社会保障改革 : 高齢者は年金制度の縮小に反対す るか
著者 宮澤 和俊
雑誌名 經濟學論叢
巻 59
号 4
ページ 403‑437
発行年 2008‑03‑20
権利 同志社大學經濟學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012339
【論 説】
社 会 保 障 改 革
―高齢者は年金制度の縮小に反対するか―
宮 澤 和 俊
*1 は じ め に
持続的かつ急速な少子高齢化への対策の1つとして,先進諸国は自国の社 会保障制度の見直しを政策課題の上位に位置づけている.とりわけ多くの関 心を集めているのは年金改革である(Ihori and Tachibanaki, 2002).積立方式の内 部収益率は利子率(プラス成年死亡率)で決まるのに対し,多くの先進国で実 質的に運用されている賦課方式の内部収益率は人口成長率プラス経済成長率
(プラス成年死亡率)で与えられる.少子化により人口成長率が停滞あるいは減 少し,かつ高い経済成長を見込めない経済では,収益性の観点から賦課方式 から積立方式に切り替えるのが望ましい.しかし,制度改革により損失を被 る世代がいる場合には,パレートの意味での最適性の観点から反論が出るで あろうし,また政治的にも支持されない可能性があろう1).
* 中京大学のセミナー参加者から有益なコメントを頂いた.記して感謝申し上げたい.本研究は,
財団法人かんぽ財団の平成18年度調査研究助成,独立行政法人日本学術振興会の平成19年度 科学研究費補助金(基盤研究(C))の研究成果の1つである.
1) Saint-Paul (1992) は,連続時間世代重複モデルを用いて,パレート改善となる制度改革は存
在しないことを示している.他方,追加的な政策と連携させることにより,年金改革がパレー ト改善となり得ることを理論的に示した文献もいくつか存在する.Breyer and Straub (1993) は,
年金制度にともなう労働市場の歪みが大きいとき,国債を発行して移行期の世代の厚生を維 持しつつ,年金制度を縮小することがパレート改善となることを示している.Wigger (1999), Corneo and Marquardt (2000) は,資本外部性を成長のエンジンとする内生的成長モデルのもと で,移行期の厚生損失を貯蓄補助金による成長率の引き上げ効果でカバーすることにより,賦 課方式から積立方式に移行できることを示している.宮澤(2002) は,Corneo and Marquardt (2000) のモデルを拡張し,政策的に失業を改善できるような経済を分析している.雇用の長期効果が↗
年金改革を議論するときに軽視してはならないのは,各国の年金制度の共 通点と相違点を識別することである.第 1 図は,2003年のOECD22か国の社 会保障費対GDP比率と失業率の関係を表したものである(World Bank, 2007). 社会保障費がもっとも高いのはスウェーデン(SWE)であり(31.3パーセント), もっとも低いのはアイルランド(IRL)である(15.9パーセント).失業率が高 いのはスペイン(ESP)(11.1パーセント),低いのはオランダ(NLD),ルクセ ンブルク(LUX)(3.7パーセント)である.第1図を見る限り,社会保障費と失 業率の間には相関がないように思われる.
この22か国を年金給付の違いにより2つのグループに分けてみよう.年金 給付には,定額給付を特徴とするビバレッジ方式と,報酬比例部分のウェイ トの大きいビスマルク方式がある2).ビバレッジ方式は,社会保障の理念に
存在する場合,雇用保険や年金制度を縮小し雇用を改善することにより,追加的な政策がなく ともパレート改善が可能であることが示されている.
2) 例えば,Casamatta, Cremer, and Pestieau (2000a, 2000b),Galasso and Profeta (2002, 2007),Miyazawa (2003),Disney (2004),Conde-Ruiz and Profeta (2007) を参照されたい.
↘
第 1 図 社会保障費対失業率(OECD, 2003)
ある国民の生存権(健康で文化的な最低限度の生活を営む権利)に対する国の保 障義務を制度化したものであり,政策的には同一世代内の所得再分配効果を 持つ.その名の通り,英国および英国を宗主国とする国々で運用されている.
ビスマルク方式は,給付と負担のリンクを重視した制度であり,社会保険と しての年金の色合いが強い.こちらはドイツやフランスなどの大陸ヨーロッ パの国々で運用されている.
第 2 図は,第1図を給付方式の違いで分類し,色分けしたものである3). 第2図より,いくつかの特徴が観察できる.第1に,ビスマルク方式の国々 は,ビバレッジ方式の国々にくらべ,社会保障費が高いことが分かる4).第2 に,ビスマルク方式の国々は,相対的に,失業率が高いことが分かる.第3に,
3) 分類は,Disney (2004)のBox 4 (p.287)を利用した.
4) デンマーク(DNK)だけ異質に見えるのは,横軸を社会保障費で測っているためであると考 えられる.Conde-Ruiz and Profeta (2007)は,公的年金対GDP比率を用いている.それによると,
デンマークの数値は8.3パーセントであり,英国(8.1パーセント)並みに低下する(Table 3, p.693).
第 2 図 ビスマルク方式とビバレッジ方式(OECD, 2003)
各グループ内でみると,社会保障費と失業率の間には負の相関があるように 思われる.
第1の社会保障の規模の違いに関しては,次のような理由が考えられる.
ビバレッジ方式を採用している国々は,社会保障の根拠としてナショナルミ ニマムを重視していると考えられる.保険機能については国がすべてを引き 受けるのではなく,一部を民間保険会社がカバーすることにより,社会保障 の規模が相対的に小さくなっていると考えられる.
第2,第3の失業率と社会保障の関係については,安直な因果関係を考え るのは危険であろう.将来受け取る年金給付が労働期の保険料負担と制度的 にリンクしていることと,労働市場で決まる失業率とが直接関連するとは考 えにくい.また,年金制度の拡大が労働意欲を阻害し,結果として失業率を 上昇させるというストーリーも,実証的には必ずしも支持されていない5). むしろ,社会保障とは直接関係のない何らかの事由により失業が生じており,
次に,失業が存在する経済のもとで,政治的に支持される社会保障の規模が 決定されると考える方が自然であるように思われる.
