「病気」から「生きる苦悩」へのパラダイムシフト : イタリア精神医療「革命の構造」
著者名(日) 竹端 寛
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 70
ページ 31‑61
発行年 2013‑02‑15
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000495/
論
﹁
説病 気
﹂ か ら ﹁ 生 き る 苦 悩 ﹂ へ の パ ラ ダ イ ム シ フ ト
││ イタ リア 精神 医療
﹁革 命の 構造
﹂│
│
竹 端 寛
Ⅰ .
はじ めに 病気では なく
︑苦 悩が 存在 する ので す︒ その 苦悩 に新 たな 解決 を見 出す こと が重 要な ので す︒
︵略
︶彼 と私 が︑ 彼の
︿病 気﹀ では なく
︑彼 の苦 悩の 問題 に共 同し てか かわ ると き︑ 彼と 私と の関 係︑ 彼と 他者 との 関係 も変 化 して きま す︒ そこ から 抑圧 への 願望 もな くな り︑ 現実 の問 題が 明る みに 出て きま す︒ この 問題 は自 らの 問題 で ある ばか りで はな く︑ 家族 の問 題で もあ り︑ あら ゆる 他者 の問 題で もあ るの です
︒︵ シュ ミッ ト二
〇〇 五: 六 九頁
︶
─ 31 ─
これ は︑ イタ リア
・ト リエ ステ の県 立精 神病 院を 廃止 し︑ イタ リア 全土 でも 精神 病院 無し の地 域精 神医 療シ ステ ム構 築を 求め る法 制化 を実 現さ せた 医師 フラ ンコ
・バ ザー リア
︵F ra nc oB as ag li a︶ の思 想の 中核 を示 す発 言で あ る︒ 彼は 一九 六一 年︑ ゴリ ツィ アの 県立 精神 病院 長と して 赴任 した 後︑ 当時 全閉 鎖だ った 精神 病棟 を開 放し て世 界 的に 注目 され る︒ その 後︑ 病院 改革 に反 対す る勢 力の 抵抗 によ って
︑一 九六 九年
︑院 長職 の辞 任に 追い 込ま れる が︑ 一九 七一 年︑ 今度 はト リエ ステ 県代 表に 白紙 委任 状を 渡さ れ︑ 県立 サン ジョ バン ニ病 院長 に就 任︒ 病棟 開放 と地 域 精神 医療 の支 援体 制作 りを 着実 に進 める
︒そ の成 果と して
︑つ いに 一九 七七 年︑ サン ジョ バン ニ病 院の 閉鎖 を宣 言 する
︒そ の成 果を 活か し︑ 翌一 九七 八年 には
︑イ タリ ア全 土の 単科 精神 病院
︵マ ニコ ミオ
︶を 閉鎖 する 新し い精 神 保健 法︵ 一八
〇号 法︶ の制 定に も尽 力し た︒ その 後︑ ロー マの 精神 医療 改革 に取 り組 む矢 先の 一九 八〇 年︑ 脳腫 瘍 で亡 くな った
︒享 年五
( )
六才
︒
ⅰ
﹁病 気で はな く︑ 苦悩 が存 在す るの です
﹂と いう 彼の 発言 は︑ 統合 失調 症や 双極 性障 害︑ 発達 障害 とい った 診断 名や 症状
︑障 害で はな く︑
﹁生 きる 苦悩
﹂に 着目 すべ きだ
︑と いう 認知 転換 を示 して いる
︒﹁ 彼と 私が
︑彼 の︿ 病 気﹀ では なく
︑彼 の苦 悩の 問題 に共 同し てか かわ ると き︑ 彼と 私と の関 係︑ 彼と 他者 との 関係 も変 化し てき ます
﹂ とバ ザー リア が言 うと き︑
﹁彼 の︿ 病気
﹀﹂ とい う一 部分 に科 学的
・生 物学 的に 対応 する 関係 性か ら︑ その 人間 的
﹁苦 悩﹂ 全体 に︑ 科学 的・ 生物 学的 な限 定性 を超 えて
﹁彼 と私 が﹂
﹁共 同し てか かわ る﹂ 関係 性へ と変 化す る︒ つ まり バザ ーリ アの この 発言 は︑ 精神 医療 の重 視す る視 点及 びア プロ ーチ の方 法論 を根 本的 に変 える
︑い うこ とを 意 味し て
( )
いる
︒
ⅱ
この
﹁病 気﹂ から
﹁生 きる 苦悩
﹂へ の認 知転 換は 何を 意味 する か?
