伊丹市昆虫館におけるチョウ類の人工飼料飼育
角正美雪・坂本昇
伊丹市昆虫館
Rearnig larvae of butterflies on artifical diets
in Itami City Museum of Insects
Miyuki KAKUMASA, Noboru SAKAMOTO
Itami City Museum of Insects
(2014 年 2 月 28 日受理) 1. はじめに 伊丹市昆虫館(以下当館)には、一年中 14 種約 1,000 匹のチョウを飛ばし、生態展示を行っているチョウ温室 がある。チョウ温室内は冬でも 18℃以上の気温を保ち、 熱帯・亜熱帯原産の花木や吸蜜植物を植栽し、飛翔、吸蜜、 求愛、交尾、産卵などチョウの生態を来館者が間近に観 察できる空間を提供している。 このチョウ温室に放しているチョウは、おもに南西諸 島に生息する南方系の種と伊丹市および近隣市町に生息 する種である(伊丹市昆虫館編 2012)。当館においてこ れらの累代飼育技術は、一定の個体数を維持し年間を通 して安定した生態展示を行うために、必要不可欠である。 またチョウの飼育に欠くことのできない食草は、当館 の農場において無農薬で栽培し、飼育直前に新鮮な葉を 農場より供給し与えている。しかし、食草栽培は常に順 調なわけではない。病害虫などによる生育不良や冬季 の葉の質の劣化など様々な要因により、チョウの成育状 況に合わせた安定供給が難しい種や時期がみられる。そ のような食草供給が困難な時期の緊急的な飼育方法とし て、人工飼料を用いた飼育を導入している。 人工飼料を用いたチョウ類の飼育は、これまでに 様々な種で試みられてきた(最上 1998, 真浦・久津川 1998, Hirai and Ishii 2001, 清水 2001, 清水 2002, 清 水 2003)。現在、当館が行っている人工飼料飼育の方法 を記録し、その実績を報告する。 2. 背景 当館では 1990 年の開館前から伊丹市内に農場を確 保して食草を栽培している。1997 年度からは荒牧圃場 (約 400㎡)と中野圃場(約 1,000㎡)を管理していた が、2006 年 12 月に伊丹スカイパーク圃場(桑津農場 662.12㎡の敷地内に 347.07㎡のガラス温室)へ統合・ 移転したことから管理面積が縮小し、栽培量が食草の鉢 数にして約 15%減った(伊丹市昆虫館編 2008)。 また、この桑津農場では食草の栽培状況に明らかな周 年変化が見られるようになり、生育の良好な時期と不良 問い合わせ先 〒 664−0015 兵庫県伊丹市昆陽池 3−1 伊丹市昆虫館 E-mail: [email protected]
な時期とが顕著になった。特に、リュウキュウウマノス ズクサ(7〜 9 月:葉質の低下、芽の生長停止)、リュウキュ ウガシワ(6〜 8 月:栽培量の減少に伴う枯渇)などで ある。また当館の敷地内にある露地栽培のハッサク(11 〜 4 月:葉質の低下)なども、年間のチョウ類の飼育に おいて、食草供給の不安定な種となっている。近年、こ れらの食草の生育不良時期に、人工飼料飼育へ切り替え ることを避けられない状況がしばしばみられる。 3. 乾燥葉粉末の作製 人工飼料はチョウの種類に応じた食草の乾燥葉粉末と 成長に必要な栄養素の原体を調合して作製する。乾燥葉 粉末は食草を乾燥させた後それらを粉砕して作製する。 当館で実施している乾燥葉粉末の作製方法は以下に述べ るとおりである。 3-1. 食草の乾燥方法 食草が良質で豊富な時期に乾燥葉粉末の作製を行って いる。剪定した食草は劣化する前に効率よく乾燥させる ことが重要である。乾燥方法は作業量などを考慮したう えでその都度決めているが、現在までに以下の 4 つの方 法を用いている。 ①電子レンジによる乾燥 電子レンジ(ホシザキ HMN-18A, 出力 1800 w)で 食草を乾燥させる際の注意点は、食草から出る水分を吸 いとる吸収剤を用いることである。キッチンペーパーを 吸収剤に用い、これと食草を交互に何層にも重ね、タオ ルを敷いた耐熱皿に置き加熱する。