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イラストで学ぶ小学校の歴史―「武士の時代」のイ メージ化の一方法

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(1)

イラストで学ぶ小学校の歴史―「武士の時代」のイ メージ化の一方法

著者 櫻本 豊己

雑誌名 教育実践研究指導センター研究報告

巻 1

ページ 109‑123

発行年 1992‑03‑31

URL http://hdl.handle.net/10105/4500

(2)

櫻 本 豊 己

(附属小学校)

〔要 ヒ〇

小学校の歴史教育においては「武士の時代」を「農村に住む武士の時代」と「城下町に住む武 士の時代」に大きく分けて、それぞれの時代の大まかな特徴をとらえさせようとする。ところが、

子どもたちの武士像はテレビの時代劇によってつくられたのものである。それはすなわち、どち らかと言うと近世的な武士像である。武士と言えば、城下町に住んでいるものだという思い込み がある。

そこで、子どもたちに中世的な武士像と武士のいる中世の農村のようす(荘園)をとらえさせ、

武士像を広げていくことが大切である。

また、農村から武士がいなくなった(兵農分離)近世の農村の景観をとらえさせていくことで、

近世農村と中世農村の基本的な違いがわかってくるのである。

教材として、最新のイラストをつかった。このイラストから子どもたちは、その当時のいろい ろな姿を読み取っていくことができた。

I.研究目的

わたしたちは歴史を教えるにあたって、社会は紆余曲折しながらもだんだんと進歩・発展して きていることを大事にしている。進歩・発展の視点を小学校では次の点から捉えさせていきたい。

(彰生産力が発展し、人々のくらしが豊かになる。

②一人ひとりの人権が大事にされる。

前近代(明治維新よりも前の時代)では主に①を、近現代では②を中心にして学ばせる。

本報告で取り上げるのは「武士の時代」である。中世から近世にかけての「武士の時代」を、

豊臣秀吉の天下統一を境目にして時代を大きく二つに分けて、それぞれの時代の特徴を教えるの がよい。中世荘園割下のくらしは「農村に住む武士の時代」として、近世幕蕃体制下のくらしは

「城下町に住む武士の時代」として二分する。

とこで、子どものもつ武士のイメージはテレビの時代劇の番組によって作られているようだ。

すなわち、武士は「城に住み、いくさをして、贅沢なくらしをしている」(1990年5月 附小6 年3組での調査による)のである。だから、「農民の中から出てきた武士」・「村に住む武士」

のイメージを持たせることで、子どもの持つ武士像をふくましていくことが授業での課題である。

次に、農村にいた武士が城下町に集住することになって、近世が始まる。すなわち、農村から 武士がいなくなるわけである。これは兵農分離とよばれる。

兵農分離を教えるにあたっては、小学校でも従来、豊臣秀吉の「刀狩」を扱ってきたため、

「武器をとられた農民像」のみが強調され、前の時代よりも生産力を向上させ、生活も豊かになっ たはずの近世の農村の進歩したイメージにそぐわない結果となっている。(注1参照)

〜109−

(3)

そこで、中世と近世との違いがはっきりとわかる教材を用意して、前の時代とは違う新しい時 代のイメージを子どもたちにもたせることが必要になる。

本論で展開する二つの授業は、どちらも、最近、研究と出版が増えてきた歴史イラストを使っ て、子どもたちに具体的にわからせようとしたものである。

I.研究方法

(1)荘園に住む武士

(彰 教材について

中世社会のしくみは荘園制であるが、これまで小学校では荘園そのものについて教材化するこ とは少なかったように思う。それは、荘園そのものの形態の複雑さや荘園の置かれた年代が7〜

8世紀に及ぶことから、何を典型とするかにとまどいがあったからであろう。教科書(日本書籍)

にも荘園については書かれているが、そこから描ける荘園のイメージは「有力な貴族の所有地」・

「年貢の取り立ては地頭がする」・「荘園に定期市が開かれた」・「農民・荘園の領主からくら しを守るため力を合わせた」であるが、四か所に分かれて出されているので、荘園のまとまった イメージはつかめない。そこで、11世紀半ばに現れ、12世紀前半に確立したといわれる領域型荘 園をその典型として教材化する。

