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人々のための公共地――タイにおけるコミュニティー林の制度的基礎――

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人 々 の た め の 公 共 地

タ イ に お け る コ ミュ ニ テ ィ-林 の制 度 的 基 礎 *

佐 藤

仁 *

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Jim SATO * *

Literatureon common property managementhasincreased,particularlysincethelate 1980S.However,mostofthestudieshavefocusednarrowlyonthemechanicsofsustai n-ableresourceusewithin thecontextoH ocalorganizations,Withoutdueregardtothe institutionalfoundationsetbythegovernment.ThecaseofThailandshowst hatcommu-nallyusedlandshouldbeanalyzedinrelationto(1)nationallegalandpolicyframework overlands,and(2)agriculturallandentitlementsoffarmers. Thispaperoutlinesthe historicaldevelopmentofcompetitionoverforestlandsandidentifiesthepotentialfor communalforestusewithin thepresentadministrativeframeworkofthegovernment.

Althoughtheeconomicimportanceofforestresourcesshouldnotbedenied,agriculture stillremainsacentralsourceoflivelihoodevenforthosewholiveonforestlands.The capabilityoflocalvillagerstomanageaforest,theallegedtargetofdisputeinthedrafting ofnew CommunityForestryBill,cannotbeassessedproperlyunlesspeoplearegiventhe

productiveforestsincombinationwithlandtitles.

じ め

1996年 の 3月頃か らバ ンコクの強 い 日差 しの下 で, 東北地方 を中心 と した全国 21県か ら 1 万人以上 の農民 が国会議事堂前 に座 り込 みを続 けて いた。彼 らは 「貧民 の フォー ラム」 と呼 ば れ,半 ば 自然発生的 に タイ全土 か ら集 ま り,政府 に対 して各種 の訴 えを起 こしていたので ある。 1997年 の 3月現在 で, このデモ ンス トレー シ ョンを支援す る団体 が整理 した情報 によれば,農 民 と政府 の潜在的衝突地域 は全国で121件確認 され,その うちの約75% が土地,お よび森林 の 利 用をめ ぐる対 立で あ り, 約 12% が ダム建設 に関す るものであ るとい う [Samatcha Khon

*本稿で用 いた資料 の大部分 は筆者が 1995年 か ら1997年 にか けて カセサー ト大学Regi onalCommu-nity Forestry Training Center(RECOFTC)で研究員を勤 めてい る問 に収集 された。 その後, 1998年8月 に地球環境戦略研究所 (IGES)の研究 プ ロジェク トの一貫 と して補足調査 を行 うこと がで きた。 これ らの調査 を可能 に して くれた 日本学術振興会 とIGES森林保全 チームに感謝 したい。 **東京大学大学院新領域創成科学研究科 ;Graduate SchoolofFrontierSciences,University of

(2)

東 南 ア ジア研 究 37巻 1号 Chon

1

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9

7

]

この資料 は,国単位で見ればあ る程度 の工業化 と経済発展 を達成 して いるタイの 農村部 で,土地 の利用 と所有をめ ぐる競合が如何 に激 しく, どれだけ多 くの人 々が いまだに森 林 に深 くかかわ りなが ら生活を しているかを示 している。 人 口に比べて土地 が豊富 に存在 して きた タイにおいて,政府 に とって も,農民 に とって も, 農地 と林地 の制度 的区別 はさ して重要 な問題で はなか った。 しか し, その後 の土地 の稀少化 に ともな って政府 は様 々な基準で土地 を細か く区分 す るよ うにな り, その種頬 に応 じて別個 に管 理主体 を明示 す る法制度 を適用す るよ うにな った。資源をめ ぐる争 いが激化す る中で,貧農 の 利害 に配慮 しているはず の土地 の再配分, あるいは環境保全 を意図 したはずの植林 プロジェク トや保護区の設定 も全国的に行 われ るよ うにな った。 それに もかかわ らず,不法伐採 の報告 は 後 をたたず,森林面積 の減少 ・劣化 は進行 し, その社会 ・経済的影響 は上述 の通 り収束す る気 配がない。 森林資源管理 の機能不全 を説明す る要因 は時期 や場所 に もよるが,最 も基本 的な問題 は法律 を盾 に した政府 の中央集権的な森林 の統括権 と,慣習 に基づ く地域 の農民 たちの森 に暮 らす権 刺,森 を耕す権利 の衝突 であろう。 これは決 して新 しい問題 で はない。国有林 の保全 と, その 地域 に暮 らす 「不法 占拠者」への対応 とい う互 いに対立す る課題 は遅 くとも

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0

年代 には政府 レベルの懸案 として確認 されていた。両者 の矛盾 は,その後 の人 口増大 と土地 の稀少化 の結果, 今 日に至 って ます ます深刻 に表面化 して きた。 熱帯林保全 と地域住民 の関係 につ いて, タイにおける研究者や実務家 の立場 は概 ね次 の二つ に別れている。 第一 は,残 された森林生態 の保全 を最優先 し, その促進 にあた って は地域住民 の存在 は障害であ り,国が責任 を もって村人 たちか ら森林 を守 るべ きであるとす る立場,第二 は,地域 の村人 たちの生存権 を重視 し,森林 の中や周辺 に暮 らしている住民 の生活保障 と森林 保全 の両立 を 目指すべ きであ るとす る立場 であ る。 この二つの立場 は,政府省庁 の内部, そ し て環境 や農村開発分野 で活動す る

NGO

(民間非政府組織) の中 までを も分断す る形 で存在 し ている。 両者 の主張 の中身 は

,1

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0

年前後 か ら議論 され,今 だに 日の 目を見ずにいる 「コ ミュ

ニテ ィー林法 (Pho.Ro.Bo.PaaChumchon)」の内容 をめ ぐる交渉過程 で具体的 に表現 されて いる。1) この法案 は, これまで国が排他的 に管理権 を もって いた森林 の管理 ・利用 を地域 の村 落共同体 に委譲す ることを定 めるとい う画期的 な内容 を もつ ものであるが,保全価値 の高 い国 立 公園 な どの保護 区の中 に コ ミュニテ ィー林 の設定 を認 め るか ど うか とい う点 が争 われ た。

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年 の

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月 に閣議で承認 された法案で は,それまでの案で は認 め られていた保護 区内におけ

1)

コミュニティー林法案は

,1

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月にそれまで提出されていた

NGO

案や森林局案などを折衷 する形で閣議承認を受けたが, その後,改訂されている。法案はいずれも目的,設置場所,管理 組織,管理運営,利用制限などについて規定 しているが

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3

月現在でまだ公布 ・施行にい たっていない。

(3)

るコ ミュニテ ィー林 の設定 が不可 とな り,最終 的 な管轄権 も地域集団で はな く森林局 にあ るこ とが明示 されたために, 一部 の

NGO

な どか ら強 く批判 された。 この法案 をめ ぐる中心 的 な論 点 は,森林 へ のア クセ ス権 を定 め る上 で前提 とな る地域住民 の資源管理能力 を ど う位置づ け, 評価 す るか とい う点 で あ る。 村落 共 同体 に基礎 を置 く資源管理 の在 り方 に関す る研究 は,世 界各地 を フ ィール ドと して 1980年代以降 とみに盛 ん にな ってい る。 これ らの文献 で は,所有形態 の分類 と して, これ まで

支配 的で あ るとされた 「私有 (private)」と 「公有 (public)」の他 に 「地域共有 (communal)

とい うカテ ゴ リ-が存在 す ること, そ して地域 に根 づ く村落共 同体 を主体 と した集合的 な管理 体制 の メカニズムが明 らか に された [BalandandPlatteu1996;Taylor1998]。 それ らの示唆 す る と ころ は, 多 くの伝統 社 会 に は共 有 資源 を持続 的 に管理 す るための慣 習 的 な ル ールが あ り, それが機能 して い る限 りにお いて- ーデ ィンの 言う 「共有地 の悲劇」 [Hardin1968] は回 避 で きるとい うもので あ る。 一連 の研究 は, これ まで机上 の議論 に留 まることが多か った コモ ンズ研究 に実証 的 に厚 みを もたせ,実態 に即 した分析 を促 した点 で高 く評価 で きる。 その一方 で,次 のよ うな疑 問が生 じ る。 第一 に,積極 的 な意味 で見直 されつつ あ る共有 資源, いわゆ る タイ トな共有 システムの管 理下 にあ る資源 は,国 の法制度 の中で どのよ うな土地 の上 に位 置 して い るのか,2)第二 に,そ う した資源 は地域 の人 々の経済 にどれ ほど貢献 してい るのか, とい う点 で あ る。前者 は,村落 レ ベルの資源利用 と国 の制度 との関係 につ いての問 いで あ り, その答 え は農民 の共有地 - の投 資 意欲 に影響 す る。後者 は,私 的資源 (特 に,農地) に照 らした共有資源 の相対 的 な重要性 に関 す る もので, その答 え は,共有資源 の保全意欲 に も影響 す るで あろ う。 これ ら二 つ の問 いは互 いに密接 に関連 して い る。 例 えば, タイの中西部 で200年近 くにわた り焼畑移動耕作 を営 んで きた カ レン族 は,比較 的 最近 に世 界遺産 に指定 された森 か ら追 い出 され, よ り生産性 の低 い周辺 の土地 に密集 した生活 を強 い られて い る [佐藤 1998]。彼 らは,移住前 までの一定 の人 口学 的 ・生態 的諸 条件 の下 で は環境 へ の負荷 が比較的少 なか った と思 われ る伝統 的な移動耕作 を

