ジャン・ボードリヤールの
写真実践におけるアメリカの砂漠
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査読論文
ジャン・ボードリヤールの
写真実践におけるアメリカの砂漠
森田 塁
もりた るい 立教大学大学院 現代心理学研究科映像身体学専攻博士課程後期課程 映像研究・映像身体学
序論
「私の写真はアメリカの砂漠ではじまった」とジャン・ボードリヤールが言う とき
1、それはどのような意味だろうか。知られているようにボードリヤールは テキストの執筆と並行して自ら撮影した写真を発表し、キャリアの後期には写真 家として紹介されることさえあった。ボードリヤールは 1970 年代から 1980 年代 にかけてアメリカの各地を旅行し、その際に写された写真は写真集や展覧会で発 表されている。しかし「私の写真はアメリカの砂漠ではじまった」という発言は、
単に砂漠を彼の写真の被写体としたことを意味するのではないだろう。ボードリ ヤールは訪れた地で様々な対象を写したが、砂漠を集中的に撮影した形跡はな い。それゆえこの言葉は、写真による実践を行う起点において、アメリカの砂漠 の経験が何らかのインスピレーションを与えた事実を表すものとして読まれるべ きであろう。このように考えたとき「アメリカの砂漠」は、現実の場所であると 同時に、一種の概念として理解される。
ボードリヤールの写真実践はテキストと密接な関係を持つ。彼は写真について 多くのテキストを書いたが、写真実践と響き合うのは、これらの「写真論」に限 られない。むしろ直接写真に言及していないテキストを読むことこそが、写真実 践の原理を浮かび上がらせるのではないか。こうした考えから既に筆者は、ボー ドリヤールの写真の主要なモチーフを壁と設定し、彼のメディア論及び象徴交換
1 アンヌ・ソヴァージョによる1999年のインタビューでの発言から(Sauvageot 2014)。
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の概念との関係から見ることを論じた
2。本稿は、ボードリヤールが 1986 年に発 表した Amérique ( Baudrillard 1986=1988 )
3の読解を通じて、彼がアメリカの砂漠 をいかに経験したのかを辿る。そしてその経験から生まれた思考をもとに、彼が 写真による実践をどのように開始し、また展開したのかを描き出すことを目的と する。
1 Amérique まで
1.1 詩的言語
まず Amérique に至るボードリヤールの仕事を概観しておく。フランスを活動
の拠点としていたボードリヤールがアメリカに向かったのは、自らの思想的課題 を転換した時期と重なる。先行する研究で、その思想的課題は概ね三つのターム に整理されている
4。共通するのは『物の体系』 ( Baudrillard 1968=1980 )から『象 徴交換と死』 ( Baudrillard 1976=1982 )までを、社会学的ないし記号論的なテキス トと理解した上で「初期」とし、「誘惑」 「シミュレーション」をキー概念として思 考を発展させる『誘惑論序説―フーコーを忘れよう』 ( Baudrillard 1977=1984 ) 以降を「中期」とする区分である。本稿も基本的にこの枠組みを共有するが、
Amérique の読解を中心的な課題とするとき、初期から中期への転換と同時期に
起こる著述スタイルの変化に着目した上で、彼の活動を貫く実践的動機を見出し たい。 1991 年のインタビューで「自身の仕事はどの分野に属すと思うか」との質 問に、ボードリヤールは次のように述べている。
私は特に詩に関心があり、三十六か三十八になるまで理論を書こうとはし なかった。 最近私の文章のスタイルに断絶があった。 私は理論と断絶して Cool Memories のような文章を再び書くようになった。 1980 年から 1985 年 までの五年間のアメリカへの旅行の記録であるその本のリズムとスタイル
2 森田(2018)を参照されたい。
3 以下フランスでの出版について原題で表記。第2節以降の引用は翻訳を元にした。
4 難波江(2012)での、「1.1960〜1970年代末」「2.1980年代初〜1980年代末」「3.1990年代〜2000年代」、水原(2014)で の、「前期〔1968〜1976〕」「中期〔1977〜1986〕」「後期〔1990〜2007〕」の区分を参照。
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写真実践におけるアメリカの砂漠
021 は、私の理論的な作品とは別のものだ。( Smith and Clarke 2015: 47 )
5この発言の「理論」は、『物の体系』から『象徴交換と死』までの初期の仕事を指 すと思われるが、ボードリヤールはこうした初期の著述スタイルからの移行を断 絶と語る。さらに「理論以前」における詩的言語への関心を明らかにすることで、
むしろ理論の仕事の方が例外であったかのような印象さえ与えている。自らを説 明しようとする言葉をどの程度事実そのものと理解すべきか、一定の留保は必要 である。しかしボードリヤール自身が活動の根本に詩的言語を位置づけているこ とは、その仕事の全容を考える上で重要だと思われる。そして 1970 年代後半か ら進行していた詩的言語への関心の昂まりは、 Cool Memories と題されたエッセ イのシリーズ及び Amérique において、理論の仕事と比較して極めて散文的と読 めるような著述スタイルとして実践される。 1987 年のインタビューでは、次の ように発言している。
Cool Memories は、 1980 年に始まり今年〔 1987 年〕まで続いた日記の一種
だ
6。 Amérique はその一部だったが、他よりも鋭いものがあったので切り
離された部分だった。(…)私の執筆は変わった。 1979 年から 1980 年にか けて De la séduction を出版した時点で、私は Cool Memories と Amérique に なるものを、あまり理論的でなく断片的な方法で書いていった。( Smith and Clarke 2017: 66-67 )
Cool Memories がシリーズとして、ほぼ晩年まで継続された事実を知る現在か