小学校では、まず荘園の景観をていねいに教えるのがいいと思う。今の岡山県にあった新見荘 をモデルとして取り上げる(朝日新聞社刊『イラストパネル 中世論』イラストを使う)。そこ には、田・畑・山・川・宮・寺・百姓の家・武士の屋敷・市場)などが描かれており、荘園とは どんなところなのかを視覚的にとらえることができる。

この時代は有力農民が、他の豪族や有力農民から自分の領地を守ために武装して武士化してい く時代である。教科書にも『武士のおこり』・『武士の登場』ということばで出されている。そ こで、教科書や資料集に描かれている『武士の館』のイラストを教材化する。ここには、館のつ くりや武技に励む武士の姿だけでなく、館の周りには田畑があり、家来が農作業する姿も読みと れる。

また、武士の「支配する」イメージとしては、農民を指図して農業を営む姿や、いくさの時に は農民に刀を持たせて戦う姿、さらに、農民から年貢を取る姿でつかませたい。

② 授業記録

〔Cは発言者不明を表す〕

ねらい 荘園の景観をつかませ、領地を守るために武装してきた武士の姿を理解させる。

展開1.荘園と武士について知っていることを発表する。

T みんなは、武士と言うとどんなことを思い浮かべますか。

子ども持つ武士のイメージを確かめる

C いくさ。

田仲 ぼくは、源氏と平氏。

山口 よろいなどで武装した人。

T 例えば、持っている物や姿ではどうですか。

C 刀。

C よろい。

(4)

近藤 やり。

粟村 かぶと。

田仲 武将クラスのだと、馬。

近藤 馬。

C 旗。

T では、武士はどこに住んでるんだろう。

(列で発言させるが、「わからない」という答えが多い。)

C 家。

C 城。

C 大きい家。

岡本 城。

T 「城に住む」と言っていますが、そのことをばっと考えた人?

(多数の子どもが挙手。)

田仲 時代が時代やからなあ。

T 大きい家に住むという考えの人?

(何人かの子どもが挙手。)

T では、この時代の武士はいったいどこに住んでいたのか、どういう所に住んでいたのか、何 と呼ばれる所に住んでいたのか。

西田 荘園。(教科書の記述を見つける。)

T 荘園というこの時代にあったものが、今も地名として残っています。「庄」の言葉を使って います。奈良市内で、何々圧と言う地名がありますが、わかりますか。

荘園を子どもの身近に引き寄せる 喜田 北の庄。

多田 窪の庄。

田仲 美濃庄。

T 他にも桜井市に上の圧、天理にも佐保庄などが残っています。また、日本の各地にも残って います。この荘園を勉強します。

T 荘園と言えば、君らは何を浮かべる。

子どもの持つ荘園のイメージを確かめる 近藤 作物を作る所。

田仲 ぼくも近藤くんといっしょで、主にお米をつくるところ。

岡安 守護・地頭。

T 守護・地頭がどうしたの。最後までいってごらん。

岡安 守護かどうかわすれたけど、それが荘園をとりしきっている。

展開2・荘園にはどんなものがあるかをみつける。

新見荘のイラストを示して、新見荘の位置と東寺が荘園領主であったことを話す。

T この絵を見て、どんなものがあるか、見つけてみましょう。

(一人ひとりにイラストを渡し、8つ以上見つけることを課題にする。)

3分後、

今西 神社。(板書のイラストで神社をおさえさせ、みんなで確認する。以後も同様。)

ー1111−

(5)

イラスト1 新見荘(朝日新聞社刊『イラストパネル 日本の歴史』中世編より)

塚本 市場。

窪田 橋。

山口 田畑。

塚原 川。

藤本 屋敷。

落合 小屋。

後呂 山。

市木 道。

原田 鳥居。

植原 家のまわりの堀。

C 木。

C 平地。

喜田 惚の官。(イラストに書いてある。神社であることを話す。)

