1.はじめに
国連のグローバル・コンパクト(1999 年),
OECD
の多国籍企業行動指針(2000 年)あ るいはEU
委員会報告書グリーンペーパー(2000 年)などの影響を受けて,ドイツでも,
企業の社会的責任(
soziale Verantwortung der Unternehmen
)に対する関心が近年急 速に高まっている。もともと,ドイツでは,OECD
やEU
の提起よりも前に,90 年代に企 業が企業内の法令遵守の取組みを積極的に開 示する動きが始まった。一部の大企業が環境 問題や労働問題への取組みを怠ることは,企 業の実績に直結することを何度か経験し,社 会的責任を果たしていることを積極的にア ピールする企業が現れたのである。しかし,2000 年以降は,幾つかの企業が 率先して取り組んでいた時代を過ぎ,企業の 社会的責任に関する環境整備に関する議論に 焦点が移りつつある。例えば,ドイツの労働 組合は,もともとこの問題と向きあうことに ついて,企業側に比べれば,消極的であった。
しかし,2000 年以降は,企業の社会的責任 に関する取組みが労働者あるいは労働組合に とって有益となるか否かを慎重に吟味しなが ら,この問題について積極的な発言1をし始 めている。このように企業の社会的責任とい うテーマは,ドイツの社会全体に大きなイン パクトを持ちつつある。
本稿では,こうした事情に鑑みて,この問 題がドイツでどのように扱われているかを取 りあげる。考察および叙述の順序としては,
第一に,国際的な議論動向がドイツにどのよ うな影響を与えたのかをふり返り,そのうえ で第二に,ドイツにおける企業の社会的責任 論の進展状況を確認する。そして第三に,労 働法や労働組合との関連でどのような議論状 況にあるかを検討してみたい。
2.歴史的な展開状況
¸ ドイツ企業の90年代の経験
ドイツでは,アメリカなどと比べれば,企 業の社会的責任という問題は,社会全体の次 元でも,個々の企業の次元でも,あまり取り 挙げられることはなかった。ところが,90 年代に入ると,一部の大企業は,社会的責任 を果たしていないとの「企業イメージ」が普 及した場合,売り上げに大きく影響すると いった事態に直面した。例えば,石油に関す る 国 際 的 な 大 企 業 で あ る ド イ ツ ・ シ ェ ル
(
Shell
)株式会社の例である。ドイツ・シェ ルは,1994 年から 1995 年にかけて,石油精 製工場を削減することを計画した。しかし,この計画は,世論から多くの批判をあび,
シェルを利用することについてのボイコット 運動なども起こされた結果,当期の売り上げ が 30 %も減少するということを経験し,企 業イメージは大幅に悪化した。そこでシェル は,従業員や他のステークホルダーに対し社 会的責任を果たすことを学び,環境問題や労
ドイツにおける「企業の社会的責任」
と労働法
根本 到
** 神戸大学助教授
働者の権利などの保障に努めた。その結果,
90 ほどの企業の中で比較すると,企業の社 会的責任を果たすことのランキング(
Man- ager Magazin
のランキング)において現在 では5位と位置づけられるほど,社会的責任 の基準において良好な企業となったのである。ドイツではこのように 90 年代に多くの企 業が,企業の社会的責任の履行状況が企業の 業績に直接影響することを経験した。このた め,今日では,多くの大企業が企業の社会的 責任を尽くしていることを記した無料のパン フを配布したり,インターネットサイトに掲 示するなどして,その内容を積極的に開示す るようになったのである。
¹ 国連のグローバル・コンパクトとドイ ツ
企業の社会的責任を果たすことは以上のよ うに個々の企業で始まったものであるが,ド イツ社会全体に影響を与えたのは「国連のグ ローバル・コンパクト」2である。国連のアナ ン事務総長のイニシアティブで始まったこの 取組は,世界規模での企業の社会的,環境的 な行為の基準を示したものであるが,人権,
労働,環境,腐敗防止の4つの領域に分けら れた 10 の原則(2000 年7月に発足したとき には,腐敗防止の項目がなく,9原則であっ たが,2004 年6月に付加された)が提示さ れている3。具体的には,それは次のような ものとなっている。
人権
原則1:国際的に宣言された人権の保護 を支持する
原則2:企業が人権弾圧に加担しない 労働
原則3:結社の自由および団体交渉の権 利を実質的に承認する
原則4:あらゆる形態の強制労働を撤廃 する
原則5:児童労働を廃止する
原則6:雇用および職業に関する差別を 撤廃する
環境
