マリカ・モカデムにおける「混ざった」ヒロイン
タイトル(その他言語
)
Les heroines “melangees” chez Malika
Mokeddem
著者
武内 旬子
雑誌名
神戸外大論叢
巻
65
号
1
ページ
31-53
発行年
2015-03-01
URL
http://id.nii.ac.jp/1085/00001704/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.jaこ と に 注目す へ き な のは確 か で あ る。 メ ル ツ= バ ウ ムガル ト ナ ーはま た、 「interdire さ れる (た) 女性」 に対 し、 「誰が interdire す る」 のかが示 さ れない 形で あ る こ と を指摘 し、 暗黙の う ちに女性にの し かか る社会的圧力 を示唆 し て い るのでは ない か と 述べてい る'8。 女性性に注目す る こ れ らの指摘に、 こ の形 は、 欲望の対象にす る こ と を禁 じ ら れた女、 と も解釈で き る こ と を付け加 えて お き たい。 本論でみてい く よ う に、 モ カ デ ムに よれば、 アル ジェ リ ア社会は、 満 た さ れ ない欲望 と い う 巨大 な宿病 を抱 えてお り 、 “interdite ' は欲望 と 憎悪 を 一身に受け る存在で も ある。 1 「異邦人」 の帰還 筆者は2002年の拙論で 『追われた女』 を、 主人公スル タ ナが、 「境界上の存 在」 と し てのアイ デ ンテ イ テ イ ー を新 たに選択 し なおす (かつて外から強制 さ れた も の を、 改めて自 ら肯定的に引 き受け る) 物語 と して読み、 女性た ち と の 連帯 を希求 し ながら も 、 ポス ト コ ロ ニ アル批評や フ ェ ミ ニ ズム批評が期待す る 読み を裏切 るテ ク ス ト で も あ る と し た。 上で も引用 し た2003年のメ ル ツ = バウ ムガル ト ナーの論考で も、 小説の冒頭ではスル タ ナは 「統一性 と 永続性 を基盤 と す る アイ デ ンテ イ テ イ ー概念 を持 っ てい た'9」 のだが、 最後に 「アイ デ ンテ イ テ イ ー 一 リ ゾー ム2°」 を持つ に至 る と さ れ る。 こ う し た 「成長物語」 は 『追 われた女』 の重要な要素ではあ るが、 こ の小説がた し かに持つ 「告発小説」 と い う 要素 と 、 個人の変化 と は どのよ う に関わるのだ ろ う か。 『追われた女』 は、 告発小説 と し て構想 さ れなが ら、 アイ デ ンテ イ テ イ ー探求の物語 と し て書かれ て し ま っ たテ ク ス ト と し て読め るのでは ない だ ろ う か。
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1 告発小説と し て読む1
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1 告発はどのよ う にな されるのか 冒頭、 「私は ク サール2' で唯一の袋小路で生まれた (11) 」 と 語 り始める 1 人称の語 り 手 (原文では過去分詞の形から主語が女性であるこ と がわかる) は、 南仏モ ンペ リ エ在住で あり 、 小説全体がその語 り 手兼主人公スル タ ナが帰っ た 18 ibid., p.134. 19 ibid., p.126. 20 ibid., p.128. ド ウルーズと ガ タ リ によ る 「リ ゾー ムの思考」 を も と に、 グリ ツサ ンがアイ デ ン テ イ テ イ ー を め ぐ る議論 におい て用い た用語。 こ こ で はバ ウ ム= ガル ト ナーの表記に し たがっ たが、 グリ ツサ ンの原著では “identite rhizome” と 表記。 邦訳書では 「リ ゾーム的アイ デ ンテ イ テ イー」 と 訳 さ れてい る。 c.f. GLISSANT Edouard, Introduction a une poetzgue du di-vers, Gallimard, 1996. 小野正嗣訳、 『多様なる ものの詩学序説』、 以文社、 2007年。故郷 ( アル ジェ リ ア南部の砂漠地帯に設定さ れた村アイ ン= ネ フ ラ 22) での 5 日間ので き ご と か ら成 り 、 彼女が再び そ こ を出 る場面で小説は終わる。 スル タ ナはなぜ帰 るのか。 その理由は、 テ ク ス ト 中、 自問 と し て も 他の登場 人物か ら の質問 と し て も問われはす るが、 「心理的」 に読 も う と す る と あま り 判然 と し ない。 故郷の村で医師と して働い てい るかつての恋人ヤ シ ンから手紙 が届い てい た ら しい のだが、 その内容や届い た時期は読者には不明のま ま で あ る。 ト ラ モ ン タ ン23 が激 し く 吹い た あ る日、 故郷で経験 し た砂嵐が思い起こ さ れ、 急 にヤ シ ンに電話す る も 、 それ を受け た看護師か ら彼が前夜に急死 し た こ と を告げ られ る。 葬儀に間に合 う よ う に と スル タ ナはあわただ し く 出発す る。 「なぜ突然、 も う 一度 コ ン タ ク ト を と り たい と 思っ たのか (12) 」 と い う自問に 答 え る こ と も で き ず、 小説の後半に至 っ て も 「なぜ帰っ て き たのか白分で も わ から ない (178) 」 と言 う。 本人に もはっ き り し ない理由で行動す るこ とは充分 あ り 得 る こ と だが、 モ カ デ ムの作品におい ては、 故郷 を離れた人物の ノ ス タル ジーがテ ーマ化 さ れ る こ と はほ と ん どない。 こ の小説 で も 、 スル タ ナの心理の みか ら 帰郷の理由 を見出すのは難 しい。 理由はむ し ろ、 告発小説 と し ての 『追われた女』 が語 り 手兼主人公の帰郷 を 要請す るか ら、 では ない だ ろ う か。 実際、 作中で アル ジェ リ ア社会は激 しい批 判の対象に な るのだが、 批判が説得力 を持つ ためには どのよ う な形式 が有効だ ろ う か。 外部の視点が必要だが、 同時に、 現状のみな らず過去の姿 を も知 る内 部 の視 点 も あ っ た方 が望 ま し い。 『 追 われ た女 』 は、 スル タ ナ と ヴ ア ン サ ン (後述) と い う 二人の登場人物が交互に 1 人称の語 り手と な る章が規則的に交 替す る形式 を持っ てい る。 部外者の視点と し てはフ ラ ンス人旅行者のヴ ァ ンサ ンのそれがあ り 、 帰郷者 と し てのスル タ ナ が、 生ま れ育 っ た社会 を外か ら 見 る 視点 を担 う。 こ の形式 を成立 さ せ る ために、 ヤ シ ンの急死 を聞い て急遽旅立つ と い う 展開がと られたのではない だ ろ う か。 スル タ ナが砂漠地帯出身でモ ンペ リ エ に住む医師 と い う 設定で あ る こ と か ら、 モ カ デ ムに近い と 指摘す る論者は 多い が、 そ う し た要素はあ るにせ よ 、 両者 を同一視はで き ない。 スル タ ナの帰 郷は批判的語 り を始動 さ せ る スイ ッ チ なのだ。
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2 何が告発さ れるのか では、 そのよ う に始 ま る小説におい て、 アル ジェ リ ア社会批判の内容は どの よ う な も のか。 先に も述へた よ う に、 こ こ で批判 さ れ るのは、 90年代に台頭 し たイ ス ラ ム主義で あ る と さ れて き た。 し か し 、 よ り 重要な批判対象はそれ以前 22 モ カ デ ム自身アル ジェ リ ア西南部の砂漠地帯の村出身 だが名前は異な り 、 ま た ksar に住ん で い たので は ない。 23 南仏特有の強い北風。 モ カデムの作品には しば しば登場する。のアル ジェ リ ア、 或いは、 今日に至 る ま で変わ ら ない アル ジェ リ ア ではない だ ろ う か。 し か も、 批判の焦点は、 宗教的問題 で ないのは も ち ろ ん、 政治権力の 腐敗や経済格差の拡大 な どで も な く 、 ほぼ、 男 た ちの女性嫌悪 に絞 ら れ る。 二 人の語 り 手、 ダ リ ラ と い う少女、 葬儀にや っ て き たサラ (ヤシ ン と スル タ ナの 旧友。 アル ジェ リ ア在住) 、 そ して村の女性た ち、 それぞれの視点から、 女性 た ちに対す る様々な心理的、 肉体的暴力が具体的 に語 られ、 告発 さ れ る。 例に は事欠かない。 た と えばスル タ ナは、 村に着 く や否や、 し立て、 卑猥 な言葉 を投げつけ る男の子 た ちに囲ま れ る。 「私は忘れてい ない。 私の国の男の子た ちが病んだ子供時代 を も っ てい る こ と を。 (中略) ご く 若い う ちから、 異性はすでに、 彼 らの欲望の中で一 つの幽霊、 漠然 と し た脅威 なのだ。 ( 中略) 彼 ら が通 り 過ぎ る女の子や女 性 た ちに石やのの し り 言葉 を投げつけ る こ と を私は忘れてい ない。 愛撫す る こ と 、 愛す る こ と 、 た と え それがま な ざ し に よ る も ののみで あれ、 それ を学ぶかわり に危害 を加 え る こ と を私は忘れてい ない。 私は忘れてい ない。 (18) 」 こ の箇所 で特徴的 なのは、 「私は忘れてい ない」 と い う 表現が何度 も繰 り 返 さ れ る こ と で あ る。 眼前の状況に過去 を再認 し てい る と もい え る。 過去に も同様 の経験 を し たが、 こ の社会は今 も変わっ てい ない、 と。 上記引用に続 く 箇所で は一人の子供か ら 「売女 (18) 」 と い う言葉 を投げつけ られ、 「私は跳び上がる。 (中略) こ の語は私にアル ジェ リ ア をナイ フ のよ う に突き 立て る (18) 」 と 、 「アル ジェ リ ア」 を、 自分 を攻撃す る暴力的存在 と し て と ら え てい る こ と が読 み取れ る。 なお、 こ こ で 「病」 の メ タ フ ァ ーが用い ら れてい る が24、 ヴ ア ンサ ンの独白に も 「それほ ど、 ( アル ジェ リ アの) 男た ちの (女性に対す る) 敵意 は大 き く 病的だ (66) 」 と い う 表現がある。 も ち ろ ん、 イ ス ラ ム主義者の村長 が、 ヤ シ ンの住んでい た官舎に男性 と い つ し よに泊ま っ てい た スル タ ナ に激 し い非難 をあびせて 同喝す る場面や、 最後に男た ちがその官舎に放火す る こ と な ど、 現在進行形の暴力 も 書き 込ま れてい る。 そ し て、 それ ら の暴力は、 過去の 暴力 と 相ま っ て 「変わら な さ」 を一層際立たせ る。 現状 を告発 し なが ら、 スル タ ナのま な ざ しは、 かつ て自分 を追放 し た も のの本質 を凝視 し よ う と す るので あ る。 二人の男性登場人物ウ、ァ ンサ ン と サラ も、 スル タ ナの語 り に よ る告発 をサイ ドか ら補強す る役割 を担 う。 ヴ ァ ンサ ンについ ては次節で も検討す るが、 彼は 24 こ の小説におけ る医学的要素の解釈につい ては以下の論考 を参照。 RENAUDIN Christine, “Guerir, dit-e11e : Ie double pouvoir de la medecine et de l ecriture”, in sld. HELM Yolande Aline, op.cit., pp 215-228.
