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妨害排除請求権における理論的根拠の研究-2- 利用統計を見る

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妨害排除請求権における理論的根拠の研究-2-著者

三沢 元次

著者別名

M. Misawa

雑誌名

東洋法学

25

1

ページ

p49-71

発行年

1981-11

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00006011/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

妨害排除請求権における理論的根拠の研究

〔H〕

  目  次    歴史的・法社会学的観点の間題点   諸利益の相関的考量説の問題点   受忍限度説における問題点    人格権説における問題点   環境権説における問題点     ー新たなる提君i 日 むすぴ 三、学説・判例の検討 国 因 ㈲ 囚 レ◎ 四、結 語 8 妨害排除の理論的根拠  口 実定法上の根拠

東洋法 学

四九

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妨害排除請求権における理論的根拠の研究︹豆︺ 五〇 三.単説・判例の検討  国 歴史的・法社会学的観点の問題点  ω 物権とされながら物権的ぼ求の保護が否定される権利の存する事が.この説を認むべき根拠の一つとされ.そ の例として民法第三〇二条・第三三三条・簿三五三条を提示するも.鳳れがはたして理論的にこの説を∼藩すべき理 由となるか.その蕪否を論ずる必要が第一の問題点である。  また物権でないとされなが爵擁権的請求絶による保ぎの承認されつつある権利の存在する現実、および従来の学説 が    による妨害排除の根拠づけに必ずしも成功していないこと等を理由として.ごの歴史的・法社会学的観点 からその実質的根拠を求めんとする事の当否を論ずるのが第二の間題点である。  まず第一点についてみると.確かに物権でありながら物権的講求権による保護救済が否定せられる場合の存する事 は事実である。しかしながら例として提示されている民法第三〇二条・第三三三条・第三五三条の諸規定は、いずれ も全く特殊な物権としての保護の要求される場合であり、かかる例外のみを捉えて一般論へと敷衛せんとするのは一 致しない特殊なものを一般に適合せんとする点で.すでに方法論において誤りを犯すものである。勿論内容において も第三〇二条で占有の喪失により留置権は消滅するも第二〇三条による占有回復︵第二〇〇条︶により留置権は復帰 し、第三五三条も同様質物の占有回復により質権も復帰するが.まさにこの事が物権的請求権による保護なのであ るQ

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 また、物権でないとされるものが物権的請求権による保護のなされる場合の存する事も現実にある。これはおそら く賃借権の物権化といわれる場合の如き債権でありながら物権的請求権による保護のなされる場合を想定したかと思 われるが、これも現象として物権化した賃借権として特に不動産賃借権等に物権的請求権による保護を認めんとする 場合である。  これらに関しての議論は、やはり原則と例外を混同し、更に物権・債権の特質さえも否定して、一般論的に物権的 請求権の必要性・必然性を導かんとするものであって、誤りであり危険な論法といわねばならない。  まさしくかかる救済の必要性の存する事と、妨害排除請求権の理論的根拠の欠如、更には現実の救済の不能等を解 決するためにこそ、理論的で実際的な法的根拠を見出す事こそ不可避であるといいえよう。  ㈲ 更に従来の学説が﹁理論﹂による妨害排除請求権の根拠づけに必ずしも成功しなかった事が、この説を正当化 する直接の理由になりうるものではないのは論をまたない。  従来の学説の不成功が決定的であり、全く理論づけが不能と断定しうる明確な論拠なしに、安易な妥協でごの説を 正当化せんとする事は、従来の民法学の論理を無視し現実の利益に傾く外在的な﹁実質的根拠﹂の導入は結果として 誤りと思われるのみならず、もしそれが必要であるとしてもよほど慎重でなければ理論的に整備された概念と解釈学 を破壊し無秩序な解釈への危険を生ぜしめる事となるだろう。  このように従来の学説が理論的根拠の解釈と間題の解決とに成功しなかった事と、﹁実質的根拠説﹂導入との結合 は、全く非論理的であるのみならず他に方法がないとする独断であって、先にもみた理由並びに具体的救済の手段と     東洋法学      五一

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    妨害排除請求権における理論的根拠の研究︹H︺      五二 理論が可能である以上.あまりに便宜的すぎるこの説は是認しえないところである。  ㈲ また﹁人の作出した一つの論理に過ぎない支配権とか排他性とかいうものから物権的講求権が発生するのでは なく.逆にある社会約物支配が物権的請求権によって保護されることによって.その物支配は支配権的排他的なもの        ︵瓢︶ へと蕎められ.強化される﹂とする。  扇の論者が指摘せんとする点は必ずしも明確ではないが.確かに社会的・法的現鼠において.論理に先行して蹴、体 的救済の必要性が生じ或いは立法や判例による救済が先行してから後にその救済の論理づけや各論的位置づけが行な われる事が多幽あるのも現叢である。窯た祉会的弱者の立携にある多くの被害者の救済を立法的行政的措置によウて 救済されるまで放置するのは法の羅的・法の役割からもとうてい許される事ではない。  しかしながら現象面に目がうぽわれ具体的救済の妥当のみが計られて論理の無視や秩序の破壌は.よほど緊急の特 殊的場合でない限り.法の安定性土般的確実性をおびやかす結果となって許されない。  それ故にごそ具体的救済が十分に計りえて且論理的な根拠による確実な救済が必要となるのであり.このような具 体的救済の妥当性もその前提として論理的根拠があってこそ.正当化され永続的且発展的な救済として是認せられる のでなかろうか。  因 諸利益の相関的考量説の問題点  ω この説の間題の第一点ぱ.現行民法の物権と債権との基本的体系そのものを否定せんとする事である。これは 当初債権に基づく妨害排除請求権を不可侵性で基礎づけることの困難さを脱却せんとして提唱され.ついで固有の物

