遺言者生存中における遺言無効確認の訴えの適否
その他のタイトル Osaka, 17 mars 1995, Hanrei Times N°873,
p.298 : La nullite du testament authentique en presence de la testatrice
著者 千藤 洋三
雑誌名 關西大學法學論集
巻 45
号 6
ページ 1691‑1713
発行年 1996‑02‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/2131
︹判 例批 評︺
二九九
︵一
六九
遺︱
=口 者生 存中 にお ける 遺︱
︱︱ 口無 効確 認の 訴え の適 否
[判
決要
旨]
大阪高等裁判所平成七年三月一七日判決︵平成六年︵ネ︶第三一0三号遺言無効確認請求控訴事件︶
判夕八七三号二九八頁︑判時一五二七号一〇七頁1原判決取消し︑差戻し︵上告︶
︹原
審・
大阪
地方裁判所平成六年一0月二八日判決︵平成五年︵ワ︶第四五二八号︶判夕八六五号二五六頁︺
遺言者が遺言を取り消し変更する可能性のないことが明白な場合には︑その生存中であっても︑例外的に遺言の無
効確認を求めることができる︒
[事
実]
Yl
女︵被告・被控訴人︶は︑明治四四(‑九︱︱︶年︱‑月一五日生まれで︑昭和一七年一0月三一日にx
︵原
告・
控訴
人︒昭和一四年︱一月︱一日生まれ︶を養子とし︑XはYの唯一の推定相続人である︒Yは︑昭和六三年ころから痴呆症状があら
われ︑様子観察を受けていたが︑夫︵明治四四年八月五日生︑平成二年︱一月二八日死亡︶の入院により︑自分も平成元年四月
一三日から同年五月一四日まで奈良市内の病院に入院し︑その後︑夫の再入院により︑平成二年二月二八日にアルッハイマー型
老人性痴呆︑白内障の診断を受けて︑天理市内の病院に入院し︑一時退院後︑同年七月一七日に再入院し︑現在に至るまで同病
院の治療を受けている︒この間の平成元年︱二月一八日に自宅で︑七八歳となっていた
は︑夫と二人の証人の立会いのうえ︑Y l
遺言者生存中における遺言無効確認の訴えの適否
千 藤 洋
関 法 第 四 五 巻 第 六 号
三0
0
Y所有の不動産を甥であるY
︵被告・被控訴人︶に遺贈する旨の遺言の趣旨を公証人に口授し︑公正証書遺言を作成していた︒
Xは︑平成三年三月二六日に︑Yを禁治産者とし︑Xを後見人とする旨の家事審判を申し立てた︒これに対して︑Yも︑同年 四月八日に︑Yを禁治産者とし︑Y
を後見人とする旨の家事審判を申し立てた︒そこで奈良家庭裁判所は︑天理市内の病院の主
治医に対しY
の精神鑑定︵判断力︑責任能力︑自己管理能力の有無︶につき鑑定を命じた︒そこで︑同医師は︑翌平成四年四月 八日に簡易知能評価テストを実施した結果︑二五点満点中僅か五点に過ぎなかったことを踏まえ︑アルツハイマー型老年痴呆と 診断し︑判断力︑責任能力及び自己管理能力はないとの鑑定意見を提出し︑
Y
が高年齢であること︑過去の入院歴︑二年間にわ たる経過観察が芳しいものでないこと等を総合して︑回復は望めないと診察した︒同家庭裁判所は︑鑑定結果に基づいて︑
はY I
日常生活での異常な行動はないものの︑財産の管理等について合理的な判断をする能力は全くなく︑その高齢からして病状が改 善される見込みはないので心神喪失の常況にあると認定︑判断し︑平成五年三月一五日に︑
Yを禁治産者とし︑Yをその後見人
に選任するとの審判をし︑同審判は確定した︒
以上のような事実関係の中で︑Xは︑前記遺言は
に意思能力がない状態で作成され︑かつ公正証書遺言の方式に違反︵遺言Y I
の趣旨の口授がなく︑また公証人は遺言の内容を読み聞かせていないし︑かつ遺言者が箪記の正確なことを承認していない︶し
ていると主張し︑
Y
Yに対し︑その無効確認の訴えを提起した︒
原審の大阪地方裁判所は︑次のような理由で︑Xの即時確定の利益を否定し︑訴えを却下した︒
﹁一確認の訴えは︑即時確定の利益がある場合︑換言すれば︑現に︑原告の有する権利または法律的地位に危険または不安が 存在し︑これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許されるものである︒
二 本 件 は
︑ 被 告 Yのなした被告Yを受遺者とする本件遺言が無効であるとして︑Y
の生
存中
に︑
Yの推定相続人である原告
が︑右遺言が無効であることの確認を求めているものであるところ︑本件において︑原告が保護を求めている利益ないし地位は︑
遺言者が死亡したとき︑本件遺言による遺贈に基づく法律関係がないという原告の利益ないし地位である︒
ところで︑遺贈は死因行為であり︑遺言者の死亡によりはじめてその効果を発生するものであって︑その生前においては何ら
