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イタリア労働法における賃金の 均等待遇原則の展開(1)

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(1)

論 説

イタリア労働法における賃金の 均等待遇原則の展開(1)

⎜ 同一労働同一賃金原則と私的自治の関係⎜

大 木 正 俊

序⎜問題意識と本稿の構成

第1章 イタリアにおける賃金の決定 第1節 イタリアの賃金決定システム 第2節 賃金の概念と構造

第3節 賃金決定に対する法的規制⎜「公正な賃金」の法理 第4節 小括

第2章 イタリアの差別禁止法制 第1節 基本原則

第2節 差別禁止法制の沿革

第3節 差別禁止法の位置づけ⎜使用者の指揮命令権との関係で 第4節 小括(以上本号)

第3章 賃金の均等待遇原則に関する判例および学説の展開 結び

序⎜問題意識と本稿の構成

明文の禁止規定(差別禁止規定等)がない場合、同一の労務を提供する 労働者に賃金の格差があればそれを違法とすることは可能なのか。同一労 働同一賃金原則法理、あるいは同一価値労働同一賃金原則法理を一種の

「公序」として認めることの是非は日本において盛んに論じられてきた。

101

(2)

本 稿 は、イ タ リ ア に お け る 賃 金 の 待 遇 原 則(principio  di   parita di

 

trattamento retributivo

:以下「賃金均等待遇原則」)の展開を跡づけること により同一労働同一賃金原則を考察する。

賃金の額は、私的自治のもと、当事者(1) (労使)の合意によって決定され る。日本において賃金額の決定に対してなされる法的規制は、従来、最低 賃金法制および差別禁止法制(労基法3条、同法4条)のみであったが、

2007年に短時間労働者法(パートタイム労働法)が改正され、事業主は、

「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」を短時間労働者であることを 理由として差別してはならないことが定められた(同法8条)(2)

差別を禁止する規定が存在する場面では、同一労働同一賃金原則は問題 とならない。なぜならば、同一労働同一賃金原則は、同一の労務をおこな う労働者間に、差別禁止規定に反しない限りで賃金の格差が生じた場合 に、それを違法とする原則だからである。同原則は、私的自治のもとでの 賃金決定に対して、明確な実定法上の規定に依拠せずに、平等という視点 からなされる法的介入である。それゆえ、私的自治と同原則との間には必 然的に抵触が生じる。この抵触をいかに捉えるかが同一労働同一賃金原則 をめぐる議論の基本的な課題である。

このような観点から従来の日本の議論をみると、議論の核心の一つはま(3) さにこの論点であった。すなわち、賃金格差の救済を否定する学説(救済 否定説)(4) は、(かつての)日本の賃金体系の現実は同一労働同一賃金原則に

(1) 私的自治は「当事者が自らの法的関係を直接に規律する原則」などと表現され る。もっとも、私的自治という語は多義的であり一致した意味で使われているわけ ではない(山本敬三『公序良俗論の再構成』(有斐閣、2000年)18頁以下)。

(2) また、9条で、事業主は、短時間労働者の賃金の決定にあたって通常の労働者 との均衡を考慮する努力義務を負うことが定められている。改正パートタイム労働 法について、和田肇「パート労働法改正の意義と今後の課題」季刊労働法220号

(2008年)64頁など。

(3) 従来の議論について、水町勇一郎「非典型雇用をめぐる法理論」季刊労働法 171号(1994年)114頁。

(4) 同一労働同一賃金原則を認めるとすると、賃金格差が違法となった場合の救済 早法 84巻2号(2009)

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(3)

なじまないことに加えて、私的自治の優位を強調することに主眼をおき、

また、同原則が私的自治に対する介入法理としては特定性が低く、開放性 が高いことを問題点として指摘してきた。救済を肯定する学説(5) (救済肯定 説)は、救済を著しい格差のみに限定することや「同一労働」を認定する 際に考慮する要素を拡大することによりこの批判に応対し、介入法理とし(6) ての法的根拠も提唱してきた。(7)

従来の日本の議論では、非正社員と正社員と間の賃金格差が問題となっ ているというのも重要な要素であった。非正社員に共通する特徴は、比較 的流動的な外部労働市場の中で相対的に低い賃金であること、また、低賃 金の原因でもあるのだが、周辺的労働者として相対的に交渉力が弱いこと である。これに対して、正社員は外部的な流動性の低い環境にあり、内部 労働市場の論理によって賃金が決定されてきた。同一労働同一賃金原則 は、このような非正社員と正社員が市場との関係で置かれている立場の違 いにも起因した問題としてもあらわれてくる。そうすると、賃金の決定が なされる市場の違いをいかにとらえるかが課題となる。救済否定説は、こ のような二重の雇用区分をやむなしと考えているのに対して、救済肯定説 はある時点で非正社員にも内部労働市場の論理を働かせるべきであると考 える。同一労働同一賃金原則の問題は以上のような枠組みでも整理が可能

は差額分についての賃金請求権の付与である。最近の議論では、賃金請求権の付与 までは認めず、賃金格差分の損害賠償請求のみを認める見解も多い。また、賃金格 差の一部のみについて損害賠償請求を認める比例的救済を主張する見解もある。こ れら見解はいずれも私的自治に対して平等の要請による法的介入を認める点では同 一労働同一賃金原則を認める立場と共通している。したがって、本稿ではこれらの 見解を一括して救済肯定説とし、私的自治に対する介入を認めない見解を救済否定 説として整理する。

(5) 菅野和夫=諏訪康雄「パートタイム労働と均等待遇原則」北村一郎編集代表

『現代ヨーロッパ法の展望』(東京大学出版会、1998年)113頁など。

(6) 救済肯定説の主張について、水町・前掲注(3)。

(7) 学説が示した法的根拠について、労働問題リサーチセンター=日本ILO協会

(大内伸哉主査)『雇用平等法制の比較法的研究⎜正社員と非正社員との間の賃金格 差問題に関する法的分析⎜』(2008年)87頁以下[大木正俊執筆]

イタリア労働法における賃金の均等待遇原則の展開(1)(大木) 103

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である。

ところで、イタリアでも、日本の同一労働同一賃金原則と類似する問題 として、同一または類似する職務をおこなう労働者が同一の賃金を得る権 利をもつという原則(賃金均等待遇原則)が法規範として認められるかが 争われた。賃金均等待遇原則の問題では、日本の同一労働同一賃金原則の 議論がみせる私的自治との抵触と二重の労働市場という2つの側面のう ち、私的自治(および労使自治)(8) に対する介入法理としての側面を中心に 議論がなされた。