全 く の部外者の位置から、 滞在す る アイ ン= ネ フ ラ に近い町 タ ンマールの男た ちが女 を見 る目つ き を見て、 「こ こ の女には な り た く ない な (93) 」 と 考え、 ま た スル タ ナ に向かっ て も 「き つい で し よ う ね、 こ こ で女性で あ る と い う のは (148) 」 と 、 彼女のおかれた状況の目撃証人 と も な る。 サラ は、 スル タ ナやヤ シ ンの医学生時代の友人 と い う 設定で、 ウ、ァ ンサ ン と 異な り アル ジェ リ ア内部 に属す る。 親友だ っ たヤ シ ン をふっ て傷つけ たスル タ ナ に恨み を持つ と 同時に 惹かれて もい る。 自分 も含めた独立後の若き エ リ ー ト 男性が、 学生時代はアル ジェ リ ア初のエ リ ー ト 女学生た ち と 恋愛関係 に あ り なが ら、 い ざ結婚 と な る と 家族の要請に従い、 あっ さ り 彼女 た ち を捨て て き た こ と な ど、 スル タ ナ と の会 話の中で な さ れ るサ ラ の自己批判的語 り は、 『歩 く 人々』 や 『私の男 た ち』 な どでは女性の立場から語 られるモ チ ーフ を男性側から語 る もので も ある。 サラ は ウ、ァ ンサ ンに向かっ て も 「こ こ では、 最 も臆病な男 た ちで も 、 女 を攻撃す る と な る と 英雄的に な る んです (217) 」 と 、 述べてい る。 告発小説 と して読む際に注目すべき も う 一つの装置はダリ ラ と い う 登場人物 で ある。 タ ンマ ールのはずれに あ る砂丘の上で ヴ ア ンサ ン と 出会 う10歳に も な ら ない少女 と い う 設定で、 『歩 く 人々』 の読者には、 幼い頃の レイ ラ (主人公) と の共通性が明 ら かで ある。 モ カ デ ムの分身 と 言 え るのは スル タ ナ以上に ダ リ ラ で あ る。 レイ ラ 同様、 町外れの砂丘の上がお気に入 り で、 そ こ は、 男兄弟 が ひ し め く 家か ら逃れ られ る唯一 の隠れ家、 物理的には完全に開かれてい ながら、 少女が孤独 を確保で き る場なのだ。 兄弟た ちの横暴に対す る嫌悪、 言葉に対す る豊かな感受性、 読書への嗜好、 勉学への強い意志、 こ こ を出て行き たい と い う 欲望 な ど、 モ カ デ ムが 『歩 く 人々』 やイ ン タ ビュ ー な どで語 っ て き た自身の 少女時代 を こ こ に も書き 込んでい るのは明 ら かで あ る。 告発小説 と し ての 『追 われた女』 と い う 観点か ら 見 る と 、 こ の少女の存在は どのよ う な意味 を担 っ て い るのだ ろ う か。 ダ リ ラ は ヴ ア ンサ ンに も スル タ ナ に も 、 フ ラ ン ス に留学中の 姉サ ミ アの話 をす る。 勉学の力で閉塞状況 を脱 し、 今はフ ラ ンスで自由に生き てい るはずの姉は、 実はダ リ ラ の想像力が生み出 し た人物で あ る こ と が小説の 最後に判明す る。 ダ リ ラ に と っ て、 こ う な り たい と い う 理想像だ っ たのだ。 登 場人物 と し てのスル タ ナは、 こ の ダ リ ラ の前に現れた生 き たモ デル と み なす こ と がで き よ う。 一世代前のスル タ ナ と 同 じ閉塞感 に満 ちた少女時代 を過 ごす ダ リ ラ と い う 存在は、 こ の社会の抱 え る問題の根深 さ 、 変化の難 し さ と 同時に、 「希望」 のあ り か を も示唆 し てい る。 その希望 と は、 モ カ デ ムの小説におい て は、 こ の社会の変革ではな く そ こ か ら の脱出 を意味す る。 さ ら に、 白分の理想 を空想上の姉の物語 と して語 る行為は、 モ カデム自身の、 作家 と し て フ イ ク シ ヨ ン を語 る行為 と も重 な る。 暴力的 な幕切れの、 決 し てハ ッ ピーエ ン ドでは ない
こ の小説におい て、 ダ リ ラ に関 し て だけは、 かすかな希望が用意 さ れてい るの は、 今は作家 と な っ たモ カ デ ムの自己肯定の身振 り で あ る と 同時に、 かつての 自分 と 同 じ状況 を生き る少女 た ちに送 る、 語 る こ と で自由に な る道 も あ り 得 る と い う メ ッ セ ー ジなのか も しれ ない。
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2 「異邦人」 の物語 と し て読む 告発小説 『追われた女』 が、 スル タ ナの自己認識の変貌 を語 る物語で も あ る と し た ら、 社会批判 と その変貌は どのよ う に関係す るのだ ろ う か。1
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1 廃:l;虚への帰還 先に、 スル タ ナの帰郷は告発がよ り 有効にな る形式で ある と 述へた。 しか し、 スル タ ナは実際の と こ ろ、 ど こ へ、 或いは何に帰 るのだ ろ う か。 小説の1 行日 は彼女がク サール唯一の袋小路で生まれた こ と を、 2 行目はその袋小路に名前 がない こ と を読者 に知 らせ る。 「袋小路」 は、 小説全体が描 く 、 アル ジェ リ ア 社会の閉塞感、 と り わけ そ こ に生き る女性に と っ ての閉塞感 を予告す る。 名前 の欠如の方は、 スル タ ナのアイ デ ンテ イ テ イ ーの不確定性 と 呼応す る と 解釈で き るかも知れない。 彼女の人生は、 名無 しの袋小路 を脱出 し、 白分で自分の名 前 を獲得 し てい く 行程 なのだ。 と こ ろ で、 その ク サールは、 今は人が住んでお ら ず、 土壁の家々は崩壊す る ま ま に放置 さ れてい る。 現在の村は その外 に あ り 、 スル タ ナは新 たに建て ら れ た家々の醜 さ を指摘す る が、 それ も アル ジ ェ リ アの現状批判の一部 を なす。 し か し 、 も と 住人 スル タ ナ は、 「ク サール はエ キ ゾチ ス ムに と っ て し か、 めっ た と 来 ない ツ ー リ ス ト や、 そ こ に住みは し ない者 に と っ て しか貴重 じ やない の。 私には理解 で き る わ、 住民が、 わずかな り と も 便利 さ を求めて、 ち よ つ と の雨 で崩れた り し ない屋根 を求めて、 美学 を犠牲にす るの を (122) 」 と 、 伝統的家 屋が住み難い所 で あ る こ と も認識 し てい る。 最初の う ちスル タ ナはサラ に、 生 家 を見に行かない のか と 問われて も、 行 っ て も仕方 がない と 否定す る。 ( スル タ ナはヤ シ ンの住 んでい た家 に滞在 し てい る。) ま だ、 自 らの過去 と 直面す る 用 意がで き て い ない。 し か も 、 帰 る と し て も 、 そ こ に あ る のは廃墟 な のだ。 「起源 に帰 る」 こ と で自 ら の アイ デ ン テ イ テ イ ー を確 かめよ う と す る行為 は、 あ ら か じ め無効 を運命づけ られてい るのだ ろ う か。 小説の終わ り 近 く 、 スル タ ナは砂嵐の幻影 に と ら われ る よ う な精神状態で ク サール に入 り 込み、 崩れかけ た家の中庭に う ず く ま っ て茫然自失 し てい る と こ ろ を、 夜に な っ て地元の少年 ア リ ル25、 サラ 、 ヴアンサ ンの三人の男性に発見 25 ヤシ ンの働い てい た病院の看護師 (男性) ハ レ ドの息子。 ハ レ ドは村で スル タ ナの味方に 付 く 数少 ない人物の一人。 ア リ ルは、 作中、 肯定的に書かれる唯一の少年。さ れ、 ヤ シ ンの家 に連れ戻 さ れ る。 こ のエ ピ ソ ー ドは、 ウ、ァ ンサ ン が語 り 手の 章に あ り 、 スル タ ナがク サール で何 を考えたかな どが内側か ら書かれ る こ と は ない。 家 に戻 っ た スル タ ナは、 三人 を前に、 独白の よ う なつぶや き を始 め る。 こ こ で読者は、 それま で に断片的に暗示 さ れて き たスル タ ナの悲劇的過去 を、 一応時間 を追 っ た ス ト ー リ ー と し て知 る こ と に な る。 彼女が5 歳の時、 父が嫉 妬か ら母 を殺 し て出奔 し、 呪われた娘 と し て村八分の中で叔父 に育て られた こ と 、 村の フ ラ ンス人医師が後見人のよ う な役割 を果 た し、 つい にはその医師夫 婦共々、 追放 さ れ る形 で村 を出た こ と な どで あ る。 ト ラ ウマ を言語化す る と い う 点では、 ク サールへの 「帰還」 は一定の効果 を あげ る。 こ の箇所の特徴は、 スル タ ナ がほ と ん ど演劇の台詞の よ う に自 ら の過去 を再現す る こ と で あ る。 そ し て聞き 手 た ちは、 その過去 を知 ら ない 「部外者」 で あ る。 「帰還」 は こ の時 点ではま だ完了 し て ない。 スル タ ナは、 後述す る よ う に、 過去の 「当事者」 た ちの言葉 と 出会わなければな ら ない。 廃墟への帰還に よ る独白のみでは な く 、 他者の記憶の働き かけがあっ て初めて、 スル タ ナの自己認識は変貌す る。
