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「成人教育のスウェーデンモデル」とは何か

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【要旨】 スウェーデンは自国での優れた取り組みを国際社会で積極的にアピールす

ることで知られているが,成人教育も例外ではない。 1970 年代以降,有給教育休 暇制度や社会人への大学入学定員割り当て制度などのリカレント教育政策が国際社 会の注目を集めてきた一方で,ノンフォーマル教育としての民衆教育も,途上国へ の国際援助プロジェクトを通じて積極的に「輸出」されてきた。そのなかで,民衆 教育の学習様式は「成人教育のスウェーデンモデル」とも呼ばれている。ローカル な知を伝達する地域固有の学習様式であったノンフォーマル教育が「モデル」化さ れ世界各地に「輸出」されるという現象は,はたして何を意味するのか。本稿では, 「輸 出」のおもな事例における「成人教育のスウェーデンモデル」の語られ方をふまえ ながらスウェーデン民衆教育の特質をとらえ返すことにより,国際援助における成 人教育モデルの「輸出」の是非,および,成人教育の国際的振興と「モデル」化の 関係について考察した。

1.

 はじめに

福祉国家としてのスウェーデンを支える制度や政策の多様な側面をさして用いられてきた「ス ウェーデンモデル」という言葉は,教育研究の領域においても,しばしばきわめて肯定的な意味 をともなって用いられている。教育行政の地方分権化,学校開発の手法,運営費の大半を公費で 賄う私立学校( fristående skola )制度などの特色ある取り組みをさすこともあれば,これらの基

「成人教育のスウェーデンモデル」とは何か

ノンフォーマル教育の「輸出」をめぐる論点

What might be a “Swedish Model of Adult Education”?:

Issues on the Export of Non-Formal Adult Education

太田美幸 OHTA, Miyuki

キーワード スウェーデンモデル,成人教育,民衆教育,ノンフォーマル教育,

グローバル化,教育の国際基準化

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盤となる教育制度全般をさすこともある。他方,積極的労働市場政策の一部としての職業教育シ ステムや,社会的不利益層への公的サポートを特徴とする成人教育政策などが,福祉国家システ ムとしてのスウェーデンモデルを支える要素として語られることもあり,スウェーデン社会の特 質が説明される際にはしばしば成人教育の重要性が言及される

1

そうした評価は,スウェーデンの外部からのみなされているわけではない。スウェーデンは自 国での優れた取り組みを国際社会で積極的にアピールすることで知られているが,教育の「スウ ェーデンモデル」も例外ではなく,そこでもやはり,成人教育の重要性が強調されている。周知 のとおり, OECD が成人の学習権保障と実質的不平等の縮減を追求する教育戦略として提唱し たリカレント教育論は, 1969 年のヨーロッパ教育大臣会議において当時のスウェーデン教育大 臣ウーロフ・パルメが紹介したアイデアに基づくものである。スウェーデンは 1970 年代に有給 教育休暇制度や社会人への大学入学定員割り当て制度などを導入し,積極的にリカレント教育を 推進した。以来,成人の学習参加率は高い水準を保っており,「生涯学習先進国」「学習社会」と して国際的な注目を浴びてきた。

その一方で,ノンフォーマルな成人教育活動である民衆教育( folkbildning )

2

も,民主主義 やシティズンシップを志向する成人教育の手法として国際社会に発信されている。 1970 年代に,

独立後の旧植民地における民主化への支援としてスウェーデンの民衆教育のノウハウを伝達しよ うとする動きが活発化し,アフリカ,アジア,ラテンアメリカ各地において協力関係が構築され てきたほか,東欧の旧社会主義国との間にも同様の協力関係がみられる。また, EU 加盟後は他 の北欧諸国とともに,民主主義を培う北欧型民衆教育の理念を他のヨーロッパ諸国に普及させる ことをめざし,職業訓練を重視してきた EU の教育政策に影響を与えてきた(澤野  2000 )

3

。こ うした状況は,スウェーデン国内では「民衆教育の輸出( folkbildning på export )」と表現され,

政府や NGO など多様なアクターがその推進主体となっている。そのなかで,民衆教育の学習様 式は「成人教育のスウェーデンモデル( Swedish model of adult education )」と呼ばれている。

ところで,生涯学習あるいは成人教育の振興をめぐる国際的な議論においては,フォーマル な成人教育とノンフォーマルな成人教育の双方が共に重視されてきた。 OECD のリカレント 教育論も,ノンフォーマルな成人教育を教育体系の中に積極的に位置づけることを企図するも のであった。スウェーデンの場合,成人教育の形態は,公立成人学校( Komvux )をはじめと する成人学校教育,雇用訓練などの労働市場教育,学習サークル( studiecirkel )

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と民衆大学

( folkhögskola )

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を中心形態とする民衆教育の三つに大別されるが,成人学校教育と労働市場教

育はフォーマル教育,民衆教育はノンフォーマル教育に分類できる。民衆教育は 19 世紀末以来 の民衆運動の中で生じ,現在にいたるまでその組織を継続している

6

。 1970 年代以降の成人教育 政策では,いずれに対しても巨額の公費が投入されてきた

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歴史的にみれば,生涯学習・成人教育の実践は制度化された教育の外で行われるノンフォーマ ル教育として,各時代・各地域の文脈に即したローカルな知の伝達のために形成されてきたも のであった。それは「地域の持つさまざまな課題を解決するために生み出された多様かつ地域固 有の学習の様式」(前平 2005: 104 )であるし,国家形成・国民形成の課題を担う制度化された教 育とは異なる,「生きる場のバナキュラーな価値の維持・生産・更新にかかわる学び」(関  2005:

22 )であるともいえる

8

。スウェーデンの民衆教育も,まさしくこうして形成されたものであった。

このことをふまえると,「民衆教育の輸出」と称される現象にはある疑念がつきまとう。すな

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わち,ローカルな知を伝達する「地域固有の学習様式」であるはずのノンフォーマル教育が「モ デル」として世界各地に「輸出」されるという現象は,はたして何を意味するのかという疑問で ある

9

。誰がそれを「モデル」化し,どのような目的で「輸出」あるいは「輸入」しているのか。本 稿では,「輸出」のおもな事例における「成人教育のスウェーデンモデル」の語られ方をふまえ つつ,「地域固有の学習様式」としてのスウェーデン民衆教育の特質を改めてとらえ返すことで,

上記の問いについて検討していきたい。

2.

