通訳手法と通訳業の特質 ― 外国語教育カリキュラ ムへの導入のために ―
著者 中村 艶子
雑誌名 言語文化
巻 7
ページ 111‑134
発行年 2004‑07‑30
権利 同志社大学言語文化学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004688
通訳手法と通訳業の特質
―外国語教育カリキュラムへの導入のために―
中 村 艶 子
In the beginning was the Word, and the Word was with God, and the Word was God.
(Bible, John 1:1)
I.はじめに言葉ありき
「はじめに言葉ありき」という聖書の言葉にあるように、言葉は人類にと って必要不可欠な生活基盤である。言葉なくしては、コミュニケーションを 図ることは難しく、とくに異文化間ではそうである。聖書では、人類はバベ ルの塔を築き、天に近づこうとした報いとしてお互いの言語を変えられ、意 思疎通不可能になるという極めて不都合な混乱に陥った。しかし視点を変え てみれば、その混乱は言語と文化を越えて相手を理解する「異文化理解」と いう興味深い分野を派生させたともいえる。
異文化間のコミュニケーションで中間媒体となる役割・プロセスに通訳と いう手法がある。日本でも古代、大陸より渡来人が海を越えてきた際には、
この役割・プロセスが日常生活レベルで存在し、その後は江戸時代の鎖国期 や明治の文明開化において国交上重要な役割を果たした。さらに現代では、
アポロ月面着陸時や湾岸戦争にみられるような国境を越えたグローバルな環 境で科学や政治領域に影響をもたらし、国際貿易や文化交流においては、不 可欠な職業形式として一般社会で認知されてきた。
このように日本では数多くの通訳活動が行われ、通訳者による実践的体験 に関する著作も1980年代頃より出版されるようになったが、通訳技術やメカ ニズムについて学術レベルで言及した論文や著作は、実践数との比較でみる
「言語文化」7-特集号:111−134ページ 2004.
同志社大学言語文化学会©中村艶子
限りは少ないといわざるをえない。通訳は職人芸(craftsmanship)の領域に おいて語られることはあっても、その領域を越えてそのキャリア特性を外国 語教育カリキュラムへの導入と関連させた上で考察されることは少ない。そ こで、本稿では通訳の定義・役割について整理し、その手法を確認した上で、
通訳のキャリア上の特性をまとめ、外国語(本稿では日英間に限定した)教育 への活用の可能性を考察する。
II.通訳とは
(1)通訳の定義:翻訳でなく「解釈」
通訳とは、異なる言語間において、話者(speaker)が表現する内容を理 解し、その内容が発せられた元の言語(source language)からそれを伝える 対象となる他言語(target language)へと転換し、口頭で伝達する行為をい う。「通訳」は英語では“translation”ではなく、“interpretation”であるが、それ はこのプロセスがsource language から単にtarget languageへと言語を転換する だけでなく、その言語背景にある文化的意味合いや発話者の意図などを理解 し て 、 内 容 を 「 解 釈 」 し 伝 達 す る こ と を 意 味 す る か ら で あ ろ う 。 通 訳
(interpretation)プロセスは翻訳(translation)プロセスと同義で用いられる 場合もあるが、この二つのプロセスには、内容を音声の伴う「口頭」で表現 するか、音声を伴わない「文体」による表現方法の違いにとどまらず、それ に伴う手法、役割、目的などの違いが存在する。従って、本稿では「通訳」
と「翻訳」を別の行為として定義した上で論じることとする。
(2)通訳分類
通訳は以下のような技術的側面と職業的側面から大きく分類することがで きる。
[技術分類]
・逐次通訳: 講演や会議においてメモを取りながら逐次に行う通訳
・同時通訳: 通訳ブースに入り即時に行う通訳
・サイト・トランスレーション:原稿を見ながら行う翻訳と通訳の中間的 通訳
[職業分類]
・一般通訳、リエゾン通訳1:商談や随行通訳(視察、表敬訪問、レセプシ ョン等)
・通訳案内業(観光通訳、通訳ガイド)
・法廷・捜査通訳:法廷通訳および警察関連の捜査などで行う通訳
・放送通訳(メディア通訳)、遠隔通訳:衛星中継、TV会議などで用いられ る放送・メディア媒体を使用する通訳
・医療通訳:医療行為に関する通訳
・芸能通訳:芸能関連の通訳
大枠では、一般的に行われている通訳形態を上記のように分類することが できる。ただし、職業分類においては、このほかにもさまざまな形態が考え られ、たとえば、メディア通訳には、アメリカのAT&T社が行っているよう な電話上のコミュニケーションに特化した通訳もある。また、分類について も異なる方法が可能で、たとえば、放送通訳という区分は特殊環境における 通訳で技術的にも異なるため、職業分類だけでなく、技術分類へと列挙して もよいだろう。通訳手法は技術的側面から分類すると、主として逐次通訳と 同時通訳に分けることができ、この2つのプロセスが通訳の母体である。そ こで次に逐次通訳と同時通訳の基本的メカニズムについてまとめる。
III.通訳のメカニズム
(1)逐次通訳のメカニズム
逐次通訳のプロセスとは、話者が発言する際に通訳者が 「ノート・テー キング(note-taking)」を行いながら内容を理解し、話者の発言が一区切り したところで、source language(話者の言語)からtarget language(聴衆の言 語)へと訳出するというものである。話者の発話後、逐次、その内容を通訳 していくので、「逐次通訳」と呼ばれる。このプロセスは以下のA、B、C、
Dの4段階に分けて考えることができる。
A メッセージの認識(input): source language (オリジナル言語)の聴解 B メッセージの理解: B´ ノート・テーキング、Retention(保持)
C 言 語 転 換 : ( 英 → 日 、 日 → 英 )
D メッセージの伝達 (output): 転換した内容の訳出
