照度が安静時歩行時の心拍変動に与える影響
Impact Analysis of Illuminance on Heart Rate Variability during Rest and Walking
土木工学専攻
39号 松山 史彦
Fumihiko Matsuyama1. はじめに
徒歩は最も基本的な交通手段であり,人々が安全かつ 快適に歩行できる空間の形成は,健康かつ低炭素な都市 を目指す上できわめて重要なテーマである.歩行空間の 質を低下させている要因の一つとして照明がある.夜間 歩行中に,多くの人が不安感などの精神的負荷(以下ス トレス)を抱くことはよく知られている.また青色灯を 用いた犯罪防止の取組も行われている.
本研究では,照度に着目して検討を行う.現在の街灯 整備の照度基準「JIS Z 9111」
1)では,住宅地域における 水平面平均照度は,歩行者の多い道路で
5lx,尐ない道路で
3lxとなっている.警察庁「安全・安心まちづくり 推進要綱」
2)では,4m 先の歩行者の顔の概要が識別でき る,あるいは挙動・姿勢などがわかる基準として,それ
ぞれ
5lx,3lxの照度が防犯上望ましいとされている.
一方, 「歩行者のための屋外公共照明基準」
3)では使用 状況および周囲の明るさによって
3~20lxを推奨してい る. 「道路の移動等円滑化整備ガイドライン」
4)では,
3lxでは半数以上の被験者が視認性に満足しておらず,高齢 者や障害者を含め半数以上が満足するためには
10lx以 上必要とされており,推奨照度の見解は分かれている.
これらの基準は,アンケート調査や実験にもとづく意 識調査から定められているが,こうした調査は回答者に よるばらつきが大きく,質問によって異なる結果が導か れる可能性がある.
これに対し,人が感じているストレスを定量的に評価 する方法として生理的評価がある.歩行者が感じる不安 や緊張をまとめてストレスという指標で評価でき,意識 調査ではわからない,本人が気づいていない反応を検出 できる可能性も有している.
本 研 究 で は 生 理 的 評 価 に 心 拍 変 動 (
Heart Rate Variability: HRV)を用いる.心拍変動測定は胸部に電極を取り付けるだけで良く,被験者の動きを妨げないため
に歩行中の計測に適している.照度による心拍変動への 影響に関する過去の研究では,安静座位での計測しか行 われておらず,歩行時や
10lx以下の極端に暗い条件で計 測は行われていない.
そこで本研究では照度が安静時および歩行時の心拍変 動に及ぼす影響について分析することを目的とする.照 度, 歩行と心拍変動の関係は, 図1のように考えられる.
歩行前の条件や歩行速度を制御して,暗闇や現行の照度 基準である
0.1~3lxと
10lx以上で心拍変動に有意な差が あるかについて検討する.
図1 心拍変動とその要因 2.ストレス指標
心拍変動から得られる定量的指標として表1がある.
本研究ではこれらをストレス指標として用いる.
表1 心拍変動指標
指標 定義 ストレスの
影響
RRI心臓が鼓動を打つ際に生じる
R波とR波の間隔
低下
lnHF,
lnLF/
lnHF
心拍変動のスペクトル解析を行った とき,副交感神経と関わりがあり高い 周波数をもつ成分が
HF,交感神経と副交感神経の両方と関わりがあり低 い周波数をもつ成分が
LF.これらの時系列データのヒストグラムは対数 をとると正規分布に近づく
5)HF
が減尐し,
LF/HF
が増加
※注
LFは交感神経とは関わりがあるが,副交感神経とは関わりがないと する意見もあり,根本的な部分での不明確な点も多い.
6)7)歩行速度
心拍変動 照度
個人特性
3.方法
計測照度は「約
0.1lx」, 「約
1lx」, 「約
3lx」, 「約
10lx」,
「約
30lx」, 「約
300lx」である(写真1-6).
0.1lx 1lx
3lx 10lx
30lx 300lx
写真1-6 水平面平均照度
各照度に対して「歩行前座位安静」→「歩行」→「歩 行後座位安静」を各5分間,計
15分間を1回として計測 を行う.
座位安静から歩行に切り替わる際の照度変化が歩行中 の心拍変動に影響を与える可能性,また座位安静時の照 度が安静時の心拍変動に影響を与え,間接的に歩行中の 心拍変動に影響を及ぼす可能性が考えられるため,以下 の2パターンで計測を行う(図2) .
計測1:照度一定 歩行前後も照度を一定に保つ.
計測2:歩行時のみ照度変化 歩行前後の座位安静では
照度を
300lxにし,歩行中のみ照度を変える.
その上で,安静時および歩行時の
RRI平均値,lnHF,
lnLF/lnHF
を計測し比較する.
また本研究では歩行終了後の心拍の回復について考え た.
図2 計測パターン
歩行前安静時
RRI平均値の値と歩行時
RRI平均値の 差を
Dとして,歩行後安静時
RRIの
15サンプルの平均 値と歩行時
RRI平均値の差
D’が,Dの
80%以上になった時を「回復」したと判断する.歩行終了時(歩行後安 静開始時)から,その「回復」した時点までの時間を「回 復時間」とし,その時の差
Dを「回復時間」で割ったも のを「回復速度」とした.
4.計測
心拍は日内変動が大きく
8),時刻による心拍変動への 影響をできる限り小さくするため,午後
6~10時,中央 大学後楽園キャンパス3 号館1 階会議室で計測を行った.
窓のシャッターを降ろし,照度に影響を与える光が外か ら入ってこないような環境を作り,照明のスイッチによ って照度を調節する.
安静時には,足は組まず,足の裏をしっかりと地面に 着け,なるべく体を動かさないようにした.また計測の 1時間前からは飲食や運動を控えるようにした.