 スウェーデン民衆教育の「輸出」

民衆教育の経験と方法は,さまざまなルートで北欧諸国の外に「輸出」されてきた。民衆運動 の諸団体は,第二次世界大戦後に諸外国における運動体との連携を強化するなかで,運動と密接 に結びついた民衆教育の学習様式を積極的に紹介してきたし,先にふれたような EU 諸国に向け てのアピールのほか,政府間の開発援助においても民衆教育が活用されてきた。また,スウェー デン中南部にあるリンシェーピン大学では,途上国におけるノンフォーマル成人教育の専門家育 成プログラムを設置して,各国からの参加者を受け入れている。以下,「輸出」のおもな事例を いくつか概観し,その目的と推進主体を確認していくこととする。

1

) 民衆大学を通じた国際援助

スウェーデン国際開発協力庁( Swedish International Development Cooperation Agency:

SIDA )が実施する二国間援助では,援助活動の一環として,民衆教育の専門家の現地派遣や教 育機関の設立支援などのプロジェクトが数多く実施されてきた。その代表例が, 1970 年代半 ばに設立されたタンザニアの成人教育機関「民衆開発カレッジ( Folk Development Colleges:

FDC )」である。

FDC をめぐるタンザニアとスウェーデンの協力関係は, 1970 年代初頭に,以前から北欧諸国 の民衆大学に注目し強い関心を寄せていた当時のタンザニア大統領ニエレレと,スウェーデン首 相パルメが,スウェーデンの民衆大学にならった成人教育機関をタンザニアに 100 校設立する こと,そのプロジェクトをスウェーデン政府が支援することを合意したことに始まる。民衆大学 に対するニエレレの関心は,寄宿舎を備えて共同生活を行う点,および農村の若者を対象とする 訓練機関である点に向けられていたという( Rogers   2000: 77 )。

このプロジェクトでは,当初 2 年間で全国 103 地域のうち 52 地域に FDC が設置されたが,

その多くは従来の農村訓練センター( Rural Training Center )を改組したものであった。当初の FDC は地域社会の生活の質の向上をねらいとし,教養教育のコースを設置していたが,識字教 育もままならない状況でこうしたコースが機能するはずもなく,地元住民からの支持が得られ ないまま, 80 年代末には初等教育離脱者に基礎教育を提供するものとなってしまった。タンザ ニア教育省からの助成金も滞りがちで,運営費の大半を SIDA からの資金に頼るようになって いた( Rydström 1995, Rogers 2000 )。その後, SIDA はリンシェーピン大学の協力を得て FDC の立て直しを図り,現在ではそのうちの一部が実質的な職業訓練機関として成果を上げている。

FDC は,トップダウンによって導入されたモデルが地域に根づくことなく性質を変えてしまっ

た事例であるといえるだろう。

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ただし, FDC とスウェーデンの民衆大学との間に協力関係のネットワークが形成されている ことは興味深い。こうした学校間の交流によっても,民衆教育の理念が草の根的に「輸出」され ているのである。たとえば,リンシェーピン市にあるヴァッラ民衆大学( Valla folkhögskola )と タンザニアのモロゴロ市郊外にあるビグワ校( Bigwa FDC )は, 20 年にわたって姉妹校関係にあ る。教職員と学生の相互訪問が双方のコースワークに組み込まれており,ヴァッラ民衆大学にと ってビグワ校は「アフリカの第二の家」のような存在であるという。さらに,ヴァッラ民衆大学 はビグワ校に対する資金援助も行っている

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。他にも多数の民衆大学がこうした交流を継続して いるが,その背景には,多様な民衆運動組織を母体とする民衆大学が,運動組織の国際的な支援 関係のなかで 1960 年代から途上国援助を行ってきたことがある。現在,こうした援助の多くは 民衆大学教員組合( Svenska folkhögskolans lärarförbund : SFHL )によって組織的に実施され,

アフリカのみならず,ラテンアメリカやソ連崩壊後のバルト三国,東欧諸国でも展開されている。

2

) 「学習サークル・メソッド」への期待

アメリカとオーストラリアには,スウェーデンの学習サークルを普及させようと活動してい る NGO がある。アメリカでは, 1989 年に設立された「学習サークル・リソースセンター( The Study Circle Resource Center : SCRC )」( 2008 年に「エブリデイ・デモクラシー( Everyday Democracy )」と改称)

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が,オーストラリアでは,アメリカの SCRC にならって 2006 年に 活動を開始した「オーストラリア・学習サークルネットワーク( The Australian Study Circles Network )」が,それぞれ学習サークル普及運動を展開している( Larsson & Nordvall   2010: 35 )。

なかでもオーストラリア・学習サークルネットワークは,「スウェーデンの学習サークル 100 年 の伝統に則った」活動を行うことを目的として明言していることが特徴的である。この団体の目 的は,オーストラリアの人々がコミュニティの課題に対峙し,解決に向けて行動を起こすことを 促すことにあり,そのための「ユニークで強力な民主的プロセス」として「コミュニティ・ワイ ドな学習サークル・ネットワーク・プログラム」を展開しているという

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ウェブサイト上で発表されている「学習へのスウェーデン的アプローチ」と題した文書では,