(著者作成)
A メッセージの認識
Source languageの聴解において、発話される単語、熟語が認識できること が第一条件である。自分のもつ語彙の中にその単語・熟語が欠如していれば、
認識不可能である。また、話者の話し方についていけることも必須である。
話者に訛があったり、わかりにくい話し方をする場合や、話者の発話スピー ドが遅すぎたり早すぎたりする場合には、その特徴をとらえて適応し、瞬時 に発話内容を認識しなければならない。
B メッセージの理解
そうしてAのプロセスで発話を認識しても、発話のメッセージ内容自体が 理解できなければ、伝達は不可能である。理解不足は誤訳につながる可能性 が大きい。より正確な理解のためには、①事前準備による背景理解と②文化 上の差異認識が不可欠である。また、Bのプロセスでは、B´(ノート・テー キングとRetention)が同時に進行するため、効率よいノート・テーキング技 術の習得が望まれる(これについては訓練法のセクションで詳述する。) C 言語転換(英→日、日→英)
そうしてCの言語転換が行われる。この際、B(メッセージの理解),B´
(ノート・テーキング、Retention),および C(言語転換)はほぼ同時に起 こる。Cにおいては、理解したメッセージをできる限りsource languageの語 彙・表現と同レベルに転換する必要がある。そのためには、日頃の訓練によ る単語、熟語の語彙構築と表現力の向上が必要であり、この表現力が通訳パ フォーマンスの出来栄えの大部分を左右する。ただし、いかに正確な言語転 換であっても、時間を要しすぎてはならない。
D メッセージの伝達
Dが逐次通訳プロセスの最終段階である。逐次通訳では話者が数分間(あ るいは場合によっては、数十分間)の内容を、ノートを取りながら頭の中で 整理し、内容を保持して、発話が一区切りする切れの良いところで、発話後、
瞬時に訳出する。
一般に逐次通訳の交替要員はなく、単独で訳し続けるケースが多いため、
「聴解」、「理解」、「思考」、「整理」、「言語転換」、「発話」というプロセスが 途切れなく行われるが、その間、脳の通訳活動は休止せずに続けられる。従
って、長時間の通訳では、持久力、集中力、精神力を極限に近い状態まで高 める必要がある。また、逐次通訳の場合、直接聴衆の目前で通訳を行うため、
人前でも緊張せずに話せるパブリック・スピーキングの技術が必要であり、
話し方(delivery)は、明瞭で聞き取りやすいことが要求される。
(2)同時通訳のメカニズム
同時通訳は、話者の発言を聞きながら、内容を理解し、source languageか ら target languageへと同時進行で聴衆へ通訳するというプロセスである。話 者の発話とほぼ同時に訳出されるため、「同時通訳」と呼ばれる。一般に、
通訳者は、同時通訳ブースの中で流れてくる話者の音声をヘッドフォンで聞 き、通訳し、それを会議場の聴衆が聞くというものである。あるいは、緊急 時にTV中継で用いられる同時通訳2や、企業の重役室などで机上に用意され たマイクロフォンを用いて通訳し、その通訳音声を聴衆が専用のレシーバ ー・イヤフォンで聞くという形態もある。
この同時通訳のプロセスをさらに順序だてて以下に解説する。(理解しや すくするため、図解は英語から日本語へ訳す場合のみを取り上げる。)
A メッセージの認識 【Input】 オリジナル言語の聞き取り B メッセージの理解
C 言 語 転 換 ( 英 → 日 、 日 → 英 ) A´ ( 次 の メ ッ セ ー ジ 認 識 ) D メッセージの伝達 【Output】
E 保持(Retention)(最初のみなし)D のoutput はまだ行われているが、ここで B´
(次のメッセージ理解)、C´(次の語転換)が脳の中で行われる。
・・・・・・・・・・・・D´(次のメッセージのOutput)
A メッセージの認識:Input & Recognition 6 - まず、オリジナル言語(英語あるいは日本語)が流れる。
まず、これを聞き取る。
英
A メッセージの認識、B メッセージの理解、C 言語転換(英→日、
日→英)、Dメッセージの伝達については、逐次通訳のプロセスとほぼ同様 であるが、Eについては同時通訳独自のプロセスとなる。Dの過程において 次のメッセージが発信され、A´、B´、C´がほぼ同時に起こる。Eと同時に そのメッセージは短期記憶により保持され(D´)、E 終了後即座にoutputが 行われる(E´)。その際、Dのメッセージ伝達については、訳出と保持の配 分を微調整する必要がある。内容を保持しながら、訳出するプロセスである が、訳出にあまりにも神経を集中させてしまうと、保持が損なわれることが 多いため、通訳者の個人差はあるが、「保持:訳出」の比率を 「8:2」程 度にするとバランスよく訳しやすいだろう。また、数字や聞きなれない固有 名詞などは保持しにくいため、ノートを取り、保持の一助とすることが多い。
一般には、「同時通訳は逐次通訳よりも難しい」と考えられている感もあ
B メッセージの理解:Understanding
C 言語転換:Converting 英語→日本語、
日 本 語 → 英 語
D メッセージの伝達:Output & Conveying
E 内 容 保 持 : R e t e n t i o n
D の過程において、次のメッセージが発信されるため、
そのメッセージを短期記憶により、保持する。
(著者作成)
英
英 日
英 日
日
英
るが、プロの通訳者の発言や通訳プロセスから判断すると、必ずしもそうと は言えない。同時通訳の場合、瞬時に訳出していくスピードが要求されるも のの、逐次通訳に比べると、聴衆の前で行うパブリック・スピーキング能力 は要求されない。また、ブース内で業務を行うため、人前にさらされる緊張 感もより少ない。また、同時通訳プロセスでは、内容を頭の中で保持する分 量は1〜2文で、それを次から次へと訳出していくため、逐次通訳のように、
何分も保持しながら思考内容をまとめるというプロセスは少ない。同時通訳 は言語転換をほぼ同時に行っていくというプロセスであるため、極めて高い 集中力が要求されるが、パートナー通訳と20〜30分で交替しながら行うため、
