技能実習制度の性格とその変化の方向 : 2つの二重 構造との関連を手がかりに
著者 山口 塁
著者別名 YAMAGUCHI Rui
発行年 2020‑03‑24
学位授与番号 32675甲第475号 学位授与年月日 2020‑03‑24
学位名 博士(社会学)
学位授与機関 法政大学 (Hosei University)
URL http://doi.org/10.15002/00023029
法政大学審査学位論文の要約
技能実習制度の性格とその変化の方向
―2 つの二重構造との関連を手がかりに
山 口 塁
1
技能実習制度の性格とその変化の方向
―2 つの二重構造との関連を手がかりに
(博士論文の要約)
法政大学大学院社会学研究科 博士後期課程 山口 塁
1 本論文での検討課題
本論文では製造業を分析対象として,外国人労働者の受け入れ窓口としての技能実習制 度の性格を明らかにし,その変化の方向にかんする考察をおこなった.
移民労働者に対する受け入れ国側の需要を説明する二重労働市場論は,日本の外国人労 働者研究においてもしばしば言及され,その実態の理解を促してきた.本論文は技能実習 制度の性格を,日本の産業社会に存在する 2 つの二重構造のうち下位層に関連づけられる ものとして定位し,その論拠を示すものである.ここでいう 2 つの二重構造とは,おもに 高度成長期に問題化された近代-前近代部門の二重構造と,近年顕在化し,その緩和が目 指される正社員-非正社員の二重構造である.
また本論文では,近年の外国人労働者政策の改編に伴う技能実習制度の変化の方向も考 察の対象とした.その際は,日本の産業社会が 2 つの二重構造のうち下位層でみられる問 題にどう対処しようとした(している)のかを重要な参照点としている.
2 目次
序章 課題と分析視角
―技能実習制度と 2 つの二重構造―
1 課題の設定と本論文の特徴 2 技能実習制度の概要と変遷
3 先行研究の検討:二重労働市場論と移民・外国人労働者 4 近代-前近代部門の二重構造と技能実習制度の活用 5 正社員-非正社員の二重構造とその緩和の方向性 6 本論文の構成
第 1 章 製造業における技能実習制度のインパクト
―既存の統計資料の観察―
1 産業構成
2 製造業における技能実習制度のインパクト 3 職種分野別の動向からみる活用実態の変化
2 第 2 章 養成訓練から技能実習制度へ
―前近代部門との関連をめぐって―
1 本章の目的
2 養成訓練と技能実習制度
3 養成訓練から技能実習制度への移行過程にかんする事例の検討 4 小括
第 3 章 非正社員の一類型としての技能実習生へのニーズ
―製造中・大企業での活用事例から―
1 本章の目的 2 事例企業の概要
3 非正社員の一類型としての技能実習生へのニーズと活用 4 技能実習生を対象とした人事管理施策の現状と可能性 5 小括
第4章 技能実習制度の活用と企業内雇用ポートフォリオの国際化
―企業アンケート調査の二次分析から―
1 本章の目的
2 先行研究の整理と本章での論点 3 データ
4 分析 5 考察 6 小括
第 5 章 技能実習生の受け入れと地域社会
―生活者としての技能実習生をめぐって―
1 本章の目的
2 自治体と外国人住民,技能実習生 3 調査の概要
4 産業政策としての妥当性 5 多文化共生施策の援用
6 「技能実習生と多文化共生」政策の効果と限界 7 小括
終章 結論
1 二重労働市場論を援用した技能実習制度の性格の解明 2 技能実習制度の変化の方向にかんする考察
参考文献
3
3 二重労働市場論を援用した技能実習制度の性格の解明
(1)前近代部門における技能実習制度の活用
近代-前近代部門の二重構造のうち下位層に位置づけられる前近代部門と技能実習制度 との関連は,当該制度をいちはやく,そしてもっとも強く必要としていた地域・産業に注 目することで明らかにされよう.本論文が埼玉県川口市の鋳物業での事例を中心に検討す ることで示したのは,団体監理型での技能実習制度が,中小企業の前近代性を解消するこ とを目的とした共同での養成訓練を原型としている点である(第 2 章「養成訓練から技能 実習制度へ」).