ら見れば、ボードリヤールにとって詩的言語による実践とは、一時の傾向ではな く彼の執筆に通底する姿勢だったと考えられる。そしてこの実践を規定するの は、著述スタイルにおける断片性である。このように Amérique の読解は、ボー ドリヤールの転換を著述スタイルと詩的言語の問題において明らかにするだ ろう。
5 以下インタビューの発言は拙訳。
6 Cool Memoriesは2004年まで継続されて、5冊の書籍として発表されるが、このインタビューの発言から、当初は 必ずしもシリーズとして計画されていなかったことが推測される。
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1.2 アナグラム
ボードリヤール自身は『象徴交換と死』で、アナグラムの問題として詩的言語 を論じた。アナグラムとは、元々は単語の文字を入れ替え別の単語を作る一種の 言葉遊びである。フェルディナン・ド・ソシュールは、古典詩から十九世紀のラテ ン詩までを対象とし、さらに文字ではなく音を単位とすることで、これらの詩に 共通して適用される詩作の技法を定式化しようとした。それは「〈テーマ−語〉の 音的要素が分解されたかたちでテクスト中に散在する現象」とまとめられる(ス タロバンスキー 2006: 217 )。最終的にソシュールは、詩作を行う者にとって意識 的な行為だという確証が持てなかったため、アナグラムの仕事を中断したとさ れる(丸山 1981: 174 )。ボードリヤールは、初期の仕事の中心である記号の問題 と象徴交換の概念との関係において、この「ソシュールのアナグラム」を再解釈 する。
ボ ー ド リ ヤ ー ル は 最 初 期 の 仕 事『物 の 体 系』 『消 費 社 会 の 神 話 と 構 造』
( Baudrillard 1970=1979 )において、現代社会で大量に生産される物とそれを規定
する体系(システム)を考察した。『物の体系』の結論部では、「消費される物に なるためには、物は記号にならなくてはならない」 ( Baudrillard 1968: 277=1980:
246 )と書き、商品としての物が記号として流通する事態を描き出す。この考察 を経て 1972 年に発表された『記号の経済学批判』 ( Baudrillard 1972=1982 )では、
未開社会の交易を参照しつつ、物=記号の体系を相対化し乗り越えるべく、象徴 交換の概念を提示する。そして 1976 年の『象徴交換と死』には、この概念化され た象徴交換の原理を、現代社会の様々な場面に見出していく実践的側面が見られ る。ここでは詩的言語もまた、言語の体系を構成する原理とは異なるはたらきと して捉えられるのだ。
言語活動の領域中にも、象徴交換のモデルが、反・経済学の中核としての 何かが、価値と掟=法を根絶する場が存在している。それが詩的言語だ。
言語活動の経済学を越えた反・言説性のこの場において、根本的な発見と なっているのが、ソシュールの「アナグラム」である。( Baudrillard 1976:
285=1982: 396 )
このようにボードリヤールは言語活動における象徴交換を見出す過程で、ソ
シュールのアナグラムを詩的言語一般の可能性として転用する。ソシュールに
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023 よってアナグラムが「慣習的・閉鎖的言語コードと記号関係の制約からの逃避も
しくは解放」と考えられたにせよ(丸山 1981: 172 )、言語コードを規定する体系 自体を覆す意味は与えられていない。対してボードリヤールはアナグラムを、言 語の体系を破壊する行為として再解釈するのだ
7。彼は通常の言語活動を、意味
=価値の生産及び蓄積と捉える一方で、詩的言語を「ある厳密な過程にしたがっ て、そこには何も残らないようにすること」と考える。この「厳密な過程」とは、
ソシュールが考察したアナグラムの〈テーマ−語〉の分解という性質であり、こ の性質については次のように展開される。
記号表現がバラバラの部分に変身するこの過程は、本来の記号表現の死、
記号表現の無への回帰に等しい。結局、アナグラムのなかにあるのは、記 号表現とそれを具現化する名前の平面でいえば、供犠における神殺しや英 雄殺しと同じものだ。( Baudrillard 1976: 290-291=1982: 405 )
この箇所で〈テーマ−語〉の分解は、記号表現の「死」 「無への回帰」と言い換 えられる。記号表現つまり特定の語がテキストの中で解体されることは、本来の 意味の無化、価値の消尽をもたらす。ゆえにボードリヤールが構想する詩的実践 とは、意味=価値の連なりとしてのテキストを、アナグラムとしての詩的言語に 転換する試みであり、彼の象徴交換の概念に関わる実践として位置づけられる
8。 このように Amérique の詩的言語の実践は、テキストの断片性という形式的な面 のみならず、理論の仕事で練り上げられた概念の実践として捉えられるべきだろ う。さらに本稿の出発点である「私の写真はアメリカの砂漠ではじまった」とい う発言もまた、この詩的実践と接続して考察されるべきではないか。次節では、
以上の問題設定のもとに Amérique を読解する。
7 ボードリヤールはこうした「再解釈」について「アナグラム4 4 4 4 4のソシュールを、言語学のソシュールに、またアナ グラムについての彼自身の狭い仮説にさえ、対決させなくてはならない」と『象徴交換と死』の冒頭で宣言する
(Baudrillard 1976: 8=1982: 8)。
8 本稿では考察の対象としないが、ボードリヤール唯一の詩作品とされるL’Ange de Stuc(Baudrillard 1978)は、前 後の著書と断絶した余技と理解されるべきではない。『象徴交換と死』にはL’Ange de Stuc〔日本語訳「漆喰の天使」〕
の題を持つ論考が収録されており、このテキストで「漆喰」は、シミュラークル論の基点となる重要なモチーフとな る。またマイク・ゲインはこの詩作品でアナグラムの規則がいかに機能しているか、検証している(Gane 1991)。
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2 Amérique
2.1 移動撮影
ボードリヤールは 1970 年に初めてアメリカを訪れて以来、複数回の長期滞在 をし、また北米大陸を横断する旅行をした
9。この異国での経験から Amérique と いうテキストが生まれたことは間違いなく、彼自身の発言でも語られていたよ
