バングラデシュにおける環境保全
政策の実践と村落政治の動態
─ハカルキ・ハオールにおける環境資源の文化の政治を事例として─七五三泰輔
1 問題の所在
近年、世界的な広がりを持つコミュニティ・ベースの環境資源管理 (Community-Based Natural Resource Management:
以下CBNRM
)は、南アジアにおいても環境保全を目的とした重要な政策の柱となっている。 本研究の事例として取り上げるバングラデシュにおいても、
1980
年代後 半に始まり1990
年代に本格化した民主化、地方分権化と同時進行で、地 方政府や地域住民を巻き込んだ環境保全の制度的インフラ整備が進められ てきた。民主化、権限委譲を伴う地域住民参加型の環境保全の実践は、こ れまでのトップダウンによる一方的な制度の押し付けや社会統治の側面1 を内包しつつも、それが村落社会における実践レベルにおいて作り変えら れてきたように2、政策目標とは異なる様相を見せている。政策モデルと しての参加や資源管理、コミュニティは、実践の中でその具体的内容が決 定されていくのである3。たとえば、ホワイトは参加が既存の権力関係の 再生産として実践されている事例を紹介し、政治的交渉や紛争のない参加 は疑うべきだと主張する[White
1996
:
15
]
。なぜなら、そこに健全な住民 参加が起こっているとすれば、既存の権力関係を基盤とした資源分配が問 い直されてしかるべきであるし、当然その権利をめぐって政治的競合が起 執筆者紹介 しめ たいすけ●京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 バングラデシュ農村 社会研究、コミュニティ・ベースの環境保全政策、参加型開発 ・2008、「参加型計画立案における文化の政治と資源獲得─バングラデシュにおける環 境保全プロジェクトを事例として─」、『環境社会学研究』、14、119-138 頁。 ・2009、「参加型計画立案の実践プロセスに見る政治性とそのフィードバック―環境保 全プロジェクトのプロセス・ドキュメンテーションの分析から―」、『国際開発研究』、 18-1、35-52 頁。こるのである。そして、そのような開発政策の実践を通した地域社会にお ける政治的交渉は、新たな社会的ネットワークを生み出し、資源管理や分配 のあり方を作り変える機会となる可能性も孕んでいる
[Sivaramakrishnan
2000
, Sivaramakrishnan and Agrawal
2003
, Mosse
2003
]
。プロジェクトの実践における政治的アリーナを描き出す際、そこで起こ る交渉は、プロジェクトを推進する政府や
NGO
と地域住民、あるいは地 域住民内の支配者と被支配者という対立軸の構図で描き出されがちになる。 それは、近年の研究がしばしば開発プロジェクトを地域有力者や介入者に よる抑圧的な実践として捉える先行研究への批判として展開してきたから でもあろう。しかし、開発プロジェクトにおける日常的政治実践の民族誌 的研究4の事例を見る限り、プロジェクトの内部で起こる交渉は、地域社 会内の階層やカースト、生業基盤を共有する社会集団といった明確なカテ ゴリーの単位のみで実践されているわけではないし、外部者であるNGO
スタッフでさえ、ある特定の地域住民と密接な関係を構築していくことが 明らかとなっている[Mosse
2005
, Rossi
2006
, Williams et al.
2003
]
。こ うしたプロジェクトの民族誌的研究の成果を鑑みれば、地域の生産資源を めぐる政治実践は、必ずしも所与の社会的カテゴリーを基盤に実践される のではなく、プロジェクトの実践を通して生成する新たな関係性の中で展 開される場合もあると考えるべきである5。 本稿では、現代のCNBRM
政策において使用されるコミュニティや、漁 民、農民、貧農といったカテゴリーに想定された同質性と、それに基づい たプロジェクトの実践やその効果の分析に関わる問題を議論する。つまり、 環境保全政策の実践を通した政治的交渉を分析する際、政策によって規定 される社会的カテゴリーや、これまでの研究において設定されてきた有力 者と社会的弱者、政府とコミュニティ、NGO
と地域住民といった対立軸 によって、その政治のあり方が分析されてきた問題である6。村落社会に おいて実施されている環境資源管理の実践をそうした枠組みで分析するこ とで明らかにされたことが多くあることは、先行研究においてすでに示さ れている。しかし、アグラワル等が指摘するように、環境資源をめぐる村 落社会における政治実践を既存の社会的カテゴリーによって分析すること で、農民たちの多様な政治実践のあり方が覆い隠されるという問題も孕ん でいるのである[Agrawal and Sivaramakrishnan
2000
, Buttel
1992
,
Mellor
1996
]
7トにおいて設定されたアクターの区分や、一般的に使われる分析枠組みと しての農民や漁民といったカテゴリーにしたがってアクターを位置付けつ つも、そうした区分やカテゴリーに関わりなく展開する政治実践の在り方 を描き出す。 ところで、既存の権力関係やそれを基盤として成立していた地域の資源 管理を作り変えようとする場合、地域の生産資源への権利を社会的弱者が どのように政治的に要求し、確保することができるかが重要な問題となる。 権力の再生産が村落社会における派閥間のパワーポリティクスとして展開 する中で、たとえば、
Sivaramakrishnan[
2000
]
が描き出した社会的弱者 による政治的連帯の事例は、CBNRM
型の政策の実践を通して村落社会に 新たな政治実践が展開していることをよく表している。一方、こうした政 治実践と同時に、資源管理の主体に位置づけられたコミュニティやその参 加、CBNRM
政策の対象となった資源などの意味をめぐる交渉としての文 化の政治が、政治的、経済的に弱い立場に置かれた人々の資源を確保する 戦略、あるいは日常的政治実践として注目されている8。この意味をめぐ る政治実践は異なる利害を持つアクターをつなげる論理を生成する。たと えば、本稿の事例で明らかにするように、漁民と湖の関係はその意味付け によって決定され、その意味付けによって漁民の湖のアクセス権の程度が 決定されるのである。したがって、資源をめぐるアクターの政治実践を明 らかにするには、その意味をめぐる政治を明らかにする必要がある。 本研究の目的は、バングラデシュにおける環境保全プロジェクトの実践 プロセスにおけるアクターの交渉に注目し、異なる利害を持つアクターが 連携、競合する政治実践のあり方を明らかにすることである。特に、環境 保全の文脈において地域住民がどのような社会的カテゴリーを設定し、互 いに競合、連携しながら地域の環境資源への権利を確保しようとしている のかに注目する。そうすることで、CBNRM
型の政策が現代の村落社会に どのような変容を促しているのかを示唆したい。 本研究の対象は、バングラデシュ、シレット地方に位置する氾濫原、ハ カルキ・ハオールにおいて実施されている環境保全プロジェクトの一環と して、2005
年8
月から9
月までに行われた参加型計画立案活動と、その後2006
年2
月から3
月までに実施された村落保全委員会の組織化の活動であ る。本稿で事例として取り上げるのは、このプロジェクトの対象となった モウロビバザール県、B
郡、T
ユニオンに位置するB
村における活動である。本稿で使用するデータは、
2004
年10
月から2007
年3
月までに断続的に 行った長期滞在調査において収集した。また、参加型計画立案と村落保全 委員会の組織化に関するデータは、これらの活動の参与観察と、活動を実施した