「深く埋め込まれた倫理観、個人間の高度な信頼関係、および卓越した『市民リテラシー』に裏打 ちされた特段に強力な『市民社会』が、北欧諸国の業績を支えている」ことが見習うべき事例と して称揚されている。さらに,信じがたいほどの成果を上げている北欧諸国を「彼らはエイリア ンではない。この惑星の一員なのだ」とまで言い,それが空想ではなく,自分たちにも実現可能 なものであることを強調している

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。別の文書では,人々が直面している問題を解決するための 方法として,「人々の精神に火を付けること」「人々が専門家の主張に臆せず、自らの判断を信じ て発言できるようになること」「批判的に思考すること」「他者と協働する能力をもつこと」など があげられ,それを追求するにあたって,スウェーデンに普及している学習サークルのメソッド が最も有効であると述べられている

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。こうした表現には, 19 世紀半ばのデンマークでフォルケ ホイスコーレを構想したグルントヴィの影響が垣間みえる。かつて北欧の人々が民衆教育を通じ て自己形成をしたように,現代のオーストラリアに暮らす人々が学習サークルを通じて市民社会 の積極的な担い手となっていくことが期待されているのである。

また近年は,スウェーデン以外の先進国で活動する NGO が,自国内のみならず途上国にも出

向いてスウェーデン型の民衆教育を普及させようとする例もみられる

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。バングラデシュの「学

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習サークル・バングラデシュ( Study Circle Bangladesh )」もそうした事例の一つで,アメリ カの「ナショナル・デモクラティック・インスティテュート( National Democratic Institute : NDI )」のバングラデシュ支部が SIDA の支援を受け,現地 NGO と共同で 2003 年に開始したプ ロジェクトである。

NDI は SCRC の活動を参照し,「スウェーデン型学習サークル・メソッドは,人々の対話と社 会参加を促進するきわめて効果的なアプローチである」として,学習サークルの普及に力を入れ ている。ここでいう学習サークルとは, 8 〜 12 人の参加者による「共通の関心事」に焦点を当て たディスカッションのことで,各参加者は対等な発言権をもち,中立的立場に立つファシリテー ターが参加者に質問をしたりして議論をリードする。学習サークル・バングラデシュは学習サー クルの特徴として,「ディベートではなく対話と議論」を行うこと,「友好的でのびのびとした雰 囲気」であること,「個人の意見が尊重される」こと,「全員が対等な発言権をもつ」ことなどを あげている

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。このことの背景には,激しい政治対立の中で人々の言論が抑圧され,生産的な政 治議論ができないばかりか,日常生活の諸課題について語り合う意思さえも奪われているという 現状認識がある

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スウェーデンにおける民衆教育研究の第一人者であるラーションは,学習サークルをスウェー デン民衆教育に特有の学習様式とみなし,主流文化の再生産機能を担ってきた近代教育制度に対 して,民衆教育はそれとは異なる様式によって主流文化とは異なる多様な文化の再生産を行って きたと主張する。「学習サークルの文法」の基本的な特徴としては,①多様な年齢層からなる少 人数のグループであること,②参加者が互いに直接に対話をすること,③週に1回程度の開催で,

1回あたりの時間はおおむね3時間程度であること,④自由意思に基づく参加であること,⑤参 加者間の関係が対等であること,⑥学習の目的や内容について国家から干渉を受けないこと,⑦ 学習の成果が問われないこと,の 7 点があげられるが( Larsson et al. 1997 ),オーストラリア・

学習サークルネットワークや学習サークル・バングラデシュは,これらの特徴のうち,とくに参 加者間の関係と参加の自発性に注目しているようである。そこでの学習内容としてイメージされ ているのは,政治的な意思決定への参加を促進するための市民教育であり,必ずしも多様な生活 文化の維持・更新が意識されているわけではない。すなわち,市民社会の活性化,あるいは社会 のいっそうの近代化をめざすグループが,「学習サークル・メソッド」を利用して,人々の市民 化をめざしているといえる。こうした目的意識は,次に紹介する南アフリカの事例にもみられる ものである。

3

) ノンフォーマル教育の意義

南アフリカ共和国の NGO 「南アフリカ民主主義協会( Institute for Democracy in South Africa:

IDASA )」は, 2006 年よりスウェーデンの学習協会成人学校( Studieförbundet Vuxenskolan )と 提携して,民衆大学をモデルとする「民主主義学校」の設立や「学習サークル・メソッド」の普及 に向けたパイロット・プロジェクトに取り組んでいる。このプロジェクトは,制度化された教育 とは異なるノンフォーマル成人教育独自の意義を強調するもので,そのモデルの一つとしてスウ ェーデンが選ばれたという( Ström ed. 2007 )。

南アフリカにも,数十年にわたる独自のノンフォーマル成人教育の歴史がある。それらはおも

に, 1930 年代の共産党学校や, 1953 年制定のバンツー教育法( Bantu Educational Act )による

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人種差別的教育に対抗する教育運動など,政治的な運動と結びついて展開されてきた。 1970 年 代以降に活発化した成人識字教育の多くも黒人意識運動( Black Consciousness Movement )

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や 労働組合運動などとつながっており,厳しい弾圧を受けながらも多くの人々を巻き込んだ政治学 習が行われていた。 1994 年に初めて黒人に選挙権が与えられ「民主化」が果たされた後には,成 人教育は公式に推進されるようになり,現在は成人基礎教育・訓練( Adult Basic Education and

Training: ABET )制度が整備されている。標準化された成人教育プログラムが提供されるように

なると,ノンフォーマルな成人教育は次第に衰退していった。

こうした現状に対し, IDASA は「ノンフォーマル成人教育の衰退は,南アフリカに国家的民 主主義を構築するというプロジェクトに深刻な影響を及ぼしてきた」として,「南アフリカの民 主主義が健全であるためには,よりよいフォーマル教育を引き続き追求するとともに,ノンフォ ーマルな民衆教育を復興させることも不可欠である」と主張し,スウェーデンで両者がともに活 発であることに注目している( Ström   2007: 6–8 )。