うに、 Amérique は一種の旅行記として理解できる。全体は「ヴァニシング・ポイ
ント」 「ニューヨーク」 「恒星たるアメリカ」 「現実化したユートピア」 「大国の終 わり?」 「砂漠よ永遠に」の六つのテキストから構成されるが、序章に相当する
「ヴァニシング・ポイント」の冒頭の断章は、 Amérique という旅行記における、自 らの記述の方法を示す部分として読むことができる。
限りなく連なるテキサス州の丘とニューメキシコ州の山々とがもたらすノ スタルジー。高速道路から見下ろす眺め。クライスラー車のステレオで聴 く超ロングヒット曲、そして熱波―これらを伝えるには、その場その場 で撮った写真だけではもう不十分である。音楽や耐えがたい暑さをも含め てその全行程をリアルタイムで撮影し、自宅の部屋を暗くしてその映画を 余すところなく何度も繰り返し映写する―こうして、高速道路と距離と がもたらす不可思議な魅力、また砂漠のなかでのよく冷えたアルコール飲 料と速度とがもたらす魅力を繰り返し味わい、自宅のビデオデッキでそれ をすべてリアルタイムで再生する―必要があろう。それは単に思い出に 浸るという楽しみのためだけではなく、ばかげた繰り返しによる魅惑が既 に旅行の抽象作用のうちにあったからでもある。砂漠の広がりはフィルム の永遠性にこのうえなく類似しているのだ。( Baudrillard 1986: 9-10=1988:
3 )
Amérique の記述は、映像メディアによる記録の比喩ではじまる。「全行程をリ
アルタイムで撮影し」と書かれる部分からは、ムービーカメラを手にしたボード リヤール自身の姿を想起するが、実際には彼はこうした映像による記録を行なっ ていないだろう。この「リアルタイムの撮影」は、眼前の対象を可能な限り判断
9 1970年代から1980年代にかけてのアメリカでの活動については、Lotringer(2013)を参照した。
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025 なく記述する、自動筆記と言えるスタイルを示す比喩として読める。そして撮影
された映像は「自宅のビデオデッキでそれをすべてリアルタイムで再生する」と 書かれる。この撮影−映写のフィードバックは、もちろん現実にはあり得ない状 況だ。しかし映像メディアによる記録が手軽になり、ほとんど無意識の行為と なった現代の旅行者の姿の半ば戯画的な描写として読むこともできる。こうした
表現は、 Amérique がテキストによる視覚的イメージを描き出す試みであること
を予告するとともに、この記録=記述が自動的かつ持続的であることを示して いる。
そしてこの映像メディアによる記録の比喩において、映像(ムービー)と写真
(スチル)が区別される点に注意しておきたい。 Amérique における旅行の記録は
「写真では不十分」だとされる。求められるのは、目の前の対象を判断なく捉え る自動的かつ持続的な記録=記述であるから、写真という媒体の、任意の一点か ら瞬間を切り出す性質とは区別されるのだ。ボードリヤールはこの Amérique の 記述の方法を〈純粋な移動撮影〉
10という語で表現する。以降「ヴァニシング・ポイ ント」は、サン・アントニオ、ソルト・レーク・シティー、モニュメント・ヴァ リー……、と断章ごとに具体的な土地の名前を挙げながら、その場所の印象を 光景として描き出す。その連続−並置的な光景の描出は、確かに〈純粋な移動撮 影〉という語が表す Amérique の記述の方法だと考えられる。
2.2 砂漠と都市
ではボードリヤールは〈純粋な移動撮影〉という方法によって、何を、どのよ うに描き出すのか。先の引用箇所には「砂漠の広がりはフィルムの永遠性にこの うえなく類似している」と書かれており、 Amérique の記述=記録と繋がりを持つ 対象が砂漠であることが示唆されていた。収録された六つのテキストの中で最初 に発表された「砂漠よ永遠に」は
11、題名の通り砂漠を考察の対象としており、同
時に Amérique の思考の基点と考えられる。以下では「砂漠よ永遠に」の読解を通
じて、ボードリヤールの砂漠の経験を辿る。
10 「純粋な移動撮影にとって観光旅行あるいは余暇以上に無関係のものはない。それゆえ、純粋な移動撮影は、砂漠の 平凡な広がりのなかで、あるいはやはり砂漠的な、中心都市(…)の平凡な広がりのなかでもっともうまく達成され る。またそれゆえにこそ、純粋な移動撮影は、肉体の脱属領化がなされるすばらしい形態としての酷暑のなかで、最 高に達成されるのである」(Baudrillard 1986: 24=1988: 15-16)。
11 「砂漠よ永遠に」は、Amériqueに先立ち、ボードリヤールが編集に関わる雑誌Traversesにおいて、1980年に発表 された(Baudrillard 1980)。
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私は、アメリカの砂漠、そして砂漠ならざる都会について語っている
……。オアシスはなく、歴史的建造物はなく、無機物と高速道路との果て しない移動撮影がある。どこも、つまりロサンジェルスあるいはトウェン ティ・ナイン・パームズ、ラスヴェガスあるいはボレゴ・スプリングス……
もそうだ。( Baudrillard 1986: 241=1988: 200 )
この部分でも移動撮影という言葉が書かれ、それが光景を描き出す原理である ことが示される。しかし「砂漠よ永遠に」では、光景の描出は端的な連続−並置 に留まらない。具体的な土地の名前が次々に書かれながらも、これら複数の場所 が「砂漠」と「都会」という、対になる光景として抽象されている点に注目したい。
砂漠と都市はその区分を保持しているのだが、自然/文化といった既成の概念を もとに理解されるのではない。むしろ二つの光景は、通じ合うものとして見ら れる。
(…)休む間のない、無関心な都会においても、バッドランドの完全な静 けさのなかにも、同じ野生がある。なぜロサンジェルスには、またなぜ砂 漠には、それほど魅惑的な力があるのだろうか。そこでは深さというも のがすべて分解されているからである―輝かしくて不安定でかつ表面 的な中立性、感覚と深さへの挑戦、自然と文化に対する挑戦であり、今 や起源を持たず、参照基準をもたない、かなたのハイパー空間なのだ。
