食品中のヒ素に関する安全規制
一般財団法人日本冷凍食品検査協会 加地 祥文 1.はじめに 我が国における、食品中のヒ素に関する規制は、残念ながら不幸な事件から始まった。 1955 年に森永乳業徳島工場で製造された乳児用調製粉乳によるヒ素中毒事件が発生し、被害者 1 万 2000 人以上、死亡者 130 名となった。爾来、60 年が経過しようとしている。厚生省は、患 者被害者の恒久的救済を図るための仕組みを患者支援団体、森永乳業とともに「ひかり協会」を 作るとともに(1973 年)、食品規制の法律である食品衛生法の省令(乳及び乳製品の成分規格等 に関する省令)を改正し、乳児用調製粉乳に使用する添加物にあっては、薬事法の公定書に収載 されている医薬品の基準に合致するものか、収載されていない添加物にあっては個別に厚生大臣 の承認が必要とされることとなった。さらに、全粉乳、加糖練乳、調製粉乳を製造する工場にお いては、高度な知識を有する「食品衛生管理者」を設置しなければならないこととした(食品衛 生法改正、1957 年)。 食品を原因とするヒ素事件は、1998 年に和歌山県で発生した和歌山毒物カレー事件において 4 名が死亡する事態が発生した。この事例は、本来の食品衛生における事故というより意図的な混 入による刑事事件として取り扱われる事案であるが、その後の食品安全対策に、フード・ディフ ェンス(食品防御)という視点が不可欠となる先駆けとなっている。 一方、我が国は古来、海藻を好んで食してきた民族であるが、世界各国での近来の日本食ブー ムや海外に居住する日本人の要求によって、日本で採取され、加工された海藻類、特に海苔、ワ カメ、昆布の輸出が増大するに伴って、輸入国の食品安全担当部局の検査において、ヒ素がこれ らの海藻類から高濃度に検出されたことによって、輸入が差し止められる事態が頻発し、日本食 に欠くことのできない食材が欠品したため、外交問題が発生する事態ともなっている。欧米諸国 では、まるで紙のような食感の海苔の食経験が少なく、従ってこれらの成分についてのバックグ ラウンドの資料がないため、検査法の如何を問わず、ヒ素が検出された場合は無条件に輸入が禁 止される場合が多い。その都度、外交ルートを通じて、我が国での分析データや食品中でのヒ素 の存在形態とその毒性(安全性)についての資料を提出して、輸入解除の運びとなるまでに相当 の時間と労力を費やさざるを得ない状況にある。 しかし最近では、各国での食品中のヒ素の調査が進んできて、様々な存在形態、存在量、さら に個々の存在形態での毒性等が判明するようになり、あわせて、海藻類、海産物以外の食品での 環境汚染によるヒ素の汚染が判明してくるなどの影響で、食品の国際規格を策定する機関である Codex 委員会において、ヒ素の国際基準の策定がすすめられている。 本日は、ヒ素に関する食品安全面についてのこれまでの対策と今後の検討すべき課題を紹介し ていきたい。第 33 回土・水研究会 水稲におけるヒ素吸収抑制技術
“食品中のヒ素に関する安全規制”
加地 祥文 一般財団法人 日本冷凍食品検査協会 2016 年 2 月 25 日 つくば農林ホール本日の予定
•
食品の安全とは?
–食品衛生から食品安全•
食物のもつ特性
•
微量元素と食品安全
•
食品安全の規制の方法
•
安全性(危険性)の評価
食品の安全とは?