とりわけ IDASA が強調するのは,スウェーデンの民衆教育が,フレイレの教育理論のような

変革志向の強い教育と目的や方法において共通点を多くもちながらも,相対的には調和志向的で あるという点である。南アフリカの現状において,人々はともすれば不満の声をあげたり抗議活 動をしたりすることにのめりこみがちだが,重要なのは,自らが問題を解決して地域社会を変革 していくという自信を抱くことであって,スウェーデンの民衆教育はそうした自信や希望を育む のに適しているのだという( Ström   2007: 9 )。また IDASA は,スウェーデンにおいて国家によ る民衆教育への支援が文化政策として実施されていることにも注目している。このことによって,

民衆教育がフォーマル教育の陰に隠れて存在感を薄くすることなく,支援されるべき文化活動と して十全な地位を享受できるからだ( Hunter   2007: 15 )。 IDASA がスウェーデンの民衆教育に注 目するのは,フォーマル教育とは異なる独自の位置を確保しながら国や自治体への働きかけを行 っている点,そのなかで人々の自治能力が高められていく点がモデルたりうるとみなされるから なのである。

上述した事例のほか,チリ

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,ポルトガル

20

,インド,スロヴェニア,ニカラグアなどにもス ウェーデン民衆教育は「輸出」されている。最近作成されたスウェーデンの学習サークルを紹介 する著書・論文のリスト( Larsson & Nordvall 2010 所収)には,ベンガル語(バングラデシュ),

中国語(台湾),デンマーク語,ペルシア語,フランス語,フィンランド語,韓国語,ノルウェー語,

ロシア語,ポルトガル語,スロヴェニア語,スペイン語の文献が列挙されており,学習サークル が世界的に注目度を増していることがはっきりと見てとれる。

3.

 「輸出」の背景にあるスウェーデンの自己認識

ところで,民衆教育の「輸出」を支えているこうした期待の背景には,先にも述べたように,

スウェーデンが自国の取り組みを国際社会で積極的にアピールしてきたことがある。現政権の一

員である国民党の前党首で 2007 年まで教育大臣を務めていたラーシュ・レイヨンボリは, 2006

年に「民衆教育はスウェーデンの民主主義にとってきわめて重要なものだ。このモデルを我々は

積極的に『輸出』している」

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と述べているが,この発言は,民衆教育の「輸出」が国家レベルで

推進されていることを明瞭に示している。スウェーデン政府が自ら民衆教育を「成人教育のスウ

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ェーデンモデル」とみなしていることは, 2009 年の第 6 回世界成人教育会議( CONFINTEA Ⅵ)

開催に際してスウェーデンが提出したナショナル・レポートで,自国における成人教育の「研究・

革新・優れた取り組み( Good Practice )」の一つとして,「成人教育のスウェーデンモデルとし ての学習サークル」( Ministry of Education and Research, Sweden   2008: 27 )をあげていること にも表れている。

かつて,首相在任中のパルメが「スウェーデン社会は学習サークル・デモクラシーをその基 礎に置いている」

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と発言したことは,スウェーデン国内ではよく知られている。この発言に は,スウェーデンにおける民主主義の発展と福祉国家形成に民衆教育が多大な貢献をしたことへ の認識が示されている。こうした認識は広く共有されており,たとえばリュドストレームは「ボ ランタリーな学習協会や民衆大学,およびその他のあらゆる成人教育は『スウェーデンモデル』

を,そしてこの国の民主主義を支えるものの一つであり,マスメディアよりも重要なものである」

( Rydström   1995: 129 )と述べている。

また,民衆教育が近代国家におけるナショナルなシティズンシップの発展に関与してきたと する見解も一般的で( Lorentz   2006 など),スウェーデン社会が,強力な民衆運動と民衆教育 を「スウェーデンの独自性を形成する要素の一つ」「スウェーデン社会が拠って立つ柱の一つ」

( Nordvall & Dahlstedt   2009: 30 )とする自己像をもっていることも指摘されている。スウェー デン社会のこうした自己認識が,民衆教育を他の国々に伝達しようとするイニシアティヴを生じ させてきたといえる。

そうしたイニシアティヴは, SIDA の国際援助プロジェクトに最もよく反映されている。 SIDA は当初より,他国に例を見ないほど成人教育を積極的に推進してきた。とくにアフリカ地域では,

各国で展開されている成人基礎教育プロジェクトは SIDA からの資金援助なしでは成り立たない のが現状であるという。

リュドストレームによれば, SIDA が成人教育に力を入れる理由の一つは,スウェーデンの 民衆運動が早い時期から他国の民衆組織との国際的連帯を形成し,その活動を統括する立場に あった各組織代表による委員会を前身として, 1965 年に SIDA が設置されたという経緯にある

( Rydström   1995: 142 )。そもそも民衆運動の各組織は民衆教育の母体でもあり,民衆教育は運 動推進の有力なツールであったため,委員会のメンバーには熱心な教育実践家が多く含まれて いた。そうした人々が SIDA の国家間援助プロジェクトを実施する立場になったのであるから,

SIDA のプロジェクトが成人教育を重視するものとなったのも当然の成り行きであるといえる

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。 そのなかで,成人基礎教育や職業訓練を充実させるためのフォーマル教育の整備,およびボトム アップで民主化を推進するためのノンフォーマル教育の普及がともにめざされてきた。後者の核 になるのが「成人教育のスウェーデンモデル」なのである。