本稿 では
︑バ ザー リア が表 明し
︑実 践し たこ の認 知転 換を
︑ト ーマ ス・ クー ンが その 古典 的名 著︑
﹃科 学革 命の 構造
﹄で 描い たパ ラダ イム シフ トの 概念 を用 いて 捉え
( )
直す
︒バ ザー リア は︑ どの よう な古 いパ ラダ イム を破 壊し た
ⅲ
のか
︒そ して
︑そ のパ ラダ イム シフ トは どの よう な構 造を 持ち
︑ひ っく り返 され た後 の新 たな パラ ダイ ムは
︑何 を 提起 しよ うと して いる のか
︒そ れら のこ とを
︑筆 者な りに 捉え 直し てみ たい
︑と 考え てい る︒
Ⅱ .
パラ ダイ ムと は何 か パラダイ ムと は何 か︒ クー ンが
﹃科 学革 命の 構造
﹄の 初版 を英 語で 出版 した 一九 六二 年か ら七 年後
︑彼 の提 起し たパ ラダ イム とい う概 念が 多く の誤 解を 生ん だ︑ とし て︑ 日本 語版 への
﹁補 章﹂ の中 で次 のよ うに 述べ てい る︒
﹁パ ラダ イム
﹂と いう 言葉 が本 書で は二 つの 異な った 意味 で使 われ てい る︒ 一方 では パラ ダイ ムは
︑あ る集 団 の成 員に よっ て共 通し ても たれ る信 念︑ 価値
︑テ クニ ック など の全 体的 構成 を示 す︒ 他方 では
︑そ れは その 構 成中 の一 種の 要素
︑つ まり モデ ルや 例題 とし て使 われ る具 体的 なパ ズル 解き を示 すも ので あっ て︑ それ は通 常 科学 の未 解決 のパ ズル を解 く基 礎と して
︑自 明な ルー ルに 取っ て代 わり 得る もの であ る︒
︵ク ーン 一九 七一
: 一九 八頁
︶ クー
ンは 前者 のパ ラダ イム を﹁ 社会 学的 なも の﹂ とし た上 で︑
﹁科 学革 命﹂ につ いて 論じ た同 書で 考え たい のは
─ 33 ─
後者 であ る︑ と整 理し てい る︒ では
︑﹁ 通常 科学 の未 解決 のパ ズル を解 く基 礎﹂ とは 何か
︒そ れを 考え るた めに は︑ まず クー ンが 述べ る﹁ 通常 科学
﹂と は何 か︑ を考 えて みる 必要 があ る︒ 通常
科学 の目 的に は︑ 新し い種 類の 現象 を引 き起 こす こと は含 まれ てい ない
︒鋳 型に 嵌ま らな いも のは
︑全 く 見落 とさ れて しま う︒ 科学 者は 普通
︑新 しい 理論 を発 明し よう と目 指し てい るの では なく て︑ ただ 他人 が発 明 した もの に満 足出 来な いの であ る︒ むし ろ通 常科 学的 研究 では
︑パ ラダ イム によ って すで に与 えら れて いる 現 象や 理論 を磨 き上 げる 方向 に向 かう
︒︵ クー ン一 九七 一: 二八 頁︶ 通常
科学 とは
︑﹁ 新し い理 論を 発明 しよ うと 目指 して いる ので はな くて
﹂︑ 既に 支配 的な パラ ダイ ムに
﹁満 足出 来 な﹂ くて も︑ それ に依 拠し てい る︒ つま り︑ ある パラ ダイ ムと いう
﹁鋳 型に 嵌ま らな いも の﹂ やそ のパ ラダ イム で 説明 でき ない
﹁新 しい 種類 の現 象﹂ につ いて は︑
﹁全 く見 落と され てし まう
﹂の であ る︒ ある
﹁パ ラダ イム
﹂と い う枠 組み 自体 は疑 わず
︑そ の﹁ パラ ダイ ムに よっ てす でに 与え られ てい る現 象や 理論 を磨 き上 げる 方向 に向 かう
﹂ とい う︒ する と︑ 通常 科学 とは
﹁パ ズル 解き
﹂の 側面 が強 くな る︑ とい う︒ クー ンは
﹁パ ズル
﹂の こと を︑
﹁そ れを 解く のに 才能
・手 腕が ため され る特 定の カテ ゴリ ーの 問題
﹂︵ クー ン一 九 七一
:四 一頁
︶と した 上で
︑通 常科 学と パズ ル解 きの 共通 点を
︑次 のよ うに まと めて いる
︒ 両者
とも
︑専 門の 道の 熟達 者に ルー ルを 与え れば
︑確 信を 持っ てこ れら のル ール と既 存知 識の 上に 立っ て問 題
