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『扇動された人々』に見る革命と民衆

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ゲ ー テ の 『扇 動 され た 人h』 に 見 る革 命 と 民衆(田 中)99

ゲ ー テ の 『扇 動 され た 人 々 』 に 見 る 革 命 と民 衆

田 中 亮 平

1789年 の バ ス チ ー ユ 監 獄 襲 撃 に端 を 発 した フ ラ ン ス 革 命 は 、 憲 法 制 定 議 会 の 召 集 、 ラ フ ァイ エ ッ ト伯 爵 の統 治 、 ル イ16世 の 逮 捕 と 処 刑 、 戦 争 、 ジ ロ ン ド派 か らジ ャ コバ ン派 へ の権 力 移 行 、 そ して ロベ ス ピェ ー ル に よ る恐 怖 政 治 、 テ ル ミ ドー ル の クー デ ター へ と展 開 して い った 。

最 近 完 結 した ば か りの ミ ュ ンヘ ン版 ゲ ー テ 全 集 は 、 時 代 区 分 ご と に彼 の 作 品 を ま と め る と い う方 針 を採 って い るが 、 フ ラ ンス 革 命 の 影 響 の も と に あ っ た 時 代 を1791年 か ら97年 と して2巻 に ま と め て い る。 と りわ け この う ち の 前 半 に あ た る 時 代 、す な わ ち1794年 ま で の 期 間 に 書 か れ た も の は 革 命 に 対 す る ゲ ー テ の よ り直 接 的 な反 応 を 記 録 して お り、 『ヘ ル マ ン と ドロ テ ー ア 』 に代 表 され る後 半 の よ り間 接 的 に 革 命 の 素 材 を取 り扱 った 、 比 較 的 落 ち着 い

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た作 品 群 の 時 代 と コ ン トラ ス トを な して い る と して い る。

この 間1791年 に は 喜 劇 『大 コ フ タ』 が 書 か れ 、 上 演 され た が 、 こ こ に は 革 命 に対 す るゲ ー テ の 最 も初 期 の反 応 が 反 映 して い る。92年 の叙 事 詩 『ラ イ ネ ッケ 狐 』 は 別 と して 、93年4月 に は 『市 民 将 軍 』 が 書 か れ 、5月 は じ め に は 上 演 され た 。 同 じ年 に は 『扇 動 され た 人 々』 が 書 か れ るが 、 これ は 未 完 に終 わ り上 演 され る こ と は な か った 。r大 コ フ タ』 を 含 む 三 作 が 戯 曲 と し

て 書 か れ た と い う事 実 は 、大 革 命 と い う古 今 未 曾 有 の事 件 に 直 面 し、 自 ら従

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軍 も して体験 的 にそれ と対 峙 した この時期 のゲ ー テが 、拝情 詩や散 文 よ りも む しろ戯 曲の形式 を好 んだ こ とを示 してい る。戯 曲はそ の上演 を通 じ、散文 や詩 よ りもよ り直接 的 に、 また よ り印象 的 に観客 に効果 を及 ぼす 。彼 は 自 ら の立場 を これ らの戯 曲に登場 す る人物 や事件 に託 して、大革 命へ の賛否 にゆ れ る ドイ ツの世論 に示 し、 さ らには教 訓的 な効果 を も期 待 していた と考 え ら れ る。

また他方 で はそれ らは ヴ ァイマル宮 廷劇 場 の レパ ー トリー を増 やす ため に

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書 か れ た と い う一 面 も も っ て い る。g1年 に 宮 廷 劇 場 の 監 督 を引 き受 け た ゲ ー テ に と って 、 劇 場 の運 営 の 実 際 的 な要 請 は 高 い優 先 順 位 を持 って いた 。 す な わ ち 興 行 的 な成 功 を無 視 す る こ と は で き な か った 。 『大 コ フ タ』 が 最 初 に喜 歌 劇 の 形 で 構 想 さ れ た とい う こ とや 、 『市 民 将 軍 』 が 他 人 の 人 気 作 品 の続 編 で あ った と い う こ と も、 こ の こ と に起 因 して い る。

さ らに 言 え る こ とは 、 三 作 と も に 中 心 人 物 が 詐 欺 師 で あ る と い う こ とで あ る。 『大 コ フ タ』 にお け る ロス トロ伯 爵 、 『市 民将 軍 』 に お け る シ ュナ ップ ス は い う ま で も な い 。 『扇 動 され た 人 々』 に お け る ブ レー メ ン フ ェル トの 場 合 も欺 隔 性 や 自己 の欲 得 と い う点 、 大 言 壮 語 を売 り物 と し、 陰 謀 を 画 策す る点 な どが 彼 らと共 通 して い る。 詐 欺 師 が 中心 人 物 と なれ ば 、 そ の戯 曲 は 必 然 的 に喜 劇 と な る。 す なわ ち ゲ ー テ は大 革 命 の 高 遠 な理 想 の面 よ り も 、 む しろ権 力 欲 や 利 権 闘 争 の 側 面 に 、 ひ い て は 市 民 階 級 の 要 求 の 全 体 に影 の よ う に ま っ わ りっ い て い る一 種 の い か が わ しさ の 方 に 着 目 し、 これ を極 端 に誇 張 した 形 で 風刺 し、 三 作 と も に一 種 の茶 番 劇 に仕 立 て上 げ た の で あ る。

こ う した 宗 教 的 ・政 治 的 ア ジテ ー タ ー と対 に な る の が 、彼 らに 感 化 され 、 指 導 され 、 幻 惑 さ れ る人hで あ る。 『大 コ フ タ』 の 場 合 に は 、 い ま だ 彼 らは ロ ス トロ伯 爵 を め ぐ る少 数 の 信 奉 者 た ち の 集 団 に過 ぎ な い し、 『市 民 将 軍 』 で は こ う した 集 団 は 登 場 しな い 。 大 革 命 の0方 の 主 役 で あ った 群 衆 が 、 そ の 本 来 の 革 命 的 な役 割 を 予 感 させ る形 で 登 場 して くる の が 『扇 動 され た 人 々』

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ゲ ー テ の 『扇 動 され た 人h』 に 見 る革 命 と 民 衆(田 中)101

で あ る。

審 美 的 な基 準 を あ て は め て 論 じよ う とす れ ば 、 こ の 作 品 は ま こ と に不 利 な 扱 い を 受 け る こ と に な る。 第 一 に そ れ は 完 成 され て さ え い な い 。 欠 落 した 部 分 も多 く、 そ の部 分 は 作 者 自身 に よ る あ らす じの 補 充 で 間 に合 わ せ た ま ま 、 っ い に完 成 に は至 ら なか った 。 第 二 に フ ラ ンス 革 命 と い う ヨー ロ ッパ を震 憾 させ た 大 事 件 が こ っけ い な笑 劇 とい う、 お よそ ふ さわ し くな い形 式 に盛 り込 まれ て お り、 必 然 的 に不 相 応 な矯 小 化 の 印 象 を喚 起 せ ざ る を得 な い し、 登 場 人 物 も主 役 の ブ レー メ ン フ ェル トに代 表 され る よ う に 伝 統 的 通 俗 喜 劇 の類 型 性 を 免 れ て い な い 。 独 創 性 も 乏 し く、 『市 民 将 軍 』 が 他 人 の 作 品 の続 編 と し て書 かれ た の と同様 に 、 この 作 品 は デ ンマ ー ク の 作 家 ル ー トヴ ィ ッ ヒ ・ホ ル ベ ル ク の1722年 の 作 品 『酒 場 政 談 家 』 が1792年3月 に ヴ ァイ マ ル で 上 演 さ れ た の を き っか け に 書 か れ 、 ブ レー メ ンフ ェル トは そ の戯 曲 の 主 人 公 の孫 と い う設 定 に な って い て、 大 言壮 語癖 や 政 治 的 野 心 を祖 父 か ら引 き継 い で い る。

こ う した 欠 陥 は 、 少 な くと も こ の作 品 に 対 して あ え て 言 及 した 研 究 者 た ち が 等 し く指 摘 して き た も の で あ る。 た と え ばF.グ ン ドル フ で あ るが 、 これ が 「ゲ ー テ の 生 涯 中 最 も 創 作 力 の 低 下 した 時 期 に か か れ た も の の 一 つ で 」

「平 板 で 、 生 気 に 乏 し く、 ご く平 凡 な」 も の で あ り、「ゲ ー テ 自身 に も、 ま

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た 革 命 と い う事 件 に もそ ぐわ な い で き そ こ な い の 」 作 品 で あ る と 断 じる 。 E.シ ュ タ イ ガ ー も 同 様 に 、 ゲ ー テ が 「時 代 の 好 尚 」 の 意 を 迎 え ん が た め に 書 い た 三 つ の 戯 曲 に は 「彼 の 天 才 の ご くわ ず か な 痕 跡 す らも 」 見 られ ず 、

「フ ラ ンス 革 命 を 批 判 的 に扱 った 書 と して も そ れ らは 重 要 性 を 持 ち え 」 ず 、

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「これ 以 上 彼 が お の れ を 既 め た こ と は な か っ た 」 と述 べ る始 末 で あ る。H.

