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地域発のイノベーション-イノベーターの育成を中心に-
志縁塾 大谷 由里子
【論文の要旨】
日本も世界も答えの無い時代に突入した。過去に上手く行ったからといって、その方法や 手法が取り入れられて通用するわけではないことが多々ある。また、インターネットや通信 衛星の発達によって情報も垣根の無い時代になりつつある。それらのメディアから受け取る 情報に目を移すと、地域も企業も生き残るためには、イノベーション (新しい価値をつくる) ことが大切だと日常的に発信している。一方、イノベーションを起こすためには、イノベー ションを起こせる人、つまりイノベーターが必要となる。
そして、明らかに筆者のような研修会社には、それが求められている。実際、筆者の周囲 の経営者たちの中でも、「企業者の行う不断のイノベーションが経済を変動させる」という理 論を構築したシュンペイターやピーター・ドラッカーや野中郁次郎の勉強会も人気である。
しかし、メディアや現場の掛け声だけで容易にイノベーターをつくることができるのか。
この論文では、イノベーターに必要な要素は何かを掘り下げるため、世の中で知られるイノ ベーションを起こした人への取材を通してイノベーターに必要な要素を炙り出す。さらには、
イノベーターは、どのようにつくられたのか。そして、イノベーションとはどのようなこと を指すのか。また、教育やシステムを通して作ることができるのか。ここでは、
1.イノベーションとは、どういうことか 2.イノベーションを起こした人たち 3.イノベーターに必要な要素 4.イノベーターに共通する点 5.イノベーターは、つくれるのか
に焦点を当てて研究し、果たして、教育やシステムに手を加えることによって、イノベータ ーを意図的につくることはできるのか、できるとすればどうすれば可能になるのかを論じる。
実際に、今まで通りでうまく行かないなら、イノベーションを起こすしかない。もし、イ ノベーションを起こした人達に、共通の考え方や法則など、汎用性・再現性があるとすれば、
それらを研究し、環境を整えることができれば、イノベーターを意図的につくりだすことは 可能となる。そして、イノベーターを一人でも多く、世に送り出すことができるとすれば、
地域や企業の活力に直結する有益な資産になりうるはずである。
しかし、本当にイノベーターは、現代の学校や企業においてつくることができるのか。で きないのであれば、何が弊害になっているのか。また、できるとすれば、どのような要素を 組み合わせることでつくられるのか、作られる現場とつくることができない現場の差はどこ にあるのかを研究する。
【キーワード】
イノベーション リクルート 地域活性 プロデューサー 好奇心 グリーンツーリズム 教育 クリエイティブ
2
【目次】
第1章
1-1 本論文の目的 1-2 イノベーターの定義
1-3 イノベーターと呼ばれる人たち 1-4 なぜ、イノベーターが必要か
1-5
本論文の構成第
2
章 地域とイノベーター2-1 B-1
グランプリ2-1
海士町2-1
飯田市第
3
章 リクルート社のイノベーター3-1
ロケーションジャパン3-2
地域をプロデュースする仕事3-3
バルウォーク福岡3-4
リクルート社のイノベーターのつくり方第
4
章IPO
とイノベーター4-1
農業で上場したベルグアース4-2 IPO
を意識した時から見えるもの4-3
大企業の中のイノベーター第
5
章 イノベーターは、つくれるか?5-1
寺子屋ありがとう5-2
イノベーターが生まれる環境5-3
失敗が許された吉本興業5-4
イノベーターをつくるには第
6
章 クリエイティブとはどういうことか6-1
メディアからクリエイティブを考える6-2
思考法からクリエイティブを考える6-3
リノベーションとクリエイティブ第
7
章 教育提言7-1
好奇心を持つ人間をつくる7-2
競争する環境をつくる7-3
失敗しても良い環境をつくる【おわりに】
教育現場の裁量の必要性
【参考文献】
3
第1
章1-1 本論文の目的
現在、研修会社を経営する筆者は常日頃から、日本各地の企業や自治体・各種団体に招か れ人材育成のプログラムを各種提供している。現場に赴くと、主催する企業の経営者や人事 の責任者に尋ねることがある。それは、これから必要とされる人材はどのような人か。また、
どのような人を作りたいと考えているのかである。職業柄、主催者の期待価値を上回るため のゴール設定に伴う問いかけであったが、近年、顕著なキーワードに遭遇している。それは、
10
人中8
人を超える確率で、イノベーションを起こせる人(新しい価値を創造できる人)とい う問いに対する回答が寄せられることからも明らかである。特に地域の場合、増田 寛1) (2014)
「地方消滅 - 東京一極集中が招く人口急減」
(中公新書)の本が世に警鐘を鳴らしたことから、
地域消失の危機を現場の一担当者までもが感じている。そして、そのような現状から脱出す るには、地域再生や地域創造を行うことが喫緊の課題という認識をも持ち合わせている。し かし、今までと同様の施策では新しい価値の創造にはつながらない。とすれば、今までと違 う、新しい価値を創造できる人、すなわち、イノベーターが必要となるのである。
なぜ、イノベーターが必要なのか。おそらく、そこには、今のままではうまくいかないか もしれないという漠然とした思いや焦燥感がそう言わせているのであろう。また、世界の変 化のスピードは加速している。フェイスブックや
LINE
などのSNS
の台頭を含め、10年前 には無かったツールや一般に普及していなかった技術が、次から次に出現している。そして、情報インフラの整備に伴い、かつて途上国と呼ばれていた国々も目覚ましい発展を遂げてい る。そのような変化の中で、どのようにして生き残るかを考えた時に、①今までと違った価 値観で物事を考えられる人材 ②新しい価値を生み出せる人材を、企業や地方自治体が求める のも至極もっともなことでもある。
