわかるように、このモデ ルの仮定のもとでは、(2.17)式の積分項中の量子論的な物理量であるωの関数を、古典的 な物理量である温度の関数へと変換できる。ωは結晶中に存在する振動モード(基準振動)
が持つ振動数であるから、各振動モードのωに対して
/h T kB
ω= (2.18)
の関係式が成り立つ(脚注3)[4,7]。そのため、最大振動数ωDを持つ場合の温度をΘ として、ωをωDで規格化した関数 x
T T
k k
B B
D = Θ =Θ =
h h / / ω
ω を用いて、Mjを
2 2 0
2
0 2
sin 4 1 1
6
2 coth 1 1 sin
6
+
−
≅ Θ
=
∫
∫
λ ξ θ
ξ
ω ω ω
λ θ π
ξ ω
x
B
B j
d x e x mk
T h
T d k m
M h D h
(2.19)
と表現できる。x
∫
0xe −1d +4x1 ξ ξ
ξ はデバイ関数[3]と呼ばれる。ここで定義された温度Θ をデバイ温度といい、その値は物質に固有な値となる。Θは結晶内で許される最大の 振動数ωDを持つ場合の温度であるから、Θ以上の温度では結晶中のすべての振動モ ード(基準振動)が励起された状態になる[4]。また、cを弾性定数(結晶の固さ)、ρ を密度としたとき、デバイモデルでは結晶中の音速が = で与えられるため
[4,7]、Θはcと比例関係を持つ。したがって、
vs (c/ρ)1/2
Θを結晶の固さの指標ととらえること もでき[4]、バルク原子のΘの値は文献[23]にまとめられている。回折法による構造解 析では、通常、デバイ・ワラー因子として(2.19)式の表現を用いる。
*脚注 1
結晶内部における原子の3次元的な熱振動は、x、y、zの三方向への1次元の振動 の組み合わせで近似することができる。そこで、この振動を調和振動子と考え、これ を古典力学の範囲で定式化することにより、結晶内部の原子の持つ熱振動振幅のオー ダーを見積ることとする。
原子の熱振動振幅を 、力の定数を としたとき、古典力学に従えば熱振動のエ ネルギーは
xmax k
2
2 max
1kx で表される。時刻 での変位は、固有振動数を として と
表されることから、熱振動の平均二乗変位
t v x=xmaxe2πivt
( )
∆x 2は、( ) ( )
( ) ( )
2 8
4 sin 2 2
4 cos 1 / 1
2 / cos
1 } 1 Re{
2 max /
1
0 2
max /
1
0 2 max
/ 1
0
2 2 max 2 2
x v
vt vx t
vt dt v
x
dt vt v x
x x
v v
v
=
+ + =
=
=
=
∆
∫
∫
π π π
π
(2.20)
で与えられる。固体の熱振動に関する古典論によれば、この振動子が有限な温度Tで エネルギーEをとる確率はマクスウェル-ボルツマンの分布関数 T( はボルツマン定数:1.3806503×10
( )
E kMB E e B
f = − / kB
-23[J・K-1])に従うとみなせる。これに max2 2 1kx
E = を
代入すると、振幅∆xは
− T k kx 2 B
exp
2
max という正規分布(ガウス型分布)を持つことがわ
かる。このような分布を持つ振幅の標準偏差は kBT/k で表され[6]、これが固体内で の原子の持つ平均の熱振動振幅に相当する。したがって、力の定数 の値がわかれば、
ある温度
k
Tにおいて原子が持つ平均の熱振動振幅を知ることができる。力の定数 は 原子間の結合の強さによって異なるものの、大まかな値は固体の体積圧縮率(圧力を 加えたときに体積が収縮する割合)から見積ることができる[7]。ここでは、1次元の 振動子を対象としているため線圧縮率を考えればよく、等方的な物質であれば、体積 圧縮率の1/3程度が線圧縮率(圧力を加えたときに長さが縮む割合)となる。通常、
固体の体積圧縮率は、0.5~3.0×10