︵一
六九
法律関係を発生させることはなく︑受遺者において何らの権利も取得しない︒のみならず︑遺言は︑遺言者において何時でもこ
れを取り消すことができるだけでなく︑遺言発効当時︑受遺者が必ずしも生存しているとはいえないから︑原告の前記利益ない
し地位は将来のものであり︑かかる将来不定の利益ないし地位を現在保護する必要はなく︑したがって︑原告の有する権利また
は法律的地位に危険または不安が生じ︑これを除去するため被告らに対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合であるとは
いい
えな
い︒
﹂
X控
訴︒
[判決理由]当審大阪高裁は︑まず一般論として︑﹁遺贈は死因行為であり︑遺言者の死亡によりはじめてその効果が発生する
ものであることは︑被控訴人主張のとうりである︒そして︑遺言者は生存中は何時でも既にした遺言を任意に取り消すことがで
きるから︑一旦遺贈がなされたとしても︑そのままの効力が生じるかは︑遺言者の自由意思にかかつている点で︑不確定なとこ
ろがある︒したがつて︑遺言者の生存中は︑遺言の無効確認を求める訴えは︑原則として不適法であると解される︵最高裁判所
昭和三一年一0月四日第一小法廷判決︑民集一0
巻一
0号︱ニニ九頁︶﹂と述べた上で︑本件については︑平成五年に奈良家裁
が鑑定医の鑑定結果を受けてYに禁治産宣告の審判を行った経緯を踏まえ︑以下のように判示し︑原判決を取り消して︑第一審
裁判所に差し戻した︒
﹁右認定事実によれば︑
は既に相当の高齢である上︑長期間にわたりアルツハイマー型老人性痴呆で入院治療を受けているY l
が︑現在の精神能力は合理的な判断能力を欠如しており︑平成五年には心神喪失の常況にあるとして禁治産宣告を受け︑病状は
回復の見込みがない状況にあるのであつて︑これらの事情にかんがみると︑
が生存中に本件遺言を取消し︑変更する可能性はY l
ないことは明白である︒
このように遺言者が遺言を取消し︑変更する可能性がないことが明白な場合には︑将来必ず生じる遺言者の死亡を待つまでも
なく︑その生存中であっても︑例外的に遺言の無効確認を求めることができるとするのが︑紛争の予防のために必要かつ適切と
解すべきであり︑本件遺言無効確認の訴えは適法というべきである︵前記最高裁判例はこのような事案に関するものではな
遺言者生存中における遺言無効確認の訴えの適否三
01
︵一
六九
三︶
[参
照条
文]
三0ニ
本判決の争点は︑遺言者生存中の遺言無効確認の訴えが即時確定の利益を有するか︑にある︒しかし︑もともと遺
言無効確認の訴えの適法性に関しては︑現在の法律関係である確認対象の適格性と即時確定の現実的必要性という二
(l )
つの点が問題となっている︒前者は既に一応解決済みではあるが︑本件控訴審の原審である奈良地裁が訴え却下の理
由付けとして持ち出したことから︑まずこの点について経年的にフォローしておき︑
の有無を扱い︑さらに本判決ではとくに触れられていない他の諸問題︑ ついで後者の即時確定の必要性
つまり遺言能力の有無や後見人と受遺者が同
一人であることの可否︑公正証書遺言の作成方式違反などについても言及しておく︒
なお︑本テーマについては︑ごく最近︑中野貞一郎教授が︑本件原審が理由付けとして依拠した最高裁昭和三一年
( 2)
判決(最一小判昭一—二·10•四民集一0巻一0号―ニニ九頁、判時八九号一四頁)から原審段階の平成六年までの
この問題に関する判例並びに学説を極めて詳細に検討・分析し︑若干の要件の下に︑遺言者生存中の遺言無効確認の
(3 )
訴えに即時確定の利益があるとの趣旨の論文を公表された︒この公表直後に︑原審判断とは異なり即時確定の利益を
認めた本判決が出されたわけで︑この分野における優れたパイオニア的な業績といえよう︒
(l
)
松村
和徳
﹁遺
言者
生存
中の
遺言
無効
確認
の訴
えの
適否
﹂﹁
最新
判例
ハン
ドプ
ック
︿民
訴法
﹀﹄
︵受
験新
報︑
一九
九五
年ー
ニ
月号
付録
︶五
二頁
によ
る︒
(2
)
判決が出された当時の判例評釈や解説等に︑伊東乾・判例評論︵判時九六号︶第七号(‑九五七︶一三頁以下︑同﹁権利保護の利益」『中田11三ヶ月編・民事訴訟法演習I』(有斐閣、一九六――-)二四九頁以下、高島義郎•関大法学論集七巻二 [批評]判旨の結論に賛成︒ 民法九六九条︑同九八五条︑民事訴訟法ニニ五条
関法第四五巻第六号
︵一
六九
四︶
遺言は︑法律関係そのものではなく︑法律効果を発生させる要件事実である法律行為にすぎず︑しかも遺言は過
( l)
去の法律行為である︒このことから︑かつては︑遺言無効確認の訴えは︑現在の法律関係の存否を対象とするもので