,

「グローバ ルな」環境 を保 全 す るとい う名 目で取 り上 げ られた。 その上 に,今で は化学肥料 を必須 とす る換金作物栽培 を 半 ば強 い られて い る。 そ う した皮 肉 な背景 の上 に立 っ現在 の彼 らの農業 や森林 との関 わ りか ら, その資源管理能 力 を判断 しよ うとす るの は筋違 いで あ る。 つ ま り,現在 の タイの多 くの地 域 で は中央集権 的な森林 の囲 い込 み政策 の結 果,地域 の人 々に とって管理 に値 す るよ うな生産 的 な森林 の利用 ・管理 が住民 の主体 的な管理 に任 されて い る例 は ご く稀 で あ り, この状況 の下 2) ここで 「タイ ト」 とは持続的利用を目的とする意図的な資源管理の秩序をもっているということ であり,明示的な制御メカニズムをもたない 「ルース」なコモンズとは対比される [井上 1995]。

(4)

東南アジア研究 37巻1号 で資源管理能 力 あ りや無 しや とい う議論 は不毛 に等 しいので あ る。3) しか も, 仮 に地元住民 に よ って適切 に管理 されてい る森林 が あ って も, その利用権 が不安定 であ る限 り, いっ国家権力 によ って取 り上 げ られて しま うかわか らない

4

)農民 か ら見 れば, こう した土地 に投資す るイ ンセ ンテ ィブが弱 いの は当然 なのであ る。 このよ うに考 え ると,生態系 の保全 や農村経済 にお け る林 地 の役割 を考 え る場合 に,村落 レベ ルの資源利 用 だ けに注 目 して い るので は限界 が あ る。 ほとん どの森林 が国有地 に存在 す る以上,資源 と人 々の関係 は, それがおかれてい る国 と 地域 との関係 に照 らして考察 され る必要 があ る。 審議 が10年近 くも長 引 いて い るコ ミュニテ ィー林法 の行方 や影響 につ いて はまだ不透 明 な 部分 が多 く,この段階 での評価 は差 し控 えたい。5)む しろ, ここで考察 したいの は,住民 の資源 管理能力が発揮 (あ るいは, その発揮 を動機 づ け るよ うな) で きるよ うな条件 が,現状 の土地 制度 ・林地政策 の中で如何 に して確保 で きるのか とい う点 であ る。 筆者 の見 るところ,村落 レ ベルの共有 的な資源管理 の可能性 は,森林関連法 にお ける位 置づ けだけでな く,共 同活動 の私 的前提 とな る農地 に関す る既存 の法体系 に も規定 されてい る。農民 は森林 資源 だ けで は生 きて いけないか らであ る。 こうした問題意識 か ら,本稿 で は, 人 々が集合的 にア クセ スを もつ よ う な土地,特 にオープ ン ・アクセ スな未開墾地 と地域住民 で共 同利用 され る公共地 に関す る諸政 策 に焦点 を当て なが ら共 同利用林 (以下, コ ミュニテ ィー林 と呼ぶ) の制度 的 な存立要件 につ いて考察す る。

森林開墾の奨励 と農地拡大

タイ は今世紀 の前半 まで,文字 どお り 「森 の王国」であ った。森 を意味す るタイ語 の

paa」

は単 な る 「木 々の集 ま り」 を意味す るので はな く, しば しば 「文明化 されて いない」 とか 「未 開 の」 とい った意味 あい も含 む概念 であ る

[

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t1991]。例 えば

○○ paa

とい うの は 「野 生 の

○○

」を意 味 し

,

「家」を意 味す る

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を接尾語 にす る

○○ ba

an」

は,「飼 い慣 らされ た」 とい う意味 で用 い られ る。 つ ま り,文明化 や発展 とは,一般 に前者 の状態 か ら後者へ の移 行 を意味す るのであ る。 実際, つ い4半世紀 ほど前 まで,人 々に とっての森 は凶暴 な野生動物 3) タイの東北部におけるコミュニティー林の実態調査によれば,調査対象になった8個所のコミュ ニティー林のうち,比較的豊穣な森は一つ しかなく,そのほとんどは荒廃林であったことが報告 されている

[

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etal.1993:122]。 4) 例えば,南部のバ ッタルン県では,地元住民が外部の密猟者に対する取 り締 まりを森林局に願い 出たことが発端で,その場所は国立公園に指定されることになり,森を守ろうとした地元の人々 まで森の利用か ら排除される結果になった

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1997]。 5) 比較的最近のタイ研究者によるコミュニティ一杯法の評価については,例えば

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[1997] を参照されたい。

(5)

の住 む暗黒で あ り,所有 に値 す る経済的 に有用 な資源 と して は見 られて いなか った。19世紀末 の段階 において も, チーク伐採 が行 われて いた一部 の地域 において は,西欧 の伐採業者 は信仰 上の恐 れか ら森 で働 くことを拒 む タイ人を動員す る ことがで きず, ほ とん どの作業 を少数部族 民 に頼 って行 って いた とい う報告 もあ る

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1990]。一 方,中央政府 に とって,森林 の多 くは開発 され るべ き無駄 な空間であ ると考 え られて いたよ うで あ る。 例 えば, アユ タヤ朝 の法 典 をひ もと くと, 農民 たちの森林開墾 は, 国有林 -の侵入 を称 して現在用 い られ る

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(不法 に侵略す る)」とい う言葉で は表現 されてお らず,代わ りに

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(開墾す る)」 とい う言葉 が用 い られてい る

[

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etal.1993]O これ は,森林開墾が規制 され るよ り, む し ろ奨励 されて いた ことを示す ものであ る。 人 口に対す る土地余剰 とい う東南 アジアに広 く見 られ た自然条件 は,為政者 の関心 を領土 の 支配 よ りも,土地 を財 に転換 して くれ る労働 力 に集 中 させ た。20世紀初頭 まで奴隷制 が存続 し ていた タイで は,債務 の担保 は現在 のよ うに土地 や家 で はな く 「人」 で あ り,人 の所有 こそが 経済 力の指標 にな って いた

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1989]。 イ ングラムの推計 によれば,1850年 頃の農地 は, 国土 の2%ほど しかなか った

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1971] 。 また,フ ィーニーの推計 で,20世紀初頭 の森林 面積 は国土 の75%程度 とされてい る

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1989]。6)低 い人 口密度 のため土地 に対 す る競合 は少 な く,政治家 に とって も農村 問題 を扱 う魅力 はほとん どなか った。 そのため,農村 におけ る土地所有権 の問題 は政策課題 の中で もきわめて優先順位 が低 か ったが, それ は農民 の側 か ら 見 ると,硬直 した土地制度 の実施 を遅 らせ,比較的豊 か な資源 を思 いの ままに利用で きる環境 を提供 していた。7) 19世紀半 ばの世 界市場- の参入 を先駆 けに変化 を始 めた森 と人 々の関係 が,加速度 を増 して 変 わ り始 めたのは1960年代 に入 ってか らと見 て よいだ ろ う。 19世紀 の後半 に始 ま った商業伐 採 は,伐採技術 と流通 システムの飛躍 的な向上 によ り規模 を拡 大 し,1968年前後 には東北地方 を含 む全国的 な網 の目を形成 す るに至 った。 これ と同時 に,農地 は1910年か ら1940年 の間 に 2倍 にな り,1940年 か ら1970年 の間 に3倍 と, その後 も急速 に拡大 を続 けた。1938年 の段階 で は 1千500万人 といわれ た人 口 も1997年現在 で は4倍 の6千万人 に膨 れ上 が る中で,国土 の

4

割以上 が農地 にな り,逆 に森林 の面積 は

3

割以下 に低下 した

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(以下,

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1996] 。 農地 の拡大要因 の内訳 には, チ ュラロ ンコ ン王 の主導 に始 まる中央政府 6) イ ング ラムによれば,奴隷 で はな く自由の身 で あれば,国 の各地 に広 が る未開拓 の土地 を 自由 に 占有す る ことがで き, 売 る こともで きた。 ただ し, 労働力の制約 か ら通常 の世帯 の場合 は最大で も25ライの耕作 が限度であ った と推定 されて い る

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1971:12]。 7) 18世紀前半 の推定人 口は, 数字 にば らつ きがあ る ものの, およそ500万人程度 であ り,1997年現 在 の10分 の 1以下 で あ った

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1957]。1920年 代 末 に総 合 的 な農 村経 済調 査 を行 った ジ マ-マ ンは,人 口の不足 こそ タイの経済 を停滞 させて い る最 も根本的 な原因 で あ る と結論 して い る

[

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1931] 。

(6)

東南 ア ジア研究

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1

早 の計画的 な農地拡大政策 も含 まれているが,既存研究 の中で も最 も重要視 されてい るの は農民 自身 によ る自発 的 な農地拡大 ・新地開墾 であ る [Uhlig

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]。8)

