時間を生きる形 : いのちをつなぐ、ゆとりの時間
の比較社会学
著者
吉田 敦彦
図書名
持続可能な教育社会をつくる : 環境・開発・スピ
リチュアリティ
開始ページ
72
終了ページ
93
出版年月日
2006-03-31
URL
http://hdl.handle.net/10466/00017011
「 ゆ と り の 教 育 」 や「 ス ロ ー ラ イ フ 」 と い う こ と が 謳 わ れ る の は、 な に が し か、 私 た ち が 喪 っ て き た も の へ の 切 実な直感がはたらいているからだろう。他方、それを私たちの生活に根ざしたものにまでしていくためには、単な るスローガンを超えた、人間の生と社会に対するしたたかで深められた認識に支えられる必要がある。 こ こ で、 「 時 間 」 と い う も の に ど う か か わ り な が ら 生 き る か、 と い う 問 い を 立 て て、 少 し 考 え て み た い。 「 貨 幣 」 とともに「時間」は、この近代生活において、社会学的にも人間学的にも、私たちの生の質と形を、想像以上に深 く 規 定 し て い る。 私 た ち は そ の 規 定 か ら、 簡 単 に 抜 け 出 す こ と は で き な い。 し か し そ れ を 明 晰 に 認 識 す る こ と で、 時間に振り回されずに、それに対してもう一度こちら側からかかわりはじめることができる。持続可能な「いのち とつながる生のあり方」を、そこに探っていきたい。
時間
を
生
きる
形
―いのちをつなぐ、ゆとりの時間の比較社会学―
吉田
敦彦
○よしだ あつひこ 1960 年生まれ。日本ホリスティック 教育協会代表。大阪府立大学教員。主 な著書に『ホリスティック教育論/日 本の動向と思想の地平』共著『日本の シュタイナー教育』『宗教心理の探求』 『応答する教育哲学』『臨床教育学の生 成』『日本の教育人間学』ほか。1
︿時計
の
時間﹀
と
︿生
きられる
時間﹀
:メキシコの学校に流れる時間 20歳代半ばの頃、メキシコの学校で教師をしながら、週末や休暇に村々を歩いていた。わずか1年間だったけれ ど、 当 時 の 自 分 に は、 長 ら く 求 め 続 け て い た 水 を 得 て、 渇 い た 五 臓 六 腑 に 染 み 渡 ら せ て 蘇 生 す る よ う な 体 験 だ っ た。 そ の と き 身 を も っ て 体 験 で き た 時 間 を、 そ の 後 の 人 生 で も 大 切 に し た い と 思 っ た。 も う ひ と つ の 時 間 の 生 き 方。それを見失いがちになる今の生活にあっても、くりかえし身体のなかに呼び覚まして、二つの時間のバランス をとろうとしてきた。自分にとってはそれが、よりホリスティックに生きようとするときの原点。持続可能な社会 について考えるとき、あらためてこのメキシコで生きた時間が思い起こされてならない。⑴
メキシコの学校の〈生きられる時間〉
ま ず、 メ キ シ コ 人 の 生 徒 た ち を 教 え て い た 学 校 で の エ ピ ソ ー ド か ら。 ま だ メ キ シ コ が 北 米 自 由 貿 易 協 定 ( N A F T A : 1 9 9 4 年 発 効 ) に よ る グ ロ ー バ リ ゼ ー シ ョ ン の 波 に 洗 わ れ る 前 の 1 9 8 5 年 か ら 1 9 8 6 年 末 に か け て、 日本メキシコ学院のメキシコ人コースで日本語・日本文化を教えていた。この学院は、メキシコ文部省管轄の学校 と、いわゆる海外日本人学校が合同してできた国際学校で、幼稚園から高校まである。幼稚園はメキシコ人と日本 人の完全な混合。小中学校は、メキシコ人コースと日本人コースに分かれて授業をしつつ、いくつかの交流授業を 実施。高校は、メキシコ人コースのみ。このメキシコ人コースの中学3年生と高校1年生を担当した。 不 安 も あ り つ つ 飛 び 込 ん だ 初 回 の 授 業 か ら、 そ こ は さ す が に ア ミ ー ゴ ( 友 だ ち ) の 国 の 子 ど も た ち、 彼 ら の 友 好 的な歓待とノリの良さに支えられて順調にスタートできた。ところが……。しばらくたったある日の高校一年生の 授業でのこと。はじまる時刻にクラスに行くと、教室のなかが、もぬけの空で誰もいない。時間割と時刻を確かめるが間違いない。あわてて探し回ると、グランドのバレーボールのコートに、クラスの子どもたちがいた。楽しそ うにバレーボールに興じて盛り上がっている。そうか、チャイムが鳴るわけでもなく、みんな腕時計を持っている わけでもない。時刻がわからないだけなんだ、と思って、 「もう授業が始まる時間だよ」と声をかけた。 そ の と き の 返 事 が、 に こ や か な 悪 び れ る と こ ろ の 全 く な い、 そ の 声 の ト ー ン と と も に、 今 も 鮮 明 に 思 い 出 さ れ る。 「 う ん、 先 生、 わ た し た ち バ レ ー ボ ー ル し て る の 」。 「 ま だ こ の ゲ ー ム が 続 い て る か ら ね 」。 「 終 わ る ま で、 も う ち ょ っ と 待 っ て ね 」。 嘆 願 す る よ う な 感 じ も、 ま し て や 強 弁 す る よ う な 気 配 も ま っ た く な い。 そ れ が 全 く 当 然 で、 自然なこと。その感じが即座に伝わってきたので、取り付く島がない。言葉を失ってオロオロすると、助け舟のよ う に「 ち ょ う ど い い か ら 審 判 し て!」 。 い い の か な、 ま あ 仕 方 な い よ な、 と 自 分 に 言 い 訳 し て 審 判 を し て い る と、 程なくゲームセット。すぐにさっさと片付けて、みんな教室へ向かう。 「先生、今日は何するの?」 「昨日のあの日 本の歌よかった、今日も歌おう」とか言いつつ。授業そのものは楽しみにしてくれていたんだ、少なくとも、イヤ だからエスケープしたわけではないんだ、と少し、ホッ。 授業が終わって職員室に戻り、とにかく先輩の教師に聞くと、ニヤリとしながら「それがメキシコの時間。ゲー ムが終われば教室に入ったのでしょ、問題ないよ」と言う。次第にわかっていったのだけど、たしかに時間割もあ る け れ ど、 そ れ は 伸 縮 自 在 で ほ ん と に フ レ キ シ ブ ル。 授 業 の ノ リ が 悪 い と き に は 早 く 終 わ っ て し ま う ( そ し て 外 で バ レ ー ボ ー ル!) 。 ノ リ が 良 い と き は、 ど ん ど ん 延 長 す る。 ぼ く の 前 の 授 業 の メ キ シ コ 人 先 生 は、 よ く 延 長 も し た。 そのときには邪魔にならないように教室の外で終わるのを待っていたのだけど、あるときそれに気づいたその先生 が、 「 ど う し て 教 室 に 入 っ て 来 な か っ た の? 入 っ て 来 た ら、 そ ろ そ ろ 終 わ ろ う と す る の に 」 と ア ド バ イ ス し て く れた。 時計の時間が来たからといって、いま何か生き生きと活動していることがあったら、目に見える不都合が生じな
