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会員だより追悼香原志勢先生 本学会の創設期から 会の中心的な役割を担われ 1982 年から 1990 年までは代表幹事をしていただいた香原志勢先生が 2014 年 11 月 16 日にご逝去されました 先生のご逝去に対し 会員の方に文章を執筆していただきました ここに載せさせていただきます 執筆して

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27. Apr 2015

■会員だより  1

 追悼 香原志勢 先生  1    「香原志勢先生を偲ぶ会」報告 田中秀幸  1    人類働態流儀を体現された自然体の自由人      香原志勢先生を悼む  酒井一博  2    会報における香原先生の著述部(表1)  4  菊池安行先生瑞宝中綬章受章のお知らせ  岡田 明  5  

■働態の窓   6

  会報を利用しちゃって下さい! 大箸純也  6

■人類働態学会会報のデータベースについて  9

 (1)会報の概要に関する情報  9  (2)掲載欄による区分(および国際関係) 12  (3)検索による抽出例、特集、その他の分類 17  (4)大会および研究会、シンポジウムの情報 21

■その他、大会案内、連絡など

 第50回人類働態学会全国大会のご案内 30  訃報 30  JHE原稿募集 31

■事務局から

 人類働態学会会報 バックナンバーと製本版販売のご案内 29  人類働態学会の「働態研究の方法」を販売しています    29  賛助会員を募集しています         30

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会員だより

追悼 香原志勢 先生

本学会の創設期から、会の中心的な役割を担われ、1982 年から 1990 年までは代表幹事をしていただいた香原 志勢先生が、2014 年 11 月 16 日にご逝去されました。先生のご逝去に対し、会員の方に文章を執筆していただき ました。ここに載せさせていただきます。執筆していただいた会員の方ありがとうございました。また、現在、会報記 事のデータベース化をしています。現状でですが、先生の本学会での活動・ご尽力が示されている会報部分を示 させていただきます。香原先生の生前の会へのご尽力に感謝すると共に、ご冥福をお祈り致します。

「香原志勢先生を偲ぶ会」報告

去る 2014 年 11 月 16 日にご逝去された、人類働態学会初代会長の香原 志勢先生(享年 86 歳)を偲ぶ会が、発起人有志により、2015 年 3 月 1 日 (日)12:00〜15:00、新宿サンパークホテル(東京都新宿区百人町)にお いて開催されました。香原先生がご活躍された日本人類学会、人類働態 学会、日本顔学会、日本民族学会等にゆかりのある方々をはじめ、ご学 友、出版関係の方々など 54 名が集い、先生のご逝去を悼みつつ、先生 の業績を振り返り、思い出を語りあいました。 会は、先生の手になる数多くの著書が所狭しく並んだご霊前へ、参加者 一人一人が白菊を献花することから始まりました(写真 1)。富田守氏の挨 拶に続き、先生が生前に愛飲されておられた純米大吟醸酒「獺祭」にて 献杯が行われました。人類働態学会における先生のご活躍については、 堀野定雄氏が、かつて東日本地方会の恒例であった『鍋懇親会』(於:千 香原志勢先生。2010 年 4 月 29 日撮影。 会報 94 号から転載 写真1.香原志勢先生を偲ぶ会から 人類働態学会 会報 第100号 2015年4月27日

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-1-葉工業大学)の懐かしい写真を披露しながら、思い出話を語られました(写真2)。最後に、奥様からご挨拶があり、 参加者の方々それぞれに、香原先生が生前に好まれた「歌舞伎」「落語」「池波正太郎」「地図」「ムーミン」「ひつじ のショーン」等々に因んだ品物とメッセージカードが贈られ、散会となりました(写真3:メッセージカードに載せられ ていた刻印)。 (文責:田中秀幸)

人類働態流儀を体現された自然体の自由人

香原志勢先生を悼む

労働科学研究所 酒井一博 香原志勢先生が逝去されたのは、2014 年 11 月 16 日のことでした。享年 86 歳でした。 香原さんは晩年、「母指革命」ということを提唱しまし た。香原さんは、このあと紹介する会報での語りで、こ んなことをいっています。「手をつくづく見つめると気に なることがあります。第Ⅰ指(母指)の指節は2個にすぎ ないのに、他の指、第Ⅱ〜Ⅴ指では3個から成ってい ます。何でⅠ指だけが2指節なのでしょうか。そのこと は何か意味をもつのでしょうか。」この疑問に関する香 原さんご自身の答えは、「働態研究の方法」の 11 ペー ジ以降をご覧ください。しかし、香原さんの関心はこれ で終わらないのです。つぎのようにつなぎます。「ところ が、この 10 年、母指が主役の働きをする手作業が世に 表れました。それは片手で携帯電話のキーを押すとき の母指でして、無論未熟な者は他の手のⅡ指を用い ます。これまでもパチンコのバネをうつ時は母指が用 いられて来ましたが、携帯電話を扱う時ほど、表舞台 で母指が活躍することはなかったでしょう。そして、私 は大袈裟にこれを「母指革命」と謳っております」。う〜 む、新しい。 香原さんと話をしていて、また香原さんの書き物を読 んでいて、香原さんの直感力(嗅覚)と観察力、そして その結果を生活の世界——これぞ、香原ワールドです— —へ展開する力をいつも感じていました。 私は香原さんの追悼文執筆の適任者とは思っていま せん。もっと適任な方はたくさんいるはずです。では、 何故追悼文の執筆などという大それた役割を引き受け たのか。現会長の岡田明さんから依頼を受けたときに 香原さんのことがすごく懐かしく、追悼文をすぐに書け そうだと思ってしまったのです。そのくらい香原さんは、 まわりを気遣い、ご自分のことをあらゆる場面で語って くれたのです。そういう意味では、私も多くの方々と一 緒に香原さんからたくさんの話しをうかがっています。 その総集がおそらく、人類働態学会会報 94 号(2011 年 5 月 27 日発行)に掲載された「香原志勢先生が語る 「私と人類働態学」」とその後の「後編:インタービュー 編」(会報 96 号、2012 年 6 月 17 日発行)で、その記事 に余すところなくかどうかはわかりませんが、香原さん の人となりと魅力が濃縮されています。この素晴らしい 語りに感動したことを昨日のことのように思いだします。 いつかこの語りをもとに、私の専門の労働科学から、香 原さんとつづきを議論してみたいと真面目に思ったも のです。いまやそれも果たせませんが、この「香原志勢 先生が語る「私と人類働態学」」を読み返し、徒然に2、 3のことを記載し、香原さんの追悼にかえたいと思いま す。 私は若い頃に、人類働態学会(研究会)事務局長を 写真2.香原志勢先生を偲ぶ会から 写真3. 左:『漢和辞典』(最後の言葉は奥様への「漢和辞典が見た い」でした)。 右:『獻壽(献寿)』(乙未年の年賀状のために 用意されていた賀詞) 人類働態学会 会報 第100号 2015年4月27日