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権的請求権の行使も権利濫用理論で制約されることのあるのに着目して、物権・債権を問わずすべての権利に共通す るものとして主張せんとする点である。  まず不可侵性理論を脱却せんための当否はすでに不可侵性及び排他性のところでみた通り、従来の学説が論理的な        ︵32︶ 誤りを犯した結果である事は論証した。しかしその困難さにかかわらずかかる救済の要求と是認が、本来権利そのも のに内在している事を示している。  また権利濫用理論で物権的請求権が制約される点を問題とするも、これは物権的請求権のみに生ずる間題でなく、 全ての権利にその存在意義とその内在する限界から生ずるものであって、この点からごの説の正当性の根拠を導き出 すことはできないであろう。  かかる考察はむしろ物権的請求権による救済すなわち原状回復的救済が権利一般に認められるべき性質のものであ る事の傍証といいえよう。この事は次の物権・債権を問わず全ての権利に共通のものとして主張せんとする事の根拠 であるともいいうる事である。まさに妨害排除の根拠を不可侵性理論によっても基礎づけえなかったにかかわらずそ して必ずしも論理なきこの説を根拠になお救済を計らんとする事も、妨害排除的救済すなわち原状回復的救済の必然 性がひとり物権に特有な救済でないことの証明ともなるのである。  それ故にこそ、間題点の第一なる現行民法の物権・債権の理論的前提を否定してまでも具体的救済を計らんとする この相関的考量説が生じたともいえるであろう。この民法の基本的体系の否定についての当否は論外として具体的な この相関論の問題点を探ってみよう。

    東洋法学      五三

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    妨害排除請求権における理論的根拠の研究︹H︺       五四  この説は.権利の種類・臼的物・侵害の態様・被害者の蒙る損害・妨害排除によって加害者に要求される犠牲等 を.相関的に比較考量して物権的講求権的救済の有無を決すべしとする。  これについては.物権と債権の分離という糠単に論理のみの所産でなく実質的根拠をも撫・潤む縫民法典の基本的建前 や.法的保護の拡大はその必要でかつ是認されうるものを個別酌に論証して物権類似のものとしてとりこむべしと の.牽立する方法論的立鑑からの批判.﹁債権への物権的濤求権の適用につき.物権とは異なる績.権の挫質上.かか        ︵欝︶ る包新即蘇準ではあ霞夢にも不確抜になる﹂との批判もある、  しかし.物托的誌求権的保凄を与えるものを.その必要でかつ・一、認されうるものを且個別的に論証し物柾頂似のも のとしてとりこむべしとする説は.あまりに物ポ申心的発想であり且狭ぎに失し.更に物権・債権の特賀を破廼する 結果賛成しえない。また物権とは異なる債権の性質上.かかる包括的標準ではあまりに不確実になるとする点は、ど のような点が不確実になるとするのか必ずしも明確でないが.これら反対論はともかく不法行為にも一般的に妨警排 除を認めんとする私の立場からは絹関論は不十分でありあまりに便宜に傾き是認しえないのみならず、理論的根拠と その手段ないし方法との本宋を転倒する誤りを犯していると考えられる。  働 そこでこの相関論の重要な間題点を検討してみよう。  一般の不法行為の違法性の判断方法として被害の程度と加害行為の態様を相関的考量によって決せんとする場合、 ごの相関的考量は具体的紛争の解決のためにその基準となり.被害諺雀側の華情としてのいくつかの事実関係と加害者 側の事情としての原因関係を総合的に評定して具体的な救済範囲を決定せんとする点にまず問題がある。

