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改正証券取引法とインサイダ-取引自主規制について 利用統計を見る

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改正証券取引法とインサイダ-取引自主規制につい

著者

浅野 裕司

著者別名

Y. Asano

雑誌名

東洋法学

32

1

ページ

83-116

発行年

1988-12

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00003556/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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改正証券取引法とインサイダー取引自主規制について

浅 野 裕 司

はじめに

 証券取引法の一部を改正する法律︵爆下、改正証取法︶が、昭和六三年五月二五日に国会で可決成立し、同年五月 三一日法律第七五号として公布された。この改正により、証券先物市場の整備、インサイダi取引︵未公開の内部情 報を利用した不公平取引︶規制の強化、ディスクロージャi制度︵企業内容の開示制度︶の改善を柱とした改正証取 法が順次施行されている。  証券先物市場の整備については、債券の先物取引は昭和六〇年十一月から取引が始まっているが、六三年八月二三 日からは有価証券の指数先物取引、オプション取引の取次についても証券業と位置付け、証取法で規制することにな った。証券会社にしか取次業務を認めないわけであるが、公共債・外国国債の先物取引については他の金融機関にも 参加を認めることにした。証券先物取引は現物の取引に比べた場合リスクが大きく、投資家保護を徹底する必要があ

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    改正証券取引法とインサイダ馨取引自主規制について       八四 ることから、証券会社などに厳しい行為規制を求めている。たとえば、利益が確実に上がると約束して売買を勧誘す ることを禁じているほか、取引の安全性を確保するため、投資家から委託証拠金を徴収しなければならない。  ディスクロージャ⋮制度の改善については、十月一田に施行になるディスクロージャi制度関連の証取法は、企業 が株式や社債などを機動的に発行できるよう開示手続を簡素化するとともに、投資家が有益な投資情報を確保できる 下地を整えるのが目的である。具体的には、 ﹁発行登録制度﹂を新たに設ける。企業はあらかじめ発行予定額を登録 しておけば、一定期間︵一年または二年︶内は有価証券届出書を提出しなくても何回かに分けて発行できるようにな る。届出書には﹁参照方式﹂を導入する。募集や売り出し要項以外は、決算期ごとに提出している有価証券報告書を 参照するように記載するだけでよくなる。届出書を提出してから効力が発生するまでの期間も原則三〇日から十五日 に短縮する。担保付普通社債についてディスク禦iジャー義務を免除する経過措置を廃止し、投資家への情報提供を 徹底させる。  社会的に大きな関心をもたれているインサイダー取引規制関係では、大蔵省の調査権限を定めた第一五四条が八月 二三日から施行された。改正証取法の公布を受けて政令・省令が順次施行されるが、一〇月施行分の大蔵省令の内容 が明らかになった。それによると、①証券会社への監督権限を強化する、②会社役員や大株主が株式を売買した場 合、十一項目にわたる報告を義務付ける、などで、証券会社と投資家の両面からインサイダ⋮取引を未然に防止して いくとしている。また、証券会社への監督権限強化については、 ﹁証券会社の健全性の準則などに関する省令﹂第三 条の改正で対応する。同条では、大蔵省が証券会社に対し改善命令を出せるケースを列挙しているが、新たに、イン

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サイダ!取引を予防するうえで証券会社内部の企業・顧客情報の管理体制が不充分な場合を加える。第一八八条で、 会社役員や主要株主の株式売買状況の大蔵省への報告を義務付けたことに関連して新設される大蔵省令は、報告内容 として、取引者の氏名、住所、発行会社との関係、売買した有価証券の種類、約定日、売り買いの区別、単価、数 量、金額、手数料、取引税額を明記する、としている。  インサイダー取引規制には、第一八八条のほか、半年嵐内に役員・主要株主が自社株を売買した場合に利益を企業 に返還する義務︵一八九条︶、役員・主要株主のカラ売り禁止︵一九〇条︶が盛り込まれているが、これらは一〇月 に施行される。さらに、規制対象者や株価を変動させる企業の重要な事実の規定︵一九〇条の二︶、株式公開買付け の規定︵一九〇条の三︶が施行され、六月以下の懲役か五〇万円以下の罰金という罰則規定︵二〇〇条︶は昭和六四 年四月施行の予定となっている。  インサイダー取引規制の政省令整備の進行に伴い、これに先行ないし並行する形で銀行界、信託業界、証券界、経 団連、投資顧問業協会などでインサイダー取引の自主規制ルール︵ガイドライン︶がつくられている。自主規制ルー ルの目的は、インサイダー取引の未然防止にあるから、本来は改正証取法にもとづく政省令の全容が先に明らかにさ れているべきであろう。なぜならば、インサイダー取引規制の違反者には刑事罰を課すということになると、人権問 題が絡むだけに、法の公平さを保持するうえでも、如何なる場合には処罰されるのか、ということを的確に、しかも 具体的に定めておく必要があろう。そうした細部については、改正証取法は政省令に委ねているからである。  インサイダー取引を極力回避するためには、自主規制、行政、司法の三段構えで望むのが理想的といえる。英国の

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    改正証券取引法とインサイダー取引自主規制について       八六 自主規制や西独の自主規制︵内部者取引基準︶にみるように、インサイダー取引規制には自主規制が重要な役割を果 すことになろう。そこで、改正証取法のインサイダー取引規制に関する部分と自主規制について素描を試みて、大方 の御叱正を仰ぎたい。 インサイダー取引の概念と欧米における法規制  インサイダー取引とは、本来、英国におけるぼω箆禽留&譲︵内部者取引︶の概念からきており、米国証券取引委 員会︵ω。窪降諒§伽国蓉訂躍①Oo琶。 陰。 。一8略称SEC︶はインサイダー取引︵﹃。 陸鉱R嘗亀一お︶を内部者取引とし て、投資判断に影響を及ぼす重要な未公表の情報を有する者がそれを証券取引の相手方に明らかにすることなく証券        ︵1︶ の取引をした場合、摘発をしている。近年では、TOB︵株式公開買付︶やM&A︵企業の合併・買収︶が盛んにな り、そうした情報を事前に入手して株式取引をして巨利を得るというような事件があって、SECに摘発されて有名 なのは一九八六年のボウスキ⋮事件である。米国制定法上にも、インサイダー・トレーディングについての明文の定 義規定はなく、内部者取引規制の根拠となっているのは、一九三四年証券取引所法︵ω8貸置窃国誉冨鑛。︾8第一 〇条㈲項およびこれにもとづくSEC規則蜀b15などであり、これらにもとづき内部者取引に関して数多くのSE       ︵2︶ Cの審決および裁判所の判例の蓄積とによっている。  英国においては、証券取引規制の法律としては、一九五八年不正投資防止法などがあったが、多くはシティのジェ ントルマンクラブ的自主規制に委ねられていた。しかし充分な規制効果はなく、一九八一年に発生したノートン・ウ