い 限 り、 そ れ を ブ ツ リ と 中 断 し て 止 め て し ま う こ と を し な い。 逆 に、 つ ま ら な い 時 間 に な っ て し ま っ て い る の に、 時間割どおりの時刻が来るまでとにかく授業を続けるということもしない。時計をチラチラ見ながら授業をしてい る先生の姿が、そこには (皆無とは言わないけれど) ほとんどなかった。 「時計の時間」と「生きられる時間」 。〈生きられる時間〉を豊かにするために〈時計の時間〉があるのであって、 そ の 逆 で は な い。 時 間 割 と い う 予 め 決 め ら れ た〈 時 計 の 時 間 〉 に、 〈 生 き ら れ る 時 間 〉 を は め 込 ん で い く の は、 本 末転倒。目的と手段の転倒。それが、はっきりと意識されている。だから、時間に追われて、心を失うほど忙しく す る こ と が な い。 「 稼 ぐ た め に 生 き る の で は な く、 生 き る た め に 必 要 な か ぎ り で 稼 ぐ の だ 」 と い う 定 型 句 も、 メ キ シコでよく聞いた。
⑵
近代化を牽引する学校の〈時計の時間〉
小学校1年に入学して以来、私たちは毎日、時間割を見ながら、その時間枠に自分の生きる時間を当てはめてい くことを学んできた。朝起きて、空を見上げて、その日のお天気と相談しながら今日することを決めていくのでは な く。 四 季 の め ぐ り を 感 じ な が ら、 そ の 時 々 の 季 節 に ふ さ わ し い こ と を し て い く の で は な く。 朝 起 き て、 ま ず 時 計 を 見 て、 4 月 の 新 学 期 に 予 め 定 め ら れ た 時 間 割 に し た が っ て、 毎 週 同 じ こ と を 時 間 厳 守 ( 5 分 前 集 合・ ベ ル 着!) でこなしていく。時計の時間とともに始まり、時計の時間とともに終了する学びと、そして労働。 そのような生活が、人類に普遍的なものではなく、近代という時代に特殊なものであること。近代の産業社会の 要請に基づいて、近代の学校システムのなかで徹底して教育されることで、やっと自明視されるようになった特異 な ラ イ フ ス タ イ ル で あ る こ と。 農 耕 牧 畜 の 時 代 に は、 日 々 の お 天 気 や 季 候 と 相 談 し つ つ、 自 然 と 対 話 し つ つ 日 々 の 為 す べ き こ と が 選 択 さ れ て い た。 晴 れ れ ば 畑 を 耕 し、 雨 が 降 れ ば 家 内 で 手 仕 事。 時 計 が わ り に、 「 お 昼 ( ご は ん )の 前 に は 帰 っ て く る 」。 「 日 暮 れ 時 に 寄 り 合 い を 持 と う 」。 村 人 の み ん な が 集 ま ら な い と い け な い よ う な、 た と え ば 田植えの開始時刻を知らせるのも、ある人が木鐸を叩き、それを聞いた人がまた木鐸を叩き、次々と波状的に木鐸 の音が村中に響いて、その時刻を知らせあったりした。野良に出れない雨の日には、若者主催のお楽しみ=「雨祭 り」があったりしたが、その開催を知らせるのは、若者たちが勇壮に打ち鳴らす太鼓の音だった (内山1996) 。 近代化の象徴、機械仕掛けの「時計」が日本の村々に入っていくのは、明治近代もかなり下った産業革命と日露 戦争の後のことである。晴雨寒暖にかかわらず、毎日定刻に始まる工場に一斉に集合し、決められた課題を定刻に 終 了 す る ま で こ な し て い く 労 働 形 態 が 主 流 に な る 時 代 に な っ て、 は じ め て〈 時 計 ( 時 間 割 ) の 時 間 〉 厳 守 が 要 請 さ れた。農山漁村の子どもたちを産業社会に適応できる人材に育てる近代学校の「隠れたカリキュラム」――各教科 の 授 業 内 容 な ど の 顕 在 的 な 表 の カ リ キ ュ ラ ム に 対 し て、 表 立 っ て 明 示 さ れ な い が、 日 々 の 授 業 と の そ の 評 価 の 遂 行 そ の も の を 通 し て 教 育 し て い る ラ イ フ ス タ イ ル や 価 値 観 ―― の 重 要 な 一 課 題 と し て、 〈 生 き ら れ る 時 間 〉 よ り も 〈 時 計 の 時 間 〉 を 優 位 に お く 生 き 方 が 教 育 さ れ て い っ た。 村 に 時 計 が 入 っ て い く 先 陣 を 切 っ た の は 学 校 だ っ た し、 機 械 仕 掛 け の 時 計 が 手 に 入 ら な い と き は、 校 庭 に「 日 時 計 」 が つ く ら れ た り し た。 近 代 化 の 機 関 車 と し て の 学 校 が、 人 々 の 生 活 ス タ イ ル の〈 時 計 の 時 間 〉 化 を 牽 引 し た。 こ う い っ た 近 代 化 と 時 間 意 識 を め ぐ る 問 題 に つ い て は、 後でゆっくり考えてみたい。
2
︿未来中心﹀
と
︿現在中心﹀
の
生
き
方
:「今ここ」を生きるメキシコの子どもたち 日 本 メ キ シ コ 学 院 の 日 本 コ ー ス か ら は、 「 遅 れ た 教 育 」 だ と の レ ッ テ ル を 貼 ら れ が ち で あ っ た メ キ シ コ コ ー ス で 教 え な が ら、 で は 逆 に、 「 進 歩 」 や「 発 展 」 の 中 身 は 何 な の か、 と 自 問 す る こ と の 多 い 日 々 を 送 っ た。 「 時 間 意 識 」に関わるエピソードをもう一つ。
⑴
人生の本番はいつ来るか
この学院では、メキシココースと日本コースの合同運動会が恒例になっていた。両コースの合同行事としては最 大 の も の で、 そ の 練 習 か ら 本 番 ま で の プ ロ セ ス で、 二 つ の 時 間 意 識 が 拮 抗 し 衝 突 す る の は 日 常 茶 飯 事。 た と え ば、 「騎馬戦」の練習のとき。 合同運動会では、メキシコ人生徒と日本人生徒が入り混じって紅白に分かれ、二つの文化のバランスに留意して プ ロ グ ラ ム を 組 む。 騎 馬 戦 は 日 本 側 か ら 出 さ れ た 演 目 で、 日 本 コ ー ス の 教 師 ( 日 本 の 公 立 学 校 で の 経 験 豊 富 な 海 外 日 本 人 学 校 派 遣 教 員 ) が 指 導 す る。 そ の 練 習 日。 運 動 場 の 両 側 に 紅 白 に 分 か れ て 並 ん だ 生 徒 た ち ( 中 学 2 年 生 ) に、 競 技のあらましを説明した後、まず馬の組み方を教える。それぞれの馬は、日本人ばかり4人、メキシコ人ばかり4 人で組むので、メキシコ人グループには日本の教師や生徒が組み方を教える。楽しそうにワイワイ言いながら、組 めるようになる。 