• 検索結果がありません。

ス ミス のステ ユアー ト信 用論 批判

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "ス ミス のステ ユアー ト信 用論 批判"

Copied!
14
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

岡山大学経済学会雑誌

3 2 ( 4 ) , 2 0 0 1 ,1 6 1 ‑1 7 4

ス ミス のステ ユアー ト信 用論 批判

新 村 聡

は じめに

ジェ‑ムズ ・ステ3.アートの信用論

エア銀行の倒産とスミスのステユアート信用論‑の批判 むす び

1

は じ め に

アダム ・ス ミスが 『国富論』 の中で ジ ェームズ ・ステ ユアー トの名前に一 度 も言及 していないに もかかわ らず ,そ の存在 を強 く意識 していた ことは よ

く知 られ てい る

。1 7 7

2年

9

3

日の ウィ リアム ・パル トニー宛 の手紙 で ,ス ミスは次 の よ うに述 べ てい る。

「サ ー ・ジ ェームズ ・ステ エア‑ トの本 につ いて ,私 はあなた と同意見 で す。それに一度 も言及 してい ませ んが ,同書 の中の誤 った諸原理 は ,私 の本 の中ですべ て明確 に論駁 され てい る と自負 してい ます。

」 ( C

orr

リ 1 32 )

ここに言及 され てい る 「ステ ユアー トの本」 とは

1 7 6 7

年 に刊行 された 『経 済 の原理』 であるO では ス ミスがそ の中に兄 い出 した 「誤 った諸原理」 とは い ったい何 であ ったのだ ろ うかO 『アダム ・ス ミス伝』 の著者 Ⅰ

.S.

ロスは , 二つ の可能性 を指摘 してい る。一つ は

,

「『誤 った諸原理』 とはおそ ら く重商 主義的諸観念 の ことであ った

」( Ros s [ 1 9 9 5

],訳

2 7 7

ペ ージ)とい う可能性 で あ る。 も う一つ の可能性 につ いて ,ロスは

,

「ス ミスは と くに 『原理』第

4

編 の銀行業 に関す るステ ユアー トの 「諸原理」 の ことを指 していた と考 え るこ

(2)

ともで きよう」(Ibid.)と述べている.この解釈 は ,パル トニー‑の手紙が書 かれた前後 の状況を考 えると,十分に成 り立つ よ うに思われ るo

ス ミスは

,1 7 7 2

年頃 までに 『国富論』 の草稿 をほぼ書 き終 えていた。 とこ ろが7

2

年 のス コ ッ トラン ドにおけ る金融恐慌 と りわけ エア銀行の倒産は ,ス ミスに信用論 の原稿 を大幅に書 き直す ことを迫 ったのである06

9

年 11月

6

日 に営業を開始 したエア銀行は

,7 2

6

月に始 まった金融恐慌 の中で, 6月2

5

日に支払いを停止 した。その直後 の6月2

7

日に ,ヒュ‑ムはス ミスに宛 てた 手紙 で,金融恐慌 の深刻な状況を 「あいつ ぐ倒産 ,信用 の全般的喪失 ,お よ び果 て しのない猶疑心」と伝 え,次の よ うに述べた。「これ らの事件は ,あな たの理論にある程度影響 を及ぼすのではあ りませんかOそれ とも,あなたの 理論 に よってい くつか の章 を修 正す る こ とにな るので し ょうか

。 」( Hume

[ 1 9 3 2

]

,p. 2 6 4 )

ヒュ‑ムが この よ うに述べたのは ,銀行制度 と銀行券 の意義 についで陰重 な ヒュ‑ムと楽観的なス ミス との間にかねてか ら意見の対立があったか らで ある。 ヒュ‑ムほ ,銀行券に対す る当初 の厳 しい評価 を しだいに和 らげつつ あ ったが ,なお過剰発行の危 険性 を危倶 して いた

( C

f.竹本

[1 990a]pp.