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 それはまず被害者側の事情はともかく、何故加害者側の事情を等置して最初から論じねぽならないのか疑問である し、これが被害者の具体的な救済の方法ないし態様を判定する基準なればまだしも単に救済範囲に関する評定であ り、まして前段階として加害者の違法性・責任性の問題を論ぜねばならない点、本宋転倒になる危険が存すると思わ れる。  例えば加害行為の公共性や社会的有用性等が前面に押し出され、加害行為の違法性や責任性が論ぜられるとしても 弱められ、権利侵害や違法性の側面よりむしろ事実関係や相互事情に重点が置かれるおそれがないだろうか。  まず一次的な問題は権利侵害が違法になされたに際しその権利が具体的救済として妨害排除的救済が認められ且可 能であるのか否かが論じられ、次にいかなる範囲でどのような救済が妥当かどうかが論じられるが、この段階で被害 者と加害者の事情からそれなりの利益諸要素を衡量して判定する事になるのではなかろうか。これによって被害者に とって最も適した有利な救済が可能になり且加害者の事情も考慮される事となろう。  このような前提なく結果としての加害者と被害者の考量は、もはや法的救済論ではなく、むしろ政策的・政治的救 済となる危険性を含むものといいうるであろう。  そして注意せねぼならないのは、これはまさしく妨害排除請求もしくは不法行為におげる被害者の救済なのであっ て、契約関係に立つ債権者債務者間の紛争の解決や行政的・政策的配慮に伴う紛争の解決ではない点である。  ㈲ 受認限度説における問題点  学説・判例に大きな影響を与えた受忍限度論も、その内在する理論の不合理さの故に実際的な紛争解決手段として

    東洋法学       五五

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    妨害排除講求権における理論的根拠の研究︹∬︺      五六 効用を認められながらも環境権法理へと推移していく運命にあった。すなわち公害被害の多発且拡大に伴いその早期 且十分な救済を目ざすためには.従来支配的見解とされた受忍限度論は無力化せざるをえなかったのである。  理由の第一は、社会共同生活においてあらゆる部面での相互受忍が不可欠であるとしても.それは被害の程度が人 の生命や財産に本質的被害を与えない事を原則とし、その侵害も相互的交換的な場合でなければならない。しかしな がも今購の公害事件の実態は極めて深刻となむ社会共同生活そのものを薪壊して.しかも加害者と被害者に帯民的互 換挫を欠く場合が多いものである、こごでは加害考は常に加害春であむ被害者は常に被害者であるという結果が生じ 全く相互受忍の余地がないことになる。  第二は.受忍限度論はその判断要素を列挙するに止甕鯵.それをどのように評価し位置づけるかの墓準さえあいま いで.合理的な歯止めのない考量を許し裁判官の裁量も白紙委任とならざるをえないのである。  この受忍限度論が利益考量論と結合しその判断基準も具体的となり整理せられるが.そこにこの理論の限界が生じ その欠点を星することとなったようである。  確かに日常の市民生活の中で鷺照・騒音等の生活妨害にみられるように.ある程度の相互受忍は共同生活を営む上 で不可避であるといいうるであろう。しかしながらこの受忍限度論は論者の意図とはかかわりなく.結果的には深刻 な公害の現状を肯定し、四鷺市公害訴訟においては死者・重病者すら発生していたにかかわらず被告企業が自己の産 業活動の社会的重要性と最善の防止努力を実施している事を理由に有責性・違法性を否認する結果となったのは周知 の通りであり.時にこの受忍限度論が企業保護的役割を果す結果となったのである。

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当事者双方にもたらす利害得失を比較し最も公平となる結論を導くとしても、その前提と素材を誤り判断基準を取 り違えてしまったのでは、結果も自ずと明白である。  このような理由からかつて支配的見解であった受忍限度論も、その存立の基礎を失い次の新たな被害者救済のため       ︵綴︶ の法理へと移行していくのであり、この点について環境権論のところで詳述しよう。  囚 人格権説における問題点  従来の学説・判例が不法行為に対する救済の法理を具体的には妨害排除講求ないし差止講求の根拠を理論づけるた めに、或いは物権的請求権理論の拡張や再構築を計り或いは不可侵性理論や利益考量論を用いて理論構成に努力した のに対し、人格権説は人間として生存する以上当然に認められるべき本質的な救済として捉え必ずしもその法的根拠 ないし理論的前提を要しないとする。  そしてこの人格権説が公害間題を中心に論じられてぎた事と相まって公害被害の実態を主要課題として正面から捉 え、具体的救済の実を掲げる必要から或いは実定法の規定をまたなくても当然に承認されるべき基本的な権利と考え るのである。  その根拠として或いは公害被害の実質が人格的利益の侵害であり或いは人格権の保護がすでに社会的に承認されつ つありこれなくしては人格的尊厳を守りえないとして、更には憲法第一三条と憲法第二五条は人格権に関する憲法上 の価値観を示し、これは民事裁判にも反映すべしとしているのは既に見た通りである。  かくしてこの人格権説の第一の問題点は、かかる人格権の承認と生成は社会的承認で足り実定法上の根拠を要しな     東洋法 学       五七