NGO
がPMU
(Project Management Unit
)に提出した資料から得られたものである。
2 環境保全プロジェクトと調査村について
2-1 ハカルキ・ハオールにおける環境保全プロジェクトの概要 本稿では、現在ハカルキ・ハオールにおいて実施されている環境保全プ ロジェクト、
Coastal and Wetland Biodiversity Management Project
(以下、環境プロジェクトと呼ぶ)を対象とする。このプロジェクトはカ ナダの国際援助機関であるGEF
(Global Environment Facilities
)と国 連開発計画(United Nations Development Programme
)の資金援助で、UNDP
と環境森林省のパートナーシップの下で実施されている。プロジェクトの実施期間は
2003
年11
月1
日から2009
年10
月31
日までの6
年間で ある。プロジェクトの主な目的は、湿地生物多様性において国際的に重要な地域を
ECA
(Ecologically Critical Area
)に指定し、その環境保全と持続可能な資源利用を確立し、環境庁における
ECA
管理体制の制度化を支援することである。本研究では、このプロジェクトにおける「コミュニ ティ動員」活動の一環として実施された
Participatory Action Plan
Development
(以下、参加型計画立案)と、その活動を担う村落保全委員会(
village conservation group
/gram soṃrokkoṇ dol)の組織化を 対象とする。 参加型計画立案は、村落レベルから、ユニオン・レベルの活動まで、① 問題設定、②第一総会、③STEPS
分析9、④最終総会の4
段階に分かれて いる。参加者は「農民」、「漁民」、「資源採集者」、そして「女性」に区分 され(以下、まとめて参加者区分と呼ぶことにする)、それぞれの問題や 利害が調整されることが想定されている。本稿では、それぞれの段階にお いて議論された内容を詳細に描き出すことはできないため、特に政治的対 立と連携を作りだした議論に焦点を当てて話を進める。 村落保全委員会の組織化の手続きとしては、まず、ユニオン議会や村落 リーダーを通して村人全員に組織化会議の日程が告知される。次に、その会議の参加者の中から選挙によって
21
人を委員として選び出す。また、 委員の選出には規定があり、「問題設定」とはやや異なる参加者区分、つ まり「農民」、「漁民」、「小作人」、「日雇い労働者」、そして「その他(教師、 事業者、村落リーダーなど)」ごとに選出されることとなっている。 この活動を請け負ったのは、バングラデシュのローカルNGO
(以下、 断りのない限り、NGO
とはこのローカルNGO
を指すことにする)である。NGO
は1990
年代を通して特に湿地保全、漁業の分野で多くの業績を持っ ており、ハカルキ・ハオールにおいてもすでに二つのプロジェクトの活動 を請け負っていた。二つのプロジェクトを実施することで、ハカルキ地域 の地理や環境に精通しているだけでなく、環境保全の主体となる村落の社 会状況、土地利用、インフォーマルな制度なども熟知しており、地域の政 治家や事業者、一部の村落住民とも良好な関係を構築している。 ハカルキ・ハオールにおいてNGO
が請け負ったこれらのプロジェクトの 一つは、B
村においても実施されている。そのプロジェクトにおいて組織 された村落住民組織は本稿において扱う環境プロジェクトを通した政治実 践と密接にかかわっているため、ここで簡単に説明しておかなければなら ない。このプロジェクトは、英国のDFID
(Department For International
Development
)の援助とWorld Fish Center
(国際NGO
)の技術的支援によって、漁業庁がパートナー
NGO
と実施しているCBFM
(Community-Based Fishery Management:
以下漁業プロジェクトと呼ぶ)である。1995
年に開始され、ハカルキ・ハオールでは、B
郡において2001
年からNGO
によって実施されている。漁業プロジェクトによって組織された湖 管理委員会と呼ばれる住民組織を活動の受け皿として、湖の保全・管理を 実施している。現在、五つの村落に七つの湖管理委員会が組織されている。 具体的な活動としては、漁業プロジェクト負担で湖管理委員会に湖の用 益権を提供し、植林や湖の再掘削など、魚の棲息地としての湖環境の改善 を実施している。また、違法な漁業を廃して「持続可能な水資源利用」を 定着させるための啓発活動や、そのためのトレーニングなども行っている。 特に、カーレント・ジャル(karenṭ jal)と呼ばれる網目が細かく、稚魚 をも捕獲してしまう網の使用や、灌漑用ポンプで小規模な湖を排水し、魚 を捕らえる漁法の禁止が啓発活動の内容となっている。同時に、バングラ デシュ独立後に政府によって宣言された「漁場の権利は網を持つ者に」と いう漁業の原則を回復するために、多くの湖の用益権が地域の事業者に与えられている現状を変えて、専業漁民にその権利を与えることも一つの課 題として挙げられている。 2-2 調査村の概要と漁業をめぐる社会関係 本研究で対象とする
B
村は、バングラデシュ北東部、シレット地方に広 がる湿地帯、ハカルキ・ハオールに位置する(図1参照)。ハオール(haoṛ) とは氾濫湖を意味し、大小複数の湖によって構成され、雨季にはそれらが 氾濫し一つの湖を形成するという特徴を持つ。ハカルキ・ハオールの面積 は18
,
386
ヘクタールと計測され、大小合わせて238
の湖から成り、湖だ けで4
,
636
ヘクタールを占める。B
村の属するT
ユニオンは、モウロビバ ザール県、B
郡の郡庁所在地から舗装道路を北西に約7
km
入ったK
バザー ルに隣接する。K
バザールはハオールで捕られた魚が水揚げされる最初の バザールの一つである。そのため、多くの漁民や仲買人たちの集まる場所 でもある。B
村の総世帯数は410
世帯で、そのうち約300
世帯がムスリム世帯、他 はヒンドゥー世帯である10。プロジェクトにおいて実施された調査によれ ば、約4
割が漁民世帯となっている。これはいわゆる「伝統的漁民」世帯 11 を指しており、実質的にはおよそ8
割の世帯が収入、自家消費の上で漁 業に依存している12。T
ユニオンの多くの世帯が さまざまな形で漁業に依存し ている状況から、環境保全プ ロジェクトの計画立案と村落 保全委員会の組織化は、その 資源である漁場への権利をめ ぐる政治実践として展開する。 図2には、その政治のメカニ ズムを明らかにするために、 漁業資源に関連したアクター 関係の概念図を示した。 ハオールにおいて最も重要 な漁業資源となるのは、湖で ある。湖は制度的に20
エー バ ン グ ラ デ シ ュ ベ ン ガ ル 湾 国境 シレット地方の県境 シレット地方の4県 ハカルキ・ハオール 0 50km 図1 バングラデシュにおける ハカルキ・ハオールの位置づけカー以上13(以下、大規模湖)、
3
から20
エーカー(以下、中規模湖)、そ して3
エーカー以下(以下、小規模湖)の三つに区分され、それぞれ管轄 も異なる(表1)。これらのほとんどは政府所有で、公開入札によって組 合や個人に用益権が与えられる。中規模以上の湖は入札価格が非常に高い ため、用益権保有者のほとんどは事業者(bebsay)14 個人か、彼らによっ て組織された漁民組合である15。ハオール周辺に住む漁民でも、ハオール 全体の湖面積の92
.