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2 ヴ ァ ンサンと い う設定 こ の小説 には、 スル タ ナの複雑 な アイ デ ン テ イ テ イ ー と 釣 り 合 わせ る よ う な 形 で、 ヴ ァ ンサ ン と い う名の語 り 手兼登場人物が用意 さ れてい る。 複数的 アイ デ ンテ イ テ イー を文宇通 り 「体現」 す る人物 と し て。 40歳のフ ラ ンス人男性で あ る ウ、ァ ンサ ンは、 アル ジ ェ リ ア出身26 女性の腎臓 を移植 さ れ る こ と で生き 延 び27、 小説の時点では、 今や自 らの一部 と なっ た 「アル ジェ リ ア」 を見たい と 自分の ヨ ッ ト で 地中海 を渡 り28、 さ ら には砂漠 を見たい と タ ンマ ールま で来 て、 スル タ ナや ダ リ ラ と 出会 う。 体内に、 性別 におい て も 出自におい て も 「他 者」 で あ る存在 をかか え、 そのお かげ で生 き てい る ウ、ァ ンサ ンは、 “identite” (アイ デ ンテ イ テ イー) と い う言葉が、 医学的、 心理学的、 社会学的に多様な 意味 を持 っ て機能す る場 その も ので あ る。 提供者 が現れた時、 医師は ヴ ァ ンサ ンに 「 シ ヨ ヴェ さ ん、 あ な たは提供者 の腎臓 と 完全 な組織的一致 (une totale identite tissulaire) をお持 ちです よ ! 前例のない 、 例外的幸運です よ ! 26 「アル ジェ リ ア人女性 (Algerienne) 」 ではな く 「アル ジェ リ ア出身 (d'origine algerienne) 」と い う 表現が用い ら れてい る。 現代の フ ラ ン ス語で ご く 普通に使われる表現だ が、 こ れに よ っ ては国籍 を決定す る こ と はで き ない。 27 通常、 提供者のアイ デ ンテ イ テ イ ーは受け取 る側には伝 え ら れない と 思われるが、 こ の小 説 では、 ウ' ァ ンサンが無理に尋ね、 「27歳のアル ジェ リ ア出身女性」 で ある こ と だけ知 ら さ れ る 。 28 『追われた女』 ではヴアンサン、 『 ン ジ ド』 ではノ ラ 、 『欲す る女』 ではシ ヤムサが ヨ ッ ト ウーマ ンで あ る。 モ カ デ ム自身 も 、 フ ラ ン ス人の夫 が ヨ ッ ト マ ンだ っ た こ と か ら ヨ ッ ト 経験 が あ るn
(39) 」 と 言 う。 従 っ て、 ヴ ア ンサ ンは、 彼に腎臓 を、 言い かえれば命 を与えて く れた 女性につい て、 自分 と 「同 じ アイ デ ンテ イ テ イ ー (memo identite) を も っ た異 邦人 (etrangere) (43) 」 と い う矛盾 した言い回 しが成立 して しま う存在なのだ。 し か も 、 移植 を受 け る前か ら 、 す で に、 父 は 「ガ ス コ ン (87)29」 と 特定 さ れ る フ ラ ン ス人、 母は ポー ラ ン ド系ユ ダヤ人 と い う 「複数性」 も持 っ てい る。 こ の よ う な登場人物 ( しか も スル タ ナ に準 じ る語 り 手 と も な る) は、 『追わ れた女』 の中で どのよ う な役割 を果 たすのだ ろ う か。 い さ さ か無理のあ る設定 と 言 う こ と も で き るが、 モ カ デ ムが腎臓病専門医で あ る こ と も影響 し てい るの だ ろ う。 ヴ ア ンサ ンは、 両親の出自が異な っ てい る と し て も 、 ヨーロ ッパの枠 内には収ま っ てい る し、 自分がフ ラ ン ス人で あ る と い う 点に関 し ては安定 し た 自己意識 を持 っ てい た。 そ こ へアル ジェ リ ア人女性 と い う 、 こ れま で全 く の他 者だ と 思っ てい た存在が闖入す る。 現代 フ ラ ン スで あれば、 民族や出自の違 う 人々の間で臓器移植 がお こ なわれ る可能性は充分に あ る。 ウ、ァ ンサ ンは、 アイ デ ンテ イ テ イ ーの問題が、 フ ラ ンス人で ある こ と に何の疑い も な く 生き て き た 人に も 関わ り う る こ と 、 決 し て 「南」 か ら フ ラ ン スにや っ て く る人々や その子 孫だけが直面す る特殊な問題ではない こ と を示す機能 を果たす。 スル タ ナ と ウ、ァ ンサ ン が語 り 手 と し て はほぼ 「対等」 に配置 さ れてい るのは、 こ のテ ーマ を、 「南」 出身者 に固有の も の と みなす こ と の拒否 なのか も し れない。 それ ど こ ろ か、 「自分自身がい く つ も のと ら え難い存在に分解 し た よ う に (149) 」 感 じ、 「それは も う 存在 し ない と い う こ と で し よ う ? (149) 」 と問 う スル タナに対 し、 ヴ ア ンサ ンは、 「逆です よ。 絶対的自由の中に あ る と い う こ と なんだ。 肉体の、 時間の、 偶然性の外に (149) 」 と 、 複数のアイ デ ンテ イ テ イー を抱え る こ と を 全面的に肯定す る。 複数性 を受け入れ る こ と が生き る こ と と 同 じ を意味 を持つ こ の登場人物は、 スル タ ナ があ ら ためて自 ら の複数性 を引 き受け るの を助け る と い う 役割 を果 たすので ある。
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3 「異邦人」 で あ る こ と を引 き受け る、 さ ら に スル タ ナは どの よ う に し て、 「分解 し た」 存在 と な っ たのか。 直接的 には、 両親の悲劇的事件が、 彼女 を 「呪われた も の」 と し て村八分の対象にす るのだ が、 彼女の 「異質性」 は、 それ以前に始 ま っ てい る。 母は村の出身者 だが父は 余所者 で あ る こ と 、 父が母 を愛 しす ぎた こ と (傍目にわかるほど、 そ して嫉妬 妄想か ら殺人 に至 るほ ど) 、 さ ら には娘 を愛 しす ぎた こ と な どが、 すでに、 村 の慣習 にそ ぐ わない と みな さ れてお り 、 その両親か ら生まれた少女 を排斥す る 29 フ ラ ン ス南西部ガス コー ニ ユ地方の出身者。原因 と な る。 特に父が娘 を 「愛 しす ぎた (254) 」 証拠 と さ れるのは、 彼が、 村 で初めて娘 を学校 (独立以前であり 教育はフ ラ ンス語) に入れたこ と である。 こ れに よ っ て 、 スル タ ナは決定的 に異質分子 と な り 、 「ま る で よ そか ら来 た よ う (254) 」 と みな さ れ るので ある3°。 その後、 中学生の頃、 新 たに村に赴任 し て き た フ ラ ン ス人医師夫婦 が、 完全 に孤立 し 拒食症 を わず ら う3' スル タ ナ を 援助す る一種の保護者 と な る。 す る と 今度は 「キリ ス ト 教徒の売女 (227) 」 と のの し ら れ る。 2 年後、 こ の医師夫婦 も こ の地方から追放 さ れるこ と にな るが、 そのこ ろ叔父 を亡 く し た スル タ ナ をオ ラ ンの リ セ に入れ る手はず を整 えて く れ たおかげで、 彼女は医師夫婦 と 共に村 を出 る。 