宮座の社会人類学的調査?-滋賀県伊香郡余呉町下丹
生の事例-著者
高橋 統一, 清水 浩昭, 芳賀 正明, 高尾 公矢, 松
本 誠一
著者別名
TAKAHASHI Toichi, SHIMIZU Hiroaki, HAGA
Masaaki, TAKAO Kimiya, MATSUMOTO Seiichi
雑誌名
アジア・アフリカ文化研究所研究年報
巻
14
ページ
133-158
発行年
1979
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00010319/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja宮
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香郡余呉町下丹
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本誌 で発表す る 『官座 の 社 会 人類学的調査』 と 題 し た 研 究報 告 は 、 今回 で 五 度 目 で あ る 。 前回 の 町 の 「は じ め に 」 で 記 し た よ う に 、 I I m は 、 そ の 前 に や は り本誌上 で発 表 し た 「滋賀県 の 宮 座 の 現況」 と い う予備 的広域 調査 に も と づ い て 、 私 (高橋) が 調 査報 告 し た 個 人研 究 で あ っ た が 、 lV は わ れ わ れ 東 洋大学 社会人類 学研究会 の メ ン バ ー に よ る 共 同調査 の 研 究成果 で あ っ て 、 同 メ ン バ ー の 大 半が 東洋大学 ア ジ ア ・ ア フ リ カ 文 化研究所 の 研 究員 で あ っ た こ と か ら 、 研究所 の 共同研究 プ ロ ジ ェ ク ト 「ア ジ ア ・ ア フ リ カ に お け る 宗 教儀礼 の 比較 研究」 の 一環 と し て 、 そ の 社 会学班 の 分 担 に お い て 調 査研究す る か た ち を と っ た 。 今回 の V は 、 研究会 メ ン バ ー の す べ て が ア ジ ア ・ ア フ リ カ 文化研究所研 究員 で あ り 、 同時に 、 共同研究 プ ロ ジ ェ ク ト の 社 会学 班 に 属 す る の で 、 当 然、 名実と も に 研 究所 の 共同研究報告 の 一部 で あ る 。 い ず れ に し ろ 、 私 の 個人研究 の 単 な る 延 長 で は な く、 そ れ か ら 伸展し た 共 同研 究 の 二 度 目 の 報 宮座 の社 会 人類学的調 査 VV
松 芳 高
本 賀 橋
誠 正 統
高 清
尾 水
公 浩
矢 昭
一 明
告 で あ る 。 な お 、 私個人 の 調査研究 と し て は 、 こ れ ら と は 別 に 、 本誌上 で は 報 告し な か っ た が 、 別 の か た ち で発 表 し た 事 例が 一 つ あ る (拙著 「宮 座 の 構 造 と 変化 ||祭記長老制 の 社 会 人類学的研究」 一 九 七 八 年、 未来社、 所収 の 第 六章、 事例V大 津市伊 香立 町南 庄)。 と こ ろ で 、 今回 の V で 何 故、 下丹生を調 査 地 と し て 選 ん だ か に つ い て は 、 若干 の 理 由 が あ る 。 前掲 の 論 文 (「現況』) や拙著 でも触れ て お い た が (同妻、 二 四 、 四 五 、 五 四 頁)、 滋賀県湖北 の 余 呉地方 に関し て は 、 私 の 前 記、 予備的広域調 査 に お い て 遺 憾なが ら調査票 の 返 信が なく、 宮座組織や 儀礼 (オ コ ナ イ ) の 存 続が あ る 程 度、 情報と し て 入 り な が ら 、 集中調査実 施 の 機 会を得 ぬ ま ま に 、 時日が経 過 し て し ま っ た 。 幸 に 、 そ の 機会 が そ の 後や っ と 到 来 し た の で 、 前述 の 如く共 同調 査 と し て 、 一 九 七 七 年春 に 予 備 調査、 同年夏 か ら 翌 年秋ま で数 次に わ た る 本 調査、 さ ら に 七 九 年夏 に 最 終 的補充調 査 を 行 っ た 。 こ の 一連 の 現 地調査 の 合 聞 に は 、 共同研 究者全 員 に よ る 討 論を合 宿 な ど に よ り幾 度 も回を重 ね 、 デ ー タ の 整 理分析が 一応 で き一一
宮座
の
社会
人類学的調査
V た の で 、 こ こ に 報告 発表す る に 至 っ た 次 第 で あ る 。 理論 的 考察も で き る 限 りすす め た つ も り だ が 、 充分に検 討 で き な い で 問 題提 起 に と ど め ざ る を 得 な か った点も若 干 あ る 。 こ れ ら に つ い て は 、 い ず れ他日 を 期 し た い 。 な お 「宮座 の 社会 人類学的調査」 は 現 在実施中 の 奈良県生駒地方 の 本 誌上 で の 報 告発表が 次回 に 予 定 さ れ て い る 。 最後 に 本 稿 の 執 筆分 担 は 次 の 通 り だ が 、 全体 の 調 整、 と り ま と め は私が 行 っ た 。 な お 、 下丹生 の 現地調査 とデ ー タ 処理 の 初 期 の 過 程 で 、 当時 の 社 会学部社会学 科 の 学 生、 津波 太 一君 の 御 協力を得 た 。 付記 し て感 謝 の 念 を 表 し て お く。 執筆分担 は じ め /一、 I肖 橋 、ーノ 調 査 地 の 概 況 品 尾 ム フ 組 織 松 本 三 、 家族 ・親 族 イ 家族
高 尾 \ーノロ
親 族 " 清 水 四 ""市首 座 長且 織 f、、 松 本 '-' 玉 、 宮座儀礼 (オ コ ナ イ ) ・: j i --j i --: :: j i --: (高尾) 六 、 む す び|| 従 来 の オ コ ナ イ 研 究 と 下 丹 生 の 視 点 芳 賀 、J 一 、 調 査 地 の 概 況 調査地 で あ る 滋 賀県伊香郡余 呉町下丹生 は 滋 賀県 の 最 北端 に 位 置 し 、 東四
は 岐 阜県捧斐郡、 西 は 伊 香郡西浅井町、 南は 同郡木之本町、 北 は 余 呉町上 丹生 な ど の 数 部落 を 経 て 福井県南条郡 に接する 山間 地帯に あ る (図 1 お よ び 写 真 1 参 照)。 余呉町全域 が 四方を山 で 囲 ま れ て い る た め に 気 温 は低く、 日照 時聞が 短 か い た め 昔 か ら 産 業 に は恵 ま れ な い 地 域 で あ る 。 現在 の 余 呉町 は 、 江戸時 代 に 彦 根 ・淀 ・膳 所藩お よ び 天 領 に 分 か れ て 属 し て い た 。 明治 二 二 年 の 町 村制施行 に伴 っ て 余 呉 ・丹 生 ・片岡 の 一ニ ケ 村が 生 ま れ る に 至 っ た 。 昭和 二 八年に 町村合併 法が制 定 さ れ 、 同 二 九 年 に 旧 余 呉村 ・旧丹生村 ・旧片岡村が 合 併 し て余 呉村と な っ た (そ の 後 、 町 制 移 行) 。 現在 二 八 の 部 落が高時川お よ び 余 呉川 の 川 岸 に 沿 っ て 散在 し て い る 。 下丹生 は北 陸本線木 之本駅 か ら 国 鉄パ ス で 約 二 O分 の 距 離に あ る 。 江戸 時代 は 天 領 に 属 し 、 明治期に は 旧 丹生 村 に 属 し て い た 。 下丹 生 の ム ラ と し て の 成 立時 期を明 ら か に す る こ と は で き な い が 、 明治初期に は 戸 数が 七 O 山氏号 E羊 lfL余呉町 の 地理的位置
‘図 1
年令 ( 5 才階級〉 別人 口 構成 (昭和52年)
図 2
15人 10人 9女
( 下丹生地区)
15人 85 - 89 80 - 84 75 -79 70 -74 65 - 69 60 -64 55 - 59 50 - 54 45 - 49 40 - 44 35 - 39 30 -34 25 - 29 20 - 24 1 5 - 19 10 - 14 5 - 9 0 - 4男
官座
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社
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類
学
的
調
査
V 8 2 5 人 6 10人 14(2)
戸を越 え た こ と が あ る と い わ れ て い る 。 「明 治村政史」 に よ れ ば 、 下丹生 の 戸 数が 明 治 ニ 二 年 に 六 O戸 ・同 三 四 年 に 五 六 戸 ・同 四 O 年 に 玉 四 戸 で あ り、 漸次 減少し て い る こ と が わ か る 。 明治期に お け る 生 業 の 中 心 は 農業 ・ 養蚕 お よ び 林 業 で あ る が 、 こ の 地 域 は 山間地帯 で あ る た め 耕 地が狭く日照 時聞が 短 か い と い う悪 条件 に あ る 。 そ れ ゆ え農 産物 の 収 穫量が 少く、 し か も 品 質が 悪 い と さ れ て い た 。 明治四 四 年 の 調 査 に よ れ ば 、 下丹生 の 耕 地所 有面積 の う ち 「田」 は 一 六 五 反 ・ 一戸平均 三 反 、 「畑」 は 一九 二 反 ・ 二 戸 平均 一一一反六畝 、 「山林 」 は 入 四 六 反 ・ 一戸 平均 一 五 反 七 畝 と な っ て い る 。 養蚕、 が い つ 下 丹生 に 入 っ て き た か は 定 か で は な い 、が 、 明治 三 二 年下丹生 に 養蚕改 良組合が 組織さ れ 、 技術員 を招き飼 育方 法 な ど の 改 良が 行 わ れ た 。 さ ら に 明 治 三 四年に は 生繭乾 燥場を設 置 し 、 県 の 補 助を受け明治 三 七 年 に は 共 同飼育場 を設 置 し た 。 そ れ 以 降、 旧丹生村 全域に 共同飼育 場が 設置さ れ て い っ た 。 耕地が狭 い た め に 米 作農業 だ け で は 経 済基盤を確 立 す る こ と は 困 難 で あ り 、 養蚕と林 業 に た よ ら ざ る を え な い 状 況 に あ っ た 。 明治期に は林 業も養 蚕 と と も に 盛 ん に 行 わ れ 、 当地 で 生 産さ れ る 木 炭は 品質が 良く か な り需要が あ っ た と い わ れ て い る 。 あ る イ ン フ ォ l マ ン ト に よ れ ば 、 「明治期は養蚕 ・林 業が 盛 ん で あ っ た こ と か ら 、 下丹生 の 生活状態 は安 定 し て お り 、 当時、 福井県南 条郡 か ら の 出稼者も