加熱時間は 1 分程度 から食草の乾燥具合を確認しながら調節する。加熱過剰 だと焦げや変色などがみられるので注意が必要である。 この方法は特にホウライカガミやリュウキュウガシワな ど葉の厚みや水分量が多い食草の乾燥に用いている。短 時間で乾燥できるが、一度に乾燥できる葉の量が少量で あること、作業量が多いのが難点である。 ②熱風乾燥機による乾燥 熱風乾燥機(TABAI LC-122)での乾燥は、設定温度 37 〜 38℃(水分量の多い食草によっては 42℃)、約 8 時間(不十分な場合はさらに時間を延長)にて行って いる。裁断面を多くして乾燥効率を上げるため、下準備 として食草を手作業で細かくし、捕虫網のネットや洗濯 ネットなどにいれ乾燥機に入れる。この方法は、ハッサ クやリュウキュウウマノスズクサ、ガガイモなどに用い ている。 ③シリカゲルを用いた乾燥 密閉できるポリ袋に、細かくした食草と除湿済みのシ リカゲルを入れ封をする方法である。シリカゲルは混合 を避け乾燥作業後取り出しやすくするため水切りネット 等に入れる。水分量や食草の量によっては、完全に乾燥 するまで、シリカゲルを何回か除湿、交換する必要があ る。この方法は水分量の多い食草でも約1〜 2 日で乾燥 できるが、シリカゲルの除湿作業の手間がかかる。ハッ サクで主にこの方法を用いている(図 1)。 ④常温室内での自然乾燥 常温室内での自然乾燥は、食草をエアコンの風があた る場所に置く方法で、最も手間のかからない方法である。 乾燥中は食草を時々反転させており、細かくちぎってお くとより早く乾燥する。ただし湿度の高い室内では、食 草が乾燥する前に劣化が起こりやすいので注意が必要で 図1 ハッサクのシリカゲル乾燥 図 2 ギョボクの自然乾燥
まかに粉砕した後、状態によりふるいにかけて粗い繊維 を取り除いた上で、ボールミル(NITTO ANZ-61S, 図 4) を用いて粉砕する。ボールミルの設定時間は 10 〜 20 時 間程度である。 乾燥葉粉末は、密閉式の食品保存袋に入れ(図 5)、冷 凍保存している。冷凍保存した乾燥葉粉末は長期保存が 可能である。このような作業を食草の生育が良好でかつ 大量に供給できる時期に行い、良質な食草を乾燥葉粉末 に加工し、緊急時の人工飼料飼育のために保存している。 4. 人工飼料飼育 4-1. 人工飼料の作製 飼育で使用する際には、あらかじめ乾燥葉粉末と市販 されている原体(インセクタF - Ⅱ 未添加昆虫用:日本 農産工業株式会社)を一定の割合で配合した混合粉末(以 下配合飼料)を数日分作り置きし、冷凍庫で保存してお く。人工飼料は、新鮮な飼料を与えるため飼育作業を行 う直前に作製している。手順は耐熱カップに配合飼料と 水を適量加えて撹拌し(図 6)、電子レンジで約 10 〜 20 秒加熱し、その後、かき混ぜながら粗熱をとるという方 法である(図 7)。 当館の人工飼料飼育は、2002 年に現大阪府立大学大 学院生命環境科学研究科の平井規央助教にその手法を教 授してもらい始めた。当初は抗生物質を添加し、比較的 多量を蒸して加熱し作製した人工飼料で、順調な成育が 見られた。しかし当館では幼虫の飼育数が少なく、冷蔵 庫で保存中に人工飼料が劣化する例がみられたため、使 用直前に少量の人工飼料を作製する、現在の簡易な方法 に変えている。 4-2. 飼育方法 チョウの幼虫に人工飼料を与える際は、個別飼育を基 本としている。飼育容器は、1 〜 3 齢幼虫はΦ 50mm× 9mm の密閉式ペトリディッシュを用い(図 8)、4〜 5 齢幼虫は 120ml, 430ml, 860ml の食品用 PET 製カップ を用いている(図 9)。人工飼料は当日使用する量だけを 作製し、飼育容器内で乾燥やカビ等による劣化を防ぐた め、少なくとも 2 日に 1 回の頻度で交換している。特に 4〜5齢幼虫の場合は 1 日で食べきる量を与えるなど、 こまめに作業をおこなう飼育方法をとっている(図 10、 図 3 粉砕器(ミル) 図 4 ボールミル 図 5 乾燥葉粉末の保存状況 ある。ギョボクなど葉の薄く、しおれやすい食草で行っ ている(図2)。 3-2. 乾燥食草の粉砕方法 乾燥した食草は、細かく粉砕する。主に食品用の粉砕 器(ミル:IWATANI IFM-700G, 図 3)を用いる。リュキュ ウウマノスズクサやギョボクなどの葉の薄い食草はミル の使用だけで十分な粉末状になる。一方、ハッサクやト ゲイヌツゲなど葉が硬く繊維量の多い食草は、ミルで大