そ し て オ ラ ンの次には フ ラ ン ス へ渡 る の で あ る32。 こ のよ う な経歴が、 統一的で安定 し た アイ デ ンテ イ テ イ ー を持 ちに く く す る こ と は想像に難 く ない が、 そ も そ も 、 上記のよ う な 「自伝的」 ス ト ー リ ーは、 『追 われた女』 の中 で どの よ う につ く ら れ る のか。 い かに排斥 さ れ、 のの し ら れ続け たか と い う 部分は、 ク サール か ら 連れ戻 さ れた夜のスル タ ナの自己語 り に基づ く 。 し か し、 両親 を め ぐ る話は、 事件当時5 歳で あっ たスル タ ナの記憶 や理解力によ る ものでは あ り 得 ない。 小説の結末部分に近 く 、 村の女性た ちが、 スル タ ナ を囲んで話 し込む場面があ る。 彼女に、 自分自身の異質性の元 と な る 物語 を語 るのは、 こ の女性 た ち、 特に スル タ ナ が生ま れ る以前の状況 を も知 る 人々で あ る。 言い換 えれば、 スル タ ナのアイ デ ンテ イ テ イ ーは、 少 な く と も部 分的に、 他者の記憶に基づい て形成 さ れ るので あ る。 こ れはスル タ ナ だけの特 殊事情と は言えない。 人は皆、 他者の言語な し には、 自分 と はだれか、 のス ト ー リ ー を自分に語 る こ と す ら で き ない ので ある。 スル タ ナの場合、 村に帰 るま で、 村人はすへて自分 を排斥 し追放 し た加害者 で あ る と み な し て き た。 し か し、 こ の女性 た ち と のや り と り は、 彼女に、 「父 に愛 さ れた娘」 と い う 自己肯定感 を強化す る物語33 を与 えて く れ る。 ま た、 彼女た ちの、 ひ そかに スル タ ナの境遇に心 を痛めてい たが何 も で き なかっ た と い う 告白は、 半信半疑ながら も スル タ ナの側のかた く なな心 を開 く 契機 と な る。 こ の女性 た ち と の新 た な関係の顛末につい ては次章で考察す るが、 スル タ ナの 30 父の出奔後、 フ ラ ンス人医師の保護 を受け るま で、 村中から排斥 さ れ、 しかも女性の教育 に対 し て敵対的 な環境の中、 どの よ う に し て学業 を継続 し 、 読書に夢中に なれたのか作中に 説明はない。 31 拒食症もモ カデムのヒ ロイ ンに多い。 モ カデム自身が長年拒食症であっ たこ と をイ ン タ ビュー な どで繰 り 返 し 述べてい る。 32 こ の 「思人」 と も言 え る夫婦 と のその後関係は、 しか し、 テ ク ス ト 中、 ほ と ん ど言及 さ れ ない。 あたか も 、 スル タ ナ を村 か ら脱出 させ る た めにのみ存在 し たかのよ う に。 33 「父に愛 さ れた娘」 と い う モ チー フ については次章で も取 り 上げる。
帰還の一 部は、 彼女の異質性 を肯定的に確認 し直す こ と に貢献す る と 言え るだ ろ う 。 で は、 村の路上、 病院、 タ ンマ ールのホテル、 タ ク シー な ど、 公的空間で の 帰還体験は ど う か。 村長のイ ス ラ ム主義者バ カ ール34、 彼の腹心で タ ク シーの 運転手 ア リ ・ マルバ フ 、 村の少年 た ち、 ホテルのバーの客た ち (地元民で全員 男性) 、 そのすべてが、 視線 と 言葉の暴力で スル タ ナに迫 る。 こ の面では、 ス ル タ ナは、 過去の経験 を繰 り 返 し てい る。 し か し、 「 も う 、 無力 な子供 ではな い (189) 」 スル タ ナは 「反撃」 す る。 それは暴力に対す る暴力、 排斥に対す る 排斥ではない。 公道 を歩き 、 病院で診察 し、 ホテルのバーで男性 (サラ 、 ウ、ァ ンサン) と話 し酒を飲む、 男性と同 じ屋根の下に宿泊する、 といっ た行為 を堂々 と 行い、 怖 がっ てはい ない と い う こ と を見せつけ るので あ る。 ( しかも、 医師 で ある と い う 優位な立場には、 バカ ールです ら、 一定の譲歩 をせ ざ る を得ない。) かつ て と 同 じ、 あ るいは さ ら に強 く な っ た男 た ちに よ る圧力は、 スル タ ナ に自 ら の異質性 を再確認 さ せ る と 同時に、 それこ そが今の自由な自分 をつ く っ てい るのだ と い う こ と を教え る。 従 っ て、 最初はま だ 「私はむ し ろ間にい るの、 境 界線上に、 あ ら ゆる断絶の上に (65-66) 」 と 、 出自に規定さ れ安定 し た一つの アイ デ ン テ イ テ イ ーにお さ ま り き ら ない こ と に不安 を表明 し てい たのが、 「 ど んなに居心地が悪 く で も 、 ど こ で も 異邦人 で あ る と い う のは、 評価 し よ う のな い自由で も あるの。 何 と も取 り 替え るつ も り はない わ (191) 」 と変化す るのは、 こ れ ら の男 た ちに よ る暴力のおかげなのだ。 スル タ ナは、 村の女性 た ちの語 り か ら わか る よ う に、 出生か ら し て 異邦人の 要素 を持 ち、 子供時代す で に、 村の生まれなのに 「よ そか ら来た よ う」 と 言わ れ、 さ ら に排斥に よ っ てい っ そ う 異質性 を強調 さ れ る。 彼女は、 異質で あ る こ と の痛み をいや と い う ほ ど知 る。 その後、 オ ラ ンへ、 フ ラ ン スへ と 、 文字通 り 異邦人 と し て暮 ら す経験 (ただ し、 そこ で村でのよ う な排斥 を受けた と い う 経 験は書かれてい ない) を経た上で、 今回の帰還がある。 告発小説が暴 く よ う な 現状に よ っ て今一度暴力の対象 と さ れ る こ と に よ り 、 故郷に あっ て自分は異邦 人 なのだ と い う こ と を再認 し、 し か も、 それ こ そが自分 を作っ てい るのだ と い う こ と を知 る。 さ ら には女性た ちの語 り によ っ て、 かつては否定的で しかなかっ た要素 に肯定的面が付け加 わ る。 小説の末尾 で 、 極点に達 し た男 た ちの暴力 (放火) によ っ て再び村 を出るスル タナは、 「異邦人でい るこ と は悲劇ではない の。 苦 し み も多い豊か さ なのよ (253) 」 と 、 よ り 強化 さ れた異邦人性 を引き受 け て い る ので あ る。 34 彼は、 スル タ ナの母と の結婚 を当て込んでい たのに余所者に奪われた、 と い う過去がある。
空港から客 と し て乗せた女性 を、 最初は、 村出身のスル タ ナで ある と認識で き なかっ たア リ ・ マルバ フ は、 後に それ を知 る と 「お前がだれか知 つてい る ん だ ぞ (128) 」 と スル タ ナ を脅迫す る。 『追われた女』 は、 こ の脅迫に、 私はあ なたが知 つてい る と 思い込んでい る も の と は違 う 、 あなたの知 ら ない、 知 る こ と ので き ない 異邦人 なのだ、 と 応答す る テ ク ス ト なのだ。 2 ハイ ブ リ ッ ド ・ ヒ ロイ ン 『追われた女』 のダ リ ラ は、 スル タ ナ にむかっ て 「あんたは本物の混 じ り も の (une vraie melangee) ね (134) 」 と 言 う。 現代フ ラ ンス語の通常の用法で は、 人間に たい し て “melangee35 ” と い う単語 を名詞と して用い るこ と はない。 こ れは ダ リ ラ 独自の表現で あ る。 少女は、 自分 た ちは 「本物 (134) 」 で、 「向 こ う で勉強す る と 、 いつ も本物の混 じ り も のにな るの (134) 」 と い う使い分け をす る が、 「 “自分 た ち本物” と 言 う んだけ ど、 私自身 が本物か ど う かはわか ら ない (135) 」 と も言 う。 「自分た ち本物」 はアル ジェ リ アから出ないアル ジェ リ ア人、 「本物の混 じ り も の」 は、 混血 を指すのではな く 、 アル ジェ リ ア出身 で フ ラ ン スへ渡 っ た人 を示す よ う だ。 「混 じ り も の」 と い う 語は、 純粋で はな く 雑種性 を持つ も の を意味す るが、 それに 「本当の」 と い う 形容詞がつ く と 、 純粋性 よ り も雑種性に よ り 価値 をお く と い う ニ ュ ア ン スが現れ る。 だか ら こ そ、 スル タ ナ は ダ リ ラ の こ の表現が自分にふ さ わ し い と 言 う 。 本章 で は、 こ の、 「本当の混 じ り も の」 を ヒ ロ イ ン と す る 『追われた女』 『 ン ジ ド』 『欲す る女』 の三作 を比較 し なが ら 、 複数性 を引 き受けた存在の様々な可能性 を探 っ てい き たい。