さ て、 そ こ で 日 本 の 先 生 が 次 の よ う に 指 示 を 出 し た。 「 今 日 は、 笛 の 合 図 に し た が っ て 競 技 を 進 行 す る 仕 方 を 練 習します。一つ目の笛で馬を組み、二つ目の笛で立ち上がり、三つ目の笛で騎馬がスタート。帽子の取りあいをし て、最後の長い笛で終了して自陣に戻る。ただし、今日は本番ではなく練習なので 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 、ゆっくり相手の帽子に触れる だけで良いです」 。そのとおり通訳されて、メキシコ人生徒も聞いている。しかし……。 一つの目の笛で馬を組み、二つ目の笛で立ち上がったとき、すでにメキシコ人の騎馬はコブシを振り上げ歓声を 上げて興奮状態。三つ目の笛が鳴るやいなや全速力で相手方の馬に突き進み――なかには、勢いあまって前のめり に崩れてしまう馬もあるほど――本番さながらに、まずはメキシコ人騎馬同士で激しく帽子を取りあう。日本人騎馬は指示通りゆっくりスタートして帽子に触れるだけで帰ってこようとする……けれど、生き残ったメキシコ人騎 馬に嬉々として追い駆け回され、困惑しながら逃げまどう……。日本の先生の怒声とともに長い笛が鳴って終了。 「 今 日 は 本 番 で は な く 練 習 な の で …」 と い う 指 示 を 聞 い た 時 点 で、 す で に 10ヵ 月 近 く メ キ シ コ コ ー ス で 教 え て い た 経 験 か ら、 こ の よ う な こ と に な る 予 感 が あ っ た。 「 ど う し て い つ も、 メ キ シ コ の 生 徒 た ち は 指 示 を 聞 け な い の だ!」という苦情を聞きつつ、この「混乱」への反省指導を求められるのが、メキシココースで教える日本人教師 の 一 人 と し て の 自 分 の 立 場 だ っ た。 し か し、 こ れ は 単 に「 指 示 に 従 わ な い 」 と い う 問 題 で は な い こ と が わ か っ た。 む し ろ「 生 き 方 」 に 深 く 関 わ る、 と て も 奥 行 き の あ る 問 題 で、 そ れ を 理 解 し あ う こ と が 大 切 に 思 え た。 そ れ を、 「 現 在 中 心 の 生 き 方 」 と「 未 来 中 心 の 生 き 方 」 と い う 時 間 意 識 の 違 い で 説 明 す る と、 た し か に ど ち ら が 正 し い、 と は簡単には言えない問題として、日本コースの教師たちにも捉えなおしてもらうことができた。
⑵
〈未来中心〉と〈現在中心〉の生き方・学び方
「 今 日 は ま だ 本 番 で は な く、 練 習 を 練 習 と し て す る 」 と い う 発 想 自 体 が、 あ る 種 の 時 間 意 識 を ベ ー ス と し て は じ め て 受 け 入 れ ら れ る。 つ ま り、 人 生 の 目 的 は 未 来 に あ っ て、 現 在 は そ の た め の 準 備 の た め に 使 う、 と い う「 未 来 中 心 」 の 発 想。 そ れ に 対 し て、 「 い つ で も 本 番。 そ れ で、 ど う し て 悪 い の?」 と メ キ シ コ の 子 ど も た ち は 問 い 返 す だ ろ う。 人 生 の 本 番 は、 来 な い か も し れ な い 未 来 に で は な く、 そ の つ ど の 現 在 に、 「 今 と こ こ 」 に あ る の だ と い う 「現在中心」の発想。人生の意味 (目的・本番) を、現在に求めるか、未来に求めるか。 いま何かをしていることの意味を、その現在のプロセスそのものの中に見い出すか、あるいは、将来それが何ら か の 結 果 を 生 ん だ と き に 意 味 あ る も の と し て 認 め る か。 現 在 を、 未 来 の 目 的 の た め の 手 段 に し て し ま う こ と な く、 それ自体で意味のあるものとして生き尽くしていくか、そうではなくて、より大きな成果を生むために現在を目的合理的に組織化して有効に使用していくか。時間を生きる二つのスタイルがある。 「なぜ今こんな勉強するの?」との問いに、 「将来大人になったとき、役に立つから」と答える。学校のなかで繰 り返されるこの問答のなかで、私たちは、今していることの意味を未来に先送りしていく未来中心の生き方を学ん でいく。子ども時代というのは、人生の本番である成人期のための準備の、練習のための期間であること。そのあ いだは、たとえ無意味に思えてつまらなくても、それに耐えてこなしているなかで、きっと後から何かの価値に交 換されて報われるはずであること。勉強とは、それ自体に喜びがあるものではなく、未来の目的のための手段なの であるから、今は楽しくなくても仕方がないこと。 そういう未来中心の発想を教え込まれることが、メキシコの学校では少なかった。騎馬戦に限らない。たとえば リレーの練習でも、日本の教師が指導するときには、バトンの受け渡しの部分だけ取り出して、それを繰り返し練 習させる。それに対して、メキシコの教師が指導するときには、とにかくリレーの実戦を本番同様にさせる。いま 「 さ せ る 」 と 言 っ た が、 た し か に バ ト ン ゾ ー ン の 練 習 は、 バ ト ン 受 け 渡 し 練 習 そ の も の は 楽 し く は な い の で、 「 さ せる」という感じがあるが、本番同様の実戦練習の場合は、見ている人たちの声援も盛り上がるし、走者も本気に な っ て 勝 て ば 歓 喜 す る の で、 「 さ せ る 」 と い っ た 感 じ は し な い。 ( 実 の と こ ろ、 リ レ ー の 本 番 で 強 い の は、 ど ち ら の 練 習方法だろう?) 運動会だけでなく、何より日々の授業のなかで、いかに日頃からメキシコの子どもたちが未来中心の学習法に馴 らされていないかを、痛感してきた。日本語の授業で、たとえば「漢字」を 10回ずつノートに書かせて教えようと する。すると、すぐに飛んでくるのが、 「 ¿Para que? (何のために?) 」といういつもの問い。 「将来、日本に行った と き、 知 ら な い と 困 る よ 」 と 答 え る と、 「 わ か ら な く て も、 そ こ に い る 人 に 聞 け る か ら い い 」、 「 辞 書 の 引 き 方 を 覚 え た か ら、 わ か ら な い と き に は 調 べ ら れ る 」。 そ ん な 彼 ら も、 日 本 の 同 世 代 の ヒ ッ ト 曲 の 歌 詞 な ら 夢 中 に な っ て 訳