では、どのようにすると、イノベーターはつくられるのか。その解に情熱や熱意というキ ーワードを挙げる人は多い。だが、情熱や熱意という言葉だけで片付けてしまってよいのか。
新しい価値をつくり出す人をつくるために必要な要素は、他にもあるのではないか。また、
そのための教育を施す必要はないのか。
筆者自身、これからの日本にとって、イノベーターをつくることは必要不可欠な課題であ ると日常の現場を通じて感じている。また、課題解決に向けては、教育の機会も必須となる。
イノベーターに必要な要素としては、前述した「情熱」の他に、「競争原理」「好奇心」「知 識」「行動力」「失敗が許される環境」なども現場の声として挙げられている。では、どのよ うにすると、「情熱」や「好奇心」や「行動力」を持つ人をつくることができるのか。また、
「競争原理」や「失敗が許される環境」は、どのようすると実現に向かうのか。雑誌や新聞 など、メディアで取り上げられたイノベーターと呼ばれている人たちに実地の取材を行い、
彼らの言動を研究することにより、イノベーターのつくりかたを、この論文で論証して行く。
4
1
元総務大臣、元岩手県知事、現野村総合研究所顧問1-2
イノベーターの定義一橋大学イノベーションセンターを始め、イノベーションに対する研究は年々増している。
これらの機関では、イノベーションに対しての技術、経営、ネットワークなど多面的にイノ ベーションの研究を行っている。そもそも、イノベーション(innovation)とは何か。文部科学 省のホームページ
2)
によると、以下のように述べられている。イノベーションという言葉は、オーストリアの経済学者シュンペーター(Schumpeter)に よって、初めて定義された。その著書「経済発展の理論」の中で、経済発展は、人口増加や 気候変動などの外的な要因よりも、イノベーションのような内的な要因が主要な役割を果た すと述べられている。また、イノベーションとは、新しいものを生産する、あるいは既存の ものを新しい方法で生産することであり、生産とはものや力を結合することと述べており、
イノベーションの例として、1創造的活動による新製品開発、2新生産方法の導入、3新マー ケットの開拓、
4
新たな資源(の供給源)の獲得、5組織の改革などを挙げている。また、い わゆる企業家(アントレプレナー)が、既存の価値を破壊して新しい価値を創造していくこ と(創造的破壊)が経済成長の源泉であると述べている。第
3
期科学技術基本計画においては、潜在的な科学技術力を、経済・社会の広範な分野で の我が国発のイノベーションの実現を通じて、本格的な産業競争力の優位性や、安全、健康 等広範な社会的な課題解決などへの貢献に結び付け、日本経済と国民生活の持続的な繁栄を 確実なものにしていくことの重要性が示されており、その中で、「科学的発見や技術的発明を 洞察力と融合し発展させ、新たな社会的価値や経済的価値を生み出す革新」とイノベーショ ンを定義付けている。そして、イノベーターとは、IT用語辞典によると、英語で「innovator」と書き、日本語 では、「革新者」と訳されてきた。つまり、マーケティングに関する用語で、新たに現れた商 品やサービス、ライフスタイルなどを、最も早い段階で受け入れる者のことである。また、
エベレット・ロジャース(Everett Rogers)が自らのイノベーター理論によって分類した「採 用者」(adopter)の中の一段階で、主に商品やサービスが「新しい」という理由から、未知 の商品やサービスに自ら進んで手を伸ばす人たちで、割合は全体の
2.5%程度と言われている。
ただし、ここでは、イノベーションを「新しい時代への改革」と定義し、イノベーターを
「自ら新しい価値を取り入れたり、今までと違うやり方を用いて、新しいものを生み出した り、新しい価値を創造した人たち。すなわち、その人の出現によって、時代や考え方、生活 様式が変化することとなった人」と定義する。
そして、ここでは、技術などを開発した開発者系イノベーターと、新しい価値をつくって しかけた仕掛け人系イノベーターに分ける。
5 2 文部科学省ホームページ(2015年9
月閲覧)
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa200601/column/007.htm
1-3
イノベーターと呼ばれる人たちでは、どんな人たちがイノベーターと呼ばれているのか。まず、世の中で誰もが「イノベ ーター」だと認めている人をここに挙げてみる。筆者としては、おそらく、誰もが思いつく のが、アップルの創業者・スティーブ・ジョブズやソフトバンクの創業者の孫正義ではない かと仮定した。 つまり、どちらも、今までと違う価値を創り出した。また、彼らの出現や 開発したものによって、今までと違う生活習慣を生み出し、新しい価値観が生まれた。また、
雑誌やテレビだけでなく、書籍にもなって、マスコミにもよく「イノベーションを起こした 人」として登場する。だだし、スティーブ・ジョブズと孫正義は、明らかに違う。前者は、
新しい商品を開発したけれど、後者は、仕掛けた人である。
だが、本当に世の中の人は、そう思っているのか。イノベーターと言われると、一般の人 たちは、他に誰を思いつくか。筆者の仮設通りか、違うのか。また、なぜ、その人たちをイ ノベーターだと思うのかそれを検証するために。年齢も性別も職業もバラバラな関東に住む
200
人に2015
年の8
月から9
月にかけて80
人を筆者のメルマガでヒヤリングし、120
人は、聞き取り調査によるヒヤリングで集めてみた。その結果が以下となった。
Q2.あなたにとって、イノベーターは誰ですか?