こうした文脈では,「成人教育のスウェーデンモデル」としての民衆教育は,民主主義推進の ためのツールとして語られることになる。スウェーデン型の民衆教育が普及すれば人々は自らの 意見を積極的に発言するようになり,政治参加も促進されるという展望が,「輸出」の前提にな っているのである。だが,はたしてこの展望は妥当なものなのだろうか。

じつのところ,スウェーデンの民衆教育がどのような回路で民主主義の発展に結びついてきた

と言いうるのか,あるいは現在そうであると言えるか否かについては,それを検証する手立てさ

え確立されていないのが現状である( Larsson   1999: 249 )。スウェーデンの民衆教育が民主主義

(8)

の発展につながるという連関が説得力をもって受容されているとすれば,それは現代スウェーデ ン社会をそのようにして形成されてきたものとみなす視点の産物にほかならない。パルメの言う

「学習サークル・デモクラシー」も,そうした視点から発せられた一種のレトリックであるとみ るべきだろう( Larsson   2001b: 137 )。実際,スウェーデン国内では民衆教育と民主主義の連関 を批判的にとらえ返そうとする議論も展開されている。その主たる論点を次節で確認していきた い。

4.

 民衆教育は民主主義を促進するか

1995 年から 1996 年にかけてスウェーデン政府が行った民衆教育評価( SUFO96 )における研 究プロジェクト「サークル社会

――

個人と地域社会にとっての学習サークルの意味( Cirkelsamhället:

Studiecirklars betydelser för individ och lokalsamhälle )」では,国内の三つの地域を対象とし て人口動態,産業構造,政治的傾向や文化活動の状況などが詳細に分析されたうえで,学習サー クル参加者を対象とするインタビューなどの質的調査が行われた( Andersson et. al 1996 )。ラー ションは,この研究プロジェクトの成果をふまえて,民衆教育の理念と実態を主要な民主主義理 論と照らし合わせながら検討している( Larsson   1999, 2001a, 2001b )。

ラーションによれば,先に紹介した「学習サークルの文法」の中核は,私的な関心に基づいて 集う参加者の間で直接に対話が行われ,民主主義的な関係が築かれ,自律的な運営がなされるこ とにある。そこで形成される人間関係は水平的で,フォーマルな学校教育に比べて平等的かつ協 働的である。そのような人間関係はパットナムが民主主義を促進させる仕組みとして論じたソー シャル・キャピタルの基盤となり( Larsson   2001a: 202–203 ),政治参加を促進すると考えられる。

また,議論を中心とする学習サークルは,ハーバーマスのいう対話的理性に基づくコミュニケー ション的行為の特徴をもち( Larsson   1999: 247 ),討議的民主主義の実現につながるものでもあ る。この点は学習サークルのみならず,民衆大学にも共通する特徴であるといえるだろう

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ただし,これはあくまでも理念にみられる特徴であって,実態がどうであるかはこれとは別に 検証しなければならない。また,学習サークルのような対話を中心とする学習様式は必ずしもス ウェーデン特有のものではなく,世界各地のノンフォーマル教育にある程度共通してみられるも のであるということも考慮する必要がある。

上述の議論の中でラーションは,社会的資源を多くもっている人々よりも社会的に不利な立 場にある人々が多く民衆教育に参加しているならば,民衆教育は民主主義の発展に貢献してい ると言いうるとしたうえで,初期の民衆教育にはおそらくそのような傾向があったが,それは 必ずしも現代に継承されてはいないことを示している。 1998 年に発表された民主主義審議会

( Demokratirådet )のレポートでは,政治参加の度合いにおいて男女間や地域間の格差は少ない

ものの,移民や失業者は相対的に参加度が低く,組織内の意見形成や公的な意志決定プロセス においては学歴の高いホワイトカラー労働者が優位であるということが報告されているが,現 状において,民衆教育が移民や失業者の政治参加を促進するように機能しているとはいえない

( Larsson   1999: 253 )。

さらに彼は,日常的にサークルに参加している人々の多くが,特定の知識や技能を身につけ

るための手段として,あるいは個人的関心を満たすためにサークルを利用していることを指摘

(9)

し,学習サークルの活動には民主主義とは直接関わりのない多くの意味があることに注意を促し ている( Larsson   1999: 270, 2001a: 205 )。要するに,民衆教育が実態として民主主義を促進して いるか否かについては「確たる証拠はない」( Larsson   2001a: 216 )のである。

他方,民衆教育を通じた公共圏形成についての論点もある。スンドグレンは,ハーバーマスら によって展開されてきた市民的公共性をめぐる議論を念頭に置きつつ,民衆教育は「ブルジョア 公共圏」に対抗する「プロレタリア公共圏」としての性格を含んできたと述べているが,彼もま た,多様なバックグラウンドと関心をもつ人々が集まる現代の民衆教育の活動においてこうした 性格を見出すことは難しいと結論づけている( Sundgren   2000: 81 )。

さらにいえば,かつて民衆教育がスウェーデン民主主義の成熟に重要な役割を果たしたという 認識そのものも,実証に裏づけられたものとは言い難い。歴史を振り返れば,その役割はむしろ,

民衆運動の内部で展開された種々の集団活動に見出される。石原俊時によれば,そもそも民衆運 動それ自体が「市民の学校( medborgarskola )」と呼ばれ,集会に参加して議論をしたり,仲間 と共にさまざまな活動に参加したりすることで,人格的に自立するとともに連帯の精神を養い,

民主的な組織の中で実践的に民主主義を学びながら,市民社会の担い手となっていくと主張され てきた(石原  1996: 12 )。もちろん,民衆運動内部での集団活動には学習サークルなども含まれ ていたが,それは活動全体の一部にすぎない( Hellspong   1991 などを参照)。