85
%を占める大規模湖にアクセス可能なのは、事業者 (図中●)が組織する組合(図中組合Z
)の漁民たちだけである16。ただし、 組合とは名ばかりで、組合員として名を連ねる漁民たちは、漁の日当とし て賃金を得るだけで、湖から得られた利益の正当な配分を受けているとは 言えない。図に示した漁民から事業者への矢印は労働を意味し、事業者か ら漁民への矢印は賃金を意味する。ハカルキ・ハオールにおけるほとんど の大規模、中規模湖の用益権は、長い間ある特定の事業者によって確保さ れている。そのため、それらの大規模・中規模湖と事業者との関係は安定 しており、だれに湖の用益権があるのかもこの地域の人々にはよく知られ ている。 一方、3
エーカー以下の小規模湖の面積はわずか0
.
83
%
だが、ハオール 周辺の村人の組織する組合にとっても入札が可能な重要な資源である。現 在、B
村には二つの漁民組合(以下、組合)が組織されている(図中組合 NGO 郡役所 支援 組合X(B村湖管理委員会) 漁民グループ ユニオン議会 組合Y(B村) マトボル 網元 事業者 網子 小漁民 組合Z(ハカルキ地域) ◉ ◉ ◎ ● ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ △ △ △ △ ◉ ◎ ● ○ △ 図2 B村における漁業をめぐるアクター関係概念図X
とY
)。組合X
は、漁業プロジェクトによって組織された湖管理委員会 であり、2003
年に郡組合局に登録された。現在、登録されているメンバー 数は18
名である。B
村で集団漁業を行なう漁民グループ(図中点線枠) を基盤として組織されており、網元世帯(図中◎)が委員長を担い、他の 網子漁民(図中○)たちが主なメンバーとなっている。一方、規模が大き く歴史も長い組合Y
は、バングラデシュ独立以来、B
村周辺の小規模湖の 用益権を獲得していた。村の大農世帯を中心に、20
数世帯の漁民によっ て組織された組合である。村レベルの組合は、組合Y
のように大農や村レ ベルの事業者を中心に組織されているのが一般的である。したがって、漁 民世帯のみで組織された漁民グループを母体とする組合X
が組合Y
に取っ て代わり、近隣の小規模湖の用益権を獲得したのは、B
村においては大き な変化であると言える。図に示したように、B
村近辺に位置する小規模湖 は組合X
に用益権が与えられており、組合に所属する漁民のみがアクセス 可能である。漁民と湖をつなぐ矢印は、労働とそれによって得られる収穫 を示している。 これらの村落レベルの組合における網元と網子の関係は、多くの場合グ シュティ(gusthi)17 と呼ばれる父系親族集団と重なっている。組合X
の 場合、18
人中15
人は既存の漁民グループの成員であり、そのうち11
人が 一つのグシュティに属している。したがって、村落レベルの網元−網子の 間には、グシュティ内部に見られる政治・経済的支援関係が見られる18。 逆に、グシュティ内部における政治的・経済的支援関係ゆえに、網元−網 子関係が形成されるとも言える。いずれにせよ、村落レベルの組合の網元 −網子の間には、労働と賃金だけでなく、政治・経済的交換関係という重 要な関係性が加わる。とはいえ、湖における漁業によって得られた収入は 決して均等に分配されることはない。収入の大部分は湖の用益権獲得のた めに資金を投資した大農に分配され、それ以外が組合員である漁民に分配 される。 表1 ハカルキ・ハオールにおける湖の規模と管轄 規模 面積 (エーカー) 湖の数 総面積に 占める割合 管轄 リース委員会 リース可能な 組織 大規模 20 < 75 92.85% 土地省 県行政局 漁業組合 中規模 3 < 20 99 6.31% スポーツ・青年省 郡行政局 青年組合 小規模 < 3 64 0.83% スポーツ・青年省 郡行政局 青年組合 出所:CNRS[2002],IUCN Bangladesh and CNRS[2006]より筆者作成湖の用益権は表向きには入札を通して与えられるが、実際には各管轄に おける政治的交渉によって決定されるというのが一般的な理解である。つ まり、村落レベルでいえば、組合を取り仕切る網元は、郡行政長官を中心 とした入札委員会のメンバーに政治的に働きかけ、入札価格などの情報を 入手する必要がある。したがって、
B
村のレベルで言えば、組合X
とY
は 常に政治的に競合関係にあるといえる。 それは漁業プロジェクトにおいても例外ではなかった。湖管理委員会の 組織化も、湖の用益権も、郡行政長官や地域の有力者の協力なしではスムー スには行かない。そのため、NGO
は漁業プロジェクトの実践を通して郡 行政長官や郡役所の各部局職員、ユニオン議会議長と議員など、地域政治 の重要なアクターとの関係を構築してきたのである。地域政治における地 位を獲得したNGO
は、今や村落近辺の小規模湖をめぐる組合間の競合を 左右する重要なアクターであるといえる。漁民グループであった組合X
が 用益権を獲得することができたのは、単にプロジェクトによる資金提供が あったからだけでなく、NGO
による政治的支援があったからでもある。 ところで、村落においてこのような政治実践の仲介役を担うマトボル (matbar)と呼ばれる人々がいる(図中◉)。彼らは村内や村落間におけ る紛争を仲裁したり、問題を解決するようユニオン議会に掛け合うなど、 村落内外の日常的な政治を担っている。それぞれのグシュティに一人から 複数のマトボルが存在し、村人の問題は同じグシュティのマトボルが相談 に乗るのがこの地域では一般的であるが、問題の質や規模に応じてグシュ ティを越えた、影響力のあるマトボルに相談を持ちかけることもしばしば ある19。したがって、マトボルは村人の日常的政治実践における欠かせな いアクターとして位置付けられる。図2の組合Y
に見るように、漁業にお いてはマトボルが自ら網元として組合を組織することは珍しいことではな い。また、組合Z
のように、マトボルは事業者が村落の労働力を確保する 仲介役にもなる。逆に漁民から見れば、マトボルは労働機会の紹介者とい うことになる。 湖以外の水資源である河川、水路は1995
年に土地省の宣言によって貧 しい漁民に解放されている20。また、湖や川が氾濫する雨季には、乾季に 農業が行われる氾濫原も重要な漁場となる。特に、湖の用益権を得ること ができなかった組合Y
の漁民や、あるいは組合に参加することができない 漁民にとって、これらの漁場は重要である。しかしながら、近年これらの氾濫原においても、私有地であれば地主に利用料を払うことが要求される ようになっている21。 次に、本稿で使用する漁民に関わるいくつかの用語について簡単に説明 しておく。本稿の事例においては、漁民の定義自体が政治的交渉を展開す る争点となっているため、安易に一般化することは出来ないが、漁民の漁 業への関わり方はさまざまであり、それらの正確な位置付けなしには政治 的交渉は説明できないため、ここで村落社会における一般的な認識を説明 しておく。まず、漁民を指す一般的な用語としてモッショジビ(motssojibi) がある22。この用語は、漁業を主な収入源とする世帯を指し、漁を生業と する世帯や網子は言うまでもなく、自ら漁は行わないが網を所有する網元 世帯もモッショジビに含まれる。ただし、同じ網元でも、数ある事業の一 つとして組合を組織する事業者はモッショジビとは呼ばない。本稿におい ても、漁民は同じ意味において使用する。 網元と網子という言葉だが、これらを指す言葉はこの地域では使われな い。したがって、ここでは生業のあり方を区別し、実際に村落社会におい て存在する網元と網子の権力関係、パトロン−クライアント関係を表す必 要に応じて使用する。また、この事例で登場する組合に所属せず、世帯レ ベルで漁業を行う漁民は小漁民(図中△)として区別する。彼らは、世帯 レベルで行う小規模な漁業を主な収入源とする点において、網元や網子と 区別する。 一方、環境プロジェクトにおいて設定された漁民に関しては、括弧つき で「漁民」と表記することにする。環境プロジェクトにおける「漁民」と は、必ずしも村人との認識と一致せず、村落保全委員会の組織化において は、