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    妨害排除講求権における理論的根拠の研究︹∬︺      五八 いとする点である。  ここで実定法上の根拠なき権利を法的な権利と認めうるのか否かの論議は別として.単に社会的承認によってそれ を根拠とするとする前提が明確ではない。人間にとって基本的なものであればある程また重要なものであればある程 実定法上の根拠を明確にしているのは自由権であれ生存権であれ財産権であれ論をまたないところであろう。  確かに公害被害の実態が極めて深刻でありかかる権利侵害に対する実際的な救済が.迅速且不可欠であむ他鱗立法 や行政による救済を待ちえないとしても.︾・れ故にこそ社会的にも法的にも是認される根拠に基づき安定した其体的 に妥幽な救済を可能としなければならない.更に重一,家な点は権利侵害・不法行為・公害拶害における呉体的救済とし ての差止ないし妨害排除の必要性は.単に人格権に限るものではないという事である。  そこでこれら救済の理論はひとり人格権に限らず私法上の原則として是認されうべぎものと解しうるのであり.そ れ故にこそ実定法上の根拠と具体的救済の法理を見出さねぱならないのであり、それによってより安定した救済を計 り被害の拡大・再発を防止する必要があると思われる。  また物権的構成が不適当とする点は.広く権利の具体的救済の必要性からも妥当な判断と思われるが.それが必ず しも人格権是認の論拠と直濃結びつかないし、同じく七一〇条の保護の必要性についても、人格権是認の理論的根拠 としての必然性は認めえないものであり.これに関して後の環境論で再考してみよう。  伊 鳩 環境権説における間題点  ω 各個人に対し具体的艇害の発生する以前の環境汚染ないし破壌をどの程度防止するかということは.或いは立

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法なり行政なりの取り扱うべき環境政策の問題であるかも知れない。  これに対し環境権論者は、今日のように公害の深刻化した最大の原因は企業の利潤追及主義の行ぎ過ぎにあり、且 これを放任して助長してきたのは国・地方自治体の立法・行政の遅れにありまた企業との癒着にあったという事実を 看過しえない。個人の具体的被害が現実化するまで放置していては公害闘題は真の解決をみない。また環境破壊と個        ︵35︶ 人の具体的被害の発生の段階とは区別しえないと反論している。  確かに公害その他の具体的被害が現実に発生すれば多くの権利侵害が生じ被害も拡大するおそれがあれば、そのよ うな被害の発生する以前に権利を守り被害の発生を防ぐのも法の重要な役割といいえよう。  このような環境権理論が従来の人格権説ないし利益相関関係論の理論的な不合理を克服し、公害被害の具体的救済 の根拠とその法理を構成せんと提唱せられたものである。  そしてこの環境権理論は人格権説と同じく公害問題を通じて生成発展してぎたものであるため、その理論の展開と 法理的考察に明確さを欠き自ずとそこに限界があるように思われる。  ω まず第一の間題点は、従来の相関関係論ないし受忍限度論における違法性の判断が、被害に対する公共性や加 害行為の態様との相関的考量の結果あいまいとなり逆に違法性を妥当性に転換しうる危険性が存したが、その点を克 服したのは評価しうるであろう。しかしながら相関関係説ないし受忍限度説そのものが必ずしも法的根拠と論理を有 しない便宜論であってみれば、その発展としての環境権論も自ずとその限界が存すると思われる。  すなわちまず環境権論そのものの法的根拠を明確にしその概念を確定した上で、具体的救済としての妨害排除或い     東洋法学      五九

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    妨害排除講求権における理論的根拠の研究︹互︺      六〇 は差止なり予防講求権との関わりを論証する必要があるわけであるが、今日必ずしも明らかでないように思われる。  第二の闘題点は、具体的被害の発生する前段階で.すなわち環境汚染の段階で加害行為の違法性を追及しうるとす る点である。  所蝦公害発生の予防ないし事前の差止の間題と解しうるが.環境汚染の進行とそれにかかわるどの段階で呉体的被 害が慈生しうるのか.かなりその発生の証明に困難な予調が伴勢乙とになるが.その立証の手段な蔭基準なりを呉体 的茎例にそくして確定する必要があろう、またこの段階でも汚染・粧壊の防護措置との関連も考慮する必要がある。  このように事前の.正においては権利費警ないし妨害の発生及び原因がよほどの確実性と必然的要因が存しない限 り.その原因そのもの︵例、伊達火力発肥所︶の除去は困難と思われる。しからば被害発生の前段階でいかないる根 拠といかなる程度で具体的な排除がなしうるのかあまり明確ではない。  勿論今翼のように公害の範闘が拡大しその被害が深刻な状況を生ぜしめる可能性が大となれぼ.例えぽ原子力発t 所設置に関してその危険がゼ降でない限り必ず何らかの加懸壷故は発生するであろうしその被害は計り知れない危険 性を伴う事になるのであるから.事前にこれに対する対策と具体的な救済を配慮しておく必要がある。しかしかかる 相互の不確定要因のみによって予測は必ずしも当をえないが.確かに不確定な保証はまた保証たりえず予測されるあ らゆる危険にそなえて時にはその担保をなさしめるのも一方法であろう。  第三点は、地域環境共有の理論が個々の住民の権利侵害だけでなく地域的拡がりを持つ環境穆媛の違法性を追及し うるとする点であるQ

