はじめに
歴代最長の2822日におよんだ安倍晋三政権(1)が首相の体調不良から終幕、後継の菅義偉政権 が2020年9月16日に発足した。日本政治史に刻まれる長期政権となった安倍政治とは、どの ようなものであったのだろうか。「権力と報道」の観点から検証したい。
筆者は安倍政権発足直前の2012年12月22日から次の政権発足直後の20年9月22日まで「続 メディアン ・ ルーレット」というタイトルで、安倍政治とその報道をウォッチするコラムを メールマガジンとして発行してきた。メルマガは主に報道関係者やメディア研究者を対象に 1~2週間の間隔で配信し、計360回約80万字におよんだ。菅政権の発足後も引きつづき発行 しているが、「安倍政治ウォッチ」は一段落することになった。
このコラムは在京6紙(朝日、毎日、読売、産経、日経、東京新聞)の政治報道をベース とし、必要に応じてブロック ・ 地方紙、テレビ報道、ネットの動向を参照。日々伝えられる 速報や各紙社説、解説記事、識者コメント、世論の動きなどをみながら書き進めたものであ る。
コラムをもとに『安倍官邸と新聞-「二極化する報道」の危機』(2014年、集英社)、『「朝 日新聞」問題』(2015年、同)、『安倍晋三「迷言」録-政権 ・ メディア ・ 世論の攻防』(2016 年、平凡社)、『新聞の嘘を見抜く-「ポスト真実」時代のメディア ・ リテラシー』(2017年、
同)の4冊をこれまでに出版した。しかし、これらは途中経過であり、安倍政権崩壊を見届 けた後の筆者なりのまとめを本稿で試みたい。
政治や経済学、社会学などさまざまな分野の研究者あるいは評論家、ジャーナリストらが 安倍政治について語っており、筆者は報道論の立場から安倍政治を考えることになる。論文 タイトルを「……に敗北した報道」としたが、権力による報道の敗北はいつの時代にもあっ た。しかし、これまでと様相が違うのは、法の秩序をいとも簡単に損なう安倍政治による弊 害が、政策や国民生活にまで多岐にわたったにもかかわらず、ジャーナリズムが機能しなかっ たことだ。
破局的な戦争へと突入していった先の大戦の反省から、為政者が権力を抑制的に行使して
分断対決型政治に敗北した報道
―安倍政治の2800日を検証する―
徳 山 喜 雄
きた戦後政治において転換点ともいえる出来事であり、ここに抜き差しならない報道の敗北 をみる。分断対決型の安倍政治によって報道がいかに敗北したのか、例証していきたい。
本稿は権力と報道の攻防や懐柔、一体化が顕著にみられた分野を念頭にし、第1章「安全 保障政策」、第2章「エネルギー ・ 原子力政策」、第3章「歴史認識」、第4章「皇室報道」、
第5章「NHK と権力」の各分野から内容分析をする。新聞報道を中心とした論考だが、第5 章は公共放送で影響力が多大であるにもかかわらず、政権の手練手管に操られているともい える NHK に、特にフォーカスをあてた。
(注:新聞は東京本社発行の最終版を参照。文中人物の肩書きは当時)
1.憲法9条の解釈変更とそれをめぐる報道
1.1 偏った単独記者会見方式の採用
7年8カ月におよぶ安倍晋三政権での最大級の出来事は、憲法9条の解釈変更をし、集団 的自衛権を認めたことだろう。これは憲法改正にも匹敵するもので、新憲法の制定以来、日 本は専守防衛に徹してきたが、解釈を変更する閣議決定後の安全保障関連法制定によって「戦 争ができる国」へとかたちを変えた。
マスメディアがこの過程をどのように報じてきたのかみてみたい。第2次安倍政権は発足 当初からメディア対策に長けていた。その一つとして、首相との記者会見は、内閣記者会が 主催する共同記者会見方式をとり、首相は国内メディアとは単独で会見しないというのが、
不文律であった。それが第2次安倍政権になってから、単独記者会見方式が採りいれられた。
報道各社が首相とサシ(一対一)で会見できるというのは、見方によれば民主的である。
しかし、これはうまいメディア戦略で、新聞、放送など単独会見の相手と会見時期の設定に ついては、首相や首相官邸側が主導権を握っており、「官邸官僚」と呼ばれる首相秘書官らが 時期を見計らいながら調整し、首相の思いを大きくアピールすることになった。つまり、単 独会見方式は官邸側の思惑で恣意的に運用され、メディアは結果的にプロパガンダに利用さ れ、メディア分断につながることにもなった。
たとえば、安倍首相は読売新聞との単独インタビューで憲法をテーマに縦横に語り、同紙 2013年4月16日朝刊で「憲法96条をまず見直そう」と訴えた。96条の先行改正は、憲法改正 の発議を衆参各院の3分の2以上の賛成から過半数にハードルを下げるもので、読売は1面 と4面を使ってインタビュー内容を大きく報じた。翌17日朝刊では政治面での連載「憲法 考 改正の論点」をはじめ、社説では全面的に安倍首相の考えを支持した。読売は2日間にわ
たって、安倍首相の改憲政策を後押しするインパクトの強い紙面をつくったわけだ。
ついで憲法施行70年にあたる2017年5月3日、安倍首相はやはり読売新聞と単独会見し、
「憲法9条に自衛隊明記、教育無償化」など改憲を前提とした特大記事が掲載された。この記 事をめぐり、首相は5月8日の衆院予算委員会で野党議員に改憲発言の真意を問われ、「自民 党総裁としての考えは読売新聞に相当詳しく書いてある。ぜひ熟読してほしい」と答えた。
しかし、説明を求められ、「(特定の)新聞を読んでくれ」とは前代未聞の答弁であり、国民 への説明責任を放棄したともとれた。
慶応大学教授の鈴木秀美氏(憲法、メディア法)は「批判的な質問を受けずに済む方法を 選んでおり、メディアを選別した非民主的な手法だ」(毎日新聞5月12日朝刊)と批判した。
元テレビ朝日記者で「放送レポート」編集長の岩崎貞明氏は「現行憲法をどう考えるかを問 うことから始めるべきなのに、改憲が前提の質問になってしまっている。……変えることが 双方にとって自己目的化しているのではないか」(同)と疑問を呈し、「権力と報道の距離」
の問題を問うた。
この単独会見方式は、我田引水的ではあるものの当初は新聞、放送各社ともに均等に回し ていた。しかし、この原則はほどなく崩され、首相と近いメディアにインタビューの機会が 偏っていった。朝日新聞政治部記者の南彰氏の著書によると、第2次安倍政権が発足してか ら、2020年5月7日までにおこなわれた首相単独インタビューは「①産経新聞(夕刊フジ含 む)……32回 ② NHK……22回 ③日本テレビ(読売テレビ含む)……11回 ④日本経済新 聞……8回 ⑤読売新聞……7回 ⑥毎日新聞、TBS、山口新聞……5回 ⑨月刊 Hanada、