6
ヶ月以上漁業に従事していると答えた世帯を「漁民」と定義してい る。そのため、中には自分で農民と認識しているにもかかわらず、プロジェ クトでは本人の認識に反して「漁民」に区分されることもしばしばある。 逆に、このあいまいさを利用して、一方では農民として自称しながら、プ ロジェクトにおいては湖の用益権を確保するために「漁民」と主張する者 もいる。 以上、漁業をめぐるアクターの位置付けと関係性について説明した。以 下では、このような湖をめぐるアクターが、環境プロジェクトを通して政 治実践を展開し、その関係性を作りかえる在り様を描き出す。3 湖資源をめぐる文化の政治
─生成するアクターの対立と連合─ 本節では、環境プロジェクトの一環として実施された、T
ユニオンにお ける参加型計画立案活動を事例として、湖へのアクセス権をめぐる政治実 践を明らかにする。特に、このユニオンにおいて「魚の減少」が最優先問 題として選択され(表2
参照)、その解決案として「湖の用益権を漁民に 与える」が選ばれた経緯に焦点を絞り、村人が環境プロジェクトにおいて 使用される「漁民」、「農民」といったカテゴリーを超え、さまざまなアク ターと連携しながら湖へのアクセス権を獲得しようとする政治的試みを描 き出す。 すでに述べたように、参加型計画立案活動は各村落、参加者区分に基づ いて実施される「問題設定」、その利害を調整する「第一総会」、その計画 を具体化する「STEPS
分析」、そしてその計画を最終的に承認する「最終 総会」の四つのステップを通して実施される。第一総会においてT
ユニオ ンの最優先問題として選ばれた「魚の減少」は各村落のほとんどの参加者 区分の問題設定において提案されていた。第一総会では、農業問題を優先 するか、漁業問題としての「魚の減少」を優先するかで激しい議論が交わ された。しかし、ここでは農民と漁民の対立ではなく、第一総会に参加し た大農、事業者と漁民、小農、土地なし農民の間で議論が交わされていた。 ここでは、大多数を占めていた漁民、小農、土地なし農民たちの意見が多 数決で優先されることとなったのである。 それでは、なぜ「本来の漁民に湖の用益権を与える」ことが、「魚の減少」 をくいとめるための案となるのだろうか。その論理には湖へのアクセス権 をめぐる様々なアクターの対立と連携が表れている。この解決案が提案さ れたのは、B
村の漁民グループにおいてであった。すでに説明したように、 湖における「破壊的網」 と「灌漑用ポンプによる 湖の排水」は「破壊的な 漁業」として禁止が訴え られている。破壊的網に 関しては、その解決案と して「破壊的網の使用の 禁止」が提起されている。 表2 Tユニオンの環境プロジェクトにおいて 選択された問題と解決案 問題 解決案 魚の減少 ●破壊的漁具の使用禁止 ●本来の漁民に湖のリースを与える 木の減少 ●委員会を組織する ●新たな植林 農業問題 ●川、水路の再掘削一方、灌漑用ポンプによる排水の禁止は、そのまま解決案としては提起さ れていない。
B
村の参加型計画立案では、「魚の減少」問題の原因を「灌 漑用ポンプを使った漁業」として指摘し、灌漑用ポンプを所有する事業者 たちは湖管理や環境問題を理解していないと批判する。そして、灌漑用ポ ンプを使わない漁民こそが湖を適切に管理、利用することができると主張 するのである23。 このような政治性を帯びた解決案は、その生活を漁業に依存している漁 民たちの中で一般的に語られる不満である。とはいえ、湖の用益権獲得を 事業者や大農に依存している漁民としては、それを公の場において主張す ることは憚られる。そのような主張をしたところで「湖の権利は網を持つ ものに」というバングラデシュ独立当時に導入された原則が実現するわけ ではないし、むしろ実質的に湖へのアクセス権を与える事業者や大農から の反感を買うだけである。したがって、インフォーマルな場において語ら れるこの主張が、これまで公的な場において主張されることはなかったの である24。 このような主張が可能となった要因の一つとして、この地域の政治・経 済的関係性に組み込まれたNGO
の存在は大きい。NGO
は、特に郡レベル において重要な政治的アクターである郡行政長官や、ユニオン議長と協力 関係を構築している。特にユニオン議長の中には、漁業プロジェクトや環 境プロジェクトを通してコミュニティに植林地や湖が与えられることを歓 迎する者が多かった。熱心な議長は自ら植林地に足を運び、植林された木々 の世話を手伝っていた。それは同時に、プロジェクトが政治的アクターで あるユニオン議長、マトボルなどの政治活動の一環として実施されるとい うことでもあった。最もわかりやすい事例を取り上げれば、植林活動の労 働者リストは、プロジェクトに協力的なユニオン議長、議員、そしてマト ボルたちによって作成されるのである。NGO
が地域有力者との政治的関係を構築したことで、プロジェクトが 地域有力者によって乗っ取られたわけでもない。むしろ、NGO
は政治的 アクターとしての交渉力を持っており、地域有力者たちの要請に妥協しな がら、プロジェクトの目標を達成することを目指すのである。「湖の権利 は網を持つものに」という原則の普及もNGO
の目標の一つで、漁業プロ ジェクトでは漁民を中心に組合を組織することが目指された。B
郡に組織 された七つの湖管理委員会中、五つの組合は既存の大農と小漁民によって組織された組合を基盤としており、その組織形態には全く影響を与えるこ とができなかったといえよう。プロジェクトのガイドラインに沿った適切 な湖の管理体制を指示することが可能になったことだけがこれらの組合の 成果である。しかし、残りの二つの組合は、内部のパトロン−クライアン ト関係を残しつつも、あくまで漁民グループを中心に組織されている。先 にあげた組合
X
がそのひとつである。 この解決案が最初に挙げられたのは、B
村における参加型計画立案活動 の第一段階である「問題設定」においてであった。「農民」と「漁民」両 方のグループにおいて同様の議論がなされたが、組合X
の漁民の多くが参 加した「漁民」グループでは、漁民に湖の権利を与えることがより明確に 提起されたのである。組合X
の漁民たちは、漁業プロジェクトの支援によっ て小規模ながら湖を確保することができた。しかしながら、その湖だけで は組合員の生活を支えるには十分ではない25。また、B
村周辺だけでなく、 ハオールにはまだ数百に及ぶ湖が存在する。そのため、この新たなプロジェ クトにおいては、そうした湖の用益権を獲得することが目標となっていた。 この解決策が第一総会において承認された背景には、「湖の権利は網を 持つものに」の原則を普及するNGO
と、湖の用益権獲得を確実にしよう とする組合X
