• 検索結果がありません。

『竹取物語』と『オデュッセイア』──虚構内虚構と言葉遊びの表現の比較──

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "『竹取物語』と『オデュッセイア』──虚構内虚構と言葉遊びの表現の比較──"

Copied!
32
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

『竹取物語』と『オデュッセイア』

──虚構内虚構と言葉遊びの表現の比較──

斉藤 みか

I. 序論

『竹取物語』は『源氏物語』において「物語の出で来はじめの祖」であると言 われるように、日本の物語の出発点であるとされている。それは単純に成立時期 が現存するものの中で最も古いということだけを意味するわけではない。『竹取 物語』は日本における虚構、フィクションの始まりである。

『竹取物語』に限らず、文学はフィクションである。それどころか、現代の文 学理論において、文字で書かれたテクストは哲学書や歴史書であっても完全に真 実を記しているとは言い切れないことも示されてきた(1)。テクストは多かれ少 なかれフィクションの要素を内包し、「書く」という行為は虚構を作り出す可能 性を内包していると言えよう。しかし、全てのテクストが等しく虚構であるとは 言えない。例えば、日記文学は日本古典文学の物語ジャンルの一つであり、フィ クションの要素があると言える。では日記は真実であると言えるであろうか。文 字で書かれたテクストでも、日記文学と日記が、あるいは物語と哲学書や歴史書 が等しく虚構であるとは言い難い。物語とその他の書かれたテクストとの差異 は、虚構性のレベルの違いであると考えられる。『竹取物語』は虚構性のレベル が高いテクストであると言える。それは、『竹取物語』が分類される「作り物語」

というジャンルが象徴していると言えよう。物語は作り物語・歌物語・歴史物 語・軍記物語・説話物語などに細部化されており、作り物語は、物語の中でも特 に虚構性のレベルが高いものであると解釈されてきた(2)。『竹取物語』の虚構性 のレベルが高いことを示す一つの要素として、物語の中で登場人物が語る作り話 があげられる。虚構の中にもう一つの虚構を描く虚構内虚構の表現は、『竹取物

(2)

語』が自らの虚構性を強く自覚していることを示唆している。

本論文では、『竹取物語』の虚構性について考えるために、作品中の虚構内虚 構を西洋古典『オデュッセイア』における虚構内虚構と比較する。また、両作品 の表現の特徴について考察するために、それぞれの作中の言葉遊びに着目し、物 語と叙事詩における虚構の表現について比較する。

II. 虚構内虚構

1. 『竹取物語』の虚構内虚構

『竹取物語』には登場人物による作り話が登場する。この虚構内虚構は、『竹取 物語』という物語の中にあらわれるもう一つの物語と言える。『竹取物語』の虚 構内虚構は、かぐや姫に求婚した五人の求婚者が難題に挑む求婚譚の中にあらわ れる。五人の求婚者は、かぐや姫からそれぞれ難題を出される。虚構内虚構は、

二人目の求婚者車持皇子によって語られる。

蓬莱の玉の枝を持ってくるように言われた車持皇子は、職人たちに枝を作ら せ、実際には行っていない蓬莱山への冒険譚を翁に語るのである。このエピソー ドの重要な点は、車持皇子の冒険譚が全て作り話であることが章段の冒頭で読者 に対して示される点である。章段の冒頭で、車持皇子は「心たばかりある人」(策 略に秀でた人)であったと紹介される。そして、「一の宝なりける鍛冶工匠六人 を召しとりて、たはやすく人寄り来まじき家を作りて、竈を三重にしこめて、工 匠らを入れたまひつつ、皇子も同じ所に籠りたまひて、領らせたまひたるかぎり 十六所をかみに、蔵をあげて、玉の枝を作りたまふ」(国宝的な存在であった鍛冶 工六人をさっそく招集なさり、簡単には人が寄ってくることができまいと思われ る家を造って、竈を作り、周囲を三重に囲いこんで、その中に工匠たちをお入れ になって、皇子も同じ所におこもりになり、領有なさっている土地のすべて十六 か所をはじめ、蔵の全財産を投じて、玉の枝をお作りになる)(3)という形で車持 皇子の作戦が示されるのだ。

「心たばかりある人」と紹介されるだけあって、皇子の作り話は実に周到に用

(3)

意された嘘から成り立っている。翁はすっかり皇子の話を信じて感動し、歌まで 詠みかけてしまう。また、一人目の求婚者が持って来た鉢を一目で偽物と見破っ たかぐや姫も皇子の話を疑う様子はない。翁だけでなく、かぐや姫までも信じて しまった皇子の作り話には、どのような工夫がほどこされているのであろうか。

具体的にみてみよう。

まず、文体の工夫があげられる。皇子の語る冒険譚は、過去形の助動詞として

「けり」よりも「き」が多用される。これは、直接体験であることを強調する工 夫であるといえよう。例えば、「ある時には、風につけて知らぬ国に吹き寄せら れて、鬼のやうなるものいで来て、殺さむとしき。ある時には、来し方行く末も 知らず、海にまぎれむとしき。ある時には、糧つきて、草の根を食物としき。あ る時は、いはむ方なくむくつけげなる物来て、食ひかからむとしき」(4)といった 具合である。「き」を集中的に用いたこの部分について高橋亨は「嘘ゆえに事実 性を強調する表現効果がみごとである」(5)と述べている。嘘であるからこそ、事 実らしい表現が使われているといえよう。

また、皇子本人以外に登場人物が出てくるのも工夫の一つであると言える。皇 子は蓬莱山でうかんるりという天人と会ったと語る。そもそも、車持皇子はたど りついたその山が本当に蓬莱山かどうかはわからない。それを証明するのがこの うかんるりである。皇子はこの女に出会うまでの間は「さすがに恐ろしくおぼえ て、山のめぐりをさしめぐらして、二三日ばかり、見歩くに」(やはり恐ろしく思 われて、山の周囲を漕ぎまわらせて、二、三日ほど、ようすを見ながら航行させ ていますと)(6)とあり、山に上陸することができずにいる。天人うかんるりとい う自分以外の人物を話の中で登場させることは、話に説得力を持たせる。また、

見たことのない未知の山がどうして蓬莱山であるとわかったのか、という疑問を 抱かせない工夫であるといえよう。

更に、皇子の作り話は現実の時間の流れと辻褄が合うようになっている。「千 日、いやしき工匠らと、もろともに、同じ所に隠れゐたまひて」(7)とあるよう に、車持皇子が難題を出されてからかぐや姫に玉の枝を持って行くまでの現実の

(4)

時間は千日程度であった。そして、車持皇子の作り話では、「海に漂ひて、五百 日といふ辰の時ばかりに」(8)蓬莱山を見つけ、「二、三日ばかり」(9)周りを見て まわり、「四百余日」(10)で帰ってきたということになっている。つまり、現実に 流れた千日という時間と作り話の中の時間はほとんど同じなのである。しかし、

この時間の一致は、却って皇子が異界と交わらなかったことを示しているという 指摘もある。異界と人間界とではしばしば時間の流れが異なる。浦島太郎は代表 的な例であろう。『竹取物語』においても、地上と月の世界とでは時間感覚が異 なる(11)。皇子の作り話について、東望歩は「時間の流れの相違が作為的に削除 されている」(12)と解釈する。また、関根賢司は皇子の緻密に計算された作り話が あくまでも「地上の、机上の時間」であって、「異郷の時間と交錯しなかったこ と、すなわち異郷を体験しなかったことを、みずから暴露し、証しだててしまっ ている」(13)と指摘する。緻密であるが故に、実際に異界に行っていないことを示 してしまうのであるが、それでも皇子の作り話は翁だけでなくかぐや姫をも騙す ことができた。皇子の嘘が発覚するのは、職人たちが報酬を求めてやってきてし まうためである。