本稿では,第2図で観察される特徴を説明できるような理論モデルを構築 し,社会保障の政策効果を分析する.モデルはCorneo and Marquardt (2000)を ベースにする.本稿とCorneo and Marquardt (2000)との違いは次の2点である.
第1に,より現実的な年金制度を導入することにより,年金制度の違いに よる政策効果の違いを識別できる点である.Corneo and Marquardt (2000)は,
失業が存在する経済において,雇用者のみが定額給付の年金に加入する状況 を想定している.本稿では,定額給付をナショナルミニマムにもとづく高齢 者への所得移転と解釈し,雇用経験のない失業者も一定の年金給付を受け取 ることができると仮定する.さらに,報酬比例部分を導入し,ビスマルク方 式の政策効果を分析する.
第2に,社会保障の規模の決定に関して,政治経済学的アプローチを用い
5) Disney (2004)を参照されたい.
る6).Corneo and Marquardt (2000)で示されているように,年金の制度改革を おこなう際,改革期の高齢世代と将来世代の間に利害対立が生ずる.高齢者 は自分の受け取る年金が減らないよう,保険料率の引き下げに反対する.他方,
保険料率を引き上げると成長率が低下し,将来世代の厚生が悪化する.後に みるように,ビスマルク方式のもとでは高齢者の一部が保険料率の引き下げ に同意する可能性がある.しかしそれでもなお,引き下げに反対する高齢者 が存在するため,パレート改善となるような制度改革は存在しない.そこで,
次善の策として,改革期に生存する4つの利害関係グループ 若年雇用者,
若年失業者,若年期に雇用されていた高齢者,若年期に失業していた高齢者 のそれぞれの最適保険料率を導出し,政治的に支持される保険料率を導 出する.
本稿の主な結論は次の3つである.第1に,失業率と若年雇用者の最適年 金保険料率の間には負の相関があることが示される.この帰結から,第2図 の右下がりの関係の背後には,年金制度の決定に若年雇用者の選好が反映さ れているのではないかと類推される.
第2に,報酬比例部分のあるビスマルク方式の年金制度のもとでは,失業 経験のある高齢者が年金保険料率の引き下げに同意する可能性があることが 示される.年金改革を議論するとき,改革期の高齢者は保険料率の引き下げ に反対すると一般的に考えられているが,異質な高齢者を考慮することによ り,こうした見解は必ずしも正しくないことが理論的に示される.さらに,
ビスマルク方式を採用する国がビバレッジ方式を採用する国よりも相対的に 社会保障費の割合が大きい理由として,報酬比例部分の持つ世代内所得再分 配効果を緩和するために,逆方向の所得移転政策として雇用保険制度が整備 されているためではないかという類推が導かれる.
最後に,政治経済学的アプローチによると,失業率がある閾値を超えると,
ビバレッジ方式のもとでは若年失業者の,ビスマルク方式のもとでは失業経
6) 年金の政治経済学的分析はBrowning (1975)までさかのぼる.その後の研究動向については,
Galasso and Profeta (2002)に詳しい.
験のある高齢者の最適年金保険料率が政治的に支持されることが示される.
この結論は人口成長率が正であっても負であっても一般的に成立する.少数 の失業者が年金改革において政治力を持ち得るという帰結は,少なくとも理 論的には興味深いものだろう.特に日本の年金制度を想定すると,モデルの 失業者を第3号加入者と解釈することも可能である.本稿の帰結は,専業主 婦ならびに年金を受給している高齢女性の政治力の強さを示唆するものであ る.
論文の構成は以下の通りである.次節では基本モデルを導入する.3節で はモデルの均衡を導出し,経済成長率および各利害関係者の厚生を分析する.
4節では3節の結果を踏まえ,政治経済学的アプローチを試みる.5節ではモ デルの帰結の解釈とその経済的意味を述べる.最後の6節は結語および展望 である.
2 モ デ ル
労働期および引退期からなる2期間世代重複モデルを考える.人口成長率 nは一定であるとする.t期に生まれる世代tの人口をNtとすると,次世代の 人口は,Nt+1=(1+n)Ntで与えられる.後にみるように,n<0,すなわち人口 減少経済も分析の対象とする.世代tの第1期消費をc1t,第2期消費をc2t+1
とすると,世代tの効用関数は,
ut=uc11t-βcβ2t+1 (1)
で与えられる.β∈(0, 1)は私的割引要素を表す.β が大きければ大きいほ ど将来を重視する個人であることを意味している.u≡(1-β)β-1β-βは,後 にみるように,間接効用関数を簡略化するための定数である.
第1期,個人は失業のリスクに直面する.運よく雇用された場合,労働者 として働き賃金所得を得る.所得は消費,貯蓄および社会保険料(年金保険料 と雇用保険料)に配分される.第2期は貯蓄の元利合計に年金給付を加えたも
のを消費し一生を終える.第1期に失業した場合は,雇用保険給付を受ける.
失業者は給付の一部を貯蓄し,高齢期に備える.第2期は貯蓄の元利合計と 年金の基礎給付部分を消費し一生を終える.
年金,雇用保険はいずれも加入者負担と事業者負担からなる.加入者(労働者)
の負担する保険料率をそれぞれ,τw, θwとし,事業者(企業)の負担する保険 料率をτf , θfとする.τは年金保険料率を,θ は雇用保険料率を意味している.
下付きのwは労働者負担を,下付きのfは企業負担を表している.
2. 1 労 働 者
労働者の第1期,第2期の予算制約式はそれぞれ次式で与えられる.
(1-τw-θw)wt=c1t+st (2)
Rt+1st+Pt+1e =c2t+1 (3)
ここで,stは貯蓄を表し,wt , Rt+1はそれぞれ,賃金率,粗利子率を表している.
労働者の年金給付Pt+1e は定額部分と報酬比例部分からなると仮定する:
Pt+1e =Pt+1+qτwwt (4)
第1項のPt+1 0は若年期の雇用履歴とは独立に給付される定額部分を表す.