か な り い た が 、 昭 和 一O年 頃 か ら養蚕が年を追 っ て 漸次 衰退し 、 戦前 で は 収入源 の う ち 農業 (米作) ・養 蚕 ・林業 か ら 各 三 分 の 一 で あ っ た 」 と い 弓ノ。 昭和 二 九 年 の 調 査 に よ れ ば 、 戸数 回 六 の う ち農家戸 数 三 九 で あ り 、 専業 農家が 八戸 ・兼業農家が 三 二 戸 と な っ て い る が 、 そ の う ち第 一種兼業農家 一 三 五宮座
の
社会
人類
学的調査
V が 二 三 戸 と な っ て い る 。 経営規模別 で は 、 「0 ・ 玉 J 一 ヘ ク タ ー ル 」 が 三 戸 で 最 も多く、 次 い で 「0 ・ 三 1 0 ・玉 ヘ ク タ ー ル 」 の 九 戸、 「0 ・ 三 ヘ ク タ ー ル 未 満」 の 四 戸、 「 一t 一 ・玉 ヘ ク タ ー ル 」 の 三 戸 の 順と な っ て お り 、 一戸 平均経営規模 面積 は 0 ・ 五 九 ヘ ク ク ー ル で あ る か ら 、 経済基盤 は安 定 し て い な か っ た と い え よ う 。 次 に 、 下丹生 の 現 況を明ら か に し て お く。 住民基本 台帳 を中心 と し て 近 年 の 世 帯数 と 人 口 の 推 移を み る と (表 1 参 照〉、 世帯 数は昭和 二 九年以降昭 和 五 O 年ま で漸 次減少 の 傾 向を示 し て い る が 、 昭和 四 O 年に急 激な減 少が み ら れ る 。 そ の 理 由 と し て 、 昭和 三 五 年 以降世帯主 の 長男 以下が積 極的 に 阪神地域 に 就 職 の た め に 他 出 し て い っ た こ と が あ げ ら れ る 。 だ が 、 そ う し た 状 況 は わ ず か な 期 間 で あ り 、 余呉町周辺 に 企 業が 進出す る に 伴 っ て 、 長 男以下 の 自宅 通勤者が 大部分を占め る よ う に な っ た 。な お 、 女性 の 場 合は 長女 も含め 同様な慎 向 が み ら れ る の で あ る 。 し た が っ て 昭 和 四 O 年 の 減 少 は 一時的 な現 象 に す ぎず、 そ れ 以 後は急 激な変化は み ら れ な い 。 一世 帯あ た り の 平 均家 族員数 は昭 和 三 五 年 以降、 昭和四 O年を除き余呉 町全体に 比較し て 多 く 、 昭和 五 二 年 の 時 点 で 四 ・ 二 九 人 で あ る か ら 世帯規 模と し て は 大き い 方 と 言 え る で あ ろ う 。 次 に 下丹生 の 男 女 五 才 別 人 口 構 成を み る と (図2 参照) 、 特徴的な こ と は 、 男女と も 玉 O代が 高率 で 、 一ニ O代前期が 低率 で あ る こ と で あ る 。 こ の こ と は 、 男女 と も こ O 代 の 人 口 が 他 の 世 代 に 比較し て 低 率 で あ る と い う 今 日 の 農村 の 一 般的傾 向 と は 、 や や 異 っ て い る 。 下 丹生 の 男 子 二 O J ニ 九 才 は 一 一名 で 、そ の う ち 九 名 ま で が 長 男 で あ る が 、農 業従事者 は皆無 で あ る 。 下丹生 で は 長 男相続が 一般 的 で あ る が 、 必ずし も農 業後継者 を確 保 し て い世帯数 ・ 人 口 数 ・ 平均世帯員数の推移
余
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年次
世 間
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人 口 数
1
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室
世 帯 数
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人 口 数
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主
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襲
385 1 , 731 4. 49 45 195 4. 33 29年 387 1 , 715 4. 43 46 198 4. 30 35年 1, 469 6, 407 4. 36 42 198 4. 71 40年 1, 419 5, 776 4. 07 41 156 3 . 80 45年 1, 362 5, 476 4. 02 36 172 4. 78 50年 1, 344 5, 247 3 . 90 35 169 4. 83 52年 1, 346 5, 222 3. 88 35 160 4. 29ム
ノ、 る と は 言 え な い よ う で あ る 。 職業 に つ い て み る と 、 一六 世帯 の う ち 三 二 世 帯 が 農 家だ が 、 農家 の 経 営 資 料 : 住 民基本 台 帳 ( 昭 和52年 は 現地調査〉 規模 は 0 ・ 玉 ヘ ク タ ー ル 未満 が 一 一世 帯、 0 ・五 ー 一 ヘ ク タ ー ル が 一 九 世 帯 で 最も多く 、 一J 二 へ 表 1 っ て 占め ら れ て い る 。 ク タ l ル は わ ず か 二 世 帯 と な っ て い る 。 一世 帯あ た り の 平 均経営規模 は O -五 ヘ ク タ ー ル と な っ て い る 。 基幹 的農業従事者 は 一 四 名 (男六 ・女 八 ) で あ る が 、 す べ て が 玉 O 才以上 の 中 高年令 層 に よ 一 九 七 五 年 農林業 セ ン サ ス に よ っ て経 営耕地 ・農 作物 ・農業収 入 な ど の 状況 を み る と 、 経営耕地 の 大 部分が 水田 で あ り 、 作付 の 種 類は稲 が 主 体 で 桑は皆 無 で あ る 。 農業収入 は 三 O万 円未満 の 世帯が 最も多く 一 六 世帯、 次 い で 三 0 1 一 OO万円 未満が 二 二世 帯 と な っ て い る 。 昭和四 O年に農 業改善事業 で耕 地 整理を行 っ た の で 、 一 ヘ ク タ ー ル 当 り米八俵 取 れ る よ う に な っ た が 、 そ れ 以前 は 米 五 俵取 る の が や っ と だ っ た と 言う。 農業 の 機 械化を推 進 さ せ よ う と すれば 、 経営 耕地が 一世 帯当 り 一一 へ ク タ i ル 以 上 な い と農 業経 営 だ け で生活を維 持 す る こ と は 困難 で あ る と さ れ て い る 。 し た が っ て 下 丹生 の 場 合、 生活基盤を農 業 に 依 存 す る こ と は で き な い 状 況 で あ る か ら 、 職業を農業以外 に 求 め 余 呉町周辺 の 第 二 次 ・第 三 次産業 に 就 職 し 、 第 二 種 兼業が 増大す る 傾 向 に あ る 。
一一
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織
ム-フ
下丹生 に 見 ら れ る ム ラ組 織 と し て は 、 区 ・組、 諸頭衆 〈官 座組 織 の 章 で 説明)、 宗教別集団 と し て の 寺 の 檀 家 と 天 理 教戸 (写真6 参照) 、 性 と 年 令 別集団 と し て 老人 ク ラ ブ ・婦 人会 ・青年会な ど が 挙 げ ら れ る 。 こ こ で は実 際 の ム ラ 生活 に お い て 比 重 の 大 き い 区 ・組 の 組織を中心 に 記 す。 下丹生 に 居 住 す る 二一六 戸 の 内 、 一二 五 戸 が ム ラ付き あ い を し て お り 、 し た が っ て 三 五 戸 で ム ラ 組織を構成 し て い る 。 各戸 の 配置状況 は 図 3 の 様 で 、 景観 と し て は こ ん も り 茂 っ た 丹 生神 社 の 森 の 東 側 に 五 戸 、 同 じ く 南 側 に 三 O戸 の ニ 集 落が 見 ら れ る 。 ム ラ 付きあ い に 加 わ っ て い な い 一戸 は そ れ よ り さ ら に 南 側に離れ て 位 置 し て お り 、 近年 造 ら れ た チ ッ プ (材 木処理) 工 場 敷地内 に 住 ん で い る 。 そ の 二戸 お よ び 工 場 持主 は 町内他地区出身 者 で 、 他 地区に住 む そ の 持 主が 正 月 な ど に 丹 生神 社 に 献 酒す る 程 度 の 付きあ い に 留 ま っ て い る 。 下丹生 の 集 落を眺 め る と 、 母 屋 ・隠 居家 ・納 屋 な ど の 建 物が 林 立 し て い て 、 他所者 に は ど の 建 物 が ど の イ エ に 属 す の か 、 ま た 各 戸 の 敷 地 の 境 が ど こ か 見分 け の つ か な い 場 合が 多 い 。 こ こ で は 隠居 家 は 母 屋 (オ モ ヤ と 呼 ぶ ) {呂座 の 社 会人 類学的調査 V国
3 下丹生 世帯配 置 図 (昭和田 年日 月)( 東皇)
①
( 前 田 )
一一 字界線
( ) 字名
( 宇 山 )
口宇山組
O 東旦組
ム 南里組
。 前田組
(南里)
と別棟 で 持 つ のが 一 般的 で (写真7 参照) 、 場合 に よ っ て は隠 居家が 母屋 と は道 路を隔 て た 反 対側 に 立 っ て い る 例も あ る 。 さ ら に 少 数なが ら 母 屋 と は(4)
