223
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:
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hN5\i,i
l"<iYit,(D
A>fi
SZ
(Mkt(It
±Y,
g{SJkee)
Probleme
de
1'immigration,
quartiers
defavorises
et
changement
de
la
theorie
sociale
francaise
:
Que
peut-on
apprendre
du
K
cas
frangais
>>
?
KONNO
Hikaru
Universitechretienne
des
femmes
deTokyoet Universit6
Senshu
Cet
essai consistea
examinerle
probleme
de
1'immigration,
celuides
quar-tiers
defavorises
enFrance
etaussila
theorie socialefrangaise
qui
analyse cesquestlons,
Depuis
une vingtained'annees,
le
probleme
de
1'immigration
et celuides
quartiers
defavoris6s
sont symboliquesde
la
crise sociale enFrance.
La
situation est critique,
1'ampleur
des
emeutes
de
2005
a refletela
gravite
des
pro-blemes.
Il
estdonc
urgentde
prendre
des
mesurespour
faire
face
auxdifficultes.
Les
sociologuesfrangais
semblent ainsi s'etrefbcalises
sur cesproblemes.
On
nepeut
voir cette crisede
la
societefrangaise
avec un oeilindifferent,
cardans
un avenirproche,
le
memegenre
de
probleme
auraIieu
egalement
dans
la
societejaponaise.Il
estdonc
necessairepour
nousde
tirer
la
legon
du
{<casfrangais
>>.C'est
1'intention
de
cet essai.Dans
cebut,
ondoit
analyser non seulementla
situation actuellede
la
societe
frangaise,
mais aussila
theorie socialequi
analyse cette crise,parce
qu'en
France
bien
des
sociologuesparmi
les
plus
reconnus s'attaquenta
cesproblemes.
Alors
qu'au
Japon
le
memegenre
de
probleme
n'est traiteque
dans
1'etude
de
1'ethnicite
oude
la
minorite, enFrance
c'est analysedans
les
domaines
les
plus
divers.
Cette
diversite
d'etudes
n'estpas
reductricede
la
multiplicitedes
problemes,
au contraire c'estindispensable
pour
en mesurerla
portee.
Il
faut
aussi un changementde
paradigme
en sociologie, carle
224
日仏社会学会年報第
17
号 (2007
年)mouvement
de
rimmigration
par
exempled6passe
le
cadre national , alorsque
la
sociologiepr
ξsupposaitle
cadrede
llEtat
−nation .Pour
r6gler cettedimcult
ξ,il
faudrait
,pour
le
moins , r6examinerla
pr6supPosition
sociologique , meme sicela est
dif
行cile.Il
sembleque
Ia
sociologiefrangaise
ait n6anmoins reconsid6r6 sa <<pro
−bl6matique
nationale >〉.C
「cst exactement ceque
devrait
faire
la
sociologiejaponaise
,pour
la
pr6paration
de
1
’avenir .は じめ に :用語 を め ぐる
若
干の考 察
本稿
の 目的
は, 現在
フラ ン ス で 深刻
化 してい る移民 問題
そ してゲ ッ トー問題
につ い て, また こ の問題
を対象
とす るフラン ス の社 会理 論につ い て,検討 す
る ことを 主眼
とす
る。 ただ
しこれを
フラン スに限 られ た 問 題では な く, いず
れ 日本社会
も直 面す
る問題
と して検討
す る。よっ て
問題
の射程
を, 日本
を含
む もの と して広 く見据
え るが故
に, あ えて 「ゲッ トー」 とい う用 語 を用い る。 序 文で は, こ の語
につ い て若
干 の考察
をす
るこ とで, そ れ が 問題
のあ
る本質
