‑ 論文‑ 高 岡 短 期 大 学 紀 要 第
5
巻 平 成6
年3
月B u ll
.T a k a o k a N a t i o n a l C o l l e g e
,V o I
.5
,M a r c h 1 9 9 4
道 具 と し て の 作 業 環 境
小松 研 治
・
小郷 直言暮
( 平 成5 年1 1月2 日受理)
要 旨
工芸 品の制 作 活動で は制 作が実 際に行な わ れ る作業 環 境
へ
の関 心が低い 。 しか し,
制作 者の周り
に存 在する作 業環 境は制 作 活 動にと っ
て重要な役 割を担っ
て い
る。
制 作のた めの道具,
指 導 者や仲
間,
素 材,
豊 富な教 材.
安 全な ど は作業 環 境という場に配 置さ れ た知 識と考え ること ができ る。
本
稿では木材工芸 実技 指 導とい
う具体 的な場を取り上 げ,
「 周 辺に配 置さ れ た知 識や情 報,
他 人の協
力」 が 工芸 品制 作 活 動と指 導にとっ
て強 力な支 援と して役立つ
こと を示 す。
キ ー ワ ー ド
木 材工芸
,
工芸 品 制 作,
道 具,
実 技指 導,
環 境, ア フ ォ
ー ダン ス
1 は じ めに
製造工場で の作業環境は高品質な製品 を 作 り出すた めに
,
I E (イン
ダス
ト リアル ・ エ
ン
ジニ
ア リン
グ) や Q C (品質管理) の考え方を 取 り 入 れて
,
労 働者が効率よく作業でき,
また働きやすいように,
さらには作業者の安 全性に細 心の注 意 が払わ れて いる。
生 産性を 向上さ せ なけ れ ばならいという 大義 名分に支えら れて い るとはいう もの の
,
これは科 学的 管理法に始まる長い伝 統と実 績の裏 付け と から次第に形 成されてきた
。
それに引き替え
,
さ ま ざ まな意 味で製造現 場と は状況が異なっ
ており単純な比較は難し いが,
工芸 品制作にお ける その作 業環境へ
の一 般 的関心は
,
長い歴史があるにも か か わ ら ず,
想 像する より も遥かに薄い のが 現状である
。
工芸 品制作の分野で,
工芸品制作 者 (以 下では制作者と呼ぶ) 自 身が作業する作業環境に これ までは と んど注 意 と関心 を向けて こ な か
っ
たのは,
多くの人が使いやすい作 業場と か 工房 を
っ
くる ということ は,
まっ
たく 個 人 的で私的な活動,
関心事にす ぎない (もっ
といえば墳 末で汚い労 働) と
,
長い間思い込 んできた からである。
こ のような考え が支配 的になっ
てきたの に はいくつ
かの理由が 上 げ ら れるであ ろ う。
その 一
つ
に は,
人はどこかに芸術 的な制作 活動や 工芸品の制作活 動とは,
作家が彼の頭 (心) の中でイメ ー ジしたものを形として外に造 り出すことが 「 す
べ
て」 であるという 思いに強く縛り付け ら れてきたか らではないか
,
と考えられ る
。
作 品は その人間の心の内面に 形成され,
獲 得された知性,
感性,
情感か ら「 生み出されるもの」 であ り
,
そ して それが すべ
て でも あるかのように思い込んで しまっ
て いる
。
こ の考えを膨らませて いく と,
̲制作の本 質は個人の内面を徹底的に重視すること 産業工芸 学 科
*
大 阪 大学 経 済 学部12 2 小 松 研 治
・
小 郷 直 言と結び付き
,
実 際に制作 活動が行なわ れる作 業場,
作業 環境には大し た関心が払わ れなく なっ
て しま う。
いや,
む しろある意味で初め か らまっ
たく といっ
て い いほど作業環 境に無 関心で い られる。
よくみ るとこ の よう な事 情は
,
こと工芸 品 制作という領域に だけ限られたことでは ない。
様々な領域でごく普通にみ ら れ,
はとんど意 識さえ され なくなっ
てしまっ
て いること も多い
。
教 育や制作指 導の面ではこ の傾向はと くに顕著である
。
知識の獲得は個 人内(その中でも と くに頭の中) だ けで孤独にな される プ
ロ
セス
と して捉えら れると,
勢い,
教 育と指導の体制は それ を補 強するもの にな
っ