テレビ東京、テレビ朝日(BS 含む)、共同通信、ウォール ・ ストリート ・ ジャーナル……4 回/産経新聞系が突出している。ちなみに朝日新聞は3回だ(2)」としている。
このように自身に近いメディアとそうでないメディアを選別し、情報を流すということが 状態化するなかで、国の根幹をなすともいえる重要法案が次々と強行採決されることになる。
1.2 異論を排除する人事を断行
長期におよんだ安倍政権は、「人事慣行」を破ることで、法の秩序を破壊しうることを示し た。内閣法制局長官、日銀総裁、NHK 会長など、独立性がきわめて重んじられる要所の人事 を恣意的におこなってきた。賭けマージャンの発覚で実現しなかったが、検事総長への昇格 を視野に入れた黒川弘務 ・ 前東京高検検事長の異例の定年延長問題も、「官邸の守護神」とい われるなど耳目を集めた。
もっともシンボリックだったのが、安保法制の制定をめぐって、「法の番人」といわれる内 閣法制局長官を退任させた人事であった。2013年8月8日、長官だった山本庸幸氏が辞任し、
駐仏大使の小松一郎氏を後任にあてる人事が閣議決定された。
7月の参院選で大勝した安倍首相は、憲法9条の解釈変更に否定的な山本氏を排し、集団 的自衛権の行使容認に前向きな小松氏を抜擢した。しかし、外務省出身の小松氏は法制局の 経験がなく、法務、財務、経済産業、総務の4省出身者が交代で、次長から昇格する人事慣 行が破られることとなった。
この人事について、安倍政権に近いメディアである読売と産経新聞が、2013年8月2日朝 刊の1面トップでスクープした。山本氏は最高裁判所判事に就任するが、約1年7カ月とい う短期間での交代になり、読売は「首相主導が色濃くにじんだ人事となる」とし、産経は「集 団的自衛権の行使容認に向けた布石を打つ狙いがある」と報じた。
集団的自衛権は米国など緊密な関係にある国が攻撃された時に、自国への攻撃と見なして 反撃できる権利だ。法制局はこの集団的自衛権の行使について、憲法9条の下で許される「自 衛権のための必要最小限度の実力行使」の範囲を超えるとの解釈を示し、政府は「国際法上 は日本も集団的自衛権を持っているものの、憲法9条との関係で行使できない」との立場を とってきた。安倍首相は憲法96条の先行改正が世論の支持を得られずに難しくなったことで、
改憲ではなく、9条の解釈変更によって集団的自衛権を容認にする方向へと舵を切ったわけ だ。
首相は第1次政権で解釈見直しに向けて立ち上げた私的諮問機関「安全保障の法的基盤の 再構築に関する懇談会」(安保法制懇)を事務方として支えた小松氏に白羽の矢をあてた。当 時の安保法制懇の座長は元駐米大使の柳井俊二氏で、内閣の中枢には内閣官房参与として元 外務事務次官の谷内正太郎氏が控えており、いずれも小松氏にとって外務省の先輩で気脈を 通じていた。
たとえば、日経新聞は2013年8月3日朝刊で「『通貨の番人』の日銀総裁に続く『法の番 人』の一本釣り。解釈変更に向けた議論を月内に本格化させる」とし、「結論ありきの人事で 組織の公平性に疑念を抱かせる」という識者談話を掲載した。8月20日に最高裁判事に就い た山本氏は、就任会見で「集団的自衛権の行使容認は憲法を変えないとできない」と明言し、
当時の菅義偉官房長官に批判されるという場面もあった。
異論を唱える官僚を排除する人事が断行され、安倍内閣は2014年7月1日、憲法9条の解 釈を見直して集団的自衛権の行使を認める閣議決定をした。「集団的自衛権は自国が攻撃を受 けていなくても、他国同士の戦争に参加し、一方の国を防護する権利」(毎日新聞7月2日朝 刊)で、「歴代内閣は長年、……集団的自衛権の行使を禁じてきた。安倍晋三首相は、その積 み重ねを崩し、憲法の柱である平和主義を根本から覆す解釈改憲を行った」(朝日新聞7月2 日朝刊)のである。
戦後の日本は、多くの犠牲者をだした先の大戦の反省から専守防衛に徹してきた。この平 和国家のよりどころが憲法9条であったが、国民の合意を経ずに一内閣の判断で解釈改憲し、
日本が他国の戦争に加わることが可能になったのである。ちなみに、7月1日は自衛隊発足 から60年の大きな節目でもあり、この日に日本の安全保障政策の根幹が大きく塗りかえられ ることとなった。
在京紙は、保守系の「読売、産経、日経新聞」が賛成、リベラル系の「朝日、毎日、東京 新聞」が反対の立場をとって国論が二分するなか、安倍政権は2015年7月15日の衆院特別委 員会で安全保障関連法案を強行採決し、翌日には衆院本会議で可決、参院に送付した。
1.3 安保関連法案への抗議行動を報じる「一方通行の言論」
参院で審議中の安全保障関連法案に反対する市民の抗議行動が2015年8月30日、東京 ・ 永 田町の国会議事堂前やその周辺であり、盛り上がりをみせた。主催した市民団体「戦争させ ない ・ 9条壊すな!総がかり行動実行委員会」によると、参加者は12万人(警察関係者によ ると3万3000人)、安保関連法案をめぐる抗議行動では最大規模になった。参加者は大学生や 高校生、家族連れ、戦争を体験した高齢者などさまざまな世代が集まった。国会周辺以外で も、29、30日に全国でおこなわれた抗議の集会やデモは300以上にのぼったという。
こうした抗議行動や住民運動に対し、保守系の読売、産経、日経新聞の報道ぶりはいつも ながら冷淡だったが、さすがにこのときの抗議行動は小さな記事ではあるものの掲載された。
在京紙の8月31日朝刊をみると、もっとも手厚く扱ったのが東京新聞で、国会前を埋める群 衆の特大写真を1面に入れてトップで報じるとともに、計6面を費やして大展開した。朝日 新聞は1面カタ、2面、1社面と計3面で、毎日新聞は1面カタ、社会面を見開きにする計 3面で報じた。朝日、毎日はトップにはしなかったものの、東京と同様に国会議事堂をから めた印象的な空撮写真を大きく扱うとともに、さまざまな層の反対の声や思いを多角的に伝 えた。
一方、読売新聞は2社面に3段見出しの目立たない扱いにし、反対派デモだけでなく、主 催者発表で約500人の小規模な賛成派デモを同列に伝え、写真も「反対」「賛成」の両方を使 うというものだった。産経新聞は5面に2段見出し、2社面はカタにし、読売よりはやや大 振りな扱いにした。ただ、2社面の記事内容は抗議活動で注目を集めてきた学生団体「SEALDs