を 明 示 するの に適
してい る ことを示 したい 。周 知
の よう
にghetto
と は,近代
以前
の ヨ ー ロ ッ パ都
市でユダ
ヤ人 を強制的
に隔離
し,収 容
す る居住地
を指
す 言葉
であっ た。 西 欧では, こう した地 区は近代社会
の成
立と と も に姿
を消
し た が ,ナ チス ドイツ に おい て凄惨
な形
で復活
し, さ ら に第
二次大戦後
は, こ の語 が転
じて,主
に ア メ リカにお ける大 都 市で ア フ リカ系 や ヒ スパニ ッ ク系住 民
が密 集
し て居住
する地 域 を指 す もの と して用い られ た。 フ ラ ン スにおい て は,移民
あ るい は移
民系
の 出自
を持
つ住 民
が集 中
し てす む 地域
が,ghetto
の名
で呼
ば れる こ とが ある。こ の
語
が,社会学
にお け る概念
と しての使
用に耐えない と主 張 す る社会 学者
もい るが q ), こ の語
の使用
につ い て筆者
は別
の見方
をす
る。フラン ス の
移民 問
題 は, 日本
におい て主に人種
差別
の問題
,異文 化摩
擦
の問題
と して検討
され る傾 向
に あ る 。 しか し,他方
で, そこ に は 日本社会
で言
われ る地域格差
・教育格差
, さ らには若年
層の雇 用 問題(
失
業 問題 )
も係
わっ て い る。banlieue
,cit6 と呼
ば れる地域
が抱
え る問題
は,移 民 ・ゲッ トー問 題 と フ ランス社会 理 論の転換
225
移 民 系の 出 自を 持つ など相対 的に社会
的弱者
にな らざ
るを 得 ない人々 が 被っ て い る問 題であ り, そして, そ うした人々を 隔 離 し閉 じこめてい る が故
に起
きて い る 問題 なのだ
。件
の問
題の こ うした 「隔
離
」 され, 「閉
じこめ」 られて いる とい う側面
を明示
する とい う点
で , こ の 「ゲッ ト ー 」 とい う語 は, 問 題の本
質 を検討
す る た めの有効
な手段
を我
々 に与
え て く れ る だ ろ う。それ 以
外
の用語
,例
えば 「郊外 問題
」な どの語
を 日本 語
で用い た場合
, こ の問題
の深刻
さ,社
会的
な弱者
が集 住
し 「閉
じこ め」 られてい る こ と, さ らに はエ スニ シ テ ィ ー 問題 も係
わるこ と, 等々 の側
面 が 見落
と さ れ か ね ない。 こ う考
え るな ら, 「ゲ
ッ ト ー 」 とい う用語
は,厳密
な 意味
で の概念
と して の使 用に耐えない と して も, 問 題の深 刻 さ とその多 面 性 を日本
の社会 (
学)
に伝
え る という意義
があ
る。 こう考
え る ことがで き よう。お そ ら く早
晩
日本社会
も, フ ラ ンス と同種
の問題
に遭遇 す
るだろう
。 そこ では ,その否 定 的 な意 味 故に , 日本 語におい て もこ の語の使 用 が不適
切になる時期
が来
る。 そ うし た タイム リミ ッ トを自
覚 した上で, あえ て本稿
に お い て はこの語を用い ている。こ の 語に関 する以 上の考 察は, テ クニ カ ルな もの で な く
本稿
の立場
そ の もの に関係
してい る。 つ ま り本稿
は, フ ラン スで深刻化
する こ の問題
を,一般住
民 もか か わ る問題
と し て, よ り広
い射程
の中
で検討
す るこ と を 目的
とす
る。 またその際
に, 問題
の状況
のみでな く,そ れ を分析
す る フラン ス の社会学
の動 向
を も検 討
し,そ
こ から今後
の 日本社会 (
学)
に とっ て教 訓
となる視点
を引
き出
したい。 そう
した意 味
で本稿
は . こ の問 題 に 関 す るフラン ス社会
理論
と日本
の社会
理論
の橋渡
しを企 図す
る理論
研究 あ
るい は知識社会学
研究
で ある (3)。2005
年
に, パ リ郊外
での事 件
に端
を発
し, フ ラ ン ス全
土に飛 び 火 し た 「暴動
」 は未 だ
記憶
に新
しい 。 暴動
の激し さ, ま た そ の背
景に あ る問題
の深刻
さ は, 日本社会
の現 状 とは 「一見 する と」比較
にならない。 果 た し て そ こか ら私
た ちは , どの よ うな 知見 を 引 き 出せるのだろ うか ?い ずれ に し て も重
要
なの は ,彼
の事 件
を 「対
岸 の火 事」 とす る の で はな く, 「他山
の 石」 とす るべ きこ とであろ う。 以 上の よ うな 立 場 か ら,本稿
は こ の 問題に取 り組 む もの である (4)。226
日 仏社会学会年報第
17
号 (2007
年)第
1
章
移
民 問題 ・ゲッ トー問題の社会 学的射程
:問
題の多
面性
と社会学 的諸
研究
移 民 問題 ・ ゲッ トー 問題と一 口 に
言
っ て も, その広
が りは多岐
にわた り決
し て単
一的
な説
明で済
ませ るこ とはでき ない。重
要 なの は, 「一つ の領域
において は捉
え られ ない 問題」で あ ることを認識
し, そこか らこ の問題
の分析
を始
め る こ とである。実 際
こ の種
の問
題 は, 日本
におい て は 「エ スニ シ テ ィ ー研 究
」や 「マ イノ リティー研究
」 におい て行 わ れて きた。 し か し, フ ラ ン ス社 会 学で は その枠組
み を はみ出
して ,諸
々の領域
で研究
が試
み られ,その影響
は産業
・労働
のみ な らず
,教育
,家族
,宗 教
,地方 自治
,福祉
, そ して文
化統合
や nation の あ り方に まで及 んでい る 。 そして現実