1位 スティーブ・ジョブズ(アップル創業者)
48
人2位 孫 正義(ソフトバンク創業者)
23
人 3位 本田 宗一郎(ホンダ創業者)21
人その他 松下幸之助、上司、母など
Q2.なぜ、そのように思いますか?(上位を記載)
その人から時代が変わった
その人の出現により人の生活が変わった 想像もつかないことをやる
新しい時代をつくった 無から有を生み出した
仮説通り、実際にアップル創業者のスティーブ・ジョブズ、ソフトバンク創業者の孫正義 が上位にきた。ただし、年代別にみてみると、50歳以上の人になると、本田宗一郎、松下幸 之助と答える人も多くいた。そして、「なぜ、それらの人たちがイノベーターだと思うのか」
という質問で出てきたキーワードは、「新しい価値を生み出した」「新しい時代をつくった」
と共に「今までにないものを考えた」という答えが多かった。つまり、「今までにないもの」
6
「新しい」がキーワードの多くを占めている。そして、先に述べたように、本田宗一郎やス ティーブ・ジョブズのように商品発明や発見による開発系のイノベーターと仕掛けや仕組み をつくりだし、ムーブメントを起こした孫正義などの仕掛け系のイノベーターがあることが 分かる。以下を図にしてみると図
1
となる。
1-3
なぜ、イノベーターが必要か少子高齢多死社会、800万戸以上の空き家、離島問題と、日本は、今までになかった問題 を数々抱えている。そして、これらの問題を解決するのに、今まで通りのことをやっていて も解決できないことを、多くの人は感じている。なぜなら、そこには、前例や答えが無いか らである。
1955
年から1973
年にかけての高度成長期には、年平均10%前後の GDP
成長率が実現された。そして、その高度成長期は、「復興」「所得倍増計画」など明確な目標があり、アメリ カやヨーロッパの国々などのモデルがあり、目指す方向と答えがあった。
「この機械を入れたら効率化できる」
「こう管理すればうまく行く」
というモデルがあり、過去は、それらを取り入れて、モデルを改良して行けばそれなりにう まく行っていた。ここには、特別なクリエイターやイノベーターは必要なく、多くの場合、
先進諸国から取り入れたものを模倣し、改良すれば結果を出すことができた。
ところが、空き家問題、離島問題、少子高齢の問題などは、かつてのように、
「こうすればうまく行く」
「この事例を応用すればいい」
という見本が無く、官僚も地方自治体も企業にも答えが無い。そのため、自分たちで新しい 価値を生み出して、行動して解決の糸口を見つける必要がある。だからこそ、現在は、それ
7
らをふまえて、イノベーションを起こせる人が必要と、企業や地方自治体の人たちが考える のももっともである。そして、新しいものを創造できなければ、解決できないことが多いと 感じて当然である。しかし、発明者のつくり方と仕掛ける人のつくり方は、根本的に違うと みられる。そのため、ここでは、発明などの「開発系のイノベーター」でなく、仕組みや仕 掛けを作った「仕掛け系のイノベーター」について、研究を進める。実際に本当にそう簡単 にイノベーションを起こせる人をつくれるのか、また、イノベーションを起こした人は、ど うやってつくられて行ったのか、どんな仕掛けをすれば、どんな結果になったのか。第
2
章 以降では、そんな仕掛け系としてのイノベーターと呼ばれる人たちに迫ってみる。図
2
のように高度成長期は、見本やマニュアルがあって、課題を解決することができた。しかし、現在は、自分で答えを見つけて、自分で解決するというイノベーターの要素が求め られる。
1-5
本論文の構成以上を検証し、仕掛け人のイノベーターのつくりかたを提言するために、まず、現在のイ ノベーターと呼ばれる人を何人か抽出して、取材し、どんな背景があったのか、どんな考え 方をしたのかなどの話を聴いてみる。それによって、新しい価値を生み出すとは、どういう ことかを改めて考えてみる。また、本当にイノベーターは必要なのか、また、どのようなイ ノベーターを企業や地域は必要としているのかを、実際に企業の人事や地方のリーダーに聞 き取り調査する。それによって、現在のイノベーターは、どんな人なのか、どんな結果を生 み出しているのかを考察する。
8
また、マイケル・ポーターやリチャード・フロリダなど、イノベーターとクリエイターの 関係やクリエイターを生み出すための競争や環境やその結果を研究してきた人たちの著書を 研究するだけでなく、日本でも、増淵敏之や宮入恭平などクリエイターやクリエイティブを 研究してきた人たちの著書や論文を研究し、実際にイノベーターはつくれるのか、つくるた めには、これからどんな教育をする必要があるのか、これからのイノベーターをつくるため のヒントやプロセスを導き出し、論文を構成する。
第
2
章 地域とイノベーター地域に対して、仕掛けづくりをして、地域を活性させた人は、どんな人で、どんなことを 思いついて、どんな手法を用いたのか。その背景には何があったのか。ここでは、いくつか の事例を見ていくことによって、地域活性のイノベーターと呼ばれる人たちを研究する。
2-1 B-1
グランプリ今や2日間で
50
万人を超す人が参加し、一大ブームとなっている地域のB
級グルメを競 い合うB-1
グランプリ。B級グルメとは、安価で庶民的あり、かつおいしと評判の料理をさ す。今では、地域のイベントなどでもこのB
級グルメの屋台が並ぶようになり、イベントの 目玉にもなるくらいになった。そして、B-1グランプリといえば、第一回大会、第二回大会 でグランプリとなった富士宮やきそばの話がよく出てくる。富士宮やきそばを自宅で簡単に 作れる商品なども土産物屋で売られている。実際、富士宮やきそばのまちおこしを書いた著 書も多くある。地域デザイン研究所3)
によると、富士宮やきそばのまちおこし活動による経 済波及効果等は、平成13
~21 年度の9年間について推計した結果、439
億円と推計される。しかし、その
B-1
グランプリは、2006
年2
月18
日~19日、青森県八戸市で第一回大会が 開催された。なぜ、このB-1
グランプリが、わざわざ都市部でなく青森県の八戸市で第一回 大会が行われたのか。俵慎一によると、その前の年である2005
年の青森県八戸市の焼き鳥店 での現在八戸せんべい汁研究所・事務局長の木村聡4)