別 々 に 食 事 を し た り 、 あ る い は 別 の 財 産を 持 つ と い う 例も見 ら れ る 。 し か し 、ム ラ組織を構成 す る 三 五 戸 は 、基 本的 に は 母 屋 の 連 合 で 成 る と 言 え る 。 隠居家 が 母 屋 か ら 独立 し て 、 区 ・組 の 組 織 に 入 っ て い る 例 は な い 。 隠居す る と 、 一定 の ム ラ 付きあ い か ら も退く の が 原 則 で あ り 、 た だ 母 屋 の 都 合 の 悪 い 場合は 隠居が そ の 家 を代 表 し て 参 加 す る が 、 そ れ は 母 屋 の 代 理 と し て で あ る 。 宮座儀礼 の よ う に 座 順が 定ま っ て い る 場 合 に は 、 代 理 は 末 座を与 一 三 七宮座
の
社会人類
学的調査
V え ら れ 、 母 屋 の 持 つ 座 位 に 坐 る の で は な い 。 ム ラ 組織を 家単位 で構成さ れ る も の と 、 個人単位 で構成 さ れ る も の に 分 け る と 、 前者 に お い て 隠 居家は 母 屋 と 一体 に な っ て 、 し か も 母 屋 に 付 随 す る 形 で 他 の 家 々 と 関 係をも っ 。 し か し 後 者 の 、 老人 ク ラ ブ や 別当 (官座組 織に お け る 一役職 。 後述 す る よ う に 重 要な地 位を占め る ) 職を 通 し て の ム ラ 付き あ い に お い て は そ の 限 り で な い 。 母 屋 の 後 継者夫婦が そ の イ エ を代表す る 原 則 と は 言 え 、 今日 の よ う に ム ラ の 外 に 職 を得 て 働 き に 出 て い る 場 合が 多 い と 、 実際 に は 隠 居世代 の 出 る 幕 が多くな っ て い る 。 地区内 に新た に 家 を構え た 新 分家や転入 戸 の 区 ・組 入 り に つ い て は 、 概 ね 旧 来戸と同等 の 資 格 で ム ラ組 織 に 加 え ら れ る 。 長年に わ た り 戸 数減少 の 傾向 に あ っ て 、 ム ラ 入 り 制限を窺 わ せ る よ うな 規範 ・事 例 は 見 ら れ な い 。 む し ろ新入 戸 に 対 し て は 、 下丹生 に住む聞は部 落有 林 の 一部を割 山 し て 地 上権を貸し 与 え 、 田柴や薪を採 る 必 要 に 応 じ た と い う 位 で あ る 。 こ れ は 実 際 に は新 分 家 に 応 ず る 措 置 だ っ た ら し く 、 転入戸 も そ れ に準ずる扱 い を 受 け た も の と 思 わ れ る 。 転入戸 の 例 は 少 なく、 現 三 五 戸 の 中 で は 二戸 だ け で あ る 。 こ れ は 古 く か ら 他 地区 よ り 奉公 に 来 て い て 、 明治末期 に 転 籍 の 後、 独立 し て 家 を構 え 、 ム ラ 入 り し て同等 の 付 き あ い を 重 ね て い る 。 現在 四 代 目と代 も重 ね て い る の だ が 、 い ま でも他所か ら の 転 入 戸 と 言 わ れ る こ と も あ る よ う だ 。 そ し て 、 実質 的 に は 、 宮座 の 当屋を勤め終え て こ そ 、 ム ラ 入 りが完 成す る と 言h え る 。 さ て 、 三 五 戸が 宇山組九戸 ・東里組九戸 ・南 里組九戸 ・前田 組八戸 の 四 組 に 分 れ て い る 。 昭和 二 七 年 に は 宇 山 組 一 四 戸 ・東 里組九戸 ・南里組九戸 -前 田組 一O戸 で あ り 、 そ れ 以降現在ま で の 聞 に 、 宇山組 で転出 ・絶 家七八
戸 お よ び新 分家 の 組 入 り 二 戸 、 前田組 よ り 転 出 二 戸 の 移 動 が あ る 。 組問 の 所属変更 は な い 。 こ の 四 組 は 近 隣 組 で も あ り 、丹生神社 の 神事組 で も あ る 。 近隣組 と し て 区長 の 下 に 統 合さ れ 、 神事 組と し て 宮 座組織 に 統 合 さ れ て い る 。 そ し て 各組 で講をす る の で 、こ の 組 は ま た 講 組 で あ る と 言 え る 。 組が 単位 と な っ て 様 々 な機 能を し て い る の で あ る 。 先ず組分け原 則 か ら 触 れ る と 、 元来 は 宮座神事 組と し て 小 字毎 の 地 域割 で あ っ た と い い 、 東里座 ・南 里 座 な ど と 称 し て ま と ま り 、た と え ば 大 般 若 の お っ と め や 心経会な ど も そ の グ ル ー プ を単位 と し て 行 わ れ た と い う 。 そ れ は 現在 の 組 名が 小字 名 に 由 来 し て い る こ と 、 そ し て 大 半 の 家 が 本 来 の 小字に 家を構え て い る こ と 、 組 毎 に 講 と 称 し 定 期的 に 会 食し て い る こ と か らも窺わ れ る 。 戦前 の 組 分 け の 歴史的経過 は 記 録文書が 見 ら れ な い の で不明だ が 、 昭和 一 O年 に 肥 後 和男 「西座 ・中 座 ・川 座 ・諸人頭組」 の 四 集 博士が調査さ れ た も の を 見 て も 、 団 で あ っ た こ と が 知 ら れ る 。 我 々 の 調 べ で は そ の 座 名が 出 て 来 な か っ た の で 、 現在 の ど の 組 と 関 連す る の か 不 明 で あ る 。 「諸人頭組 」と は 、 四 組 (座) の 中 で諸人頭 (宮座 組織 の 章 を参照) を出 し て い る 組 を指すも の と 解さ れ る 。 い ず れ に せ よ 、 そ の 当時 の 組 構成を伝え る 手 掛 り は 得 ら れ て い な い 。 そ の 後 の 状 況変化 に よ り 、 地 区 (下丹生) 内転居 の 場合 は組 替 え し な い 、 組相互 間 の 戸 数均衡を で き る だ け 維持す る と い う原 則 に 変 わ っ て き て い る の は 明 ら か で あ る 。 p-hvp F、ナJキ/
そう い う地域割を第 一 に す る 原 則が 、 そ れ は 、 家 の 所 在字名 と所 属組 名 の 一致 し な い 玉 例 、 お よ び 本 分家 と 組 と の 関 係 に よ く 表 わ れ て い る 。 ま ず 宇 名l 組名不 一致 例を見る と 、 世帯番 号 9 ・2 ・ ぉ ・ お ・幻 (図3参 照) が そ れ に該 当す る 。 た と え ば お は 、 {子 前田 に位 置し 、 南里組に 属 し て い る 。 こ の 場合 は 一O年 ほ ど 前に県 外 へ 転出 し た 者 (元 前田組) の 残 し た 家 屋 を買 っ て 引越 し た こ と が 分 か っ て お り 、 地区 内転 居 の 例 で あ る 。 転居と は 言 え 、 道路 の すぐ 向側が 自ら属する 組 で あ り 、 組内 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン に 支障を 来すも の で は な い 。 不 一致 事 由は不明 だ が 、 9 ・2 ・m も 同様 の 位 置関 係 に あ り 、 さ ほ ど 問題に は な ら な い 。 異例 な の は お で 、 ポ ツ ン と 一 戸 だ け離れ て 位 置 し て い る 。 こ れ は 新 分家 の 一 例 で あ る 。 犯 は 、 お の 分家 で あ っ た A (字宇山 に住み、 元宇山組 員 だ っ た ) が 数 年前絶家 し た の で 、そ の 跡 を 継 ぐ形 で 再 び お よ り (他出 し て い た 者が 戻 っ て) 分出 し 、 家 は便 利 の 良 い 現 在地 (こ こ も 転出跡 地 だ っ た )に 定 め た も の で あ る 。 組 の 欠 員を新 分家 で補充し 、 組 相互 間 の 戸数均 衡を 保 つ よ う に し た 例 で あ る 。 続 い て 本 分家 と 組 の 関 係を見ょう。 下丹 生 で の 本 分家関係 は こ こ で の 分 析上、 一ニ つ に 分けら れ る 。 すな わ ち そ の 関 係 の 成 立 が 古 く て 具 体的 に 何 故 本分家な の か 不 明な場 合 (七 例)、 分出経過 の 明 ら か な場 合 (五 例)、 養子 と し て の 出 先を分 家 と 称 す る 場 合 (一ニ例) で あ る 。 そ れ ぞ れ の 場 合 に つ い て 、 本家 の 所 属組 と 、 分家 の 組 の 一致 す る 数 は 、 各 一 で あ る に す ぎ な い 。 前述 の 詑 と 並 ぶ 近 年 の 新分家却 を 見 る と 、 昭和三 九年 に 東 里組四 か ら 一一 一ニ 才 で 分家、 し ば ら く 仕事 に専 念 し 、 昭和四 四 年 に 区 ・組入 り し て 宇 山組員 五 四 年 正 月 に 無 事当家 の勤め を果た し 終 え て い る 。 以上 の よ う に 組分け に お い て は 本 分家 の 関 係は重複せ ず、 現在 で も か つ て の 地 域 割が そ の 基 礎 に あ る と 言 え る 。 と な り 、 と こ ろ で そ の 組 分け原則 の 変 化 が 何 に 対 応 し て 起 き た 現 象か と 言 え ば 、 一 つ に は ム ラ 内 一 つ に は ム ラ 外部 の 町村合併や税 制変佑 へ の 対応 で あ り 、 部 で の 一種 の 平 等主 義 の 表 わ れ で あ る と 思 わ れ る 。 外的な行 政制度 の 変 伯
宮座
の
社会人類
学的調査
同V