イタリアの判例および多数説は同原則を法規範として認めず、その他い かなる救済も認めないという救済否定説をとる。救済否定説は、賃金の決(9) 定においては、私的自治が優先され、賃金均等待遇原則を認めることはこ れを損なうことを論拠にあげる。これは、一見すると日本の救済否定説と 議論を同じくするようにみえるがはたしてそうだろうか。また、イタリア では一時期、賃金格差の救済を認める判決が多く出され、学説では救済肯 定説が少数説ではあるが有力に主張されていた。これらの救済肯定説はい かなる論拠で救済を認めているのだろうか。そして、イタリアの議論で は、私的自治と賃金均等待遇原則の抵触の問題にどのように対処したのだ ろうか。本稿ではこれらの点を考察するため、賃金均等待遇原則をめぐる 議論を検討する。

イタリアの議論を参照する理由は次のとおりである。

同一企業内において、同一あるいは類似の労働をおこなう労働者の間で 生じた賃金格差の救済の可否を論じている点で、日本とイタリアは議論を

(8) 労使自治(autonomia collettiva)は、私的自治に含まれる概念で、労使団体 が団体交渉を通じて集団的な利益の規律をするという原則である。戦後のイタリア の労働協約理論は、この労使自治の考えを基礎として構築された(大内伸哉『労働 条件不利益変更法理の再構成』(有斐閣、1999年)108頁)。

(9) イタリアでも日本と同様に、賃金請求権の付与という救済は認めないが、損害 賠償は認める見解がある。日本の場合と同様、これらの見解も含めて救済肯定説、

いかなる救済も認めない見解を救済否定説と表記する。

早法 84巻2号(2009)

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通有している。したがって、機能的比較法の見地からみて、イタリア法の(10) 考察は、日本の議論の考察をより深めることにつながる。

しかも、イタリアでは、賃金均等待遇原則を強行的な一般原則として認 めたと解釈可能な1989年の憲法裁判所判決以降、判例が大きく揺れた。同 憲法裁判所判決直後には、賃金格差の救済を肯定する諸判決とそれを否定 する諸判決が併存する事態となり、その後の展開で判例は救済否定論に収 束するという大きな動きがみられた。このようなダイナミックな展開をみ せたイタリア法を分析することは、単に十分な議論の蓄積がある外国法を 参照するという以上の意義をもつだろう。

また、イタリアでは賃金に関する法的介入の根拠となりうる規定が憲法 でいくつかみられる。イタリア共和国憲法(以下「イタリア憲法」あるいは

「憲法」)は、3条において全ての市民の法律の前の平等を定めるのみなら ず、36条では労働者に自らの労働の量と質に比例した賃金を求める権利を 認め、37条では女性および年少者の賃金差別を禁止する。したがって、イ タリアでは、労使の賃金決定に対する社会的介入は憲法的要請となってい る。比較法的視点からみて、イタリア法の検討は意義深いと考えられる。

また、本稿では、私的自治と平等の要請の抵触に検討の焦点を合わせる が、この問題を考えるには以下の2つの前提を考察する必要がある。

第一に、労使による賃金の決定に対する介入の正当性を考える場合、賃 金の決定がどのような手段を用いておこなわれているのかに注目する必要 がある。労使による賃金決定の手段には、労働協約、個別契約、使用者側 の一方的決定などがある。私的自治に対する法的介入が許容される度合い も各々の手段で異なってくるであろう。それゆえ、賃金均等待遇原則を検 討する前提として、イタリアでは賃金がどのように決定されているか、そ してその賃金決定に対していかなる法的介入があるかを明らかにしなけれ ばならない。

(10) 大木雅夫「比較法における『類似の推定』」藤倉皓一郎編『英米法論集』(東京 大学出版会、1987年)105頁

イタリア労働法における賃金の均等待遇原則の展開(1)(大木) 105

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第二に、平等の要請による法的介入と差別禁止法理の進展との関連に注 意する必要がある。同一労働同一賃金原則と賃金均等待遇原則は、差別禁 止立法等により禁止された事由による賃金の差別以外の場面で問題とな る。しかしながら、これらの原則も差別禁止法も労使関係における労働者 間の平等を志向する点では共通点をもつ。したがって、予備的考察として イタリアにおける差別禁止法の発展を明らかにすることも必要である。そ の際、差別禁止法と賃金均等待遇原則の議論の関係も考察する必要があろ う。

本稿では、以上の問題意識のもと、まず、イタリアの賃金決定システム と賃金決定に関わる法的規制を概観する(第1章)。その後、差別禁止法 制の発展をたどり、その特徴を明らかにする(第2章)。これらの準備的 な作業をふまえ、賃金均等待遇原則をめぐる議論の展開を跡づけ(第3 章)、得られた結果を整理する(結び)。

第1章 イタリアにおける賃金の決定

本章では、イタリアにおける賃金の決定のあり方を明らかにする。イタ リアでも、賃金は、私的自治のもと、労使の合意によって決定される。し かし、イタリアの賃金の決定のあり方は日本と大きく異なり、また、賃金 決定に関する法的規制の場面でも独特の制度が存在する。そこで、本章で は、イタリアにおける賃金の決定のあり方を明らかにするために、まず、

賃金の決定システムと労働協約の法的性質を紹介する(第1節)。具体的 には、産業別全国協約を中心とする賃金システムとそのシステムにおける 個別契約の役割、労働協約の法的効力について叙述する。次に、賃金の概 念と構造を明らかにする(第2節)。具体的には、憲法36条が定める賃金 に関する基本原則および判例における賃金概念、賃金の構造を略述する。

最後に、賃金決定に対する法的規制として「公正な賃金」の法理を紹介す る(第3節)。

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(7)

第1節 イタリアの賃金決定システム 一 賃金決定システム

イタリアにおいて、労働条件を決定するにあたり最も大きな役割を果た しているのは労働協約である。労働協約の中には、産業別に全国規模で締 結される産業別全国協約、地域(県や州)ごとに締結される地域協約、

個々の企業・事務所ごとに締結される企業協約等が存在する。伝統的に(11) は、産業別全国協約が当該産業の最低労働条件を規定し、企業協約はこの 産業別全国協約を補完する役割を果たすものとされてきた。(12)

実際、産業別全国協約では、採用、労働者の格付け、賃金、労働時間、

配転、服務規律、懲戒や苦情紛争処理などの幅広い範囲にわたり、具体的 な規定が定められている。産業別全国協約が労働条件の決定に非常に大き(13) な影響力をおよぼしていることがわかる。(14)

(11) このほか、全国規模で産業横断的に締結される総連合間協定(accordo  inter-

confederale)もある。これは、不定期に締結され、一定の事項について全産業の

労働者に適用されるルールを定める。L. MARIUCCI,Le fonti del diritto  del lavoro : Quindici anni dopo, Giappichelli, Torino,2003  , p.60.

(12) G. GHEZZI e U. ROMAGNOLI,Il diritto sindacale, quarta ed., Zanichelli, Bologna,1997,p.164ss.なお、かつて企業内の労働条件決定において重要な役割を 果たしていた就業規則(regolamento interno dʼimpresa)は今日ではあまり重要 性をもたなくなった。G. GHEZZI e U. ROMAGNOLI,Il rapporto  di lavoro, terza ed., Zanichelli, Bologna,1995, p.187ss.