( Baudrillard 1986: 241-242=1988: 200-201 )
ボードリヤールはロサンジェルスという都市とバッドランドの砂漠に、同じ
「野生」を見る。彼は自然もまた文化の一部として認識する西欧世界に視座を置
きながらも、そうした二項対立の外部に、アメリカの「都会」と「砂漠」を見るの
だ。そして二つの光景を通じさせる魅惑的な力の源を、「深さ」の「分解」、「表面
的な中立性」、「感覚と深さへの挑戦」、「自然と文化に対する挑戦」といった表現
を通して理解する。ここで深さと対比される概念として「表面性」を設定するな
らば、ボードリヤールが感受する野生は、表面性に結実する。この表面性は、西
欧からアメリカに渡ったボードリヤールによって、或る光景を自然または文化と
いう意味として読み解いてしまうことへの抵抗として提示されていると考えられ
る。「砂漠よ永遠に」はこれ以降、都市と砂漠という対になる光景それぞれに、こ
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027 の表面性を見て取ることを導きとして考察を進めていく。まずはボードリヤール
が都市をどのような光景として見たのか、以下のテキストに読んでみたい。
ロサンジェルスにおいては、エレベーターでも地下鉄でもない。垂直性で もアンダーグラウンドでもなく、雑然とした人込みでも集団でもなく、街 路でも正面でもなく、中心地でも歴史的建造物でもない。そうではなく て、幻想的な空間、断片的な機能すべて、序列づけのない記号すべての、
はかない不連続的な継起―これが、無感動の夢幻境、冷やかな表面の夢 幻境、純粋な広がりの力強さ、砂漠のなかでも見られる力強さなのであ る。( Baudrillard 1986: 244-245=1988: 203 )
ボードリヤールの記述は、都市の魅惑の源を探るために、対象をなぞるように 見つめる視線を想起させる。無機質さや歴史性の欠如が力強さとして感じられる という記述は、二十世紀前半にシュルレアリストが都市に向けた眼差しを思わせ もする。しかしボードリヤールが都市を見る視線は、具体的な個々の事物に魅惑 的な力を見出さない。むしろこの視線の滑らかな移動の方に魅惑の秘密があるか のように、眼前に現れる諸々は「序列づけのない記号」として、「冷やかな表面」
を構成し、光景の広がりを作り出していく。この記述から、彼が西欧の都市とは 異なるアメリカの都市を、背後に文化や歴史といった意味=深さを抱えるもので はない記号の現前として見たことが読み取れる。その膨大な記号の現前が表面性 として感受されるのだ。そしてこの都市の光景は「純粋な広がりの力強さ」にお いて、砂漠の光景と近づけて見られる。
砂漠的形態のもつ力強さ、それは、砂漠における痕跡、都市において記号 によって意味されるもの、身体におけるあらゆる心理、これらのものの消 去である。動物的かつ形而上学的な魅惑、広がりのもつ直接的な魅惑、乾 燥と不毛とがもつ内在的な魅惑なのだ。( Baudrillard 1986: 245=1988: 203 )
砂漠に身を置いたとき、視界には意味を読み取られるべく存在するものは何も
ない。砂漠とは端的に記号が消滅した場所と言える。砂漠以外の地理的条件に
おいて、自然の事物に見出されるはずの時間の痕跡もまた、砂漠には存在しな
い。たとえば動物の足跡でさえ一瞬で風に消される。それゆえ砂漠とは、意味が
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刻まれることのない場所であり、都市とは異なる点で、絶対的な表面性の空間だ と考えられる。さらにこの特異な光景は、他のあらゆる光景に無意識に記号を受 け取り、その記号に意味を読み取っている事実を、その陰画として突きつけるだ ろう。
ボードリヤールはこの表面性において、アメリカの都市と砂漠とを通じるもの として見るのだ。しかしこうした光景の描出に続く「カリフォルニアの光景」で は、これまでのアメリカの都市/砂漠の光景とも、〈純粋な移動撮影〉による光景 の連続−並置とも異なるイメージが提示される。
カリフォルニアの神秘的な力は、極度の分断と、砂漠やフリーウェイや大 洋や太陽という景観、ハイパーリアルなシナリオに包まれた気の遠くなる ような流動性とが、このように混じりあっている点にある。他のいかなる 場所においても、根底的な無文化とこれほどの自然美との、自然の驚異 と絶対的シミュラークルとの、こうした衝撃的な結びつきは存在しない。
( Baudrillard 1986: 245=1988: 204 )
この部分で都市と砂漠は混ざり合い、テキスト上でひとつのイメージとして表 現されている。ここまでの Amérique の記述から、このイメージの「合成」は、光 景における意味を宿す記号の不在つまり表面性の思考が準備したものだと考えら れる。「自然の驚異」 「絶対的シミュラークル」は、それぞれに特異な表面として の光景を描かせた。そして二つの光景が結びつけられた結果として生成される
「カリフォルニアの光景」は、 Amérique の原光景と言えるイメージとなる。「砂漠 はもはやひとつの光景なのではない。その他すべてのものの抽象作用の結果もた らされた純粋形態なのだ」 ( Baudrillard 1986: 247-248=1988: 205 )という記述がそ れを表している。
「砂漠よ永遠に」の最後に書かれるこの〈砂漠〉とは、都市と対になる単一の光
景のことではない。もちろん地理的条件を指す語でもない。〈砂漠〉とは、意味を
宿す記号が存在しない、表面性自体としてのイメージを表す概念である。そして
この〈砂漠〉こそが、本稿がその出発点に設定した発言の「アメリカの砂漠」が示
すものではないだろうか。
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029 2.3 砂漠と写真
ここまで Amérique の主題と考えられる〈砂漠〉について考察してきた。ではこ
の考察を踏まえて、本稿の冒頭で挙げた「私の写真はアメリカの砂漠ではじまっ た」という発言を、いかに解釈できるか。言い換えれば、 Amérique で描き出され た〈砂漠〉は、写真の撮影とどのように接続されるのか。ボードリヤールのイン タビューの発言は、以下のように続く。