の漁民達の利害の一致だけではなかった。ここでは、小規模 湖をめぐって組合X
と対立していた組合Y
も連携していたのである。組合Y
はこれまでになかったNGO
による介入によって確保し続けてきた湖の 用益権を失ってしまった。B
村周辺のある程度の収入の見込みのある小規 模湖においても、他の村の既存の組合がNGO
の支援を得て用益権を獲得 していた。こうした事情から、組合Y
も環境プロジェクトの支援を得よう とNGO
に働きかけていたのである。 また、環境プロジェクトが開始された頃には、B
村の湖管理委員会のメ ンバーたちもその政治的交渉においてNGO
に完全に依存しているわけで はなかった。彼等は漁業プロジェクトやこれまでの環境関連のイベントを 通して、郡役所の漁業局や組合局の職員との信頼関係を深め、プロジェク トのトレーニングを通して漁業に関わる制度的手続、組合規定や運営につ いて学習することで、NGO
を介さず、村落外部のアクターと直接交渉す ることも可能となったのである。実際、組合X
の委員会役員たちは、これ までNGO
を通してしか交渉することがなかった組合局職員との話し合い を持ち、組織の拡大を模索していた。こうした主張に対して、大農や事業者はどのように反応しただろうか。 会議の多数を占めていた組合
X
とY
のメンバーたちや、生計の実質的な部 分を漁業に頼る小農や土地なし農民、そして進行役を担ったNGO
との連 携によって優先された「魚の減少」と解決案として選択された「本来の漁 民に湖を与える」に対して、彼等は明らかな反発を示した。彼等は自分た ちの教育の高さを正当化の根拠として、組合は教育のある者によって運営 されるべきことや、問題の選択においても、まず教育のある者が最初に選 択して、その他の者がそれを参考に自分の選択肢を考えるべきことなどを 提案した。しかし、そうした提案に対し、NGO
職員は「それでは皆が参 加した意味がない」と反論し、漁民たちだけでなく、「女性」や「資源採 集者」、小農や土地なし農民たちもNGO
職員の意見に賛同し、事業者たち の意見に反対した。 この問題設定と第一総会における漁業をめぐる議論を通して、事業者と その他の漁業に関わるアクターたちとの関係に変化が生じた。これまで公 の場で議論されることのなかった湖への権利の問題が議論され、事業者や 大農たちに反する形でNGO
、漁民、小農、土地なし農民などのアクター が政治的に連携したのである。湖を中心に新しい対立軸が設定され、その 軸を中心にこれまで異なるカテゴリーで区分されていたアクターの間に新 たな関係性が生成したのである。 ここまでは、「魚の減少」問題の解決案として「本来の漁民に湖の用益 権を与える」が 提案され、それが計画として承認されるまでに、村落内 外に生成したアクターの連合間で対立関係が生成していったことを明らか にした。これまでの説明では、一見すべての漁民が連帯し、資源を牛耳っ ていた有力者への抵抗を展開しているかに見える。しかし、組合間の連携 はこの解決案を計画に盛り込むまでの一時的な関係であり、この計画が実 践に移れば、今度は新たに組織される村落保全委員会の覇権をめぐって競 合することが予想されていた。そして、以下に示すように、対立関係は漁 民と事業者や大農の間にだけではなく、漁民の間にも生じていたのである。 参加型計画立案活動における発言者は、多くの場合湖管理委員会のメン バーに集中していた。彼らはNGO
の活動に参加することで、プロジェク トにおいてどのような活動が可能なのかを熟知していたのである。組合Y
の漁民も湖の用益権や組合の運営について経験や知識を持っていたため、 ある程度計画立案に参加していたといえる。しかし、組合に参加していない(あるいはできない)小漁民たちは、ほとんど発言することはなかった。 彼らは、基本的に聞き手として参加し、たまに他の参加者の発言に同意の 相槌を打つ程度であった。 しかし、小休憩の際、小漁民
H
氏26が「本来の漁民に湖の用益権を与え る」という提案に対し異議を述べた。彼は、「本来の漁民」とは誰を指す のかに疑問を投げかけたのである。漁民といってもさまざまで、(網元漁 民を指して)組合を取り仕切る漁民は網を所有しているが、実際には漁を 行っていないことを指摘した。また、彼ら網元こそが、「破壊的網」を所 有し、ハオールで漁を行う漁民(網子)にそれを使用させていると批判し たのである。そして、結局のところ、実際に網を使って漁をしている漁民 (本稿で言う網子と小漁民)こそが、適切な漁を行っていると主張したの である27。 こうした意見は、小漁民の間で一般的に語られている言説とは考え難い。 なぜなら、一般に漁民たちが湖を牛耳っている事業者を批判するより、彼 らとの良好な関係を構築することで雇用機会を得ようとするように、小漁 民たちも、日常的には網元との関係を問題視することはなく、むしろ彼ら との良好な政治経済的関係を構築することが生活戦略において重要だから である。ただ、H
氏に関しては市場における他の小漁民やマトボルとの会 話の中で、しばしば同様の不満を述べていた。筆者との個人的な会話にお いても、漁業プロジェクトのことに触れると、網元に対する不満を吐露し ていた。網元に対する小漁民の発言は、事業者を「環境破壊者」に位置づ けることで、漁民と事業者の間に一線を画した組合X
のメンバーたちの提 案に触発された形で噴出した不満であると考えられる。そのため、突如問 題化された網元は言うまでもなく、彼らの傘下で漁業を行う網子漁民たち や、小漁民にとっても、網元と網子の間に漁民かどうかを判断する基準を 設定することに違和感があったのかもしれない。小漁民の数人が頷く仕草 を見せただけで、他の網子漁民たちは口を噤んでいた。 進行役として参加するNGO
スタッフの反応も冷たかった。NGO
スタッ フは、ハオールに住む住民のほとんどが漁業に関わっており、漁民に限ら ず農民も網を持つハカルキでは、「網を持っているかどうかで(漁民かど うかを)判断することはできない」と反論し、その意見を取り上げようと はしなかった。 本節では、参加型計画立案活動において展開した、湖の権利をめぐる政治的交渉に注目し、
B
村を中心に、環境プロジェクトに参加するアクター 間に生成した政治的ネットワークと対立軸を明らかにした。「魚の減少」 問題に対する解決策として「本来の漁民に湖の権利を与える」が提案され ることで、これまで公的な場において問題化されることのなかった事業者 と漁民との対立関係が顕在化すると同時に、これまで対立してきた組合X
とY
、小農や土地なし農民だけでなく、「湖の権利は網を持つものに」と いうバングラデシュ独立以来の漁業に関わる原則を普及しようとするNGO
が連携することで、その解決案がプロジェクトの実施項目として選 ばれたのである。 こうした異なる利害を持つアクターの連携を明らかにすると同時に、そ の内部に潜在する対立関係を描き出すことで、この連携が「移ろいゆくニー ズ」の上に成立していることを明らかにした。つまり、「漁民」がプロジェ クトを通して湖の用益権を確保しようとする一方、小漁民はその「漁民」 の定義をめぐる新たな争点を設定することで、漁民内部に新たな区分、あ るいは対立軸を設定し、その差異を示すことで湖の権利を「実際に網を持 つもの」に限定、あるいは保障しようとしたのである。 すでに述べたように、小漁民による漁民の再定義を通した「実際に漁を 行う者への資源の保障」は計画に盛り込まれることはなかった。しかし、 湖へのアクセス権にもっとも遠い存在である小漁民は、村落保全委員会の 組織化において再び資源へのアクセス権を確保しようと試みるのである。 次節では、村落保全委員会の組織化を通して、一度は連携していたアクター が委員会のメンバーシップ、ひいては資源へのアクセス権をめぐって競合 する経緯を明らかにすることで、新たに生成する対立と連携のネットワー クを明らかにする。4 村落の代表性を確保する政治的交渉