て しま う。
制 作という場に限 ら ず,
一 般に教室で行
なわ れることの多くの こと が これ とは ぼ同じ ような考え方に基づ い て いる
。
筆者らはこ の ような在り方に対して疑 問 を 抱き
,
作業場 ( 作業が な される環境) から工 芸 品制作 を見つ
め直してみ よう と考え た。
そ う する と,
制作 知や技 能の獲得は,
単に,
一 人の人 間が その場,
その環境から切り離された個人の 「頑の中」 で
,
さらに は,
頭でだけコ ン トロ
ー ル
できる 「からだの動き」 と して
蓄積されて いく 過 程として のみ語ること は決
して でき ない の では ないか という確信を 得る
に至
っ
た。
制作者の 日常的な制作 活 動は 一 般 的に思 わ れて いる ような思索に悩みに悩ん だ末
,
孤独な個人活動と して行な われ なけ れ ばならない というよりは
,
自分より豊富な知識・
技能を 持っ
他者に援助しても らいな が ら,
また文化によ
っ
て長い間に培わ れてきた道 具・
機械・
使いや すい作業場に支え ら れ ながら行な わ れて いるという 重要な側 面を持
っ
て いることに 気づく。
すなわ ち,
人は作業を する環境とい う形でそこに埋め込 ま れ蓄積されている知識 を助けに,
あるいは その知識に誘 導さ れ な が ら制作活動 を 行っ
て いけるの である。
本稿で は制作知や技能の獲得に と
っ
て,
刺作者の周 りに存在する作業環境
,
すなわ ち,
道具
,
指 導者や仲 間,
素材,
豊富な教材,
安 全な どが果たす 重要な役 割につ
い て論じる。
こ のと き道具
,
指導 者や仲間,
素材,
豊 富な 教材,
安全 な どが,
環境とか状況に深く結び 付いた ( 依存した) 知識であるいう考え方を とっ
た ( 第2 章)。
第3。
4 章で木材工芸 実 技 指導の立場か ら,
制作 者を取り巻く 環境や状況 がその人の制作 活動 をいかに助けること ができる かを豊富な具体 的実例でも
っ
て示 す。
また
,
こうし たことが制 作知や技 能を教授す る方法と強 く 結 び付い て いることを示して い く。
こう した観点か ら,
学習者に対して指導 者が執るべ
き 態度や接し方,
用 意 すべ
き作業 環境につ
い て の考え方を 提 示 する。
2 状 況に依存し た活 動
2 . 1 状況との相互作用
人が何かを 造
っ
て いる という 行動を外から 観 察すると,
その人は外 界から完 全に切 り離された頭(心) の中で創り 上 げた イメ ー ジを一 気に形に仕 上 げて いる かの ように見え ること がある
。
し かし,
われわ れの日頃の活動 を少 し振り返っ
てみれ ば,
われわれは外界からまっ
たく切り離さ れ た世界で思 念し たもの を行 動
に結び付けて活動して い る と は考えにくい
。
わ れ わ れは外界 と密 接にイ
ン
タラク ショ ンを
行い,
外界の情報に依存しながら,
状況に依
存し た活 動をはとんど無意識に行なっ
て いる。
こう した実感のはうが普通では ないだろうか
。
J .㌔. ギ ブ
ソ ン
の表現 を借り れ ば,
「 なにか行 動を起こす という と き,
それ を どのように知る か」 という 問 題 を 立て た とき
,
知識な るものを 「 頭の中」 にだけ想 定 する必 要は なく
,
行 動を誘発 してく れる知識あるい は情 報は
「 環境や状況」 自体の な かに存 在するという 考え方にな る
。
ギ ブソン
はこ の ような人間の 活 動 を誘発してくれ る性質 を 「ア フォ
ー ダン
ス
」 と呼ん だ。
人 間は活動の流れの中で外 界から様々なア フ
ォ
ー ダン ス
を直接 引き出すこ道 具 と し
て の作 業 環 境
とができる
。 ( 1 ) ( 2 )
活 動が状況に依存するとは
,
頭の中で立て た計 画をそのま ま紋き り 型に実行する ことで は なく,
状況がお膳立 してく れて いるレ
ール
にう ま くの
っ
かかりなが ら も,
刻々変っ
て い く状況,
外界,
対象に注 目 しな がら軌道修正 を行っ
て,