していくし、一番印象的だったのは、次の日本語・日本文化の授業。 授 業 で、 日 本 の「 い じ め 」 の 新 聞 記 事 を 読 ん だ。 い つ も に ぎ や か な ク ラ ス が、 水 を 打 っ た よ う に 静 ま り か え る。 こ の よ う な「 い じ め 」 が よ く わ か ら な い ( 1) 。 同 年 齢 の 見 知 ら ぬ 友 達 の こ と を も っ と 知 り た い。 い じ め ら れ た り、 い じめたりしている生徒たちと文通したい、ということになり、じつにデリケートな話題を扱う手紙を、時間をかけ て、それこそ授業を延長し、ランチタイムを何日も使いながら書き直しを重ね、読みやすいように漢字もたくさん 使って書き上げた。 そのときの彼らの集中力や持続力には、感嘆するものがあった。まさに「時間を忘れて」夢中で取り組んだ。そ の な か で 結 果 的 に 身 に つ け て い っ た 日 本 語 力 も 相 当 な も の だ っ た。 そ れ 以 来、 私 の 授 業 方 針 も、 「 未 来 中 心 」 で は な く「 現 在 中 心 」 の も の を 心 が け た。 つ ま り、 「 将 来 役 に 立 つ か ら 」 と い う 動 機 づ け を 不 要 と す る よ う な、 生 徒 た ちが現在、興味・関心があることを題材にして、いま読んだり書いたりコミュニケーションしていることそれ自体 に直接的な意味があるような学習を心がけた。
⑶
近代学校のなかの〈未来中心〉の教育観
人 類 の 長 い 歴 史 を 振 り 返 れ ば、 私 た ち が あ っ て 当 然 だ と 思 っ て い る 学 校 が 必 要 に な っ た の は、 ご く 最 近 の こ と だ。将来に必要になるであろう知識や技能を、家庭や地域の暮らしのなかで、身近な大人の仕事を手伝いつつ次第 に 身 に つ け て い け る 時 代 が、 人 類 史 の 長 い 期 間、 続 い て き た。 そ の と き の 身 に つ け 方、 学 び 方 は、 現 在 中 心 だ っ た。大人のしていることを「まねび」つつ「まなぶ」ことは、そしてそれが大人たちと同じようにできるようにな ることは、それ自体が子どもたちにとって喜びであったし、しかもそれが今日の暮らしを支えていく具体的な手ご た え が あ っ た か ら。 仕 事 が 世 襲 的 で な く な り、 次 々 と 新 た な 職 種 が 生 ま れ、 階 層 間 や 居 住 地 の 移 動 が 大 き く な り、職住が分離していくにつれ、システムとしての近代学校が必要とされてきた。現在の生活の必要に直接に結びつい ているのではない、将来の職業選択の幅を最大限に広げることのできる一般的な知識・技能を、生活の場とは隔離 された空間と時間のなかで、系統的に学習する必要が生まれてきた。その学習は、それがどのように生活のなかで 活かされるものなのか、その意味が現在の時点ではとても見えにくいものになっていった。 「 賃 労 働 」 と「 時 間 給 」 の 一 般 化 に 伴 う「 仕 事 」 の「 稼 ぎ 」 へ の 労 働 の 質 の 転 換 ( 内 山 1 9 8 8) が、 こ の「 現 在 中心」から「未来中心」への生き方と学びの転換に対応している。生産と消費の場面が分離するにしたがい、いま 自分がしている仕事が、どのような人の喜びに結びついているのか、顔の見える関係において具体的に味わうこと が難しくなる。家族に手袋を編んだり夕食を作ったりするのと、商品衣料や商品弁当を大量に生産する工場で働く のとでは、現在の仕事そのものの意味を感受する仕方が決定的に異なってくる。後者では、仕事そのものからは感 じ取りにくい意味を、結局のところ月末に賃金という交換価値であがない、その蓄えられた貨幣が何か別の商品に 交換されることで報いられる構図ができる。意味や目的が、仕事のプロセスから直接得られるものではなく、それ とは別の価値に交換されるときにまで先送りされる。それに慣れてくると、仕事の内容よりも、働いた「時間」が 「給与」に交換されていくように感じられる。 「時は金なり」 。極端には、 「時間給」を得るために「時間稼ぎ」をし て「金稼ぎ」をするという発想にもなる (内山1993) 。 「 点 数 稼 ぎ 」 や「 単 位 稼 ぎ 」 と い う 表 現 が あ る。 学 ん だ こ と そ の も の の 価 値 で は な く、 そ れ が 将 来 に 有 効 な 何 ら かの交換価値に換算されたとき、それに価値を見出す姿勢。授業で学んでいることそのものに意味や目的を感じら れなくとも、それでも耐えて座ってノルマをこなした「時間」が、結果として内申書の点数や卒業要件の単位に換 算される。未来の幸福へのキップを手に入れるために、現在は無意味とも思えるような作業に耐えていく。このよ うな生き方のスタイルそのものが、実は、近代産業社会の求める労働のスタイルによくマッチしていて、近代学校
(の「隠れたカリキュラム」 ) は、ひそかにそれを育ててきたのだとさえ言える。少なくとも機能的にそういう一面が あったことを読み取れる。 このように見ていくと、近代化の推進力という機能からみて「遅れた」メキシコの学校のなかで「現在中心」の 生 き 方 が、 「 進 ん だ 」 日 本 の 学 校 の な か で「 未 来 中 心 」 の そ れ が 優 位 に な っ て い る 理 由 の 一 端 が よ く わ か る。 そ し て、 近 代 化 が 完 成 さ れ る に し た が っ て 自 明 視 さ れ る 生 き 方 が、 じ つ は、 ど の よ う に 特 殊 で 偏 っ た 生 き 方 で あ る の か、ということも、よく見えてくる。 以上はそれを、 〈時計の時間〉と〈生きられる時間〉 、〈未来中心〉と〈現在中心〉という時間意識に焦点づけて、 対 比 的 に ― ― し た が っ て、 こ の よ う な 単 純 化 を 許 さ な い 複 雑 な 社 会 の 細 部 に は こ だ わ ら ず、 少 々 乱 暴 に で あ る が ― ― 浮 き 彫 り に し よ う と し て き た。 学 校 や 子 ど も の 事 例 を こ こ で は 扱 っ た が、 以 上 の 対 比 は、 大 人 社 会 の な か で も、 同様のエピソードがたくさんある。メキシコ社会の時間意識については多くの著述があるし、とりあえず、近代化 の機関車としての学校のなかでさえ以上のような状況にあったことを、ここでは報告しておくことにしよう (2) 。
3
いのちとつながる
生
の
形
:時間の生き方の深層 メキシコの「もうひとつの時間の生き方」 。そこで学んだことを、二つだけ付け加えておきたい。 「待つことの味 わ い 」 と「 他 者 に 応 答 す る 共 感 性 」。 そ こ に、 時 間 意 識 が ホ リ ス テ ィ ッ ク な〈 い の ち 〉 と の つ な が り 方 の 深 浅 に 影 響する様相が捉えられる。⑴
「待つこと」で深められる時間