9 7 ‑9 8,[ 1 9 9 0 b]p. 3 4 )

。 これに対 してス ミスは ,銀行券 の意義を高 く評価す るとともに ,銀行券 の過剰発行に よる金融恐慌 の発生は ,免換制度 の厳格な 実施 と銀行 の 自由競争 に よって回避 で きるとい う楽観的な見通 しを抱 いてい たのであるOだか らこそ ヒュ‑ムほ

,7 2

年 の金融恐慌が ,銀行券に対 して 自 分の抱 いていた懸念 を確証す るとともに ,ス ミスの楽観的な信用論 に対す る 強力な反証 にな りうるのではないか とス ミスに問題 を投げかけたのである。

ス ミスに とって ,エア銀行 の倒産 はたんなる理論的問題 に とどまらなか っ たO ス ミスが旅行付 き添 い教師を したバ ックル ‑公がエア銀行 の無限責任 の 株主 とな ってお り,倒産後 の債務処理 について相談を受けたか らである。 ス ミスは ,最初 に言及 した9月3日のパル トニー宛 の手 紙 の中 で 「社 会 の災 難」について触れ,「小生 ときわめて関係の深 い友人のなかには ,それに深 く

‑1 6 21

(3)

スミスのステエアー ト信用諭批判 657 巻 き込 まれた方 もお られ ます。そのために小生は ,かれ らを救 う最上の方法 を求めて ,す っか り気 を奪われてお りま した」 と語 っているo

この手紙 でス ミスは 『国富論』 の刊行が遅れ る可能性 について も言及 し, その理 由 として 「娯楽 もな しに一つの ことばか り考 え込んでいることか ら く る不健康」 と 「さきに申 し上げた ような余 計 な仕 事 に妨 げ られ た りす る こ と」の

2

点をあげてい る。おそ ら く

,

「一つの ことばか り考 え込んでいる」と はエア銀行 が倒産 に至 った原因や金融恐慌 の再発防止策 について熟考 した こ とを,また 「余計な仕事」 とはエア銀行倒産後 の債務処理へのかかわ りを指 すのであろ うOエ ア銀行 の倒産 を予見す ることもまた金融恐慌 の発生を防止 す る有効 な対策を提起す ることもで きなか ったス ミスの従来の理論は大幅に 改訂 され る必要があったのである。そ してス ミスは,信用論 の原稿 の改訂作 業を この時点 までにほぼ終 えていた らしい. とい うのは ,同 じパル トニー宛 の手紙 で ,ス ミスは 「あなたがお勧 めにな った問題 のあ らゆ る部分を十分か つ明確に論 じた」 と伝 えてい るか らである。 ヒュ‑ムだけでな くおそ ら くパ ル トニーも

,7 2

年恐慌 の理論的検討をス ミスに勧 めたのであろ う。

そ してそのあ とに,冒頭で引用 した よ うなス ミスのステ ユア‑ トに対す る 言及が登場す るO この ように見て くると,ス ミスがステ ユアー トの 「誤 った 諸原理」 は 「明確 に反駁 されてい る」 と語 った ときに,ステ ユアー トの信用 論 を念頭に置 いていたのか もしれない とい うロスの推測 は十分成 り立ち うる

ように思われ る。

それだけではない。 ス ミスがエア銀行 倒産 につ い て検討 しなが らス テ ユ アー トの信用論 を批判す るに至 ったのは,後述す る ように

,1 7 6 9

年 に創業 し たエア銀行 の営業政策が ,その2年前 に刊行 されたステ ユアー トの 『経済の 原理』か ら大 きな理論的影響を受けていた とス ミスが考 えたためであ った よ うに思われ る。それゆえ,エア銀行 の倒 産 の原 因を理論 的 に解 明す る こ と は ,その破綻 を予見 も防止 もで きなか ったス ミス 自身の信用論への 自己批判 とともに ,倒産 の一原因にな ったか もしれないステ ユアー ト信用論 に対す る

(4)

批判を必然的に含む ことになったのである。

以下では,第2節でステ ユアー トの信用論について検討 したあと,第3節 で,ス ミスがエア銀行の倒産原因の解明を通 じてステ ユアー トの信用論を ど の ように批判 したかを明らかに したい。

2

ジ ェー ムズ ・ステ ユアー トの信 用論

ジェームズ ・ステ ユアー トは,『経済の原理』第

4

編第

2

部で,銀行に関す る諸原理を考察 している。かれは,銀行を,免換銀行券を発行す る 「流通銀 行」 と,預金の振替だけを行 う 「預金銀行」 とに分叛 した。 また銀行が基礎 をお く信用 として,私的信用 ,商業信用 ,公的信用の三つを区別 している。