マ イ ヤ ー は 「市 民 的 イ デ オ ロ ー グや 革 命 家 た ち の 世 界 を舞 台 の 上 で 観 覧 に供 す る た め の 、 劇 作 家 と して の 貧 弱 な 努 力 の結 果 に 過 ぎ な い 『市 民 将 軍 』 や

『扇 動 され た 人 々』 とい った 作 品 の 中 で は 、 政 治 的 ・歴 史 的 判 断 に代 え て 、 み ず ぼ ら しい道 徳 化 や 心 理 化 が 行 わ れ た 。 革 命 家 た ち は そ こで は 愚 か 者 か悪

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人 にす ぎ な い 」 と して 、 ゲ ー テ が 大 革 命 の 意 義 を ま った く理 解 して い なか っ

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た こ との例 証 に これ らの戯 曲 を あ げ て い る。 『イ フ ィゲ ー ニエ 』 や 『タ ッソ ー』

と対 比 しな が ら、 い わ ば 高 み か ら見下 ろす よ う に して 取 り扱 った場 合 、 当然 の 事 な が ら 『市 民 将 軍 』 と 同 様 、 『扇 動 さ れ た 人h』 も 問 題 とす る に 足 りぬ 失 敗 作 と い う こ と に な る。 しか しなが らわ れ わ れ は も う少 し事 柄 を あ りの ま

ま に考 察 して み る事 に した い。

当 の グ ン ドル フ も認 め て い る よ う に、 ゲ ー テ は 他 の場 合 で あれ ば 、 お よ そ 政 治 的 な題 材 を 、 しか も そ の事 件 が 同 時 進 行 的 に 生 起 して い る さ なか に 、 そ れ らを直 接 取 り扱 う よ う な こ と は しなか った 。 党 派 性 の 表 明 に な りか ね な い よ う な こ う した 政 治 的 素 材 を 、他 の場 合 に は 慎 重 に避 け て きた ゲ ー テが 、 こ の と き に 限 って 三 作 に もわ た っ て取 り上 げ っ づ け た と い う こ と の理 由 を 、 よ り慎 重 に 考 察 してみ る必 要 が あ る と 思 わ れ る。

ひ とっ に は 、 大 革 命 が ゲ ー テ に と って他 の 場 合 と は 比 較 に な らな い ほ どの 深 刻 な衝 撃 で あ った と い う事 実 が あ げ られ る。 そ の 衝 撃 は政 治 的 な事 件 に対 して の 、 そ れ まで の彼 の態 度 を 一 変 させ て しま った 。 イ タ リアで 獲 得 した 芸 術 上 の新 生 も 、 こ の大 事 件 を前 に して は 用 を な さ な い と思 わ れ る ほ どで あ っ た 。 そ れ は いわ ば い った ん 留 保 して お い て 、 も っ と直 接 的 なや りか た で こ の 事 態 に反 応 しな けれ ば な ら なか った ので あ る。 この点 で これ ら三作 の 戯 曲 は 、 ゲ ー テ の生 涯 の他 の 時 代 に は 見 られ ない 特 徴 を有 して お り、 ゲ ー テ と フ ラ ン ス 革 命 の 関係 を考 え る上 で は 極 め て興 味 深 い テ キ ス トで あ る。 な か で も 『扇 動 され た 人 々』 は 、 そ の 反 応 の 直 接 性 にお い て 、他 の二 作 を しの い で い る と

い え る。

さ らに は フ ラ ンス革 命 自体 が 持 って い た 新 しい性 格 が 考 え られ る。 今 日の わ れ わ れ とは 異 な って 、 同時 代 人 と して の ゲ ー テ は 革 命 の 総 括 的 な概 観 を 得 る こ と は で き なか った 。 結 果 的 に19世 紀 か ら20世 紀 に か け て の市 民社 会 の 誕 生 を告 げ る こ と に な った この 革 命 も 、 当 初 は 王 制 内で の 貴 族 と富 裕 市 民 階

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級 の 勢 力 拡 大 の た め の 闘 争 と して 始 ま った 。 それ が 体 制 そ の もの の転 覆 へ と 進 み 、 さ らに は ジ ャ コバ ン派 の恐 怖 政 治 へ と転 回 して い った と き、 当 初 は 革 命 の掲 げ る理 念 に 共 鳴 して い た 人 々 で さ え も 、 多 くは 驚 き 、 嫌 悪 感 を 抱 い て 背 を 向 け る よ うに な る。 事 態 の こ う した 急 進 的 な進 展 を逐 次 的 に 目の 当 た り に して い た 同 時 代 人 に と って 、 そ の 行 く末 を 正 確 に見 とお す こ とは 不 可 能 で あ った だ ろ う。 こ こ に は 理 性 を超 え た何 者 か が 働 い て い た 。 そ れ は ゲ ー テ が

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い う と こ ろ の 「地 下 世 界 の不 気 味 な力 」 で あ り、 こ の 時 代 は そ れ が 歴 史 の表 舞 台 に 噴 出 した 時 代 で あ った 。 詩 人 を して 、 イ タ リア で 獲 得 した 古 典 古 代 の 永 遠 の 人 間性 へ 向 け て の 努 力 を あ え て棚 上 げ に し、 革 命 に お の れ を対 峙 させ

る べ く促 した の は 、 ま さ に この 得 体 の知 れ な い力 で あ った 。

そ して この 得 体 の 知 れ な い 力 の 実 体 は何 だ った の か 。 革 命 の 推 移 を た ど っ て み る と き 、 そ の 決 定 的 な局 面 に 常 に 登 場 し、 しか も 自 らは ま った く無 名 性 に と ど ま った群 衆 の存 在 に気 づ か され る。 啓 蒙 主 義 の 哲 学 が 人 権 と博 愛 と い う理 想 を 長 年 にわ た って 準 備 し、 ル ソー が そ れ に 革 命 的 性 格 を 付 与 し、 市 民 の み な らず 貴 族 の 一 部 の 中 か らも これ に 心 酔 した 人 々が 出 て 、 革 命 の 扇 動 者 た ち に な った。 彼 らの名 前 は よ く知 られ て い る。 しか し彼 らが い か に演 説 し、

パ ン フ レ ッ トを 出 した と こ ろで それ だ け で は 革命 は起 こ らな か った で あ ろ う。

現 実 にそ れ を実 行 す る群 衆 が 登 場 して 、 初 め て 革 命 は現 実 化 され た の で あ る。

啓 蒙 主 義 の 哲 学 を通 じて 自 らの 持 っ て生 まれ た権 利 に 目覚 め 、 正 義 は 自 らの う ち に あ る と確 信 した 群 衆 が 、 そ の権 利 の 充 足 を主 張 して 決 起 す る と き 、 革 命 が 始 ま った 。 こ う した 自 らの 権 利 に哲 学 的 な根 拠 を与 え られ た 群 衆 とい う の は 、 き わ め て近 代 的 な現 象 で あ り、 彼 らの 登 場 こそ この 革 命 が は らん で い た 本 質 的 に画 期 的 な動 因 で あ った 。

本 稿 で は フ ラ ンス 革 命 にお け る群 衆 の特 質 を 抽 出 し、 ゲ ー テ が も って い た 民 衆 お よ び 群 衆 に っ い て の観 念 を これ に対 置 させ 、 さ らに 『扇 動 され た 人 々』

に お い て ゲ ー テ が 描 いた 群 衆 像 を考 察 す る。 そ れ に よ って この 革 命 劇 の持 っ

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意 味 を改 め て問 い直す と同時 に、革命 の真 の主体 者た る群衆 の意義 につ いて のゲー テの認 識 を明 らか にす るこ とを課 題 と した い。

1.フ ラ ン ス 革 命 と民 衆

人間 の集 団には い くっ もの呼 称が あ る。 も っとも広 い意 味で使 われ るのが

「民衆(Volk)」 で あ り、社会学 上の概 念 と しては、① 被 支配 階級 に して 非 知 識人 層 で 、物 質 的生 産 に従 事 す る歴 史社 会 の基 底 的存 在 で あ り、② それ ぞれ の社会 を安定 的 に再生 産す る役 割 を持 ち、習俗 や慣 習 に強 く規 定 され 、 既存 の社会 秩 序 の中 で 日hの 生 活 の再生 産 を志 向す る生 活 者 で あ り、③ 保 守的 ・守 旧的 な 日常意 識 を持 ち なが らも、 日常生活 の安 定 的 な再生 産 が困難 とな るとき、革新 的 な思想 に導 かれ て暴 動や 革命 の主体 者 とな る可能 性 を潜 在 させ て お り、④ 農 民 や都 市 の商 人 ・職 人 とい った社 会 的 分業 の形 態 の違