C 村のような家のかたまり。

河島 もう一つ神社がある。

C 塀 市木 人。

T 大事なものをぬかしたら、あかんな。

喜田 中州。

山口 井戸。

後呂 船。

T たくさん見つけたね。こういうのを、全部合わせて荘園というのです。田んぼや畑だけじゃ なくてね。ただ、北の庄とか窪の庄とかの奈良の荘園には、山はありませんよ。田んぼや畑が 中心です。

T この田んぼや畑は、東寺の人が耕していたんですか。

(6)

C ちがう。

T だれが耕していたの?。

田仲 その東寺の人が耕していたんではなくて、荘園のある村の人を東寺の人がやとって耕して いたと思う。

T そうなんです。実際にそこにいるお百姓さんが、農民がその土地を耕していたんです。では、

東寺の人はいったいなにをするんですか。土地を持つというのは、どういうことなんです。東 寺の私有地だと、いうのはどういう意味ですか。耕すのではないか。

近藤 畑で作った作物を取り立てる。

T 近藤くんの意見についてはどうですか。

だいたい理解できますか。

(わかるという子どもの表情。)

T それが「持つ」ということですね。

T ところで、市場がありますね。市場はどこにありまか。

市場についてくわしく考える C 中洲にある。

T 川の所にあるね。どうして、川の所につくったんだろうか。

多田 下ってきて、品物を持ってくるために、川の中洲につくった。

関 山の方に住んでいる人が炭とかを焼いて、いかだか何かに乗せてきたときに、川から離れた 所に市場があったりしたら、そこまでまた歩かないといけないから、何回も往復するとたいへ んなので、いかだから直接炭がおろせる所につくった。

(子どもたちに、二人の意見に賛成かどうかを尋ねた後、)

T そうですね。中洲というのは、船によって運ぶということですね。川というのは大事な交通 路だったんです。

喜田 先生、雨ふったらどうするの。

T たいへんですね。中洲の高さによると思いますが、低い所だったら、流されてしまうかもし れませんね。このころの市は、ひと月にだいたい3回ぐらい、3のつく目だったら、「3日」・

「13日」・「23日」とかというふうに、ひと月に3回ぐらい、畿内では行われていたようです。

今もその地名が残っています。「なんとかひいち」と書いてある。

川村 四日市。

田仲 五日市。

C 十日市。

T 四日市というのは、4・14・24というような形でね、市が開かれていたんです。今のように 毎日、市場があるということではありません。

では、何を売っていたと思いますか。想像がつく人?

隅山 地方の特産品。

河島 野菜。

市場の様子をかいた一遍上人絵伝の福岡市のイラストを見せて、何が売られているかを見つけ

C 米。

C 布。

一一11こ「−

(7)

C 魚。

C げた。

C 酒。

T これは、なんだ?

C ?

T これは、この地方特産の備前焼なんです。つぼらしいよ。

C 能面もある。

イラスト2 〔福岡市『一遍上人絵伝』より〕

(朝日新聞社刊『イラストパネル 日本の歴史』中世編より)

展開3.武士の館を見て、武士はどんなことをしているのかを見つせる。

T では、今度は地頭屋敷というのを見てみます。

武士の舘のイラストを見せる

T この絵から武士が住んでいることがわかるものを捜してごらん。

植原 見張りの人がいる。

塚原 刀を持った人がいる。

山口 弓。

今西 馬に乗って、弓の練習している。

C かさがげ。

隅山 敵から身を守るために壁がある。

T 壁というと、ふつう土でできているのですが、これは何でできていますか。

C 板。

T だから板塀ですね。

後呂 馬がいる。

粟村 周りに堀がある。

(8)

イラスト3 武士の館(光文書院刊 社会科資料集6年1990年版)

岡安 武家造りという。

田仲 櫓門(やぐらもん)。(前で示す)

喜田 櫓門から矢が討てるように、弓が二本と矢が一本おいてある。

市木 武士の家の中にいる人は着物の裾が長いけど、他の農民の着物は短い。

T 細かい所を見たね。

C 馬小屋。

塚原 屋根に石が置いている。

T それが武士らしいですか。

今出 こわれにくそうにしている。

田仲 塀が二重にあって、その一重目は板で、その次は竹みたい。

T それは何のためにあるのですか。あるいは何のためにこんなことをしてるの?