k
-11Pa-1の範囲にある[8]ため、線圧縮率は0.1~1.0×
10-11Pa-1程度となる。仮に、原子の間隔lが0.2nm、線圧縮率ρが0.3×10-11Pa-1の値を 持つとすると、単位面積あたりの圧力を1[Pa]として力の定数kは下式で導出できる
[ ]
( ) ( [ ] )
[ ]
(
11 1) (
9 2 9[ ] )
2[
12
10 7 . 10 0
2 . 0 10
3 . 0
10 2 . 0 1
1 −
−
−
−
− ≈ × ⋅
×
×
×
= ×
= × N m
m Pa
m Pa
l k l
ρ
]
(2.21)。したがって、300Kにおける熱振動振幅の標準偏差 kBT/k は、
[ ]
( ) ( [ ] )
[ ]
[ ]
m[ ]
nm m NK K
k J T kB
008 . 0 10
8
10 7 . 0
300 10
38 . / 1
12
2 / 1 1
2 1 23
=
×
≈
⋅
×
×
⋅
= ×
−
−
−
−
(2.22)
となる。以上より、結晶中における原子の持つ平均の熱振動振幅は、室温において
約0.01nm程度であることがわかる。
*脚注2
デバイモデルにおいて振動数の上限が満たすべき条件を考える。結晶には両端が存 在するため、その両端では同じ振動状態(例えば両端ともに固定端)となる必要性が 生じる(ボルン-フォン・カルマンの周期条件) [4,7]。例として 間隔で 個の原 子からなる一辺 の1次元結晶を考えた場合(
a N
L L=Na)、個々の原子 (=1 :整
数)の基準振動を一般的な波動を表す式
n ,2,,,,N
( ωt)
Na
eik kna
ei − で考えると、 離れた両端で同じ振 動状態になる必要があるから、この周期条件は と記述できる。これより、波 数ベクトル
Na
=1
kはk=
(
2π/Na)
×n=(
2π/L)
×nと量子化されなければならなくなる。このこ とは、 =1n ,2,,,,Nであるから、独立な解を与えるkが の間隔で存在し、その総数 が ( )個であることに相当する。3 次元の結晶の場合も同様に考えることが できる。結晶の体積をV とすれば、x、y、zそれぞれの方向に対してπ/L 2
N =L/a
L3
= k=
(
2π/L n)
×(n=1,2,,,,N : 整 数 ) が 成 立 す る た め 、k ベ ク ト ル は 、k 空 間 に お い て 体 積 につき1つの離散的な点で代表される(1つの振動子が存在する)
ことになる。一方、結晶内の
(
2π/L)
3 =(
2π)
3/Vkベクトルは、結晶のもつ周期性から、第一ブリルアン ゾーンの体積内のkベクトルで表現できる。結晶の単位胞の体積を とすると、第一 ブリルアンゾーンの体積は
( )
であるから、結晶中のΩ Ω
/
2π 3 kベクトルの総数N は、
( ) ( )
VΩ=VΩ=
N /
/ 2 3
2 3 π
π と表すことができる。さらに、結晶が等方的であると近似するため、
k空間上の球を用いて第一ブリルアンゾーンを代用する(図2-4)。第一ブリルアンゾ ーン(結晶)中に許される 個の波数ベクトルと同数の N 個がその球に含まれるよ うに球の半径(k )を定義すると、
N
D
( )
33
3 4 2
kD
N× Vπ = π
(2.23) が成り立つ。これより、kDは
3 1
6 2
= Ωπ
kD (2.24)
を満たすことがわかる。k は 空間での上限の値であるから、分散関係から、結晶中 で許される振動数にも上限が生ずることになる。振動数の上限を
D k
ωDとすると、
3 1
6 2
= Ω
=ωD s π
D
sk v
v (2.25)
となり、これが(2.17)式においてωDが満たすべき条件となる。
*脚注3
(2.11)式で示したように、各調和振動子の全エネルギー E は、量子論に基づいて
hω
< >+
= 2
n 1