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1 消え る 「親」 と 複数の 「起源」 三作の ヒ ロイ ンは、 家族、 出身地な どの要素が多様に組み合わ さ れてい るの だ が、 そ こ には共通点 も 見 えて く る。 『追われた女』 のスル タ ナの場合、 父は砂漠の部族の出身 と さ れ、 母の出身 地で ある アイ ン= ネ フ ラの村人にと っ ては余所者である。 また、 地元民の母 も、 その一族はかつて、 サハ ラ 砂漠の南か ら移動 し て き た と い う 。 こ の設定には、 父方が遊牧民で あ る こ と 、 肌の色や髪の特徴な どか ら ア フ リ カ系の先祖 を ど こ かに持つ ら しい な ど、 モ カ デ ム自身の伝記的要素が色濃 く 反映 さ れてい る。 ス ル タ ナは、 アイ ン= ネ フ ラ の生まれ育 ちと い う設定で ある。 『 ン ジ ド』 の主人公 ノ ラ の父はアイ ル ラ ン ド人、 母はアル ジェ リ ア人、 ノ ラ 35 動詞 melanger (混ぜる) の過去分詞女性形。自身は、 父母 が出会 っ たパ リ 生 まれ と い う 組み合 わせは、 『追われた女』 の場 合 と かな り 異な るが、 母が、 娘の人生か ら早 く に姿 を消す点では共通す る。 ノ ラ の母は、 あ る日突然、 夫 と 娘 を残 し て アル ジ ェ リ ア に帰 る。 ノ ス タ ル ジーが その原因 と さ れ るが、 夫 も娘 も非常に愛 し てい た と あ るだけにい さ さ か説得力 に欠け る。 『追われた女』 『 ン ジ ド』 の ど ち ら におい て も 、 アル ジェ リ アへの帰 還は そ こ か ら の出発36 よ り も理由の現実味が弱い よ う に思われ る。 ま た、 『 ン ジ ド 』 には、 父 と 娘 と の親密 な共生関係 が書き 込 ま れて い る。 こ の点で は、 『イ ナ ゴの世紀』 に近い37。 『欲す る女』 の シ ヤムサに至 っ ては、 父母 と も に不明で ある。 砂漠地帯の町 で捨て られ、 オ ラ ンで育つ。 育て るのは フ ラ ン ス人 キリ ス ト 教修道女 た ちで あ る。 物語の現在におい て成人 し てい る シ ヤムサは フ ラ ンス在住で フ ラ ンス人の 恋人がお り 、 テ ク ス ト には、 その両親 (双方 と も フ ラ ンス人) と の関係が、 む し ろ恋人 と の関係 よ り も多 く 書き 込まれてい る。 モ カ デ ムの ヒ ロイ ンた ちは、 自身の移動によ っ て 「リ ゾーム的 アイ デ ンテ イ テ イ ー」 を持つ以前に、 ス タ ー ト 地点 (両親) の設定によ っ てすでに異質な も の を内に複数抱 え る存在 で あ る。 そ し て 、 三者 に共通す るのは、 どの娘 も 、 両 親に捨て られ る (早い死あるいは失踪、 及び文字通 り の遺棄によ っ て) こ と で あ る。 そ し て、 血縁 と は無関係の人物が彼女 た ちの人生におい て重要な役割 を 果 たす。 スル タ ナは叔父 に引 き 取 られ るが (ただ し、 こ の叔父について具体的 記述は一切な く 、 引き 取っ たこ と と 亡 く なっ たこ と が一言ずつ述べ られるのみ) 、 スル タ ナ を救 う のは、 フ ラ ンス人医師夫婦で ある。 ノ ラ も、 母の家出後、 血縁 で はない アル ジ ェ リ ア人女性ザナ にかわい が ら れ る。 シ ヤムサの場合、 そ も そ も親ではな く 修道女た ちに育て られ る。 血縁者 ではな く 他者、 し か も 、 スル タ ナ と シ ヤムサでは、 民族や宗教、 言語 な どの点で も 「他者」 と 呼べ る人々が彼 女た ち を救済 し援助す る。 見方 を変 え る と 、 こ れ ら のテ ク ス ト は、 血縁の父母 を消去 し て娘 を語 る物語 なのだ。 モ カデ ムが父母のみな らず 「多す ぎ る」 家族 (彼女は13人兄弟の第 1 子) と の様々な葛藤 を経験 してき たこ と はよ く 知 られてい る。 ハイ ブ リ ッ ドな ヒ ロ イ ン た ちは、 モ カ デ ムの、 「起源」 に規定 さ れ る こ と への拒否の表現で あ る と い う こ と も で き よ う。 家族制度や単一で あ る こ と を要求す る アイ デ ンテ イ テ イ ーのあ り 方か ら自分 を解放 し よ う と す る娘の戦略は、 複数の 「起源」 の持 ち主 を肯定的 に語 る こ と 、 「他者」 を豊か さ と し て内 に持つ こ と の積極的意義 を語 る こ と なので あ る。 36 ノ ラ の母 も自由 を求めて渡仏 した と い う設定。 37 『イ ナ ゴの世紀』 では、 母が行きず り の暴漢に殺 さ れた後、 父が一人で娘 を育て る。
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2 恋人と 他者性 三作の ヒ ロ イ ンた ちには、 消え る親や血縁以外の保護者だけ ではな く 、 様々 な 「他者性」 を持 っ た恋人 あ るいは恋人候補者 がい る。 『追われた女』 で スル タ ナ をめ ぐ る三人の男性の う ち、 恋人 と はっ き り 述べ ら れてい るのはヤ シ ンのみだが、 そのヤ シ ンはテ ク ス ト の始 ま る時点ですで に 亡 く な っ て お り 、 スル タ ナ の幻想 にのみ現れ る。 彼 は カ ビ リ ー人38 で 、 村の 病院で働い てい た こ ろ、 村で ただ一人の異邦人だ っ た。 死亡 し てい る こ と 、 唯 一の異邦人、 一途に恋人 を愛す る人物だ っ た39 な ど、 スル タ ナの父 と 共通項 が多い。 前章で取 り 上げたサラ と ウ、ァ ンサ ン も スル タ ナ に惹かれてい る。 こ の 三人は、 村の “interdite” で あっ た スル タ ナ を、 あ ら ゆる場で愛 さ れ る女性 と す る役割 を果 たす。 ヤシ ンは故郷で愛 し て く れ る男、 サラ はアル ジェ リ アで、 ウ、ァ ンサ ンは フ ラ ン ス あ るいは地中海上で愛 し て く れ る。 ウ、ァ ンサ ンの複数的 アイ デ ンテ イ テ イ ーがこ の小説で持つ重要性 も すで に述べた。 し か し、 スル タ ナは、 選ぶ こ と がで き ない と い う。 「選ぶこ と 、 止ま る こ と を どんなに恐れてい るか、 ど う や っ た ら彼 ら にわ かっ て も ら え るだ ろ う ? 私が生き残れるのは移動の中、 移住の中だけ と い う こ と をわかっ て も ら え るだ ろ う ? (234) 」 こ の時点ではま だ、 スル タ ナ には、 自由で ある こ と に対す る自信が充分では な い。 それに対 し 、 自立 し た ヨ ッ ト ウーマ ンの ノ ラ と シ ヤムサは、 小説中、 ず っ と 移動 し続け るが、 だか ら と い っ て選択 し た恋人がい ない わけ ではない。 『 ン ジ ド』 では恋人は一人 (アル ジェ リ ア人 ジヤミ ル) だが、 ノ ラ に惹かれ つつ あ る男性 も一人 ( フ ラ ンス人ロイ ツク) 登場す る。 『欲す る女』 では選択 はすでにな さ れてい て恋人一人 (フ ラ ンス人レオ) である。 特徴的なのは、 ヤ シ ン同様、 ジ ヤミ ル も レ オ も、 テ ク ス ト 中、 物語の現在に登場人物 と し て現れ る こ と がない点で あ る。 ジ ヤミ ル につい ては、 小説の最後に ノ ラ はその死 を知 る。 