著者連絡先 中村達雄 〒 606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町 53 京都大学再生医科学研究所 臓器再建応用分野 *京都大学再生医科学研究所臓器再建応用分野 Ⅰ 末梢神経の再生能:再生能と防御戦略 中枢神経は再生しない.このことは神経解剖学の 基礎を確立した泰斗スペインのカハール(Santiago Ramón Y Cajal)がすでに 19 世紀に指摘している. 臨床的に見ても障害された成人の中枢神経はほぼ再 生しない.これとは対照的に末梢神経は旺盛な再生 能がある.この両者の違いを機能的見地から考えれ ば次のようになるであろう.すなわち中枢神経は高 度な情報処理,とりわけ「記憶」の機能をつかさど っているため頑丈な頭蓋骨や脊椎で厳重に守られて いる.おそらく,脳が再生すると生存にかかわる情 報の記憶が混乱してしまうからであろう.余談だが 夢を記憶する能力がないのもこの記憶の混乱を避け るためと考えられる.この点が傷ついてもただちに 再生する末梢神経とまったく異なる.身体の解剖学 的構造と臓器の再生能に関しては「守られているも のは再生しない」という大原則がうかがわれる.硬 く丈夫な胸郭に守られている心臓や肺に再生能がな く,柔らかな胸部にあり傷つきやすい肝臓には旺盛 な再生能があるのは偶然ではなかろう.おそらく生 物はこういった守りと再生能の設計戦略を進化の過 程で獲得したのではなかろうか. ちなみに中枢神経系では,損傷が起きるとグリア 細胞が NOGO や NI-35 をはじめとした種々の軸索 再生阻害因子を分泌し「再生しない仕組み」がある ことが,分子生物学的に解明されている1). 一方,末梢神経は中枢と末梢を結ぶ情報の高速回 路として全身のすみずみまで分布している.甲殻類 に属するカニやエビは全身が硬い甲羅で守られてい るが,われわれ哺乳類では体表は軟らかな皮膚で覆 われているにすぎず,骨格は基本的に体の芯にある. 日本臨床麻酔学会第 32 回大会招待講演 日臨麻会誌 Vol.33 No.4, 507 〜 512, 2013
人工神経管(PGA-C tube)による末梢神経再生と
in situ Tissue Engineering(生体内再生)
─慢性神経因性疼痛は脳の錯覚か?─
中村達雄
*[要旨]人工神経管(PGA-C tube)を用いた再生医学の臨床応用が 2002 年より始まっている.こ の再生医療を支えるのがin situ Tissue Engineering(生体内再生)の概念である.in situ Tissue Engineering は欠損した組織を生体内のその部位(in situ)で再生させる手法で世界に先駆けて本邦 で提唱された.末梢神経は再生能力を有するが,人工神経 PGA-C tube は神経再生の「場」を PGA チューブの内腔に有する医療器具である.これまでに再建した末梢神経は合計 300 本を超え, また神経因性疼痛に対しても効果があることが判明し,新たな治療法として期待が高まっている. キーワード: 人工神経,神経誘導管,末梢神経再生,神経因性疼痛,生体内再生(in situ Tissue Engineering)
508 日臨麻会誌 Vol.33 No.4/Jul. 2013 この構造では,すべての臓器を硬組織で守ることは 不可能である.そこで守りきれない組織には傷つい ても,回復する再生能が付与されているのではなか ろうか. 人工神経(神経連結管)はこの末梢神経の持つ旺盛 な自己再生(修復)能力を利用した治療法の一つで ある. Ⅱ 末梢神経の外科的再建 救急医療の現場では,切断された神経断端間の距 離が 5mm 以内であれば直接縫合による修復が可能 である.しかし,実際の外傷例ではデブリドマン後 のギャップは 5mm 以上になることが多く,そうい った 5mm 以上の欠損に対して,従来は自家神経移 植が標準術式として行われてきた.その理由は,末 梢神経組織は長軸方向の伸展に弱く,引き寄せて吻 合すると吻合部に強い張力がかかるため,術後に機 能が回復しないからである. 自家神経移植用の再建グラフトには切除後に比較 的術後障害が少ないとされる感覚神経が選ばれ切除 される.特に下肢の腓腹神経,耳鼻科領域では大耳 介神経が使われることが多い.しかし神経の自家移 植は「移植」という言葉が使われているものの,腎 移植や心臓移植などの臓器移植とは概念が大きく異 なる.