図 11、図 12)。 4-3. 配合割合について 乾燥葉粉末と原体(インセクタF - Ⅱ)の配合割合は、 幼虫の成長段階に応じて変えている。1 齢から 3 齢程度 までの若齢幼虫には、乾燥葉粉末の割合を高くした配合 の人工飼料を用い、中齢幼虫以降には原体(インセクタ F - Ⅱ)の割合を高くした配合の人工飼料を用いている (表 1)。これは、主に若齢幼虫に対して人工飼料への初 期の食いつきをよくするために乾燥葉粉末の濃度を高く し、中齢以降の幼虫に対しては成長に必要な原体(イン 図 6 耐熱カップでの撹拌のようす 図 7 加熱後の人工飼料 図 8 ペトリディッシュを用いた飼育 (ジャコウアゲハ) 図9 食品用 PET 製カップを用いた飼育 (ジャコウアゲハ) 図 10 スジグロカバマダラ 図 11 タイワンキマダラ 図 12 ミカドアゲハ
表 1 伊丹市昆虫館における人工飼料飼育の実績 科 名 和 名・学 名 生葉飼育 人工飼料飼育 産地* 1 生葉飼育の食草* 2 飼育期間 の実績* 4 飼育 * 5 実績 乾燥葉粉末の食草 乾燥方法食草の* 6 配合割合(乾燥葉粉末:インセクタ F- Ⅱ) 初齢〜中齢幼虫 中齢〜終齢幼虫 アゲハチョウ科 Papilionidae ジャコウアゲハ Byasa alcinous 伊丹 リュウキュウウマノスズクサ、ウマノスズクサ 周年 ◎ リュウキュウウマノスズクサ ④ 6:4 4:6, 3:7 ミカドアゲハ Graphium doson 八重山諸島 ギンコウボク 一時 ○ ギンコウボク ① 7:3 7:3 ナミアゲハ Papilio xuthus 伊丹 カンキツ類 *3 ハマセンダン 周年 △ ハッサク ②、③ 6:4,5:5 - ナガサキアゲハ Papilio memnon 伊丹 カンキツ類*3 周年 × ハッサク ②、③ 7:3, 6:4,5:5 - モンキアゲハ Papilio helenus 伊丹 カンキツ類*3 季節 ○ ハッサク ②、③ 5:5 5:5 シロオビアゲハ Papilio polytes 八重山諸島 カンキツ類*3 周年 ◎ ハッサク ②、③ クロアゲハ Papilio protenor 伊丹 カンキツ類*3 周年 ◎ ハッサク ②、③ 7:3, 5:5 3:7, 2:8 シロチョウ科 Pieridae ツマベニチョウ Hebomoia glaucippe 八重山諸島 ギョボク 周年 × ギョボク ④ - - クロテンシロチョウ Leptosia nina 与那国島 ギョボク 周年 ◎ ギョボク ④ 5:5 5:5 タテハチョウ科 Nymphalidae リュウキュウムラサキ Hypolimnas bolina 八重山諸島 サツマイモ 周年 ◎ サツマイモ ① 記録なし 記録なし タイワンキマダラ Cupha erymanthis 八重山諸島 トゲイヌツゲ 周年 ◎ トゲイヌツゲ ①、② 7:3,6:4 4:6, 3:7 オオゴマダラ Idea leuconoe 沖縄島 ホウライカガミ 周年 ◎ ホウライカガミ ① 3:7 , 4:6,5:5 切り替えなし リュウキュウアサギマダラ Ideopsis similis 八重山諸島 ツルモウリンカ 周年 × ツルモウリンカ ①、② 記録なし 記録なし カバマダラ Danaus chrysippus 伊丹 ガガイモ、リュウキュウガシワ 一時 ◎ ガガイモ ①、② 7:3,5:5,3:7 7:3,5:5,3:7 スジグロカバマダラ Danaus genutia 八重山諸島 リュウキュウガシワ、ガガイモ 周年 ◎ リュウキュウガシワ、ガガイモ ①、② 6:4, 5:5,3:7 5:5, 3:7 * 1 伊丹:伊丹市および近隣市町、八重山諸島:西表島・石垣島・竹富島 * 2 