先にも述べた通り、この車持皇子の冒険譚が作り話であることは、予め読者に 知らされている。『竹取物語』という虚構の中に、もう一つ明らかな虚構を内包 するという構造を、作者は読者にはっきりと示しているのだ。読者は嘘であるこ とを知りながら、皇子の作り話を読み進めていくのである。『竹取物語』の求婚 譚において、五人の求婚者たちはそれぞれ難題の品も難題への挑み方も異な る(14)。車持皇子が嘘の冒険譚を語ることも、挑み方のバリエーションの一つに すぎないという解釈もあろう。しかし、そうであれば車持皇子は職人たちに枝を 作らせ、嘘の冒険譚を語ったが職人たちが報酬を求めにやってきたため失敗し た、と事実を語るだけでもいいわけである。実際に、求婚譚が『竹取物語』と酷 似しているとされるチベットの説話「斑竹姑娘」では、二人目の求婚者は「これ までの苦労話をつくりながら、一心に竹姫の愛を得ようとしたのである」(15)と書 かれているだけで、その話の内容は書かれていない。一方、『竹取物語』におい

(5)

ては丁寧にこの冒険譚が書かれている。分量としても多い。

更に、車持皇子が作り話を披露することは、求婚者たちに難題が出された時点 で作者によって準備された展開であると言える。一人目の求婚者石作皇子は、車 持皇子と同じように偽物を提出する。しかし、鉢に光がなかったためすぐに偽物 だと見抜かれる。仏の御石の鉢について、難題提出時には「仏の御石の鉢といふ 物あり。それを取りて賜へ」(16)と言われるだけで、どのようなものかは説明され ない。本物であれば光があるはずだという情報は難題提出時には言及されないの である(17)。一方、蓬莱の玉の枝については、「銀を根とし、金を茎とし、白き玉 を実として立てる木」(18)と描写されている。蓬莱の玉の枝だけが、その外見につ いて詳細に説明されているのである。つまり、車持皇子だけが難題の品を「かぐ や姫ののたまふやうに違はず」(かぐや姫のおっしゃるのと少しも違わぬ姿に)(19)

作らせることができるのである。品が本物そっくりでなければ、冒険譚を語るこ ともできないわけだが、車持皇子だけが本物と見紛う形で作ることができたのだ。

外見の説明に加えて、難題の品のうち蓬莱の玉の枝だけが、かぐや姫もその存 在を確かには知らないことになっているのである。難題提出時、かぐや姫は他の 四つの品については「あり」と断言するが、蓬莱の玉の枝についてだけは「蓬莱 といふ山あるなり」(20)と伝聞で語っている。つまり、蓬莱の玉の枝だけは、かぐ や姫もその存在を確かに知っているわけではないとされているのである。車持皇 子は一人、作り話を語る準備が『竹取物語』作者によってなされているのである。

作者は自分の物語の中でもう一つの虚構を成立させるために周到な準備をして いる。虚構内虚構が登場する展開は、難題提出の段階で準備されているのであ る。そして、嘘であることが明確に示され、様々な工夫が施された皇子の冒険譚 は、『竹取物語』全体が虚構であるということをも読者に示唆すると言える。

2. 『オデュッセイア』の虚構内虚構

『オデュッセイア』にも主人公オデュッセウスが作り話を語る場面がある。オ デュッセウスは全部で五回、嘘の生い立ちを語る。

(6)

最初の嘘の生い立ちは女神アテネに向けて語られる。オデュッセウスは、パイ エケス人の船で祖国のイタケに帰還する道中、船の中で眠ってしまい、パイエケ ス人たちは眠ったままのオデュッセウスと財宝を残して去ってしまう。目を覚ま したオデュッセウスは自分がいる場所が故郷のイタケであると思えず、嘆くので あるが、そこへ若い男に姿を変えたアテネが現れる。オデュッセウスがアテネに ここがどこであるかを尋ねると、アテネはその地がイタケであることを告げる。

そこで、オデュッセウスは祖国にようやく帰還したことを心中喜びながらも、

「いつもの如く胸中に抜け目なく策をめぐらしつつ、出かかった言葉を呑み込み、

真実を語らずにいうには」(21)と嘘の生い立ちを語る。一つ目の作り話の内容は以 下のようなものである。自分はクレテ出身、イドメネウスの息子オルシロコスを 殺害したため亡命してきた。殺害の理由はトロイエで得た捕獲品をオルシロコス が奪おうとしたことで、自分は彼を殺した後ポイニケ(フェニキア)人の船に乗 せてもらい、ピュロスかエリス地方に送ってもらおうとしたが強風でここに流れ 着いた。フェニキア人は眠っている自分と自分の財産を船からおろして出航して しまった。

クレテという地名はこの先も嘘の出身地として度々登場する。このクレテとい う場所の設定についてPeter Walcotは、イタケに対して嘘に使うのにちょうど良 い距離にあったことを指摘している(22)。相手に疑われない工夫の一つと言えよ う。『竹取物語』の車持皇子の話を他の登場人物たちが嘘であると知らずに聞い ていたのと同様に、『オデュッセイア』においても他の登場人物たちは彼の話を 嘘だと思わずに聞くのであるが、一つ目のアテネの例だけは、アテネもオデュッ セウスの正体を知った上で聞いている。嘘であることを知りながら聞いている点 で他の四例とは異なると言える。

二つ目の作り話は、召使の一人である豚飼いのエウマイオスに向けて語られ る。既にアテネから、求婚者たちが自分の屋敷で財産を食い荒らしていることを 聞いているオデュッセウスは、ここから先自分の正体を知られないために乞食の 姿で嘘の生い立ちを語っていく。エウマイオスに向けて語られる生い立ちは、

(7)

「160行にも及ぶ長大な作り話を、詳細にわたって」(23)と言われるように大変長い 作り話である。内容は以下のようなものである。自分はクレテ出身で父は裕福で あったが妾の子であるため、父の財産は少ししか得られなかった。しかし戦士と しての実力があり、裕福な家の娘と結婚でき、トロイア戦争にイドメネウスと参 戦、十年前に帰国した。しかし再びアイギュプトスへ行き、そこで部下たちが畑 を荒らし、男を殺し、女子供を略奪したために戦争になった。自分は王に嘆願し て命乞いをし、そのまま七年アイギュプトスで過ごし、八年目にポイニケ人

(フェニキア人)がやってきた時に誘いにのってフェニキアに行き、一年滞在し た後リュビエに向かった。そこで嵐にあい、漂流の末テスプロトイ人の国に着 き、そこで王の息子が自分を父の屋敷に連れて行ってくれ、テスプロトイ人の船 でドゥリキオンに向かうはずだったが、船乗りたちに衣服をはぎ取られてぼろ布 を着せられてイタケに着いた。自分は縄で縛りつけられていたが逃げ出して来た。

出身地は一つ目の作り話と同じクレテとしているが、身の上などの細部は異な る。一つ目のアテネに向けて語られる作り話とは異なり、二つ目以降の身の上話 は、オデュッセウスの正体を知らない人たちに向けて語られる。また、オデュッ セ ウ ス が エ ウ マ イ オ ス に 話 し た 内 容 は、“very much a mixture of fact and

fiction”(24)と指摘されるように、実際にオデュッセウスが経験してきたことと作

り話とが織り交ぜられている。また、エウマイオス自身が語る自伝と「複雑に関 連している」(25)ということも言及されている。そのため、アテネに語った話とも また異なるのである。