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0

年代以 降 の 目覚 ま しい経済成長 か ら 「東南 ア ジアの優等生」 とも称 され るよ うにな った タイは, まさに自 らの森林資源 を食 いっぶす ことによ ってその成長 を支 えて きた。農地拡大 に 並行 す るよ うに して森林面積 が急速 に減少 してい く様子 は

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0

年代以降 の人工衛星 による監 視 で よ り正確 に裏付 け られ るよ うにな った。 公式統計 に依 れば,

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年 に は国土 の

3

8%

を 占 めて いた被覆面積 が,

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年 には

2

6%

前後 にまで下 が ってい る。 かな り控 えめな数字 であ る といわれてい る森林局発表 の統計 で も,

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年 か らの

3

0

年間で森林面積 は半減 してい ること にな る。 加速 す る森林資源 の消失 は,木材輸 出を主要 な外貨獲得 の手段 に して いた政府 に とって痛手 であ った。政府 は

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年 に原木輸 出禁止 を発令 し

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年 には木材純輸入国 に転 じて しま う。 そ して

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年 に南部 で起 こった大洪水 の原因 は政府 の無策 にあ るとす るマスコ ミやNGO の 広報 が一般大衆 を巻 き込 んだ圧力 とな り

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年初頭 に政府 は国有地 におけ る商業伐採 を全面 禁止 に した。

政府 による村人か らの林地保護

拡大 を続 けた私有農地 の影 で, まだ私的先 占の対象 にな ってお らず, なおかっ国 の明示的 な 囲 い込 みを受 けて いないオープ ン ・アクセ スな公共地 の役割 に政府 の注意 が向 け られ ることは 稀 であ った。ま してや

,1

9

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0

年代 に入 るまで政府 が地域 に暮 らす人 々のために特定 の公共地 の 一部 を積極的 に区画化 して,地域 の人 々のための共 同利用 を奨励す る手助 けを した ことを示 す 根拠 もない。9)政府 が 「公共地」を指定 す るときは,鉱 山や軍事施設 な ど専 ら中央政府 の利害 を 反映す る ものであ った [Sayamon

1

9

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5

]。一方 で,農民 に とっての公共地 は私有地 の リザー ブ で あ り, それが水源林 で もない限 り,経済 的な再生産 とい う観点 か らそれ 自体 の存在意義 はほ とん ど認 め られて いなか った。人 々は自然災害,人 口増加 によ る農地 の不足,疫病 か らの退避 な どの場合 に限 って, まだ豊富 であ った森林 の フロ ンテ ィア-移住 して い った。 政府 にとって公共地 の管理 が特 に問題化 したのは,国有保全林 に 「不法 に」侵入 した とされ 8) クリッグはこの中で,農民による林地開墾が必ず しも人口の物理的増大にだけ促された訳ではな く,商品経済-急激に取 り込まれたことにより農民たちに生 じた負債の返済手段が,農地の開墾 以外になかったことが重要であったと指摘 している [Uhlig

1

9

8

4

]。 9) 本稿では,「公共地」を 「私的に利用されていない土地」 としてルースに定義 し,その中に,国有 保全林を中心 とする実質上はオープン・アクセスである林地 と村落単位で利用されている共同利 用地を含めて考えることにする。 なお, 後に見るように, 放牧地など共同の土地利用を私的占取 から法的に保護するといった消極的な意味での公共地に関する制度は存在 してきた [垂

冒 1

9

9

7

]。

(7)

る農民 と,森林局職 員 との間 で対 立 が生 じた ときで あ る [Gienty1967] 。 対立 は, 農民 が法 的 に は国有 に属 す る土地 を実質 的 な私 的農地 と して利 用 して い るこ とに政府 が敏感 に反 応 し始 め る ことによ って発生 す る。現在 で も多 くの農地 は実質 的 に は私 的 な管理 を受 けて い る ものの, 法 的 に は何 の証書 も持 たな い 「不法 占拠 者」 に占有 されて い る [Thompsonetal.1992]。10)農 村 にお け る土地 の私 的所有権 が政府 に とって唆味 で あ った ことは,後 に見 るよ うに国家権 力 に よ る私 的空 間, あ るい は共 同利 用林,埋 葬林 な ど村 を単 位 に管理 されて いた空 間 の国有地 へ の 没収 を さ らに容 易 な もの に した ことは間違 いな いだ ろ う。 地域住民 との対立 の連続 に よ って, あ るい は, その時 々の政治 的 な理 由 によ って政府 の国有 地管理 は強化 されて い ったが, それ は中央政府 によ る国 内 の領 土化 と もいえ るプ ロセ スで あ っ た。一般 に,近代 国家 を特徴 づ けて い る条件 の一 つ は, その領域性 で あ る。 つ ま り,他 国 との 国境 を明 らか に し, 国家 の排他 的 な権 力 が及 ぶ地理 的 な範 囲 を は っき りさせ よ うとす る働 きか けが存在 す る ことで あ る。 しか し, 国家 の排他 的 な権利 が及 ぶ範 囲 は,対外 的 な境 界 だ けを指 す ので はな い。近代 化 が進 む につ れて,一般 市民 の侵入 を許 さな い国有 の 「領 土」 は国境 の内 側 に も形成 されて

く 。 稀少 価値 の高 い天然 資源 が存在 す る地域 は, そ う した国家権 力 によ る 囲 い込 みが見 られ る代 表 的 な空 間 で あ る。 それ まで中央政府 の実質 的 な統 制 が及 んで いなか っ た オープ ン ・ア クセ スの公共地 の領土化 は,概 ね次 の よ うな プ ロセ スで進 んで い った。 まず,1896年 に,それ まで地方領主 に任 されて いた木材 をめ ぐる外国 資本 との取 り引 きを一 括 す る必要 性 か らイ ン ドよ り招 か れ た イギ リス人H.ス レイ ドを局長 とす る王室 森林 局 が 内務 省 の付属機 関 (現在 は農業 ・協 同組 合省 に付属) と して設 立 され る。 これ に よ って, 名 目上 は 当時 の国土 の70%近 くの面 積 を 占めて いた森 を管 轄 す る専 門機 関 がで き, 本格 的 な中央集 権 的管 理 が進行 す る。 森林局 は, 有 用樹種 の伐採 を規制 し,税 の徴収 をす る ことで財源 を確保 し

なが ら地方領主 を牽制 す る目的で設 立 され た [Falkus1990;Ramsay1976

]

。11)第二次世 界大 戦

の直 前 くらい まで に北部地域 を主 な対象 と した有 用樹種 をめ ぐる法律 はか な り整備 され, この 段 階 で,少 な くと も地 図 の上 で は, これ まで噴味 で あ った森林 の地 理 的 な領域 が は っき りと明 10) 因みに, 最 も新 しい私的所有の統計によれば, 完全な私的所有権 (chanoot)が獲得されている 土地面積の累計は,約5,400万 ライで, これは全農地面積のおよそ3割に相当する。土地の占有権 と所有権の分離経緯については北原 [1973]に詳 しい。 なお, 農村における私的な所有権は, そ の土地の中にある木々に対する所有を含まない点が重要である。 1941年の森林法の規定では, 特 定の有用樹種 (例えば, チークやヤーング [フタバガキ]) は仮に私有地の中にあっても森林局-の申請 ・許可な くして伐採することは違法であるとされる。 ll) 森林保護を明示する法令は,19世紀の末か ら存在 してきたが, それ らは地域的にも, また目的か らして も限定の強いものであり,現在でいう保護 目的の法律 とは異なる性格をもっていた。例え ば,1887年には森林保護を名目にした最初の法律が制定されたが, これは伐採地域を特定する目 的で制定されたものであった [Chamariketal.1993]。 しかも,初期の森林法はタイの北部を対 象 とするものかほとんどであり,東北や南部など他の地域では,従来通 りの住民による資源利用 が行われていたと思われる。

(8)

東南 アジア研究 37巻1早

示 され は じめ る。12) ただ し, 当時 の森 林局 に は全土 に広 が る森 林 を細 か く管理 す るほ どの人員

が お らず, 有用樹 種 を含 まな い大部 分 の林 地 で は政 府 の干 渉 はなか った と思 われ る。

次 に,1938年 の森林 保護 ・保 全法 で初 めて一 定 区域 の森 林 を永久 林 と して保 存 す る こ とが法 制 化 され,特 定 の有 用 樹 種 に限 らな い領 域 的 な区 画 化 が 行 わ れ る よ うに な る。 1948年 に は