〈 時 計 の 時 間 〉 と〈 生 き ら れ る 時 間 〉 を 話 題 に す る と、 必 ず と い っ て よ い ほ ど 出 て く る 疑 問 が、 「〈 時 計 の 時 間 〉 を守らないと、他の人を待たせることになる。自分だけならよくても、他の人の時間を奪うことになり、迷惑をか けるのはよくない」というもの。それはそれでよくわかる。ただそのとき、次のような「待つこと」へのセンスも あ り 得 る こ と を 考 慮 に 入 れ る と、 「 時 間 の 生 き 方 」 と「 他 者 と の か か わ り 方 」 の 関 係 に つ い て さ ら に 考 え を 深 め る ことができる。 メ キ シ コ で 生 活 し て い る と、 た し か に「 待 た さ れ る 」 こ と が 多 い。 で も、 そ こ の 時 間 の 流 れ に 馴 染 ん で く る と、 「待つこと」が苦痛でなくなってくる。むしろ、 「待たされている時間」が、なにか「得をした時間」のように感じ られたり、 「待つこと」が味わい深い営みのように思えてくる。 バスに乗ろうとして、そのバスが定刻よりも遅れてきたとしよう。そうすると、バス停で待っている人は、自然 に 隣 で 待 っ て い る 人 に 声 を か け る。 「 や あ、 今 日 は ど こ へ 行 く の?」 。 そ し て、 世 間 話 が は じ ま る。 す る と、 い き な り ( と 滞 在 の 日 が 浅 い と き は 感 じ た も の だ が ) 、 よ く あ る 質 問 は「 あ な た は、 何 が 好 き な 人?」 。 誰 も、 自 分 が 好 き なことを話すのが嫌いな人はいない。すぐに話しが弾む。そして、その人が好きなことを聞くと、その人のことが と て も よ く わ か る。 そ れ が 自 分 に 合 っ て い れ ば、 も う 友 だ ち。 バ ス を 待 っ て い る 時 間 が 短 く 感 じ ら れ、 も し ス ケ ジ ュ ー ル ど お り に バ ス が 来 て い れ ば 出 会 え な か っ た 新 し い 友 だ ち と、 一 緒 に バ ス に 乗 り 込 ん で か ら も 話 に 花 が 咲 く。 「待っている時間」は、 「予期せぬ出会いに開かれた時間」になる。 ス ケ ジ ュ ー ル ( 時 間 割 ) ど お り に 事 が 運 ぶ と、 た ん に 以 前 か ら 予 測 で き て い た と お り の 日 々 が 過 ぎ 去 っ て い く。 スケジュールどおりにいかなくなったとき、何か予期せぬ新しいことが生まれる可能性がある。時計をチラチラ見ながら待つのではなく、なにか面白いことがないだろうか、と周りをワクワク覗う。そこに、予定通りならば与え られなかった、何をしてもいいフリーな時間が自分の手元に戻ってくる。予定に反して待たされている時間は、こ のような好奇心があれば、とっても「得をした時間」になる。出会いに開かれた時間。 たしかにこれも、自分が遅れて、誰かをイライラと待たせてしまっていると思うと、申し訳なくて、こんな呑気 な 気 分 に は な れ な い だ ろ う。 誰 か が 遅 れ て き て も、 き っ と バ ス が 遅 れ た り、 あ る い は 何 か、 彼 の〈 生 き ら れ る 時 間 〉 が そ の 前 に 長 引 い て 遅 れ て き て し ま っ た の だ ろ う、 と 余 裕 を も っ て ( し ば し ば 得 を し た と さ え 思 い な が ら ) 待 た さ れ て い る 人 が あ っ て こ そ、 待 た せ て い る 人 も ま た、 そ の 時 間 を 楽 し め る。 逆 に 言 う と、 そ う い う 相 互 性 が 成 り 立っている文化では、このように「待たせたり・待たされたり」ということさえ、その意味を変えてしまうという こと。時間厳守の徳は、そのように超文化的に絶対的・普遍的な価値を持つものではない。 「 待 つ こ と が 上 手 」 な 人 た ち が つ く っ て い る 社 会。 社 会 全 体 に、 先 を 急 い で イ ラ イ ラ し て い る 気 配 が な い。 そ し て、 メ キ シ コ 滞 在 も 長 く な る に し た が っ て、 「 得 を し た 時 間 」 と い う だ け で な く、 「 待 っ て い る 時 間 」 と い う の は、 な ん と も 味 わ い 深 い 時 間 な ん だ と 感 受 さ れ る よ う に な っ て く る。 「 予 定 通 り 」 に「 す ぐ に 手 に 入 る 」 よ り も、 大 事 な こ と ほ ど、 そ れ が 手 に 入 る ま で 思 い を 込 め て 待 つ 時 間 が あ る ほ う が、 む し ろ 濃 密 に〈 い ま・ こ こ 〉 を、 〈 生 き ら れ る 時 間 〉 を 生 き ら れ る。 つ ぎ つ ぎ と 上 滑 り し て い く 時 間 で は な く て、 時 間 が 足 元 で 垂 直 に 深 ま っ て い く よ う な、 時が熟していく時間。 〈 い の ち 〉 は 時 の な か で 熟 し て〈 か た ち 〉 と な る。 春 夏 秋 冬、 そ し て 人 生 の 四 季 で あ る「 青 春、 朱 夏、 白 秋、 玄 冬 」 ( 見 田 1 9 7 9) 。 い の ち の 巡 り と リ ズ ム の な か で、 時 が 熟 し、 事 が そ の 事 に ふ さ わ し い 時 を 得 て、 し か る べ く してリアライズしてくる。それをしっかりと待てるということ。時間に追われるのでも、時間を追い越してしまう のでもなく、あるいは時間の背後に取り残されるのでもなく、熟していく〈時〉のなかに住まうこと。
〈 い の ち 〉 は 熟 し て〈 か た ち 〉 と な る。 思 い は 時 の な か で 熟 し て 言 葉 と な る。 た と え ば 教 室 の 中 で、 あ る 生 徒 の な か な か 言 葉 に な ら な い そ の 言 葉 が、 ゆ っ く り と 熟 し て 発 せ ら れ る、 そ の 瞬 間 を 固 唾 を の ん で 待 つ 沈 黙 の な か に、 そ の よ う な「 待 つ こ と の 深 ま り 」 が あ っ た り す る ( 吉 田 2 0 0 3) 。「 待 つ こ と の で き る 力 」 が、 上 滑 り し な い 他 者 と の か か わ り を 育 ん で い く。 「 待 つ こ と の 深 ま り 」 が「 他 者 と の か か わ り の 深 ま り 」 を 生 み 出 し て い く。 「 ゆ と り 」 とは、そのような「ゆったりとした時の深まり」を育むものであるはずだ。
⑵
現在する他者との応答的なつながり