この虚実の混ざった作り話では、オデュッセウスが無事に帰国するということ も言及される。その内容は事実であるのだが、エウマイオスはその点だけ信じな い。嘘の生い立ち話の中で、オデュッセウスはフェニキア人の国で王の屋敷に 行った際にオデュッセウスの噂を聞いたと言っている。そして、オデュッセウス の帰国について、「王は屋敷で神々に献酒する折に、わしの面前で誓って申され たが、すでに船も海におろし、彼を懐かしの故国へ送り届ける乗員たちも、準備 を終えているということであった」(26)と言うのである。この点について、エウマ

(8)

イオスは頑なに信じない。生い立ちを聞き終わったエウマイオスは、「おぬしの これまでの苦労や遍歴の数々を、事細かく話してくれて、わしは強く心を打たれ た。ただ、わしがおぬしの話で、辻褄が合わぬと思うのは、オデュッセウスの殿 のことだが、わしにはそなたの話がとても信じられぬ。おぬしの今の境遇で、ど うしてそのような、口から出まかせの嘘をつかねばならぬのだ」(27)と答えてい る。つまり、客人の身の上については信じても、その中で語るオデュッセウスが 無事でもうすぐ帰国するという点だけはどうしても信じられないというのであ る。その理由として、エウマイオスは以前別の客人にも似たような話を聞いて騙 された経験があるためだと語る(28)。そして、「作り話でわしを喜ばそうとか、迷 わすようなことはしてくれるな」(29)と言うのである。

次にオデュッセウスが嘘の生い立ちを語るのは求婚者の一人アンティノオスに 対してである。先のエウマイオスに語る生い立ちとは対照的に、わずか19行の 短い話で、内容はエウマイオスに語った生い立ちの一部を取り出したような形で ある。安村典子が「その場にいるエウマイオスもこの話を聞いていることを考慮 してのことだろう」(30)と述べているように、話の整合性を保つ必要があるといえ る。また、作戦として当然、オデュッセウスの帰国に関する話題は避けられてい る。生い立ちを聞いたアンティノオスは「一体いかなる神霊が、折角の宴の興を 妨げる、この疫病神を遣わされたのであろう。また直ぐ、辛いアイギュプトスや 辛いキュプロスへ行きたくなくば、わしの食卓から離れて、ほれ、あそこの真中 に立っておれ。この乞食めは、なんと厚かましく恥知らずな男であろう」(31)と怒 りを露わにする。そもそもアンティノオスは乞食の姿のオデュッセウスに身の上 など尋ねていないのである。オデュッセウスが勝手に語り出した形である。その ため、アンティノオスは真剣に話を聞いていないという印象もあるが、「この乞 食め」や「辛いアイギュプトスや辛いキュプロスへ行きたくなくば」という発言 から特段話を疑う様子はない。

安村は、この身の上話はその前の二つの話に比べ新鮮で面白い要素がなく、

「オデュッセウスが意図しているのは相手を楽しませるような面白い嘘話を語る

(9)

ことではなく、アンティノオスとの接点をつくり、彼を挑発するため」(32)と解釈 している。これをきっかけにアンティノオスはオデュッセウスに足台を投げつけ ることになり、その一件が妻ペネロペイアに客人の存在を気付かせることになる ので、全てオデュッセウスの策略であるといえよう。

四つ目の嘘の生い立ちは、妻のペネロペイアに対して語られる。ここでも出身 地はクレテであるとするが、先の例とは異なり、クレテの王家出身の者であると 語る。そして、トロイア戦争の前にクレテに漂着してきたオデュッセウスを屋敷 に迎えたと「作り話を真しやかに語る」(33)のである。

ここでは海を渡ったことがないペネロペイアへの配慮でクレテの地形などが詳 しく説明されていること、身分を彼女に合わせて高く設定していることなどの工 夫が指摘されている(34)。生い立ち話を聞いたペネロペイアは涙を流し、本当に 夫オデュッセウスを屋敷に迎えたのか確かめるために、その時オデュッセウスが どのような衣服を身に付けていたか尋ねる。オデュッセウスは、自分が身に付け ていたものを思い出して話し、ペネロペイアは本当に目の前の客人がオデュッセ ウスに会ったのだと信じる。そこでオデュッセウスは「ありのままに、何事も包 み隠さずにお話ししますが」(35)と前置きして、オデュッセウスの帰国について聞 いた噂話を伝える。そして、この間接的に聞いたというオデュッセウスの冒険話 は、太陽神の牛の話やパイエケス人の話など、実際のオデュッセウスの冒険話と 同じ内容になっている。しかし、エウマイオス同様ペネロペイアもオデュッセウ スの帰国については信じない。ペネロペイアは、「客人よ、願わくはそなたの言 葉通りになってくれますように」と言った上で、「でも、わたしはこんな予感が します、そして多分その通りになるのでしょう。オデュッセウスはもう家には 帰って来ますまい」(36)と言っている。身の上については、「目の前の夫をそれと は知らず、その身の上を悲しんで」(37)とあるので、客人の話を信じたようである が、オデュッセウスの帰国に関しては信じないのである。

この後オデュッセウスは求婚者たちへの復讐を果たし、父ラエルテスと再会す る。そこでも、オデュッセウスはすぐに自分の正体を明かさずに嘘の生い立ちを

(10)

語る。これが五つ目の作り話である。ラエルテスに語る生い立ちは以下のような 内容である。自分はアリュバス出身の裕福な者で、名前はエペリトスといい、シ カニエ(シケリア)からの船旅中にここへ流れ着いた。オデュッセウスがアリュ バスから五年前に発ったので、再会できることを期待していた。

この話を聞いて頭を抱える父親を見て、オデュッセウスはすぐに自分がオ デュッセウスであると正体を明かすのであるが、ラエルテスはそれを信じず、証 拠を見せるよう言うのである。ここでも嘘の生い立ちは疑われず、本当の正体の 方はにわかに信じてもらえないのである。

以上の五つが、オデュッセウスによって語られる虚構内虚構である。『竹取物 語』における車持皇子の冒険譚と、オデュッセウスの語る生い立ちは虚構の中の 虚構という共通点があるが、詳しく見てみると相違点もある。

3. 「そらごと」と「いつはり」

『竹取物語』と『オデュッセイア』にあらわれる虚構内虚構の特徴を整理する ために、二つの言葉に着目したい。それは、「そらごと」と「いつはり」である。

どちらも現代語では「嘘」と訳される二つの言葉である。

『竹取物語』の中で、車持皇子の持ってきた玉の枝が偽物であると知ったかぐ や姫は「まことの蓬莱の木かとこそ思ひつれ。かくあさましきそらごとにてあり ければ、はや返したまへ」(ほんとうに蓬莱の木かしらと思っていましたよ。けれ ど、このように意外な偽りごとだったのですから、早くお返ししてください)(38)

と言う。車持皇子の嘘は「そらごと」と称されているのだ。「嘘」をあらわす言 葉には、もう一つ「いつはり」がある。

『角川古語大辞典』によると、「そらごと」は「それに対応する事実のないこと ば。うそ・いつわり」と定義されている。一方、「いつはり」は「いつはる」と いう動詞の名詞形とされ、意味は「うそ。当てにならぬこと」とされている。そ して、動詞の「いつはる」の項目には、「真実を覆い隠して、他人に誤りを信じ させる」、「みずからの真実を隠す意を中心とする」と書かれている。辞書の定義

(11)