第2項は報酬比例部分であり,q 0は報酬比例率を表している.
労働者の最適化問題は,(2), (3), (4)式の制約のもとで,(1)式を最大化するこ とである.これを解くと,
ce1t=(1-β) (1-τw-θw)wt+Rt+1
Pt+1e (5.1)
c2t+1e =βRt+1 (1-τw-θw)wt+Rt+1
Pt+1e (5.2)
set=β(1-τw-θw)w -(1-βt )Rt+1
Pt+1e
(5.3)
が得られる.上付きのeは労働者の最適解であることを意味している.
最後に,(5.1), (5.2)式を(1)式に代入することにより,労働者の間接効用関
数
uet=Rβt+1 (1-τw-θw)wt+Rt+1
Pt+1e (6)
が得られる.労働者の厚生水準が高いのは,利子率が高いとき,あるいは,
生涯所得の割引現在価値が大きいときである.
2. 2 失 業 者
失業者の第1期,第2期の予算制約式はそれぞれ次式で与えられる.
δyt=c1t+st (7)
Rt+1st+Pt+1=c2t+1 (8)
ytは1人あたり国民所得を表す.雇用保険の給付率 δ ∈(0, 1)は,後にみ るように,保険料率と失業率に応じて決まる内生変数である.(7)式は,失業 者が失業給付δytを消費と貯蓄に配分することを意味している.(8)式は,引 退所得が資本所得と年金の定額給付からなることを意味している.
失業者の最適化問題は,(7), (8)式の制約のもとで,(1)式を最大化すること である.これを解くと,
cu1t=(1-β) δyt+RPt+1t+1 (9.1)
c2t+1u =βRt+1 δyt+Rt+1
Pt+1 (9.2)
sut=βδyt-(1-β)Rt+1
Pt+1 (9.3)
が得られる.上付きのuは失業者の最適解であることを意味している.
最後に,(9.1), (9.2)式を(1)式に代入することにより,失業者の間接効用関 数
uut=Rβt+1 δyt+Rt+1
Pt+1 (10)
が得られる.失業者の厚生水準が高いのは,労働者と同様,利子率が高いとき,
あるいは,生涯所得の割引現在価値が大きいときである.
2. 3 集 計
世代tの労働人口をLtとすると,失業者数は(Nt-Lt)である.(5.1)-(5.3)式,
(9.1)-(9.3)式を集計することにより,経済全体の労働期消費C1t,引退期消費
C2t+1,および総貯蓄Stはそれぞれ,
C1t=c1teLt+c1tu(Nt-Lt) =Nt(1-β) It+Rt+1
Pt+1+Rt+1
qτwwt
Nt
Lt
C2t+1=c2t+1e Lt+cu2t+1(Nt-Lt) =NtβRt+1 It+Rt+1
Pt+1+Rt+1
qτwwt
Nt
Lt
St=steLt+sut(Nt-Lt) =Nt βIt-(1-β) Rt+1
Pt+1+ Rt+1
qτwwt
Nt
Lt (11)
で与えられる.ここで,
It=(1-τw-θw)wt·Nt
Lt
+δyt 1-Nt
Lt
(12)
である.(1-τw-θw)wtは労働者の所得を,δytは失業者の所得を表すから,It
は労働期の平均所得を表している.
2. 4 企 業
代表的企業の生産関数は,
Yt=BKαt(AtLt)1-α (13)
で与えられる.Y, K, Lはそれぞれ,生産量,資本ストック,労働を表す.A は労働増大的技術を表す.B>0は全要素生産性を表す定数,α∈(0, 1)は資
本の所得分配率を表す定数である.
企業利潤は,
πt=Yt-RtKt-(1+τf+θf)wtLt
である.ただし,τfは企業の負担する年金保険料率を,θfは雇用保険料率を 表している.
利潤最大化行動により,利子率および賃金率は,
Rt=αB AtLt
Kt α-1
(14)
(1+τf+θf)wt=(1-α)BAt AtLt
Kt α
(15)
で与えられる.
2. 5 技 術
本稿では,ローマータイプの技術を仮定する:
At=Lt
Kt
(16)
(16)式を(14), (15)式に代入することにより,
Rt=αB (17)
wt=1+τf+θf
(1-α)B Lt
Kt (18)
が得られる.(17)式より利子率は時間を通じて一定である.(18)式より賃金 率は資本労働比率に比例する.
2. 6 組 合
Corneo and Marquardt (2000)に従い,組合の目的関数を次のように特定化す る:
Vt=(wt- t)γ Nt
Lt 1-γ
(19)
ここで,tは競争賃金率,すなわち完全雇用が達成されるような賃金率を表す.
0 γ<1は格差賃金への組合の選好を表すパラメータである.(19)式は,組 合が組合員の雇用に関心があると同時に,組合員の賃金水準にも関心がある ことを意味している.以下では,内点解を保証するために,0 γ<1/2と仮 定する.
組合の最適化問題は,競争賃金 tを所与とし,(18)式で表される企業の労 働需要を踏まえつつ,(19)式を最大にするような賃金率wtを決定することで ある.1階の条件は,
wt=µ t (20)
である.ただし,
µ≡1-2γ
1-γ 1 (21)
である7).(20)式は,競争賃金にマークアップ率µを乗じた水準で賃金を定 めるのが組合にとって望ましいことを意味している.
(18)式でLt=Ntとおくことにより,競争賃金は,
t=1+τf+θf
(1-α)B Nt
Kt
(22)
で与えられる.(18), (22)式を(20)式に代入すると,雇用率 Nt
Lt
=µ-1 1 (23)
が得られる.失業率は1-µ-1である.(21)式よりマークアップ率µはγの減 少関数である.格差賃金に対する組合の選好が強ければ強いほど,失業率が 高くなることがわかる.
7) 0<γ<1/2のとき,(20)式は2階の条件を満たす.
2. 7 市 場 均 衡
賦課方式年金および雇用保険の収支均衡式はそれぞれ,
(τw+τf)wtLt=PteLt-1+Pt(Nt-1-Lt-1) (24)
(θw+θf)wtLt=δyt(Nt-Lt) (25)
で与えられる.