との飲み会がきっかけだと述べている。「八戸せんべい汁を注目してもらうために、どんな仕掛けをすればいいか」
という議論から始まった。
どうすれば、せんべい汁をメジャーにできるかと相談する木村に対して、当時、リクルート 社を退社して、フリーランスで地域活性の仕事などを手伝っていた俵は、こう助言した。
3
株式会社地域デザイン研究所
http://www.chiiki-keikaku.co.jp/
4 2003
年11
月 八戸せんべい汁研究所(汁゙研/じるけん)を設立2006
年2
月 第1
回B級ご当地グルメの祭典「B-1グランプリin
八戸」を開催2010
年から 「八戸広域観光推進協議会」の観光コーディネーターも兼務総務省地域人材ネットホームページより(2015年
11
月閲覧)9
http://www.soumu.go.jp/main_content/000228046.pdf#search='B1%E3%82%B0%E3
%83%A9%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AA+%E6%9C%A8%E6%9D%91'
「せんべい汁だけでは弱い。他のものも集めて全国大会にしたらどうか」
そんな会話から日本中の
B
級グルメを集めて食べ比べをしてみるというB
級グルメの祭典と いう構想が生まれた。そのため、第一回は、八戸のせんべい汁をメジャーにするためにも、八戸で開催されることとなった。
だから、B-1グランプリは、ひとつの食堂のものではない。地域を活性するという目的のも のでなくてはならない。だから、地域を巻き込んで、仲間を募って、「地域の産品をつくる」
という意識が無ければ出場もできない。要するに地域を活性化するための仕掛け作りのため の存在でもある。図にしてみると、図
3
のような考え方になる。
そんな俵は、元々,リクルート社の社員だった。彼は、求人情報誌、旅行情報誌事業を経て 独立。地域活性事業のプランニングに携わっていた。一方で、地域ならではの食に通じ、47 都道府県の地域独特のメニュー訪問店は、3000件以上、彼の趣味のグルメブログ「日本食べ ある記」は、500万人以上のアクセスがある。
彼と一緒に仕事をしたメンバーは、俵さんに食物の話をさせたら寝られないと言うくらい、
地域の飲食店やメニューに詳しかった。特に今で言う
B
級グルメに詳しく、彼にとっては、「B級」の意味は、「粗悪」や「二級」でなく、「親しみやすい」「庶民的」なものだった。だ から、B級ご当地グルメの定義は、「安くてうまくて地元で愛されている地域独特の食べ物」
となっている。そして、この
B-1
グルメの祭典は、以下のように入場者が増えてきた。年度 開催地 来場者数
2006
年 青森県八戸市1.7
万人2007
年 静岡県富士宮市25.0
万人2008
年 福岡県久留米市20.3
万人2009
年 秋田県横手市26.7
万人2010
年 神奈川県厚木市43.5
万人2011
年 兵庫県姫路市51.5
万人2012
年 福岡県北九州市小倉北区61.0
万人10
2013
年 愛知県豊川市58.1
万人2014
年 福島県郡山市45.3
万人結果、大会そのものに足を運ぶだけでなく、それぞれの大会で入賞した「ご当地グルメ」
を食べるために、その地域に各地から旅行者が訪れるようになった。今まで注目もされず、
知名度が低かった地域が、「B-1グルメ」の大会で入賞することによって、知名度が上がった。
また、入賞商品に使用した味の調味料や食材が、商品になるなど、商品開発まで結びついた。
その経済効果は、地域によっては、70億円とも言われている。
税収を上げるには、この
4
つがメインだと周知されている。定住人口を増やす 企業を誘致する 物産をつくる 交流人口を増やす
その中で、B-1グランプリは、交流人口を増やしただけでなく、「ご当地グルメ」の商品開 発、つまり、物産をつくるということまで結びついた。それだけでなく、物産をつくりだし たことによって、地域に雇用が生まれ、人口の流出を食い止めたり、定住人口の増加にも貢 献することになった。今まで、誰もが注目しなかった地域の「B級グルメ」を「B-1グルメ の祭典」という形にしたことによって、新しく地域活性を成し遂げた。まさに、イノベーシ ョンを起こした。
この場合、俵慎一は、新しい商品を開発したわけではない。「B-1グルメの祭典」を「きっ かけ」に地域に元々あったものを地域の人たちが掘り起こしただけである。つまり、「B級グ ルメの祭典」という仕掛けをつくることで、新しい価値を生み出した。しかし、その背景に は、俵慎一自身、何十年もかかって集めたご当地グルメに対する趣味を超えた豊富な知識が あった。その知識が、「B級グルメで競い合って、町の知名度を上げる」というイベントと結 びついた時に図
4
のような形となって、今までに無かった価値が生まれるというイノベーシ ョンが起こった。11 2-1
海士町~魅力ある島留学~現在の日本では、廃校寸前の高校も数多くある。そして、高校が廃校になると、多くの場 合、子供と共に両親も移住するため、町の過疎化は、急激に進む。そのため、高校もイノベ ーションし、新しい価値を生み出し、魅力的な高校として蘇らせ、生き残らなければならな い。それが町の存続にもつながることとなる。そして、生き残った高校の例として、高校生 レストラン「まごの店」
5)
をオープンさせた三重県立相可高校や北海道でいちばん小さな村で 工芸を学べる高校として復活させた音威音府村立美術工芸高校6)
がある。ここでは、三重や北海道よりももっと不便な島根県の離島でありながら「島留学」という 切り口で、地域活性した島根県隠岐の島の海士町をとりあげてみよう。このプロジェクトを 推進したのが、山内道雄町長と言われている。筆者は、2015年
5
月11
日、海士町に行き、役場にて、山内町長、また、観光協会にて観光協会職員として働く島根県海士町に
I
ターン 者として移住して9
年目を迎えた、青山敦士に話を伺った。島根半島の沖合約
60
キロに浮かぶ隠岐諸島――その中で 鎌倉時代に後鳥羽上皇が流され て一生を終えたことで知られる中ノ島にあるのが海士町(あまちょう)である。美しい海に 囲まれた自然豊かな静かな島で海産物や農産物にも恵まれているが、生活環境は厳しい。本 土からはフェリーで3
