著者 叶 愛群
雑誌名 東京家政大学生活科学研究所研究報告
巻 19
ページ 35‑40
発行年 1996‑06
出版者 東京家政大学生活科学研究所
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009823/
AStudy of Child Education under One Child Policy in
Republic China叶 愛群
Ye Ai Qun
はじめに
まず一人っ子政策の産物としての「小皇帝」
ないし「小太陽」にっいて述べておくことにし
たい。(1)
第二次大戦後,中国の人口は激しく増えてき た。そのために一九八〇年に一人っ子という政 策が国策として始められたのであった。要する に,一夫婦は子どもを一人しか生めなくなった のである。(2)中国では人口の多いことは重要 な財産であるという思想から,一人っ子だけと いう政策へと変わった。こうして人口の急激な 増加に対して,強力なブレーキをかけてはいる が,多くの新たな問題も招く結果となってしまっ た。その一っが「小皇帝」という問題であるこ とを,まず指摘しておきたいと思う。
すなわち上海,北京などの都市部では,生活 水準の向上と子どもの一人っ子化にともなって 子どもをとどまるところを知らないほどに甘や かしてしまう傾向が強まっており,ついに社会 問題として直視せざるを得なくなってきたので
ある。
たとえば,上海市では一人っ子普及率が九九・
五三パーセントとなっている。夫婦に子ども一 人という新型標準家庭は,約二六二万世帯であ
り,上海市の世帯の六六・ニパーセント以上を 占めている。そして一人っ子が,これらの家庭 の消費軸となっているのである。全国統計では
まだ取り上げられていない,ピアノの普及台数 も上海の一人っ子家庭では,なんと,約二七パー セントを数えている。夫婦の合計年収の一年な いし一年半分にも相当する高価なピアノの購入 ブームが上海,北京などの大都市を席巻してい るのである。
上海のデパートなどでも,高価なものを子ど もに買い与える親の姿が見られる。とくにテレ ビゲームコーナーのソフトが飛ぶように売れて いるのは日本と同様であるといえよう。
中国の,とりわけ都市部では,一人っ子に対 する親の盲目的な保護ぶりがあまりにも多くの 話題になっている。十歳になる小学校三年生の 男の子は,毎晩母親を夜中に起こし,小便器を もってこさせ用を足しているという。服も自分 だけで着ることができないというのである。
このような状況がみられるようになったため に,子どもの教育があらためて重視されるよう になったということができる。しかし子どもた ちは家庭で両親に溺愛されているために,なん でも自分の思い通りになると考えているような のである。今の子どもたちはみんな我儘,利己,
頑固というような性格を持っているのではない だろうか。家庭で,子どもは大人に甘やかされ ている。ご両親と両方のおじいさん,おばあさ んである。子どもはまるで王様のように大事に 扱われているのである。子どもはなにもしなく ていいのである。中国の諺にいうところの「口
をあけると,御飯を食べられる,手をのばすと 洋服を着ることができる」という状態になって いるのである。かくして子どもの独立性はきわ めて弱くなっているのであり,まさに社会的な 問題になっているといえるのである。もしも,
このままの教育を続けているとするならば,二 十年あるいは三十年後,現在一人っ子である子
どもたちが,中堅として中国社会を担うことに なるとどうなるであろうか。このように甘やか されて育てられた世代が,果たして責任と義務 をきちんと遂行できるのであろうか。心配する 中国人は大勢いる。私もその一人である。(3)
日本に来て,子どもたちを見ていると,中国 の子どもよりも独立性が強いように感じられる。
あまり両親に甘やかされてはいないようにみえ る。日本は子どもの教育について,中国より上 手だと想えてならない。それで中国の子どもの 教育にっいて考えるための参考として,私は日 本の幼児教育の状況について勉強してみようと 想ったのである。
1.中国における幼児教育
1994年4月に,私は東京家政大学で「中国の 一人っ子の政策の下の児童教育の探求」という