逐次通訳ほどには持久力は要しないといえる。従って、逐次通訳と同時通訳 はどちらが難しいかということではなく、異なるプロセスで行われる通訳で あるという認識をもつ必要がある。
IV.通訳の訓練法
(1)逐次通訳の訓練法
通訳の訓練においては、膨大な分量を聴解し、訳出していくことが基本と なる。それは、二ヶ国語を母語と同等レベルで理解し、伝達するに十分な能 力を養成する必要があるためである。次にそのための効果的訓練法のポイン トをまとめる。
(i)聴解・理解と訳出
聴解については、一般には、さまざまなテープ、CDが市販されているの で、そのようなオーディオ資料とその書き起し原稿を使用するとよいだろう。
また、その際には、2台のCD/カセットレコーダーを準備し、1台を再生用 に、もう1台を録音用に用いて、①音声を聞く、②メモを取る、③声を出し て訳出する、④自分の声を録音する⑤録音した訳出の精度を原稿で確認する
⑤再度反復しスピードを増すというプロセスを繰り返すと効果的に訓練を行 うことができる。
(ii)ノート・テーキング技術
逐次通訳においては、効率よいノート・テーキングが鍵となる。ではなぜ、
ノート・テーキング技術が重要なのか。それは、発話の一まとまりを全て完
全に記憶し、再現(reproduce)することが極めて難しいためである。発話は 普段聞いている分においてはそのスピードを意識することは少ないかもしれ ないが、通訳する対象のsource languageとして聴解するとなると、一言一句 に集中するため、発話スピードは普段聞く場合よりも随分速く感じられるか もしれない。また、そのようなスピードで発せられる発話のメッセージすべ てを緊張の中で詳細に記憶し、他言語で再現することは容易ではない。従っ て、発話者の思うままの発話スピード(すなわち通訳者自身が発話するスピ ードと異なる発話スピード)で流れてくる内容を、理解、転換、保持し、か つ瞬時に短期記憶を喚起させるようなノート・テーキングの技術取得が重要 となるのである。
では、ノートはどのように取ればよいのか。発話速度に同調しつつ記憶を うまく喚起するためには、効率よくノートを取ることが重要であるが、ポイ ントとしては、①短く、②速く、そして③記号、漢字、頭文字、短縮形、数 字などを駆使しながら取る、ということである。速記とは異なり、ノート・
テーキングにルールがあるわけではないため、ノート自体は、通訳者が取り やすいように独自に工夫してよい。ただし、共通して用いられている記号も あるため、表1に一般的に用いられるもの、および著者が独自に使用してい るものを一部、例として挙げる。
(iii)パブリック・スピーキング
通訳を行う際に人前で話すという行為は緊張感を伴うことが多く、緊張は 内容の理解度が影響を与える。従って、通訳プロセスの最終段階に要求され るパブリック・スピーキング能力を養成することは重要である。パブリッ ク・スピーキング能力を向上させるためには、反復して声を出して読み、訳 していく必要性がある。また、緊張感を伴う中で行うために、できれば人前 で、しかも実際の仕事の場面と類似した環境や雰囲気の中で行うと、より良 いパフォーマンスが期待できる。
肯定、正しい(aff irmat ive,yes, cor rect) 〇 否定、正しくない(negat ive , no, not) ×
等しい(equal)、意味する(mean) = 等しくない(unequal)、意味しない(does n o t m e a n )
≠
あと(after)〜になる(become) → 前、先(before , ago)、これ(this) ←
← ←
より多い、一層(more)、拡大 〈 より少ない、(less)、縮小 〉
従って(therefore) ∴ なぜなら(because) ∵
増加、増える(increase) 減少、減る(decrease)
国、国家(country) □
$
驚き、驚く(surprise) !
ドル(dollar) 円(yen) ¥
望み、期待する(hope)、光栄(honor) ☆
←→
E
eco
喜び、嬉しい(pleasure, happy)
? w/
講演、スピーチ 何が(what)、疑問(question)
仮に、もし(if) ---- 〜と一緒に(with)
グローバル(global) 会議(meeting, conference)
対立(confrontation) 戦争(war, battle)
見る、見える(see, look) 聞く、聞こえる(listen, hear)
日本(Japan) J、日 アメリカ(U.S., America) A, 米
英語(English) フランス語(French) 仏
人
日本人(Japanese) J人 アメリカ人(American) A人
私(I, me) M、I あなた(you) y
千(one thousand) 千 1万(ten thousand) 万 100 万(one million) m 10億(one billion) b
経済(economy) 産業(industry) 産
家(home, house) 大学(university) 大
ひどい(terrible) 中に、中の(in)
悲劇(tragedy) 悲 怒り(anger) 怒
永遠に、の(forever, eternal) 永 友情(friendship) 友
公的な(public) 公 私的な(private) 私
考える(think)、思いつく(come across) 年(year) y
(通訳者が一般的に使用するノートテーキング例、および著者作成による記号例)
表1 ノート・テーキングの記号・短縮例
(2)同時通訳の訓練法
同 時 通 訳 の 訓 練 法 と し て は 、「 サ イ ト ・ ト ラ ン ス レ ー シ ョ ン ( s i g h t t r a n s l a t i o n : 原 稿 を 見 な が ら 訳 出 す る 方 法 )」 と 「 シ ャ ド ウ イ ン グ
(shadowing:オウム返しに言いながら影のようについていく)」の2つの訓 練法が一般的である。まず、スピード感のある滑らかな訳出を行うためには、