時間、しかも1
日数便しかない。それだけでなく、天候が悪いとそれ らの船もすぐに欠航となる。そんな海士町は、少子高齢化による島民人口が、戦後間もない頃の約
7,000
人をピークに、約2,400
人にまで減少。島前エリア3
町村唯一の高校である県立の島前高校でも生徒数が減少し、統廃合を選択せざるを得ない危機に陥った。
島から高校がなくなれば、高校進学するために子どもは中学卒業とともに島外に出て行か ざるを得なくなる。親は子どもの生活援助をするが、その負担は大きい。ならばいっそのこ と家族一緒に島外へ出た方が経済的負担はまだ少ないし、島を離れても仕事はある。そうや って、若い家族が島から出て行けば、島には老人ばかりが残ることになる。そうなると定期 航路に乗る人も減る。そして、経営が成り立たないとなると定期航路が無くなるかもしれな い。定期航路が無くなった島は、まさに取り残された島となり、そのまま島が廃れて行くの は目に見えた。
そんな危機感の中、
2002
年の町長選挙で当選した山内道雄町長のもと、改革に動きだした。町長自ら給与をカット。話題となった。それだけでなく、役場を「住民サービス総合株式会 社」と自称するようにして、まちの職員も、産業振興を進める一方で、給料カットという痛 みを率先して受け入れ、その一部を子育て支援などに回した。すると危機感が伝播したのか、
住民からも寄付金が集まるようになった。
5
まごの店http://jr2uat.net/mago/mago.htm
6
北海道おといねっぷ美術工芸高12 http://www.vill.otoineppu.hokkaido.jp/
そして、その中で立ち上がったのが、若者が島を流出しないための「島前高校魅力化プロ ジェクト」だった。プロジェクトの中心になったのが、海士町役場財政課長の吉元操だった。
「島だけでは限界がある」と感じ、東京などに出て交流を増やした。そして、吉元とともに プロジェクトの中心メンバーとして活動することになる岩本悠が、
I
ターンで海士町に移住し てきた。岩本は、学生時代には世界の途上国を旅して地域開発の現場を見てまわり、大学卒 業後に入社したソニーでは人材育成や組織開発に取り組んだ若者だった。岩本の発案で、「魅力化プロジェクト」の取り組みのひとつとして島外から学びにくる「島留 学」制度が立ち上がった。「島留学」は、島外の子どもにとっては異文化環境のなかで、学力 だけでなく課題解決型能力を磨くことができる。一方で島の子どもにとっては、島外の子ど もとのコミュニケーションを通して、多様な価値観に触れることができる。双方に良い刺激 をもたらす効果を生む「島留学」ができた。
結果、今では、県外からの入学者が半数を占めるだけでなく、人気高校に入るために
「島民になると入学しやすい」
と、家族で島に引っ越してくるようになった。まさに、不便な離島を逆手に取って、「島留学」
という名のイノベーションを仕掛けた。
この島を取材して、いちばん感じたのは、出会った人たちすべての情熱と危機感だった。
町長を始め、町役場や観光課の人たちは、最初からイノベーターだったわけではない。それ どころか、かつては、何をしても仕方ないと思っていた人もいた。だが、全員が共通の危機 感を感じ、なんとかこの島を守りたいという情熱を持ち、なんとかしなければならないと行 動した時に、新しい価値観が生まれイノベーションが起こった。それが図
5
である。13
2-3
飯田市~農家民泊~日本の「観光カリスマ
100
人」7)
にも選ばれている飯田市の井上弘司。井上は、かつて飯田 市の市役所の職員だった。観光庁のホームページによると、「井上氏は、平成 10年、現場を 歩いているうち、農家の担い手不足が顕著となり、兼業化や離農するケースが増加、さらに は集落機能が低下し伝統の祭りすら出来なくなるという状況に直面。危機を打開し、農村を 元気にする手だてとして、都市部で農業を指向する者に対象を絞ってボランティアで農家に 応援に来てもらうという、当時としては全く新しい手法だったワーキングホリデーを他地域 に先駆けて立ちあげた」。筆者は、2015年
4
月23
日、東京駅丸の内南口で井上と待ち合わせをして、昼食を取りな がら話を伺うことができた。このワーキングホリデーは、リンゴや梨の摘花・摘果や収穫作 業、干し柿の収穫、皮むき、吊しなど、短期間で作業を終わらせることが必要であるが、人 手の確保が出来ないという、農家の声をヒントとして生まれた。そして、「農業・農村に関心 を持って真剣に農業をやってみたい」、「就農を考えているもののどうしていいかわからない」と思っている人と、担い手不足が顕著となり繁忙期の手助けや後継者が欲しい農家を結ぶと いう、都市部の人と農村部の人とのパートナーシップによる新しい手法の都市農村交流事業 に挑戦した。
なぜ、この手法を思いついたのかを井上に尋ねたところ、一軒一軒の農家を訪れて、話を 聴いているうちに、このワーキングホリデーの企画が浮かんだらしい。そして、農家に提案 した。それでも、最初は、他人を泊めることにも消極的で家を掃除することや食事の提供を 心配する農家が多く、協力してくれたのは数件だけだった。そこで、井上は、その数件に対 しても、「特別なことをしなくていい。ふだんのままでいてください」
と、言っていた。ところが、実際に実施してみると、実施した農家は、若い人を含めお互い の交流が生まれて、思ったよりも楽しかった。楽しい話をする農家を見て、協力を申し出る 農家が増えた。また、適期作業の能率が上がり、生産性と品質の向上が見られるなど、農業 振興効果があった。多くの人の交流が始まると、
「子供たちにも農業体験をさせればいい」
という声も出てきた。それが、子どもたちの体験旅行にもなった。それだけでなく、旅行形 態を一般都市住民にまで拡大するなど、観光振興効果ももたらした。
また、参加者の中から、3組の夫婦の定住、2組の夫婦、数名の男性の就農、2人の男性が 農家の婿養子となるなど、定住促進にも予想以上の効果をもたらした。2010年には、全国か ら約
700
人が参加。50%以上がリピーターだった。スタート以前は、農家民泊しても効果が 無いという声もあったというが、予想以上の成果を生み出した。井上は、ここから答えは現 場にあることを確信した。