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-2-かなり長い期間勤めています。初代早弓惇さん、二代 佐藤陽彦さんにつづき三代目です。私が仕えた会長 のお一人が香原志勢さんでした。 こんなことを思い出しました。聞き手のいない鼎談を したことがあります。日時は忘れましたが、あるとき、故 野村茂さん(熊本大学名誉教授、労働科学研究所 OB)から電話をいただき、「あなたも旧知の香原さんと は、若い頃、信州大学のころにご一緒をして、その後、 ずっと付き合いをつづけています。香原さんは文章の 名手で、ベストセラーも何冊も書かれているし、労研出 版部から香原本の出版を一緒にお願いしましょうよ」と いうお誘いでした。いそいそと指定の向ヶ丘遊園に出 かけ、どのくらい話したでしょうか。鼎談といえば聞こえ がいいが、客観的には香原−野村の対談、聞きように よっては香原さんの独演でした。実は、出版の話は取 り掛かりだけで、しばらくたったら、出版の話はどこかへ 飛んでしまい、若い頃の思いや、お二人の共通人脈、 そして農業や海女の話に終始しました。それでもとても 満足をして帰路についたことを思い出します。 香原さんの会報の語りに労働科学研究所が2回登場 します。第一は、「平野村研究断念と労働科学研究所 訪問」の見出しのもと次のように語っています。少々長 くなりますが引用します。「・・・近藤さん(近藤四郎さん のことか?)が、「それでは一度、所長の勝木先生(注: 労研2代目所長、就任 1949 年 2 月、退任 1951 年 6 月)に会って教示を受けたらどうか」ということで、勇を 鼓して訪ね、いろいろアドバイスを頂戴しました。今し 方申した運動能力を運動能と運動力に分けて考える などということもその一つでした。文字通りの大先生に お目にかかれて、私はほっとしました。 当時、労働科学研究所ではまさに平野村である秋田 県の某村(突如として、村名を失念)において労働科 学研究所の所員方からなる、農村の労働や健康につ いての総合研究がありましたので、参加の先生方にお 目にかかり、話を伺いました。それはすばらしい調査で あり、まさに興味津々でした(中略)。ただ農民の労働 のあり方などは、練達の研究者が大規模に協力しては じめて成るもので、未熟な若僧がこころみても、独りよ がりに留まるものと大いに自省しました。ここで、私は実 学である労働科学は自分の身から遠く、虚学かも知れ ませんが、人類学に留まろうと心に決めました」。そうな んだ。香原さんをしてこうした転期があったことを会報 の語りで知った次第です。 労研と農業労働に関する調査研究の関わりは、相当 に古いです。労研が倉敷紡績の万寿工場のなかで誕 生したのは、1921(大正 10)年のことでした。当初は、 紡績工場における労務問題、とりわけ紡績女工・年少 者の徹夜作業や工場内の温湿度調査、さらに適性検 査法などの面で成果を上げますが、ほどなく調査研究 のターゲットは紡績工場内にとどまらず、工場外へと広 げます。当時の倉敷紡績の大原孫三郎社長から全面 的な支援をもらいながら、その一方でいまでいう委託 研究や競争的資金の獲得に力を注ぎます。記録によ れば、1930 年(昭和 5 年)に農業労働の研究にはじめ て着手します。その伝統は戦後もつづき、東北農民の 早老の研究へとつながります。大橋一雄さん(元労研 研究部長)は「東北地方のような水田単作地の農民は、 東海以西に見られるような水田二毛作地の農民に比 べると、10 年早期に労働力を失ってしまっている。すな わち、常時主として自家の農業に従事している根幹労 働力年齢の上限は、水田単作地における男子が 59 歳 であるのに対し、二毛作地におけるそれは 69 歳で、そ こには 10 年の違いを認めることができる。」(三浦豊彦 ほか編集、新労働衛生ハンドブック、1974 年、労働科 学研究所出版サービスセンタ−)としています。そのエ ビデンスとして岡山県(阿知)の農民の生理的年齢を 基準とした秋田県(阿気)の農民の生理的年齢を示し たのは、労研時代の大島正光氏でした(労働科学研 究所:農民の早老に関する研究 第2集、1955 年)。香 原さんの語りには「山村農民の運動能力」の項に、若 い頃、全国の4つ村の調査に参加して比較すると、「も っとも老化の来るのが遅いのが(長野県南佐久郡)川 上村。そして次は長野県の川島村でした。逆に早く老 化が来るのは鹿児島県の佐多町と、伊豆青ヶ島村で すが、この両者は細かい所でいろいろ違います」。この くだりは、労研の東北農民の早老の研究とかぶるところ があったと、確信していますが、香原さんの口から聞い ておきたかったことです。 第二は、「海女研究」の見出し部分の語りに労働科 学研究所が登場します。「そういえば、労働科学研究 所の初代の所長暉峻義等先生は工場労働者、農民、 漁民の労働や健康の調査とともに、海女についても調 査を行っています」とあります。前述した向ヶ丘遊園で の鼎談でも、海女のことについては、結構な時間、 様々な蘊蓄を披瀝してくれました。会報では、「それは、 50 年前の話ですが、当時の日本で海女さんたちほど 自由を身につけている女性はあまりいなかったでしょう。 それは、腕さえあれば、自分で稼げたからです。また 実に明るく、人間的でした」。この香原さんの柔らかで 暖かみのある眼差しはわれわれ若い研究者を引きつ けてやまないものでした。こんなふうにも語っています。 人類働態学会 会報 第100号 2015年4月27日

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-3-「Y さんは風の当たらない岩陰に腰を下ろし、肩をすぼ めて体を日光で暖めていました。「さむーい」と彼はつ ぶやきました。それは私には思いがけない言葉でした が、瞬間、次の調査課題が脳裏に浮かびました。」ここ ですね、柔軟な頭脳の香原さんの真骨頂は。「私も仲 間も適当な皮下脂肪の厚さを持っていましたが、Y さん は皮下脂肪零で、痩せて長身でした。口の悪い海女さ んたちは、彼のことを「火箸みたいな人」と呼んでいま した。他方、夏場で痩せたとはいえ、海女さんたちはず んぐりして、厚い皮下脂肪を持っていました」。鋭い観 察眼から、瞬く間に研究の発想が広がります。「長時間、 かづく(もぐる)には、体が冷えないように全身の血行が よく、皮下脂肪が厚いことが必要でした。この皮下脂肪 の年間変動は、その後測定し、一般女性のそれと比較 しました。このことから海女問題は耐寒性と結びつくと 考えました」。どうですか。香原さんの面目躍如ですよ ね。「土地の識者によると、獲物を見つける目(海藻に 紛れ、海底の岩に貼りついたアワビの殻は存外見つけ にくいのです)、深く潜れること(その分新しい漁場が 開けます)、寒さに強いこと(船上に上がらないだけ作 業時間が長くなります)がすぐれた海女の3条件なので す」。一旦、火のついた研究心はもう止まりません。「調 査旅行後、私は早速日本列島関連の海女温度分布を 調べようとしました。(中略)興味深いことに8月におけ る平均海水気温が 25℃の線上、またはその近くに重 要な海女どころが載るのです」。」私は、海女どころ線 より南側の海を「生態学的あま海域」。それより北側の 海を「経済的あま海域」と呼んでいます。前者では、海 士が広く分布していて、あまり無理をしない程度で潜り 漁を行なっています。しかし、北上するにしたがって、 水温が低くなるため、海士が引込み、低温に強い海女 が登場します。すなわち、生態学的あま海域の北限こ そ、海女どころ線に相当するということができます。これ に対して海女どころ線より北の海域には、また海士は 広く分布を示します。ここでは冷たい海に入るのはか なり体にきびしいのですが、収入を少しでも余計に得 るために男たちのある者は我慢して海に入るのです」。 さらに香原さんは、海女をその能力および作業形態に したがって、大・中・小海女に分類して、さらに論考を すすめますが、最後に、海女研究をこんな風に締めく くっています。「今日、スポーツとしてダイビングが盛ん になりまして、寒さに効果的なウェットスーツが発明さ れました。それが広く普及することになって、私の海女、 海士の耐寒性研究は終止しました」。 香原さんの研究は、終戦を待つかのようにはじまりま す。戦後の変わりゆく時代の流れに身を委ねながら、 その環境変化に適応していくヒトのあり様を実に的確 に、そして見事に分析し、記述してくれました。政治や 経済の皮相的な記述とは一線を画し、戦後 70 年の根 源を書き残してくれたという実感です。後世、香原さん の残した著作を読めば、戦後の生活の変化と、ヒトの 適応ぶりを知ることができます。その意味で、香原さん の仕事は永遠に不滅です。 香原さん、よい仕事を残しましたね。働態学会の誇り です。ありがとうございます。 表1.会報における香原志勢先生の著述または、シンポジウムにおける発表または司会(一般演題としての発表は、 データベース化されておらず、載っていません)。合本とは第 1 号から 77 号まで製本化されたものを示します。 号 年 頁 合本頁 題名[および大会](司会については、シンポジストを兼ねていないものは、司会記あり) 2 1970 7 15 話題らん(ヒューマン・エルゴロジー研究会に望む) 5 1971 3 35 話題提供4. [研修(1971/8,敷島館,湯河原)] 8 1972 19 77 人類と都市化 [司会、第4回全国大会(1972/4,香蘭女子短期大学,福岡市)] 13 1973 7 141 パネル討論:エルゴロジーの目的と方法 [司会、第6回全国大会(1973/6,大阪教育青年 センター,大阪市)] 15 1974 8 164 パネル討論:都市化研究の視点 [司会、第7回全国大会(1973/12,野口英世記念会館, 東京都)] 16 1974 11 183 海女の成立についての一私見 [第8回全国大会(1974/6,津商工会議所ホール,津市)] 26 1977 1 307 働態学についての白昼夢 35 1980 9 475 働態学的立場からみた左右性 [司会、第15回全国大会(1980/6,熊本市民会館,熊本 市)] 38 1981 8 530 再び人類働態学からみた男性と女性 [司会、第16回全国大会(1981/6,ホテルデン晴海, 人類働態学会 会報 第100号 2015年4月27日