E と表される。一方、各調和振動子の 1 つの振動モードが持つ全エ ネルギーEは、量子論ではhωと記述できる(表 2-2)。これに対応するEを古典論に 基づいて以下で考える。古典論においては、調和振動子(1つの振動モード)の運動 エネルギーの時間平均は kBT
2
1 と記述できる。これは、エネルギーが一自由度当たり
T kB 2
1 の均等配分されるという、エネルギー等分配の法則に基づいている。古典論に おいて、調和振動子の運動エネルギーの時間平均は弾性エネルギーの時間平均に等し いから、Eは、運動エネルギーの時間平均と弾性エネルギーの時間平均の和、つまり、
T k T T
kB + = B 2
1 kB
2
1 となる。したがって、E=hω=kBT((2.18)式)が成り立つ。
図
2-1 散漫散乱強度の散乱角に対する振る舞い0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2
(a)
広いドメインからの ブラッグ回折強度
(b)
狭いドメインからの ブラッグ回折強度
熱散漫散乱強度
散乱角θ
図
2-2 散漫散乱強度とブラッグ回折強度表
2-1全モデルに共通する仮定や条件
全モデルに共通 する仮定や条件
・原子振動を調和振動子とみなす
・x、y、z方向に 3 個の 1 次元調和振動子の集まりによって 3 次元調和振動子を表す
(結晶当り N 個の原子があれば 3N 個の 1 次元調和振動子の集まりとする)
・結晶の両端は同じ振動状態にあるべきである(ボルン-フォン・カルマンの周期条件)
表
2-2各モデルの相違点
熱振動のモデル 1 つの調和振動子の 全エネルギー<E>
調和振動子の
エネルギー分布 振動数の分布 その他
古典的モデル
各調和振動子の 全エネルギーEは
E T k E= × B =
2 2 1
古典的統計力学に従う
(マクスウェル-ボルツマン 分布)
( )
exp 1−
=
T k E E
f
B MB
単一振動数ω
(振動数に
分布なし) ・結晶の周期性 を考慮せず
アインシュタイン モデル
調和振動子の 全エネルギーは
hω
+
= 2
n 1 E
量子力学に従う 1 つの基準振動あたりの
エネルギーE=hω
量子統計力学に従う
(ボーズ-アインシュタイン 分布)
1
1 exp
−
−
=
T n k
B
hω
単一振動数ω
(振動数に
分布なし) ・個々の原子の 振動は互いに独立
・結晶の周期性 を考慮せず
デバイモデル
調和振動子の 全エネルギーは
hω
+
= 2
n 1 E
量子力学に従う 1 つの基準振動あたりの
エネルギーE=hω
量子統計力学に従う
(ボーズ-アインシュタイン 分布)
1
1 exp
−
−
=
T n k
B
hω
振動数ωに
分布あり
・個々の原子の 振動は互いに独立
・結晶の周期性 を考慮
・結晶を均質な 連続体とみなす
(分散関係は
sk
=v ω
に従う)
ω = v
sk
ω
π
− π a a
k
図
2-3 デバイモデルにおける調和振動子の分散関係弾性体近似の場合には線形になる
代用球
ω
実際の分散関係
分散関係を直線に近似
O k
第一ブリルアンゾーン
k D O
図
2-4 第一ブリルアンゾーンと代用球(デバイ球)の関係下図は分散関係
2-3 電子回折法による表面原子の熱振動振幅の決定方法
前節までに、回折強度の計算において熱振動効果を表すデバイ・ワラー因子を導出 し、デバイ温度もしくは平均二乗変位によって熱振動振幅が表現されることを示した。
本節では、本研究で用いたTEDおよびRHEEDにより、表面原子の熱振動振幅を決定 するための理論的背景を記述することを目的とする。
2-3-1 TED
による評価
[9-14]試料表面が超周期の再構成構造を呈する場合、その試料からの TED パターンには