資本市場均衡式は,
Kt+1=St (26)
である.
財市場均衡式
Yt=C1t+C2t+Kt+1
はワルラス法則より導出される.
3 分 析 3. 1 成 長 率
本節ではモデルの均衡を導出し,年金改革がパレート改善となり得るかど うかを検証する.Corneo and Marquardt (2000)との相違は,年金の報酬比例部 分の有する世代内所得再分配効果である.報酬比例部分があると雇用履歴に 応じて将来受け取る年金給付が変動する.雇用保険が直接的に雇用者から失 業者への所得移転をおこなうのに対し,報酬比例部分のある年金制度では,
年金の収支均衡制約のもとで,失業者から雇用者へと逆方向の所得移転が生 ずる.これは年金と雇用保険という2つの制度の間に,互いの政策効果を相 殺し合うような相互依存関係が存在することを意味している.また,報酬比 例部分が追加されると,将来の給付の一部が現在の賃金水準に依存する.こ れは,異時点間の経済効果,すなわち経済成長を経由した間接的な効果が追 加されることを意味する.さらに,報酬比例という政策変数が追加されると,
世代内および世代間の利害調整の自由度が上昇する.第2図で観察されるビ バレッジ方式とビスマルク方式の相違は,報酬比例部分が何らかの利害調整
の役割を果たしている可能性がある.この点は次節で議論する.
まず,(4), (24)式を整理すると,若年期に雇用されていた高齢者の受け取る 年金給付Pt+1e ,若年期に失業していた高齢者の受け取る年金給付Pt+1はそれ ぞれ,
Pet+1=(1-α)B[τ(1+n)kt+1+(µ-1)φkt] (27)
Pt+1=(1-α)B[τ(1+n)kt+1-φkt] (28)
で与えられる.ただし,kt=Kt/Ltは資本労働比率を表しており,
τ≡1+τf+θf
τw+τf (29)
φ≡1+τf+θf
qτw (30)
である.
(18)式より,年金および雇用保険の事業者負担 τf , θfが増えると賃金率が 低下する.その分,労働者の負担する保険料収入が減少する.(29)式の τ ∈
[0, 1)は年金の実効保険料率を表しており,(30)式の φ 0は年金の実効報酬
比例率を表している.
雇用者の年金給付Pet+1は失業率(1-µ-1)の増加関数である.失業率が高 いと賃金率が上昇するため,年金の報酬比例部分が増加する.他方,次世代 の負担する年金保険料総額は報酬比例とは独立であるため,収支が均衡する ように失業者の給付額が減少する.
(25)式より,失業給付は,
δyt=(1-α)Bθkt· µ-1
µ (31)
で与えられる.ただし,
θ≡1+τf+θf
θw+θf
(32)
である.(32)式のθ∈[0, 1)は雇用保険の実効保険料率を表している.
(31)式より,失業給付はµ>1の減少関数,すなわち失業率の減少関数で ある.失業給付は労働者から失業者への世代内所得移転であるから,雇用率 が高ければ高いほど失業給付は増加する8).
(25)式を(12)式に代入すると,労働期の平均所得は,
It=(1-τw+θf)wt· µ1
(33)
となる.次に,(27), (28), (33)式を(11)式に代入すると,総貯蓄は,
St=Ntβ(1-α)B(1-τ)kt-(1-β) α 1-α
τ(1+n)kt+1 (34)
となる.最後に,(34)式を(26)式に代入すると,1人あたり資本の成長率,
1+g≡ kt
kt+1=
(1+n) 1+(1-β) α 1-ατ β(1-α)B(1-τ)
(35)
が得られる9).(23)式より労働Ltの成長率は人口成長率nに一致する.(16) 式より,技術進歩率はAt+1/At-1=gである.最後に,(13)式より,GDP成長 率はYt+1/Yt-1=(1+g)(1 +n)-1≒g+nである.このモデルでは失業率が時 間を通じて一定なので,政策変更により均衡は瞬時に調整され,移行過程は 存在しない.
(35)式より,成長率は年金の実効保険料率 τ の減少関数であることが分か る.また,年金の実効報酬率q,雇用保険の実効保険料率 θ は成長率とは独 立である.(34)式から,年金保険料率の引き上げは2つの理由で貯蓄を減少 させる.第1に,若年期の保険料負担が増えるため,マイナスの所得効果に より貯蓄が減少する.第2に,将来受け取る年金給付が増えるため,予備的
8) (13), (16), (18) 式を(31)式に代入すると,失業給付率は,
δ=(1-α)θ·µ-1µ で与えられる.
例えば,雇用率を80%とすると,µ=1.25である.資本分配率をα=0.4,保険料率を θ=0.05 とすると,給付率はδ=0.15となる.
9) 以下では,τ=0のときg>0,すなわち,β(1-α)B>1+nを仮定する.
貯蓄が減少する.資本外部性を成長の源泉と仮定しているため,総貯蓄が減 ると成長率が低下する.年金の報酬比例部分は若年期に失業していた高齢者 から雇用されていた高齢者への所得再分配効果を持つ.雇用保険は若年期の 雇用者から失業者への所得再分配効果を持つ.この2つの政策変数は世代内 の所得分配には影響を与えるが,各個人の貯蓄性向は同じであると仮定して いるため,集計後の総貯蓄には影響を与えない.