荘園の中での武士役割を考える 隅山 敵から守るため。

C いくさをするため。

T だれと戦うの?

C 隣の村の人達と。

T そう、いくさをするためにこういうふうな練習をしたり、こんな囲いを作ったりしているの ですね。このころのことばでこんなのがあります。『一所懸命』

T 今は「いっしょうけんめい」といいますが、もともとはどうも所という字を書いたそうです。

そのころの武士は一つの自分の所、所と言うたらどこや?

C 土地。

−115−

(9)

T どの土地?

C 荘園。

T そう、荘園です。

T さて、ここにいる武士たちはいくさの練習をしていますが、いつもいつもいくさの練習をし ていたのでしょうか。

C ちがう。

T ちがうと思う人は、何をしていたと思うか言ってごらん。

宮椅 遊び。

原田 農業。

T 絵の中で、田んぼの仕事をしている人を見てみよう。百姓ですか。それとも武士ですか?

一人ずつを指して、挙手させる。すると、百姓と武士の二つの意見に分かれた人物が二人いた T (二つの意見に分かれた人物を指して)武士の姿のようですね。館の中で一番偉い武士は田 畑を耕さないけれど、この時代の武士はいくさもするし、田畑も耕したりもするんだよ。(終 了)

子どもの感想

荘園というのは地頭が守っているところで、寺などの土地だったところだ。この荘園の中 には市場、地頭屋敷・山に囲まれている・荘の惣社・三角田・家・名主屋敷・作人小屋・道・

川・神社・堀・橋・塀・畑・池・などがあった。僕は、荘園というのは、こういうイメージ じゃなかったので、全然違うし、もっと小さくないのかと思った。

それにしても一つの荘園でこれだけの大きさなのでびっくりした。武家屋敷では、かさが けや練習をやっているので、すごいと思った。けど、一番すごく思ったことは、武士が農民 の仕事をしていたところだった。いくきしかしないと思っていたのに。

(岡安隆一郎)

(2)村からいなくなったものは

(彰教材について

近世の最初の授業でも二つのイラストを比較させて兵農分離した近世農村の姿をつかませよう とする。イラストは福音館書店刊『絵で見る日本歴史』〔西村繁男作〕を使う。一つは村に住む 武士の時代を表した「11世紀に平安時代)」のもの、もう一つは近世農村の景観を措いた「18世 紀(江戸時代)」のもである。

二つのイラストを比べて、中世と近世の遣いを見つけさせていくのであるが、その際に次の三 つの観点を示すことで、違いがいっそうわかりやすくなると思う。

「 r  ̄  ̄ W .  ̄  ̄  ̄ ̄ T .  ̄ −一 .  ̄  ̄ 一.  ̄  ̄  ̄  ̄ . 「

l

a.なくなったもの     −

b.新しくでて きたもの C.変わってきたもの  l

l

」___一___−___→___−T___−__」

最後に、村から武士がいなくなったことについて、子どもたちに農民の立場から評価させる。

(10)

これまでの「刀狩」による兵農分離の実践ではつかませることができにくかった、兵農分離の農 民の立場からの積極面をつかませることができると思う。

②授業記録 ねらい

中世の村と近世の村のイラストを比べて、近世の村からは武士がいなくなったことをわから せ、武士のいなくなった村になって農民はどう思ったかを考えさせる。

授業の展開

展開1.中世の村と近世の村のイラストを比べて、ちがいを見つける。

T きょうは、中世から近世のちがいの勉強をします。二つの絵を見比べて見ましょう。ちがい をさがしてもらいます。次の観点で整理をしてごらん。〔課題1〕

「  ̄  ̄  ̄ 、  ̄  ̄  ̄ 一一  ̄  ̄  ̄  ̄ ̄  ̄ − ̄  ̄  ̄、

aなくなったもの b新しくでてきたもの

:C変わってきたもの :

1      1

」_ __ _ _ _._ _ ___ _ _ _ _.− _ _ _ _」

イラスト4 中世の村(福音館書店刊『絵で見る日本歴史』より)

イラスト5 近世の村(福音館書店刊『絵で見る日本歴史』より)

−117−

(11)

T 「なくなったもの」からいきましょう。

視点aの発表 隅山 城。板葦屋根。

C 牧場。

C 武家屋敷。

河島 木で作った塀。

近藤 周りの森。

喜田 稲をじかに干すのをやめて、木の棒に干している。

T それは、「変わった」というところに入れておこう。農業の仕方が変わったとしておこう。

これ意外で「なくなったところ」は?