ステ エア‑ トが もっとも重視す るのは

,

「私的信用に基づ く流通銀行」 つ ま り私的な担保に基づいて銀行券を発行す る銀行である。 この担保には銀符 自身の創業資本 も含 まれ るが,より重視 され るのは債務者が提供す る動産や 不動産 と りわけ土地である。 したが って 「私的信用に基づ く流通銀行」は土 地担保発券銀行にほぼ等 しいO これに対 して 「商業信用に基づ く流通銀行」

は,担保に基づ く貸付を行わずに為替手形の割引だけを行 う銀行であ り,イ ングラン ド銀行がその典型 とされている。ステ ユアー トは,ス コッ トラン ド に 「私的信用に基づ く流通銀行」つ ま り土地担保発券銀行が必要であること を力説 した。

ステ ユアー トが

,

「流通銀行に関す る全理論」の中で 「と りわけ複雑で,し か も同時に もっとも重要な問題である」 (

Ⅲ2 1 4 /

2 6 8 )

として詳細に論 じた のは,海外への金銀支払いのために銀行‑允換請求が殺到 した ときに銀行が どの ように対処す るべ きか とい う問題であった。通常の場合であれば,銀行 は流通 している銀行券の一定比率の免換準備金を用意 しておけば よいo とこ ろが国際収支が赤字のときには,海外‑金銀貨を支払 うために銀行‑免換請 求が殺到 し,免換準備金が払底 して しま うとい う問題が生ず る。

‑1 6 41

(5)

スミスのステユアート信用論批判

6 5 9

ステ ユアー トが提示 した解決策は ,外国か らの長期借入であるo銀行は , 国内で銀行券を貸 し付けた ときに担保 とした ものを ,こん どは外国か ら借 り 入れ るために担保 とす ることがで きるO ステ ユアー トは ,この外 国か らの借 入が ,期間を特定 しない長期借入でなければな らない と考 えた。なぜな ら, 鋳貨不足がす ぐに解消 されない とすれば,「もし [長期]貸 付 では な く [短 期]信用 の更新 に頼 るとすれば ,この信用が再度返済に よって解消 され ると きが くれは ,いつ も同 じ困難が再 び生ず ることになる」 (

Ⅲ2 2

1/訳2

7 2

,[ ] 内は引用老)か らである。

ステ ユアー トに よれば

,1 7 6 2

年 のス コッ トラン ドの為替危機 の ときに ,ス コッ トラン ドか らイ ングラン ド

‑5 0

万 ポン ドの貨幣が流 出 したO この ときス コッ トラン ドで危機 の原因 として主張 されたのは ,銀行が信用を与え過 ぎた ために過剰発行 された銀行券が流通界をあふれて免換請求のために銀行へ還 流 し,その結果 ,鋳貨がイ ングラン ド‑流 出 した ,とい う説 明であ った。 ス テ ユアー トは ,この見解を強 く批判す るO ス コッ トラン ドか らイ ングラン ド

‑鋳貨が流 出 したのは ,銀行券が過剰発行 されたためではな く,対外債務 の やむを得 ない返済のためであ った。そ して 国外 ‑貨 幣 が流 出 した結 果 と し て,国内に流通す る貨幣が不足 し,そのために銀行券 を追加発行す る必要が 生 じたのである。つ ま り,銀行券を過剰発行 したために鋳貨が海外へ流 出 し たのではな く,逆 に鋳貨が海外へ流 出 したために銀行券 の追加発行が必要 に な った ,とい うのがステ ユアー トの見解 であ ったO ステ ユアー トが ,銀符券 の過剰発行が為替危機 の原 因ではない と強 く主 張 した のには大 きな理 由が あ ったO とい うのは ,もし為替危機 の原 因が銀行券 の過剰発行にあった とす ると,土地担保発券銀行 に よる銀行信 用 の大量供 与 とい うス テ ユア ー トの もっとも基本的な主張の根幹が揺 らぐことにな りかねなか ったか らである。

では ,為替危機 の ときの銀行 の行動に誤 りはなか ったのだろ うか。ステ ユ アー トは,銀行が信用を供与 した ことは正 しか ったが ,す ぐに免換請求が来 ることを予想 して ,支払 いのためにイ ングラン ドか ら資金を借 り入れ る準備

(6)