サイト・トランスレーションでその基礎力を養成する必要がある。この場合 のサイト・トランスレーションでは、文章を後ろから自然な日本語になるよ うな翻訳文体にみられるような訳し方をするのではなく、英語と同じ流れで、
前から順送りで理解し、意味が取れたところで訳出していくというものであ る。初期の段階では、訳出が遅くなりがちだが、練習量を増やしてスピード をつけることが重要となる。
サイト・トランスレーションで長文の訳出に慣れた段階で、導入する訓練 法としては、実際の聴解を伴ったシャドウイングという方法がある。シャド ウイングでは、主としてsource languageを訓練に用い、流れてくる原文を聴 解しながら1文ほど遅れてそのまま反復するというプロセスである。シャド ウイングの効果としては、聴解力、集中力、流暢さの向上が挙げられている。
保持の訓練としては、①単語の訳、②英→日・日→英、③短い文の訳、④ より長い文と徐々に訳す対象を長くしていきながら行うシャドウイングがあ る。それに慣れた段階で、英→日や日→英と言語転換する実際の同時通訳に 近い形での訓練を行う。最初は速度の遅いスピーチなどで練習するとよい。
同時通訳訓練のポイントとしては、①意味の取れたところで訳す、②1セン テンス近い分量の保持が必要、③焦らない④スピードをつける⑤無駄な言葉 を省く、ということが挙げられる。
同時通訳にしても、逐次通訳にしても、日頃よりわからない単語・熟語・
表現を調べて専門用語・知識のノートを作るといった努力の蓄積が必要であ る。また、できるかぎり人前で訳したり、頭の中で同時通訳したりするとい う絶え間ない訓練が能力向上のポイントとなる。
V.授業への導入:大学コンソーシアム京都「通訳法」のケース
(1)通訳訓練の授業への導入
外国語教育の授業へ通訳法を導入する際の練習用教材としては、最初は専 門用語が少なく、あまり難解でない一般的なものから始めるとよいだろう。
そうして、徐々に専門的な内容のものへと移行していくことが望ましい。実 際の内容理解の訓練に使用できる教材としては、たとえば授業での導入の際 には、日英対象になっている新聞の社説や雑誌Newsweek, Timeなどが訳出 の参考にできるので効果的である。
持久力、および精神力を養成することが肝要である。通訳を行う環境とし てはできれば、業務を行う環境に類似した環境(すなわち、舞台、マイク、
聴衆、雰囲気)を作り、その中で難解な文章を訳出していく訓練を行うと望 ましい。学生がそのやや緊張した実践さながらの雰囲気を体験するためには、
必ずクラスの前に出て、聴衆を目前にマイクを使用して演習を行う必要があ る。(できれば即興の質疑応答セッションがあれば望ましい。)そうすること によって初めて学生は通訳の実際の感覚を多少なりとも体感することができ る。聴衆側に座って単にノートを取っているだけでは十分でないことが、緊 張感の伴う舞台上での実践を通して認識できることだろう。
以下は実際に通訳法を導入した授業への演習方法である。この授業カリキ ュラムは「大学コンソーシアム京都」の単位互換プログラム(京都にある加 盟大学が他大学の単位を取得できるプログラム)である。この「通訳法」コ ースの対象は大学生および社会人で、対象学生の能力や知識には開きがある が、通訳法の導入コースである「通訳法 I」では上述のような教材を用いて サイト・トランスレーションおよび逐次通訳のノート・テーキングについて 講義、演習を行っている。「通訳法 II」は、「通訳法I」の基礎を踏まえた逐 次通訳の応用として以下の講義概要にあるような演習を行っている。講義で は資料は用いるが、実際にクラスの前で行う通訳演習では、参加者の比較的 高い英語運用能力と、様々なバックグラウンドの学生が参加する「多様性」
を重視して、学生各自が作成するスピーチを題材として演習を行っている。
また、これにより学生間のモチベーション向上という相乗効果も狙える。こ のコースにおいては、パワーポイントなどのビジュアルエイドを用いて英語 で講演を行うスピーカー役と、それを逐次通訳する通訳者役の学生計2名が ペアを組んで演習を行う。
通訳法II演習方法3
逐次通訳演習では2分間の英語スピーチを行う。(通訳を入れて1回 の発表約5分)
発表内容の原稿(課題となっていたもの)を初日に提出(1部は講師 へ、もう1部はペアになったパートナーの通訳へ渡す;パートナー通 訳は自己紹介を聞いてから決める。)
スピーカーは発表時に白板や地図、写真、パワーポイントなどを用い ると、皆にわかりやすい。スピーカーは発表時に原稿に釘付けになら ず、聴衆とアイコンタクトを取ること。通訳者も同様。
スピーカーは原稿や概略を通訳に渡すなどして打ち合わせをする。
通訳は提出された原稿をもとに準備をし、演習時には原稿を見ずにメ モを取りながらスピーチ内容の英日逐次通訳を行う。スピーチ後、質 疑応答あり。通訳はこの質問を即興で日英通訳する。基本的にスピー カーと通訳はペアになって交代で発表を担う。
演習中、聴衆(クラス出席者)は通訳者へのコメントを記入し、発表 後、通訳者にコメントを渡す。
この通訳演習について1998年9月11日(京都大学コンソーシアム夏期講座
「通訳法入門」(当時の開講科目名称)、6日間集中コースの受講者を対象に アンケート調査を行った。(サンプル数 15名、回収率 100%、1回生 1 名、2回生3名、3回生4名、4回生4名、社会人3名。うち、外国居住経 験のある者7名(1ヶ月3名、10ヶ月、1年、3年、9年が各1名)ない者 8名。)受講者の語学に関する取組みおよび希望は以下のとおりである。
「大学の授業以外での語学力向上のためのレッスンを受けているか(複数 回答)」、「受けている」とする者は9名。その内容は:a. 英会話2年、3年、
6年、5年、不明;b 英検・TOEFLなどの語学試験1ヶ月、不明, c. 通訳 1年, d. 翻訳1年, e. その他 英文法、英作文、バイブル5年であった。「何 も受けていない」は6名。
「個人的な語学向上のための努力(複数回答)」では、a. 視聴覚媒体 ラ
ジオ・テレビ・ビデオ・映画9名、b. 活字媒体:英字新聞・雑誌・本6名、c.