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或いは住民訴訟的なるものの想定かと思われるが、確かに個人の権利侵害のみならず地域的な環境破壊の危険性は多 くの場合に生じうるしその被害防止と救済は法の重要な課題である。騒音・振動・ばいじん・臭気・汚水流出等その 環境汚染と破壊は単なる個人のみならず一定地域の人々の健康や安全或いは生命に重要な影響を及ぼすものである。  しかしこれは地域そのものの救済ではなく結局住民の救済でありそれが一定地域への広がりと範囲を持つとして も、勿論地域的環境破壊の追及は重要な課題であるがこれは別途考察すべぎで、ここでは具体的被害の具体的救済が 必要であり、共有の理論が必ずしも有用とは思われない。例えば大阪空港や名古屋新幹線訴訟にもみられるようにそ の被害状態の差異や住民の先住性等の間題点もあるのでなかろうか。  第四点は、故意過失についても環境汚染についての予見ないし予見可能性があれば、具体的被害の発生についての それがなくても責任を認めるとするとする点である。  環境汚染についての予見があれば被害発生に際して故意過失を認めんとするが、理論的には或いは無過失責任の論 理の適用かと思われるが、重大な責任の生ずる可能性もあり一個人一企業の責任性の追及に適当か否か疑問が残ると ころである。  かくしてこの環境権論は必ずしもその法的根拠が理論的に解明されないのみならず具体的救済すなわち妨害排除や 差止ないし予防の請求権の根拠も明らかでないし、利益考量論或いは人格権論の不合理を克服せんがために提唱せら れた便宜的手段的欠点を有するものとおもわれる。  公害のみを眼目としている結果一般論への導入には無理があるし、そして最も重要となる事前の差止においてもそ

    東洋法学       六一

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    妨害排除講求権における理論的根拠の研究︹H︺       六二 の論拠は不十分であるし、更に次の点の配慮も必要と思われる。  すなわち不法行為の原因そのものの除去は無理であるとしてもその結果あくまで発生するかも知れない予測の段階 では、相手方にその発生の確率の証明や防護措置等を提示せしめ、なお被害発生の必然性ないし危険性の存する場合 は将来の安全を鐙保せしめそれ莚よって具体的に綻害が発生した場合は危険の度合や被害の段階に応じて当然に妨害 排除を可能とする事が錯も有効な救済手段となるのでなかろうか。 欝.結 語  8 妨習排除の理論的根拠 ω 妨害排除講求権はもっばら物権的請求権として物権侵害に対する伊護救済の法哩として考察されてきたものであ り、その当然の結果として物絶侵害によって生じた妨害状態の排除と救済を繍指すものであった。しかし社会経済の 発展と複雑化は法の現象をも多様化し債権な害のみならず一般権利への不法行為現傑をも増大せしめ、その具体的救 済としての妨吉排除を必女不可欠なものとしつつありその法理の発展が要求されるに到ったのである。  しかしながら学説・判例は努力を重ねながらもぞ、の理論的解明と法約根拠の理論づけに必ずしも成功せず、不法行 為殊に公室馨蟹件の多発に伴い内在的な考察を捨て外在的な利益相関的考量論・受忍限度論・人格権論・環境権論等に よる救済をλみるも、いずれも不完全といわざるをえないのは既にみてきた通りである。  受忍限度論や利益考量論が具体的救済を目指しつつもそれが理論的な不傭を有したためその支持を失ったが、これ

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が紛争解決の具体的処理の手段ないし方法として果した役割は重要なものであり、後述の理論的根拠としての排他性 理論の実際的な救済手段の役割を分担しうると思われる。  また人格権論や環境権論が理論的欠陥を有したけれども、公害や他の不法行為における具体的救済の将来の方向づ けに大きく寄与しその指針を示したものと思われるし、立法政策や行政施策に目標を与えたのは重要な役割を荷った といいえよう。  そこで、権利の保護として最も重要な前提は、いかなる権利であるにせよその権利が他から侵害を受けた場合に、 その侵害状態を排除して、権利者がその権利を円満に行使しうる状態にもどす事である。すなわちいかなる権利であ るにせよその権利への他からの侵害は禁ぜられるが、それでもなお権利侵害が生じることとなる。この場合に侵害を 禁ずる事と現に侵害が生じる事、更にはその侵害を排除しうる事とは各々異った概念であるのは既にみてぎた。  法治国として原則として自力救済が禁じられる結果、法は当然の役割としてその各人の自力救済に代わる救済を各 人に保証する事は必然である。その結果いかなる権利も権利たる以上、まずその権利を他の者が侵害してはならな い、すなわち侵害の禁止縫不可侵性縫を前提とする。  このように不可侵性とは、現在あるいは将来の利益享受を可能ならしめるため、法が認める各種の権利につぎ、権 利者以外の何人もその利益享受を全面的もしくは部分的にせよ不能ならしめ、権利者の権利行使を妨げてはならない とする意義を示している。  しかしながら、かように権利侵害が禁ぜられ、権利に不可侵性を認めたとしても、現実にはあらゆる権利は侵害の