(13) 大内伸哉『イタリアの労働と法』(日本労働研究機構、2003年)16頁

(14) もっとも、全国規模の団体交渉とそれよりも下位の団体交渉の関係は時代によ り変化している。全国規模の交渉が大きな重要性をもった時期もあれば、団体交渉 の分権化が進展した時期、再び全国規模の交渉に比重が移った時期などがある。F.

CARINCI ed altri,Diritto del lavoro, vol.1,Il diritto sindacale, quinta ed., UTET, Torino,2006, p.143ss.

また、従来は、異なるレベルで締結された労働協約の関係も不明確だった。イタ リアは、全国規模の交渉と企業・事業所規模の交渉が相互に独立しているという特 殊な団体交渉システムをとっていたため、1970年代以降、産業別全国協約で定めら れた事項が企業協約の交渉で蒸し返される事態が多発した。これは団体交渉の円滑 な運営という点では大きな支障となる。そこで、1993年7月23日の政労使三者間協 定により、産業別全国協約と企業協約の権限配分が明確化され、この問題に対して イタリア労働法における賃金の均等待遇原則の展開(1)(大木) 107

(8)

賃金の決定において個別契約が果たす役割は、労働協約で賃金(基本給 など)が決定されている場合とそうでない場合で異なる。

労働協約によって賃金(基本給など)が決定されている場合、個別契約 によって定められるのは基本給に上乗せして支給される上乗せ賃金や付加(15) 給付などに限られる。賃金の主要部分はすでに労働協約により決定されて いるので、個別契約は労働協約の補完的な役割をするにとどまる。

労働協約によって賃金(基本給など)が定められていない場合には、個 別契約によって基本給も決定される。この場合、原則として労使は自由に 賃金を決定できるが、事実上個別契約による賃金決定の場面でのみ機能す る「公正な賃金」の法理という判例法理による規制に服する。これによ(16) り、公正な賃金という水準に満たない賃金額を定める合意は無効とされ、

無効により空白になった賃金額の定めは、裁判官により、原則として産業 別全国協約上の賃金額に代置される。このように、労使が個別契約によっ て賃金を決定する場合でも、労使は労働協約(特に産業別全国協約)を意 識せざるを得ない状況にある。

このほか、付加給付は、使用者による一方的決定によって支給される場 合もある。このような付加給付は、法的拘束力のない任意的な給付か、あ るいは労働契約上支払いを義務づけられた賃金のいずれかに評価される。

判例では、これらの給付が事業所慣行(usi

aziendali

(17))として評価される

一定の解決が試みられた。ただし、同協定で定められたルールが当該労使において 実効性をもたない場合やそもそも同協定の適用の範囲外にある労使関係では依然と して問題が解決されない。判例および多数説は、企業協約により産業別全国協約で 定められた労働条件が引き下げられた場合、一般論としては労働条件を引き下げた 企業協約の有効性を認めている(大内・前掲注(8)104頁以下および140頁以下)。

(15) 上乗せ賃金については本章第2節三を参照。

(16) 同法理については本章第3節を参照。

(17) 事業所慣行は、行為に反復継続性があり、かつ当該行為が労働者に有利な場合 に法的拘束力をもつ。このとき、使用者は、たとえ労働者の同意があっても、事業 所慣行と異なる待遇を労働者に与えることができない。事業所慣行は、特定の企業 あるいは事業所のみで通用するものであり、一般性および普遍性をもつ法源として

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(9)

場合、あるいは賃金として評価される場合にはこのような給付は契約上義(18) 務づけられたものと判断される。

二 労働協約の法的性質

ファシズム期(協調組合期)には、労使関係は国家による全面的な介入 を受けていた。1926年4月3日法律563号は、形式的には組合の自由を謳 っていたが、その実質においては単一組合主義をとっていた。同法によれ ば、労働組合と使用者団体は部門ごとに各1つずつしか国家による承認を 受けることができず、承認を受けた組合しか実質的な活動ができなか

(19)

った。ファシズム期の1942年に制定されたイタリア民法典(以下「イタリ ア民法典」あるいは「民法典」)は、このようなファシズム期の労働協約の(20) 効力に関していくつかの規定を定めていが、ファシズム体制の崩壊後、民 法典中に存在する労働協約に関する諸規定は現在の労働協約には適用され ないと多くの学説は解している。( )

ファシズム体制崩壊後に労働協約の法的な効力について定めた規定とし

の慣習(usi:民法典の法律に関する一般規定8条参照)とは区別される。民法典 2078条によれば、(労働関係において)慣習は、法律の規定および労働協約がない 場合に適用され、法律の任意規定よりも優越する(1項)が、個別契約には劣後す る(2項)。

(18) 判例によれば、付加給付は、継続性がある場合には原則として賃金と評価され る。賃金の概念については、本章第2節を参照。

(19) 承認をうけた労働組合は公法上の法人格を与えられ、各部門に属する労働者を 代表するものとされた。理論上は、承認をうけた組合以外にも労働組合を結成する ことが可能だったが、そのような例はほとんどなかった。承認をうけた組合が締結 した労働協約は、非承認労働組合に属する労働者にも適用されたからである(大 内・前掲注(8)106頁)。

(20) 労働協約(contratto collettivo)は協働的規範(norme corportive)の1つ とされる(民法典の法律に関する一般規定5条)。協働的規範は、民法典の法律に 関する一般規定1条において法源として挙げられており、労働協約は、民法典2077 条により規範的効力を付与されていた(2077条の文言は後掲注(25)参照)。

(21) 大内・前掲注(8)106頁以下

イタリア労働法における賃金の均等待遇原則の展開(1)(大木) 109

(10)

て、1948年に施行されたイタリア憲法の39条がある。(22)

同条では、労働組合の登録制度と登録制度を前提とした労働協約への一 般的拘束力の付与が定められている。このうち、一般的拘束力については 同条4項において、「組合は、その組合員に比例して統一的に代表され、

協約に関連する職種に属する全ての者に対して強制的な効力を有する労働 協約を締結することができる」と規定されている。この規定が前提とする 労働組合の登録制度について、同条2項は、この登録制度を法律で規定す ると定めている。そのため、本条に法的な拘束力をもたせるためには、組 合の登録制度の内容を具体的に規定した立法措置が必要であった。

しかし、労働組合の反発などの様々な理由により、ここで予定されてい た労働協約法は未だ制定されていない。このため、学説上、労働協約は、(23) 労働組合と使用者団体との無名契約(普通法上の協約(contratto  collettivo

 

di diritto comune

))と解され、民法典の契約に関する諸規定が適用される

ことになった。普通法上の協約においては、労働協約に規範的効力、特に 不可変的効力を認めるのに理論的な困難が生じる。したがって、いかにし(24) て労働協約に規範的効力を認めるかは、戦後のイタリア労働法学の大きな 課題のひとつであった。

(22) 39条

組合の組織は自由である。

組合に対しては、法律の規定にしたがった地方または中央の官庁のもとでの登録 の他には義務を課すことはできない。

組合規約が民主的基礎に基づいた内部組織を定めていることが、その登録の条件 である。

登録された組合は法人格を有する。組合は、その組合員に比例して統一的に代表 され、協約に関連する職種に属する全ての者に対して強制的な効力を有する労働協 約を締結することができる。

(23) 労働組合が反対した背景について、G.GIUGNI,Sub Art.39, in Commentar- io della Costituzione, a cura di G. BRANCA,Rapporti economici, artt. 35‑40, ZanichelliIl Foro Italiano, Bologna‑Roma,1979, p.257ss.