を してお くべ きだ った と言 う。

「銀行 は求め られた信用を供与す るとい う正 しい処置を したのである。 し か しその際に ,こ うした債務返済 のすべての負担が銀行に降 りかか って くる と予想をたてておけば よか ったのである。その返済負担能力がないのでめれ ば ,銀行はス コッ トラン ドの流通 の必要 を充た したあ と,自分たちが与 えた 信用に対す る利子をイ ングラン ドで抵 当に して ,紙券が還流 した ら,紙券に 対す る支払 いをす るために , ロン ドンでその利子を支払 って借 り入れ る資本 を準備 してお くべ きだ ったので ある

o

」 (

Ⅲ2 5 3 ‑4 /

2 94 )

この操作 に よって ,ス コッ トラン ドの銀行が損失を こ うむ ることはないは ずであ った. ステ ユアー トは ,銀行が ロン ドンか ら資金を借 り入れた として も,「それに よって銀行が負担す る費用は ,銀行が貸 し付 け る人 々か ら残 ら ず利子を受け取 るな らば‑・‑その利益を帳消 しに して しま うほ ど銀行 の負担 になることはあ りえない

」(Ⅳ3 4 0 /

訳666

)

と述べてい る。

さらに この操作 には ,次 の ような国民的利益が ともな うはず であった。

「総 じて 自国の対外債務 を外国の私的債権者 の返済請求に任せてお くよ り ち,自国の銀行に よって支払 って もら うことは, 1国に とって この うえない 利益 である。なぜな ら,銀行が債務の返済をす る場合には ,その国は債権者 が元本を請求で きない長期債 に よる方法 で返済す ることにな ると私 は思 うか らである。 これに対 して ,私人が外 国人に対す る債務者 の場合には ,元金 は いつで も請求す ることがで き,しか も突然に予期 しない返済請求があると, その国は窮地に陥 るか らである

。 」(Ⅳ2 5 4 /

2 9 5 )

つ ま り,債権者がいつで も元金 の返済を請求で きる短期資本 を ,ス コッ ト ラン ドの債務者が ロン ドンか ら直接 に借 り入れ る場合には ,借 り入れた元金 の返済を突然に請求 され ることがあ りうるのに対 して ,ス コッ トラン ドの銀 行がいわば金融仲介役 とな って ,ロン ドンの債権者か ら資本を借 り入れてス コッ トラン ドの債務者‑貸 し出す場合には ,利子 さえ支払 っていれば ロン ド ンの債権者が元金 の返済 を請求で きない長期貸付を利用で きるとい うのであ

‑1 66‑

(7)

スミスのステユアー ト信用諭批判 661 るo ステ ユアー トは ,短期資本 の急激 な国外流 出が金融危機 を引 き起 こす こ とを回避す るために ,ス コッ トラン ドの土地担保発券銀行が国外か ら長期資 本を借 り入れ て国内に安定 した長期信用 を供与す ること期待 したのである。

そ してスチ ュア‑ tの この構想を忠実 に実行 しようとして倒産 したのがエ ア 銀行 であ った。

3

‑ ア銀 行 の 倒 産 と ス ミス の ス テ ユ ア ー ト信 用 論 へ の 批 判 ス ミスは ,『国富論』第2編第2章 で,エア銀行が ,さまざまな方法に よっ て放漫 な貸付を行 った ことにつ いて詳細 に説 明 して い るQ 同行 は ,キ ャ ッ シ ュアカウン トを放漫に与 え,また 「手形 の割引では ,真正手形 と融通手形 をほ とん ど区別せずにすべて同 じよ うに割 り引いた」結果 ,他 の銀行が融資 をやめ ようとしていた融通手形 まで もが この銀行に流れ込む ことにな ったO さらにエア銀行 は ,長期 の土地担保貸付を行 った。 「この銀 行 の公 言 され た 原理 は ,何か適 当な担保が あれば ,土地改良の ように収益が もっとも緩慢 で 遅 い改良に使用 され る全資本 を貸 し付け ることであった。その ような改良を 促進す ることが ,銀行設立 の公共精神 にあふれた主要 目的であるとす ら言わ れたのである

。 」( WN, 7 3 /

4 8 4 )

この原理は ,すでに述べたステ ユアー トの 土地担保発券銀行 の原理 にはかな らないO

エア銀行が放漫 な貸付に よって大量に発行 した銀行券は ,流通界が容易に 吸収で きる額 を超 えていたために,金銀貨 との免換を求めて銀行‑舞 い戻 っ たo大量 の銀行券が免換 のために還流 し,エア銀行は空にな った金庫 を補充 す るために , ロン ドンか ら金銀貨を借 り入れなければな らなか ったOその方 法は ,次 の ような ものであった。