渡部 やぐら。

T では、一つずつ確かめていこう。(板書のイラストを使ってみんなで確認していく。個人の 発言を全体のものにする。)

T (堀や塀、板書の屋根などに注目させながら)これらは何という建物の一部分ですか。

C 武家屋敷。

T 前の時(前記の授業)にちょっと違う絵でやりましたが、これは武士が住んでいる屋敷です ね。わかる?櫓があるでしょう。ですから、こういうのは全て武士の屋敷に入ると考えたらい いですね。

T さて、牧場というのはどこにありますか。

C ここ。(と指差す)

T 中世であったものが、近世ではなくなっていますね。この牧場はなんのための牧場でしたか。

岡安 馬が・・・。

T 何のための馬ですか。

岡安 争いのための。

T 武士が必要な馬ですね。ですから、これもここ(「武士の屋敷」を指して)に入るというこ とですね。

展開2.武士はどこへいったのかを考える。

T ところで、武士の屋敷がなくなってどこへいったの?

課題1の途中でここに入ったのは早計であった C どっかへ引っ越ししたの?

T 今は一つの村で考えていますが、日本中の村も同じようなんです。

C 京都に行った。

T では、ヒソト。絵を出します。(朝倉一乗谷のイラスト〔朝日新聞社刊〕)こういう所に行っ たんです。

C ちょっとわからないけど、城下町。

「城下町」ということばの意味がここでとらえられるようになる

T 三人の人が言ったように城のまわりに集まってきた。これは、城というのは割合高い所にあ るでしょう。それで、城下といいます。城「下に集まって来たわけです。ここ(城下)にあるの は、武士の屋敷がたくさんあります。それだけではなく、商売人の家などもあります。「城下 に集まってきた」ということになります。

(12)

イラスト6 朝倉一乗谷(朝日新聞社刊イラストパネル中世編より)

ここで課題1の続きに入る。

b新しく出てきたもの

T 次は「新しく出てきたもの」について発表してもらおう。

植原 すずめよげ。

渡部 農具がでてきた。

T どんな農具?

河島 せんばができる。

C 千歯こきや。

T 新しい農具についてはまた今度勉強しよう。(生産力の発達の学習であつかう。)

鶴田 かかし。

岡安 牛を使って物を運ばせる。

河島 升が出てきた。

T みんな、升って何をするものか、わかるか。

C 量をはかる物。

C変わったきたもの

T では、次は「変わってきたもの」を出してもらおう。

窪田 家には板塀から土塀に変わったものもある。

塚原 中世の方は家で囲むのが板だったけど近世になると垣根になっている。

近藤 板薯の屋根から藁葺の屋根になっている。

市木 服装が変わった。中世の着物だと肩のところにパタソとなっていないけれども、近世の方 はなっている。

西田 馬が物を運んでいるのが、近世では牛が運んでいる。

後昌 男の人の頭が中世のは帽子みたいなのだけれど、近世の方は、ちょんまげみたいになって いる。

−1−11g一

(13)

市木 中世の庭は、何も飼っていないけれど、近世の村の方では庭にねことかにわとりを飼って いる。

展開3.村から武士がいなくなったことに対する農民の視点からの評価

T では、次はこんなことを考えてみましょう。結局、近世の村になってなくなったのは、武士 の屋敷だね。ということはこの村の中から武士がいなくなった。このことをお百姓さんたちは

どう思っただろう。

(三分間、址討議。班で発言者を決める。)