(29)式より,年金の加入者負担τw,事業者負担 τfが増えると実効保険料率 τが上昇し,成長率が低下する.Corneo and Marquardt (2000)の貢献の1つは,
雇用保険の事業者負担θfの成長率効果である.年金制度があるとき(τw+τf>0), θfが増えると実効保険料率が低下し,成長率が上昇する.その理由は,(18),
(27),(28),(31),(33)式から読み取ることができる.まず,賃金率が一定で
あると仮定しよう.(31)式より,雇用保険の事業者負担の引き上げにより失 業給付が増える.雇用者は直接的には影響を受けないので,労働期の平均所 得が上昇する((33)式).したがって,プラスの所得効果により総貯蓄が増加 する.次に,賃金率の変化にともなう間接効果を考えよう.(18)式より,雇 用保険の事業者負担が増えると,労働需要曲線が下方にシフトする.組合は 雇用率を一定に保とうとするため,均衡賃金率が低下する.賃金率の低下は 雇用者の貯蓄を減らす方向に作用するが,失業者の所得増という直接効果の 方が大きいためネットでは貯蓄が増加する.さらに,(27),(28)式より,賃金 率の低下は将来受け取る年金を減らすため,個人は予備的貯蓄を増やそうと する.こうした理由から,雇用保険の事業者負担を引き上げると総貯蓄が増 加し,成長率が上昇する.
雇用保険の加入者負担θwは,若年期の雇用者と失業者との間の世代内所得 分配に影響する.しかし,(33)式より,平均所得に対しては中立的であるため,
総貯蓄にも成長率にも影響しない.
年金,雇用保険の成長率効果は次の命題に要約される.(iii)の結論が年金 と雇用保険の制度間相互依存を表している.
命題 1 (Corneo and Marquardt,2000)
(i) 年金の加入者負担τw,事業者負担τfを増やすと,いずれの場合も成長 率は低下する.
(ii) 雇用保険の加入者負担θwは成長率に対して中立的である.
(iii) 年金制度があるとき,雇用保険の事業者負担 θfを増やすと,成長率 は上昇する.年金制度がないときは成長率に対して中立的である.
3. 2 厚 生
次に,各利害関係者の厚生を分析する.対象者は,若年雇用者,若年失業者,
若年期に雇用されていた高齢者,若年期に失業していた高齢者,そして将来 世代である.
(6), (10)式より,若年雇用者,若年失業者の厚生はそれぞれ,
ute=(αB)βkt (1-α)B(1-τ-θ)µ+ α
1-α[τ(1+n)(1+g)+φ(µ-1)]
(36)
uut=(αB)βkt (1-α)Bθµ-1µ + α
1-α[τ(1+n)(1+g)+φ] (37)
で与えられる.
雇用保険および年金の報酬比例部分に関する世代内所得移転の効果を明確 にするために,次の変数を定義しよう.
Φ=Φ(θ, φ)≡(1-α)Bθµ-1µ - α
1-αφ (38)
(38)式の第1項は1人あたり失業給付を表し,第2項は報酬比例にともな う失業者の所得損失を表している.したがって,(38)式は,社会保障制度に よる失業者のネットの所得受取を表している.(38)式を用いて(36), (37)式を 整理すると,
ute=(αB)βkt (1-α)B(1-τ)µ+ α 1-α
τ(1+n)(1+g)-(µ-1)Φ(θ, φ)
(39)
uut=(αB)βktΦ(θ, φ)+ α
1-ατ(1+n)(1+g) (40)
が得られる.
まず年金の実効保険料率τの厚生効果を調べよう.(40)式から若年失業者 の厚生が分析できる.年金の実効保険料を引き上げると将来受け取る年金の 基礎給付が増えるため,若年失業者の厚生は改善される.ただし,(35)式よ り成長率が低下するため,直接的な給付効果は弱められる.厳密には次の命 題が成立する.
命題 2 若年失業者の最適年金保険料率は,
τyu=
α 1-α 1+ 1+(1-β)
1 (41)
である10).
証明 . (40)式の第2項にあるτ(1+g)が最大になればよい.(34)式より,区
間[0,1]上で定義された関数
f(τ)≡τ1+a(1-ττ) の増減を調べる.ただし,a=(1-β)(1-α) / α>0である.まず,f(0)=f(1)=
0であることが分かる.次に微分して,
f '(τ)≡ (1+aτ)2 1-2τ-aτ2
を得る.分子の2次の係数はマイナスであり,f '(0)=1,f '(1)=-1 /(1+a)<0
10) 例えばβ=1/3,α=0.4のとき,τyu=0.41である.
であることから,f(τ)を最大にする内点解が唯一存在する.f '(τ)=0を解くと(41) 式が得られる.□
次に,若年雇用者の厚生を分析しよう.雇用者は年金の加入者負担の分だ け厚生が低下する.(39)式の第1項が加入者負担の厚生損失を表している.
したがって,失業者よりも雇用者の方が最適保険料率は低くなるだろう.厳 密には次の命題が成立する.
命題 3 若年雇用者の最適年金保険料率τyeは次式で与えられる.
(i) β µα/(1-α)のとき,τye=0.
(ii) β>µα/(1-α)のとき,
τye=
α 1-α
1+(1-β) β+µ(1-β) β-µ 1-α α β+µ(1-β)
β-µ 1-αα
1+
(42)
証明 . (39)式で,τに関する項を抜粋し,(35)式を利用すると,
(1-α)B(1-τ)µ+ α
1-ατ(1+g)
=(1-α)B(1-τ) µ+
1+(1-β) α 1-ατ β α
1-ατ
となる.したがって,区間[0,1]上で定義された関数
f(τ)≡(1-τ) µ+
1+(1-β) α 1-ατ β α
1-ατ
の増減を調べればよい.まず,f(0)=µ>1,f(1)=0である.次に微分して,
f '(τ)=-µ-
1+(1-β) α 1-α
τ β α
1-α
τ +(1-τ) β α
1-α 1+(1-β)
α 1-α
τ2
=
β-µ 1-αα
-2[β+µ(1-β)]τ-[β+µ(1-β)](1-β) α 1-ατ2
1+(1-β) α 1-α
τ2 α
1-α
を得る.分子の2次の係数はマイナス,軸もマイナスである.また,f '(1)<0 である.
(i) β µα/(1-α)のとき.f '(0) 0であるから,すべての τ ∈[0, 1]に対 してf '(τ)<0が成り立つ,したがって,τ=0が最適である.