(シールズ)」について、「洗練されて〝クリーン〟なイメージで存在感を示しているが、実態 は不明な部分がある」「他のグループとの衝突も起きている。警察関係者によると、中核派な ど〝古参〟の極左グループに対して過去の内部抗争や過激行動を厳しく批判。シールズの活 動に合わせビラ配りや勧誘を行う活動家らとのトラブルも発生した」と否定的なトーンに仕
立てられていた。日経新聞は1社面でベタ扱い、本文32行と3段相当の空撮写真を掲載した。
このように朝日、毎日、東京新聞を読むと、安保政策の歴史的な転換期を迎え、大規模な 抗議行動が繰り広げられていると実感できる紙面になっていた。一方、読売、産経、日経新 聞をみると、一部反対派がいるものの国会審議は淡々と進んでいるという印象になる。1紙 だけを読み、同系列のテレビニュースを見ているのなら、きわめて偏った情報が刷りこまれ る。安倍政権の安保政策をめぐっての「メディア分断政策」のなか、相手のいうことに耳を 貸さず、互いに言いっ放しという「一方通行の言論」状況が強まっていくことになる。
2.原発存廃を報じるメディアの攻防
2.1 原発推進か反対か、新聞社の「関ケ原の合戦」
医療法人グループから5000万円を受け取った猪瀬直樹前知事の辞職にともなう東京都知事 選が2014年2月9日に投開票され、元厚生労働相の舛添要一氏が初当選した。この選挙では、
「原発ゼロ」を訴える小泉純一郎元首相が細川護熙元首相を担ぎだしたことで脚光を浴びた。
国民的人気のある大物2人の登場に加え、「脱原発」を争点に都知事選を戦う手法が、かつて 小泉氏が大勝した郵政選挙の再来を思わせ、話題に事欠かなかった。
原発行政は国政が担当するもので、一義的には東京都が扱うものではないのだが、「原発に ノーかイエスか」と迫る小泉節が炸裂するなか、在京紙は原発推進を唱える読売、産経、日 経新聞と、脱原発を訴える朝日、毎日、東京新聞の主張が正面衝突した。前者は脱原発の争 点化をなんとしても避けたいと考え、後者はシングルイシュー(単一争点)にし細川陣営を 勝たせたいという思惑が紙面から強く伝わってきた。熾烈をきわめる報道合戦は、あたかも 新聞社の「関ヶ原の合戦」のようでもあった。
2011年3月11日に発生した東日本大震災の大津波による東京電力福島第一原発の爆発事故 以来、原発の存廃は大きな政治問題となり、安倍政権にとっても対応を誤れば政権の命運を 断ちかねないものだった。エネルギー政策を担う経済産業省は、原子力を「重要なベース電 源」と位置づけているものの自民党内にも異論があり、原発依存へと突き進んでいくことへ の警戒感が強まっていた。原発問題が当時の安倍政権のアキレス腱にもなり、きわめてデリ ケートな部分に、こともあろうに小泉氏と細川氏という首相経験者が手を突っ込んできたの である。
都知事選に16人が立候補しており、このうち10万票以上を獲得できそうなのは、舛添氏と 細川氏、日本弁護士連合会前会長の宇都宮健児氏、元航空幕僚長の田母神俊雄氏だった。結 果は舛添氏が211万票を獲得して圧勝。脱原発を主張した宇都宮氏98万票、細川氏95万票で、
2人の得票数を合わせても舛添氏にはおよばなかった。田母神氏は61万票、予想得票数の2
倍と善戦し、自陣営からも驚きの声があがった。
細川氏が完敗した直接の理由は、有権者が郵政選挙のときのようにシングルイシューに乗 せられず、当初もくろんだ「原発ゼロ」ブームが起こらなかったことだ。舛添氏が「私も脱 原発」と表明して巧みに争点化をさけたことも挙げられよう。選挙結果を伝える2月10日朝 刊をみると、「関ケ原の合戦」に勝った読売、産経、日経新聞は、それぞれ政治部長や編集委 員の論文調の記事を掲載し、「勝ちどき」をあげた。
たとえば、読売新聞の政治部長は「原発の問題は、国政の場で議論を深めるべきだ」と持 論を述べたうえで、「原発 ・ エネルギー問題は、この国にとって極めて重要な政策課題であ る。しかし、だからこそ『細川 ・ 小泉人気で一大ブームメントを起こして、その勢いに乗っ て〈原発ゼロ〉を実現させてしまえ』式の政治手法は邪道であり、危険である」と切り捨て た。産経新聞の政治部長は「地に足のついていないスローガンには切実感もなく、当然都民 の共感も呼ばなかった、『政治の師匠』との対決を制した安倍晋三首相は原発再稼働に向け一 歩前進した」と安倍首相に寄り添った。
もう一方の負けた側の毎日新聞の社会部長は「それでも、今回の知事選からは、あえてプ ラス方向に意義をとらえることが必要だ。例えば原発問題。国と立地自治体だけでなく、危 険を地方に押しつけて電力を消費してきた側もその是非を判断し、リーダーを選ぶ視点にす る発想だ。これを東京から全国に広げる契機となった。沖縄の基地問題にも通じる、重要な 転機といっていい」とし、原発論議に意義があったとした。東京新聞の社会部長は「自民党 は連日、幹部が舛添氏の応援に駆けつけたが、舛添氏の当選で、安倍晋三首相が原発再稼働 路線が支持されたと考えているなら大間違いだ」とし、「再稼働反対の人たちから多くの支持 を得たことも肝に銘じてほしい」とあくまで負けを認めず、脱原発の主張を繰りかえした。
不可解なのは朝日新聞が社説も含め、この選挙結果をうけての「脱原発」報道についていっ さい言及しなかったことだ。「敗軍の将、兵を語らず」でもあるまい。細川氏の出馬は朝日の スクープからはじまり、この3紙のなかでももっとも強く「脱原発」選挙を訴えた新聞だ。
選挙後、沈黙をとおす朝日の姿勢に疑問をもった読者も多かった。
福島第一原発事故以降のエネルギー問題や、安倍政権発足後の安全保障政策、憲法論議が 牽引役となり、新聞各紙の主張の対立が先鋭化、敵か味方か、勝ちか負けかに極端に二分さ れたメディア状況が、都知事選報道おいても浮き彫りになった。
これは、安倍政権が発足して1年半もたたない時点の状況だ。7年8カ月におよぶ長期政 権となり、政治、メディア、社会の亀裂は深まりつづけることとなる。
2.2 コスト論と人格権がぶつかり合った原子力政策
東京電力福島第一原発事故から丸5年を迎えようとする2016年3月9日、大津地方裁判所 は関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜市)の運転差し止めを命じる仮処分を決定した。