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い に よ って異 な った 意 識 形 態 を有 して い る。

この よ う な包 括 的 な概 念 で あ る 民 衆 に 対 して 、「群 衆(Masse)」 は よ り現 実 的 な概 念 で あ る。 同 じく社 会 学 上 の規 定 に よれ ば 「局 在 す る不 特 定 多 数 の 人 々 の 、 方 向 づ け られ た 非 組 織 的 集 合 体 」 で あ り、 同 じMasseで も マ ス ・

メ デ ィア に 受 動 的 に媒 介 され た 狭 義 の 「大 衆 」 と は 区 別 す る 。 す なわ ち群 衆 は 、 あ る特 定 の場 所 に 現 実 に存 在 し、 一 定 の運 動 へ の意 志 を 共 有 して は い る が 、 しか し何 らか の組 織 的 な統 制 を 欠 い た 人 々 の群 れ で あ る 。 さ らに それ は 受 動 的 な 「会 衆 」 と能 動 的 な 「活 動 的 群 衆 、 モ ップ 」 に わ け られ 、 と りわ け 後 者 は そ の衝 動 性 ・移 り気 ・誇 張 性 ・単 純 性 ・偏 狭 性 ・破 壊 性 ・非 合 理 性 な

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どが 非 難 の対 象 に な る こ と もあ った 。

フ ラ ンス 革 命 に お い て は 、 「民 衆 」 と してみ れ ば 、 も ち ろ ん 暴 動 へ の 可 能 性 を顕 在 化 させ た 形 態 の 民 衆 で あ り、 「群 衆 」 と してみ れ ば 「活 動 的 群 衆 」、

ゲ ー テ の 言葉 に よれ ば 「暴 徒(P6bel)」 が そ の 中心 で あ った 。

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革命下 のパ リにおけ るこ う した群 衆 の存 在 は従来 様 々に論 じられ て きて い るが、 その 中 には彼 らを圧制 か らの市 民 の開放 に貢献 した英雄 的存在 と して た たえ る見方 もあれ ば 、 また これ とは正反 対 に人 間 の も っと も低劣 で醜悪 な 欲望 が暴 力的 手段 を伴 って解 き放 たれ た もの と して、 これ を嫌 悪す る立場 も あ る。 しか しこう した多 分 に論者 自身 の イデオ ロギー を反 映 した 見かた か ら 距離 を置 く形 で、 あ くまで歴 史的 資料 に依 拠 しなが ら当時 の群 衆 の実態 を解 明 しよ うと試 みた研 究 もあ る。 こ こで はそ うい った試 み の中か ら、G.リ ュー デ の研 究 を取 り上 げ、 それ に した が って革命下 の彼 らの諸相 を概 観 してみ た

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い 。

リ ュー デ は お も に 当時 の 警 察 調 書 を典 拠 に しなが ら、暴 動 に加 わ った 群 衆 の 出 自を 明 らか に しよ う と努 め る 。 バ ス チ ー ユ 襲 撃 の は るか 前 か ら、 特 に パ ンの 値 段 の 上 昇 に伴 って 、 パ リに は 暴 動 が 絶 え なか った 。 パ リは18世 紀 半 ば に市 域 を 拡 張 し、 そ れ に伴 った 市 外 整 備 等 の た め に大 量 の 肉体 労 働 者 が 流 入 して お り、 ま た 市 民 の 人 口 も増 大 して い て 、 革 命 前 夜 に は お よ そ60万 を 数 え て い た 。19世 紀 半 ば 以 降 の よ う な工 業 社 会 の 労 働 者 は ま だ 存 在 せ ず 、 職 工 や 手 工 業 的 な賃 金 労 働 者 が 主 体 で あ った 。 彼 らを 中心 に 、 他 に小 商 店 主 、 小 商 人 、浮 浪 人 、都 市 貧 民 な どを加 え た 層 が いわ ゆ る後 の 「サ ンキ ュ ロ ッ ト」

層 で あ る。 当時 の 社 会 階 層 別 の 人 口 を計 算 した 人 に よれ ば 、 僧 族 が 一 万 、 貴 族 が 五 千 、 ブ ル ジ ョワ ジ ー が 約 四 万 、 残 りが 「サ ンキ ュ ロ ッ ト」 で あ った と して い る。 こ の 中 で 頻 発 した 暴 動 の 主 体 者 と な った の は お も に職 工 や 労 働 者 で あ った 。 彼 らは 前 工 業 社 会 の 未 組 織 労 働 者 で は あ った が 、 食 料 暴 動 と い う 形 態 を 取 った た め に 、 そ の 運 動 は 普 遍 性 を 持 ち 、 彼 ら相 互 を結 び 付 け る に と どま らず 、 小 商 店 主 な どの 他 の社 会 集 団 を も運 動 に巻 き込 む こ とが で きた 。 1789年7月14日 のバ ス チ ー ユ 監 獄 の 襲 撃 が 、 そ れ に 先 行 す る暴 動 と決 定 的 に異 な った 性 格 を持 ち 、 こ の事 件 を も って 革 命 の 開 始 と され る所 以 は 、 そ れ が 「第 三 身 分 」 全 体 の 一 致 した 行 動 で あ った と い う こ とで あ る。 前 年 に 国

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王 が 約 束 した 三 部 会 が 召 集 され 、第 三 身 分 が 対 決 姿 勢 を鮮 明 に して 自 ら国 民 議 会 を構 成 す る と、 宮 廷 派 は 軍 事 力 を誇 示 して 国 民議 会 を 解 散 させ よ う と し た 。 これ を き っか け に 緊 張 が 高 ま り、 オ ル レア ン公 周 辺 の ジ ャー ナ リス トや パ ンフ レ ッ ト作 者 た ちが パ レ ・ロ ワ イ ヤ ル を拠 点 に 民 衆 扇 動 を 指 揮 す る。 す なわ ち ヴ ェル サ イ ユ に お け る身 分 間 の対 立 が 広 範 な 民 衆 運 動 と結 び っ い た と き に は じめ て 、 一連 の暴 動 に 革 命 の 性 格 が 加 わ った の で あ る。 しか し この こ と が 可 能 に な るた め に は 、 暴 動 に加 わ って い た群 衆 自身 が 、 自 らを 「第 三 身 分 」 の 一 員 で あ る と認 識 す る 必 要 が あ った 。 シ ェイ エ ス 師 の パ ン フ レ ッ ト

『第 三 身 分 とは 何 か 』 は 本 来 三 部 会 に お け る ブル ジ ョワ ジー の 要 求 を 根 拠 付 け る 目的 で 書 か れ た が 、 これ が 一 般 民 衆 の 間 に 浸 透 し、彼 らの経 済 的 困 窮 打 開 の 期 待 と結 び っ い た 。 こ う して早 く も こ の年 の4月 の レヴ ィヨ ン事 件 の 際 に は 、 この 壁 紙 製 造 業 者 の ブ ル ジ ョワ ジ ー を 襲 撃 した 暴 徒 は 、 「第 三 身 分 万 歳!」 とい う新 流 行 の ス ロー ガ ンを 叫 ん で い た の で あ る。 暴 徒 に と っ て それ は シ ェイ エ ス 師 の本 来 の 定 義 と は異 な り、 単 に 金 持 ち に対 す る貧 乏 人 の意 味 で理 解 され て いた に過 ぎ な い 。

す で に バ ス チ ー ユ 以 前 の この 事 件 に見 られ る よ う に 、 ブル ジ ョワ ジー とサ ンキ ュ ロ ッ ト層 と の あ い だ に 「第 三 身 分 」 と い う0体 感 が 成 立 す る の と 、 一 方 で 両 者 の 間 に超 え が た い懸 隔 が 生 じた の とは 、 ほ と ん ど時 を 同 じ く して い たQブ ル ジ ョワ ジ ー に と って群 衆 は 革 命 の 推 進 の 上 で 強 力 な味 方 で あ る と 同 時 に、 また 非 常 に制 御 す る こ と の難 しい危 険 な存 在 で も あ った の で あ る。 バ ス チ ー ユ 襲 撃 の ま さ に前 日に ブル ジ ョワ ジ ー の 安 全 と財 産 を守 るた め に 「ブ ル ジ ョワ 民 兵 」 が 設 置 され た こ とや 、 そ の 登 録 条 件 に 財 産 と居 住 資 格 証 明書 が 要 求 され 、 これ に よ っ て賃 金 労 働 者 の大 部 分 、 失 業 者 と浮 浪 者 の す べ て が そ こか ら排 除 され た こ とは 、 端 的 に こ の 間 の事 情 を示 して い る 。 す なわ ちす で に この時 点 で 、彼 らは制 圧 され るべ き暴 徒 と して 認 識 され て い た の で あ る。