「この銀行 の発足当初 ,ある人 々は ,同行 の金庫がた とえ どんなに早 く空 になろ うと,紙券 の貸付を受けた人 々の担保 を もとに資金を調達す るとい う

この方法に よって ,容易に金庫 を補充す ることがで きるだ ろ うとい う見解 を

(8)

いだいていた。」

つ ま りエア銀行 は ,ステ エア‑ トが提案 した ように ,ス コッ トラン ドで貸 付を した ときの担保 を もとに して ロン ドンか ら長期 の借入を しよ うとしたの である。 しか し結果は ,ステ ユアー トの予想 とは大 き く異な っていた。 ス ミ スは言 う。

「人 々は経験 に よって ,この資金調達 の方法がかれ らの 目的に応 えるには あま りに遅 く,また もともと中身が不足 していてたちまち空にな って しま う 金庫を補充す るには , ロン ドン宛 の手形を振 り出 し,期限が来た ら累積 した 利子 と手数料 を加 えて同地宛 の別 の為替手形に よってそれを決済す るとい う 便利だが破滅的な方法以外 にはない とい うこ とを ま もな く確 信 す る よ うに な った と思 う

。 」( WN, 7 6 /

4 8 7 ‑ 8 )

要す るに ,エア銀行は ,低利 で しか も利子 さえ支払 っていれば元本 の返済 を請求 されない長期資金 を当初期待 したほ どには ロン ドンで借 り入れ ること がで きず ,それに代わ って ,短期 の為替手形 を振 り出す とい う方法に よって 高利 の資金を借 り入れ ざるを得 な くな ったのである。エア銀行は ,為替手形 の支払い期限が来 ると,元金 の返済 と利子支払 いのために新 たな為替手形を 振 り出 し,この操作 を続け ることに よって ,債務を急速 に拡大 してい った。

その結果 ,金利 の大 きな逆 ざやが生ず ることにな った。 ス ミスは ,エア銀 行が創業後2年 あま りの間に80万 ポ ン ド以上 の銀行券 を貸 し出 した と推定 し ているoその貸 出金利 は

5%

であ ったDそ して同行が閉鎖 した ときの銀行券 流通高は2

0

万 ポ ン ドにす ぎなか ったCつ ま り流通必要量を大 き く上回 る銀行 券 を過剰発行 したのである。そ して同行は免換請求に応ず るために ロン ドン 宛 の為替手形をたえず振 り出 し続け ,閉鎖 した ときに は60万 ポ ン ド以上 を

8%

を超 える金利 と手数料を払 って借 り入れ る状態に陥 っていた。 こ うして エア銀行は ,貸 出金利

5%

と借入金利

8%

との大 きな逆 ざやに よって巨額 の 損失を被 ることにな ったのである。

また ,エア銀行が資金 の長期借入に成功 した場合に も,損失を出す ことに

‑1 6 8

(9)

スミスのステユアー ト信用論批判

6 6 3

変わ りはなか った ,とス ミスは言 う。 「貨幣を貸 して くれ る人 々を探 し出す ために代理人を雇 い ,それ らの人 々と交渉 し,しか るべ き借用証書 または譲 渡証書を作成す る費用 はすべて銀行 の負担にな らざるをえなか ったのであっ て,銀行 の勘定残高はひ じょ うに 明 白な損 失 に な った ので あ る

。 」( WN

,

7 6 /

4 8 8 )

ス ミスは ,この ような金利 の逆 ざやに よる銀行 の大 きな損失に加えて,か りに銀行が利益 を得 られた として もス コ ッ トラ ン ドの国民経 済全 体 と して

「非常 に大 きい損失を被 ったにちがいない」 と指摘す るo この操作は ,エア 銀行 を ,ス コ ッ トラン ドの国全体 に対す る 「一種 の一般的貸付局

( as or tof gener a ll oanOf f i ce )

」に仕立 てたにす ぎず

,「

借 りたい と思 った人 々は銀行 に お金 を貸 した私人に申 し込むかわ りに この銀行 に申 し込 んだにちがいない」。

ところが ,個人が借 り手 に直接 に貸 し付け る場合 と,銀行が仲介 して貸 し付 け る場合 とでは ,貸 し付け られ る総額 に変化はなか ったが ,借 り手の性格は 大 き く異なることにな った ,とス ミスは言 う。