戦後日本の職業訓練政策のなかに位置づけられる養成訓練とは,企業が雇用契約等を結 んだ若年の従業員を対象として,OJT と Off-JT の組み合わせによりおこなわれるものを さす.技能実習制度との同型性を示す際にとくに重要な点は,養成訓練には中小企業によ る共同での運営方式が設定されていたこと,そしてその共同での養成訓練を実施する企業 の産業構成が,とくに制度開始当初の技能実習制度でのそれと類似していることである.
戦後に始まる川口市での共同での養成訓練だが,高度成長期には自治体を挙げて,鋳物 業を中心とする地場産業に必要な労働者の育成に取り組んだ.その際,職業訓練施設とと もに大規模な宿泊施設も新設され,国内の遠隔地から地域・産業に必要な若年労働者を受 け入れる体制が整う.こうして川口市が共同での養成訓練に対して積極的に取り組んだ背 景には,若年の労働力を必要とする企業や産業振興を図る自治体の思惑だけでなく,当該 地域・産業における労働運動と労働者教育の必要性への認識も存在するだろう.
だが理想と現実は必ずしも一致しない.訓練生の早期離職等,共同での養成訓練の運営 には多くの困難が伴った.そして若年層の高学歴化等の影響を受け,川口市での共同の養 成訓練はやがて頭打ちとなる.1980 年代に入って労働力確保の難しさと従業員の高齢化が 深刻化するなか,鋳物企業のうち有志が共同での中国からの研修生の受け入れを始めた.
その後,共同での養成訓練のために用意された職業訓練施設や宿泊施設は,地場の産業が 団体監理型の枠組みで受け入れた技能実習生へと受け継がれることになるのである.
本章で明らかにしたのは,養成訓練に注目した技能実習制度の経路依存性である.このこ とで,外国人労働者の受け入れ窓口が技能実習制度という教育訓練の枠組みを採ること,そ して労働者の確保に悩む中小企業の前にたまたま外国人研修制度があり,それが脈略なく 利用されたわけではないことを説明できる.他方で技能実習制度には養成訓練とは大きく 異なる点が存在することも,技能実習制度の性格を考察するにあたり重要である.つまり,
技能実習制度には地域・産業・職場への「定着」の概念が存在しないことである.結果とし て技能実習制度を活用する企業は,養成訓練時のように「定着」の難しさに思いを煩わせる ことなく,逆に一定期間の定着を見込むことができる労働力を確保できることにもなった.
中小企業にみられる前近代性を克服するための「共同」は技能実習制度における団体監理型 へと受け継がれ,そして受け入れた外国人労働者の一時性を管理する主体へと変化する.
4
(2)非正社員としての技能実習生の活用
そもそも制度の設計をみれば,技能実習生は離職の自由が概ね制限されていることを大 きな特徴とする,有期の非正社員だと定義づけられる.第 3 章と 4 章では非正社員として の技能実習生の活用実態について,それぞれ別の視点・手法を用いて検討をおこなった.
第 3 章(「非正社員の一類型としての技能実習生へのニーズ」)では,日系南米人の集住地 域での製造中・大企業 4 社での活用事例をもとに,おもに当該企業で就労する派遣社員と の比較から,非正社員としての技能実習生の性格を検討した.
技能実習生は職場で定型的な業務を担当しており,賃金は固定的である.長期的な雇用を 前提として処遇され,育成が図られる大企業での正社員技能者の性格とは明らかに異なる.
技能実習生は非正社員だといえる.
