第 77 号
森を考える会
『ごあいさつ』
森を考える会会長 湯谷 國秀
新年あけましておめでとうございます。
森地区の皆様方におかれましては、お健やかに新春をお迎えのことと存じ
ます。旧年中は、住民協議会「森を考える会」の活動に多大なるご理解とご
協力を賜り厚くお礼申し上げます。
この一年間を少しふり返りますと、新年明けて恒例のどんど火のもと、地
域の発展と皆様の無病息災を祈念して「どんどまつり」を行い、新しい一年
が始まりました。
7 月には雑草第 76 号を、総会の報告や投稿いただきました記事等を掲載し
発行いたしました。
また、8 月 14 日には毎年恒例の「香肌峡もり夏まつり」を開催いたしまし
た。当日はお天気にも恵まれ、暑い一日となりましたが、昼の部のこども魚
つかみ大会、夜の部の夏まつりともにたくさんの方にご来場いただきました。
夜の部では、世界で活躍されている「ちきゅう食 YUKI さん」によるファ
イヤーパフォーマンスが披露され、幻想的な炎の舞いに魅了されました。ま
た、昨年から始まった森地区の皆さんを対象とした「お楽しみ抽選会」も大
変盛り上がりました。猛暑の中、昼・夜続けてお手伝いいただきました役員
の皆さん、本当にお疲れ様でした。
11 月 27 日には、先進地視察研修を長野市役所にて「長野住民自治協議会」
の取り組みについて説明を受け、意見交換をいたしました。
合併後32地区協議会への行政の指導の考え方や方向性については、長野
市地域振興部都市内分権課長の話をお聞きしますと、
「特に山間地域の住民か
ら合併後の厳しさを訴えられていたが、今ようやくあきらめと、自分達の住
む地域は自分達で守っていかなければならない意識を持たれ活動している」
とのことでした。山間地域の厳しさはどことも同じ環境に遭遇しているのだ
という現実を感じた思いで研修を終えました。
当協議会では、総会でご承認いただいた平成25年度事業計画のもと事業
を実施してまいりましたが、急遽市当局から住民協議会へ来年度からの「敬
老会」について「旧4町と旧市とで敬老会の催し方が異なっていたこともあ
り市は今後の在り方を見直し、各地域で独自の敬老事業を任せたい」との要
請があり、市当局、旧飯高町4住民協議会、当協議会の役員会等で協議を重
ねました。
その結果、大変ですが次年度には当会で敬老事業を行っていくこととさせ
ていだだきました。皆様のご協力を何卒よろしくお願いします。
当協議会の活動交付金として「ふるさと応援寄付金」を、塩ヶ瀬地区へ住
まわれている方にお世話いただき、大阪在住の方に寄付をいただいて地域の
活動に充てさせていただいています。誠に有りがたく感謝いたしています。
この応援寄付金の一部を塩ヶ瀬地区へ活動経費として充てさせていただい
ております。
「ホタルの飛び交うような谷川になれば」とか想いをお聞きして…自治会
の活動に期待している明るい取り組みです。
懸案となっています「木場公園」開所については、名称を「木場公園野外
体験多目的広場」と改め、協力費・原材料費の取り決め、万一の事故対応に
ついて市の責任、利用者の心得等々、市当局等と議論に議論を重ね、研究部
会で協議して取り決めを承認いただきました。
その後、蓮ダム管理所、松阪市飯高地域振興局、当協議会、の担当組織に
より飯南・飯高の児童、保護者、引率の先生が参加した「自然体験交流会」
の開催をもって、公園のオープンとなりました。
公園内にグラウンドゴルフ場も整備いたし、
「森A・F会」のゴルフ部が利
用しています。どうぞ地域の皆様も多数ご利用下さい。よろしくお願いしま
す。
毎年森公園の清掃、向久谷土手草刈りの地域の環境整備につきましては、
大勢の方々にお手伝いいただき、大変綺麗にしていただいています。皆様の
ご協力に心から深く感謝申し上げます。
生まれ育った私たちのふるさとこそ、いつの時代でも愛する気持ちが一杯
です。新年早々に恒例の「どんどまつり」を開催いたします。ぜひ多数の皆
さんにご参加いただき「無病息災、幸せで健康な一年になりますように」祈
念しましょう。
森地区の皆さんが今年も仲良く元気で暮らせる地域でありますことを、心