砂漠は私が写真をはじめたところだが、私が撮影した写真はポストカード のようで、まったく良いものではなかった。しかしそれが意味するのは砂 漠の真実であり、言い換えれば、同じイメージの中にある空白には、何か が起こる可能性がある。通常、強烈な光源のような主体によって対象はつ ねに見えなくなっている。そのため主体をフィルタリングして対象を解読 し、別の魔術を生じさせる必要がある
12。( Sauvageot 2014: 67 )
発言の前半部分から、まずはボードリヤールがカメラを手にした初期に砂漠に 向けてシャッターを押し、写真に収めることを試みたことが理解される。ただし その事実について、 Amérique では言及されない。この発言で「ポストカードのよ うな写真」の位置づけは両義的である。ポストカードとは、取るに足らないあり ふれたイメージを示しているだろう。彼は自らが撮影した写真を、そうした多く の人があらかじめ持つ印象を追認するようなイメージとしか見ることができな かったと推察される
13。少なくともその写真は、彼の砂漠の経験を映し出すもの とは捉えられなかった。このように自らが撮影した写真に対して、一旦は否定的 な評価が与えられる。
しかしボードリヤールは、写真のイメージには「何かが起こる可能性がある」
とも述べる。前節で見たように、ボードリヤールは理論としてのテキストを書く ことの先に、記号表現を解体することにより意味=価値を消尽させる詩的実践を 構想した。この延長線上の Amérique は、西欧世界が抱え込む意味=深さに対す
12 発言の後半部分の訳は、「写真の対象物と魔術」について同じ表現で書かれた『不可能な交換』収録の「写真あるいは光 のエクリチュール―文字どおりのイメージ」の該当部分を参照(Baudrillard 1999: 177=2002: 201)。
13 前掲したTraversesのほか、Lotringer(2013)が収録されたJean, Baudrillard et le Centre Pompidouにも、作 品として発表されていない写真が収録されており、このうち3枚はアメリカの風景を写したものである。遠景から写 した砂漠やハイウェイの光景は「ポストカード」のようにも見え、ボードリヤールが発言中で念頭に置くのは、こう した写真であると推察される。
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る抵抗として、表面性としてのイメージを描き出す試みであり、その到達地点が
〈砂漠〉という概念である。同時に「すべてのものの抽象作用の結果もたらされた 純粋形態」とされる〈砂漠〉は、あらゆる場所のあらゆる事物を
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4〈砂漠
4 4〉として見
4 4 4 4る
4ような思考を導くだろう。この展開を踏まえたとき、写真というイメージの創 造においても、基盤にはこうした実践的動機が想定される。つまりボードリヤー
ルは、 Amérique のテキストで描き出した〈砂漠〉を、意味を宿す記号に満ちたイ
メージの体系に対する、別のイメージを生み出す原理と捉えたのではないか。そ してその実践の可能性は写真のイメージの「空白」、つまり意味の不在に見出さ れるのだ。引用箇所後半の「強烈な光源のような主体」とは、イメージに意味を 生じさせる源であると考えられる。その主体の能力を制限することで、写真しか なし得ない「魔術」が構想される。
ゆえにボードリヤールの写真実践のはじまりにおいて、地理的条件としての砂 漠自体は撮影の対象とならない。目指されるのは、概念としての〈砂漠〉を写真 で表現することであり、言い換えれば、写真というイメージの創造行為におい て、その画面から意味を消滅させることである。しかしそれは、何を
4 4/どのよう
4 4 4 4に
4、写すことによって可能となるのか。彼の写真実践のはじまりに設定されるの はこの問いである。次節ではボードリヤールが撮影した写真を見ることを通じ て、その問いがいかに展開されたのかを考察する。
3 Passage
3.1 AmériqueとPassage
ボードリヤールが写真を自らの表現とする過程を見る上で、本節では一つの
書物を参照したい。 Amérique と同じ 1986 年に出版された Passage ( Bonnal and
Baudrillard 1986 )は、マリテ・ボナル( Marité Bonnal )とボードリヤールの共同
で発表されたフォト・エッセイと呼べる形態の作品である。ボナルは五つの部分
からなるテキストを書き、テキスト中にはボードリヤールが撮影した写真が挿入
される。題材は二人のアメリカ旅行である。ボナルの文体は端的な記録のようだ
が、散文的で脈絡が把握しづらく、フィクションとも読める。冒頭でボードリ
ヤールとおぼしき「 J 」と呼ばれる人物と「私」の旅行であることが示されるが、二
人は途中から行動を別にする。そしてテキストに書かれた事象と写真に映る対象
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031 は、作品中盤以降、直接的な関係を持たない。
アラン・チョロデンコは『ボードリヤール・ディクショナリー』の「写真」の 項目で、ボードリヤールがこの撮影をきっかけにカメラを自らの表現の道具と し、またその成果として展示を行ったとして、 Passage を彼の写真実践の起点と する
14。インタビューでは「 1980 年代初頭の訪日の際にカメラを贈られた」という エピソードが語られることが多いが
15、この事実は彼がカメラを手にした経緯で あるにせよ、写真による実践をはじめた動機については教えない。 Passage を写 真実践の起点とすることに正当性があるのは、ボードリヤールが公に写真作品を 発表した最初の機会だったことに加え、題材とされる旅行が Amérique のそれと 重なる点である
16。本稿ではボナルのテキストの内容までを考察の対象としない が、ヨーロッパからアメリカに渡り、ネバダ、サンディアゴなどを巡り、ニュー ヨークに滞在する行程を知れば、ボードリヤールの複数回のアメリカ旅行のいず
れかを Passage の題材と考えるのは自然である。 Amérique というテキストが生み
出される、まさにその最中に撮影された Passage の写真には、 Amérique で描き出 された〈砂漠〉が、何らかの形で表されているのではないか。以降はこれを仮説 として、チョロデンコが指摘する史実の確認としてではなく、 Passage の写真を 見ることから、ボードリヤールが Amérique の〈砂漠〉という概念を、いかに写真 実践において展開させたのかを読み取るべく考察を行う。