生葉飼育の食草は、農場より供給される通常の幼虫飼育で与えている植物種 * 3 カンキツ類には、ハッサク、レモン、ユズ、温州ミカン、シークワーサーを含む * 4 周年:1 年以上にわたる累代飼育、季節:野外発生時に母チョウまたは幼虫を採集し導入、その後継続飼育(数世代の累代飼育)、 一時:導入時の幼虫飼育のみ * 5 ◎:良好な成育、○:不安定ではあるが成育、△:少数のみ成育、×:成育不良 * 6 ①:電子レンジによる乾燥、②:熱風乾燥機による乾燥、③:シリカゲルを用いた乾燥、④:常温室内での自然乾燥 表の配列および種名・学名は日本産蝶類標準図鑑(2006)に従った セクタF - Ⅱ)を多く摂取させるためである。配合割合 の異なる飼料の切り替えのタイミングは、飼育者の判断 で行っている。 種によっては、配合割合を変えなくても、初期の食い つきがよいものがあるため、種によって適当な飼料の配 合割合を考慮する必要がある。 5. 当館の実績 当館のチョウ類の人工飼料飼育を行った 15 種につい て、その実績を表1に示した。良好な成育がみられた種 は 9 種を記録している(表中の◎)。また不安定ではあ るが成育(表中の○)、少数のみ成育(表中の△)の3種は、 当館の人工飼料飼育の手法で成功している種とは言えな い。さらに現在の当館の方法では、成育不良という結果 に終わっている 2 種(表中の ×)についても、適切な飼 育方法や手法を探るべく試行を行うことで、良好な結果 を得られる可能性がある。 6. おわりに 清水(2003)は、人工飼料では 1 匹の幼虫が消費する 葉の量が大幅に節約されることを報告している。少量の 食草で飼育が可能な人工飼料飼育は、累代飼育を行い年
験飼育 . 昆虫園研究 3:40-41 清水聡司(2003)箕面昆虫園におけるタイワンキマダラ の累代飼育について . 昆虫園研究 4:13-16 伊丹市昆虫館編(2008)伊丹市昆虫館館報平成 18 年〜 19 年度 白水隆(2006)日本産蝶類標準図鑑 . 株式会社学習研究 社 , 東京 間を通してチョウの生態展示をする当館にとっては、緊 急時に備える重要かつ必要な技術である。 しかし、当館のチョウ類の人工飼料飼育は、継続的に 行っている飼育形態ではない。食草の栽培状況の悪化に 応じて、緊急的に切り替えるため、年に 1 〜2種しかも 1 〜 3 ヶ月程度しか行わないのが現状である。また飼育 者もほぼ毎日入れ替わることから、飼育者それぞれの人 工飼料の作製における調整加減に差が見られる。 以上のように当館の人工飼料飼育は、まだまだ試行の 段階といえる。乾燥葉粉末の質の向上や飼育者の飼育技 術の安定を図り、かつ人工飼料の配合割合の比較検討を 行い、最適な人工飼料飼育のノウハウを蓄積していくこ とが今後の課題である。 謝辞 人工飼料飼育の技術を教授いただいた大阪府立大学大 学院生命環境科学研究科の平井規央助教、食草の乾燥方 法や人工飼料飼育の飼料の配合についてアドアイスいた だいたJT生命誌研究館の尾崎克久研究員、飼育技術の 情報交換をして下さった清水聡司氏をはじめ昆虫施設連 絡協議会加盟館園の皆様、伊丹市昆虫館元学芸員の古本 敦子氏と学芸スタッフ、飼育スタッフの皆様に御礼を申 し上げる。 参考文献 伊丹市昆虫館編(2012)伊丹市昆虫館館報平成 22 年〜 23 年度 最上絵里(1998)多摩動物公園における人工飼料による チョウの飼育 . インセクタリゥム 35:188-193 真浦正徳・久津川剛(1998)オオムラサキ越冬幼虫の人 工飼料飼育 . 研究成果情報 果樹・野菜 - 花き・茶業・ 蚕糸関東東海農業 1998:680-681
Hirai,N. and M,Ishii(2001)Rearing larvae of the chestnut tiger butterfly , Parantica sita(Kollar) (Lepidoptera, Danaidae),onartifical diets. 蝶 と 蛾 52(2):109-113
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