から願っています。
どうか今年も変わりませず、宜しくご指導ご鞭撻のほど、お願い申し上げ
まして、新年のごあいさつとさせていただきます。
『先進地視察研修報告』 研究部会部長 中島 貞男 今年の研究部の行事予定のひとつの先進地視察研修が去る 11 月 27 日に行われまし た。横井事務局長が計画立案し、信州長野市へむけて早朝4 時 30 分に保健センタ-を 出発いたしました。途中、雪におおわれた富士山、駒ケ岳、槍ヶ岳等を眺め感動しなが らバスの旅を続け10 時 30 分過ぎに長野市役所に到着しました。 当初の予定は、長野市内の住民協議会のひとつをたずねて研修する予定と聞いていま したが、先方の都合でこれが実現できず、市の担当者から長野市全体の住民協議会の説 明を受けて研修する形になりました。松阪市の職員5 名を含めて総勢 16 名が会議室へ 案内され、担当課長、担当職員より次のような話を聞きました。 以下がその内容の概略です。 長野市の人口は 85,000 人(松阪市の 2 強) 世 帯数は155,000 世帯(松阪市の 2 倍)の大きな市で す。大正12 年から平成 22 年にかけて 5 回の市町 村合併が行なわれて、現在は 32 地区になってい ます。 3 倍 ① 平成18 年~21 年の 4 年間に第 1 期都市内分権推進計画で、市内全地区に住民自 治協議会の設置を推進していくということで、行政の指導によって32 地区の全地 域に住民自治協議会ができて活動している。 ② この住民自治協議会の性格は、「地区を代表する組織」でその活動は 「地区住民の意見を集約し、市へ提案」 「地区の課題を解決するための独自事業の実施」 「市が行なっている事業を協定により実施」 「地区住民の福祉の増進を目的に市と協働する任意の住民団体」ということでした。 ③ そして 住民自治協議会を設置することによって、活動が重複する組織団体の不要 なものは廃止し、役員の数の減少をはかったとの説明も聞きました。 ④ また、各協議会の部会組織の代表的なものは、 総務部会(区長会)・安全防災部会・ 健康福祉部会・教育部会・環境部会 ということでした。 ⑤ これらの目的を達成するため、平成 25 年度は、「地域いきいき運営交付金として 総額約3 億円」の予算を計上し「事務局の人件費も 1 地区年間 190 万円計上し常 勤の事務局員を配置し、活動の定着活発化をはかっていく」また「必要な事業に
対してはどんどん予算化を考えていく」との説明がありました。 ⑥ また、担当課長の説明の中に、合併前の過疎の地域にはより多くの地方交付税が 交付され、住民の負担は軽減されていたが、合併によって一定のライン上におか れたことにより、過疎の地域の住民には負担増による不満が充満していた。 しかし、時を経てこれらの感情も序々に変化し、自分達の地域は自分達でなんと かしていかねばならないという意識も生まれつつあり、こういう動きを歓迎して いる旨の話もありました。 ⑦ 説明終了後に質疑応答がありましたが、本題が「長野市の行政の中での住民自治 協議会へのとりくみについて」という内容であり、行政の立場での内容等につい ての質疑応答を聞かせてもらう形になりました。 (ここからは私の感想になりますが) 松阪市には43 の住民協議会があると聞いており、それぞれ活動がおこなわれていま すが、これとは別に自治会連合会という大きな組織があり、長野市と組織の枠組の違い があると感じました。 自分達、森を考える会の活動に参考となるように、具体的な話を聞き取るような質問 もできなかったことについて反省もしていますが、松阪市へ合併するまでは行政主導で 行なわれていたことが、時代の推移により、地域のことや地域の課題は、そこに住む住 民が住民協議会というような組織の中で、取り組んで解決していかねばならない時代に なっているのかということを改めて実感し、そして活発な活動を進めようとしたときに は、少子高齢化のすすむ過疎地域においては、課題も多いことを実感した次第です。 市役所での研修終了後、善光寺の山門の蓮華院 の寺院内で精進料理の昼食をとったあと、善光寺 周辺の諸堂の説明をうけました。