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オーバ;グ投資顧問グループによる顧客の預り金流用事件および相次ぐ証券業者の倒産で投資家保護の必要性が強く 要請された。そこで、一九八五年会社証券法にもとづき規制が行われていたが一九八六年一〇月に成立した金融サー        ︵3︶ ビス法︵男ω︾”距塁蓉笹ωR鼠。。の︾9おo 。①︶により修正・強化され、内部者取引規制が行われている。一九八八年 四月二九日に﹁投資業務︵ぎくのの琶①旨国岳貯霧とを行う者に対する規制の部分が施行されている。具体的規制の 内容は、主務大臣である貿易産業大臣から、認可および規則制定の権限を委譲されたSIB ︵証券投資委員会” ωのo舞鼠窃置器ω冒窪鍍ω8a︶が定める投資業務規制のための規則︵ルール・ブック︶により定められる。フランス においても、一九六七年大統領令にもとづき内部者取引規制が実施されてきているが、一九八三年にも同令の一部修 正により規制強化がなされた。スイスでは、内部者取引を規制するため、刑法などの改正が一九八七年末に議会にお いて承認されている。一九八八年九月十四日米国下院本会議において、 ﹁インサイダー取引規制強化法案﹂が全会一      ︵4︶ 致で可決された。同法案は①インサイダー取引を行った個人に対する罰金額を従来の最高一〇万ドルから一〇〇万ド ルに引き上げる、②法人に対する罰金額も最高五〇万ドルから二五〇万ドルに引き上げる、③懲役刑を最高五年から 一〇年に延長するーなど罰則の大幅強化をうたっている。またSECがインサイダー取引事件の捜査に当たり情報提 供者に報奨金を支払うことを認めている。米国議会では、上院銀行委員会︵プロクシマイア委員会︶にもほぽ同じ内 容の法案が提出されている。SECは、一九八八年九月、ニューヨークの投資銀行、ドレクセル・バーナム・ランペ        ︵5︶ ール社に関する違法行為を摘発し、民事訴訟のための訴状を裁判所に提出した。同事件は、SEC発足以来最大のも のと予想され、違法行為の中心はインサイダi取引と株価操作・企業買収のための資金調達が絡んでいるとされる。

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    改正証券取引法とインサイダー取引自主規制について       八八 他方、連邦検察官は同社のジャンクボンド︵低い格付けの債券︶部門の責任者ほか四人を刑事上の被疑者に指定し た。民事裁判と並行して刑事裁判の行われる可能性も高くなった。事件の展開によっては、インサイダー取引に関連 して損害を被った一般投資家からの損害賠償請求訴訟も多発する可能性もあると指摘されている。  インサイダー取引とはなにか、その概念として、わが国では、職務などを通じて知り得た未公開の情報を利用し株 式の売買を行えばどのような役職や立場にあるかにかかわらず、すべてインサイダi取引にあたる、とするのが一般 的な解釈である。従来、証券取引法にはインサイダー取引を一般的に禁止する明示の規定は存在しなかった。第五八 条一号が証券取引において詐欺的な行為を行うことを禁止しているところから、インサイダー取引規制にも適用でき るという解釈が学説の中にはあったが、法文が非常に抽象的で構成要件も不明確であるということから、現実には適 用は困難な面があった。そこで、改正法においては、インサイダ⋮取引を明示的に禁止する規定を新設した。新設の 規定は、上場会社の運営・業務または財産に関するインサイダー取引︵第一九〇条の二︶および上場証券の公開買付 けまたは買収に関するインサイダー取引︵第一九〇条の三︶を禁止することとした。  世界の有力証券取引所がインサイダー取引防止のため、株売買停止で国際協定を結ぶことになった。一九八八年九 月アムステルダムで開かれた国際取引所協議会︵F王BV、二八力国三三取引所︶の総会において、国境を越えて複 数の証券取引所に上場している株式が増えているが、さしあたり、問題が起った企業の株式の売買停止に関して、各 国取引所が協調していくことになった。これは、株式市場のグ資ーバル化の進展で二四時間取引の時代を迎え、株価 に大きな影響を与える重要情報の周知を国際的に徹底し、多国間にわたるインサイダー取引を防ぐのが目的である。

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各取引所は、それぞれ市場の公正な運営に努めているものの、情報の公開方法や、インサイダー取引の定義、具体的 な防止策、摘発体制、罰則などについては、バラツキがあるのが実情である。しかし、昨年のブラックマンデー︵世 界的な株価暴落︶を発端として、改めて世界の市場の一体化が明らかになったことから、すぐに手のつけられるテ⋮ マとして売買停止で協調していくことになった。企業活動の多国籍化とともに、複数の取引所に株式を同時上場する ケースが増えており、臼本企業の海外での上場はすでに十二市場、一九八銘柄にのぼる。一方、東証外国部への上場 企業も一〇〇社になっている。株式公開買付け︵TOB︶や、その他株価に影響を与える事実が明らかになった場 合、各取引所はその事実を周知徹底するため、株式の売買を停止している。しかし、複数上場企業の場合には、他市 場に注文が流れ、本国での売買停止措置に抜け道ができる恐れもある。具体的には当該企業の本国の取引所が、売買 を停止した銘柄について同一銘柄を上場している各取引所になぜ停止したかを含めてすみやかに連絡、各取引所は売 買を停止する。売買再開の時期は原則として本国の取引所が再開してからとする。ただし東京とニューヨークのよう に立会時間が重ならない場合には、本国の取引所が他の取引所に再開時期を指示する形になるとみられるが、今後、 実務面を詰め早急に実施する方針である。インサイダー取引防止については、SECが各国の捜査協力体制作りを呼 びかけるなど、国境を越えて公正取引確保が課題になっており、今回の決定は、そうした流れの第一歩となった。各 国間の法規制の衝突︵OO島算無9壌の︶に関して前述の米国における法案︵H奮賦R↓鵠蝕鑛きαω8母銀8蜀箪& 両鐵98葎魯紬︾9おo 。o 。︶第六条において、諸外国から違反調査の要請があった場合にはレシプ覆関係の存在を前提に、 米国内法に優先して調査し、外国当局に調査結果を通報する権限をSECに与えている。また、第八条では、各国証

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     改正証券取引法とインサイダー取引自主規制について 券取引委員会の国際組織︵囲簿Φ導薮O霧一〇お§蟹ぎ⇒9ω8賃葺窃OO§落δ霧︶ を限度として認める条項を盛り込んでいる。          九〇 に対する会費の支払いを 一万ドル ︵1︶ ︵2︶  餌&α8κ庫鼠伽8ざ>Oo霧岡弩裟&鉱o︷費ω箆①増↓轟α汐αq︸o 。02多¢”好菊①︿“にお甲︾質β舞一勾①を旨o︷ωo窪触莚霧 国図9きαq①園①零誉︸おo oO∼一〇〇 〇8  ω等Rv男o蒙一鼠轟H霧一山票↓轟象轟“︾9註。鉱︾ω。。窃の臼o糞o翫90冒の箆巽↓墨象認ωきo鋤o霧︾go︷おo o♪おo 。㎝U爵① ピ。い80甲ビ〇三ωピo招..ωの。貸置霧力oαQ巳跨一8︵ご曾︶廼..ω巷鳳①き①纂8ω。8巳国儀蕊8、、㌦.に琶9卑o毒pき伍9導短ξ ︵お8︶甲ω器窪ヌ評蓉℃ω節い困3弩山N①畠9醤。目o麟&跨。評嘗。冒①虜詳お。 。ご浮欝窪鐸寄§。 ・” Uo。償簿o糞卑曙9b麩箆轟睾α○霞村臼2鐵90¢鉱審山ω馨oの︸お8旧ぎ9のぎ郵9奪き聲霊ぐg夢①O乱︷o鴇導 ωoo霞蕪oωわg︸ご刈9型毘一窪︸い①αQ莚豊ぎ譲。 。8qo︷90ωg葺蕪霧︾go︷一〇G 。o o獅鼠ωoo霞箆窃国蓉短お①>go︷ おω合<○ド一一.おお甲弊類亀oごO露鍵亀岱ω図○幻巳oに①⋮G o餌鼠9鼻ω︾男餌一導霧。 。奉誘霧国88且o↓竃o貸︸↓ぽ Φ羨ぎ霧ωピ碧≦器さ<oゼω8寳欝舞藷おo oN● 米国における内部者取引︵帥湧箆角霞包一お︶は、内部者取引の基礎となる未公表の情報︵汐ω箆R坤鑑鶏舅鋒窪内部情報︶ と、それを有する者︵一霧箆巽内部者︶とが要素になっている。この内部者取引における情報は、株式公開買付けが予定され ていることなど、証券︵器。弩蕊霧︶の発行会社の営業または財産状態に直接に関連するものであることは必要でなはないと される。企業の役員や主要株主などが未公表の内部情報を利用して行う自社株取引の規制は、限定的なものではあるが、 9鋸導8獲毒上において、既に今世紀初頭に端緒がみられ、連邦証券諸法で制定化された。一つは、内部者の六カ月以内の 短期自社株売買差益の会社への返還義務を規定した一九三四年証券取引所法︵ω。。貰憲霧悔巻訂凝①︾99おG 。戯︶第一六条 で、会社が返還請求を怠るときは株主に代位訴訟権を与えるとともに、内部者に持株異動報告を義務付けている。いま一つ は、一九三三年証券法︵ω8窪誌霧>9亀お器︶第一七条㈲項、一九三四年証券取引所法第一〇条㈲項、同一五条@項など の詐欺禁止規定を活用して当事者の救済を図るもので、特に一九三四年証券取引所法第一〇条㈲項に基づくSEC規則10b