からすると、「そらごと」はその言葉が示す内容と対応する事実が存在しないも の、「いつはり」は主に事実を覆い隠すための嘘であり、誤りを信じさせるとい う点で相手を騙す意味を含むもの、ということになろう。共に「嘘」と訳される 言葉であるが、「いつはり」の対義語が「真実」であるのに対して、「そらごと」

の対義語は「事実」であると言える。

和歌を見てみると、「いつはり」を含む歌の方が圧倒的に多いことがわかる。

「そらごと」が歌に詠まれることは極めて少ない。例えば、『古今和歌集』に「い つはり」を含む歌は五例あるが、「そらごと」を含む歌はなく、『後撰和歌集』・

『拾遺和歌集』でも「いつはり」を含む歌は共に二例あるのに対して、「そらご と」を含む歌はない。

和歌の中で使われる「いつはり」は、恋人の言葉や約束事について嘘であると するものが多い。その上で、「いつはり」とわかっていても気持ちをかえること ができない、他に信じることができないといった歌や、「いつはり」でもいいか らその言葉を聞きたいといった歌があり、人の言葉や約束が「いつはり」である ことを前提としているものも多い。例えば以下のような歌がある。

いつはりと思ものから今さらに誰がまことをか我は頼まむ

(拾遺集・巻十五・九三二)

たのめつヽ逢はで年経る偽りに懲りぬ心を人は知らなん

(後撰集・巻十三・九六七)

偽りのなき世なりせばいかばかり人の言の葉うれしからまし

(古今集・巻十四・七一二)

「そらごと」と「いつはり」について考えるにあたり、『源氏物語』蛍巻におけ る光源氏と玉鬘の会話は興味深い。源氏は物語に熱中する玉鬘に対して、「あな

(12)

むつかし。女こそものうるさがらず、人に欺かれむと生まれたるものなれ」(39)と 言い、「さてもこのいつはりどもの中に」(40)として、物語を「いつはりども」と 称している。そして、そうした物語が「そらごとをよくし馴れたる口つきよりぞ 言ひ出だすらむとおぼゆれどさしもあらじや」(41)と言う。それに対して玉鬘は、

「げにいつはり馴れたる人や、さまざまにさも酌みはべらむ」(42)と言い返す。源 氏が物語というのは「そらごと」をし慣れた口から出たのでしょう、と言ったの に対して、玉鬘は言葉を変えて、「いつはり」に慣れている人はそう思うので しょう、と返しているのである。

玉鬘に「いつはり」に慣れている人、と言われた源氏は、ここから物語の真実 性について語り出す。源氏は物語について「よきさまに言ふとては、よきことの かぎり選り出でて、人に従はむとては、またあしきさまのめづらしきことをとり 集めたる、みなかたがたにつけたるこの世の外のことならずかし」(43)と言い、物 語がありのままの人間の生活の中から選び、極端に書くことで人間のあり様を描 いていると述べ、従って「ひたぶるにそらごとと言ひはてむも、事の心違ひてな むありける」(44)と述べている。一途に「そらごと」といってしまうと、物語の実 情を無視したことになる、と言っているのである。最初に「いつはり」どもと 言った物語を、「そらごと」と言い直していることがわかる。

蛍巻のこのやりとりにおける「いつはり」と「そらごと」の違いについて、阿 部秋生は「いつはり」は言葉そのものに意識があるのに対して、「そらごと」は 言葉の背景にある事実を問題にしていると指摘する。つまり、「そらごと」は言 葉や文章の意味や論理の矛盾を問題にするのではなく、その言葉・文章の真実性 を保障する事実が見当たらないことを問題としているのだというのである。その 言葉や文章が示すものが全くない場合や、全く別物である場合に「そらごと」が 用いられ、つまり「事実無根のこと」(45)を示すのだと言う。こうした側面は、

「絵空言」という言葉からも想像できるであろう。一方「いつはり」は内容の真 偽にも関わるが、言葉に即して、言葉で言っている通りであるかを問題にするの だと言う(46)

(13)

源氏が物語の真実性について言及し、物語を擁護する時に用いるのは「いつは り」ではなく「そらごと」であった。つまり、「そらごと」とは、嘘は嘘でも真 実を表現する手段になり得る嘘であるといえよう。一方、「いつはり」は動詞形

「いつはる」の定義として「真実を覆い隠して、他人に誤りを信じさせる」とい う要素が入っていた。真実を覆い隠す「いつはり」に対して、「そらごと」は嘘 をつくことである種の真実を表現する手段になり得るということである。こうし た視点から見ると、二つの言葉は正反対の意味合いを持つことになる。真実を覆 い隠し相手を欺く「いつはり」と、まったく事実無根の内容であるが真実を表現 し得る「そらごと」は、『竹取物語』と『オデュッセイア』における虚構内虚構 について考えるにあたり示唆的である。

『竹取物語』における車持皇子の作り話は、かぐや姫によって「かくあさまし きそらごと」と称されるように、真実の要素がない。車持皇子は実際には職人た ちと籠っていたのであって、航海すらしていない。何一つ自分の実際の体験は混 ざっておらず、出発したところから戻ってくるまで、皇子の冒険譚はまったくの 作り話であった。かぐや姫の言う通り、「そらごと」であると言えよう。

一方、オデュッセウスの生い立ちには一部事実も混ざっていた(47)。オデュッ セウスは自らの出身地や、これまでの経緯について嘘をつくのであるが、ところ どころ実際に自分が体験したことも織り交ぜている。例えば、エウマイオスに語 る話の中でトロイア戦争に参戦したという点は実際のオデュッセウスの体験の通 りであり、アイギュプトスで部下が畑を荒し、男を殺し、女子供を略奪したため に戦争になったという話はオデュッセウスが実際に経験したキコネス人の攻撃と 似ている。また、大嵐に遭い漂流の末テスプロトイ人の国に着き、王の息子が父 の屋敷に連れて行ってくれて衣服をもらった、という話はパイエケス人の国に流 れ着いてナウシカアに父の屋敷へ連れて行ってもらい衣服をもらった話と重なっ ている。また、妻ペネロペイアに語る話でも、身の上は作り話であるがオデュッ セウスの消息については、太陽神の牛を屠ったために部下を失ったことや、パイ エケス人の国で贈り物をもらった上、国まで送り届けてもらうことなど、実際に

(14)

あったことを述べている。全てがまったくの作り事というより、適宜内容をずら しているような形である。オデュッセウスには自分の正体を隠し、求婚者たちに 報復するという目的があった。この巧みな作り話はそのための策略であり、自分 こそがオデュッセウスであるという真実を覆い隠し相手を欺く「いつはり」であ ると言えよう。

オデュッセウスの語る作り話は、基本的には策略の一環である。エウマイオ ス、アンティノオス、ペネロペイアに語られる生い立ちは、自分の正体を隠し、

求婚者たちに復讐するために語られる。アテネから、妻のペネロペイアは求婚者 の「ひとりひとりに便りを送っては、なにかと約束しているものの、心の内では 別のことを考えている」(48)と聞かされたオデュッセウスは、本当に妻が自分を 待っているのか、求婚者たちと共謀して自分を殺そうとするか判断ができないの である。また、召使についても、今も主人への忠誠心を持っている者とそうでな い者とを見分けなければならなかったのである。