余談になります が少しふれてみます。 善光寺は創建以来1400 年の歴史をもち、特定 の宗派に属さない無宗派の寺院で、国宝に指定さ れています。善光寺には専属の僧侶はいなく、山 内にある天台宗の大勧進と 25 院、浄土宗の大本 願と 14 坊の当番制によって護持・運営されてい ます。等々の説明を聞いた後、本堂内陣・戒壇巡り(本堂の地下の暗闇の通路を手探り で巡ること)を経験しました。 そして帰路につき、晴天にも恵まれた往復約1,000 キロの長旅(運転手 2 人で)を終え て、午後10 時に保健センタ-に帰りました。 事務局長の横井氏には種々お世話していただき感謝しています。参加者の皆様お疲れ 様でした。研修にご参加いただきありがとうございました。まとまりのない文ですが視 察研修の報告とさせていただきます。
お伊勢さん(お白石奉献)と私 平成25 年 10 月 2 日の内宮遷御の儀、10 月 5 日の外宮遷御の儀をもって第 62 回 神宮式年遷宮が厳かに終了しました。 「何ごとの おわしますをば知れねども かたじけなさに 涙こぼるる」と西行法 師が詠んでいます。この歌には今を生きる私たちにも何か心に響くものがあるよう に思います。 平成24 年末頃、黒瀧神社の中村宮司様より、「お白石奉献」の行事に参加してみ ないか、とのお誘いをいただき、平成 25 年 8 月 2 日早朝より黒瀧神社関係者の皆 様14 名と白装束で内宮に向いました。 平成25 年の夏は例年に無い暑さで、早朝でも 30℃を超える気温の中、市営駐車 場よりおはらい町を抜け宇治橋まで、お白石を積んだ奉引車に綱をかけ、各自がそ の綱を持ちながら、木遣り子の先導にて「エンヤ、エンヤ」の掛け声とともに曳き ました。 このお白石持行事は、伊勢に流れる宮川の清らかな白石を拾い集め、丁寧に洗い 清めた後、神域に運び入れ、各自が白布に白石を包み、真新しい御正殿の敷地に自 らの祈りを永遠に託してお納めする行事です。この行事は、古文書によりますと、 遡ること550 年以上、寛正三年(1462 年)内宮の第 40 回式年遷宮より始まったと されています。 元来伊勢の神領民にのみ許された特別な行事でしたが、第 60 回式年遷宮より、 全国の崇敬者にも特別神領民として参加が許されるようになり、今回私も参加させ ていただくことができ、感激のうち我生涯の思い出となりました。 私がお伊勢さんを意識するようになったのは、20 歳の頃伊勢修養団にての「人間 を高める学習」に2 泊 3 日で参加した時です。伊勢修養団は、猿田彦神社の交差点 から宇治橋広場までの中間くらいの山の中にある研修所です。早朝からの建物内外 の清掃、宇治橋広場の清掃、国旗掲揚から1 日が始まり神宮についての講義、精神 及び家族についての講義等を受けます。 その間に3 度の食事がありますが、食事は決して残してはなりませんので、嫌い なものや量が多いものには最初に別皿に取っておかなければなりませんでした。 2 日目の夜には五十鈴川に入り、禊を行いました。私が参加したのは 6 月の初旬 のことでしたのでそれほど冷たさは感じませんでしたが、冬に入られる方は大変な 思いをされるそうです。五十鈴川の水に首までつかり、明治天皇が詠まれた「五十 鈴川 清き流れの末汲みて 心を洗え 秋津島人」の歌を大声で何度も唱えました。 そして最後の日には、内宮の御垣内参拝(正式参拝、玉垣の内側での参拝)を体 験しました。この2 泊 3 日の間、色々な自己啓発を体験してきましたが、この程度 の人間にしかなりませんでした。(反省)今でも神宮には年に数回は参拝しておりま す。