約10万人の住民が避難生活を余儀なくされるなか、政府は再稼働の方針を変えずに「国策」
に突き進んできた。しかし、「本当に大丈夫なのか」という、原発に対する根源的な疑問は解 消されず、原発停止の仮処分を申し立てた住民側の不安や危機感を大津地裁がくみ取り、政 府や電力会社に「ノー」を突きつけたのである。
仮処分は、福井に隣接する滋賀県の住民29人が地震 ・ 津波などで原発事故がおき、放射性 物質で琵琶湖が汚染されるなど「滋賀が第2の福島になる」危険性があるとして申し立てて いた。運転中の原発をストップさせる司法判断は初めてとなる。
すべての在京紙が2016年3月10日朝刊の1面トップでこのニュースを伝えた。ただ、気に なったのは、読売新聞以外は1面もしくは社会面に「再稼働差し止めの画期的決定!」「いの ちとびわ湖を守る」と書いた垂れ幕を掲げる住民側の写真を掲載し、その反応や表情を報じ るなか、読売は1行も住民の声を伝えていなかった。読売だけを読んでいる読者には、住民 側の反応は届かないということだ。
同様の判断として、関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の運転差し止めを求 めた訴訟がある。福井地裁の樋口英明裁判長は2014年5月21日、再稼働は危険だとして住民 側の訴えを認めた。福島第一原発事故後、原発の運転差し止めを命じた初の司法判断だった。
原発推進派の運転中止によって多額の貿易赤字がでるという主張を「国富の流出」とせず、
真の「国富の喪失」は「豊かな国土とそこに国民が根を下ろした生活を取り戻せなくなるこ と」とする判決であった。コスト論よりも憲法13条による人格権を重視した画期的なものだっ た。
日経新聞のぞく在京紙が2014年5月22日朝刊の1面トップで報じた。読売と産経新聞がこ の判決に強く反発。読売は「不合理な推論が導く否定的な判決」、産経は「拙速脱原発あり き」などとし、一風変わった裁判長の例外的なものとした。日経は原発推進派だが中立的な トーンの記事にした。一方、朝日は「判決『無視』は許されない」、毎日は「なし崩し再稼働 に警告」、東京は「国民の命を守る判決」などと高く評価した。
福島第一原発の炉心溶融(メルトダウン)によって放射能が広範囲に拡散し、最悪の場合
「東日本壊滅」という事態にまで発展。甚大な被害のなか多くの住民が避難生活をつづけた が、安倍首相は原発の再稼働を進めた。原発の存廃をめぐって国論が二分し、在京紙の社論 も見事に二分。安全保障政策とならんでエネルギー ・ 原子力政策も、保守系とリベラル系メ ディアが激しく対立することとなった。
2.3 電力会社の同じ株主総会がまったく違う記事に
原発反対運動が盛り上がりをみせるなか、原発をもつ9電力会社(沖縄のぞく)の株主総 会が2014年6月26日、各地でいっせいに開かれた。9社すべての総会で初めて「脱原発」を 求める株主提案がだされるという節目の年となった。だが、電力各社の経営陣はいずれの提 案にも反対し、再稼働を急ぐ方針を説明した。
在京紙は6月26日夕刊(産経新聞は27日朝刊)で株主総会の模様を報じた。しかし、同じ 総会を伝えているにもかかわらず、原発ゼロを訴える朝日、毎日、東京新聞と、原発推進を 唱える読売、産経、日経新聞では記事の扱い、書きぶりともにまったく違った。原発反対派 の3新聞は、いずれも1面トップにし大きく掲載。これに対し、原発推進派の3新聞は、小 ぶりの見出しにし、目立たない扱いにした。記事の扱いと見出しの文言から、一目瞭然に各 紙の立ち位置が伝わってくる。
記事の内容をみる。朝日はふだんから原則として夕刊1面は、ストレートなニュースを掲 載するのではなく、カバーストーリーとして読み物ふうに記事を仕立てている。このため全 社で脱原発提案がされたと報じたうえで、東京電力、九州電力、北陸電力で株主提案をした 3人にフォーカスをあて、写真付きでその思いを書き込んだ。さらに、原発をめぐるこの1 年の主な動きと、今回の主な株主提案を一覧表にし、立体的な紙面づくりをした。
毎日と東京新聞は1面のほか、それぞれ2社面にも記事を載せ、会場周辺で再稼働反対を 呼びかける人たちを取り上げた。東京は1面に別稿として囲みスタイルの記事を入れ、東電 の総会会場前で原発反対を呼びかける市民グループを東電社員が妨害するようすを報じた。
こうした反対派3新聞に対し、推進派3新聞の紙面が素っ気ないのは想像に難くない。読 売は東電の数土文夫会長の発言や関西電力の総会で筆頭株主として話した橋下徹 ・ 大阪市長 の発言内容を伝えたうえで、最後の6行で「脱原発」を求める株主提案にふれ、「いずれも否 決される見通しだ」とした。産経は「業績無視の株主に困惑」と見出しを取り、脱原発派株 主の動きを牽制した。
電力会社に助け舟を出すような産経の書きぶりは、朝日や東京新聞の記事と好対照をなし ていることがよくわかる。日経は「経営手法や事業モデルを大胆に転換する」という東電の 数土会長の言葉を1面で紹介。1社面ではトップ記事にし、各地の会場に集まった株主から の様々な意見を取り上げた。再稼働に厳しい意見も積極的に掲載し、バランスを取ろうとし ている点が読み取れた。
以上にように、たとえば1紙だけ、仮に複数を読んだとしても、読売と産経新聞を読む人 と、朝日、毎日、東京新聞を読む人では、同じ株主総会でもまったく違った切り口や解釈の 記事を読むことになる。安倍政権の安全保障政策への抗議行動と同様に、読売と産経新聞が
市民グループの動きを無視するかのような編集方針を取っているという点に留意し、新聞を 読む必要もあるだろう。
3.安倍首相の歴史認識と報道の立ち位置
3.1 主語を曖昧にした戦後70年の安倍談話
安倍晋三内閣は2015年8月14日、臨時閣議を開き、戦後70年の首相談話(安倍談話)を決 定した。国内はもちろんのこと、中国や韓国などの近隣諸国だけでなく欧米も神経を尖らせ ていた。
「侵略」「植民地支配」「痛切な反省」「心からのおわび」といった戦後50年の村山談話、60 年の小泉談話に盛り込まれてきたキーワードについて主語や対象を曖昧にするかたちで触れ た。一方、「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子ども たちに、謝罪を続ける宿命を負わせてはなりません」と述べ、謝罪の繰りかえしに終止符を 打ちたい考えを示した。