食品衛生
•
細菌性食中毒
•
自然毒
–
ふぐ毒,シアン豆,黄変米
•
合成食品添加物
•
残留農薬
•
残留動物用医薬品
食品衛生から食品安全
•
4
大公害病
–
水俣病
メチル水銀
魚類
–
第二水俣病
メチル水銀
魚類
–
イタイイタイ病
カドミウム
米
• (四日市喘息 亜硫酸ガス)•
魚介類中の水銀
•
森永粉ミルク事件
ヒ素
•
放射能汚染
–
チェルノブイリ原発事故
–
福島第一原発事故
食品安全への拡大
•
水系伝染病(赤痢,コレラ,チフス)
•
ウイルス性食中毒(ノロ)
•
寄生虫性食中毒(アニサキス,クドア,ザル
コ)
•
異物混入(金属,プラスチック等)
•
アレルギー
•
バイオテロ
•
フード・ディフェンス(農薬,糞)
食品安全をどうやって確保してゆく
か?
食物の本性=もともと安全なものでは
ない
• 動物,植物はいつも食べられたいと思っていない.食べてもらいたい時期がある. • だから,防衛機能や誘因機能がある. – 食べても,美味しくないよ,不味いよ,苦いよ,といったメッセージ. – さらに,食べたら病気になるよ,死ぬよ,という反撃措置. – 甘い果実,蜜等 • 本来,食べ物は安心して食べられるものではなかった. • しかし,人は工夫して安全性を増し,必要な栄養分を吸収してきた. 8栽培化,家畜化,品種改良,そして
加工・調理
•
大型化・馴化:家畜,家禽
•
減毒化:品種改良(ジャガイモ)
•
加工による解毒化:水さらし(キャッサバ)
•
加熱調理による解毒化:病原体,寄生虫(肉)
– 調理:洗浄,除去,加熱 – 発酵: – 加熱加工:殺菌・殺虫 – 放射線照射: – 冷凍•
養殖による無毒化:フグ
•
保存:乾燥,塩蔵,砂糖漬,冷蔵,冷凍
公衆衛生分野での実際
(例:食の安全性の特性)
• 食の非代替性: 人は食べなくては生きていけない. – 食品の代替性: 食物には代替食品がある . • 食品の摂取量依存性: – パラケルスス:すべての物質は毒物である.毒物でないものなど一つもな い.毒物と薬物(食物)を分けるのは,正しい量を使うことによるということ だ. • 食品安全の保証期間 – 個体影響(人生 80 年)と次世代影響 • 食品毒性の可逆性・非可逆性: – 食品からの危害があっても急性,かつ,回復可能なものには寛容. – 毒性の不可逆性排除:致死,後遺症,慢性には過剰反応 • 食の楽しみ・嗜好 10食品の製造・加工段階での制御
•
調理
:洗浄,除去,加熱
•
加工
:乾燥,塩蔵,発酵,砂糖漬
•
殺菌・殺虫
:加熱,放射線照射,冷凍
•
保存
:冷蔵,冷凍
11食品のリスク変化:一般的パターン
リスクの程度 高 喫食時 安全レベル一般的に食品として 食べられているもの 社会的に食べるものでは ないと認識されているもの 豚の肉・内臓 の生食 豚の肉・内臓 の生食 生食に対する社会的常識が変化している? 【調査会における主な意見】 (1) 是正指導しても提供をやめない事業者が存在しており、 行政指導の強制力をもたせるために法的に禁止すべき。 (2) 豚は生食として食べるものではないことは一般的に認識 されており、法的規制ではなく、周知や指導で対応すべき。 牛レバーの生食禁止後、一部の 事業者による提供実態がある 「豚の肉・内臓はしっかり火 を通さないと危 な い」 ◎ 豚の生食はすべきでないことで一致 。 ◎ その規制方法について 法的禁止をすべきか否かで意見が分かれた 。 食肉等の生食に関する調査会(第3回)における議論
豚の生食は法律で禁止すべきか?
あなたならどんな決断をしますか?
喫緊の安全性研究
リスクの程度 高 喫食期間 安全レベル 危険性の程度を無視した研究が多いが,今 後は,どこまでは安全か,という科学的なエ ビデンスを作る研究の推進が必要 レギュラトリー・サイエンス の推進 危険レベル 安全レベルの幅微量元素の場合は?
習慣的摂取量 BMD L BMR RD A AI 不足のリスク 過剰摂取のリスク 食物摂取量に よ るリスク