TL:フ・̲
I / Y .I.:・‑‑ へ LJ′ ト
5
\ 、
ゴルギア
ー
ス篇における「弁 論 術 」 論 の 帰 趨
蛋信
三 郎
一'緒読
プラトーン(Plat6n,427‑348B・C・)の「ゴルギアース(Gorgias・.前五世紀の弁論家)簾」は、ソークラテース(S6krates・・469‑399B.C.)を中心に、ゴルギアース、ポーロス(Pal.S㍉コルギアースの弟子'同時代の人)'カルリクレース(KallikIe・・
S.・コルギアースの弟子'同時代の人)等によって'「弁論術」へP77TOPLN4‑rhet.rike)について論ぜられているもので
あることは周知のところであろう。
さて,紀元前五世紀,アエアーナイ(AIhenai)において'ペリクレース(Perik16S)がデーマゴーゴス(d仰mag6gos=
民衆の指導者)として出現し、アルコーン(arCh6n‑統領)の地位について(461B・C・)以来'平等を原理に、自由をそデーモクラテイアの条件としているよ‑な民衆第1主義の民衆主義(demokratia)時代に入る。
このペリクレース時代(461‑429B・C・)以後、アテーナイの崩壊する前四世紀にかけて'市民をして社会においてヽヽ優越ならしめるものは何であったか'
1
それは家柄でも財産でもなく、まず知識においてすぐれていることであっ2た。とくに,当時,総てが言論によって決定せられよ‑としていた民衆主義社会において'時流に投じ、政界に重き.
..〜..A:.‑I..・∴∴・.i..・・LJJ,I:I̲.S.・..2,.1I‑LjF:i・^{,r.乳,..i..
・iLL・・
.ir...i:.丁、ト̲...;]̲:・・.、(・・.i・..㌃.・.T..,I.:.J.̲...・.7.,..∫..LJY.f・,
・●LlJ'.・∴■こ .i
.,i1,t,../t・.JJIPPJ;.賢所山訂nFも常套tJpを.JJ、・.JF.(I.:i.i>‑I‑・Tlゝをトや.汰ドl1.Ir斉.i.I.rT韓軽‑VIL.I).i老輩jr‑I/ ち 'J:Ef ,bT ≠・:、J r ‑1 'ノこ‑ ・・L‑,!'1‑i‑jさ .】L r,㌔ ,<‑J / ‑ 一 石 ‑ ′ir㌔ 7‑i+rJ 互井 '譲 吉P も.′ ヤ 【IfJ , , 予 習
26
・:.."I.J.'・'・....∴:i.::・':.I;.I;..・1TA・'薫⁚、∵[:I....t..
をなさんとすれば、それは必然に、卓抜な知識と、それに基づく斬新、唐突、実理性に富み、理非はともかく、美し・
く洗練された言葉によって、大向こ‑を喝采させるよ‑な弁論の術を心得ていることであった。とくに相手を圧倒的llllllllにいいくるめることの出来る弁論術を巧みに操ることの出来る「弁論の雄」(dein
os
legein,Pr6tago
ras,3)2d)になることであった。1かくして、ペ‑クレース出現以後、アテーナイにおいて「弁論術」は、政界に特権的地位をえんと
する人々のための新時代の武器と化し、人々、とくに家柄のよい富裕な青年たちは、進んでこれを学はんこととを求‑ヽヽヽヽヽめた。しかしてこの術を心得ている人たちは'ソプィステース(Sophistes=智者)といわれ、有能にして育ちと富にめ・
ぐまれた青年たちから、尊敬と圧倒的な拍手をもって迎えられたのであった(Pr.tag13)5,Theaitetos.)6LC,etc,)0
ところで、ソプィスト達といわれる人々の中で、その始祖といわれる地位にある人はプロータゴラス(Prbtagoras.
ペリクレース時代の人)であろ‑が、我々は、いま、一群のソプィスト達の中の一人で、プロータゴラスに次ぐソプィヽヽヽヽヽヽヽヽヽステース=ゴルギアースの弁論術が、ゴルギアース簾の中で、いかなるものとしてとらえられ、又この簾の中で、彼
の弟子であるポーロスとカルリクレースが、紙数及び内容の上でゴルギアースよりも圧倒的に多く、又重大なことを
のべているが、この二人の弁論家(烹TOPaIrhetora)の弁論術はいかなるものであり、いかなるべきものである▲
か、1総じて弁論術の基底にあるものは何か、又その帰趨はどこであろ‑か、1メスを入れてみたいと思‑0
ゴルギアース籍は「ゴルギアース」とい‑名称がつけられているにもかかわらず、この対話籍において、ゴルギアヽヽヽースの出てくる場面は1部分にすぎない。むしろゴルギアースの弁論術論は、‑まず、彼の崇拝者で、彼をたえず一
書(四四八A)(四四七DI四四八A)ヽヽヽヽヽ先生として砺り扱い、彼がソークラテースとの問答において、窮地に押し込まれているのを、代って、そして、進んヽで答えようとする、忠勤な弟子ポーロスによって進展、強化され、更に、同じくゴルギアースの弟子であり、ポーロ
スよりも年長の、ポーロスより各度と強引で徹底した論陣を張るカルリクレースによって、ポーロスによって強調さ
:〜‑1W+.一.I
IJL'∴丁.'Jt:・L‑IL:+:孝iT:
一
J‑I
一
79‑ .‑+.I"T・t.・.、...'J.・..'Q..い...I.:'r・7.4'⁚fj・,I.・711.・盛.JI.u一一一[
ヽヽヽれたことが徹底化されていく。(*以下かっこ内の数字は'「ゴルギアース篇」の頁を示す。)
二、本論
ヽヽヽ(四四九A)ゴルギアースは、白から、その心得ている技術を「弁論術」だといい'自からを「すぐれた(agathon)弁論家と(四四九A)(四四九B)呼んで貰いたい」とい‑。しかも彼は「このことはここだけでなく、よそでも至口している」ことだといって白か1ヽヽ1(四四九A)らすぐれた弁論家であることを自満さえする。
ところで'彼のすぐれた弁論家であるとは、いかなるいみのものか0‑1彼によれは、「弁論術に巧みなもので、(四四九C‑D)ヽヽヽ1他のだれでも弁論家にすることが出来る」ものである。しかもその弁論術は何をめざしているかといえは'「総ての(四五〇B)その活動と達成(=仕上げ)(hepraxiskaihekur6sis)とを全く言論によって(dialog6n)なす」こと、つまりー(四五一D)ヽヽヽヽ1総てを言論によって成しとげ、達成するものであり'それがこの術のめざすものであるとする。
さて、しからば'弁論術とは'どんな仕方で、総ての活動と仕上げとを言論によって遂行完成するとい‑のであろヽヽ‑か。まず彼において、弁論術が、その言論によって坂り扱っている事柄は「人間の事柄の中で最大なもの(ta(四五tD)(四五一D)ヽヽmegistatananthr6peinpragmat6n)」であり、しかも最善のもの(kaiarista)である。即ち彼によれは、弁論術.