レ オがず っ と 不在 なのはテ ロ リ ス ト に誘拐 さ れたか ら で、 こ ち らは最後に 救出 さ れたこ と が判明す る (無事だ と い う電話での短い言葉のみが物語の現在 にお け る 登場場面) 。 『追われた女』 は二人の男性が選ばれない ま ま終わり 、 『 ン ジ ド』 では、 残 っ たのはロ イ ツク 一人だ が、 ヒ ロ イ ン と の関係の将来性に つい ては未定のま ま終わる。 『欲す る女』 では、 小説の始 ま る前に一人が選ば 38 北ア フ リ カ の先住民ベルベル人の う ち、 アル ジェ リ アのカ ビリ 一地方出身者。 アル ジェ リ アの人口の20~ 30% はベルベル人で あり、 独自の言語や文化 を持つ。 39 スル タ ナ と ヤシ ンは愛 し合 っ てい たが、 結局スル タ ナは自由 を求めて渡仏。 ヤ シ ンは、 ス ル タ ナ の出身地に来 て働 く こ と を選択 し 、 サ ラ の証言 に よ れば最後ま で スル タ ナ を愛 し てい た と い う 。れてい て、 最後ま で変わら ない。 スル タ ナ にで き なかっ た 「選ぶ こ と 」 が完了 し てい るのだ。 だ が、 シ ヤムサは移動 をや めた ヒ ロ イ ンで はない。 その逆で あ る。 三作 を通 じ、 恋人 (ない し その候補者) の数は減っ ていき 、 しかも その男 性た ちの持つ 「複数性」 も減少 し てい く 。 それに反比例す る よ う に、 ヒ ロ イ ン の方の 「複数性」 は上で見て き た よ う に増加す る。 シ ヤムサは最 も 「起源」 か ら遠 く 、 「他者」 と その言語、 文化 に よ っ て育 っ たのだが、 こ の小説 では、 フ ラ ン ス人 レ オの方がシ ヤムサの援助 を受け る側で あ り 、 その救出 を実現す るの は、 シ ヤムサの 「移動」 (単独航海、 イ タ リ ア、 チ ュ ニ ジアな ど地中海沿岸に おけ る主体的行動、 そ し て そ も そ も レオに会 う 前提条件のフ ラ ン スへの移住) にほかな ら ない。 こ こ では も う 、 「過剰 な」 他者的要素 を集 めた恋人は必要な い し、 他者 を、 自由 を阻害す る要因 と し て警戒す る必要 も ない。 「他者性」 を 自 らの一部 と す る アイ デ ンテ イ テ イ ーは正面切っ て引き受け られ、 移動は自信 を持 っ て白立的に行 われ る。 スル タ ナ の不安 を乗 り 越 え る語 り が こ こ には あ る。
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3 言葉 を混ぜる アイ デ ンテ イ テ イ ーが、 異質 な複数の要素か ら成 り 立つ時、 言葉は ど う な る のだ ろ う か。 『追われた女』 の ダ リ ラ が、 ウ、ァ ンサ ンや スル タ ナ と 話す箇所は、 フ ラ ン ス語表記の と こ ろ ど こ ろ にイ タ リ ッ ク で アル ジェ リ ア語 (アル ジェ リ ア で使われてい る ア ラ ブ 口語 を指す。 こ の小説ではア ラ ブ語 と い う 表現は さ れな い) が挟まれ る。 ある時、 そのアル ジェ リ ア語の単語 を フ ラ ンス語に直 し たス ル タ ナ に対 し、 少女は 「あんたは キ リ ス ト 教徒4°みたいに直すのね。 (中略) 私た ち本物のアル ジェ リ ア人はいつ も言葉 を混ぜ るの (134) 」 と返す。 「本物」 の方が言葉 を 「混ぜ る」 わけ で ある。 先に も述べたよ う に、 アイ デ ンテ イ テ イ ー の問題に関 して、 ダリ ラ はスル タ ナ を 「本物の混 じ り 物 (134) 」 と も言い、 こ れに対 し スル タ ナ も 「混 じ り 物 し か本物 じ やないのよ (135) 」 と 、 純粋性よ り も 混 じ っ てい る状態の方 を評価す る見方 を示 し てい る。 しか し、 『追われた女』 自体はフ ラ ンス語で書かれてい る。 ダリ ラ は、 中学校教師ウアル ダ宅でべ ビー シ ツ タ ー を し た こ と か ら彼女の保護 の も と に フ ラ ン ス語 を学 んでい る ら しい。 ダ リ ラ や ウアル ダ を通 し て語 ら れ る学校教育 (古典ア ラ ブ語によ る4') は、 保 守頑迷で権威主義に凝 り 固ま り 、 「馬鹿 と 小イ ス ラ ム主義者の製造工場 (130) 」 40 原文で “roumi”。 こ れ自体アラ ブ語で 「キリ ス ト 教徒」 を意味する。 41 独立後、 教育はア ラ ブ語化 さ れたが、 それは人々が日常話す口語ア ラ ブ語 (アル ジェ リ ア 語) ではな く 、 古典ア ラ ブ語によ る も のだ っ た。 両者の差は大き く 、 ダリ ラ の両親 も、 古典 ア ラ ブ を解 さ ない。にす ぎない。 フ ラ ン ス語のみが評価 さ れてい るわけではな く 、 スル タ ナは ダ リ ラ に、 独立時のアル ジェ リ アには、 マ グレ ブのア ラ ブ語 ( 口語) と ベルベル語、 フ ラ ン ス語 と い う 複数の言語があっ た こ と 、 古典 ア ラ ブ語 も それ自体が否定的 価値 を持 っ てい るのではな く 、 イ ス ラ ム主義者 な どが悪用 し てい る と 教え る。 しか し、 ダ リ ラ の具体的 で生き 生き と し た台詞に対 し、 スル タ ナの説明がい さ さ か教条的 なのは否 めない。 テ ク ス ト か ら読者が受け取 るのは、 ウアル ダのフ ラ ンス語によ る教育の自由 さ と 豊かさ 、 公立学校でのア ラ ブ語教育のひ ど さ な ので あ る。 混 じ り 物の価値化 も 、 あ く ま で フ ラ ン ス語 あっ てのこ と だ と い う こ と は指摘 し ておかねばな ら ない。 ま た、 村のイ ス ラ ム主義者や女性 た ち と スル タ ナ と の会話がフ ラ ンス語で表記 さ れるのは、 テ ク ス ト 全体がフ ラ ンス語で書 かれてい る以上避け られないのだが、 ダ リ ラ と の上記引用部分 を除い て、 言語 問題は前景化 さ れない。 スル タ ナは、 アイ デ ンテ イ テ イ ー上の問題 をかかえた 人物だが、 そこ に言語使用上の葛藤は含まれてい ない よ う だ。 『 ン ジ ド』 の冒頭で、 意識 を取 り 戻 し た主人公は、 自分が誰 なのか を含め記 憶 を失 っ てい る こ と に気付 く 。 そ こ か ら始 ま る 「自分探 し」 の過程では、 早々 に言語が主題 に な る。 主人公は海上の ヨ ッ ト に一人き り なのだが、 そ こ は多言 語世界で ある。 ラ ジオか ら聞こ えて く るのは英語の他、 ア ラ ブ語、 スペイ ン語、 イ タ リ ア語 な どの地中海沿岸言語で あ り 、 船上に見 ら れ る書かれた言語 (航海 日誌、 航海図、 書類、 本な ど) はフ ラ ンス語である。 こ こ で も、 テ ク ス ト 全体 はフ ラ ンス語で書かれてい るため、 主人公 ( こ の時点ではまだ名前は不明) の 思考内容 もすべて フ ラ ンス語だが、 主人公 と フ ラ ンス語 と の関係は自明ではな いo 「こ の言葉 ( フ ラ ンス語一筆者注) は彼女 と ど う い う つながり で結ばれて い るのか。 血のつ なが り ? 戦争 ? 分裂 ? 亡命によ る混血 ? どち ら にせよ。 養母語はかな ら ず し も母の言葉では ない。 彼女はそのこ と を忘れてはい な い42 0」 自分の名す ら思い出せない状態にい る主人公に 「忘れてい ない こ と」 と して与 え ら れてい るのが 「養母語はかな らず し も母の言葉では ない」 と い う 内容 なの だ。 母 と 、 一つの言語 と 、 統一 さ れた単一 アイ デ ンテ イ テ イ ーの結びつき は自 明では ない と い う 主張で あ る。 なお、 「養母語」 は、 モ カ デ ム独自の表現の一 つ で あ り 、 い く つ かの重要 な テ ーマ に関わ る キー ワー ド な のだ が (前掲拙論 2013参照) 、 『 ン ジ ド』 の文脈に限れば、 主人公 ノ ラ の母はアル ジェ リ ア人なの で 、 ノ ラ の 「母語」 はア ラ ブ語、 「養母語」 は フ ラ ン ス語 で あ る。 上述のよ う 42 N 'zid, p.16
