海生研報告会2019:海洋環境・水産物の放射能の推移
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東電福島第一原発事故以降の海洋生態系 における放射性物質の動態
帰山秀樹
*§1.はじめに
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震および 津波の影響により発生した東京電力株式会社福島 第一原子力発電所(以降,福島第一原発)事故は 環境へ大量の人工放射性核種を放出する事態と なった。当該事故により放出された人工放射性核 種のうち,放出量が多く,半減期が数年以上と比 較的長い放射性セシウム(134Csおよび137Cs)は当 該事故の環境影響を評価する上で最も重要な核種 である。海洋環境においては,福島県沖沿岸部を 中心に福島第一原発事故由来の放射性セシウム濃 度の上昇が認められた。特に海産生物の放射性セ シウム濃度は,食品中の放射性物質の基準値を超 過する事態となり,我が国の水産業へ大きな影響 を及ぼす事態となった。国立研究開発法人水産研 究・教育機構では2011年3月23日より海産生物の 緊急生物調査(放射性セシウムおよび放射性ヨウ 素を対象)を開始,筆者は翌日の3月24日よりこ の緊急生物調査に従事した。さらに当該事故が海 洋環境へ及ぼす影響の科学的評価を目的に,生態 系を網羅した放射性セシウムの調査を行ってき た。海洋生態系を対象とした研究調査は2011年4 月の当機構所管の漁業調査船を用いた海水,餌料 生物(動物プランクトン)採集,放射能分析に始 まり,これまで様々な観測調査を継続してきた。
本稿では我々の調査結果を中心に福島第一原発事 故以降の海洋生態系における放射性セシウムの動 態について既往の知見をレビューする。
2.海洋への放出量および広域拡散状況
福島第一原発事故により環境へ放出された主要 な放射性セシウムは134Cs(半減期約2年)および
137Cs(半減期約30年)の2種である。様々な媒体
において事故時に減衰補正したこれら2核種の放 射能比は約1.0となっており,134Csと137Csは事故 時において同量が放出されたと考えられている。
海洋への主な放出ルートは大気降下による海面沈
着と,高濃度汚染水の直接漏洩であり,その137Cs 放出量は事故直後2011年4月までの期間の推計で 前者は12–15 PBq (PBq: 1015 Bq),後者は3.5±0.7 PBqと 見 積 も ら れ て い る(Aoyama et al., 2016;
Tsumune et al., 2012)。大気経由で海面に沈着し た放射性セシウムは北太平洋の広域に沈着した 後,移流拡散に伴い速やかに希釈されたと考えら れる。一方,直接漏洩により海洋へもたらされた 放射性セシウムは表層の海水の動き,すなわち福 島第一原発前面の海域においては南向き,その下 流では黒潮続流という東向きの強い流れにより北 太平洋へ広く拡散した(第1図)。この表層にお いて東方へと拡がった放射性セシウムは2014年に は北太平洋を横断しカナダ西方沖に到達してい る。一方,水深300m付近の亜表層においては表 層とは異なる水塊(亜熱帯モード水)に当該事故 由来の放射性セシウムが取り込まれ海洋内部へと 輸送された (Kaeriyama, 2017)。その輸送方向は 表層とは異なり日本列島の南方へと輸送されてい るものの,その濃度は極めて低く海産生物の放射 性セシウム濃度の顕著な上昇は認められていな い。
3.福島第一原発近傍海域の海水
北太平洋を広域に見ると,海水の放射性セシウ ム濃度は移流・拡散の希釈効果により比較的速や かに低下したのに対し,福島第一原発近傍海域で は,海水の放射性セシウム濃度が比較的高い状況 が継続した。事故直後は直接漏洩の影響を強く受 け,極めて高い137Cs濃度(107 Bq m-3)を記録し たが,高濃度汚染水の直接漏洩の影響が認められ なくなった2011年4月以降の半年間で約4桁の濃度 低下が認められた。2012年以降も海水の137Cs濃度 は緩やかに低下しており,2018年には事故前の濃 度(1.5 Bq m-3)と同程度まで低下した。空間分布 の特徴として海流の影響を受け,浅海域の同一水 深帯では福島第一原発の北側に比べ南側で137Cs濃 度が高い傾向が認められたが,2015年以降このよ うな空間的不均一は解消されつつある。一方で東 西方向には潮汐の影響と考えられるが,東側(沖
側)で137Cs濃度が低い傾向が顕著である。すなわ
ち,放射性セシウムは福島第一原発近傍海域にお
* 国立研究開発法人水産研究・教育機構中央水産研究所(〒236-8646 神奈川県横浜市金沢区福浦2丁目12番4号)
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― 68 ― いて沖方向への拡がりは小さく,浅海域で福島第 一原発の南側へと輸送されたことが観測により明 らかにされている(山田ら, 2018)。
4.海底堆積物の放射性セシウム
福島第一原発近傍海域においては,直接漏洩の 影響が強く海水の放射性セシウム濃度が大きく変 動したが,海底堆積物の放射性セシウム濃度も大 きく変動した。しかしながら,海水の放射性セシ ウムの分布とは異なり,海底堆積物の放射性セシ ウム濃度は極めて不均一な水平分布を形成した。