一つ目のアテネに対して語る生い立ちは、相手が誰であるかわからないため、

リスクを回避するために語られる。オデュッセウスの嘘の生い立ちを聞き終わっ たアテネは、「にっこりと笑い、手をあげて優しく彼を撫でてやると、忽ちその 姿は、見事な手わざを身につけた、丈高く美貌の女人に変わった」(49)とある。更 に、アテネは「あらゆる策略において、そなたを凌ぐ者があるとすれば、それは 余程のずるく悪賢い男に相違ない──いや神とてもそなたには太刀打ちできぬか もしれぬ」(50)と語りかける。オデュッセウスは、正体を知らなかったにせよ、女 神に向かって嘘の生い立ちを語ったのであるが、アテネはそれを責めるどころか 笑って、神でも太刀打ちできないかもしれないと賞賛しているのである。安村は この場面について、「この偽りの話で印象的なのは、この話の後に、アテネがオ デュッセウスの作り話を大いに誉めたことである」(51)とアテネがオデュッセウス の嘘を評価することに着目する。一方、オデュッセウスはアテネに「女神よ、い かに俊敏な者であっても、人間の身では、あなたにお会いしても、見分けるのは 容易なことではありません。あなたは何者にでも、姿をお変えになるのですか

(15)

ら」(52)と述べた上で、「わたくしをたぶらかしてやろうと、からかって左様なこ とを仰せられたのだと思います。どうか、本当に懐かしい故国に帰ったのかどう か、仰言っていただきたい」(53)と答えている。つまり、アテネの言葉をにわかに は信じないのである。正体が女神であることを知ってもなお、その言葉をオ デュッセウスが疑っているのは興味深い。これに対してもアテネは怒ることはな く、「相変わらずそなたは、物事をそのように考えるのですね。さればこそわた しも、悩んでいるそなたを見捨てることができぬ──そなたは慇懃で頭も切れる し、それに慎重でもあるからな」(54)と答えている。オデュッセウスが嘘の生い立 ちを語ったことも、アテネの言葉を信じなかったことも、責められるどころかア テネから賞賛されているのである。つまり、オデュッセウスの語る四つの嘘の生 い立ちは、知略の英雄であるオデュッセウスの策略の一環であり、女神にも評価 されるものであったといえる。オデュッセウスが嘘の生い立ちを語るのには、明 確な理由や目的が存在するのだ。しかし、五つ目、父ラエルテスに語る生い立ち はどうであろうか。

父ラエルテスと再会した時点で、オデュッセウスの求婚者たちへの復讐は終 わっている。求婚者たちは既に全員殺されている。オデュッセウスは復讐に際し て自らの正体を明かしており、妻ペネロペイアにも正体を明かしている。この時 点では、もう自分の正体を隠す必要はないのである。父ラエルテスが自分をどう 思っているか、心を試すために嘘の作り話を語ったという理由が示されているの であるが、復讐を果たす前に妻ペネロペイアや豚飼いエウマイオスの心を試した 時とは状況が異なる。必然性がないのである。最後の作り話は、オデュッセウス が、『オデュッセイア』の作り手が、作り話を語ることを楽しんでいるかのよう にも見える。短い作り話ではあるが、他の四つと出身地も異なり、自分の国でオ デュッセウスに会ったので、再会できると期待して来たという点はまったくの嘘 である。真実を覆い隠し相手を欺くそれまでの生い立ちとは性質が異なると言え よう。

(16)

III. 文字と声

ここまで、『竹取物語』と『オデュッセイア』の虚構内虚構について比較をし てきた。両者に差異があることがわかったが、どちらも虚構の中に、読者が嘘と 知った上で読む明らかな虚構を内包している。つまり両作品とも、作者は根底に 書くこと・語ることには虚構の可能性があるという認識を持っていると言えるだ ろう。虚構の中に虚構を内包することは、作品全体も虚構であることを示唆す る。物語と叙事詩、形式は異なるものの、両者共に自らの虚構性を自覚している と言えよう。しかし、その表現の仕方は異なっている。それぞれの表現の特徴を 見るために、両作品における言葉遊びについて比較する。

1. 『竹取物語』の言葉遊び

『竹取物語』の言葉遊びは、語源譚に見られる。最初に語源譚が登場するのは、

かぐや姫の噂を聞きつけて男たちが翁の家を訪ねてくるようになった場面であ る。「世界の男、あてなるも、賤しきも、いかでこのかぐや姫を得てしかな、見 てしかなと、音に聞きめでて惑ふ」(この世界に住む宮仕え人は、身分の高い低い の区別なく、みな、「なんとかして、このかぐや姫をわが物にしたい、妻にした い」と、噂に聞いて感じいって心を乱す)(55)と、男たちが訪ねてくるのだ。この 男たちは、「そのあたりの垣にも家の門にも、をる人だにたはやすく見るまじき ものを、夜は安きいも寝ず、闇の夜に出でても、穴をくじり、垣間見、惑ひあへ り」(そのあたりの垣根近くやら、家の門の近くやらに、仕えている人たちでもそ う簡単に見られようはずもないのに、夜は安眠もせず、見えるはずもない闇夜に さえ出かけてきて、垣根に穴をあけたりして、中をのぞき、うろうろしている)(56)

とあるように、かぐや姫を一目見ようと家の周りをうろうろしているのである。

ここで、語源譚が登場する。「さるときよりなむ、『よばひ』とはいひける」(57)と いうものである。このことから、「よばひ」と言うようになった、というのであ る。

『角川古語大辞典』によると「よばひ」は動詞「よばふ」の名詞形で、「よば

(17)

ふ」は「呼ぶ」という動詞に継続の助動詞「ふ」が付いたものであるとされてい る。それを、ここでは男たちが夜に翁の家の周りを這い周ったことから、「夜這 い」で「よばひ」と言うようになった、としているのである。こうした語源譚 が、このあとの五人の求婚者のエピソードにもそれぞれ登場する。

一人目の石作皇子は仏の御石の鉢を持って来るように言われるが、拾っただけ の鉢に飾り花と歌を添えてかぐや姫に提出する。偽の鉢を見たかぐや姫はすぐに 偽物であることを見抜き、歌を返すのであるが、偽物であることがばれているに も関わらず、皇子は更に歌を贈る。そのことから、「かの鉢を捨てて、またいひ けるよりぞ、面なきことをば、『はぢをすつ』とはいひける」(58)という形で、

「鉢」を捨てたことから「恥を捨つ」と言うようになった、という語源譚が語ら れる(59)

二人目の車持皇子のエピソードは、先に虚構内虚構の考察で詳しく述べた通り である。職人たちが報酬を求めてやってきて、嘘が発覚した後、車持皇子はこれ 以上の恥はないと山に入ってしまう。そのことから、「これをなむ、『たまさか に』とはいひはじめける」(60)という語源譚が語られる。「たまさかに」は「魂離 る」(魂が遠くへ去ってしまうこと)と解して、魂が肉体から離れてうつけ者の状 態になったことと、身をかくした皇子が山の中をさまよったことを言うという解 釈など、諸説ある。いずれにせよ、難題の品の「玉」と掛けられているのであ る。

三人目の阿倍御主人は、火鼠の皮衣を持ってくるように言われ、唐の商人から 高額で衣を購入し、本物であると信じてかぐや姫に皮衣を届ける。かぐや姫は、

本物であれば火に入れても燃えないはずだと主張し、実際に火に入れたところ衣 はあっけなく燃えてしまう。そのことから、「これを聞きてぞ、とげなきものを ば、『あへなし』といひける」(61)という語源譚が登場する。名前の「あべ(阿 倍)」と「あへなし(敢なし)」が掛けられている。前の二人は難題の品が語源譚 に使われていたが、三人目の場合は難題の品ではなく求婚者の名前が語源譚に使 われる。

(18)