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-4-東京都)] 38 1981 13 535 国際シンポジウム「高速社会と人間」国際交通安全学会主催 40 1982 2 572 代表幹事就任にあたって 42 1983 1 599 ながら行動考 47 1984 7 699 D.都市の人間性 [第18回全国大会(1983/7,工業技術院筑波研究センター,つくば市)] 47 1984 17 709 日本人の生活のゆくえ [司会、第19回全国大会(1984/6,ひまわり荘,宮崎市)] 50 1985 11 757 ヒトの労働と家族 [司会、第20回全国大会(1985/7,大妻女子大,東京都)] 51 1986 1 775 学会への発足にあたり 53 1987 1 823 学会発足2年目をむかえて 55 1987 6 868 日野ディーゼル見学を企画して 57 1988 12 904 書評「ロボットのしごと・安全の生理」中野豊道著、築地書館、1988 58 1989 18 934 大谷石採掘場跡・宇都宮大学農場見学を企画して 61 1990 1 969 会長を辞すにあたって 61 1990 2 970 「現代労働衛生ハンドブック」における「人類働態学」 61 1990 14 982 老人の特徴と社会的役割 [第25回全国大会(1990/7,高知会館・共済会館,高知市)] 61 1990 17 985 展望 人類働態学‐その課題と社会的役割‐ [司会、第15回西日本地方会(1989/12,産 業医科大学,北九州市)] 61 1990 17 985 人類働態学再考 [第15回西日本地方会(1989/12,産業医科大学,北九州市)] 66 1992 5 1127 人の未来‐その適応性高い「来し方」を省み、予測不能な「行く末」を考える‐ 77 2000 16 1388 人類史的にみた遊び [第32回全国大会(1997/6,名古屋市立大学医学部,名古屋市)] 79 2003 10 1.キーノート・スピーチ「長谷川言人先生について」 [第28回東日本地方会(1999/12,千 葉工大,津田沼)] 92 2010 96 SLの世界・ぬかり田の世界-新技術と人々との身体状況- 94 2011 108 香原志勢先生が語る「私と人類働態学」(前編) [会談] 96 2012 83 香原志勢先生が語る「私と人類働態学」(後編) [会談]

菊池安行先生瑞宝中綬章受章のお知らせ

岡田 明(大阪市立大学) 本学会の名誉会員である菊池安行先生が 2014 年度 の秋の叙勲において瑞宝中綬章を受章されました。 菊池先生は本学会の会長(第 14、15 期:1996 年 6 月 ~2000 年 6 月)をされ、JHE 編集委員長、大会の開催 など、創設以来学会の発展にご尽力をいただいてまい りました。 本学会の他にも、日本生理人類学会、日本人類学 会、日本人間工学会等の重要な役職も歴任され、また 長年に渡り大学での教育や人材育成にも貢献されまし た。こうした菊池先生のご功績を称え、2 月 28 日(土) 学士会館にて日本生理人類学会主催による記念講演 会および記念祝賀会が開催されました。人類働態学 会からも多くの会員が出席し、先生を囲みお祝いしま したことを、ご報告いたします。 人類働態学会 会報 第100号 2015年4月27日

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-5-働態の窓

会報を利用しちゃって下さい!

大箸純也(会報編集委員長) 会報が 100 号を迎えます。この 100 号を迎えるに当た って、編集委員長ということになっている私が文を記す ことは適当でしょう。いや、でも、最初は私が特に記す 必要はないと考えていましたが、100 号を迎えるに当た っての会報記事のデータベース化を行っていて、ま た、たまたまの私の最近の研究活動、生活で感じること などで、つながりを感じてしまいました。それを思ううち に、委員長の特権として記させてもらおうと思い、ここに 示します。話があちらこちらへ飛び、駄文ですが、駄文 を示すことにも目的があると考えて、ご容赦下さい。 長い前書き。こんなことを記させてもらい、申し訳ござ いません。 さて、そのご容赦下さいです。委員長の立場とし て、公正な判断をしてるのかどうかが問題です。その判 断は他者にも依頼する必要もあります。しかし時間が 無い。書こうと思ったのは数時間前のことに過ぎません。 その他者の判断を依頼しないのであれば、そう、あたり さわりのない、平穏な内容とすべきでしょう。この選択 が、今の生活において問題に感じることなのです。こ れは、実は「分からないなら、とりあえず、やめておこう」 です。考えるのが、判断するのがめんどうなだけなんだ と思います。これで思い出すこととして、昨今の個人情 報データの取扱をめぐる問題があります。Suica カード の属性と移動状況のデータを元にして、分析したデー タの販売が行われようとしました。Suica のデータを第 三者へ渡すということで、個人情報の扱いが話題となり ました。そのため、申し出があった者のデータは用いな いことにしたところ、かなりの申し出があったということで す。このデータ、属性情報であって、個人の特定はで きないようになっています。ただ、「何曜日にどこの駅 から始発に乗ってどこで降りる人」となるとかなり限定さ れて、結果的に個人を特定できる可能性はあります。 そのような意味では、確かに配慮は必要かもしれませ ん。しかし、利用の拒否を申し出た内のどの程度にそ のような必要性があったのかというと、ほとんど必要性 が無かったのではないかと思えます。単に「分からない から、やめておこう」なのではないかと。この手のビッグ データは、商用としての価値だけではなく、避難行動 の改善や交通計画の改善など、社会において広く有 用なものです。そのため、利用を意味も無く拒否するこ とは、社会にとっても望ましくないことともなります。こん なビッグデータとは次元が異なる、私の身近なことを記 させて下さい。私家族は昨年の夏にアパート(一般的 にマンション)へ引っ越しました。70 戸ありますが、その 内で郵便受けに名前が示されているのは、我が家の みです。何故他の皆さんは名前を示さないのか。その 大きな理由は、名札を入れ難いからでしょう。試みたけ ど 、 断 念 さ れ た 方 も お ら れ る の か も し れま せ ん 。 ま た、何といっても、名前を示さなくても、部屋番号で郵 送物が届くから成り立っていることです。私が名前を入 れたのも、私のところに届くべき郵便物の部屋番号が 間違っており、届かなかったことがあったためでした。 アパートの他の皆さんは、そんな経験が無いのかもし れません。郵便受けもですが、部屋の表札が無い部屋 も結構あります。住民の一覧表なんて、あるはずありま せん。一戸建ての家には表札ってありますよね。それ とも今は無いところもあるんだろうか?アパートだって 同じでは?でも、考えてみたら、娘のアパートの郵便 受けにも、だれの名前も示されていません。表札が無 くてよい社会になっていたんですね。今頃、気付きまし た。これって、個人情報を守るためなんでしょうね。そ う、「なんでしょうね」なんでしょう。よくは分からないけ れど、多分。だから、我が家も名前なんて出さない方が 無難でしょう。そんなことで、どの家も名前を出すのを ためらっているのではないかと思います。分からないか ら 、 確 実 で な い か ら 、 や め て お こ う 。 で も 、 ど こ そ こ に、誰が住んでいるかが知られて、何が問題なんでし ょうか。ダイレクトメールがいっぱい来るようになるかもし れません。でも、表札出さないって、何だかおかし い、というよりもさびしい。私の名字、珍しいためなの か、住所が間違っていても、郵便屋さんはちゃんと届 けてくれます。飯塚市だけで届いたこともあります。郵 便屋さんも名前があった方が配達した時に、すっきりと するのではないでしょうか。やはり、名前は出しておこう。 別の例になりますが、今年 10 月からマイナンバー制度 が始まるとか。これって、私が学生だった頃、1980 年代 に国民総背番号制などと呼ばれていたものと近いと思 います。ようやく、30 年以上も経って成立したんですね。 長い間認められなかった理由は何なのでしょうか。悪 用される可能性があるからでしょうか。とにかく、今、生 活できているんだから、新たな制度を始める必要は無 い。何となく不安だから。そんなことではないかと思い 人類働態学会 会報 第100号 2015年4月27日