安倍首相は閣議後、首相官邸で記者会見し、約3400字におよぶ談話を、ゆっくりとした口 調で25分間にわたって読み上げた。村山談話、小泉談話ともに1200字前後で、その3倍近く の異例の長さになった。
この談話の特徴は、①「植民地支配」「侵略」など4キーワードに言及したものの、歴代内 閣の方針を引用する間接表現で、「私は」という直接的な表現は使わなかった、②日本の過去 に対する謝罪を安倍談話によって「ひと区切り」としたいという認識を示した、③「耐え難 い苦痛を受けた〔各国の〕元捕虜」「苦痛を嘗め尽くした中国人」「尊厳や名誉が深く傷つけ られた女性」に対して言及した-という点だろう。
それでは、この安倍談話をどのように考えたらいいのだろうか。評価する見方と評価しな い見方の代表的なものをみる。在京紙の8月15日朝刊で朝日、読売、日経新聞の3紙が慶応 大学の細谷雄一教授のコメントを掲載した。安倍談話に関する報告書をだした有識者会議「21 世紀構想懇談会」のメンバーでもある。
「歴史認識をめぐり国内で続いてきた左右対立に終止符を打ち、国民的なコンセンサス(合 意)の出発点になると評価できる」(朝日)、「満州事変、植民地化、侵略に対する国際的な理 解と基本的な認識が整合しており、国際的にも評価されると思う」(日経)などとし、主語が 不鮮明である点については指摘していない。
朝日、読売、毎日新聞の3紙が三谷太一郎 ・ 東大名誉教授のコメントを載せた。三谷氏は、
国際政治学者や歴史家ら74人が侵略などを反省した過去の首相談話を継承するよう求める共 同声明をだした際の発起人代表を務めている。
「『おわび』に触れる以上、植民地支配によって蹂躙した人権に対するおわびの表現があっ てしかるべきだが、そうした表現がなかった。また、『侵略』や『植民地支配』についても、
対象と主体を表す表現が欠けている」(読売)と厳しく批判する一方、「戦時下、女性の尊厳 や名誉が傷つけられた問題の記述、女性の人権を重視するという部分は評価できる」とした。
読売と毎日は三谷氏のコメントから評価できる点とできない点の両方を書いていた。一方、
朝日は否定的な部分にのみ焦点をあてていた。文末の一文も「終始、冗長で毒にも薬にもな らない談話になった」と結んだ。朝日は談話を高く評価する細谷氏のコメントも掲載してお り、紙面全体ではバランスをとろうとしている。ただ、朝日、読売、毎日のどの書きぶりが、
三谷氏の見方を的確に伝えているのか、機会があれば三谷氏本人に尋ねたいものだ。
安倍首相は「(過去の談話と)同じ言葉を入れるなら談話を出す必要はない」と繰り返し、
「今まで使った言葉を使わなかった、あるいは新しい言葉が入ったというこまごました議論に ならないよう、70年談話は70年談話として新たに出したい」とまで突っ込んだ発言をしてい た。しかし、出来上がったものは右派にも左派にも気を使った、ごった煮のような談話になっ た。
安倍首相をしてもここまでしかできなかったようだ。読売新聞2015年8月16日朝刊による と、「〝おわび〟が入っているじゃないですか」と気色ばむ高市早苗総務相に対し、「俺がやれ るのは、ここまでが精いっぱいだ」と吐露している。首相の内面がのぞく、やりとりの妙が 興味深い。
安倍談話のなかに「おわび」が入ったものの、保守層からの反応は悪くなかった。むしろ 歓迎さえされた。在京紙の社説は、想定どおりだが、読売、産経、日経新聞が肯定的な、朝 日、毎日、東京が否定的な論調になった。
ただ、ここで気になったのは朝日新聞2015年8月15日朝刊の社説だ。「いったい何のため の、誰のための談話なのか」と書きだし、次いで「この談話を出す必要がなかった。いや、
出すべきではなかった。改めて強くそう思う」と述べ、「いったい何のための、誰のための政 治なのか。本末転倒も極まれりである。その責めは、首相自身が負わねばならない」で結ば れている。
問答無用ともとれる単色の批判的な論調で、文脈にヒダとかタメといったものがなく、何 に苛立っているのか、感情的で焦りすら感じる。安倍首相に過度に接近し、一体化した記事 を書くのは論外としても、絶叫するかのごとく批判一色になる書きぶりもいかがなものか。
ここにも歩み寄って議論をすることができない、深い亀裂を感じた。
3.2 未解決の歴史問題を取りあげた「あいちトリエンナーレ」
愛知県内で2019年8月1日に開幕した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展
「表現の不自由展 ・ その後」が、開幕直後に中止に追い込まれた。過去に美術館などで展示を 拒否された美術作品を集め、「表現」について考えようとするものだった。
会場には、旧日本軍の慰安婦を表現した少女像や憲法9条をテーマにした俳句、昭和天皇 を含む肖像群が燃える映像作品など二十数点を展示。開幕以来3日間で3000件近い抗議の電 話やメールが殺到した。なかには「ガソリンの携行缶を持ってお邪魔する」といった京都ア ニメーションの放火殺人事件を連想させる脅迫のファクスも届き、わずか3日で中止になっ た。芸術監督でジャーナリストの津田大介氏は記者会見で「抗議する側に文化事業をつぶす 成功体験をさせてしまった」と述べた。
近年、気に入らない作品や言論を脅迫や恫喝によって封殺しようとする動きが相次ぐ。不 自由展ではとりわけ政治家による露骨な介入がみられた。芸術祭実行委員会の会長代行の河 村たかし ・ 名古屋市長が8月2日に会場を視察した後、「日本国民の心を踏みにじる行為であ り許されない」とする抗議文を実行委員会会長の大村秀章 ・ 愛知県知事に突きつけ、展示中 止と関係者への謝罪を求めていた。
河村市長の発言に呼応するかのように、菅義偉官房長官や柴山昌彦文部科学相も芸術祭へ の助成を見直す発言をした。ここには「公金を受け取るのなら、行政の意に沿わぬ表現をす べきでない」という偏狭な発想が横たわっていないか。大村知事は8月5日の定例会見で「税 金でやるからこそ、表現の自由、憲法21条は守らなければならない」とし、河村氏に対して は「公権力を持つ立場の方が『この内容はよくて、この内容はダメ』と言うのは、憲法21条 が禁止する『検閲』ととられても仕方がない」と語気を強めた。