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ー5を中心に判例と証券・取引所委員会の審決例の蓄積を通じて﹁内部情報の開示か取引の断念か︵島毘○器段菩釜酵沖○目 窪匙一おとの択一原則が確立された。また、詐欺禁止関係の場合の内部者の範囲は、役員と主要株主だけでなく直接・問接に 情報に接近できる者に拡大され、さらに内部者の信任義務︵盈蓉貯慧α葺曳︶違反への共謀の法理によって、内部者からの情 報受領者︵鋤竈①①︶まで内部者取引の責任を問われる傾向がみられる。これらの原則や法理に関する重要判例としては、一 九六一年のキャディ・ロバーツ事件︵ぎ夢。慧轟霞無9身男o言誘廼09お臼︶がある。これは、発行会社の取締役 兼NYS且の会員が同社の配当削減決議直後に仲間に連絡し、当該情報の公表前に証券売買一任勘定顧客のために同社株式 を売付けた事件である。SECは規則mb−5違反として審決により証券業者などを懲戒処分に付したが、この事件で、は じめて鎌ぎ一〇器9菩器汐律o奪貫簿島謎の原則が明示された。また、一九六八年のテキサス・ガルフ事件︵ω絹O︿↓舞霧 O巳協ω巳嘗霞09し霧o 。︶では、同社がカナダで大鉱床を発見した情報公表前に同社の役員・従業員が自社株を買付けた。 SEC規則10b!5に係わるこの事件で連邦控訴審は法廷として﹁内部情報の開示か取引の断念か﹂の原則を認め、また、 内部者からの情報受領者︵試竈①o︶に内部者の信任義務違反︵ぼ$魯9盈蓉㌶姶傷暮蜜︶への共謀の責任を課した。ぎの箆霞 霞&一轟に関し新らたなる衝撃を与えた事件は、一九八○年のチアレラ事件︵O露畦の蔚く。O巳お山ω欝け8おo oO︶ である。 これは、印刷工のチアレラが職務上で公開買付けの対象会社を察知し、その株式を買付けて利益をあげたのに対し、SEC はSEC規則mb−5違反として提訴し、第一審が有罪としたのを連邦最高裁が僅差で逆転無罪判決とした。その際の多数 派の見解は、チアレラは内部者でもユ窓8でもなく、従って臣8欝曙身な︵信認義務︶にもとづく開示義務は認められな いというにあった。ただし、この場合は、未公開情報︵琴霧霞難8”讐ぴ葎坤馬霞箏鋒霧︶の単なる所有とはいいきれず、情 報の横領ともみられるので、もしSECが他の訴因、つまり印刷を頼んだ公開買付者に対する信認義務違反で訴えていたな らば結論は変ったかも知れないとの含みを残していた。そこで、SECが公開買付けに関する限り類似の事件に対処しうるよ う早速、SEC規則坦ei3を制定した。SECの態度は極めて積極的であり既にこの規則を援用した勝訴例も多くみられ る。SEC規則鍛e−3は一九八○年九月に新設され、買付人または発行者筋から得た公開買付けに関する未公開情報を利 用して対象証券を売買し、または関係者が当該情報を流すことを一九三四年証券取引所法第一四条㈲項違反とした。チアレ   東洋法学       九一

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  改正証券取引法とインサイダー取引自主規制について       九ニ ラが最高裁で逆転無罪となった経緯や公開買付入自身が公開買付前に行う買付けは、一般に合法とされる点などに鑑み論議 の多い条文である。なお、前述のチアレラ自身は、最高裁の逆転判決前に鐵置霧瓜8︵差止命令︶に服し、問題の利益は売 却者に賠償させられ職も失ったとされている。チアレラ事件の考え方は、一九八三年のダークス事件︵9築ω︿.ω国O︶にお いても踏襲されている。ダークス事件では、インサイダーから情報の提供を受けた者︵9需①︶の責任が問題とされた。また SECが、刑事事件において規則mb−5を適用するために最近用いている理論に﹁︵情報︶悪用理論﹂︵昆舞℃嘆o鷲置鋤8 昏8曙︶がある。これはある者が他の者の情報を悪用して、自己の利益のために供してそれにもどづいて取引を行った場合、 その悪用者は﹁詐欺的もしくはごまかしの行為﹂を行ったのであり、規則mb−5に違反したものであるとする理論である。  米国のインサイダー取引の摘発例で最も有名なのはボウスキー事件であろう。これはウォール街を揺るがした大事件であ る。事件は関係者が多く複雑であるが、事件の中核はドレクセル・バーナム証券の役員だったデニス・レビンから、レイノ ルズ社によるナビコ社などへのTOB︵公開株式買付け︶に関する情報を知らされ、買収対象になった会社の株式を売買す ることで五〇〇〇万ドルの利益を手にしたものである。売買は一九八五年春獄降に行われ、発覚のきっかけは、メリルリン チのカラカス支店︵バハマ︶従業員の本社宛ての密告であったとされる。メリルリンチは事実を調査し、SECに報告し た。バハマ、スイス両政府の協力によって、スイスに本店のある銀行のバハマの口座が利用されており、その口座の持ち主 がドレクセルのレビンであると判明した。密告以来、一年間にわたる国際的な捜査の成果となった。当然、レビンは召喚さ れ、一九八五年までの五年間に五四銘柄の売買に関与し、一二六〇万ドルの利益を得たことが判明した。次いで、レビンの 情報仲間であるソロモン、ゴールドマン・サックスなどの若手社員、いわゆるヤッピーたちが逮捕され、最後に大物のサヤ 取り業者、ボウスキーにまで法の手が伸びた。ボウスキーは、不法利得五〇〇〇万ドルと罰金五〇〇〇万ドルの計一億ドル の支払いを一九八六年一一月に命じられた。全額約一五〇億円のお金が動いたとされるが、アイバン・ポウスキーは﹁マー ジャー・マニア﹂の著書もあり、カリフォルニア大学ビジネススクールで講義していたこともある。もう一つの大きな事件 は、一九八七年六月、中堅証券会社のキダー・ピーボディに対する罰金支払い命令が出た事件である。これも、ボウスキー と絡んで恥る。ボウスキーの情報ル⋮トのひとつであったとされるのが、キダー・ピーボディ社員のシーゲルである。シーゲ