(24) 不可変性(inderogabilitain  peius)」とは労働協約よりも低い水準の合意を 無効にする効力のことである。

早法 84巻2号(2009)

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(11)

この問題について、判例は、民法典2077条を根拠として、労働協約に規(25) 範的効力を認めてきた。しかし、同条は、元来ファシズム期の労働協約の 効力に関して定められた規定であるため、ファシズム期の労働協約に関す る規定は普通法上の労働協約には適用されないと考える多くの学説は、判 例の立場を批判してきた。現在、多くの学説は、協約の不可変的規定の権 利放棄を無効と定める1973年8月11日法律533号による改正後の民法典

(26)

2113条を根拠に労働協約の規範的効力(特に不可変的効力)を認めている。(27) 労働協約には一般的拘束力は認められていない。労働協約は、無名契約(28) である以上、協約を締結する労働組合の組合員のみを拘束し、それ以外の 労働者にはその効力が及ばないと解されているからである。もっとも、実 際には、労働協約(特に産業別全国協約)は、個別契約を媒介するなどし て組合員以外にも広範に適用されてきた。実務上、協約を締結する使用者 団体に加入する使用者は、未組織の労働者に対しても労働協約と同じ労働 条件を約定する場合が多いし、多くの裁判例でも、使用者は、協約締結団(29)

(25) 2077条(個人契約に対する労働協約の効力)

労働協約に係る分野に所属する者の間における労働契約は、その労働協約の規定と 一致するものでなければならない。

労働協約の前から存在するか、またはその後になされた労働契約の異なる条項は、

法律上当然に、労働協約の条項によって代置される︒ただし、労務供給者にとって 有利な特別の条件を含むものはこの限りでない。

(26) 改正後の民法典2113条1項は「民事訴訟法典409条で定められた関係に関わる 法律および労働協約または集団的協定の不可変的規定から生じる労務供給者の権利 を対象とする放棄または和解は無効である」と定める。

(27) この立場をとる学説は、改正後の2113条に定められた「労働協約」は、ファシ ズム期の労働協約ではなく、普通法上の協約を指していると解した。労働協約の不 可変的効力は2113条を直接の根拠として認められると考えたのである(大内・前掲 注(8)113頁以下)。

(28) 一般的拘束力論について、大内・前掲注(8)124頁以下。

(29) 労働組合の多くは、三大労組(CGIL(イタリア労働総同盟)、CISL(イタリア 労働組合連盟)およびUIL(イタリア労働連合))に加入しており、かつ三大労組 は産業別の協約交渉にあたって統一的行動をとっている。したがって、三大労組の 締結する労働協約は事実上各産業の労働条件の基準としての役割を果たす。また、

イタリア労働法における賃金の均等待遇原則の展開(1)(大木) 111

(12)

体に加入している場合、当該協約を締結する労働組合の組合員のみならず 未組織の労働者にも労働協約を適用する義務を負うと解されている。(30)

有利原則は、判例上、ほぼ異論なく認められており、多くの学説もこれ を認める。したがって、労働協約で定められた労働条件よりも有利な待遇 を定めた個別契約は有効だと解される。(31)

第2節 賃金の概念と構造 一 憲法上の基本原則

賃金(retribuzione)は、労働契約の中心的な権利義務となっている。

賃金に関して、イタリア憲法36条1項は、「労働者は、自らの労働の量と 質に比例し、また、いかなる場合においても自身と家族に対して自由で尊 厳のある生活を保障するのに十分な報酬(retribuzione)を求める権利を 有する」と規定する。同項が要請するのは、賃金が「労働の量と質に比(32) 例」し た も の で あ る こ と(賃 金 の 比 例 性 の 原 則(principio  di   propor-

zionalita

))、および「自身と家族に対して自由で尊厳のある生活を保障す

るのに十分」であること(賃金の十分性の原則(principio di sufficienza))

である。これら2つの原則は、一応別個のものとして考えられているが、

密接に相関連していると考えられている。(33)

この憲法36条1項は、賃金のもつ社会的性質および機能を保護するとい う基本原則を示した規定であると解されている。それはたとえば次のよう

使用者にとっては、未組織の労働者にも労働協約と同一の労働条件を適用する方が 都合がよい。未組織労働者に対して協約と別の労働条件を適用することは、使用者 が余分な交渉コストおよび管理コストを負うことにつながるし、未組織労働者に労 働組合加入のインセンティブを与えるからである(大内・前掲注(8)125頁)。

(30) Cass.8agosto1978, n.3867, in Foro. it.1978, I,2431.など。

(31) 大内・前掲注(8)122頁

(32) 同項は、「公正な賃金」の法理の中心的な根拠規定でもある(本章第3節参照)。

(33) たとえば、G. GHEZZI e U. ROMAGNOLI,Il rapporto di lavoro cit. nella nota(12), p.238.  

早法 84巻2号(2009)

112

(13)

に説明される。賃金は、確かに市場社会における取引、すなわち有償双務 契約としての労働契約の中心的な権利義務であり、その意味では労働者の 個人的権利である。けれども、36条1項は労働者による賃金の請求を別の 観点からも保護する。すなわち、同項は、賃金を、直接的には、労働者お よび労働者のもつ人的関係、つまり労働者の人格が形成される家族との関(34) 係を維持するために、間接的には、間接的には、労働者の家族を守るため に必要なものとして保護している。(35)

論者によって36条1項が保護する賃金の社会性の意味の理解は異なる が、どの論者も同項が賃金を、単なる双務契約における中心的な権利義務 を超えた社会的意味をもつものとして保護していると解する点では一致し ている。

二 賃金の概念

民法典は、賃金に関する規定として、賃金の決定方式を定めた2099条、(36) 出来高賃金について定めた2100条および(37) 2101条をおくのみで、定義規定を(38)

(34) 憲法2条は、「共和国は、個人として、また人格が発揮される場としての社会 組織において、人間の不可侵の諸権利を承認かつ保障し、また政治的、経済的およ び社会的連帯の不可避の責務の履行を要請する」と規定する。ここに言う「社会組 織(formazioni sociali)」は、家族を含む概念だと考えられている。

(35) G.GHEZZI e U.ROMAGNOLI,Il rapporto di lavoro cit.nella nota(12),p.

238.