スウェーデンにおいて民衆運動が労働運動を中心に参加者を急増させた 1890 年から 1920 年 頃には,民衆教育運動はごく初期の段階にあった。 1920 年の人口は約 590 万人( SCB   2002: 49 ) で,当時国民の三分の一が民衆運動に参加したとするルンドクヴィストの指摘( Lundkvist   1977 ) に従えばその数は 200 万人弱と見込まれるが,統計データを見る限り,この時期の学習サーク ルへの参加者は 10 万人ほどである( 1944 års folkbildningsutredning 1946: 52 )。 20 世紀前半に おける民衆教育は,学習サークルに比べてはるかに受動的だと言わざるをえない講義活動が主流 であり(太田  2011: 223 ),現在のような様式の学習サークルに多くの人が参加するようになった のは,スウェーデンの民主主義がすでに成熟期に入った 1970 年代以降のことであった。この時 期に学習サークルへの参加者が飛躍的に増大した背景には,成人教育政策が始動し学習サークル への助成金が大幅に増額されたことがある(太田  2011: 246 )。

したがって,民衆教育の普及と民主主義の発展との間に直接的な因果関係があると断定するこ とは,やはり困難だと言わざるをえない。問われるべきは,ソーシャル・キャピタルを育むよう な,あるいは討議的民主主義の実践となりうるような民衆教育の学習様式が,スウェーデン社会 のいかなる条件と呼応し,いかなる成果を上げてきたのかという点であろう。

5.

 ノンフォーマル成人教育の「モデル」化をめぐる論点

スウェーデンの民主主義は歴史的に形成されてきた政治文化や政治制度の上に成り立ってお

り,そのなかで民衆教育の貢献がいかほどのものであったかを特定することはきわめて困難であ

る。「学習サークル・デモクラシー」をレトリックとみなさざるをえないことはすでにみたとお

りだが,ここまでの考察をふまえれば,先にみたような文脈で語られる「成人教育のスウェーデ

ンモデル」もまた,国際社会におけるスウェーデンへの一種の羨望のもとで生み出されたレトリ

ックであるといえる。このことについては,二つの論点があげられる。

(10)

一つは,社会の民主化をめざして実施される援助プロジェクトが,ある国の「優れた取り組み」

をモデルとして取り込むことの是非である。リュドストレームは,スウェーデンの社会的文脈の 中で生まれ育った概念を全く異なる文化的背景をもつ社会に「輸出」する試みの多くがすでに失 敗してきたことを指摘し,この「輸出」の是非を問うている( Rydström   1995: 143 )。社会の民主 化という目的のもとで展開される草の根的な成人教育運動は,しばしば対立する勢力からの圧力 を受ける。「民主主義は永遠に与えられるものではなく,人々が何度も繰り返し成し遂げなけれ ばならないもの」である以上,スウェーデンの民衆教育は「模倣するのではなく,追いつき追い 越す」対象であり,「青写真としてではなく,インスピレーションとして参照されるべき」もので ある( Rydström   1995: 144 )。実際,南アフリカの IDASA は,スウェーデンからインスピレーシ ョンを得たうえで「私たち自身にふさわしいモデルを開発していかねばならない」( Ström   2007:

8 )と述べている。ロジャーズが指摘するように,こうした試みは,そのモデルが「元の事例を成 立させていた文化的環境との接続から切り離されたうえで,新たな文化的環境の中に十分に順応 する場合」( Rogers   2000: 88 )にしか成功する見込みはない。

宮本太郎は,福祉国家システムとしてのスウェーデンモデルを「さまざまな制度や政策が相互 に連関した一つのシステム」(宮本  1999: 37–38 )ととらえる見方を示しているが,こうした見方 に従えば,スウェーデンの文化的環境の中で成立した民衆教育・成人教育のシステムもまた,社 会の他の要素との連関構造において機能してきたといえる。もし「成人教育のスウェーデンモデ ル」と言いうるものがあるとすれば,それはこの連関構造をさすと考えるべきであろう。したが って,他の地域への適用可能性を見極めるためには,現代のスウェーデン社会に即してその構造 的連関の具体的なありようを明らかにすることも必要となる。

もう一つは,成人教育の国際的振興の中での「成人教育のスウェーデンモデル」へのまなざ しについてである。スウェーデン国内でも,「モデル」概念があらゆる文脈で過剰に用いられて いることの問題点はすでに指摘されている。「スウェーデンモデル」のように一国の社会全体が モデル化される際には,「科学的であるというよりはむしろ規範的,そしてより政治的な傾向」

( Elvander   2000: 152 )が認められる。つまり,その構造やそれを可能にする条件を十分にみる ことなく,めざすべき手本として扱われるようになってしまうのである。この点に関連して,ノ ルドヴァルらは「『スウェーデン人は世界でもっとも向学心があり,参加意識が高く,啓発され た国民である』( Folkbildningsförbundet 2007 )という神話が,民衆教育を通じていまだに増殖 している」( Nordvall & Dahlstedt   2009: 43 )

25

ことを鋭く批判し,途上国に民衆教育が「輸出」

されていくことに「植民地化の影」を読み取っているが,この問題は,かつて国民教育制度がヨ ーロッパから世界に広がっていったこと,そして現在,やはりヨーロッパを震源地とする教育革 新の波が教育の国際基準化を進めていること(関・太田  2009: ⅰ)の延長線上にとらえる必要が ある。

1960 年代の生涯教育論の登場以来,生涯教育・生涯学習には地球規模の課題に対応するため の重要な役割が期待されてきた。 2009 年に開催された第 6 回世界成人教育会議( CONFINTEA

Ⅵ)においても,生涯学習は「インクルーシブで開放的、人道的、民主主義的価値に基づくあら

ゆる形態の教育をつらぬく原則であり、知識基盤型社会のビジョン全体を包括し、その一部とな

る」とされ,その中で「成人学習・教育はフォーマル、ノンフォーマルならびにインフォーマル

な学習のすべてをカバーする生涯学習のプロセスの重要な構成要素として位置づけられて」(澤

(11)

