学位申請論文審査報告
藤井俊二氏博士学位申請論文審査報告書
創価大学大学院法務研究科教授藤井俊二氏は、2007年3月7日、その論文『借 地権・借家権の存続保護』を早稲田大学大学院法学研究科に提出して、博士(法 学)の学位を申請した。後記の審査員は、同研究科の委嘱を受け、この論文を審 査してきたが、2007年8月2日、審査を終了したので、ここにその結果を報告す る。
I
本論文の構成と内容(省略)II
本論文の評価⑴ 近年の規制緩和、市場主義経済の復権の大合唱の中で、借地借家法におい ても、借地人、借家人にとって不利な合意を無効とする片面的強行法規のあり方 に見直しを迫り、賃貸人の地位を強化しようとする圧力が強くなっている。この ような圧力の中で、存続保護を保障しない借地権、借家権である定期借地権、定 期借家権が創設されたが、さらにその動きは普通借地権や通常の借家権にも及ん できている。本論文は、このような中にあって、借地人、借家人を賃貸人に対し て社会的弱者であると位置づけて可及的に保護をしてきた従来の借地法、借家法 の立場を擁護し、借地人、借家人の保護にとって最も緊要な存続保護について、
広く比較法的視野に立ってわが国の昨今の立法動向、解釈論に批判的検討を加え るものである。
⑵ 著者の立場は、考え方の形成に強い影響を与えたと思われる篠塚昭次博士 及び水本浩博士らに代表される戦後借地借家法学の正統を受け継ぐものであり、
その意味で、本書は、戦後借地借家法学の成果に基づき規制緩和の嵐に対して後 退できない一線を堅持しようとする決意の書であるともいえる。この点におい て、立場の如何を問わず、本書の志の高さは大きく評価しなければならない。
⑶ 本書は、第1編を「借地権の存続保護」と題し、また第2編を「借家権の 存続保護」と題して、市民の住生活にとって重大な利害関係を有する不動産利用 権の存続に関わる問題を個別・具体的に取り上げて、比較法的な研究成果を踏ま えつつ議論を展開しているので、以下では、本書の記述に即して内容を検討、評 価することにしたい。
⑷ 第1編「借地権の存続保護」の第1章は「普通借地権の存続保護」を対象 にしている。ここでは、借地権保護を最初に定めた1921年の借地法、正当事由制 度の導入により借地権の存続保護を図った1941年の借地法改正、定期借地権制度 を導入するとともに普通借地権の存続期間と更新制度に抜本的な見直しをした
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1991年の新法(借地借家法)という立法の流れの中で、わが国の普通借地権の性 格が変わったかどうかをマクロ的に把握しようとするものである。このようなマ クロ的研究方法による問題点の検証は、借地借家法分野において重要な一石を投 じるものといえる。また、それぞれの立法及び制度変更において、存続保護の点 で採用された立場について解明する著者の視点は、的確であると評することがで きる。そして1991年の新法において変更された普通借地権の性格について、それ が1回目の更新による存続期間までは従前の借地法と同様の存続保護重視の立場 に立っていながら、2回目の更新以後はむしろ借地関係解消に向けたものに変容 していると指摘した点も、適切な分析といえよう。ただし、この結論を踏まえ て、新法の普通借地権はいつかは消滅する「ファジーな定期借地権」といえる状 態になったと締め括っているのは分析不足であり、さらに「ファージー」の具体 的な意味を突き詰める必要があったと思われる。
⑸ 第1編の第2章「定期借地権」は、新法により導入された定期借地権につ いて、総合的視点から、その骨子となるべきポイントを多角的に検討している。
この第1節では、欧米の定期型土地利用権を比較法的に検討し、欧米では借地関 係終了後も建物の存続が図られ、建物賃借人の地位が保全される制度となってい ることと比較すると、わが国が採った「定期借地権終了後の建物取壊し・更地返 還原則」は、特異な借地制度であると結論している。この指摘は、定期借地権が グローバルな制度であるかのように喧伝する向きもあった中で、実証的な反証を 挙げるものであり、わが国の借地借家法学の重要な学問的成果であって、学界に 対して寄与するところも大きいと評価できる。もっとも、せっかく多くの資料に 基づき、欧米各国の制度を論じているのであるから、もう少し詳細に各国におけ る問題点や現在の課題への論究もあってよかったのではないかとの感もする。
なお、第2章、第2節では、定期借地権を定める借地借家法22条の解釈的提言 を行っている。その結論は、おおむね、定期借地権導入を主導した業者サイドで の安易な使われ方に警鐘を鳴らすものであり、「定期」といえども借地権者の利 益保護を解釈論としても十分に図るべきことを強調する内容である。これは戦後 借地借家法学の成果を継承しようとする著者の一貫した研究姿勢であり、高く評 価されるべきである。
⑹ 第2編「借家権の存続保護」の第1章「ドイツにおける住居賃借権の存続 保護に関する立法の動向」は、借地・借家法制における存続保護の必要性を検討 する本書の目的の観点から、近年のドイツにおける居住賃借権(借家権)におけ る存続保護に関わる立法動向を紹介し、分析するものである。この前提として、
民法典(BGB)施行後、現在に至るドイツの借家法制が整理され、その概略が示 されているが、まず、市民法典である民法典にも「社会的油の数滴」があったと 藤井俊二氏博士学位申請論文審査報告書 321