技能実習制度にはどのような活用メリットが存在するのか.良質な人材の確保や職場へ の定着が大きな課題となる派遣社員と対照的に,企業は技能実習生に対して,労働力の良質 さと人員計画に関する安定性を期待することができる.加えて地域労働市場への非依存性 や雇用契約の終了をめぐるコンフリクトの小ささ,生産性への直接的な寄与といった,技能 実習生独自の活用メリットも見出された.労働力の確保に関して比較的優位な立場にある 企業においても,技能実習制度の活用メリットは存在する.
第 4 章(「技能実習制度の活用と企業内雇用ポートフォリオの国際化」)では,2015 年に実 施された企業アンケート調査の二次分析から,技能実習制度を活用する製造企業での雇用 ポートフォリオの国際化を検討した.
技能実習生が独自の活用メリットを有する非正社員として企業に意識され(第 3 章),一 般的な製造分野においても活用がすすんでいるのであれば,技能実習生を雇用する企業に おいて,多様な雇用形態での外国人労働者の活用が観察されるであろう.とくに生産現場で 就労し,受け入れ・活用に際して媒介主体が存在することで共通する日系人の派遣・請負社 員が、技能実習生と同じ企業で就労していることが予想される.加えて海外直接投資という 形をとり,国外の生産拠点でも外国籍の労働者を活用している可能性もあるだろう.本章で は国外の生産拠点を含む複数の雇用形態で外国人労働者の活用がみられる現象を企業内雇 用ポートフォリオの国際化と定義し,それが技能実習制度を活用する企業においてどの程 度みられるのかを検討した.
分析からは,技能実習制度を活用する企業において国際化する雇用ポートフォリオが観 察された.また技能実習生とともに企業内雇用ポートフォリオをもっとも頻繁に編成して いるのは、日系人の派遣・請負社員である.企業は技能実習制度をひとつの特殊な雇用形態 として雇用ポートフォリオに組み入れ,そして同時に他の雇用形態でも外国人労働者を受 け入れている現状が示唆される.加えて技能実習生を雇用する企業において国際化する雇 用ポートフォリオには国外の生産拠点で就労する外国籍の労働者も含まれることも示され た.
5 4 技能実習制度の変化の方向性にかんする考察
(1)労働市場内での上位・中間層への進出
本論文では技能実習生を,近年顕在化する正社員-非正社員の二重構造のなかの下位 層,すなわち非正社員としての性格を有するものとして定位した.ここで非正社員にかん する日本の労働政策の動向に注目すると,この二重構造の緩和に向けて目指されるのは,
労働市場内での上位・中間層への進出,すなわち非正社員から正社員への移行と非正社員 と正社員のあいだの中間層の設定にあると纏めることができる(序章).近年の技能実習制 度をめぐる外国人労働者政策の改編は,この正社員-非正社員の二重構造の緩和に向けた 労働政策の方向性と,軌を一にしているとみることができる.技能実習法の成立による滞 日期間の延長措置や在留資格「特定技能」の創設により,技能実習生はより長期間,日本 で就労することができるようになったからである.
技能実習法の施行を目前にした時期のヒアリング調査では,事例企業は賃金の上昇や一 時帰国制度が人員の調整に関する安定性を阻害することへの懸念等から慎重な姿勢を崩さ ないながら,技能実習生の滞日期間の延長とさらなる活用の方途を考えてもよいとする企 業も存在した.たとえば技能実習生に対しておこなっている日本語教育が軌道に乗り,十 分な日本語のレベルに達する者が出てくれば,その技能実習生が,日本人従業員と後輩の 技能実習生とのコミュニケーションを媒介するような役割を担えるとの考え方である(第 3 章).技能実習制度をめぐる外国人労働者政策の改編により,企業は技能実習生を長期的 に地域・産業・職場に貢献する人材として見込み,能力開発・教育訓練に注力するインセ ンティブを得ることができる.この点において,養成訓練をモデルとする技能実習制度
(第 2 章)が,ふたたび養成訓練としての性格を帯び始めていることを指摘した.