7
観光庁が各地で観光振興の核となる人材を育てていくため、「観光カリスマ百選選定委員会」を設立し、その先達となる人々を『観光カリスマ百選』として選定
14
http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/jinzai/charisma_list.htm l
井上は、現場の声から見えたと言うが、そこにあったのは、何よりも井上の「飯田の農家 をなんとかしたい」という情熱だった。つまり、情熱を持って、「なんとかしたい」「なんと かならないか」と、常に考えていたことと、「現場にこんなものがあればいい」というひらめ きが、新しい価値、すなわちイノベーションを起こした。そして、そのイノベーションが、
次々と副産物を生み出して行った。
この飯田市の井上も、海士町と同じように、情熱と危機感という言葉が、まず当てはまる。
誰かがやってくれるという他人ベクトルから、自分がなんとかしなければならないという思 いと自分が何ができるかという自分ベクトルと情熱を持っての行動が結びついた時にイノベ ーションが起こる。だからこそ、自分ベクトルを持ち、情熱を持つことができる人づくりが 必要であることが分かる。
第
3
章 リクルート社のイノベーターでは、情熱を持った人たちは、どこに多くいるのか。第
3
章では、熱い人材が多数存在し、世間から「イノベーター排出企業」と言われてきた会社、リクルート社の事例を調査・考察 することにより、イノベーターをつくる環境を考える。
「リクルート社」は、さまざまな分野で情報サービスを提供していて、社員全員が参加でき る新事業コンペを早くから導入し、若手社員でも自由に事業を起こすことができる開放的な 社風であると言われている。出版する情報誌から「フリーター」、「就職氷河期」、「ガテン系」
など多くの流行語も生まれている。実際に彼らを扱った著書もたくさんある。そのひとつに
15
経済界編集部著(2014年)の「リクルート・イズム(イノベーションを起こした
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人の軌跡)」がある。この本を参考にリクルート社の社風や、イノベーターと呼ばれるリクルート社出身 のメンバーの声を集めてみた。
3-1
ロケーションジャパンリクルート社出身のひとりに、国内唯一のロケ地情報誌で
2015
年現在、定価500
円で発 行部数3
万5000
部の「ロケーションジャパン」8)
を立ち上げた株式会社地域活性プランニン グの代表取締役の藤崎慎一がいる。筆者は、2013年2
月12
日に、東京都中央区京橋にて藤 崎の講演会を企画し、彼がやってきたことを聞かせてもらった。彼は、元々、住宅営業雑誌 のトップ営業マンだった。しかし、地域が元気でなければ、住宅は動かないと、そのころリ クルート社で立ち上がったばかりの「地域活性事業部」に自ら志願し異動した。そこで、地 域の知名度を上げるためには、メディアとのコラボが必要だと、ロケ地と制作会社を結ぶた めの雑誌「ロケじゃらん」を発行し、その我が子を「ロケーションジャパン」と名付けた。その後、さらに地域活性を生涯の仕事をするために
2003
年にリクルート社から独立した。ところが、会社を作ったからと言って、すぐにうまく行くものでもない。しかも、当時の 地域といえば、わが町の大仏を撮影してくれという希望など、自分たちの撮ってほしいもの ばかりを売り込んでいた。しかし、映像制作者がほしいのはストーリーにあった、何気ない 風景であった。そこで、
3,000
人の制作者へのヒヤリングを通じて得た情報とノウハウをもと にマッチングを行った。その結果、ロケーションジャパンも最初は、ドラマの撮影に使って もらえるなら、こんなサービスをしますという内容やこの廃校をロケ地に使えるなどと、一 部の制作会社の人にしかメリットの無い情報ばかりだった。混沌の中から、もっと、読者とロケ地をつなぐような内容にしなければならないのではな いかという提案が出てきたことにより、彼らは、ドラマの主人公のジャニーズのメンバーや 有名タレントを表紙に用い、アニメなどのロケ地をクローズアップすることにした。
これが、今日のアニメやドラマのロケ地巡りをする「聖地巡礼」に結びつくものとなった。
結果、若い女性などは、この雑誌を見て、店などを調べて、「この椅子にヤマピー(山下智久) が座った」などと、ロケ地巡りをするようになった。つまり、「ロケ地と制作者をつなぐ雑誌」
から、「ロケ地に読者が足を運ぶ雑誌」へとシフトしたことによって、新しい価値が生まれ、
イノベーションとなり、地域の経済効果と結びついた。
その経済効果は、ただ観光に来るだけのロケ地巡りだけではなく、住宅購買にもつながっ た。たとえば、ある企業から「保有する大型住宅街をロケで使えないか」と相談を受けるよ うにもなった時だった。その住宅街は工業地域にあって、環境面などを考慮される方が多か ったのか、半分ほど売れ残っていた。そこで「ロケーションジャパン」で紹介することにし て、『アットホーム・ダッド』『鬼嫁日記』『結婚できない男』(すべて関西テレビ/フジテレビ 系)などのドラマで撮影に使われた結果、イメージアップにつながって残っていた住宅がす べて完売したのだった。
8 TV
ドラマ・映画のロケ地を知る1冊16 http://www.chiikikassei.co.jp/
その後、このコンサルティング力を武器に、施設やレストランなどのロケ地と制作者をマ ッチングさせるサービスは
WEB
に移行し「ロケなび!」が誕生した。「ロケーションジャパ ン」は、さらに一般読者に向けた「ロケ地のワクワク」を伝える雑誌へと変貌を遂げる。藤 崎は、地域活性の仕事は、地域に経済効果が生まれて雇用が生まれて、初めて意味があると いう考えである。そのために必要なのは、「汗を流すこと」で、汗を流すから当事者意識が芽 生えると言う。
ここから筆者が感じ取ることができたのは、イノベーターに大切なものは、情熱と行動力 の他に、人の行動に着目した発想の転換が必要であるということである。ロケ地と制作会社 を結びつける場合に行動して購買する人の数よりも、ロケ地に興味を持って動く一般の人の 数のほうがはるかに多いはずである。ここに、気づかなければ、この雑誌を通したイノベー ションは起こらなかった。