はないから︑確認訴訟の対象としての適格を欠き不適法であるとの学説が支配的であった︒そして︑前記昭和三一年
最高裁判決も︑﹁法律行為はその法律効果として発生する法律関係に対しては法律要件を構成する前提事実に外なら
ないのであって︑法律関係そのものではない︒ある法律行為が有効であるか無効であるかということは︑もとより法
律判断を包含しているけれども︑かかる事項を確認の訴の対象とすることの許されないことは前段説示するところに
より明瞭であろう︒﹂と判ホし︑当時の多数学説と同一歩調をとったのであった︒
しかし︑このような学説並びに判例に対して︑遺言による民法上の法律行為は︑過去の法律関係であっても︑遺
産の範囲︑分割方法︑相続分等に影響を及ぽすから︑遺言は基礎的法律行為といえるので︑その無効確認につき即時
確定の利益が認められるかぎり︑確認の対象適格を認めるべきだとの意見が主張され︑その後︑こうした見解が次第
(1
) 時報八巻︱二号(‑九五六︶一七一0頁以下︑三ヶ月章・法協七五巻二号(‑九五八︶ニ︱0頁以下︑谷田貝三郎・民商三 号(‑九五七︶七三頁以下︑萩大輔﹁解説﹂﹃家族法判例百選[初版]﹄︵有斐閣了九六七︶エ几六頁以下︑長谷部.法曹
五巻四号(‑九五七︶五五五頁以下︑等がある︒(3)中野貞一郎「遺言者生存中の遺言無効確認の訴え」奈良法学会雑誌第七巻三•四号(-九九五)五一頁以下。
確認対象の適格性
遺言者生存中における遺言無効確認の訴えの適否 即時確定の利益
三0三
︵一
六九
五
四 に有力になり︑最高裁も受入れるところとなった︵親子関係の主体が死亡した後における親子関係存否確認の訴えの適法性を認めた最大判昭四五・七・一五民集二四巻七号八六一頁︑判タニ五一号一六0頁︑および遺言者死亡後の遺
( 2)
言無効確認の訴えが適法とされた最初の判例である最判昭四七・ニ・一五民集二六巻一号三0頁︶︒さらに︑学説に
は︑将来の法律関係の確認の訴えでも︑紛争解決や救済の必要性があれば︑確認の利益を肯定する主張があるといわ
( 3)
れる︒このように︑今日では︑遺言無効確認の訴えは適法とされており︑解決済みの問題ということになった︒
さて
︑︹
事実
︺
のところでみてきたように︑原審は︑遺言者生存中の遺言無効確認の訴えを提起した原告には即
時確定の利益がないとして︑訴を却下している︒その理由は︑遺贈を遺言者の死亡により効力が生ずる死因処分と捉
えたうえで︑①原告が求めている利益ないし地位は︑遺言者が死亡したときに本件遺言に基づく法律関係がないとい
う利益ないし地位であること︑②遺言者の生前には︑受遺者は何らの権利も取得せず︑遺言はいつでも取り消すこと
ができ︑また遺言発効当時に受遺者が生きているとは限らないこと︑という点から︑将来不定の利益ないし地位を現
在保護する必要はない︑というものであった︒明らかに︑遺贈は死因処分かつ単独行為であるので︑その効力は遺言
者の死後に発生し︑遺言者の生存中はいつでも自由な意思により遺言を取り消し︵撤回︶
中には契約の一方当事者として登場することのない受遺者は何らの具体的な権利義務を取得せず︑したがって遺言無
効確認の即時確定の利益を欠く︑という論旨に関しては︑それなりに納得のいくものがあると評さざるを得ない︒そ
して︑今回の大阪高裁も︑
関 法 第 四 五 巻 第 六 号
三0四
できるから︑遺言者の生存
一般論として︑こうした原則を尊重していることは判決文から十分に読み取れる︒
このような原審の態度は︑遺言者生存中に提起された遺言無効確認訴訟を訴えの利益がないとして不適法却下し
( 4)
た先駆的な昭和三一年最高裁判決の詳細な理由を踏襲したことによるといえよう︒しかし︑最判の事案は︑原告Xが
︵一
六九
六︶
五 自己の家屋を被告Yに遺贈する旨の公正証書遺言をした後に︑不和となり︑新たに公正証書遺言をして先の遺言を取
り消したところ︑Yは保管していたXの印鑑を使って当該家屋を売買名義により自己に所有権移転登記
(Y
は︑登録
免許税のため売買名義にしただけで︑贈与を受けたと主張︶を行ったことから︑Xは︑先の遺言の無効確認と移転登
記抹消登記手続の両請求を行ったものである︒この点︑中野教授は︑Xが併合提起した抹消登記手続請求の前提を既
判力で固める意味で遺言無効確認を求めているにすぎない︑と喝破され︑したがって︑この事案は第一の遺言が取り
消されたことにつき当事者間に全く争いがないという点で︑確認の利益なしとして訴えを却下できたはずであったこ
( 5)
とに注意する必要があると述べる︒確かに明文上︑遺言者は︑何時でも遺言の方式に従って︑その遺言の全部又は一
部を取り消すことが認められており︵民法一0二ニ条︶︑もしも前の遺言と後の遺言と抵触するときは︑その抵触す