(2)受け入れに際しての「共同」性の再評価
外国人の生活面はこれまで多文化共生をキーワードとして議論され,自治体による取り 組みにも注目が集まってきた.他方で技能実習生は,多文化共生にかんする主要な観察対 象とはされてこなかった.管理的なローテーションシステムである技能実習制度は,当該 制度を窓口として受け入れる外国人の定住化を阻む機能を有していたからである.
第5章(「技能実習生の受け入れと地域社会」)では,第 2 章で事例とした川口市にふた たび注目し,2016 年から当該自治体で展開される技能実習生への支援政策が可能となった 背景と,技能実習生に対して多文化共生の枠組みを適用することの効果を検討した.
川口市で技能実習生への支援施策が成立した背景としては,次の点が挙げられる.まず 川口市は共同での養成訓練のために建設した宿泊施設を,地場の産業が団体監理型の枠組 みを用いて受け入れる技能実習生のために提供している.つまり川口市は外国人研修生に 対する生活空間の提供という形で,「技能実習生への支援」をおこない続けていたことで ある.第二に川口市では技能実習生以外の外国人住民が増加し続けており,川口市ではこ れに応じて多文化共生施策を充実させていることである.そこで老朽化した技能実習生の
6
ための宿泊施設の建て替えをきっかけに,多文化共生施策を援用した技能実習生への支援 政策をおこなうことになったのである.
技能実習生に対して多文化共生の枠組みを適用することで生活者としての技能実習生と いうあらたな側面が引き出され,企業による技能実習生の囲い込みを防ぐことが期待でき る.だが課題もある.制度設立期において「国際交流」がそうであったように,「多文化 共生」は,自治体が地場産業の維持のために技能実習制度へ関与することに正統性を付与 するものとしても機能しうる.この場合,上のような有効性はあまり期待できないかもし れない.とはいえ近年の外国人労働者政策の改編の後押しを受け,技能実習生の生活は日 本に着実に根づくであろう.したがって川口市における技能実習生への支援政策は,先進 的なものとして捉えられることを示した.
大企業とは異なり,中小企業が技能実習生の仕事と生活にかんする独自の人事施策を打 ち出すことは難しい.この際,中小企業が労働者の確保と育成を「共同」で図ってきたこ と(第 2 章)は,あらためて前向きに捉え直してもよい.加えて自治体や労働組合といっ た利害関係者が明確な責任を持つ形で制度の運営に関与し,技能実習生が地域で学び,か つ正当な労働の対価を得るための枠組みの構築が必要となることを指摘した.
(3)孵卵器としての技能実習制度の可能性
技能実習制度は今後,日本の外国人労働者政策のなかでどのような役割を担いうるの か.本論文が提案したのは,技能実習制度が人材育成を大枠での目的とすることである.
本論文では外国人労働者の受け入れ窓口としての技能実習制度の性格を明らかにした が,このことは,技能実習制度が国際貢献のための制度であることを否定しない.重要な 点は,国際貢献であれ外国人労働者の受け入れ窓口であれ人材育成の枠組みが必須であ り,そしてこの双方の観点から,技能実習制度が今後大きな役割を果たすことができるこ とである.1980 年代において外国人研修の枠組みとともに国際貢献の役割を期待された留 学制度は,現在もその目的を維持しながら,同時に高度外国人材の「卵」の受け入れと育 成の機能を担う.技能実習制度もまた国際貢献の目的を掲げ,併せて技能実習生に対して 長期的な日本企業への就労を期待してもよい.
移民労働者は受け入れ国の二重労働市場の下位層に留まりがちであり,それは日本の外 国人労働者を観察しても同様である.外国人の仕事や生活に対する支援施策の拡充が必要 となるだろう.そこで技能実習制度は,受け入れた外国人が日本で豊かな職業生活を送る ための重点的な施策,つまり技能者の卵を孵化させるための孵卵器として位置づけること ができる.このように技能実習制度を位置づけることで,技能実習生を活用する企業だけ でなく,人手不足や少子高齢化に直面する地域・産業が技能実習生の受け入れに際して担 うべき役割も,より明確になってくることを指摘した.
以上