つ ぎ つ ぎ と 先 を 急 い で い く の で は な く、 〈 い ま・ こ こ 〉 の 現 在 を 生 き て い る と き、 他 者 と の か か わ り 方・ つ な が り方が変わってくる。メキシコの生徒たちのあいだに、日本であるような意味での「いじめ」が――当時の私の見 聞 の 限 り ―― み ら れ な か っ た ( 吉 田・ 高 尾 1 9 9 6) 。 彼 ら と て、 い つ も「 ア ミ ー ゴ ( 友 だ ち ) 」 で 仲 が い い ば か り で なく、ぶつかったり、けんかしたりということは、よくあること。いな、ぶつかりあってもつながっていけるから こそ、 「アミーゴ」なのだろう。大切なのは、ぶつかった時の、その時その場での応対の仕方。 もうひとつだけエピソードを加えよう。授業中 (高校1年、着任約2ヵ月) に、あるヤンチャな男子生徒が、真面 目 す ぎ る ぐ ら い 真 面 目 な 女 子 生 徒 に 向 か っ て、 心 を 傷 つ け る よ う な 言 葉 を 投 げ つ け た。 冷 や り と す る よ う な 場 面 で、教壇にいる私は、何か言わなければ、と思いつつ、未熟にも咄嗟の言葉が出ない。その瞬間、女子生徒はワッ と 泣 き 出 し て、 授 業 中 の 教 室 を 飛 び 出 し て し ま う。 と、 す で に 男 子 生 徒 は 立 ち 上 が っ て い て、 顔 色 を 変 え て「 先 生、 追 い か け て く る 」 と 言 い 残 し て 飛 び 出 し て い く。 呆 然 と し て い る 私 に、 生 徒 た ち の ほ う が 声 を か け、 「 先 生、 ま か せ て お い て 大 丈 夫 だ か ら、 授 業 を 続 け よ う 」。 し ば ら く 授 業 を 続 け る。 ク ラ ス 中 が「 ち ょ っ と 遅 い な 」 と 気 に な り は じ め た 頃、 「 先 生、 そ ろ そ ろ 様 子 を 見 て き て 」 と 声 が か か る。 促 さ れ て 教 室 を 出 て 探 す と、 階 段 に 腰 掛 け てたたずむ二人。 「もう少しで落ち着くから、そうしたら教室へ戻ります。大丈夫、授業を続けていて」 。クラスのみ ん な に 報 告 し て、 授 業 を 再 開 し て い る と、 ほ ど な く 二 人 が 戻 っ て き て、 み ん な が う な ず き 合 う よ う に 空 気 が 和 み、 一件落着。 た い し た 生 徒 た ち だ と 頭 が 下 が っ た。 こ れ だ か ら「 い じ め 」 が な い の だ、 と 思 え た。 人 を 傷 つ け る こ と は あ る。 でも、その瞬間に、その痛みを表現し、感受し、共振する身体のあり方が、じつに柔らかく、伸びやかで、しかも 力強い。それが、 「授業中の教室という時空」を見事に超える。 「授業時間中」だから終了時刻までは教室のなかで 勉 強 す べ し、 と い う 規 範 を ま っ た く 無 視 し て い る の で も な く、 か と い っ て、 「 何 が あ っ て も …」 と は 考 え な い。 そ れよりも大切なことがあること。とくに、人を傷つけたり傷つけられたりするとき、それに呼応するコミュニケー ションは、何より大切。心と身体が、その時その場で応答しあい、共鳴共振しつつ、スケジュール化された時空の 枠 組 み を 突 破 し て い く。 そ の 即 興 的 な 現 在 を 生 き ら れ る 共 感 性・ 応 答 性。 「 シ ン パ テ ィ コ ( 共 感 的・ 交 響 的 ) 」 で あ ることを人間性を評価する最高の基準としている (見田1979) 彼らの真骨頂をみた。 「いじめるよりも仲良くした方が楽しいのに、どうしてわざわざいじめるの?」 。先に述べた日本の「いじめ」に ついての授業で、それが「わからない」理由として、こうつぶやいた生徒がいた。こうしたメキシコの生徒たちの 心 性 に つ い て は、 別 の と こ ろ で 心 理 学 的 に 考 察 し て み た こ と が あ る ( 吉 田 1 9 9 9) 。 こ こ で は、 上 述 の 時 間 の 生 き 方に即して、この他者とのつながりのあり方を押さえておきたい。 〈現在中心〉の〈生きられる時間〉 。未来にある目的を立て、そのために現在を有効に生きようとするとき、その 目的にとって有用なものと不用なものがたえず意識され、有用なものと人とにだけかかわるようになる。現在のす べてにかかわるのではなく、目的に関係のあること以外は、 「自分には関係ない」ことになる。目的が絞り込まれ、 目標が明確になればなるほど、手段視された現在の人間関係は有用性の基準にしたがって選別され、つながりは狭
まっていく。 時間割とカリキュラムに則って進行する授業は、卒業時点という未来にアウトプットすべき目標にむけて合理的 に組織化される。その時間意識が強力になればなるほど、教室のなかの人間関係は、現在する他者に応答する感受 性を狭めていく。今ここで他者が何を感じ、何を訴えているのか、それは、学習すべき目的にとって関係がある限 りでしか関係ない。時間の生き方が、他者とのつながり方に、確実に干渉するのである。
⑶
時間のニヒリズムを超えて
今 こ こ に 現 在 す る 他 者 に 応 答 す る つ な が り 方。 そ こ に 現 在 中 心 / 未 来 中 心 の 時 間 意 識 が か か わ る こ と を み て き た。 そ れ に し て も、 こ の 現 在 中 心 の 生 き 方 は、 未 来 と ど の よ う に か か わ っ て い く の だ ろ う。 「 今 さ え よ け れ ば、 そ れ で い い 」「 自 分 ( の 世 代 ) さ え よ け れ ば、 あ と は ど う な っ て も い い 」 と い っ た、 い わ ば 刹 那 主 義 的 な 生 き 方 と、 この現在中心の生き方は、どう違うのだろう。そこに違いがあることは、メキシコにいるときから感じていた。そ して、その違いの秘密に触れた気がしたのは、メキシコの 11月1日にある「死者の日」の前後である。 すでに詳しく論じた (吉田1994、1996) ので本稿では立ち入らないが、メキシコの「現在中心」の生き方 に は、 彼 の 地 の「 死 者 の 日 」 の 祝 祭 行 事 に み ら れ る よ う な 死 生 観 が、 深 く 関 与 し て い る よ う に 思 わ れ る。 「 骸 骨 人 形」などで溢れかえる「死者の日」には、親しい人の名前を額に貼り付けた「しゃれこうべの砂糖菓子」を贈りあ う。あなたも私も、遅かれ早かれ、このような「しゃれこうべ」になるのだという事実を忘れないために。相手が 死んでしまったと仮定した手紙「しゃれこうべの詩」を送りあう。もし、あなたと今日限りで二度と会えなくなっ たとしたら、私はどう感じるだろう。もし私がいま死んだとしたら、私につながる人たちは、私のことをどう思い 出 に 残 す だ ろ う。 他 者 と の つ な が り 方 の 質 が、 「 し ゃ れ こ う べ 」 を 通 し て ( 怖 い ほ ど ) く っ き り と 浮 き 彫 り に な る。それを自覚しあうための、強烈な文化の装置をメキシコは持っている。 「 死 」 を ど う 感 受 し て い る か の 違 い が、 現 在 中 心 の 生 き 方 と 刹 那 主 義 と の 違 い を 決 定 づ け て い る。 