の解 答に 没頭 でき る︒ 彼個 人に とっ て問 題と なる もの は︑ いか にし て説 明の つか ない パズ ルを 解決 する かで あ る︒
︵ク ーン 一九 七一
:四 七頁
︶ ある
パラ ダイ ムの 中で は︑ 一定 のル ール が生 まれ る︒ その ルー ルが 与え られ ると
︑熟 達者 は﹁ 問題 の解 答に 没頭 でき る﹂ とい う︒ これ は︑
﹁説 明の つか ない パズ ルを 解決 する
﹂と いう
︑あ るパ ラダ イム 内で の現 象や 理論 の﹁ 磨 き上 げ﹂ を競 う営 みで ある
︒そ こに 科学 者が
﹁情 熱と 献身 をも って 問題 を追 及す る﹂
︵ク ーン 一九 七一
:四 二頁
︶ とい うの は︑ 一見 する と︑ ある 領域 の専 門家 とし て真 っ当 な姿 勢に 思え る︒ ただ
︑そ こに は﹁ 動脈 硬化
﹂の 危険 性 が潜 んで いる
︒ いか
なる 種類 の科 学の 発展 にお いて も︑ はじ めパ ラダ イム が受 け入 れら れる と︑ その 学問 の専 門家 たち には お なじ みに なっ てい る観 測や 実験 の大 部分 が︑ きわ めて うま く説 明で きる もの と普 通見 なさ れる
︒そ して さら に 進ん でゆ くと
︑精 巧な 装置 がで き︑ 専門 家仲 間に しか 通用 しな い用 語や 特殊 な技 術を 発展 させ
︑ま すま す常 識 とは かけ はな れた 概念 の精 密化 を要 求す るこ とに なる
︒こ のよ うに 専門 化が 進ん でく ると
︑一 方で は科 学者 の 視野 を非 常に 制約 する こと にな り︑ これ がパ ラダ イム の変 革に 対す る大 きな 抵抗 とな って くる
︒そ の科 学は
︑ ます ます 動脈 硬化 して くる
︒︵ クー ン一 九七 一: 七三 頁︶ ある
﹁パ ラダ イム が受 け入 れら れる と﹂
︑そ の﹁ パラ ダイ ムに よっ てす でに 与え られ てい る現 象や 理論 を磨 き上
─ 35 ─
げる 方向 に向 かう
﹂︒
﹁専 門家
﹂た ちは
﹁確 信を 持っ てこ れら のル ール と既 存知 識の 上に 立っ て問 題の 解答 に没 頭で きる
﹂︒ だが
︑そ こで は︑
﹁専 門家 仲間 にし か通 用し ない 用語 や特 殊な 技術 を発 展さ せ︑ ます ます 常識 とは かけ はな れた 概念 の精 密化 を要 求す るこ とに なる
﹂と いう
︒こ れが
﹁動 脈硬 化﹂ だと クー ンが 指摘 する のは
︑﹁ 科学 者の 視 野を 非常 に制 約す るこ とに なり
︑こ れが パラ ダイ ムの 変革 に対 する 大き な抵 抗と な﹂ るか らで ある
︒こ のよ うな
︑ ある
﹁パ ラダ イム
﹂の
﹁動 脈硬 化﹂ は︑ バザ ーリ アが 精神 科医 にな った 時代 のイ タリ アの 精神 医療 の現 場で も生 じ てい た︒ では
︑そ の﹁ 動脈 硬化
﹂と は何 であ り︑ バザ ーリ アは どの よう な形 でそ れを 経験 した ので あろ うか
?
Ⅲ .
バザ ーリ アの 直面 した﹁動 脈硬 化﹂ 私は
パド ゥア 大学 医学 部の 助手 とし て一 二年 間働 いた
︒こ のこ とは 重大 なこ とだ
︒と いう のは 当時 拷問 とし て の教 育を
︑つ まり 抑圧 の論 理全 体を とも に身 につ け︑ 内在 化し たか らだ
︒精 神科 医の 教育 とは 拷問 人と して の 教育 に等 しい のだ
︒大 学へ 足を 踏み 入れ ると
︑も ちろ ん世 界を 改革 しよ うと いう 観念 で行 動す る︒ だが
︑そ れ から 大学 内の 地位 序列 に汲 々と して いく
︒対 抗心
︑競 争心
︑名 誉心
︑だ んだ んと 大き くな る権 力の 獲得
︒い つ も研 究機 関の 長の 厳し い監 督下 にあ り︑ それ は自 らを 承認 させ られ るま で続 く︒ しか も知 を継 承さ せる ので は なく
︑権 力を 行使 して いく のだ
︒︵ シュ ミッ ト二
〇〇 五: 六六
│六 七頁
︶ スイ
ス人 ジャ ーナ リス トに 語っ たバ ザー リア の肉 声か らは
︑バ ザー リア 自身 が直 面し た﹁ 動脈 硬化
﹂の 問題 がみ