に, こ の問
題 の解 決のた めに様々 なアプ
ロ ー チ が必 要 と されてい る。実
際,当
初 は別々の対 象を分 析 して い た社 会 学 者, そ れ も広
く名の 知 れ た社 会 学者
た ち が, 各々 の立場
よ りこ の問
題へ の アプロ ー チ を 進め てい る。 例 え ば, 当初は トゥ レ ー ヌ の もと , 労働 社 会 学 や 社 会 運 動 を 分析
対象
とし て い たヴ
ィ エヴ
ィオル カ が, 人 種 差 別 問題 に取 り組ん で い る(
Wieviorka
,1992
→2000 )
。 ア ルチ ュ セ ー ル の も と資 本論
研究
に おい て 『資本論
を読
む 』を共
に公刊
し,そ の後
はブルデュ ーあるい は ア ル チ ュ セ ー ル の再
生産 論
の視 点
か らL
’6cole
capitαliste
enFrance (
Establet
etal.,
1970
)
を公 刊 し たエ ス タ ブ レ が, トル コ 人 労 働者
に イ ン タビュ ー を行 う
こ と で彼
らか ら見
たフ ラン ス の姿
を分析
したCommentpeut
−oη6
舵 凡 α η¢αゴ32 を刊行
した(
Establet
,1997
)
。 さ らに, 日本
で は近代家族論
の文脈
で言及
さ れ,参 照
され るこ との多い ドンズ
ロ が,地方 自治
とい う問 題 設定
か ら郊外
問 題 を扱
っ てい る(
Donzelot
,2006
)
。 ま た, こ の三者
と は別の立場
であろ うが
, トゥ レ ー ヌは ,共和主義擁護
の立場
から
,文化
の多様性 を相
互に認
め る ための共通基
盤 として, ライシテ の重 要 性 を 主 張 する(
Touraine
&Renaut
,2005 )
。 あるい は ブルデ
ュ ー は , 「移 民」 と い う視 点 取 らない もの の ,La
miseredu
monde の一部
で , ま さ にゲッ ト ー と呼
ば れる地 域の調 査に着 手 して い るそ して
彼 自身
が,括 弧付
きでghetto
とい う語を用い て い る(
Bourdieu
,1993
,159
)
。移民 ・ゲッ トー問 題 とフラン ス社 会 理 論の転 換
227
こ れほ ど
著名
な社会 学者
た ち が, こ の問
題に各
々 の視点
か らアプ
ロ ー チ してい る。 それ ぞ れの視 点 ・論 点 は後
に言 及 するが, こ の現 象 を 見 れば
t件
の問題
が, フ ラ ン ス社 会
・ フラン ス社 会学
の中
で どれだ
け中
心的
な位 置
を占
め る か が理解
で き る。無論
, こ う した多面 性
は, 日本
にお ける同種
の研 究
で も十分認識
され てい る 。 とい うの も, こ の問
題 が多面 的
な側面
を持
つ こ とはt あ る意 味 当然
だか ら だ。実 際
,就労
が 目的
で あっ て も, 「移
民」 と は, た ん に労働 力を提供す
る存 在
ではな
い 。彼 ら
は,恋愛
もす
れ ば結婚
もし, や がて は子供
を産
み ,家族
も有
す る で あ ろ う。 ま た,普
通に生活
し, 経済
的
基 盤 がで きれば定住
もする。 つ まり彼
らは,単
なる労働 力
で な く,人
間的 な存 在 なの である。 彼 らが, トー タル な社 会 的 存 在である 以上, 社会学
に おける研究
がその多
面性
を も引
き受
けね ば な らない こ と は明 らか であ
る。 そ れ は,確
か に日本
に お け る同種
の研究
でも自覚
さ れて い る。た だ しフ ラン ス 社 会 学にお ける動 向 か ら我々が 学 ばね ば な らない の は, こ の 問題へ の ア
プ
ロ ー チが 「エ ス ニ シテ ィー研 究」や 「マ イ ノ リテ ィー研
究
」 とい う領
域
のみで な く,教育社会 学
や都 市研究
,社会 運動論
な ど個別
の専
門領 域
に おい て も行
わ れ て い るこ とである。 これ は ,学
問 と し て発展
し,各
々 の領域
で研究
の厚
み が増す
と ともに,専 門分 化
が進
ん だ社 会学
の現状
を再考
する上
で も重
要で あ る。実際
, 過度
の専
門性
が進
み,各領域
をつ な ぐ理 論 やパ ラダ
イ ム が, も はや社会学
に は成 立
し得 な
い よう
にも
思 わ れ てい る。 しか し, フランス社 会学
にお ける こ の問題
の展 開
を見
る時
, そ れ が 「い わ ゆ る専
門領 域
」 を は み出
し,諸
々の研究領 域
で見過
ごす こ との で きない問題
として理解
さ れ て い る こ とが わか る。私
見では, 日本
の社 会
学に おい て も, 今 後,同様
の経路
を辿
るだ ろう
。すな
わち
,移民
問題
・ゲ
ッ トー 問題 は, 日本
社 会
の中
心 問 題 と し てクロ ーズ
ア ップ
さ れ る と 同時
に, 「専
門領域
」 に 閉 じこもる研究
で はその総体
を捉
え られず
,様
々な領域
の相 互 連関
を必要
とす
るで あ ろ う。少
な くともフラン ス の社 会 学では そ うで あっ た。い
ず
れに して も,フランス社 会学
の こ の問題
へ の取 り組 み も含 め た「フ ラ ン ス的事 例
」 か ら学
ばね ばな ら ない の は, そ れを 「単 なる移 民の 問 題」 とし てのみ捉 えるの でな く, 様々な側面
か らその総体
を把握 す
る こ228
日仏社会学会年報第
17
号 (2007
年 ) と, そ して, その ために, 様 々 なアプ
ロ ーチ を駆使