教材:問題集・単語帳3名、d. 翻訳1名、e. 英語日記1名、 f. 国際交流1名。
「将来の職業希望」は「通訳(ガイド含む)・翻訳」2名、以下の職業が 各1名ずつである:「大学教員、海外人事・貿易、薬学、英語を活かした職 業」。「働きたくないが外国で活動希望、無回答・未定」8名。
通訳法の受講理由は、「英語力向上」11名、「通訳者希望」1名、「その他 通訳法の認識、興味から、訳出法習得」各1名 計3名。
「授業への期待」では、「通訳の勉強法・訳出法の認識」5名、「刺激・や る気向上」3名、「英語力向上」2名、「英語再認識」1名、「無回答」
4名。
[アンケート結果]
サンプル数が15と極少であるため、この結果は有意とは言えず、参考資料 として挙げるに留まるものであることを認識して頂く必要があることを記し ておきたい。その上で、通訳手法を用いた授業結果がどのようであったかを 示唆する要因を考察したい。
調査対象者は1回生から社会人まで多岐にわたり、海外滞在経験者と非経 験者が約半数ずつである。個人的に英会話や語学試験のコースを取っている 者が9名(60%)で、そうでないものが6名(40%)である。
通訳法授業選択理由として、11名(73%)が「英語力向上」を望んでいる が、授業自体に期待しているのは、英語力向上よりむしろ、通訳法がどのよ うなものか、あるいはその方法について学びたいという通訳への興味が30%
と最も多い。個人的に語学向上の努力をしている者が11名(73%)で、日頃 よりラジオ・テレビ、ビデオ、映画等の視聴覚媒体や雑誌・英語新聞などを 駆使している。卒業後の進路と通訳法の学習との相関関係はない。将来通 訳・翻訳者になるために学習しているのではなく、あくまでも英語力向上や 通訳法への興味から受講している者がほとんどである。
この通訳コースについてのアンケート結果で表れたのは、受講後の英語教 育上の効果示唆である(図1)。受講者は、この通訳コースを受講した後、
受講前に比べて、「英語をうまく話すことができる」は3名(20%)→4名
(27%)、「英語をうまく読むことができる」6名(40%)→7名(47%)、
「英語をうまく書くことができる」2名(14%)→3名(20%)、「生の英語 の聴き取り」2名(13%)→4名(27%)と、英語能力面の読み、書き、話 す、聞くの4分野でいずれも若干であるが、能力が向上したと意識している。
また、「授業が終っても英語の事を考える」が9名(60%)→13名(86%)、
「実際に英語の勉強は頑張っている」6名(40%)→9名(60%)へと、英 語への興味度が向上し、モチベーションも上昇する傾向が見られる。
有意ではないが、以上の結果より、英語の学習を短期間に向上させたいと する学習者が「授業が終っても英語の事を考える」、「実際に英語の勉強は頑 張っている」という回答を肯定する傾向があったことから、通訳法の学習に は、学習者の興味やモチベーションを高める効果があることが示唆されるこ とが伺える。ただし、これについては、多年度にわたりサンプルを増やして 実証する必要があることはいうまでもなく、ここではあくまでも通訳学習が 学習者にもたらす効果を示唆しうるのではないかというレベルでの考察に留 まる。
VI.キャリアとしての通訳
上記大学コンソーシアムの通訳コースでの通訳者希望は少なかったが、中 には通訳をキャリアとして考える学生もいる。また、職業意識を促進する意 味や、異文化間コミュニケーションの認識という点からも、通訳を外国語教 育として導入する以上は、授業においても、通訳手法に加え、キャリアとし ての通訳の側面についても考察の場をもつことは重要である。以下に通訳を キャリアとしてみた場合の特性をまとめる。
0 20 40 60 80 100 実際に英語の勉強を頑張っている
授業が終わっても英語のことを考える 生の英語の聞き取り 英語をうまく書くことができる 英語をうまく読むことができる 英語をうまく話すことができる
%
コース受講後
コース受講前
図1 通訳コース受講前後における英語についての意識変化
(1)通訳者の役割
通訳者(あるいは通訳士)“interpreter”はII(1)の通訳の定義でも述べた ように、単に言語転換する役割を担う者をいうのではなく、その内容を文 化・発話背景を理解する解釈者である。source languageから target languageへ と内容を転換して口頭で伝達する通訳のプロセス上には、①内容を発信する
「発話者(speaker)」、②それを伝達する役割を担う「通訳者(interpreter)」、そ して③その内容を受け取る「受信者(recepient)」(一般に「聴衆(audience)」) が存在する。これが翻訳の場合には、①の発信者が「著者」、②が「翻訳者」、
③の「受信者」が「読者」として存在する。ただし、翻訳の場合、読者から 翻訳者に与える影響(反響をコメント)が、翻訳が形となって表現されたあ とに翻訳者に届くのに対し、通訳の場合、聴衆の影響力は同時に起こりうる という点で異なっている。通訳者が聴衆と分断されている空間であれば、そ の反響は間接的なものとなりうるが、会議や講演などの通訳の場合、聴衆は
「二次的話者」となりうるため、まったく予期していない内容が発せられる 可能性がある。通訳者にとっては臨機応変な対応を求められると同時に、そ れに対応できる知識・語彙等も必要となる。
通訳者の行うべき役割は明確であるが、存在を忘れさせるほど透明になる 方が業務は成功だといえる。通訳者がしばしば「黒子」のような存在にたと えられる所以である。しかしながら、その一方で、通訳者は聴衆の目前に物 理的に存在し、見聞きされる存在であるために、存在、声、身振りによって 通訳内容に影響を与えることもできる。たとえば、仮に通訳内容を文字に起 せばまったく同一のものが2つあるとする。しかしながら、実際のパフォー マンスはその通訳者の存在、声、身振りなどによって伝わり方が異なる。た とえば、オーケストラの同一楽曲が異なる「指揮者」によってまったく異な る演奏となりうることと似ている。従って、通訳者はその存在は黒子的であ っても、実際は指揮者的役割を担っているといっても過言ではないだろう。
(2)通訳者の資格と資質
指揮者的役割をもつ通訳になるためには、①学歴は関係ない。②資格はい らない。③誰でもなれる。しかしながら、①、②、③のそれぞれについて通 訳独特の特性があることは否めない。
①「通訳者の学歴」となるものについては、通訳養成学校、大学(院)コー スが考えられる。2001年時点では通訳訓練コースのある大学は国内で24校あ り、大学院の通訳研究科も存在している。民間の通訳養成学校では45校92コ ースがある4。仕事をする上では、通訳歴が重視される。以下は、一般的に 考えられる通訳のキャリアパスである。
また、異文化理解や海外の高等教育機関での通訳学習の機会を求めて留学す る者も少なくない。
