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生化学者の地動説

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Academic year: 2021

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生化学 第 91 巻第 1 号,p. 1(2019) * 理化学研究所光量子工学研究センター副センター長, 生細胞超解像イメージング研究チームチームリーダー DOI: 10.14952/SEIKAGAKU.2019.910001 © 2019 公益社団法人日本生化学会

生化学者の地動説

中野 明彦*

2018年9月に京都で開催された第91回大会の懇 親会の席で,日本生化学会名誉会員に推薦をいた だいた.11月の総会で承認されれば,とのことな ので,この原稿を書いている時点ではまだ正式に決 まったわけではないが,大変名誉なことであると考 えている.いや,正直に言うと,事務局長の渡辺 さんからご連絡をいただいたときには,私はまだ現 役で,引退なんかしませんよ!とちょっとムキに なってしまった.名誉会員と言うと,もう現役を退 き,年金生活でも学会には参加していたいという 方,というイメージがあって,それにはまだ早いの ですが……と思った次第である.ただ,どうやらこ れまでの慣例で,生化学会の会長または会頭の経験 者は,65歳を超えると名誉会員に推薦されること になっているらしい.これからはどうか寄付をお願 いします,とのことであった. それはさておき,「生化学」の巻頭言を,というの も重たい依頼である.自分は何者かと考えてしまっ た.私は理学部生物化学科の出身であり,自分で ピペットマンを握っていた研究者人生の前半は間違 いなく生化学者であったと思う.酵母を扱うように なって遺伝学の面白さにもはまり,専門は遺伝生化 学であるという言い方をしたこともあった.しかし, これまでをトータルで振り返ってみると,やはり一 番適切なのは細胞生物学者という言葉なのだろう. 研究者人生の後半は,細胞内の現象を生きたまま見 たい!という衝動にかられ,ライブイメージング顕 微鏡の開発という思わぬ方向に突き進んできた. 物理学のように,理論がまず作られ,それを実験 で実証する学問では,理論が美しいかどうかでまず は評価が決まると聞いたことがある.それに対して 生物学では,1+1が2であることを証明するのに, 1+1は1ではない,3ではない,4ではない,という反 証を泥臭く挙げていって,そろそろもういいかなと いうところで,だから2である,という結論に至る. 賛同しかねる方もおられようが,少なくとも生化学 的なデータからモデルを作り上げる過程は,多少な りともそういうところがある.どうやっても否定でき ないときにその仮説は正しいということになるらし いが,どうやっても否定できないことを実際に証明 することは不可能に近い.そもそも全ての可能性な ど思いつけないに違いない.あるモデルを提唱して みて,複数の研究グループが同意したときにそのモ デルが定着する,というケースが多いのではないか と思う.しかし,それでは説明できない!という実験 事実が出てきた場合,しばしば大きな論争になる. 私が専門とする細胞内膜交通(小胞輸送)の世界 でも,歴史に残る大論争がいくつかあった.ゴル ジ体の中をどのように分泌タンパク質が移動してい くか,という問題もその一つであるが,ニュートラ ルな立場でその決着をつけるべく進めていたライブ イメージングで,自分たちが撮ったたった一つの動 画がいとも簡単に白黒をつけてしまったのは衝撃的 な経験であった.それ以来というもの,見ることこ そ細胞生物学の王道とうそぶき,どっぷりライブイ メージングの世界にはまり込んでいる.見ているだ けじゃないか,という冷たい声があることも承知し ているが,あんたは見てないじゃないか,と心の中 で言い返すことにしている. 自分が若いころ,電子顕微鏡の専門家が「こう見 えるからこうなのだ」と断言するのを天動説と非難 して憚らなかったことを忘れていない.しかし,見 たままを信じるのが天動説なのではない.地動説 は,天体の動きをより精密に観測することによって 天動説の過ちに気づいたのである.顕微鏡で見ると 言っても,低倍率で見るのと高倍率で見るのは大違 いであり,分解能の向上に伴って見えるものがま るっきり違ってくる.光学顕微鏡の超解像技術がど んどん進歩しているのはご存じの方も多いだろう が,まだまだ電顕には敵わない.電顕に決定的に不 足しているのが時間軸である.動きを知り,変化を 追うことができるのがライブイメージングの神髄で あり,また時間分解能を高めることによってこれま で見えなかったものがどんどん見えてくる. 生化学的なデータに基づき提案され,これまで受 け入れられてきたモデルが,見ることによってばっ さりと否定されることが現実に起こりつつある.自 ら提案したモデルまでも次々に否定し,修正し続け るのは快感ですらある.名誉会員の引導を渡された いま,古典生化学からのコペルニクス的転回をもう 少し続けてみようと思っている.(蛇足であるが誤 解を避けるために.イメージングにおいても結論の 検証に生化学,遺伝学がきわめて重要であるのは言 うまでもない.)

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