して ゆ くこ とである 。 とい うの も,先 述の よ うに ,社 会 的 弱者にな ら ざるを得 ない 人々 が 集 中 し て居住す
る地
区とい うの は, 異文
化摩
擦, 人 種 差 別の 問題のみで はな く, 失 業や雇
用 の問題,学業
上の失敗
な ど様
々 な 問題を被
らざる を得な い か らである。 そ して後者
の問題系
は,移
民系
以外
の住
民に も係
わる問 題である。問
題 が多面的
であ
る以 上, そ れを分析す
る側
で も, その多
面性
を 還 元 す るこ とが あっ て は な らない し, よっ て それ まで孤
立 してい た各専
門分
野 が,相
互 に関係
し合
う必要性
も出
て くるだ
ろ う。実
の ところ,教育優先地域 (
ZEP
)
の制度 が良好
に機能
していな
い のも
, 教育
のみに注 目
す るあ ま り,問題
の多面性
を考慮
して い なか っ た た めだ と考 える こ と も出来 る。 こ の点
につ い て は,具体 的現 実
に即 しつ つ次章
におい て考察
したい。第
2
章 教 育優先
地域
と ゲッ トー問題 の多
面性
移 民の 問
題
ま たゲ
ッ トー問題 の一つ と して, cit6 に住 む子供 た ちの学業
上の挫折
が注
目されるこ とが多
い 。 周 知のよ うに フラン ス 政 府は こ の 問題に対
して ,教育優先地域 (
ZEP
)の指定
によっ て対 応 しよ うと し た。 こ の事情
はす
で に周知
の こ とであろ う。 しか し , こ の制 度
は当初考
え ら れてい た効果
は得
られ ず,良好
に機能す
る こ とが なかっ た。宮島
は, こ の政 策を フ ラ ン ス的な共和主義
的平
等の原
理との関
連で分析
して い る が(
宮 島
,2006
,157
−171)
,本稿
に おいて は問題状 況
の 「多
面性
」 という視
点
か ら検討
し て み たい 。とい うの も生 徒 た ち がこ うむる学
業
上の挫折
な どの問
題 は,学校
の 中 に のみ原 因
が ある の でな く, 学校 外
の様
々な要
因が関係
してい るか らで ある。 そ れ は地 域の経 済 状 況 (親の失 業 な ど) や 治 安 状 況, 地 理 的条件
な どが係
わっ て い る。 よっ て ,諸
々の要
因が 関 わ る以上
,教 育
のみ を優
先
させて も, 問題の解決
に はな らない の だ。こ の
点
を ,ブル デュ ー の弟
子で あるプ ポ が, フ ラ ンス 全 ±に派
生し た暴動
の端緒
となる事件
が発
生し たセ ー ヌ= サン ドニ県
を1998
年 よ り 行っ た 調 査 か ら見てみ よ う (Poupeau
,2001
=2002
) 。移民 ・ゲッ トー 問題とフラン ス 社会理論の転換
229
ま
ず彼
に よ る と, こ の政策
の実施
に関
して は, あ る社 会科学 的背景
が あっ た。 こ の政策
に は, 国立統計
経済
研究所
やパ リ第
八大
学 な どで盛
んな
「教 育科学
」,学 校
の効
果 を測 定す
る科 学的方 向性
が大
き な影響
を及
ぼ した。 だ が, こ の 「科 学
」 は, 「学校
の効 果
」 という視点
よ り,学 校
教育
の効率
や有効性
を説明す
る こと に主眼
を置
い て い る。 そ こ では,科
学的手法 (
主に統計 )
によっ て,教師
の流動性
を高め
る ことが,教 師 自
身の スキル の向
上に効 果
のある手法
と し て説 明
さ れ る。 つ ま り,学校 市
場にお ける競 争の増 大に よっ て教師 自身
の スキル向
上に効果
が ある こ と が主 張 され る。し か し, こ うした 「
科
学 的 方 向 性」 は, 他 方 で, 教 育に外的
な要 因
, 地 域の 状 況や生 徒の集め方, 教 師の 任 用方 法, さ ら に は 学校の あ る 地区 の地
理的条 件
な ど様
々 な要
因の を無視
する に至 っ て しまっ た。 セ ー ヌ =サ
ン ドニ 県で は ,す
で に1998
年
よ り学校教育
の現 状 に不 満 を 訴えた教 師
た ちがス トラ イキや抗 議活動
を起
こ して い たが, そ こに は難
しい状
況
にあ
る地 域
の学校
がか か え る問題
が多
面的
な もの で あ るこ と, そし て, そ れに対応 す
る人
々 の戦 略
も また多面的な も
のであ
るこ とが
現 れ ていた。例え
ば
, こ の政策
が前
提 と してい た 「学校
の効果
」 を高
めるた めに 「教 師
の流動
1
生
を高
め る」 施 策 とは, 問題のあ る地 域 に赴任
す る教師
た ち に とっ ては, 「 一定期 間息
を潜
めて耐
えて い れば
,困難
な地 区
の仕 事
か ら解 放 さ れ る」 こ とを保証
する もの と映
る で あ り, さ らに こう
した考
え は, セ ー ヌ ニ サン ドニ 県 が好条件
の赴
任 地であるパ リに隣接
する とい う地
理条件
に よ っ て さらに強化
され る。 つ ま り, 一定期
間苦
しい 状況
に耐
え た後
,多 く
の教師
は より好条件
のパリ
へ の移動 を希望
し, こ の地を去
る。 結 果, こ の県
の教員
たちの平均年齢
は他
県に比
べ て低
い こ と に な る。 プ ポは こ うした点 を 指 摘 す (Poupeau
,2001
=2002 )
(6) 。 つ ま り,教 育
と は全 く別の地理的 条 件 な どの 要 因が , 問題に 関 わっ てい る の である。 こ の よ うに し て,1998
年 当時
に起
こさ れ た抗
議 行 動は, 「学 校 教 育の 危機の解 決 を, 教 育に関わ る領域
の み で見出