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ルは、一九八二年のベンディックス社のマ⋮チンマリエッタ社買収計画の際に、インサイダー情報をボウスキーに流したの を手始めに、一九八四年に情報提供先を変えるまで少なくとも五社に関する情報を不正に流した。この事件のポイントは、 SECがシーゲル個入とともにキダー・ピーボディに対しても罰金︵約二五〇〇万ドル︶の支払いを命じたことである。従 来、不正があった際、個人が処罰されるだけであったが、初めて法人が処罰の対象になった。これは、わが国ではなじみの 薄恥司法取引、すなわち、罰金支払いなど一定の条件の下で訴訟の開始、続行を中止する制度のためとはいえ、法人も処罰 される先例として注目された。この命令が出される以前から、こうしたインサイダー取引が単なる一握りの逸脱行動という より、インベストメントバンクの活動に組み込まれているのではないか、という疑問が議論されていた。この法人への罰金 支払い命令は、いわば組織ぐるみの不正を認めたことを意味する。また両事件とも、ここ数年来、ウォール街でブームとな っているM&A︵合併、買収︶に関連していることが重要である。M&A情報は、潜行段階から有カインベストメントバン クの下に集中する。その情報さえ手に入れれば、大儲けすることも可能である。インサイダー取引は、M&Aの土壌に不正 の毒花を咲かせたといえよう。当然、こうしたうす汚い行為に対する反発は強く、イソサイダー取引規制を強化する法案が 次々に出されている。議員立法の米国では法案の提出自体は特筆すぺきことではないが、いくつも出てくるのは、それなり に社会的背景があってのことである。ボウスキーは、一九八七年秋に一億ドルの賠償金支払を命ぜられ、同年十二月、禁固 三年の実刑がニューヨーク連邦地裁で言い渡され現在服役している。  このように一霧箆角霞&一品については、米国制定法上にも明文の定義規定はないが、判例法上の概念をSECが効果的 に運用している。たとえば、前述の詠窓8についても、取締役から情報を流して貰った友人などにまで、拡大されるなど、 状況の変化に応じて判例理論も展開をみせている。なお、一九三三年証券法︵ωの窪葺奮︾3第一七条㈹項、一九三四年証 券取引所法︵留。弩薫窃国蓉げ磐αQo︾9︶第一〇条㈲項および第一五条@項は、いずれも証券市場に関する詐欺的行為を禁止 している。しかし、最も適用範囲が広いのが証券取引所法第一〇条㈲項であり、SECは、これにもとづき、S£C規則mb i5︵ω①。霞隷霧餌&国蓉訂おのOO導鼠量8菊三〇10b∼5︶を制定した。本規則は、何人に対しても、また、証券の相対取 引に対しても適用がある。本規則を利用した民事訴訟が数多く提起され、事実上の連邦会社法を形成するものだといわれて

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    改正証券取引法とイyサイダ馨取引自主規制について       九四   きた。しかし、現今は最高裁は濫訴を防止する判断を示している。通称﹁テン・ビー・ファイブ﹂と呼ばれる条文の骨子は   ﹁いかなる者も証券の購入または売却に関し、次の各号に掲げる行為を行うことは違法である。@詐取︵号袴鎧血︶を行うた   めの策略︵8≦8︶、計略︵q 。。帯導︶または技巧︵霧紳臨8︶を用いること。㈲重要な事項について事実と異なる記載を行うこ   と、または重要な事項の記載を省略すること。@いずれかの者に対して詐欺︵律き血︶もしくは欺購︵88εとなる、また   は、なり響る行為、慣行または業務方法を行うこと。﹂としている。 ︵3︶ピo塁きU・網切①αQ三象一8鋒霞塾①田葛蓉芭ω鶏蕊8の︾9●おo 。5困8び顕\O。O富旨p魯巴”○償箆のε紬ゲ。   歪暴琴坤巴ω①嵩一8ω︾9一〇〇 〇ρおo oS    一九九八年八月英国ナショナルウェストミンスター銀行︵ナットウェスト︶は、企業買収の内部情報をもとに株の取引き   をした投資部門の職員二人を解雇し、この取引で得た利益を返上すると、 ロンドン証券取引所に申し出た。インサイダー取   引の対象になったのは、インターコンチネンタル・ホテル・グループを所有する英国最大手の食晶企業グランドメトロポリ   タン︵グランドメット︶社株である。同社は八月八日、食品分野の業務拡大を理由に、全面所有する同ホテル・グループ系   列の十九ホテルを公開売却すると発表した。売却予想価格は、二〇億ポンド︵約四千五百億円︶といわれ、七年前にこのホ   テル・チェーンを二億七千万ポンドで買収したグランドメット社は大きな利益をあげることになる。このためグランドメッ   ト株は、売却計画発表日だけで一株あたり二十六ペンス上った。ところがグランドメット社の投資顧問をしているナットウ   ェスト銀行の証券子会社﹁カウソティー・ナットウェスト・ウッドマック﹂が発表の直前、同社株を他の証券会社から大量   に買い取り、この値上りで大きな利益を得ていたことが明るみに出た。ロンドン証券取引所に勤めるウッドマック社のディ   ーラーがナットウェスト銀行から事前に情報を入手、銀行の利益のため、独自の判断で株取引をしたと恥う。ナットウェス   トは英国で第二位の都市銀行である。この事態を重視し、同取引に関係したディ⋮ラーら職員二人を解雇、取引所に対しイ   ンサイダー情報にもとづく八月八日のグランドメット株取引を白紙に戻す手続きを要請しているといわれる。    英国でインサイダー取引の禁止を法律上初めて明確に位置付けたのは、一九八○年会社法である。しかし同法のインサイ   ダー取引規制関連規定は、その後一部改正を経た後、八五年に一九条からなる会社証券︵インサイダ⋮取引︶法として分離

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  ・独立した。さらにこの法律は、八六年に一部繰り上げ施行された罰欝蓉黛ωR蕊。霧︾9おo 。①︵金融サービス法︶にょっ   て修正・強化された。八五年会社証券法第二条は公務員も規制し、王室直轄機関従業者︵90類pω鶴奉糞︶に限定されてい   たが、八六年の金融サ⋮ビス法において、より広範な公務員︵評爵。ωR︿き件︶に拡張されるよう修正が施されている。 ︵4︶ 囲霧箆窪臼冠鑑営α傷き山ω㊦象ほ銘①ω孚き伽国象○村8簿o導︾gおo oo o事国勾臼ωω・ ︵5︶ イシサイダー取引がSECにより摘発された場合、処罰の方法として、①SECによ偽行政処分、③違法行為の差止め︵連   邦地裁への差止訴訟の提訴︶、㈲違法行為の差止めが認められた場合、利益の吐き出しおよび民事制裁金の賦課、㈱SECが   司法省に証拠を提出し、刑事訴追を行うことによる刑事罰の賦課である。このうち、③と㈲については、回霧箆角↓壁象お   ωき島8︾99おo 。腿︵一九八四年インサイダ!取引制裁法︶により、罰則が強化されて恥る。民事制裁金については、違法   に得た利益︵または回避した損失︶額と同額から、同額の三倍までの金額に引き上げられたほか、刑事罰も一万ドル以下の   罰金または五年以下の禁固刑から、一〇万ドル以下の罰金または五年以下の禁固刑に強化された。    切8≦P蜜‘Oo塊零疑審Oo暮3麟巳o簿ユo霧簿瓢儀爵o男&o獲一ωg霞筐①ωい皇。毒の︾認O国ρ譲毬劉い●幻o︿亭“腿一 ︵おooα︶旧   Oo鑑霧節図o旨匿岳oび団臨。寄韓置艶捧曾の︸○○のけζ冒臨9鷺簿帥o戸§儀ω。o霞ま霧沁霧o震。F8客界¢。﹃男o︿。まご   ω。い頃碧霧図翼≦紘一ω鐸o簿き飢幻藷鉱舞δPおG o↓尋    ω。ゼ国曙霧一鐸譲毘ω霞①g勲包菊罐巳&opおo 。↓いo o①。霞錠窃男藷巳餌銘8ピ帥壌冨戯導螢一・︿o訂一G o⋮嶺︵おoo①ーおo 。刈︶田   ω悔O・ζo導霞矯望簿韓一8一勾o︿一〇毒︾おG o①∼おo oβ↓落国88跨算一膨霧貯窃の類①oπ霞醤琴瓢§導o幹    ゼいo乙 。即\いω亀蒔導き”ωoo弩一鋤①ω菊紹亀象δ静G o箆魯o鮮G oQ︿o一の。おO oo o甲いω弩一︷︸↓富︾鷺①は8鄭ω80禅竃窪訂け償&窪   男o飢霧巴ωoo離鳳銘oωい鎖$●おG oGo・    拙稿﹁インサイダー取引をめぐる法規制の問題点﹂比較法第二五号。