か ら ム ラ共 有財 産を守 る た め 、 下丹生 で は 先手を 打 っ て か つ て の 共 有林を 下丹生出 身者が 神職資 格を取 得 し て 、 丹生神 社神主 を勤め る よ う に し 、 社有 林 の 運 用は組に 下 し て い る 。 組は そ の 地上権を 共 有 し 、 社有 林 に 改 め 、 ま た 組行 事 に 要 す る 経 費 の 会 計 ・動産を個別 に 持 つ よ う に な っ た 。 そ の た め 地 区 内転居 を し て も そ の 保 有権利関係 は 動 か さ な い 原 則が 立 つ よ う に な っ た 。 一方 、 官 座 の 当 家 の 経 済的負 担を軽 減 し 、 ど の イ エ でも勤め う る よ う に 、 当家 の 手 伝 い を 親類 か ら 組 で行なう よ う 改め た (宮座 組織 の 章 を参 臨む こ と で 、 組 の 戸 数 に 差 を出 さ な い 均衡原則 が 立 っ た の で あ る 。 組 の 結 合 は 、 様 々 な面 で固 め ら れ て い る 。 定期 的 に 当 番 の 宿 に 集 ま っ て す る 講 、 そ の 時 に 会 食 が あ り 、 時に は 組 会議 と も な る 。 山 の 下草 刈 り ・簡 易水道井戸 さ ら え ・そ の 他 の 共 同作 業 は 区 全体に関わ る が 、 組単位 で組 織 さ れ 、 そ の 際 の 連 絡や お茶 の 世 話役 と し て 、 組内家並 順 の 一年交替 で組 世 話ま た は 組 庄屋と称 す る 奉 仕的役割 が あ る 。 そ れ と は 別 に 政 治 ・行政的面 で組 議員 (区 総会時 に 選 出) が 、 各組 の 意見を代弁す る 。 葬 式 ・結 婚式 は 親類中 心 で 、 組 は 関 与 し な い が 、 ト ナ リ と し て 手 伝う こ と が あ る 。 区全体 の 役 割 と し て 、 区長 ・肝 煎 ・夜警 ・氏 子 総代な ど が あ る 。 区長は 任期 一年 、 区総会 で 選 出さ れ 、 再任 の 例 は な い 。 そ の 仕 事は多 忙 で 、 組議 員と 月 一i 一一回 集会所 で 会 議を し 、 諸問 題を協 議す る 。 共同作業時 に は 組 世話 を ま と め て 連 絡を取 る 。 実行組合長 を兼 任 し 、 肥 料 ・種 の 注 文を ま と め 、 農業構 造改善 の 調 整 に 当 た る 。 オ コ ナ イ の 折 に は組庄屋を 介し て 各 戸 よ り 米を集め 、 ま た 餅を 配 る 指 揮を取り つ つ 、 儀礼 の ほ と ん ど に 参席 し て 規約通 り行 わ れ て い る か の 守 り 番をす る 。 そ し て 外 部 に 対 し て 区を代 表す る 。 こ の 区 長 の 手 伝 い と し て 肝 煎が あ り 、 木製 の 肝 煎札 に記さ れ た 順 に 、一
三
九
宮座
の
社会人類学的調査
V 一 日 交替 で当た り、 朝 区長 宅 に 行 き そ の 日 の 仕 事を尋ね る 。 夜警 は 、 雨 の 降ら な い 晩 一O時に 約 一 メ ー ト ル の 鉄 棒を引きず っ て 村を歩き回 る 火 の 用 心 の 見 回 り で あ り 、そ の 鉄 棒に ひ も で結び付 け ら れ た 木 製札 に 「自身順番」 が 明 記 さ れ て お り 、 そ の 順 に 当 た る 。 遠く の 家 に 引 継ぐ よ う な 順番 と な っ て い る 。 こ の よ う に 区 全 体 の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 回路は い く つ も あ り 、 そ の 上 集会所 (写 真 5 ) に は 下 丹生各 戸 に 通 ず る 有 線放送設備 が あ る 。 氏 子総 代 は 組 に 関 係なく区 全体 か ら 四 人選 出 さ れ て い る が 、 宮座組 織お よ び 儀礼 に は 関与 し て い な い 。 、 {ゑ 族 親 B矢 ィ 、 家 族 下丹生 は昭和五 二 年 八月 現在、 三 五 世帯 で あ り 、 平均家族 員数 は 、 四 二 九 人 で あ る 。 家族規 模 は 、 三 人 、 四 人 、 六人世帯 で全体 の 七 一 ・ 四 % を 占め て い る (表 2 参照) 。 家族構成 は 、 「核家族世帯」 二 O (五 七 ・ 一% )、 「直系家族世帯」 一 玉 (四 二 ・八 %) と な っ て お り 、 六 五 歳 以上 の 家 族 の い る 世 帯 は 、 一 七 世帯 (四 八 ・六 % ) で あるが
、 そ の うち 一 三 世 帯が
「直系家族世帯 」 の な か で 暮 して
お り 、 四 世 帯が 「核家族世帯」 の な か で暮し て い る (表 3 参照) 。 次 に 世 代累積 の 状 況を み る と 、 二 世 代が 一九 世 帯 (五 回 ・一二 )、 世 代 が 一 三 世 帯 (三 七 ・ 一 % )、 一世 代が 二 世 帯 (五 ・ 七 % )、 四 世 代が 一世 帯 (二 ・九 %) と な っ て い る 。 家族構成 と同居 世代 数と の 関 連を み る と 、 二 世 代 「核家族世帯」 が 一九 世帯 (五 四 ・三 % )、 三 世 代 「直系家族世帯」 が 一 三 世 帯 (三 七 ・ 一% )、 一四 O世 帯 数 (%)
一世 代 「核家族世帯」 が 二 世家族員数別世帯数
家族員数
|
(100. 0) (0. 0) (8. 6) (20. 0) (22. 9) (14. 3) (28. 5) (5. 7) 帯 (五 ・七 % )、 四 世 代 「直 系家族世帯」 が 一世 帯 ( 35 。 3 7 8 5 10 2 九%) と な っ て い る (表 4 参 昭小 )。 計 表 2 2 3 4 1 5 6 7 婚姻に つ い て み る と 、 現住 の 完 全夫婦 三三
組の
うち部 落 内婚が 二 一組 合 二六 ・四 % ) で か な り 顕著 で あ る こ と か ら ム ラ内 の 家 格差 が 少 い と 、 一応 考え て よ か ろ う 。 次 に 、 現在 の 世 帯主 の 続 柄 を み る と 、 長男 一 八 人、 二 男 二 人 、 四 男 三 人 、 養子 三 人 、 笠養子 一ニ 人 、 妻 四 人 と な っ て い る 。 さ ら に 続 柄構成 を み る と 、 傍系血族 が 三 例 あ る が 、 そ れ を 検討 し て み る 。 一例 は未婚 の 単 身者で
あ る た め 結 婚後 は イ エ を 出 て い く も の と 考 え ら れ 、 他 の 二 例 の うち 一例 は 七 七 才 で あ り 、 もう
一例 も 玉 一才 で あ る 。 両方 と も 単 身者 で あ るから
終身同 居 す る も の と 思 わ れ る 。 し た が っ て 、 こ れ ら は 傍系血族を含 むが 家族構成 は 直系家族 と考え て よ か ろ う (表 5 参 照) 。 こ の よ う に 下 丹生 にお
い ては
、 長 男がイ
エ を 継承 し て い くも の と さ れ て い る 。 他方 、 次子以下 に つ い て は 高校や
大学を
出 ると
ム ラ 外 に 出 る の が 通 例 で あ り 、 ム ラ 内 に 分 家す
る も の は き わ めて
少数 で あ る 。 下丹生 の 家 族 の 世 代継承 の 特 徴と し て は 、 ① 長男が 結婚す る 時 点 で 親夫 婦が隠居屋 へ 移 り住 む が 、 生 活 は 分 離 し な い こ と 。 ②父親 の 死 亡 し た 時 点 で 長男が 家屋 敷 ・田 畑 など
を単独 で相 続をす る こ とが
指摘 で き よ う 。 次 に 、 隠居慣行 の 実 態 を 検討 し て みよ
う。 下丹生 の 隠居 慣行 の 特 徴を概成
核 家 族 世 帯
l
単 独 そ の他
総 数 夫 婦の
小 計と
と
世 帯
の み 子 供 子 供 世 帯
35 20 2 14 4 15 総数
10o. 0 57. 1 5. 7 40 0 1 1 . 4 42. 8 100. 0 100. 0 100. 0 100. 0 100. 0 100. 0 う ち65歳
以上の
17 4 2 2 13親族の い る 世帯
100. 0 23 . 5 1 1 . 7 1 1 . 7 76. 5(高年齢者世帯)
48 . 6 20. 0 14. 3 50 0 86. 7構
族
�
記事Z 表 3 f、、 \ノ 観す る と 、 ( 一) 隠 居屋 (棟) に つ い て は 対象世帯 一 四 の う ち隠居 屋 の な い の は 二 世 帯 の み で あ る 。 隠居屋は す べ て が 「母屋」 に 隣 接 し て お り 、 い わ ば 同 一屋 敷 内 別 棟 で あ る 。 た だ 、 下丹生 で は 昔 か ら 「隠 居屋 を 母 屋 よ りも地理 的 に 高 い 場 所 に 建 て る こ と は 鬼門」 と さ れ て い る こ と か ら 、 母 屋 に 適 当な空 地 が な い 場 合 に は 、 や む なく母屋に 隣接 し た 別屋 敷 に 隠 居屋 を 建 て た 例も あ る 。 さ ら に 、 老親が 病気 の た め 動 く こ と が で き な い か ら 、 別 棟 の 隠居屋 と 母 屋を 構造的 に つ な 内 、 ら い 別、 は だ 棟、 例 例 が 外 も 一 的 あ 般 明 る的 \. が 玄手、 、 で の あ っ 現 る て 時 点 向、 で 一、 は 屋、 こ 敷、 れ 隠居時 期 は 、 長男 の 結 婚 と 同 時に親 が 次 子以下を伴 っ て 隠居屋 へ 移 る 親 別居 の 形 態を と っ て い る 。 し た が っ て 、 長男夫婦 と親 は 同 一 住 居 (母屋) で寝 泊を し な い の が 一般的な慣 行 で あ る 。 例外 と し て 、 隠居屋を 欠く た め に 、 長男夫婦 が結婚 後も親 夫婦 と 同 居 し て い た 例 が あ る が 、 こ れ宮座
の
社会人類
学的
調
査
は結婚 後 三 年 目に隠 居屋を新 築し て 別 居 し た 。 下丹生 で は 昔 か ら隠居 慣行 V同居世代数 と 家族構成
数
!