朝日、毎日、東京新聞は社説を構え、「人々が意見をぶつけ合い、社会をより良いものにし ていく。その営みを根底で支える『表現の自由』が大きく傷つけられた」(朝日新聞8月6日 朝刊)などとし、企画展中止にいたる一連の経緯を問題にした。一方、産経新聞は社説で「芸 術であると言い張れば『表現の自由』の名の下にヘイト(憎悪)行為が許されるのか」と疑 義をはさみ、「世間を騒がせ、対立をあおる『炎上商法』のようにしかみえない」(8月7日 朝刊)と、津田芸術監督ら主催者側の考えや発想を一刀両断にした。
戦時中の朝鮮人慰安婦など歴史問題が政治問題化し、「愛国」と「反省」をめぐっての対立 のなか過去を清算しきれなかった歴史のトゲが、かたちを変えて現在に立ちあらわれ、社会 をいっそう分断していった。
ここで、公権力からの圧力などで屈した不自由展を、戦前の日本での言論上の出来事から 振りかえりたい。破局的な日中戦争や太平洋戦争開戦へとつながる満州事変の発端となった
1931年9月の柳条湖事件での朝日新聞の論調をみる。
当時、大阪朝日新聞の社説責任者は高原操で、高原は軍縮や満州放棄論を唱え、朝日のリ ベラルな社論を代表する存在だった。ところが柳条湖事件から10日余りたった10月1日の社 説で、「満州に独立国の生まれ出ることについては、歓迎こそすれ反対すべき理由はないと信 じるものである」とし、「満州は中国の一部」とする社論を180度転換したのである。
これは晴天の霹靂ともいえる重大な変節で、朝日が屈する背景になにがあったのだろうか。
『朝日新聞社史(3)』などをもとにたどると、公権力である軍部や右翼からの圧力や脅迫が相次い でいた。
事変勃発の翌日9月19日、大阪府出身の右翼、笹川良一が早々と大阪朝日を来訪し、事変 報道をめぐって専務の小西勝一と対峙している。笹川は戦後、戦犯容疑者として入獄したが、
釈放後は財団法人日本船舶振興会などの会長を務め、戦後も右翼として君臨した人物だ。24 日には右翼の大物、内田良平が大阪朝日幹部に面会を求めてきた。同日夜、内田とは旧知の 大阪朝日調査部長の井上藤三郎が高級料亭「つるや」で対応した。内田の圧力はそうとう強 いもので、大阪朝日は翌25日、在阪の役員全員を招集して役員会を開催。社論転換の方向性 が決せられた。
内田は1918年の朝日新聞を揺るがせた白虹事件(4)で朝日攻撃の先頭にたった人物でもあり、
内田の再来は大阪朝日にとって悪夢であったといえる。軍とも通じており、参謀総長は満州 事変前に「内田良平に五万円を出し、世論喚起のために右翼団体の活動に資金援助を与えて いた」という記録が残る(5)。
朝日の社論転換の影響もあり、新聞通信132社は1932年12月、「満州国」を支持する共同宣 言を発表することになる。ここにマスメディアの完全な翼賛体制が実現した。朝日新聞が変 節したのは、圧力と脅迫だけではないかもしれないが、大きな理由といえる。
「表現の不自由展」にもどる。政治家からの圧力に加え、制御不能ともいえる匿名の脅迫が 主催者側を追い詰めていった。戦前の表現 ・ 報道の自由への圧力と相似形をなすような出来 事にもみえる。
ただ、戦前と決定的に違うのは、手紙や電話という従来型のアナログの脅迫に加え、デジ タル化による底知れないネット空間も存在するということだろう。渦中の津田氏は、活字で も放送でもなくネット分野から登場したジャーナリストである。戦前よりも今日の方がより 複雑で深刻な状況に置かれている。
3.3 朝日新聞問題から導き出される「中正公平」の報道
安倍首相は米大統領選直後の2016年11月、訪米し大統領就任が決まったドナルド ・ トラン
プ氏と会談。次のように語った。
以下は、産経新聞2017年2月11日朝刊からの引用だ。
「実はあなたと私には共通点がある」
怪訝な顔をするトランプ氏を横目に安倍は続けた。
「あなたはニューヨーク ・ タイムズ(NYT)に徹底的にたたかれた。私も NYT と提携し ている朝日新聞に徹底的にたたかれた。だが、私は勝った……」
これを聞いたトランプは右手の親指を突き立ててこう言った。
「俺も勝った!」
トランプ氏の警戒心はここで吹っ飛んだと思われる。
産経新聞ならではの興味深い内容だ。安倍首相が「私は勝った」とするのは、慰安婦報道 の記事取り消しに端を発した2014年の一連の朝日新聞問題(6)を指しているのだろう。朝日はい くつもの判断ミスを重ね、保守 ・ 右派系メディアから激しいバッシングにあい、ぐぅの音も でないほどにやっつけられた。同社幹部に「創刊以来、最悪の事態」といわしめるほどの大 事に発展した。
朝日新聞問題が発生した2014年の新聞週間が10月15日からはじまり、毎年のことだが、各 紙ともに特集記事を掲載、社説を掲げた。この1年間の大きなスクープ記事を紹介し、自画 自賛も交えながら、新聞の使命や必要性を説く内容になる。
多くの新聞が、在京紙でいえば、すべての新聞がなんらかのかたちで、朝日新聞問題にふ れた。強く印象に残ったのが日経新聞の芹川洋一 ・ 論説委員長の「中正公平 報道の使命/
朝日誤報、教訓残る/ゆがみ生み出すメディアの罠」(2014年10月13日朝刊)という記事だっ た。
朝日新聞問題を「一新聞社にとどまらずメディアのあり方そのものを問い直している」と 相対化し、「自分たちが伝えたいと考えていることを優先させる結果、つい報道にゆがみが生 じてしまうメディアがおちいりがちな罠わなに、はまったのではないか」とズバリと指摘した。
これは報道を担うメディアがもつもっとも危険な落とし穴といえる。芹川氏は「朝日新聞 のストライクゾーン」という言葉を使い、記者たちは「保守とリベラル、自由と平等……い ろんな物さし」をもって、ストライクゾーンに向かって球を投げこむという。つまりストラ イクゾーンは社によっても、記者によってもそれぞれ違う。これはある意味とうぜんのこと で、多様な見方や意見があっていい。ただ、主張をより鮮明にするため、一部をフレームアッ プすることはしばしば行われる。これは記事に角度をつけるともいわれる。
事実のねじ曲げがなければ、多少の角度をつけることが許されているのが、現在の新聞記 事の姿である。私自身もすべてこれが悪いとは思っていない。しかし、このいわば「細い道」
を歩くときは、神経をくばり、自分の主張にだけ沿ってストーリーを作っていかないように しなければならない。ここにまさに芹川氏のいう「罠」があり、自らが信じる正義を主張す るあまり、超えてはならない一線を超えて、事実からかけ離れた報道をするというケースが みられる。