ほ医術(やLalPへ息‑hehiatrike)や体操術(せyuFLyaO・TLNふ=hegumnastike)と異って'医術や体操術の「全部の(四五〇BIC)ヽヽヽヽヽヽヽヽ活動と達成とを言論によってやってのける」、つまり仕上げの術であるとする。そして、それ故に、彼において、弁
論術の関係するものは、人間的な事柄の中で最大なものであり、しかも最善なものなのである。しかも彼は、弁論術(四五二D)が、人間にとって「最大の善(megistonagathon)である所以のものは何かを問題にし、それは人々が自分自身が自
■tt:I..・・'・・・.:.....,‑.I,..・:∵,.・:...・..I.I.∴..1=.I.h.]∴....▲十一.......1・...,I..・∴".I........ ノ
J▼′
.(.:・[
‑i ;:二十 1:‑A: 、 一. '‑1
28
篭磯澗濁絹雪Tv.サご′∵㌦‑.(・?.・∴...・十.:[バいFt・vi.∵・.:.I.I.芯..T:‑'=4‑7:・T・肇,i.I'::.I
1 ‑ ゝjJ .革警 L・f i.<三一㌢ 巨 v t 一' i‑ 一 r ' bJtへ ヽ
E)
(四
五 二
D
)
由 ()でいeleuteraらi
れはる
かでな各人りく
が自
分家他人支配の国においてを す原因()」るこのなろとaitionと ヽ ヽ ヽ
も の だ かであらると、
する。
つまり'
彼
は、弁
論 術 を 身 に
つけて
いるも
の は、
何 人
にも
拘 束 を 受 け な
いも
の で
あると一
ヽ
ヽヽヽ
同 時 に、
他 人 を 支 配 するこの出と
来る
政
治の
技
術を
身 に つ
けて
いるも
の
であり、
その
い
みで弁
論 術を身につけいてる 人
は自
由 人 で
あり、
社 会において、即ち、
政
治社
会において優 越老いであるのであると‑。
実際、ルは、「にか力(弁ギアスのゴとくこー 論術)をていれば、もっ 君は医者を()奴隷体toiatronとし'
操の
先生を(p)奴隷すが出来だ法廷では裁こるろtonaidotribenとると‑し、
判官
達を()評e6ndiasteridikastaski、 議会では評 議員たちを
()そて国民ee6anboututriibouleutsしe、 議 会では議員たちを()seenekkleiaikklesiastas
ヽ
ヽヽ
ヽ
ヽ
ま た、
公けのにこと ついて開 か
れる
かもし
れないんなど
他の
会 合において略も中‑‑、
話をし、
説得出
来る
(‑e
geni
( 四 五二)E
k a i peitheni
)」のであもると
する。
つまり、
彼は
弁 論
術を
心 得てい人は、る 一 般
的に
はあゆらる
専門
家に優
越て、そし
れの専門ら
家を
奴隷化し'
政治
社 会においては、あゆ人を支配出来らる々る 統治者たが出来いのでるるあことと‑
る。
ヽヽ
と こ ろ で、
な ぜ' 弁 論
術は、以
上のなよ‑
人々
を
奴隷にし
たまり、
た、そ
れを心
得てい人る が政治社会におい優て 越老統治来か。彼は論仕経仕上げ者になが出であろのに関て、その理由を弁術の事のてるこるここと‑としと=1‑
ヽ ヽ
の 極
点を
説 得(ふにp)し7tELedheeith6LI
ぼて、っ
弁 論
術は
「 説
得の
職人で、(門すpg専の、)とるeithosdぎiour.SもQ=
(四
五三
A)
そ の 仕
事の
総のて
短点はに」べい彼にれは、論術は、例ば者説得来い愚ここあるのて即ち、弁え医の出なとるよと。 ヽ ヽ ヽ
老を
説得て'しく
すをのり
み、
手 術を灼をせそ説得の技術が、弁論術の弁論術こな、のなしとさるよよく‑‑、
たる
所以であ「り' 実 際のの真相をこと 知必要はいるな が、知のに対知い者知ないててるてらもよもよよしりりくっっ' ヽ ヽ
ヽヽ
( 四 五
九)C
いるよ‑
に 見
せる、
何 か 説
得の
かをらくり み つけること
」の出来のて、に、弁論術は先かる口のもとしまさとらくり
.,,AJ>̲‑、・.当日叶,I..JJ.、JPI.;