あ、そうそうこの修養団の大広間には大きな太鼓がありました。参加者が瞑想し、 日々の生活を反省していた時に時折打たれましたが、体全体に響くような大きな素 晴らしい音色の太鼓でございました。大きさは、直径5m、長さは 10mほどはあっ たでしょうか。あれ?少しオーバーかな。なにせ当時はまだ私も小さかったので? いやだいぶ年が経ったから思い出せないのかな? 話をお白石持行事に戻しましょう。宇治橋大鳥居をくぐり、宇治橋を渡ったとこ ろでお白石を一個受け取り、白布に包み御正殿に向います。真新しい御正殿はヒノ キの香りに包まれていました。お賽銭箱が置かれる門から入り、中の門を通り抜け、 神様が入られる御正殿の前の敷地、そこの左前あたりにお白石を奉献させていただ きました。この先 20 年間私の手に有ったお白石が神様のお傍に、と思うと感激も ひとしおでした。 内宮の御祭神、天照大神様は飯高町に伝わる神話にも登場します。伊勢と大和の 国分け伝説の中で春日大社の神様とお会いになられての「ああめずらしや、めずら しや」の会話から珍峠となったとか、礫石で国境を定められた話とか、親しめる神 様であるのかな。(大変失礼) 私は、これまで神様をあまり信じていませんでした。でも日本人の、八百万の神、 太陽、月、星等の天空、山、海、川、木々等ありとあらゆる自然の物を信仰の対象 として頭を下げ、手を合わせる姿は美しいものだと思っていました。 文明が進み、やもすると「神話の世界なんか」と思われる風潮となってきている ように思われる今日この頃ですが、私たちの先祖が何代にも渡り大切に守ってきた 行事に込められた心は今も生き続けているのだと感じられた暑い夏の一日でした。 三重県は「美し国」として、オリンピックの招致で有名になった「お・も・て・ な・し」の心をどこの都道府県よりも大切にしてきました。お伊勢さんに見守られ た私たちが「平和で心豊かな生活」をこれからも送れますよう日々感謝の心を忘れ ず生きていきたいと思うこの頃です。 「この神風の 伊勢の国は常世の浪の重浪のよする国なり かた国のうまし国な り この国におらむと思う」と内宮の創建を語る文が日本書紀にあるそうです。 最後になりましたが、この原稿が皆様のお手元に届けられるのはお正月のことと 思います。間違いや勘違い、多々あるかとは思います。まだ私も2 回しか式年遷宮 を経験しておりませんので(ちょっと違うかな)神様、皆様お許しくださいませ。 それでは読者の皆様、「新年明けましておめでとうございます」 平成26 年お正月 原口 康久
こちらは、昨年のもり夏まつりに、匿名でご厚志と共に添えら
れたお手紙です。原文のまま掲載させて頂きます。
森の達人この人紹介コーナー
シードセイバー助っ人
シードセイバー助っ人
おばちゃんに学ぶ昔の技
おばちゃんに学ぶ昔の技
今回は、宇藤木にお住まいの湯谷シズミさんの活動についてご紹介します。 今年御年80歳の湯谷さんは、在来種の保存活動に取り組む「たねとりくらぶ三重」代表坂番 雅美さんとの出会いにより、本地域固有の在来種である蕎麦、イナキビ、モチ粟、高黍、綿、 藍を栽培し、楮の採取加工など幅広い園芸活動や草餅やでんがらなどの郷土の伝統料理を紹介 し保存継承に一役買う活動をしています。 湯谷さんと坂番さんの出会いは、坂番さんが三重のたねとの出会いを探していたところ、平 成21年冬赤桶の尾辺米穀店に立ち寄った際湯谷さんの存在を知り、クラブのメンバーと共に 湯谷宅を訪問するようになりました。 以来、翌年春から7回ほど交流を重ね、昔ながらの育て方による種の保存のため、多品種に わたる在来穀物種の栽培を依頼され、近所の畑に播種し作物の世話に生き甲斐を感じながら日 々の生活を楽しんでいます。 坂番さんによりますと、今後この活動を通して、 食の安全が近年取りだたされていることに鑑み、 この地域の在来種で育てられた作物を「安全安心 な食材」として、市場への販路確立を視野に森地 域へ貢献ができればと話されています。 また、湯谷さんの活動は、元立教大学非常勤講 師の増田昭子氏(※)の著書「雑穀の社会史」の 中でも紹介され全国的に反響を呼んでいます。 (※)増田昭子氏のプロフィール 1942 年、福島県に生まれる。1967 年、早稲田大学教育学部社会科 卒業。元立教大学非常勤講師 2012 年2月現在【主な編著書】粟と 稗の食文化 雑穀を旅するなどがあります。 