ときおり「中立的」「客観的」という言葉が使われるが、ストライクゾーンは社によっても 記者によっても違うものなので、基本的にそういったものがあるという前提で、記事を書い ても読んでもいけないと考えている。
取材 ・ 報道するときに必要なことは、第一に提示する「事実」が本当に事実なのか裏をと る、次にその事実が現在進行形の出来事のなかで、どのあたりに位置するのか、文脈を与え る。この二つの作業を通じて、この事実や、この事実から派生する問題や背景を報じるに値 すると判断した場合、最後にあるいは同時並行で記事に書かれる関係者にあたり、反論でき る機会をつくるということである。この三つを適正におこない、かつこの三つを正確に盛り 込んではじめて記事が成立する。
芹川氏は「『中正公平』の報道を今後も貫いていくということを肝に銘じたい」とし、「中 立」といわずに「中正」という言葉を使って文章を締めくくっている。つまり、「中立」「客 観」を正義の御旗のように掲げるのではなく、事実や被取材者に対して「公平」な報道がで きているのか、できていないのか、という点をおさえることが求められている。
一連の朝日新聞問題を考えるとき、どこまで「公平」に取材 ・ 報道できたかという物差し を当てることが必要となってくる。
4.メディアのあり方が切実に問われる皇室報道
4.1 戦後75年の戦没者追悼式での天皇と首相の肉声
2020年8月15日、75回目の終戦の日を迎えた。未曾有のコロナ禍とも重なり、政府主催の 全国戦没者追悼式が日本武道館(東京都千代田区)で開かれたが、新型コロナウイルスの感 染拡大を受け、参列者は前年の1割以下の540人と過去最少となった。天皇、皇后両陛下や首 相らが参列、参列者全員で1分間の黙祷を捧げ、日中戦争と第2次世界大戦で犠牲になった 約310万人を悼んだ。
今上天皇の参列は2回目となるが、前年と同様に「深い反省」との文言を盛りこみ、「再び 戦争の惨禍が繰り返されぬこと」を切に願うと述べた。天皇のお言葉で「深い反省」が言及 されるのは6年連続だ。
安倍首相の式辞では、「積極的平和主義」が初めて盛りこまれたが、前年にあった「歴史の 教訓を深く胸に刻み」との文言は消えた。歴代首相が言及したアジア諸国への加害責任や謝 罪には8年連続で触れなかった。首相は2015年の戦後70年談話で「子どもたちに謝罪を続け る宿命を背負わせてはならない」と主張している。
式辞の構成は前年と大差なく、前半部分は戦没者への思いを語り、ほぼ同じ内容だった。
終戦の日に本来語らなければならない「加害と反省」について目をつぶる姿勢は変わらず、
75回目の終戦日は歴史を顧みる表現そのものも削除した。
政治が向き合うべき内容を政治的な発言を許されない天皇が語り、社会の分断をくい止め て国民を統合しようとする皇室の姿勢は、平成時代から変わらぬものとなった。今回の追悼 式の天皇陛下と安倍首相の言葉から、このことが改めて浮き彫りになった。
憲法の規定で政治の権能を有さない天皇が、想定される以上の役割を果たさなければなら ない現状について、危機感を抱く有識者も多い。メディアの日ごろの報道はこのことに無頓 着で、敏感になるべきではないか。戦後75年を迎え、戦争の何を語り継ぐべきなのか、改め て考えさせられる天皇と首相の肉声だった。
このようななか、戦後50年の節目に近隣諸国への植民地支配を謝罪する「戦後50年談話」
を公表した当時首相だった村山富市氏が、新たな談話をだした。「良心的な人々の歴史に対す る検証や反省の取り組みを『自虐史観』などと攻撃する動きもありますが、それらの考えは まったく間違っています」とし、「日本の過去を謙虚に闘うことは、日本の名誉につながるの です。逆に、侵略や植民地支配を認めないような姿勢こそ、この国を貶おとしめる」と述べた。
日本も世界も、「自国(自分)ファースト」と「協調や連帯」をめざすふたつの潮流がせめ ぎ合う。コロナ禍の不安と恐怖のなかでは、いきおい「個体の生(自分一人の生命のこと)」
がむきだしになって「個人の利益」が優先されがちだ。
毎日新聞2020年8月15日朝刊の社説は先の大戦を振りかえり、「開戦に意気上がる(当時 の)世論について、東京大学の加藤陽子教授(日本近現代史)は『満州事変以来10年、国民 は反英米の言説ばかり聞かされてきた。交渉による妥協などには耳を貸せなかった』と語る。
/全体主義が進み……国民は目と耳を塞がれたような状況下に置かれ、『挙国一致』のかけ声 の中で開戦に付き従う空気が醸成された。/ポピュリスト政治家が高揚する世論に乗じて影 響を広げた。メディアも偏狭なナショナリズムをあおる報道を展開した」とした。
政治とメディアの構図は、現在と戦前がどこか似ていないか。
4.2 NHK が終始リードした「生前退位」報道
宮内庁は2016年8月8日、天皇陛下が「象徴としての務め」についてのお気持ちを示した
ビデオメッセージを公表した。82歳の陛下は数年前から高齢に伴う身体の衰えを感じ、「全身 全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが難しくなるのではないか」と懸念を表明。憲 法上の立場から直接的な表現は避けたものの、天皇の位を皇太子さまに譲る「生前退位」の 意向を強くにじませた。あたかも平成時代の天皇の「人間宣言」のようだが、自身の亡き後 の皇室像への危機意識もみてとれるものだった。
振りかえれば、即位3年目の1991年6月3日に雲仙 ・ 普賢岳の大規模火砕流が発生し、多 数の犠牲者がでるなか、天皇皇后両陛下は7月に被災地の長崎県島原市を訪問。天皇はネク タイをはずし、皇后とともに避難所の堅い床に膝をついて被災者一人ひとりに話しかけ、お 見舞いをされた。これまでの天皇では考えられない姿で、国民が災害に傷つけられるたびに、
この姿勢は貫かれ、皇室全体にも受け継がれていった。
被災地への「慰問の旅」は国民の共感を呼び、平成の象徴天皇像を身をもって示すことと なった。さらに、戦争の反省と平和の希求を事あるごとに語り、沖縄をはじめとする先の大 戦の戦地への「慰霊の旅」をつづけた。サイパンやフィリピンなど海外の激戦地へも高齢を おして頻繁に足を運ばれた。戦後70年にあたる2015年4月、多数の犠牲者をだしたパラオの ペリリュー島を訪れ、海をのぞむ「西太平洋戦没者の碑」に日本から運んだ白菊を供え、深々 と頭を下げた。
天皇陛下は81歳、皇后さまは80歳。強い日差しが照りつけ、気温が30度前後になるなか、