に ノ ラ は母 に 「捨て ら れ る」 た め、 「母語」 と も い つた ん切 り 離 さ れてい る。 小説冒頭に言語 をめ ぐ る興味深い問いかけがあるに もかかわらず、 作中、 ノ ラ が自身の言語使用につい て葛藤す る よ う な場面は用意 さ れてい ない。 ヒ ロ イ ンの出自に関わらず フ ラ ン ス語使用が最 も肯定的に扱 われ るのは 『欲 す る女』 で あ る。 シ ヤムサはスル タ ナ同様、 生ま れ育 ちは アル ジェ リ ア だ が、 環境は全 く 異な る。 シ ヤムサの場合、 アル ジェ リ ア にい なが ら一貫 し て フ ラ ン ス語環境で育 ち、 「母語」 が欠如 し て 「養母語」 が優先す る点では、 ノ ラ以上 で あ る。 三つの小説 を見てい く と 、 それぞれのハイ ブ リ ッ ド な ヒ ロ イ ンは、 多 言語状況 を生き 、 「母語」 は後退 し 「養母語」 が優先す る、 と い う 点で共通す る。 モ カ デ ム世界におい て言語は 「混 じ る」 こ と が常態で あ り 、 一言語の独占 や母語偏重は批判 さ れる。 それ を前提と し た フ ラ ンス語使用につい ては、 葛藤 が描かれ る こ と がない。 マ グ レ ブ作家 なのだか ら、 当然、 そ う し た葛藤 が書か れ るはず と い う 「期待」 は裏切 ら れ る。 前掲拙論 で も述べた、 「母」 と の困難 な関係 がその根底 に あ る にせ よ 、 「母語」 以外 に、 自分に と っ て よ り 自由に豊 かな表現が可能 な言語 (それが 「養母語」 と 呼ばれ る) があるのな ら、 それ を 用い る こ と を なぜ躊躇わねば な ら ない のか、 「期待」 に添 え ない か も しれ ない が、 かわ り に、 「養母語」 で 、 こ の よ う にハイ ブ リ ッ ド な存在の表現が可能 な のだ、 と こ れ ら のテ ク ス ト の書き 手は主張 し てい るのでは ない だ ろ う か。
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4 移動の先へ 三作比較の最後 に、 移動 を特徴 と す る43 ハイ ブ リ ッ ド な ヒ ロ イ ンがどのよ う な状態に あっ て小説が終わるの を考察 し、 彼女 た ちの果 たす役割 と 可能性 を 探 り たい。 三つの終わ り 方のみ を比べ る と 、 『欲す る女』 は、 任務達成 と ハ ッ ピーエ ン ド、 『 ン ジ ド』 は恋人の死 を知 る と い う 悲劇的結末 では あ る が、 ヒ ロ イ ンが記 憶 を取 り 戻す と い う 点か ら み る と やは り 一つの課題 が達成 さ れてお り 、 ま た、 次の目的地に向け ての出発 が表明 さ れて終わっ てい る。 こ れ ら に対 し 、 『追わ 43 こ の移動 を、 以下にま と めて再確認 してお く 。 『追われた女』 の舞台は一貫 し てアル ジェ リ ア で あ り 、 スル タ ナ の移動 (アイ ン = ネ フ ラ 、 オラ ン、 モ ンペ リ エ 、 アイ ン = ネ フ ラ ) は、 彼女の語 り の中のみに あ る。 『 ン ジ ド』 は地中海上 (ぺロ ポネ ソ ス半島と イ タ リ アの間) に始 ま り 、 そ こ か ら、 おお よ そ西方へ向かっ て常に移動 し (途中短時間の寄港あ り) 、 スペイ ンの カ ダケ スに到着 し た と こ ろ で テ ク ス ト は終わる が、 次に父 の出身地で あ る アイ ル ラ ン ドの ゴー ル ウ ェ イ に向か う と い う 意志が表明 さ れ る。 『欲す る女』 では、 物語の現在は、 地中海上の航 海 (出航地はモ ンベ リ エ 、 最後に同 じ場所に寄港す る途中でテ ク ス ト は終わる) と チ ュ ニ ジ ア 沿岸部で展開す る。 こ の作品にお け る移動で重要 なのは、 現在の海上移動のみで はな く 、 ヒ ロ イ ンが、 アル ジ ェ リ ア南部の砂漠 に生 ま れた その翌日に1000キロ を移動 し て オラ ンに来 た と い う 設定で あ ろ う 。れた女』 の結末は、 その 「未完成」 な こ と に特徴があ る。 物語内容 と し ては、 タ ンマ ールの町へ出かけ、 ヴ ア ンサ ン、 サラ と 共に アイ ン= ネ フ ラ に帰っ てき た スル タ ナは、 村に入 る前に、 数日前か ら滞在 し てい たヤ シ ンの官舎が燃 えて い るのに気付 く 。 看護師ハ レ ドが駆けつけ、 彼女 た ちに、 村長 に率い ら れたイ ス ラ ム主義者 た ちがヤシ ンの家 に放火、 それ を知 つた村の女性た ちが村役場に 火 を放 ち、 村の中心部で大混乱がお き てい る と 告げ る。 さ ら な る混乱や、 ハ レ ド と その家族 (スル タ ナの味方) に危害が及ぶの を避け るため、 スル タ ナた ち は引 き 返す こ と にす る。 最後に、 村の女性た ちに 「遠 く にい て も 、 私は彼女た ち と い っ し よにい る (264) 」 と 伝えてほ しい と ハ レ ドに頼んで、 スル タナた ち は出発す る。 こ の結末は、 ど う 読め る だ ろ う か。 メ ル ツ= バウムガル ト ナーと 共に 「断絶 で も逃亡で も な く 、 移動す る リ ゾー ム的 アイ デ ン テ イ テ イ ーの象徴的行為44」 と 解釈で き るだ ろ う か。 スル タ ナの村か ら の出発は2 回ある。 かつて、 フ ラ ン ス人医師夫婦 も ろ と も 、 追われ る よ う に出た経験。 そ し て 、 今回の出発。 た し かに、 過去の、 村全体か ら排斥 さ れての追放に比べ、 今回は、 女性 た ちやハ レ ド な ど味方 も あ る。 ま た、 帰郷は し た も のの スル タ ナは そ も そ も 村 に再定住す るつ も り は ない。 だ が、 意図 し てい たの と は違 う 形 で、 暴力的 に追放 さ れた と い う面は否めない。 村人の間の暴力的衝突が書き込まれるのは、90年代アルジェ リ アの社会状況 を示唆す る も ので も あ る。 し か し、 それだけ ではない。 こ の暴 力的結末は、 スル タ ナが村 を出 る こ と を 「正当化」 す る も ので も あ るのでは な いか。 こ の結末に至 る直前、 男性支配に反旗 を翻そ う と 準備 しつつ ある村の女 性た ちは、 スル タ ナに、 村に と どま っ て リ ー ダーに な っ てほ しい と 懇願す る。 し か し 、 彼女 には、 「本物の混 じ り 物」 で あ る自分が村の女性 た ち と は異な り 、 定住 し て彼女 た ちに同一化す るのは無理だ と い う白覚があ る。 特に、 村の伝統 的行動規範の一部 を尊重 し 、 男女関係に関 し て も う 少 し大人 し く し てほ しい と い う 要請は45、 スル タ ナにこ の違い を決定的に悟 らせ る。 「私は何 も諦めない、 っ て言 っ て も 、 私はあなたた ちの一員 でい ら れ るか し ら。 それに、 あな た た ちの一員 つて ど う い う 意味? 私は、 部族 も家族 も も たなかっ たおかげで、 習慣や合意事項の強制や偽善から解放 さ れてき た。 不公正 に対す る反抗 と 、 本当 に自由 を望む と い う のは、 別のこ と なの。 は るかに大き な一歩、 時には断絶 を要求す る、 も う一つ別のこ と なの (249)。」 と 言 う スル タ ナの主張は、 女性 た ちには全 く 理解 さ れない。 こ の展開は、 少 な 44 MERTZ-BAUMGARTNER, op.cit., p.128. 45 主に スル タ ナが、 ヤシ ンの官舎に一人で宿泊 し、 サラや ウ' ァ ンサンが同 じ屋根の下で夜 を す ご し た り し た こ と か ら 、 男性 た ちに よ けい な刺激 を与 え ない よ う こ の要請が出 る。