る部分については︑後の遺言で前の遺言を取り消したものとみなされる
最判事案では︑遺言者自ら先の遺言の無効確認の訴えを提起すること自体︑無用なことといわざるをえない︒この点
において︑今回のケースとは明らかに内容において異なる︒したがって︑本件については︑もともと︑昭和三一年最
高裁判断とは別異に解する余地が十分に残されていたとも解される︒そして︑当審大阪高裁は︑明確に本件を最判事
案とは異なると述べて︑遺言者の生存中に推定相続人からの遺言無効確認の訴えを確認の利益があると認め︑原審に
差し戻したのである︒
なお︑昭和三一年最高裁判決に対して︑遺言者の生存中に遺言無効確認の訴えが許されないのは︑過去の法律行
為だからではなく︑遺言の取消しが可能であり︑したがって確認の利益を欠くからであると批判する意見が︑当初か
( 6)
らみられた︒こうした見解によれば︑遺言者が生前中に遺言の取消しの可能性を明白に喪失していた場合には︑遺言
遺言
者生
存中
にお
ける
遺言
無効
確認
の訴
えの
適否
三0五
︵一
六九
七
︵民法一〇二三条一項︶︒したがって︑この
しかも遺言者の死亡が真近いことが明らかであり︑近い将来に紛争が必至の本件では︑紛争を予防するためにも︑例
外的に確認の利益が存すると判断したのである︒そこで︑例外的にであれ︑即時確定の利益を認めなければならない
ほどの現実的必要性があったのか否かについて︑次にみていくことにする︒
遺言撤回の自由から遺言者自らによる訴えは許されないとしても︑推定相続人もしくは受遺者からの訴えは︑即時確
定の現実的・具体的な必要性があれば︑許されることもありうるのではないか︑という点が改めて問われる︒この点
について︑中野教授は︑遺言の本来の効力は︑遺言者の死亡の時から生じるが
効果も生じないわけではなく︑受遺者は︑推定相続人が相続期待権を持つのと同様に︑遺言の成立により︑遺言者の
(8 )
死亡したときにその権利を取得する期待権を持つという︒そして︑受遺者の地位が法的に保護された期待権であると
すれば︑遺言の内容が遺贈を含む場合には︑その遺言によって推定相続人の相続権の内容に不安定が生じる︒つまり︑
遺言の有効・無効により︑遺産の範囲︑相続分︑遺産分割の方法等が異なってこざるをえないし︑推定相続人の相続
権が実質的に形骸化することも起こりうるので︑遺言の有効︒無効が判決をもって確定されれば︑こうした事態を除
去できる︒そこで︑次の三要件のもとでは︑すなわち︑①遺言内容が固定し︑遺言の撤回や抵触処分の可能性が皆無 六ともあれ︑今回の大阪高裁判決は︑将来の法律関係の確認であっても︑遺言の取消しの可能性が皆無の状況で︑これまでわが国では︑遺言者が生存中の遺言無効確認の訴えは︑判例・学説上︑不適法とされてきた︒しかし︑ (
2)
即時確定の現実的必要性 たともいえる︒
(7 )
者生存中の遺言無効確認の訴えは許されるということになろう︒そして︑本判決は︑まさにそのことを正面から認め
関 法 第 四 五 巻 第 六 号
︵民法九八五条一項︶︑それまで何の 0六
︵一
六九
八︶
新井
︵一
六九
九︶
で︑②遺言者の近い死亡が予見され︑③推定相続人と受遺者の間に遺言の有効・無効をめぐって争いがあるときは︑
遺言者の生存中にかかわらず︑推定相続人または受遺者が提起する遺言の効力の存否確認の訴えについて確認の利益
(9 )
を肯定すべきである︑と提案される︒そうすることによって︑推定相続人や受遺者の期待権についての不安や危険を
除去し︑遺産をめぐる将来必至の紛争を予防できるし︑遺言者の死亡を待つ場合に起こりうる遺言に関与した人々の
死亡や記憶喪失︑あるいは遺言者の遺言能力の判定に役立つ資料の廃棄︵医師法二四条参照︶などが生じる不都合を
( 1 0 )
避けることができる︑という︒これら三要件は︑いずれも極めて妥当であり︑簡にして要を得ているがゆえに︑もは
やこれ以上付け加えたり省略するものはなく︑今後は︑遺言者生存中の遺言無効確認の訴えの適否を判断するに際し
て︑貴重なメルクマールとなりうるであろう︒もっとも︑遺言無効確認の訴えが提起されたこと自体で︑③の要件は
充足され︑またこうした紛争はほとんどのケースで︑遺言者が高齢者であるが故にアルッハイマー型老人性痴呆等の
病気による意思能力の有無が争われていることから︑②の要件をも充足する︒したがって︑残るは①の要件のみで︑
この要件の充足の可否が天王山ということになろう︒そうすると︑結局は︑遺言者が遺言時に意思能力を有していた
か否かが決め手となる︒ともあれ︑現に︑本審大阪高裁は︑期せずして︑これら三要件を当該事案に当てはめ︑即時
確定の利益を肯定したのである︒
本件判決が出されていまだ日も浅く︑現在までのところ判例批評の類には接し得ないが︑それでも︑松村和徳︑