同 年10月5日 の ヴ ェル サ イ ユ へ の行 進 と王 の パ リへ の 護 送 の 際 に は 、 ラ

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ゲ ー テ の 『扇 動 され た 人 ・々』 に 見 る革 命 と 民 衆(田 中)107

フ ァイ エ ッ トらの 立 憲 君 主 派 は まだ 群 衆 の蜂 起 を 自 らの 政 治 目的 の 実 現 の た め に利 用 す る こ とが で き た が 、 二 年 後 の シ ャ ン ・ ド ・マ ル ス の虐 殺 に お い て 、 第 三 身 分 内 部 の 分 裂 が 最 初 の 血 な ま ぐさ い衝 突 に 至 る。

92年4月 の 戦 争 の 勃 発 は 同 年8月 の 王 制 打 倒 に 至 る 民 衆 運 動 の 高 揚 の 引 き鉄 と な った が 、 こ こで も 「細 民 」 を行 動 へ 駆 り立 て る き っか け に な った の は経 済 的 危 機 で あ った 。 しか も こ の場 合 それ はパ ンの 不 足 で は な く、戦 争 に よ って 促 進 され た イ ンフ レで あ った 。 一 方 こ の 間 に ジ ャ コバ ン派 内部 で の分 裂 が 進 み 、 ジ ロ ン ド派 が 自 ら イ ニ シ ア チ ブ を 取 った 国 王 侮 辱 の6月20日 件 を境 に して 、 ロベ ス ピェ ー ル の モ ン タ ー ニ ュ派 に 民 衆 運 動 の 主 導 権 が 移 っ て い く。

翌93年5月 か ら6月 に か け て と 、9月 の 二 回 にわ た って 群 衆 暴 動 が 起 こ り、 モ ン ター ニ ュ派 は ジ ロ ン ド派 を 国 民 公 会 か ら追 放 す るが 、 中 心 と な って 動 員 され た サ ンキ ュ ロ ッ ト層 は 国 民衛 兵 に組 織 され る こ と に よ って 、軍 事 的 に統 率 され た 。 しか も彼 らに は 日当 まで 支 払 わ れ た の で あ る。 しか し彼 らを 行 動 に駆 り立 て た 動 機 は 、や は り依 然 と して 経 済 的 な も の で 、 この た び は パ ンに 限 らず 生 活 必 需 品 一 般 の 価 格 騰 貴 で あ った 。 この 問 題 は0応 「一 般 最 高 価 格 法 」 の 制 定 に よ って決 着 を 見 る こ と に な る。 しか し この よ う な結 果 に も か か わ らず 、 民 衆 の生 活 苦 に発 した 運 動 が 、 こ こで も政 治 的 な勢 力 争 い と い う 目的 の た め に巧 み に利 用 され た こ と は否 定 で き な い 。

94年 の 「革 命 暦 二 年 」 の 政 府 、 す な わ ち ロ ベ ス ピエ ー ル を 中 心 と した 公 安 委 員 会 の 恐 怖 政 治 の年 に 、 モ ン タ ー ニ ュ派 が 民 衆 の 支 持 を 受 け た の も、 ま た それ を失 った の も 同 じく経 済 的 理 由か らで あ った 。 す なわ ち価 格 統 制 に よ っ て物 資 隠 匿 、 買 占め 、 闇 取 引 な どが か え って 横 行 した た め 、 統 制 緩 和 の 方 針 が 打 ち 出 され るや 、 サ ンキ ュ ロ ッ ト層 に は 「信 頼 して いた 政 府 に裏 切 られ た 」 と い う思 い が 広 が った の で あ る。 また 同時 に実 施 され た 労 働 者 の 賃 金 据 え 置 き の た め の 「賃 金 最 高 価 格 法 」 も 民衆 と政 府 の絆 を 断 ち切 る原 因 と な った 。

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ロベ ス ピエ ー ル が 逮 捕 処 刑 され た テ ル ミ ドー ル の ク ー デ ター の後 、 群 衆 暴 動 は も はや 革 命 の 推 進 力 で は な く、 政 府 の安 定 を 脅 か し、 市 民 の安 全 を 破 壊 す る敵 と な った 。1795年 の 二 っ の 蜂 起 、 す な わ ち4月1日(ジ ェル ミナ ー ル12日)と5月20日 か ら23日(プ レ リア ル1日 か ら4日)の 暴 動 は 、 再 び パ ンの不 足 と猛 烈 な飢 餓 政 策 に 耐 え か ね て の も の で あ った が 、 国 民公 会 は 秩 序 の 回復 のた め に 強 硬 な弾 圧 措 置 を 持 って これ に対 抗 した 。 ジ ャ コバ ン派 が 少 数 派 に転 落 して しま った た め 、 か つ て の よ う な指 導 者 を 失 って い た サ ン キ ュ ロ ッ トに よ る群 衆 蜂 起 は 、 あ え な く弾 圧 に屈 して敗 北 す る。 そ して 同年

10月4日 か ら5日 に か け て の ヴ ァ ンデ ミエ ー ル の 蜂 起 にお い て は 、 革 命 政 府 に反 抗 した の は む しろ王 党 派 で 、 守 勢 に 回 った の は サ ンキ ュ ロ ッ トで あ っ た 。 しか し暴 動 を鎮 圧 す るた め に 政 府 は 軍 隊 の 助 け を借 り る こ とに な り、 後 の 軍 事 クー デ ター へ の 道 を 開 くこ と に な った 。 こ こ に 「革 命 的 群 衆 」 の 時 代 は ひ と まず 終 わ りを告 げ る こ と に な るの で あ る 。

群 衆 を 動 か した動 機 にっ い て い え ば 、否 定 で き ない 事 実 と して リュー デ は 、 国 民 議 会 や コル ドリエ ・ク ラ ブ、 ジ ャ コバ ン ・ク ラ ブ と い った 政 治 集 団 の 目 的 ・思 想 ・ス ロ ー ガ ンが 、 これ らの群 衆 の 間 に十 分 浸 透 して い た 事 実 を挙 げ て い る 。 しか しそれ さ え も あれ ほ どの 絶 え 間 の な い群 衆 の 蜂 起 を促 した 動 機 と して は ま だ十 分 で は な い。 何 と言 って も主 た る要 因 は食 料 の 不 足 や 物 価 の 騰 貴 と い った 民 衆 の 生 存 自体 にか か わ る要 求 で あ った 。 こ の こ と は 革 命 の 局 面 が 変 化 し、指 導 的 政 治 集 団 が 交 代 して い って も一 貫 して 変 わ らな か った 。 む しろ 民 衆 は 絶 えず 新 た な勢 力 に期 待 を か け 、 生 存 の 危 機 か ら救 って くれ る こ と を期 待 した の で あ るが 、 こ の期 待 が 裏 切 られ る とた ち ま ち政 治 勢 力 の交 代 が 起 こ った 。 前 代 や 後 世 の 単 発 的 暴 動 と フ ラ ンス 革 命 の 根 本 的 な相 違 は 、 こ う した 経 済 的 要 求(パ リの よ う な大 都 市 に お い て は パ ンの供 給 不 足)と しい政 治 思 想 と が 同 時 に存 在 し、互 い に他 を補 完 し合 って 未 曾 有 の群 衆 の エ ネ ル ギ ー を生 み 出 した 点 に あ った の で あ る。 そ して パ リの群 衆 蜂起 の 重 要 な

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ゲ ー テ の 『扇 動 さ れ た 人 々』 に 見 る革 命 と 民 衆(田 中)109

特 徴 と して 、 なお 二 つ の 点 が 指 摘 され る。 一 っ は群 衆 の読 み 書 き能 力 の 高 さ で あ り、 い ま一 っ は新 聞 や パ ンフ レッ トとい った大 衆 啓 蒙 の媒 体 、 お よびh の ク ラ ブ 、 協 会 等 の 世 論 形 成 の 場 の 存 在 で あ る。

次 に農 民 の 革 命 に っ い て も概 観 して お こ う。 『扇 動 さ れ た 人h』 の 舞 台 に な っ て い る の が 封 建 領 主 支 配 下 の領 地 内 で あ り、 扇 動 され て蜂 起 す る のが 農 民 で あ る とす れ ば 、 フ ラ ンス 革 命 に お け る農 民 の動 向 は 、 ゲ ー テ の革 命 的 群 衆 理 解 と い う テー マ を考 え る上 で 重 要 で あ る か らだ 。