原則7:環境上の課題に対する予防的な 取り組みを支持する
原則8:環境に対するより大きな責任を 負うための取り組みを行なう 原則9:環境に優しい技術の開発および
普及を奨励する 腐敗防止
原則 10 :あらゆる形態の腐敗防止に取 り組む
グローバル・コンパクト原則の遵守を宣言 した企業の数は,全世界で,2002 年1月段 階 で は わ ず か 82 だ っ た 。 し か し , そ の 後 2003 年2月には 675,同年 10 月に 1
,
063 にま で急増し,2005 年8月には 2,
202 にのぼった。このうち,ドイツ企業数は 474である。他の 国の企業数を挙げると,イギリス 58,アメ リカ 76,フランス 385,ブラジル 47,日本 37 となっているので,ドイツの企業数はけっし て多くないといえるだろう。
º OECDの多国籍企業行動指針とドイツ
OECD
加盟 30 か国とアルゼンチン,ブラ ジル,チリを適用対象として,多国籍企業の 行 動 指 針5をOECD
は 2000 年 に 策 定 し た(1976 年の指針を改定したもの)。その後,
エストニア,イスラエル,ラトビア,リトア ニアもこの指針に参加することとなった。
この行動指針は,経済的,環境的および社 会的発展を促進することを企業に要請するも ので,具体的には,労働関係の改善,人権,
環境保護,競争,情報提供義務,消費者利益 の保護,課税,科学と技術などといった項目 を挙げてこの遵守を求めている。
この行動指針の受容は,各国の意思に委ね られるが,それを受け容れた場合,加盟国は 行 政 機 構 内 に , 国 内 コ ン タ ク ト 事 務 所
(
Nationale Kontaktstellen
)を設立すること が義務づけられる。そのうえで,労働組合な どは,この国内コンタクト事務所に企業の状 況を異議申立てできるのである。ドイツでは,2001 年 12 月 11 日にこの国内コンタクト事務
所が経済省内に始めて設立され,その後,経 済省と労働省が統一されたのを機に 2005 年 までは経済労働省内に存した6。
この国内コンタクト事務所の設立方法や人 員構成について,特に規定がないため,各国 で多様な方式で形成されているが,ドイツで は,省,労働組合(
DGB
),経営者団体およ びNGO
団体が構成メンバーとなり,このグ ループを年2回開催して運営している。異議申立制度を通じて取り上げられたドイ ツ企業に関する事案はこれまで2つあったと されている。そのうちの一つは環境問題で あったが,もう一つはメキシコに工場を展開 したタイヤ会社の現地での労働問題(賃金の 未払いなど)であった7。この事件では,メ キシコの労働法に反することが明らかであっ たが,メキシコの事案であるため,ドイツの 国内コンタクト事務所に異議申立てができる が論点となりえたが,
NGO
団体とメキシコ の労働組合は,ドイツの事務所に異議申立て することが認められた。ドイツの労働組合は,現在,この国内コン タクト事務所への意義申立制度を積極的に活 用しようとしているが,この指針は強制力が ないことが一つの問題となっている。
» EUの取組み
2000 年3月のリスボンの
EU
首脳サミット において示された「ヨーロッパ・アジェンダ」の中で,企業の社会的責任に関する枠組の必 要性が指摘されたが,2001 年7月 18 日には,
EU
委員会が,グリーン・ペーパー「企業の 社会的責任に関するヨーロッパの枠組条件」8 を公表した。このグリーン・ペーパーによれ ば,企業の社会的責任は,人的資源の保護,労働者の権利保護あるいは環境保護など内的 次元(
interne Dimension
)に属するものと,地域への貢献や消費者のパートナー化など外 的次元(
externe Dimension
)に属するもの があると分類され,いずれの重要性も指摘さ れている。また,グリーン・ペーパーは,こ うした社会的責任が問われる事項の枠組条件を整えることを
EU
の責務として位置づけた。ただし,この枠組条件が示された段階では,
ある程度の強制力が確保され,実効性が担保 されるのかに関心が集まったが,その後,と くに実効性を確保するための制度は示されて いない。
EU
は,2002 年7月2日にも,上記のグ リーンペーパーを補う「企業の社会的責任:持続発展のための企業の貢献」と題した報告 書9を公表している。この報告書では,
ILO
の中核的労働基準(基本条約)や環境基準が 考慮されるべきとして,枠組条件の形成に向 けた具体的な提案もなされた。なお,ドイツにおける
EU
の取組みへの反 応をみると,EU