②「通訳者の資格」については、英語資格試験(実用英語検定、TOEFL、
TOEIC、通訳検定等)で指標となるものを身に付けておき、それを履歴書に 記載する必要がある。これは、一般に通訳業務を行う際には、クライアント やエージェントに対して能力の指標となるものを示す必要があるためである。
また、③「誰でもなれる」ということではあるが、責任もって業務遂行で きるプロ意識が不可欠である。必要となる通訳者の資質としては、公の舞台 での通訳に自信があるということであろう。通訳者は専門的内容に取り組む 業務の中で、他者が全員その道の専門家である中に、たった一人、(しかも 素人が)参加するのであるが、一旦会議・講演となると、コミュニケーショ ンを図る上での責任は通訳者の肩にかかり、内容がいかに難解であっても誰 も助けてくれない。すなわち、甘えを捨てて、プロフェッショナルとしてベ ストを尽くさなければならないのである。また聴衆を前に大舞台の緊張感や
4年制大学5 (在籍中 英語能力、日本語能力、専門知識を身に付ける)
通 訳 養 成 学 校 基 礎 コ ー ス 1 〜 2 年 ↓
実用英語検定1級, TOEFL(PBT600、CBT250点), TOEIC800点以上が目安 通 訳 ( 逐 次 ) コ ー ス 2 〜 3 年
↓
大 学 卒 業 後 通 訳 養 成 学 校 同 時 通 訳 コ ー ス 2 年 以 上 OJT (on the job training)あり
あるいは、専門性の高い授業カリキュラムのある大学院へ進学
内容の難解さによってパニックにならないよう、ストレスに打ち勝つ力を備 えていなければならない。これはある程度までOJTや普段の訓練によって養 成することができる。従って、通訳者の資質として、「プロ意識を備えるこ と」を特記しておく必要がある。
また、常に言語および専門知識の習得を心がける勉強熱心な態度も資質と して不可欠である。さらに、通訳を行う上でタイムマネジメントできること は極めて重要な通訳者の資質である。なぜならば下準備は通訳の運命を決定 付けるものであるからである。以下に通訳の準備がどれほど重要であるかを まとめる。
(3)通訳の事前準備
翻訳の場合、事前準備としてその内容に関連する事柄についてリサーチし、
語彙を広げておくことは重要であるが、実際のプロセスにおいては、翻訳を 行う際に辞書をひきながら、あるいは関連書やメディア媒体を参考にしなが らその作業を進めることができる。しかしながら、通訳においては会議・講 演の事前にその準備をほぼ終え、できる限り内容について頭に入れておく必 要がある。通訳の準備段階には大きく分けて①事前準備、②直前準備③通訳 中の準備という3段階に分類することができる。
① 事前準備
通訳業務の場合、通訳エージェント(以下「エージェント」と称する)を 介することが多くあるが、その際にはエージェントによって(そうでない直 接依頼の場合は、通訳者が直接)会議・講演の内容についての書類や関連資 料を入手することになる。たとえば、会議内容、実際に読まれる資料の草稿、
概要、(あれば完全原稿)、参加者リスト(組織名、役職名、敬称、性別、経 歴など)である。通訳を行う際の知識習得については実際の作業以前に行っ ておくことが重要であり、このプロセスが通訳を成功させることができるか 否かを大きく左右する。これらの資料はよほどでない限りsource languageで しか入手できない。相当配慮ある優秀なエージェントの場合には、source language、target languageの両方の言語で資料が用意される場合もあるが、稀 であると考えた方がよい。従って、通常は通訳者が自らの責任によって target languageにすることになる。ほとんどの通訳者は、その会議・講演で
用いられそうな語彙を選出して準備することが多い。時間があれば、関連資 料を丹念に読むこともできるが、最優先となるのは、内容の把握と用語の記 憶である。通訳者はその分野の専門家ではないが、できる限りその分野が理 解できるだけの知識を短期間で身につけなければならない。
会議・講演はこのように異文化間で行われるため、通訳者のパフォーマン スによってその内容がうまく伝達されるかどうかが決定する。換言すれば、
会議の成功は通訳者の肩にかかっているといえる。
また、打合せ(「ブリーフィング」と称する)をリクエストしておくこと により、短時間であれば10分程度、長ければ1,2時間、話者やクライアン トと内容を確認する時間をもつことができる。その際にはまず、大きな流れ と強調点などを話者やクライアントから説明されるか、通訳者側からそれに ついて説明を求めることができる。どのような立場と概念で話がなされるか を理解しておくことが最重要課題である。また、通訳者は、事前準備で理解 しきれなかった点について具体的な質問を行い、その定義、背景、概要、専 門用語などについて説明を得ることができる。このブリーフィングを有効な ものにするために、通訳者は①の事前準備の際に質問箇所に印をつけたり、
書き出したりするなどして、短い時間で端的に効率よく質問する必要がある。
そのためにも①の事前準備は重要なプロセスである。とくに専門用語で辞書 などに掲載されておらず、リサーチしても不明なものや、その場のみで限定 されて用いられるものについては必ず把握しておくことが不可欠である。専 門用語がわからなければ、通訳が途中で途切れてしまうからである。そのた め、この直前準備のブリーフィングの時間が取れない場合には、通訳内容の 洗練度にかなりの差が出てしまうことになるだろう。
② 直前準備
①の事前準備の際に、前もって関連資料や原稿を読んでおく重要性につい て触れた。しかしながら、実際にはこの実情はあまり理解されていないこと が多い。実際にエージェントや通訳を依頼した仲介者の理解欠如やクライア ントへの説明不足により関連資料が出ない場合がある。(従ってエージェン トや仲介者の理解が通訳者の成功の鍵を握っているともいえる。)仮に、エ ージェントや仲介者が事前準備の重要性を理解していても、会議・講演の話
者自体の問題で資料、原稿が直前まで入手できないこともしばしばある。そ の人物が多忙であるとか、何らかの理由によって会議・講演直前まで資料を 準備できず、資料原稿が入手できないというケースである。会議・講演など は通訳者の腕にかかっているといっても過言ではないが、事前準備への理解 を求めることは極めて難しく、通訳者への精神的負担となる場合は多々ある。
しかしながら、このような精神的プレッシャーに耐えて業務を遂行するこ とも通訳者の仕事の一つである。関連資料が当日、直前になって会場で入手 できた場合には、速読し、概要を理解する作業が中心となる。ここでは要領 よくポイントを押さえて読むことと集中力が要求され、短時間の準備でどれ ほど通訳パフォーマンスを最良化するかは通訳者の力量次第ということになる。
③ 通訳中の準備