    東洋法学      六三

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    妨害排除講求権における理論的根拠の研究︹豆︺       六四 可能性に曝されており.いかなる侵害が生ずるか計り知れない状態に常に置かれているのである。  勿論.旋利侵害は権利自体の存立を害する方法や縫的物の減失或いは権利の内容を現実化する過程すなわち権利の 行使を妨げる方法等によって惹起され.侵害の方法や態様は各種の権利の性質や内容の相違によって異なる事となる。  そこでいかなる権利も不可侵性を有するも現実にはそれに対する侵害が生じる事となりその侵害が生じた場合に、 その授膏状態に応じ具体的叛侵害の排除が必要となる。この排除が其体的に可能かいか欺る態様による侵害排除が妥 当かまた磁笑とされるのかという間題がまさに妨害排除による権利救済の間題である、  鵯のように不可侵性によって搭告は禁じられても.書際上侵害が生じた場合には.菰の不可侵性は物給であれ債糎 であれ他のいかなる権利であれ侵害を禁ずるのみで.侵害に対する妨害の排除は別個の概念であり.不可侵性によっ        ︵照︶ ては排除しえないのは既に論証した所を参照されたい。  ω かくして権利侵害に対応し.具体的救済としてこの妨害排除が次の重要な課題であり.本稿においてその理論 的根拠を明確にし.各種の権利の本質的救済と論理の統一を試みんとするところである。  @ まず権利侵害は権利自体の存立を害する場合︵例えば所有物の侵奪︶や.権利の内容を現実化する権利行使を 妨げる場合︵所有物利用の妨害︶或いは目的物の滅失︵所有物の滅失︶更には債権侵害・生活妨害等侵害の方法や態 様は各種の権利の性質や内容の相違によって各々異なる事となる。 ⑤ これらの侵害や妨害はその違法性を阻却しない限り原則として可能な以上は、当然排除しうる事となる。

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 不可侵性により侵害は禁ぜられるも現実には侵害状態は生じその侵害を可能であるのに排除しえないとなれば、も はや違法状態を放置し権利存在の前提を否定する結果となる以上許されない事は当然であろう。  ◎ この妨害排除の理論的根拠こそまさに排他性である。  排他性には次の二側面が存在する。  ︽第一の側面︾  物権の存立において同一目的物につき同一内容の二個の権利が同時に並存しえない事、あたかも同一空間を占める 物体が同時に二個存しえない如く、同一目的物につき所有権は同時に二個並存しえない旨並存の物理的・観念的否 定。  すなわち並存の外観を呈する場合もその内容を異にするとか、物権がその成立の順序に従い、また一物一権主義で あるとする現象に現われている。   二の側面︾  物権の内容が何らかの事実によって妨げられるという場合に、その侵害状態を許容する事なく排斥しうる事、あた かも違法な侵害が正当防衛の権利を生ぜしめ自力救済を認める如く、 講求を生ぜしめるー並存の法律的・人為的否定である。

    東洋法学

物権侵害においてはその排除態様として物権的        六五

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    妨害排除請求権における理論的根拠の研究︹互︺       六六  すなわち物権が対抗力を具備することによって.物権相互問において或いは債権に対して優先的効力を認めるとす る現象に現われている。  学説においてはこの排他性の意菰を必ずしも正確に捉えていず、多義的に用いられているが.そしてどちらかとい えば排他性の第一の側面としての並存の観念的否定の意義に用いられている。しかし嘗.受なのは第二の側面としての 並存の法律的人為的否定の轡短繍ρる。物権授害の状態に応すて物権的富求権の三薦の芦転を認め鷲状麟復的救諺を 計らんとする茎ごそ.権利擬登を許さず.その救済の可能な限り原状回復に近い状態匹β.㍗、禽を救済せんとする事で あ夢、これこそ捻利を権利として婁隠める法の保証であり.救済の原則である.  @ 今瞬権利侵害が不法行為を構成した場合に侵害者は七〇九条以下の規定に従いその損害を賠償しなければなら ないが.通説・判例はあくまで四一七条準用による金銭謄獄の原則を固持する。  しかしながら.生命侵害のように回復不能な伎害に対する救済は金銭賠償によって旗補せざるをえないけれども. 侵害の態様によっては金銭賠償よりも原状回復的救済がより妥当・衡平な救済となる場合がある。例えば現在権利侵 害がなされそれが継続している場合に被害者はただ侵害状態を傍観すべぎで、それが後に不法行為と評価されれば賠 償金で救済されるとするのがはたして法の府理であろうか。権利一般の原則として事後救済という消極的な効力のみ ならず違法な侵害に対する排除の積極的な効力が存するはずである。民法上も正当防衛による自力救済︵七二〇条︶ を認め緊急事務管理︵六九八条︶では排除が遠法性を阻却する事を認めているが、結局これらは権利一般に対する不