四人目の大伴御行は、龍の頸の玉を取ってくるように言われる。家来たちに沢 山資金を預けるが、誰一人戻って来ず、海にも出ていないと知り自ら海に出て嵐 に遭うのであるが、流れ着いた播磨の国で、「こなたかなたの目には李を二つつ けたるやうなり」(62)と描写されるように、目が李のように腫れてしまう。人々が このことを噂し、「『大伴の大納言は、龍の頸の玉や取りておはしたる』、『いな、

さもあらず。御眼二つに、李のやうなる玉をぞ添へていましたる』といひけれ ば、『あな、たべがた』といひけるよりぞ、世にあはぬことをば、『あな、たへが た』とはいひはじめける」(63)と語源が語られる。「たべがた(食べがたい)」と

「たへがた(堪えがたい)」を重ねている。

最後の求婚者、石上麿足の難題の品は燕の子安貝である。石上麿足は、家来た ちがぐずぐずしているので自ら籠に乗り、燕の巣に手をつっこみ子安貝を取ろう としたが、落下してしまい、つかんでいたのも子安貝ではなく燕の古糞であっ た。このことから、「思ふに違ふことをば、『かひなし』といひける」(64)という語 源が語られる。「甲斐」と「貝」が掛けられているのである。他の求婚者の場合 とは異なり石上麿足のエピソードにはもう一つ語源譚が登場する。石上麿足が寝 込んでいると聞いたかぐや姫は、初めて彼女の方から歌を贈る。石上麿足は最後 の力を振り絞りかぐや姫に歌を返して息絶えてしまう。それを聞いてかぐや姫は

「すこしあはれとおぼしけり」(65)と初めて同情を示す。ここでもう一つの語源譚 が登場する。「それよりなむ、すこしうれしきことをば、『かひあり』とはいひけ る」というものである。先のものと同じく「甲斐」と「貝」を掛けるが、今度は

「かひあり」の語源を示している。

このように、『竹取物語』には物語の内容と合った語源譚が登場する。語源譚 は実際の語源ではなくエピソードに即して作られたものであり、また、全てがか な文字という文字を通して成り立っている。

また、『竹取物語』全体も語源譚で締めくくられる。物語末尾、かぐや姫が月 に帰ってしまってから、帝はかぐや姫の残した不死の薬とかぐや姫への返事の手 紙を一番高い山で燃やすように命じる。「そのよしうけたまはりて、士どもあま

(19)

た具して山へのぼりけるよりなむ、その山を『ふしの山』とは名づけるる」(66)

と、富士山の語源が語られるのである。「士」をたくさん引き連れて山に登った ことから、「士に富む山」と名付けた、というものである。そして、その富士山 から、手紙と薬を燃やした煙が未だに立ち上っていることよ、と物語は幕を閉じ るのである。

こうした語源譚は、『古事記』・『日本書記』・『風土記』などの上代からある地名 起源説話の影響を受けて成立していると考えられている。上代の地名起源説話の 特徴として、城後仁美は「土地支配」の意味合いが強いと指摘する(67)。城後は、

地名起源説話の「主体人物」(話の中心に位置していると判断できる人物)では

『古事記』も『風土記』も「天皇」が一番多く、また『風土記』には「主体人物」

を神が占める「出雲国風土記」があることから、「地名起源説話の主な主体人物 は『神』または『天皇』であると言い切っていいだろう」(68)と結論付ける。海山 宏之も、『風土記』の地名起源譚に関して「『名付ける=支配する』という宗教的 信念のもとに作られたものだったと言えるのであり、またその起源譚を語ること こそが風土記の重要な目的とされていたのである」(69)と指摘する。つまり、上代 の地名起源説話には、名付けるという行為を通してその土地を支配するという意 味合いがあり、その契機となる人物が多くの場合神や天皇であるといえる。例え ば、『風土記』の「播磨国風土記」の地名起源説話は以下のようなものである。

高瀬と称ふ所以は、品太の天皇、夢前の丘に登りて望見したまへば、北 の方に白き色の物あり。云りたまひしく、「彼は何物ぞ」とのりたまふ。

すなはち舎人、上野の国の麻奈毘古を遣りて察しめたまへば、申して云 ひしく、「高き処ゆ流れ落つる水、これなり」とまをす。すなはち高瀬 の村と号く。

(高瀬ととなえるわけは、品太の天皇(応神天皇)が夢前の丘に登って 国見をなさると、北の方角に白い色をした物があった。「あれは何だ」

とおっしゃった。すぐに舎人、上野の国出身の麻奈毘古を遣わして探り

(20)

見させられたところ、「あれは高い所から流落ちる滝の水、まさにこれ でございました」と申し上げた。そこで高瀬の村と名付けられたのであ る。)(70)

この例では、天皇が「望見」したエピソードが地名の由来として説明される。

一方、『竹取物語』の語源譚は性質が異なることがわかる。物語末尾の富士山 の語源譚には、帝が関わってはいるが、新しい土地を開拓し、名付けることでそ の土地を支配するという目的で語られるのではない。そして、そこで語られる

「士どもあまた具してのぼりけるよりなむ」という語源は、「士を富む」と「富士 山」で漢字を通して成立している。また、かな文字の「ふし山」の語源として読 者は更に「不死」を連想するだろう。三谷邦明は「この場面は不死の薬を焼くの で『ふしの山』と名付けるがごとき期待を持たせながら、更に煙が不尽という 意味での『ふしの山』になると想定すると、とたんに富ム士ニから『ふしの 山』だと記し、懸詞的な語源起源説話を差延的に読者の期待を裏切りながら表出 している」(71)と主張する。かな文字「ふし山」から煙が「不尽」(ふじん)も連 想できるというのである(72)。いずれにせよ、富士山に関する語源譚も文字を通 して成立していることがわかる(73)

『竹取物語』の語源譚は言葉遊びであり、『竹取物語』の虚構性のレベルを高く している例の一つである。そして、語源譚は全てかな文字という文字を通して成 立しているのである。

2. 『オデュッセイア』の言葉遊び

『竹取物語』における言葉遊びは、語源譚という形で文字を通して成り立って いた。一方、『オデュッセイア』に登場する言葉遊びは、音を通して成り立って いる。

一つの例は、第9歌で語られる一つ目巨人キュクロプス族のポリュペモスから オデュッセウスたちが逃れる場面に見られる。ポリュペモスは自分の住む洞窟に

(21)

オデュッセウスと部下たちを閉じ込め、食事の度に部下たちを食べていく。オ デュッセウスはポリュペモスの留守中に洞窟内にあったオリーブの巨大な丸太を 部下たちに削らせておいて、帰ってきたポリュペモスに酒を贈る。喜んだポリュ ペモスは、気を良くしてオデュッセウスに名を尋ねる。最初は注意深く名を名乗 らなかったオデュッセウスであるが、ポリュペモスに更に二杯の酒を飲ませた 後、自分の名前は「ウーティス」(outis、「誰もおらぬ」の意)であると名乗る。

ポリュペモスが泥酔した頃に、オデュッセウスは先を尖らせておいた丸太を灰の 下へ入れて熱して、部下たちと共にそれをポリュペモスの一つ目に突き刺す。ポ リュペモスの悲鳴を聞いて、他のキュクロプスたちが洞窟の周りに集まって来 て、「一体どういうひどい目に遭ったというのだ。どこぞの人間が、お前の家畜 をむりやりにさらってゆくとでも、それとも誰かが悪巧みをめぐらすか、暴力を ふるうかして、お前を殺そうとしているとでもいうのか」(74)と問いかけるが、ポ リュペモスが「ああ皆の衆、暴力ではなく、企みで俺を殺そうとしている奴はな あ、『誰もおらぬ』(の)だ」(75)と答えたため、仲間たちはみな、誰もいないのな ら、と帰ってしまう。