「通訳中」の準備とは、通訳を行う最中に行う準備プロセスのことである。
たとえば、会議・講演が開始されてから関連資料が渡される場合もあるだろ うし、場合によっては、ともに仕事をするパートナー通訳者から手渡される 資料などもあるだろう。あるいは、会議途中の休憩時間に話者、クライアン ト、その他の参加者から内容に関する情報を入手することもある。このよう な通訳中に入手する知識・情報・語彙などによって、通訳パフォーマンスを より高めることもできよう。
以上のように通訳の際には①事前準備②直前準備③通訳中の準備を行 い、パフォーマンスを高めることができる。
(4)通訳の労働市場
①通訳労働市場の特性
通訳にはII. (2)通訳分類でも前述したように、さまざまな職業分類ができ、
異なる通訳者が存在する。その中で日英会議通訳者として高度な通訳を行う トップクラスの通訳者は国内に100名程度であり、通訳を単独の職業とせず、
大学教員、翻訳家、文筆家など他の仕事と兼業するケースも多い。通訳市場 の特性は以下のように述べることができる。①不安定市場:需要と供給によ って仕事量が変化する。②単発、季節労働の傾向がある。③形態は派遣業も しくは自営業(フリーランス)で、明確な雇用契約はない。そのため、保険、
ボーナス、退職金はなく、雇用保障もない。そのため、現在は、独身女性や
既婚女性など安全網のある女性が多い労働市場となっている。
通訳の仕事を得るには、一般にはVI(2)のキャリアパスに見るような 段階を経て、通訳として業務に従事する能力と自信を身につけた時点で、通 訳エージェントに登録しておく形態が多く見られる。登録後、エージェント から依頼がくるというシステムである。登録には、履歴書の提出が必要であ る。通訳を行うに十分であるという資格検定試験などのスコアを記入するか、
通訳研究科を卒業しているなどの学歴や通訳経験を履歴書に記入して、エー ジェントやクライアントに提出すると、その経歴を元に判断され、レベルに 応じた仕事が依頼される。通訳エージェントによっては面接や試験を行うと ころもある。通訳エージェントの多くは通訳養成学校を設立しているところ が多い。
また、通訳の仕事は、通訳仲間(仕事や通訳学校でのネットワーク)、知 人、クライアントから直接依頼されることもある。業務を引き受け、それが 成功すれば、依頼が増えていくことになる。通訳の報酬待遇については、直 接の依頼かエージェントを通してかにより異なる。エージェント間でも提示 条件はさまざまである。また、通訳内容のレベル、クライアントが民間か政 府関係かなどによっても異なる。
② 通訳のデメリット
通訳の仕事は従って、一見華やかに見えるかもしれないが、実はかなり地 味である。また、日本における通訳者の地位は現時点では概して高いとはい い難い。それは、上述のように、通訳業務は専門職ではあっても労働市場に おいては自営業(フリーランスや通訳会社経営)、あるいは通訳派遣会社
(エージェント)からの派遣業となり、クライアントとの業務については
(企業内通訳は別にして)明確な雇用契約が取り交わされないためである。
また、通訳業務はあくまでもサポート側にある補助職であるため、立場とし ては強いとはいえない。通訳市場は需要と供給バランスによる不安定市場で あり、生計を立てていけるかどうかを熟考する必要がある。
通訳のキャリアパスからもわかるように、不安定雇用である通訳として独 り立ちするまでの道のりは長い。しかしそれにもかかわらず、仕事内容のス トレスや体力面に鑑みると、通訳の寿命は長いとはいい難い。また、将来へ
の見通しとしては、外国語教育を重視している日本社会において、会議・講 演などの参加者となるビジネス関係者などはますます英語堪能となるため、
通訳の需要については、分野が極めて限られてくるようになるだろう。
③通訳のメリット
通訳をキャリアとして考察する上では上記のようなさまざまなデメリット が存在していることがわかる。しかしながら、その反面でそれを上回りうる 通訳のメリットもある。それは①様々な分野を体験できるという広範囲にわ たる業務内容である。通訳者として活動する上で、日常生活では体験できな いような場所や条件で仕事をする機会に恵まれることは多い。
また、仕事内容自体が異文化間コミュニケーションを司る掛け橋的役割で あることは、通訳の特徴である。通訳の世界を通して、さまざまな場所へ出 かけ、さまざまな人との出会いが生まれるであろう。また、毎回異なる仕事 内容は、最前線で達成感のある仕事である。そしてそれを遂行する上で、自 己を磨き、専門知識の蓄積・語学能力向上させていくことができるのである。
VII.通訳手法と通訳業の特質
―外国語教育カリキュラムへの導入のために―
通訳という行為を外国語教育の応用として導入する上では、上記のような 通訳手法に関する学問的側面と実践的側面の二側面を伝えることが重要であ る。
通訳行為を通して二つの言語文化の差異を認識し、その上で、伝達する難 しさがあること、しかしその難しさがあるからこそ興味が増すことが体感で きる。擬似的ではあるが、この種の感覚を学生に体験させることができると いう点で、通訳手法の授業への導入には意義がある。
ノート・テーキングをしながら発話を聴解、理解し、言語転換するプロセス には幾分訓練期間が必要となる。外国語教育の際には、この点を中心に導入 し、内容の保持と転換プロセスの世界を経験することが重要である。通訳の 経験がない者が、ともすれば考えがちなこととして、source language とtarget languageの2言語が理解できさえすれば、通訳は容易に行えるだろうという ことがあるが、実際には、通訳プロセスは2言語間を結ぶコミュニケーショ
ンプロセスであり、言語間の転換プロセスを行うという異なる次元の行為が 実在している(図2)。
図2 【2言語間で行われる通訳プロセス】
また、キャリアとしての通訳を考える際のキャリアコース、通訳労働市場 の不安定かつ厳しい市場特性とともに、異文化間で自分の持つ知識・技術を 最前線で活かせる場の享受、そして、それに伴う大きな達成感の経験という プラスとマイナスの両面を提供することは重要である。このような通訳手法 とキャリア上の特質を外国語教育に導入することにより、前述の通訳法コー スのケースにも表れたように、通訳学習により学習者の興味およびモチベー ションが向上する効用があるのではないかと指摘できる。学生はこのような 通訳学習をとおして異文化理解を深め、キャリアコースについても考察を深 めることができる機会を得ることになるだろう。本稿がささやかながら、そ の一助となるようであれば幸いである。
注
1 ただし、同時通訳で「リエゾン」通訳という際には複数でリレー式に通訳して いくことを指す場合があるので、それとは区別する必要がある。
2 通常行われている衛星放送や2ヶ国語放送の「同時通訳」と表示されている放 送通訳は、事前準備のなされる「時差式通訳」であるため、実際の同時通訳とは 異なる分類となる。