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-6-ます。でも、資産・収入において個人を特定できること で困る、というか税金が増えるのは、かなりの資産家だ けで、ほとんどの国民にとっては税金上の変化は無い のではないかと思います。導入がなかなか認められな かった。これは、長い間、税金への支出能力が高い者 からの税収が少なかったことになります。国家財政は 火の車。多くの国民にとっては、望ましくないことだった のではないでしょうか。言いたいことは、「分からないか ら、やめておこう」はやめようということです。初めてのこ とを警戒するのは動物の行動として適切です。食べ物 にも新奇恐怖はあり、初めて食べるものはおいしくあり ません。しかし学習して適否を判断できるようになりま す。分からなくても、めんどうがらないで考えよう。不十 分な可能性はありますが、自分が適当だと考えるので あれば、それを実行しようということです。だから、私 は、ここで、私見にしか過ぎませんが、記させてもらおう ということです。長々と書いてしまいましたが、これから が本文です。すみません。 表面筋電図による筋疲労評価の研究はなぜ進歩しな いのか。 私の基幹研究は「表面筋電図の周波数分析による 筋疲労評価」でした。特にめざましい結果も無く終わり ました。それは別に構わないのですが、でも終える前 に、せっかく膨大な時間を使わせていただいたのだか ら、私が重要だと考える情報を発信しておくことが責務 だと考えています。でも、残念ながら、その考えは、推 測の部分が多くて、独りよがりです。科学論文誌には 無理かなと思っていました。でも、ある経緯を経て、こ の 4 月に掲載されることになったようです。私が示した かったことは、次のことです。端的に言って、表面筋電 図による筋疲労評価は、日常生活・労働程度の作業 に対しては、適用が難しいです。しかし、そんなことを 示す論文は、あまりありません。あっても、話題になりま せん。だから、論文を見る限りでは、この方法による筋 疲労(筋負担)評価は可能だと考えて実験をしても、な かなか期待通りの結果を得ることはできません。何故 そうなるのか、論文は不正をしているのかというと、そう ではありません。そんな結果となる理由を私の論文で は示したつもりです。ここでは、またその少し裏の部分 を記させて下さい。表面筋電図での筋負担の評価の 可能が高いとする結果を肯定的な結果、低いとする結 果を否定的結果と呼ぶことにします。実験結果が結果 的に肯定的になる例も否定的になる例も、どちらも生じ えるような性質がこの研究にはあります。肯定的な結果 を得た場合、その実験・研究は積極的に発表されるこ とになるでしょう。否定的な結果であればどうなるでしょ う。文献としては、圧倒的に肯定的なものが多くありま すから、1 つには自分たちの実験方法に問題があると 考えて、実験失敗として扱われることがあるでしょう。ま た、その否定的な結果を論文にしようとした場合、参考 になる論文が少なく、肯定的な結果に対するものよりも 書きづらいでしょう。また、有用性について否定をして しまったのですから、今後、その研究を継続させていく ことは、基本的には無いでしょう。そんなことからも、論 文化には至らないことも多いと予測します。そんなこと から、否定的な結果を示す論文は少なく、目立たない 存在になるのではと考えます。私がこの研究を始めた きっかけとして、恩師である佐藤方彦先生が、授業中 に「(筋力測定の繰り返しで、筋疲労がないことを示す ためには)本当に疲労していないかどうかは筋電図で 調べてみないといけないですけどね。」といわれたこと が頭にあったことがあります。でも実験してみると、なか なかすっきりとした結果は出ません。しかし、私が博士 論文のテーマを問われた時に「低収縮強度での筋疲 労 の 表 面 筋 電 図 に よ る 評 価 」 を し た い と い 答 え た 時、「それは泥沼に陥る可能性があるよ。」と言われま した。先生は、筋電図での筋疲労評価は難しいってこ とを、よくご存知だったわけです。しかし、先生の筋電 図に関する論文で、そんな否定的なものはありません。 また、私が、その評価が難しいことを口頭発表した ら、「でも、佐藤方彦先生は筋電図で分かるって教えて くれましたけど」と質問をいただいたことがあります。そ う、学生の研究士気を高めるためには、肯定的なことを 示す必要もあるのでしょう(そんな意味でも佐藤方彦先 生は素晴らしい。先生に教えていただけたのは幸運で した)。また、私が共同研究で論文執筆をしていた時 に、共同研究者から「なぜ大箸は、筋電図を否定した がるのだ」と言われたことがありました。共同研究者にも そんなふうに思われてしまいました。私は筋電図による 筋負担評価を否定したくありません。しかし、不明確な ことが多過ぎます。できること、できないことを明確にし なければ、使い物にならない。だからできないことはで きないと示すんだということを、理解していただくための 説明をしなければいけませんでした。私は自分の論文 で、否定的な点も示しているつもりです。しかし、それも 控えめですし、そもそも論文自体が注目されてません から、効果はありません。そんな肯定的な結果のみが 表に出ていく状態が、1960 年代、有名な小木和孝先 生の論文の頃から続いているのです。そのため、問題 点が明確とならず、現実の生活・作業への応用をでき ないまま 50 年以上が過ぎていると考えます。確か 人類働態学会 会報 第100号 2015年4月27日

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-7-に、この間に測定・分析技術は大きく向上はしていま す。しかし、表面筋電図の振幅と周波数成分の情報を 用いるという意味では、何ら変わっていません。ある意 味で、ほとんど進歩が無いのです。今も表面筋電図を 用いて筋疲労・筋負担を評価しようとする研究が行わ れています。それは、解決すべき問題が解決されてい ないからでしょう。多くの研究者が膨大な時間を使 い、失敗(?だと考えられてしまっている)して得た貴重 な情報が、全く継承されず、同じ失敗(?勘違い)を繰 り返してしまっているのです。もったいない。だから私 はここで、そんな情報を出さなければと思うのです。そ れができれば、私の研究にも、ちょっとは価値が出るっ てもんです。実験してみると、論文から期待できるもの と異なる。そんなことがあるんだということを、若い方に 示したかったための文でした。(でも、こんな文章、若 い方は読まれていないだろうな。) そして人類働態学会会報をどうしたらよいのか 以上の文章と会報との関係は、ほとんどありません。 でも、ほんの少し共通すること(というより、一般的なこ と)は、存続させる方向へはエネルギーは使われるけ れど、消滅させる方向へはエネルギーは使われないと いうことでしょう。会報は 100 号を迎えることができまし た。これは、様々な方が気遣って、原稿を企画・執筆し て下さることで成り立っています。ありがとうございます。 私が会報の編集を担当して、重視してきたことは、研 究の資料化です。大会抄録を確実に載せて、残るもの とすることでした。それについては、ある程度できてい ます。でも、これでよいのだろうか。会報のデータベー スの作成において、過去の会報記事の様々なタイトル を見ることになりました。そこで感じたことは、やはり初 期の頃の会員のパワーです。その方々のほとんどが会 の中心を離れつつある今は、活気が低下しています。 そんなことは、以前から問題になってきたことですが。 会報が活性化のために貢献できることは何なのか(そ んなことをメールでの会議で検討し、特集としてほしい ということでしたが、全くしていません)。以前の会報に は様々な記事があり、論説、働態の窓、話題らん、研 究室紹介、働態ミニ情報などがありました。それらを復 活させて、原稿を集めて、紙面を充実させればよいの でしょうか。確かに、内容を充実させて、活用、利用さ れる状況にしていくことが、正当な方法でしょう。そんな こと、手間が大変で私には荷が重いということが大きい のですが、会報の魅力とはなんだろうかとも、考えてみ ました。論文誌への投稿は、研究結果を知ってもらうの と共に、業務である研究成果を示す方法として魅力が あります。会報への投稿はどうでしょうか。業績として認 められないのであれば、魅力は小さいものでしょう。し かし、それだけが魅力なのでしょうか。私は上記の 2 つ の駄文を記させていただき、すっきりとしました。前書き としての駄文は、人類働態学と関係したものでもな く、会報に記すことは不適当でしょう。しかし、筋電図に 関する内容は、いつかどこかに記させてほしいと思っ ていたものでした。そして、何年も前から、いつか「私は 錬金術師」という欄を設けて、記そうと考えていました。 私は、「錬金術ということば」にはいかがわしさを感じて いました。しかし、実際には錬金術とはしっかりとした科 学であって、今の化学の基礎となるものであったようで す。錬金術が可能かどうか、それは分かってしまえば 簡 単 な こ と か も し れ ま せ ん 。 し か し 、 分 か る 前 に は、様々な努力がされるわけです。現在の科学にして みても、後の世から見れば、むだなことに力を注いで いたことになるでしょう。科学とは、分からないけど、妥 当そうなことを、実験を通して確認していく部分が多い でしょう。ばくちと大差はないのかもしれません。自分 の信じること、考えることが本当に正しいか分からない けれど、追い求めるのです。ですから、科学者とは、今 も昔も、夢を持って、ばくちを続ける錬金術師と同じだ と思います。ということで、少々あやふやでも、自分の 示したい考えを、思い切って記すことができる場を設け たらどうかということです。と、考えてはいましたが、過 去に会報において、新たな欄が設けられ、それが短命 だった例がありました。また、データベース化におい て、記事の区分が煩雑になるのは避けたいです。そん なことから、気軽に考えを載せられる欄としては、「働態 の窓」でもよいのかなとは思ってきました。読まれなけ ればさびしいけれど、業績にならなければ価値が無い かもしれないけれど、でも、意見を載せることができる だけでも魅力があるのではないかと考えました。それが 会誌として魅力、活性化にも利用できないだろうかと考 えました。そう、ここでそれを始めましょう。結果がどうな るか、非難されることになるか、それは分かりません。で も、そんなに悪いことでもないのではないか。とにかく 始めましょう。 あなたの意見、考えを大募集です。 いや募集というより、示したいことを示すために、会報 をどうかご利用下さい。 経験豊富な先生方、研究って、そんなにうまくいって たでしょうか?もう、どうでもいいから、1つ言っておきた いってありませんか。無いってことは無いですよね。本 当は。 残念ながら、この文章を読んで、「へへへ」とか思わ 人類働態学会 会報 第100号 2015年4月27日