これはもちろん、オデュッセウスの作戦通りであった。オデュッセウスは「わ たしは自分の優れた才覚で偽りの名を名乗り、見事に相手をだましたのを見て、

心中ほくそ笑んだ」(76)と語っている。この作戦は、「ウーティス」という音を通 して成立する。

この「ウーティス」と名乗る作戦は、「印欧語特有の否定語の用法を用いたト リック」(77)であるが、更に同音異義語との語呂合わせも指摘されている。「ウー ティスが私を殺そうとしている」と言ったポリュペモスに対して、他のキュクロ プスたちは「誰もお前に暴力をふるわないなら」(mētis se Biazetai)と答えてい

る。このmētisには、mētis(知恵)との語呂合わせがあるというのである(78)

つまり、駆けつけたキュクロプスは、「『智恵』がお前に暴力をふるうなら」と 言ったということになる。言葉遊びが音を通して成り立ち、また、ポリュペモス と他のキュクロプスたちとの会話は、岩で塞がれた洞窟の中と外で、声だけで成

(22)

り立っている。そういう意味でも、言葉遊びが音を、声を通して成立している例 であることがわかる。

そして、この言葉遊びが成立するために、作者は様々な工夫を凝らしていると 言える。ポリュペモスのエピソードは、『オデュッセイア』が発端ではなく、ホ メロスが当時既に存在していた民話を用いて、自らの叙事詩の中に組み込んだと 考えられている(79)。他の民話におけるポリュペモス譚では、巨人を酒で酔わせ るという要素は基本的には見られないという(80)。しかし、巨人の住処に酒があ り、巨人が酩酊するというバージョンはないわけではないことから、中務哲郎は

『オデュッセイア』の独自性をポリュペモスの酩酊ではなく「オデュッセウスが 酒を持ち込むことにこそある」(81)と解釈する。それは、オデュッセウスが酒を贈 ることでポリュペモスが気を良くし、名前を尋ねるという展開になるためであ る。ここで再度名を尋ねられることで、それも、酒に酔った状態のポリュペモス に尋ねられることで、オデュッセウスは「ウーティス」であると名乗ることがで きるのである。中務は、巨人の住処にある酒ではなく、オデュッセウス自身が贈 る酒で酔うという展開を民話にはない『オデュッセイア』の独自性であると解釈 し、その改変の理由は「ギリシア語の可能性を極限まで活かして間然するところ のないウーティスのトリックを導入するためであった」(82)とまとめている。ギリ シア語の可能性、表現力がこの言葉遊びにはあらわれており、それは音を通して 成り立つということがわかる。

『オデュッセイア』のポリュペモス譚においてオデュッセウスが「ウーティス」

と名乗り逃げることに成功するのはこのエピソードのハイライトであり、知略の 英雄オデュッセウスの智恵を際立たせるエピソードである。しかし、この要素は

「民話においては最も類例を見出しにくい部分」(83)であり、中務は「ウーティス という名前もまたホメロスの創案になる可能性が高い」(84)と指摘する。「ウー ティス」と名乗る作戦は、「誰もお前に暴力をふるわないなら」(mētis se

Biazetai)のmētisと、mētis(知恵)との語呂合わせも含めて、ギリシア語の表

現力を活かした言葉遊びである。『オデュッセイア』の作者は、既に存在してい

(23)

た民話を用いながら、オデュッセウス自らが酒を贈る展開にし、この言葉遊びを 成立させたのではないかと考えられるのだ。

3. 物語と文字・叙事詩と声

言葉遊びの表現を見てみると、『竹取物語』においては文字を通して、『オ デュッセイア』においては音を通してそれらが成立することがわかる。この表現 上の差異は、文化の差をも示唆しているといえよう。そもそも、古代ギリシアに は「文学」に当たる言葉はなく、『オデュッセイア』などの叙事詩やギリシア悲

劇はmusicの語源である「mousikē(ムーシケー)」と呼ばれていた。川島重成

は、古代ギリシア社会には厳密な意味で「文学」に相当する言葉がなかったこと を指摘し、「古代ギリシア文学は広い意味での音楽であった。実際に歌われ、語 られ、そして聞かれるものだったことが、この名称に端的に表れているのであ る」(85)と述べる 。ホメロスの叙事詩やギリシア悲劇が「ムーシケー」と呼ばれ ていたことからも、文字ではなく音を通した表現が中心であったことがうかがえ る。

また、物語と叙事詩とでは、享受のされ方も異なると言えよう。『竹取物語』

はかな文字という文字で書かれた物語であり、文字を通して読まれていたと考え られる。一方、叙事詩は文字で読むものではなく、詩人が語り、聴衆はそれを音 で聴いていたと考えられる。西村賀子は、ホメロス叙事詩の原初的形態は読みも のではなく聴くものであり、「文字を媒介とする現代の詩よりも、音楽に近い」(86)

と述べている。ギリシア古典の叙事詩は、文字によって書かれるものではなく、

声によって歌われ、語られるものであったのである。

叙事詩は文字で読むものではなく、詩人が語り、聴衆は声・音で聴くもので あった。しかし、ギリシアに文字がなかったわけではない。アルパ・ベータとい う文字が成立していたのであるが、叙事詩とアルパ・ベータはかな文字と物語の ような関係にはならなかったのである。川島は、古代ギリシアは無文字社会では なかったにも関わらず、「文字がそのあり方を本質的な意味で規定するような社

(24)

会ではなかった」(87)と指摘し、古代ギリシアは「文字から自由な社会でありつづ けた」(88)と表現している。

また、古代ギリシアの叙事詩はその創作段階においても文字が関与していな かったのではないかと考えられている。その理由として、川島は当時のアルパ・

ベータがせいぜい二、三行の詩や名前を記す程度のもので、表記法も一定ではな かったことと、パピルスが当時ギリシアに渡っていたという形跡があまりないと いう物理的な要因を二点あげている(89)。更に、本質的な問題として、文字があ ればテクストが文字で書かれる・文字化されるというのはあくまで現代人の発想 であり、「古代ギリシア人に即して考えれば、ホメーロスの詩はあくまで口誦詩 であって、それを文字化しなければならない必然性などはなかったのではない か」(90)とも指摘している。そして、川島は『イリアス』・『オデュッセイア』が文 字化されたのは、紀元前六世紀の後半頃が目安と考えられると結論づけてい る(91)。パン・アテーナイア祭という女神アテーナーの祭礼において、ホメロス の詩を吟誦するという制度があったとの伝承があることから、こうした祭典のた めに文字化されたのではないかと考えているのである(92)。つまり、この段階で は文字化といっても、分担や担当を決めたりするためと考えられ、聴衆はやはり 声で聴くものであり、現代のように文字で読んで享受するというものではなかっ たといえよう。

IV. 結論

本論文では『竹取物語』と『オデュッセイア』における虚構内虚構を比較し、

それぞれの特徴について考察した。オデュッセウスは知略の英雄である。一方車 持皇子も「心たばかりある人」であると紹介される。両者が語る作り話には相違 点もあるが、共通点もある。また、両作品の作者において、根底には書くこと・

語ることには虚構の可能性があるという認識が共通していると言えよう。それ は、作中の言葉遊びからもうかがえる。『竹取物語』の語源譚と、『オデュッセイ ア』のポリュペモス譚の言葉遊びを見てみると、『竹取物語』では文字を通して、

(25)