宮
家
警
i
単独世帯
|
主
の他
言
総数
35 (100. 0) 21 (60. 0) o (0. 0) 14(40. 0)一世代
2 (5. 7) 2 (5. 7) o (0. 0) 0 (0. 0)二世代
19 (54 3) 19(54. 3) o (0. 0) o (0. 0)三世代
13 (37. 1) o (0. 0) o (0. 0) 13(37. 1) (2. 9)回世代
1 o (0. 0) o (0. 0) 1 (2. 9)I
が 存 在 す る が 、 家族周期 の 段 階に よ っ て は 、 隠居屋が 老朽化し て い る 場 合が 出 て く る 。 そ の 場 合、 長男 が 結婚す る 前 に 、 隠居屋を修理 あ る い は 新築を し て 隠 居 に そ な え て の 準 備 を し て お く の が 通 例 で あ る 。 な お 家 族周期 の 段 階 に よ っ て 隠 居が い な い 場 合 が 出 て く る が 、 そ の 場 合は隠 居屋を子供 の 勉 強部 屋と か 物 置と し て利用し て い る 。 /戸、 'J 隠居 の 内 容 で あ る が 、 下丹生 の 隠 居慣行 は 世帯分離型 の 隠 居 で は な く、 隠居 ・母 屋 の 複 合世帯型 で あ る 。 57. 1) 28 . 6) 28 . 6) 母 例 え ば 、 住居 は 別 に す る が 、 表 4続 柄 構 成
配
2 ( 食事(台所) ・生 計 は 共 に す る の が 普 通 で あ る 。 し た が つ 35 (1000. 0) 30 ( 857. 1) 71 (2028. 6) 57. 1) 5 ( 142. 9) 11 ( 314. 3) 弟 妹 て 、 隠居屋 に は台所を設 置 し な い の が 通 例 で あ る 。 父 相続も長男 が単 独 で家 屋敷 2 (兄
姉
祖
-田 畑を は じ め と し て 、 財産 主者
子の配偶者
母 -位 牌 な ど 一切 の 先 祖伝 来 の 「家」 の 象 徴を受け つ ぐ の で あ り 、 次子以下 表 5 {隠子
帯
孫世
は フ ォ ー マ ル に は財 産を放 棄 し 、 部 落内 に 分 家 す る の で は な く 他出 す る の で あ る 。 さ て 、 長男 の 結婚時 に親 が 隠 居屋 に 移 り住むが 、 こ の 時 点 で財 産を長 男四
官座
の
社会人類学的調査
V に 譲 渡する の で は な く 、 父親 が 死 亡 し た 時 点 で 長 男に譲 渡 す る と い う 方式 で あ る 。 だ か ら 別 居 ・同 炊 ・同 計 の い わ ば 隠 居 ・母 屋 複合世帯を 形成す る の で あ る 。 隠居 と 母 屋 の 食 事を 別 に し て い る 例 も あ る が 、 こ れ は 老 親が 病 弱 で あ る た め 、 食事 の 内容を変 え ざ る を え な い こ と に よ る た め で あ り 、例 外的 で あ る 。 下丹生 で は 明 治期以前 か ら 隠居 ・母 屋 複合世帯が 形 成さ れ て お り 、 隠居 と 母 屋 の 世帯を完 全 に 分 離 し 別 居 ・別 炊 ・別 計に す る こ と は イ エ の 恥辱と さ れ て い る 。 あ る イ ン フ ォ l マ ン ト に よ れ ば 、 「嫁と姑 の 仲 が ど の よ う に 悪 く て も別炊 ・別 計 に は し な い の が 下丹生 の 慣 行 で あ る 」 と い フ 。 下丹 生 に お い て は 、 原則 と し て イ エ を代 表 す る も の は 世 帯主 一名 の み で あ り 、 臨居 ・母 屋 複合 世帯は 一 つ の 家 族と み な さ れ 、 ム ラ の 交 際 に お い て 隠居は 一戸前 と は み な さ れ な い 。 (四 ) 老親 の 地 位 に つ い て も う 少 し 立 入 る と親 は 長 男 の 結婚後 に 名 目 上 は 隠 居生活 に 入 る の で あ る が 、 実質 的 に は隠 居後 も か な り の 家 長権を保持 し て い る 。 た と え ば 、 法事 な ど の イ エ の 行 事お よ び 財 産 に 関 す る 事 柄 は ほ と ん ど 老 親に相 談し て い る の で あ り 、 親が健 在中 に 長男 が イ エ の 諸 事 を勝 手 に 取 り行 う こ と は な い 。 さ ら に 、 イ エ 同 士 の つ き あ い に つ い て も長 男 の 代理 と し て で は あ る 、が 、 隠居が出 て い く場合 が 多 い 。 た だ 、 長男 の 結 婚時 の 年 令が 三 O才前 後 で あ る か ら 、 隠居 の 初期 で は 老 親 が か な り の 権 限を持 つ が 、 長男 の 年 令が高くな る に つ れ て 漸 次長男 に 権 限が移譲さ れ る の で あ る 。 な お 、 隠居 の 身 で ム ラ の 役 職 に 付 い て い る も の は い な い が 、 町 レ ベ ル の 役 職 に 付 い て い る も の は い る 。 隠居す る こ と に よ っ て 老 親 の イ エ で の 地位あ る い は ム ラ で の 地 位が薄れ四
る の で は な く 、 イ ン フ ォ ー マ ル に は か な り の 地 位を占 め て い る の が 実状 で あ る 。 (五 〉 隠居慣行 に 対 す る ム ラ 人 の 意 識 は 、 隠居慣行を い ま でも尊 重 す る と い う意 識が支配 的 で あ る 。 現在 で も 隠居屋が 修理あ る い は新 築 さ れ て い る の は か か る 意識 の 現 わ れ で あ り 、 だ か ら こ そ 「嫁と姑 の 仲 が う ま く い く 」 と い う 芦さ え 聞 か れ る の で あ る 。 ム ラ 人 は 進 ん で隠 居慣行 を尊重 し て お り 、 わ れ わ れ の 調 査時 に お い て も 、 隠居慣 行を否定す る意見は全く聞か れ な か っ た 。 下丹生 の 隠居慣 行は単に 「慣行」 と し て で は な く、 現在 の 生活機 能 の 重 要な要 素と な っ て い る と い え る 。 以上が 隠居慣行 の 実 態 で あ る が 、 こ こ で隠 居慣行 が宮 座組織と ど の よ う に 関 わ っ て い る か を 少 し 検 討 し て み よ う 。 親 の 隠 居時 期と長 男 の 宮座組 織 へ の 加 入時期に つ い て は 、 現世帯主 の 結 婚年令 の 平 均 は 二 八 ・ 三 才 で あ り 、 宮座組織 へ の 加 入年令 (諾頭入 り) が 二 O 才頃 で あ る か ら 、 三 二 才 前 後 で 宮 座成員 〈諸 頭衆) を脱退 す る わ け で あ る 。 と こ ろ が 、 三 二 才 前後 で は ま だ 老 親 が か な り の 家 長権を 有 し て い る た め 、 宮 座成員脱退後も ム ラ で の 地 位 は 確固た る も の に な り が た い 。 し か し 、 前世帯主 の 時 代 ( 一応 、 終 戦前後 と 考 え て よ い ) に は 、 様相 が異 な る の で あ る 。 例 え ば 、 前世帯主 の 結婚年 令 の 平均 は 一三 ・六 才 で あ り 、 宮座組織 へ の 加入年令 が コ二 才頃 で あ る か ら 、 四 三 才 前後 で彼は宮 座成員を 脱退し て い た わ け で あ る 。 し た が っ て 、 前世帯主 の 頃 に は 、 老親が 家長権を長男 に 譲 渡 し て い く 頃 に 宮座成 員を脱 退 し た の で あ り 、 脱退 時 の 彼 の ム ラ で の 地 位も確固 た る も の と な っ て い た の で あ る 。 こ の よ う に 隠居慣行 と官座 組織が 密接 に 関 連 し て い た と考 え ら れ る 。 要約 す れ ば 、 前世帯 主 の 頃 に お い て は 、 親 の 隠 居と ほぼ 同 時 に 長 男は 宮座組 織 に 加 入 し 、 彼が脱退す る 時 に は 家 長権は ほ と ん ど譲 渡さ れ 、 ム ラ で の 社 会的地位が確立 さ れ 、 老親 は 実質的な隠居生 活 に 入 っ て い た こ と に な る 。 以上 の よ う な メ カ ニ ズ ム が 崩壊 し た こ と に つ い て は 、 さ ら に 後 述す る 。 ロ 、 親 族 こ の ム ラ の 親族は 、 自己中 心 的 に 組 織化さ れ た 親 類 と 、 共通 の 祖 先を基 軸に し て 組 織化さ れ た 祖 先中心 的な親 族 で あ る 本 ・分家関 係と で構 成さ れ て い る 。 さ ら に 、 諸儀 礼お よ び 行 事 へ の 関 与 面 か ら親類 の 内 部構 成 を み る と 、 親 類関係 に あ る 家 の 家族成員 を 、 付全員呼ぶ親 類、 口 二 人 だ け 呼ぶ親 類、 日 一 人 だ け 呼 ぶ親類、 と に 序列化 で き 、 と く に 、 家族成員 全員 を呼ぶ親 類 の こ と を 「オ モ シ ン ル イ」 と よ ん で い る 。 「オ モ シ ン ル イ 」 は 、 本 ・分 家、 世帯主 の 兄弟姉妹、 従兄弟姉妹、 妻、 母 の 実 家、 妻 表 6 rオ モ シ ンfレイ j に含ま れ る