浜口(1班)戦いにまきこまれたくないから、うれしい。

藤本(2班)困る。戦いに来られても自分たちだけだと追い返すことができない。

もう一つは、うれしい。自分だちだけで厳しい取締りを気にせずに米作りができるから。

多田(3班)うれしい。理由はわかりません。

官碕(4班)うれしい。理由は1斑と同じ。年貢に厳しく取り締まれないから。

隅山(5斑)2斑と同じで、気楽に米作りができる。あと、戦いに抵抗できないから困る。

山口(6斑)うれしい。村の中で、武士に命令されないから。

辰巳(7斑)戦いに巻き込まれないから、うれしい。だけども、もし争いがあったときに、自分 たちだけで防げないから困る。

岡本(8斑)喜んだ。うれしい。税を取られなくなった。戦いにまきこまれない。戦いにかりだ されなくなった。

「〔子どもの意見を整理すると〕

〔喜んだ〕………・戦いに巻き込まれない

・気楽に生産できる

・年貢が厳しくなくなる

〔困った〕………・もし争いが起こったら農民だけでは困る

 ̄  ̄ 「

1 1

1

1

l

l

l

l l

」_←T____M_______f___n T___M_______L_____一___トT__〜」

T ここで、この考えはおかしいのではないかというのがあったら、意見を言って下さい。

出た意見についての討論

岡安 年貢が取られなくなったというのはおかしい。年貢は取られるから。

喜田 ぼくも同じで、年貢を取られなくなったというところで、幕府とかに年貢を取られるよう になった。

T 年貢を取られるところが、変わったと言うことか。これはまた後で勉強しましょう。

T では、一つひとつ聞きますから、自分の賛成するところに手を挙げなさい。

それぞれの意見を全体に広げる

☆厳しい取締りを気にせずに気楽に米作りができる。(多数が挙手。)

☆うれしい理由で、村の中で武士に命令されなくてもすむ。(多数が挙手。)

☆困ると言う意見で、攻められてきたときに自分らだけでは戦えないから困る。

(三つめを出すと、すかさず田仲が異議をとなえた。)

田仲 それで意見がある。確かに困ることは困るけれど、自分らだけでは戦えないかも知れない けれど、もしそこを治めていた大名が、例えば武田信玄がそこを治めていたら、その軍勢がす

ぐに応援を送ってくると思う。

近藤 困ると言ったら困るかも知れないけれど、武士は城下町に集まっていて、武士は攻めてこ

(14)

ないので、農民同士で戦うとしたら戦えないことはない。

T 武士は攻めてこない、こんなところ(村)来ない。武士が攻めていくのはどこか。

C 他の城下町。

T 城下。城ですね。もし戦うとなれば、戦いはだれがするの。

C 農民同士。

T よろしい。今日の勉強は中世の村から近世の村に変わってきた、そのことによって村から武 士がいなくなったということについて考えてみました。(終了)

子どもの感想

農民の家にも生け垣やわらぶき屋根が出てきたので、ものが豊かになったなあと思いまし た。武士がいなくなると、うれしいと思いました。でも敵がおそってきから自分らだけでは 戦えないと言った班があったけど、その敵というのはだれなのかなあと思いました。8斑が 年貢をとられなくなったといったけれど、やっぱり年貢は偉い人にとられると思いました。

(多田朗子)

III 研究結果

(1)荘園に住む武士

○ イラストは三つ使った。新見荘の荘園景観図、福岡市、そして 武士の館である。これらの イラストから中世の荘園ようすと荘園(農村)に住む武士のイメージをつかんだように思う。

多くの子どもたちが初めて知り、驚いてたことは、武士の中にも田畑を耕す者もいたというこ とで、テレビの時代劇で植えつけられた武士ではない、中世の武士のイメージをつかませるの に、三つのイラストが適当であったと思う。

○ イラストから読み取れることはたくさんある。ずいぶんと細かい描写まで読み取る子どもも いる。発言の苦手な子どもや歴史の勉強があまり好きでない子どもも、楽しみながら学習する ことができた。

(2)農村からいなくなったのは?