『オデュッセイア』では音を通して言葉遊びが成り立つことがわかる。『竹取物 語』と『オデュッセイア』は、一方は文字で書かれた物語、他方は口承の叙事詩 と形式は異なるが、共に虚構の中に虚構を内包し、それぞれの言語の表現力を活 かした言葉遊びを内包し、書くこと・語ることの虚構性を自覚した作品であると 言える。文字と音、表現方法は異なるが、どちらもその言語の表現力を最大限活 かして、豊かな虚構を描き出しているのである。

( 1 ) デリダは、『根源の彼方に  グラマトロジーについて』において、哲学もエクリ チュールであることを主張している。土田知則(1996)はデリダの「脱構築」を

「『根拠哲学』ないしは『同一哲学』と形容される西洋哲学の論理を断ち切り、強固 な二項対立図式を解体しようとする壮大果敢な実践」であるとし、「確実で一義的 なものと考えられてきた論理的な思考  すなわち『ロゴス』   の内部に潜む両 義性やアポリアを暴き出し、哲学言説の『隠喩性』ないしは「修辞性」を確認する ことにあるのである」(pp.212-213)と解説している。

( 2 ) 例えば、岡崎正(1989)は作り物語の「作り」の意味について、『日本国語大辞典』

の「作る」という動詞の意味に着目している。「作る」には製作するという意味の 他に、わざと、または偽ってそのような風にする、そのように似せてこしらえる、

ないことをあるように述べる、飾る、化粧する、などの意味があり、岡崎はそれら を要約し、「作る」は「偽り、似せ、美化すること」であるとして、「偽り(虚偽・

虚構・虚飾)」に帰すると指摘し、そのことから、作り物語は「偽りの物語」であ るとしている(p.3)。

( 3 )『竹取物語』、p.28

( 4 ) 同上、p.31

( 5 ) 高橋亨(2003)p.140

( 6 )『竹取物語』、p.32

( 7 ) 同上、p.34

( 8 ) 同上、p.32

( 9 ) 同上

(10) 同上、p.33

(11) かぐや姫の地上での滞在は月の世界にとっては「片時」「しばし」であるが、地上 の翁にとっては「二十余」の「あまたの年」なのである。

(12) 東望歩(2007)p.10

(26)

(13) 関根賢司(1993)p.71

(14) 五人の求婚譚は二人の皇子から始まり、身分が高い方から低い方へと並べられてい る。一方、難題への取り組み方は次第に誠実になる。一人一人異なる取り組み方を する求婚者たちを見て、かぐや姫は人間の心を学ぶのである。

(15)「斑竹姑娘」、p.213

(16)『竹取物語』、p.24

(17) 車持皇子の蓬莱の玉の枝以外は全て石作皇子の場合と同様に「唐土にある火鼠の皮 衣を賜へ」「龍の頸に五色に光る玉あり。それを取りて賜へ」「燕の持たる子安の貝 取りて賜へ」(p.24)という形で、それぞれの品がどのような形であるか詳しくは 描写されない。

(18)『竹取物語』、p.24

(19) 同上、p.28

(20) 同上、p.24

(21)『オデュッセイア』下巻、p.22

(22) Walcot, Peter(2009)p.144

(23) 安村典子(2012)p.196

(24) Walcot(2009)p.146

(25) 安村(2012)p.197

(26)『オデュッセイア』下巻、p.50

(27) 同上、pp.51-52

(28) 同上、p.52

(29) 同上、p.53

(30) 安村(2012)p.200

(31)『オデュッセイア』下巻、p.140

(32) 安村(2012)p.200

(33)『オデュッセイア』下巻、p.185

(34) 安村(2012)p.201

(35)『オデュッセイア』下巻、p.188

(36) 同上、p.190

(37) 同上、p.185

(38)『竹取物語』、p.35

(39)『源氏物語』、p.210

(27)

(40) 同上、p.211

(41) 同上

(42) 同上

(43) 同上、p.212

(44) 同上

(45) 阿部秋生(1985)p.127

(46) 同上、p.129

(47) オデュッセウスが語る作り話について、安村(2012)は「偽りと真実が巧みに混ぜ 合わせられているのが興味深い」(p.199)と指摘している。

(48)『オデュッセイア』下巻、p.28

(49) 同上、p.24

(50) 同上

(51) 安村(2012)p.195

(52)『オデュッセイア』下巻、p.25

(53) 同上

(54) 同上、p.26

(55)『竹取物語』、p.19

(56) 同上

(57) 同上

(58) 同上、p.27

(59) 清音と濁音は音声の上では区別されていたものの、濁点が表記の上で一般的に使わ れるようになったのは近代以降である。ツベタナ・クリステワ(2011)は、「仮名 文字を作った古代びとは、必要があれば、濁点のような符号を容易に作り出せたは ずなのに」(p.166)と、あえて濁点の有無を表記の上で区別しなかったことの意義 に着目する。

(60)『竹取物語』、p.37

(61) 同上、p.42

(62) 同上、p.48

(63) 同上、pp.49-50

(64) 同上、p.55

(65) 同上、p.56

(66) 同上、p.77

(28)

(67) 城後仁美(2012)p.15

(68) 同上、p.17

(69) 海山宏之(2003)p.43

(70)『風土記』、p.41

(71) 三谷邦明(1985)pp.48-49

(72) 三谷(1985)は、尽きない煙と「士を富む」「ふし山」について、「兵どもを多数動 員しながら、煙を上げるだけでなにも出来なかった天皇の滑稽さそのものをも象徴 しているのである」(p.49)と解釈して、『竹取物語』が地名起源説話をパロディ化 していることを指摘する。

(73)「士を富む」「富士山」はかな文字「ふし山」を通して「不死」を連想させるため、

かな文字を通して、漢文をパロディ化している例であるとも言える。

(74)『オデュッセイア』上巻、p.236

(75) 同上

(76) 同上、p.237

(77) 安村(2012)p.204

(78) 同上

(79) 中務哲郎(1990)は「ホメロスが当時流布していた民話を利用して『オデュッセイ ア』の一挿話とした、と考えるのが今日の通説となっている」(p.1)と指摘する。

(80) 中務(1990)p.6

(81) 同上、p.7

(82) 同上、p.8

(83) 同上、p.14

(84) 同上、p.17

(85) 川島重成(2003)p.12

(86) 西村賀子(2012)p.42

(87) 川島(2003)p.14

(88) 同上

(89) 川島(1991)p.258

(90) 同上、p.258-289

(91) 同上

(92) 同上

参照

関連したドキュメント

A wave bifurcation is a supercritical Hopf bifurcation from a stable steady constant solution to a stable periodic and nonconstant solution.. The bifurcating solution in the case

In this work we give definitions of the notions of superior limit and inferior limit of a real distribution of n variables at a point of its domain and study some properties of

Keywords and Phrases: number of limit cycles, generalized Li´enard systems, Dulac-Cherkas functions, systems of linear differential and algebraic equations1. 2001 Mathematical

Our experiments show that the Algebraic Multilevel approach can be used as a first approximation for the M2sP to obtain high quality results in linear time, while the postprocessing

After proving the existence of non-negative solutions for the system with Dirichlet and Neumann boundary conditions, we demonstrate the possible extinction in finite time and the

For computing Pad´ e approximants, we present presumably stable recursive algorithms that follow two adjacent rows of the Pad´ e table and generalize the well-known classical

This problem becomes more interesting in the case of a fractional differential equation where it closely resembles a boundary value problem, in the sense that the initial value

(Furthermore, a bound on the number of elementary matrices can be found that depends only on n, and is universal for all fields.) In the case of fields, this can easily be