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-8-れる方、それは中年以上が多いのではないでしょうか (私がそうだから。世代の感覚でしょうね)。でも、そん な高齢者層が厚いのが現人類働態学会の強みだった りして。それを有効活用しましょうよ。 若い方、論文ではこんなことになっているけど、それ って違うんじゃないか。こんな風に考えるんだけど、どう 思いますかってありませんか。いや、文献からの間違っ た思い込みってありますよ(私も、15%MVC 以下の収縮 強度ならいつまでも疲れないだなんて、いい加減なコ メントをされたことがあります。実験しないと分からない んだから)。 電子媒体になったから、印刷費は不用です。

利用しちゃって下さい。とりあえず。

結構気楽に。こんな駄文を記すように。読まれるとは限 りませんけどね。

人類働態学会会報のデータベースについて

人類働態学会会報の 100 号を記念して、その収録著 作品のデータベース作成を予定していました。しか し、申し訳ございませんが、まだ完成できていません。 ここでは、現時点で提示できるものとして、以下につい て掲載します。 (1)会報の概要に関する情報:かつて掲載された索引 記事の位置。各号の発刊年と巻頭記事題名など。 (2)掲載欄による分類(および国際関係)、従来の索 引における分類(の一部) (3)現状のデータベースでの検索例、特集、他の分類 (4)大会、研究会、シンポジウムの情報(掲載分のみ) (3)については、過去の会報において取り上げられ た特集、シンポジウムのテーマなどから、対象項目を 適当に選んで検索してまとめた結果です。以下で提示 する内容は、実際の検索から、人力での修正、表示の 調整(所属の削除、略称の利用など)を行ったもので す。 データベースは完成した時点で学会を通じて配布 (または公開)されます。各会員が必要な項目につい て検索することで、実際の利用価値が出ます。なお本 データベース作成の基となった会報の総目次(会報の 各号の目次を、各号ごとに示したもの)もあります。この 総目次については、PDF としたものを学会ホームペー ジに公開します。検索も可能ですので、ご利用下さ い。 今後行なうべきデータベース化の作業としては、全 国・地方会の大会での発表抄録題目の入力、検索を 容易にするための調整などがあります。 趣味的に、合冊号における挿絵の情報も入れてみま した。会報の全てのページをチェックできているわけで はありません。どのあたりに誰が描かれた挿絵があると かの情報をいただけるとありがたいです。また、他に加 えたい項目があればご連絡下さい。検討します。 索引情報の見方、提示書式 ・「→」の後の数字は、掲載している会報位置です。 「号(ページ)」となっています。なおページについて は、77 号以前のものは、「、」で区切って製本版の通 しページを続けて記しています(製本版について は、本会報でも販売の案内が記載されています)。こ の通しページを利用できる範囲では、号で分ける必 要がなくなります。 ・略称: 全国:全国大会。東日本、西日本:東日本地 方会、西日本地方会で行う大会。シンポ:シンポジウ ム(その他、各掲載情報別の略称は、掲載箇所に記 しています)。 ・記事の題名の後で[ と ] ではさまれた 4 桁の数字 は、会報の発刊年 ・著者のみが記されている項目は、タイトル(テーマ)自 体は前(上)のものと同一(例えば「ヒューマン・エル ゴロジー研究会に望む」という特集で、多くの方が寄 稿されています。2 ページ目以降については、タイト ルなしで、名前のみを記しています) ・シンポジウムで、著者名があるものは、著者の発表題 目。著者名が無いものは、シンポジウムのテーマ。 訂正、変更すべき点がございましたら、大箸純也: [email protected] までご連絡下さい。

(1)会報の概要に関する情報

目次・索引 人類働態学研究会会報総目次:1号(1970)〜29 号 (1978)[1979]→ 30(11、373)

JOUNAL OF HUMAN ERGOLOGY 総目次(Vol.1-1, 1972 ~ Vol.7-1, 1977)[1979]→ 30(15、377) 人類働態学研究会会報総目次 30 号(1970)~50 号

(1985)[1985]→ 50(17、763)

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-9-Journal of Human Ergology 総目次(Vol.7-2,1978 ~ Vol.13-2,1984)[1985]→ 50(21、767) 索引[1992]→ 65(2、1070) 1.大会[1992]→ 65(2、1070) 2.東日本地方会[1992]→ 65(22、1090) 3.九州地方会[1992]→ 65(28、1096) 4.西日本地方会[1992]→ 65(29、1097) 人類働態学会会報総目次 51 号(1986) ~ 65 号 (1992)[1992]→ 65(42、1110) Journal of Human Ergology 総目次(Vol.14-1,

1985 ~ Vol.20-1, 1991)[1992]→ 65(47、1115) 各号の主要情報 表示の書式:会報の号(発行年月日:合本に掲載さ れた通しページ) 会報各号の巻頭記事題名、掲載抄 録の大会、特徴記事、特集など 略称:第△△回大会:全国大会、東地△△:東日本 地方会大会、関地△:関東地方会(第 8 回から東日本 地方会に名称変更)、西地△△:西日本地方会大 会、九地△:九州地方会大会、△△:大会の回数値。 そ の 他 : 題 名 は 適 宜 短 縮 し た も の が あ り ま す 。 ま た、特集は、特集と位置付けてあっても、会報には特 集と記されていないものがあります(後の記事で特集と して記されてることがある)。特集といっても、1 篇しかな い場合もあります(連載としての特集扱い)。また、当方 で特集とみなして題名を付けたものもあります。 1(1970/ 9/ 1: 1) ヒューマン・エルゴロジー研究 会発足にあたって 2(1970/12/ 1: 9) 第 1 回討論会“生活ルーチン と働態学”(第 1 回大会) 3(1971/ 3/15: 17) 個性を肯定すること/生きて いる人間の探究 4(1971/ 6/ 1: 25) 第 2 回討論会“慣れと習熟” (第 2 回大会) 5(1971/ 9/ 1: 33) 談話会 “フィールド・ワーク”-その方法と問題点- 6(1971/12/ 1: 43) 第 3 回人類働態学討論会(第 3 回大会) 7(1972/ 3/ 1: 51) 研究会の 3 年目を迎えて/動 と働の問題追及 8(1972/ 6/ 1: 59) 第 4 回大会 9(1972/ 9/ 1: 85) 談話会“個体差をめぐって” 10(1972/12/ 1: 95) 体格・体力・運動能力の測定 と人類働態学/JHE1.1 11(1973/ 3/ 1: 103) 第 5 回大会/九地 1 回 12(1973/ 7/ 1: 127) インテリアと働態学/JHE1.2 13(1973/10/ 1: 135) 第 6 回大会 14(1974/ 1/ 1: 149) 人間工学と標準に関する国際 会議/合宿談話会“生体反応の 信頼性” 15(1974/ 4/ 1: 157) 第 7 回大会/九地 2 回 16(1974/ 7/ 1: 173) 代表幹事交替にあたって/第 8 回大会 17(1974/10/ 1: 189) JHE2.2/九地 3 回 18(1975/ 3/ 1: 203) Performance 雑想/第 9 回大 会 19(1975/ 6/ 1: 221) 健康について/JHE3.1 20(1975/ 9/ 1: 227) エルゴロジー管見/第 10 回 大会 21(1976/ 2/ 1: 241) 長谷部言人論文に見る働態 学(Ergology) 22(1976/ 4/ 1: 251) 「 安 静 」 と い う こ と ば / JHE4.4/西地 1 回 23(1976/ 9/ 1: 267) エルゴロジーの中の動作/第 11 回大会 24(1977/ 3/ 1: 277) 随 意 運 動 の メ カ ニ ズ ム の 研 究・雑感/JHE4.2/国際シンポ ジウム:アジアにおける産業化の 影響とアーゴノミクス 25(1977/ 9/ 1: 291) 体力とは何か―防衛体力― /西地 2 回 26(1977/11/ 1: 307) 働態学についての白昼夢/ 第 12 回大会 27(1978/ 2/ 1: 315) 人類働態研究への発想原点 /JHE5.1,5.2 28(1978/ 6/ 1: 325) 人類働態学への期待/国際 シンポジウム:現代生産システム のヒューマンパフォーマンスに及 ぼす影響/関地 3 回/関地 4 回 /西地 3 回 29(1978/12/ 1: 351) JHE6.1/関東地方会春季例 会(関地 5 回) 30(1979/ 3/ 1: 363) 30 号に想う/地方会の歩み /会報・JHE 総目次 31(1979/ 6/ 1: 389) 文化と働態/第 13 回大会/ 関地 6 回/西地 4 回 32(1979/12/ 1: 415) 巨大システムの安全性につい て/第 14 回大会/関地 7 回 33(1980/ 5/ 1: 431) 農村保健の研究動向につい て/国際ラウンド・テーブル討議 /西地 5 回 34(1980/ 9/ 1: 451) 代表幹事の交代に際して/論 説/名簿 35(1980/12/ 1: 467) 高 令 化 特 集 ( そ の 1 ) / 第 15 回大会/東地 8 回 36(1981/ 3/ 1: 483) 医学から働態学へ/高令化 特集(2)/西地 6 回 人類働態学会 会報 第100号 2015年4月27日