生 き て い る 人 間 の 生 の 有 限 性、 私 も あ な た も、 遅 か れ 早 か れ、 い つ か 必 ず 生 を 閉 じ る と い う 事 実 を、 ど の よ う に 感 受 し て い る か。 「いつでも本番」の、未来に生きる意味を先送りしない生き方が、 「いつ死んでもよい生き方」に結びついてい ること。しかしこれも、文化差であるよりも、死をタブー視する近代化の度合いの問題かもしれない (3) 。 人 間 が 誰 で も、 い つ か 必 ず 死 す べ き 存 在 で あ る こ と。 そ の こ と 自 体 が、 虚 無 感 を、 ニ ヒ リ ズ ム を 生 む の で は な い。生きる意味を、生きられる現在の充実から得るのではなく、次々と未来に先送りしていくとき、その果てにく る「 死 」 は、 最 終 的 に 生 き る 意 味 を 無 に 帰 し て い く も の と し て 感 受 さ れ る。 逆 に、 は じ め に 死 を 見 据 え つ つ、 こ のいつ終わるとも知れぬ生のつかの間のひとときを、それ自体で意味あるものとして生き尽くしていこうとすると き、その時々の現在が上滑りすることなく、垂直に深まっていく。 こ の よ う に 考 え る と き、 「 現 在 中 心 」 の 生 き 方 と は、 現 在 の「 点 」 と し て の 時 間 を 意 識 し て い る だ け で は な い。 む し ろ、 到 来 す る 死 を 看 過 す る こ と な く、 生 と 死 の 全 体 を 見 通 し て い る。 「 未 来 中 心 」 の 生 き 方 が、 こ の 人 生 の ど こかの時点の未来に「本番」をおいて、そこまでの未来をしか見ていないのだとすれば、その方が近視眼的で中途 半端な未来観だと言える。 人 間 は、 〈 い の ち の つ な が り 〉 の な か で、 生 き て い る。 「 死 者 の 日 」 の 夜 に メ キ シ コ の 人 た ち は、 共 同 墓 地 に 集 まって、地上に帰ってきた今は亡き人たちの魂と夜明けまで交歓する。そのときには、彼らの時間の意識は、自己 の生死の時間をはるかに越えて、もうひとつの悠久の時間の流れ、大いなるいのちのつながりのなかに浸りこんで いるようにも見えた。生きられる現在の垂直の深さは、このような「永遠の今」とも言うべき〈いのち〉の次元に ふれることによって、支えられているのだと思える。
4
持続可能
な
世界
へ
向
けて
⑴
「幸せ」のかたちの問い直し
「ゆとりの時間」を導入した教育改革。より一般的には、 「スローライフ」が謳われている。それ自体は、先を急 ぎすぎて時間に追われる生活が、すでに行き過ぎてしまった反省に基づくものだろう。ただそれが、 「時計の時間」 や「未来中心」の生き方を原理とする近代社会や近代学校の、その原理的な問題への捉え返しのないまま継ぎ足さ れ る な ら ば、 「 ゆ と り 」 以 外 の 時 間 が さ ら に 忙 し く な っ た と か、 学 力 の ア ウ ト プ ッ ト が 低 下 し た と か、 あ る い は 余 暇のスローライフを獲得できる「勝ち組」に乗るべくますます悲壮な業績競争に巻き込まれる、といった悲喜劇を 演じることになる (4) 。 メキシコを反照する鏡として、近代社会のそれに対する「もうひとつの時間」の生き方を見てきた。それを探求 し つ つ、 時 間 の 生 き 方 と い う も の が、 最 終 的 に い の ち と つ な が る 生 の 形 を 規 定 し て い く 様 を 浮 き 彫 り に し て き た。 近 代 な い し ポ ス ト 近 代 の 社 会 に 生 き る 私 た ち は、 も は や ど ち ら か の 時 間 だ け を よ し と し て 生 き る こ と は で き な い。 ただ、近代の時間意識の行く末には、断ち切られ、持続の不可能となった無惨ないのちの姿――生態系の生きとし 生 け る も の の つ な が り に し て も、 近 く の、 ま た 遠 く の 他 者 た ち と の い の ち の つ な が り に し て も ― ― が あ る の だ と す れば、私たちはこの二つの時間の間で、右往左往しつつも、偏りすぎたバランスを取り戻していかなくてはならな い。 は じ め に 触 れ た が、 以 上 の メ キ シ コ 体 験 は、 ア メ リ カ 合 衆 国 を 中 核 と す る 自 由 貿 易 協 定 に よ る グ ロ ー バ リ ゼ ー ション以前のものである。1990年代後半にメキシコを二度おとずれたとき、文字通りの「マクドナルド化」で街角の風景は一変していた。反グローバリゼーションの象徴的な運動であるメキシコ南部のサパティスタ解放運動 は、多国籍企業のプランテーションのために買い占められていく農民の土地を守り、自分たちの自律的な暮らしの た め の 食 べ 物 を 育 て る 権 利 を 確 保 し よ う と す る も の だ ( 山 本 2 0 0 4) 。 こ こ で メ キ シ コ の 人 々 の 選 択 に つ い て 軽 々 に是非判断をしようというのではない。問題は、持続可能な世界へ向けて、日本で生きている私たち自身の生き方 の 選 択 で あ る。 ア メ リ カ を 夾 ん で 反 対 側 の カ ナ ダ で 暮 ら し て い た と き ( 1 9 9 8 ~ 1 9 9 9 年 ) 、 日 本 人 の 猛 烈 な 働 き 方 へ の 苦 情 を よ く 聞 か さ れ た。 も う 少 し ス ロ ー ダ ウ ン し て く れ な け れ ば、 グ ロ ー バ ル 市 場 の 国 際 競 争 の な か で、 自分たちカナダ人の生活もスピードに追われなくてはならないと。 9・ 11の 米 国 貿 易 セ ン タ ー ビ ル と ペ ン タ ゴ ン へ の 同 時 多 発 テ ロ の 直 後、 タ イ の バ ン コ ク の チ ュ ラ ロ ン コ ン 大 学 で、 「 も う ひ と つ の 世 界 へ の ホ リ ス テ ィ ッ ク・ ア プ ロ ー チ 」 を テ ー マ に し た 国 際 会 議 が 開 か れ た。 基 調 講 演 者 は、 インドのヴァンダナ・シヴァ。第一線の物理学者として、ニュートン・パラダイムからホリスティック・パラダイ ムへの世界観の転換を、そして、その土地や生活の全体連関を無視して外来種を導入する「緑の革命」や単一商品 作物プランテーションがいかに生態系と人々の共同生活を破壊してきたかを、圧倒的な説得力をもって訴え続けて い る 人 で あ る ( ヴ ァ ダ ナ・ シ ヴ ァ 1 9 9 4、 2 0 0 2 ほ か。 邦 訳 も す で に 多 数 ) 。 そ の 会 議 の 夜 に は、 タ イ の 北 部 で 日 本のODAによって進められている大規模ダム開発に抵抗してきた地元の人々の舞踏による訴えがあった。その川 の漁労によって生活を営んできたこと、それだけでなくその「開発」が、その舞踏に象徴されるような村の伝承文 化を根こそぎにしていくこと。 90年代末にグローバル経済下の「アジア通貨危機」を経験したタイをはじめ東南ア ジアの参加者たちは、その危機によってむしろ私たちは目を覚ますことができた、つまり、グローバリズムによる 経済成長への依存が足元の自律的な生活の基盤をいかに危ういものにしているかに気づくことができた、と語って いた。そして、日本型の開発・成長を追いかけるのではなく、もう一つの道を探り始めたのだと。