海底堆積物の放射性セシウム空間分布を決定した 主な要因は2つ考えられている。すなわち直接漏 洩により底層水へ供給され,海底堆積物に接触し た放射性セシウムの通過履歴と海底堆積物の粒度 組成の水平分布の組み合わせである。空間的不均 一性が大きいものの,海底堆積物の放射性セシウ ム濃度は経年的に徐々に低下している。千葉県,
茨城県,福島県,宮城県沖の陸棚海域の表層堆積 物(0-3cm)に存在する137Cs総量について時系列変 動を整理すると2.3年で半減する速度で減少して いると推定されている (Kusakabe et al., 2017)。
その減少要因は主に,①堆積物粒子の再懸濁・輸 送による系外への輸送,②堆積物から溶存態への 溶出,③堆積物深部への下方移動が考えられるが,
それぞれの重要度を評価することが今後の課題で ある。
5.餌料生物の放射性セシウム
福島第一原発事故により放出された放射性セシ ウムは上述の海水および海底堆積物のみならず,
海洋生態系を構成する様々な生物からも検出され ている。これら生物の放射性セシウム濃度は,海 水および餌生物からの取り込みと排泄のバランス により決定される。そのため,海産生物,特に漁 業対象種である高次栄養段階生物の放射性セシウ ム濃度の推移を把握するためには,餌生物の放射 性セシウム濃度を把握することが重要である。
水産研究・教育機構では福島県沖太平洋および 仙台湾において,主に浮魚類の餌生物を想定し,
動物プランクトンの放射性セシウム濃度について 2011年6月からモニタリングを継続している。両 海域における動物プランクトンの137Cs濃度は事故 前に比べ最大で102–103倍まで上昇し,その後緩 やかに低下した。動物プランクトンの137Cs濃度の 低下速度は海域によらず海水の低下速度の約2倍 遅いが,時間の経過とともに緩やかな低下を継続 している(Kaeriyama et al., 2015)。2017年の観測 結果では海水の137Cs濃度が事故前の100倍であっ たのに対し,動物プランクトンの137Cs濃度は100– 第1図 2011年6月の表層海水の137Cs濃度。グレー矢印は表層の流れの方角と速さ,赤矢印は黒
潮続流の位置,丸は観測点,色は137Cs濃度。データはKaeriyama et al. (2013)および Kaeriyama (2017)より引用。
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― 69 ― 101倍であった。
底魚,根魚の餌生物であるマクロベントスにつ いても放射性セシウム濃度の測定が行われてい る。Sohtome et al. (2014) により福島県沖の様々 なベントスについて種類別に放射性セシウム濃度 が報告されており,いずれのベントスも時間の経 過とともに137Cs濃度の低下が確認されている。ベ
ントスの137Cs濃度の低下速度は底層の海水より
も,海底堆積物の137Cs濃度の低下速度と同程度で あった。しかしながらベントスの137Cs濃度につい ては体表面もしくは消化管内に存在する海底堆積 物粒子などの混入の影響が強く示唆されるなど,
ベントスそのものの137Cs濃度を正しく評価するこ とが技術的に困難であり,底生生態系における放 射性セシウムの移行を評価する上で,ベントスの 扱いが今後の課題である。
6.食物網構造と放射性セシウム濃度
これまで海水,海底堆積物,動物プランクトン,
ベントスについて,要素ごとに放射性セシウム濃 度の時空間変動をまとめたが,「生態系」という 観点からこれらに加え,魚類を含めた放射性セシ ウムの状況を把握する試みを最後に紹介する。動 物プランクトンの項目で述べた仙台湾における調 査では海水から魚類まで生態系を構成する様々な コンパートメントの放射性セシウム濃度を把握す ると同時に,炭素・窒素安定同位体比および消化 管内容物調査に基づく食物網構造解析を実施して いる。炭素・窒素安定同位体比データを用いたベ イズ推定に基づき仙台湾における食物網構造を推 定すると,ヒラメ,スズキなどを頂点とするプラ ンクトン食系列とマガレイなどを頂点とするベン ト ス 食 系 列 が 存 在 す る こ と が 明 ら か と な っ た (Togashi et al., 2019)。一般に栄養段階の高い生 物ほど放射性セシウム濃度が高くなることが知ら れている。仙台湾において栄養段階と放射性セシ ウム濃度の関係を見ると,事故から1年ほどの期 間においては栄養段階と放射性セシウム濃度の関 係が認められなかったのに対し,事故から3年後 にはその関係性が認められるようになった。これ は「生態系」として事故前の状況に近づきつつあ ることを意味している。一方で,福島県沖におい て同様の解析を行ったところ,事故から3年後に おいて放射性セシウム濃度は低下していたもの の,栄養段階と放射性セシウム濃度の関係は不明 瞭であった。これは仙台湾と福島県沖の「生態系」
における放射性セシウムの状況の違いを反映して いると考えられる。今後,福島県沖においても栄 養段階と放射性セシウム濃度の関係が明確になっ てくるものと期待され,引き続きデータの蓄積が 期待される。
引用文献
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