3-2
地域をプロデュースする仕事やはり、リクルート社出身で現在、フリーの地域活性のプロデューサーとして活躍してい るのが玉沖仁美である。ここでは、玉沖仁美(2012)「地域をプロデュースする仕事」(英治出 版)も参考にする。彼女も
3-1
で述べた藤崎慎一が立ち上げたリクルート社の地域活性部のひ とりだった。ただし、彼女は汎用性がなく コンサルタントでは利益が薄いということで、地域活性部が廃部になってからもリクルート社に残った。それだけでなく、初代沖縄支局長 を経て沖縄県に出向し、沖縄県キャリアセンターの立ち上げに従事した後、リクルートに戻
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り、じゃらんリサーチセンター初代センター長になった。それだけにデータや官庁のことも よく理解している。
筆者は、そんな玉沖に
2015
年6
月29
日の夜、3時間の時間を取ってもらって取材させて もらった。地域活性で大切なことは、地域の産業をつくることだと考える彼女は、実際に島 根県で、今では出雲空港などの土産物屋などでも売れている「サザエカレー」等のヒット商 品も生み出している。しかし、これを生み出すまでに
5
年近くの歳月が費やされている。彼女自身、何度も挫折 しそうになった。それでも、商品を開発するだけでなく、地元の産業起こしをできる人をつ くるために東奔西走している。自分だけでなく、地域のイノベーターをつくるために動いて いる。そんな彼女に「イノベーターに必要なものは何か」と尋ねてみた。すかさず返ってき た答えは、「調整能力と目的」だった。地域の人も役所もみんな好き勝手なことばかり言うが、そこに腹を立てても何も始まらない。
みんなの思いは、「地域を元気にすること」という目的を明確にした上で、「誰のために」「結 果どうなりたいのか」と目標設定をして行く。しかし、現実には、やはりいろんなことでも めるし、好き勝手言人も出てくる。その時に誰かを否定しても始まらない。みんなの話を聴 いて、みんなの意見を汲み上げて、納得するまで話し合って、行動することが大切で、その 結果、思ってもいなかったイノベーションが生まれる。
どちらかといえば、「イノベーター」といえば、「独創的な人」や「革新的な人」を想像し てしまう。そして、スティーブ・ジョブズなどを例に取ると、人の話を聴かずに突き進む人 というイメージを持ってしまう。しかし、彼女に言わせると、
「本当に自分勝手だけなら、誰も着いて来ないし、協力してくれない。大切なことは、お互 いの良いところを組み合わせて行くことによって、新しい価値が創造されることは、いっぱ いある」
だからこそ、彼女は、とことん全員の調整に時間を裂く。話を聴いて、どんな行動ができ るかを引き出す。人を否定しない。ただし、「何のためにやるか」だけには、とことんこだわ る。すると、今まで好き勝手言っていた人たちが、可能性に気づき、自分たちができること を発見して、前向きに行動し始める瞬間があるらしい。バラバラだったそれぞれのベクトル が同じ方向に向かい出し、動き出す。すると、思わぬものを生み出し、新しいものを生み出 すこととなって、イノベーションにつながって行くことになる。
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彼女の話からイノベーターに必要なもののひとつに、調整力と目標設定ということが理解 できる。そして、調整力を持つ人材をつくるために必要なものは、まさに自分も人も見つめ られる人間力である。
3-3
バルウォーク福岡博多という町は、天神が栄えている。そして、博多駅も改装されて、博多駅前に多くの店 ができだした。ところが、このふたつの場所は、歩いて行けるにもかかわらず、分断されて いる。博多駅と天神をつなぐものがあったら、もっと、町全体が盛り上がるのではないだろ うか。それが最初に考えたことだった。そして、今では、全国的に広まりつつある地域や商 店街活性のためのイベントで、
2015
年秋には10
回目となるBAL
ウォークでは、日本一の規 模で開催となるバルウォーク福岡を実現させたのも、やはりかつては、3-1
で述べた藤崎慎一 率いるリクルート社の地域活性部のひとり井手修身だった。井手に2015
年7
月23
日、博多 にある彼の会社、イデアパートナーズで聞き取りをした。バルウォーク福岡とは、バルウォーク実行委員会が、行きたかった名店、知らなかったこ んな店をコンセプトに店を選び、ふだんはなかなか入れない人気寿司店やフレンチ・イタリ ア・スペイン料理店などさまざまなジャンルの飲食店にその日だけは、気軽に入ってもらえ るようにしているイベントである。
3,600
円のチケットを購入すると、5
店の飲み歩きを楽し める。それらの店は、ワンドリンクとおつまみを用意する。それだけでなく、その日は、福 岡のまち文化を楽しんでいただけるよう、フラメンコやジャズセッション、音楽ライブなど、様々なイベントが企画されている。つまり、お客さんは、マップを手に、福岡のまちの文化 を感じながら、ふだん行けないような
5
店の飲み歩き、食べ歩きを楽しめることになる。今では、お客さんたちが、どこの店のおつまみがいいか、どの店に行くといいかをツィッ ターやフェイスブックで情報を提供し合い、ホームページやブログで宣伝してくれるように までなった。 今では、宮崎や鹿児島でもバルウォークが開催されるようになり、彼自身そ のノウハウを全国で伝えている。
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では、これらのことをすべて井出が考えたのかというとそうではない。バルウォークは、
同じようなものが、すでに函館西部地区で
BAR-GAI 9)という形で行われていた。そして、こ
の商店街は、中小企業庁が選ぶ、がんばる商店街77
選にも選ばれている。井手は、その函館
BAL-GAI
に足を運び、主催者にやり方を教えてもらっただけでなく、模倣させてもらって、福岡でやる許可をもらった。
BAL-GAI
写真(函館BAR-GAI
ホームページより)バルウォーク福岡は、1日のイベントにもかかわらず、チケットだけで約