(36) 2099条(賃金)

労務供給者の賃金は時間(a tempo)もしくは出来高(a cottimo)に応じて定 めることができ、(協働的規範によって)定められた基準において、一定の様式と ともに、労務が遂行された場所で通用している条件において支払われなければなら ない。

(協働的規範もしくは)労使間の合意がない場合には、賃金は、必要な場合には 職業団体の意見を考慮に入れて、裁判官によって決定される。

労務供給者は、利益分配制もしくは生産分配制によって、あるいは成果報酬もしく は現物の給付によっても、全部もしくは部分的に賃金の支払いをうけることが可能 である。

イタリア労働法における賃金の均等待遇原則の展開(1)(大木) 113

(14)

おいていない。他の実定法上の規定を見ても、統一的に賃金を定義するも のはない。それゆえ、使用者から労働者に与えられる給付のうち、どこま でを賃金と観念するかは解釈にゆだねられている。

賃金の概念について特に問題となったのは、法律または労働協約によっ て定められた諸手当や退職金の算定の基礎となる賃金の範囲である。主な 事例では、法律あるいは協約を根拠に支払われる付加給付(時間外手当、

クリスマス手当(13ヶ月目の賃金)など)(39) や使用者が社会的目的でおこなう 給付(傷病手当、家族手当など)のうち、どこまでが他の給付の基礎(たと えば時間外割増手当の算定基礎となる賃金)に含まれるかが争われていた。

この問題は、賃金の「全包括性(omnicomprensivita)」の原則を認める ことができるかという議論として論じられた。「全包括性」の原則とは、

個別契約や労働協約にも優越する強行的規範として、統一的な賃金概念が 存在するという原則である。同原則を認めた場合、たとえば、労働協約に おいてクリスマス手当の定めがある場合に、クリスマス手当となる「1か 月分」の賃金の算定には基本給のみならず、時間外賃金や家族手当など、

(37) 2100条(出来高払いの義務)

労務供給者は、労働組織が存在するために一定の生産リズムの遵守を義務づけら れている場合、あるいは労務の評価が労働時間を測った結果に基づいてなされる場 合には、出来高払いの制度にしたがって賃金の支払いをうけなければならない。

(38) 2101条(出来高給の賃金水準)

(協働的規範は、試用期間後でなくとも出来高給の賃金水準を決定しないことを 定めることができる。)

賃金水準は、労務の遂行条件に変化が生じ、かつその変化自体を理由とした場合 にのみ差し替えあるいは修正することができる。(この場合、賃金水準の差替えお よび変更は、協働的規範によって定められた試用期間でないとしても決定されな い)。

企業家は、事前に、労務供給者に対して出来高給の賃金水準を構成する諸要素に 関わる資料、遂行すべき労務および関連する単価を通知しなければならない。ま た、遂行された労務の量および雇用された期間に関する資料も通知しなければなら ない。

(39) クリスマス手当については本節三5参照。

早法 84巻2号(2009)

114

(15)

使用者から継続的に支給されている給付全てを含めなければならないこと になる。そして、これと異なる個別契約あるいは労働協約の定めは同原則 違反として無効になる。

同原則を認める見解によれば、解雇予告手当(mancato preavviso)の算 定方法に関して定めた民法典2121条のように、賃金概念は広い意味で把握(40) されなくてはならず、解雇予告手当以外の手当についても同様に基礎とな る賃金を広く捉えるべきだとされる。初期の判例は、この立場をとって

(41)

いた。「全包括性」の原則を認めた判例の狙いは、契約上の根拠が不明確 なまま使用者が事実上付与している様々な給付をなるべく契約上義務づけ られた賃金として構成することにあった。その背景には、使用者が支払義 務を負う賃金が増え、かつ各給付の算定基礎を広く捉えることは労働者に は有利な解釈であるという考慮、および任意的な給付を増やすことで社会 保険の負担を軽くしようとする使用者の傾向に歯止めをかけるべきという 考慮があった。また、「全包括性」の原則を認めることにより、各給付の 算定根拠に含まれる賃金の範囲が一元化されるという利点もあった。

このような判例の立場には、多くの学説から批判がなされた。その論拠(42)

(40) 同条1項は「2118条で定める[解雇予告]手当は、過払い分の償還として支払 われるものを除き、手数料、生産賞与、利益分配あるいは生産物分配、または継続 的に支払われる他のあらゆる報酬を算定基礎にして計算しなければならない」と定 める。

(41) Cass.3febbraio1978,n.509,in Dir. lav.,1978,II,p.338.など。判例の動向に ついて、F. BIANCHI DʼURSO, Onnicomprensivita della  retribuzione, ESI, Napoli, p.37ss.

(42) 代表的な見解として、M. PERSIANI,I nuovi problemi della retribuzione, CEDAM,Padova,1982,p.11ss.そもそも、「全包括性」の原則の存否をめぐる初期 の判例には議論の混同があった。判例は、使用者からの給付をなるべく賃金として 評価するために同原則を承認してきたが、ある給付が賃金たる性質を備えているか という問題(性質決定(qualificazione))と賃金計算(quantificazione)の問題 は本来別のものである。判例は、ある給付が賃金たる性質をもてば、必然的にその 給付は他の給付の算定基礎になると考えていたようである(F. CARINCI ed altri, Diritto del lavoro, vol.2,Il rapporto di lavoro subordinato, sesta ed., UTET,

イタリア労働法における賃金の均等待遇原則の展開(1)(大木) 115

(16)

は、第一に、「全包括性」の原則を肯定する立場が論拠とする民法典2121 条は、解雇予告手当に関する個別の規定であって、一般的な原則を示した ものではないこと。第二に、「全包括性」の原則を認めることは、実定法 上の明確な根拠なく労働協約に介入するものであってこれを認めがたいこ と。第三に、各要素が複雑に絡みあうイタリアの複雑な賃金構造のもとで は「全包括性」の原則を認めると賃金の範囲が過剰に拡大されてしまうこ とである。(43)

最終的に、判例は、1985年の一連の破毀院の判決以後、「全包括性」の 原則を否定するようになる。現在では、「全包括性」の原則を否定する見(44) 解が、学説および判例のほぼ一致した見解である。

三 賃金の構造

イタリアでは、通常、賃金は様々な要素を合計して決定される。これら の要素はそれぞれ異なる趣旨をもち、また、賃金要素の支給基準には、通 常は協約で定められるものもあれば、個別契約で定められるものもあって 多様である。

賃金の支給方法については、民法典2099条に規定がある。同条によれ(45) ば、賃金は時間または出来高を基準に定めることが可能であり(同条1 項)、また、利益分配制、生産分配制、成果報酬あるいは現物給付での支 払いも可能である(同条3項)。このほか、法律(1953年1月5日法律4号 1条)によって、賃金の項目と賃金から控除された項目等を記載した一覧 表(給与明細)を、賃金の支払の際に、労働者に交付することが使用者に

Torino,2006, p.249.)。

(43) ある賃金要素が増えると、それを算定基礎とする他の賃金要素が増え、さらに それを算定基礎とする別の賃金要素が増えるといった連鎖が生じ、これにより賃金 が幾何数級的に増えてしまう。

(44) Cass. S.U.13febbraio1984,nn.1069,1070,1071,1073,1075,1081,in Orient.

giur. lav.,1984, p.42ss.