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-10-37(1981/ 6/ 1: 507) 高令化特集(3)/JHE8.2/東 地 10 38(1981/ 9/ 1: 523) 高令化特集(4)/第 16 回大 会 39(1982/ 3/ 1: 541) 高令化特集(5)/西地 7 回/ 東地 11 40(1982/ 8/ 1: 571) 追悼記/代表幹事交代/高 令化特集(6 最終) 41(1983/ 4/ 1: 581) 会 員 が 語 っ た 働 態 学 / 第 17 回大会 42(1983/ 7/ 1: 599) ながら行動考/西地 8 回/東 地 13 43(1983/12/ 1: 619) 国際障害者・第一年度を終え て/第 18 回大会 44(1984/ 4/ 1: 631) 自 覚 症 状 の 意 味 論 / 西 地 9 回/東地 14 45(1984/ 6/15: 651) 生 活 特 集 / JHE11.1,11.2 / 名簿 46(1984/10/ 1: 681) 生活特集/第 19 回大会記 47(1984/12/ 1: 693) 第 18 回大会/第 19 回大会 48(1984/12/ 1: 715) 生活特集/西地 10/東地 15 49(1985/ 7/ 1: 735) 生活特集/他 50(1985/12/ 1: 747) 生活特集/第 20 回大会/会 報・JHE 総目次 51(1986/ 4/ 1: 775) 学会への移行にあたって/生 活特集/西地 11/東地 16 52(1986/10/ 1: 803) 人類働態学は新分野へ飛躍 できるか/生活特集:衣服/第 21 回大会 53(1987/ 4/ 1: 823) 学会発足 2 年目をむかえて/ 女性と労働/西地 12 54(1987/ 9/ 1: 839) 婦人労働をめぐる今日的状況 /図解「南極観測と人」(1)/第 22 回大会 55(1987/12/20: 863) 労働基準法の改正/図解「南 極観測と人」(2)/夏季研修会 56(1988/ 4/20: 877) 女性就業行動と再生産/図 解「南極観測と人」(3)/西地 13 57(1988/ 7/15: 893) ハ ン マ ー 作 業 の 小 実 験 と 医 療・裁判/図解「南極観測と人」 (終) 58(1989/ 3/31: 917) 「過労死」に対する救済と予防 を!/第 23 回大会 59(1989/ 6/ 1: 937) 環境の中を移動する人間と視 覚情報/東地 17 60(1990/ 1/15: 949) 生活活動時間研究における 「簡易スポットチェック法」の紹介 /第 24 回大会/西地 14 61(1990/12/31: 969) 会 長 交 代 に あ た っ て / 第 25 回大会/西地 15/東地 18 62(1991/ 7/ 1:1007) 働態学研究の THP への寄与 /東地 19/西地 16 63(1991/10/ 1:1027) 高齢者特集/第 26 回大会 64(1992/ 4/ 1:1053) 夏季研究会:生きがいセミナ ー 65(1992/ 5/ 1:1069) 特 集 人 類 働 態 学 : 演 題 目 録、会報・JHE 総目次 66(1992/ 6/30:1123) 未来特集/特集・人類働態学 をめぐって/西地 17/東地 20 67(1993/ 3/ 1:1145) 野生チンパンジーの石器使用 とその発達過程/夏季研究会/ 第 27 回大会 68(1993/ 6/25:1165) 階段を考える/西地 18/東 地 21 69(1994/ 1/10:1181) 働態学特集 70(1994/ 6/20:1195) 住まいの再考/夏季研究会: ニューオフィスと人類働態/第 28 回大会 71(1995/ 1/31:1233) 後悔しない住まいづくり/西 地 19/東地 22 72(1995/ 7/15:1261) アジア地域の労働改善協力に 見る変化/第 29 回大会 73(1996/ 5/ 1:1283) 夏季研究会:過疎地で過疎を 考える/西地 20/東地 23 74(1997/ 9/ 1:1301) 創立 25 周年記念第 31 回大 会・国際シンポジウム/第 30 回 大会/西地 21 75(1998/10/ 1:1335) 研究室紹介/第 31 回大会・ 国際シンポジウム/西地 22/東 地 25 76(1999/ 9/ 1:1363) 住めば雪国/西地 23/東地 26 77(2000/ 6/ 1:1373) 研究室紹介/人類働態学会 の活性化と人類働態学会研究 /第 32 回大会 78(2002/10/31) 研究室紹介/第 33 回大会/西 地 24/西地 25/西地 26/東地 27/東地 28/東地 29 79(2003/ 2/20) 「労働と生活の人間化」という理 念/特集「長谷川言人先生と働 態学」 80(2003/ 8/25) 追悼/特集「長谷川言人と働態 学 Part-Ⅱ」 81(2005/ 4/26) 特集「働態学の到達」/第 38 回 大会/東地 30/東地 31/東地 32/西地 27/西地 28/西地 29 82(2005/ 9/20) 特集:なぜそれを食するのか(第 40 回大会シンポジウム記録) 83(2005/12/10) 「くらしの中の共生」第 1 回シンポ ジウム/東地 34/第 40 回大会 人類働態学会 会報 第100号 2015年4月27日

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-11-84(2006/10/10) 「暮らしの中の共生」第 2 回シン ポジウム・第 41 回大会報告/会 長交代にあたって 85(2006/11/24) 「暮らしの中の共生」第 3 回シン ポジウム/東地 35 86(2007/ 6/18) 第 42 回 大 会 / 西 地 42 / IEA-HES 研究交流会/退職に あたって 87(2007/11/16) 「暮らしの中の共生」第 4 回シン ポジウム/東地 36 88(2008/ 6/12) 第 43 回大会/西地 33 89(2008/11/13) 「くらしの中の共生」第 5 回シンポ ジウム/東地 37 90(2009/ 6/ 4) 第 44 回大会/西地 34 91(2009/11/16) 東地 38/2009 年度夏季研究会 報告 92(2010/ 6/ 4) 第 45 回大会/創立 40 周年記 念:国際シンポジウム・寄稿/西 地 35 93(2010/11/ 8) 「くらしの中の共生」第 7 回シンポ ジウム/東地 39/創立 40 周年 記念寄稿(2) 94(2011/ 5/27) 第 46 回大会/西地 36/香原志 勢と人類働態学(前) 95(2011/11/ 4) 「くらしの中の共生」第 8 回シンポ ジウム/東地 40 96(2012/ 6/17) 第 47 回大会/香原志勢と人類 働態学(後) 97(2012/11/10) 東地 41/西地 37 98(2013/ 6/15) 第 48 回大会/統計ソフト講習会 99(2014/ 6/20) 東地 42/西地 38

(2)掲載欄による区分(および国際関係)