①バルク内部で回折された電子が主に寄与する基本反射スポット、②バルクの禁制反 射スポット(消滅則により本来は出現しないバルクの反射であるが、TEDに用いる試 料が薄いためにその逆格子点がロッド状になり、それがエワルド球と交差することに よって現れる反射)、③再構成表面層で回折された電子が寄与する超格子反射スポッ ト、が現れる(図2-5)。TED解析においては、これらの①~③の反射スポットのうち、
③の強度のみを測定し、その実測強度と計算強度とを比較することによって再構成表 面原子の熱振動振幅の評価を行う。ところで、①や②の反射強度にも超周期の再構成 表面で回折された電子は寄与しているため、それらの寄与の大きさを正確に見積るこ とができれば、③の強度と併せてより精密な解析が可能となる。しかしながら、表面 層に比べてバルク部分は圧倒的に厚く、その回折強度も桁違いに大きい。そのため、
①、②においては表面表からの回折強度はバルクからの回折強度に埋もれてしまい、
解析に用いることはほとんど不可能である。
ⅰ)運動学的回折理論に基づく解析
TEDでは、試料上面に形成された再構成表面に入射された電子が、表面層で回折さ れたのちバルクを通過することが避けられない。それゆえ、表面層において、たとえ 一回しか散乱されてない場合でも、バルク部分を通過する間に多重散乱が起こる(図
2-5)。もしバルク部分の厚さを正確に見積ることができれば、多重散乱の効果(動力 学的効果)を考慮した超格子反射強度を計算により再現することは可能である。しか しながら、TEDの撮影領域におけるバルク部分の厚みは一様ではない上、その厚みを 正確に求めることが極めて難しいことから、動力学的効果を計算中に盛り込むことは 事実上不可能となる。そこで、TED解析では、電子線を試料の特定の方位に数度傾け て入射することで動力学的効果を軽減させる[9,13]。これにより、近似的に超格子反 射の回折強度を一回散乱近似(運動学的回折理論)で取り扱うことが可能となる。
ⅱ)TEDにおける超格子反射強度
TED強度を計算で再現するには、まず、構造モデルを仮定し、上述した運動学的回 折理論を用いて構造因子| を算出する。| の実数項を 、虚数項を と するとき、反射強度
cal |
Fhk Fhkcal | Fhkreal Fhkim I は(2.8)式と同様に、
2 2 2
2 | |
|
|Fhkcal Fhkreal iFhkim Fhkreal Fhkim
I = = + = + (2.26)
Freal= fj
j=1
∑
N exp(−Mj⋅ sinλθ 2)⋅cos{2π(hx+ky)} (2.27)Fim= fj
j=1
∑
N exp(−Mj⋅ sinλθ 2)⋅sin{2π(hx+ky)} (2.28)∑
⋅ − ⋅ =
n
n n
j a b
f sin )
exp(
2
λ
θ (2.29)
と記述することができる。ここで、 は原子散乱因子、fj x,yは構造モデルの座標、h は反射の指数である。座標が2次元であるのは、TEDの構成上表面垂直方向の原子位 置が強度に影響を与えないためである。a の各値は文献[14]に記載されたものを用 いる。
k ,
n n,b
Mjはデバイ・ワラー因子であり、デバイ温度と(2.19)式の関係にある。こうし て計算した回折強度から、以下ⅲ)に示す最適化手順でMjを求めることにより表面
原子のデバイ温度を決定できる。
ⅲ) デバイ・ワラー因子の最適化手順
TEDにおけるデバイ・ワラー因子(あるいはデバイ温度)の最適化は、図2-6に示 す手順に従って行う。実測回折強度と計算強度を比較するには、実測強度の の平 方根から導出される構造因子 と、計算した を用いる。両者の一致度を表 す指標としては、次式で定義されるR因子を用いる。
obs
Ihk
|
|Fhkobs |Fhkcal |
| 100
|
||
|
|
||
,
, ×
−
=
∑
∑
k h
obs hk k
h
cal hk obs
hk
F F s F
R (2.30)