(45) 条文は注(36)を参照。

早法 84巻2号(2009)

116

(17)

義務付けられている。

1 基本給(paga base)

基本給(協約最低賃金(minimo tabellare)ともいう)は労働協約によっ て定められる最低賃金であり、労働協約上の格付け(inquadramentoある

いは

classificazione

)に応じて支給される。賃金全体の中で中核を占める

ものであり、産業別全国協約で決定されることが多い。

労働協約の格付け制度とは、労働者を職務に応じて分類し、その分類に したがって労働条件を決定する制度である。格付けは、労働者の「職務

(mansioni)」、「資格(qualifica)」、「等級(categoria)」に応じて決定され る。

職務とは、労働者が実際に従事する一連の活動のことである。職務を決 定することによって労働者が具体的に給付する労務の内容が特定されるこ とになる。資格は、遂行された職務の職業上の価値を表し、労務給付の、

とくに経済的側面からの評価基準となる。等級については民法典2095条に 定 め が あ る。同 条 で は、等 級 を「管 理 職(dirigenti)」、「中 間 管 理 職

quadri

(46))」、「職員(impiegati)」、「工員(operai)」の4つに分類している。

現在では、工員と職員と中間管理職という3つの等級を1つの格付け制度 の中に統合する統一的格付け制度(inquadramento unico)が普及しつつあ り、従来の等級区分は克服されつつある。

2 物価調整手当(indennnita di contingenza)

賃金を物価に合わせてスライドさせるために用いられる手当のことであ る。スカラ・モビレ(scala mobile)とも呼ばれた。物価の変動を指数化 し、その指数が一定以上に達した場合には点数化され、1点当たりの所定 の金額に、上昇した点数分を乗算して手当の額が決定される。かつてはイ

(46) 中間管理職という区分は1985年5月13日法律190号1条により追加された。

イタリア労働法における賃金の均等待遇原則の展開(1)(大木) 117

(18)

タリアの賃金システムの大きな特徴の一つであったが、1992年7月31日の 政労使三者間協定によってこの手当は廃止された。この手当の名残りとし(47) て、特別調整手当(EDR :Elemento distinto dalla retribuzione)という名目 で一定額を支給する協約もある。

3 上乗せ賃金(superminimi)

基本給に上乗せして支払われる賃金である。労働者の能力等を評価して 支払われる。個別的合意、あるいは明確な合意なしに使用者の一方的な決 定に基づいて支払われる場合が多い(個別的上乗せ賃金(superminimi   in-

dividuali

))が、企業協約などでは、企業内の一定の集団に支払われるこ

ともある(集団的上乗せ賃金(superminimi collettivi))。

判例および学説では、基本給が上昇した場合に、上乗せ賃金が上昇した 基本給に包摂されるか否かが問題となっている。上乗せ賃金の趣旨と性格 をどう考えるか、また法源間(個別契約、使用者の一方的行為および労働協 約)の関係をどう考えるかという問題が関係する難しい問題である。判例 は、原則として包摂を認めて、包摂されない旨の当事者の明確な合意があ る場合や、上乗せ賃金の趣旨が個別の特別な能力や職務の特殊性に対して 支払われると認められる場合にのみ包摂を否定している。(48)

4 勤続昇給(scatti di anzianita)

勤続期間に応じて支払われる手当であり、多様な形態がある。元来は、

同一の企業における勤務の継続(これは企業への帰属意識の強さを表すもの と考えられていた)に対して支払われていたが、現在ではこのような当初 の機能は後退し、勤続期間に応じた職業能力の向上に対する給付という名 目で支払われている。したがって、勤続昇給は間接的に能力給たる性質を(49)

(47) 大内・前掲注(8)102頁

(48) G. ZILIO  GRANDI,La  retribuzione. Fonti struttura  funzioni, Jovene, Napoli,1996, p.168ss.

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118

(19)

もつ。しかし、勤続期間の長さは労働者の職業上の能力と直接的に結びつ くわけではない。学説の中には、勤続昇給は勤続期間の経過のみをもって 自動的に支払われる賃金であって、賃金の自動的な上昇につながるとして 批判する見解もある。実務では、この批判を一部受け入れて、勤続昇給に(50) 上限を設ける協約もある。(51)

5 クリスマス手当(tredicesima mensilita) および休暇前手当(mensilita aggiuntive)

クリスマス手当を直訳すると「13ヶ月目の賃金」となる。これは、クリ スマスの時期に給与の1ヶ月分を支給するものである。クリスマス手当は 現在では一般化した手当としてほとんどの協約に見られるものである。こ のほか、産業によっては産業別全国協約で、復活祭の時期や夏の一斉休暇 の時期の前に支給する「14ヶ月目の賃金」や「15ヶ月目の賃金」を支給す るものもある。産業別全国協約に規定がなくとも、企業協約によってこれ らの手当を定めている場合も少なくない。

6 その他諸手当

上記の手当のほかに、労務の特殊性や労務給付の場所の危険性などに応 じて支給される諸手当や、企業あるいはその一部門の生産の増大に応じて(52) 支給される生産賞与(premio di produzione)などがある。

前者のうち、特に問題となったのは、使用者側が一方的に給付するか、

(49) E.GHERA,Retribuzione, professionalita e costo del lavoro,in Gior. dir. lav.

rel. ind.,1981, p.401ss.

(50) F. CARINCI, B. CARUSO, C. ZOLI,La struttura della retribuzione e della contrattazione: il caso italiano in R. BRUNETTA  (a cura di),Retribuzione,

costo del lavoro, contrattazione, vol. I, Relazioni sindacali e politiche dei redditi, Etas,1992, p.60.

(51) G. ZILIO GRANDI,op. cit. nella nota(48), p.259ss.