東洋法学

九五

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改正証券取引法とイyサイダ!取引自主規制について 九六 ニ インサイダー取引規制の強化と問題点  改正証取法におけるインサイダー取引規制強化の要点については、第一九〇条の二および第一九〇条の三におい て、発行会社の業務などに関する重要事実について、当該会社の役職員、一〇パーセント以上の株式を保有する主要 株主、法令にもとづく権限を有する者、あるいは当該会社と契約を締結した者などを規制の対象としている。こうし た人たちが重要情報の公表前に当該会社の取引をしてはならないとしている。内部者、情報受領者など規制対象者の 範囲を明確にした点は評価できる。しかし、情報受領者の範囲を第一受領者のみに限定するなど規制対象者の枠を狭 くとらえすぎたのではないかという意見もある。この点については、あまり厳格にとらえることは問題が残ると思 う。インサイダー取引規制の対象となるのは、会社の役職員、主要株主がその職務や権限に関して重要事実を知った 場合︵内部者︶、会社と契約関係にあったり、法令上の権限をもつ者が重要事実を知った場合︵準内部者︶、内部者や 準内部から他の入が重要事実の伝達を受けた場合︵情報受領者︶である。  内部者は、上場会社または上場証券の公開買付けなどを行う者の役員および従業員ならびに商法上の帳簿閲覧権を 有する株主、その役員および従業員である。上場会社となると、銀行はそのほとんどが上場会社であり、銀行の取引 先または投資先も上場会社であることが多い。上場会社の役職員︵第一九〇条の二第一号︶については、法律上は ﹁役員、代理人、使用人その他の従業者﹂と規定しているが、会社と雇用契約を締結しているかどうかにかかわりな く、顧問、相談役、派遣職員にいたるまで、会社の業務に従事している者であれば、すべて規制の対象となる。これ

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らの者が職務に関し重要な事実を知ったときはインナイダー取引の規制に服すことになる。商法上、発行済株式の総 数の一〇パーセント以上の株式を有する主要株主は、会社の帳簿および書類を閲覧する権利が認められているが、こ の帳簿閲覧権の行使に関し、会社の重要な事実を知ったときはインサイダi取引の規制に服すことになる。上場会社 または上場証券の公開買付けなどを行う者の主要株主またはその役員もしくは従業員がその地位にもとづいて、上場 会社の重要な事実または公開買付けなどに関する重要な事実を知らされたとしても、それが商法上の帳簿閲覧権の行 使によるのでなければ、内部者としてインサイダー取引の規制に服さないが、情報受領者としてインサイダー取引を 禁止される。  準内部者は、上場会社または上場証券の公開買付けなどを行う者に対し法令にもとづく権限を有する者およびそれ らの者と契約を締結している者、その役員および従業員である。上場に対する法令にもとづく権限を有する者とは、 主に許認可権や立入検査権を有する公務員といろことになろう。そうした者がその権限の行使に関し重要な事実を知 った場合には、規制の対象となる。上場会社と契約を締結している者として、取引銀行、引受証券会社、顧問弁護 士、公認会計士などが考えられるが、これらの者がその契約締結または履行に関し重要な事実を知ったときは、規制 の対象となる。融資銀行の担当者が融資契約に関して重要な事実を知った場合は、インサイダ⋮取引の禁止の規制に 服さなければならない。また、上場会社または上場証券の公開買付けなどを行う者と契約を締結している者が法人そ の他の団体である場合、帳簿閲覧権の行使または契約の締結もしくは履行に関与する法人の役職員は規制の対象とな る。その他の役職員についても、帳簿閲覧権ゆえに、また契約を締結しているがゆえに、その法人にもたらされた重

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    改正証券取引法とインサイダ璽取引自主規制について       九八 要な事実を、その職務に関し知ったときには規制の対象となる。  情報受領者は、内部者もしくは準内部者またはそれらの地位にあった者から、それらの者がその地位において知っ た重要な事実の伝達を受けた者である。したがって、上場会社の役職員などであっても、その職務と関係なく重要な 事実を知った者、主要株主などの会社関係者として規制の対象とならない者も情報受領者として規制されることはあ りうる。情報受領者は、内部者もしくは準内部者またはそれらの地位にあった者から直接に重要な事実の伝達を受け た者とされているので、情報受領者からの第二次の情報の受領者は、規制の対象となる情報受領者ではない。内部者 などからの伝達によらずに、重要な事実を偶然に見聞した者は情報受領者の対象とはならない。  なお、元内部者すなわち、会社の役職員などの会社関係者が、会社関係者であったときに、その職務に関し重要な 事実を知った場合、会社関係者でなくなった後、一年以内のものについても、会社関係者であったときと岡様に規制 の対象となる。会社関係者でなくなった後に知った重要な事実についてはこの規定の適用はない。・  インサイダ;取引の基礎となる重要な事実︵情報︶としては、株式の発行、減資、分割、利益配当、合併、営業譲 渡、解散とか新製品・新技術の企業化、あるいは業務提携などがあり、これらについて会社の業務執行機関が、そう した行為を行うことを決定したとき以降は重要な事実となる。また、その他の情報としては、災害または業務に起因 する損害や上場廃止の原因となるような事実、売上高、あるいは経常利益などについて、直近の予想値と大幅に異な る修正見通しが生じた場合とかが挙げられる。これらについては、大蔵省令をもって、どの程度のものが重要な事実 かということについて、たとえば業務上の損失で内部留保が何パーセント減るような損害を受けた場合というように

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数値的な基準をできるだけ明示することにしている。いずれにしても資金調達など会社の運営・業務または財産に関 する重要な事実で投資者の投資判断に著しい影響を及ぽすものである。何が重要な事実かというのは、時に応じて変 化する。改正証取法では、前述のように新株発行、配当など具体例のほか投資家の投資判断に著しい影響を及ぽすも のという包括規定を設けている。これをケース・バイ・ケースで活用することが、今後の研究課題であろう。大蔵省令 をもって、どの程度のものが重要な事実かということについて、たとえば業務上の損失で内部留保が何パーセント減 るような損害を受けた場合というように数値的な基準をできるだけ明解に示すことにしている。大蔵省は昭和六三年 九月、インサイダー取引規制の大きな焦点となっている企業の重要事実の﹁公表﹂の時点を、各企業が自社内などで 報道機関に対し記者発表したときとする方針を固めた。年内にまとめる改正証取法の政省令に盛り込む予定である。 これまで大蔵省は、企業が記者クラブなど多数の報道機関が集まる場で発表した時点を﹁公表﹂とする方向で検討し てきたが、記者クラブの性格自体があいまいなことなどから、これを﹁公表﹂と定義するのは不適当と判断した。イ ンサイダー取引の規制を目的とした改正証取法は、第一九〇条の二で﹁発行者の会社の業務に関する重要事実を知っ たものは、重要事実が公表された後でなければ、当該会社の上場株券などの売買、その他の有償の譲渡、または譲り 受けをしてはならない﹂と規定している。この中にある﹁公表﹂に関しては、その定義を政省令で決めることになって いる。通常、企業の記者発表は、その業界を担当する記者クラブで実施されるため、大蔵省は﹁公表﹂を、この記者 クラブでの発表時点とすることを検討していた。しかし、①記者クラブは任意団体で、政省令の中でこれを発表場所 として規定するのは難しい、②記者クラブには、必ずしも全報道機関が加盟しているわけではなく、重要事実が伝達     東洋法学      九九