テーマの下に,本間先生に教えていただくよう になりました。私は外国人として,この学校で 勉強することができたことを非常に光栄だと想っ ています。
はじめに私は,次のような三っの目的を持っ て勉強しようと想っていました。
1.学校はどのような方法で子どもの独立能 力を培っているか。
2.家庭はどのように学校教育に協力してい るのだろうか。
3.学校ではどのような環境を作っているの だろうか。
そのために,まず中国における幼稚園での生 活にっいて,簡単にまとめておくことにしたい。
中国の幼稚園では多くのクラスが四十人くら
いである。小人数のクラスは二十人くらいであ る。一クラスに先生は二人っいている。午前と 午後に担当を分けていることになる。授業とし ては六科目が設けられている。国語,常識,音 楽,体育,絵,算数などである。
まず国語は物語や詩などで,きれいな言葉を 勉強させることになっている。
常識は日常生活の中で見る,聞く,話すなど,
いろいろな現象と物などの正確な名称を勉強さ せている。
また体育は遊びの中で,基本的な動作を覚え させることを目的としている。
絵は塗り絵や折り紙を作ることで,想像力を 養うように考えられている。
さいごに算数は10以内の数字を数えるととも に,体形,方位,時間などにっいて勉強させる ことになっている。
これらにっいて一日に三科目を教えている。
昼寝は二時間余りさせる。その他の時間は遊戯 ということになっている。しかし,どうも中国 の遊戯の意味は日本とは違っているように感じ られる。中国での遊戯は建築の遊戯(積み木を 組み立てる),役の遊戯(おままごとごっこ),
表演(日本の遊戯),知力遊戯(謎を当てる)
などがあるが,その目的とするところは,日本 と大分異なっているのではなかろうか。
中国の幼稚園の日程は次のようになっている。
七時半〜八時半:室外の遊びか室内の静かな 運動。
八時四十五分〜九時:ラジオ体操 九時〜九時半:授業
九時四十分〜十時:授業
十時〜十時四十五分:遊び(おままごとごっ こか室外の活動)
十一時〜十一時半二お昼の食事 十一時半〜十二時:静かな運動 十二時〜二時半:昼寝する 三時〜三時半:間食
三時半〜四時半:室外の運動か室内の運動 四時半〜六時:子どもは幼稚園を出る。
こうしてみると中国の幼稚園では,時間にっ いて少しばかり厳しいように思われる。まず,
子どもたちは一日の予定を守らなくてはならな いことである。毎日の行動の内容を変えていく ことが必要なのではないだろうか。静かな運動 と活発な運動を交互にしなければならないと思 われる。また室外と室内とを交替していかなけ ればならないであろう。さらにきめられた時間 を守らなければならない。授業と遊びの時間が あまりに長すぎてはいけないと思われてならな いo
1.日本の幼稚園を見学して
今年の五月から,私は東京家政大学の付属幼 稚園で見学実習をさせて頂きました。初めて日 本の幼稚園に入りました。子ども達と二年ぶり に付き合ってみて子どもの天真燗漫な容姿を見 ることができ,懐かしく思いました。日記を書 いて見ましたが(4),見学してみての感想を述 べてみたいと思います。たいへん勉強になった と思っています。全体的な印象としては子ども 達が非常に自由な環境のなかで成長していると
いうことでした。それをっぎに,6点ほどにま とめて述べてみたいと思います。
(1)水と土の遊び
子どもが水と土に興味をもっという特性は生 まれっきのものであるといえます。子どもは水 と土の遊びの時は何も考えず,夢中になって遊 んでいます。
中国の子どもも日本の子どもと同じように水 遊びがすきですが,こんなに自由には遊んでい ないように思われます。いろいろな禁止がある からです。その一っの原因は洋服が汚れてしま うということです。もうひとっの原因は季節と 関係があるようです。
中国には「寒気は足に入る」という俗語があ ります。ようするに足を暖かくしないと病気に なるということである。夏以外ははだしになる
という習慣がないのである。いまの季節に素足 で水で遊んでいることは不思議なことであった。
かって私が上海にいた時テレビで日本の子ど もが冬に半袖を着て遊んでいる姿を放送してい ましたが,信じられないことであった。今はも う完全に信じています。子どもは冬でも洋服を たくさんは着ていません。子どもは寒さで病気 になることはないと思われます。日本の子ども は本当に寒さに強いと思っています。