FÅo (FoodandAgriculturalOrganization)提 言 を受 けて国土 の 40% を森 林 と して維 持 す る政府 の基 本 的 な方 針 (2割 を生 産林 , 2割 を保護 林 )が打 ち立 て られ [FAO1948],13)1954年 の土地 法典 に則 り包 括 的 な国土 の分 類 と, それ に応 じた土 地利 用 が促 され た。 しか し, 実質 的 な土地 の分 類作 業 は大 幅 に遅 れ,1961年 の第一 次 5カ年 計画 に入 ってか らよ うや く 「国 家土地 分類 プ ログ ラム」が承認 されて,国土 の 50% が 「永 久林 (paathaawoon)」 と称 されて地 図上 に区画 され た [Chirapanda1985]。14) 永久 林 は順 次 測量 されて,後 に 1964年 の 「保全林 法」によ って法 的 な位 置づ けを受 け る こ と にな って いた。保 全林 法 は,1938年 の森 林保護 ・保 全 法以来, あ ま りに遅 々 と して いた国有 林 地 の確定 プ ロセ スの諸手続 を簡 略化 し, 加速 す る目的で制定 され た。15) この法律 に よ って, 例 え ば, これ まで国王 によ る勅令 を必 要 と して いた国有林 を, 省 レベ ルの法規 で指定 す る ことが 可能 にな った。 これ はいわ ば, 中央集 権化 のた めの権 力分散政 策 で あ る。 しか し,国土 の 50% が 目標 で あ った保全 林 の制定 に は膨 大 な時間が かか り, 1974年 の段 階 で 32%, 1985年 に至 っ て よ うや く 42% に達 した。そ して,作業 が遅 れ る間 に永 久林 へ の入 植者 が増 え た こと,地 図上 で囲 い込 ん だ所 にす で に住 民 が居住 して いた ことな どか ら,政 府 と地域 住民 の紛争 が相 次 ぐ結 果 とな った。16)国有 保全林 の総 面積 が予定 され た永 久林 の総面 積 を下 回 る結果 とな ったの は こ のた めで あ る。 1980年 代 に な る と, 土 壌 の質 や土 地 の勾 配 な どの科 学 的 な根 拠 に基 づ いて森 林 を区画 す る 12) 林地の法的な定義は,現在 も効力を持っ 1941年の森林法に基づ く。 それによれば 「森林 とは,土 地の法律に則 り,誰 も所有を していないような土地」である。Pho.Ro.Bo.PaamaiPho.So.2484, Matraa4(1)(森林法第 4条第 1項,1941年,筆者訳)。 13) FAOによるこの報告書で初めて,森林保全政策に数倍的な目標が加え られることになったが, こ の数字の科学的な根拠は報告書では示されていない。 この 40% という数字 は, 後に農地改革事務 局 と森林局 との間で問題 となる20% という数字 と共に, その時々の林地 ・土地政策の中心的な参 照点 として何年にもわたって影響を及ぼ していくことになった。 14) 公式の永久林指定 は 「土地の種類の分類および調査に関する閣議決定 (1961年 11月 14日)」に基 づ く。 15) 1938年 か ら 1964年 まで の間 に指 定 され た国有 林 面 積 は国土 の 19.58% に と どま って い た [Khambanonda1972]。 16) 保全林法が制定 される 1964年以降 も保全林-の 「不法侵入者」 が後を絶たなか ったのは,土地を 求めていた村人のインセ ンティブもあったが,それを政府が黙認 していたことも背景 としてあっ たようである。 特に, 1970年代に共産主義勢力の隠れ蓑になっていた森を農民たちに開墾 させる ことは, 反政府主義者の逃 げ道を塞 ぐことになると同時に, 農民の経済的欲求を満足 させ, 政府 への反感を押 さえる効果があった [FlahertyandJengjalernl995]。

(9)

「機能 別領 土化 」が進 め られ るよ うにな る [PelusoandVandergeest1995]。,17)この よ うな機能 別 の分類 は, 後 に詳 しく見 る森 林局 によ る ゾーニ ングが その代 表例 で あ る。 この ゾー ニ ングで は,樹 木 の伐採 ・保 全 を念 頭 に置 いた これ まで の区画 化 とは異 な り,地理 的空 間全体 の保護 と, 土壌 調 査 に基 づ いて農地 に通 した地域,さ らに植 林可 能地 域 の特 定 が行 われ た。この時 期 か ら, 森林 「保 全」 の意 味 が変 わ り, 実質 的 に は森林 の 「保 存」 を重 視 す る領 土化 が強化 され るよ う にな った。 稀 少化 した森林 を文字 どお り囲 い込 む 「保護 区」 の設 定 こそ, 一連 の領土化 プ ロ ジェク トの 最 終段 階 と呼 べ るだ ろ う。 野生 動物保護 区 や国立 公園 が その代表例 で あ る。 保護 区 は原則 と し て資源 の豊 か さ (種 の稀 少性, 多様性 ) に応 じて分 類 され, ア クセ スの レベ ルが決 め られ る。 例 えば, 規則 の最 も厳 格 な野生 動物保 護 区 で は,森 林局 は調 査 の ため の進入 は許 可す る ものの 観 光 は許 して いな い。 これ に対 して, レク リエ ー シ ョンや教 育 を 目的 とす る国立 公園 で は,観 光 が積極 的 に奨 励 され て い る。 いず れ に して も, 保護 区 内で は居住 はお ろか一切 の動 植物 を持 ち出す ことが禁 じられ て い る。18)1967年 の時点 で国 土 の 1%前後 で あ った保護 区 は国 立公 園 や 禁猟 区 な どを着実 に増 や し,現 在 で は国土 全体 の2割近 くの地 理 的範 囲 を 占め るに至 った。19) この よ うな森 林 資 源 の減 少 と保 護 区 の拡 大 は, 森 林 行政 の 中身 を も変 質 させ る こ と とな っ た。 保全 林 とは, もと もとは将 来 の伐採 の ため の予 備地 で あ って, 保 存 が 目的 とされ る地 域 で はなか った。 その意 味 で は, 本来 は 「保留 林」 なので あ る。 そ して, 森林局 の任務 とは, この よ うな経 済 目的 の林地 を科 学 的 な方法 で管 轄 す る こ とで あ った。 ところが, 森林 資源 の激減 と 1989年 の商業伐 採禁止 は, これ まで の森林 局 の存在 意義 を失 わせ る危機 感 を生 み,森 林局 は早 急 に森 の 「保護 ・保存 」機 関 と して, その存在 目的 を急 転換 す る必 要 に迫 られた。 「保 護 区」は森 林局 の存 在意義 を維 持 ・強化 す る上 で重要 な役割 を果 た した。保護 区 は,地方 に点 在 す るバ ンコクの森林 局事務 所 の直轄 地 で あ り,他 の部 局 や県 庁 の干渉 を避 け る ことので 17) 保全林の外 も含めた全国的な土地の機能別分類 は森林局や土地局ではな く,土地開発局が中心に なって行 っている。 18) タイにおける保護区 システムの本格的な導入 は他の近隣諸国に比べると決 して早い方ではない。 インドや ビルマで,森林群の組織的な保護が比較的早 く行われ るようになったのは,当時狩猟を 営んでいたヨーロッパ人が自らの植民地 における野生動物の減少を危倶 し,狩猟の制限を行 うよ うになったことに由来する [MacKenzie1988]。 植民地化されていなかったことで, タイにおけ るヨーロッパ人の狩猟 に対す る関心が低か った ことは, タイにおける野生動物保護の制度,そ し て保護区 システム発展の遅れを説明する一つの要因であろう。 1961年の国立公園法の制定は, 自 然を国の シンボルの一つに しようとしていた当時のサ リット将軍の産物であ り,その時期 はち ょ うど国際的な自然保護運動が高まりつつある時期で もあった [KasetsartUniversity1987]。1960 年 には,外国の企業に与え られていた最後の伐採権の効力が切れ,伐採産業 は実質的に国有化 さ れた [Mehl1990

]

19) 1989年の商業伐採禁止令以降, タイは関税を下げることで木材供給先を近隣諸国 (ラオス, カン ボジア, ビルマ) に移 し, 保護区設定の際の国内における伐採業者の懐柔に努めたことも忘れて はならない [Ghimire1994]。

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東 南 ア ジア研 究 37巻1号 1962 1965 1972 1975 1978 1981 1984 1987 1990 1993 1995年 図1 森林の減少と保護区の拡大 出所 :[RFD1996] 表1 森林局において 「保全」活動に配分される予算 (百万バー ツ) 1982 1986 1993 1995 森林局全体の総支出 (a) 1,269 1,477 5,202 9,305 保全に配分された予算 (b) 342 908 3,717 7,779 (b)の (a)に占める割合 27% 60% 71% 84% 出所 :図 1に同 じ きる空間であ った。 そ うした空間の拡大 ・維持 のために,監視員 とスタ ッフの増強, そのため の予算増額 は正 当化 され,森林局 はその 「変身」に成功 したのであ った (表 1を参照)。 こうし た保護区を増 や してい く国 の狙 いは,資源 の保全 その もの とは限 らない。 いわゆ る途上国 のス テイ タスを 「卒業」 しつつあ るタイに とって,生物多様性 や森林保全 な どを名 目に国際援助 が 利用 で きる機会が増加 した ことや,保護 区を観光地化 す ることによる財源獲得 も保護区拡大 の 重要 な誘 因 にな って い る [Ghimire1994]。 こ う した背 景 もあ って,森 林局 の中 で も,特 に 国 立 公 園 課 と野 生 生 物 保 護 課 は国 際 機 関 か ら多 額 の援 助 を集 め る よ うに な って い った [Vandergeest1996a]。森林局 の変身 が可能 にな った国 内的な要因 と して, 大 きな政治勢力 を 形成 しつつあ る都市 の中産階級 が 「自然保護」 と, その達成手段 と しての 「保護区」 の拡大 を 全面 的 に支持 していた ことも忘れ ることはで きない [Vandergeest1996b]。