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    改正証券取引法とインサイダー取引自主規制について      一〇〇 されない社もありうるーなど、公表時点とするには不適当な事情が浮上してきた。このため、大蔵省はこれに代わる ものとして、企業が自社内や、ホテルの会議室の場などで公式に行った記者会見を﹁公表﹂の時点とする方針を固め た。株式のインサイダー取引を規制するには、どの時点までを内部者情報とするのか、という結論を出さねばならな い。重要情報の﹁公表﹂は、運用次第でさまざまな制約がでてくる。また、インサイダー取引を厳格に規制したいと する姿勢は一応理解できるが、、産業界に根付きつつある企業の情報開示︵ディスクロージャー︶の流れに逆行する 恐れもある。企業サイドからは﹁何でも公表すべき事実とされると、企業機密が守れなくなってしまう﹂という意見 もあるが、ここでいう重要な事実は、そのすぺてを公表しなければいけないということではないと考える。その事実 に関する情報を利用した自社株取引を厳しく規制する各業界の自主規制ガイドラインにもとづく社内ルールを確実に しておけば、公表しなくとも問題はないと思われる。内部者、準内部者または情報受領者がその地位により重要な事 実を知った場合、これらの者は、その事実が﹁公表﹂されるまで、その事実にかかる株式の売買などの取引をするこ とを当然に禁止される。企業情報・市場情報とも、公表されてしまえばもはや内部情報ではないので、取引が解禁さ れるから、適時開示を促進する結果になることが期待される。なお、会社の役員などの一定の立場にある者が会社の 重要事実を知って株券などの取引をすることは、基本的には、インサイダー取引として規制されることになるが、会 社の重要事実を知って取引した場合であっても、重要事実を知る前から締結している契約の履行として取引する場合 など、特別の事情にもとづく取引であることが明らかな場合は、証券市場の健全性・公正性を害することにはならな いと考えられるため、インサイダー取引の規制の対象から除外することとされている。

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 証券取引法においては、従来、インサイダー取引を明示的に禁止する規定は設けられておらず、第五八条一号が、 これに関係する規定であると考えられてきた。一部の学説も同条の規定をインサイダー取引について適用すべきであ るとしてきた。しかし、同条の規定によりインサイダi取引の取締りが行われたことはなく、その適用についても、 詐欺的な不正取引を一般的に禁止した立法趣旨からみて、これを直ちにインサイダー取引にまで広げることは限界が あるという指摘がなされていた。そこで、改正証取法は新たにインサイダi取引を明示的に禁止する規定をおくこと になった。すなわち、第一九〇条の二で上場会社の業務などに関するインサイダー取引を禁止し、第一九〇条の三で 上場証券の公開買付けなどに関するインサイダー取引を禁止するとともに、これらに違反すると六月以下の懲役また は五〇万円獄下の罰金に処せられることになった︵二〇〇条四号。情状により併科、二〇二条︶。また、第二〇七条は、 両罰規定として、法人の代表者または代理人が法人の業務に関連してこれらの規定に違反したときは、当該法人をも 処罰するとしている。新設の規定があっても、第五八条の規定は、従来通り、詐欺的な取引が行われた場合には適用 があり、インサイダ!取引についても、同条にいう﹁不正の手段、計画又は技巧﹂がなされている場合には、同条違 反ともなりうる。注意しなければならないのは、会社内部者による取引のほかに、会社の内部者から情報を直接もら った、いわゆる第一次的な情報受領者についても、重要な事実の﹁公表﹂前に株式を売買した場合には情報受領者と して刑事罰の対象になる。その他、当該発行会社にとっては、外部情報ではあるが公開買付け、あるいはこれに準ず る買い占めが行われようとしている場合についても、そうした公開買付けなどを行うことを﹁公表﹂される前に利益 を得るために買付けをするというようなことについても、同様に刑事罰が科せられる。諸外国と比較した場合、イン

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    改正証券取引法とイソサイダー取引自主規制について      一〇ニ サイダi取引の規制違反の罪は、六カ月以下の懲役または五〇万円以下の罰金というのではいかにも軽いという感じ を否めないから、悪質なケースに対しては罰則の重い第五八条違反の刑罰︵三年以下の懲役または三〇〇万円以下の 罰金︶を科すべきだとする意見も多い。しかし、前述したように、取引が詐欺的なもの、すなわち不正の手段、技巧 または計画を伴うような場合、第五八条の規定も適用されることがありうるので、軽きに過ぎることはないと思う。  会社役員や主要株主の自社株式売買の把握は、インサイダー取引の規制に必要不可欠である。ことにその未然防止 という役割が充分に発揮されるには、取引の報告・開示の制度が重要なことはいうまでもない。改正証取法第一八八 条は、上場会社の役員および一〇パ⋮セント以上の主要株主に対し、自社の株式などを売買したときの報告義務を負 わせている。周知のごとく、昭和⋮二年制定当初の証券取引法には類似の規定があったが、昭和二八年改正法ではこ れを削除した。今回の改正証取法では、大蔵省に提出された報告書をそのまま公表することはしないものの、短期売 買と結び付けてその規制の強化を図った。第一八八条の主な内容は、企業の役員および主要株主は自己の計算で、上 場されている自社の株式、転換社債、ワラント付社債、ワラント債の売買をした場合、それについての報告書を翌月 の一五日までに大蔵大臣に提出しなくてはならない。また、売買を証券会社に委託して行った場合には、それに関す る報告書は証券会社を経由して提出するものとする、としている。すでに証券取引法においては、上場会社の役員・ 主要株主が六カ月以内の短期間の自社株売買によって利益を得た場合には、その利益の提供を会社などが請求できる 旨の規定がおかれている。改正証取法においては、この規定の実効性を確保する観点から、役員・主要株主の自社株 売買について大蔵大臣に報告書を提出しなければならないものとし、インサイダー取引の未然防止に役立たせること

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としている。これは、昭和六二年九月から証券会社は内部登録力⋮ドを作成し、役員・主要株主だけでなく内部情報 に接近できる者すべてを含めて、その自社株式の売買をチェックする体制をとっている。これはまた、内部者登録力 :ドによる売買管理を法制化したものといえる。改正証取法第一八八条は、旧一八八条と大きく異なるのは、報告書 を証券会社を経由して提出するとした点である。これは、・証券会社といういわば一種のろか器を通ることになり事務 負担を軽減するとともに、より実効性を確保するためと考えられる。また、旧条文と異なり、企業の役員に対して自 社株式の所有状況の報告を義務付けていない。これは、インサイダー取引の未然防止という観点からは売買報告があ れば充分であるとの判断があるものと思われる。大蔵大臣は、この報告書の提出を受けた場合において、短期売買利 益を得ていると認める場合、一定の手続を経た後、公衆縦覧に供することとなる。なお、改正証取法では、一〇パー セント以上の株式を所有していても、大蔵省令で定める場合は主要株主にならないとの規定がある。これに該当する のは、信託の受託者が信託財産として株式の一〇。ハーセント以上を所有しているようなケースが考えられる。  改正証取法第一八九条は、役員または主要株主が六カ月以内の短期の自社株式の売買で利益を得た場合、内部情報 を利用したか否かにかかわりなく、その差益の提供義務を負わせている。この条文を有効に活用するためには企業、 あるいはその株主がその事実を知る手段を得ることが必要である。第一八八条の報告によって、六カ月以内の売買か ら利益を得ていることがわかれば、大蔵大臣は利益関係書類の写しをその役員・主要株主に送り、二〇日以内に否認 の申立てがなければ、その書類の写しを会社に送付する︵第一八九条四項、五項︶。これは、他人に無断で名義を使 われ、自らはそのような利益をあげていないにもかかわらず、返還請求の対象となってしまうことなどを防ぐための