─対立を内包する村落保全委員会の生成─2006
年2
月初旬に、プロジェクトの活動を請け負う村落保全委員会の 組織化が始まった。一度は結託した漁民たちではあったが、B
村の村落保 全委員会の組織化では、委員会のメンバーシップと、その結果として湖の リースをめぐって、再び組合X
とY
は政治的競合を展開していた。 コミュニティ参加型の環境保全を目指すこのプロジェクトでは、村落の さまざまな利害関係者が村落保全委員会に参加し、村の意見をまとめる必要がある。そのため、プロジェクトは
21
人の枠内で、ハオール村落にお いて想定される参加者区分に沿って、委員会を組織するのである。しかし ながら、ハオール資源をめぐって競合する組合は、漁業プロジェクト同様 に、自分たちの組合を基盤に村落保全委員会を組織化するようNGO
に働 きかけるのである。 一方、参加型計画立案活動に参加していた組合を持たない小漁民たちは、 プロジェクトに関心を持つマトボルに働きかけ、村落保全委員会のメン バーに立候補するよう働きかけていた。それに応じたマトボルF
氏は漁民 ではなく、3
エーカーほどの土地を持つ大農で、共同ビジネスで小型バス の運営をしていた。地域の政治的活動にも深く関わっており、当時政権政 党であったバングラデシュ民族主義党(BNP
)のT
ユニオンにおけるまと め役の1人でもあった。この地域では、一般的に当時野党であったアワミ 連盟支持者が多く、特に漁民世帯の支持層が厚かった28。F
氏を頼ったH
氏を中心とした小漁民たちもアワミ連盟の支持者であったが、村落保全委 員会のメンバーシップをめぐる競合が実質的にアワミ連盟支持者内部の争 いになっていたためか、漁業に関心を持つ与党派閥のマトボルと協力関係 を構築していたのである。 各組合と小漁民のグループは、それぞれの政治的ネットワークを通して、 秘密裏に委員会を組織化し、プロジェクトの支援を独占しようと政治的に 働きかけていた。一方、NGO
も地域社会において政治的地位を確保する 一方で、その政治的立ち位置ゆえに、「公正」に活動することが難しくなっ ていたことは事実であった29。つまり、政治的な働きかけを無視して公正 な委員会の組織化を強行することは容易なことではなかった。しかし逆に、 漁業プロジェクトにおいてはNGO
の裁量が広かったのに対し、環境プロ ジェクトでは国連開発計画の専門家が活動を監視し、公正な委員会の組織 化を徹底していたため、そうした政治的取引に応じることも難しかったの である。 結局、村落保全委員会の組織化は2006
年3
月6
日に、公開の場で開か れた。その結果、組織化会議には、最終的に50
人ほどの村人が参加した。 半数以上は組合X
とY
の組合員で占められており、他は小漁民やプロジェ クトに関心を持った農民や事業者、学校教師などさまざまであった。立候 補者はそれぞれ参加者区分に従って立候補し、各区分の定数を超えるよう であれば、その場で他の参加者の挙手によって適当な人が選ばれることになっていた。
NGO
スタッフが各カテゴリーに立候補者を募ると、組合X
とY
のメン バーが次々に立候補した。委員の選抜は二つの派閥の覇権争いの様相を呈 していたが、マトボルF
氏は会議を中断するように立ち上がり、参加者の 前で二つの提案をした。一つは、これまで漁業プロジェクトに関わってき た者は、今回のプロジェクトの委員として選出しないことである30)。その 目的は、このプロジェクトへの参加機会の平等化を図ることであった。こ の提案を挙げると、組合X
の漁民たちは、プロジェクト経験者が参加した ほうが委員会の運営も適切に行われるとして、提案を取り下げるよう反論 した。組合Y
はF
氏の提案に反対しなかったが、NGO
スタッフは、組合X
の言い分を支持し、漁業プロジェクトの参加者も委員として参加させるこ とを勧めた。F
氏はあくまでこれまでプロジェクトに参加できなかった者を優先するよ う改めて要請し、二つ目として、プロジェクトによって提起された参加者区 分に、グシュティを基準とした区分を加えることを提案した31。漁業プロジェ クトでは、特定のグシュティの村人によって湖管理委員会が組織されたが、 環境プロジェクトの村落保全委員会は村の代表委員会であるから、できる だけ多くのグシュティから村人が参加したほうがよいという訳である。 前述のように、組合は一般的に同じグシュティの世帯を中心に構成され るため、その組合を基盤に委員会を組織すれば、特定のグシュティに偏る のは当然である。湖管理委員会も組合としての性質を持つし、村人にその ように認識されていたためまったくそれ自体は問題にはならなかった。し かし、環境プロジェクトの村落保全委員会は村の代表組織としての性質が あった。参加者たちの多くは村落保全委員会のそうした性質を理解してお らず、既存の組合と同様の組織と認識していたのである。F
氏は、村落保 全委員会のメンバーシップを確保するためにユニオン議会やNGO
スタッ フ、郡役所職員などに政治的に働きかける中で、村落保全委員会が代表組 織として組織されるべきことを学んだのであった32。そして、F
氏は組合X
とY
の漁民が多数を占める環境プロジェクトの活動において、農民であ る本人や小漁民が委員会のメンバーシップを確保するために、グシュティ 区分の設定を思いついたのである。 この提案に、最初は村人もNGO
スタッフも戸惑いを隠さなかった。NGO
スタッフも、組合X
のメンバーたちも、プロジェクトの活動において、村のグシュティが基準として取り上げられるとは予想だにしなかったと いった様子であった。しかし、村の代表性を確保するための提案というこ とであったためか、
NGO
スタッフは反対しなかった。また、組合の漁民 たちの中には、「何がグシュティだ……」と呆れた態度を示す者もいたが、 多くはこれには反論しなかった33。 結果として、競合していた組合X
とY
、そしてこれまで組合に入れず、 それゆえに湖へのアクセス権も、プロジェクトへの参加権も得られなかっ た小漁民が、それぞれ村の代表組織に参加することが出来た。立候補者の グシュティが出来るだけ重ならないよう選出した結果、組合X
とY
からは それぞれ5
人、小漁民グループからは3
人が選ばれ、残りの8
人は農民や マトボル、そして事業者などが異なるグシュティから選ばれた。NGO
やこれまでプロジェクトにかかわってきた組合X
のメンバーたち は、この地域に新たに組織されようとする村落保全委員会にグシュティと いういわば「伝統的な」、古いカテゴリーを適用することに、明らかに違 和感を示していた。しかしながら、それはグシュティに付きまとうパトロ ン─クライアント関係をそのままその新しい組織に持ち込むものではな かった。実際、委員会メンバーとなった小漁民とF