野  2010: 27 )いる。現在,成人教育への参加率の向上は, 2015 年までに初等教育の完全普及を めざす「万人のための教育( EFA )」やミレニアム開発目標( MDGs )等と並ぶ国際的課題となっ ている。

CONFINTEA Ⅵでは,ユネスコ生涯学習研究所が各国の成人教育の実態をまとめた「成人学

習・教育のグローバル・レポート」を発表し,各国政府の成人教育に対する政策的取り組みが報 告された。澤野によれば,各国の置かれている状況によって,生涯学習と成人教育の定義やそれ らを政策として推進する際の重点領域には相違がみられ,「万人のための教育( EFA )の実現の度 合いの低い国では、当然のことながら、成人教育の重点はリテラシー教育に置かれ、中程度の国 では人材開発が重点となり、 EFA を達成している先進諸国では生涯学習の一部として自己啓発 や地域社会の開発、職業人の再教育、多文化共生など多様な課題に応じた成人教育の振興に重点 が置かれるようになっている」(澤野  2010: 28 − 29 )。すなわち,成人教育の定義や目的は多様で あるとはいっても,段階に応じて一定の傾向を帯びつつあるのである。

EU の生涯学習政策は,「経済的競争力を高めるための人材養成と、社会的結束を高めるため の市民性教育の両方」(澤野  2010: 29 )を追求し, 2020 年までに労働者の 15 %を生涯学習に参 加させるという数値目標を立てている。教育の制度化が国家形成において重要な役割を果たして きたことはいうまでもないが,グローバル化のもとでの地域統合に向けて,生涯学習ないし成人 教育においても制度化が進められているのが現状であるといえよう。そのなかで,すでに目標を 大きく上回る実績をあげているスウェーデンは,やはりモデルとみなされる存在である。こうし た状況が今後世界の他の地域にも広がり,成人教育の国際基準化ともいうべき事態が生じる可能 性は十分に考えられる。

マイヤーらは,制度化された教育が善いものとして自然に受け入れられていることをさして,

教育を「西欧近代を支えている政治的神話の中核」(田中  2004: 96 )に位置づけている。上にみ たような現状においては,成人教育もそうした政治的神話の一要素であることは免れない。制度 化された成人教育は,ラミレス&ボリのいう「国民社会の西欧モデル」(田中  2004: 95 )の一部 として世界に広がりつつある。そのなかで,「ヨーロッパ産の教育の近代化が育んできた憧れの 人間像が、いっそうグローバル化」(関  2009: 20 )され,ローカルな知やバナキュラーな価値に 基づく生き方は,遅れたものとしていっそう貶められていくかもしれない。

世界各地の多様なノンフォーマル教育は,個々の生活文化に根ざした学習様式をつくりだして きた。スウェーデンの民衆教育もまさしくこうして形成されてきたものであったが,「モデル」

として世界に「輸出」されるそれははたして,「生きる場のバナキュラーな価値」の維持・更新の 営みと結びついて各地に根づくことができるのだろうか。あるいは,国家形成や地域統合の課題 を担う制度として,西欧モデルの普及を推し進める国際基準の一つとなっていくのだろうか。各 地で展開している事例を,こうした観点から詳細に検討していくことが求められる。

1

 日本においては,湯元健治・佐藤吉宗(

2010

)がスウェーデンモデルの構成要素の一つに「実学志向 の強い教育制度」をあげ,失業しても何度でもやり直しがきく「個人の再チャレンジをサポートする

(12)

仕組み」が出来上がっているとしている。また神野直彦(

2001

2002

)は,スウェーデンが

90

年代の 経済危機を切り抜けたことの背景として,「学び」が福祉の根底に位置づけられ大きな投資が実行され てきたこと,それが

19

世紀末以来の民衆教育運動と結びついていることに着目し,スウェーデンを「学 びの社会」と呼んでいる。

2

一般に,民衆教育(

popular education

)は,教育制度の外で展開されるノンフォーマルな教育のなか でも,民衆(地域住民)が社会変革の主体となることを志向する教育活動をさす。狭義の民衆教育は パウロ・フレイレの影響によって

1960

年代のラテンアメリカで生まれた教育実践をさすことが多い が,フランス,イタリア,北欧などで社会運動と強い結びつきをもって展開されてきた成人教育活動 もそれぞれ民衆教育と呼ばれている。

 

3 EU

の生涯学習計画における成人教育プログラムは,北欧民衆教育の思想的ルーツとされるデンマー

クの

N. F. S.

グルントヴィにちなんで「グルントヴィ」と名づけられている。

 

4

学習サークルは公認学習協会によって運営され,民衆教育協議会(

Folkbildningsrådet

)を通じて国庫 助成を受けている。

2008

年の学習サークル開講数は

275,602

,参加者は延べ

1,909,461

名であった(

SCB

2010: 550

)。学習内容は多彩で,実務に役立つものから趣味・娯楽的なものまで幅広い。助成金を受

けることができる学習サークルの条件は,

1

講座あたりのメンバーが

5

名以上

20

名以内であること,

学習時間の合計が

20

時間以上であること,

4

週間以上にわたって開講されることの

3

点である。講 師謝金や教材費などが

FBR

から支給される助成金単価を超える場合には,その分を補うために参加 費が徴収されることもある。

5

民衆大学は

2010

年現在で全国に

150

校存在し,そのうち民衆運動団体が運営するものが

107

校,地 方自治体が運営するものは

43

校である。

2008

年春期のコース参加者は

98,855

名,同年秋期は

108,237

名であった(

SCB 2010:517

)。多くは寄宿制で,教育内容は各校ごとに自由に決定され,標準

化された教育計画やカリキュラムはなく,多くはプロジェクトワークやテーマ学習を主体とするキャ リア開発プログラムを実施している。原則として授業料は無料,運営費用は各団体が負担することに なっているが,教員の給与は,民衆教育協議会を通じて支給される国庫助成によって賄われる。