(ii) β>µα/(1-α)のとき.f '(0)>0より,ある τye∈(0, 1) が存在し,
τ<τyeのときf '(τ)>0,τ>τyeのときf '(τ)<0となる.したがって,(39) 式が最大になるのはτ=τyeのときである.f '(τ)=0を解くと,(42)式 が得られる.□
(42)式より,若年雇用者の最適保険料率τyeはµの減少関数である.失業率 1-µ-1はµの増加関数であるから,失業率と τyeの間には負の相関があるこ とが分かる.失業率の高い経済では均衡賃金率が高くなる.賃金率が高いと その分,雇用者の加入者負担が大きくなるのがその理由である.
次に,雇用保険の実効保険料率θおよび年金の実効報酬比例率 φ の厚生 効果を調べよう.θの引き上げは雇用者から失業者への所得再分配効果を持 つ.他方,φの引き上げは逆に失業者から雇用者への所得移転を意味する.
ネットの効果は(39), (40)式中のΦ(θ, φ)で表される.同一世代内でみる限り,
若年失業者の厚生を引き上げるような政策変更は若年雇用者の厚生を悪化さ せる.逆は逆である.
次に,将来世代の厚生を分析しよう.(39), (40)式より,(t+T)期に誕生す る将来世代の厚生は,雇用履歴に応じて,
uet+T=ute(1+g)T (43)
uut+T=uut(1+g)T (44)
のいずれかで与えられる.式中のuet, uutはそれぞれ,(39), (40)式で与えられる.
将来世代の厚生は,命題2,命題3で得られた水準効果に成長率効果が加わる.
Tが十分大きいとき,成長率効果は水準効果を凌駕するだろう.したがって,
遠い将来の世代の最適保険料率はτ∞=0である.
最後に,高齢者の最適年金保険料率を導出しよう.高齢者にとって資本所 得Rtst-1は与件である.貯蓄st-1は前期にすでに決められており,利子率Rtは 保険料率が変化しても変わらないからである.高齢者の関心は専ら年金給付 である.(27), (28)式より,若年期に雇用されていた高齢者,若年期に失業し ていた高齢者の年金給付はそれぞれ,
Pet=(1-α)Bτ(1+n)+(µ-1) 1+gφ kt (45)
Pt=(1-α)Bτ(1+n)-1+gφ kt (46)
で与えられる.
(45)式において,µ 1, φ 0,そして,成長率gが τ の減少関数である ことに注意すると,Petはτの増加関数であることが分かる.すなわち,若年 期に雇用されていた高齢者の最適保険料率はτoe=1である.年金保険料率を 引き上げると次世代からの所得移転が増えるため,高齢者の厚生が改善する.
さらに,年金に報酬比例部分がある場合,雇用履歴のある高齢者の厚生はさ らに改善する.その理由は次の通りである.成長率が高い経済では,過去に払っ た年金保険料の現在価値は小さくなる,すなわち,給付総額に占める報酬比 例部分のシェアが小さくなる.本稿のモデルでは,年金保険料率を引き上げ ると成長率が低下するため,逆に報酬比例部分のシェアが大きくなる.した
がって,報酬比例の恩恵を受ける雇用履歴のある高齢者の厚生がさらに改善 されるのである.
他方,若年期に失業していた高齢者は年金保険料の引き下げに同意する可 能性がある.(46)式より,Ptは成長率gの増加関数である.報酬比例部分は,
若年期に失業していた高齢者から若年期に雇用されていた高齢者への所得再 分配効果を持つ.そして上で述べたように,成長率が高い経済では給付総額 に占める報酬比例部分のシェアが低下する.したがって,若年期に失業して いた高齢者は高い成長率を支持するのである.(46)式の括弧内の第1項が直 接的な世代間所得移転効果を,第2項が成長率効果を表している.両者は逆 方向に作用するため,最適保険料率が1になるとは限らない.厳密には次の 命題が成り立つ.
命題 4 若年期に雇用されていた高齢者の最適年金保険料率は τoe=1である.
若年期に失業していた高齢者の最適年金保険料率 τouは次式で与えられる.
(i) 実効報酬比例率が,
φ<φˆ≡ 1+(1-β)
α 1-α β(1-α)B
(47)
を満たすとき,
τou=1- φ<φˆ (48)
(ii) φ φˆのとき,τou=0.
証明 . (45)式はτの単調増加関数であるから τoe=1である.(35)式を(46) 式に代入すると,[0,1)区間で定義された関数
f(τ)≡τ-β(1-φα)B
1-τ 1+(1-β)
α 1-α
τ
の増減を調べればよい.まず,f(0)=-φ/[β(1-α)B]<0, limτ→1-0f(τ)=-∞である.
次に微分すると,
f '(τ)=1-φφˆ (1-α)2
1
を得る.ただし,φˆは(47)式で定義される定数である.f '(τ)は τ の単調減少 関数であって,limτ→1-0f '(τ)=-∞であるから,f '(0)=1-φ/φˆの符号で場合分 けすればよい.
(i) f '(0)>0すなわち,φ<φˆのとき.f '(τ)=0となる τ∈(0, 1)において f(τ)は最大値をとる.これを解くと,(48)式が得られる.
(ii) f '(0) 0すなわち,φ φˆのとき.すべてのτ∈[0, 1)においてf '(τ)<0 となる.したがってf(τ)が最大になるのはτ=0のときである.□
若年期に失業していた高齢者の最適年金保険料率 τouは報酬比例率 φ の減 少関数である.報酬比例率が高いと,失業者から雇用者への所得再分配が増 えるからである.失業経験のある高齢者が年金制度の存続を支持するのは,
報酬比例率がある程度低いときに限られる.低所得の高齢者が年金制度の廃 止あるいは縮小に同意する可能性があるというのが本稿のモデルの特徴の1 つである.
最後に,報酬比例部分のある年金制度のもとでも,Corneo and Marquardt
(2000)と同様,パレート改善となる制度改革は存在しないことを示す.年金
保険料率τに関しては,若年期に雇用されていた高齢者と将来世代の間で利 害対立が生ずる.前者はτを引き上げると厚生が改善するのに対し.後者は τを引き下げ成長率を上げることにより厚生が改善するからである.雇用保 険および報酬比例部分の制度変更はΦ(θ, φ)の変化で表される.(39), (40)式 より,改革期の若年雇用者と若年失業者の間で利害が対立するため,パレー ト改善は不可能である.以上をまとめると以下の命題が成立する.