(52) たとえば有害業務手当や深夜交代業務手当など。

イタリア労働法における賃金の均等待遇原則の展開(1)(大木) 119

(20)

あるいは個別契約を根拠に給付する諸手当が賃金たる性質をもつか否かで ある。賃金概念の議論や「全包括性」の議論において主として問題にされ たのはこのような給付の法的性質であった。

後者は、一般的には企業協約によって定められるもので、企業の生産性 の増大に対する報酬として、一種の成果給的側面をもつ。企業あるいはそ の一部門全体の成果に対して、支払われるものであり、その点で、個々の 労働者の成果に対して支払われる能力賞与(permio di merito)とは区別さ れる。もっとも、実務上は生産性の増大とは関係なく支払われる場合もあ り、その機能は個々の協約ごとに異なる。

第3節 賃金決定に対する法的規制⎜「公正な賃金」の法理 一 沿革

前述のように、憲法制定時は、憲法39条4項のもとで承認された労働協(53) 約の一般的拘束力制度によって、全ての労働者に対して、協約で定められ た水準の賃金が最低限保障されることが企図されていた。しかしながら、

同項が協約に一般的拘束力を付与することの前提としていた労働組合の登 録制度はこれまでのところ実施されていない(本章第1節二を参照)。加え て、一種の労働協約の拡張適用を通じた最低賃金制度の創設を企図した最 低賃金法も制定されたが、同法は憲法裁判所によって違憲と判断された。(54)

(53) 条文は注(22)を参照。

(54) 1959年7月14日法律741号(ヴィゴレッリ(Vigorelli)法)は、政府に最低労 働条件の決定をおこなう権限を付与すると同時に、政府に対して、その際、各産業 に現存する協約の条項を遵守する義務を課していた。これは、その実質において は、産業別全国協約に一般的拘束力を付与するのと同一の効果をもつ。同法は、当 初は1年間の暫定立法とされていたが、その後の法律によって施行期間が延長され る。同法はこれにより恒久的性格をもつようになった。しかし、同法の施行期間を 延長した1960年10月1日法律1027号は、憲法裁判所によって違憲、無効と判断され ることになる(Corte Cost.19dicembre1962,n.106,in Foro it.,1963,I,17.)。同 裁判所は、同法は憲法39条に定めた以外の方法によって労働協約に一般的拘束力を 認める立法であるから、39条に違反すると判断したのである。大内・前掲注(8)

早法 84巻2号(2009)

120

(21)

このような最低賃金制度の空白という状況を補完する役割を果たしてい るのが、憲法36条1項 を用いた「公正な賃金(giusta retribuzione)」の

(55)

法理と呼ばれる判例法理である。この法理は、賃金が一定水準以下にある 場合に、その合意を無効としたうえで、労働者に対して公正な賃金である と裁判官が考える額の賃金請求権を契約上の権利として認めるものであ る。同法理は、賃金決定に関する私的自治を社会的観点(憲法36条の趣旨)

から制約するものであり、イタリアにおける私的自治の限界を考察する本 稿の問題意識からも大きな意味をもつ。

二 法理

確立した判例法理によれば、公正な賃金は以下のような法的技術を用い て実現される。

まず、公正な賃金の水準に満たない賃金額の合意は、強行規定である憲 法36条1項に違反したものとして無効とされる。公正な賃金であるかどう(56) かは、同条1項に定める賃金の比例性の原則(「自らの労働の量と質に比例 し」た報酬の保障)と十分性の原則(労働者とその家族に対して「自由で尊厳 のある生活を保障するのに十分な報酬」の保障)を満たすか否かによって判 断される。なお、36条1項を強行規定と解する以上、理論的には、労働協 約上の賃金に関する定めであっても、「公正な賃金」とされる水準を下回 るために無効とされる可能性が出てくる。しかし、実際には、協約で定め た賃金が公正な賃金を下回るものと判断された事例はない。「公正な賃金」(57)

126頁以下。

(55) 同法理について、拙稿「裁判官による公正な賃金の決定と国内の社会的経済的 格差⎜イタリア憲法36条による賃金の十分性と比例性」労働法律旬報1663・64号

(2008年)72頁。

(56) 36条1項が私人間に直接効果をもつことが前提とされている。同項の直接効果 を認めた最初の破毀院判決として、Cass.21febbraio1952, n.461, in Riv. Giur.

Lav.,1952, II, p.95.

(57) もっとも、産業別全国協約よりも低い水準で労働者を雇用することを目的とし イタリア労働法における賃金の均等待遇原則の展開(1)(大木) 121

(22)

法理は、事実上、個別契約によって賃金が決定されている場合のみに適用 される法理である。

第二に、空白となった賃金額に関する合意の部分については、労使間に 賃金に関する合意がない場合について定めた民法典2099条2項を適用する(58) ことで、裁判官が具体的な賃金額を決定する。このように、公正な賃金の 法理は、憲法36条1項が保護する賃金の比例性と十分性を法的根拠として 労働者に最低限受けることのできる額の賃金を公正な賃金として保障して いる。

保障される賃金額を決定する場合、裁判官は自らの裁量によって公正な 賃金と認められる額を決定し、これを労働契約上の権利として労働者に認 めている。判例によれば、裁判官は、原則として、問題となった労使の属 する産業で通用する産業別全国協約に定められた水準を公正な賃金として 認めなければならない。もっとも、このとき、産業別全国協約に定められ た給付の全額が労働者に保障されるわけではなく、そのうち「憲法上の最 低賃金(minimo costituzionale)」を構成する要素のみが保障される。なぜ ならば、産業別全国協約が定める賃金全体を契約上の権利として認めるこ とは、実質的には、当該協約に一般的拘束力を付与することを意味し、そ のような一般的拘束力の付与は憲法39条の予定するところではないからで

て、自主性を持たない労働組合と労働協約が締結される場合には事情が異なる。こ のような協約は「奪取的労働協約(contratto collottivo pirata)」と呼ばれ、多く の場合、協約の規範的効力は否定される。そのため、この種の協約で定められた賃 金額が公正な賃金か否かを判断する場面はそもそも生じないが、仮に規範的効力が 認められれば、憲法36条1項違反として合意が無効と判断される場合がありうる。

奪取的労働協約と36条1項の関係について、G.PERA,Note sui contratti collettivi

《pirata》, in Riv. it. dir. lav.,1997, I, p.381.

(58) 2099条2項は「協働的規範もしくは労使間の合意がない場合には、賃金は、必 要な場合には職業団体の意見を考慮に入れて、裁判官によって決定される」と定め る。賃金に関する定めが36条違反で無効になったため、同項にいう「協働的規範も しくは労使間の合意がない場合」にあたるとの解釈である。2項以外の条文は注

(36)を参照。

早法 84巻2号(2009)

122

(23)

ある。現在の判例によれば、基本給、物価調整手当およびクリスマス手当 のみが「憲法上の最低賃金」を構成するとされている。(59)

以上が原則であるが、裁判官は産業別全国協約で示された水準よりも低 い水準の賃金を公正な賃金として認めることが可能である。これについて は次項で説明する。

三 産業別全国協約よりも低い水準が公正な賃金とされる場合

上述のように、裁判官は原則として産業別全国協約で定められた水準を 公正な賃金と認めているが、裁判官は産業別全国協約から一定割合を差し 引いた額を認めることや、あるいは別の基準(企業協約など)にもとづい た賃金を認めることも可能である。公正な賃金と評価される額は裁判官の 裁量によって決定できる事項だからである。ただし、この場合裁判官は産 業別全国協約以外の基準を用いる「十分な理由」を付さなければなら

(60)

ない。

産業別全国協約よりも低い水準を公正な賃金と認めた例にはいくつかの 類型がある。

第一は、企業規模が小さいことを理由とした減額である。たとえば、

「大企業においてある基準で評価される同一の労務が、資力のあまりない 使用者からはより低い基準で評価されることもある」と述べて、企業規模(61) に応じて公正とされる賃金の額が変動することを認める判決がある。

第二に、国内での社会的経済的な格差を理由とした減額である。このよ うな減額の背景には、イタリアの北部と南部の間に存在する顕著な経済格 差がある。判例では、憲法36条1項の目的を「あらゆる形態の労働者の搾 取を排除すること」と捉えて、地域の格差を理由とする減額は許されない

(59) Cfr. Cass.26luglio2001, n.10260, in Foro it.2001, I,3088.