ここで は、s |Fhkobs |と|Fhkcal |の尺度を揃えるためのスケール因子であり、
∑
∑
⋅=
k h
obs hk k
h
cal hk obs hk
F F F
s
,
2 ,
|) (|
|)
|
| (|
から求められる。R 因子は、強度の差の総和に相当することか
ら、小さな値であればあるほどよいといえる。しかしながら、TED解析の過程で動力 学的効果を軽減させているとはいえ全く考慮しないことに加え、表面超周期構造から の反射のうち基本反射や禁制反射に重なる反射を TED 解析に用いないことなどの理 由により、実測強度と計算強度が完全に一致することはない。経験的には、R因子が 最少となるまで表面構造モデルの座標、デバイ・ワラー因子、の順で最適化され、R 因子が20%未満で最小となれば、構造およびパラメータが最適化されたと見なす。
バルク 表面
基本反射
2θ電子線
試料
超格子反射
図
2-5 透過電子回折法の模式図構造モデルの座標を最適化
(デバイ・ワラー因子は文献値に固定)
運動学的強度の計算 デバイ・ワラー因子の設定
計算回折強度の分布 実測回折強度の分布
因 子 に よ る 比 較
R
因 子 大
R
R因子最小
デバイ・ワラー因子の決定 超格子反射強度の測定・平均化
TED
パターンの撮影
図
2-6 TEDによるデバイ・ワラー因子の最適化法
2-3-2 RHEED
による評価[15-22]
RHEEDにより表面原子の熱振動振幅を決定するためには、TEDと同様に回折強度
を計算し、それを実測強度と比較することでデバイ・ワラー因子を求める。このとき、
RHEED の反射強度は入射電子線の視斜角に強く依存するため、反射強度を視斜角の
関数としてプロットしたもの(ロッキングカーブ)を用いる。例として、Si(111)-(7x7) 表面から測定したロッキングカーブとその表面構造モデルをもとに計算した結果を 比較したものを図 2-7 に示す[20]。図 2-7 のように両者が一致したときのロッキング カーブ計算に用いたデバイ・ワラー因子から、表面原子の熱振動振幅を決定する。
RHEED解析がTED解析と大きく異なる点は、動力学的回折理論を用いることである。
以下では、ⅰ)RHEEDにおける回折強度、ⅱ)RHEED解析における動力学的回折理 論(マルチスライス法)、およびⅲ)、ⅳ)においてポテンシャルの補正に関する記述 を行う。続いて、ⅴ)デバイ・ワラー因子の最適化方法を示す。
ⅰ)RHEEDにおける回折強度[15]
RHEED 強度は、入射電子の結晶表面近傍における振る舞いによって決まるため、
結晶内の原子核や電子によって作られる結晶ポテンシャルV
( )
r 中を伝播する電子に 対するシュレディンガー方程式、(
∇2 +Κ2)
ψ(r)+U(r)ψ(r)=0 (2.31)を測定条件にあった適切な境界条件のもとで解くことによって求められる。ここで、
)
ψ(r は位置 における一電子波動関数、r Κは入射波の真空中における波数、U は
=
) (r )
(r
U 2 ( )
r
V
h me
) (r
であり、m,e,hはそれぞれ質量、電荷素量、プランク定数である。
表面では表面垂直方向(z方向)の周期性が無いため、結晶ポテンシャルU および 波動関数
) (r ψ は表面平行方向にのみフーリエ級数で展開でき、
) 2
exp(
) ( )
( m z
m
m z i
U
U r =
∑
πB ⋅r (2.32)∑ (
+ ⋅=
m Cm z i K Bm rz
r) ( )exp 2 ( )
( π //
)
ψ (2.33)
と表すことができる。ここで、r は位置 の表面平行成分、K は入射波の波数ベク トルの表面平行成分、 は逆格子ロッドベクトル(m番目の逆格子ロッドに垂直な、
逆格子の原点からのベクトル)である。また、フーリエ級数U ,C )はそれぞれ
, )
z r //
m( Bm
) z m(z )
(r