親族の種類 と 頻度
本家 ・ 分家
11世帯主の子
2世帯主の兄弟姉妹
12世帯主の従兄弟姉妹
11世帯主の再従兄弟姉妹
4世帯主の妻の実家
8世帯主の母の実家
10世帯主の妻の兄弟姉妹
6世帯主の妻の従兄弟姉妹
1世帯主の妻の再従兄弟姉妹
5総
数
70官座
の
社会人類学的調査
V の 兄 弟姉妹を 中 心 に し て 「 ハ ト コ 」 の 範囲ま で ひ ろ が っ て い る (表 6 参 照)。 こ れ を地域 的 に み る と 、 部落内 に 集 中的 に 分 布 し て い る 。 ま た 、 こ の 親 類 は 、 「ア イ ヤ ケ (棺明) 」 (結婚 式 に お い て 夫 方と妻 方と が 「シ ン ル イ ナ リ 」 の 杯 を か わ す 犠礼) に 関与 す る 家 々 を範 囲 と す る も の で 、 現世帯主 の 「オ モ シ ン ル イ 」 は 、 息子 の 結 婚を契 機に し て 解 消 し (そ の ま ま 継 続する親 類 も あ る )、 新世帯主 と な っ た 息子 の も と で 、 新た な る 「オ モ シ ン ル イ 」 が締 結さ れ る こ と に な る の で あ る 。 従 っ て 、 息子 夫婦 の 結 婚 式 に お い て と り お こ な わ れ る 「ア イ ヤ ケ 」 は 、 「オ モ シ ン ル イ 」 の 世 代的交替を 「天 下 に 披 露す る 」 と い う 意味 も も っ て い る の で あ る 。 と こ ろ で 、 「オ モ シ ン ル イ 」 は 、 か つ て は 、 注 6 で触 れ て い る 同 じ 伊 香 郡 の 西浅井町集 福寺 の 場 合 の よ う に 「オ コ ナ イ 」 の 際 に 、 重要な役 割を担ヤマシ〈7)
っ て い た が 、 現在 で は 、 葬儀 の 際 の 「山仕」 が 主 要な任 務 の 一 つ と な っ て い る 。 し か し 、 こ の 「山仕 」 も 男性 で あ る 父 な い し 夫 の 死 亡 と 女 性 で あ る 母 な い し 妻 の 死 亡 と で 関 与 す る 「オ モ シ ン ル イ 」 が 違 っ て く る 。 す な わ ち 、 男性 の 側 の 死 亡 の 場 合 に は 「オ モ シ ン ル イ 」 の う ち の 父 方な い し 夫 方 の 血 族と本家が、 女性 の 場 合 に は母方な い し 妻 方 の 血族と本 家 と が 、 そ れ ぞ れ こ の 役 割を果た す こ と に な る 。 従 っ て 、 「オ モ シ ン ル イ 」 は 、 必然に 父 方、 夫 方 と 母 方、 妻方双 方 に ひ ろ が っ て い く こ と に な る (図 4 、 図 5 参 照)。 ま た 、 本 ・分家関係 は 、 超世代的 に 連 続 す る も の で あ る が 本 ・分家間 で の 特 別な参 集 の 機 会は な い よ う で あ る 。 「オ モ シ ン ル イ 」 に は 本 ・分家も含 ま れ て い る が 、 諸儀 礼お よ び 行事 の 際 の 座 順 を み る と 、 世帯主 の 兄弟姉妹等 の 「オ モ シ ン ル イ 」 の つ ぎ に 本 家、 そ の つ ぎ に 世 帯主 の 妻 な い し 母 側 の 「オ モ シ ン ル イ 」 が 座 る の が 一般 、四
I n I
:二t; h
ム o tfàtfà
0 = Âtfà 一円 〔hU
宮座 の 社会人類学的調査 「オ コ ナ イ 」 参集者か ら み た親族関係 (昭和 19 年)竹1
V � A 企 「オ モ シ γ ノレ イ 」ム
・ン ン ル イ 法事参集者か ら み た親族関係 (昭和 49 年) 注〉 図 5日=口寸
払
ム
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ム||寸|ム
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一 四 四ム
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Â= O4=0 / 企 干 o loそ企 ム
16 ( の 家族ー
パ
ム 「オ モ シ γノレ イ 」 シ ン ノレ イ 4 金h 注〉的な よ う で あ る 。 以上 の こ と か ら 、 こ の ム ラ の 親族構成 の 特 徴点を 示 せ ば 、 付 双 系的、 序 列的 お よ び 部 落内累積的性格、 同 世帯主中 心的な関 係 の 重 視、 同祖 先中心 的 な親族関係 に 対 し て 、 自己中心的 な親族 関係 の 優 位性、 と い っ た 諸点を 指摘す る こ と が で き る 。 こ れ ら の 諸 点 は 、 隠居制 (世 代別 ・別居制) お よ び 部落 内婚的婚姻 形態 の 存 在と関 連 し て い る よ う に 思 わ れ る 。 四 、 宮 座 織 組 下丹生 の 宮座組織
リ
オ コ ナ イ 組 織 は 三 五 戸全 戸 に 聞 か れ た 村 座制を と っ て い る 。 すな わ ち 三 五 戸 は 等 し く下丹生 ・ 丹生神 社 (祭神丹生津媛、 写真 2 ・ 3 11 北 隣 の 上丹生 に も 同 名 の 丹 生神社 が あ る が 、 両社 の 関係 に は 諸 説が あ っ て 、 ど れ が 正 し い か は 不詳、 い ま は こ の 問 題 に 触 れ な い で お く 。 と に か く 両社 は そ れ ぞ れ 別 個 で あ る J 後述 の モ ロ ト 衆 成 の 氏 子 と し て 、 員 と な る 資 格を 持ち、 一 定 の 条 件下 で当家を勤め る 順 番を得 る 。 か つ て 戸 数 の 多 か っ た 時 代 に 株 座 で あ っ た か 否 か が問題と な る が 、 株座制 の 先 行を 窺わ せ る 資 料 は 得 て お ら ず 、 古く か ら 村座だ っ た よ う で あ る 。 こ の 三 五 戸 は 氏 子 と し て 一 体 で あ る 一 方 、 仏 教 〈曹洞宗西蓮寺 、無 住、 写 真 2 参 照) 二 三 戸、 天理 教 一 一 一戸、 神職 二戸と い う よ う に 、 家 の 宗教別 に 分けら れ る 。 天理教は 明治初 期 よ り普 及 し て 、 現在 で は 榎 家グ ル ー プ と 天 理教 グ ル ー プ に 二 分 し て い る 〈神職 一 戸 は い ず れ の 集 会 に も 出 る ) が 、 そ れ に も拘らず 全 戸 が オ コ ナ イ の 神 事儀礼 を伝え て い る 。 し た が っ て 丹生神 社は村 鎮守 と し て ム ラ 共 同 体 の 中 心 で あ り 、 そ の 儀 礼組織 を宮座と い う 学 宮座 の 社会人類 学的調査 V 術用 語 で 示 す の は 妥 当 で あ ろ う 。 明治以降 の こ の こ 分 グ ル ー プ は オ コ ナ イ 儀 礼 の ど の 場面 に も 全 く 表 わ れ て こ な い の で 、 宮座U
オ コ ナイ
の 組 織 で は 何 の 意 味も有し て い な い と 考 え て よ い 。 ま た 宮 座組 織 に し ば し ば 見 ら れ る 双 分組織も 下 丹生 で は 見 ら れ な い 。 官座組織 の 構 成 は 、 神主 ・ 別 当 ・区 長 の 各 一 名ず っ と 、 定員 一 一 一名 の モ ロ ト 組( モ ロ ト 衆 )が 主 で 、 そ の 他 に指頭 ( モ ロ ト完了者) ・受 頭 ( モ ロ ト 頭 H 一 一 一年次) の 両 当家 の 家 族と組 の 者 、 四 組 の 組 庄 屋 な ど が補 助的 な 役 割前を分担す る 。 神主 ・別 当 ・区 長 ・ モ ロ ト 組 は 宮 座 に 関 す る 事 項を協 議すモロト
オコウ
る 諸 頭御 講 〈 一 月 一 一 日 に 別 当堂 で行 わ れ る 、 写真 4 参 照) の 構 成員 で あ り 、 両当家 宅 で 賄 を 受け る 共 食メ
ン
バー
で あ る。