命題 5 年金制度に報酬比例部分があっても,パレート改善となる制度改革
は存在しない.言い換えると,すべての既存の年金制度,雇用保険制度はパレー ト最適である.
4 政治経済学的アプローチ
前節の分析により,年金の報酬比例部分の有無に関わらず,既存の年金制度,
雇用保険制度はパレート最適であることが示された.本節では,既存の年金 保険料率τの決定メカニズムを分析する.主な結論は次の4つである.第1に,
人口成長率が正であるとき,失業率の低い経済では若年雇用者の最適保険料 率が政治的に支持される.第2に,人口成長率が正であって失業率が高いと き,ビバレッジ方式では若年失業者の,ビスマルク方式では失業経験のある 高齢者の最適保険料率がそれぞれ政治的に支持される.第3に,人口成長率 が負であるとき,失業率の低い経済では雇用経験のある高齢者の最適保険料 率が政治的に支持される.最後に,人口成長率が負であって失業率が高いとき,
ビバレッジ方式では失業経験のある高齢者の,ビスマルク方式では若年失業 者の最適保険料率がそれぞれ政治的に支持される.
前節の分析より,各利害関係者の最適年金保険料率に関して次の関係が成 り立つ.
0=τ∞ τye<τyu<τoe=1 (49)
上付きの∞は遠い将来の世代,yeは若年雇用者,yuは若年失業者,そして oeは雇用経験のある高齢者を表している.命題4より,若年期に失業してい た高齢者の最適保険料率τouは報酬比例率に依存するため,大小関係は不定 である.
ある時点で既存制度の見直しがおこなわれるとしよう.利他主義がなけれ ば将来世代の選好は制度変更に反映されないだろう.したがって,制度改革 に直接影響力を持つのは,改革期に生存している世代,すなわち,若年雇用者,
若年失業者,若年期に雇用されていた高齢者,若年期に失業していた高齢者 である.
改革期の引退世代の総人口を1としよう.雇用経験のある高齢者の人口は Noe=µ-1,失業経験のある高齢者の人口はNou=1-µ-1である.若年世代の総 人口は(1+n)であり,その内訳は,若年雇用者がNye=(1+n)µ-1,若年失業 者がNyo=(1+n)(1-µ-1)である.まずベンチマークとして,各世代の総人口 が同じケース,すなわちn=0のときを考えよう.(49)式と,τouの場合分け により,以下の命題が成り立つ.
命題 6 各世代の人口が同じであるとき,政治的に支持される年金保険料率 τは次式で与えられる.
(i) τou∈(τyu, 1)のとき,τ∈[τyu, τou].
(ii) τou∈(τye, τyu)のとき,τ∈[τou, τyu].
(iii) τou∈[0, τye)のとき,τ∈[τye, τyu].
証明 . (i) τou∈(τyu, 1)のとき.τouを超えて保険料率を引き上げようとすると,
雇用経験のある高齢者のみが賛成する.Noe<Nye+Nyu+Nouより賛成票 は過半数を獲得できない.τyuを超えて保険料率を引き下げようとすると,
若年雇用者のみが賛成するが,Nye<Nyu+Nou+Noeより過半数を獲得で きない.保険料率が[τyu, τou]の範囲にあるとき,料率の引き上げに対する 賛成票はNou+Noe=1,反対票はNye+Nyu=1である.賛否同数である ため料率変更が可能かどうかは不明である.したがって,政治的に支持 される料率はτ∈[τyu, τou]である.
(ii) ou∈(τye, τyu)のとき.τyuを超えて保険料率を引き上げようとすると,
賛成票Noeは過半数を獲得できない.τouを超えて保険料率を引き下げよ うとすると,賛成票Nyeは過半数を獲得できない.保険料率が[τou, τyu] の範囲にあるとき,料率変更は賛否同数である.したがって,政治的に 支持される料率はτ∈[τou, τyu] である.
(iii ) ou∈[0, τye)のとき.τyuを超えて保険料率を引き上げようとすると,
賛成票Noeは過半数を獲得できない.τyeを超えて保険料率を引き下げよ うとすると,賛成票Nouは過半数を獲得できない.保険料率が[τye, τyu] の範囲にあるとき,料率変更は賛否同数である.したがって,政治的に 支持される料率は,τ∈[τye, τyu]である.□
命題6より,報酬比例率と年金制度の規模の間の負の相関が類推できる.
報酬比例率が低いとき,失業経験のある高齢者は相対的に高い保険料率を希 望する.そのため,政治的に支持される保険料率も高くなる可能性がある.(i), (ii)より,政治的に支持される保険料率は,若年失業者の最適保険料率と失 業経験のある高齢者のそれの間に位置する.全体からみると人口の少ない失 業者あるいは失業経験者が年金制度の規模に関して政治力を持つというのは,
少なくとも理論的には興味深いだろう.報酬比例率が高くなるにつれて失業 経験のある高齢者の望む保険料率は低下する.これは,ビバレッジ方式より もビスマルク方式の方が年金制度の規模が小さくなる可能性を示唆している.
この点については次節で議論する.
多数決ルールにもとづく政治経済均衡を導出するとき,各世代の人口が同 じという仮定は特殊過ぎて危険をともなうだろう.以下では,若年世代の方 が人口が多いケース(n>0)と高齢世代の方が人口が多いケース(-1<n
<0)を個別に分析する.
命題 7 人口成長率が正であるとき,政治的に支持される年金保険料率 τ は 次式で与えられる.
(i) µ∈(1, µ+)のとき,τ=τye. (ii) µ∈(µ+, 2)のとき,
τou∈(τyu, 1)のとき,τ=τyu τou∈(τye, τyu)のとき,τ=τou τou∈[0, τye)のとき,τ=τye
ただし,
µ+≡1+2+n n
である.