U ψ(r の表面垂直成分に相当する。(2.32)、(2.33)式を(2.31)式に代入すると、
0 ) ( ) ( )
( )
( 2
2
2 C z +Γ C z +
∑
U − z C z =dz d
n n
n m m
m
m (2.34)
が得られる。ここで、
Γm2 =Κ2−
(
K// +Bm)
2 (2.35) であり、Γmはm番目のロッドの、回折波の波数ベクトルの表面垂直成分である。(2.32)、(2.33)式より、結晶ポテンシャルU のフーリエ係数U がわかれば、回
折波
)
(r m(z)
)
ψ(r は計算可能であることがわかる。2-2-3節と同様にして回折強度I=ψψ*を求 めれば、(2.33)式を
(
−) (
− K +B ⋅r)
=
∑
( )2exp 2 exp ( // m)m Cm z M i
I (2.36)
の形式に変形できる。ここで、Mはデバイ・ワラー因子である。実際のRHHEDロッ キングカーブ強度の計算に際しては、多重散乱の効果(動力学的回折効果)を考慮す る必要があるものの、(2.36)式を拡張させて回折強度を考えることができるため、デ バイ・ワラー因子から熱振動振幅を決定する点は TED 解析と変わらない。動力学的 回折理論には様々なものがあるが、本研究では、次節で説明するマルチスライス法に 基づいて、回折強度の計算を行う。
ⅱ)RHEED解析における動力学的回折理論(マルチスライス法)
TED解析とは異なり、RHEED強度の評価には、結晶表面という2次元結晶からの 電子の回折波のみならず、バルク結晶からの回折波も考慮する必要がある。回折波は
バルク内および表面近傍で何度も回折されるため、RHEED解析ではこれらの効果(動 力学的回折効果)を取り込む必要がある。本研究ではIchimiyaの方法に基づくマルチ スライス法に従って動力学的効果を取扱った[16, 19]。この方法では、図2-8に示すよ うに、結晶を表面に平行な厚さ∆zのスライスに分割して考える。各スライス内で原 子は2次元的に周期配列しているから、各スライスの結晶ポテンシャルは、表面平行 方向の2次元逆格子ベクトルを用いてフーリエ級数に展開できる。表面からj番目の スライスに対する結晶ポテンシャルのフーリエ係数U
( )
zj は、結晶ポテンシャルをとして、
( )
z U( )
z U( )
zdzU z j
j
z j = ∆
∫
z−1
1 (2.37)
で表せる。このとき、U
( )
zj は表面垂直方向(z方向)の距離のみの関数となること がわかる。スライス内でのポテンシャルはz方向に平均化されることから、計算モデ ルの結晶は階段状のポテンシャル分布を持つことになる。そのため、本研究では、結 晶をスライスした影響が熱振動に隠れて無視できるように、原子の熱振動振幅の大き さ(~0.01nm)と同程度の大きさ(~0.012nm)に∆zを設定した。各スライスで計算 される回折波の透過係数と反射係数を求め、最後にそれらを順次掛け合わせることに より結晶表面からの反射係数を求めることで、RHEED強度を計算できる。ⅲ)実ポテンシャルの補正
RHEED 解析においては、後述する虚ポテンシャルと区別するため結晶のポテンシ
ャルを実ポテンシャルと表現する。ロッキングカーブを計算で再現する際に実ポテン シャルの補正を行わねばならない理由は、結晶中では化学結合などの効果により各原 子位置でのポテンシャルが文献[14]に与えられている単原子のものとはわずかに異な るためである[15]。RHEEDでは、電子線を表面すれすれに入射するため、結晶ポテン シャルによる屈折の影響を強く受ける。そのため、実ポテンシャルのわずかな違いに より、ロッキングカーブ中のピーク位置が大きく変化する。一方、表面にほぼ垂直に
電子を入射する TED の場合、屈折の効果は無視することができるため、実ポテンシ ャルの補正を行う必要がない。