そ う とす るこ とが不 可 能で あ るこ と」を表
明す る もの だっ た とプ
ポ は分析
する。あるいは こ の
地
区に限 らず
, 問 題 状 況にある地 区に住む住民
の うち,教育
に関心の高
い家庭
は様
々な手段
を使
うことに よっ て子供
たち
を他
の230
日仏社会 学会 年報第
17
号 (2007
年)地
区の学校
に通 わせ よ う とする。 例 えば
,私
立の宗派学校
に通 わ せ た り, あるいは例外 申請
に よっ て地 区 外の よ りよい学 校へ 子 供 を 通 わせ るこ と も頻繁
に行
わ れ, これは 「逃避
の戦 略 strat6gied
’6vitement
」 と呼ば
れ る。他方
で, プポ が 調 査 し た抗議
運動
に おい て は, 学校
に お け るス トラ イキ に最後
まで参 加
したの はまさ に こう
し た 「逃避
の戦 略
」 に よっ て子供
た ち を地区
の外
の学校
に通
わ せ てい た親
たち
だっ た という
。 そう
した 「戦
略」 を とる親 たち もま た, 地区
の停滞
を決
して容認
して い る わけではな い と見
るこ ともで き る。 あるい 二よ プポ自身
は,地
区外
の よ りよい学校
へ子供
を通
わ せ ることは,当
の地 区
では非難
の的
になるが故
に, そう
し た親
た ちに とっ て抗議活動
に最後
まで参
加 する以外
の道
はな かっ たのだ と分析
する(
Poupeau
,2001
=2002
,162)
ZEP
に つ い ては,宮
島 も詳 細に論じてい るが, 以 上の よ うな様々な側 面 は省 み られて い ない。 同 じ 一 つ の 政 策 であっ て も, そ れ が 適 用 され る地 区や人 間の置か れ た状
況で, そ れへ の 対 応は様々 に異な る。 一見 す る と政 策の 背 景 や 教 師の選 択 行 動 な どは, 「些 細 な 指 摘」 の よ うに 思 わ れ るか もしれ ない 。 しか し,現在
の 日本
で も,学 校 選 択 制 な どによっ て市 場
原 理や流動性
の向上
を試
み る施策
が導
入 されて い る こ とを考
え る と , 以 上の よ うな こと は,決
して些細
な もの で は な く, 現実
に大
き な影響
を 及 ぼ す 要 因 として考 えるべ き だろ う。また, こ の よ うな
視点
か ら考
え た場合
, フ ラ ンス で起
きてい る問題
は 移民系
の 住民
にの み 関わ る もの で はない こ と, また問題 状況
にある地域
は ,ZEP
の ような政策
に よ っ ても
,やは り困難 な状況
に取 り残
され続 け
る こ とは明
らか であ
るゆえ に
筆者
は この問題
を, ゲッ トー という用
語
を用
い てあ らわ すのだ が。 こ う した論 点
, つ ま り問
題の多様 性
を見
る こ とが重
要で あ るこ と, さ らに も う少 し踏
み 出 して,格 差
を産
み 出 す 要 因 が上
の よ うな多
面的
な もの であるこ とは,今後
の 日本
の地域格 差
・教
育格 差を検討 す
る際
にも
,十分
に留意
されて しか るべ きであ
ろう
。第
3
章
移
民問題
をめぐ
るパラダ
イム の転換
日
仏社会学
の推移
しか し, 以 ⊥の よ うな 「多 面 性」を認 識 するのみ で は, こ の 問題の社
移民 ・ ゲッ トー 問題 とフ ランス社会理論の転換
231
会 学
に お け る イ ン パ クトを捉
え る に は不十分
であ
る。事
の多
面性
の み で な く, よ り根
本 的 な 問題 設 定の 転 換 を も見 な けれ ば な らない だろ う。 と い うの も,移民
の流入
に伴
っ て,様
々 な領域
でその研究
上の前提 条件
を再検討
する こと が迫 られた か らである。 こ の問
題が提 起 するの は,学 問
その もの の前提条件
の再考
と, 必 要 な場合
はその転 換
にある と言え るだ ろう
。 これはあ
る意味 当然
の こ とであ り
, 国民 国家
の枠 組
み を前提
と し て成
立 した学 問
に対
して,移 民
の問題
は もはや そう
した前提
が成
立 し得
ない ことを意味
した と言
え る。例え
ば
, エ スタブ
レ は, 移 民の流
入に よっ て1970
年
以降
,労働
研究
が
, その前 提条件
を根本的
に転換
さ せ ねば
な らなか っ た と指摘
し てい る。 つ ま り, フラ ン ス 国外の 異 なっ た環 境の 中で 成 長 した者に とっ て は ,必 要 と される賃 金 も労 働 条 件 も, フ ラ ン ス で育
っ た者
と は異
なっ て お り, そ うし た対象
の転 換に よっ て, 学 問上の アプ
ロ ーチ も刷 新 せ ね ば な らな か っ たの で ある (Estabiet
,1997
,15
)(7)Qこ うし た 「刷
新
」 は , まず経済学
の領域
で経験 されたが, 社 会 学で は移
民の問題
は教育社会 学
の中
で, そ して そ こに お け る移民系
の出 自
を持
つ 子供
た ちの学業
上の失敗
と して現
れ た。 .しか しフ ラン ス の教育社会 学
は当初
これ を移民
の問題
とし て より
も,貧
困の問題
と し て捉
え た という
。実
際
フ ラ ン ス に おい て は庶
民階級
の学 業 上
の成功
は, も とよ り困難
な もの であ
り, 同じ階級
に属 す
るフ ラン ス人と比較
し た場合
,移
民系
の子供
た ちの方
が成功
した者
はむ しろ多
かっ たこ とが報告
され
てい る(
Establet
,1997
,20
−21)