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一〇三

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    改正証券取引法とインサイダー取引自主規制について       一〇四 措置である。利益関係書類の写しを会社へ送付した日から起算して三〇日を経過した日から、大蔵大臣は、会社の役 員または主要株主に対する短期売買差益の提供請求権が消滅する日またはその前に大蔵大臣において短期売買差益が 会社へ提供されたことを知った日まで利益関係書類を公衆の縦覧に供することになる︵第一八九条七項︶。報告義務お よび短期売買とも、省令の定めに委ねられた点が多い。役員・主要株主が株式を売買した場合、十一項目にわたる大 蔵省への報告義務を大蔵省令は定めている。すなわち、報告内容として、取引者の氏名、住所、発行会社との関係、 売買した有価証券の種類、約定日、売り買いの区別、単価、数量、金額、手数料、取引税額を明記する。としてい る。第一八九条九項は、利益の算定方法に関するものであるが、役員らが自社株式などの買い付けと売り付けを六カ 月間にそれぞれ一回ずつしかしていない場合、利益の算定は比較的に容易である。しかし、それぞれ二回以上行って いる場合は、売りと買いをどのように対応させて利益額を計算するかなど簡単に決めるわけにはいかないので、この 点は省令においてもより検討されるべきであろう。なお、非上場証券の売買については、短期売買差益の提供義務は 問題とならない。これは、役員・主要株主という外形基準で定まる内部者を規制の対象とするところからである。内 部者の報告義務と短期売買につき、虚偽の報告や申立てをすれば、三〇万円以下の罰金を科される︵第二〇五条一四 号の二︶。また、第一八九条にもとづき差益の提供をなしても、売り付け、買い付けのいずれかが、第一九〇条の二 または第一九〇条の三の要件を充たすかぎり、第二〇〇条の刑を科されることになろう。刑事罰は、人権問題が絡む だけに慎重な調査が必要なことはいうまでもない。改正にあたって、被害者が特定できないイソサイダ⋮取引など果 して犯罪と呼べるだろうか、とか、刑事罰は国民の間に、これは悪いことだという合意がなければ科すべきではな

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い、という意見もあった。しかし、市場の国際化には避けて通れない問題であり、米国などは公正を最高の価値基準 に置いており、今後、わが国が開かれた市場をめざすには公平確立への試練の時という認識が重要である。勿論、株 式市場に問われるモラル、国民の意識が基本であることは当然といえる。インサイダー取引の構成要件、違法となる 範囲をできるだけ具体化して刑事事件として立件しやすくすることと、インサイダー取引の規制を周知徹底し、国民 の合意まで高めること、刑罰を軽くすることなどが、改正証取法第一九〇条、第二〇〇条に結実したといえよう。改 正証取法の考え方で、米国のSECの過去の摘発事例と大きく違う点は、情報の二次受領者を原則的に規制の対象外 にしたほか、不公正な取引をもたらす情報を重要事実に限定し、一般的な市場情報を除外していることである。改正 証取法におけるインサイダー取引規制の内容の要点は、いうなれば公正でないことをして不当に利益を得てはいけな いという企業人のモラルを成文化したものとみることができる。そして内部者および準内部者の段階でインサイダー 取引の発生を防ぐことが重要であり、情報受領者などについてややグレーゾーンが残るのも当初としてはやむを得な いところである。すなわち、インサイダー取引規制は、中心にだれもが違法とわかるクロの領域を置き、その外側 を、ここに足を踏み入れれば、クロになりうる大きなグレーゾーンで包んでいる。  大蔵省の監督権限強化については、大蔵省令をもって証券会社への監督権限を強化することになった。証券会社の 健全性の準則などに関する省令第三条の改正で対応し、同条では大蔵省が証券会社に対し改善命令を出せるケースを 列挙しているが、新たに、インサイダー取引を予防するうえで証券会社内部の企業・顧客情報の管理体制が不充分な 場合を加えることにしている。また、調査と検査権については、疑わしきケースは幅広く調査が望まれるが、上場企

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    改正証券取引法とインサイダ!取引自主規制について      一〇六 業に対する大蔵省の直接的な検査権限を明記した第一五四条がある。これにより同省は証券会社だけでなく一般の事 業会社に対しても株式売買の報告や資料提出を要求できる。このように改正証取法の全面施行にむけて整備しなけれ ばならない諸点がある。結局のところ、規制の運用次第では、現状の広範な経済活動がインサイダー取引に該当する ことになる可能性もあり、また逆に、しり抜けとなる心配もある。インサイダー取引規制はへ構成要件となる未公表 の重要事実、会社関係者、情報受領者などの解釈に運用上の弾力性をもたせることで、内部者取引による犯罪を未然 に防止するのが最大の狙いであるから、インサイダー取引が犯罪であるという認識が次第に社会全体に根付いていく ことが望まれる。 ︵註︶改正証券取引法とインサイダ⋮取引規制に関する文献資料は多数にのぼり、個々的にどれを主に参照引用したということ   はなかったので、一応、目を通させていただいた諸先生の文献を次に挙げておきたい。    神崎克郎﹁証券取引の法理﹂、龍田節・神崎克郎編﹁証券取引法大系﹂、商事法務砺究会・内部者取引規制研究会編﹁イン   サイダー取引規制﹂、神崎克郎﹁内部者取引の規制に関する各国法の動向﹂ジュリスト八一九号、同﹁証券取引法の課題﹂ジ   ュリスト八七五号、龍田節﹁国際的な内部者取引の規制﹂ジュリスト八一九号、竹中正明﹁インサイダー取引の自主規制強   化﹂ジュジスト八九二号、神崎克郎﹁証券取引法の改正及び金融先物取引法の制定﹂ジュリスト九一六号、龍田節﹁インサ   イダ⋮取引規制の新立法について﹂金融法務事情二九号、神綺克郎﹁インサイダー取引の禁止ω∼㈲金融法務事情一一九   四号∼一一九七号、小柳治﹁改正証取法の関係政省令の解説︵上×下と商事法務一一五六号、二川一男﹁インサイダー︵内   部者︶取引規制の整備﹂金融法務事情一一九一号、宮沢洋一﹁証券取引法の一部改正﹂法律のひろば四一巻八号、商事法務   二三二1三四号、二四二、二四四号、臼本経済新聞﹁基礎コーズ、インサイダ!取引規制①∼⑳﹂、東洋経済﹁インサ   イダー取引規制﹂金融ビジネス四二号。

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三 自主規制と情報の障壁構築問題  わが国ではインサイダー取引について、違法意識というものがあまり社会に醸成されていない状況にある。しか し、改正証取法は、昭和六四年春には刑事罰を伴う規制の全面施行となる。また、インサイダi取引規制の政令・省 令整備が進むのに伴い、これに先行ないし並行する形で証券界、銀行界、経団連などでも自主規制ルールが作成され た。自主規制ルールの目的は、インサイダi取引の未然防止にある。証券取引において内部者情報に接する機会の多 い関係業界が積極的に未然防止体制が重要であり、また役職員に対して、インサイダー取引規制の内容を熟知するよ うに努力する必要がある。現在でも厳しい規制を、さらに摘発により強化しようという米国に対し、規制強化をあざ わらうかのように起きた日本の不正疑惑は株式を取り巻く彼我の差を改めて痛感させられる。これは、わが国では抽 象的な倫理観による規制が困難なことは、昨今の不祥事において立証済でもある。  諸外国の証券関係者には、わが国の証券取引について、無秩序さらす証券市場、絶えぬインサイダー取引疑惑とい うイメージが少なからずある。しかし、わが国の証券取引所については、従来から証券取引において、株価操縦とか 内部者取引のような違法な、あるいは不当な取引が行われていないかどうか、売買の審査を行っている。取引所で行 う売買審査については、大蔵省がさまざまな報告を受け適切に指導する関係にあるはずである。この中で株価操縦、 あるいはインサイダー取引などは、従来からもチェックはしているとされるが、不正疑惑は続いている。やはり取引 所が敏速に第一次的な調査をして、さらに問題のある場合には大蔵省としての調査を行う方針を確立する必要があ     東洋法学       一〇七