く と も 『追 われ た女』 の時点で は、 「断絶」 も 「逃亡」 も 必要で あ る、 と い う こ と を意味 し てい るのではない か。 村の女性 た ちの懇願は、 「エ リ ー ト 女性は、 よ う や く 立 ち上が ろ う と す るサバル タ ン女性 た ちの も と に と どま っ て ほ しい」 と い う 、 マ グ レ ブ女性作家 に対す る、 フ ェ ミ ニ ス ト 的、 ポス ト コ ロ ニ アル的読 みの要請で も あ る。 その要請 を充分に知 り つつ も 、 個人の自由への希求 を優先 さ せたければ、 火 と 暴力 に よ る追放 と い う 結末 を も っ て 「正当化」 し、 し か し 同時に 「断絶」 を引 き受けて再出発す る こ と が必要だ っ たのではない だ ろ う か。 『 ン ジ ド』 の ノ ラ は、 い っ た ん 「白紙」 に戻 っ た アイ デ ン テ イ テ イ ー を取 り 戻す わけ だ が、 それは始 めか ら 複雑 なモ ザイ ク 模様 を な し てい て、 取 り 戻 し た 後 も 、 スル タ ナの よ う に そのハイ ブ リ ッ ド性 に苦 しむ こ と はない し、 先 に述べ た よ う に こ の点で 『 ン ジ ド』 は一つの課題 を達成 し て終わる。 し か し、 スル タ ナが最終的 に砂漠 あ るいはアル ジェ リ ア を断 ち切 っ て 「北」 へ向かっ たの と 類 似の動 き がこ こ に も あ る。 それは、 小説の終わ り に判明す る、 恋人の アル ジ ェ リ ア人 ジ ヤミ ルの暗殺で あ る。 こ こ で も 、 断絶は暴力的に、 アル ジェ リ アの側 に起因 し て起こ る。 ノ ラ はスル タ ナ同様、 アル ジェ リ ア (母の出身地で も ある) と の関係か ら 「追放」 さ れ るので あ る。 アル ジェ リ アへ行 く のか と 問 う 恋人候 補ロ イ ツク に、 ノ ラ はま だ行かない と 答 え る。 そ し て今は父の出身地 アイ ル ラ ン ドの ゴール ウ ェ イ へ航海す る意志 を表明 し て テ ク ス ト は終わるのだ が、 その 直前ま で、 ゴール ウ ェ イ への航海 を予期 さ せ る内容が何 も ない た め、 い さ さ か 唐突の感 が否めない。 こ れはむ し ろ、 南の 「母語」 世界 と の関係 を、 い っ たん 断 ち切 る こ と 、 モ カ デ ムにおい ては北 と 関連す る 「養母語」 世界で書い てい く と い う 作家の意志表明 と し て読め るのではない だ ろ う か。 三作中、 最 も身元不明の ヒ ロイ ン を擁す る 『欲す る女』 は、 出航から帰港一 歩手前ま で と い う 移動の、 円環が閉 じ ら れ る直前で終わる。 シ ヤムサは ノ ラ と は異な り アル ジ ェ リ ア生 ま れだ が、 スル タ ナ が命 がけ で主張 し よ う と し た個人 の自由、 家族、 部族及び それに伴 う あ ら ゆる習慣や強制か ら の自由 を達成 し て い る。 それ を可能に してい るのがい く つかの移動、 砂漠から オラ ンへ、 アル ジェ リ アか ら フ ラ ン スへ、 そ し て生みの親か ら養親 た ちへ と い う 移動で あ る。 物語 の現在におけ る レオの誘拐、 砂漠 での幽閉、 そ こ か ら の脱出劇は、 シ ヤムサの 脱出 を再現す る語 り と し て読む こ と も で き る。 す で に自由な シ ヤムサが、 今度 は、 砂漠の囚われ人の脱出 を助け るので あ る。 「帰港」 へ向か う 結末 だ が、 帰 るべき場所はすで に、 「起源」 か ら は るかに遠い。 あ るいは、 「起源」 自体移動 で き る。 そ し て、 移動す る 「起源」 を生き る こ と 、 「 ど こ かで異邦人 で あ る こ と (253) 」 は、 アイ ン= ネ フ ラ の女性た ちが同情 をこ めて言っ てい たよ う な 「悲劇 (253) 」 ではない。 『欲す る女』 の 「ハ ッ ピーエ ン ド」 はそ う主張 してい
る よ う に思われ る。 おわ り に 三つの小説の タ イ ト ル を見 る と1993年の 『追われた女』 では受動態の表現 (過去分詞) が、 2011年の 『欲す る女』 では能動態の表現 (現在分詞) が用い られてい る。 そ し て間に入 る 『 ン ジ ド』 は 「生まれ る、 続け る」 と い う 二つの 意味 を持つ ア ラ ブ語で ある。 スル タ ナは二度目の脱出時に も、 二人の男性に付 き 添われてい るが、 ノ ラ と シ ヤムサは ヨ ッ ト で単独の航海 が可能で あ る し 、 ノ ラ の場合、 最後の場面にロ イ ツク がい るにせよ、 次の航海へ一人で出発す るつ も り で あ り 、 『欲す る女』 の結末部におい て、 シ ヤムサは海上で完全に一人で あ る。 ヒ ロ イ ンは、 移動 し、 複雑 な アイ デ ン テ イ テ イ ー を積極的 に受け入れ る だけ ではない。 単独者 と し て自立 し てい く 。 単独者 で あ る こ と は、 集団に よ る 強制や抑圧か ら白由で あ る が、 決 し て孤立 を意味す るのではない。 『 ン ジ ド』 以上に 『欲す る女』 では、 レ オ を救出す るために、 レオの父か ら チ ュ ニ ジアの 友人ま で、 他者 と の協力、 相互理解が描かれ る。 『 ン ジ ド』 と 『欲す る女』 の間には、 「小説」 と 銘打たれてい ない 『不服従 者の恍惚』 と 『私の男 た ち』、 お よ び 「小説」 では あ る が自伝的要素が顕著 な 『すべては あなた を忘れたおかげ』 が書かれてい る。 『 ン ジ ド』 で、 文字通 り ア イ デ ンテ イ テ イ ー白紙状態の ヒ ロ イ ンが最大限 「混 ざっ た」 も の と し て立 ち上 がっ て行 く 可能性 を書い た後、 再度自伝的エ ク リ チ ュ ールによ っ て自 らのアイ デ ン テ イ テ イ ー と 向き 合 っ たモ カ デ ムは、 「生 まれ (なお し) 、 続けて」、 砂漠 に起源 を持 ちつつ も混 ざっ たこ と と 移動す る こ と で自由 を獲得す る単独者 を書 く 。 も はや、 匿名 の何かに “interdire” さ れる存在ではな く 、 自 ら能動的に欲 し、 名 を与 え る こ と ので き る ( 「欲す る女」 は船名で、 シ ヤムサが新たに与え る も の) 存在の航跡は、 養母語で書 く 「混 ざっ た」 作家の 「筆 (エ ク リ チ ュ ー ル) 跡」 で も あるだ ろ う。
Malika Mokeddem の作品
Les hommes qu1 marchent, Ramsay, 1990
Le siecle dos sautere11es, Ramsay, 1992. 'z ferdzfe, Grasset, 1993.
Des roves et des assassins, Grasset, 1995
La nult de la lezarde, Grasset, 1998.
N'zld, Seuil, 2001.
M,es hommes, Grasset, 2005.
Je dozs fo f a fen o z, Grasset, 2008 La deslrante, Grasset, 2011.
参考文献
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centre tout, L'Harmattan, 2000, pp 215~ 228 武内旬子 「アル ジェ リ ア女性によ る90年代フ ラ ンス語表現文学」 『神戸外大 論叢』、 第51巻、 第 5 号、 2000年10月、 pp 41~ 72. 「マ リ カ ・ モ カ デ ム 砂漠か ら エ ク リ チ ュ ールへ (前) 」、 『神戸外 大論叢』、 第53巻、 第 5 号、 2002年10月、 pp 99~ 135. 「マ リ カ ・ モ カ デ ム 砂漠から エ ク リ チ ュ ールへ (後) 」、 『神戸外 大論叢』、 第53巻、 第 7 号、 2002年12月、 pp.1~ 21. 「マ リ カ ・ モ カ デ ムと 不穏 な小説 一母 と 娘 と 要児殺 し一」、 『神戸 外大論叢』、 第60巻、 第 2 号、 2009年 9 月、 pp 45~ 66. 「砂漠の作家の海洋小説 ー マ リ カ ・ モ カ デ ムの 「養母語」 文学の 可能性一」、 『神戸外大論叢』、 第63巻、 第 2 号、 2013年 3 月、 pp.107~ 126. 「母一 語は変 わ る ー ア シ ア ・ ジ ェ バール と マ リ カ ・ モ カ デ ムにお け る女性三世代の変容一」、 『神戸外大論叢』、 第64巻、 第 3 号、 2014年 3 月、pp 99~ 117.