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法行為においても物権と等しく侵害に対する排除の生ずる根拠と可能佳を示している。  また今霞重大な関心を持たれている各種公害や生活妨害の場合、例えばばいじん・騒音・振動・汚染水等はどんど ん排出・伝播させても、その行為が結果的に違法となれば、或いはそれが原因で疾病人が生ずれば、はたまた被害者 が請求すれば、損害賠償さえ支払えば良い、ないし保険金で救済でぎると、もし考えられているとするならば、そし てこれが民事責任として何ら刑罰の対象ともならないとするならば、これこそ不法行為を助長し被害者の犠牲のもと       の の の の の に加害者を利する結果となり、とうてい是認できない強者の論理といいえよう。  ここで妨害排除の請求は権利存在の前提要件として一般的原則的に認められ、且侵害の生じた場合はその権利の性 質や侵害の状態に応じて救済可能な場合が限られるとしても、その侵害排除の態様として侵害の停止・排除・予防の 講求が認められる可能性と必要性が理論的にも実際的にも証明せられた。  口 実定法上の根拠

     ︹新たなる提言旨

 ω 民法四一七条の新たな解釈  物権的請求権の理論的根拠が権利の排他性にあり、その当然の結果として権利一般に生ずる不法行為における妨害 排除請求権の理論的根拠がポ利の排他性︵殊に法律的否定の側面︶に存する事が論証せられた。これこそ権利に不可 侵性を認めて権利侵害を禁じ、現実に権利侵害が生ずれば可能な限り排他性によってその救済たる妨害排除すなわち 原状回復的救済をなしうるとするのは論理の帰結である。

    東洋法学       六七

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    妨害排除講求権における理論的根拠の研究︹璽︺      六八  民法七一ご一条は不法行為によるぬ害賠償に民法四一七条を準駕し、そこで損害賠償は別段の意思表示なきとぎは金 銭を以てその額を定むと規定し.卒義賠償の、振則を明らかにしている。  この四一七条はオ﹂振務不履行の場合の一規定として損昌、冨賠償の方法として規定されており.当琴賓が勿うから債 ㍑.、蓑.鮮舅係において結合しあらかじめ鵠、の不履行の可能を予測しうるのであるから.それに対する賠償方法の忘思表 示は可訴でお軽それ故・﹁別鋏の葱、尽巾.威﹂によるー鐸の堆淑轡f驚Lフる一、謎及びそ誌 ・y定L驚かった騰合もしくは 他の救済が不能なゴ合の瞬、”冠の方去として金,歳賠償を鋭定したものである。  不法戯擁の場禽において.その権利侵害の態様ヅ例えば物の滅失や生、剛誉冨の場合の如ノ\減失した物の隣復や生 命の再生は不能であり.かかるり合の撮害撰補は金.震躊償しよる救済ぶ妥当なものでのる。  載翫不履行の.謬合に嫁.その不履行の予測可能なため事前の鷲思表示を以って﹁別段の意思表示﹂をなしその履行 確保のため弍いは不履行に際しての騰蕃を防止することが騰来うるのであるが.不法行為に関してはかかる事前の意 思表示は例えば回帰的・継続的不法行為の如く反復する不法行為の際の孜済方法として﹁芋前の意思表示﹂をなしう るという特殊な場合を除いては通常不能◎,夢である。  そこで四一七条における﹁別段の意思表示﹂は必ずコ畢前の意志表示﹂であらねばならぬかという事であるが.債 務不履行に際してはともかく.不法行為に際しては先にみた様に特殊な場合を除いて﹁事前﹂たることはありえず. 不法行為においては救済可能な場合が限定せられるとしてもコ,“後における意思表示﹂と解しこれを含ましめて不都 合はないのでなかろうか。

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 すなわち﹁別段の意思表示﹂は必ずしも﹁事前の意思表示﹂なる必然性はなく、債権関係においてさえ﹁事後の意 思表示﹂の可能性がある。例えぱ債務不履行に際し債権者は履行の強制︵四一四条︶によってその債務履行を促しま た双務契約ならば解除︵五四〇条︶による原状回復︵五四五条︶を可能とし、これらによる救済の不能・無用に際し 最終的にすなわち﹁別段の意思表示﹂なぎ場合に金銭賠償による損害の環補に至るのである。  そうだとすれば、債務不履行でさえかかる厳格性を以ってその責任の追及と被害者たる債権者の十分な救済を目指 しているのに、より不法性の強いないし犯意の程度の大きい不法行為の加害者に最も簡便で有利な方法であり、他方 被害者にとっては必ずしも十分でない救済となる金銭賠償しか認めないとするのは、理論的にも是認でぎない臼本民 法の不備であり、この事が結果的に原状回復という加害者にとって重荷となる困難な負担を負わなくても良いとして、 結局今目の公害王国日本を招来せしめたと思われ、今後も増々自然や環境の破壊をもたらす一因となるであろう。  まさにこの強者の論理をいつまでも放置し是認しておけない事に思い致すべきであり、裁判実務の上では多くの原 状回復訴訟の発生が混乱をもたらすとしても、被害者救済のためその可能な場合に具体的救済としての妨害排除や差        ︵37︶ 止ないし予防の請求権を認める事こそ急務と思われる。  日 むすび  従来考えられた不法行為現象はその権利侵害の発生が当然に原状回復を不能とする例えば交通事故による被害者の 死亡等を想定し、更に学説においても金銭賠償が最も便宜としてぎた結果、加害行為の差止や妨害の排除を無用と考 えられてぎたようである。     東 洋 法 学       六九