「私人が ,自分で知 ってお り,ま じめで倹約的な行動をす ると信ず るだけ の十分な理 由があると思 う少数 の人 々に貨幣を貸 し出す場合 と比べ て

,5 0 0

人 もの さまざまな人 々に貨幣を貸 し付け る銀行の場合は ,重役たちがその大 部分の人 々をほ とん ど知 らないのだか ら,い っそ う思慮深 く借 り手を選択 し てい るとは言えないのである。 ‑・‑・銀行 の債務者たちは,大部分が誇大妄想 的な投機的企業家 であ って ,融通為替手形 の振 出人で もあれば逆振 出人で も あ った と思われ る。 ‑‑・・したが って銀行 の この操作 が成功 した として も,国 の資本 をほんの少 しも増加 させないで,その大部分を思慮 に富 んでいて利益 のある事業か ら,思慮 を欠 いた利益 のない事業へ と移すだけであったであろ

O 」( WN, 7 7 ‑ 7 8 /

4 8 9 ‑ 9 0 )

ス コッ トラン ドの銀行 は個人投資家に比べて債務者を審査 した り監視 した りす る能力が著 しく劣 るために ,金融仲介業務を通 じて ,堅実で優 良な借 り 手 よ りも投機的事業 を行 う質 の悪い借 り手を増やす結果にな ったのである0

(10)

今 日の用語で言えば,借 り手 と貸 し手 との間の情報の非対称性に よって逆選 択が生 じた ことをス ミスは洞察 した と言 え るで あろ う。 こ うして ,スチ ュ アー トが構想 し,エア銀行が実行に移 した土地担保発券銀行の金融仲介業務 は,銀行 自身の損失だけでな くス コッ トラン ド国民経済に とって も大 きな損 失を生みだす結果に終わ ったのである。

ステ ユアー トの原理に よれば,ス コッ トラン ドの土地担保発券銀行は,ロ ン ドンか ら長期資金を借 り入れてス コッ トラン ドの債務者に長期信用を供与 し,それを通 じて ,借入金利 と貸出金利の利 ざやを稼 ぐとともに ,短期資本 の急激な国外流出を防止す る社会的役割を果たすはずであった。 しか しス ミ スは,その原理を実行 しようとしたエア銀行が ,金利 の逆 ざやで巨額 の損失 を こうむ り,しか も投機的な企業家の債務者を増やす ことに よって国民経済 に も損失を与えた ことを明らかに したのである。

ス ミスはエア銀行が倒産に至 る経緯を説 明 したあとに,エア銀行や他のス コッ トラン ドの銀行の業務に影響を与えてきた理論 として,ジ ョン ・ロ‑の 土地担保発券銀行の構想をあげている。

「有名なジ ョン ・ロー氏の意見は,ス コッ トラン ドの勤労が ,それを雇用 す る貨幣の不足 のために衰退 しているとい うものであった。氏は,この貨幣 の欠乏を救済す るために,国のすべての土地の全価値額 まで紙幣を発行でき るとかれが想像 した ように思われ る特別な種類 の銀行を設立す ることを提案 した。I‑t・・紙幣をほ とん ど無制限に発行できるとい う考 えが,いわゆ る ミシ シ ッピ計画の真の基礎であった。‑‑‑ミシシ ッピ計画の基礎 とな った諸原理 は,ロー氏が初めて自分の計画を提案 した ときにス コッ トラン ドで出版 した 貨幣 と貿易に関す る論文の中で,氏 自身に よって説明されている。その著作 お よび同 じ諸原理に基づ く他の諸著作 の中で捉起 された壮大ではあるが幻想 的な考 えは ,いまなお多 くの人 々に感銘を与 え続けてお り,スコッ トラン ド やその他の地域で最近苦情の種にな っている銀行業のあの行 き過 ぎに,おそ

らく一部は影響を与えたであろ う。

」( WN, 7 8 ‑ 7 9 /

4 9 0 ‑ 4 9 2 )

‑1 7 0‑

(11)