誠︑伊藤昌司の各教授の見解をみることができた︒松村教授は︑本件控訴審判決を︹解説︺するなかで︑遺言
無効確認の訴えの適法性に関してとくに問題となるのは︑現在の法律関係ー確認対象の適格性ーーと︑即時確定の
現実的必要性の判断であるとし︑前者については遺言無効確認の訴えを適法とする点で学説・判例とも一致をみてお
遺言者生存中における遺言無効確認の訴えの適否
︱ ︱ 1
0七
三0八
︵一
七
00
)
( 1 1 )
り︑本件では後者の判断要因が問題となる︑という︒そして︑予防的である以上︑原告Xが遺言者
の死後に訴えをY I
提起した場合と比べ著しく利益の減少があるなどの﹁権利保護の緊急性﹂が必要であり︑本件では︑中野教授のいう
( 1 2 )
既判力による著しい緊急的保護の必要性が存するか疑わしいと批判する︒そして︑松村教授は︑緊急性よりもむしろ︑
の意思能力の有無の鑑定がy l
生存中でないと意味がなくなるという点︑いわば﹁証拠保全の必要性﹂が存し︑それY l
が本件で最も重要な要因ではなかったかと述べ︑現在の医学の発展状況を考えたときに︑遺言撤回や抵触部分の可能
性が皆無と判断した点を疑問としつつ︑死後の訴えの提起では立証の困難さがあり適正な権利保護が期待できないこ
とから︑この証明の利益を即時確定の利益として考慮してよいという︒優れた指摘ではあるが︑ただ証拠保全の必要
性は︑権利保護の緊急性が考慮されてはじめて︑十分な判断が可能であると思われる︒したがって︑もともと権利保
護の緊急性と証拠保全の必要性を峻別して論じることに︑さほど意味があるようには思えない︒その点はさておいて︑
現代における脳研究の顕著な進展を目の当たりにして︑遺言撤回や抵触部分の可能性が皆無と判断した点に疑問を投
げかけることについては︑松村教授と同感である︒後述するように︑私もまた︑今回の高裁が︑遺言者の遺言能力の
判断を︑平成五年の奈良家裁による鑑定結果に全面的に依存していることに不満がある︒
思うに︑繰り返しになるが︑原審の判示にもあるように︑遺言は︑遺言者生存中には何ら法律関係を発生させる
ことはなく︑したがって受遺者において何らの権利も取得しないこと︑また︑遺言者において何時でもこれを取り消
すことができるだけでなく︑遺言発効当時︑受遺者が必ずしも生存しているとはいえない︒そうした点を強調すれば︑
原告Xの利益ないし地位は将来のものであり︑このような将来不定の利益ないし地位を現在保護する必要はないとも
いえよう︒しかし︑遺言者が遺言時において遺言能力を喪失していたことが確かであり︑しかも遺言前からの病状の
関 法 第 四 五 巻 第 六 号
更なる悪化のため今後︑遺言能力の回復がまった<期待しえないし︑当該遺言が推定相続人にとって不利な内容であ
ることが明らかになっているときに︑なお遺言者の死亡時まで推定相続人による当該遺言無効の訴えの利益がないと
はいえないであろう︒遺言者の死亡時に遺言をめぐり紛争が生じることは明白であり︑そもそも遺言者の死亡時まで
に種々の証拠が利害の対立する他方である受遺者Yにより消滅させられる事態は十分に予測される︒このように︑X
にとって︑遺言者生存中の遺言無効確認の訴えは︑将来の利益の保護というよりも現在の利益の保護を求めてのこと
である︒もしも︑遺言能力がなかったということになれば︑他に遺言がありうるかもしれないものの︑少なくとも当
該遺言は無効ということになり︑推定相続人にとって極めて望ましい結果となる︒勿論︑遺言能力があったというこ
とになれば︑もはや遺言者は︑後の遺言により前の遺言を撤回するなどできないことから︑万事休すといわざるを得
ない︒逆にYの立場では︑自己への遺言作成時に︑遺言者に遺言能力がなかったということになれば︑他にも自己ヘ
の有利な遺言があればともかく︑当該遺言の無効となり︑極めて好ましくない結果になる︒もっとも︑遺言能力が
あったということになれば︑喜び︑これに勝るものはないということになる︒そして︑本件事案では︑遺言者が禁治
産者となり遺言能力を喪失していることとあいまって︑受遺者となる者が後見人にもなっていることから︑
して︑後見人に有利な先の遺言をさておいて︑さらに後見人が医師二人以上を立ち会わせてわざわざ自分に不利にな
るような後の遺言作成︵民法九七一︳一条︶に助力するとは考えられないし︑禁治産者が後見人抜きで遺言作成を行うこ
とも不可能に近いといえよう︒いずれにせよ︑遺言者による遺言の撤回や抵触処分の可能性が皆無という状態におい
ては︑遺言者生存中の遺言無効確認の訴えを許しても︑推定相続人ならびに受遺者のいずれにとっても︑許さなかっ
た場合に比して一方的に有利や不利益をもたらすというものではない︒こうした点からも︑Xの利益は例外的に保護