女性 と し て 当 家 の 妻 が 夫 に連れ 添う形 で 儀 礼 に 参 席す る 。 か つ て は 宮座成員 の 共 食 の 後 に 、 当家手 伝 い ・親 類 ・ 一 般 に 対 す る 当家 の 振舞 ( 精進上 げ ) が 盛 ん に 行 わ れ た が 、 倹約 佑 に よ り親類呼び ・ 一 般呼び は 廃 止 さ れ 、 組手 伝 い の 者 に 対 し て の 慰 労程 度に制限 さ れ て い る 。 宮座各成員 の 主 な 役 割と 選出方法 は 次 の 通 り で あ る 。 神主 は 専 職 で あ り 、 こ れ は 代 々 宮世 話 に 関 わ っ て い た イ エ が 、 明治以降 の 神 職制化 に伴な い そ の 資 格取 得 に 努 め 、 今 で は 他 社宮司 も兼 職 し て お り (長浜市 ・ 上 坂神 社)、 ム ラ の オ コ ナ イ に 他 所 か ら の 神 主 を 入 れ な い と い う 気 風を持し て い る 。 神主 の 役 割 は 、 日 常 は 宮 掃除 ・神 社有 ( ム ラ 共 有〉 財産 の 管 理 な ど で 、 オ コ ナ イ 時に は 神 (大頭様 と も オ カ ワ 様 と も い う ) と 宮 座員 ・ ム ラ 人 の 聞 に介 在 し 、 祝詞 ・御 抜 ・御幣作 り な ど を す る 。 昭和 三 0 年 代 に 神 主 の 勤 務(
銀 行員) 上 の 都合 等 で 数 年間、 他所 から
神主を代 理 に 迎 え て い た 時 期が あ る 。 神主と し て の 報 酬 は 年 間 六 千 円程 度 で 、 農地改革ま で は 三 畝 の一
四
五
宮座
の
社会人類
学的調査
V 神主田小 作 か ら 収 入を 得 て い た 。こ の 神 主 田 は 神 主給 料田 で あ り 、 神撰田 で は な か っ た 。 次 に 別 当 は 、 隠居格 (長老層) の 中 か ら 区長が 候補 者数名 を 選 び 、 神主 の 神 鎮 で 一 人 が 選 出 さ れ る 。 過去 二 O年余 の 記 録 に よ る と 、 玉 O t 六 O 代 の 者 が 選 ば れ て お り 、 一 J 三 年 間勤め る重任、 数年後 の 再 任 の 例 も 少 く な い 。 一 月 二 八 日 中 に 本 人 の 辞 意が出れば 、 そ の 日 の 内 に 後 任 者を定め る た め に 区 長が段 取 り を す る 。 そ の 選 定日 は モ ロ ト 成員 の 入 退 ・ 頭渡し の 完 了 し た数日 後 で あ る こ と が 注目さ れ る 。 別当 の 仕 事 は 、 丹生神 社境内 に あ る 阿 弥陀堂 (別当堂) の 護 持 ・ 神主代 理 な ど で 、 オ コ ナ イ 時に は 儀 礼 の 最高権威 者 と し て 、 別当堂 で の 頭 渡 し (掲 頭 か ら オ ト 上 げ さ れ た 大頭 の 前 で 、 一 四 日 深 夜 に 指頭夫婦 ・受頭夫婦 ・ 給人 H モ ロ ト 一 一 年 次と 別当 の み で 行 わ れ る 厳 粛 な 秘 儀 で あ る ) の 主 宰 を は じ め 、 儀礼過程 に 過 誤 が あ れ ば 最 終的な指示 を 下 す 。 別当 の 報 酬は年間三 千円程 で 、 土日 は 別 当田 が あ っ た 。 別当候 補 に 選 ば れ る に 際 し て 、 当家経験有 無 は 関 わ れ な い が 、 こ こ ニ O 年 の 別 当 は す べ て 当 家 経験者 で あ る 。 別当職 は 下 丹生 の 最 高位 の 役 で あ り 、 そ れ に 選 ば れ る と 誇 り を も っ て 当 た る と い う 。 こ の 別 当 職 に 祭 間長老制を窺 わ せ る も の が あ る と 言 え よ う 。 区長は前 述 の 様 に 二 月 の 区 総 会 で 引継ぎ を す る 。 過去 二 0 年間 に 区 長 に 選 ば れ た 人 の 年 齢 は 、 三 O 代 八 入、 四 O 代 八 人 、玉 O 代以上 回 人 と 概 ね 中年階層 (中老) で 、 別当 と モ ロ ト の 聞 の 年 齢層 の 者 が当た る 傾 向が あ り 、 こ と に 最 近 一 0年 聞は指 頭 後 一 ・ 二 年目 で 比較 的若 く し て 区 長 に な る例が大 半 で あ る 。 区長は 寄米 ・ 餅 配 り な ど を 通 し て (写真u l -3 参 照)、 宮座と ム ラ各戸と を仲 介す る と 共 に 、 オ コ ナ イ 倹約 の 申 し 合 せ 通 り に 、 料理 ・器具 な ど の 規 定が守 ら れ て い る か ど う か を 、 ム ラ 各戸 の 代 表 と し て 監 視す る 。 区長報酬 は年 間 数 万 円 と い一四六
ぅ。 こ の 神 主 ・ 別 当 ・ 区長 三 者 は オ コ ナ イ 時 に モ ロ ト 組 よ り上座を占め 、 ま た 組 毎 の 月 次御講 でも自 組内 で 上 座を占め る 。 官座行事 は オ コ ナ イ に 集 中 し て お り 、 そ し て オ コ ナ イ 儀礼 は モ ロ ト 組 の 成員異動 の 展 開が中 核 で あ る 。 先ず諸 頭御講 で新 モ ロ ト 員 の 承認、 当家以 外 の モ ロ ト で 都合 の 悪 い 者 の 代 理 (父 親 ・兄 弟 ・ 従兄 弟 な ど ) の 承 認、 オ コ ナ イ の 手 順打合 せ な ど が 主 題 で 、 必要が あ れ ば モ ロ ト 組 規約 改 正 を 行 な う (写真 m i l l 3 参 照 )。 な お 規 約改正 は 区 総会 で 追 認さ れ る 。 モ ロ ト 入 り の 資 格 は 、 当家未経 験 の 戸 主 な い し 相 続予定者 で あ り 、 そ の 内 か ら 最 年 長者が 選 ば れ る 。 新分 家 ・婿 養子 ・職 業 な ど の 関 係 で 、ム ラ 入 り (出戻り) し て 月 日 の 浅 い 場 合 で も年長 で あ れ ば 資 格を得 る 。 そ の 場合、 前年 入座者 よ り も年 長者 が そ の 下 位 に 新 入 り す る こ と が あ る 。 モ ロ ト 組内 で は 座 入 り 順 の 年 次序列が あ り 、 そ れ に よ り オ コ ナ イ の 役 割分 担 は 細 か く 分 か れ て い る 。 今 は 昔 ほ ど で は な い が 、 や は り 上 下 の 区 別 は 残 っ て い る 。 下位 の 者 がモチ
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オ ト 上げ オ ト 下げ の 時 に 餅担きを す る が 、 そ の 際は お お っ ぴ ら に 担 手 た ち の 意 志次第 で 時 間 を か け て ム ラ中 を 巡 り 、 宮座上位 者 た ち を 寒 い 室 内 に 正 座無言 の ま ま 待 た せ る こ と が で き る 。 あ ま り長時 間 に な る と 別 当 が 、 早く 来 る よ う に と 指 令を出す 。 通 常 モ ロ ト 入 り 一 一一年 目 に 受 頭 を し て 、 一 年 間 精進 し 、 そ の 後橋頭 を 果 し て モ ロ ト組を抜 け る 。 も し 中 退者 が あ っ た 場 合 は 同 時 に 複 数人が モ ロ ト 入 り し て 定 員を満た す。 そ の 際 は 生年月日 の 早 い 者が 上位と な る 。 職業 ・不浄 等 の 都 合 で オ コ ナ イ に 出 ら れ な い モ ロ ト は 代 理 を 立 て る 。 代理を出さ ず に 休 む こ と は 中 退を意 味 し 、 中退 し て 再 び モ ロ ト 入 り を 希望す る 者 は 一年 次 か ら や り 直し で あ る 。 受 頭をす る に は 条 件が あ り 、 妻帯 者 で あ る こ と が 絶 対必 要 で あ る 。 ま た 神を自 宅 に 迎 え る の で ある か ら 、 そ れ に ふ さ わ し く家屋 の 破損個 所を修理 し 、 と く に 神 を 把 る 床 の 間を潔め る こ と 、 さ ら に 餅 掃き儀 礼 の で き る 家 屋 に 改 築 ・新 築し て お く こ と は 当 然祝 さ れ る (写 真 8 参 照)。 過去 に 受 頭直 前 に 妻 を 亡 く し て 資格を 失 い 、 服喪中中退 し た 例が 数件あ り 、 当 家 の 経 済的負 担を敬 遠 し て 逃 げ出 し た 例 も 昔 は あ っ た と い う 。 近年 モ ロ ト 衆 全体 の 年 齢低下 に伴な い 、 モ ロ ト 上位 で未婚 で あ る 者 が珍ら し く な く な り 、 受頭を控え て 嫁 探 し に 真 剣 に な る 現 象が現 わ れ て い る と い う 。 未婚理 由 に よ る 資 格喪失 例 は ま だ 生 じ て い な い 。 今日就 業 環 境 の 変 化 に よ り 、 地区 外通勤 は も ち ろ ん 、 日 常 は 京 阪 神 の 大 都市 に 居 住し て 勤 務す る 例 が増え て い る が 、 正 月 の 半 月 に お よ ぶ こ の オ コ ナ イ の た め に 年 休をや り く り し て 必要日数だけ帰 っ て 来 て い る 現状 は 注 目 さ れ る 。 こ れ は 後継 者が結 婚 と 同 時 に 若 い 内 に 戸 主 に な る 慣 行 (隠 居制 ) と 関 連が あ る の で は な い か と も考 え ら れ る 。 宮座組織 の 変 遷 に つ い て は 、 戦前 の 資 料 が ほ と ん ど な い 。 確認し う る 大 き な 変 化 は 、