論説(話題らん、働態の窓以外の所見文) 働態研究の立場/ 小木和孝[1970]→ 1(2、2) 個性を肯定すること/ 大橋一雄[1971]→ 3(1、17) 生きている人間の探究 -或る生態学的理論-(人類の ロコモーション系に関する野外研究の必要性/自 然の中でのヒトのロコモーション)/ 渡辺仁[1971] → 3(2、18) 心理学とヒューマン・エルゴロジー/ 斎藤良夫[1971] → 6(5、47) 動と働の問題追及 ―研究会の 3 年目を迎えて―/ 篠崎信男[1972]→ 7(1、51) ニホンザルに会うために/ 岩野泰三[1972]→ 7(1、51) 乗船調査における「調査方法」と「実態」/ 大橋信夫 [1972]→ 9(4、88) 体格・体力・運動能力の測定と人類働態学/ 今井義 量[1972]→ 10(1、95) 環境と働態学/ 近藤四郎[1973]→ 11(14、116) インテリアと働態学/ 寺門弘道[1973]→ 12(1、127) 人間工学と標準に関する国際会議/ 内村喜之 [1974]→ 14(1、149) 研究会の一層の充実を/ 近藤四郎[1974]→ 16(1、173) 労働法における“働”の概念/ 野沢 浩[1974]→ 16(2、174) 人口働態と世界人口問題/ 篠崎信男[1974]→ 16(3、175) Performance 雑想/ 森清善行[1975]→ 18(1、203) 既存学問による都市化の定義/ 篠崎信男[1975]→ 18(2、204) 健康について/ 鈴木庄亮[1975]→ 19(1、221) 長谷部言人論文に見る働態学(Ergology)[1976]→ 21(1、241) 「安静」ということば/ 渡辺明彦[1976]→ 22(1、251) エルゴロジーの中の動作/ 渡辺俊男[1976]→ 23(1、267) 随意運動のメカニズムの研究・雑感/ 久保田競 [1977]→ 24(1、277) 体力とは何か―防衛体力―/ 阿久津邦男 [1977]→ 25(1、291) 働態学についての白昼夢/ 香原志勢[1977]→ 26(1、307) 人類働態研究への発想原点/ 篠崎信男 [1978]→ 27(1、315) 人類働態学への期待/ 吉田敬一 [1978]→ 28(1、325) 文化と働態/ 鈴木継美[1979]→ 31(1、389) 巨大システムの安全性について/ 飯田裕康[1979] → 32(1、415) 分業と支配について(その 1)/ 古山明男[1979]→ 32(2、416) 農村保健の研究動向について/ 天明佳臣[1980]→ 33(1、431) 分業と支配について(その 2)/ 古山明男[1980]→ 33(2、432) 問題と立場/ 狩野広之[1980]→ 34(2、452) 老熟と晩春-高令化社会に対して-/ 篠崎信男 [1980]→ 35(1、467) 老化とエルゴロジー/ 渡辺俊男[1980]→ 35(2、468) 老人の生活環境を考える/ 堀田明裕[1980]→ 35(4、470) 医学から働態学へ/ 中村正 [1981]→ 36(1、483) 老化と体力/ 小川新吉[1981]→ 36(2、484) 人類働態学会 会報 第100号 2015年4月27日

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-12-年令分業とライフサイクル:生態人類学的新視点/ 渡辺仁[1981]→ 36(3、485) 長寿症候群/ 沢田芳男[1981]→ 37(1、507) 老化問題とリハビリテ―ション/ 瀬間弥栄子[1981]→ 37(2、508) 肥満/ 渡辺 孟[1981]→ 37(3、509) 高年令労働者と雇用問題/ 高橋祐吉[1981]→ 38(1、523) 高令者の交通行動とその問題点/ 石橋富和[1981] → 38(2、524) 農村の老人問題をめぐって/ 天明佳臣[1982]→ 39(1、541) 人格と老化/ 下仲順子[1982]→ 39(2、542) 老人と性/ 篠崎信夫[1982]→ 40(2、572) ながら行動考/ 香原志勢[1983]→ 42(1、599) 国際障害者・第一年度を終えて/ 草野勝彦[1983]→ 43(1、619) 自覚症状の意味論/ 吉竹博[1984]→ 44(1、631) 一日の生活/ 原子令三[1984]→ 45(1、651) 手前味噌とパック画一化/ 小島麗逸[1984]→ 45(3、653) 高齢者の一日―生活の中の移動を中心に―/ 石橋 富和[1984]→ 46(1、681) 働くとは そのⅠ/ 肝付邦憲[1984]→ 46(3、683) 生活論/ 篠崎信男[1984]→ 48(1、715) 生活医学-生活と健康/ 渡辺孟[1985]→ 49(1、735) 病者・障害者の生活/ 佐直信幸[1985]→49(2、736) 働くとは そのⅡ ‐自然態への回帰‐/ 肝付邦憲 [1985]→ 49(4、738) 日本的労使関係と単身赴任問題/ 高橋祐吉[1985] → 50(1、747) 南極越冬隊の仕事と遊びを考える/ 松田達郎[1985] → 50(2、748) 精神の自由としてのスポーツ/ 渡辺俊男[1986]→ 51(1、775) 「着ること」をめぐって/ 長塩滋子[1986]→ 52(2、804) 生活と衣服および住居‐温熱生理学および時間生理 学の立場から‐/ 登倉尋実[1986]→ 52(3、805) 女性と労働‐生理的機能の性差‐/ 片岡洵子[1987] → 53(2、824) 働くとは そのⅢ ‐社会的規範を見つめつつ‐/ 肝 付邦憲[1987]→ 53(3、825) 婦人労働をめぐる今日的状況‐切り離せない男性の労 働条件‐/ 塩沢美代子[1987]→ 54(1、839) 図解「南極観測と人」(1)/ 松田達郎[1987]→ 54(2、840) 労働基準法の改正/ 野沢浩[1987]→ 55(1、863) 図解「南極観測と人」(2)/ 松田達郎[1987]→ 55(3、865) 女性就業行動と再生産/ 柏崎浩[1988]→ 56(1、877) 図解「南極観測と人」(3)/ 松田達郎[1988]→ 56(4、880) ハンマー作業の小実験と医療・裁判/ 大西徳明 [1988]→ 57(1、893) 図解「南極観測と人」(4)/ 松田達郎[1988]→ 57(4、896) 「過労死」に対する救済と予防を!‐「過労死 110 番」の 相談結果より‐/ 川人博[1989]→ 58(1、917) 環境の中を移動する人間と視覚情報/ 中島英司 [1989]→ 59(1、937) 神経科学からみた情報処理雑考/ 今井義量[1989] → 59(3、939) 生活活動時間研究における「簡易スポットチェック法」 の紹介/ 門司和彦[1990]→ 60(1、949) 働態学研究の THP への寄与/ 坂本弘 [1991]→ 62(1、1007) 人間の衣服づくりを考える/ 長塩滋子[1991]→ 62(2、1008) 生涯学習について一考察/ 松田達郎[1991]→ 63(1、1027) 高齢者の“社会的な関係”と健康/ 大原啓志[1991] → 63(3、1029) 高齢化社会と家庭生活/ 岡島史佳[1991]→ 63(4、1030) 「未来と音楽を楽しむ集い」などをめぐって/ 渡辺孟 [1992]→ 66(1、1123) 地球の未来‐南極研究から見た地球環境‐/ 松田達 郎[1992]→ 66(1、1123) 人の未来‐その適応性高い「来し方」を省み、予測不 能な「行く末」を考える‐/ 香原志勢[1992]→ 66(5、1127) 階段を考える/ 古瀬敏[1993]→ 68(1、1165) 応用働態学的意味(私の人類働態学への遍歴とこれ から)/ 松田達郎[1994]→ 69(1、1181) 住まいの再考/ 肝付邦憲[1994]→ 70(1、1195) 後悔しない住まいづくり/ 中野潤一[1995]→ 71(1、1233) アジア地域の労働改善協力に見る変化/ 小木和孝 [1995]→ 72(1、72) 第 4 回東南アジア人間工学会に参加して/ 片岡洵 子[1995]→ 72(2、73) 働態の窓 働態の窓(1):3 月のある編集委員会にて[1974]→ 15(15、171) 人類働態学会 会報 第100号 2015年4月27日