。 お そ ら くこ の点
は,移
民第
一世 代
が経
た 「ライ フコ ー ス」 に注
目す
る必要
が あ る だ ろ う。 つ ま り, 移 民の人 々 に とっ て ホス ト国
の状 況
は, た とえ cit6 の ような場所
に住
む とし て も, 一種
の社会
上昇
であ り
, そう
し た家庭 環境
の中
で育
つ 子供
た ち は,将来
へ の希 望 を, 同 じ地区 に住む フ ラ ンス人よ りは持
つ こ と がで き た と。ま た, そ う した
社会
上 昇のイデ
オロギ
ー が有効
に機能
し再 生産
さ れ る 限 りに おい て は , 将 来の 希 望 を 持つ こ とがで き た だ ろ う。 ただ し, 現実
はそ うはな らなか っ た(
Wieviorka
,1992
→2000
,49
)
。 産業
構 造の転換
に よっ てサーヴ
ィ ス業に産業
の中
心 が移
る につ れ, そ れ に よ る失業
が相 対 的に社 会 的 弱 者にな る移 民に押 し寄 せ たの だ(
Wieviorka
,1992
→2000
,232
日仏社 会学会 年報 第17
号 (2007
年)26
−32
)
。 オ イル シ ョ ッ ク以降
の 「産業構造
の転 換
」 は , フラ ンス に お け る こ の 問題に 少な か らず
影 を落 と して い る が, こ の 産 業 転 換は ま さに30
年
の時
間を隔て て現在
の 日本
が直
面して い る問 題で ある。さ ら に
興味深
い こ と に, エ ス タ ブレの指摘
と同様
, 日本
におい て も社
会 学が移
民 問 題の深刻
さに気付
くのは, ま さに教 育
問題 を通 し て であ る(
宮 島他編
2005 )
。 また宮 島
らは, その問 題につ いて, 「や や大 げ
さ に い えば研 究
パ ラダ イムの切
り替
えを迫
られ た」と述
べ てい る(
宮島他 編
,2005
,239
)。エ スタ ブレも
宮 島
も 「再生産
の問題
」 を研究
の中心
の 一つ に据
え, そ こ か ら上のよ うな問題 関
心へ と移
っ たの だ がち な みに , エ スタ ブ レ もそれ 以
前
はデ
ュ ルケム の研究
を行
っ てい た, こ うした二人の社
会
学者
の 問題意識
とその 展 開, さ らに 「パ ラダ
イムの転換
」を経験
す る と い う奇 妙 な一致は, こ の問 題 が, 日仏 両 社 会に おい て, 同じ よ うな推 移 に お い て起き てい る とい う推察
を可 能にする。い ずれ に し て も, 欧
米
先 進 諸国の 工業 化 過 程 を 後か ら追い か けた 日本 が, 「外 国人 労 働 者」 あるい は 「移 民」 問題に おい て も,同 様の 道 を 少 な か らず歩
む こ とに な るで あろ うこ と は しっ か り認識
し て お くべ き だろ う (9)Qあるい は歴 史学 において は,
1980
年 代 初 頭に おい て は ま だ 「移 民の歴 史
」 とい う領
域
の研
究
は多
く成
さ れて い なか っ た と, ノ ワ リエ ル は述
べ て い る。彼
は,1988
年
に刊 行 し た著 作で述べ てい る のだが, この著 作
がNon
−lieu
de
memoire と題
さ れた章
か らは じまっ てい る こ と は非
常
に興 味深
い(
Noiriel
,1988
→2006
)
。 そ して, ポ ケッ ト版
で再刊
さ れ た2006
年時点
で は,同著
が多
くの研究 者
か ら依 拠 され る 「古
典」 と して の地位
を得
た と語 っ てい る。その
彼
に よる と,移
民系
の出 自
を持
つ 人々の割合
は, 一貫
して同時代
のア メ リカ と比
して フラ ンスは同等
か そ れ以
⊥であっ た とい う(
Noiriel
,1988
→2006
,21
−22)
。 こ の移
民 をめ ぐる現 実
と それに関
する歴 史 研究
の 間の齟 齬
につ い て は, フ ラ ン ス の 学 問界の 「遅 れ」 と も言え るが, これ を考察
する こ とは興 味 深い 主 題であ ろ う。 かつ て ア ル チ ュ セ ー ル は, フ ラン ス の マ ル クス 主 義が実 践 面で進
ん でい る に も か か わ らず
, ア カデ
移民 ・ゲッ トー 問題とフ ラン ス社会理 論の転 換
233
ミッ クな世
界で はその理論
が不 在であっ た ことを 「フラン ス的貧 困
」 と呼
ん だ が, こ の移
民 研究
につ いて も, 同じこ とが 言え る か もしれ ない(
Althusser
,1965
→1996
)
。第
4
章 社会学 的前提
の 再考
:nationalな前提 を
めぐ
っ て移民研究
に関
する 「フ ラ ンス的貧
困」 はt歴 史
研究
の み で はなく
,社
会学
に も言
え るこ とであっ た。移民
が主要
な研究 対象
に な る こ と は比較
的 遅 く, その本 格 的 な研 究 はサ イ ヤ ー ドを 待 た ね ば な ら な か っ た。 こ の 理 由はい くつ か考
え ることがで きる。例
えば
, ヨ ー ロ ッ パ とい う枠組
み で考え た場 合, 今で こそ 「先 進 的な統 一 ヨー ロ ッパ 」 と考え られて い る が, それ 以前
は, フ ラ ンスを除
い て は,欧州諸
国,例
えばイ タ リ ア ・ポ ル トガル ・アイル ラ ン ド・ポー ラ ン ドな どは , 伝 統 的に移 民の供 給国だっ た(
Rea
&Tripier
,2003
,21
−22
)
。あるい は,
第
二次 大戦後
の フラン ス社会
学の主
要 な 関 心は, 労 働の発展