ス ミスのステユアー ト信用論批判

6 6 5

ここで注 目したいのは,「同 じ諸原理に基づ く他 の諸著作 」 とは誰 の著作 を指すのか とい う点である。 ジ ョン ・ローには一 冊 の著書 しか な いか ら, ローの別 の著作 ではない。土地担保発券銀行 の設立 と,銀行券の発行に よる 勤労の拡大を提案 した人物 ,そ して ローの諸原理 に共感 と支持を表 明 した人 物 といえば ,ジ ェームズ ・ステ ユアー トを まず考 えることがで きる。 ステ ユ アー トの主著 『経済 の原理』が出版 されたのが

1 7 6 7

年 ,そ してエア銀行が営 業を開始 したのはその2年後 であ った。 おそ ら くス ミスはエア銀行の営業方 針 に ,ジ ョン ・ローだけでな くステ ユアー トの影響があ った と推測 したので あろ うO少な くとも,エア銀行 の営業方針は , p‑とステ ユアー トの原理に 忠実に沿 った ものであ った。それゆえ,ス ミスがェア銀行の破綻 の原因を解 明 して ,銀行 のあるべ き貸 出政策 を明 らかにす るためには ,ステ ユアー ト信 用論 を批判す ることが必要だ ったのである。

4

む す び

ス ミスは

,1 7 6 0

年代 の 『法学講義』では ,銀行券 の免換制維持 と銀行間の 自由な競争 に よって金融市場 の安定性が維持 で きるとい う楽観的な見解を抱 いていた。 しか し

7 6

年 の 『国富論』 では,銀行 の 自由競争の意義を主張す る だけでな く,金融 システムの安定化 のた め に必要 な二 つ の条 件 をつ け加 え たoその一つは ,銀行 に対す る法的規制 であるO ス ミスは

,1 7 6 0

年代前半 の 為替危機 のあ とに制定 された

1 7 6 5

年法 に盛 り込 まれた選択条項禁止 と少額銀 行券発行禁止を 『国富論』 では明確 に支持す る。 も う一つは ,銀行の健全な 経営を維持す るために とられ るべ き貸 出政策 の提示である。 ス ミスは ,銀行 の貸付が商人や企業家 の手元現金 に限定 され るべ きであ り,流動資本の大部 分や固定資本 には貸 し付け るべ きではない とい う原則を主張す る。そ して こ れを実現す る具体的な貸付方法 として ,手形割引では真正手形だけを割 り引 いて空手形 (融通手形) を割 り引いてはな らない こと,キ ャッシュアカウソ

(12)

ト (保証人つ き当座貸越) は短期貸付 に限 られ るべ きこと,流動資本や固定 資本を対象 とす る長期 の担保貸付を してはな らない こと ,を主張 した。『国 富論』 で示 された この ような貸 出政策 は,ス ミスがェア銀行 の倒産 の原因を 考察 した ことか ら導 き出 された ものであ った。

そ して これ らの貸 出政策 の うち ,流動資本や固定資本を対象 とす る長期 の 担保貸付を してはな らない とい う点は , ローや ステ ユアー トの土地担保発券 銀行 の構想 と真 っ向か ら対立す るものであ った。 ス ミスは ,実際に ,エア銀 行や他 のス コッ トラン ドの銀行が ローや ステ ユアー トの理論 の影響を受けて いると判断 したOそ こでかれは,エア銀 行 の倒 産 の原 因 の解 明を行 いなが ら,ステ ユアー トの原理‑ の理論的批判を行 ったのである。

ステ エアー ト自身が認識 していた ように ,土地担保発券銀行 の最大 の問題 は ,国際収支が逆調 の ときに ,銀行券 の免換請求に応ず るために ,海外か ら 低利 で長期 の借 り入れを しなければな らない とことにあ った。それが十分可 能であると主張 したステ ユアー トを ,ス ミスはエア銀行 の破綻 の事実を もっ て批判 し,さらにた とえ海外か らの低利 の借 り入れがで きるとして も,銀行 は十分な審査能力を欠いているために投機家‑貸 し付け ることになると批判 したのであるO

【付記】

本稿は,200011月12日に経済学史学会第64回大会 (一橋大学)で報告した 「アダム・ス ミスの金融規制論」の報告要旨の主要部分に加筆したものであるo

【引用】

アダム・スミスの著作からの引用はすべてグラスゴウ版の全集によるQ略記法も同全集 に準拠した。ただし 『国富論』は,第2編第2章のパラグラフ番号と中公文庫版のページ数 とを併記してある。またJ.ステユアー ト 『経済の原理』は,全集版 (Kellyreprint, 1967)と邦訳のページ数を併記した。