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-13-働態の窓(2)/ 守和子[1974]→ 16(16、188) 働態の窓(3)/ 富田 守[1974]→ 17(3、191) 働態の窓(4)/ 郷克敏[1975]→ 18(3、205) 働態の窓(5)/ 伊藤秀三郎[1975]→ 19(2、222) 働態の窓(6)/ 瀬間弥栄子[1975]→ 20(2、228) 働態の窓(7)/ 片岡洵子[1976]→ 22(2、252) 働態の窓(8)/ 服部昭[1976]→ 23(7、273) 働態の窓(9)/ 松田達郎[1977]→ 25(3、293) 働態の窓/ 横山真太郎[1977]→ 26(2、308) 働態の窓(11)/ 草野勝彦[1978]→ 27(2、316) 働態の窓(12)/ 長塩滋子[1978]→ 28(24、348) 働態の窓(13)/ 掘田明裕[1978]→ 29(5、355) 働態の窓/ 石井勝[1979]→ 30(20、382) 働態の窓(15)/ 川原ゆり[1979]→ 31(23、411) 働態の窓/ 鎌滝昭男[1979]→ 32(11、425) 働態の窓/ 斉藤良夫[1980]→ 33(3、433) 働態の窓/ 麻生勤[1980]→ 34(3、453) 働態の窓/ 大越有近[1980]→ 35(6、472) 働態の窓/ 安河内朗[1981]→ 37(5、511) 働態の窓/ 三戸秀樹[1981]→ 38(3、525) 働態の窓/ 増山英太郎[1982]→ 39(3、543) 働態の窓/ 井上範江[1982]→ 40(3、573) 生活時間を調べ始めたころ/ 越河六郎[1983]→ 41(5、585) 働態の窓/ 安倍和則[1983]→ 42(3、601) さあ書けと言われて困る働態の窓/ 綿貫茂樹[1983] → 43(2、620) 働態の窓/ 窪田悟[1984]→ 44(2、632) 重症心身障害児施設にて/ 瀬間弥英子[1984]→ 45(5、655) 働態の窓/ 武富志郎[1984]→ 46(4、684) 藤井力男[1984]→ 48(2、716) トライアスロンと私/ 有江醇子[1984]→ 48(2、716) 海難遺族世帯を訪ねて/ 服部昭[1985]→ 49(6、740) 大竹美登利[1985]→ 50(4、750) 盲人バレー/ 中田英雄[1986]→ 51(4、778) 高齢者研究に思う/ 勝浦哲夫[1986]→ 52(4、806) 調査の難しさ:食物摂取と栄養素接種の場合/ 鈴木 継美[1987]→ 53(5、827) 調査者と被調査者/ 高坂宏一[1987]→ 54(5、843) ラットと実験形態学/ 松村秋芳[1987]→ 55(8、870) Microscopic Task 研究をめぐって/ 宮代信夫[1988] → 56(6、882) 子ども/ 広田彰[1988]→ 57(8、900) オリンピックとスポーツ科学/ 江橋博[1989]→ 58(3、919) パプアニューギニア人と働怠学/ 稲岡司[1989]→ 59(4、940) ある老漁師との出会いから/ 川上剛[1990]→ 60(2、950) 集団観察にこだわる/ 松田達郎[1990]→61(3、971) 空間行動を研究して/ 小西啓史[1991]→ 62(4、1010) 東北タイ研究結果/ 大澤清二[1991]→ 63(6、1032) 疲れないシートを目指して 中国ツボ医学を取り入れ たシート開発のアプローチ/ 中野潤一[1991]→ 63(8、1034) 人類働態学との出会い/ 高城博文[1992]→ 64(12、1064) カラーイメージステレオタイプ/ 吉岡松太郎[1992]→ 66(11、1133) 東北タイ子どもの遊び調査の 5 年間を振り返って/ 佐川哲也[1993]→ 68(2、1166) 技の能、技の術/ 森和夫[1993]→ 68(3、1167) 大砲とミサイル/ 宮代信夫[1995]→ 71(2、1234) 住めば雪国/ 安井友康[1999]→ 76(1、1363) 話題らん ヒューマン・エルゴロジー研究会に望む/ 鶴間薫子 /坂口登/佐藤方彦[1970]→ 1(4、1) 片岡洵子/浅見高明/佐藤陽彦/石井勝[1970]→ 1(5、1) 斎藤良夫/斎藤基一郎/大橋信夫[1970]→ 1(6、1) 豊増翼/原子令三[1970]→ 1(7、1) 香原志勢/大塚柳太郎/阿久津邦男[1970]→ 2(7、9) 大西徳明/内村喜之[1971]→ 3(6、17) 人類働態学における人間性の問題/ 今井義量 [1971]→ 3(6、17) 話題らん/ 服部恒明[1971]→ 4(6、25) 話題らん/ 富田守[1971]→ 4(6、25) ニューギニア渡航を前にして/ 大塚柳太郎[1971]→ 4(7、25) 「体力と生活」雑感/ 芝山秀太郎[1971]→ 5(5、33) 話題らん/ 小木和孝[1971]→ 6(7、43) 第 4 回大会に参加して/ 松井秀治[1972]→ 9(6、85) 第 4 回大会に参加して/ 平田 昌[1972]→ 9(6、85) 人類働態学に関する私見/ 萩原 仁[1972]→ 9(7、85) 計測・データ処理・ミス/ 馬場和朗[1972]→ 9(7、85) 西欧の関連研究見聞記/ 佐藤方彦[1973]→ 11(21、103) 人類働態学会 会報 第100号 2015年4月27日

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-14-中国使節団と会見して想うこと/ 堀野定雄[1973]→ 12(7、127) 話題らん/ 早弓 惇[1973]→ 13(13、135) エルゴロジー雑感/ 齋藤良夫[1975]→ 18(16、203) 生活環境の変化における働態/ 松田喜美子[1975] → 18(17、203) 足と靴/ 馬場和朗[1975]→ 19(4、221) 野外実験あれこれ/ 大久保堯夫[1975]→ 19(5、221) アメリカの人間工学研究を見て/ 岸田孝弥[1975]→ 20(12、227) 米国と欧州見聞 4 ヶ月/ 岡田守彦[1976]→ 22(4、251) 働態学を志すものとして/ 楢木暢雄[1976]→ 22(16、251) 人間とシステム/ 中野豊道[1976]→ 23(7、267) アジア産業保険会議の第 1 回と 8 回を省みて/ 斎藤 一[1977]→ 24(13、277) アメリカでの子供たち/ 片岡洵子[1977]→ 26(7、307) フィリピンの工場衛生/ 小木和孝[1978]→ 27(7、315) 私の会った中国の婦人たち/ 守和子[1978]→ 28(25、325) シンガポールの 2 つの地域セミナー/ 小林和孝 [1978]→ 29(6、351) 第 19 回国際労働衛生会議/ 井谷徹[1978]→ 29(7、351) 香港・台湾での印象/ 堀江良典[1978]→29(8、351) プロドライバーの生活/ 大森正昭[1979]→ 30(21、363) 200 カイリ体制と漁業者の生活/ 服部昭[1979]→ 31(23、389) EMG-スティックピクチャーと動作分析/ 谷井克則 [1979]→ 32(12、415) 「人間学」関係・諸学会連合大会の提唱-諸学会の〝 共通の水脈〝としての人間学-/ 村上幸雄 [1980]→ 33(18、431) 私の工場見聞録より―人類働態学研究への一つの提 言―/ 神代雅晴[1980]→ 34(4、451) 国際心理学会(東ドイツ・ライプチッヒ)参加記/ 斉藤 良夫[1981]→ 36(17、483) ジュネーブだより―プロジェクトの設計と評価―/ 小 木和孝[1981]→ 37(8、507) 常春の差とビルカバンバ(世界の長寿村)/ 守和子 [1981]→ 37(10、507) 大阪交通科学研究会の 10 年の歩み/ 石橋富和 [1981]→ 38(12、523) 価値の問われる“すきま”の学問/ 中原凱文[1981] → 38(13、523) 漁業労働における高令化/ 服部 昭[1982]→ 39(23、541) 工夫された研究発表会 -アメリカで見た一つの試み/ 堀野定雄[1982]→ 39(24、541) ヨーロッパ放浪記/ 森岡三生[1982]→ 40(4、571) 日本語音と五十音図/ 中野豊道[1983]→ 41(12、581) 日本語常民文化研究所が神奈川大学に移管されて 再出発/ 服部昭[1983]→ 42(15、599) 技を育むもの/ 森清善行[1984]→ 44(3、631) 高齢者・身体障害者配慮の実践住宅/ 堀田明裕 [1984]→ 45(6、651) 話題らん/ 大越有近[1984]→ 46(5、681) スウェーデン労働衛生事情/ 井谷 徹[1984]→ 48(3、715) 労働の国際化と職場における文化摩擦/ 大橋信夫 [1985]→ 49(7、735) 第 10 回国際バイオメカニクス学会/ 井谷徹[1985]→ 50(5、747) 第 7 回国際夜勤・交代制シンポジウム 1985/9/18-21 イーグルス/ 守和子[1986]→ 51(5、775) 二本足歩行再履習(その 1)/ 芹澤玖美[1986]→ 51(6、775) 二本足歩行再履習(その 2)/ 芹澤玖美[1986]→ 52(5、803) 港湾労働との出会い/ 近藤雄二[1987]→ 53(6、823) 手の働き研究会/ 肝付邦憲[1987]→ 53(8、823) 5 年後のギデラ族再訪/ 河辺俊雄[1987]→ 54(6、839) アウシュヴィッツ強制収容所を訪れて/ 斉藤良夫 [1987]→ 55(9、863) ICOH の 2 つの国際学会に出席して/ 守和子[1988] → 56(7、877) ペンステート大バイオメカニクス研究所およびロコモー ションセンター訪問記/ 片岡洵子[1988]→ 56(8、877) フィンランドで目にした JHE/ 酒井一博[1988]→ 57(9、893) 中国における労働衛生技術者の育成について/ 張 振祥[1989]→ 58(4、917) 第 11 回全国座長大会[嘉穂劇場]-初見聞記/ 肝 付邦憲[1989]→ 58(5、917) 自己管理をめざした教育/ 志村正子[1989]→ 59(5、937) 西ドイツで考えたこと‐働くことと生きること/ 斉藤良 夫[1990]→ 60(3、949) 「現代労働衛生ハンドブック」における「人類働態学」 / 香原志勢[1990]→ 61(2、969) 人類働態学会 会報 第100号 2015年4月27日

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