Passage に収録された写真は全部で十六枚ある〔[図 1 〜 16 ]〕。写真はすべてモ
ノクロだが、[図 9 ]がカラーで表紙に使用されている点や、[図 1 、 3 ]がのちに 彼の写真集にもやはりカラーで収録されていることを知れば、これらの写真す べてがカラーフィルムで撮影されたと考えられる。写真にクレジットはなく、
Passage 全体の七十二ページ中に点在するように挿入されている。テキストとの
関係から十六枚の写真を三つのパートに区分した上で〔パート A 〜 C と指示〕、以 下で詳しく見ていきたい。
14 チョロデンコはこのPassageに対する言及とともに、主に理論的側面からソフィ・カルによるSuite vénitienne/
please follow me〔邦題『ヴェネティア組曲』〕の重要性を指摘する(Cholodenko 2010: 155)。この原著にボード リヤールはテキストを寄稿しているが、その装丁やレイアウトはPassageに類似している。Suite vénitienne/
please follow meがPassage及びその後の写真実践に影響を与えたことも想像される。この問題に関しては、別 の機会に検証したい。
15 例えばニコラス・ツールブリェックによるインタビューの発言(Zurbrugg 1997)を参照。
16 ゲリー・ゲノスコはPassageについて以下のように書く。「写真とボードリヤールの問題において、Amériqueと同 じ年に書かれ、同じ旅行の行程であるマリテ・ボナルのPassage(1986)を読むことができる。これは少なくとも最 初は写真家として行動していたミステリアスな「J」が鍵となる小説である。彼は砂漠に興奮し魅了され、そして砂漠 に姿を消す」(Genosko 2001: 11)。
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図1
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図9
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図15 図16
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写真実践におけるアメリカの砂漠
033 3.2 マネキンの写真
まずパート A の[図 1 〜 3 ]の三枚は、最初のテキスト「 USA TRAVELLING 」に 挿入されている。[図 1 ]は、走る車からハイウェイとロードサイドの風景を写し ており、テキストのニューヨーク空港の記述と並置されることで、アメリカとい う異国に降り立った二人が移動する場面が想起される。[図 2 、 3 ]も同様に横位 置で風景が写されている。おそらくは車内から写されたであろう光景は、都市か ら都市へ移動するこの旅行のはじまりを予感させ、 Passage という作品の導入部 と読み取れる。
次にパート B は、三つのテキスト「 NEW YORK TOUCH 」 「 SHOCK CORRIDORS 」
「 SHOW GIRL 」に挿入される。[図 4 〜 14 ]の十一枚は、室内や街路などの様々な
場所で写されている。パート B で印象的なのは、九枚の写真に映るマネキンであ る。十六枚の写真の中でも十枚に現れるマネキンは、 Passage の写真全体におい ても主要な対象物(モチーフ)であるように思われる。このマネキンの写真をど のように解釈できるだろうか。
マネキンとは何か。それを肉体の模造とひとまず定義できる。ボードリヤール の写真に映るマネキンは、基本的にいずれも人体のスケールに忠実な模造だが、
これらの存在は通常あまりにも自明で意識することのない、肉体と物体の差異を 顕在化するだろう。こうしたマネキンが肉体を模すのは、消費の欲望に基づく視 線を集めるという機能の限りにおいてである。言い換えれば「見られるための表 面としての肉体」がマネキンなのだ。
こうした考察と呼応するように、ボードリヤールは『象徴交換と死』で、モー ドの現場や広告に流通する肉体について書いていた。 そこで肉体は、「モノ
〔 objets 〕の領域と同じ、 記号/交換の構造的用具に組みかえ」られて、「経済
学の場合と同じ機能と戦略をもつ過程にとりこまれている」 ( Baudrillard 1976:
155=1982: 212 )と見做される。さらにこの物としての肉体という発想について
「二次的裸体」というテキストでは、記号と表面性という点から以下のように記 述される。
「デザインされ、指示された」この裸体は、みずからが織りなす記号の網
の目の背後に何かが存在することを暗示したりはしないし、もちろん肉体
そのものの存在を感じさせることもない。(…)現代の肉体は、空気を入れ
るとふくらむ人形によく似ている。これは、『リュイ』誌のユーモラスな連
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続写真にとりあげられたテーマだ。ストリッパーがつぎつぎに服を脱いで いって、最後の見せ場にくると、へそを抜きとる。すると空気が抜けて、
彼女の肉体はあっという間にペシャンコになってしまい、舞台にはわずか ばかりの皮膚の塊が残される―。( Baudrillard 1976: 162-163=1982: 222-
223 )
このテキストで「現代の肉体」は、視線を惹きつける機能という「記号の網の 目」によって織り成された、肉体の厚みや温かさを感じることのない人形として 描き出されている。ボードリヤールはこうしたフィクショナルな記述を通じて、
肉体を物の方へ引き寄せる。初期の理論の仕事で示された物=記号の体系に例 外はない。肉体が物として捉えられるとき、私たち自身もまた肉体であるのだか ら、「消費される物になるためには、物は記号にならなくてはならない」という原 則からは逃れ得ないのだ。この考察を踏まえたとき、肉体の意味=深さを捨象し て消費の記号に満ちた表面に還元されたマネキンは、肉体を物=記号として論じ ようとする彼の思考を反映した対象物だと考えられる。