の報告書がでた後に,労働 組合は実効性のある制度の創設を求めたが,ドイツ使用者団体(
Bundesvereinigung der Deutschen Arbeitgeberverb
ände (BDA)
) と ド イ ツ 産 業 連 盟 (Bundesverband der Deutschen Industrie
(BDI
))の経営者側は,企業の社会的責任を強制するのは企業の競争 力を削ぐとして,任意の枠組にすることを強 く求める意見書10を公表した。
¼ ドイツ政府の取組み
ドイツ政府は,企業の社会的責任に特化し た報告書を示していないが,「ドイツの展望」
( 2002 年 )11,「 2004 年 報 告 書 : ド イ ツ の 展 望:持続的成長のための我々の戦略(
Per- spektiven f
ür Deutschland: unsere Strategie f
ür eine nachhaltige Entwicklung
)」( 2004 年)といった膨大な報告者の中で,「持続性 のある経営ルール(Managementregeln der Nachhaltigkeit
)」や「グローバルな責任の 受容(global Verantwortung
übernehmen
)」 といった章を設け,実質的には生産を行う企 業は必然的に社会的な責任が生じることを説 いている。ただし,内容的には,国連のグ ローバル・コンパクト,OECD
やEU
の報告 書の内容が理念的に示されているだけである。具体的な枠組づくりは,ドイツの労使の取組 みに委ねようとしているといえるだろう12。
3.ドイツにおける企業の社会的責任論 の状況
つぎに,ドイツ企業がどのような取組みを しているか,その傾向を意識しながら,ドイ ツにおける企業の社会的責任論の状況を明ら かにしてみたい。
¸ 企業の社会的責任で問題とされる項目 国連のグローバル・コンパクトや
OECD
の多国籍企業行動指針にも示されているよう に,「社会的責任」に該当する領域は,労働 問題以外にも,人権問題や環境問題など多様 である。そこで,「労働問題」に関する項目 に限定して,企業がどのような社会的責任を 果たそうとしているかを紹介してみたいが,ここでは,とくに,企業に対する評価を行 なっている様々な機関がどのような基準を頻 繁に採用しているかを探ることでこの問題に 答えてみたい。
企業の社会的責任に関する評価機関が示唆 した項目を調べたある研究13によれば,16 機 関の中で,すべての機関が挙げていた項目と して,性などに関する機会の平等,安全衛生,
団結自由の承認や共同決定の状況などが挙げ られる。それに続き,頻度の高い項目は,雇 用 保 障 ・ 解 雇 の 有 無 ( 10 機 関 ) や 雇 用 構 造・雇用者数(10 機関)であり,新採用者 数(6機関),社会計画(3機関),職業教育 への熱心さ(3機関),産業立地の保障(1 機関)などと続く。しかし,500 の企業に対 してなされた別のアンケートによれば,職業 教育の実施(87 %),顧客の苦情(83 %),
従業員の機会の平等(78 %),従業員への社 会給付(70 %)となっており,職業教育へ の実施も,その頻度が高いと指摘するデータ もある。
また,上記のような肯定的項目以外にも,
否定的項目が取り上げられることもある。労 働以外の項目でいえば,軍事との関係の有無
(15 機関)や原子力との関係の有無(14 機関)
が頻度の高い項目であるが,労働に関わって 言えば,人権侵害(7機関),児童労働(7 機関),強制労働(5機関),性などの差別
(3機関)および労働法規違反(3機関)な どが挙げられている。ただし,企業の社会的 責任に対する評価の開示やコントロールは自 主的に行なわれているため,否定的項目が開 示されることは極めて少ないといわれている。
¹ 社会的責任の履行になぜ取り組んだか 企業の社会的責任を厳格に果たしていけば,
企業間の競争に勝利し,多くの利潤を得るこ ととは矛盾することもありうる。しかし,多 くの大企業は,むしろ,企業の社会的責任を 自主的に受け容れ,積極的に推進することを 選択している。その動機づけは何であろうか。
この点,ある調査研究14によれば,持続的 な成長を果たすことで売り上げに影響するこ と,企業イメージの向上,投資先としての魅 力の向上あるいは生産条件の向上などが高い 頻度で指摘されている。このように,多くの 企業は,社会的責務を果たそうとの使命感か らこうした取組みをしているのではなく,顧 客などに当該企業が肯定的に評価されること で,企業の業績に良い影響がでるといったこ とを意識していることがわかる。こうしたこ とは,社会的責任を果たしていくことを決め た要因を 500 の企業に尋ねた別のアンケート