(60) Cass.29agosto1987, n.7131, mass., in Rep. Foro it.,1987, voce Lavoro (rapporto), n.1283.など。

(61) Cass.15novembre2001, n.14211, in Riv. it. dir. lav.,2002, II, p.299. イタリア労働法における賃金の均等待遇原則の展開(1)(大木) 123

(24)

と解する例が多いが、減額を許容する判決も(62) ある。(63)

第三に、産業別全国協約よりも下位のレベルで締結された労働協約(企 業協約など)を基準に公正な賃金の額を決めることができるかも問題とな っている。裁判にあらわれた事例はいずれも企業協約の事例であるが、企 業協約を公正な賃金の基準として用いることを認めた判決もあれば、認め(64) なかった判決もある。これらの事例では、いずれも企業協約の方が産業別(65) 全国協約よりも低い賃金水準を定めていた。したがって、企業協約を公正 な賃金の基準として用いることは、問題となった企業の賃金支払能力が通 常よりも低いことを考慮した結果とも考えうる。実際、裁判例を詳細に見 ると、これらの事案では南部の小規模の企業が使用者になっている場合が 多い。その意味では、この類型における減額は、企業の規模および地域の 経済状況を考慮することと密接に関係しており、第一点や第二点とも関連 した問題といえよう。

第4節 小括

労働条件決定において、イタリアでは産業別全国協約が実務上大きな役 割を果たしている。労働協約に規範的効力を付与する立法はないが、判例 および学説は、解釈を通じて協約に規範的効力を認めている。協約に一般 的拘束力は認められていないが、公正な賃金の法理に関する判例は、賃金 の一部について、事実上一般的拘束力を認める機能を果たしている。ま た、実務上は未組織労働者との間で締結する個別契約で労働協約の各条項 をそのまま契約内容とする場合が多い。

賃金においては、労働協約において、職務に応じて定められる基本給が その中心を成している。基本給以外の賃金要素も、産業別全国協約あるい

(62) Cass.14maggio1993, n.4224, in Foro it.,1998, I,3227.など。

(63) Cass.26luglio2001, n.10260cit. nella nota(59).など。

(64) Cass.3dicembre1994, n.10366, in Giur. it.,1996, I,546.など。

(65) Cass.27gennaio1989, n.513.など。

早法 84巻2号(2009)

124

(25)

は企業協約などの労働協約によって決定される場合が多い。個別契約が用 いられることが比較的多いのは上乗せ賃金ぐらいであろう。

私的自治による賃金決定に対する法的介入には、公正な賃金の法理があ る。公正な賃金の法理は、判例によって労働協約の一部に事実上の一般的 拘束力を認めることにより、イタリアに欠如している最低賃金法制を実現 する機能を果たしている。このようにみると、同法理は最低賃金の実現と いう意味に加えて、賃金決定システムと賃金の関係で以下のように評価で きる。

第一に、産業別全国協約の賃金水準が最低水準となるという同法理の原 則を前提とすれば、公正な賃金の法理は私的自治(特に労使自治)との関 係では大きな摩擦をおこさない。憲法36条1項は強行規定であり、労働協 約よりも上位の規範であるが、現在の判例法理を前提とすれば、労働協約 で定められた賃金がこの規定に抵触する可能性はほとんどない。むしろ、

公正な賃金の法理には産業別全国協約に一般的拘束力を不完全ながらも認 める機能がある。これにより、産業別全国協約の地位はむしろ強化されて いると評価できる。

第二に、裁判官は最終的に具体的な賃金額を決定する権限をもってい る。もっとも、賃金額の決定にあたっては産業別全国協約の水準を用いる ことが原則されているので、裁判官は完全に自由な裁量をもつわけではな い。憲法39条において予定されていた労働協約に一般的拘束力を付与する 制度が機能しなかったために判例法理の発展が必要であったという経緯も 見逃しがたい。けれども、裁判官が十分な理由を付せば原則からの逸脱は 認められており、そのような事例も少なくない。裁判官に賃金額の決定権 限があることを過小評価はできないだろう。

労使の賃金決定に対する裁判官による介入という点に着目すると、「全 包括性」の原則の議論も重要である。判例は、学説の批判をうけて、「全 包括性」の原則を否定するようになった。判例変更にいたる経緯で注目す べきは、同原則を否定する見解が労使自治のの尊重という観点から議論を イタリア労働法における賃金の均等待遇原則の展開(1)(大木) 125

(26)

していることである。労使自治の観点から議論がされる背景には、協約に よって決定された賃金の計算方法は、法律などの上位の法規範による明確 な規制をうけないかぎりは、可能な限り尊重されるべきであるという価値 判断がある。この価値判断は、裁判官は、実定法上の明確な規定なく強行 的な一般原則を持ち出して労使自治に介入するべきではないとの考えにつ ながる。実定法上の明確な根拠を欠いた(強行的な)一般原則の存否と労 使自治の緊張関係は、本稿があつかう賃金待遇原則の議論にも通じるテー マである。その意味では、1980年代に判例が大きな転換をみせた「全包括 性」の原則をめぐる議論は、賃金均等待遇原則の議論の背景の一つになっ ている。(66)

第2章 イタリアの差別禁止法制

本章では、イタリアにおける差別禁止法制の発展を跡づける。他の欧州 諸国と同様に、イタリアでも差別禁止法制を牽引したのは性差別の禁止で あった。労働分野における性差別の禁止は、現行憲法の制定によってその 法的根拠を得ることになる。具体的には、法律の前の平等を定めた3条と 女性労働者の男性労働者と平等を定めた37条が重要である。もっとも、本 格的な性差別禁止立法ができたのは1977年であった。それまでは、いくつ かの個別立法とイタリア憲法37条および

EEC

条約(現

EC

条約)の119条

(現141条)に関する判例法理を通じて、特定の領域における性差別が禁止 されていた。1980年代後半以降、イタリアは、国際的な動向、特に一連の 差別禁止に関わる諸指令を含めた

ECの動向の影響を大きく受けながら差

別禁止法制の規制が強化されていく。規制の強化は、ポジティブ・アクシ ョンや間接差別の導入、執行手続の充実などの実効的な男女平等実現のた めの法技術や措置の規定と差別禁止事由の拡大によっておこなわれてい

(66) 「全包括性」の原則の議論と賃金均等待遇原則の議論の連続性について、G.

ZILIO GRANDI,op. cit. nella nota(48), p.192. 早法 84巻2号(2009)

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参照

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