お そ ら く は 日 本 か ら 参 加 し た 私 に 対 し て、 こ う い っ た ア ジ ア の グ ロ ー バ リ ゼ ー シ ョ ン に 対 す る 構 造 的 な 責 任 を 追 及 し た い 気 持 ち は 山 々 で あ っ た だ ろ う。 し か し、 彼 ら は そ れ を 詰 問 す る よ り も む し ろ、 静 か に 私 に 問 い か け た。 「日本の人たちは、幸せなのか?」と。 「国民総〈生産〉量よりも、国民総〈幸福〉量の方が大切」とのスローガン もこの会議の基調であった。 私たちは、幸せなのだろうか。どんな幸せを追いかけているのだろう。時間に追われて忙しく、結局はどんな幸 せに辿り着こうとしているのだろう。今日の日が幸せでないなら、先送りした幸せにいつ辿り着くのか。この国で 生 き る 私 た ち が、 今 を 生 き る 幸 せ の か た ち を 問 い 直 し、 生 き ら れ る 時 間 へ の ス タ ン ス を 構 え な お し て い く こ と が、 自分たちの問題だけでなく、海をまたいで持続可能な世界を創り出していくことに直結している。 注 (1) 詳 し く は、 吉 田 敦 彦 1 9 9 5 参 照。 実 際 に、 「 い じ め 」 に 対 応 す る ぴ っ た り と し た メ キ シ コ の 語 彙( ス ペ イ ン 語 ) は な か っ た。 なぜそうなのだろうか。それについては後に触れる。 (2) メ キ シ コ 人 自 身 に よ る 内 在 的 な 考 察 と し て、 カ ル ロ ス・ フ ェ ン テ ス 1 9 7 5、 オ ク タ ビ オ・ パ ス 1 9 8 2 な ど。 私 が 直 接 影 響 を 受 け た も の と し て、 鶴 見 俊 輔 1 9 7 6、 真 木 悠 介 1 9 7 7、 見 田 宗 介 1 9 7 9、 中 岡 哲 郎 1 9 8 6 な ど が あ る。 な お、 江 戸 末 期 か ら 明 治 初 期 に 日 本 に 滞 在 し た( 近 代 化「 先 進 」 国 の ) 外 国 人 の 日 本 滞 在 記 の な か に、 「 生 き ら れ る 時 間 」 を 生 き、 陽 気 で オ ー プ ン な 他 者 と の か か わ り を 生 き る 民 衆 た ち・ 子 ど も た ち の 姿 に 魅 せ ら れ た 記 述 が 多 々 み ら れ る( 渡 辺 京 二 1 9 9 8、 モ ー ス 1 9 7 0 ほ か )。 そ の 本 稿 と 同 型 の 記 載 を 通 し て、 サ イ ー ド の 言 う よ う な「 オ リ エ ン タ リ ズ ム 」 的 バ イ ア ス( サ イ ー ド 1 9 8 6) を 共 有 し て い る 可 能 性 を 自 覚 し つ つ、 論 じ て き た テ ー マ が、 日 本 と メ キ シ コ の 文 化 特 性 で あ る よ り も、 近 代 化 の 進 度という歴史性の方に深く規定されていることを再確認できるように思われる。 (3) か つ て 見 田 宗 介 は、 本 稿 の ベ ー ス で も あ る『 時 間 の 比 較 社 会 学 』( 真 木 1 9 8 1) に お い て、 現 在 の 生 き る 意 味 を た え ず 未 来 に 先 送 り( 疎 外 ) し な が ら 生 き る 時 間 意 識 を「 時 間 の ニ ヒ リ ズ ム 」 と 呼 ん だ。 彼 自 身、 メ キ シ コ で の 生 活 体 験 を 通 し て、 た え ず
現 在 の 只 中 に 生 き る 意 味 を 感 受 す る 現 在 中 心 の 生 き 方 の リ ア リ テ ィ に 触 れ た の が、 そ の 研 究 の 契 機 と な っ て い る。 以 上 に 述 べ てきた時間意識論の更なる詳細は同書を参照されたい。 (4)辻信一2001ほか。この悲喜劇の問題性を辻信一氏自身は十分に考慮している。 引用文献 内山節(1988) 『自然と人間の哲学』岩波書店 内山節(1993) 『時間についての十二章/哲学における時間の問題』岩波書店 内山節(1996) 『子どもたちの時間/山村から教育をみる』岩波書店 ヴァンダナ・シヴァ(1994) 『生きる歓び―イデオロギーとしての近代科学批判』熊崎実訳、築地書館 ヴァンダナ・シヴァ(2002) 『バイオパイラシー―グローバル化による生命と文化の略奪』松本丈二訳、緑風出版 オ クタビオ・パス(1982) 『孤独の迷宮/メキシコの文化と歴史』高山智博・熊谷明子訳、法政大学出版局 カルロス・フェンテス(1975) 『メヒコの時間 : 革命と新大陸』西沢竜生訳、新泉社 サイード、E・W(1986) 『オリエンタリズム』今沢紀子訳、平凡社 辻信一(2001) 『スロー・イズ・ビューティフル/遅さとしての文化』平凡社 鶴見俊輔(1976) 『グアダルーペの聖母』筑摩書房 中岡哲郎(1986) 『メキシコと日本の間で/周辺の旅から』岩波書店 真木悠介(1977) 『気流の鳴る音/交響するコミューン』筑摩書房 真木悠介(1981) 『時間の比較社会学』岩波書店 見田宗介(1979) 『青春 朱夏 白秋 玄冬/時の彩り・ 88章』人文書院 モース、E・S (1970) 『日本その日その日(東洋文庫) 』石川欣一訳、平凡社 山本純一(2004) 『メキシコから世界が見える』集英社 吉 田 敦 彦( 1 9 9 4) 「 死 か ら 生 を 見 る 視 線 / メ キ シ コ の〈 死 者 の 日 〉 を め ぐ っ て 」 岡 田 渥 美 編『 老 い と 死 / そ の 人 間 形 成 論 的 考 察 』 玉川大学出版部 吉 田 敦 彦( 1 9 9 5) 「 仲 よ く し た 方 が 楽 し い の に / メ キ シ コ か ら の メ ッ セ ー ジ 」『 賢 治 の 学 校 / 特 集 い じ め・ 家 族・ 学 校 』( 第 2 号 )
晩成書房 吉 田敦彦 (1996) 「死の見える国の子どもたち/メキシコ 〈死者の日〉 のフィールドノート」 藤本浩之輔編 『子どものコスモロジー /教育人類学と子ども文化』人文書院 吉田敦彦(1999) 『ホリスティック教育論/日本の動向と思想の地平』日本評論社 吉 田 敦 彦( 2 0 0 3) 「 沈 黙 が 語 る 言 葉 / 出 会 い と 対 話 と 物 語 」 矢 野 智 司・ 鳶 野 克 己 編『 物 語 の 臨 界 / 物 語 る こ と の 教 育 学 』 世 織 書 房 吉田敦彦・高尾利数ほか編(1996) 『喜びはいじめを超える/ホリスティックとアドラーの合流』春秋社 渡辺京二(1998) 『逝きし世の面影』葦書房