15でも示されている。このアンケートの結果 をみると,頻度の高い要因として,企業文化
(87 %),企業の経済状態(83 %),財産構造
(71 %),顧客の期待(60 %),資本の市場の 期待(27 %)といった項目が挙げられてい るからである。
º どのようなかたちで公表されているか 社会的責任を果たすことの動機づけが業績 と密接に関係しているため,企業は自らの社 会的状況を何らかの媒体で開示することとな る。この点,ドイツでは,いったいどのよう な媒体で開示されているのだろうか。
ある調査(500 の企業に対する調査)16によ れ ば , 報 道 へ の 報 告 ( 86 % ), 年 次 報 告
(85 %),インターネットサイト(82 %),広 告キャンペーン(43 %),社会的責任報告書
(9%)ということであった。社会的責任と 明確に題して,世間にそれを公表する企業は 全体からみればまだ決して多くない。しかし,
ある媒体を無料で誰でも読めるように,鉄道 の席に配布する企業まであり,開示に積極的 な企業は増えている印象がある。
» 企業の社会的責任の管轄はどこにある か
企業内で社会的責任問題の管轄はどこにあ るのか。この点を調べたアンケート結果17に よれば,取締役会(47 %),取締役(35 %),
コミュニケーション問題を扱う部署(5%),
人事部(5%)となっている。権限ある機関 が,社会的責任論についても意思決定をして いるといえるだろう。
¼ 対象企業の規模
企業の社会的責任に関する取り組んでいる 企業の規模に関する調査はない。しかし,ド イツの労働組合付属研究機関(
WSI
=経済社 会研究所)でヒアリングした結果によれば,圧倒的に大企業の比率が高いとされている。
ほとんどの中小企業は,こうした問題に取組 む余裕はない現状にある。
4.企業の社会的責任と労働法および労 働組合との関係
¸ 社会的基準の遵守の強制性と任意性 国際的な動向と同様,ドイツでも労働組 合18は社会的責任の履行を強制し,それを積 極的に監視することを求めているのに対し,
経営者団体19は,履行および監視を任意に委 ねることを推奨している。
労働組合側の意見によれば,強制力がなけ れば,否定的要素に該当するような事情は世 間に開示されないなど,実質的な意味で社会 的責任が果たされる保障はなくなるとされて いる。これに対し,経営者団体の意見によれ ば,法令遵守事項はともかく,社会的責任の
項目に挙がっている問題は,法定基準を超え るものであるので,任意に委ねるのが妥当で あり,こうした問題の遵守まで強制性を付与 すれば,多くの企業の競争力を阻害すること になるとしている。
このように労使の意見が対立する中で,ド イツでは国際的な政策動向も影響し,社会的 責任の遵守について強制性を与える枠組は,
現在のところいっさい存しない。労働組合側 も,一定の強制力を有した枠組条件の中で企 業の社会的責任論に取り組むことを一貫して 目指しているが,国際的にこのような先進的 な取組みをする国が実質的にない段階では,
市場がグローバル化していることに鑑みても,
現実的にこの枠組を強制できる経済的,政治 的環境にはないと考えているようである。
その結果,企業の社会的責任という問題は,
雇用保障や差別の禁止など,労働法と関係す る領域は多岐に渡るものの,規範的なレベル ではほとんど関係が生じないという状況にあ る。
¹ 強制に代わる試み―労使間の国際的な 枠組協定
法律などで社会的責任の遵守を強制する枠 組がないため,労働組合側は,企業の社会的 責任に関する新しい制度の創造に向けて,経 営者団体と交渉をこの間行なってきた。例え ば,ドイツ金属労組(
IG Metall
)は,1998 年以来,金属産業連盟といった経営者団体や 繊維・木材産業領域に属する企業との交渉を 通じて,17 の多国籍企業と国際的な枠組協 定を締結している20。その企業の中には,ハ ルトマン(Hartmann
)(1998 年に締結),ト リンプ(Triumpf
)(2001 年に締結),ダイム ラークライスラー(2002 年に締結),フォー ド ( 2003 年 に 締 結 ), ボ ッ シ ュ (Bosch
)(2004 年に締結)などが含まれている。
協定の内容は,概ね,
ILO
の基本条約の遵 守を基礎として,児童労働・強制労働の禁止,差別の撤廃あるいは団結自由の保障を義務づ けるものである。ただし,協定の中には,安