(11)

IV

荒廃林地の分類 と政府のプ ログラム -

農地改革 と森林保全

森林 開拓 の フロ ンテ ィアで もあ り,政府 と地域住民 の土地 をめ ぐる確執 が最 も蛾烈 なの は所 有権 の境界線 が唆味 な, いわゆ る荒廃林地 (paasuam soom)であろう。 荒廃林 とは,かつて 森林 だ った ところを指 し, その ほ とん どが農地転換 されて い るよ うな土地 の ことで ある。 こう した土地 の多 くは,国有地 に含 まれ,森林局 に とって は林地再生 の候補地 とな る一万 で,農地 改革 の観点 か らは 「土地 な し農民」 のための新 たな土地 の供給先 とな る。 そのために, こうし た土地 の法的位 置づ けをめ ぐって は対立 が生 じやす いので あ る。 つ ま り,保護 区 の中が森林局 と村人 の紛争多発地帯 で あ るとす るな らば,荒廃林 は,政府部局間 の対立 も合 わせて生 じやす い地域 で あ ると言 え る。20) このよ うな荒廃林 に居住 して い る農民 の正 確 な数 は分 か らないが, 推計 によれば少 な くと も150万人, 多 い数字 で は800万人 い ると言 われて い る [Christensen andRabibhadana1994;LynchandAIcorn1991]。

荒廃林 の利 用 ・所有 をめ ぐって農民 と政府 は絶 え間 ない抗争 を繰 り返 して きた。 その最 も典 型 的 な例 が, 1991年 にお け る軍部 による 「保全林 に住 む貧農 のための農地配分計画 (通称, コ一 ・チ ョ一 ・コ-)」であ る。この計画で は,農民 には若 干の農地 とその利用権 を与 え る代 わ りに,保全林 か ら立 ち退 いて もらうことで森林 の再生 が意図 され た。21)共産主義 の脅威 が消 え, パ ルプの需要増大 に伴 うビジネスチ ャンスの拡大 を見据 えた森林局 は,私企業 と提携 して保全 林 の中で大規模 なユ ーカ リ植林 を始 めた。一部地域 の住民 は,植林地確保 のため軍 によ り強制 的 に立 ち退 か された。 この計画 には共産主義 の脅威 が消滅 した ことによ り,唆味 にな った軍 の 存在意義 を顕示 す る目的 もあ った と言 われ る [Phongpaichit1995]。 その大部 分 が荒廃林 で あ るに もかか わ らず,保全林 に指定 され た土地 は拡大 の一 途 をた ど り,1995年 の段階で国土 の約46% に達 した。 これ は, 実際 の森林被覆面積 の約 2倍 であ り, 「保全林」とい う名称 が如何 に実質 を伴 わない概念 であ るかを示 して いる。名称 と実態 のギ ャッ プは ともか くと して も,立木 の有無 にかかわ りな く平地 に も広 が り,多数 の利害関係者 によ っ て所有権 が争 われてい る保全林 の管理 は,環境保全 を名 目に移住 を強 い られ る人 の これ以上 の 発生 を予防す るとい う点 か ら重要 で あ る。22) 20) ローマ ンの推計 によれば, この問題領域の面積 はおよそ5,600平方 キロで, これは全国土の約 10%に相当す る [Lohmann1996]。 21) この計画によれば,1996年までに東北地方からはじめて,合計25万家族 (約100万人)以上が保 全林の外に移住させ られることになっていたが,計画開始早々に村人たちの激 しい抵抗に合い, 中止を余儀なくされた。 22) こうした保護区周辺の林地は近年 「バ ッファ-ゾ-ン」 と呼ばれ, 地域住民のニーズを満たしな がら,保護林-の圧力を低下させるための利用地域 として注目されている。

(12)

東南アジア研究 37巻 1号

早 くか ら問題化 していた保全林 内 の住民活動 に対 して,政府 は,国有地 開墾 を防 ぐことを主 目的 とす る土地 配分 政策 を実施 して きた。保全林 地 にかか わ る代表 的 な政府主導 プ ログ ラム は,これまでの ところ,次 の5つの実施機関 によ って運営 されて きた。(1)RFD (RoyalForest Department:森林局)による植林計画,森林村計画 (ForestVillage),そ して土地 な し層へ の 国有林地配分 プ ログラム (通称STKプ ログラム),(2)Flo (ForestlndustryOrganization:

森林公社)による植林 プログラム,(3)ALRO (AgriculturalLandReform Office:農地改革 事務局)による農地 改革 プ ログラム,(4)DPW (DepartmentofPublicWelfare:公共福祉局)

によ る自助定住 プログラム,(5)DCP (DepartmentofCooperativePromotion)によ る土地 配分計画, であ る。23) これ ら一連 の プログラムは,荒廃 した林地 の再生, あ るいは土地 な し層へ の農地配分 によ る 国有林地へ の侵食防止 を主要 な 目的 の一部 と して掲 げて いた はずで あ ったが,文献 に見 る限 り にお いて成 功例 は ほ とん ど報 告 されて いな い。 その理 由 は時代 背景 によ って も異 な って い る が,森林保全 や土地 の再配分 とい ったプ ロジェク トの 目的がそ もそ も名 目に過 ぎず,実質 的 に は国 の短期 的な利害 に基 づ く政治 ・経済 的動機 が プ ロジェク ト実施 の原動力 にな っていた問題 が共通 して指摘 されてい る [Uhlig1984]。 例 えば,森林局 と森林公社 の植林計画 に代表 され る1960年代以前 の プロジェク トで は,産業 用 のチー ク材生産 に主眼がおかれてお り, そのための労働力 と して農民 の 「参加」 が位 置づ け られていた。 このため,農民 のニーズに基 づ いた地元 の経済 や福祉への配慮 はほとん どなか っ た。また,森林公社 の植林計画で は,一世帯 当た り 10ライの造林地 と 1ライの宅地, 5ライの 常畑 を与 えて, イ ンフラ支援 を行 うことの代償 に農民 を労働力 と した植林計画 を展開 した [竹 田 1990]。 しか し,労賃 が低す ぎた こと,仕事 が不規則 で年 間を通 じて安定 していなか った こ とな どによ り,植林 を任務 と していた村人 自 らが,皮 肉 に も不法伐採 を促進 した こと もあ った と言 われ る。 伐採 を行 うことで植林 の仕事 も増 えたか らであ る [Mehl1990] 。 これ らの要因が 重 な って,植林 は停滞 し,1985年 には伐採権付与 による合法的な材木生産 よ りも,裁判所 に押 収 された不法木材 の量 の方 が多 くな るとい う異常 な森林経営 に陥 った [RFD 1996

]

1960年代か ら70年代 に実施 された森林村計画, 公共福祉局, 組合普及局 の主導 によ る自助 定住 ・土地配分 プロジェク トは,軍 と連携 した政治 的安定 ・治安維持 の 目的で企画 されてい る ことが多 く,資源 の保全 や再生 は表面上 の 目的 にす ぎなか った。反政府勢力が潜伏 して いた北 部 や東北部地域 にプ ロジェク トが集 中 していた ことや,森林局主導 の森林村計画の多 くが カ ン 23) これらのプロジェク トの多 くは国有保全林の中, もしくはその周辺の分譲地で実施されることが 多いが,互いのプロジュク トの関係や実施地域の選定をめぐる政治的プロセスについての本格的 な研究はほとんど存在 しない。やや古 くなるが,数少ない政府の定住計画の比較研究としては, Uhlig [1984]がある。

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ポ ジア ・ラオ ス国境 に沿 って行 われ た ことは, この事実 を裏付 け る もので あ る [Hafnerand Apichatvullop1990]。この時期 に,戦略 的 な道路 は奥地 まで拡充 され,その過程 で多 くの森林 が破壊 されただ けで な く,道路 の存 在が その後 の森林開墾 を招 き入 れ る結果 とな った。 この よ うに, その時 々の政治 的背景 に促 されて付 け焼 き刃的 に打 ち出 され た一連 の政策 は一 貫性 を欠 き,多 くの地域 で は,政策 の名 目で あ った資源保 全 ・再 生 とはむ しろ逆 の結 果が もた らされた。 政府主導 で行 われて きた各種 の定住化 プ ログラムの中で,森林保 全 との関 わ りにおいて,特 に注 目 したいのが農地 改革 プ ログラムで あ る。 その理 由 は,後 に見 るよ うに, 森林局 主導 の森 林村 計 画,お よびSTKプ ログラムは基本的 に休 1ヒして い る こと,そ して,これ まで森林局 の管 理下 にあ りなが ら広 く農民 に耕作 されて しま ってい るよ うな保全林 は,農地 改革事務局 の下 に 管理 を一括 させ る政策 が打 ち出 されて い るか らで あ る。 農民 の 立場 か ら見 る と,森林局 主導 の プ ロ グラムで はあ くまで 「不法 に」 占拠 した森 に村 人が特別 に許可 を もらって活動 して い る形 にな るの に対 し,農地 改革 プ ログ ラムで は名実 と もに合法的 な土地 の用益権 とイ ンフラ整備 の 支援 な どの本格 的 な開発支援 を受 け ることがで きる。 つ ま り, 農地 改革 は国有 で あ りなが ら私 的 に利用 されて い るよ うな 「唆味 な土地 」 を農民 の コ ン トロール下 に取 り戻す合法 的 な手段 と して農民 に も期待 されて い るプログラムなので あ る。 ここで農地改革 の概要 を手短 に振 り返 って お こ う。 農地 改革 プ ログラムの タイにお け る正式