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    妨害排除請求権における理論的根拠の研究︹嚢︺      七〇  しかしながら第一回目の手術の不手際があって.それに対して被害者に損害賠償請求による救済よりも、むしろそ の回復的な第二回目の手術が可能で効果酌な場合がある如く.或いは騒音・ばいじん・振動・奥気等による環境汚染 や破壊に際しては、その差止・排除が可能であり且被害者救済に有効な場合も多く存するのである。またこのような 回帰的・継続的不法行為に対する救済として妨害排除請求たる差止や予防の権利を認めねば、物畜の拡大・悪化は必 然となり麟果的な損害賠償としての金銭賠償では.被害者の救済が不十分であるのみならず権利の保障.に値いしない 結果を招くおそれもあるであろう。      び  の  な  の  の  ゆ  の  の  の  な  な  む  ゆ  む  は  む  の  は  ゆ  ゆ  は  む  の  は  は  む  の  な  む  む  む  な  な  かくして札利一般の原則として不法役害に対する妨害排除薫求権を前提とした上で.具体的には麟復的救済の可翫 性ないし必要猛・救済手段としての妨害排除・差止・予防・損害賠償の適否・公共性と受忍降反・救済の難易や当藩 者の意思・可罰性の是否等の比較検討によって実際酌な被害者の救済を可能とすべきと思われる。  権利一般の原則として不可侵性を認められ権利侵害を禁ぜられながらも.妨害排除的救済の可能な場合にもなお結 果的な金銭賠飯しか認めないとしてきたのは.その原状回復的救済としての妨害排除の可能性と必要性を誤認し或い は意図的に放置した結果であり今鷺の如き深刻な状態に到らしめたのである。  ここにおいて最も重要な問題は、妨害排除的原状回復的救済という加害者にとって蕉何となり大ぎな負担となる萱 任を負わずとも結果的な金銭賠償で済むという安易さは、経済優先ひいては人献軽視の風潮と相侯って多くの不法行 為殊に公害事件を引き起した大きな原因でなかろうかと思われるが.いかに経済優先・公共の利益或いは社会の発展 のためとはいえ多くの被害者の健康や生命や財産を損いそして本人は勿論家族達の苦痛や犠牲を強いる公害の多発は

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まさに犯罪的行為であり、企業責任や政治的政策的責任はもとよりむしろ法学徒や実務担当としての裁判官の責任も 大きいのでなかろうかと思われるが.とても法治国家としてまた法の論理として決して許される事ではないだろう。  かくして理論的根拠としての排他性に基づぎ実定法上の根拠としては民法四一七条の新たなる解釈を導入し、具体 的に被害に対応した実際的な各種救済形態を認めて妨害の排除を可能にすると考えられる。  社会発展の速度により安全性より確実性を要求される法の論理が必ずしも直ちに対処しえないとしても、すなわち 今日の不法行為現象の多発と多様化は速かなる特別法による対応と救済が不可能としても、法の解釈と運用は可能な 限り実際的具体的でなければならず、かかる被害の増大や多発を防ぎ発生した被害者の十分な救済を計り学説や判例 に混乱を来さない事も、実定法解釈の大きな役割であり目的であるのみならず法学徒の重要な使命であるのではなか ろうかと思われる。  註︵3 1︶註釈罠法⑥物権︵1︶三〇頁   ︵3 2︶ 拙稿﹁妨害排除請求権における理論的根拠の研究﹂東洋法学第二四巻二号七〇頁   ︵33︶ 好美﹁賃借権に基づく妨害排除講求権﹂契約法大系狐      我妻﹁債権総論﹂八五頁 ︵誕︶ 久保井﹁受忍限度論と環境権論﹂ジ餓リスト増刊 ﹁民法の争点﹂ 三二八頁 ︵35︶ 同右 三三〇頁 ︵36︶ 拙稿﹁不法行為における原状回復的救済論﹂東洋法学第二四巻一号参照 ︵37︶ 同右 二七頁 ︵葺︶ ジュリスト増刊﹁民法の争点﹂三三〇頁︵前号欠落︶

  東洋法学

七一

参照

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