するヴィーアッカー教授の言を引用し、それがどのように歴史の中で拡大してい ったかが具体的な歴史的背景の中で分かりやすく説明されており、筆者のこの分 野での研鑽の跡が良く理解できる。
また、1990年代の2つの連邦議会を中心に検討された報告書の内容を丁寧に紹 介し、それを踏まえた民法典(BGB)の賃貸借規定の改正を紹介したことは、貴 重な成果である。その中でも、一定期間で機械的に賃貸借契約を終了することを 認めず、借家権の存続保護により借家人の生活の維持を保障しようとする立場が ドイツでは一貫していることを確認したことは、借家法において同様の課題に直 面していた我々にとっても、極めて有益な情報を与えるものであったといえる。
なお、わが国では、本章の元になった論文の後に、定期借家権の導入が行われ、
ドイツよりも幅広い定期借家制度が認められることになったが、本章に紹介され たドイツ法の知識とそれに基づく著者の座談会等における発言が、無条件の定期 借家制度導入推進論に対して一定の歯止めになったと評することもできる。その 意味においても、本章の研究は大きな業績であると評価できる。
⑺ 第2編、第2章は「ドイツにおける定期賃貸借(Zeitmiete)制度の展開」
と題して、ドイツにおける定期賃貸借制度の創設および改正をめぐる議論を詳細 に調査・分析するものである。本章の研究により、ドイツの住居賃借権における
「正当な利益」による存続保護制度は依然として堅持されていること、定期借家 制度も、存続保護制度を前提として限定された範囲で認められるものであって、
賃貸住宅新築の促進という政策課題の実現を目指したものではなく、実際にもそ のような効果をもたなかったことなどを明らかにしている。
本章も、1990年代末から2000年にかけて、わが国で、優良な賃貸住宅の供給を 促進するとの標語のもとに、「正当事由」制度による借家権の存続保護制度が批 判の対象とされ、定期借家権制度の導入に至ったという一連の過程の中で、借家 人の居住を保護するための社会法としての借家法の基本的な性格を護るため、一 貫して正当事由による借家権保護の重要性を強調してきた著者の主張を支える基 礎的研究の意義を有している。繰り返すことになるが、政治的な意図を持った議 論が席巻する中で、著者が冷静に学問的姿勢を貫いたことは高く評価されるべき であり、借地借家法制の将来像を展望する上でも、本研究によって紹介されたド イツでのさまざまな議論は貴重な基礎資料として活用されていくものと思われ る。
⑻ 第2編、第3章「定期借家制度」の第1節「定期借家制度批判」は、規制 緩和の流れの中で、良質な賃貸住宅の供給という名目のもと、一部の経済学者・
法律学者が推進し、不動産業界と結びついた議員を中心とする議員立法により生 まれた定期借家制度に関する本格的な批判論文である。バブル崩壊により苦況に
早法 84巻1号(2008)
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陥った不動産業界の救済を意図して一部の者が声高に主張した原理主義的な契約 自由、ご都合主義的な主張に対峙して、冷静かつ的確に定期借家制度導入の背景 を明らかにし、内容を分析したものであり、著者の学者としての良心を示す論文 であり、現時点で翻ってみると、歴史的な意義のある論文ということができる。
また、本章の第2節である「定期借家関係の終了に伴う法律問題」は、借家権 の存続保護に関する理論的考察を背景として、借家法における存続保護制度の原 則性を基礎として論じるものであり、問題に関する学識の一端が伺われものとな っている。
⑼ これまで本論文の主要部分を検討してきたが、再三述べたように、本論文 の意義は、規制緩和、市場主義経済の復権という外圧のもとで借地借家法が大き く揺さぶられ、その変質が行われようとする嵐の中で、社会的弱者である借地 人、借家人保護を根幹に据えて展開してきた戦後借地借家法学の立場を堅持し、
正論を掲げることで俗論を撃つ姿勢に貫かれているところにある。そして規制緩 和論に立つ借地法、借家法の存続保護否定論者のときに感情的な議論に対して、
比較法的視座に依拠して冷静に研究成果を対置し、存続保護必要論を一貫して擁 護した著者の姿勢は十分に高く評価されるべきものである。本論文は、著者が既 に著した『現代借家法制の新たな展開』(成文堂、1997年)に次ぐものであり、著 者の借地借家法学の分野における研究者としての地位は、本論文により確固たる ものになったということができる。
もっとも、本論文にも欠点がないわけではない。それは定期借地権、定期借家 権などの制度に関する論述がときに単なる解説になり、平板なものとなっている 点、外国法の分析にいま一歩深みに欠ける点、定期借家権に関する制限的な解釈 論が少々論拠に乏しいと思われる点などに散見される。これらの諸点は、各論文 がまさに時の立法課題との関係で時間的余裕がない状態で書かれたと推測される ことから、やむを得ない要素もある。しかし、論文の作法として、著者には留意 してもらいたいところでもある。
III
結 論以上の審査の結果、後記の審査員は、本論文の提出者が博士(法学)の学位を 受けるに値するものと認める。
2007年9月26日 審査員
主査 早稲田大学教授 浦 川 道太郎
早稲田大学教授 内 田 勝 一
早稲田大学教授 法学博士(早稲田大学) 近 江 幸 治
早稲田大学教授 鎌 田 薫
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