氏はこの委員会のメン バーシップ獲得のために協力関係にあったが、グシュティに基づくパトロ ン─クライアント関係にはなかった。村落保全委員会という新たな組織の 代表性を確保するための基準として適用されていたのである。村落保全委 員会が組織化された後も、何度か委員の入れ替えがあったが、その際にも 委員として新たに推薦された者の所属するグシュティが確認され、委員会 内のグシュティのバランスは常に配慮されていた。 参加型計画立案活動において連携していたアクターたちは、村落保全委 員会の組織化において、そのメンバーシップをめぐって競合していた。既 存のグシュティを基盤とした漁民グループや組合だけではなく、小漁民を 中心に形成された政治派閥を超えた新たなグループもその競合に加わって いた。村落保全委員会が参加者区分に基づいて選出されることになってい たのは、委員会がそれぞれの異なる利害を調整する機能を期待されていた からであった。しかしながら、この事例において明らかになったように、 プロジェクトにおいて設定された「農民」や「漁民」、「土地なし農民」と いったカテゴリーはほとんど意味をなさず、「伝統的な」組合、漁民グルー プを基盤とした新しい組合、そして政治派閥を超えて形成された小漁民と農民のグループといった、アクター間の競合となっていたのである。そし て、このような政治的状況において村の代表性を確保する基準は、プロジェ クトによって設定された参加者区分ではなく、グシュティという「伝統的」 区分だったのである。しかし、この「伝統的な」カテゴリーを導入したか らといって、組織自体が伝統的な体質を残したわけでもなかった。それは あくまで資源分配の平等性を確保するために導入された、委員選出の新た な基準だったである。
5 結語
近年のコミュニティを基盤とした環境保全政策の研究では、その政策実 践を通した生産資源をめぐる政治実践が注目されている。しかし、村落レ ベルにおけるその政治のあり方は、地域の有力者による資源の支配と社会 的弱者への抑圧、あるいはそれへの抵抗といった対立関係を中心に議論さ れてきた。本研究では、そうした研究において前提とされてきた対立軸や、 コミュニティ、農民、漁民といったプロジェクトにおけるカテゴリーから いったん距離をとり、地域の環境資源への権利をめぐる政治的交渉を通し てどのように多様なアクターが新たに結びつき、連携、対立していくのか、 その政治実践の動態性を明らかにした。 本稿の事例において描き出したように、漁業に関わる地域社会のアク ターとプロジェクト側のアクターであるNGO
は、計画立案や村落保全委 員会の組織化の実践過程を通して新たな関係を構築し、湖へのアクセス権 を確保しようと競合していた。問題設定においては、湖へのアクセス権の 拡大を求める組合X
がNGO
からの政治的支援を背景に、事業者を湖から 排除する言説を展開した。その議論では、事業者による湖の独占と、湖資 源を生活の糧にする漁民が湖から正当な利益を得ていないという政治的問 題が、環境問題の文脈において問題化されることで、これまで公に表れな かった両者の対立軸が示されることとなった。ここで注目すべき点は、そ の対立が単に有力者としての事業者と社会的弱者としての漁民との対立で はなく、地域社会の政治に埋め込まれたNGO
や、「資源採集者」として区 分された小農や土地なし農民たちが漁民と連携していたことと、その連携 によってこれまで公的な場で議論することすら憚られた問題への解決策と しての「本来の漁民に湖の権利を与える」が、「魚の減少」問題の解決策として選ばれたことである。また、この事例では、環境保全プロジェクト の実践を通した
NGO
という新たな政治的アクターの地域社会への介入や、 プロジェクトにおいて想定された参加者区分、農民や漁民といった研究に おける分析枠組みを超えたアクターの連携が生成する一方で、その連携の 中に潜在する「漁民」内部の軋轢を明らかにした。小漁民による「漁民」 の定義をめぐる議論と、それに基づく網元と網子の差異化、あるいは対立 軸の設定は失敗に終わったものの、その後の活動において明らかになった ように、「漁民」の定義をめぐる議論は明らかに湖の権利が誰にあるのか を問い直す機会を与え、その問題をめぐって新たに生成した社会集団に基 づく政治実践を促したのである。 参加型計画立案活動の後に実施された村落保全委員会の組織化の事例で は、委員会のメンバーシップとそれに伴う資源へのアクセス権をめぐって、 連携していたアクターが再び新たな対立軸を生成しながら競合し、最終的 に新たなカテゴリーを導入することで、村の代表性を確保することにある 程度成功したことを明らかにした。 この事例で注目すべき点は、問題設定を通して湖へのアクセス権を保障 することができなかった小漁民が、村落社会における既存のグシュティに 基づくパトロン─クライアント関係や、政党に基づく派閥政治を超えてプ ロジェクトへの参加という新たな利害のもとにマトボルと連携し、既存の 組合Y
やNGO
と結託した新たな組合X
に対抗しただけでなく、いわゆる 「伝統的な」グシュティを委員会における村の代表性を確保するカテゴリー として導入した点である。この事例は、社会的弱者と位置づけられるアク ターの政治実践が必ずしもグシュティといった伝統的社会関係や、派閥政 治によって縛られるのではなく、利害関係によって新たな政治的連携を生 成することが可能であることを示している。 また、この事例を参加型計画立案活動の事例と合わせて見ると、湖を取 り巻くアクターたちが、活動の内容に合わせて対立、連携していることが わかる。つまり、政治実践はアプリオリに設定された社会的カテゴリーと はしばしば無関係に展開していると同時に、議論される問題によって変容 する重層性を持つ。言いかえれば、ある特定の問題においては連携するア クターたちが、別の問題においては対立するということが、ひとつのプロ ジェクトにおいても起こり得るのである。「移ろいゆくニーズ」に基づい てアクターが構築していく関係とその重層性は、それぞれのアクターの持つ政治的コミットメントの幅の広さや、ヤングの指摘する「差異の中にで きる連帯」の可能性を明らかにする上で重要である。 それでは、このような重層的で緩やかなネットワークによって結ばれた アクターの政治実践は、今後どのように展開するのだろうか。それを明ら かにするには、これまでのバングラデシュ農村研究からその歴史的変遷を 辿り、本稿において明らかにしたような現在進行中の農村の変容を位置づ ける必要がある。筆者は、本研究において分析した事例のデータが収集さ れた
2006
年から3
年が経った2009
年11
月に追跡調査を実施した。バン グラデシュ村落社会における変容を示すには先行研究をまとめた上でデー タを文脈化する必要があるため、その調査結果は別稿において詳細に分析 するが、本稿では村落社会の変容の今後の展望を示す意味で、以下の点を 指摘しておきたい。つまり、特に参加型開発を通して農村の人々が、農村 外の多様なアクターとの繋がりを強めつつあること、そのことで村落の政 治実践がより動態的で地理的に広範囲に広がりつつあることである。バン グラデシュでは、2009
年1
月に漁民の多くが支援するアワミ連盟が政権 を獲得し、「湖の権利は網を持つものに」という漁業における原則が再び 強調され、漁民によって組織された漁民組合のみに湖の用益権が与えられ ることが約束された。組合X
のメンバーの中には、農業や小規模事業を主 な収入源とする村人を含むものの、イギリス植民地期に彼らの世帯が「漁 民世帯」として区分され、伝統的には漁業を生活基盤としてきた「漁民」 であることを主張してその正当性を確保し、さらに小漁民5