1789年 の 革 命 勃 発 時 に お け る農 民 の革 命 を取 り扱 ったG.ル フ ェー ブル の

ユの

研究 に よれ ば、農 民 の革 命 こそ貴族 層 の支配 に致命 的 な一撃 を与 え る役割 を 担 った。 なぜ な ら貴族層 は僧 侶階級 と並 ん で、農村 にお い ては農 民 の領主 で あ り、彼 らに対 して絶大 な権 力を有 し、徴税権や裁判権 を行使 した。 したが っ て領 主 と して の貴 族や僧 の存 在 は、都市 の 民衆 の場 合 よ りも、農 民 にと って はは るか に直接 的 に彼 らの生活 に絶対 的 な影響 を及ぼす存在 だ ったので ある。

18世 紀 後半 を通 じて農 民人 口が増大 して農 地 が不 足 し、農 民 の生 活 が 急 迫 して くる にっれ て、す で に革命 前か ら領主 に対す る蜂起 が起 こっていた。

こう した 中、三部 会が 召集 され 、貴族 に対す るブル ジ ョワの要 求が入 れ られ ることによ り、農民 もまた封建 的 な領主 の支配 が改善 され る ことを期 待 した。

しか し彼 らの陳情 はほ とん ど三部 会 にお いて無視 され 、そ の原 因 を農 民は貴 族 の陰 謀 のせ いだ と考 え た。 バ スチ ーユの勝利 の報 が伝 え られ 、 諸都 市 で の 蜂起 が続 くと、農 民 もまた蜂 起 した。農 民 の蜂起 にお い ては都 市 の場 合 と同 様 に、三部会 の召集 とい う政 治 的 な状 況 と、 また一方 では生活 にかか わ る経 済的 な状 況 とがあ い ま ってそ の動機 を な して いた。 しか し当然 都市 にお いて 見 られ た よ うな扇 動 主体や 、政 治的 クラブ な どは な く、政 治的 な動 向は も っ ぱ ら都 市住 民 との交 流が なされ る週 の市 にお いて、彼 らに伝 え られた 。

これ に加 え て、農 民 の場 合 には領主 とい う具体 的 で現実 的 な攻撃 の対 象 が あ った。農 民層 内部 におい て も都市 の市 民層 と同様 に、土地所 有 や 、借地 の

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規 模 に よ って 貧 富 の 差 は激 し く、階 層 別 に利 害 も異 な って い た が 、 何 世 代 に も わ た って 悩 ま され っ づ け て きた 領 主 の封 建 的 特 権 に 対 す る反 抗 と い う点 で は利 害 が 一 致 して い た 。 さ らに これ に 「大 恐 怖 」 と よば れ た 一 っ の 特 殊 事 情 が 加 わ った 。 夜 盗 や 浮 浪 者 へ の 恐 怖 が 、 領 主 の報 復 を恐 れ る農 民 た ち の 間 に 広 く蔓 延 して い た 「貴 族 の 陰 謀 」 とい う観 念 と結 び っ く こ と に よ って 、 ま た た くま に フ ラ ンス 国 土 の大 半 に パ ニ ック的 に 、 しか も波 状 的 に伝 染 す る こ と に な った 。 当然 彼 らの 矛 先 は貴 族 の城 館 に 向 か う こ と に な り、 農 民 の 蜂起 は そ の 激 しさ と徹 底 性 を増 す こ と に な った の で あ る。

2.ゲ ー テ と 民 衆

前 章 に お い て 民 衆 お よ び 群 衆 の0般 的 特 性 、 フ ラ ン ス革 命 に お け る パ リの 民 衆 の動 向 と特 質 、 さ らに農 民 の蜂 起 の 一 端 に っ い て概 観 した 。 こ の章 で は ゲ ー テ の 民 衆 観 を考 察 す る こ と に した い。

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は じめ に ゲ ー テ の 生 涯 を 通 じて の 民 衆 観 の 推 移 を概 観 す れ ば 、 そ の 出 発 点 は ヘ ル ダー の感 化 を 受 け た 青 年 期 に さか の ぼ る こ と に な る。 ヘ ル ダ ー に よれ ば 「民 衆 」 とは 社 会 的 概 念 で は な く文 化 的 概 念 で あ り、 国 民 な り民 族 な りの 集 合 的 な個 性 を 意 味 す る。 それ は原 初 的 で 自然 に近 い も の で あ り、 国 民 の形 成 発 展 に した が って そ の 本 質 や 文 化 の 性 格 を特 徴 づ け る。

こ の よ う な文 化 史 的 ・理 念 的 な 「民 衆 」 の 規 定 は 、 周 知 の よ うに 青 年 期 の ゲ ー テ に 決 定 的 な影 響 を 及 ぼ した もの の 一 っ で 、 シ ュ トル ム ・ウ ン ト ・ ドラ ン グ期 の 作 品 に い くっ もの 反 映 が 見 られ るが 、 と りわ け 民 謡 風 の拝 情 詩 や 中 世 に 取 材 した 「ゲ ッツ」 に お い て結 実 す る。

しか し一 方 で は よ り現 実 的 な社 会 階 層 上 の 概 念 と して の 「民 衆 」 を無 視 す るわ け に は 行 か な い 。 「ゲ ッツ」 に み られ る よ う な 、虐 げ られ 、 苦 しめ られ て い る 民 衆 へ の 同情 、 領 主 へ の 蜂 起 に対 す る理 解 、 さ らに は 「ヴ ェル ター 」

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ゲ ー テ の 『扇 動 され た 人h'』 に 見 る革 命 と 民 衆(田 中)111

に お け る町 娘 や 子 供 に寄 せ る愛 着 の 描 写 な どは 、 こ う した 現 実 的 な社 会 階 層 の概 念 と して の 「民 衆 」 に関 係 す る。 そ の 民 衆 は い まだ 封 建 的 な くび き の 中 で 圧 政 に 苦 しん で お り、 ヘ ル ダー が い う よ う な意 味 で の 国 民 の性 格 形 成 を規 定 す る存 在 と して の 民 衆 像 と の 乖 離 は は なは だ しか った 。 民 衆 の観 念 に っ い て の この よ う な二 面 性 は 、 ゲ ー テ に お い て も早 くか ら見 られ 、時 間 の経 過 と と も に次 第 に そ の 懸 隔 が 拡 大 して い く こ と に な る。

ヴ ァイマ ル 入 り して以 来 、 ゲ ー テ は 統 治 者 の側 に立 っ こ と に な った 。 民衆 へ の 同情 心 は依 然 と して 見 られ る も の の 、 そ れ は 現 実 に対 して は 無 力 な心 理 的 な身 振 りに と ど ま らざ る を得 なか った 。 政 治 的 に彼 らの生 活 条 件 の 改 善 の た め に介 入 しよ う とす れ ば 、 た ち ま ち既 得 権 を持 った 貴 族 の抵 抗 に遭 った し、

大 公 も ま った く乗 り気 で は な か った か らで あ る。

一・方 自然 的 で 根 源 的 な も の と して の 民 衆 像 が イ タ リア に お い て再 び 意 識 さ れ る。 さ っそ く ヴ ェネ ツ ィ ア にお け る 日記 に は 「民衆 、大 群 衆 、 この 必 然 的 に して 無 意 識 的 な存 在 」 と しる され 、 さ らに 『ロ ー マ の謝 肉祭 』 で は群 衆 の

「狂 気 の忘 我 状態 」 が 描 か れ て い る。 そ れ は危 険 と隣 り合 わ せ の状 態 で あ り、

む しろ そ の こ と に快 楽 を 感 じる よ う な異 様 な興 奮 状 態 で あ る。

これ と は 別 に 、 啓 蒙 主 義 的 な意 味 で の 「教 育 され るべ き大 衆 層 」 と して の 民 衆 像 が ゲ ー テ の 中 で は 優 勢 に な って い く。 イ タ リア 以 降 、 また フ ラ ンス 革 命 以 降 は 、 も っぱ ら人 間 的 な文 化 の 進 展 の 構 想 に基 づ い て 、 民 衆 は教 育 さ れ るべ き存 在 と考 え られ て い る。 っ ま り原 初 的 で 自然 な 民 衆 が 、教 育 を 通 じて 自 らを 制 御 す る こ と を学 び 、 自 らを 文 化 的 に形 成 す べ き も の と考 え られ た の で あ る。

自 由 とは この よ う な陶 冶 と克 己 の 末 に 得 られ るべ き もの で あ り、 そ の よ う な 民 衆 の 住 む 未 来 の ユ ー トピ ア と して 、「自 由 な土 地 に 、 自 由 な 民 と と も に 住 み た い」 と い う 、 死 に行 く フ ァウ ス トの最 後 の願 望 が 語 られ る こ と に な る