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改正証券取引法とイソサイダー取引自主規制について 一〇八 る。  インサイダー取引規制の難しさは、証券会社、銀行などに入ってきた未公開の内部情報をいかに管理するか、にあ る。この管理が徹底しないと不祥事が発生しかねない。証券業界は既に昭和六三年七月から、インサイダー取引規制 の自主ルール﹁内部者取引管理規則﹂を実施した。内容については、周知のところであるから詳細は省略するが、こ れにより、企業の内部情報を管理部門に集中させるほか、企業の内部情報を得やすい立場の証券会社役職員による担 当会社株式の自己売買を禁止している。また、違反者は懲戒解雇の罰則まである。しかし、それでも管理は不充分と の考え方から大手四大証券のなかには、従来の事業法人部を、企業の資金調達を担当する部門と、資金運用の部門に 二分割し、チャイニーズ・ウォール︵情報の障壁︶を設けた。インサイダー取引というと、すぐに証券会社のチャイ ニ⋮ズ・ウォールは果して大丈夫なのかと反応しがちであるが、これは証券会社にとどまるだけでなく、企業と深く 接触できる銀行、信託銀行、生命保険、損害保険など全金融機関にも関係のあるところである。  O窯諾。 ・①妻﹄は、直訳すれば、中国の万里の長城のことであるが、この言葉がインサイダi取引に関して用いら れる場合には、情報に関して堅固な障壁を設け、ある分野から情報を融離するシステムという意味で使用される。規 制をつくり、組織を別にし、物理的に建物を別にしても、そこに所属する人に、そうした規制をきちんと守ろうとい う意識がなければ、実効性はあがらない。やはり不正防止の認識と自助努力が基本であることはいうまでもない。米 国の銀行では一般に従業員に対し、内部情報利用禁止の厳しい自主規制がとられている。米国の証券会社は、社員教 育を通し、インサイダー取引とは何か、内部情報とは何かを社内で作成した印刷物やミーティングを行って理解させ

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ている。また何が重要な情報なのか、その情報はどのような経路で入手したのかも重視している。自主規制により社 内にチャイニーズ・ウォールが存在するのは勿論であり、引受けとトレーディング、ブローキング部門は同じ建物の 中でも、それぞれフロアは違っているのが一般的で、さらに顧客や従業員による取引をチェックするシステムをもっ ている。法務・監査部門は、万一社内規定に違反するような者がいれば、関係部署で検討し処分を決める。報道機関 からの取材に対しても、社内マニュアルと広報担当者の判断に従って対応する。米国の場合、何故、チャイニーズ・ ウォールを構築するかということは、各証券会社が、インサイダー取引の疑いがあるということで、SECあるいは 株主から訴訟を受けるような場合が往々にしてあり、その場合にチャイニーズ・ウ云⋮ルがあるということは有効な 抗弁になる。自分たちはチャイニーズ・ウォールをやっているから、そうした情報の流用は行われていないという抗 弁になるわけで、訴訟対策として自主的に作成することが有効であるということである。米国でも、チャイニーズ・ ウォ!ルは万全か、その有効性論議もないわけではない。一九八八年春、SECによるモルガン・スタンレi社の従 業員と、台湾の投資家の摘発が改めてチャイニーズ・ウォールの有効性について論議を呼んでいる。米国の証券会社 はきわめて厳格といわれているが、今回の事件は﹁証券会社の管理体制が問われるとともに、チャイニーズ・ウォー ルの限界を示した﹂との意見が多い。SECが摘発したのは、台湾の投資家とモルガン・スタンレー社従業員である ジュニア・アナリストであるが、この従業員が同社で得たM&A︵企業の買収・合併︶、レバレッジド・バイアクト ︵LBO目買収先の資産を担保にした借金による買収︶などの極秘情報を投資家に流した。投資家はこれをもとに株 式、オプシ呂ン売買で一千九百万ドルの利益をあげ、少なくとも二〇万ドル以上を社員に渡したというものである。

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    改正証券取引法とイyサイダー取引自主規制について       一一〇 この事件のもう一つのポイントは、投資家が自ら売買しなかった点である。米国の証券会社の従業員は自社にしか口 座を開くことはできないし、他社に口座を設けようとしても居住者が必ずもっている社会保障番号が必要なので、わ かる仕組みになっている。米国大手証券では、今回のケ⋮スは極端であるが、隠れた小さいインサイダー取引はかな りあるはず、とも表明している。チャイニーズ・ウォール、社会保障番号などの防止策があっても、社内の管理体制 が不備であるとインサイダー取引が起きるとしている。関係者は、モルガン・スタンレーが株主から告訴される可能 性を指摘している。  英国は、証券大改革に伴って、投資家保護のため金融サービス法を成立させた。これには相互主義条項があるうえ 規制が複雑で厳しい。しかし、英国金融サービス法自体は、投資業務を行う者に対する認可制度と投資業務が投資家 保護に配慮して適切な規則に従って運営されるべきことの大枠を規定しているにすぎない。具体的規制の内容は、米 国のSECを範として作られたSIB︵証券投資委員会︶が定めるルール・ブックにより定められ、各業者の定める 自社規制に盛り込まなければならない最低限の内容がこれによって決められている。SIBの監督下の各SRO自主 規制機関︵ωの罵幻紹巳象o蔓○お曽巳舅δ霧︶がより詳細な独自のルールを定めることになっている。  いまわが国では、改めて証券会社の綱紀粛正が強く求められている。自主規制ル⋮ルを口にすると、それは証券界 を知らない素人の見方という言葉も返ってくる。不正疑惑や不祥事が起きると社内の管理体制やチェック機能は充分 なのだろうか、という疑問がわいてくる。手張り︵投機目的の株の自己売買︶や仮名口座による取引、インサイダー 取引などは、法令、大蔵省通達、証券業協会の自主規制、各社の社内規定で禁止されている不正行為にほかならな

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い。証券各社は、いま一度、管理体制を厳しく点検して、不祥事の再発防止に全力を挙げるべきであり、そのために も自主規制ルールの見直しをすべきであろう。  自主規制ルール︵ガイドライン︶は、既に証券業協会、全銀協、経団連、信託協会、生・損保協、投資顧問業協会 などが決定しており、就業規則や組織見直しが行われている。  最も標準的なガイドラインとなっている全銀協自主ルールの作成経緯は、銀行員の守秘義務との関係から、インサ イダi取引規制違反も広義での守秘義務違反と捉えられ、また、銀行自身の行動としてもインサイダi取引は反社会 的行為として戒められるべきであり、銀行の信用も失墜させる。銀行は融資関係を通じ会社の内部情報を取得しやす い立場にあり、改正証取法における準内部者として規制の対象にもなる。そこで、インサイダー取引の未然防止体制 の整備についてのガイ下ラインの作成となった。  全銀協のガイドラインは、﹁取引先重要情報の管理﹂﹁株券等の投資部署のあり方﹂﹁役職員の自己売買のあり方﹂ の三項目から構成され、ω﹁取引先重要情報の管理﹂は、内部情報を﹁取引先重要情報﹂という語で定義し、その対 象は、上場会社、店頭登録会社、店頭管理銘柄の発行会社に関する未公表の事実で、発行会社の発行する株券などに ついて﹁投資家の投資判断に著しい影響を及ぼすものを言う﹂とされている。そして改正証取法にいう﹁重要事実﹂ に準じて、一五項目の具体例を列挙しており、どの程度の情報が取引先重要情報に該当するかは、今後制定される省 令を目安に判断できるようにしている。また、内部情報を取得した際の管理につき部店長の指示のもとに行うことを 示し、書類の管理について厳重もって他の部署よりの隔離を明示するなど、インサイダー取引につながるような重要

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参照

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