,機会
の平等
,諸 制度
の近 代化な
どにあ
っ た。労働 社会学
はテ イ ラ ー 主義
の人間疎外
を批判
し,消費 社会論
はす
べ て の ものが商品化
される問
題 を分 析
してい た。他方
で,産業
の発 展
は労働 者 階級
の ブル ジ ョ ア化
を もた らし,社 会 的
不 平等
は社 会的
移動
の 増大
に よっ て縮小
さ れ, さ らには 労働者 階
級 は その革命
的 なポ
テ ン シ ャル を 失 う と され た (Rea
&Tripier
,2003
,24
−25
)
。 これに加
えて,市
民的
平等
の実
現の た めに公共 空
間にお ける個 人
の属 性
は問わ ない もの とするフ ラン ス的共
和主 義
の伝 統 も,移
民 とい う問題
を 見 え無
くさせてい た 理由
の 一つ と考
え るこ と も で き る(
西 川他
,2005
,128
−129
)
こ うし た研
究 動向
の中
で は,移
民 問題 を主 題 とす る研究
は全 く不 在で あ り, そ れ は60
年代
の学
生 ・政治運動
で も 同様
で ,制度 改革
,女性
解 放 な どが 主 張 され る もの の移 民
とい うカ テ ゴ リー は周 辺的
な位
置 を占
めてい た。 ま た現 在で こそ, 「移 民 国家」 を 自称
する フ ラ ンス であ
るが,70
年 代 当初
は必 ず
しも外
国 人 労 働 者の 定住
を想定
し てい た わ け で は な かっ た。 当初
はあ くまで 「出稼 ぎ労 働 者」 と して , 比 較 的 短期
の滞在
を フ ラン ス社会
は想定
し てい た CI°)。234
日仏社会学会 年報第
17
号 (2007
年)以上の よ うな視
点
か ら考
え る とき, フラ ン ス が 「移
民受
け 入 れ 国」 で あ り, 日本 はそ うで はない と考 える以 前に , 我々 凵本の社会
学 者 には,す
べ き作 業
が あ るの で はないか と考
えること もで きる。 つ ま り, こ の問
題を 見 え無
く さ せ る要 因が かつ て の フ ラ ン ス社会学
にあっ た ことを考
え ると,同
じ よう
な 問題
の存在
を覆
い隠す要
因 が 日本
に もあるの ではない か。 こう
した視点
で,自
らの足場を再検討 をす
る必要
が あ るだ
ろ う。い
ず
れに して も, 上述
した状 況故
に, フ ラ ン スに おい て さ え移
民 を め ぐる研究
が登 場 す るの に 時 間 を 要 した。 こ う した点 を踏 まえ れば
, こ の問題
に関連
して とりわけ 世界
の注
目を浴 び
た 「ス カー フ問題」, こ の 問 題へ の トウ レー ヌ の主張
の理由
につ い て も理解 す
るこ とがで き る。労働
研 究 か らそ の学 問的
キ ャ リ アをは じめ,新
しい社 会
運動論
へ と展 開す る と共
に,社会学
の メ イン ス トリー ムを歩
い た 「共 和主義者
」 トゥ レ ー ヌ の中
に ,社会学
にお ける こ の 「フラン ス的
貧 困」 の典 型 的 とも言える例 を 見る ことがで き るだろ う。2004
年
,宗 教 的
シ ー ニ ュ をめ ぐる法 律 (
2004
年 法 )
が制 定
さ れ , 学 校におい て 自 らの宗 教 的信 仰 を表 明 する衣 服 を身に着 けるこ とが 禁 止 され たのは 周 知の こ とだ が, こ の法 律 は, イス ラム教の ベ ールを 学 校 か ら排除
する ことを狙っ た法律 と して , フラ ン ス内
外で多 くの 反 響を呼 び 起こ した。こ の法 律の制 定
委 員
会の メン バーだっ た彼
は,学校教育
に おい て 「ラ イ シ テ 」 を堅持
する ことの 必要 性を強 調 する。 多様な文
化が 互い に 理解 し合
うた め に は,文化
間の コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ンが必要
であ
り, それ を可
能
にす
る共通
の基盤
が不 可欠
であ
る。 そ し て, こ の共通基 盤
が 「ライシ テ 」 なのだ と,彼
は ルノ ー との対話
におい て ,以下
の よ うに述べ てい る。 トゥ レー ヌ ー 一他者
との コ ミュ ニ ケーシ ョ ン の 可能 性
は,私 たち が
他 者
と共
通の言 語(
langage
)
を共有
して いること
を前提
として い ます
。合
理的
思考
へ の信頼
と,普
遍的な個
人の諸権利
の承 認 とい う二 つ の基 礎に依拠
しつ つ , 近代
は,普
遍的な
そ して ラ イ クな諸基 盤
を しか るべ き場所
に据
え たの です。 そ して これが
,異 な っ た人 々の間の コ ミュ ニ ケーシ ョ ンを, 彼 らの市 民権 とい う基礎
に基
づい て、可能
に したの で移民 ・ゲッ トー問題と フ ラ ン ス社会理論の転換
235
す
。 この市
民権
を,その統
一性
に おいて考 察 す るの であ れ ば t 近 代 は その厳格
な側
面無
しに はあ りえませ ん。 とい うの も, これが
コ ミュ ニ ケーシ ョ ンを促す
べ く, コ ミュ ニ タ リズムを排除 す
る か らです
。 しか しな が らr 近 代の 内部に は ,そ してその厳格
な側
面 を越えた ところで,我
々は近代 化
の道
が複数 あ
る ことを認
め るこ とも出来 ます
。19
世紀
の 「先進
」諸
国は みな
,自ら
に固有
の特定
の形 態
をと
った普
遍主義
に依 拠
して いま した。 つ ま り, フラ ン スに とっ て は理性
,英
国にと
っ て は商業 的 自由
, イ タ リアに とっ てはロ ー マ的