集まった元日本兵や遺族らと丁寧に言葉を交わした。このように両陛下は自ら模索し、戦地 への「慰霊の旅」と被災地への「慰問の旅」をつづけることで、平成の象徴天皇像をかたち づくっていったといえよう。
そもそも天皇陛下の退位については、NHK の2016年7月13日の「ニュース7」での特報か らはじまった。午後7時前の速報スーパーにつづいて「ニュース7」のトップとして報じら れた。天皇の真意やお気持ちの表明の見通しにも踏み込んだ内容で、元号が変わることによ る影響についても解説されており、入念な準備の跡がうかがえた。
翌朝の在京各紙朝刊の1面には「天皇陛下 生前退位」などの大見出しが躍った。その後、
NHK は7月29日、「8月8日など候補にお気持ち表明」とする特報を再び放った。このよう に天皇陛下の退位報道は NHK が終始リードし、2016年度の新聞協会賞を受賞することになっ た。
天皇は2010年には退位の意向を固めていた。だが、保守色の強い首相官邸は退位には消極 的だった。読売新聞によると、内閣官房の皇室典範改正準備室は2016年3月、摂政を置いて 陛下の負担を軽減するとの意向を打ちだした、しかし、この「官邸の方針に、宮内庁は不満 をあらわにした」(2017年3月18日朝刊)と舞台裏を報じている。
官邸の方針は、天皇の意志と真っ向から対立することになった。こうして窮した宮内庁は、
NHK を使って一芝居うつことにしたのか、NHK がふだんの取材の積み重ねでとってきた特 ダネが宮内庁を救ったのか、真相ははっきりとしない。だが、NHK の相次ぐ特報で、特例法 によって天皇の退位が可能となる大きな流れができたのは間違いない。
読売新聞は「(2016年)7月13日、事態は一変する。NHK が夜のニュースで『天皇陛下、
退位の意向』と報じたのだ。報道機関の世論調査は退位を実現させるべきとの意見が8割を 超えた。『宮内庁のクーデターだ』。首相官邸はうめいた」(2017年3月18日朝刊)と臨場感 たっぷりに伝えている。
在京紙の立ち位置をみると、朝日、毎日、東京新聞は濃淡はあるものの、生前退位のお気 持ちに寄り添いながら、「国民の総意」をつくりあげていきたいとするものだ。読売、産経新 聞は生前退位に否定的だったが、世論の圧倒的な退位支持の流れには逆らえなかった。
国政に関する権能を有しない天皇の発言が波紋を呼び、憲法違反ぎりぎりのやりとりが政 治の現場でおこなわれ、退位特例法が成立することになったが、放送、新聞をはじめとする 退位報道のあり方を深く考えるきっかけにもなった。
天皇制の研究をする政治学者の原武史氏は「はっきり言っておかしいと思います。いまの 憲法下で、天皇は国政に関与できないはずです。それなのに、天皇が退位の気持ちをにじま せた発言をすると、急に政府が動きだし、国会でも議論を始めた」「本来は天皇を規定するは ずの法が、天皇の意思で作られたり変わったりしたら、法の上に天皇が立つことになってし まう」(朝日新聞2017年3月18日朝刊)と強いトーンで批判したのも、理解できた。
4.3 政治ショー化した元号発表にのっかる報道
2019年4月1日、天皇の生前退位にともない新元号が発表された。菅官房長官が首相官邸 で「令和」と書かれた墨書を掲げた。「令和」の出典は日本に現存するもっとも古い歌集「万 葉集」にある梅を愛めでる漢文で、初めて和書から引用された。これには安倍首相の強いこだ わりがあった。
天皇死去にともなう「昭和」に代わる「平成」は、当時の官房長官の小渕恵三氏が、同様 に墨書を掲げて発表。筆者はこのようすを首相官邸で取材していたが、「令和」に比べてあっ さりとしたものだった。発表後、小渕氏は竹下登首相の談話を読み上げただけで、首相は会 見場に姿を見せなかった。ところが、「令和」の発表は菅氏の会見につづき、安倍首相が連続 して会見をおこなった。しかも背景のカーテンを首相会見の際に通常使う水色から、赤色に 変えるという念の入れようだ。
これだけでも違和感があるのだが、安倍氏は新しい元号についてひとしきり話した後、記
者に「平成の次の時代、どのような国造りをするか」と問われ、「『一億総活躍社会』をつく り上げることができれば、日本の未来は明るいと確信している」と答えた。しかし、「一億総 活躍社会」とは、安倍政権の政治的なスローガンではないか。新元号の発表会見でこうした 標語を持ちだすことに、首をかしげた。
皇室を政治利用したともいえる会見を、当時の天皇陛下や皇太子さまも苦々しくみたので はないか、と推察する。つづいて安倍首相はテレビ朝日と NHK のニュース番組に出演し、
「歴史上初めて国書を典拠に元号を決定した」とアピールした。
日本テレビには録画で登場。新聞では産経新聞が2019年4月2日朝刊に安倍首相の単独イ ンタビューを載せた。2日朝刊1面のメイン写真は、各紙が元号を発表する菅官房長官の写 真を掲載するなか、在京紙では読売新聞だけが会見する安倍首相の写真を大きく扱った。さ らにテレビは JR 新橋駅前などで号外に群がる市民らを繰り返し放映。読売は約103万部、朝 日が約20万部、産経が約9000部の号外を発行した。読売の突出した部数が目を引いた。
報道が改元一色となったせいだろう。共同通信が4月1、2日に実施した世論調査では、
内閣支持率が前月から10ポイント近くも跳ね上がった。安倍首相は元号発表をイベント化、
政治ショー化し、見事に政権浮揚に利用したといえる。
「令和」との命名を国民はおおむね歓迎したようだ。一方で、識者による厳しい指摘も相次 いだ。代表的なものとしては、東京大学教授の品田悦一氏が万葉集は近代以降、ナショナリ ズムの高揚に利用された歴史を訴えた。
信時潔作曲の有名な楽曲「海ゆかば」は、万葉集巻十八の大伴家持の長歌から引用されて いる。
海行かば 水み漬づく屍かばね 山行かば 草くさ生むす屍 大おお
君きみ
の 辺へにこそ死なめ 顧かへり
みはせじ
先の大戦で戦死や玉砕を報じるラジオやニュース映画は、冒頭でこの「海ゆかば」を流し た。天皇のために身を捧げることを美化する目的で使われ、「勇者」への弔いの葬送曲と化し ていった。軍国主義に徹底的に利用された歌である。品田氏は「平和時も、万葉集を『天皇 から庶民まで』の作が結集された全国民的歌集であるかのように想像すること自体が、国民 国家のイデオロギーであることを、知ってほしい」(朝日新聞2019年4月16日朝刊)と警鐘を 鳴らす。