しかしボードリヤールの写真は、マネキンを単に提示するのではない。パート B の写真を詳しく見てみたい。過剰な装飾のコスチュームを着せられた[図 4 、 5 ] は、対象物の目の部分が隠され表情が読み取れないこともあり、写真を見る限り ではマネキンか人間かの判別が難しい。[図 4 ]の中央に映る対象物の右腕の付け 根に接合部があるため、辛うじてそれをマネキンとして見ることができる。また
[図 6 ]は、通りからショーウィンドウの中を撮影したのだろうか、手前のガラス が反射し背後の風景が映り込むことで、頭部ではなく腕や腹部に視線が向かう。
その露出した曲線は生々しく、マネキンの表面は一瞬肌のようにも見える。そし て壁の隙間からメイクの施された頭部だけが覗く[図 9 、 10 ]に至ると、対象物の 情報が極端に制限されていることによって、写真を見ることからはマネキンであ るか人間であるかを判断することができない。さらに写真からは一切の人間が排 除されており、都市の直線的な空間でマネキンだけが写されることによって、幻 想的な印象が強調されている。これらの画面に現れる対象物は、マネキンと人間 つまり物と肉体の間を揺らぐ存在として見られるだろう。この知覚の揺らぎは、
続く[図 11 〜 14 ]を見る経験にもある。四枚の写真に映るマネキンは、いずれも
微妙なポーズをつけられており、注視すればマネキンと見做す根拠となる細部を
発見できるものの、それを判断する意識は一瞬戸惑いを覚える。
ジャン・ボードリヤールの
写真実践におけるアメリカの砂漠
035 このようにパート B の写真は、マネキンを生身の人間と錯覚させる明確な意図
のもとに制作されている。逆に言えば、この知覚の揺らぎは撮影者であるボード リヤールの周到な操作の結果として生じる感覚なのだ。作為なくマネキンを撮影 したならば、おそらくこうした錯覚は生じず、まして仮にこれらの写真が撮影さ れた現場に身を置いたとして、目の前のマネキンを生身の人間と見紛うことは考 えられない。
ここまでの考察からパート B の写真の試みをまとめる。ボードリヤールはマネ キンを対象物として、それを物と肉体の境界に漂わせるようなイメージとなるよ うに撮影する。そしてその知覚の揺らぎを通じて、写真を見る者に意味=深さを 捨象した表面性を感受させるのだ。それは彼が「二次的裸体」で書いた、肉体を 物=記号として捉える思考を、写真のイメージを認識する過程において辿り直す 経験となるだろう。確認しておけば、この知覚の揺らぎは、マネキンが写真に写 されることによって、つまり対象物が写真という二次元の像に変換されることに おいて生じる錯覚である。こうした点からマネキンの写真を、写真に映る対象物 を意味=深さではなく表面性として提示する作品として理解することができる。
つまり Passage のパート B のマネキンの写真を、 Amérique で思考された、意味の 消滅としての〈砂漠〉の概念と通ずる試みとして見ることができるのだ。
3.3 面の写真
しかしこの Passage のパート B の写真は、肉体の模造というマネキンの特殊な 性質に依存した試みであることも事実である。前節の終わりにボードリヤールの 写真実践の起点に仮設した問いは、いかに概念としての〈砂漠〉を写真で表現す るかというものだった。 Amérique の〈砂漠〉は、具体的な光景に依拠する概念で はない。ゆえに写されたその対象物が持つ性質に依らず、意味の消滅を提示する イメージの創造が目指されなければならない。以下ではこうした問いに対するさ らに一歩進んだ試みとして、未だ見てこなかった Passage のパート C の写真を解 釈してみたい。これら二枚の写真は「マネキン」 「建築」を写していることから、
一見するとパート B の写真のバリエーションとも思える。しかし二枚には共通す る特徴があり、その点から Passage におけるボードリヤールの試行の意図を明確 に示す写真と考えられる。
パート C の二枚は、 Passage の最後のテキスト「 PORTRAITS 」の中に挿入されて
いる。まずは[図 15 ]を見てみる。ここでもマネキンと思われる対象物が写され
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ているが、パート B の写真と明らかに異なるのは、頭部だけが接写されている点 である。そのことで顔面に光源が反射し、質感が露わになっている。光沢のある 素材に描かれた顔のパーツもはっきりと映っており、生身の人間と見紛うイメー ジを作り出す意図は感じられない。同時に極端な接写によって、画面に事物/背 景の関係が存在しない点にも着目したい。空間の次元が消去された写真は光景と して見ることができず、撮影された時空間を想起することができない。この写真 を、マネキンの顔面がスキャニングされたように、物体の面が現れている写真と して見ることができる。これはパート B の写真にはない性質である。
この性質がより原理的に示されるのが[図 16 ]である。 Passage の最後に収録さ れたこの写真は、建築の外壁を写しているように見える。窓の大きさから推測す るに、建物全体に描かれた壁画の一部だろう。そしてこの写真は壁画を、ほぼ真 正面から撮影している。この方法により撮影は二次元の像を二次元の像に写し取 る操作、つまり複写と言うべき行為になる。この写真を見るとき、画面に現れる 対象物を壁画と認識することはできるが、通常写真を光景として見るときにはた らかせるような知覚は一瞬停止する。これら二枚の写真に共通するのは、写真に 映る対象物が、面(めん)として切り詰められた上で撮影されている点である。
以上の方法から、この二枚を〈面の写真〉と呼んでおきたい。
ではこの〈面の写真〉を、どのような試みとして解釈できるだろうか。ここで 二枚の写真の対象物がマネキンと壁画、つまりそれぞれ「模造」と「絵」である点 にあらためて注意すべきだろう。既にそれ自体がイメージである対象物は、ボー ドリヤールの写真に映ることによって、当然のことながらそれが現実の事物でも あるという存在の二重性〈イメージ−事物〉を明らかにする。〈面の写真〉の「ス キャニング」 「複写」は、この「イメージ」と「事物」を、写真の画面において
4 4 4 4 4 4 4 4 4、正 確に重ね合わせるための方法として考えられる。
しかし写真を撮影する行為において