の で あ る。

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以 上 ゲ ー テ の 生 涯 に お け る 民 衆 観 を 概 観 した が 、 フ ラ ンス 革 命 勃 発 前 後 の 彼 の 民 衆 も し くは 群 衆 につ い て の 言 辞 を取 り上 げ て考 察 す る こ と に した い 。 しば しば 論 じ られ て きた が 、 バ ス チ ー ユ の 占領 の あ った1789年7月 以 降 しば ら くの 間 、 ゲ ー テ は 革 命 に つ い て は ほ ぼ 完 全 な沈 黙 を守 って い る。 革 命 に っ い て の 感 想 が 見 られ る の は 、 や っ と1790年3月31日 か ら5月22日 か け て の 、 二 度 目の イ タ リア旅 行 で の ヴ ェネ ツ ィ ア 滞 在 、 お よび そ の 後 秋 に か け て 書 き足 され た 「ヴ ェネ ツ ィ ア の エ ピ グ ラ ム」 に お い てで あ る。 も ち ろ ん この こ と は 革 命 が ゲ ー テ に と って 軽 い 印 象 しか 与 え な か った こ と を 意 味 し て は い ない 。 む しろ逆 に そ の 衝 撃 の大 き さは 出発 前 の3月 は じめ にF.ヤ コー

ビに 宛 て て 書 か れ た 書 簡 の 中 の 「フ ラ ンス の革 命 が 私 に と って も一 つ の 革 命

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で あ った こ と を わ か って くれ るで し ょう」 と い う よ く知 られ た 一 文 に端 的 に 示 され て い る。

さ て 「エ ピグ ラ ム」 で あ る が 、 主 と して1790年3月 か ら5月 に書 か れ た 部 分 の 中 で 直 接 フ ラ ン ス革 命 に っ い て 述 べ た も の と して は 、 次 の 二 っ が挙 げ

られ る。

自由 の伝 道 者 た ち 、彼 らのす べ てが 私 に は い とわ しか った 。 なぜ な らめ い め い が 自分 の 利 益 を追 求 す るだ け だ 。

お ま え が 多数 を解 放 した い な ら、 敢 え て 多 数 に仕 え る の だ 。

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そ れ が どれ ほ ど危 険 な こ とか 知 りた い か?や ってみ ろ。(41)

フ ラ ンス はわ れ わ れ に先 例 を 示 した が 、 そ れ を 真 似 した い な ど と わ れ わ れ が 願 う た め で は ない 、 た だ 記 憶 し、 そ して と くと 心 に刻 む こ とだ 。(42)

この 二 つ の エ ピグ ラ ムか ら読 み 取 れ る こ とは 、 革 命 勃 発 後 一 年 足 らず の 時

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ゲ ー テ の 『扇 動 され た 人 々』 に 見 る革 命 と民 衆(田 中)113

期 の ゲ ー テ が 、 自 由思 想 家 た ち を利 己 的 な野 心 に駆 られ た も の ども に す ぎ な い とみ な して い た こ と 、 革 命 が フ ラ ンス に 固有 の 事 件 で あ って ドイ ツ の 国 情 に は 適 さ な い こ と 、 ドイ ツ に お け る革 命 の 心 酔 者 た ち を牽 制 す る一 方 で 、 支 配 層 の側 は フ ラ ンス の 為 政 者 の過 ち を 教 訓 と して 、 そ れ を 繰 り返 さ ぬ よ う賢 明 に 統 治 す るべ きだ と考 え て い た こ と な どで あ る。 す なわ ち革 命 にっ い て の ゲ ー テ の 主 要 な見 解 は 、 ほ ぼ こ こ に 出 そ ろ って い る。

さ らに 本 稿 の 主 題 で あ るゲ ー テ の 民 衆 に つ い て の 見 解 と い う観 点 か らす れ ば 、 は じめ の エ ピ グ ラ ム に お い て 、 民 衆 に 主 権 を 持 た せ る こ とが は な はだ し く危 険 な こ とで あ り、彼 らが や が て は扇 動 家 や 革 命 指 導 者 の 意 図 を超 え て 自 立 的 な運 動 を は じめ るで あ ろ う と い う予 測 が 示 され て い る こ と は重 要 で あ る。

さ らに1790年 の7月 か ら10月 に か け て 書 か れ た 後 半 部 分 に は三 篇 の 革 命 関 係 の エ ピ グ ラ ム が 見 られ る。

あ の 人 た ち は 気違 い じみ て い る と 、 君 らは フ ラ ンス の 路 上 や 広 場 で声 高 に話 す 激 しい演 説 家 の こ と を 言 う。

私 に も彼 らは 気 ち が い じみ て 見 え るが 、 しか し気 違 い も 自 由 の 中 で は 賢 い 言葉 を話 す の だ 、 も し、 あ あ 、 知 恵 が 奴 隷 の 中 で

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沈 黙 して しま う とす れ ば 。(23)

上 流 の 人 た ち が フ ラ ンス後 を話 し始 め てす で に 久 しい。

こ の 言 語 を 流 暢 に話 さ ぬ 男 は半 ば しか 重 ん じ られ なか った 。 い まや 民 衆 が こぞ って 回 らぬ 舌 で フ ラ ンス の 言 葉 を し ゃべ る。

権 勢 あ る人 よ、 怒 る な!君 た ち の 要 求 して きた こ とが 実 現 した の だ 。(24)

王 侯 は銀鍍金 も薄 っぺ らな銅貨 に、お のれ の

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曰 くあ りげ な像 を刻 印 し、 永 ら く民 衆 を欺 い て きた 。 夢 想 家 は嘘 や た わ ご と に 、精 神 と い う名 の刻 印 を 押 す の だ 。

試 金 石 を持 ち合 わ せ ぬ もの は 、 これ を 純 金 と思 い こ む 。(25)

革 命 指 導 者 へ の 嫌 悪 や 嘲 笑 、 支 配 層 の 欺 購 へ の非 難 と な らん で 、 民 衆 が こ こで は 二 つ の 異 な った 角 度 か ら語 られ て い る。 一 っ は 革 命 思 想 の 表 面 的 な受 け 売 り をす る 民 衆 で あ り、 も う一 っ は永 ら く支 配 者 に欺 か れ て きた 民 衆 で あ る。 前 者 に対 して は 嘲 弄 的 で あ るが 、 後 者 に対 して ゲ ー テ は む しろ 同情 的 に 見 え る。 しか しこれ ら二 つ の角 度 に 共 通 して い る の は 、 民 衆 の 無 教 養 と い う 前 提 で あ る。 この よ う な民 衆 に対 す る 同 情 は 、 直 接 フ ラ ンス革 命 を 主 題 と し て は い な い が 、 次 の 二 編 に も見 られ る。

この 国を鉄砧 に、そ の君 主 を鉄槌 にた とえ よ うか そ こに置 かれ て身 を よ じる鉄板 は ま さに民衆だ。

災 い なるか な哀れ な鉄板 よ、勝手 気 まま な鉄槌 が

15)

い いか げ ん な狙 い で 叩 い て も 、釜 が で き あ が る わ け が な い。(9)

「黙 れ 、 お 前 は知 った か ぶ りを して い る、 我 々 は賎 民 ど も を 欺 か ね ば な らぬ の だ 。

見 よ、 い か に彼 らが 不 器 用 で 愚 か な様 子 を して い るか を 。」

彼 らが 不 器 用 で 愚 か に見 え るの は、 ま さ に君 た ちが 欺 い て い るか らだ 。 誠 実 で あれ 、 さす れ ば 彼 らも人 間 的 で 賢 く な る こ と請 け 合 い だ 。

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これ らの エ ピ グ ラ ム に は 、 民 衆 に対 して は 不 正 や 抑 圧 で は な く、 公 正 な統 治 を 持 っ て対 す るべ き こ と、 しか しなが ら同 時 に ま た 、 彼 らに権 力 を持 た せ

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ゲ ー テ の 『扇 動 され た人 々』 に 見 る 革 命 と民 衆(田 中)115

る こ とは 王 侯 貴 族 の み な らず 革 命 指 導 者 に と って さえ も きわ め て危 険 な こ と な どが 語 られ て い る。 第 一 章 で 述 べ た フ ラ ンス 革 命 の 現 実 の成 り行 き を あ わ せ 見 る と き 、 こ の 時 期 の ゲ ー テ は極 め て 正 確 に革 命 の 行 く末 を 予 言 して い た と言 え よ う 。 実 際 恐 怖 政 治 時 代 も過 ぎ 去 った1800年 の 時 点 で 、 ゲ ー テ は 上 に あ げ た(42)の エ ピ グ ラ ム を 次 の よ う に書 き換 え て い る。

フ ラ ンス の 悲 しい運 命 を 、 高 位 の 人 た ち は と く と考 え て 欲 しい。

だ が 、 そ れ を も っ と よ く考 え ね ば な らな い の は下 々の 者 た ちだ 。 高 位 の 人 た ち が滅 ん だ:し か し誰 が 群 衆 を群 衆 に対 して 守 った か?