遺産
ドイツ にと っ て は 民
衆
の本質
です
。(
Touraine
&Renaut
,2005
,16
−17
)
こ の トゥ レー ヌ の発 言につ い て検 討 する前に , 一 つ
確
認し て お き たい点
が ある。 そ れは,彼
の立場
を, 日本社会
から批判す
るの はあま
りに早計
であ
る こ とだ。 なぜな ら, フラン ス で起
きて い るこ の 問 題 は, 移 民 を 現に受
け入
れ て き たが故
の問題
で あ り, そ れ を現在
の 日本の 置かれ た 立 場 か ら批 判 する ことはで きない か らである。多様
な文 化
を内
包す
る社会
で あ るか らこそ,文 化 的 差 異 をつ な ぐコ ミュ ニ ケー シ ョ ンが 必要
であり, そ れ に はある共通
の基
盤を共有
して い な けれ ばな らない。 こ の 視 点 よ り 彼 は, 共和
主義
的 な伝統
の位相
に おい て市
民の平等
を擁護
し よ うとする。 トゥ レー ヌの主張が ,文 化 的多 様 性 を 擁 護せ ん が た めであるこ とは上の引
用か らも理解
で き よう。た だし
彼
の そ うし た肯定 的
な側
面を認め た上で,別
の面
か らの検討
も可能
である。 つ まり
,彼
の問題構成
が, 国民
国家
の枠組
みに留
ま る もの で あ るこ と も否
定で きない。 そ して,国民国家
の枠組
み を無批 判
に堅持
す
る限
りは, そ れは排除的
な原 理 を あ る 面で不 可 避的
に持
っ て し まう
。無論
national な枠組
みを有す
る ことを, その ま ま排
除 に直 結 させて しま うの は暴論
と も言
える。 しか し実
の ところ,ト
ゥ レ ー ヌ は自
らの社
会運 動論
におい て ,national な 利益 を引
き受
ける こ とが,社会運動
が もっ とも拡
がり
を持
つ条件
であ る と, パ リ ・ コ ミ ュ ー ンの例
を出
しつ つ述
べ てい る(
Touraine
,1978
=1983
,192
)
Qこ の
点
を,非常
に辛辣
な方法
で,次の よ うに解 釈 する こ と もで き る。 つま
り, 「フランス人のた めの フ ランス 」 とい う最 もnational な 利 害 を236
日仏社会 学会年報 第17
号 (2007
年)引
き受
け,実践
し たの が 国 民戦線
で あっ たのであ り, トゥ レ ー ヌの分
析
枠組
み は ,FN
の必 然性
を まさ に証
明 し て し まうの だと。無論
, これは彼 白身
の意
図に反 す る解釈
だ ろ うが … …。 ただ し, トゥ レ ー ヌ の社会
運動
理論
も, こ の ような観点
におい て再検 討
しな
おす必 要
があ
る かも
しれ ない 。 こ の 点 は留
意 してお くべ き だ と思 わ れる (H ) 。こ う した 論
点
におい て, 国民 国
家 とい う枠
組 み その ものを 破 棄 すべ き もの と して , あるい は現代
では も は や無効
な枠組
み と して捉
える論者
も い るが (西 川 ,2006
), しか し, 国民 とい う枠 組み を その総 体 におい て乗
り越
えるべ き かど
うか, この問い に は様
々な立場
が あ り うる し,簡単
な回答 は あ り得 ない。 いず
れに して も, こ の問題 を考 える に 当 た り, そ れ が持つ 排 除の 側 面につ い て確 認してお くこ とは無 駄で はない し,それ は国民 国家
の肯定的
な側
面を保持 す
る た め に も,不 可欠
な作業
で ある は ず だ。 とい うの も, 現在
の 日本
で もす
で に, こ の 「国 民」 という
カ テ ゴ リーが 持つ 「排 除」 の側 面 が 問題 化 してい るか らである。これ は
先述
の宮 島
らが感
じた 「パ ラダイ ム転換
」 に係
わ る もの で ある。彼
は, 日本
に お け る外
国籍児
童の不 就学
問題
を調
査 する に当
た り, 日本
国憲 法
や教育
基本法
が定
める 「国民
の教育
を受
ける権利
」 の保 証
が, 他方
で, 日本
国籍
を有
しない児
童の教 育
の権 利
につ い ては曖昧
な ま まに し て しま う現実
を 指 摘 して い る (宮 島
他 編 ,2005
,30
−40
) 。 つ ま り, 日本
国籍 を 有 す る児 童につ い ては, 教育基本法
に基
づ き その権 利
が無条件
で与
え られるが,外
国籍就学
生の場 合
は,教育委 員会
の認可
を経
るな ど曖
昧
な形
を とっ てい る。無 論
,実 際
の教 育現 場
で は,法 的規
定 が その ま ま適 用
され るこ とは ない だ ろ う。 そ れ よ りも, 学 校の受 け 入 れ体制
に不備
が あ り, そのた めに 日本
語に 問題 が あ るこ とがい じめ や学業
上の挫折
につ な が る, あるいは学級
・授業 運営
に お い て 「お荷物
」 に されて しま うな どの方
が,実 際
にあ る問題 だ ろ う。 し か し, こうし た問題
が と りわ けニ ュ ー カマ ー の外
国 人に か か わ るこ とを考
え る と, 「法
的に曖 昧 な 存在
で あ る 」 とい うこ とだけ で, 彼 らを 学 校 教 育の 過 程 か ら遠ざ
けるには 十分
な効 力 を 持つ はず
だ。 こ の よ うに して,nation概念
が持
つ 「排 除
」 の側 面 が, 現 在の 日本社 会において も顕 在化
しつ つ ある こ と は知
っ て お くべ きで あ ろ う。移民 ・ゲッ トー問 題 と フ ラン ス社会理論の転換