遺言者生存中における遺言無効確認の訴えの適否三0九
︵一
七 01 )
一般
論と
︑ ︒
> 三一〇
︵一
七
0二 ︶
最後に︑本件は上告されたことから︑最高裁の判断に委ねられることになった︒最高裁で上告認容︑
利益がないということになれば︑ つまり確認の
いわゆる門前払いとして︑原告の他の主張点である公正証書遺言の作成方式違反に
ついては判断なしに終わる︒逆に上告棄却︑つまり確認の利益ありということになれば︑差し戻し審である第一審で
改めて遺言の有効・無効の判断が加えられることになろう︒その際︑当然のことながら︑作成方式違反についても判
断が加えられるものと思われる︒問題はここからであるが︑最終的に遺言の無効が確認された場合に︑当該公正証書
には︑どのような処置が可能かについて︑伊藤昌司教授は︑非常に厳しい見方をしている︒つまり︑裁判で無効が確
認されても︑公正証書を用いて登記等ができる状態で放置されるのならば︑生前の無効確認を許す意義は然程でもな
く︑同一遺言者が何通もの相反する内容の遺言を残すことは珍しくないから︑そのうちの先日付の公正証書遺言は︑
たとい無効であっても︑例の﹁相続させる﹂文言の威力により︑受益者単独の申請による登記に用いことができるの
( 1 3 )
であるから︑個々の無効遺言を征伐してみても︑事態はあまり改善されないであろう︑という︒確かに法的には︑当
該遺言のみが無効となり︑他に内容の異なる遺言があれば︑個別に︑遺言者の生前もしくは死後において︑その有
効・無効が争われるということにならざるを得まい︒その意味では︑ されてよいであろう︒判旨は妥当である︒
関 法 第 四 五 巻 第 六 号
いわばモグラたたきのような状態も起こりうる︒
しかし︑元来︑遺言者生存中のみならず死後においてすら︑全ての遺言の存在が直ちに完璧に明らかになるわけでも
( 1 4 )
なく︑今回の訴訟にしても︑公正証書遺言の存在がたまたま分かって初めて生じたことであり︑生前の無効確認を許
す意義が減ることにはなるまい︒むしろ問題は︑﹁相続させる﹂旨の遺言の効力についてである︒別稿で︑考察した
(1)高野芳久﹁遺言無効確認の訴えの適否等﹂判夕六八八号(‑九八九︶三六0
頁 ︒
(2)大阪地判平六
・I O・
ニ八︿解説﹀判夕八六五号二五六頁参照︒なお︑最判昭和四七・ニ・一五︵民集二六巻三0頁︶に
ついては︑井上治典﹁解説﹂﹃民事訴訟法判例百選I
︿第
二版
﹀︵
別冊
ジュ
リス
ト︱
︱四
号︶
﹄︵
一九
九二
︶︱
10
頁以下︑な
らびに紺谷浩司﹁解説﹂﹃民事訴訟法判例百選I︿第三版﹀︵別冊ジュリスト︱二二号︶﹄︵一九九五︶︱二四頁以下参照︒(3)高野•前掲三六0頁。
(4)前掲大阪地判平六
・1
0
・ニ八︿解説﹀二五六頁︑松村・前掲五三頁参照︒
(5)中野・前掲五五頁︒
(6
)
三ヶ月・前掲︱二0
頁 ︒
(7)判時一五二七号一〇七頁﹁解説﹂参照︒
(8
)
明治民法立法時に︑相続分の譲渡規定草案︵現行九0五条︶が検討された際に︑梅謙次郎起草委員は︑推定相続人の法的
地位から生じる相続期待権を︑相続開始前に第三者に譲渡しうることを主張した︒この考えは︑受け入れられるところとは
ならなかったが︑推定相続人の相続期待権を単なる事実上の希望や期待にとどまるものとは考えていなかったことの証左となる。受遺者の期待権も同様に考えてよいように思われ、本文中の中野教授の考えに賛同したい(拙稿「相続分の譲渡•取戻権に関する一考察明治民法草案中の相続分先買権規定の削除を中心としてー—」『中川還暦·現代社会と家族法』(日
本評論社︑一九八七︶四五二頁参照︶︒(9)中野•前掲六六頁。
(10)同処︒また︑中野教授は︑ドイツでも︑こうした訴えが例外的に許容されていることを具体例を挙げて紹介される︵中
野・
前掲
六七
頁以
下︶
︒
( 1 1 )
松村・前掲五二頁以下︒
(12)松村・前掲五三頁︒中野教授は︑遺言者の近い死亡が予見される場合と︑いわば絞りをかけておられることから︑この点
について︑松村教授の批判は妥当しないように思われる︒
( 1 3 )
伊藤昌司﹁今期の裁判例︵民法判例レビュ
15
0)
﹂判夕八八五号(‑九九五︶七八頁︒
(14)公正証書遺言のいわゆる名寄せは︑平成に入ってからようやく実現された︒しかし︑遺言者が死亡した場合に︑遺言の存
遺言者生存中における遺言無効確認の訴えの適否
~
︵一
七
0三 ︶
ろう
が︑
~
︵ 一 七0四 ︶
在していることを遺族に知らせるというサービスは︑いまだ行っていないようである︵拙稿﹁公正証書遺言に関する若干の
疑問点1
主と
して
︑作
成件
数︑
作成
手数
料︑
管理