16}

フ ラ ンス で は群 衆 が群 衆 の 暴 君 と な った の だ 。

3.『 扇 動 され た 人 々 』 に お け る民 衆

こ の作 品 が 書 か れ た の は ゲ ー テ 自 身 の 述 べ る と こ ろ に よ れ ば 、1793年 い う こ と に な って い る。 そ れ 以 上 の 詳 細 な 日付 は わ か って い な い 。 しか し構 想 自体 は そ の 前 にで き て いた 可 能 性 も考 え られ て い る。 先 に も述 べ た よ うに 、

ヱの

後 に完 成 へ の 試 み が あ った に もか か わ らず 、 こ の作 品 は 結 局 未完 に終 わ った 。 1793年 は ゲ ー テ に と って2度 目の 出征 の 年 で あ っ た 。 前 年 の フ ラ ン ス 出 兵 に続 い て 、 この 年 に は マ イ ン ツ包 囲戦 に参 加 して い る。 そ の 意 味 で は 彼 自 身 が 直 接 革 命 と対 峙 した 時 期 に属 して い る と い っ て よ い。 一 方 、 フ ラ ンス の 国 内 にお い て は 、 戦 時 下 の 高 揚 した 気 分 と物 価 騰 貴 に よ る生 活 不 安 、 さ らに 外 国 の 軍 隊 と気 脈 を通 じて 革 命 を 破 綻 させ よ う とい う 陰 謀 に対 す る絶 え 間 の な い疑 心 暗 鬼 の 中 で 、群 衆 の 暴 動 が 頻 発 した 年 で あ った 。 年 の 初 め に は 王 が 処 刑 さ れ 、2月 に は大 規 模 な食 料 暴 動 が 起 こ り、5月 に は再 び 群 衆 が 蜂 起 し て ジ ロ ン ド党 が 追 放 され 、秋 に は エ ベ ー ル派 に率 い られ た群 衆 が 蜂 起 し、一 般 最 高 価 格 法 に よ る物 価 統 制 が 約 束 され て や っと収 束す る あ りさ まで あ った 。

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革 命 に お け る民 衆 運 動 が 一 つ の ク ラ イ マ ック ス を形 成 した の が 、 こ の93年

だ った の で あ る。

この よ う な歴 史 的 背 景 を 念 頭 に 置 き なが ら、 次 に 『扇 動 され た 人 々』 の 人 物 造 形 とそ の配 置 を概 観 して お きた い。 主 要 な人 物 は 、外 科 医兼 床 屋 の ブ レー メ ・フ ォ ン ・ブ レー メ ンフ ェル ト、 伯 爵 夫 人 、 宮 中顧 問 官 の 三 人 で あ る 。伯 爵 夫 人 の 娘 フ リー デ リケ 、 ブ レー メ の姪 ル イ ー ゼ 、 領 地 管 理 人 、 修 士 な どが 脇 役 と して登 場 す る。 他 に は4人 の 農 民 代 表 、 ブ レー メ の 娘 カ ロ リー ネ 、伯 爵 夫 人 の い と こ の 男 爵 が これ に付 け 加 わ る。

劇 の主 要 な 緊 張 を 形 作 る の は 封 建 領 主 た る伯 爵 夫 人 と農 民 の あ いだ の 係 争 事 案 で あ る。 外 科 医 ブ レー メが この 案 件 の暴 力 的 解 決 を農 民 に対 して扇 動 し、

そ の 実 行 計 画 を 指 揮 す る。 彼 の 側 に属 す る の は 、 農 民 代 表 の う ち の ヤ ー コ プ を 除 く3人 と修 士 で あ る。 一・方 の伯 爵 夫 人 の 側 に は 、 彼 女 の ほ か に宮 中 顧 問 官 、 娘 の フ リー デ リケ 、農 民 の ヤ ー コプ が 属 し、 ル イー ゼ が これ に加 わ る。

伯 爵 夫 人 の 領 地 管 理 人 は 問 題 解 決 の決 め 手 と な る書 類 を不 当 に 隠 し持 った 悪 人 と して描 か れ て は い るが 、 党 派 的 に は領 主 側 で あ る。

作 品 の舞 台 は封 建 的 領 主 に支 配 され た ドイ ツの とあ る農 村 で あ る。 した が っ て扇 動 され て蜂 起 す る の は農 民 で あ る。 扇 動 者 た る ブ レー メ は 、 しか しなが ら革 命 思 想 よ り も、 む しろ フ リー ドリ ッ ヒ大 王 を 自 らの 理 想 的 君 主 と あ お ぐ 人 物 で あ り、 己 の 誇 大 妄 想 的 な大 言 壮 語 を 実 行 に 移 す の に都 合 の い い部 分 だ け 、 革 命 思 想 を利 用 す る にす ぎ な い。 真 に 革 命 思 想 に心 酔 した 人 物 は 、 む し ろ伯 爵 夫 人 の 息 子 の 家 庭 教 師 を っ とめ る修 士 で あ るが 、彼 に は 農 民 の 扇 動 者

と して の 役 割 は与 え られ な い 。 む しろ ブ レー メ の指 導 す る蜂 起 グ ル ー プ に後 か ら加 え られ るが 、 実 際 の 蜂 起 に 際 して は 姿 を く らませ て しま う。

さ て領 主 た る伯 爵 夫 人 の 側 で あ るが 、彼 女 は きわ め て公 正 な 女 性 と して描 か れ て い る。 そ の 素 質 に 加 え て 、 ち ょう どパ リへ の旅 行 か ら帰 還 した ば か り で あ り、革 命 下 の 諸 事 件 に 接 して彼 女 は 、社 会 的 公 正 に関 して の 自 らの 信 念

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ゲ ー テ の 『扇 動 され た 人h』 に 見 る革 命 と民 衆(田 中)117

を一層強 め てお り、農民 の要 求 に対 して も、それ が正 当 なもので あれ ば、進 ん で これ に応 じよ うとす る。彼 女 と歩 調 を 同 じくす る宮 中顧 問官 は、 もとも

と市 民 の 出身 では あ るが 、貴族 で あ る伯爵 夫人 の協 力者 であ る。

農 民 と領主 間 に緊 張が 高 ま るのは、前者 の側 で ブ レー メ ンフ ェル トが そ の 扇動 者 と なる一方 で、領主 側 では腹黒 い領地 管理 人が 和解 を妨 げ る役 割 を果 た し、農 民 に対 しては いたず らに高圧 的 な態 度 に終始 して いるか らであ る。

事態 の紛糾 の原因 が、結局 は身 分間 の主 義主張 に基 づ く深刻 な対立 では な く、

も っぱ らブ レー メ ンフ ェル トの誇張癖 と領地 管理 人 の悪事 とい う個人 的要 因 に帰 せ られ る ことに なる。 そ して当然 の事 なが ら、和 解 の妨 げ とな っていた 領地 管理 人の悪 事が暴 かれれ ば、事態 は解 決 に 向か うこ とにな るのであ る。

人物 の性格 づけ とその相 互 の配 置 にっ い ては以上 の よ うで あ るが 、次 に こ れ まで の各 章 で考察 してきた幾 っか の観点 との関連 の上 か ら、蜂 起す る群 衆 で あ る農 民の性 格 を、経 済的 、社 会 的、政 治的 な側面 か ら考 察 してみ た い。

第 一 に民衆が 蜂起 を決 意す るに際 して、経 済 的 困窮 度や切 迫性 は どの よ う に考 え られ てい るのであ ろ うか。 パ リの 民衆 の蜂 起 の真 の動因 は、先 に見 た よう に、 まず も って経 済 的切 迫性 にあ り、それ は ほ とん どの場合 パ ンの価格 の上昇 で あ り、時 にはそ の他 の生 活必 需品 の価格 高騰 や 、賃 金 の不 当 な据 え 置 きで あ った か らで あ る。 一方農 民 の場合 には飢 饒 と土地 の不足 で あ り、領 主 の徴 税 ・賦役 ・裁判権 独 占や狩 猟権 によ る経済 的生 活基盤 の不 当な侵 害 で あ った。

こう した生 存 に関 わ るよう な経済 的 困窮は、 ここには ほとん ど見 られ ない。

ブ レー メの語 る蜂起 の原 因 とな った係 争事件 の説 明を見 てみ よう。

(第 一 幕 第 七 場)