ところで日本には「子どもは風の子」という 諺があることを知りました。相対的に言えば,
中国の子どもは寒さに弱いということになるで しょう。着る物は大人よりもたくさん着ている のである。子どもはいっぱい着ているので,遊 びの時は不便でしかたがないのです。したがっ て遊びの量は減ってしまうのである。これは健 康にとってよくないことであろう。病気になり やすいと思わざるをえないのである。
(2)絵を描く
子どもはテーマはなくても自分の興味で絵を 書きます。絵を書く時には時間とは関係があり ません。ちゅうとはんぱでも,もし書きたくな かったらすぐやめてしまいます。
中国ではちょっと厳しいと思います。子ども に始めから最後までやりなさい,と教育してい ます。その時に描く気がぜんぜんなくても,途 中でやめることはできません。無理にでも書か せています。絵を描き終わることは描き終わる のですが,子どもは楽しいとは思っていないよ うです。絵を描くことに対して興味がなくなっ てしまうかもしれません。
水彩絵を描く時には,その時に着る洋服が用 意されています。子どもは水彩絵に興味をもっ ても,描くときにはなかなか気持ちを集中する ことができないでいます。そこでこうした洋服 を着ていることで,気持ちを全て描くことに集 中する事ができるのです。
(3)空箱を利用する
日本の子どもは家からいろんな空箱を幼稚園 に持ってきます。これはお金をかけなくて,自 分の想像で物を上手に作っていることを意味し ています。すごく人気があるようです。子ども は長い時間あそんていても飽きることがありま せん。空箱を組み合わせて,きれいな紙で空箱 のまわりを飾るとか,絵を描くとか,みていて とてもおもしろいと思いました。
(4)子どもの昼食の事
幼稚園の給食を食べたくないということで,
幼稚園に行きたくなくなるという中国の子ども は少なくないようです。
中国の幼稚園では弁当を持ってくることはあ りません。毎日,幼稚園の給食を食べています。
決められた量を食べなければなりません。それ は好き嫌いがある子どもと食欲があまりない子 どもにとっては,もっともいやなことのようで
す。
日本の幼稚園の場合,弁当と給食を交替で取っ ています。おかずの種類は多いようですが,量
はそんなに多くないので,子どもはみんなきれ いに食べていました。
中国の幼稚園では毎日のメニューはかわりま すが,おかずの種類は単一でそして量がおおす
ぎて,子どもはきれいに食べることはなかなか できないでいます。
(5)自由に登り遊ぶ
中国では一人っ子政策のために,みんな子ど もを大事にしています。幼稚園では子どもの安 全に対する,責任をすごく持っています。危な いことは全て禁止されています。
ブランコでも先生がいないと,一人では遊べ ません。ようするに,先生は目を離せないので す。日本の幼稚園では,子どもに梯子を用意し て,自由に部屋の上に登ることができます。
私は,この情景をみていて,すごく心配して いました。でも,子どもは大分慣れているので,
上手に遊んでいました。取り合うことをしませ ん。すごく楽しく遊んでいました。 以上の例 は子どもが自由にのびのびと成長していること を表しています。これは子ども達の心理と一致 しているように思います。子どもたちの個性の 成長にとって,実に有意義なことであると思い
ました。
皿.日本と中国の幼稚園を比べてみる
日本の幼稚園のどこが,中国のそれと違うの か,気が付いたところをあげてみようと思いま
す。
日本の幼稚園のクラスの広さと人数の多さ及 び教室の飾りは中国の幼稚園と比べて,あまり 変わりませんが,教育方法はちょっと違うよう
に思われる。
四ヵ月ほど,見学した印象としては,子ども 達は非常に自由な環境の中で遊びながら,勉強
していたことである。しかし,中国では児童教 育の研究会などで,この話題がよくだされてい ますが,実際の教室の中ではなかなか実行でき ていないといえるのである。
子どもが水と土で遊んでいる例をあげてみよ う。恵美ちゃんという子どもは何も考えず,夢 中で土で遊んでいました。着ていた洋服を全部 汚し濡れてしまいましたが,先生はこの様子を みて,ぜんぜん怒らず,平気で彼女を着替えに 連れていきました。