I1 7 2 ‑

(13)

ス ミス の ス テ エア ー ト信 用 論 批 判 667

参考文献】

岡本意也 [1990],ス ミス信用論 の基本的構想」 『熊本商大論集』36(3) 大森郁夫 [1996],『ステ ユアー トとス ミス』 ミネル ヴ ァ善房O

川 島信義 [1972],『ステ ユアー ト研究』未来社Q

[1976],アダム ・ス ミスの信用論」経済学史学会編 『「国富論」 の成立 』 岩 波 書 店。

小池 田富男 [1992][1993],貨幣 と信用 の近代経済思想(1)(2)」『流通経済大学論集』27(2), 28(1)0

小 林 [1986],「ス テ ユア ー ト信 用 論 の構 造」 大東 文 化 大学 『経 済論 集』41,小 林 [1988]所収。

小林 [1988],『小林昇経済学史著作集 X‑ J.ステ ェアー ト新研究』未来社o 佐藤有史 [1999],アダム ・ス ミス と真正手形学説」 『三 田学会雑誌』92(1)0

竹本 [1990a][1990b],「D.ヒュ‑ムの 『政治論集』にかんす る試論(1)(2)」『大阪経大論 』196,197O

[1995],『経済学体系 の創成』名古屋大学 出版会。

[1998],「1760年代 のス コッ トラン ドの為替危機 をめ くやる‑文書 とJ.ス テ ユア ー ト」 『経済学論究』52(1)

[1999],ス コ ッ トラン ドの為替危機 をめ ぐるA.ス ミス とJ.ステ ユア ー ト」 『 済学論究』52(4)0

中村慶治 [1963‑65],ス ミス貨幣 ・信用理論 の研究(1)‑(4)」大分大学 『経 済論 集』 15(ド 3),16(1),16(2・3),16(4)0

[1985],先行諸学説 とマル クス信用諭」浜野俊一郎 ・深町郁弼編 『資本論体系6 利子 ・信用』有斐 閣。

Gherity,JA ll993],̀An Early Publication by Adam Smith',History of Political Economy,25(2).

[1994],̀TheEvolutionofAdam Smith'sTheoryofBanking',Hu)toryof PolitocalEconomy,26(3)

Iiume,D l1932],TheLetterofDavidHume.editedbyJ.Y.T Greig,vol.ii.

Ross,I.S.[1995],TheI,ifeofAdam Smith,Oxford.ClarendonPress.篠 原 久 .只 腰 親 和 ・松原慶子訳 『アダム ・ス ミス伝』 シ ュプ l)ンガ一 ・フ ェアラーク東京,2000年。

Steuart,J[1767],AnInquiryintothePrinciplesofPolitical0economy小林昇監訳 『 済 の原理一第3・第4・第5編‑』名古屋大学 出版会,1993年。

(14)

Adam Smith's Criticism of James Steuart's Theory of Banking.

Satoshi Niimura

This paper considered why and how Adam Smith criticized James Steuart's theory of Banking. In Lectures on Jurisprudence Adam Smith had a quite optimistic view about the stableness of banking system. But after the financial crisis in Scotland in 1760s and 1770s, especially the bankrupt of the Ayr Bank in 1772, Smith changed his early optimistic view of banking system. In Wealth of Nations Smith criticized Steuart's theory of banking, because Smith thought that its influence might be one of the major causes of the bankrupt of the Ayr Bank and the financial crisis in Scotland in 1772.

-174-

参照

関連したドキュメント

[r]

[r]

[r]

52 Eメール (~ @ezweb.ne.jp ) 転送 サーバ転送 サーバーに保存されているEメール を本文の最後に引用して転送しま

忍び寄るシャーガス病 今日わが国における南米からの定住化人口は、 25

2 日 2 は じ め に コンポーネントとは何? コントロールとは何? 「属性」とは何?

わんくま同盟 横浜勉強会 #1 - C++ Day アルゴリズム • テンプレートを使ったライブラリ集 •

主要各国における⻑期戦略の策定状況について ※中央環境審議会地球部会長期低炭素ビジョン小委員会第20回資料から抜粋、更新 国 ドイツ フランス