6

スウェーデンの民衆教育は,

19

世紀末から

20

世紀前半にかけて,労働運動や政治運動,宗教運動,

禁酒運動など民衆運動の諸団体がメンバー育成のために組織した教育活動で,現在でも政党や労働組 合,宗教組織などの運動体を母体とする学習協会(

studieförbund

)が学習サークルや講演会等の活動 を主宰している。また,民衆大学の多くも民衆運動の運動体が運営するものである。かつて,種々の 民衆運動は互いに深い関わりをもち,民主的社会の実現という共通の目的を掲げて運動を展開した。

そのなかで,各運動体が自らの運動理念を反映させて学習協会あるいは民衆大学を設立し,それらを 運動推進の手段として位置づけた。こうして設立された学習協会や民衆大学は,その多くが現在にい たるまで組織を継続させ,民衆教育の提供主体となっている。ただし,運動とのつながりは徐々に希 薄化し,現在の民衆教育には運動との直接的な関係はほとんどみられなくなっている。民衆教育の組 織化過程の詳細,およびその現代的性格については,太田(

2011

)を参照されたい。

7

民衆大学への国庫助成は

1919

年,学習サークルへは

1947

年に開始された。当初はイデオロギー性が 強く反体制的なものとみられていた民衆教育が公的な財政支援を獲得していった経緯については,太 田(

2004

)を参照されたい。

8

 「ノンフォーマル教育」の定義と具体的な意味内容には従来から幅があったが,近年はとくに,途上国 で学校教育から排除されてきた子どもたちを対象に

NGO

などが実施する初等教育をさす言葉として 用いられる例が目立って多くなっている。その場合,教育の目的,内容,方法はフォーマル教育に準 ずるものとなりやすい。

9

「輸出」のおもな事例は,スウェーデン国際開発協力庁(

SIDA

)が発行するレポートにおいて,二 国間援助プロジェクトに携わってきた実践家らによる活動記録や事例紹介として発表されている

Albinsson, Norbeck & Sundén

 

2002

など)。また,リュドストレームは,「スウェーデンの民衆教育 モデル」がアフリカ地域に導入されていった経緯をたどりながら,スウェーデンの国際援助における 成人教育の位置づけについてまとめている(

Rydström 1995

)。「輸出」現象を批判的に分析する研究 として,スウェーデンの民衆大学にならってタンザニアに設立された「民衆開発カレッジ(

FDC

)」を 成人教育実践の文化横断的な移転の事例として検討し,その適応条件について考察したロジャーズの

研究(

Rogers

 

2000

),同じくタンザニアの事例から「輸出」国としてのスウェーデンの自己認識のあ

りようを問うたノルドヴァル

&

ダルステッドの研究(

Nordvall & Dahlstedt

 

2009

)などがある。これ

(13)

らの研究は,本稿の問いとは異なる視角から,それぞれに重要な論点を指摘している。

10 http://www.valla.fhsk.se/index.php?sida=8200

2010

11

16

日閲覧)

. 11 http://www.everyday-democracy.org//en/Index.aspx

2010

11

16

日閲覧)

.

12 http://studycircles.net.au/Content/dr-mark-brophy-director/

2010

11

16

日閲覧)

.

オースト ラリア・学習サークルネットワークを主宰するマーク・ブロフィーは,長年にわたって学習サークル を研究してきた研究者でもある。

13 http://studycircles.net.au/Content/2010/11/a-swedish-approach-to-learning/

2010

11

16

日 閲覧)

.

14

http://studycircles.net.au/Content/2010/11/study-circle-democracy/

2010

11

16

日閲覧)

. 15

 こうした

NGO

の中には,

SIDA

からの助成金を主要な運営資金とするものが多くある。

16

http://www.studycirclebangladesh.info/about_sc_bd.php

2010

11

16

日閲覧)

. 17

http://www.studycirclebangladesh.info/sida_sc.php

2010

11

16

日閲覧)

.

18

1960

年代後半にスティーヴ・ビコ(

Steve Biko

)らが開始した反アパルトヘイト運動で,識字教育や 共同学習,医療支援などを行う自助組織の活動を通じて,黒人としての誇りを獲得していくことをめ ざした。

19

 チリの労働運動に対する支援として「スウェーデンモデル」の学習サークルが「輸出」された事例を分 析したものとして,

Wallin

2000

)がある。

20

SIDA

1977

年から

1983

年にかけてリンシェーピン大学とともに実施したポルトガルの成人教育支 援については,現地に派遣された民衆教育の専門家によるレポート(

Norbeck [2002]

)に詳しい。

21

Nordvall & Dahlstedt

2009: 29

)から引用。

Studieförbundet Vuxenskolan, http://www.sv.se/nyheter/index.asp?arkiv=1&iArticleID=320.

22

Protokoll från SAP:s partikongress, 1969, s. 299f.

23

 付言すれば,スウェーデンが国際援助の中での位置取りにおいて,成人教育という「ニッチ」に自ら の独自性を見出しているという指摘もある(

Rydström 1995:143

)。

24

 それゆえに,ラーションはかつてこれを「民衆教育の文法

folkbildningens grammatik

」(

Larsson

1995: 46

)と表現していた。ただし,「民衆大学の文法」は学習サークルよりもフォーマルな学校教育

に近いという指摘もある(

Lundin 2003: 138

)。

25

Folkbildningsförbundet

2007

)は,公認学習協会の連合体である民衆教育協会(

Folkbildningsförbundet

) が

2008

年夏の政治集会(アルメダール週間

Almedalsveckan

)に向けて作成したパンフレットで,民 衆教育がスウェーデン社会に深く根づき,「国民精神」の一部を形成するものであるという見解を示し ている。

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