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ー
̲̲
﹂関
大法
学論
集三
七巻
五・
六合
併号
(‑
九八
八︶
二九
一頁
以下
参照
︶︒
公正証書遺言における遺言能力の有無が争われた戦後の公表された裁判例は︑私の調べたところ︑見落としもあ
( 1)
一八件ほど見受けられる︒このうち︑遺言能力なしと判断された事例が一0件ある︒限界事例ばかりが訴訟
になっており︑そうでない公正証書遺言数が数多くあることを踏まえた上でなお︑公証人という実務の専門家が関与
しているにも係わらず︑無効とされた事例の意外に多いことが気にかかる︒伊藤教授によれば︑わが国の公証人は︑
先進諸外国のように遺言作成事務の専門家として養成された者ではなく︑契約証書の作成と同感覚で遺言書が作成さ
( 2)
れているようである︒周知のように最近︑専門職業人に対する厳しい法的責任が問われはじめており︑実務に携わる
者として︑こうした批判を謙虚に受けとめるべき時機に来ている︒
どの程度の意識状態ならば遺言能力が存するか︑あるいは存しないといえるかは︑脳の機能レベルの鑑定に基づ
いて︑遺言者の遺言時における状況等を参考しつつ法的に評価判断すべきであり︵公証実務では︑遺言能力の有無は
( 3)
口授能力や筆記の正確なことを承認︑あるいは署名・押印する行為などにより知りうる︒民法九六九条参照︶︑医学
( 4)
をはじめとし心理学など諸科学の助力を得ることが欠かせない︒また︑いうまでもなく遺言能力とは意思能力︵自分
の行為の結果を判断することのできる精神的能力︶ 遺言能力の有無
関法第四五巻第六号
のことであるが︑身分行為における意思能力と財産行為における
( 5)
意思能力との関係解明とも絡む純粋に法的な問題でもある︒もっとも︑伊藤教授は︑前述の公証人実務におけるミス
( 6)
リードの他の原因として︑遺言能力とは意思能力を意味すると説く通説が疑われることなく通用されてきた点を指摘
し︑このことが︑後の裁判で意思能力の欠如が明らかにされた公正証書遺言事件を続発させる一因となっていると指
(7 )
弾する︒この点はともかくも︑通常の生活を送ってきた者が高齢になり︑痴呆症状を呈してきたときのその者の遺言
( 8)
能力の判断には︑各別の難しさが存在するであろう︒学説には︑遺言者が遺言書作成当時︑平静な精神状態にあり︑
通常人と同程度の判断力︑理解力︑表現力を有していることの心証がえられればそれにて足り︑ただその意識状態は︑
瞬間的なものではなく︑遺言時の前後ある程度の時間帯継続ないし持続していることが必要ではないか︑との意見が
( 9)
みられる︒概ね妥当な見解といえるが︑この程度の心証を得ることすら現実にはなかなか難しいのではないか︑と思
さて︑本件大阪高等裁判所は︑平成五年に奈良家庭裁判所が
に禁治産宜告を行った際に用いた平成四年実施のY J
簡易知能評価テスト鑑定を重視し︑これに基づいて遺言能力の有無を判断した︒しかし︑この点はややルーズではな
かったかと思う︒近年︑とりわけ一九七0年代からの脳研究の著しい発展は︑アルッハイマー病患者を含めた高齢者
( 1 0 )
の精神状態の解明にかなりな進展をみた︒そうした研究の成果によれば︑高齢者の精神能力に基づく遺言能力︑すな
わち意思能力は︑その有無の境界領域が明白とはいえないこと︑
ナッシングで処理しうるものではなく︑例えば寛解状態においては十分な意思能力を有するが︑そうでないときには
喪失している︒こうした点を踏まえれば︑大阪高裁は︑後の遺言の作成の可否を知るためにも︑平成四年の鑑定結果
に基づくのではなく︑平成六年以後に行われたはずの控訴審口頭弁論段階における
の意思能力について判断すべきY l ︑ つ ゜
遺言者生存中における遺言無効確認の訴えの適否 いいかえれば有るか無いかといったオール・オア・
5
︵一七0
五 ︶
の有無によることは︑ 三一四
︵当該遺言の有効・無効については︑遺言が行われた平成元年︱二月の時点での意思能力 いうまでもない︶︒この点において︑本判決には少なからず不満が残る︒
(l
)
公正証書遺言における遺言能力の有無が争われた戦後の裁判例を古い年代順に並べると︑以下の通りである︒なお︑︹︺
内は︑裁判所による遺言能力の肯定・否定の結果を明らかにした︒
①東京高判昭和四ニ・︱ニ・一九判時五︱一号四六頁︹肯定︺︵公証人が︑あらかじめ他人から聴取した遺言の内容を筆記
し︑公正証書用紙に清書したうえ︑その内容を遺言者に読み聞かせたところ︑遺言者が遺言の内容と同趣旨を口授した︶︑
②最判昭四三・ニ︱・ニ0民集ニニ巻一三号三0一七頁︹否定︺︵①事案の上告審︶③東京高判昭五ニ・一
O ・
一三
判時
八