すなわち自家神経移植では移植された自家神 経グラフトは神経としてただちに機能するのではな く,移植片は神経再生の足場4 4 4 4 4 4 4として働くだけである. 神経機能が回復するのは切断中枢端から神経軸索が グラフト内に伸展し,移植された神経片を貫通して 最終標的器官である筋肉上にある neuromuscular junction や皮膚の感覚受容器に到達したときで ある. マイクロサージェリー用の顕微鏡や微細で丈夫な 合成高分子材料製の縫合糸が開発され,自家神経移 植は今日では標準術式になり,再建手術後の機能回 復に貢献している.しかしながら自家神経移植する には自家神経の採取が不可欠である.ところがわれ われの体には本来不要な神経は 1 本もない.さらに, 正常な神経を犠牲にして行われるにもかかわらず自 家神経移植後の機能回復成績も決して満足するもの ではなかった.そういった背景のもとに,自家神経 移植に代わる新しい治療法が模索された. Ⅲ チューブによる神経再建 欠損部の末梢神経を管状構造物で連結する試みと して,人工神経が開発される以前は患者の静脈を用 いて再建する術式が 1904 年頃から始まった2).一方, 自家神経移植に代わる新しい術式として,人工のチ ューブによる欠損部の補塡研究が 1970 年代から進 められた.欠損部の中枢と末梢の両端をチューブで 連結しておくと,両端から組織が伸びてきて,チュ ーブ内で連結する.そして中枢端から伸展してくる 軸索がその新生した組織内を通り抜け末梢まで到達 する.この現象に注目して神経連結管(人工神経)の 研究を大きく発展させたのはスウェーデンの Göran Lundborg 博士のグループである.Lundborg 博士 らはシリコン製のチューブを用いて神経を再生させ ることに成功し,この成果を臨床に応用した3).し かしながら,非吸収性材料であるシリコン製チュー ブは,再生部位の疎血の原因となり,早めに除去し ないと機能的回復が遅れることが判明した.そこで 二期的な抜去手術を必要としない生体内吸収性のチ ューブが開発され現在に至っている. Ⅳ 吸収性神経連結管(人工神経)の開発 チューブに用いる分解吸収性素材としては生体内 で安全に分解吸収するポリグリコール酸(PGA), ポリ乳酸(PLA)やこれらの共重合体が使われた. これらの合成高分子材料は 1950 年代から吸収性外 科用縫合糸として使われてきた実績がある.1990 年代終わりに米国では NEUROTUBE(図 1)という 商品名の PGA 製人工神経が開発され,米国食品医 薬品局(FDA)の承認を得ている.この Neurotube は 30mm 以内の欠損補塡に用いた場合,自家神経移
植に比べて良好な感覚機能の回復が得られること が,ランダムスタディによって証明されている4). また,生体内の細胞外基質(extracellular matrix: ECM)の 主 成 分 で あ る コ ラ ー ゲ ン で 作 ら れ た, NeuraGen という人工神経も欧米では市販されてい る.このほかに同様の FDA の認可を得ている中空 の連結管としては全部で 7 種類ほどが販売されてい るといわれる. Ⅴ 再生の場の理論と人工神経の内部構造 現在製品化されている人工神経はいずれも外国製 で,構造は中空である.薬事審査が通っていないが, 使用説明書を見ると使用に際しては内部に生理食塩 水を充塡して使うように記載されている. 一方,中空管の内部に神経の伸展を促進する物質 を補塡することにより神経再生を促進させる研究が 進められている.発生学的に見ると神経軸索は基底 膜の IV 型コラーゲンやラミニンと呼ばれる糖蛋白 に沿って伸展する.そこで IV 型コラーゲンやラミ ニンを神経管内に充塡したり,また神経成長因子 (nerve growth factor:NGF)を応用したりする方 法が検討された5).また細胞移植のために培養した シュワン細胞を神経管内に充塡して神経再生を促進 させる試みも進められている6).さらに体性幹細胞 や前駆細胞をシュワン細胞に分化させて用いる手法 も研究が進められている. 神経管の内部で軸索が長軸方向に伸びるための足 場として,線維束を長軸方向に充塡する実験も行わ れた.この足場にはコラーゲン線維や生体内分解性 合成高分子材料の線維などが検討された. コラーゲン線維束を入れた人工神経は長い欠損に おいても良好な神経再生をもたらすが一定の品質の コラーゲン線維を紡糸することは技術的に難しく, 製品化は困難と考えられた.