全衛生の向上や賃金・労働時間問題にふれる ものもある。しかし,
ILO
の基本条約に関わ る項目と比べれば,こうした項目は厳しく監 視される状況にはない。また,使用者団体は,この協定の対象が拡げられることを強く警戒 している21。
º 労働組合の役割の変化と企業統治 ヨーロッパは,もともと企業統治(コーポ レート・ガバナンス)の形態において,株主 重視型のガバナンスがとられたアメリカと異 なり,広範な利害関係者(
stakeholder
)を 考慮するかたちを採用してきた。ドイツも同 様であり,労働組合と経営者団体あるいは従 業員代表と企業との間の共同決定など,労使 の自治によるガバナンスが制度上整えられ,労働組合あるいは従業員代表は企業経営に関 与する余地が与えられている。
たしかに,こうした制度を利用し,ドイツ の労働組合あるいは従業員代表は,当事者に 関係する労働条件について積極的に関与して きた。しかし,人権の保障や消費者利益の保 護など,従業員以外の関係者にとりわけ影響 するような問題に取組むことは,統治できる 余地が存したにもかかわらず,必ずしも積極 的ではなかった。また,企業年金の運用と投 資等の観点から社会的責任論に強い関心を示 してきた他国(例えばデンマーク)の労働組 合と比べれば,ドイツの企業が社会的責任に 関わる事項に関与することは極めて少なかっ た22。
しかし,ドイツにおける企業の社会的責任 に関する近年の議論は,企業の持続的発展は,
従業員の利益を保証するという意味で,企業 統治の議論にも影響を及ぼしつつある。労働 組合や労働者代表も関与した従業員利益重視 の企業統治から,社会的責任型(
CSR
型)の企業統治23への移行を意味するかもしれな いからである。ドイツの労働組合は,内部に 多様な意見を抱えているため,現在でも方針 が統一されたわけではないが,単なる労働条 件決定への関与者としてだけでなく,あらゆ
るステークホルダーの利益を考慮して,経営 の監視者の役割を担うことを真剣に考え始め ていることは間違いない。彼らは,先述のよ うに枠組に強制力がないという意味では,こ の問題にたしかに懐疑的であるが,労使間の 対話の機会を新たに創造する可能性を秘めて いるという意味でこの問題を重視しつつある のである。
ただし,
OECD
の枠組でも紹介したように,労働組合ではなく,
NGO
が関与することが 認められることもあり,消費者などの利益の 観点からいえば,監視役としてNGO
の方が 適切かもしれない。労働組合にとっては,対 話の余地が拡大するとしても,労働組合の位 置づけが改めて問われるのかもしれない。5.おわりに
本稿では,ドイツで企業の社会的責任に関 する議論や取組みがどのような状況にあるか を紹介し,そのうえで労働法や労働組合にど のような影響を及ぼしているかを考察した。
ドイツの社会全体では,今のところ企業の社 会的責任に関する枠組は無きに等しい。この ため,労働法への影響はわずかである。しか し,企業の社会的責任に関わり,労働組合の 役割は大きく変わる要素を秘めている。この 点が企業統治の形態や目的の変化まで及ぶの であれば,ドイツの雇用社会の構造や労働法 システムに大きく関係するといえるであろう。
注
1 http://www.dgb.de/themen/csr/csr_ueber blick.htm
2 http://www.unglobalcompact.org
3 グローバル・コンパクトについては,梅田 徹「CSR(企業の社会的責任)概論」季刊労 働法208号(2005年)13頁参照。
4 グローバルコンパクトを遵守することを宣 言した企業は 2005年7月段階で,次のよう になっている。A.C.A. Riegelsberger; Adec- co Germany; Allianz AG; Altana AG; AMPEG Technologie and Computer Service GmbH;
BASF; BaurConsult; Bayer AG; BMW AG;
BSH Bosch und Siemens Hausgeräte GmbH;
Business Keeper AG; Ch. Dahlinger GmbH &
Co. KG; DaimlerChrysler AG; Deutsche Bank AG; Deutsche Lufthansa AG; Deutsche Telekom AG; Drehtainer GmbH; E.ON AG;