自宅近くの試験農園で 坂番雅美さんのプロフィール 「たねとりくらぶ三重」代表 513-0801 鈴鹿市神戸 1-22-27 オーストラリア研修でシードセーバーズ (注)を知って、独学で種の世界に入り、 「たねとり雅美」の異名で全国で種採り 活動中 (注)シードセーバーズ ここ数年で、「食の安全」「農的暮し」「環 境や平和へのより深い洞察」を背景に、 食の基盤、そして生命の源泉である「た ね」への気づきが高まっています。 シードセイバーとは、自家採種をするこ とによって「たね」を守る人々のことで す。「たね」を保全するには、土に蒔いて 育てる人が必用です。現在、とても多く の「たね」が、土に蒔かれ育ててもらう ことを、種子保全組織の冷蔵庫の中や、 田舎の納屋の隅っこで待っています。そ のためには、多くの心あるシードセイバ 『たねとりくらぶ三重』のメンバーと蓮ダム展望台で ーが必用です。『塩ヶ瀬地域支援活性化事業の紹介』
森を考える会研究部会では、本年度事業計画に基づき、地域活性化に取り
組む自治会に対し、次の趣旨に基づく申請により、慎重に事業認定の協議を
行い交付決定をしました。
その内容は『当自治会は、蓮ダム建設に伴い旧飯高町時代から観光の拠点
として、施設誘致にも協力をしながら今日に至ります。合併後新市になって
も、多様化する観光ニーズへの変化はあるものの、今もなお当地区を訪れる
観光客は途切れることはありません。私たち塩ヶ瀬自治会は、観光施設が持
つ様々な課題と向き合いながら、地域発展の契機となることを信じ、これま
でも惜しみない協力をさせて頂いてきたところであります。これまでの、貴
会が実施主体となり観光開発に向けた施設の新たな整備と運営への取り組み
につきましては、会長の指導力の賜とお察し申し上げ、そのご努力に敬服す
ると同時に会員として感謝の念に堪えません。私たちとしても、貴会のご努
力に報いるべく既存の観光資源を利活用しながら、次世代への地域づくりを
真剣に考えるべき時期であると考え、その内容を検討して参りました。つき
ましては、この情事を斟酌頂き、別紙塩ヶ瀬地域支援活性化事業計画書を十
分にご審議の上、何卒採択頂きますようお願いします。』と言うものでありま
した。
事業はまだ途中でありますが、塩ヶ瀬自治会より中間報告のありました事
業の内容の一部を紹介します。
香肌小学校の児童と塩ヶ瀬の谷へ 蛍
ホタルの幼虫を放流しました。
日
時
平成26年1月12日(日)
午前10時~
場
所
スーパー香肌前河原
内
容
どんど火
(祈祷)
☆
宮司さんに新年の祈祷をお願いし
ています。
ご家庭のしめ縄、正月飾りをお持ち
ください。
☆
準備は、次の通り行いますのでご協力をよろしくお願い致します。
日
時
平成26年 1 月 5 日 ( 日 )
午前7時30分より
場
所
スーパー香肌前河原
ホームページ皆様の
作品を募集しています!
「森」「飯高」「櫛田川」「蓮ダム」をテーマにした写真や絵を皆様から募集しております。 作品は、森を考える会HPの写真館に掲載させていただきます。 ◆応募要項 ・「森」「飯高」「櫛田川」「蓮ダム」に関する写真を募集します。 ・タイトルと作品にまつわる簡単なエピソード、撮影日、お名前、住所を添えてご応募 ください。 ・カラー・モノクロ、プリント・デジタル画像、いずれでも結構です。 ・デジタル画像の場合は、データサイズは 1MB 以下で JPEG 形式で保存してください。 ・昔、懐かしい写真や絵も大歓迎です。 ◆デジタル画像にてご応募の場合 メールに画像を添付して送信してください。 こちら → [email protected] ◆プリントにてご応募の場合 〒 515 - 1615 三重県松阪市飯高町森 1255 「森を考える会事務局」まで、ご郵送ください。 住民の方は、事務局までご持参ください。 ※作品の返却は原則いたしませんが、返却希望の場合はその旨お書き添え下さい。10月6日に実施致しました、森公園整備及び向久谷2回目の土手草刈りには、大変お忙 しい時期にも関わりませず大勢の方にお手伝い頂き、お陰で大変綺麗にして頂きました。皆 様方のご協力に心から深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。