一方,線維束の形状を 有さない凍結乾燥コラーゲンを充塡しても良好な神 経再生効果があることが判明した7).のちに詳述す るが,現在臨床で使われている人工神経管(PGA-C tube)内部の凍結乾燥コラーゲンは特殊な薄フィル ム多房状構造(図 2)を有し,これが神経の再生に良 好な環境を作り出すからである. Ⅵ in situTissueEngineering と 新しく開発された人工神経(PGA-Ctube) 従来の神経連結チューブが中空構造だったのに対 して,この日本で開発された人工神経 PGA-C tube は内部にコラーゲンが充塡されている.軸索の再生 図 1 米国で販売されているPGA製人工神経(Neurotube) 蛇腹状に線維を編んだチューブで屈曲しても内腔が つぶれない力学構造になっている. 図 2 PGA-C tube 内コラーゲンの薄フィルム多房状構 造(SEM 所見)
510 日臨麻会誌 Vol.33 No.4/Jul. 2013 の「場4」に細胞外マトリックスを用いた新しい人工 神経である.1990 年代に始まった組織工学(Tissue Engineering)は足場,細胞,増殖因子の 3 つの因子 を駆使して培養室のシャーレの中で組織を作製する 技術である.新しい人工神経では再生の足場である コラーゲンをチューブ内に補塡して直接体内に置く ことにより,局所から動員される生体由来の増殖因 子,細胞などを動員して神経を再生させている.す なわちこれが生体内再生(in situ Tissue Engineering) である. PGA-C tube は 20 年以上にわたる基礎研究が行 われ,ビーグル成犬を用いた実験で坐骨神経 80mm の欠損で神経再生が確かめられた8).さらにビーグ ル犬における自家移植との比較では,腓骨神経 15mm 欠損を PGA-C tube で補塡すると,電気生理 学的にも組織学的にも自家神経移植に比べて良好な 回復をすることが確かめられた9). こういった基礎研究の結果をふまえて,PGA-C tube(図 3)は京都府立医科大学で学内の倫理委員会 の承認のもと,2002 年に初めて臨床応用が開始さ れた10).その後,奈良県立医科大学,稲田病院,京 都大学医学部附属病院,田附興風会北野病院,新潟 大学医歯学総合病院でも臨床応用が続けられて いる. Ⅶ 人工神経と再生の「場4」の理論 人工神経で治療する主な対象は,外傷や医原性の 神経断裂である.これ以外に,悪性腫瘍切除後の神 経欠損も想定されるが,癌の手術に併用する際は慎 重な評価が必要となる.すなわち人工神経は末梢神 経の自己再生能力に依存しているため,放射線照射 が予定される部位や極端に血流が乏しい部位では効 果が期待できない.生体内再生(in situ Tissue En-gineering)で最も大切な要件は,再生に適した環境 (再生の場)をその場に作り出すことである.そのた めマイクロサージェリーの手法(有茎組織移植など) を駆使して「場」を作ることが行われる. 受傷から神経再建までの時間は短いほど良いこと は言うまでもない.しかし受傷直後には感染の危険 性や浮腫,さらには複雑骨折などを伴った症例も多 く,周囲の創が治癒するのを待って神経再建手術が 行われることが少なくない.受傷後数年以上経った 陳旧症例にも用いられているが,新鮮例に比べると 回復は遅い.良い適応は受傷後 1 ∼ 2 年以内の症例 である. Ⅷ 人工神経の埋入手術手技 神経の切断端と人工神経の固定は,神経の両端が 人工神経に内挿されるように 8 ∼ 0 程度のモノフィ ラメント糸で縫合固定する.通常は 1 端につき 3 針 4 針程度の固定が行われる.この際に神経の断端が チューブ内で折れ曲がらず,神経の断面同士が管内 で向き合うことが肝要である. Ⅸ 人工神経(PGA-Ctube)による 末梢神経再生医療 人工血管と人工神経とは名称は似ているが,臨床 像がまったく異なっている.人工血管による再建手 術では縫合が完了してクランプをはずすと同時に血 流が再開する.しかし人工神経では縫合が完了して も機能的にはまったく改善が見られない.軸索が伸 図 3 PGA-C tube これは直径 3mm のチューブであるが,その他さまざま な口径のものが使用部位に合わせて用意されている.