七七号五八頁〔否定〕(遺言者に有効に遺言をなすだけの精神能力が欠けていた)‘④東京高判昭五七•五・三一判時一0四
九号四一頁︹否定︺︵遺言の作成に際し︑遺言者が遺言の趣旨を口授した事実が認められなかった︶⑤大阪高判昭六
O・ I
二.―一家月三九巻一号一四八頁〔肯定〕(遺言能力があるとされた)‘⑥天阪地判昭六一•四・ニ四判時―二五0号八一頁、
判夕六四五号ニニー頁︹否定︺︵遺言作成当時︑遺言者に行為の結果を弁識・判断するに足る精神的能力が欠如していたとして、第四遺言を無効とした)‘⑦千葉地判昭六一・一―•三0判時―ニニ七号―二七頁〔肯定〕(パーキンソン症候群にか
かって言語障害等があったが︑意思能力まで欠いていたとは言い得ないとされた︶⑧東京地判昭六ニ・九・ニ五判夕六六三号一五三頁〔否定〕(遺言者が遺言の口授をしたとは認められないとされた)‘⑨東京地判昭六三•四・ニ五判時―二七四
号三0頁︹肯定︺︵在日ソ連人の遺言であったが︑遺言書作成当時︑通常人としての正常な判断力︑理解力︑表現力を備え︑
遺言内容について十分な理解を有していたと認められた︶⑩静岡地沼津支判平元・ニ︱・ニ0判夕七一九号一八七頁︹肯
定︺︵意思能力の欠如および方式違反は認められなかった︶︑⑪大阪高判平ニ・ニ・ニ八判夕七三七号ニ︱0頁︹否定︺︵⑥事案の控訴審)、⑫大阪高判平二•六・ニ六家月四三巻八号四0頁、判時一三六八号七二頁〔肯定〕(精神分裂病者のなした
遺言について︑遺言能力が肯定された︶⑬最判平三・九・ーニ判夕七九六号八一頁︹否定︺︵⑥事案の上告審︶⑭東京地判平四•六・一九家月四五巻四号―一九頁〔否定〕(アルツハイマー型老年痴呆により記憶障害および理解力、判断力の低
下が著しい状態にあり︑必ずしも単純な内容ではない本件遺言をなしうる意思能力を有していなかった︶︑⑮宮崎地日南支
判平五・三・三〇判時一四七二号︱二六頁︑判夕八二四号ニニ七頁︹否定︺︵遺言作成時に︑意思能力がなかった︶⑯名古
ではなかったかと思われる
関 法 第 四 五 巻 第 六 号
︵一
七
0
六 ︶
屋地岡崎支判平五•五·二七判時一四七四号―二八頁、判夕八二七号二七一頁〔肯定〕(禁治産宣告後に入院中の多梗塞性
痴呆高齢者がした遺言につき︑遺言書作成時に遺言能力があった︶︑⑰名古屋高判平五・六・ニ九家月四六巻︱一号三0
頁 ︑
判時一四七三号六二頁︑判夕八四0号一八六頁︹否定︺︵高齢者特有の中等度ないし高度の痴呆状態にあった者の包括遺贈
する旨の遺言が意思能力を欠くとして無効とされた︶⑱和歌山地判平成六・一・ニ︱判夕八六0号二五九頁︹肯定︺︵長男
に不動産を遺贈する旨の第一の遺言後︑一ヵ月ほどして長女に第二の遺言をしたが︑第二の遺言作成時に遺言能力はあった
とさ
れた
︶︒
(2)伊藤•前掲七八頁。
(3
)
右近健男﹁公正証書遺言判例研究︵下︶﹂判時一五一八号(‑九九五︶一七一頁参照︒
(4)久保田競編﹁脳の謎を解く①﹄︵朝日文庫︑一九九五︶三頁によれば︑一九七0年ごろから︑脳を生理学︑解剖学︑生化
学などのせまい専門分野の立場で研究するのでなく︑脳のおこす精神状態︵記憶︑思考など︶をいろんな専門分野のやり方
を使って研究し︑総合的に脳を理解しようとする試みが始まり︑それが成功して︑最近は脳がずいぶん詳しく分かってきた︒
(5
)
財産行為における意思能力については︑中井美雄﹁民法における﹃能力﹄制度論の動向ー﹃意思能カ・行為能力﹄を中
心としてー﹂立命館法学二二五・六号(‑九九二︶七五九頁以下︑天野佳洋﹁高齢者と銀行取引│意思能カ・行為能力を
中心として﹂ジュリスト九七二号(‑九九五︶三九頁以下︑須永醇﹁権利能力︑意思能力︑行為能力﹂﹃星野代表編・民
法講座第一巻民法総則﹄︵有斐閣︑一九八四︶九七頁以下参照︒
(6
)
たとえば︑瀬戸正二﹁遺言能力﹂﹃遺産分割・遺言ーニ五題ー家庭裁判所制度四0周年記念︵判夕臨時増刊六八八号︶﹄
︵一九八九︶三三八頁以下参照︒
(7
)
伊藤・前掲七八頁︒なお︑私は︑現時点において︑伊藤教授のいう遺言能力と意思能力の相違を︑十分に知りえない︒後
日に期すこととし︑本文では取り敢えず通説の立場から論述する︒
(8
)
高齢者の遺言能力をめぐる諸論稿には︑阿部隆彦﹁遺言能力﹂旬刊金融法務事情︱二四一号︵一九九五︶四八頁以下︑池
尻郁夫﹁高齢者の意思能力喪失と人事訴訟手続﹂愛媛法学会雑誌二0
巻三
1 1四合併号(‑九九五︶一八三頁以下︑五十部豊
久ほか﹁近時の公正証書に関する裁判例﹂民訴雑誌三一号(‑九九五︶一八五頁以下︑右近健男﹁公正証書遺言判例研究︶
︵上
︶︵
下︶
﹂判
時一
五一
五号
(‑
九九
五︶
一八
0頁以下・一五一八号一六四頁以下︑太田武男﹁痴呆老人の公正証書遺言と遺
遺言者生存中における遺言無効確認の訴えの適否
三一
五
︵一
七
0七 ︶