ブ レー メ そ の こ と は また あ と に しよ う。 い ま は続 き を 聞 い て欲 しい。

示 談 が 結 ばれ て村hは 領 主 に森 の 一 部 、 い くっ か の 牧 草地 、

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ア ル ベ ル ト ブ レー メ

マ ル テ ィ ン ブ レー メ

い くっ か の放 牧 場 、 そ の ほ か に君 た ち に は あ ま り重 要 で な い が 、 領 主 に と って は 大 い に役 立 っ こ ま ご ま と した も の を委 ね た 。 それ も老 伯 爵 が 利 口で は あ るが 、 しか し善 良 な領 主 で あ る こ とが 分 か って い た か らだ 。 生 き 、 か っ 生 きせ しめ る 、 こ れ が 彼 の モ ッ トー だ った 。 彼 は 引 き換 え に村 々に い くっ か の 不 要 な賦 役 を免 除 し、 そ して ・

と こ ろ が そ れ を 我 々は い まだ に や ら され て い る。

・そ して彼 らに幾 っ か の 便 宜 を与 え た 。 ま だ 我hは そ の 恩 恵 に あず か っ て い な い。

そ の 通 り、 この 伯 爵 が 死 ん で 、領 主 側 は 自分 た ち の も の と さ れ た も の を所 有 す る に い た り、戦 争 が 始 ま って領 民 た ち は 以 前 よ りも も っ と多 くの 勤 め を果 た さね ば な らな くな った か ら

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だ 。

これ に 続 い て 、老 伯 爵 の 死 と前 後 して成 人 に達 した 次 の領 主 が 、 酷 薄 な 人 物 で 、領 民 に対 して は前 領 主 の約 束 を 破 棄 し、示 談 を反 故 に した こ と 、 そ の 後 示 談 書 の 写 しが 発 見 され て裁 判 が 提 起 さ れ た が 、 そ の 進 捗 が は か ば か し く

な く、 も は や 実 力 行 使 に移 るべ き時 で あ る と語 られ る。

こ こ に 明 らか な よ う に 、 蜂 起 の 原 因 と な った 問題 は 、 生 存 の 根 幹 に か か わ る よ う な重 大 な も の で は な く、長 い年 月 にわ た る前 史 か ら して 、 緊 急 性 を持 っ もの で も な い 。 そ の 意 味 で は 同 時 代 の フ ラ ンス の 民 衆 が 現 実 に都 市 お よ び 農 村 にお い て蒙 って い た 経 済 的 被 害 に 比 べ れ ば 、 こ の戯 曲 に お け るそ れ は比 較 に な らぬ ほ ど穏 や か な も の で あ る。 な る ほ ど領 主 権 の 乱 用 が こ こ に も0部 認 め られ はす る もの の 、 そ れ に よ っ て た だ ち に農 民 の 生 存 権 が 脅 か され る よ

う な性 質 の も の で は な い 。 した が っ て蜂 起 に っ い て も 、 そ の 目的 は きわ め て 小 規 模 の も の に な らざ る を得 な い し、 そ の 勢 い も フ ラ ンス に 見 られ た よ う な

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ゲ ー テ の 『扇 動 さ れ た 人h』 に 見 る革 命 と民 衆(田 中)119

激烈 さを持 っ には至 らない。 こ こで 明 らか に指摘 され うる ことは、 この時点 で の ゲー テが フラ ンスにお け る革 命的 民衆運 動 の直接 的原 因で あ った経済 的 困窮 を ドイツ の農 民 の間 には認 め てい ない とい う ことであ る。

第 二 に社 会 的身 分関係 の転覆 が どの程度 まで意識 され て い るか とい う点で あ るが 、 フ ラ ンス にお い ては都 市 にお け る王侯 貴族 対 サ ンキ ュロ ッ ト層 を含 む第 三身 分 と いう支配一 被 支配 の身 分秩序 は、革命 の進行 に伴 って転 覆 可能 な もの と して意識 され るよ うにな り、 っい にはそ の転覆 が実行 され る。農 村 にお いて は僧俗 の領 主 と農 民 との身 分 関係 が これ にあ た るが 、前述 の よ うに 抑圧 の構 造 は都 市 よ りも直接 的で あ った。 この身 分秩序 の転覆 可能 性 は、 こ の作 品 で は どの程度 まで意識 され て い るので あ ろ うか。

この点 に関 して さ しあた りブ レー メの次 の言葉 か ら見 てみ よう。

(第 一 幕 第 六 場)

ブ レー メ 彼(フ リー ドリ ヒ大 王)に は あ る 人 間 が 他 の も の と異 な る と い う こ と は なか った し、 農 民 を こそ 彼 は最 も心 にか け て い た 。 大 臣 ど もが あれ や これ や 王 に 進 言 す る た び に 、 彼 は 言 った も の だ 『わ しに は よ く分 か って い る 、 金 持 ち に は弁 護 士 が 大 勢 そ ろ って い るが 、 貧 乏 人 に は た だ 一 人 だ け だ 、 そ して そ の一

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人 と は こ のわ しだ 』 と な。

ブ レー メ は しか しな が ら大 王 の 立 場 を 気 取 り、 自 ら農 民 の弁 護 人 を任 ず る に い た り・ 結 果 的 には 自身 の経 済 的 利 益 を は か ろ う と も くろ ん で い う こ とが 示 され る。 した が って ブ レー メ の こ う した 言 動 は ゲ ー テ の 立 場 の反 映 と は考 え に くい 。

農 民 の 側 よ りは む しろ 支 配 者 の側 、す なわ ち伯 爵 夫 人 や 宮 中顧 問 官 にお い て 、 こ う した身 分 関 係 を 意 識 した 言 辞 が 見 られ る 。 伯 爵 夫 人 の 判 断 の基 準 と

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な るの は 「公 正 さBilligkeit」 の概 念 で あ る。 領 主 と して の 伝 来 の既 得 権 益 に 固執 す る こ とは 、彼 女 に と って 「公 正 」 で は ない 。 む しろ 領 民 に 対 す る寛 容 と適 度 な妥 協 に よ る双 方 の 満 足 こそ そ れ で あ る。 この 点 に っ い て は 第 二 幕 第 二 場 の領 地 管 理 人 と の意 見 の対 立 の 中 で 言及 され て い る。 す なわ ち道 路 補 修 の賦 役 を拒 否 す る農 民 に対 して こ の管 理 人 は 一 切 妥 協 しよ う とせ ず 、 そ の 結 果 道 路 は通 行 困 難 な悪 路 と な って い る。 領 主 の身 分 に 由来 す る賦 役 を課 す る権 利 を絶 対 視 す る の が 彼 の 立 場 で あ る。 伯 爵 夫 人 に は こ の よ う な身 分 関 係 の 絶 対 化 は 見 られ な い。 しか し なが ら彼 女 と て も 旧 来 の 身 分 関係 を解 消す る

こ と は 念 頭 に浮 か ば な い。

一 方 領 民 の 側 は と い え ば

、 領 主 に対 す る敵 意 は き わ め て弱 い 。 む しろ は じ め か ら融 和 的 で あ る と さ え い え る。 ブ レー メ は 農 民 の側 の こ う した不 徹 底 性

に対 し、 領 主 の不 正 を 故 意 に誇 張 し、彼 らを扇 動 す る の で あ るが 、 しか し こ の よ う な扇 動 は い か に も不 自然 な印 象 を 与 え 、 当初 か ら蜂 起 の 失 敗 を暗 示 し て い る。 これ を要 す る に、 フ ラ ンス の 民 衆 蜂 起 を革 命 た ら しめ た 、社 会 的 身 分 関 係 そ の も の の転 覆 にっ い て は 、 こ こで は 支 配 者 側 は も ち ろ ん 被 支 配 者 側

にお い て も全 く念 頭 に浮 か ん で い な い の で あ る。

青 年 期 以 来 の ゲ ー テ の 民 衆 へ の 同 情 の 、 そ して また ヴ ァイ マ ル 以 降 の 民 衆 の 生 活 改 善 に 向 け て の失 敗 した 努 力 の反 映 が こ こに 見 て 取 れ る。 それ は 支 配 者 の側 か らの 関 係 改 善 へ の 努 力 で あ り、 いわ ば 上 か らの歩 み 寄 りで あ る 。 伯 爵 夫 人 の 言 う 「公 正 さBilligkeit」 の概 念 こそ 、 こ う した 歩 み 寄 りを 可 能 に す る社 会 的 原 則 で あ る。 こ の概 念 に 照 らせ ば 、 領 主 貴 族 の 父 祖 伝 来 の 諸 権 益 で あ って も無 条 件 に絶 対 視 され るべ きで は な く、 む しろ領 民 の要 求 が 正 当 で あ る と認 め られ る場 合 に は 、 そ の都 度 見 直 され な けれ ば な らな い。 これ が 公 正 な態 度 で あ り、 この 原 則 に従 う な らば い た ず らに 革 命 の混 乱 と無 秩 序 を 招 来 す る に は 至 らな い 、 とい う の が ゲ ー テ の こ の 時 期 の 考 え で あ った し、晩 年

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の彼 自身 の 言 に よれ ば 、 終 生 変 わ らぬ 立 場 で も あ った 。

参照

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