本研究では、単原子に対する原子散乱因子 sin ) ( λ
f θ を、次式のように4つのガウス
型関数の重ね合わせで記述した
sin ) exp(
sin ) sin 4 exp(
1
2
∑
2=
⋅
−
−
=
i
i
i b M
a
f λ
θ λ
θ λ
θ (2.38)。
ここで、 とb の値は文献[14]に記載されている。実ポテンシャルの補正には、結晶 の平均内部ポテンシャルの値を用いる。平均内部ポテンシャルの値は、測定されたロ ッキングカーブのブラッグ反射の位置から、表面垂直方向に対するブラッグ条件、
ai i
4 . 4 150 sin
2 2 2 eV0
d n
d θ =λ − (2.39) を用いて見積ることができる。ここで、 は格子面間隔、nは正の整数、V は平均内 部ポテンシャルである。このとき、ロッキングカーブにおいて高角側のブラッグ反射 は表面の原子配列の影響を受けにくいことから、主にそれらの位置を基準に補正を行 う。ポテンシャルV
d 0
( )
r = h2meU
( )
r のフーリエ成分V(sinλθ)は、原子散乱因子 f(sinλθ)を 用いて、V(sinθ λ )=
h2
2meπΩ f(sinθ
λ )exp(4πsinθ λ ⋅rj)
j
∑
(2.40)で与えられる。ここで、rjは j番目の原子の位置、単位胞の体積 、電子の質量 、 電荷素量 、プランク定数 である。ポテンシャルの 次のフーリエ成分V は結晶 の内部ポテンシャルに相当する。実験で得た平均内部ポテンシャルV と計算のV を一致させるように、(2.38)式におけるa を変化させ、計算における内部ポテンシャ ルを補正する。
Ω m
0 (
e h 0 (0)
0 )
i
ⅳ)虚ポテンシャルの補正
RHEED ロッキングカーブの計算では非弾性散乱による電子線の吸収の効果を虚ポ
テンシャルi 導入することによって扱う。虚ポテンシャルに含まれる非弾性散乱 には、フォノン励起と電子励起(個別励起と集団励起(プラズモン励起))がある。
虚ポテンシャルの値は、ロッキングカーブのピーク幅と負のピークの深さに大きく影 響するため、実測ロッキングカーブにおけるそれらの特徴を再現するように最適化を 行うことになる。TED の強度計算においては強度のみを再現すればよかったが、
RHEED 解析ではロッキングカーブ全体の形状を再現しなければならないため、電子
線の吸収の効果、つまり虚ポテンシャルを計算に導入しなければならない。
( )
r V′虚ポテンシャルもまた、実ポテンシャルと同様に各スライス中でz方向に平均化さ れるので、以下ではiV′
( )
r とする。iV′( )
r は、一般には実ポテンシャルに比べてその絶 対値が小さいので摂動として取り扱うことができる。虚ポテンシャル中のフォノン励 起はすでに述べた温度散漫散乱強度を生み出す。それゆえ、フォノン励起に関係する 項にはデバイ温度の依存性があるものの、電子励起に関する項はデバイ温度に依存し ないため、本研究ではこれらを分けて取り扱う必要がある。そのため、これらの項を 以下のようにそれぞれ単一のガウス関数で記述した。V'( )
r のフーリエ成分V ′ (sinλθ)は、N M G
n v
V v TDS
el
− +
′ = sin )
exp(
sin ) (
2 0
0
λ θ λ
θ (2.41)
N M G
b a
b
a
−
+
−
= sin )
exp(
sin ) exp(
2 2
2 2 1
1 λ
θ λ
θ (2.42)
で与えられる[16]。ここで、Gは構造因子、 は単位胞に含まれる原子数、v と はそれぞれ、一電子励起、フォノン励起(温度散漫散乱)に関する平均虚ポテンシャ ルである。また、 は立方晶の 反射に対してn と表されるパラメータ であり、a ,a ,b は文献[14,21]に記載されている数値である。
N 0el v0TDS
n
2
hkl =h2+k2+l2
1 2 b1