1000
万円を売上 げ、4000人が回遊する。そして、それぞれの店は、新しい顧客獲得のチャンスとなる。その バルウォークの運営をノウハウにして、他の地区でも開催できるようにコンサルタントをす るようになった結果、他の地域でも新しい価値が生まれ、「イノベーションを起こす地域活性20
化の伝道師」と呼ばれるようになった。彼に、どのようにしてイノベーションを起こさせる のかを尋ねたみたところ、イベントを祭りにしたことだという答えが返ってきた。
井手が言うには、イベントは、一過性のものであり、祭りは、脈々と続くものということで ある。いろんな町からバルウォークの開催のやり方のコンサルティングの仕事が彼のところ に来るが、上手く行くところと、うまく行かないところがある。それを井手が分析したとこ ろ、商工会などが予算をつけて一過性のイベントにしているところは続かないし、思ったよ りも上手く行かないらしい。しかし、自分たちが当事者になって、自分たちでリスクを取っ てやっているところは上手く行くらしい。
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枚つづりのチケットとマップを手に、函館西部地区のさまざまな店を訪ね歩くイベントhttp://www.bar-gai.com/
つまり、成功するには、祭りのように、脈々と、自分たちでつなげるものにしなければダ メということである。理由は、続けているからこそ、ダメなところ、上手く行かないところ が分かって、そこから、改良をし、新しい価値観、つまりイノベーションが生まれるという ことである。キーワードは、「情熱と当事者意識」。だからこそ、バルウォーク福岡は、義理 や付き合いで店を選ぶのではなく、実行委員会のメンバーが、実際に自腹で足を運んで、自 分たちが紹介したい店をくどいて、参加してもらうようにしている。また、ダラダラとやる のでなく、1日でやるからこそ盛り上がるということだった。
また、筆者が、井手に感じたのは、イノベーションは、特別な人ではなく、徹底して良い ものから学び、真似ることからも生まれるということである。だからこそ、良いものを素直 に良いものと認め、学ぶ姿勢がイノベーターには必要である
3-4
リクルート社のイノベーターのつくり方こうやって、現在地域のイノベーターとして活躍している人たちを探してみると、やはり、
リクルート社出身のメンバーが多い。しかし、一部では、リクルート社のメンバーはプロモ ーションがうまいだけではないかという意見もある。その辺りを検証するためにも、「なぜ、
リクルート社は数多くのイノベーターを排出できるのか」をそれぞれに尋ねてみた。
実際、尋ねてみると、彼らは、「リクルート社は、なぜ、イノベーターを次から次に輩出で
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きるのか」という質問を普段からよくされるらしい。その時にテーマとなるのは、イノベー ターを創ることができると言われる社風や採用される人間の素質ということが話題になるこ とが多いらしい。環境が人を作るのか、人が環境を作るのか、その辺りのことについてバル ウォーク福岡を立ち上げた井手に尋ねてみた。彼は、環境というものに焦点を当てた。
彼は、リクルート社には競争原理があることの大切さについて語ってくれた。
井手を含め、藤崎や玉沖以外にも、かつてリクルート社にいたメンバーに会うたびに、な ぜ、リクルート社には、イノベーターが多いのか尋ねてみると、筆者が尋ねた多くのメンバ ーから、やはり競争原理の大切さという言葉が返ってきた。
「MVPなどの表彰式もあるし、華々しく誰かが表彰されると、『俺も頑張らなきゃ』とい う気持ちになる。この気持ちが大切。『もっと良い数字をあげたい』『もっと、良いものを創 りたい』その気持ちがあるからこそ、新しい発想が生まれる。これが、イノベーションにな って行く。だから、競争原理の無いところにイノベーターは出来にくい」
筆者が取材したほとんどのリクルート社のメンバーはそう話してくれた。そこで、競争原 理に触れてみたい。はたして、競争原理がイノベーターをつくるために必要かどうか。宮入 恭平(2015)によれば「競争と共同のあいだで」という議論があるという。
ここでは、学校行事のコンクールを通して、競争と共同の関係が述べられている。筆者な りに要約すると、コンクールは、競争を通して、仲間と練習することや、敢えて自分たちを 鍛えることによって、帰属意識や達成感を高めるといった内容となる。これをリクルート社 にあてはめてみるとまさにその通りである。宮入が言うように、競争と共同によって人が高 まるというのであれば、その場が用意されている。
つまり、リクルート社には、競争に勝つと、華々しく表彰される舞台が用意されていて、
それが、彼らのモチベーションになって、さらに良いものをつくりたいという発想に結びつ き、工夫や試行錯誤する癖が自然と身についているとすれば、彼らが競争を通してイノベー ターへと成長しても不思議ではない。また、個人や部門間で競争することによって、チーム ワークも芽生え、帰属意識にもなる。なぜなら、リクルート社出身のメンバーは、わたしが 取材させてもらったかぎり、リクルート社が好きで、リクルート出身を自慢した。また、世 間に出ても、リクルート出身ということで、
OB
を紹介してもらえるなど、縁が繋がることも あると言う。リクルート社には、何かを提案した時に、とことん詰問される風土があると言う。たとえ ば、新しい雑誌の企画を提案したとしても簡単には企画を通してもらえない。その雑誌のタ ーゲットやいくらで売るつもりなのか、誰が買うのか、本当に買うのか、思い込みだけで動 いていないか、ライバルは何なのか詰問される。そこでめげてしまうようでは、企画は通し てもらえない。
しかし、この質問に答えたり、考えたりしているうちに頭の中がクリアになったり、課題 が見えてきたりする。つまり、自問自答する機会を自然ともらっていて、その場をもらうこ とによって、自問自答する癖がついて行く。まさに、静観の場を自分でつくることになる。
そうなると、自分で、どうしてうまく行かないのか、うまく行っているものは、どうなって いるのだろうかなど、自然と考えるようになる。