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4、対象物に向けてシャッターボタンが押さ れる瞬間には、もう一つの〈イメージ−事物〉が産み出されてもいる。それはカ メラに装填されたフィルムという事物が露光されイメージを宿した〈イメージ−
事物〉である。この撮影行為における対象物と写真の関係は、つまり写真の技術
的条件そのものである。この技術的条件は、画面に映る対象物の意味を読み取る
限りにおいては、意識に上ることはないだろう。しかしボードリヤールが自身の
写真実践において問題とするのは、むしろこの技術的条件の方ではないか。以
上の考察を裏づけるように、 Amérique における数少ない写真についての記述で、
ジャン・ボードリヤールの
写真実践におけるアメリカの砂漠
037 彼は以下のように書く。
あたかもあの古い光物理学あるいは形而上学―そこでは、それぞれの対 象が、視覚を通じてわれわれがキャッチする、その対象自体の分身や陰 画を分泌する―が現実のものとなったかのように、対象とその映像と をほとんど同時に手に入れるのである。それはむなしい夢だ。それは、魔 術のようなプロセスの視覚的物質化である。ポラロイド写真は、現実の 対象から剝がれ落ちた、エクスタシー的な皮膜のようなものなのである。
( Baudrillard 1986: 74-75=1988: 62 )
ボードリヤールの記述は断言的だが、ここでは「対象物を写すときに、本当に は一体何が起こっているのか」という問い方で、写真の技術的条件が思考されて いる。この箇所で「ポラロイド写真」は、映像メディアの拡大の一例として挙げ られているに過ぎず、彼がそれを自らの表現の道具とすることを思わせる記述は ない。しかし、レンズの前にある対象物が発した光が〈イメージ−事物〉という 存在を産み出すという写真の技術的条件において、つまり彼が引用箇所で「対象 とその映像とをほとんど同時に手に入れる」と書く性質において、ポラロイドカ メラとは、それを最も明確に素早く行う機械である。ゆえにこの部分では、写真 の技術的条件を抽象化した装置として挙げられていると考えられる。
ボードリヤールはその写真の技術的条件に対し、素朴に驚いてみせるようにし て、自身の問いを展開する。彼の記述にある分身〔 doubles 〕とは、「魔術のような プロセス」とも表現される写真の技術的条件によって獲得される、この〈イメー
4 4 4ジ
4−事物
4 4〉という存在の異様さ
4 4 4 4 4 4 4 4 4を端的に表現している。以上の考察を踏まえたと
き、 Passage の〈面の写真〉とは、対象物である〈イメージ−事物〉から、写真とい
う〈イメージ−事物〉を産み出すことにおいて、まさに写真による分身を実現し ようとする試みとして解釈できるだろう。
しかしボードリヤールの写真実践は、〈イメージ−事物〉の産出つまり分身の実
現と同時に、さらに別の出来事を構想するのではないか。引用箇所で写真を「現
実の対象から剝がれ落ちた、エクスタシー的な皮膜」と表現するボードリヤール
は、撮影を対象物の皮膜を剝ぎ取る行為として捉えるだろう。彼が想像的に記述
する写真の技術的条件/魔術的プロセスにおいて、対象物は撮影行為を通じて同
一の存在であり続けない
4 4 4 4 4 4。シャッターボタンが押される瞬間に、対象物はその一
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部を剝ぎ取られると想定されるのだ。ゆえにボードリヤールが構想する写真の技 術的条件/魔術的プロセスにおいて、撮影の瞬間に起こっている出来事とは、対 象物の解体であるという考えが導き出される。
この構想に響いているのは、第 1 節で検証したアナグラムとしての詩的実践の 思考ではないか。言語体系の破壊=意味の消滅により現代社会の只中に象徴交換 が達成されると論じたボードリヤールは、その始点に記号表現つまり語の解体を 設定した。この考えに従えば、詩とは語を解体することで言語体系を破壊する行 為なのであって、何事かを言葉の意味の中で表現するのではない。そしてボード リヤールの写真実践においても、意味の消滅つまり Amérique で思考された〈砂 漠〉の概念は、写真のイメージの中で被写体の意味によって表現されるのではな い。〈砂漠〉は、対象物としての〈イメージ−事物〉に引き寄せられたカメラと いう装置が、写真という〈イメージ−事物〉を産み出す瞬間の、対象物の解体に よって実現されると考えられているのだ。〈面の写真〉もまた、この解体された一 部であり、同時に彼の実践に通底する動機と原理を明確に示す試みとして位置づ けられる。
結論
本稿はボードリヤールがインタビューで語った「私の写真はアメリカの砂漠で はじまった」という発言を手がかりとして、彼の写真による実践のはじまりを描 き出そうとしてきた。ボードリヤールの活動の転換点でもある Amérique という テキストは、それ以前の理論の仕事で論じられた、記号の体系の破壊と意味の消 滅を実践する試みの一端であり、アメリカのあらゆる光景を、意味を宿すことの ない記号の表面として描き出した。その中心に立てられたのが〈砂漠〉の概念で ある。ボードリヤールはカメラを手にした早い段階で、この〈砂漠〉を、写真の イメージに映し出すのではなく、写真の技術的条件において実現することを構想 したのだと考えられる。この構想は、対象物の面を写し取ることによる〈イメー ジ−事物〉の産出という、彼の写真に特徴的な方法を試行させた。
のちに写真集や展覧会で発表された中にも、対象物の面を撮影したと理解する
ことができる写真作品は多く見られる。彼は 1980 年代以降訪れた世界の各地の
都市を歩き、しかし一貫して建築の壁面や事物の表面を撮影した。それを彼の写
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写真実践におけるアメリカの砂漠
039 真実践における、ほとんど唯一の対象物(モチーフ)と見做すことさえできるだ
ろう。この意味で Passage の写真は、ボードリヤールの写真実践を予告するもの であり、正しく習作であると位置づけることができる。
ボードリヤールの写真実践は、 Amérique の砂漠ではじまった。それは事物を
面として見つめ、写真に写すことによって解体する試みとして、つまりあらゆる
対象物を〈砂漠〉にする試みとして、展開されることになる。
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