名称 は 「農業 のための土地 改革 (pathiloopthidinphuakasetrakam)」で あ り,1975年 の農 地改革法 に基 づ く。 これ は,政府 が,耕作 していな い土地 を所有す る地 主, 農地改革法 で定 め る面 積以上 を保 有す る地 主 な どか ら買 い取 った土地 や国有地 を,土地 な し, も しくは土地 が本 十分 な農民 に再 分配 す る制度 であ る。農地 の再分配 に合 わせ て,政府 は公共施設 や資源開発 な どの イ ンフラ整備 を支援 す る仕組 み にな って い る。24) 農地 改革 は, 立案 当初 か ら土地 な し層へ の土地 の再分配 を主眼 に実施 されて きたが,1980年 代 に入 る と森林保全 との密接 な関係 が認識 され るよ うにな った。 これ は, 大 きな土地 を もっ地 主 の私有地 を買 い取 って貧農 に分配 す るとい う当初予定 され た政策手段 の実施 が,実質 的 に困 難 で あ る ことが徐 々に明 らか にな り,農地 の供給先 が森林 を含 めた公共地 に移 って い った こと に起 因す る。 しか し,問題 だ ったの は農地 改革法 に基づ く土地証書 を取 得 したいがため に, 疏 24) 農地改革によって上地を得た農民 は原則 として最高50ライまでの用益権 (以下,ALRO証書 と呼 ぶ) を獲得することができ, それを抵当にして金融機関か ら融資を受けることもできるが, 卜地 そのものを売買す ることは禁 じられている。1994年までの段階で合計20世帯にALRO証書が発 行されている [Charasdamrong1997] 。 農地改革の対象地になるためには原則として次の基準が

満たされる必要がある。 (1)国有地 (つまり,国有保全林)であること, (2)森林に覆われていな いこと, (3)一般的に農業に適 した 土地であること, (4)土壌が劣化 しに くい 上地であること, (5)上地な し農民の割合が高い地域であること (この場合,小作農や正式の証書をもたない自作農 家 も含 む)[TDRI1989:14]。

(14)

東南 ア ジア研究 37巻1号 表2 タイにおける土地な し農民の数 と割合 (1987-1991) 保 有 面 積 1987 1991 土 地 な し (0ライ) 準土地な し (5ライ以下) 小10ライ以上の農民農 (5-10ライ) 463,635 500,398 (8.2%) (7.8%) 576,019 828,265 (10.1%) (13.1%) 670,015 818,194 (ll.8%) (12.8%) 3,982,197 4,246,212 (70%) (66.4%) 合

5,691,866 6,393,069 出所 :[Chirapanda1996] 注 :1ライ- 0.16ヘ ク ター ル 有権 の唆 味 な国有林 を開墾 す る人 々が 出て きた ことで あ った。 これ らの人 々 は, 必 ず しも自 ら の農 地 確 保 を 目的 に入 植 して い ったわ けで はな く,本 来売 買 が禁 止 され て い るALRO証 書 を 不 法売却 した り, 地域 の有 力資本 家 に雇 われ て開墾 の作 業 に従事 した り した農民 た ち も含 ん で いた。 また, 農地 改革 プ ログ ラムの下 で用益 権 を入 手 した農民 の一部 が,政 治家 や企 業家 に名 前 を貸 して い るケ ー スが多数 あ る ことが判 明 し

,

「改革 」が む しろ既 存 の土 地集 中 を増 強 す るよ

うな皮 肉 な結 果 を生 ん だ地域 もあ った [Charasdamrong1997]。

さて,森林局 の林 地政 策 と農地 改革 は どの よ うに関係 して い るのだ ろ うか。政府 に と って は, 20年近 くの懸案 で あ った農地 改革 を速 や か に実施 す る と同時 に, 国家 目標 で あ る 25% の保護 林 面積 を確保 す る こと も急 務 で あ った。互 い に矛盾 しか ね な い二 つ の 目標 を調整 す るため,森 林 局 は 1989年 の商 業 伐 採 禁 止 令 に よ って伐 採 権 が取 り消 され た保 全 林 を, よ り精 練 化 した ゾーニ ングに基 づ いて3つ に分 類 す る政 策 を打 ち出 し, 担 当部局 の管轄範 囲 の境 界線 確定 を急 いだ。 この結 果, 保全 林 のすべ て は,後 に詳 しく見 る森 林局 の ゾーニ ングによ り3つ に区分 さ れ る ことにな る。 す なわ ち,保護 が必 要 な林地 (保護林 :Cゾー ン),今後 植林 され るべ き土地 (経済 林 :Eゾー ン) と,すで に,農 民 が耕作 を してお り農地 改革 事 務局 を通 じて農民 に用益権 が移 されつつ あ る土地 (農地 改革 地 :Aゾー ン),で あ る。 この ゾー ニ ングの結 果 は,国 の開発 計 画 の マ ス ター プ ラ ンとな る第 7次5カ年 計画 (1992-1996)で改訂 され た保護林 と経 済林 の 目 標面 積 を, それぞ れ の県 に配 分 す る ときに必要 不可 欠 な情報 とな った。 ただ し, この ゾーニ ン グは, 国有保 全林 地 内 に限 って行 われ たため, 保全 林 の外 に存 在 す る林地 は除外 され て い る。 1993年 5月 に政 府 は経 済林 の内 の再生 用林 地 とその他 の用地 の計

4

,

4

00万 ライの土地 (保全 林 の約 3割 に相 当す る面積 ) を農地 改革 用地 に転 用 す る方針 を明 らか に した。 そ して, この よ うに農地 改革 事務 局 の荒廃 林 にお け る役 割 が一 層重 要 な位 置 を 占め るよ うにな る中 で, 荒廃林 地 の取 り扱 いを め ぐる森林 局 との間 の協 定 に も変化 が生 じるよ うにな って きて い る。 例 えば, 1995年 まで は,森林 局 か ら農 地 改革 事務局 に譲渡 され た土地 に 「森 」で あ る と判 断 で き るよ う

(15)

表3 森林局 の ゾーニ ングの分類 保護 ゾー ン 経済 ゾー ン (Cゾー ン) (Eゾー ン) 基準 通常, このカテ ゴ リーに属す る森 林 は保存 にふ さわ しい密度 の天然 林 で覆 われてお り, いずれ は国立 公園 や野生動物保護 区 と して囲 わ れ る土地 であ る。実 際 には,平地 で森林 が残 ってい るところはほと ん どな いた め に,勾 配 が35度 以 上 あ るよ うな山岳地帯 の森林 がC ゾー ンに認定 され る。 出所 :[MIDAS1991] この カテ ゴ リーに属す る森 は, 荒廃 した り,衰退 した りして いるが,也 質上 は農地 に適 さず,林地 と して再 生す ることが可能 であ る。経済 ゾー ンの一部 は,農地 と して開墾 されて 久 し く,す で に定 住 者 が い るた め に, 上地 は森林局 の管理 を離 れ,農 地改革事務局 を通 じて農民 に譲渡 さ れ るべ く区画 され る。 農地改革 ゾー ン (Aゾー ン) 何 らかの所有権 を 保証 す る上地証書 が発行 されてい る よ うな農地, お よ び,経済 ゾー ンか ら回 され る農地 を 指 す。 表4 森林局 の ゾーニ ングに基 づ く林地配分 (単位 :百万 ライ) 国有保全林 保 護 林 (Cゾー ン) 良質 の林地 再生用 の林地 その他 の用地 経 済 林 (Eゾー ン) 良質 の林地 再生用 の林地 その他 の用地 農地改革用地 (Aゾー ン) 良質 の林地 再生用 の林地 その他 の用地 国有保全林 の外 良質 の林地 再生用 の林地 その他 の用地 面 積 (%) 147.34 (45.9%) 88.23 (27.5%) 71.56 (22.3%) 7.85 (2.4%) 8.82 (2.8%) 51.89 (16.2%) 8.82 (2.8%) 15.46 (4.8%)- 農地改 革へ 27.61 (8.6%)- 農地 改革-7.22 (2.2%) 0.16 (0.0%) 0.4 (0_0%) 7.2 (2.2%) 173.35 (二54.0%) 4.89 (1.5%) 1.44 (0.4%) 167.02(52.1%) 出所 :[MOAC/RFD1993:29] 症 :表 中の 「農地改革 -」 は筆者が加筆 した もの。 な樹 木 の 群 生 す る と こ ろ が 含 ま れ て い た と して も, そ れ を返 却 す る規 定 は な か った。1985年 に 農 地 改 革 事 務 局 の 内 部 文 書 と して 出 版 され た 『農 地 改 革 地 に お け る植 林 と森 林 保 全 の た め の ガ イ ドラ イ ン』[ALRO1985]の存 在 は,農 地 改 革 地 の 中 に あ る森 林 の 管 理 が 農 地 改 革 事 務 局 に任 され て い た こ とを示 す もの に他 な らな い。25) しか し, 1995年 8月 の協 定 で は, 農 地 改 革 事 務 局 と森 林 局 の 合 議 に よ って 「林 地 」 に認 定 さ れ た土 地 は, 農 地 改 革 事 務 局 に譲 渡 され た後 で も, 25) この中で は,1956年 の20%政策 に従 って,農地 改革地 の2割 に木 を植 え る こ とが奨励 されて い る。