長して目的組織に到着して,そこで初めて機能が回 復する.ちなみに,四肢の近位部の再建を行うと機 能回復に数年の経過を要することもある.また術後 の神経再生過程では「水や電気が流れるような」異 常感覚や「ピリピリするような」痛みを局所に訴え る患者もいる.これが再生痛である.こういった症 状は神経が再生治癒するにつれて治っていくことが 多い. したがって回復過程に年余の時間がかかることを 術前に患者に説明し,理解の得られた患者にのみ治 療を行うといった適応患者選択(patient selection) が大切である.治療をスムーズに行う上で,十分な 説明に基づく患者の理解と協力は何よりも重要だか らである. Ⅹ 神経因性疼痛に対する新たな治療法 人工神経を用いて神経を再生させることにより従 来,複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)や神経因性疼痛と診断されてい た症例の中に劇的に改善する症例があることが判明 してきた11), 12).また口腔外科,歯科領域でもこれま で有効な治療法のなかった舌神経や下歯槽神経の損 傷後の難治患者にも応用が進められている13).この ほか,耳鼻科,頭頚部外科では,鼓索神経や反回神 経再建症例で神経機能回復が見られることが判明し てきた14). 2002 年より,臨床でこの新しい人工神経を用い るにあたっては,このようにまず従来の治療法では 治せない症例を対象に使用が検討された.その一つ として外傷後の神経因性疼痛がある.南北戦争にお ける神経損傷兵を観察した米国の神経学者ミッチェ ル(Silas Weir Mitchell:1829-1914)によりカウザ ルギーとして報告され注目を集めることになったこ の外傷後の不思議な疼痛は,従来のあらゆる治療に 反応しない残された闇の疾患とされ,特に外科的な アプローチは禁忌とされてきた.それはおそらく局 所の疼痛を治癒させる手法が断端の神経腫切除以外 になかったためと考えられる. 慢性疼痛の発生機序に関しては中枢説と末梢説が あり,幾多の議論が行われ,それぞれの説に基づい た治療法が考案されてきた.しかし虫歯の痛みがど んな上手なカウンセリングを受けても治らないのと 同じく,局所に損傷した神経がある症例ではその神 経損傷を治さずに外傷後の神経因性疼痛を治すこと は不可能であろう.外傷後の慢性疼痛は,かつては 脳の錯覚として治療されずに放置されていた症例も 少なくない.しかし,この新しい人工神経を用いた 再生医療は,難治性の疼痛の闇を切り拓く新たな治 療法として,疼痛に苦しむ患者の大きな福音になる ものと期待が高まっている. 参考文献
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Regeneration of Peripheral Nerve on PGA-C Tube and in situ Tissue Engineering Tatsuo NAKAMURA
Institute for Frontier Medical Sciences, Kyoto University
Clinical application of the PGA-C tube began in Japan in 2002. This article involves a brief summa-ry of the clinical results and the concept of ‘in situ tissue engineering’ and field theory, which is the background of this novel therapy. A clinical trial of the PGA-C tube for neuropathic pain is also dis-cussed in this article. In situ tissue engineering was first proposed in Japan in 2000 as a new concept in which, a defect-ed tissue is fabricated not in the incubator but in the body. A peripheral nerve has strong potential to regenerate, so if an adequate ‘field’ for regeneration is provided in our body, it recovers easily. The PGA-C tube is a bio-absorbable tube stuffed with collagen. The collagen with a structure of multi-layed thin films provides an adequate scaffold for tissue regeneration. To date, over 300 PGA-C tubes have been used, and surprisingly good results have been obtained after the peripheral nerve repair. Interestingly, the PGA-C tube is effective for patients who suffered from neuropathic pain. Thus this new device, the PGA-C tube, might be promising for further clini-cal application.
Key Words : Artificial nerve, Nerve conduit, Regeneration, Neuropathic pain, in situ tissue engineering The Journal of Japan Society for Clinical Anesthesia Vol.33 No.4, 2013