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い 組単位 に 改 め ら れ た こ と で あ る 。 組単 位 に よ る 最 初 の オ コ ナ イ が さ れ た 昭 和 ニ 八年を境 に し て 、 そ の 前後 の 時 代を 比 べ て み よ う。 昭和 ニ 七年以前 明治末年撮影 と推 測さ れ る 描頭 記念写真 (写真ロ 参照1U
、 慶 応元年生 の 当 主 と 明 治 一一 一一年 生 の そ の 息 子他が 写 っ て お り 、 撮影年代 の 推 定 に 大 き な誤差 が な け れ ば 、 当時 の 指 頭年 齢 は 四 O 代後 半 と 見 る こ と が で き る 。 聴 取資 料 か ら 再 構 成 し て 、 大正中 期お よ び 昭和 一 0年 代に 当家を し た と 推 定 さ れ る 人 々 の 、 当時 の 年 齢も 四 O代後 半 か ら 五 O 才 の 間 に あ っ た と 見 ら れ る 。 昭和 一 九年 で は 、 宮座成員は 次 の 通 り で 、 拍街頭は 四 五 才 で あ る 。 官座 の 社会人類学的調査 V 昭和 一 九年官座 成員 神主 湯本官 三 別当 湯本雄藤松 区長L→ミマ了
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t島 頭 三 国 直次 受頭 藤井庄治 国 勇 藤井丈 三 湯本 環 三 国 源吾 国歌治郎 貴野利 湯本善 一 今橋源 三 国 益造 山根勝治 湯本嘉鉦 六 一才 四 六 七 四 五 四 四 四 四 O 四 O 九 八 七 七 玉 四(
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こ の 年 の 別 当 は 前年 の 掃頭者ら し い 。 イ ン フ ォ l マ ン ト の 話 で は 、 昔 の 。 る 。 モロ ト 入 り年 齢 は 三 O才 前後 だ っ た と い う が 、 こ れ は右 の 場 合 と 一 致 す 一 月 二 八 日 に 二 八才 の 男女が 丹生神社 と 阿 弥陀 堂 に 参 拝 す る 「二 八 参 り 」 が あ る が 、 こ れ は 戦 前 で あ れ ば モ ロ ト 入 り を 控えた年 齢に相当し 、 米 婚男 女 に 結 婚を 促す意味も あ っ た の だ ろ う か 。 以上 の 例 か ら 、 明治 末 か ら 昭和 一 0年代頃 ま で モ ロ ト衆は中 老階梯 に 該 当す る と 言 え る 。 な お ま た 、 一 四 七宮座
の
社会人類学的
調査
V オ コ ナ イ 儀礼 は 全 体 的 に は 酒 量 の 制 限さ れ た 静 粛 な 儀 式 の 連 続 で あ る が 、 モ ロ ト 衆 に よ る 餅 掲 き ・ 餅 担 き ・ 七 五 三 縄 な い は な か な か 力 を 要 す る 仕 事 で あ り 実際 に 、 長老 で は体力 的 に 充 分 に っ と ま ら な い だ ろ う 。 当家を 四 O代後半 (中 老 ) で 勤 め る と い う こ と は 、 家族周 期 の 上 で長男 が ほ ぼ 十 分 に 成 長 し た 段 階 に 相 当 し 、 後継 者 の 見 通 し の つ く 頃 で あ る 。 こ う し た 段 階 に 家を修 繕 し 、 モ ロ ト 衆 に イ エ の 繁 栄を祝 わ れ ( 餅 指 唄 は夫婦 和合 と イ エ 繁盛 を讃 え て い る ) て 、 親類 の 手 伝 い を 得 て 祝 振 舞 い を し 、 数 年後長男 が結婚す る と 同 時 に 隠 居 を す る と い う 、 家族 の 生 活 周 期 に 密 着 し た 儀 礼 で も あ っ た と 解 さ れ る 。 昭和 一 八年 の 受 頭 で 、 ム ラ 内 か ら と 地 区内 外 の 親 類 か ら 祝 儀 二 九 円 、 翌 一 九年 の 掲 頭 で 祝 儀 一 一 一一 円 、 酒 ・ 料理材料 や 手 伝 い を 受 け て い る 。 な お 当 家 は 一 年間清浄 を 保 た ね ば な ら な い 、が 、 こ の 年 の 当 家 は 七 月 に 母 親 を 亡 く し て お り 、 床 の 間 に 記 っ て お く 「 オ コ ナ イ さ ん 」 を 忌 明 け (四 九 日 ) ま で 別 当堂 に 預 け て い た 。 若者 ・ 子供 に 関 し て は 昔 の 資 料が き わ め て 乏 し い 。 昭和 二 八年以降 オ コ ナ イ は イ エ の 慶 祝事 で あ る た め 、 派 手 に な り が ち で あ っ た 。経 済力 の 大 小 、 親類 の 多 少 で 毎 年 の 振 舞 い に 差 の 生 じ る こ と は 、 ム ラ の 統 一 を 保 つ 上 で 座 視 で き な い こ と と 考 え ら れ 、 大 正 初 頃 か ら 度 を 越 さ な い よ う 、 節 約 の 旨 が 繰 返 し 唱 え ら れ た 。 し か し 度 々 の 申 し 合 わ せ も 何 時 の 間 に か 空 文 化 し て 、 元 の 状 態 に 戻 る 有 様 だ っ た 。 そ れ が 敗戦後 の 経 済困窮 の 時 期 に 到 り 、 昭和 二 三 年 に 強 く 改 革 の 意 向 が 固 ま り 、 結局当家手伝 い を 親類 か ら 組 に 改 め る と い う オ コ ナ イ 組織 の 改革 に行き着き 、 昭和 二 八年 よ り 実 行 さ れ た 。 そ れ ま で に 、 手伝 い 慰労 に 呼 ぶ 範囲、 料理 ・ 茶 菓 子 内 容 、 座布 団 ・ 食四
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器類 な ど も 改 め ら れ て い た が 、 組単位 で当家手 伝 い を す る と い う組織変革 が さ れ て 、 現在 の オ コ ナ イ の 形 態 に 定 ま っ た 。 組単位 と い う 原則 の 実 行 は 厳 し く 、掛仏前
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い に 呼 ぶ こ と が 禁 じ ら れ て い る 。 ま た 改 革前 は ム ラ の 多 く の イ エ が 当 家 と 縁 続 き に な る た め 、 小 さ い 子 供 も 連 れ て 御 馳走 に 与 る 機 会 が あ っ た の が 、 改革後 は 掲 頭 ・ 受 頭 の 組 ( 四 組 の 内 の 二 組 か 一 組 ) の み が 祭 り 気 分を味 わ う程度 に な っ た 。 当 家 と ム ラ 各 戸 と の 関 わ り は 、 指 頭 宅 で の 餅 措 (写 真 9 ) 見物と ノ ウ タ リ (最 後 の 臼 で 措 い た 参 集 者 に 配 る 小 餅 ) 配布 に 与 る こ と 、 受頭 宅 で オ ト 割 り (鏡開き ) さ れ た 餅 を 組 庄 屋 を 通 じ て 受 取 る こ と 、 両当家 に 祝辞を 述 べ る こ と 位 に 変 わ っ た 。 最近 の 宮座 成 員 は 次 の 通 り で 、 戦前に 比 べ 当家年 齢 が 約 一 O 才低下 し 、 モ ロ ト 入 り 年齢 の 低 下 も 明 ら か で あ る 。 昭和 五 三 年 宮座成員 神主 湯 本 環 七 回 才 別 当 藤井義男 五 九 区 長 三 国 昌弘 七 J島 頭 三 田 正 義 五 受 頭 三 国 充夫一L
ノ、 二 年 次 藤井義一一
一 O 年次 今橋邦雄 四 九年次 藤井庄蔵 一一
一 八年次 国 与 志継九
七年次 藤井幸夫 二 人 六年次 滋 七 国 五 年 次 湯本博史 二 五 四 年 次 湯本辰彦 七 一一一 年 次 湯 本