証明 . (i) 若年雇用者の人口が過半数となるのは,Nye>Nyu+Nou+Noe,す なわち,µ∈(1, µ+)のときである.このとき,τouの水準に関わらず,政 治的に支持される保険料率はτyeである.
(ii) µ∈(µ+, 2)とする.τou∈(τyu, 1)のとき,τyuを超える料率の引き上げは,
若年人口Nye+Nyu=1+nが過半数を上回るため政治的に支持されない.τyu を超える料率の引下げは,賛成票Nyeが過半数を下回るため政治的に支持 されない.したがって,政治的に支持される料率は τyuである.
τou∈(τye, τyu)のとき.Nye+Nou=1+nµ-1, Nyu+Noe=1+n-nµ-1である.
µ∈(µ+, 2)かつn>0のとき,Nye+Nou>Nyu+Noeが成り立つ.したがって,
τouを超える料率の引き上げは反対票が過半数を超える.他方,τouを超 える料率の引き下げも反対票が過半数を超える.したがって,政治的に
支持される料率はτouである.
τou∈[0, τye)のとき.Nou+Nye>Nyu+Noeであるから,上と同様にして,
政治的に支持される料率はτyeである.□
次の図は命題7の結果を図示したものである.第 3 図は報酬比例率が低く,
失業経験のある高齢者の最適保険料率τouが大きいケース,第 4 図は報酬比 例率が高く,τouが小さいケースである.マークアップ率µが低いとき,失業 率は低い水準にある.若年雇用者の人口が多いため,彼らの最適保険料率 τye が政治的に支持される.命題3より,τyeはµの減少関数である.したがって,
ビバレッジ方式,ビスマルク方式に関わりなく,失業率と年金保険料率の間 の負の相関が観察される.
µが一定水準を超えると,若年雇用者の人口が過半数を下回るため,政治経 済均衡が非連続的に移動する.ビバレッジ方式のもとでは若年失業者の,ビス マルク方式のもとでは失業経験のある高齢者の最適保険料率が政治的に支持 される.変動幅を,失業率の上昇にともなう政治的不安定の尺度と解釈する ことができる.第3図と第4図を比較すると,ビバレッジ方式の方がビスマ ルク方式よりも政治的不安定度が大きいことが分かる.人口成長率が正であ るとき,潜在的には若年世代の政治力が大きくなる.しかし,ビスマルク方 式のもとでは,失業経験のある高齢者が若年失業者よりも低い保険料率を支 持する可能性がある.このとき,世代を超えて,失業経験のある高齢者と若 年雇用者の利害が近づくため,相対的に低い保険料率が政治的に支持される.
少子化の効果はnの比較静学により分析できる.少子化が進むと,µ+の水 準が低下するため,若年雇用者の最適保険料率τyeが政治的に支持されにくく なる.失業率が上昇すると,若年失業者あるいは失業経験のある高齢者の政 治力が支配的になる.
命題 8 人口成長率が負であるとき,政治的に支持される年金保険料率 τ は 次式で与えられる.
第 3 図 政治経済均衡(n>0)
ビバレッジ方式 第 4 図 政治経済均衡(n>0)
ビスマルク方式
(i) µ∈(1, µ-)のとき,τ=τoe. (ii) µ∈(µ-, 2)のとき,
τou∈(τyu, 1)のとき,τ=τou τou∈[0, τyu)のとき,τ=τyu ただし,
µ-≡1-2+n n
である.
証明 . (i) 雇用経験のある高齢者の人口が過半数となるのは,Noe>Nye+ Nyu+Nou,すなわち,µ∈(1, µ-)のときである.このとき,τouの水準に 関わらず,政治的に支持される保険料率はτoeである.
(ii) µ∈(µ-, 2)とする.τou∈τ( yu, 1)のとき,τouを超える料率の引き下げは,
高齢者人口Noe+Nou=1が過半数を上回るため政治的に支持されない.
τouを超える料率の引き上げは,賛成票Noeが過半数を下回るため政治的に 支持されない.したがって,政治的に支持される料率は τouである.
τou∈[0, τyu)のとき.Nye+Nou=1+nµ-1,Nyu+Noe=1+n-nµ-1である.
µ∈(µ-, 2)かつn<0のとき,Nye+Nou<Nyu+Noeが成り立つ.したがっ て,τyuを超える料率の引き下げは反対票が過半数を超える.他方,τyuを 超える料率の引き上げは,賛成票Noeが過半数を下回るため政治的に支 持されない.したがって,政治的に支持される料率は τyuである.□
次の図は命題8を図示したものである.第 5 図がビバレッジ方式,第 6 図 がビスマルク方式に対応する.人口減少経済では潜在的に高齢者の政治力が 大きくなる.完全雇用に近い経済では,雇用経験のある高齢者の最適保険料 率τoe(=1)が政治的に支持される.この非現実的な政治経済均衡は,失業を 考慮することにより消失する.マークアップ率がµ-を上回ると,ビバレッジ
方式では失業経験のある高齢者の,ビスマルク方式では若年失業者の最適保 険料率が政治的に支持される.人口減少社会では若年雇用者の選好は年金制 度に反映されない.しかし,若年失業者の選好は反映される可能性がある.
失業という要素を入れることにより,二律背反的な世代間利害対立は生じな いことが理解される.
5 解 釈
本節では,1節の第2図にみられる傾向を上述のモデルを用いて解釈する.
年金対GDP比率,雇用保険対GDP比率は,それぞれ,
Yt
(τw+τf)wtLt=(1-α)τ (50)
Yt
(θw+θf)wtLt
=(1-α)θ (51)
で与えられる.τは(29)式で定義される年金の実効保険料率,θ は(32)式 で定義される雇用保険の実効保険料率である.第2図の横軸は社会保障費対 GDP比率であるから,(50), (51)式の合計を表していると考えることができる.
ビスマルク方式では,報酬比例部分による再分配効果により,雇用者から失 第 5 図 政治経済均衡(-1<n<0)
ビバレッジ方式 第 6 図 政治経済均衡(-1<n<0)
ビスマルク方式