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東南 ア ジア研究 37巻 1号 森林局 に返還 され ることが規定 され た

[

RFDandALRO1

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9

5

]。26)そのため,現在,農地 改革 事務局 に譲渡 され た

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,

4

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万 ライの内,約

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万 ライが森林局 に返還 され る見込 みで測量 が進 め られて い る

[

RFD1

9

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7

]。以上 の ま とめ と して, タイの林地 区分制度 をその領域 的 な側面 を強 調 して筆者 な りに図解 す ると図2のよ うにな る。 この図 の中で,独 自の法律 に基 づ いて管理 ・運営 が定 め られて い るところは, 国立公園 と野 生動物保護 区, そ して保全林 で あ る。 それ以外 の保護林 は政府 の条例 や内閣 の閣議決定 な どの 諸政策 によ り定 め られて いる。図

2

に沿 って以上 の流 れを要約 すれば, まず

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年 の土地分 類委員会 の政策方針 および

1

9

61

年 の閣議決定 に従 って,一番外側 の枠 に国土 の

5

0%

に相 当す る永久林 が地 図 の上 に指定 され る。ただ し,実地調査 に基 づ く永久林 の法制化 は

1

9

6

4

年 の保全 林法 まで待 っ ことにな り,結果 と して保全林 の範 囲 は,永久林 の内側 に措 かれ る。 また,永久 林 の外 には, まだ良質 の森林 が残 されて いるに もかかわ らず, いずれの保護指定 も受 けて いな い場合 が あ る。保護林 と して囲 うことので きる地域 が稀少 にな って きた

1

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8

0

年代後半 か らは, 民 間 や 政 府 機 関 に l l 特別許可される土地 l l 地など)(例 えば 、ダ ム建 設 ■一I I ra ● I I 一I一 植林地 しここ こ」

巨ヨ

I ◆ ■ 農地改革地 Czone 荒廃林地 * . _ 碑 -森林村&STK 森 林公 園、植物 園、禁猟区 図 2 タイの林地区分 出所 :筆者作成 26) いったん農地改革事務局に委譲 された後でも,森林局に返却することが義務づけられている土地 の条件は, (1)森が残 っている状態の土地, (2)農地 として便益を生み出すことのできないような 土地,(3)生態系が特に脆弱なところ,(4)村人の共同利用林 として保護されるべきところ,(5) 平均斜度が35度以上の急勾配の土地, (6)水源地周辺, (7)法に基づいて森林局が管理すべきと ころ, (8)マングローブ林, (9)農民がまだ占有 ・耕作 していないような荒廃林,である。

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まず は国立公園, あ るい は野生動物保護 区 な どの優先地域 が囲 い込 まれ, その中 に村落 が あ る 場 合 には,保全林 に格下 げす る とい う,実状 に応 じて二重 の法適 用 を受 け る地域 が生 じること にな った (図 2の破線 矢 印)。森林局 の最終 防衛 ライ ンは C ゾー ンで あ り,森林局 と して は,皮 るべ く早 くその大部分 を法 人格 を持 っ国立 公園, もしくは野生動物保護 区 に取 り込 み た い考 え で あ る。 一方,経 済林 の ほ とん どは民営 化 し,民 間 に よる植林事業 の促進 を図 る ことが意図 さ れて い る。27)すで に指摘 した よ うに, 永久林 の外側 に は土地局 が管理 して い る森林 もあれば, 私有 の森林 も存在 す る。 また, ゾーニ ング上 は

C (保護 林)」 の指定 を受 けて い るが, いまだ に保護 区 に指定 されず に待機 して い る土地 も存在す る。 この図 の中で問題 にな るの は,Cゾー ンの中 に住 む人 々, お よびEゾー ンの中 の植林予定地 ですで に農業 を営 んで い る人 々の処遇 で あ るO -部 の保護 ゾー ンにつ いて は, す で に強制移住 な どの強硬手 段 が と られ た事例 もあ るが, 住民 の反発 や NGO の支援 な ど も手伝 って, 政府 と 村 人 の に らみ合 いが続 いて い る地 域 も多 い。 1997年4月22日に当時 の チ ャパ リッ ト政 権 は 「貧民 の フ ォー ラム」の要求 に応 え る形 で,保護 区 の中 に暮 らす人 々につ いて は,保護 区指定 を 受 ける以 前 か らそ こに暮 ら し,森林保全 に協 力 す る意志 のあ る農民 につ いて は土地法典 の規定 によ り所 有権 を付与 す る とい う閣議決定 を下 した。 しか し, その後 の チ ュア ン内閣 は,貧農 を 支持基盤 とす る野党 を攻 撃 す る目的 で1998年6月 に前 内閣 の閣議 決定 を くつ が え し,森林 局 に対 して保護 区 の中 の農民 を強制移住 させ る権 限 も含 めた中央集権 的 な資源管理権 を与 え る政 策 を提示 した [Ekachai1998]。いず れ にせ よ,保全林 の農地 改革地 へ の大量転用 は,国有林 か ら人 々を強制移住 させ た と して も代替農地 の確保 がで きな い ことを政府 が認 めた証 に他 な らな い。例 えば, 1994年 の森 林局 の調 査 によれ ば,法的 に は最 も厳 格 な区域 と して指定 されて い る 野生動物保護 区 の中 にさえ,依然相 当数 の村落 が農耕 を営 んで い ることが確認 されて い る (義 表5 野生動物保護区内および近 隣 に居住す る農民 の規模 (1994年現在) 居住地 と農地 が ともに保護 居住地 は保護区 の外 にあ る 地域 保護区 の数 区内 に存在す る が農地 が中 に存在す る 家族数 人 口 占有面積 家族数 人 口 占有面積 中 部 北 部 南 部 東北 部 9 3 4 2 2 1 1 2,156 9,879 53,229 1,163 4,483 39,686 4,622 23,682 75,691 5,212 14,604 72,440 3,699 13,834 97,762 5,228 13,131 68,679 636 3,163 6,047 1,978 10,706 55,845 合 計 58 11,113 50,558 252,729 13,581 42,924 236,650 出所 :1996年12月 に森林局で筆者 が行 ったイ ンタ ビューの際 に提示 された資料 荏 :面積 の単位 は ライ 27) 経済林 の民営化 と保全林 内の用益権 (ALRO証書) 地域 の拡大 は, リゾー ト建設 な どの大規模 開 発 を もくろむ富裕層 - の更な る上地集 中 を もた らす ことが懸念 されて い るが, これ こそ政 府 の暗 黙 の意図で あ ると指摘す るNGOも存在す る [IUCN1996]。

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東南 ア ジア研 究 37巻1早 5)。 これ らの人 々を強制移住 させて,代替農地 を探 すのは不可能 に近 い。森林保全 を,村人 の 目か ら見た経済的なイ ンセ ンテ ィブによ らず, その場 しの ぎの法制度 の改変 に頼 って行 お うと して きた こと, そ して森林減少 には植林 で対応 す る, とい う技術論 的発想 が保全 の条件 を ここ まで困難 な ものに至 らせた と考 え られ る。 Ⅴ

人々のための公共地

すでに概観 したよ うに,土地 の稀少化 が深刻化 す る以前 まで は,経済的な理 由か ら村人 が共 有 の林地 を囲 い込 む理 由は見当た らなか った ことが予想 され る。仮 に一部地域 で薪 や建築材 な どの森林資源 の不足が認識 されて も, その入手先 とな るオ-プ ン ・アクセスの森林 が広大 に存 在 したか らであ る。 しか し,土地 の稀少化 と政府 による林地 の囲 い込 み は,農民 たちが 自由に 利用 していたスペースに徐 々に圧迫 を加 え ることにな っただけでな く,生活 の根幹 をなす私的 農地 の確保 さえ困難 に した。それで は

,

「政府 のための公共地」で はな く,人 々のための公共地, そ して村落共同体 を主体 とす る森林利用 は,既存 の法制度 の中で どのよ うに位置づ け られ るの であろ うか。 まず は,公共地 に関す る法制度 を簡単 に振 り返 ってお きたい。 現在 も効力 を もつ共 同利用地 につ いて定 めた法律 は,1932年施行 (1930年公布)の民商法典 にた どることがで きる。そ こで は

,

「国家 の公共財産 (satharanasombatkhongphaengdin)

の一部 と して,人 々の共 同利用地 に関す る規定 が含 まれている [Thammarangsi1996]。 しか し, その当時想定 されていたの は道路 や公園,湖 や海岸 な どであ り,森林 は公共財産 の例示 に は含 まれていな