EPCOS AG; Faber-Castell; FAI rent-a-jet AG; Fritz Massong GmbH; Gerling Ver- sicherungsgruppe; GTZ - Deutsche Gesell- schaft für Technische Zusammenarbeit GmbH; Helog Lufttransport KG; Henkel KGaA; Infineon Technologies AG; Institut für Organisationkommunikation; Karl Storz GmbH & Co. KG; Macondo; Mannheimer Kongreß & und Touristik GmbH (m:con);
Merck KGaA; Miele & Cie. GmbH & Co.;
Osram GmbH; Otto GmbH & Co KG;
Phoenix Contact GmbH & Co. KG; Robert Bosch GmbH; RWE AG; RWE Net AG (seit 1.10.2003 mit RWE Plus (Vertrieb) neu:
RWE Energy AG) ; SAP; Schefenacker AG;
Siemens AG; TAD Pharma GmbH; TQ3Trav- el Solutions GmbH; UR Holdings (ex Sitec AG); Volkswagen AG; WestLBAG.
5 www.tuac.org
6 Vgl. Der Arbeitskreis “OECD-Leitsätze für Multinationale Unternehmen” im Bundes- wirtschaftsministerium.
7 Ebenda.
8 Vgl. KOM( 2001) 366; http://europa.eu.
int/comm/enterprise/csr/campaign/index_de .htm
9 Vgl. KOM( 2002) 347; http://europa.eu.
int/comm/employment_social/soc-dial/csr /csr2002_de.pdf
10 http://europa.eu.int/comm/employment _social/soc-dial/csr/pdf
11 Vgl. Perspektiven für Deutschland - Unsere Strategie für eine nachhaltige Ent- wicklung.
12 政府の方針に対する使用者側の意見につい ては下記参照。Vgl. Stellungnahme des BDI zum Entwurf des Fortschrittsberichtes zur nationalen Nachhaltigkeitsstrategie der Bundesregierung.
13 Vgl. Schäfer/ Lindenmayer, Sozialkriterien im Nachhaltigkeitsrating, 2004, S.88. 14 Vgl. Mielke, Corporate Social Responsibili-
ty, 2005.
15 Vgl. Management und Organisation der gesellschaftlichen Verantwortung, S. 10.
16 Vgl. a.a.O.(15), S. 24. 17 Vgl. a.a.O.(15), S. 22.
18 Vgl. IG Metall, Soziale Verantwortung konkret, 2005, S.16.
19 Vgl. http://www.csrgermany.de; http://ww w.bda-online.de/www/bdaonline.nsf/id/
SozialVerantuortugvonUnternehmen 20 Vgl. a.a.O (18), S.15.
21 Vg1. BDA, Internationale Aspekte von Corporate Social Responsibility, 2005. 22 Vgl. Taming the market predators, Mitbes-
immung 8/2002, S. 48.
23 こうした企業統治の考え方については,小 林俊治/ 百田義治『社会から信頼される企業
―企業倫理の確立に向けて』(中央経済社,
2004年),土田道夫「プロ野球選手会のスト ライキについて考える」ジュリスト 1278号
(2004年)4頁以下参照。