計測機器として,心拍変動計測のために
POLAR社
RS800CX
を左腕手首に装着し,その電極トランスミッタ
ーを胸部に装着した.歩行速度は「約
4.5km/h」と一定に保つようにし,POLAR 社
S3ストライドセンサー
W.I.N.D
を右足靴紐部分に装着することで,歩行速度を
確認した.また解析ソフトとして(株)ミユキ技研の心 拍変動ログ解析プログラム(Complex Demodulation 法を
用いて
HF,LFなどを算出する)を利用した.
被験者は
24歳男性であり,2010 年
12月~2011 年
2月に,計測1では各照度
15回(計
90回) ,計測2では各 照度
15回(計
75回)計測を行った.
歩行前安静 5分間
①
歩行 5分間
①
歩行後安静 5分間
①
①「0.1lx」,「1lx」,「3lx」,「10lx」,「30lx」,「300lx」の6パターンの照度で計測
計測1
歩行前安静 5分間
②
歩行 5分間
③
歩行後安静 5分間
②
②「300lx」の照度で固定
③「0.1lx」,「1lx」,「3lx」,「10lx」,「30lx」の5パターンの照度で計測
計測2
5.結果 5.1 安静時
計測1の安静時の各照度における心拍変動について,
RRI,lnHF,lnLF/lnHF
の各ストレス指標による結果を図 3~5に示す.
先行研究と同様に,照度が高くなるほどストレスが軽 減され,3lx 以下と
10lx以上の照度では安静時に感じる すべてのストレス指標に有意水準5%で差がみられた.
安静時の心拍変動が歩行時の心拍変動に影響を与える 可能性があるため,計測1だけではなく,安静時の照度
を一律
300lxにした計測2の結果を合わせて,歩行時の
心拍変動を評価する必要がある.
5.2 歩行時
計測1・2で得られた歩行時の各照度における心拍変 動について,照度別の
RRI,lnHF,lnLF/lnHFの各スト レス指標を図6~8に示す.
安静時と同様に,照度が高くなるほどストレスが軽減 され,3lx 以下の照度と
10lx以上の照度では歩行時に感 じるストレスに有意な差があるという結果が得られた.
また計測1・2を比較すると,lnLF/lnHF の場合を除 いてほとんどの照度で有意差とならなかったものの,計 測1よりも計測2の方がややストレスを感じている傾向 が見られた.照度の変化が歩行者にストレスを与えてい る可能性が考えられる.
5.3 歩行終了後
歩行終了後の心拍変動の回復速度を図9に示す.計測 1の
10lxではやや差があるものの,全体的には回復速度 の有意差は見られず,照度によって回復速度が異なると は言えない.したがって,回復時間は安静時と歩行時の
RRI変化量に概ね依存することになるため,安静時の照 度を一律にした計測2では,回復時間は照度が低いほど 長くなる.
6.まとめ
RRI,lnHF,lnLF/lnHF
の3つの指標から, 「3lx 以下の 照度と比較して,10lx 以上の照度では歩行者が感じるス トレスが小さい」という結果が得られた.
図3 安静時RRI
(注:箱ひげ図上部または下部にある数字は,上からそれぞれ
0.1lx,1lx,3lx
における心拍変動と当該照度における心拍変動に対し,t 検定を行った 際のp 値. 「当該照度における心拍変動と
0.1lx(または1lx,3lx)の照度における心拍変動との間に差がない確率」を表している.以下同じ. )
図4 安静時lnHF
図5 安静時lnLF/lnHF
0.1 1 3 10 30 300
0.1 1 3 10 30 300
0.1 1 3 10 30 300
図6 歩行時RRI(青:計測1,赤:計測2)
図7 歩行時lnHF(青:計測1,赤:計測2)
図8 歩行時lnLF/lnHF(青:計測1,赤:計測2)
図9 回復速度(青:計測1,赤:計測2)
また歩行者は照度の変化によってもストレスを受ける 可能性がある.回復速度は照度の影響はなく,歩行中の 照度が低いほど回復時間が長くなることがわかった.
今後の課題は多い.まず,本研究の被験者は1名であ り,今回の結果が偶然なものである可能性も捨てきれな い.そのため今後は老若男女の被験者の協力を得て計測 を行っていく必要がある.また今回は被験者が歩きやす いと感じる歩行速度に統一して計測を行ったが,歩行速 度を変えて計測を行うことで新たな知見が得られると考 えている.
参考文献
1)
JIS(1988): 「道路照明基準
JIS Z9111-1988」 2)警察庁(2000): 「安全・安心まちづくり推進要綱」
3)照明学会(1994): 「歩行者のための屋外公共照明基準 JIEC-006-1994」
4)財団法人国土技術研究センター(2003): 「道路の移動等円滑化整備ガイド ライン」,大成出版社
5)小林宏光(2002):「メンタルワークロードと心拍変動」,労働の科学
57(1),pp62-656)
Langewitz W, Rüddel H, Schächinger H, Lepper W, Mulder LJ, Veldman JH, van Roon A(1991):「Changes in sympathetic and parasympathetic cardiac
activation during mental load: an assessment by spectral analysis of heart rate variability.」,Homeostasis 33:pp.23-337)Grossman P, Kollai M(1993) : 「Respiratory sinus arrhythmia, cardiac vagal tone,
and respiration: Within- and between-individual relations.」,Psychophysiology 30:pp.486-4958)井上博(1996): 「循環器疾患と自律神経機能」,医学書院
0.1 1 3 10 30 300
0.1 1 3 10 30 300
0.1 1 3 10 30 300
回復速度
0.1 1 3 10 30 300