中国の子どもはそんなに自由に遊んでいるこ とはできません。先生はもしこの様子を見たら,
怒るかもしれません。その上,汚いとか,女の 子らしくないとか,こんどまたやったら許して
あげないとか叱ります。
同じく,子どもの両親は子どもを迎えに来た 時,この様子を見るとまた怒るかもしれません。
要するに,先生は,一体何を考えていたとか,
どうして子どもの面倒を見なかったのかと思う からです。子どもにも新しい洋服を買ってあげ ないと言うかもしれません。
というのは中国の幼稚園では子どもに着替え
る洋服を用意していませんので,もし洋服を汚 したら,着替えることができないからです。両 親は毎日の朝,子どもにきれいに洋服を着させ て,幼稚園に連れてきます。迎えに来た時に汚 れていない洋服を見たいと思っているのです。
たまに子ども達に水と土で遊ばせても,いろ いろな規則を子どもに与えています。「洋服を 汚さないように注意して下さい」とか,「長く 遊んでは行けません」とか話しています。子ど
もたちはこうした規則を守るために,自由に楽 しく遊んではいないのです。
日本の子どもは交際する能力が中国の子ども より強いと思います。初めて幼稚園に入った時,
・子どもは私を見ると,私の前にやってきて,
「あなたのお名前はなんですか」とか「あなた はアメリカ人ですか,一緒に遊びませんか」と,
堂々と話してきました。中国の子どもは知らな い人とは話しにくいです。話したいけど,はず かしいと思っているから話せないのです。
日本では,昼ご飯の時,子どもたちは自分で 弁当を持ってきて,おいしそうにたべていまし た。御飯を残した子どもは見えませんでした。
これはいいことであると思います。中国の場合,
子ども達は幼稚園の料理を食べてます。毎日,
同じ人が作った料理を食べるから,あまりおい しいとは思っていません。また,決められた量 を食べ終わらなければなりません。そこで,食 べる量が少ない子どもと好き嫌いのある子ども は,幼稚園はすきだけど,昼ご飯の時間になる と,すごくいやな気持ちになっています。日本 の場合は弁当と幼稚園の料理を交替で取る,と いうことで,子どもは美味しく食べられるよう
です。
日本の幼稚園ではいろいろな動物を飼ってい ます。子どもは自由に動物に餌を食べさせたり,
先生が言わなくても,動物の家が汚れたのを見 たら,子ども達はすぐ掃除をしています。中国 の幼稚園でも動物を飼っていますが,専門の人 が管理しています。私は子どもにやらせる方が いいと思います。これは子どもが人と動物に気
をっかうことで,独立への能力も高められるよ うになると思うからです。
おわりに
私たちの世代,すなわち大人たちが,冷静な 目で,子どもの将来,私たちの将来,そして中 国の将来を見っめていく必要があると思います。
親の盲目的な愛情で,中国の将来,私たちの将 来を担う子どもを「廃人」にしてはならないと 思います。輝かしい未来と可能性をもった子ど も達の長い人生を,私たちの手で踏みにじり,
間違った方向に導くことのないよう,注意しな ければならないということを感じているところ
である。(5)
〈注〉
(D鐘 家新「中国の都市における一人っ子を溺 愛している親たち一『一人っ子政策』を背景 として一」「母子研究 13」所収,社会福祉 法人真生会社会福祉研究所 1992
(2にの点,日本社会における少子化とは,その 様相が全く異なる。「産みたくても産めない」
点に注意しなくてはならない。すなわち「女 の子だけを生んだ母親たち」は第二次の開放 を求めているということなのである。鐘家 新「中国の『一人っ子政策』と『女の子だけ を生んだ母たち』一中国における既婚女性の 地位にっいての一考察」「家族研究年報 17」
所収,家族問題研究会 1992
(3)莫邦富「独生子女一爆発する中国人口最新レ ポート」河出書房新社 1992
(4)叶愛群「日本における幼稚園を見学して,考 えたこと」「子保研年報Nα1」所収,子ども と保育研究会 1995
(5)若林敬子「中国 人口超大国のゆくえ」岩波 新書 1994 播允康(園田訳)「変ぼうする 中国の家族一血族社会の人間関係」岩波書店 1994松戸康子「『余熱』の発散を求めて一
革命を体験した中国の老人たちのいま」「シ
ルバーサービス vol.19」所収,社団法人シ ルバーサービス振興会 1994