(彰 イラストから二つの時代のいろいろな変化を読み取ることができた。

三つの観点(「なくなったもの」・「新しく出てきたもの」・「変わってきたもの」)に分 けて調べさせたことも、子どものイラストを見る視点をつくり、違いがを見つけやすかったと 思う。

この授業でも、細かい描写にも気をつけて見ている子どもが多かった。

(塾 「村から武士がいなくなって、農民はどう思っただろう」について。

農民にとって武士は支配する者というとらえ万をしているから、「けっこうだ」という声が 多い。「年貢をとられなくなる」とまちがった答えもあるが、おおむね「百姓だけの村」にな ることで、「戦いにまきこまれない」・「気楽に米作りができる」など、農民にとって積極的 な面をとらえていることがわかる。従来の「刀狩」の授業ではない兵農分離による農民の生産 活動にとっての積極面をとらえることができたと思う。(注2参照)

「戦いになったら困る」という意見とそれを否定する意見があったが、「戦い」でどのよう

−121−

(15)

なことをイメージしていたのか。何をめぐってのだれとだれの戦いなのかということである。

きっと武士の領地争いを中心としたイメージがあったのではないだろうか。おそらく農民同士 の生産をめぐる争いは考えていなかったと思われる。その辺りをもう少しつつこんでみればよ かった。

③ 斑で話し合わせたことで、日頃あまり発表しない子どもも、なかまとともに考え、また発表 をする機会を得た。(浜口・植原・市木・渡部・窪田・官碕ら)

Ⅳ.結論と今後の課題

二つの授業はイラストを用いることによって、子どもたちの発言は活発になり、学習意欲も増 していることが確かめられた。そして、荘園の景観と荘園(村)の中での武士の役割を、そして、

中世とは異なる近世の農村の姿を具体的につかませることができたように思う。

ところで、主たる教材としてイラストを使ったのであるが、可能であれば、当時に描かれた絵 の方がよいのはいうまでもない。イラストは今日の研究の成果を生かした形で描き上げていくも のであるわけであるが、不十分な描写がないわけではない。十分に研究が進んでいない部分でも、

絵に表さねばならないわけであるからである。そのことを十分考慮して、適切な教材として用い ることのできるイラストを求めねばならない。

さらに、何を教えるためにどんなイラストを利用するのかの研究も進めなければならない。子 どもにとってわかりやすいイラストであれば何でもよいというのではないことは言うまでもない。

ところで、近世の時代像として、検地と刀狩によって、農民が土地に縛りつけられ、封建支配 が確立するということも落とすことができないと思うが、小学校では、本報告の「村からいなく なったものは?」の次時の授業で、「検地帳に耕作者が記載され(百姓身分の成立)、年貢ががっ ちりととられた」ことをわからせたい。「耕作権の確立」は中学校にゆずってもいいのではない だろうか。

1.例えば、山本興人氏の『小学校の歴史教室 上』(1985年)などはその典型である。

また、わが国の教育実践のなかから生まれた典型的な指導書である歴史教育者協議全編『た のしくわかる社会科6年の授業 改定新版』(1983年)では、武器を取られた農民像だけでな く、「農民が土一揆以来の願いであた耕作権を認められる面」(92ページ)と統一して教える ことの重要性を述べているが、ここで取り上げられている耕作権(さらに広げると所有権)と いう概念を小学6年生に歴史発展を指し示すものとして、古代・中世・近世・近代を通して理 解させるのは無理があるよに思われる。

また、小学校6年生にわからせたい歴史発展の軸としてだいじにしたいことは、生産力の発 展と人々のくらし変化であると考えているから、生産力の発展が顕著に見られない織豊政権期 や、秀吉の施策としての検地・刀狩については思い切って省いてもいいのではないかとも考え ている。

なお、中近世移行期における小学校・中学校・高校の児童・生徒の発達段階をふまえての全 体の授業づくりプラソは、歴史教育者協議会 第43回全国大会の第二分科会「日本前近代」の 提出レポート「小・中・高で学ぶ『中世から近世へ』)(奈良女子大付中高の武田章、高円高校

(16)

の北尾悟、櫻本)にくわしい。

2.「年貢をとられなくなる」や「気楽に米作りができる」という意見があるが、この考えは次 時の「検地」の授業で歴史の事実をつかませていくことによって、考えを修正していけると思 う。この授業では、農業に専念できるという点での積極面をとらえていることが大事である。

−123−

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