3 財 団 法 人 大 学 コ ン ソ ー シ ア ム 京 都 同 志 社 女 子 大 学 提 供 「 通 訳 法 I I 」 http://www1.consortium.or.jp/guest̲menu2.cfm?mf=1(2004年4月掲載)
4 職業図鑑 http://www.aaaaaa.co.jp/job/p/id0113.html(2001年9月29日掲載)。 5 4年制大学としたのは、短期大学やその他の専門学校を排除するという意味で
6
(著者作成)
英 日
はなく、一般的に通訳者が4年制大学卒業者が統計上多いことと、4年間の大学 教育の間に通訳者として必要な一般教養や特定分野の知識を身につける機会があ ると良いという意であるが、本文中にもあるように、通訳になる上で特定の学歴 を身に付けなければならないという意味ではない。
参考文献
Daniel Gile, Basic Concepts and Models for Interpreter and Translator Training (Amsterdam: John Benjamins Publishing Co., 1995)
Franz Pochhacker and Miriam Shlesinger, ed., The Interpreting Studies Reader(London:
Routledge, 2002), Barbara Moser-Mercer, “Process Models in Simultaneous Interpretation,” pp. 148-161.
Danica Seleskovitch, translated by Stephanie Dailey and Eric Norman McMilla, Interpreting for International Conferences: Problems of Language and Communication(Washington, D.C.: Pen and Booth, 1978, 2nd. 1994, 3rd. 1998)
付記:本稿は2002年3-7月の同志社女子大学英語英文学会卒業生対象セミナー春 期コース「通訳・翻訳の実際」および2003年第33回同志社女子大学英語英文学夏 季公開講座「通訳−異文化理解とその労働市場」をもとに作成した。その際にご 高配頂いた同志社女子大学英語英文学会会長(当時)竹村憲一先生および学会事 務局(宮路氏、余田氏)にこの場をお借りして感謝申し上げる。また、通訳学習 の最初の機会を与えて下さった恩師、同志社女子大学名誉教授中島和子先生に変 わらぬ謝意を表したい。
Interpretation Methods and Their Career Characteristics:
A Study Introducing Interpretation into the Foreign Language Curriculum
Tsuyako NAKAMURA
Key words:consecutive interpretation, simultaneous interpretation, intercultural communication
Interpretation is a means for intercultural communication, and has played
a significant role in human society. Professional interpreters have produced a number of publications on practical interpreting experiences since the 1980s in Japan. However, the articles and books that describe interpretation methods and mechanisms on an academic level are fairly limited in comparison with their actual practice. While interpretation may have been discoursed in the realm of craftsmanship, it has been rare for it to be studied with respect to its career applications in conjunction with foreign language education. This study focuses on interpretations’ definition and roles, examines its methods and mechanisms, and describes its career characteristics, in an attempt to introduce and apply them to a foreign language curriculum, especially, English education.
Following the first introductory section, the second part summarizes the definition and classification of interpretation. Interpretation mechanisms, especially those of consecutive and simultaneous interpretations, are explained in the third section. The fourth part introduces some of the practical training methods. Finally the last part explains the application of interpretation methods to a language education program. This study concludes that an understanding of interpretation mechanisms in their academic aspects and their practical career properties is essential, if students are to come to recognize the importance and usefulness of interpretation study in general, as well as its existence as a profession.