その場に適切な活動をその都 度生 成して いく 過程を意味して いる。
状況がお膳 立 してく れて い るレ
ール
にう ま くのっ
か ることは
,
熟 達 した人にとっ
ても,
あるいはまた素人にと
っ
ても,
行 動するの に いっ
も詳 細な 計画 を立てな くても す む という意 味で意識的 な負 担が軽減さ れ るの に役立っ
て いる。
その分
,
状況や環境の側が その負担を分担してく れることになる。
では
,
こ の状況や環境を構成するもの に は どのような 「 もの」 や 「ひと」 が考えら れる の であろうか。
工芸 品制作の世 界をみ た だけでも 道具
,
媒体,
素材にはじまり,
他の人々,
パ
ー トナ ー,
専門家,
指導 者などが含ま れるであろう
。
実 際の活 動の目 的に応じて,
道 具 や人々が選 ば れ,
それ らと活動主体との関係 が形成される。
そ して,
どのような道 具,
さ らには,
誰と関わるかに応じて,
課 題の性 質そのもの
,
あるいは その場にお ける主体の役 割が変化することに もな る。
結局変化は,
状 況依 存的であ り,
また,
生成的である。
もっ
とも
,
人間と状況との相互作用に おい て は,
そこに何が関わっ
て いるのかを具体的に同定 することす ら む ずかしい場 合が多い。
2. 2 道具とア フ
ォ
ー ダン ス状況に依 存した活動に
つ
い て考え ていくこ とは,
広い意味での 「 道具」 の果たす役割を 見直すことにつ
な が る。
単に対 象に加工を加 え ることができる 「 モ ノ」 と して の道具「観」 は,
道 具をそれが置かれた作業環境と切り離してみて しま
っ
て い る。
制作者,
道 具,
作業 場,
課 題 という 全体と,
機 能的な関係を考慮に入 れた見方が必要である
。
例えば,
家庭の1 23
主婦が毎日の料理 を作る台所を考えてみよう
。
こ のと き
,
主婦の家事 能力は長い時間 をかけて しだい に形 成されてきた台所の様々な道具 配置と 一 体である
。
キャ ベ ツ
を切る包 丁さば き だ けで家 事能力を 量ることはでき ない。
これ まで に料ヨ璽 を する過程で蓄積されてきた
,
料理にか か わるすべ
ての道具の台所空間で の 配 置が主婦の料理行 動能力を決定づけて いる。
主婦の料理能力や有 能さ は
,
個 人の属性とい うよりは,
む しろ,
状況の属性といえ るもの なの であるく〕
人間の活動とその活動能力を論じ る際に
,
人間が人 間の活 動の場 ( 状況) と ど う相互作用 する かを抜きには語 れないし,
その と きの道具のさり げない支援を抜 きには 語 れ ない
。
D .A . ノ ーー
マ ンは道具を使いやす く する た
めには
,
さま ざまな制約 ( 物理的・
意 味的・
文 化的・
論理 的) や自然な対応づけ な ど,
外 界にある情 報を う ま く利用し たデザ イン
を行 う 必 要がある と して いる(3) 。
例えば,
道 具の デ ザ イン
が適 切であ れ ば 人間の可能な行動の 範囲 を 限定 することによっ
て,
人間の行動 を ある方向に,
ある範囲に導くこと ができる。
自然な対応づけがある場 合には,
道具の意図 する使い方J
P,
道 具の使い易さ が だ れに でも 理解されやすい。
ア フ
ォ
ー ダン ス
につ
い てもノ ーマ ン は,
わ
れ わ れ を取 り 巻い て いるあ らゆ る道 具は 「 し
たい」 こと を自然に 「 させ る」 よう な形や機
舵 ( ノ ー マ ンはこれを 「外界にある知識」 と
呼ぶ) を持っ
て い る,
という(4 ) 。
例え ば,
図
っ
て い る,
という(4 ) 。
例え ば,
図1
‑
図3 の写真はある喫茶 店の玄 関 ド アを外 側か ら と内 側から撮っ
たもの である。
外側のドア の ノ ブは握
っ
て引くこと を( 図2),
内 側の木材で できた プ
レ
‑ トはド アを葦で押すこ と を( 図3),
それぞれ 「 させ る ( ア フォ
ー ドして いるといえ る)」 の である
。
これに よっ
て,
内側か ら と外側か らがお 互い に押し合っ
たり