人をメンバー に加えて組合を再構築した。 本研究において対象とした環境保全プロジェクトは、結果的に組合X
に 持続可能な資源管理を実践しつつ、漁民が十分な収入を得るだけの湖を確 保することに失敗した。しかし、組合X
はプロジェクトにおいて構築した ネットワークと政治的繋がりを利用し、組織自体の規模を拡大するだけで なく、自らこの地域から出た国会議員や地域の有力者に働きかけて、いく つかの小規模な湖の用益権を確保しようとしているのである。彼らが大規 模湖を確保するだけの資金力と政治力に欠けている点は変わりはない。組 合の規模をさらに拡大し、大規模な湖の用益権を確保できないのかという 筆者の問いに、組合員たちは、「結局私たちには政治力が足りないのだ」 と述べた。とはいえ、これまで湖の用益権を確保してきた事業者たちを抜 きに、事業者たちが確保した湖で労働者として漁をしていた漁民たちを中心とした組合が自ら入札に参加するようになった背景に、彼らの政治実践 の範囲やネットワークの拡大という変容を見ることはできるのではないだ ろうか。その一方で、事業者も漁民を組織化し、その政治力と資金力で大 規模な湖を確保しようと試みていること、組合
X
以外にも、環境保全プロ ジェクトに参加した漁民が組織した漁民組合が事業者と収入をシェアする ことを条件に政治的、資金的支援を得ながら大規模湖を確保しようとする 動きがあることも付け加えておく。同時に進行しているこうした動きは、 ハカルキ・ハオール地域全体の政治経済構造にはあまり変化はないものの、 農村レベルにおける政治実践のあり方の変容を示唆している。 本稿では、これまでアプリオリに設定されていた社会的カテゴリーから やや距離をとり、個々のアクターの政治実践をミクロな視点から分析した。 そうすることで、有力者と社会的弱者といった対立の構図を前提とせず、 そうした区分とはかかわりなく、争われる問題、或いは資源に基づいて対 立軸が生成していくことが明らかとなった。こうした研究は、これまで社 会的カテゴリーやそれに基づく対立構造を安易に前提とすることの不十分 さを示唆しているといえる。あるいは、農村社会の変容の中で、そうした 区分では十分にその政治動態を描けなくなりつつあるのである。すでに述 べたように、近年政策や研究において適用される社会的カテゴリーをいっ たん問い直し、政策実践における政治的動態を明らかにしようとする研究 が見られる。現在、南アジア諸国においても進められている、地方分権化 を目的とした権限委譲政策の村落レベルにおける効果を明らかにしていく には、具体的な政策実践の中で新たに設定されるそれぞれのアクターの位 置づけと、それによって生じる連合の基盤や対立軸を解明し、村落社会に おける政治実践がどのように変容しているのかを追跡していく必要がある。 本研究は、そうした事例研究のひとつとして位置づけることが出来るので はないだろうか。 1 特に、開発言説による統治性はEscobar[1995]やFerguson[1994]によって明らかにされた。 2 たとえば、Gupta[1998]は、農業開発によって導入された近代技術を使用しながら、農民たち がその技術を異なる認識によって捉えていることを明らかにしている。「開発される人々」の抵 抗や開発の流用を明らかにした同様の研究は近年多数見られる。たとえば[Antrocio 2002,Green 2000, Moore 2000, Nygren 2000, Walley 2003]など。 3 Mosse[2005]は、参加型開発の詳細な民族誌的研究を通して、プロジェクトの実践プロセスを 分析し、政策モデルが実践のガイドラインとしてほとんど役に立たず、その具体的内容が実践 の中で作られていくことを指摘した。 4 シヴァラマクリシュナンは、開発における言説や表象、知識、語り、そして他の文化構築の側面 にかかわる研究が進んでいることを指摘したうえで、これらの文化構築と不可分な関係にある 政治実践の民族誌的研究の必要性を訴えている。近年の開発の人類学的研究においてしばし ば使用される「文化の政治」とは、具体的には開発実践において起こる意味をめぐる交渉であ り、開発実践においては、たとえば受益者である少数民族のアイデンティティやコミュニティの 意味が政治的に交渉されるプロセスを描き出し、そうした意味をめぐる政治実践としての文化 の政治を通して、どのように開発実践を通した資源分配や権利の確保が可能なのかを明らか にする。ここで言う日常的政治実践の民族誌とは、そうした文化の政治を含めた政治実践の民 族誌である[Sivaramakrishnan 2000, Sivaramakrishnan and Agrawal 2003]。象徴体系と 生産資源をめぐる政治的プロセスとの相互関係は、初期のポリティカル・エコロジー研究 [Peters 1984, Watts 1988, Moore 1993]において特に議論されてきたが、近年では、植民地期 以来の資源管理政策を事例とした研究においても適用されており(たとえば、[Baviskar 2007, Mosse2003, Sivaramakrishnan 1999])、重要な研究分野となっている。 5 たとえば、本項において注目しようとする参加を通した社会変容を議論したヒッキィとモハン は、アイリス・M・ヤングの以下のような考察を引用し、参加を通した社会変容を明らかにする上 で「差異の中にできる連帯」に注目することの重要性を主張する。つまり、「集団というものは それぞれ完全に別のものではなく、相互の関係の中で重なりあうように構築されており、どの 関係が顕著であるかによってその属性とニーズは移ろいゆく。私の見解では、状況に応じてい ろいろなグループ形態が出てくるとする関係性重視の見方は、差異があっても政治的に団結し ていくことが必要・可能になる状況を把握する上で助けとなる」[Young 1993: 123-124、ヒッキ ィ・モハン2008: 83] 。 6 南アジアの環境資源管理の文脈における国家とコミュニティの関係については、すでにその境 界の曖昧さが指摘されている[Sivaramakrishnan 1999, Mosse 2003, Baviskar 2005]。
7 CBNRM政策に関しては、資源管理の主体をコミュニティの概念によって設定することで、それ
を実際に構成するアクターの多様な利害と政治的交渉を覆い隠していることが指摘されている [Agrawal and Gibson 1999]。
8 本稿における文化の政治の意味は、日常的政治実践との関わりで註4で説明したとおりである。 また、関連して本稿でも議論するように、参加型開発において参加を求められる利害関係者のカ テゴリーの定義も、そのあいまいさが政治的交渉の場を提供している[Mosse 1993, 2005: 84]。 9 STEPSとは、Social Technical Environmental Political Sustainableの略である。ここでは、 第一総会において決定した3つの問題に対する解決法の社会的、技術的、環境的、政治的、そ して持続可能性の側面を議論する。 10 この環境プロジェクトでは、ムスリム世帯のみを対象としている。したがって、以下B村とは、ム スリム世帯を指すことにする。 11 「伝統的漁民」の定義については註22参照。 12 ハカルキ・ハオールで実施されたプロジェクトの調査結果によれば、全体の6割を占める土地な