い。

しか も, 当時の 「共用地」 に関す る法律 は,公共地 を共 同で利用す る上 で の開放性 を維 持 せん とす る もので あ って,共 同の所有 ・占有 を保護 しよ うとす る もので はな か った [重富 1997]。民商法 や荒蕪遊休地 の先 占禁止 に関す る法律 (1935年)など,1930年代 に始 まる一連 の領域 的 な囲 い込 み は, いずれ も1920年代末 の経済恐慌 によ る土地 の放棄 と集 中化, そ して土地 その ものの物理的有限性 が政府 に認識 され始 めた ことを反映 した ものであ っ た [北原 1973

]

1950年代 にな ると,政府主導 の コ ミュニテ ィー林 の起源 とも考 え られ るよ うな 「人 々のため の」共 同利用林地 の積極 的な位置づ けを明示 した文書 が現 われ る。 それによると,政府 は1956 年 に土地法典 の一部 と して示 された土地配分 に関す る取 り決 めの詳細事項 と して,国有地 の一 部 を農地 と して再配分 す る場合 に,その20%を森林 と して維持す ることを定 め,それを地域住 民 のための公式 の共同利用地 と して残すべ きことを規定 している [MOI1956]。この文書 で は, 森林 の土壌 に果 たす役割 や, この共 同利用林 が村人 の木材利用 のために使用 され るべ きことな どが明示 されているが,「コ ミュニテ ィ-林」 とい う言葉 は用 い られていない。 森林 が比較 的豊富 で国土 の6割以上 を 占めて いた と予想 され る1950年代 に,人 々のための

(19)

共同利用林地 を定 め ることが必要であ った理 由ははっきりしない。 筆者 が土地局 のOBにイ ン タビューを した限 りにおいて は,新 たな農地配分が行われ る地域 は国有林のそばであることが 多か ったため,国有林への立 ち入 りを抑制す る目的で村落の境界 の内側 に共同利用林 の設立 を 奨励 した, とい う証言 を得ている。 豊かな国有林 のそばであ ったか らこそ, それを保護す る狙 いで人 々のための共同利用林地 を村 の敷地 の内部 に設定 しよ うと した可能性 は高 い。 ただ し, この

2

0%」

政策 に基づ くゾーニ ングは行われず,結果 として は文書指示 に とどまる噴味な政 策 とな った。 そ して,林地 と農地 の競合関係 が強 く認識 され るよ うにな った後 に,再 び この規 定が持 ち出 され,農地改革事務局 と森林局 の間 の管轄地 の範囲 をめ ぐって参照 され る数字 と な ったのである。 この規定 は

,1

9

9

5

8

月における閣議決定 で詳細 な基準 の下 に改定 され,農 地改革地 に森林 が残 されている場合 には森林局への返却 が義務 づ け られ ることにな った。 これまでの整理か ら,現状 の土地制度 ・林地政策 の枠組みの中で は,人 々が共有で きる森林 の位置づ けは必然的 に限定 され る。政府 の称す るコ ミュニテ ィー林 とは, 今の ところ図2で示 す ところの経済林 (Eゾー ン) の中に位置づ け られてお り,天然林 の利用 は基本的な対象 には な っていないのである。 つ ま り,仮 に生産性 の高 い大 きな森か ら順番 に,保護 の対象 として囲 われてい るとすれば,コ ミュニテ ィ-林 の法的な存在余地 は

,

「残 り物」である荒廃林 の スペー スに見出す他 はない。実際,森林局が出 した比較的最近 の公式文書 によれば, コ ミュニテ ィー 林 とは 「森林法 もしくは保全林法 に基づ く林地 で,国立公園や野生動物保護区, あるいは禁猟 区の中, あるいは内閣が水源林 として保護 を規定 している土地 にあ って はな らな

い。

それはま た,政府 の利益 のために法 に基づいて保全や立 ち入 り禁止 を決 めている土地 にあ って もな らな い

」[

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9

7

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7

]

とある。 それで は,荒廃林地での植林以外 に政府が認 めるよ うな コ ミュニテ ィー林 を促進す る制度的 基盤 は存在 しないのだろ うか。筆者 はい くつかの可能性 が残 されていると考 え る。 第- は,面 積的 にはまだ少 ないが,国有保全林 の外 にあ って,土地局 の管理 の下 に置かれているコ ミュニ テ ィー林 の利用である。農民 の 日常 的な利用頻度が高 い公共地 には基本的に二つのカテ ゴ リー があ り,一方 は放牧地 な どに利用 され ることの多 い内務省管轄 の土地, もう一方 は,森林局管 轄 の林地 であ る。 前者 の分類 に属す る土地 は,先述 の民商法 に基づ いて土地法典 によって保護 され るもので,土地局 の比較的最近 の資料 に依 れば,全国で 1万

7

千個所,約

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万 ライが登 録 されてお り, 放牧地や コ ミュニテ ィー林 と して地域住民 に利用 されてい る

[

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]。28) この うち,コ ミュニテ ィー林 と しての登録 は

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年 の段階で

1

1万

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,

0

0

0

ライで,その数 と面 28) 私的所有 (もしくは占有) が不在 であるよ うな遊休地 は, 1941年 の森林法の規定上, まず は 「森 林」 とい う分類 に含 まれ ることになるが, その後, 土地局 (地元の群役場) に申請す ることで土 地法典 に基づ く 「荒蕪遊休地」 もしくは 「共同利用地」 として登録す ることがで きる。 ある土地 が法的 に森 と して分類 され る限 りにおいて は,森林局 の監視 の下 に利用 が規制 され る ことが多 い ノ

(20)

東南 アジア研究 37巻 1号

図3 政府が認めるコ ミュニティー林の存在形態 出所 :筆者作成

積 は増 加 傾 向 に あ る とい う

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]。 もち ろん,土 地 が森 林 局 の管 轄

外 にあ って も, そ の上 に有 用 樹 種 が あ る場 合 は森 林 局 の関 与 は避 け られ な い。 しか し, 森 林 局 の領 域 的 管 轄 の外 に あ る こ とか ら, 森 林 局 の パ トロ ー ル な どの干 渉 も少 な い こ とが 予 想 で き る。 第 二 は, 保 全 林 か ら農 地 改革 地 に移 った土 地 にお け る コ ミュニ テ ィー林 の促 進 で あ る。 す で に示 した よ うに

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5

年 の協 定 以 降,農 地 改革 地 に あ って も森 林 が残 って い る場 合 は森 林 局 の 管 理 の下 に返 却 す る こ とが原 則 とな った。 しか し, そ こで の 「森 林 」 の定 義 は唆 味 で, 実 際 に は, 関連 す る現 地 の役 人 の合 議 に よ って森 林 で あ るか そ うで な いか が決 定 され る。 新 しい農 地 改革 地 は ほ とん どが 旧保 全 林 で あ り, 保 護 区 に接 した場 所 で あ るケ ー ス も多 い こ とか ら, 農 地 改革 地 の 中 に は比 較 的豊 か な森 林 が存 在 す る場 合 が あ る。 そ して, こ こで特 に重 要 な の は, 農 地 の利 用 権 がALRO証 書 に よ って保 証 され て い る こ とで あ る。つ ま り,農 地 改革 地 で は土 地 と 森 の利 用 が ワ ンセ ッ トに な って い る可 能 性 が あ る。 た だ し,ALRO証 書 は実 態 と して,開 墾 さ れ た保 全 林 で の耕 作 権 の追 認 とい う形 に な って い るため に, 現 在 耕 す土 地 を も って い な い農 民 につ いて は対 応 で きて い な い。 森 の そ ば に暮 ら しなが ら, 実 態 と して耕 作 地 を もた な い農 民 は 森 との経 済 的 な結 び つ きが 強 い こ と も多 く, こ う した農 民 た ち の処 遇 は今 後 の重 要 課 題 で あ る。 第 三 は, 国 有 林 の非 公 式 的利 用 で あ り, 現 在 の多 くの地 域 で見 られ る慣 習 的 な天 然 林 ・二 次 林 の利 用 が これ に相 当 す る。 つ ま り, 厳 密 に は違 法 で あ るが現 地 の森 林 局 と村 人 の イ ンフ ォー \ が,土地局の公共地 として登録す ることで住民 によるアクセスが容易 になるのが一般的である。 その理由は, 森林局の方が現地 スタッフが多 く, パ トロール能力 に優れているか らである。 筆者 のイ ンタビュー調査 では,農民が公共地 を好んで森林局 の下 に禁猟区 として登録す る例 も確認 さ れてお り,農民が どのよ うなプロセスと動機 で公共地 の登録 を行 っているのか,あるいはその帰 結 はどのような ものなのか, などの点 については今後の研究課題 としたいと考えている。

表 3 森林局 の ゾーニ ングの分類 保護 ゾー ン 経済 ゾー ン ( C ゾー ン) ( E ゾー ン) 基準 通常, このカテ ゴ リーに属す る森 林 は保存 にふ さわ しい密度 の天然 林 で覆 われてお り, いずれ は国立 公園 や野生動物保護 区 と して囲 わ れ る土地 であ る。実 際 には,平地 で森林 が残 ってい るところはほと ん どな いた め に,勾 配 が 35 度 以 上 あ るよ うな山岳地帯 の森林 が C ゾー ンに認定 され る。 出所 : [ MI DAS
図 3 政府が認めるコ ミュニティー林の存在形態 出所 :筆者作成

参照

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